ソシオニクスの15の二分法 · 第13軸(機能配置系の軸)
臨機応変/先見
判定ルール: 第1がNe・Siまたは第2がNi・Seなら臨機応変、第1がNi・Seまたは第2がNe・Siなら先見
臨機応変/先見は、ソシオニクスにある15の二分法のうち13番目の軸です。16タイプを8タイプずつに分けます。
臨機応変の側は、その場で手に入る情報で問題に対処し、課題ごとに解き方を新しく組み立てるとされます。
先見の側は、蓄えた経験の全体から情報を汲み、用意してある方法を当てはめ、事前に備えるとされます。
古い資料では「不注意/慎重」「無頓着/先見」という名前で呼ばれてきた軸ですが、だらしなさや心配性の評価ではありません。問題を解くときの情報の取り口が、いま目の前にあるものか、蓄えの全体かの軸です。ここでは、両極が何で分かれ、どう違って見え、どう見分けるのかを解説します。引用するのは、この軸を提案したレイニン(Grigory Reinin)と創始者アウシュラ(Aushra Augustinaviciute)の原典、それに後年の検証研究です。
01何で決まるか
どちらの側に入るかは、性格診断の点数ではなく、そのタイプのモデルA(8つの情報要素を8つの位置に並べた図)から決まります。判定に使うのは、自我ブロック(1番と2番の位置)にある知覚の要素の組み合わせです。
- 第1(主導)がNe・Si、または第2(創造)がNi・Se → 臨機応変(ILE・IEE・EIE・LIE・LSI・ESI・SLI・SEI)
- 第1(主導)がNi・Se、または第2(創造)がNe・Si → 先見(LII・EII・ILI・IEI・LSE・ESE・SLE・SEE)
数学の面では、この軸は、外向/内向と直観/感覚という2つの基本の軸の掛け合わせです。つまり、外向の直観タイプと内向の感覚タイプが臨機応変、外向の感覚タイプと内向の直観タイプが先見になります。
また、この軸は、互いを補い合うとされる双対関係の2人が、必ず同じ側に入る軸です。例えば、ILEの双対はSEIで、どちらも臨機応変です。LSEの双対はEIIで、どちらも先見です。資源/利益や合理/非合理と同じく、双対の2人で共有される並び方です。反対に、鏡像関係の2人は必ず反対の側に分かれます。
02レイニンはどう定義したか
この軸の出どころは、1980年代にレイニンが行った数学の仕事です。レイニンは、ユングに由来する4つの基本の二分法を掛け合わせると、16タイプを8対8に分ける二分法が全部で15本作れることを示しました。
ですが、数学的に軸が作れることと、その軸に心理的な中身があることは別の問題です。レイニンは2005年の著書(英訳2010年)で、この軸をこう書いています。なお、資料ごとに揺れる訳語(不注意/慎重、無頓着/先見型など)は、名前そのものを話題にする箇所を除き、引用の中もこのページの表記「臨機応変/先見」に揃えています。
この特性は、自身の考えや状況の評価に向かう志向か、何らかの客観的方法、法則、実践的実現の方法に向かう志向かに対応する。臨機応変タイプは、利用可能な資源と何かを行う潜在的機会に注意を払う。先見タイプは計画する能力に頼る。この特性もまたあまり研究されていない。
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The attribute corresponds to the orientation either to one's own ideas and estimation of situation or to some objective methods, laws, ways of practical realization. The careless types pay their attention to the available resources and potential opportunities to do something. The prudent types rely on the ability to plan. This attribute is also poorly studied.
