被監督
Supervisee自分の第1機能と第2機能と同じ情報要素が、相手の1=2,2=3の位置に入る
他:3=4,4=1,5=6,6=7,7=8,8=5


被監督関係は、見られている気がする関係です
逆向きの関係: 監督関係
01被監督関係とは
被監督関係は、監督される側の主導機能の要素が相手の創造機能に、創造機能の要素が相手の規範機能に入る組み合わせです。相手から見ると対応が違うので、監督される側から見れば被監督関係、監督する側から見れば監督関係です。この2つは別の関係として数えます。2人は隣のクアドラに属し、大切にする4つの情報要素(価値要素)のうち2つが重なります。自分がILEなら、自分を監督する相手はEIIです。
特徴
監督される側の脆弱機能には、監督する側がいちばん得意とする主導機能の要素が入ります。相手が自然に出していることが、自分には最も批判に弱いところへの圧力になりがちです。自分から同じ強さで返せるものはないので、影響は一方向に偏ります。
一方、監督される側の主導機能の要素は、監督する側の創造機能に入ります。自分がいちばん大事にしていることを、相手は得意なやり方で扱えます。そのため、自分の中心にあるやり方まで手直しされるように感じることがあります。
また、監督される側の創造機能の要素は、監督する側の規範機能に入ります。自分が得意なやり方で動くと、相手が人並みを保とうと気を張る領域を刺激します。最初は不満そうな反応が返ってきがちなのは、このためだとされています。
このように、監督される側から見ると、相手は認めてほしいのに認めてくれない人に見えやすい関係です。相手の一言や無言の反応まで、自分への評価として受け取りがちです。
付き合い方のコツ
まず、相手の指摘を、自分の全部への評価として受け取らないようにします。相手には軽い一言でも、自分には重く受け取られがちです。アウシュラによれば、監督される側は相手の一時的な意見まで、自分への是認や不是認として受け取ります。
また、話題を選ぶと緊張は小さくなります。フィラトワは、監督される側の脆弱機能に触れない話題では、監督の圧力は生じないと書いています。
その領域で、相手と張り合わないことも大事です。グレンコは、監督される側が人前で議論や指示を仕掛けても、たいてい結果は出ないと書いています。困ったときは、個人的な問題として相手に打ち明けるほうが、関係は落ち着きやすいとされています。
最後に、近づきすぎないことです。同じ部屋で長く一緒に働くと負担が大きくなりやすいので、作業場所や受け持ちを分けるのも1つの方法です。アウシュラは、十分に安全な距離があれば互いを認め合えると書いています。
02研究者はどう書いたか
アウシュラは『ソシオニクス入門』の関係理論で、この関係を「社会的統制の関係」と呼んでいます。監督する側を統制者、監督される側を被統制者として、被統制者から見た統制者をこう書いています。
統制者のそのような謎めいたところは被統制者の側にはない。被統制者は自分の統制者の可能性にかなり通暁している。残念ながら、その些細さ、お節介さ、限定性があまりにも「目障り」なのだ。
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В отношении контролера такой загадочности нет. Подконтрольный совсем неплохо разбирается в возможностях своего контролера. К сожалению, слишком часто «претят его мелочность, назойливость и ограниченность».
言い換えると、監督される側には相手の力量がよく見えていて、その細かさやお節介が目障りに映るということです。アウシュラは、監督する側は自分の影響に気づいていないと書いているので、2人の見え方は反対の向きです。
アウシュラは、統制者の信号は被統制者のいちばん弱い機能で直接受け取られると書いています。そのため、是認は際立って快く、ささいな叱責は際立って不快になりうるという見方です。
レイニンは『ソシオニクス: 類型論・小集団』で、監督される側の感覚をこう書いています。
被監督者は、何か間違ったことを絶えずしているような感覚を持つ。われわれの誰しもが人生で少なくとも一度はこの感覚を持ったことがある。特定の人物が部屋に入ると、物が手から零れ落ち始め、私はストレスを感じ、何かがおかしい…。「私は何か間違ったことをしている…彼/彼女は私を見なかった…一言も言わなかった…」。
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The subordinate has a feeling as if he/she is constantly doing something wrong. Each one of us at least once in our lifetime has had that feeling: when a particular person enters the room things begin to fall out of my hands, I am stressed, something is wrong… "I am doing something wrong… he/she did not look at me… did not say a word…
つまり、相手が近くにいるだけで、自分が何か間違っている気がするということです。相手が何も言わず、こちらを見てさえいなくても、落ち着かなくなる感覚です。
レイニンは、2人が同じ部屋にいると監督される側は生産的な仕事ができないとも書いています。限られた空間で長く一緒に働く集団では、衝突につながりうるとしています。
同じ節で、レイニンは監督される側が相手をどう見るかをこう書いています。
監督者とは、厳密に言えば、われわれが行ったことについて報告する相手である。彼/彼女がわれわれから報告を期待していない場合でも、そうである。被監督者は絶えず監督者を仰ぎ見る。「私はどうやっていますか?私はうまくやっていますか?」
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The supervisor is, strictly speaking, a person to whom we report about what has been done even though he/she does not expect any reports from us. The subordinate is constantly looking up to the supervisor: “How am I doing? Am I doing OK?
