ユング・MBTI・ソシオニクスで 機能の 定義は 違うのか
「ソシオニクスのTiはMBTIのTiとは別物だ」「ユングの原典に立ち返れ」「アウシュラはユングを改変した」。類型論に深入りすると、一度はこうした主張を目にします。
でも、この「3つの体系で定義が違う」という通説を、誰かが一次資料を並べて実際に確かめたことはあるでしょうか。
先に結論を言います。並べて検証してみると、「違う」という主張そのものが、意外とあやしいのではないか、と考えるようになりました。ただし「まったく同じだ」と言い切れるわけでもありません。この記事は、その微妙なところを整理する試みです。
この記事で扱うもの・扱わないもの
扱うのは一次資料だけです。
- ユング『心理学的類型』(1921年)第10章
- マイヤーズ『Gifts Differing』(1980年)第8章。機能比較の図(図28〜31)は、マイヤーズの母K.C.ブリッグスが作成したと同章に明記されています
- アウシュラ・アウグスティナヴィチューテ(ソシオニクスの創始者)の初期論文(1978年〜)と『The Dual Nature of a Person』(1994年)
ハロルド・グラントやジョン・ビービーの認知機能スタック理論、16personalitiesのような通俗版MBTI、グレンコの人道的ソシオニクスといった派生理論は扱いません。「最初に提唱した人」の原典だけを比べます。
3つの体系の関係
まず、系譜を押さえておきます。3つの体系は、完全に独立でもなく、一本の線でもありません。
ユングが1921年に原典を書きました。ブリッグス母娘は、ユングを直接とり入れて運用化しました(これがMBTIです)。アウシュラは、ユングをケンピンスキーの情報代謝理論と統合し、独自に体系化しました(これがソシオニクスです)。
MBTIとソシオニクスのあいだに、直接の系譜はありません。たがいに独立して、ユングから枝分かれしています。独立に育った体系なら、記述が違うのは自然なことです。問題は、その「違い」が定義内容の差なのか、語彙や視点の差なのかを、誰も検証していないことです。
原典を並べてみる
8つの機能のうち、記述の差がわかりやすい3つを見てみます。以下の各記述は、原典の要約です。MBTI側は第8章の機能比較図からの要約で、図の作成者はブリッグスです。以下ではMBTI側を「マイヤーズ本」と表記します。
Ti(内向的思考)
- ユング:主観的な要因によって方向づけられる。内側に浮かぶイメージを、輝く思想へと形づくる。
- マイヤーズ本:理論の形成、問いの立て方、洞察の生成。
- アウシュラ:2つの対象の客観的な特性(距離・重さ・体積など)にもとづく比較から生じる論理的な感覚。
一見ばらばらです。でも抽象化すると、3者とも「内的な論理構造による関係の把握」を言っている、と読めます。
Ne(外向的直観)
- ユング:客観的な状況にひそむ可能性を発見しようとする。
- マイヤーズ本:新しい企てを推し進め、着手する。
- アウシュラ:対象の潜在的な力についての情報を知覚する。
Neは、3者の記述が最もそろう機能です。語彙はまるで違うのに、全員が「対象にひそむ、まだ表に出ていない可能性の把握」を言っています。なぜNeだけ一致度が高いのか。理由はあとで触れます。
Se(外向的感覚)
- ユング:具体的で感覚的に知覚できる対象だけが感覚を呼び起こす。最も強い生命本能。
- マイヤーズ本:具体的な享受。ものの、その瞬間の生々しい存在感。
- アウシュラ:対象の「運動エネルギー」についての情報。外見や身体、意志を行使する力。
Seは、3者が最も食い違って見える機能です。とくにアウシュラの「意志・力・動員」は、ユングやマイヤーズ本の記述に見あたりません。ここが「ソシオニクスのSeはMBTIとは別物」と言われる根拠になっています。でも、この食い違いには構造的な理由があります。
残りの5機能もふくめて要約すると、こうなります。
- Ti・Fi・Ne: 3者でそこそこ一致