言い換えると、臨機応変の側は手元にあるものと、そこから何ができるかに注意を向け、先見の側は先の段取りを立てる力に頼るということです。「あまり研究されていない」という留保つきである点も、提案者自身の記録として押さえておく必要があります。
また、「利用可能な資源に注意を払う」という言い方は、このあとで見る検証グループの「その場で手に入る情報で解く」という観察と、同じ特徴を指しています。
03アウシュラはどう記述したか
創始者のアウシュラは1998年の連載で、この軸に「不注意―慎重」という名前を付け、両極を何で自分と人を評価するかと、時間の扱いで対比しました。
臨機応変の側は、生産手段や情報の蓄え、感覚の体験の豊かさで、自分と人を評価します。一方、先見の側は、従う人々と使える物の量、そして計画する力、つまり時間を管理する力で評価します。そのため後者を慎重(先見)と呼ぶ、という導入です。いちばんはっきりした対比は、時間の感じ方に出ます。
まず、臨機応変の側の時間です。アウシュラは、臨機応変の側には、落ち着いて均等に流れる暦の時間がそもそも存在しないと書き、こう続けます。
時間は不連続—流れたり、走ったり、跳んだり、完全に止まったり。1時間で何ができるかは、気分、体調、その他のもの、ただし時計が刻むものではないで規定される。
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Время прерывно: то течет, бежит, то скачет, то совершенно останавливается. Что можно сделать за час, определяется настроением, самочувствием или еще чем-либо, но только не тем, что отсчитывают часы.
つまり、臨機応変の側にとって、同じ1時間の中身は、気分と状況しだいで伸び縮みするということです。そのため、時計を前提にした計画とは相性が悪くなります。この点を、アウシュラははっきり書いています。
臨機応変は、何にどれだけの時間がかかるかの概念がない。それゆえ一貫した計画化ができず、計画は非現実的。または計画しないか、計画したものを半分の期間で実行しようと身を引き裂く。
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Беспечные не имеют понятия, что в какое время укладывается. Потому неспособны к последовательному планированию, их планы нереальны. Или совсем не планируют, или разрываются, чтобы запланированное выполнить в половину срока.
言い換えると、計画が立たないのは怠けているからではなく、時間の物差しそのものが状況で動くからだということです。そのかわり、この側の力は、状況が求めたときに出るとされます。力をどれだけ出すかは決まっておらず、いつも状況だけが決める、として、アウシュラはこう書いています。
外見も状況的—ある時は引き締まりエレガント、ある時は違う。意志も状況的に発揮。危険または緊張した状況では他者の模範、それ以外では乱雑さで驚かせる。
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Даже внешний вид ситуативен: то подтянуты и элегантны, то нет. И волю проявляют ситуативно. В опасных или напряженных ситуациях — пример другим, в остальных удивляют своей несобранностью.
つまり、臨機応変の側では、ふだんの乱雑さと本番の集中が同居するということです。備えの薄さと本番の強さは、この側では矛盾しません。
感覚の面で何を価値とするかについて、アウシュラはこう書いています。
不安は、追加の身体感覚に導く限り評価される:寒さ、空腹、走り、揺れ、痛み、その他あらゆる身体的不快—それらは続く感覚的満足—食事、暖、身体的愛撫、安全—と交互に起こる。
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Тревоги ценятся в той мере, в какой ведут к дополнительным физическим ощущениям: холод, голод, бег, тряска, боль и любой другой физический дискомфорт, перемежающийся с последующим сенсорным удовлетворением — еда, теплота, физическая ласка, безопасность.
言い換えると、臨機応変の側では、不快と満足が交互に来る起伏の大きい生活そのものが価値になるということです。アウシュラは、この感覚の豊かさの例として、レールモントフの詩の主人公ムツィーリを挙げています。平穏な2つの命よりも、不安に満ちた1つの命との交換を望んだ人物です。
次に、先見の側の時間です。こちらは正反対です。
時間は外的定数、客観的世界のパラメータであり、「正常な人々」全員が適応するもの。未来への絶え間ない関心。未来に起こりうる不快事や危険の体系的監視。
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Время — внешняя константа, объективный параметр мира, к которому приспосабливаются все «нормальные люди». Постоянный интерес к будущему. Систематическое наблюдение за возможными в будущем неприятностями и опасностями.
