外向直観(Ne) 超詳細解説
ソシオニクスの8つの情報要素の1つ・外向の直観・可能性の直観
情報要素の外向直観(Ne)を、ソシオニクスの研究文献からの引用をもとに解説する長編です。対象は、ユングの『心理学的類型』と、創始者のアウシュラ・アウグスティナヴィチューテ(Aushra Augustinaviciute)の著作です。さらに、レイニン、ストラティエフスカヤ、フィラトワ、イェルマーク、カルペンコ、グレンコ、ブカロフ、エグリトの記述を扱います。同じNeを、研究者ごとにどう呼び、何として定義したかを引用で示し、そのあとでNi・Se・Siとの違いと、当サイト独自の整理を分けて置きます。研究者をまたいで残るのは、Neがまだ表に出ていない可能性と潜在力の知覚だという点です。
先に結論を知りたい方は、11章「研究者間で残る中核と食い違い」をご確認ください。
引用の扱い方(逐語性、訳出の方針、編集操作、索引の使い方)は、末尾の「引用と記述の方法」にまとめています。
01外向直観(Ne)は一般にどう言われているか
外向直観(Ne)は、一般には、ソシオニクスの8つの情報要素のうち「可能性」を扱う要素と説明されます。「可能性の直観」「黒の直観」とも呼ばれ、新しいアイデアや選択肢、まだ形になっていない見込みに目が向く要素だとされます。
よく言われるのは、ひとつのことから別の可能性を次々に思いつくという像です。話題があちこちへ飛び、「これは別のことにも使えるんじゃないか」「前提を変えたらどうなるか」と考えを広げます。人のなかに眠っている才能や向いていることを、いち早く見つけるのも得意だとされます。
一方で、決まった手順のくり返しや、ひとつの枠に閉じることは苦手と言われます。新しいことを始めるのは好きでも、形になったあとの細かな仕上げや、暮らしを整えることは後回しになりやすいとされます。選択肢を残したがって、なかなか決めない人に見えることもあります。
同じ直観の内向直観(Ni)とは、Neは可能性を横に広げ、Niは時間の流れを読んでひとつの見通しへ絞る、と対にして説明されるのが定番です。おおよそ、これが一般に言われている像です。
タイプ別によく挙げられる例もあります。Neを1番の主導機能に持つILE(ENTP)やIEE(ENFP)は、発明家やアイデアを出す人として紹介されます。括弧の中は、MBTIで近いとされるタイプの表記です。また、Neが4番の脆弱機能に入るLSI(ISTP)やESI(ISFP)は、先の読めない「もしこうなったら」の話を負担に感じやすいと言われます。
この像は、あとで見る研究者の記述がところどころ切り出されて広まったものです。可能性、潜在力、新しいもの、という中心はたいてい合っています。ですが、研究者ごとに呼び名も観測の角度も違い、「ひらめき」や「決めない」が定義そのものに書かれているわけではありません。このページでは、02章から研究者の記述を順に見て、17章でこの一般像のどこがそのまま残り、どこが言い直されるかに戻ります。
読この記事の読み方
想定読者は、外向直観(Ne)の解説ページや8つの情報要素を読み終えて、出典まで確かめたい人です。長いページですが、読み方は単純です。各章で研究者の記述を引用で示し、そのすぐ下に当サイトの読み方(何が共通し、どこが違うか)を書きます。
流れは、01章が一般に言われている像、02章がユングの外向的直観、03〜10章が研究者別の記述(このページの中心)、11章が横断比較、12章がMBTIにおけるNe(マイヤーズの心理機能との比較)です。続く13〜15章が各論(Ni・Se・Siとの違い、よくある読み違い、モデルAの位置)で、16章が当サイト独自の整理、17章が「外向直観(Ne)とは、詰まるところ」のまとめです。引用には初出順の番号が付き、押すと巻末の索引へ飛び、索引から本文へ戻れます。引用の扱い方(逐語性、訳出、編集操作)は末尾の「引用と記述の方法」にあります。
ページ冒頭の「コピーしてAIで要約!」を押すと、要約用の指示文とこのページの本文がクリップボードに入ります。AIに渡すと、要約のほか、引用の意味を聞く・研究者ごとの違いを整理させる・Ni・Se・Siとの違いに絞って読み直す、といった使い方ができます(長すぎるときは、章を分けて渡すと扱いやすくなります)。
02ユングの外向的直観
Neの出発点は、ユングが『心理学的類型』で書いた外向的直観です。ソシオニクスの研究者は、この記述を読んだうえでNeを定義し直しています。そのため、先にユング本人の記述を確認します。
外的な対象へ向けられた直観
ユングは、外向の直観をまず次のように定義しています。
直観は、無意識的知覚の機能として、外向的態度においてはまったく外的な対象へ向けられる。直観は主として無意識的な過程であるため、その本性を意識によってとらえることはきわめて難しい。意識のなかでは、直観の機能はある種の期待の態度、つまり知覚し見通すまなざしとして現れる。そこでは、どれだけが対象に「読み込まれた」もので、どれだけが実際に対象のなかにあったのかを、そのつど証明できるのはあとから出る結果だけである。
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Intuition as the function of unconscious perception is wholly directed upon outer objects in the extraverted attitude. Because, in the main, intuition is an unconscious process, the conscious apprehension of its nature is a very difficult matter. consciousness, the intuitive function is represented by a certain attitude of expectation, a perceptive and penetrating vision, wherein only the subsequent result can prove, in every case, how much was ' perceived-into ', and how much actually lay in the object
言い換えると、外向的直観は、外の対象に向いていながら、本人にもはっきりとは意識されない知覚だということです。意識の側では期待の態度や「見通すまなざし」としてしか現れません。また、見る側が対象に読み込んだものと、本当に対象の中にあったものの区別は、あとで結果が出るまで確かめられないとユングは書いています。
ユングは、この知覚を受け身のものとは考えていません。同じ節で、こう続けています。
直観もまた、けっしてたんなる知覚や気づきではなく、能動的で創造的な過程であり、対象から取り出すのと同じだけ、対象のなかへ組み込む。
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so it is with intuition, which is by no means a mere perception, or awareness, but an active, creative process that builds into the object just as much as it takes out.
つまり、直観は対象から何かを読み取るだけでなく、同じだけ対象の中へ持ち込むということです。対象のどこに可能性を見るかは、見る側の働きでもある、という見方です。この点は、16章で扱う当サイト独自の整理とも関わります。
閉じた部屋と出口
外向的直観が対象の中に探すものを、ユングは「可能性」と書いています。
直観は、客観的な状況のなかに可能性を見いだそうとする。そのため、たんなる補助的な機能として(つまり優位の位置にないときにも)、どうしようもなく行き詰まった状況で、ほかのどの機能も見つけられない出口へ向かって自動的に働く道具ともなる。直観が優位にあるところでは、生活のありふれた状況はどれも閉じた部屋のように見え、直観はそれを開けなければならない。直観は外的な生活のなかに、出口と新しい可能性をたえず探している。
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Intuition seeks to discover possibilities in the objective situation; hence as a mere tributary function (viz. when not in the position of priority) it is also the instrument which, in the presence of a hopelessly blocked situation, works automatically towards the issue, which no other function could discover. Where intuition has the priority, every ordinary situation in life seems like a closed room, which intuition has to open. It is constantly seeking outlets and fresh possibilities in external life.
言い換えると、直観が優位な人には、ありふれた状況がどれも閉じた部屋に見えるということです。そのため、外の生活の中に出口を探し続けます。ユングの外向的直観が探しているのは、つまりは対象の中の可能性です。ほかの機能が見つけられない出口を見つける道具にもなる、とユングは書いています。
この「出口」の語は、アウシュラ(03章)、ストラティエフスカヤ(05章)、グレンコ(09章)の記述にも、ほぼ同じ形で出てきます。Neの記述の中で、研究者をまたいで最も長く残った言葉の1つです。
人の能力を見立てる
外向的直観型の人物像の中で、ユングは人に向かうときの働きにも触れています。
彼は、将来の約束の種を宿すあらゆる少数派の、生まれながらの擁護者である。物よりも人に向かうときには、人の能力と役立つ範囲を直観的に見立てることができるので、人を「つくる」こともできる。仲間に勇気を吹き込み、新しいものへの熱意をかき立てる力は比類がない。もっとも、翌日にはそれを放り出しているかもしれないが。
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He is the natural advocate of every minority that holds the seed of future promise. Because of his capacity, when orientated more towards men than things, to make an intuitive diagnosis of their abilities and range of usefulness, he can also ' make ' men. His capacity to inspire his fellow-men with courage, or to kindle enthusiasm for something new, is unrivalled, although he may have forsworn it by the morrow.
上の引用にある「少数派」は、まだ世の中に認められていない新しい考えや人のことです。要点は、人の能力と、その人が役に立つ範囲を見立てられるということです。ユングは、そのため外向的直観型は人を「つくる」こともできる、と書いています。
ここは、Neを「アイデアを出す力」とだけ説明する一般像では落ちやすいところです。ユングの外向的直観は、物の可能性と同じように、人の可能性にも向いています。アウシュラが人の「開拓」を書くとき(03章)、この一節とよく重なります。
新しいものへの熱中と、離れる速さ
外向的直観型が新しいものをどう扱うかについて、ユングはこう書いています。
その人は、将来の実りをはらんで芽生えつつあるものへの、鋭い嗅覚を持っている。(中略)彼の目がたえず新しい可能性を求めて動いているために、安定した条件は窒息が迫っているような空気を帯びる。(中略)新しい対象と新しい道を、熱烈な激しさで、ときに並外れた熱狂をもってつかむ。しかし、その範囲が明確に定まり、大きな将来の発展の見込みがもはや付きまとわなくなるやいなや、冷ややかに、顧みることも、見たところ記憶にとどめることもなく捨て去る。
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He has a keen nose for things in the bud pregnant with future promise.〔中略〕because his eye is constantly ranging for new possibilities, stable conditions have an air of impending suffocation.〔中略〕seizes hold of new objects and new ways with eager intensity, sometimes with extraordinary enthusiasm, only to abandon them cold-bloodedly, without regard and apparently without remembrance, as soon as their range becomes clearly defined and a promise of any considerable future development no longer clings to them.
言い換えると、この型を動かすのは見込みで、見込みがなくなると対象から離れるということです。安定した条件は「窒息が迫っているような空気」を帯び、新しい道は熱狂をもってつかまれます。ですが、範囲が定まって先の発展が見込めなくなると、顧みずに捨てられます。
この「つかむ速さと離れる速さ」は、のちのタイプ記述でもくり返し書かれます。ストラティエフスカヤのILE(05章)、フィラトワのIEE(06章)がその例です。離れる理由が「飽き」ではなく「見込みの消失」として書かれている点は、14章の読み違いの話につながります。
小括
ユングの外向的直観は、外の対象に向いた無意識的な知覚で、対象の中に可能性を探す知覚です。可能性を見るのは物だけでなく人にも向かい、見込みがあるあいだは強く引き寄せられ、なくなると離れます。
「可能性」「出口」「人の能力の見立て」「見込みがなくなると離れる」の4つは、このあと見るソシオニクスの研究者のNeの記述に、そのまま引き継がれています。一方、ユングが書いた「期待の態度」や「無意識的」という性格は、研究者によって扱いが分かれます。その分かれ方は11章でまとめます。
03アウシュラの記述
創始者のアウシュラのNeの記述は、主に『ソシオニクス入門』にあります。この本で、Neは知覚のアスペクトの1つとして定義され、ILEの章ではそれが人物像として書かれています。
読むときの注意を1つだけ置きます。アウシュラの機能の番号は今のサイトと違うため、番号を含まない一節を選んでいます。引用の中の「アスペクト」は、ここでは情報要素とほぼ同じ意味です。
定義: 対象のポテンシャル・エネルギー
アウシュラは、Neにあたるアスペクトを次のように定義しています。
対象のポテンシャル・エネルギーについての情報が知覚される。たとえば、人間の身体的・心理的能力と可能性についての情報である。この知覚は、対象と現象の構造を理解し、その内的内容を見抜く能力を与える。
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Воспринимается информа- ция о потенциальной энергии объектов, например информация о физических и психических способ- ностях и возможностях человека. Это восприятие дает способность понимать структуру объектов и явлений, разобраться в их внутреннем содержании.
上の引用にあるポテンシャル・エネルギーは、物理学の位置エネルギーの語で、まだ表に出ていないが、これから働きうる力のことです。つまり、アウシュラのNeは、対象がこれから何になりうるか、どんな力を秘めているかについての情報だということです。
例として挙げられているのが、人間の身体的・心理的な能力と可能性です。ユング(02章)と同じく、最初の例が人の能力になっています。また、アウシュラはこの知覚が「対象と現象の構造を理解し、その内的内容を見抜く能力」を与えると書いています。可能性を見ることと、構造を見抜くことを、1つの知覚として扱っています。
主導的なときの姿
このアスペクトが主導的、つまり最も強く使われるときの人物像を、アウシュラは同じ箇所で書いています。
この知覚のアスペクトが主導的であるとき、人間は認識的関心によって際立つ。彼は深層的現象の研究に絶えず従事しており、複雑なものを単純に変換してかなりうまく他者に伝えることができる。(中略)恵まれた条件のもとでは学者あるいは作家になる。(中略)周囲の対象の可能性への自身の理解によって他者を「充電する」。
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Когда этот аспект восприятия ведущий, человек отличается познавательными интересами. Он посто- янно занят изучением глубинных явлений, которые довольно успешно доводит до других, сложное пре- вратив в простое.〔中略〕В благоприятных условиях становится ученым или писателем.〔中略〕«Заряжает» других своим пони- манием возможностей окружающих объектов.
言い換えると、Neを主導にする人は、物事の深いところを調べ続け、それを分かりやすく人に伝えるということです。恵まれた条件では学者か作家になり、周りの対象の可能性についての自分の理解で、他人を「充電する」とされます。
ここでの「充電する」は、他人に可能性を見せて動き出させることです。Neの働きが本人の中で完結せず、周りの人を動かす側に出ると書いている点が、アウシュラの記述の特徴です。
「レントゲンのように」見る
ILEの章では、同じ知覚がもっと具体的に書かれます。
ILE〔原文: ドン・キホーテ〕の断定性。 ILE〔原文: ドン・キホーテ〕にとって各客体、現象、状況においてもっとも興味深いのは—その構造と、そのうちに隠された潜在的可能性である。とりわけ容易に、困難も間違いもなく、ILE〔原文: ドン・キホーテ〕はこのすべてを職業的関心の領域において探究する(研究する現象を観察し、自分だけが知る方法で感じ取ることができるという条件のもとで)。潜在的可能性、能力、各客体の隠された力をILE〔原文: ドン・キホーテ〕は「レントゲンのように」見る。
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Категоричность Дон Кихота. Для Дон Кихота в каждом объекте, явлении, ситуации самое инте- ресное — их структура и скрытые в ней потенци- альные возможности. Особенно легко, без труднос- тей и ошибок, Дон Кихот вникает во все это в области профессиональных интересов (при усло- вии, что имеет возможность изучаемое явление рас- смотреть и известным лишь ему одному спосо- бом прочувствовать). Потенциальные возможнос- ти, способности, скрытую силу каждого объекта Дон Кихот видит «как рентген».
つまり、ILEにとって、どの対象でもいちばん興味深いのは、その構造と隠された潜在的可能性だということです。アウシュラは、ILEがそれを「レントゲンのように」見ると書いています。
ここでも、構造と可能性がひと組で書かれています。外から見える形ではなく、中にあるものと、これから出てくるものを見る、という像です。
人の「開拓」
アウシュラがNeの人物像で最も多くの紙幅を使っているのは、人に向かう面です。
ILE〔原文: ドン・キホーテ〕は皮相的な人々を避ける。実現されていない大きな可能性をもつ人々に、自分の開拓者を待ち、彼らを開拓し、もっとも能力を十全に実現できる道に方向づけることのできる個性に引き寄せられる。(中略)能力ある各人のうちにその力を看取し、その力の実現のための道を示すこと—それが彼の天職である。
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Дон Кихот избегает по- верхностных людей. Его тянет к людям с больши- ми нереализованными возможностями, к личнос- тям, которые ждут своих открывателей, которым можно открывать их самих, направить на путь, где они смогли бы наиболее полно реализовать свои способности.〔中略〕Провидеть в каждом способном человеке его си- лу и показывать пути для реализации этой силы — его призвание.
