外向論理(Te)
結果/効率/事実/データ/計画/実用性/ビジネス
論理×外向。事実とデータの正確さで見極め、効率よく成果につながる手順を整えたい。根拠のない話や、無駄の多いやり方は苦手。


KPI管理/プロジェクト推進/実証的説明/効率化
外向論理(Te)は、ソシオニクスの8つの情報要素のひとつです。「事業論理」という別名でも知られています。通説としてよく挙がるキーワードは、事実・データ・効率・手順。外の世界で確かめられる事実をもとに、実際にうまくいくやり方を組み立てるはたらき、と説明されます。
01一般論 Teはどんな要素か
まず、広く流通している説明から入ります。通説では、Teはよく「何が機能するか」を問う知性として紹介されます。現実から学び、その学びを次の行動に活かして、現実そのものを変えていく、とされます。知識を実用に応用する力や、修理や改善のように手を動かす作業を嫌がらない傾向、という描写も見られます。内向論理(Ti)が「なぜ正しいのか」を問うのに対し、Teは「何が機能するのか」を問う、という対比も定番です。
分類のうえでは、Teは「外向的・合理的・動的」な情報要素とされます。英語圏の解説では「黒い論理(black logic)」という別名も見かけます。名前はさまざまですが、指しているはたらきは同じです。
身近な場面に置き換えてみます。新しい企画の説明を聞いたとき、「そのやり方で成果が出た実例はあるのか」をまず確かめたくなる。作業の流れに無駄を見つけると、先に段取りを組み直したくなる。経営者が売上の数字を見て、その場で戦略を組み替えていく姿も、Teのはたらきの典型例とされます。
MBTI側の解説でも、Te(外向的思考)は「客観的なデータや測定できる結果を重視する」「目標から逆算して効率のよい手順を設計する」機能として、おおむね同じ方向で説明されています。ソシオニクスとMBTIの前提の違いは、後半のMBTI節でまとめます。正確な定義は、次の節から順に見ていきます。
02wikisocionではこう説明される
続いて、海外で広く参照されているオンライン百科事典、wikisocionの記述を見てみます。wikisocionは、Teの扱う中身をこう書いています。
外向論理は対象の外的活動を扱う。すなわち、出来事の「どのように・何を・どこで」、活動あるいは仕事、振る舞い、アルゴリズム、動き、そして行為である。
ここで押さえたいのは、Teの見ているものが頭のなかの理屈ではなく、外の世界で進行している活動や行為だと明言されている点です。「どのように・何を・どこで」という問いの形は、次に見る創始者アウシュラの定義へそのままつながります。
03創始者アウシュラの定義
その創始者、アウシュラ・アウグスティナヴィチューテ(Aushra Augustinaviciute)の定義に遡ります。アウシュラは、Teにあたる知覚を「行為についての情報」として説明しました。
身体的活動、行為についての情報が知覚される。生きたもの、生きていないものの活動についての情報である。(中略)行為の過程のなかで起きていることを見分ける能力を与える。それによって、行為の方法を考案できるか、合理的な行為を非合理的な行為から区別できるか、他者の仕事を指揮できるかが規定される。
長い定義ですが、核は2つに絞れます。Teが受け取るのは「いま行われている行為」の情報であること。そして、その行為が合理的か非合理的かを見分けるはたらきだということです。ここでの「合理的」は、目的に対してやり方が理にかなっている、という意味です。冒頭の分類用語の「合理的」(判断側の機能というラベル)とは、別の日常語としての使い方です。うまいやり方とまずいやり方を見分ける技能、とも読めます。
もうひとつ注目したいのは、この定義に「自分の損得」という言葉が出てこない点です。見分ける対象は、あくまで行為そのものの合理性です。だから自分の仕事だけでなく、他者の仕事の巧拙も同じものさしに乗ります(引用の終わりにある「他者の仕事を指揮する技能あるいは不器用さ」)。この点は、後半のよくある疑問でもういちど取り上げます。
アウシュラは、行為がなぜ情報になるのかも説明しています。