- Te: 中くらいの一致(アウシュラが「労働の効率」に重心を置く)
- Fe・Si・Ni: かなり食い違って見える
- Se: 最も食い違って見える
大事なのは、食い違って「見える」ことと、本当に内容が違うことは、別の問題だという点です。
理由その1:専門分野ごとの語彙の差
3者は、まったく違う学問的な文脈で書いています。
- ユングの語彙:ドイツ語圏の精神医学。リビドー、補償、元型、神話学。ゲーテやニーチェの伝統。患者の夢や症例から出発する。
- マイヤーズ本の語彙:アメリカの実務心理学。好み、特性、才能(gift)。職業適性や教育への応用。
- アウシュラの語彙:ソ連圏のサイバネティクス。情報代謝、信号、チャネル。運動エネルギーのような物理のたとえ。
この3つは、ほとんど重ならない基礎概念で書かれています。同じ現象を3つの専門用語で書けば、文の表面が食い違うのは当然です。
ユング自身も、心理を明晰に言葉にする難しさを警告していました。本人が「言葉による記述は必然的にすれ違う」と注意しているのに、後世の人は表面の差を見て「定義が違う」と結論してしまう。そういう構図です。
では、語彙をはがして、抽象的な核だけを取り出すとどうなるか。
- Ti: 内的な論理構造による関係の把握
- Se: 目の前の物理的な現実への、直接的で能動的なかかわり
- Ni: 内的で、まだ表に出ていないパターンの、収束的な統合
抽象のレベルでは、検討した多くの機能で3者はほぼ一致すると考えられます。分岐の大半は、応用の次元や語彙の差であって、機能そのものの差ではない可能性が高い。これが、ここでの見立てです。
もちろん、これは1つの解釈にすぎません。抽象度を上げすぎれば何でも一致してしまう、という批判はもっともです。その点は、あとのQ&Aでも触れます。
理由その2:書いた人のモデルA上の位置
ここからが核心です。3体系の記述差は、書いた人がその機能をモデルAのどの位置に持っているかで、かなり説明できる可能性があります。ここから先は、この記事独自の仮説です。提唱者のタイプは通説にもとづく仮定であり確定した事実ではなく、記述どうしの近さも、統計的な測定ではなく書き手による読み比べにもとづく判断です。
まず、4人の提唱者のタイプ。諸説ありますが、通説ではこう言われます。
- ユング:LII(INTP)とされます
- K.C. ブリッグス:IEI(INFJ)とされます。単著はありませんが、第8章の機能比較図は彼女の作です
- I.B. マイヤーズ:EII(INFP)とされます
- アウシュラ:ILE(ENTP)とされます
この4人が、8つの機能をモデルAのどの位置に持つか。表にすると、こうなります(太字は各人の主導機能・創造機能)。
| 機能 | Jung LII | Briggs IEI | Myers EII | Aushra ILE |
|---|---|---|---|---|
| Ti | 1 主導 | 6 動員 | 3 規範 | 2 創造 |
| Te | 7 観察 | 4 脆弱 | 5 暗示 | 8 実演 |
| Fi | 3 規範 | 8 実演 | 1 主導 | 4 脆弱 |
| Fe | 5 暗示 | 2 創造 | 7 観察 | 6 動員 |
| Ne | 2 創造 | 7 観察 | 2 創造 | 1 主導 |
| Ni | 8 実演 | 1 主導 | 8 実演 | 7 観察 |
| Se | 4 脆弱 | 5 暗示 | 4 脆弱 | 3 規範 |
| Si | 6 動員 | 3 規範 | 6 動員 | 5 暗示 |
モデルAでは、1番目(主導)は強度・意識性・価値のすべてが高い位置で、最も自然に内側から語れます。ほかの位置は強弱・意識性・価値の組み合わせが番号ごとに異なり、単純な序列にはなりません。すると、こう見えてきます。1番目から書いた人がいる機能は収束しやすく、いない機能は分岐しやすい。