言い換えると、ILEは表面的な人を避け、実現されていない大きな可能性を持つ人に引き寄せられ、その人の力が生きる道を示すということです。アウシュラはこれを「天職」と呼んでいます。
ユングの「人をつくる」(02章)と同じ観察ですが、アウシュラはそれを相手の側から見た関係として書いています。可能性を持った人は、自分の開拓者を待っている、という書き方です。
新しいものの擁護者
同じ章で、アウシュラは物や考えに向かう面を書き、そこに自分自身のことも重ねています。
ILE〔原文: ドン・キホーテ〕は人間だけでなく、あらゆる他の客体や現象の潜在的可能性をもよく見る。この理由で彼は—新たに生まれる進歩的な事物、アイデア、あるいは科学理論の擁護者だ。それは真の可能性を見、それゆえ黙ることができず、他者が気づかなかったこと、気づく暇がなかったことをしばしば精力的に、熱く擁護する。(中略)私の仕事は、ユングの発見の潜在的可能性を「見た」ことにある。
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Дон Кихот хорошо видит потенциальные воз- можности не только людей, но и любых других объектов и явлений. По этой причине он — побор- ник всех новосозревающих прогрессивных веяний,〔中略〕дей или научных теорий. Он видит их настоящие возможности и потому не может молчать. и часто усердно и горячо защищает то, чего другие и заме- тить не успели.〔中略〕Моя работа в том, что я «увидела» потенциальные воз- можности юнговского открытия.
上の引用の要点は、ILEは人だけでなく物や現象の潜在的可能性も見るので、新しい事物や考えの擁護者になるということです。真の可能性が見えているので黙っていられず、ほかの人が気づかなかったことを熱く擁護します。
最後の一文で、アウシュラは自分の仕事はユングの発見の潜在的可能性を「見た」ことにあると、自分自身のことを書いています。ソシオニクスという理論そのものを、Neの働きの例として語っていることになります。ユングの「少数派の生まれながらの擁護者」(02章)とも、ほぼ同じ言い方です。
出口のない状況から出口を
ユングの「出口」は、アウシュラの直観外向のタイプの記述にもそのまま出てきます。
すべての直観外向にとって、倫理であれ論理であれ、最大の喜びは、他の人には出口がないと見える状況から出口を見つけることである。きわめてしばしば、彼ら自身にはまったく役に立たない問題を解決しながら生きている。
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Самое большое удовольствие для всех интуитив- ных экстравертов, как этических, так и логичес- ких, — пайти выход из положения, которое другим кажется безвыходным. Очень часто живут, разре- шая совсем бесполезные для них самих проблемы.
上の引用にある直観外向は、Neを主導にするILEとIEEのことです。言い換えると、ほかの人には出口がないと見える状況で出口を見つけることが、この2つのタイプの最大の喜びだということです。アウシュラは、自分にまったく役に立たない問題を解きながら生きていることも多い、と付け加えています。
引用の後半の一文から分かるように、アウシュラはこの喜びを本人の得になるかどうかとは切り離して書いています。出口を見つけること自体が目的になっている、という観察です。
研究者であって、組織者ではない
一方で、アウシュラは、Neだけでは可能性を現実の力に変えられないことも書いています。
彼の意志—外向感覚—は超自我ブロックにある。そのため彼はふつう、こうした潜在的可能性を他者に開いて見せるだけ、すなわち周囲の潜在的な力の研究者であるだけにとどまりがちで、これらの力を動員し、実効ある力に変える者にはならない。その本性上、彼は研究者であって、組織者ではない。
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Его воля — экстра- тимная сенсорика — на блоке СУПЕРЭГО. Поэто- му, как правило, он склонен эти потенциальные возможности лишь открывать другим, то есть быть лишь исследователем потенциальных’ сил окруже- ния, а не тем, кто эти силы мобилизует, превращает в действенную силу. По своей природе он — ис- следователь, а не организатор.
上の引用にある外向感覚はSe、つまり意志と力の要素で、ILEではそれが超自我ブロックに入ります。言い換えると、ILEは可能性を人に見せることはできても、それを動員して実効ある力に変える役は担いにくいということです。
この一節は、NeとSeを「可能性を見ること」と「それを力に変えること」の対として書いている点で重要です。13章では、この対をアウシュラ自身のSeの定義と並べて見ます。
小括
アウシュラのNeは、対象のポテンシャル・エネルギー、つまりまだ表に出ていない力と可能性の知覚です。可能性を見ることと構造を見抜くことが1つの知覚として扱われ、最初の例は人の能力です。
人物像では、深い現象の研究、人の「開拓」、新しいものの擁護、出口のない状況からの出口が書かれます。そして、可能性を力に変えるのは別の要素(Se)の役目だとされます。ユングの外向的直観の記述の大部分が、ここでソシオニクスの語に置き直されています。
04レイニンの記述
レイニンのNeの記述は、主に『ソシオニクス: 類型論・小集団』にあります。レイニンはNeを「黒い直観」と呼び、要素の定義を短い語の列で書いています。そのうえで、タイプの節では一人称の「存在原理」として書いています。
定義: 出来事の順序とシナリオ
レイニンは、黒い直観を次のように定義しています。
黒い直観。出来事の始まりから終わりまでの順序、すなわち事前に知られた出来事の集合、スケジュール。潜在的可能性。行動プログラム、生活様式、生活のリズム。任意の行動のシナリオ、事前に決められたシナリオに従って行動すること。
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Objective intuition. The order of events from the beginning to the end, i.e. the sets of events known beforehand, the schedule. Potential opportunities. Behavior program, the way of life, the rhythm of life. Scenario of any action, acting in accordance to predetermined scenario.
上の引用で目を引くのは、ほかの研究者の定義には出てこない語が並んでいることです。出来事の始まりから終わりまでの順序、スケジュール、行動プログラム、生活のリズム、事前に決められたシナリオです。「潜在的可能性」もありますが、列の中の1つにとどまります。
言い換えると、レイニンのNeは、物事の全体があらかじめ見通せていて、その筋に沿って進められる状態の知覚だということです。一般像の「決めない」「可能性を広げる」とは、むしろ逆向きに見える定義です。ただし、列の中には「潜在的可能性」も入っていて、レイニンのNeも可能性の語から離れてはいません。
外的状況の統合性
レイニンの定義の意味は、タイプの節でよりはっきりします。ILEの節で、レイニンはこう書いています。
直観論理型外向 ― ILE〔原文: ドン・キホーテ〕(Ne, Ti)(中略)外的状況の統合性。世界は常に調和的で完全でなければならない—これがこのタイプの存在原理である。
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The intuitive - logical extrovert - Don Quixote(中略)integrity of the external situation. The world should be always harmonious and complete – this is the principle of existence of this type.
言い換えると、ILEにとって、外の状況が調和して欠けのない全体になっていることが「存在原理」だということです。ここでいう外的状況の統合性が、レイニンのNeの中心にある語です。
同じタイプの節で、レイニンはこの原理が崩れる場面を、日常の例で書いています。
朝、仕事に出かけるILE〔原文: ドン・キホーテ〕を思い浮かべてほしい。彼は遅刻しているが、近道を使って間に合わせるつもりだ。(中略)その瞬間に妻(ESI〔原文: ドライザー〕)が言う:「ねえ、どうせ遅れるんだから、出る途中でゴミも出して」。この発言は攻撃性を引き起こすことがあり、ESI〔原文: ドライザー〕には予想外である。だが上司の「なぜ遅れた?」という叱責は攻撃性を生まない。(中略)しかしこのタイプは、誰かが外的状況の統合性を破壊しようとするときには我慢ならない。
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Think of a Don Quixote leaving for work in the morning. He is late, but he is planning on cutting a corner to be on time.〔中略〕At this moment his wife (Dreiser) says: “Listen, you are late anyway, take out the garbage on your way out”. This statement may provoke aggression, which Dreiser does not expect. But the boss’ reprimand “Why are you late?” will not cause aggression.〔中略〕But this type will not tolerate when someone attempts to destroy the integrity of the external situation.
言い換えると、ILEにとって腹が立つのは、遅刻そのものではなく、自分が組み立てた筋に予定外の用事を差し込まれることだということです。上司の叱責は攻撃性を生まないのに、出がけのゴミ出しの頼みは攻撃性を生みます。レイニンは、その理由を「外的状況の統合性」を壊されるからだと説明しています。
IEEの信頼の領域
Neを主導に持つもう一方のタイプ、IEEの節でも、同じ語が出てきます。
信頼の領域は外的世界の全一性である。世界の調和と全一性の感覚がここで支配的である。多種多様な出来事が正常なものとして知覚されうる。たいへん厳しい人生の境遇でさえ、一種の作業環境のように知覚されることがあり、彼はそれを軽く受け止めパニックに陥らない。存在の原理:「私の周りの世界は調和している、ゆえに我あり」。
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the zone of confidence is the integrity of the external world. Feeling of harmony and integrity of the world prevails here. A wide variety of events may be perceived as normal: even very tough life’s circumstances could be perceived as some kind of working environment, he takes it easy, does not panic. The principle of existence: “The world around me is in harmony, therefore I exist.
つまり、IEEは周りの世界が調和していると感じられるので、厳しい境遇でもパニックに陥りにくいということです。レイニンは、IEEの存在原理を「私の周りの世界は調和している、ゆえに我あり」と書いています。
ILEとIEEに共通するのは、外の世界の全体がまとまっている、という感覚に支えられていることです。レイニンは、これをNeの側から書いています。全体がまとまっていれば、その中で何が起こりうるかも見通せると読めます。
小括
レイニンのNeは、外の状況が欠けのない全体として見通せることの知覚です。定義にはスケジュールやシナリオが並び、タイプの節では、その全体が崩れることへの反応として書かれます。
ほかの研究者がNeを「開いている可能性」の側から書くのに対し、レイニンは「まとまっている全体」の側から書いています。スケジュールや出来事の順序という語は、時間を扱うNiの語にも見えます。ですが、13章で見るように、レイニンはこの性質を、二分法の賢明(NeとSiの組)の側の性質として扱っています。中身は1点に絞ることではなく、全体を崩さずに残しておくことで、16章で見る「保存する知覚」の側にあたると読めます。この差は11章でも取り上げます。
05ストラティエフスカヤの記述
ストラティエフスカヤのNeの記述は、主に『お別れしないために』にあります。第I部の理論編で要素を定義し、第II部で16タイプを書いています。ストラティエフスカヤの機能の番号は、今のサイトと同じです。
定義: 人々の可能性と発展の見通し
ストラティエフスカヤは、Neを可能性の直観と呼び、こう定義しています。
人々の可能性を感じ取る能力、発展の見通しを見る能力、過程の統一性と相互関連の感覚、世界の総体的な知覚、過程そのものの本質の理解。
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Способность чувствовать возможности людей, умение видеть перспективы развития, ощущение единства и взаимосвязи процессов, целостное восприятие мира, понимание самой сути процессов.
言い換えると、ストラティエフスカヤのNeは、人の可能性と、物事がどう発展していくかの見通しを感じ取る力だということです。並んでいる語のうち「過程の統一性と相互関連の感覚」「世界の総体的な知覚」は、レイニンの「外的状況の統合性」(04章)とも重なります。
なお、ストラティエフスカヤはこのアスペクトの見出しに「(時間)」と添えています。ですが、定義の中身は可能性と見通しで、出来事の時間の流れを扱うNi(内向直観)の定義とは別に書かれています。見出しの語だけで、2つを同じものとして扱わないように注意が要ります。
ILE: 見通しの研究
ILEの章では、Neが最も強い特徴として書かれます。
ILE〔原文: ドン・キホーテ〕にとって、どんな対象の研究も、まず第一に目の前に開ける見通しの研究である。どんな分野でも生まれてくる新しい可能性を見抜く能力—これは彼の最強かつ最も特徴的な特徴である。
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Для Дон-Кихота изучение любого предмета — это в первую очередь изучение открывающихся перед ним перспектив. Умение увидеть возникающие в любой области новые возможности — сильнейшая и характернейшая его черта.
上の引用の要点は、ILEにとって、何かを研究することは、まずその先に開ける見通しを研究することだということです。どんな分野でも新しい可能性を見抜く力を、ストラティエフスカヤはILEの「最強かつ最も特徴的な特徴」と呼んでいます。
興味を失うのはいつか
続けて、ストラティエフスカヤは、ILEがプロジェクトにどう関わり、いつ離れるかを書いています。
新しい可能性を発見するや否や、ILE〔原文: ドン・キホーテ〕は新しい独創的なプロジェクトに周囲を活性化し始める。(中略)ILE〔原文: ドン・キホーテ〕が自身のプロジェクトへの興味を失うのは、いくつかの場合のみである。それの実現に何らの可能性も見えなくなった場合か、あるいはこのプロジェクトの実現が完了段階に入り、その時に彼の道に新しい、より展望のあるアイデアが現れた場合だ。
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Едва успев открыть для себя новые возможности, Дон-Кихот начинает активизировать окружающих на новые и оригинальные проекты.〔中略〕Дон-Кихот теряет интерес к своему проекту только в нескольких случаях: если уже не видит никаких возможностей для его реализации или если реализация этого проекта входит в свою завершающую фазу, а в это время на его пути оказывается новая, более перспективная идея.
言い換えると、ILEがプロジェクトへの興味を失うのは、実現の見込みが見えなくなったときか、より見込みのある新しい考えが現れたときだということです。それ以外の場合は興味を失わない、という書き方です。
これは、ユングの「大きな将来の発展の見込みがもはや付きまとわなくなるやいなや」(02章)とほぼ同じ観察です。ストラティエフスカヤは、それを「いくつかの場合のみ」と条件を限って書いています。
他人の手で可能性を確かめる
IEEの章では、可能性の扱い方が人を通したものとして書かれます。
IEE〔原文: ハクスリー〕は絶えず、最も多様な状況における人々の潜在的可能性を「研究」している。しかも彼らの「実験室」を務めるのは、周囲の世界全体である。IEE〔原文: ハクスリー〕は状況を「他人の手で」探り、他者の誤りや経験から学ぶことを見事にする。(中略)このタイプの代表者にある「独創的なアイデア」が閃くたびに、彼はかなり素早く、自身の周囲の誰がその実行者やテスト役になりうるかを思い描く。
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Гексли постоянно "исследуют" потенциальные возможности людей в самых разных ситуациях, причем "лабораторией" им служит весь окружающий мир. Гексли прекрасно умеет прощупывать ситуацию "чужими руками", учиться на чужих ошибках и на чужом опыте.〔中略〕Каждый раз, когда представителя этого типа осеняет какая-нибудь "оригинальная идея", он довольно быстро представляет себе, кто из его окружения мог бы стать ее исполнителем и испытателем.
言い換えると、IEEは周りの人々の潜在的可能性を、さまざまな状況の中で「研究」しているということです。新しい考えが浮かぶと、誰がそれを実行し、試せるかを思い描くとされます。
ILEが物や考えの見通しを研究するのに対し、IEEは人の可能性を研究の対象にしていると読めます。同じNe主導でも、組み合わさる判断の要素(ILEはTi、IEEはFi)で向かう先が変わる、ということです。
強制ではなく、肯定的な例で
ストラティエフスカヤは、理論編で、同じ目的をSeで実現するかNeで実現するかの違いも書いています。人々に倫理性を植えつける、という目的の例です。
一つの場合、人間は力による影響の方法—強制、禁止、制限、罰、つまり「意志的(外向)感覚」のアスペクトの手段で教育される。(中略)この場合、彼に対して肯定的な例の提示という方法で影響が及ぼされる—「教えられたとおりに行動せよ、そうすればあなたはすべて良くなる」。この場合、倫理的プログラムは「外向直観」—「可能性の直観」のアスペクトによって実現される。
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в одном случае человека воспитывают методами силового воздействия — принуждением, запретами, ограничениями, наказаниями, т. е. средствами аспекта "волевой (экстравертной) сенсорики".〔中略〕В этом случае на него воздействуют методом демонстрации положительных примеров: "поступай так, как тебя учат, и все у тебя будет хорошо". В этом случае этическая программа уже реализуется аспектом "экстравертной интуиции" — "интуиции возможностей".