すべての生きているものは、その視野にある対象に起きていることに注意深い。それらが静止状態にあるか(死点—ポテンシャル・エネルギー)、興奮し活動の準備をしているか(圧縮)、緊張し活動の用意ができているか(死点—点火)、動いているか(作動行程)。有機体自体あるいはその位置における各変化は、エネルギー代謝の行為であるのみならず、周囲の生ける存在への情報的シグナルでもある。
静止しているか、活動の準備をしているか、動いているか。アウシュラは対象の状態をこう段階に分け、その各変化が周りの生き物へのシグナルになると書いています。
04ユングまで遡る
Teの発想は、ソシオニクスより前、ユング(C.G. Jung)の『心理学的類型』にまで遡れます。ユングは、思考を方向づける要因を2つに分けたうえで、外向的思考をこう位置づけました。
思考一般は、2つの源泉から養われる。第一に、主観的な、突き詰めれば無意識的な根から。第二に、感覚知覚を通じて伝えられる客観的データから。外向的思考は、前者よりも後者の要因によって、より大きく条件づけられる。判断はつねに基準を前提とする。外向的な判断にとって、有効で決定的な基準は、客観的な条件から取られた標準である。それが客観的に知覚できる事実によって直接に示されるか、客観的な観念として表現されるかを問わない。
外向的思考は、判断の材料と出発点を外の世界に置く思考です。内向的思考(Tiにつながる系譜)が出発点を内側に置くのと、方向が逆になっています。あわせて押さえておきたいのは、外から取った基準であれば、それが目の前の事実でも、外から受け取った観念でもかまわないという点です。ユングは、外向的思考タイプについてこうも書いています。
このタイプの人間は、自分自身のためだけでなく周囲の人々のためにも、客観的現実そのものか、あるいは客観に方向づけられた知的公式かの、いずれかに決定権を与える。この公式によって善と悪が測られ、美と醜が決められる。(中略)この公式は世界の意味と対応しているように見えるため、それは世界法則ともなり、その実現は個人としても集団としても、いついかなるときにも達成されねばならない。
ユングは、この思考が最優先になる人が社会で何をするかも書いています。
公式が十分に広ければ、このタイプは社会生活で非常に有用な役割を果たしうる。改革者として、公的な不正を告発する者として、公共の良心を浄化する者として、あるいは重要な革新を広める者として。(中略)彼らの最良の面は、影響圏の周縁に見いだされる。
後半の一文は、公式の圧が最も強く当たるのは身近な人のほうだという指摘です。外の基準を組み立てて物事を測る働きは、遠くの社会に対しては改革として働き、近くでは窮屈さとして働くことがある。同じ機能の表と裏として書かれています。
「公式」とは、外向的思考タイプが客観的データから組み立てる、生活を測るための知的な基準のことです。ただし原文でこの箇所は、外向的思考タイプを純粋な型として描いたくだりにあります。ユングはまた、商人や技術者、自然科学の先駆者といった実務家を例に挙げ、彼らの実践的な思考に客観的な方向性がはっきり表れると述べています。外のデータから基準を組み立て、その基準で物事を測る。この骨格は、いま見たアウシュラの「合理的な行為を見分ける」定義と同じ向きです。この向きのそろい方は、研究者ごとの定義でも続きます。
05研究者はどう定義したか
ここからは、研究者ごとの定義を並べます。先に結論を言うと、Teは研究者のあいだで定義の向きがよくそろっている要素です。
その前に、呼び名の整理をひとつ。ソシオニクスの情報要素は、研究者によって呼び名が変わります。外向論理(Te)は、一般には「事業論理」と呼ばれますが、Stratiyevskayaの著作では「ビジネス論理」と表記されています。
Gulenkoは、Teを事業論理(記号P)と呼びます。Gulenkoの記述で目立つのは、Teを効率と有用な活動に結びつける点です。
心理的に、Pのコミュニケーション的アスペクトは、運動興奮の状態、有用な活動への渇きを生み出す。P状態において、人は効率の上昇を体験し、エネルギッシュかつ目的意識的になる。
「P状態」は、Teがはたらいている状態を指します。じっとしているより、役に立つ活動へ向かう。効率が上がり、目的がはっきりする。Gulenkoはさらに、この状態が長く続く人は集団を動かす原動力の役割を非公式に担うようになる、とも述べています。