上の引用にある「外的定数」とは、自分の気分では変わらない、外に決まった時間のことです。つまり、先見の側にとって、時計とカレンダーは全員が従う客観的な枠だということです。その枠の上で、先に起こりうる不都合を順序立てて見張ることが、先見の側の備えとして描かれています。
生活のリズムの対比も、はっきりしています。
先見の生活のリズムは—速いか遅いか—ほぼ同程度に集中的。これは身体的に充実した絶え間ない生活の感覚を与える。彼らのなかには「毎日新しく始める」愛好者はいない—臨機応変にとっては毎日それが起こるのだが。
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Ритм жизни осторожных — быстрый или медленный — но примерно однообразно интенсивный. Это дает чувство физически полнокровной беспрерывной жизни. Среди них нет любителей «начинать все с начала», как это постоянно каждый день происходит с беспечными
言い換えると、毎日をだいたい同じ濃さで過ごすのが先見の側で、毎日が新しく始まってしまうのが臨機応変の側だということです。
アウシュラは、ほかにも両極を対にした観察を残しています。
- 美的な趣味。先見の側は、物の価値を流行や需要ではなく自分の基準で測り、美術館や劇場の主な客になる。
- 世話のしかた。臨機応変の側は、気が向いたときにではなく、毎日世話する相手をこそ最も世話する。
- 知識の扱い。先見の側にとって、情報に詳しいことはいつも掲げる看板ではなく、必要な場面で使う道具。臨機応変の側にとっての「美しい服装」と同じ、状況しだいの持ち物とされる。
04行動は何が違うか
では、日常の行動としては何が違って見えるのでしょうか。2000年代に、サンクトペテルブルクの研究グループが、タイプ判定の済んだ被験者を集めて、この軸の表れを観察する検証を行いました。その報告(2003年にロシア語で公開されました)は、両極の違いを問題を解くときの情報の取り口として書いています。まず臨機応変の側です。
臨機応変タイプは、その状況で(たとえば与えられた課題の条件の中で)手に入る情報だけを使って問題を解き、解決策を探す傾向がある。したがって、新しい課題のたびに、その課題に合わせた新しい「アルゴリズム」を作る。
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Careless types are inclined to solve a problem and search for a solution using only that information which is accessible to them in that given situation (for example, under the conditions of a given task). Therefore, careless types for each new task make a new "algorithm" to fit the given task.
上の引用にある「アルゴリズム」は、問題を解く手順のことです。つまり、臨機応変の側は、課題ごとに、その場の情報だけで解き方を一から組み立てるということです。
次に先見の側です。
問題を解くとき、先見タイプは自分の経験という広い「プール」から情報を汲む(問いを検討するとき、答えを見つけようとして経験と知識の全体を参照する傾向がある)。先見タイプは、すでに用意され、蓄積された問題解決の方法(アルゴリズム)を使う傾向がある。
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When solving problems farsighted types "scoop" the information from a wide "pool" of their experiences (when considering a question, they are inclined to refer to the entirely of their experience and knowledge in an attempt to find an answer). Farsighted types are inclined to use already prepared, accumulated methods (algorithms) for solving problems.