1つ注意があります。MBTI側の機能比較図はブリッグスの作なので、「マイヤーズ本」の記述の書き手は、マイヤーズ(EII)ではなくブリッグス(IEI)と読む余地があります。図を作ったのはブリッグス、それを選んで収載したのはマイヤーズ。どちらの目を通った文かは、図だけからは切り分けられません。以下では両方の読みを併記します。
- Ne: アウシュラの主導機能です。ILEの主導機能(Ne)。だから3者で最もそろう。
- Ti: ユングの主導機能。LIIの主導機能(Ti)。アウシュラにとっては ILEの創造機能(Ti)で、少し角度が変わります。
- Fi: マイヤーズの主導機能(EIIのFi=1番)。ただし図の書き手をブリッグスと読むなら、実演機能(IEIのFi=8番)からの記述になり、「最も内側からの記述」とは言い切れなくなります。
- Se: どちらの読みでも、全員が強度の弱い位置から見ています。LIIの脆弱機能(4番)、EIIの脆弱機能(4番)またはIEIの暗示機能(5番)、そして ILEの規範機能(3番)。1番目からの記述が存在しません。だから最大の分岐になります。
- Ni: ブリッグスの主導機能(IEIのNi=1番)。図の書き手をブリッグスと読むなら、Niの図は唯一の「主導の位置からの筆」になりえます。ただし図は短い対照表で、まとまった記述ではありません。残る3人では LIIの実演機能(Ni)、EIIの実演機能(Ni)、ILEの観察機能(Ni)と、いずれも無意識的な位置です。
Seの食い違いの正体
ユングは、脆弱機能(4番目、最も苦手な位置)からSeを見ています。マイヤーズ本の側も、マイヤーズ(EII)なら脆弱、ブリッグス(IEI)なら暗示(5番目)と、どちらの読みでも弱い位置です。この位置から見たSeは「制御できない、圧倒的な身体の力」「最も強い生命本能」として描かれます。自分にはコントロールできない、強くて原始的なものとして。
いっぽうアウシュラは、規範機能(3番目、社会的に演じる位置)からSeを見ています。この位置から見たSeは「意志を行使する力」「人を動員する力」として描かれます。社会的に求められる対応力として。
「アウシュラだけ定義が独自」というより、全員が比較的弱い位置から見ていて、その角度が違うだけ。そうも読めます。
記述そのものが足りていない
ここまでの分析は、1つの事実を突きつけます。
8つの機能 × モデルAの8つの位置 = 64の観測点を、この記事では分析の単位として置きます。ところが、まとまった記述を残した書き手は実質3人です(ブリッグスの筆は第8章の図が中心で、まとまった本の形では残っていません)。3人 × 8機能 = 24の観測点しか埋まっていない計算です。
しかも、その24のうち、1番目(主導)の位置から書かれたものはたった3つです。
- Ti → ユングが主導
- Fi → マイヤーズが主導
- Ne → アウシュラが主導
Se・Si・Te・Fe・Niの5機能には、この記事で比べた資料の中に、本人目線の詳細な感覚からの記述が見つかりません。Seを主導に持つのはSLE(ESTP)とSEE(ESFP)ですが、その位置から原典を書いた提唱者はいません。SEIの主導機能(Si)も、LIEの主導機能(Te)も、書き手がいないのです。ブリッグス(IEI)のNiは主導ですが、残っているのは図の短い対照文だけです。彼女がまとまった記述を残していたら、Niの記述は大きく豊かになっていたかもしれません。
つまり「3体系のSe定義が違う」のではなく、「Seを1番目に持つ提唱者による本人目線の記述が、比べた資料の中に無い」。この分析からは、記述そのものが十分に完成していない可能性が示されます。
この記事で確かめた範囲と、確かめていないこと
ここまで「差は語彙の差で、内容はほぼ一致する可能性が高い」と述べてきました。ただ、この読み比べが内容の正しさを実証するわけでもありません。3体系の8機能の記述について、査読を通った実証研究は、今回参照した範囲では確認できませんでした。世界中の研究を数えたわけではないので「どこにも無い」とまでは言えませんが、ここは本稿では調べていない領域として残ります。