Gulenkoは、この役割にもうひとつの面があると続けます。
彼は労働的なリズムをもって、近距離でコミュニケーションを取るすべての人を意図せずに巻き込む。この理由から、作業集団はそのような人を公式リーダーに指名する。チームにおけるP役の第2の側面は公式リーダーである。
働くリズムが周りを巻き込み、その結果として集団から公式のリーダーに指名される、という順序で書かれています。
Reininは、Teを「黒い論理」と呼びました。記述は具体例の列挙が中心です。
黒い論理。客観的世界の論理—客観的状況、事実。例:日が始まり、雨が降り出した。システム、統計。出来事の列。例:「橋が崩落したので私は仕事に遅れた」。法律、政府の政策、パスポートのスタンプ、交通法規、価格、私的な別荘財産、私の領土、ユニットの設計図。客観的に思考する人々は通常こう尋ねる:「物事の現実を知りたい」。
英語のラベルはObjective logic(客観的論理)。並んでいるのは法律・統計・価格・設計図といった、誰が確かめても同じ答えになる外界の事実です。ここは、Tiと事情が違うところです。Tiでは、同じ要素を「客観的」と呼ぶ研究者もいれば、「主観的」と呼ぶ研究者もいます(この事情は内向論理(Ti)のページで扱っています)。Teにはそのずれが見当たりません。アウシュラの「行為の合理性」、Gulenkoの「効率」、Reininの「客観的世界の事実」が、素直に同じ方向を指します。
Stratiyevskayaは、Teを「ビジネス論理」と呼び、労働そのものに価値を置く論理として説明しました。
理性的行動の論理—これは労働を人生上の価値とみなす—技術、過程、方法、規則、アルゴリズム、原因と結果。事業性、節約的で効率的な行動。合理化、技術性、創意工夫。合目的性、健全な分別。
技術、過程、方法、規則。並ぶ語はどれも「どうやるか」の語彙です。呼び名は「事業論理」「黒い論理」「ビジネス論理」と割れても、「行為とやり方の合理性・効率を、外の事実で確かめる」という核は、どの研究者にも共通していると言えそうです。
Filatovaは『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001年)で、情報要素を、その要素が強い人の典型像として説明しました。Teについての記述はこうです。
外向タイプの論理型は、主要な注意を周囲世界の物質的な対象に向ける。彼が興味を持つのは生産の過程、テクノロジー、工業製品や農業生産物の利用の効率である。何かを自分の手で作るのが好きで、機械や機構の動作原理を理解するのは彼には容易である。自分の行動においてはもっぱら事実に依拠し、事実を真理の根本的な基準と考える。
「事実を真理の根本的な基準と考える」という一文が、Teの強い人の判断のしかたとして書かれています。
ここからは、ソシオニクスの専門誌に論文を発表してきた研究者の記述に移ります。
Yermakは、Teにあたる情報のまとまりを、「仕事」という日常語から説明しました。
私たちは対象を用いて働くか(広い意味で—道具)、対象に対して働くか(労働の対象)である。「仕事」という概念をここでは広い意味で理解すべきである。
引用内の強調は原文のままです。そのうえでYermakは、この側面が「事業論理」とも呼ばれ、Pという文字で記される、と整理しています。仕事、道具、労働。Teの持ち場が、頭のなかではなく作業の現場にあることが、語彙の選び方からも見て取れます。
同じ枠組みは、8年後の著書『人を理解することを学ぶには』(2005年)で、意味論の定義として整理し直されます。
こうして、明らかに、我々にとってオブジェクトの唯一の重要な特性は、作業的、技術的過程(これらの語の広い意味で)における利用である。それゆえ、オブジェクトに関する情報の本質的構成要素(アスペクト)の意味論は、「仕事」という概念で一般化することができ、言語で同じか近い意味で用いられる一連の語によって詳細化できる。ソシオニクス文献では、このアスペクトの他の名称が見られる—外向論理、または A. アウグスティナヴィチューテによってかつて導入され、ほぼ正統化されつつある名称、ビジネス論理(以下、こうした参照の2番目の名称はすべて、今日ソシオニクスで受け入れられているものを指す)。