上の引用の前半はESI、後半はEIIの話です。どちらも倫理を目的にしますが、それを実現する2番の創造機能が、ESIではSe、EIIではNeです。Seの方法は強制と禁止、Neの方法は肯定的な例を示して自分から育つ機会を与えること、という対比です。
この対比は、アウシュラの「研究者であって、組織者ではない」(03章)と同じ線上にあります。Neは相手を押して変えるのではなく、相手にできることを見せて動かす、という書き方です。13章のSeとの違いで、もう一度取り上げます。
小括
ストラティエフスカヤのNeは、人の可能性と発展の見通しを感じ取る力です。ILEでは見通しの研究、IEEでは人の可能性の研究として書かれ、興味を失うのは見込みが消えたときに限られます。
また、Seとの対比で、Neは強制ではなく肯定的な例で人を動かすとされます。定義の見出しに「(時間)」と添えていますが、中身は可能性と見通しで、Niの定義とは書き分けられています。
06フィラトワの記述
フィラトワのNeの記述は、『ソシオニクスの鏡の中の人格』にあります。フィラトワは、第I部でユングの4機能のレベルから直観を説明しています。第II部では、外向直観型の人物像と16タイプの記述を書いています。
感覚型の目から隠されている可能性
フィラトワは、直観性の現れの1つを、感覚との対比で書いています。
直観性のもう一つの重要な現れは、周囲で起こっていることの中に、感覚型の具体的な眼差しからは隠されている可能性を見出す能力である。それゆえ、直観型の注意はしばしば、あらゆる新しいもの、予期せぬもの、あれこれの状況における前途有望な展望を約束するもの、任された仕事への創造的な取り組みへと向けられる。
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Еще одним важным проявлением интуитивности является умение усмотреть в том, что происходит вокруг, возможности, скрытые от конкретного взгляда сенсорика. Поэтому внимание интуита зачастую направлено ко всему новому, неожиданному, сулящему многообещающую перспективу в той или иной ситуации, творческий подход к порученному делу.
フィラトワの直観型は、感覚型の具体的なまなざしからは隠れている可能性を、周りの出来事の中に見つけるとされています。そのため、直観型の注意は、新しいものや有望な展望につながりそうなものへ向かうと書かれています。
フィラトワは、ここで直観を感覚と比べて、感覚では見えないものを見る力として定義しています。13章で扱うSe・Siとの違いの、最も分かりやすい書き方の1つです。
外向直観型: トゥーシン大尉
第II部の外向直観型の節で、フィラトワは文学の人物を例に出しています。
このタイプの代表者は、新しいもの、風変わりなもの、驚くべきものに常に開かれている。きわめて創造的な性格の持ち主である点で際立つ。頭の中には実にさまざまなアイデアが数多く湧き、しばしば彼は発明家、革新者、研究者、旅行家、ロマンチックな冒険家である。(中略)トルストイの長編のトゥーシン大尉は、上に挙げた性格の資質をすべて備えている。彼は状況を瞬時に評価し、フランス軍への最善の行動の選択肢をただちに見つけ、何の命令もなしに敵の村に火を放ち、ときに向こう見ずに行動する。
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Представитель этого типа всегда открыт новому, необычному и удивительному. Он отличается чрезвычайно творческим складом характера. В его голове возникает множество самых разных идей, часто он — изобретатель, новатор, исследователь, путешественник, романтический авантюрист.〔中略〕Капитан Тушин в романе Толстого обладает всеми названными выше качествами характера: он мгновенно оценивает ситуацию и сразу же находит наилучшие варианты действий против французов, безо всякого приказа поджигает вражескую деревню, порой действует безрассудно.
つまり、外向直観型は新しいもの、風変わりなものに常に開かれ、頭の中にさまざまなアイデアが湧くということです。
例のトゥーシン大尉(トルストイ『戦争と平和』)は、状況を一瞬で評価して最善の行動を見つけ、命令なしに敵の村に火を放ちます。ここでのNeは、考えるだけでなく、その場で選択肢を見つけて動く力として書かれています。「ときに向こう見ずに行動する」という言い方は、ほかの研究者の記述にはない面です。
ILEとIEE: 可能性が多いほど強くなる支配力
16タイプの記述では、ILEとIEEのNeがそれぞれ書かれます。まずILEです。
ILEは、新しいもの、異例なもの、そして将来における魅力的な見通しと可能性を約束するあらゆるものへの、尽きることのない関心を持っている。そしてそうした可能性が多ければ多いほど、それらが彼に及ぼす支配力は強くなる。(中略)彼の行動はしばしば散漫で、時には混沌としているようにさえ見えることがある。というのも、抑えがたい好奇心に突き動かされて、彼は突然のひらめきに従うのであり、それが彼にとっては行動するための十分な理由となるからである。
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ИЛЭ обладает неугасимым интересом ко всему новому, необычному, что сулит захватывающие перспективы и возможности в будущем. И чем больше таких возможностей, тем сильнее их власть над ним.〔中略〕Его поведение часто может выглядеть разбросанным и даже хаотичным, поскольку, движимый своей неуемной любознательностью, он подчиняется внезапному озарению, что для него является достаточным поводом для действия.
上の引用の要点は、可能性が多いほど、それがILEに及ぼす支配力は強くなるということです。ILEの行動が散漫に見えるのは、突然のひらめきに従い、それが行動の理由として十分だからだとフィラトワは書いています。
次に、IEEです。
IEEにとって最も重要で興味深いのは、何であれ新しい可能性を見つけ、見て取り、理解することである。彼の注意は常に、あらゆる独自なもの、並外れたものに引きつけられている。(中略)彼の関心は、新しいおもちゃを目にした子供のようにぱっと燃え上がるが、彼を夢中にさせていた対象がその新しさを使い果たし、見慣れた当たり前のものになったとたん—IEEは同じくらい早く冷め、また別の新しい可能性に魅了されようとする。
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Для ИЭЭ самым важным и интересным является найти, увидеть, понять новую возможность чего бы то ни было. Его внимание всегда приковано ко всему уникальному и необычному.〔中略〕Его интерес вспыхивает, как у ребенка, при виде новой игрушки, но как только предмет его увлечения исчерпает свою новизну и станет знакомым и привычным — ИЭЭ так же быстро остывает, чтобы очароваться новой возможностью.
言い換えると、IEEの関心は新しいものにぱっと燃え上がるが、その対象が見慣れたものになると同じ速さで冷めるということです。フィラトワは、それを新しいおもちゃを見た子どもにたとえています。ここでも、関心を動かしているのはその対象に新しい可能性が残っているかどうかです。
2つの記述は、ユングの「見込みがなくなると離れる」(02章)と同じ観察です。ただし、フィラトワが離れるきっかけとして書いているのは、見込みの消失より「新しさを使い果たしたこと」です。この言い方の差は、14章で一般像の「飽きっぽい」と並べて扱います。
小括
フィラトワのNeは、感覚型の目から隠れている可能性を見つける力です。外向直観型の人物像では、新しいものへの開かれ方と、その場で選択肢を見つけて動く力が書かれます。
16タイプでは、ILEで「可能性が多いほど強まる支配力」、IEEで「燃え上がりと冷め方の速さ」が書かれます。感覚との対比で直観を定義しているのが、フィラトワの書き方の特徴です。
07イェルマークの記述
イェルマークのNeの記述は、主に機関誌の論文「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(1997年)にあります。イェルマークは、情報要素を「アスペクト」と呼び、その名前を1つずつ選び直しながら定義しています。Neのアスペクトの名前は可能性です。
「夕方6時」が意味するもの
イェルマークは、Neのアスペクトを、日常の情報の例から説明しています。
では情報とは何か? 受け取った情報はあなたの状況を本質的に変えうる、着手を促し、新しい可能性が開かれるか古い可能性が閉じられうる、相手の予期しない能力や才能を発見しうる、洞察力に裏切られなかったなら現れうるあの展望や理念は言うまでもない。(中略)結局、あなたにとって「夕方6時」という時間は何を意味するのか? 変化、新しい可能性、能力、潜在力—それらが現れうる!
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А что информация? Полученная информация может существенно изменить ваши дела, стимулировать начинания, могут открыться новые или закрыться старые возможности, вы можете обнаружить у партнера неожиданные способности или таланты, не говоря уж о тех перспективах и идеях, которые могут проявиться, если ваша проницательность вас не обманула,〔中略〕Так что, в конце концов, значит для вас время “шесть часов вечера”? Изменения, новые возможности, способности, потенциал, которые могут обнаружиться !..
言い換えると、受け取った情報が状況を変え、新しい可能性を開いたり古い可能性を閉じたりするということです。イェルマークは、相手の予期しない能力や才能の発見も、その例に挙げています。
「夕方6時」という時刻の例は、時刻そのものではなく、その時刻に何が可能になるかが情報だ、という説明です。同じ時刻の情報でも、Neのアスペクトでは「変化」と「新しい可能性」として受け取られる、ということです。
「能力がある」とは何か
続けて、イェルマークは「能力がある」という言い方を分解しています。
「能力がある」とは何を意味するか? それは、彼を今見て—彼がまだ何もしていなくても—彼のそのようなパラメータ、潜在的可能性を察知して、いざというときに冷蔵庫の運搬(対象の位置の変化)が可能になる、ということである…能力、可能性の問題は、一見時間と無関係に見えたが、時間と—より正確には、時間の背後にあるもの、すなわち対象、空間、エネルギー状態の変化—と結びついていることが判明した。
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А что такое “способен”? А это значит, что глядя на него сейчас, когда он вроде ничего еще и не делает, вы догадываетесь о таких его параметрах, потенциальных возможностях, которые сделают возможным перенос холодильника (изменение положения объекта), когда до этого дойдет дело... Проблема способностей, возможностей, на первый взгляд не имеющая отношения ко времени, оказалась связанной с временем, а точнее, с тем, что стоит для нас за временем – изменениями объектов, пространства и энергетических состояний.
ここでいう「能力がある」とは、今は何もしていなくても、いざというときに何かを変えられる状態のことです。それを今の時点で察知するのが、Neのアスペクトだということです。冷蔵庫を運べるかどうかは、運ぶ前に見て取られます。
この例から、イェルマークは、可能性の問題が時間と無関係ではなく、時間の背後にある変化と結びついていると書いています。可能性は、これから起こりうる変化のことだからです。ここで時間に触れるのは、Niとの区別をつけるためで、この話は13章で続けます。
発言の中のNe
イェルマークは、人の発言のどこにNeのアスペクトが表れるかも書いています。
可能性を持つ…ここではすべて明確—アスペクト「可能性」(「可能性の直観」、▲〔Ne〕、I)。(中略)そして、この博学者は「講義する」以外の可能性を見つけられなかった—アスペクト「可能性」(「可能性の直観」、▲〔Ne〕、I)。
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иметь возможность... тут все ясно – аспект “возможности”(“интуиция возможностей”, , I)〔中略〕и вот этот эрудит не нашел другой возможности как “прочитать лекцию” – аспект “возможности” (“интуиция возможностей”, , I).
上の引用の「可能性を持つ」「講義する以外の可能性を見つけられなかった」は、発言の中のNeの例です。つまり、イェルマークは、人が「可能性」「〜できる」「〜以外の道」を語る箇所に、このアスペクトの情報を見ているということです。
上の引用にある▲はNeの記号、IはNeを1文字で表す呼び名で、グレンコも同じ字を使います(09章)。イェルマークは、言葉の中の情報の種類からアスペクトを見分ける、という方法をとっています。この方法は、16章で扱う当サイト独自の整理とも関わります。
小括
イェルマークのNeは、周囲世界の現実の可能性と能力についての情報です。情報の例は、状況を変えうるもの、新しい可能性を開くもの、相手の予期しない能力の発見です。
能力を「いざというときに変えられる状態」と定義し、可能性を時間の背後にある変化と結びつけているのが、イェルマークの書き方の特徴です。名前を「可能性」に決めた理由は、16章で引用します。
08カルペンコの記述
カルペンコのNeの記述は、主に機関誌の論文「世界のアスペクト知覚」(1995年)と「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」(2002年)にあります。カルペンコは、Neを可能性の直観と呼び、水のたとえで説明しています。
海を動かしている隠れた力
カルペンコは、可能性の直観を次のように書いています。
可能性の直観—I—▲(Ne)—は、なによりもまず、私たちの世界を動かし変えている隠れたばねを見ることである。この世界とそこで起きる出来事を水面—動きやすい、たわむれる膜—として思い描くなら、直観型のまなざしはいわば横から、水の厚みぜんたいを貫く、一種の断面図である。そして▲(Ne)の直観が見せてくれるのは、水面のさざ波でも波のたわむれでもなく、海を動かしているあの隠れた力である。
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Интуиция возможностей - I - - прежде всего видение скрытых пружин, движущих и изменяющих наш мир. Если этот мир и события в нем происходящие представлять поверхностью воды, подвижной, играющей пленкой, то взгляд интуита словно сбоку, сквозь всю толщу вод, своего рода срез. И интуиция позволяет видеть не рябь на поверхности, не игру волн, а те скрытые силы, что приводят море в движение.
つまり、可能性の直観が見るのは、水面の波ではなく、海を動かしている隠れた力だということです。世界を水面にたとえると、直観型のまなざしは、水の厚み全体を横から貫く断面図になる、とカルペンコは書いています。
「隠れたばね」「隠れた力」は、アウシュラの「ポテンシャル・エネルギー」(03章)を別の言葉で言い直したものと読めます。カルペンコの隠れた力も、つまりはまだ表に出ていない可能性のことです。表面に出ている動きではなく、その動きを生む力のほうを見る、という点が同じです。
水の神からアメンボまで
同じ論文で、カルペンコは、このたとえを4つのタイプにあてはめています。
この意味でILE(「ドン・キホーテ」)は、水の厚みぜんたいに、あらゆる深みに浸透する水の神にたとえられる。LII(「ロベスピエール」)は、潜っては水面に浮かび上がるイルカに。SEEは魚を捕るカモメに。ESIは、水面を滑りながら、その深みに何が隠れているかを知らないアメンボに—水は支えてくれるか、くれないか、それだけだ。
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В этом смысле ИЛЭ ("Дон Кихота") можно сравнить с божеством воды, проникающим во всю ее толщу, на все глубины, ЛИИ ("Робеспьера") - с дельфином, ныряющим и всплывающим на поверхность, СЭЭ - с чайкой, ловящей рыбу, ЭСИ - с водомеркой, скользящей по поверхности воды и не ведающей, что скрывается в ее глубинах: вода или держит, или нет.
上の引用の4つのタイプは、Neの強さの順に並んでいます。Neを1番の主導機能に持つILEは、水の厚み全体に浸透する水の神です。2番の創造機能に持つLIIは、潜っては浮かび上がるイルカです。一方、Neを3番の規範機能に持つSEEは、魚を捕るカモメになります。
最後のESIは、Neを4番の脆弱機能に持つタイプで、水面を滑りながら、深みに何があるかを知らないアメンボです。水が支えてくれるかどうかしか分からない、とカルペンコは書いています。同じ要素でも、モデルAのどの位置に入るかで、見える深さが変わるということです。この話は15章で続けます。
クアドラごとのNeの扱い
もう1本の論文で、カルペンコは、クアドラごとに可能性の直観がどう扱われるかを書いています。まず、アルファクアドラです。
実際、クアドラα、そのすべてのタイプを際立たせているのは、可能性の直観のアスペクト—▲〔Ne〕—への特別な注意である。新しいアイデア、新しい概念、新しい理論は、磁石のようにこのクアドラの代表者たちを引きつける。(中略)第1クアドラ(アルファ)のタイプに固有のある種の「子どもっぽさ」、新しいものへの感嘆ぶり、未知のものへの熱中もまた、▲〔Ne〕の四次元性を反映している。
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Действительно, квадру α, все ее типы отличает особое внимание к аспекту интуиции возмож- ностей — . Новые идеи, новые понятия, новые теории как магнит притягивают представителей этой квадры.〔中略〕Определенная «детскость», свойственная типам первой квадры, их восторженность перед новым и увлеченность неизведанным также отражают четырехмерность .
上の引用の要点は、アルファクアドラは、新しい考えや理論に磁石のように引き寄せられるということです。カルペンコは、このクアドラの「子どもっぽさ」や新しいものへの感嘆も、Neが4次元であることの表れだと書いています。上の引用にある「四次元性」は、その要素を最も多くの観点から扱えることを指す語です。
次に、ベータクアドラです。
第2クアドラ(ベータ)での可能性の直観の扱いは、さらに苛烈である。「必要以上に実体を増やすな」。「そんなに頭がいいなら、なぜ隊列を組んで歩かないのか?」。強調しておきたいが、ここで問題なのはアイデアを受け取る能力の欠如ではなく、唯一の正しい説明、教義、公準の代わりに、説明と理論のスペクトル全体を、集積を、体積を受け入れる用意がないことである。
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Еще более жестко обращаются с интуицией возможностей во второй квадре. «Не умножай сущностей сверх необходимого». «Если вы такие умные, то почему строем не ходите?». Хочу под- черкнуть, что дело тут не в неспособности воспринять идею, а в отсутствии готовности принять вме- сто одного, единственно верного объяснения, учения, постулата, целый спектр, массив, объем объяс- нений и теорий.