言い換えると、先見の側は、これまでの経験と知識の全体を見渡して、ためておいた解き方を使うということです。
同じ報告は、ここから分かれていく違いをいくつも挙げています。要点をまとめると、次のようになります。
- 答え方の文脈。臨機応変の側は、答えだけを言う。答えに至る準備の段階や情報を集めた経緯は口にせず、言わずに含ませる。先見の側は、答えを探した経緯・状況・手元にあった情報まで、広い文脈ごと話す。
- 方法の再利用。先見の側は解き方をためて何度も使うので、同じ種類の課題には同じ手順が出てくる。臨機応変の側は毎回その場で組み立てるので、同じ種類の課題でも前回と違う解き方になることがある。
- 「見越す」という言葉の使い方。臨機応変の側は「見越す」を一般的な語として使う。たいていは「見越せたらいいのだが」「全部は見越せない」という形になる。先見の側は「見越す」を一般的な語としてはあまり使わず、かわりに具体例で見越し方そのものを示す。
例えば、報告が観察の題材にした「旅行の準備」の回答は、対比の見本になっています。
- 臨機応変の側: 「荷物は最小限にする。すべてに備えることはできない」「何かは必ず忘れる。娯楽は行った先で見つかる」
- 先見の側: 「旅行は初めてではない。何が要るかは分かっている。現地の言葉を少しは覚えておく必要がある」「出発前には必ず支払いを済ませておく。帰ってきたときに嫌な驚きがないように」「初めてのイタリア旅行ではドライヤーとアイロンを持って行ったが、ホテルに両方あった。それでもカメラの電池とフィルムは事前に用意できるものだ」
先見の側の最後の回答では、ドライヤーの失敗談が「それでも電池は事前に用意できる」という手順の更新につながっています。つまり、これは方法の再利用の実例でもあります。
報告には、両極のかみ合わない対話も採録されています。「このボタンは家のリモコンと同じだから、チャンネルは変わらない」(先見)、「ちょっと触らせてみて」(臨機応変)、「無駄に試してどうする?」(先見)。経験から結論を出す側と、目の前で確かめる側の小さな衝突です。
05相手からどう見えるか
二分法では、反対の側が「欠点のある自分」のように見えることがあります。この軸でも、互いの印象はすれ違うとされます。
先見の側から臨機応変の側を見ると、備えず、調べず、その場しのぎで動く人に見えることがあります。反対に、臨機応変の側から先見の側を見ると、起きてもいない不都合を数え上げ、準備に時間を使う人に見えることがあります。
どちらも、情報の取り口が違うだけです。臨機応変の側が備えないのは、その場の情報で解ける自信の裏返しです。先見の側が心配するのは、蓄えた経験をいつも参照している状態が、外から見えた姿です。
例えば、先ほどの対話で、先見の側の「無駄に試してどうする?」は、蓄えた経験に基づく節約です。一方、臨機応変の側の「触らせてみて」は、その場で確かめるやり方そのものです。相手のやり方を欠陥として読んだときに、衝突が起こります。
また、この軸は双対の2人が必ず同じ側に入る軸なので、このすれ違いは、相性が良いとされる2人のあいだでは起きません。アウシュラの記述が、ILEとSEIの組、LSEとEIIの組のような双対の組ごとに書かれているのは、そのためです。
旅行の荷造りでいえば、最小限で出かける2人組と、事前に準備する2人組ができることになります。同じ「ちゃんと備える」という言葉が、片方の組では持ち物の充実を、もう片方の組では身軽さの確保を意味するわけです。
06見分け方と実証研究
見分けるときに実際に使える手がかりは、次の4つです。
- 準備の聞き方。「旅行にどう備える?」と聞いて、「最小限。現地でなんとかなる」と返るか、「毎回の持ち物リストがある。事前に調べる」と返るか。
- 答えの文脈。質問への答えが結論だけか、探した経緯と手元の情報の説明つきか。
- 「見越す」の使い方。「全部は見越せないよ」と一般論で使うか、見越した実例を具体的に語るか。「行動は何が違うか」で見た語彙の観察です。
- 時間の見積もり。「それ、何分かかる?」に時計を基準に即答するか、「ものによる」「乗れば早い」と状況を基準に答えるか。「アウシュラはどう記述したか」で見た時間の感じ方に対応します。
ただし、この軸を単独のテストで測ろうとした研究は、否定的な結果を出しています。心理学者のタラノフ(Viktor Talanov)は2003年、合計1,800人を超える大きな標本で、基本の4軸とレイニンの派生の11軸をまとめて検定しました。
我々のシリーズの6つの実験のいずれにおいても、レイニン特徴に心理学的内容は検出されなかった。すべての実験において、レイニン特徴の心理学的な内容的充実の確からしさに関して、帰無仮説が裏づけられた。
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Ни в одном из 6-ти экспериментов нашей серии у признаков Рейнина не выявлено психологического содержания. Во всех экспериментах в отношении вероятности психологического содержательного наполнения признаков Рейнина подтвердилась нулевая гипотеза.