MBTIについては、よく知られています。再検査すると結果が変わりやすいという指摘や、「才能」という枠組みがバーナム効果(誰にでも当てはまる記述を、自分のことだと感じてしまう現象)に構造的に弱いという指摘があります。マイヤーズの「タイプ発達論」も、発達心理学の信頼を借りた言い回しで、縦断研究による裏づけは確認できていません。
同じ問題は、ソシオニクスとユングにもあります。ソシオニクスは専門家のあいだでもタイプ判定が割れやすく、査読を通った研究は限られるとされます。ユング派も認定制度を持っていて、「個性化」などの概念について、実証的な検証は確認できていません。
つまり3体系とも、今回確認できた範囲では「まだ検証されていない現象学的な枠組み」にとどまります。ユングの記述は臨床的な直感、マイヤーズの記述は実務的な観察、アウシュラの記述は思弁的な体系。どれも「真理」ではなく、一種の仮説だと考えられます。
「体感的に合っている」は何の証拠か
「でも、実際に使うと合っているじゃないか」という反応は当然あります。双対の相手と話すと落ち着く、衝突する相手とは話が通らない。そうした体験は実在します。
ただ、体感的な有効性は、実在することの弱い証拠にしかなりません。バーナム効果は、体感的には「まさに自分のことだ」と感じられます。16×16=256の関係パターンは、どんな関係にも何かを当てはめられるので、「外れない」ようにできています。
とはいえ、反対側に振り切るのも早計です。人間の脳には、デフォルト・モード・ネットワークと課題陽性ネットワークの切り替えが知られています。ただし、脳のネットワーク構造とモデルAの8機能を対応づけた研究は示されておらず、構造が似ているように見えることは、8機能という枠組みの妥当性を裏づける根拠にはなりません。検証されていない段階だと考えるのが妥当です。
まとめ — わかったこと、わかっていないこと
今回の比較でわかったこと。
- 「3体系の8機能定義は違う」という通説を裏づける検証は、今回比較した資料の範囲では見つからなかった
- 記述の差は、語彙の差と、観測者のモデルA位置の差で、ある程度説明できる可能性がある
- 語彙をはがして抽象的な核を取り出すと、今回比較した機能の多くで3者はほぼ一致する
- 記述がそろうかどうかは、今回の3体系の比較では「主導の観測者が原典を書いたか」に対応していた
- Se・Si・Te・Fe・Niの5機能は、今回参照した一次資料に本人目線の詳細な記述がない。定義の完成度は、今回の範囲では確認できていない
今回の比較でわかっていないこと。
- 8つの機能が、自然現象として実在するのか(体感的には支持されるが、実証はない)
- 抽象的な核が一致したとして、その先にあるものは何なのか(心理的な実在か・神経の基盤か・情報のパターンか・人間の分類のクセか)
- タイプ間の関係論が本当に有効か(体感的な支持者はいるが、現時点で十分な検証を確認できていない)
類型論に関心がある人へ
「MBTIとソシオニクスの定義は違う」「原典に立ち返れ」と言う前に、一度、自分で一次資料を並べて比べてみてほしいと思います。そのとき、2つのことを意識してみてください。
1つ。語彙が違うことは、中身が違うことと同じでしょうか。ユングが「元型的なヴィジョン」と書き、アウシュラが「時間のプロセス」と書いたとしても、両者がNiについて言おうとしている核は、一致しているかもしれません。
もう1つ。書いた人のタイプを考えてみること。提唱者が無意識的な位置から見ている機能の記述は、外側からの推測になりやすいかもしれません。それは「その機能の定義」ではなく、「その機能を外から見たときの見え方」にすぎない可能性があります。
この記事の見立てでは、8つの機能の本人目線の記述を得るには、各機能を1番目に持つ人によるまとまった記述が要ります。今回比べた範囲では、Ti=ユング、Fi=マイヤーズ、Ne=アウシュラの3つだけでした。残る5つは、まだ見つかっていません。「定義が違う」で盛り上がる前に、そもそも定義は完成しているのか、を問うほうが先かもしれません。