言い換えると、ベータクアドラで問題なのは、考えを受け取る力がないことではなく、説明や理論の幅をまるごと受け入れる用意がないことだということです。ベータクアドラは、唯一の正しい説明、教義、公準を求めるとされます。
最後に、デルタクアドラです。
クアドラδにとってアイデアとは、実用的価値をもつ何か、現実の生活に—その説明のためであれ、その変革のためであれ—適用できる何かである。まだ適用できないアイデアは、クアドラδにとっては仮説、おもちゃ、遊びにとどまる。
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Для квадры δ идея — это нечто, имеющее практическую ценность, то, что можно применить в реальной жизни, либо для ее объяснения, либо для преобразования. Идея, кото- рую пока еще нельзя применить, для квадры δ остается гипотезой, игрушкой, забавой.
言い換えると、デルタクアドラにとって、考えとは現実の生活に使えるものだということです。まだ使えない考えは、仮説やおもちゃにとどまるとされます。
3つを並べると、同じNeでも、クアドラによって「考え」の扱い方が違うことが分かります。アルファは新しい考えそのものに引かれ、デルタは使えるかどうかで選び、ベータは幅を持った考えの集まりを退けます。アルファとデルタはNeを大事だと感じるクアドラ、ベータはそうでないクアドラです。
小括
カルペンコのNeは、表面の動きではなく、その動きを生む隠れた力を見る直観です。水のたとえで、Neの強さによる見え方の違いを4つのタイプで書き分けています。
また、クアドラごとにNeの扱い方が違うことを、アルファ・ベータ・デルタで書いています。Neが静的なアスペクトだという説明もありますが、それはNiとの区別に関わるので、13章で引用します。
09グレンコの記述
グレンコのNeの記述は、主に『64の肖像』(2019年)の理論編にあります。グレンコは、Neを機会の直観と呼び、記号Iで表します。グレンコの体系では、情報要素は「心の状態」の名前としても使われます。
読むときの注意を1つだけ置きます。グレンコのIとTは要素の名前で、モデルの位置の名前ではありません。Iは外向直観(Ne)、Tは内向直観(Ni)のことです。
推測、発見、能力
グレンコは、直観の2つの種類を次のように分けています。
直観は全体的なイメージや空想的画像を通じた世界の抽象的知覚である。人道主義ソシオニクス学派においては、一般直観機能には2種類がある。すなわち、機会の直観(▲〔Ne〕機会直観 I) ― 推測、発見、能力 ― と、時間の直観(△〔Ni〕時間直観 T) ― 変動性、不一致、神秘的空想 ― である。(中略)外向直観(▲〔Ne〕機会直観)。高リスクで非標準的な行動として表れる心理の機能。
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Intuition is abstract perception of the world through holistic images and fantasy pictures. In the School of Humanitarian Socionics, there are two types of general intuitive function: the opportunity intuition (I) — guesses, discoveries, abilities — and the temporal intuition (T) — variability, inconsistency, mystical fantasies.〔中略〕extraverted intuition; function of the psyche reflected in high-risk and non-standard behavior.
グレンコの機会の直観は、推測、発見、能力の直観で、行動では高リスクで型にはまらない動きとして表れるとされます。ここでの「機会」は、可能性とほぼ同じ意味の語です。時間の直観(T)のほうは、変動、不一致、神秘的な空想とされます。
ほかの研究者がNeを知覚として定義するのに対し、グレンコは「行動にどう表れるか」までを定義に入れています。高リスクで非標準的な行動、という書き方は、フィラトワのトゥーシン大尉(06章)の「向こう見ず」とも重なります。
潜在意識からの抽出
グレンコは、Iの状態が頭の中でどう進むかも書いています。
知的分析のフレームにおいて、直観Iは潜在意識からの情報の抽出である。人間の潜在意識の情報倉庫はその容量において外界に等しい。したがって、機会の直観は思考機能のうち最も知的なものである。(中略)技術的に、直観状態Iは視覚イメージとの操作である。潜在意識から抽出された曖昧な像が、洗練された複合体に統合され、それが密になっていき、ある瞬間に明るい光の閃光で点灯する ― 直観的推測である。
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In the intellectual frame of analysis, intuition I is the extraction of information from the subconscious. The subconscious pantry of information of a person by volume is equal to the external world; therefore, the opportunity intuition is the most intellectual of the functions of thinking.〔中略〕Technologically intuitive state I is an operation with visual images. Vague pictures, extracted from the subconscious, are synthesized into a sophisticated complex, which, getting denser, lights up at some moment with a bright flash of light — an intuitive guess.
つまり、Iの状態は、潜在意識からぼんやりした像を取り出し、それが組み上がって、ある瞬間に「直観的推測」として光る過程だということです。グレンコは、潜在意識の情報の容量は外の世界に等しいので、Iは思考の機能の中で最も知的だと書いています。
ここで注意したいのは、グレンコのNeが「外向」なのに、情報の出どころを本人の潜在意識に置いていることです。この点は、13章のNiとの違いで、グレンコ自身の対比を引用します。
アイデアの生成者
Iの状態を長く保てる人の社会的な役割を、グレンコはこう書いています。
もし人がI状態を長時間維持できるなら、社会において彼は知的リーダーの役割を担うであろう。すなわちアイデアの生成者である。Iタイプは知的活動の高まりを示し、新しく複雑な課題を熱望する。アイデアの生成者は、標準的でルーチン的な操作にうまく対応できない。彼は新しいアプローチを発明することによって、それらから逃れるためにすべてのエネルギーを注ぐ。状態Iにある人は、自分の提案やプロジェクトに対する人々の意見をあまり気にしない。発見をすることを通じて、自分の認知的好奇心を満たす。
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If the person can sustain state I for a long time, then in society he will take the role of an intellectual leader: a generator of ideas. I-type shows increased intellectual activity and aspires to new and complex tasks. The generator of ideas doesn’t cope well with standard, routine operations. He gives all of his energy to getting rid of them through inventing new approaches. A person in state I does not care much about people’s opinion on his proposals and projects. Through making discoveries, he satisfies his cognitive curiosity.
上の引用の要点は、Iの状態を長く保てる人は、知的なリーダー、つまりアイデアの生成者になるということです。その人は新しく複雑な課題を求め、型どおりの作業には向かず、そこから逃れるために新しいやり方を発明するとされます。
一般像の「アイデアを出す人」は、ここでのグレンコの記述に最も近い形です。ただし、グレンコはそれをIの状態を長く保てる人に限って書いています。
生まれる前の苦しさ
グレンコは、アイデアが生まれるまでの気分の動きも書いています。
心理的には、状態Iにおいて人は自己への没入と関連する感情を体験する。すなわち、外的な離脱と内的な強い集中である。(中略)直観プロセスの第1段階は、満たされない苦痛な感覚を伴う。すなわち、人はアイデアを抱えながら落ち着かず気分が悪くなる。アイデアは自ずと熟しているように見えるが、この遅々とした過程に介入することが、像が潜在意識から出てくるためには必要である。やがて知的緊張は1つの突然のステップで安堵と喜びに道を譲る。アイデアがついに生まれるのである。
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Psychologically, in the state I the person experiences feelings connected with immersion into himself: external detachment with strong inner concentration.〔中略〕The first stage of the intuitive process is accompanied by a painful sense of dissatisfaction: a person feels unsettled and out of sorts while bearing the idea. The idea seems to be maturing in itself, but in this slow process it is necessary to intervene so that the images can come out of the subconscious. Then the intellectual tension in one abrupt step gives way to relief and joy as the idea is finally born.
言い換えると、直観の過程の初めは、アイデアを抱えたまま落ち着かず気分が悪い段階で、それが突然の安堵と喜びに変わるということです。外からは離れ、内には強く集中する状態だとされます。
ほかの研究者の記述には、Neを使っているときの本人の気分の動きがほとんど出てきません。生まれる前の苦しさと、生まれたときの安堵を書いているのは、グレンコの記述の特徴です。
小括
グレンコのNeは、推測、発見、能力の直観で、行動では高リスクで型にはまらない動きとして表れます。名前は「機会」でも、指しているのは可能性です。状態としては、潜在意識から像を取り出し、それが「直観的推測」として光る過程です。
その状態を長く保てる人はアイデアの生成者になり、型どおりの作業から逃れようとします。Neを使っているときの内側の気分まで書いているのが、グレンコの記述の特徴です。
10その他の論者の記述
ここまでの8人のほかに、Neについてまとまった記述を残した研究者が2人います。ブカロフと、システム・ソシオニクス学派のエグリトです。どちらも、Neを単独で長く書いたものではないため、1つの章にまとめます。
ブカロフ: アルファクアドラの価値としての可能性
ブカロフは、関係論の論文の中で、アルファクアドラの価値を説明するときにNeを書いています。
人または何らかの思想の可能性。第1クアドラ(アルファ)のタイプは潜在的可能性、すなわち何か新しいもの—開花させ、発見し、発現させうるもの—に強い興味を持ち、この新しいもの、新しい思想を何らかの論理的形式に包もうとする。それゆえこのクアドラの代表者は学術環境、すなわち「最先端の科学」と呼ばれるところに非常に多い。
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возможности человека или какой-то идеи. Типы из 1-й квадры очень заинтересованы потенциальными возможностями, то есть чем-то новым, что можно раскрыть, обнаружить, проявить, они стремятся это новое, эти новые идеи облечь в какую-то логическую форму, поэтому представителей этой квадры очень много в научной среде, что называется «на переднем крае науки».
上の引用は、Neを「人または何らかの思想の可能性」と書くところから始まっています。ブカロフも、Neの価値を人や思想の可能性の語で書いているということです。アルファクアドラのタイプは、まだ開花していない新しいものに強い興味を持ち、それを論理の形に包もうとするとされます。ブカロフは、そのためアルファクアドラの人は学術の世界に多い、と書いています。
ここでは、Neが単独の要素ではなく、Ti(内向論理)と組んだクアドラの価値として書かれています。新しいものを見つけ、それに論理の形を与える、という組み合わせです。カルペンコのアルファクアドラの記述(08章)とも一致します。
エグリト: 変化の性質についての情報
エグリトは、自己観察の手引きの中で、8つの要素を短く定義しています。Neの定義は次のとおりです。
黒い直観、可能性、可能性の直観—変化の性質についての情報。可能性、能力、才能、潜在力、アイデア、本質、意味など。
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ЧИ, возможности, интуиция возможностей — информация о свойствах изменений. Возможность, способность, талант, потенциал, идея, суть, смысл и т. д.
言い換えると、エグリトのNeは、変化の性質、つまり何がどう変わりうるかについての情報だということです。例の先頭には「可能性」が置かれ、能力、才能、潜在力、アイデア、本質、意味が続きます。エグリトのNeも、可能性の情報として定義されています。
「本質」「意味」が例に入っているのは、アウシュラの「対象と現象の構造を理解し、その内的内容を見抜く」(03章)と同じ方向です。また、Neを「変化」の側から定義している点は、イェルマーク(07章)と同じです。NeとNiを「可能性」と「出来事」の名前で対にする書き方もイェルマークと共通で、Niの定義は13章で引用します。
小括
ブカロフは、Neをアルファクアドラの価値として、Tiと組んだ形で書いています。エグリトは、Neを変化の性質についての情報と定義し、イェルマークと同じ名前の付け方で、Niと対にして書いています。どちらも短い記述ですが、11章の横断で、ほかの研究者と並べて扱います。
11研究者間で残る中核と食い違い
この章は、02〜10章の研究者別の記述を、当サイトの責任で突き合わせます。新しい引用は置かず、研究者を横断して残る中心、差の所在、差の由来の仮説の順に進み、最後に誰が何と言ったかを名指しで並べます。
研究者を横断して残る中心
第一に、Neはまだ表に出ていない可能性と潜在力の知覚だということです。ユング(可能性)、アウシュラ(ポテンシャル・エネルギー)、ストラティエフスカヤ(人々の可能性)、フィラトワ(隠されている可能性)がその例です。イェルマーク(現実の可能性と能力)、カルペンコ(隠れた力)、グレンコ(機会、能力)、エグリト(潜在力)も、語を変えて同じことを書いています。
この点では、研究者のあいだに食い違いがありません。レイニンも、定義の列に「潜在的可能性」を入れています。各章の言い直しを並べると、呼び名は違っても、行き着く先はいつも可能性です。
第二に、最初の例が人の能力になっていることです。ユング(人の能力と役立つ範囲)とアウシュラ(人間の身体的・心理的能力)がその例です。ストラティエフスカヤ(人々の可能性を感じ取る)とイェルマーク(相手の予期しない能力や才能)も、Neの例として物より先に人を挙げています。
一般像の「アイデアを出す」では、この面が落ちやすくなります。Neは、物や考えの可能性と同じように、人の可能性に向く要素として書かれてきたということです。
第三に、見えている表面ではなく、その奥にあるものを見ることです。アウシュラ(構造と内的内容・レントゲン)とカルペンコ(水面ではなく海を動かす力)がその例です。フィラトワ(感覚型の目から隠れているもの)とエグリト(本質・意味)も、この形で書いています。
第四に、見込みがあるあいだは強く引き寄せられ、見込みが消えると離れることです。ユングの「窒息」と「捨て去る」、ストラティエフスカヤのILEが興味を失う条件、フィラトワの「可能性が多いほど強まる支配力」とIEEの冷め方が、これを書いています。離れる理由として書かれているのは、見込みの消失か新しさの消失です。
第五に、出口のない状況で出口を見つけることです。ユングの「閉じた部屋」と「出口」が、アウシュラの直観外向の「最大の喜び」に、ほぼ同じ語で引き継がれています。ストラティエフスカヤのEIEの記述(15章)にも、同じ語が出てきます。
差の所在
差は、大きく3つあります。第一に、Neを「開いている可能性」の側から書くか、「まとまっている全体」の側から書くかです。ほとんどの研究者は前者です。一方、レイニンは、スケジュール、シナリオ、外的状況の統合性という、後者の語でNeを定義しています。
ストラティエフスカヤの「過程の統一性と相互関連の感覚」「世界の総体的な知覚」は、その中間にあります。可能性の定義の中に、全体のまとまりの語が混ざっている、ということです。
第二に、時間との関係です。ストラティエフスカヤは見出しに「(時間)」と添え、イェルマークは可能性を時間の背後にある変化と結びつけます。一方、カルペンコはNeを静的なアスペクトとし、時間の流れは時間の直観(Ni)の仕事だとします(13章)。Neと時間の結びつけ方は、研究者によって分かれます。
第三に、情報の出どころです。ユングは外向的直観を外的な対象に向いたものとし、アウシュラ以下の多くの研究者も、対象の側の可能性として書きます。一方、グレンコは、Iの状態で人は自分の潜在意識から知識を取り出すと書いています(09章)。同じ「外向」の直観を、グレンコは内側から取り出すものとして書いているということです。
また、記述の焦点にも差があります。アウシュラとストラティエフスカヤは関係と人物像、フィラトワは感覚との対比、イェルマークは言葉の中の情報、カルペンコはクアドラとタイプの比較、グレンコは心の状態と行動に焦点を置いています。
差の由来についての仮説
当サイトの推測として、差の由来は2つ考えられます。第一に、Neを単独で書くか、組み合わせの中で書くかの違いです。レイニンは二分法から要素を組み立てる体系で、Neを賢明(NeとSiの組)の側の性質と重ねて書いています(13章)。そのため、Siの持つ「まとまり」「予定どおり」の性質が、Neの定義にも入ってきたのかもしれません。
第二に、観測の対象です。グレンコの体系は、要素を人の心の状態として観測します。状態として見ると、アイデアが浮かぶ瞬間は内側で起こることなので、出どころが潜在意識として書かれやすい、と読めます。一方、ほかの研究者は、Neをタイプの人物像や関係の中で観測しています。その場合、可能性は相手や対象の側にあるものとして書かれやすくなります。
誰が何と言ったか
- ユングは、外向的直観を外の対象に向いた無意識的な知覚として定義し、対象の中に可能性を探すとしました。ありふれた状況は閉じた部屋に見え、出口を探し続けます。人の能力を見立て、見込みが消えると対象から離れます。
- アウシュラは、Neを対象のポテンシャル・エネルギーの知覚と定義しました。最初の例は人の能力で、構造を見抜く力も同じ知覚に含めます。人物像では、人の「開拓」、新しいものの擁護、出口のない状況からの出口を書き、可能性を力に変えるのはSeの役目だとしました。
- レイニンは、Neを出来事の順序、スケジュール、シナリオの語で定義しました。タイプの節では「外的状況の統合性」を存在原理として書き、その全体が崩されることへの反応を描いています。
- ストラティエフスカヤは、Neを人の可能性と発展の見通しを感じ取る力と定義しました。ILEでは見通しの研究、IEEでは人の可能性の研究として書き、Seの強制に対してNeは肯定的な例で人を動かすとしました。
- フィラトワは、Neを感覚型の目から隠れている可能性を見つける力として、感覚との対比で定義しました。ILEでは可能性が多いほど強まる支配力、IEEでは燃え上がりと冷め方の速さを書いています。
- イェルマークは、Neのアスペクトに「可能性」の名前を選び、周囲世界の現実の可能性と能力の情報と定義しました。能力を「いざというときに変えられる状態」と説明し、可能性を変化と結びつけています。
- カルペンコは、Neを海を動かしている隠れた力を見る直観と書き、Neの強さによる見え方の違いを水のたとえで書き分けました。クアドラごとにNeの扱い方が違うことも書いています。
- グレンコは、Neを推測、発見、能力の直観とし、行動では高リスクで型にはまらない動きとして表れると書きました。潜在意識から像を取り出す過程と、そのときの気分の動きも書いています。
- ブカロフはNeをアルファクアドラの価値として、エグリトは変化の性質についての情報として書いています。
12MBTIにおけるNe
この章では、MBTIの側のNeを見ます。MBTIにも、ユングの外向的直観から出た外向的直観(Ne)があります。引用するのは、MBTIをつくったマイヤーズの『Gifts Differing』(1980年)と、その後に出た『MBTI Manual』第3版(1998年)です。あわせて、The Myers & Briggs Foundation の公式サイトからも1本引きます。
読むときの注意を1つだけ置きます。MBTIのNeは心理機能、つまり人がどう知覚するかの働きとして書かれます。一方、ソシオニクスのNeは情報要素、つまり受け取られる情報の種類として書かれます。当サイトは、2つが同じユングの8分割から出ていることから、1つずつ対応する8つとして扱っています。ただし、タイプの記述は体系をまたいで読み替えません。この章では、11章で確かめた中核の語「可能性」が、MBTIの側でどこまで重なり、どこで分かれるかを見ます。
直観は可能性への関心
マイヤーズは、感覚と直観の違いをこう書いています。
感覚を直観より好む人は、主に現実に関心を持つ。直観を感覚より好む人は、主に可能性に関心を持つ。この指向は、EIの指向とはまったく独立している。直観型は内向型でなくてもよい。その可能性は外的な可能性であってもよく、人と物からなる外の世界で追い求められる。
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ANYONE PREFERRING SENSING to intuition is interested primarily in actualities; anyone preferring intuition to sensing is mainly interested in possibilities. This preference is entirely independent of the EI preference. Intuitives do not have to be introverts. Their possibilities can be external possibilities, pursued in the outer world of people and things.