上の引用にある帰無仮説は、統計で「関連はない」とする仮説のことです。つまり、6つの実験のどれでも、レイニン特徴(派生の11軸)に心理的な中身は確かめられなかったということです。
臨機応変/先見は、職業選択(1,446人)との関連が、一見すると有意(P=0.04)に見えた軸です。ですが、原文はこれをアーティファクト(標本の偏りが作る見かけの効果)と判定し、その中身まで書いています。
たとえば「無頓着」のなかには感覚的内向型よりも直観的外向型が本質的に多かった。この種の「偏り」を除去した後、帰無仮説はすべてのレイニン特徴について裏づけられた。
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так, среди «беспечных» было существенно больше интуитивных экстравертов, чем сенсорных интровертов). После устранения подобных «перекосов» нулевая гипотеза подтвердилась для всех признаков Рейнина.
上の引用にある「無頓着」は、このページの臨機応変のことです。臨機応変の側は、タイプの数でいえば外向の直観タイプと内向の感覚タイプが4つずつですが、標本では前者の人が大きく偏って多かったということです。つまり、見かけの関連は、軸そのものではなく、標本の偏りが持ち込んだ基本の軸の効果だったという指摘です。
また、質問紙240問との相関0.80は、派生の11軸の中では最大の値です。ですが、それでも下の図のとおり、偶然と区別できる水準には達しませんでした。
タラノフの実験(2003年・447人)。点線(0.91)を下回る値は、偶然のばらつきと区別できない。
数値はタラノフ「レイニン特徴の実験的研究」(2003年、ソシオニクス新聞 №07-08)表3より
この軸には、同じ名前の心理的な因子と直接突き合わせた検定があります。340問の質問紙を因子分析すると、「無頓着―先見」、このページの軸名でいえば臨機応変/先見と解釈できる心理的な因子が、実際に取り出せます。しかも、この因子は基本の4軸から独立しています。
同じ名前の因子を実際に測って突き合わせられたのは、15本の中でこの軸だけです。つまり、「備えない気楽さ―先を見た用心」という心理的な性質そのものは、質問紙の上に実在します。
タラノフの第6実験は、この実測の因子と、タイプから外向/内向と直観/感覚の積として計算した同じ名前のレイニン特徴を、1,820人の標本で直接突き合わせました。その結果、相関は−0.08で、正の相関ですらありませんでした(統計的にはゼロと区別がつかない値です)。
この結果の意味は、はっきりしています。「気楽/用心」という性質は測れるのに、タイプから導いた「臨機応変/先見」の分類は、その実測とほとんど重なりませんでした。つまり、示されたのは性質の不在ではなく、分類と性質の不一致です。
実測の因子に強く結びついた質問には、次のようなものがあります(後者は逆方向)。
- 「私の主義—愉しみと快楽は今日の私に必要なのであって、明日ではない」
- 「決定を下す前に、私は長いあいだ、すべての選択肢をいわば『味見』しながら試し選ぶ」
どちらも、日常語の気楽さと用心そのものだと言えます。
また、タラノフは同じ論文でペテルブルクの検証グループの観察研究についても、「仮説を精緻にする仕事ではあるが、検証にはまだ着手すらしていない」と評しています。言い換えると、観察研究は仮説を細かくしただけで、確かめる段階にはまだ入っていないという評価です。
まとめると、質問紙の上の同じ名前の性質と、タイプの分類は一致しませんでした。一方、観察報告は、「その場の情報で解く/蓄えから解く」というふるまいを記述しています。そのため、判別に使うなら、自己申告の「私は気楽な性格だ」ではなく、答えの文脈と準備のしかたを観察する必要があります。
07使うときの注意
最後に、この軸を使うときの注意を3つにまとめます。
名前で判定しないこと。古い名前の「不注意/無頓着」はだらしなさの評価ではなく、「慎重」は臆病さの評価ではありません。アウシュラ自身、臨機応変の側は危険や緊張の場面では「他者の模範」になると書いており、備えの薄さと本番の弱さは別の話です。
さらに、日常語の「気楽な性格/用心深い性格」とこの軸のタイプの分類は、実際に測ると重なりませんでした(「見分け方と実証研究」)。性格の気楽さからこの軸を判定する方法は、統計の面でも使えません。「備えるのが好きかどうか」を尋ねる自己申告のテストがこの軸を測れない理由も、この不一致で説明がつきます。