モデルA上の位置の考え方はモデルA、8つの情報要素の一覧は8つの情報要素、MBTIとの対応関係はMBTIとの違いで説明しています。
のこる論点
この分析には、まだ詰めきれていない点があります。書き手自身が残論点だと考えているものを、Q&Aの形で残しておきます。
Q. ソシオニクスのモデルAで3体系を分析するのは、循環論法では?
A. その指摘はもっともで、この分析の構造的な限界として認めます。ソシオニクスの枠組みで、ソシオニクスを含む3体系を分析している以上、完全に中立ではありません。ただ、本稿の読み比べでは、仮定した主導機能と記述の近さに対応があるように見えました。この対応が書き手のタイプに由来するのか、専門分野や資料の分量のような別の要因なのかは、比べてみる必要があります。「なぜNeだけ3者が一致するのか」に、モデルA以外のより良い説明があるなら、むしろ知りたいところです。
Q. 語彙を「はがせる」という前提が、あやしくないか?
A. これは正当な批判で、この分析で最も議論の余地がある前提だと思います。ユングのNiから元型をはがしたら、もう「ユングが言いたかったNi」ではない、という反論は成り立ちます。
考えたいのは、元型がNiの定義の一部なのか、それともユングが持っていた観測装置(語彙)なのか、という点です。もし定義の一部なら、アウシュラの「時間・因果」も同じくNiの一部でなければならず、その場合「Ni」は体系ごとに別の概念になります。すると、体系をまたいだ比較そのものが無意味になってしまう。「語彙ははがせない」という立場に立つと、「MBTIとソシオニクスの定義は違う」と言うことすら、できなくなります。比較の土台がなくなるからです。
Q. 提唱者のタイプ自体が、確定していないのでは?
A. そのとおりです。とくにユング(LII/INTP説が有力ですが、INTJ説やINFJ説もあります)とアウシュラ(ILE/ENTPを自称するものの、LIE/ENTJ説もあります)は論争中です。タイプが変われば位置も変わるので、この分析は「提唱者のタイプが通説どおりなら」という条件つきになります。ユングがTi上位、マイヤーズがFi上位、アウシュラがNe上位であることも、この記事では通説にもとづく仮定として扱っています。いずれのタイプ説を採るかで、主要な対応(Ti・Fi・Neの収束)の見え方も変わりうる点には注意が必要です。
Q. 抽象度を上げれば、何でも一致するのでは?
A. 本文でも認めたとおり、この危険はあります。ただ、もし3者が本当に別の現象を書いているなら、抽象化しても一致しないはずだとも考えられます。「物理現実へのかかわり」「物理現実の享受」「物理現実への働きかけ」は、抽象度を上げなくても、同じ対象(物理現実)を扱っているように見えます。これを支持材料の1つとしつつ、抽象度を上げるほど一致しやすくなるという批判が残ることも、あわせて認めておきます。
Q. 結局、同じなの?違うの?
A. 「言葉の層では違う可能性があり、内容・概念の層では近い可能性がある。ただし5機能は記述が未完成なため、断定はできない」。これが、この記事で示せる範囲のまとめです。白黒をつけるには、残る5機能の内側からの記述と、提唱者タイプの確定が必要になります。
Q. J/P問題は、語彙の差では説明できないのでは?
A. 重要な論点です。J/Pの二分法による機能配置の違いは、8つの機能それぞれの定義の差ではなく、8つの機能をどう並べるかという構造の差です。この記事が扱ったのは「Tiという機能自体の定義が3者で違うか」であって、「Tiをどの位置に置くか」は別の問題になります。ここは混同しないでほしい、というのがひとつの主張です。そのうえで1つだけ言うと、仮に定義が3体系でそろうとすれば、J/Pは機能スタックの抽象レベルで切り替わっている、という立場を取ることもできます。これは別の記事で扱う予定です。
Q. 定義が同じでも、運用で違うなら、実質は別物では?
A. 運用の違いは認めます。MBTIは質問紙による自己申告に依存し、ソシオニクスは外部観察と関係論を重視します。この運用差は現実にあります。ただ、「定義が違うから運用が違う」のではなく、「同じか近い定義から出発して、違う運用を組み立てた」という話だと考えています。運用の差を、定義の差にすり替えないでほしい。それが、ここでの立場です。
なお、この分析そのものも、特定のタイプに寄った1人の観測者による見方にすぎません。ここで言う「観測者バイアス」は、この記事にもそのまま当てはまります。だからこそ、鵜呑みにせず、あなた自身の手で一次資料を並べてみてください。
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参考・出典
- C.G. ユング『心理学的類型』(1921)第10章
- イザベル・マイヤーズ『Gifts Differing』(1980)第8章
- アウシュラ・アウグスティナヴィチューテ 初期論文(1978〜)/『The Dual Nature of a Person』(1994)