言い換えると、マイヤーズの直観は、現実ではなく可能性に関心を向ける知覚だということです。そのうえで、この関心は外向・内向とは別の軸にあり、直観型の可能性は外の世界の可能性でもありうるとされます。この「外の世界の可能性」を追う直観が、MBTIの外向的直観にあたります。
『MBTI Manual』は、直観をもう少し細かく定義しています。
直観とは、可能性、意味、関係を、洞察によって知覚することをいう。ユングは直観を、無意識を経由する知覚と特徴づけた。(中略)直観は、感覚でとらえられるものを超えた知覚を可能にし、そこには将来起こりうる出来事も含まれる。
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Intuition refers to perception of possibilities, meanings, and relationships by way of insight. Jung characterized intuition as perception by way of the unconscious.〔中略〕Intuition permits perception beyond what is visible to the senses, including possible future events.
上の引用の要点は、直観が可能性、意味、関係を洞察によって知覚する働きだということです。マイヤーズと同じく、定義の先頭に置かれているのは可能性です。
ただし、この定義には「将来起こりうる出来事」も入っています。ソシオニクスでは、出来事がいつどう起こるかは、カルペンコの書き方ではNiの側に入ります(13章)。MBTIの直観の一般の定義は、この2つをまだ分けずに書いていると読めます。外向と内向は、そのあと知覚を向ける先で分けられます。
Neを主機能・補助機能に持つタイプ
MBTIでは、4文字のどのタイプがNeを使うかが、文字の決まりから出てきます。The Myers & Briggs Foundation の公式サイトは、ENFPを例にこう説明しています。
例えば、ENFPの指向をもつ人の主機能は外向的直観である。それが分かるのは、最後の文字が示す過程、この場合はPつまり知覚の過程を外向させるからである。ENFPの知覚の過程はN、つまり直観である。これは、その人が直観の指向を外の世界で使うということで、ほかの人が実際に目にするのはこの指向である。
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For example, if an individual prefers ENFP, their dominant process is Extraverted Intuition. We know this because we extravert the process indicated by the last letter, in this case P or their Perceiving process. For ENFP, their Perceiving process is N or Intuition. This means that they use their Intuition preference in their outer world; it is the preference people would see in action.
つまり、MBTIでは、外向型の最後の文字Pは、主機能が知覚の機能であることを示すということです。ENFPとENTPは、直観を外に向けて使う外向的直観を主機能に持ちます。一方、『MBTI Manual』は、INTPを「外向的直観を伴う内向的思考」、INFPを「外向的直観を伴う内向的感情」と書いています。この2つのタイプでは、外向的直観が補助機能になります。
『MBTI Manual』は、この4タイプをまとめて、次のように書いています。
直観を外向させる過程は、NPのタイプの記述のされ方に表れている。NPのタイプは未知への挑戦をたえず求め、新しい可能性が生じるとそれに合わせていく。型にはまらない独立心の持ち主で、囲い込まれるのを嫌う。古い問題にも新しい問題にも新しい解決策を探すことを楽しみ、とくに世の中の可能性の領域で、一見不可能なことや非常に難しいことへの挑戦を好む。
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The process of extraverting Intuition is reflected in the way NP types are described. They constantly seek the challenge of the unknown and adapt to new possibilities as they arise. They are unconventional, independent spirits who hate to be fenced in. They enjoy seeking new solutions for both old and new problems and like the challenge of the apparently impossible or the very difficult, especially in the realm of possibilities in the world.
上の引用にあるNPのタイプは、直観を外に向けて使う4タイプ(ENTP・ENFP・INTP・INFP)のことです。主機能か補助機能かを問わず、外向的直観の働き方は、新しい可能性への挑戦として表れるとされています。
この4タイプを、当サイトの対応で並べると次のようになります。対応は、1番目と2番目の機能が同じもの同士です。
| MBTI | Neの位置 | ソシオニクス | Neの位置 |
|---|---|---|---|
| ENTP | 主機能 | ILE(ENTp) | 主導機能 |
| ENFP | 主機能 | IEE(ENFp) | 主導機能 |
| INTP | 補助機能 | LII(INTj) | 創造機能 |
| INFP | 補助機能 | EII(INFj) | 創造機能 |
MBTIで主機能のNeはモデルAの主導機能に、補助機能のNeは創造機能に対応します。内向の2タイプは、ソシオニクスの4文字では末尾がjになります。2つの体系で末尾の文字が表すものが違うためで、MBTIとソシオニクスの対応で詳しく扱っています。
外向的直観型: 可能性に引かれ、事実になると離れる
マイヤーズは、外向的直観型(ENTPとENFP)を動かす可能性について、こう書いています。
その可能性は抗いがたい引力をもち、彼らに否定しようのない要求を突きつける。(中略)しかし、魔神を瓶から出してしまうと、あるいは出せることを皆が認めるところまで来ただけでも、それはもう彼らの関心を引かない。魔神はもはや可能性ではなく、ただの事実である。そこから先は、ほかの誰かが引き継げばよい。
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The possibility has an irresistible pull, an undeniable claim upon them.〔中略〕However, once they get the genie out or even reach the point where everyone recognizes that it can be got out, it does not interest them anymore. The genie is no longer a possibility; it is a mere fact. Somebody else can take over from there.
上の引用にある魔神は、可能性のたとえです。言い換えると、外向的直観型は、可能性に強く引かれ、それが事実になると関心を失うということです。そこから先はほかの誰かが引き継げばよい、とマイヤーズは書いています。
これは、11章の第四で見た「見込みがあるあいだは強く引き寄せられ、見込みが消えると離れる」と同じ形です。ユングの「植えたばかりの畑を離れ、収穫は他人が刈り取る」(14章)とも重なります。離れるきっかけが、可能性が事実に変わることにある点も、ソシオニクスの研究者の記述と遠いものではなさそうです。
『MBTI Manual』は、ENTPをこう書いています。
ENTPは熱意のある革新者である。彼らの世界は、可能性と、面白い概念と、わくわくする挑戦に満ちている。困難に刺激され、すぐに創造的な対応を考え出して活動に飛び込み、即興する自分の力を信頼する。直観を主に外に向けて使い、世の中で工夫を凝らすことを楽しむ。
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ENTPs are enthusiastic innovators. Their world is full of possibilities, interesting concepts, and exciting challenges. They are stimulated by difficulties, quickly devising creative responses and plunging into activity, trusting their ability to improvise. They use their Intuition primarily externally and enjoy exercising ingenuity in the world.
ENTPの世界は、可能性に満ちていて、困難はむしろ刺激になるとされています。最後の「直観を主に外に向けて使う」は、主機能が外向的直観であることを、行動の言葉で言い直した一文です。
人の中の可能性
マイヤーズは、外向的直観型が人を見立てる力を、こう書いています。
のちの人生で、その不思議な見立ての能力は、生徒のまだ誰も気づいていない潜在力を見抜く教師、短い面接でIQを正確に見積もる心理学者、部下の選び方と使い方にこそ才能がある経営者を生む。
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In later life, that uncanny faculty of appraisal produces the teachers who can divine the unguessed potentials of a student, the psychologists who can accurately estimate an IQ on the basis of a brief interview, and the executives whose genius lies in their selection and use of subordinates.
言い換えると、外向的直観型の見立ての力は、人の中のまだ表に出ていない潜在力に向くということです。『MBTI Manual』も、ENFPについて同じことを書いています。
ENFPは、ほかの人の中にある可能性への並外れた洞察と、それを実現させる手助けをするエネルギーと動機をもつ。自分の洞察に基づいて自信をもって進み、その熱意は周りの人を一緒に動かしていくことが多い。
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ENFPs have exceptional insight into possibilities in others and the energy and motivation to help actualize them. They feel confident moving ahead based on their insights, and their enthusiasm tends to bring others along with them.
つまり、ENFPは、ほかの人の中にある可能性を見抜き、それが実現するのを助けるということです。
11章の第二で見たとおり、ソシオニクスの研究者も、Neの最初の例に人の能力を挙げていました(ユング、アウシュラ、ストラティエフスカヤ、イェルマーク)。人の可能性に向く点で、MBTIとソシオニクスの記述はよく重なります。
補助機能のNe: INTPとINFP
補助機能に外向的直観を持つINTPについて、マイヤーズはこう書いています。
直観は、思考だけでは得られない深い洞察をもたらす。直観はその持ち主に、知的好奇心、理解の速さ、問題に取り組むときの工夫とアイデアの豊かさ、そして論理がまだたどり着いていない可能性をひと足先にかいま見る力を与える。
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Intuition brings a deeper〔中略〕insight than is granted to thinking alone. It gives its possessors intellectual curiosity, quickness of understanding, ingenuity and fertility of ideas in dealing with problems, and an extra glimpse of possibilities that logic has not yet had time to reach.
INTPの補助機能の直観は、論理より先に可能性をかいま見る働きとして書かれています。主機能の思考を、可能性の側から補っているということです。
INFPについては、次のように書いています。
INFPは、人にとっての可能性を扱う分野で力を発揮する。カウンセリング、教育、文学、芸術、科学、研究、心理学などである。
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INFPs excel in fields that deal with possibilities for people, such as counseling, teaching, literature, art, science, research, and psychology.
INFPの補助機能の直観は、人にとっての可能性に向くとされています。INTPは考えの可能性、INFPは人の可能性と、主機能の判断の種類によって向かう先が変わります。05章で見たストラティエフスカヤのILEとIEEの違いと、同じ形の分かれ方に見えます。
重なるところと分かれるところ
重なるところは3つです。第一に、中心の語です。マイヤーズも『MBTI Manual』も、直観の中心に可能性を置いています。ソシオニクスの研究者の語(ポテンシャル・エネルギー、隠れた力、機会)と合わせると、どちらの体系でも、Neの中心は可能性だということです。
第二に、人の可能性に向くこと、第三に、可能性が事実になると離れることです。どちらも、11章で研究者を横断して残った記述と同じ形です。中核の語の範囲では、2つのNeを別物と言い切れるほどの違いは見つかりません。
一方、分かれるところも3つあります。第一に、記述の向きです。MBTIは、可能性を追う人の働きとして書き、ソシオニクスは、対象がもつ可能性という情報として書きます。マイヤーズの「可能性は抗いがたい引力をもつ」は人の側の動機の記述で、アウシュラの「対象のポテンシャル・エネルギー」は対象の側の記述です。
第二に、時間の扱いです。『MBTI Manual』の直観の定義は「将来起こりうる出来事」を含み、外向と内向は知覚を向ける先で分けます。一方、ソシオニクスでは、出来事の時間は内容の違いとしてNiの側に置かれます(13章)。
第三に、Neの足りないところを補う相手です。マイヤーズは、直観型の危険をこう書いています。
しかし、もっと深刻な内的な危険が2つある。第一に、直観型はエネルギーを浪費してはならない。ありうる企画に満ちた世界の中で、それ自体として、あるいは直観型自身の成長にとって、潜在的な価値をもつものを選ばなければならない。そして、始めたらやめてはならない。(中略)選ぶことと粘り抜くことの両方について、直観型には、よく発達した思考か感情による安定させる力が要る。
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There are, however, two internal dangers that are more serious. First, intuitives must not squander their energies. In a world full of possible projects, they must pick those that have potential value, either intrinsically or for the intuitives’ own development. Then, having started, they must not quit.〔中略〕On both these counts, the choosing and the perseverance, intuitives need the stabilizing influence of well-developed thinking or feeling.
言い換えると、マイヤーズは、可能性を選び、最後まで粘る力を、補助機能の判断(思考か感情)に求めています。一方、アウシュラは、可能性を実効ある力に変える役を、同じ外向の知覚のSeに置いていました(03章)。MBTIは知覚と判断の組で、ソシオニクスは知覚どうしの対で、Neの足りないところを説明していると読めます。
小括
MBTIのNeも、中心は可能性です。直観は現実ではなく可能性に関心を向ける知覚とされ、外向的直観型は可能性に強く引かれ、事実になると離れ、人の中の潜在力を見立てます。ここまでは、ソシオニクスの研究者の記述とよく重なります。当サイトが2つの体系の機能を1つずつ対応させているのも、この重なりによります。
一方で、MBTIは可能性を追う人の働きとして、ソシオニクスは対象のもつ情報として書きます。また、時間を直観のどこに置くか、足りないところを何が補うかも違います。重なるのは中核の語で、分かれるのは記述の向きと組み立てだということです。
13Ni・Se・Siとの違い
この章では、Neを、隣にある3つの要素—Ni(内向直観)、Se(外向感覚)、Si(内向感覚)—と比べます。NiとSeはNeと性質を1つずつ共有し、Siは側面も向きも反対です。この3つとの違いで、Neの輪郭が決まります。
モデルAの公理では、Neの隣の要素は次の3つです。
- Niは、Neと同じ直観で、向きが内向に変わったものです。
- Seは、Neと同じ外向で、側面が感覚に変わったものです。
- Siは、側面も向きもNeと反対の要素です。
Neを1番の主導機能に持つタイプでは、Seが3番の規範機能、Siが5番の暗示機能、Niが7番の観察機能に入ります。つまり、3つとも、Neがどこにあるかで置き場所が決まる要素だということです。
Ni: 同じ直観、可能性と出来事
まず、同じ直観のNiです。ユングは、内向的直観を外向的直観と比べて、こう書いています。
この直観は、外的な対象から刺激を受けることはあっても、外的な可能性のところで立ち止まることはけっしてなく、その対象が内側に解き放つ要因のほうにとどまる。
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Although this intuition may receive its impetus from outer objects, it is never arrested by the external possibilities, but stays with that factor which the outer object releases within.