この軸だけでタイプを決めないこと。臨機応変/先見は、タイプから導かれる15軸の1つです。逆に、この軸1つからタイプは決まりません。8タイプずつの大きなまとまりであるうえに、レイニン自身が「あまり研究されていない」と書いた軸です。
しかも、「見分け方と実証研究」で見たとおり、この軸には、標本の偏りを通じて基本の軸の効果が紛れ込みやすいことまで分かっています。そのため、1つの観察だけを過信しないほうが安全です。
実証の水準を混ぜないこと。P=0.04という見かけの数字は、原文自身がアーティファクトと判定しています。また、直接突き合わせた第6実験の相関は−0.08でした。原典の記述と観察報告は読み物として豊かですが、統計で確認された性質として引用できる段階にはありません。
08両極のタイプ一覧
両極の8タイプずつを、一覧で再掲します。この軸は双対の2人が同じ側に入る並びなので、相性が良いとされる相手と自分は、同じ側にいることになります。自分のタイプがどちらに入っているかを確かめたら、情報の取り口と準備のしかたに、心当たりがあるかを照らし合わせます。旅行の準備のような日常の話題でも確かめられます。合わないと感じたら、それはタイプの判定そのものを見直す手がかりにもなります。二分法は、判定の答え合わせにも使えるからです。
引用索引
本文で引用した出典を、登場した順にまとめます。引用の日本語は原文から訳出したものです。
- [1]グリゴリー・レイニン『Socionics: Typology. Small Groups.』(2010)第III部 本文へ
- [2]アウシュラ・アウグスティナヴィチューテ「レイニン特性理論」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 第5部(№5)(1998年) 本文へ
- [3]アウシュラ・アウグスティナヴィチューテ「レイニン特性理論」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 第5部(№5)(1998年) 本文へ
- [4]アウシュラ・アウグスティナヴィチューテ「レイニン特性理論」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 第5部(№5)(1998年) 本文へ
- [5]アウシュラ・アウグスティナヴィチューテ「レイニン特性理論」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 第5部(№5)(1998年) 本文へ
- [6]アウシュラ・アウグスティナヴィチューテ「レイニン特性理論」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 第5部(№5)(1998年) 本文へ
- [7]アウシュラ・アウグスティナヴィチューテ「レイニン特性理論」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 第5部(№5)(1998年) 本文へ
- [8]サンクトペテルブルクのソシオニクス作業グループ『レイニン特徴の中身: 実地研究の結果』(原題:Наполнение признаков Рейнина: результаты практических исследований、2003) 「臨機応変/先見」の節 露語の報告。公開元の dynamicsocionics.ru は閉じており、Internet Archive の写しで読める。英訳は Wikisocion「Reinin Dichotomies: Study Results」 出典リンク 本文へ
- [9]サンクトペテルブルクのソシオニクス作業グループ『レイニン特徴の中身: 実地研究の結果』(原題:Наполнение признаков Рейнина: результаты практических исследований、2003) 「臨機応変/先見」の節 露語の報告。公開元の dynamicsocionics.ru は閉じており、Internet Archive の写しで読める。英訳は Wikisocion「Reinin Dichotomies: Study Results」 出典リンク 本文へ
- [10]ヴィクトル・タラノフ「レイニン特徴の実験的研究」『ソシオニクス新聞』誌 №07-08(2003年) 本文へ
- [11]ヴィクトル・タラノフ「レイニン特徴の実験的研究」『ソシオニクス新聞』誌 №07-08(2003年) 本文へ