言い換えると、監督される側にとって相手は、求められていなくても報告したくなる人だということです。うまくやれているかを、いつも相手の目で確かめたくなる様子が書かれています。
レイニンは、監督する側の主導機能の要素が自分の脆弱機能に入るため、相手は問題の解き方を教えてくれる重要な人に見えるとも書いています。
フィラトワは『ソシオニクスの鏡の中の人格』で、監督関係の圧力の向きをこう書いています。
ここでは一方のパートナー—「監督者」と呼ばれる—の最も強いプログラム機能から、もう一方のパートナー—被監督者、あるいは監督される者と呼ばれる—の最も傷つきやすい痛点機能へと、圧力が及ぼされる。同時に逆方向の圧力は存在しないため、関係は一方的に極めて否定的な性格を帯びることがある—もちろん、より苦しむのは監督される者である。(中略)私たちの誰もが、誰かにとっての監督者でありながら、誰かにとっての被監督者でもあるのだ。
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здесь осуществляется давление самой сильной, программной функции одного из партнеров — он называется «ревизор» — на самую ранимую, болевую — другого, который носит название подревизный, или ревизуемый. В то же время обратного давления нет, поэтому отношения могут принять односторонне крайне негативный характер — больше, конечно, страдает ревизуемый. (中略) каждый из нас для кого-то ревизор, а для кого-то — подревизный.
上の引用にある痛点機能は、脆弱機能のことです。相手のいちばん強い機能が、自分のいちばん弱い機能へ一方的に働くという説明です。逆向きの圧力は無いので、より苦しむのは監督される側だと書いています。
フィラトワは、親子の監督関係でも、監督される側が絶えず圧力を受ける重い場合がありうるとも書いています。
フィラトワは、すべての機能がいつも相互作用するわけではなく、監督の経路を通らない交流では緊張が生じないとも書いています。例に挙げたのは、友人どうしだった『戦争と平和』のピエールとアンドレイ公爵(ILI)です。
アンドレイ公爵とピエールが主に議論するのは、哲学的な問題、善悪の問題、戦争、宗教であり、軍事作戦の帰趨を予測することを思い出そう。これらの問題はすべて、内向直観〈Ni〉、そして部分的には内向倫理〈Fi〉、内向論理〈Ti〉の内容であるが、ILIにとって痛点である外向倫理〈Fe〉の感情性とは何の関係もない。
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Вспомним, что князь Андрей и Пьер в основном обсуждают философские проблемы, вопросы добра и зла, войны, религии, прогнозируют исход военной кампании. Все эти вопросы — содержание функции БИ и, частично, БЭ, БЛ, но они не имеют никакого отношения к болевой для ИЛИ эмоциональности ЧЭ.
アンドレイ公爵は監督される側で、脆弱機能にFe(外向倫理)を持つILIです。言い換えると、2人の会話がアンドレイ公爵の脆弱機能に触れない話題で進んでいたので、監督される側でも友人でいられたということです。自分の苦手に入る話題を避ければ、緊張は小さくなると読めます。
ストラティエフスカヤは、監督される側に残るものをこう書いています。
監督関係の破壊的な影響から完全に抜け出すことは、監督される側にはできません。監督する側が去っても監督は残り、影のように監督される側につきまとい、本人の中で生き続けます。
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Полностью избавиться от разрушительных последствий ИТО ревизии подревизному не удаётся: ревизор уходит, ревизия остаётся и преследует подревизного , как тень, продолжая жить в нём самом – в его остаточных страхах и вызванных ими зажимах и блокировках приоритетов его собственной ЭГО- программы , в блокировках и комплексах его ТНС, в его ментальном и витальном подчинении чужой воле, чужим требованиям, чужим настойчивым советам и рекомендациям.
つまり、相手が離れたあとも、監督された影響は自分の中に残るということです。関係が終われば元に戻るとは限らない、という見方です。
グレンコは『64の肖像』で、監督関係を「社会監督関係」と呼び、監督される側をこう書いています。
監督関係は、監督者が監督される側を保護下に置く関係と呼ぶことができます。これは後者にとって非常に押しつけがましいかもしれません。自分の脆弱性を感じて、公の場では監督される側はこの保護から抜け出そうと試みる傾向があります。彼は監督者を傷つけようとし、彼と議論し、指示を出そうとします。しかし、こうした試みは通常、何の結果も伴いません。
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The revision relationship can be called the relationship of the revisor’s custody over the revised, which may be very intrusive for the latter. Sensing his vulnerability, in public the revised is inclined to make attempts to get out of this care: he tries to wound the revisor, argues with him, and tries to give him instructions. However, such attempts usually do not end with any result.