言い換えると、内向的直観は、外の対象から刺激を受けても、外の可能性では立ち止まらないということです。内向的直観がとどまるのは、その対象が本人の内側に引き起こすもののほうです。つまり、ユングにとって、外の可能性で立ち止まるのが外向的直観の側だということです。
ソシオニクスの研究者は、この区別を「可能性」と「時間」「出来事」の区別として書き直しています。カルペンコは、静的と動的の語で分けています。
たとえば可能性の直観Iは静的アスペクトである。発達した可能性の直観をもつ人と話すとき、あるいはその人が何かを語ってくれるとき、その人はたいてい、潜在力、可能性、展望について語る。しかしその人から「それはいつ起こりうるのか?」「その潜在力はどうやって現れうるのか?」「その展望はどう実現されるのか?」という問いへの答えを引き出すのは非常に難しい。可能性の直観が語るあの潜在的可能性とは、人に、アイデアに、対象に備わった、何か静的なものだからである。直観の動的な部分を扱うのは時間の直観Tで、これは時間の中での出来事の展開の知覚を担っている。
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Например, интуиция возможностей I — это статический аспект. Когда мы гово- рим с человеком с развитой интуицией возможностей или когда он нам что-то рассказыва- ет, он, как правило, говорит о потенциях, возможностях, перспективах. Но от него очень трудно добиться ответа на вопрос: «Когда это может случиться?», «Как эти потенции могут себя проявить?», «Как эти перспективы реализуются?», потому что та потенциальная воз- можность, о которой говорит интуиция возможностей, — это нечто статичное, присущее человеку, идее, объекту. С динамической частью интуиции работает интуиция времени T — она отвечает за восприятие развития событий во времени.
カルペンコの区別では、Neが語るのは、人や考えや対象に備わった静的な潜在力です。それが「いつ」「どう」現れるかは、Neの扱う範囲の外になります。その問いに答えるのは、時間の中での出来事の展開を知覚するNiだとカルペンコは書いています。
イェルマークは、同じ区別を「可能性」と「出来事」の語で書いています。
したがって、世界の現実の変化に関連する可能性の関係は、主観的にはポジティブまたはネガティブな出来事として知覚される。
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Следовательно, соотношение возможностей, связанное с изменениями реалий мира, субъективно воспринимается нами как событие позитивное или негативное.
つまり、可能性どうしの関係が、主観的には出来事として受け取られるということです。イェルマークの体系では、可能性そのものはNe、可能性どうしの関係(出来事)はNiのアスペクトになります。
エグリトも、Niを同じ形で定義しています。
白い直観、出来事、時間の直観—変化どうしの相互関係についての情報。世界の現実の変化と結びついた可能性どうしの相互関係は、私たちには主観的に出来事として受け取られる。
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БИ, события, интуиция времени — информация о соотношении изменений. Соотношение возможностей, связанное с изменениями реалий мира, субъективно воспринимается нами как события.
言い換えると、エグリトのNiは、変化どうしの相互関係についての情報だということです。Neが「変化の性質」(10章)だったのと対になっています。
グレンコは、情報の出どころの違いとして、IとTを分けています。
状態Iにおいて人は自己の内面、すなわち心理の潜在意識的層から知識を抽出するなら、状態Tにおいて情報は外側から ― 宇宙(コスモス)から ― やってくる。
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If in I-state a person extracts knowledge from within himself, from his subconscious layers of the psyche, then in T-state information comes from outside — from the cosmos.
上の引用にあるIはNe、TはNiです。つまり、グレンコの体系では、Neの状態では自分の潜在意識から知識を取り出し、Niの状態では外から、宇宙から情報が来るということです。ほかの研究者が「外の可能性」と「内の時間」で分けるのとは、出どころの向きが逆になっています。
4人の書き方をまとめると、Neは「何がありうるか」、Niは「それがいつどう起こるか、起こったことどうしがどうつながるか」の知覚です。可能性と出来事、静的と動的、性質と相互関係、という対は、同じ1つの区別を別々の語で書いたものと読めます。
Se: 同じ外向、ポテンシャルと運動のエネルギー
次に、同じ外向のSeです。アウシュラは、Seにあたるアスペクトを、Neの定義と対の形で書いています。
対象の「運動エネルギー」と呼べるものについての情報が知覚される。たとえば、人間の外的組織性についての情報、その身体的・エネルギー的データ、自分の意志を使いこなし、地位・立場を利用し、自分の意志を他の人々の意志に対置する能力についての情報である。この知覚は、このまたはあの人間が「運動エネルギー」のどのような蓄えをもっているか、そしてどれだけ仕事において有用でありうるかを見る能力を与える。
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Воспринимается информа- ция о том, что можно назвать «кинетической энер- гией> объектов, например: информация о внешней организованности человека, его физических и энер- гетических данных, умении пользоваться своей во- лей, служебным положением, противопоставлять свою волю воле других людей. Это восприятие.дает способность видеть, какими запасами «кинетичес- кой энергии> отличается тот или иной человек и насколько он может быть полезным в деле.
上の引用の要点は、Seは対象の「運動エネルギー」、つまり今その人や物が持っている力と意志の知覚だということです。Neの「ポテンシャル・エネルギー」(03章)と並べると、違いがはっきりします。
Neはこれから働きうる力に、Seは今働いている力に向く、ということです。アウシュラが物理学のエネルギーの2つの語をNeとSeに振り分けたのは、同じ外の対象の力を、まだ出ていないものと、出ているものに分けたからだと読めます。
アウシュラは、ILEのSeが超自我にあることを「研究者であって、組織者ではない」と書いていました(03章)。また、ストラティエフスカヤは、倫理を植えつけるやり方として、Seの強制とNeの肯定的な例を対比していました(05章)。どちらも、Neは可能性を見せ、Seは力で動かすという同じ対です。
ストラティエフスカヤは、この2つが同時には成り立ちにくいとまで書いています。Neを3番の規範機能に持つSLEの記述です(15章で引用)。SLEがNeを使おうとすると、意志で押すべきところで「待ち受けてチャンスを計算し始める」とされます。
ユングは、外向的直観型にとって感覚がどういうものかを、こう書いています。
思考、感情、感覚は比較的抑圧される。そのうち最も影響を受けるのは感覚である。感覚は感官の意識的な機能として、直観にとって最大の障害となるからである。感覚は、しつこい感官の刺激によって、直観の澄んだ、偏りのない、素朴な気づきを乱す。感官の刺激は視線を物の表面へ、つまり直観がその周りと向こう側をのぞき見ようとしている当のものへ向けさせるからである。
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Thinking, feeling, and sensation are relatively repressed ; of these, sensation is the one principally affected, because, as the conscious function of sense, it offers the greatest obstacle to intuition. Sensation disturbs intuition's dear, unbiassed, naive awareness with its importunate sensuous stimuli; for these direct the glance upon the physical superficies, hence upon the very things round and beyond which intuition tries to peer.
言い換えると、外向的直観型にとって、感覚は直観の最大の障害だということです。感官の刺激は視線を物の表面へ向けさせ、直観が見ようとしている「周りと向こう側」を見えなくする、とユングは書いています。
ユングの類型論では、直観と感覚は同じ知覚の対立する2つです。ソシオニクスでは、NeとSeは同じ外向の知覚で、表面の今ある力に向くか、その向こうのこれからの力に向くかの違いになります。
Si: 側面も向きも反対、それでも組になる要素
最後に、側面も向きも反対のSiです。NeとSiは、最も遠い要素でありながら、同じクアドラで一緒に大事にされる組です。アルファクアドラとデルタクアドラは、NeとSiの両方を価値に持ちます。
レイニンは、この組を二分法の1つとして書いています。
この特性は、状況の統合性の理解に従ってタイプを分割するともいえる。一方の場合は外的状況の統合性(パートナーに快楽を与えること)であり、他方の場合は内的状況の統合性(プロセスの中で快楽を得ること)である。アルファクアドラとデルタクアドラ(賢明)が第1の極にある(外的状況の統合性 — 客観直観)。ベータクアドラとガンマクアドラ(果敢)が第2の極にある(内的状況の統合性 — 主観直観)。
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It is also possible to say that the attribute divides the types according to their understanding of the integrity of situation. In one case it is the integrity of the external situation (to give pleasure to the partner), in the other case it is the integrity of the internal situation (to get pleasure in the process). The alpha quadra and delta quadra (reasonable) are on the first pole (integrity of external situation – objective intuition). Beta quadra and gamma quadra (resolute) are on the second pole (integrity of internal situation – subjective intuition).
上の引用でクアドラの名前のあとに括弧で付いている二分法は、当サイトの名前では賢明と果敢のことです。言い換えると、賢明のクアドラ(アルファとデルタ)は外的状況の統合性、果敢のクアドラ(ベータとガンマ)は内的状況の統合性を大事にするということです。レイニンは、前者を客観直観、つまりNeの側に置いています。
04章で見たレイニンのNeの定義に、スケジュールやシナリオが並んでいた理由は、ここから読めます。レイニンは、Neを、Siと組んで外の状況のまとまりを保つ側の要素として書いている、ということです。
一方、フィラトワは、Siを主導に持つSLIの記述で、感覚型とNeの関係をこう書いています。
他のあらゆる感覚型と同じく、この心理タイプの人間は新しい事業の見通しを感じ取ることが難しく、それゆえ大空の鶴よりも手の中のシジュウカラを好む。SLIは行動を始める前に自分ですべてを確かめようとし、必要な結果が得られるかどうかを実践において確認したいと望む。つまり彼は、当てずっぽうに言い当てるのではなく、自分の強い機能に依拠して検証することを好む。
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Как и любому другому сенсорику, человеку этого психотипа трудно почувствовать перспективность нового дела, поэтому он предпочитает иметь «синицу в руках, чем журавля в небе». СЛИ старается сам все проверить, прежде чем начинать действовать, ему хочется убедиться на практике, получится нужный результат или нет, то есть он предпочитает не угадывать, а проверять, опираясь на свои сильные функции.
フィラトワの見方では、感覚型は新しい事業の見通しを感じ取りにくく、手の中にある確かなものを選びます。SLIは、当てずっぽうではなく、自分の強い機能で確かめることを好むとされます。
フィラトワの書き方では、Neは見通しを先に感じ取り、Siは手の中にあるものを確かめる、という対になります。ですが、この2つは反発し合うだけではありません。SLIにとってNeは5番の暗示機能で、人から補ってもらいたい要素です(15章)。
4つを並べると
ここまでの比べ方を表にまとめると、次のようになります。「何を見るか」は当サイトの短いまとめで、「研究者の語」は本文で引いた記述から取っています。
| 要素 | 何を見るか | 研究者の語(例) |
|---|---|---|
| Ne | これから何になりうるか | 可能性、潜在力 |
| Ni | それがいつどう起こるか | 時間、出来事 |
| Se | 今働いている力 | 運動エネルギー、強制 |
| Si | 今あるものの確かさ | 手の中のもの、確かめる |
表の4つは、Neを中心に「同じ直観」「同じ外向」「どちらも反対」の関係で並んでいます。NiとSeはNeと1つずつ性質を共有し、Siは何も共有しないのに、Neと同じクアドラで大事にされます。
小括
隣の3つの要素と比べると、Neの輪郭は次のようになります。Niと比べると、Neは「いつ」「どうつながるか」ではなく「何がありうるか」の知覚です。Seと比べると、今働いている力ではなく、これから働きうる力の知覚です。
そしてSiとは、側面も向きも反対でありながら、外の状況のまとまりを保つ側として組になります。Neは、この3つの「でない」で囲まれた位置にある、と言えます。この囲み方は、16章の当サイト独自の整理でも、もう一度使います。
14よくある読み違い
この章では、一般に言われているNeの像(01章)のうち、研究者の記述と照らして読み違いになりやすいものを5つ取り上げます。どれも全くの誤りではありませんが、研究者の記述のどこが切り出されて、どう変わったかを見ると、Neの輪郭がはっきりします。
「Neの人は決めない」
一般像では、Neは選択肢を残したがって、なかなか決めない要素だとされることがあります。ですが、研究者のNeの定義に「決めない」は書かれていません。
むしろ、レイニンのNeの定義には、事前に決められたシナリオやスケジュールが並んでいました(04章)。ユングは、外向的直観型が新しい対象を熱狂をもってつかむと書いていました(02章)。また、アウシュラのILEは、見えた可能性を黙っていられず擁護します(03章)。
当サイトの読みでは、「決めない」は、Neそのものより、Neを強く持つタイプの組み立てから出てくるものです。例えば、Neを主導に持つタイプでは、Seが3番の規範機能、Niが7番の観察機能に入ります。力で押し切ることは弱い位置に、1つの結論に絞ることは大事だと感じない位置にあるということです。
「Neはアイデアを出す力」
一般像では、Neはアイデアやひらめきを出す力だとされます。これはグレンコの「アイデアの生成者」(09章)に近い説明です。ですが、ほかの研究者のNeの定義は、アイデアを出すことより、対象の中にある可能性を見ることに重心があります。
11章で見たとおり、多くの研究者は、Neの最初の例に人の能力を挙げています。ユングの「人をつくる」、アウシュラの人の「開拓」、ストラティエフスカヤのIEEの「人々の潜在的可能性の研究」がその例です。Neは、人の中にある力を見て、それが生きる道を示す要素としても書かれてきたということです。
「Neは先を読む力」
一般像では、Neが先の見通しや未来の予測と結びつけて説明されることがあります。ストラティエフスカヤの「発展の見通し」は、その根拠の1つです(05章)。
ですが、「いつ」「どう」起こるかを読むのは、カルペンコの書き方ではNiの仕事です(13章)。Neが見るのは、これから何になりうるかで、それがいつ起こるかではありません。見通しという語も、ストラティエフスカヤの定義では、時間の予測ではなく、発展の余地を見ることとして書かれています。
「Neの人は飽きっぽい」
一般像では、Neの強い人は新しいことを始めても続かない、飽きっぽいと言われます。研究者も、見込みが消えると離れることを書いています。ですが、離れる理由は気まぐれではなく、見込みか新しさの消失として書かれています(11章)。
ユングは、この性質の行き着く先を、こう書いています。
この態度には大きな危険がある。直観型は、あまりにもたやすく自分の人生を浪費してしまう。人や物を生き生きとさせることに自分を費やし、周りに豊かな生命を広げるが、その生命を生きるのは他人で、彼自身ではない。(中略)だがあまりにも早く新しい可能性を追いかけねばならず、植えたばかりの畑を離れ、収穫は他人が刈り取る。
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This attitude has immense dangers all too easily the intuitive may squander his life. He spends himself animating men and things, spreading around him an abundance of life a life, however, which others live, not he.〔中略〕yet all too soon must he be running after some fresh possibility, quitting his newly planted field, while others reap the harvest.