対象について残す情報を作業や技術の過程で使えるかどうかに絞り、その全体を「仕事」という一語で一般化しています。
1995年の論文の冒頭でKarpenkoは、これから書くのが論理的な根拠づけの弱い描像だと断っています。感覚・倫理タイプに典型的な、自分の主観的な知覚の公表という位置づけです。そのうえで、2つの論理を一人称の言い方で対にしました。
そしてこの一対の機能にも、同じ「黒白」の違いを見出すことができる。□(Ti)では—私は体系を組み立てる、私からは独立に存在している構造を私は見ている—であるのに対し、■(Te)では—私は行う、私は変える、私は乗り越える、私は出来事の中に組み込まれており、出来事は私の内部でも起きている—なのである。
引用の「黒白」は、Ti(内向論理)とTe(外向論理)の対を指します。Tiは自分から独立した構造を見る側、Teは「私は行う、私は変える」と出来事の内側に入る側です。
Karpenkoは、同じ要素でもどのクアドラ(16タイプを4つに分けたグループ)で使うかによって「次元数」が変わると論じました。次元数とは、機能が参照できる情報の幅を1〜4の段階で表す物差しです。Teの次元数で注目されるのは、Tiと並びが逆になるという指摘です。
問題は、対応するアスペクトの次元数の断絶によって先鋭化する。αクアドラにとって構造論理(□(Ti))は四次元、δクアドラにとっては一次元である。しかしビジネス論理(■(Te))については逆の関係が成り立つ。
引用の「構造論理」はTiを、「ビジネス論理」はTeを指しています(四角形の記号は原文の表記です)。Tiの次元数は、第1クアドラ(アルファ)の4次元から第4クアドラ(デルタ)の1次元へ下がっていくのでした。Teはその裏返しで、第4クアドラへ向かうほど大きくなります。Karpenkoは続けて、第4クアドラのTeは4次元でグローバル、第3クアドラは3次元で状況的だと述べます。第2クアドラは2次元で、ビジネス活動が規範で統制される社会の性格につながるとされます。第1クアドラは、引用にある「逆の関係」のとおり1次元にあたります。実際Karpenkoは、第1クアドラ出身の成功したビジネスマンについて、その成功は商業的な計算ではなく、うまいアイデアと新しい方法の適用によるものだと論じています。
呼び名は割れても、Teが扱う情報が行為とやり方の合理性・効率である点は、ここまでの研究者に共通します。割れるのは示し方で、Karpenkoは「私は行う、私は変える」という一人称、Yermakは「仕事」という用語の意味論、Filatovaは事実に依拠する人物像を選びます。Gulenkoは効率が上がる状態として書き、Reininは法律や統計や設計図を並べ、Stratiyevskayaは「どうやるか」の語彙を一覧にします。
様式が分かれる理由について、Karpenkoは自分の記述を感覚・倫理タイプに典型的な主観的な知覚だと断っていました。ほかの研究者についても、書き手のタイプや専門が様式を左右しているのかもしれません。
06他の要素との違い
TeとTiの違い
Teと混同されやすいのが、同じ「論理」のTiです。Teが確かめるのは外の世界で実際に機能するか、事実と合っているか、Tiは内側で筋が通っているか。GulenkoはTeの思考を「もし〜ならば」の因果の連鎖と描いています。くわしくは内向論理(Ti)のページで扱います。
TeとFeの違い
同じ「外向」の判断でも、Teの根拠は確かめられる事実と成果、Feの根拠はその場に流れる気持ちや雰囲気です。Teは事実として効くかを重んじるぶん、場の気持ちへの手当ては後回しになりやすいとされます。くわしくは外向倫理(Fe)のページで扱います。
TeとFiの関係 — 補償のペア
Teと対の内向倫理(Fi)とは補い合う関係です。モデルAでは、Teが主導機能(1番目)に入ると対のFiは必ず暗示機能(5番目)=人から届けられると強く満たされる位置に入ります。外は成果で、内は好悪でという分担です。くわしくは内向倫理(Fi)のページで説明します。
07モデルAでの位置