ここでいう監督者は監督する側のことです。相手の保護がわずらわしく、人前では抜け出そうとしても、たいてい結果は出ないという説明です。相手を傷つけようとしたり議論を仕掛けたりしても、関係の形は変わりにくいと書いています。
グレンコは、監督される側は相手の承認を強く求めるのに、監督する側は絶えず監督される側を過小評価するとも書いています。
03しくみ
監督される側の主導機能・創造機能と同じ情報要素は、相手の側では創造機能・規範機能の位置に入ります。逆に監督する側の主導機能・創造機能は、相手の脆弱機能・主導機能の位置に入ります。
行きと帰りで対応が違う「非対称関係」なので、どちらの側に立つかで体験が変わります。この向きの違いが、被監督関係の一方通行になりやすい性質のもとになっています。このページは監督される側から見たもので、監督する側から見た関係は監督関係のページで扱います。ペアごとの対比図と具体的な解説は、下の各ペアのページに掲載しています。
自分の8つの機能の要素が、相手のどの機能に入るかを並べると次のとおりです。
04付き合い方
グレンコは『64の肖像』で、関係ごとに「関係を強めるための推奨事項」を置いています。監督関係については、次のように書いています。
互いへの批判的な態度を考慮に入れなさい。監督される側は、監督者を全体としては批判せず、彼の特定の行為を批判します。監督者はその逆で、監督される側の特定の欠点を許しますが、彼の立場や信念を全体として批判します。
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Take into account the critical attitude towards each other. The revised does not criticize the revisor entirely, but his specific actions. The revisor, on the contrary, forgives the auditee for specific flaws, but criticizes his position or beliefs as a whole.
ここで勧められているのは、批判の向きが2人で違うと知っておくことです。監督される側は相手の個々の行いを批判し、監督する側は監督される側の立場や信念を丸ごと批判しがちです。自分の全体を否定されたように感じたときも、向きの違いとして受け止められると読めます。
グレンコは、同じ推奨事項の中で、2人の話し方についてこう書いています。
これらの関係は、穏やかでバランスの取れた性質のコミュニケーションでのみ安定します。サプライズを避け、共同で一日を計画し、状況の変化について互いに知らせなさい。関係は、激しい感情なしに、向かい合って明確化されるべきです。監督者は監督される側に事実についての情報を辛抱強く与えるべきです。それによって、彼が冷静にそれらを分析し、結論を導き出せるようにするためです。
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These relationships are stable only with a calm, balanced nature of communication. Avoid surprises, jointly plan the day, and make each other aware of changed situations. Relationships should be clarified face to face, without violent emotions. The revisor should patiently give the revised information about the facts, so that he can calmly analyze them and make conclusions.
言い換えると、驚かせずに一緒に予定を立て、感情的にならずに話すということです。監督する側が事実を辛抱強く伝え、監督される側はそれをもとに自分で結論を出すという役割分担です。
グレンコは同じ段落で、監督される側は個人的な問題を監督する側に打ち明け、監督する側はそれを慰めるとも書いています。
05まとめ
被監督関係は、監督される側の主導機能と創造機能の要素が相手の創造機能と規範機能に入る関係です。呼び名は研究者で違います。アウシュラは「社会的統制の関係」、グレンコは「社会監督関係」と呼んでいます。監督される側の呼び方は、アウシュラが被統制者、レイニンが被監督者です。グレンコは、そのまま監督される側と書いています。
研究者の見方は、監督する側の強い機能が、自分のいちばん弱いところへ一方向に働くという点でそろっています。レイニンは相手がいるだけで何か間違っている感覚が続くと書き、フィラトワはより苦しむのは監督される側だと書いています。
一方で、この関係がどこまで重くなるかについては見方が分かれます。ストラティエフスカヤは相手が去っても影響が残ると書き、グレンコは監督される側が従えば指導と教育の関係にもなると書いています。フィラトワは話題が監督の経路を通らなければ緊張は生じないとし、アウシュラは十分な距離があれば認め合えると書いています。
該当するタイプペア
左が監督される側、右が監督する側です。矢印は監督する側から監督される側へ向きます。
+索引(引用文献)
- [1]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年)第6章 タイプ間関係の理論「社会的統制の関係」 本文へ
- [2]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年) 16関係編「監督関係」 本文へ
- [3]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年) 16関係編「監督関係」 本文へ
- [4]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年)第3部 インタタイプ関係「監督関係」 本文へ
- [5]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年)第3部 インタタイプ関係「監督関係」 本文へ
- [6]Stratiyevskaya『監督の関係』(原題:Интертипные отношения социальной ревизии в эволюционном статическом кольце социального прогресса. Общие выводы、2019年)社会的進歩の環(進化・静的)における監督関係の総括 著者自身のブログ「Соционика от Стратиевской」に再録された著書の章。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [7]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)第III部 16タイプ間関係「監督関係 — 社会監督関係」 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳 本文へ
- [8]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)第III部 16タイプ間関係「監督関係」の「このペアでの関係を強めるための推奨事項」 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳 本文へ
- [9]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)第III部 16タイプ間関係「監督関係」の「このペアでの関係を強めるための推奨事項」 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳 本文へ
注釈
- ※1MBTIとの対応は機能の並びの解釈にもとづく便宜的なものです。詳しくはMBTIとの違い、MBTIとソシオニクスのタイプはどう対応するのかをご確認ください。
- ※2この位置づけは当サイトの目安です。ソシオニクス理論上の指標ではありません。