外向的直観型は、人や物を生き生きとさせることに自分を使い、その実りを自分では受け取らない、とユングは書いています。新しい可能性を追うのが早すぎて、植えたばかりの畑を離れ、収穫は他人が刈り取ります。
ユングがこれを「大きな危険」と呼んでいるのは、飽きっぽさを責めるためではありません。見込みのある間は全力で関わり、実りが出る段階では次へ移るという順番が、本人の得にならない形で表れる、ということです。アウシュラの「自分にまったく役に立たない問題を解決しながら生きている」(03章)とも重なります。
「Neが弱い人は新しい考えを受け付けない」
一般像では、Neを大事にしないタイプは、新しい考えや変化を嫌うと説明されることがあります。ですが、カルペンコは、ベータクアドラについて、問題は考えを受け取る力がないことではないと書いていました(08章)。退けられているのは、説明や理論の幅をまるごと受け入れることのほうです。
また、フィラトワがLSIについて書いたのは、人の内的な資質や需要の見通しを評価することが難しいという点です。新しいものを嫌うという書き方ではありません。ストラティエフスカヤのLSIは、むしろ新しい考えが出てこないことに袋小路を感じています(どちらも15章)。
つまり、Neが弱い位置にあることは、可能性に関心がないことと同じではないということです。可能性の幅を開いたままにすることを大事だと感じないか、自分では見積もりにくいか、という違いとして書かれています。
小括
5つの読み違いは、どれも研究者の記述の一部が切り出されたものです。「決めない」はタイプの組み立てから、「アイデアを出す」はグレンコの状態の記述から、「先を読む」は見通しの語から来ていると読めます。また、「飽きっぽい」は見込みが消えると離れる観察から、「新しい考えを受け付けない」はクアドラの扱い方の記述から来ていると考えることもできます。
切り出す前の記述に戻すと、Neは、物と人の中にある、まだ出ていない可能性に向く知覚です。決めないことも、アイデアを出すことも、先を読むことも、その周りにある派生として説明できます。
15モデルAの8つの位置に入ったNe
この章では、NeがモデルAの8つの位置(機能位置)のそれぞれに入ったとき、研究者がどう書いているかを、要点だけ見ます。位置そのものの説明は、各位置の解説ページ(リンク先)にあります。
16のタイプのうち、Neが入る位置は次のとおりです。モデルAの定義から機械的に並べたものです。
| 位置 | タイプ |
|---|---|
| 主導機能 | ILE(ENTP)・IEE(ENFP) |
| 創造機能 | LII(INTP)・EII(INFP) |
| 規範機能 | SLE(ESTP)・SEE(ESFP) |
| 脆弱機能 | LSI(ISTP)・ESI(ISFP) |
| 暗示機能 | SEI(ISFJ)・SLI(ISTJ) |
| 動員機能 | ESE(ESFJ)・LSE(ESTJ) |
| 観察機能 | IEI(INFJ)・ILI(INTJ) |
| 実演機能 | EIE(ENFJ)・LIE(ENTJ) |
研究者の記述は、位置によって量に偏りがあります。主導機能・脆弱機能・暗示機能の記述が多く、動員機能と観察機能の記述は少ないため、少ない位置は短く扱います。
主導機能: ILE・IEE
主導機能のNeは、02〜10章で見てきた記述の大部分にあたります。ここでは、イェルマークがILEのモデルを書いた論文から、1つだけ足します。
ポジティブな可能性、能力、具体的なアイデアをよく見抜く(捉える)能力。現象の具体的でポジティブな本質を認識し、解明し、理解しようとする志向。事物のネガティブな性質、人々のネガティブな能力は受容しがたく感じられ、これらにはうまく通じておらず、しばしば無視する。
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умение хорошо видеть (улавливать) позитивные возможности, способности, конкретные идеи; стремление познать, разобраться, понять конкретную позитивную суть явления; отрицательные свойства предметов, негативные способности людей могут вызвать неприятие, разбирается в них плохо, часто игнорирует.
つまり、ILEの主導のNeは、良い可能性や能力をよく見抜く一方で、悪い性質や悪い能力には通じていないということです。イェルマークは、ILEが物事や人の否定的な面を受け入れにくく、しばしば無視すると書いています。
アウシュラの「開拓」やストラティエフスカヤの「見通しの研究」も、見ているのは伸びていく側の可能性でした。イェルマークは、その裏側として、Neが見落としやすいものを書いていることになります。
創造機能: LII・EII
創造機能のNeについて、フィラトワは、IEEとEIIの共通点として書いています。
IEE(ハクスリー)とEII(ドストエフスキー)は、(中略)主導ブロックに外向直観を持っており、これが彼らの特徴的な性質—自分自身を外側から見る能力—を規定している。内向的な倫理は、感情的で傷つきやすいEII〔原文: ドストエフスキー〕を外見上は無感動な人物にし、一方IEE〔原文: ハクスリー〕は楽観性と性格の活発さで覆い隠しながら、自分の否定的な感情を隠す。
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ИЭЭ (Гексли) и ЭИИ (Достоевский), в отличие от первой пары, имеют экстравертную интуицию в ведущем блоке, что определяет их характерное свойство — умение видеть себя со стороны. Интровертность этики делает эмоционального и ранимого Достоевского внешне бесстрастным, а Гексли скрывает свои негативные эмоции, прикрываясь оптимизмом и живостью характера.〔中略〕Инициатор, Гексли — любит манипулировать, но, в отличие от ЭИЭ и ИЭИ, для него манипуляция — это, скорее, развлечение, игра.
上の引用にある主導ブロックは、1番と2番の機能をまとめた呼び方です。言い換えると、フィラトワは、IEEとEIIの自分自身を外側から見る能力を、主導ブロックの外向直観から説明しているということです。IEEは1番に、EIIは2番にNeを持ちます。
可能性を見る目を自分にも向けると、自分がほかに何になりうるかを、外から眺めることになると読めます。ストラティエフスカヤがEIIの倫理の実現を「肯定的な例の提示」と書いたこと(05章)も、2番のNeの使い方の例です。
規範機能: SLE・SEE
規範機能のNeについて、ストラティエフスカヤは、SLEの記述でこう書いています。
それにしても、もしこれほど壊滅的な意志感覚に加えて、SLE〔原文: ジューコフ〕が直観でも不可侵だったら…幸運にも、自然界ではこれは不可能である。SLE〔原文: ジューコフ〕がいかにこの機能を発展させようと努めようとも、それは彼にとって決して十分に強くなることはない。彼がそれによって自身のプログラムを弱めることさえある:意志的押し付けと突進で行動すべきところで、待ち受けてチャンスを計算し始めるのである。残念ながら、一方は他方を排除する。
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Впрочем, если бы при такой сокрушительной волевой сенсорике, Жуков был бы еще и неуязвим по интуиции... К счастью, в природе такое невозможно. Как бы Жуков ни старался развивать эту функцию, она никогда у него не будет достаточно сильной. Случается, он этим даже ослабляет свою программу: начинает выжидать и просчитывать шансы там, где надо действовать волевым напором и натиском. Увы, одно исключает другое.
上の引用にある意志感覚は、SLEが1番に持つSe(外向感覚)のことです。言い換えると、SLEはNeを伸ばそうとしても十分には強くならず、使おうとすると、かえってSeの動きを弱めるということです。
ストラティエフスカヤは、その理由を「一方は他方を排除する」と書いています。13章で見たSeの今働く力と、Neのこれからの可能性が、同時には成り立ちにくいという対を、タイプの記述で示した一節です。カルペンコのたとえでは、同じ規範機能のSEEは、魚を捕るカモメでした(08章)。
脆弱機能: LSI・ESI
脆弱機能のNeについては、ストラティエフスカヤとフィラトワが、どちらもLSIの記述で書いています。まず、ストラティエフスカヤです。
LSI〔原文: マクシム〕が自身の知的可能性の限界を非常に鋭く感じる瞬間がある。彼には袋小路の感覚が生じ、そこからの出口はただ一つ—明るく新鮮なアイディア、まさにその寸前まで来ているように彼には思えるが、なぜかどうしても起こらない、そういうアイディアである。
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Бывают моменты, когда Максим очень остро чувствует ограниченность своих интеллектуальных возможностей. У него возникает ощущение тупика, из которого выход только один — яркая и свежая идея, о которой, как ему кажется, он вот-вот догадается, но почему-то это все никак не происходит.
言い換えると、LSIには、自分の知的な可能性の限界を鋭く感じる瞬間があり、そこからの出口は、すぐそこまで来ているのに起こらない新しい考えだけだということです。ユングとアウシュラの「出口」が、ここでは見つからないものとして書かれています。
次に、フィラトワです。
誰か、あるいは何かの潜在的可能性の領域において、LSIは自信が持てない。彼には人々の内的な資質、生産の発展の見通し、商品に対する需要の可能性を評価することが難しい。これらすべての問題においてLSIは能力が乏しく、それゆえ慎重さを示す。人間の個性をうまく感じ取ることができないため、彼はすべての人を均一化する傾向がある。
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В области потенциальных возможностей кого-либо или чего-либо ЛСИ чувствует себя неуверенно. Ему трудно оценить внутренние качества людей, перспективность развития производства, возможный спрос на товары. Во всех этих вопросах ЛСИ слабо компетентен, поэтому проявляет осторожность. Плохо умея почувствовать индивидуальность человека, он склонен всех нивелировать.
上の引用の要点は、LSIは人の内的な資質や、生産と需要の見通しを評価することが難しく、そのため慎重になるということです。人の個性をうまく感じ取れないので、すべての人を均一に扱う傾向があるとされます。
脆弱機能のNeでは、Neを主導に持つタイプが最も得意とすること、つまり人の可能性の見立てが、最も難しいこととして書かれています。カルペンコのアメンボのたとえ(08章)は、同じ脆弱機能のESIでした。
暗示機能: SEI・SLI
暗示機能のNeについては、記述が多く残っています。まず、アウシュラは、ILEの双対であるSEIをこう書いています。
ILE〔原文: ドン・キホーテ〕の双対—感覚倫理内向(SEI〔原文: デュマ〕)—は反対に、人々の欲求とその動機の体系を見て、喜んで皆に働きかけ、説得する。見えていないのは、もう一方のもの—潜在的可能性—だけである。
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Дуал Дон Кихота — СЕНСОРНО-ЭТИЧЕС- КИЙ ИНТРОТИМ (Дюма) — наоборот, видит по- требности людей, систему их мотивации, с удоволь- ствием всех агитирует и уговаривает. Не видит лищь другого — потенциальных возможностей.
言い換えると、SEIは人々の欲求や動機は見えているが、潜在的可能性だけは見えていないということです。ILEの1番のNeが、SEIの5番のNeを補う、という双対の組み立てを、アウシュラはこの形で書いています。
ストラティエフスカヤは、同じSEIの暗示機能のNeを、本人の内側から書いています。
可能性の探索に関わるすべてのことにおいて、SEI〔原文: デュマ〕は確信なく、いわば手探りで行動する。常に外部からの支援を求め、彼の振る舞いが正しいかどうかを示してくれる指導者を絶えず必要とする。SEI〔原文: デュマ〕は自分の可能性を低く見積もる傾向があり、それらは彼にとってしばしば、彼の差し迫った問題のすべてを解決するには不十分に思える。
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Во всем, что касается поиска возможностей, Дюма действует неуверенно, как бы наощупь. Все время ищет поддержку со стороны, постоянно нуждается в наставнике, который подскажет, правильно ли он поступает. Дюма склонен занижать собственные возможности, они часто кажутся ему недостаточными для решения всех его насущных проблем.
言い換えると、SEIは可能性を探す場面では確信がなく手探りで、正しいかどうかを示してくれる相手を必要とするということです。自分の可能性を低く見積もりがちだ、とも書かれています。
エグリトの学派は、暗示機能と脆弱機能を対象にした聞き取り調査の中で、SLIのこんな自己報告を記録しています。
SLI:「I機能にはものすごく恐れがある。震えが来るほどだ。たぶん何度も傷ついたからだと思う。嫌な経験がたくさんある。それに、母親はESIで双対の相手がおらず、いつも「もしこうなったら」と恐れ、どんな不意打ちも怖がっていた。それがひどく気を滅入らせた。」
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SLI: "I have lots of fear at I-function, up to tremor - I think just because it was hurt frequently, a lot of negative experiences. Plus non-dualized mother ESI with the constant "what if" fear, scared of any surprise -- it was terribly depressing."
上の引用にあるI機能はNeのことです。つまり、SLIは、Neの領域に強い恐れを持っていて、その理由を過去の傷つきや家族の経験から説明しているということです。「もしこうなったら」という先の読めなさへの恐れは、01章の一般像にも出てきた形です。
暗示機能のNeについての記述は、自分では確信が持てず、人から示してもらいたい要素という点でそろっています。手探り、低い見積もり、恐れは、その裏側として書かれていると読めます。
動員機能: ESE・LSE
動員機能のNeについては、主要な研究者のまとまった記述が見つかりませんでした。モデルAの定義では、ESEとLSEは、Neを価値に持つアルファとデルタのクアドラに入ります。Neを大事にしながら、自分では十分に扱えない位置ということです。
観察機能: IEI・ILI
観察機能のNeについても、まとまった記述は見つかりませんでした。IEIとILIは、Niを1番の主導機能に持つタイプです。13章で見たとおり、Niは時間と出来事を扱う要素で、そのタイプにとってNeの「何がありうるか」は、背景として受け取られる情報になると読めます。
実演機能: EIE・LIE
実演機能のNeについて、ストラティエフスカヤは、EIEの記述でこう書いています。
このタイプの一部の代表者は、自分自身よりも他人のために状況の可能性を計算する方が容易だと主張する。(中略)潜在意識的に実現される強力な「可能性の直観」のおかげで、彼にとっては出口のない状況などないかのようであり、彼は常に「無事に切り抜ける」方法を見つける。この特性のおかげで、EIE〔原文: ハムレット〕を「壁際まで追い詰める」ことは事実上不可能である。彼には抜け出す数千の方法、自分から注意をそらす方法、あるいは別の誰かをその身代わりにする方法がある。
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некоторые представители этого типа утверждают, что им легче просчитать возможности ситуации для других, чем для себя.〔中略〕Благодаря сильной подсознательно реализуемой "интуиции возможностей", для него как будто не〔中略〕существует безвыходных ситуаций, он всегда находит способ выйти "сухим из воды". Благодаря этому свойству Гамлета практически невозможно "припереть к стенке": у него есть тысячи способов выкрутиться, отвлечь от себя внимание или подставить кого-то другого.
つまり、EIEは、意識しないまま強力なNeを使っていて、出口のない状況でも抜け出す方法を見つけるということです。そのため、EIEを壁際まで追い詰めることは事実上できないとされます。
「潜在意識的に実現される」という言い方になるのは、実演機能が、本人の意識にのぼらないまま強く働く位置だからです。自分のことより他人のために状況の可能性を計算するほうが容易だ、という自己報告も、同じ位置の性質として読めます。
価値の側と、そうでない側
Neが入る8つの位置は、価値の側とそうでない側に4つずつ分かれます。主導機能・創造機能・暗示機能・動員機能の4つは、そのタイプが大事だと感じる位置です。ここに入るILE・IEE・LII・EII・SEI・SLI・ESE・LSEは、どれもアルファかデルタのクアドラに入ります。
一方、規範機能・脆弱機能・観察機能・実演機能の4つは、大事だと感じない側の位置です。ここに入るSLE・SEE・LSI・ESI・IEI・ILI・EIE・LIEは、どれもベータかガンマのクアドラです。この分かれ方は、モデルAの定義から決まります。
研究者の記述も、この分かれ方に沿って読めます。価値の側では、Neが強い位置(主導・創造)でも弱い位置(暗示)でも、可能性は大事なもの、求めるものとして書かれます。SEIが可能性の探索で指導者を求め(ストラティエフスカヤ)、ILEの双対として補われる(アウシュラ)のが、弱い位置の例です。
反対に、価値でない側では、強い位置(実演)でも弱い位置(規範・脆弱)でも、Neは自分から求めるものとしては書かれていません。EIEはNeを意識しないまま使い、SLEはNeを使うと自分の動きが弱まり、LSIは見立ての難しさから慎重になります。カルペンコが書いたベータクアドラの扱い方(08章)は、この側をクアドラの単位で書いたものと読めます。
小括
同じNeでも、入る位置によって、研究者の書き方は大きく変わります。主導機能では人と物の可能性を見抜く中心の力、規範機能ではSeの動きと両立しにくいもの、脆弱機能では最も難しい見立て、暗示機能では人から示してもらいたい領域として書かれています。
そして実演機能では、意識しないまま強く働き、出口を見つける力として書かれます。また、価値の側の位置ではNeは求めるものとして書かれ、価値でない側ではそう書かれていません。動員機能と観察機能は、主要な研究者の記述が少なく、今後の課題として残ります。
16原典の語のもとにあるイメージ(独自の整理)
ここからは当サイトの独自の整理です。16章は、研究者の定義ではなく、02〜15章の記述を踏まえた当サイトの読みです。研究者の引用で支えられるところだけ引用を添え、それ以外は確かめられていない見立てとして書きます。
原典にあるのは語のほう
02〜10章で見たとおり、原典に書かれているのは、可能性、潜在力、能力、才能、アイデア、見通し、機会といった語です。研究者ごとに語は違いますが、11章で見たとおり、指しているものはかなり近いところにあります。
当サイトは、この語の並びを次のように読んでいます。研究者は、Neという知覚のもとにある1つのイメージを、言葉にするならこう言うしかなかったのではないか、ということです。語を1つずつ覚えるより、そのもとにあるイメージをつかむほうが、なぜその語なのかが分かりやすくなります。
もとのイメージ: 観測点をいくつも置いたまま、1つに決めない
当サイトの読みでは、Neのもとにあるイメージは、1つの対象のまわりに観測点をいくつも置いたまま、どれか1つに決めないことです。見方を1つに決めないので、対象はまだ何にでもなりうる状態のまま残ります。
その「まだ何にでもなりうる」感じを言葉にすると、可能性になります。観測点の1つ1つから見えたものを取り出して言えば、アイデアや見通しになります。人に向ければ、その人がまだ出していない能力や才能になります。
イェルマークは、Neのアスペクトの名前を選ぶときに、こう書いています。
心に対し、私たちの周囲世界の現実の可能性、能力(潜在的または事実的)についての情報を運ぶ情報構成要素(アスペクト)の意味論(意味)を最も正確に伝えるのは、「可能性」という用語である。
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Семантику (смысл) информационной составляющей (аспекта), которая несет для психики информацию о возможностях, способностях (потенциальных или фактических) реалий окружающего нас мира точнее всего передает термин “ возможности ”.