同じTeでも、モデルAのどの位置に入るかで出方が大きく変わります。自我ブロック(主導・創造)なら前面の道具、超自我ブロック(規範・脆弱)では弱く、負担になりやすい領域、超イドブロック(暗示・動員)では人から補ってもらえると嬉しい領域、イドブロック(観察・実演)では意識にのぼりにくいものの必要な場面では強く働く、とされます。次の表は、Teが16タイプのどの位置に入るかです。
Teは16タイプ全員が持っていて、違うのは位置だけです。主導機能(1番目)なら仕事の組み立てと段取りを最初の手がかりにして世界を見ます。
この知覚のアスペクトが主導的であるとき、人間は自分の仕事と他の人々の仕事を計画する技能、プロセスの論理性と非論理性を理解する技能、それに応じて他の人々のこの労働的活動を修正する技能によって際立つ。最も合理的な行為の方法を自ら使用し他者に伝達する能力。
創造機能(2番目)なら、必要な場面で段取りや事実確認を差し込む使い方です。暗示(5番目)と脆弱(4番目)は、このあとの「Teが弱いタイプ」で扱います。位置の意味はモデルAにまとめています。
08Teに代表されるタイプ
Teに代表されるタイプとは、モデルAの主導機能(1番目)か創造機能(2番目)にTeを置くタイプのことです。この2つの位置は自我ブロックという領域で、本人がはっきり自覚して、前面で使い続ける位置とされます。
こうしたタイプの人は、根拠のある説明に安心し、無駄の多い手順にいち早く気づくとされます。何かを決める前に、まず事実と実績を確かめる。絶えず何か有用なことをしていたい、という活動性もGulenkoの記述には出てきます。それぞれのタイプページで、Teがそのタイプらしさをどう作っているかを読めます。
09Teが弱いタイプ
反対に、Teが弱い位置に入るタイプもいます。モデルAでいうと、暗示機能(5番目)と脆弱機能(4番目)です。暗示のTeは、自分で組み立てるのは大変でも、段取りや事実の裏づけを人から差し出されると安心する位置。脆弱のTeは、効率や実績を細かく問われると負担が大きい位置とされます。
10MBTI®のTeとの違い
MBTIにも「Te(外向的思考)」があります。ソシオニクスとMBTIは、ユングの類型論を共通の源として、別々に発展した別の理論です。
「ソシオニクスのTeはMBTIのTeとは別物だ」という説明を見かけることがあります。ただ、マイヤーズ本人の記述まで遡ると、印象は変わります。『Gifts Differing』はTeをこう書いています。
客観的データ—事実や借り物の観念—から養分を得る。(中略)経験の事実に依存し、抽象的観念を実体のないものとして、無視できるほどの重要性しかないとみなす。
堅実さと価値のために、思考者の外側にある事実に依存する。その事実は、思考それ自体よりも決定的である。(中略)目標として、実際的問題の解決、事実の発見と分類、一般的に受け入れられている観念の批判と修正、プログラムの計画、公式の開発を持つ。
真理を、事実、公式、方法の形で価値とする(中略)外向的思考型は、自分の思考を、自分が運営できるだけの世界を運営するために用いる。外的状況が組織化、批判、規制される必要があるときには、彼らはその本領を発揮する。(中略)混乱、非効率、中途半端な処置、あてもなく効果のないものを忌み嫌う。
3つ目では、真理を「事実、公式、方法」の形で価値とし、非効率を忌み嫌う型が描かれます。Te(事業論理)を説明する語彙(事実・データ・効率・手順)と、単語の水準でそろっています。外部で確認できる事実と方法に判断を預ける。ここまで見てきたソシオニクスのTeと、指している処理は重なります。原典の記述を機能ごとに並べて比べたうえで、中核としては近似していると当サイトでは整理しています。
この件は
で解説しています。
11よくある誤解
ここで、Teについてよくある疑問をまとめておきます。
Q. Teは「損得で動く」要素なのですか?
A. そうとは言えません。原典の定義で核にあるのは、行為とやり方が合理的で効率的かどうかという、行為の側の評価です。アウシュラの定義は「合理的な行為を非合理的な行為から区別する技能」で、自分の損得という言葉は出てきません。判断する人の個人的な損得を定義の核に据えた記述は、この記事で参照した原典には見当たりません。
Q. Te(外向論理)とTi(内向論理)は、どう違うのですか?
A. 確かめる場所が違います。Teは外の世界の事実と成果で、Tiは内側の筋道の整合で、それぞれ「正しさ」を確かめます。実効性を見るのがTe、一貫性を見るのがTiです。
Q. MBTIのTe(外向的思考)と同じものですか?
A. 記述のされ方は違って見えます。ただ、定義そのものが違うと言い切れる検証は、まだ見当たりません。同じ核を別の語彙で書いている可能性も残ります。くわしくは検証記事を参照してください。
12独自の整理 — 動機で見るTe
ここからは独自の整理です。原典やこれまでの研究者の定義とは別に、「〜したい」という動機の面から、外向論理(Te)をとらえ直してみます。
情報要素の説明は、ふつう「何を情報として受け取るか」という形で書かれます。ここでは、それを「何をしたい要素か」という動機の言葉に置き換えて整理しています。Teを動機の形で書くと、こうなります。
物事を外的な成果・実績や仕事の手順という客観的な事実で見極め、うまく運ぶ段取りを整え、事実として効くかどうかで決めたい。場の情動や雰囲気で決めるのも、内側の筋の通り方だけで決めるのも避けたい。
この定義で強調しておきたいのは、Teは「結果」だけの要素ではないという点です。動機文には「うまく運ぶ段取りを整え」が入っています。成果を確かめることと同じくらい、そこへ至る手順とやり方を組み立てることがTeの中身です。結果だけの要素に狭めてしまうと、アウシュラの言う「行為の過程のなかで起きていることを見分ける」面が抜け落ちます。
「避けたいもの」に目を向けると、他の判断の要素との違いがはっきりします。Teが避けたいのは、場の情動や雰囲気で決めることと、内側の筋の通り方だけで決めること。裏返せば、場の気持ちで決めたいFe、内側の筋で決めたいTiと、それぞれ基準の置き場所が分かれます。そして対のFiとは、外は成果で、内は好悪でという形で、受け持つ領域を分け合う関係になります。
13まとめ
外向論理(Te)は、行為とやり方の合理性を、外の世界の事実と成果で確かめようとする情報要素です。ユングからアウシュラ、Gulenko、Reininまで、定義の向きは研究者のあいだでよくそろっています。内側の筋道を確かめるTi、場の気持ちを動かすFe、対象への好き嫌いで決めるFiと並べると、Teの輪郭がはっきりします。まずは自分のTeがどの位置に入っているか、診断で確かめてみてください。
引用索引
本文で引用した出典を、登場した順にまとめます。引用の日本語は原文から訳出したものです。
- [1]Wikisocion「Extroverted logic (Te)」(コミュニティ編纂、2026-07-10閲覧) 本文は英語ページからの訳出 出典リンク 本文へ
- [2]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998)第4章 1982年執筆「ソシオン、またはソシオニクスの基礎」の再録部からの引用 本文へ
- [3]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998)第4章 1982年執筆「ソシオン、またはソシオニクスの基礎」の再録部からの引用 本文へ
- [4]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 原著は独語(1921年)。本文は英訳版からの訳出 本文へ
- [5]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 原著は独語(1921年)。本文は英訳版からの訳出 本文へ
- [6]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 原著は独語(1921年)。本文は英訳版からの訳出 本文へ
- [7]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019)理論編 本文へ
- [8]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019)理論編 本文へ
- [9]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Соционика: Типология. Малые группы、2010)理論編 本文へ
- [10]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались)第I部 理論編 本文へ
- [11]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001)第II部 本文へ
- [12]Yermak「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(原題:Взаимодействие психики человека с окружающим миром. Аспектная структура информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(1997年) 出典リンク 本文へ
- [13]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей、2005)第4章 本文へ
- [14]Karpenko「世界のアスペクト知覚」(原題:Восприятие аспектов мира)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(1995年) 出典リンク 本文へ
- [15]Karpenko「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」(原題:О ранжировании квадр по аспектам информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2002年) 出典リンク 本文へ
- [16]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998)第4章 1982年執筆「ソシオン、またはソシオニクスの基礎」の再録部からの引用 本文へ
- [17](書誌整備中) 本文へ
- [18](書誌整備中) 本文へ
- [19](書誌整備中) 本文へ