言い換えると、イェルマークは、このアスペクトの意味を最も正確に伝える語として「可能性」を選んだということです。「最も正確に伝える」という言い方からは、ほかにも候補の語があり、その中から1つを選んだ過程が読み取れます。
当サイトは、この選び方を、1つのイメージを言葉にするときに、いちばん近い語を探した跡として読んでいます。ただし、決めないことを名前で呼べば、その名前でもう1つに決めてしまうことになります。Neの語が研究者ごとにばらつくのは、その難しさの表れとも読めます。
研究者の記述との対応
このイメージは、研究者の記述のいくつかとよく重なります。第一に、ユングは、直観が対象から取り出すのと同じだけ、対象のなかへ組み込むと書いていました(02章)。観測点を置くのは見る側の働きなので、見えた可能性には見る側が持ち込んだものも混ざる、と読めます。
第二に、アウシュラは、Neに構造を見抜く力を含めていました(03章)。1つの見方に決めずに、いくつもの観測点から見ると、対象の形の内側にある組み立てが見えてくる、と読めます。カルペンコの「横から水の厚みを貫く断面図」(08章)も、正面とは別の観測点から見た像として読むことができます。
第三に、ユングとアウシュラの「出口」です。観測点をいくつも置いている人には、1つの見方では閉じている状況にも、別の方向が見える、と読めます。ほかの人に出口がないと見えるのは、観測点が1つに決まっているからだ、とも考えられます。
隣の3つの要素のイメージ
同じ読み方で、13章で比べた隣の3つの要素のもとにあるイメージも、次のように整理できます。いずれも、当サイトの読みです。
- Niのもとにあるイメージは、対象に意味を与えて、終点を1つ置くことです。点を置くと、今とそこまでのあいだに前と後ができます。それを言葉にすると、時間や出来事になります。向かう先として言えば目標、そこへ向かうと決まっているものとして言えば運命、という語になります。
- Seのもとにあるイメージは、向きと量を持った力、つまりベクトルを持っていることです。その量を言葉にすると力、力の及ぶ範囲を言えば場や影響圏、相手の向きを自分の向きに従わせれば支配になります。ベクトルが地面に向いていれば、押されても動かない、という形の力になります。
- Siのもとにあるイメージは、対象に何も足さず、あるものをあるままに感じ取ることです。いちばん近くにある、あるがままのものは自分の体なので、それを言葉にすると体調になります。あるままに保つことを言い換えれば、保存や安定になります。
4つを並べると、知覚の4つの要素は2つの組に分かれます。当サイトは、NeとSiの組を保存する知覚、NiとSeの組を推し進める知覚と呼んでいます。
保存する知覚の2つは、どちらも対象を1つの方向へ動かしません。ただし、残し方が違います。Neは、見方を1つに決めずに、決めずに全部残しておきます。可能性のどれも削らずに置いておく、「保留」の残し方です。一方、Siは、対象に意味も力も加えずに、何も足さずにそのまま保ちます。
推し進める知覚の2つは、対象を1つの方向へ進めます。Niは終点を置き、Seは始点から押します。終点が置かれ、そこへ向かう力がかかると、対象は1本の筋に沿って動き出す、という組です。
この分かれ方は、13章で見たレイニンの賢明(NeとSi)と果敢(NiとSe)の組と重なります。04章で見たレイニンのNeの定義には、スケジュール、出来事の順序、外的状況の統合性といった、Niに近く見える語が並んでいました。
当サイトの読みでは、これは保存する知覚の側を外から書いたものです。外の状況が欠けのないまとまりとして保たれるのは、どれも削らずに全部残しているからだ、とも考えられます。そうだとすると、Niに近く見えた語は表面で、中身は「1点に絞る」ではなく「全部残しておく」の側にあるのかもしれません。
言葉の出方としてのNe
このイメージからは、Neが言葉にどう出るかについても、1つの見立てが出てきます。観測点を1つに決めないので、Neは「〜かもしれない」「〜とも考えられる」「〜じゃないかな」という、言い切らない言い方に出やすいと当サイトは見ています。
反対に、Niの「〇〇は、つまり△△なんです」のように終点を置く言い方や、Seの「それは違う」のように意志を押し出す言い方は、可能性を1つに絞ります。Neの言い方は、ほかの可能性を削らずに保留しておく言い方として、これらと比べて見分けられる、ということです。
イェルマークが、人の発言の中の「可能性を持つ」「講義する以外の可能性を見つけられなかった」にNeのアスペクトを見ていたこと(07章)は、この見立てと同じ方向です。ただし、言い切らない言い方は、Neだけでなく、相手への配慮やその場の立場からも出てきます。1つの言い方だけでNeと決めることはできず、ほかの要素の言い方と比べて初めて見分けられる、というのが当サイトの考えです。
小括
当サイトの読みでは、Neのもとにあるイメージは、1つの対象のまわりに観測点をいくつも置いたまま、1つに決めないことです。その「まだ何にでもなりうる」感じを言葉にしたものが、研究者の可能性、潜在力、能力、アイデアという語だと考えています。
このイメージで並べると、NeとSiは保存する知覚、NiとSeは推し進める知覚の組に分かれます。Neの保存は、決めずに全部残しておく保留で、Siの何も足さずにそのまま保つ保存とは残し方が違います。研究者の語がばらばらに見えても、もとのイメージは1つだという読みです。これは研究者の定義ではなく、当サイトの見立てとして置きます。
17外向直観(Ne)とは何か
ここまで見てきたものを、当サイトの責任でまとめます。新しい引用は置きません。確からしさは、研究者章の引用より一段低くなります。最後は、「外向直観(Ne)とは、詰まるところ何なのか」に落ち着けます。
反復して現れる記述
Neについて、研究者を横断して反復される記述は5つです。まだ表に出ていない可能性と潜在力の知覚であること。その最初の例が、物より先に人の能力になっていることです。
また、見えている表面ではなく、その奥にある構造や力を見ること。見込みがあるあいだは強く引き寄せられ、見込みが消えると離れること。そして、出口のない状況で出口を見つけることです。
このうち第一は、ここで取り上げた研究者がそろって書いています。ユングとフィラトワは「可能性」、アウシュラは「ポテンシャル・エネルギー」、カルペンコは「隠れた力」と書きました。グレンコは「機会」、エグリトは「潜在力」と呼びましたが、どれも可能性の言い換えです。語は研究者ごとに違いますが、Neの中心はここで揺れていません。
隣の要素との違いで見ると
13章では、隣の3つの要素と比べてNeの輪郭を見ました。Niと比べると、Neは「いつ」「どうつながるか」ではなく、「何がありうるか」の知覚です。カルペンコの静的と動的、イェルマークの可能性と出来事、エグリトの性質と相互関係が、この区別を書いています。
Seと比べると、Neは今働いている力ではなく、これから働きうる力の知覚です。アウシュラのポテンシャル・エネルギーと運動エネルギー、ストラティエフスカヤの肯定的な例と強制が、この区別を書いています。
そしてSiとは、側面も向きも反対でありながら、外の状況のまとまりを保つ側として組になります。16章では、この組を保存する知覚と呼びました。レイニンの賢明と、フィラトワの感覚型の記述が、この組の両面を書いています。
確定しない点
まず、Neと時間の関係は確定していません。ストラティエフスカヤは見出しに時間の語を添え、イェルマークは可能性を変化と結びつけます。一方、カルペンコはNeを静的なものとし、時間の流れをNiに渡しています。
また、情報の出どころも確定していません。多くの研究者はNeを対象の側の可能性として書きますが、グレンコは本人の潜在意識から取り出すものとして書いています。さらに、レイニンの「外的状況の統合性」がNeそのものの性質か、Siと組んだときの性質かも、文献の上では分けられていません。
動員機能と観察機能のNeについては、主要な研究者のまとまった記述が見つかりませんでした(15章)。
Ne像の要約
文献上のNeは、外の対象と人の中にある、まだ出ていない可能性と潜在力の知覚です。表面の形ではなく、その奥にある構造と、これから働きうる力に目が向きます。人に向けば、その人の能力と、それが生きる道を見立てます。
そのため、Neを強く持つ人は、新しいもの、まだ認められていないものの擁護者になりやすく、ほかの人に出口がないと見える状況でも出口を見つけます。見込みがあるあいだは強く関わり、見込みが消えると離れます。
一方で、見えた可能性を現実の力に変えるのは、Seの役目です。また、それがいつどう起こるかを読むのは、Niの役目です。Neは、この2つと組み合わさって初めて、見えたものを形にできる要素として書かれています。これが、研究者章を通して浮かび上がる像です。
外向直観(Ne)とは、詰まるところ
いろいろな研究者の書き方を見てきましたが、最初の一般像(01章)からそう遠くには行きません。可能性、潜在力、新しいもの—ここは研究者をまたいで残ります。言い直したいのは2つです。「アイデアを出す」というより、物と人の中にある、まだ出ていない力に目が向く。「決めない」というより、見込みのある可能性に強く引き寄せられ、それを力に変える役は別の要素に任せる。見込みが消えると離れる点は、一般像のとおりです。
かみ砕いて言えば、Neは、目の前のものが「これから何になりうるか」に目が向く知覚です。物を見れば、その使い道や、まだ試されていない組み立てが気になります。人を見れば、その人がまだ出していない力と、それが生きる場所が見えます。そのため、行き詰まった状況でも別の道が見え、新しいものを擁護したくなります。ですが、見えた可能性を押し通して形にすることや、それがいつ起こるかを決めることは、Neの得意なところではありません。見込みのあるうちは熱心に関わり、見込みがなくなると次へ移る、と文献は書いています。
少なくとも、これだけは研究者をまたいで残ります。まだ表に出ていない可能性に目が向く。人の能力にも向く。表面より奥に向く。見込みが消えると離れる。Neは、おおよそそういう要素です。
18引用と記述の方法
引用を用いる理由と範囲
ソシオニクスの文献では、同じNeについて、研究者ごとに呼び名も定義の語も観測の角度も違います。違う記述を1つの要約にまとめると、どの研究者も書いていない「平均像」ができあがります。要約には書き手の解釈が混ざるため、研究者の記述は逐語の引用で示します。
引用は、本文で設定した論点の検討に必要な範囲にとどめます。そのうえで、当サイトの本文がその出典関係・記述の差異・適用範囲を分析します。各引用の位置づけの説明、各章末の小括、11章の横断比較、13〜15章の各論が、このページの本文の役割です。
また、11章の横断比較や14章の読み違いの整理など、本文の分析には当サイトの判断が入ります。16章は当サイト独自の整理で、17章はその延長で記事全体の資料をまとめ直す独自の統合です(位置づけは章の冒頭でも明示します)。
引用の逐語性と翻訳
引用の訳文は当サイトによる訳出です(ユングはドイツ語原著の英訳版から、エグリトは学派が公開する露語版と英語版から訳出しています)。底本の綴りは各引用の「原文を表示」で確認できます。
底本は、研究者本人の著書と機関誌論文を主とします。原文は、各引用の下の「原文を表示」に格納しています。なお、原文には誤字が残る可能性があることをあらかじめお伝えしておきます。
引用の位置づけも明記します。本ページの引用は、公表された著作物からの、批評・研究を目的とする引用です。引用部は引用ブロックで明瞭に区分し、すべてに出所を番号つきで明示しています。
また、索引には著者・資料名と、確認できた範囲の刊行年・初出・該当箇所を掲載し、出所に留保が要る資料は注記で示します。本文と引用の関係は、本文の分析が主で、引用は各論点の根拠として示す資料です。出典・掲載についての指摘があれば対応します。
引用への編集操作
引用への編集操作は、次の3点に限ります。第一に、タイプ愛称の置換です。ソシオニクスの原典には、16タイプを著名人の名で呼ぶ愛称が頻出します。当サイトはタイプをコード表記(ILE、SEIなど)で統一しているため、引用内の愛称は「ILE〔原文: ドン・キホーテ〕」の形式で置換します。
第二に、タイプ略号と研究者名のラテン文字への統一です。第三に、引用内の要素記号への要素コードの添え書きです。原文で要素記号が入る箇所には、記号のあとに要素コードを添えます(例: ▲〔Ne〕)。
一方、要素の名称には手を加えません。Neは研究者によって「外向的直観」「黒い直観」「可能性の直観」「機会の直観」「可能性」「I」などと呼ばれ、名前も記号も体系ごとに違います。そのため、引用内の名称はそのまま残し、対応は各研究者章の冒頭で示します。本文では、当サイトの名称である外向直観(Ne)で統一します。
索引の使い方
引用の末尾には初出順の番号が付きます。番号を押すと巻末の索引に移動し、著者・書名と、確認できた範囲の年・該当箇所を確認できます。索引の各項目からは、本文の引用位置へ戻れます。
+索引(引用文献)
- [1]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 外向的直観型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [2]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 外向的直観型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [3]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 外向的直観型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [4]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 外向的直観型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [5]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 外向的直観型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [6]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) 「関係の知覚の四つのアスペクト」の節 本文へ
- [7]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) 「関係の知覚の四つのアスペクト」の節 本文へ
- [8]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) ILE章 本文へ
- [9]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) ILE章 本文へ
- [10]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) ILE章 本文へ
- [11]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) 「直観的外向型と感覚的内向型」の節 本文へ
- [12]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) ILE章 本文へ
- [13]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年)第1講 底本は英語版 本文へ
- [14]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年)第2講「16タイプ」ILE節 底本は英語版。引用訳の見出しにある(Ne, Ti)の付記は英語版本文の見出しには無い 本文へ
- [15]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年)第2講「16タイプ」ILE節 底本は英語版 本文へ
- [16]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010年) 底本は英語版 本文へ
- [17]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 理論編 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [18]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 ILE章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [19]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 ILE章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [20]Stratiyevskaya『お別れしないために』(刊年不詳) 本文へ
- [21]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 理論編 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [22]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年)第I部 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [23]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年)第II部「外向直観型」の節 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [24]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年) ILE章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [25]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年) IEE章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [26]Yermak「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(原題:Взаимодействие психики человека с окружающим миром. Аспектная структура информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(1997年) 出典リンク 本文へ
- [27]Yermak「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(原題:Взаимодействие психики человека с окружающим миром. Аспектная структура информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(1997年) 出典リンク 本文へ
- [28]Yermak「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(原題:Взаимодействие психики человека с окружающим миром. Аспектная структура информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(1997年) 出典リンク 本文へ
- [29]Karpenko「世界のアスペクト知覚」(原題:Восприятие аспектов мира)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(1995年) 出典リンク 本文へ
- [30]Karpenko「世界のアスペクト知覚」(原題:Восприятие аспектов мира)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(1995年) 出典リンク 本文へ
- [31]Karpenko「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」(原題:О ранжировании квадр по аспектам информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2002年) 出典リンク 本文へ
- [32]Karpenko「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」(原題:О ранжировании квадр по аспектам информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2002年) 出典リンク 本文へ
- [33]Karpenko「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」(原題:О ранжировании квадр по аспектам информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2002年) 出典リンク 本文へ
- [34]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [35]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [36]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [37]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [38]Bukalov「インタタイプ関係の記述」(原題:Описания интертипных отношений)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌「クアドラの価値観」の節(2012年) 出典リンク 本文へ
- [39]Eglit『ソシオニクス的自己観察の基礎』(原題:Основы соционического самонаблюдения、刊年不詳) 底本はシステム・ソシオニクス学派(School of System Socionics)公式サイトのロシア語原文。引用本文はその当サイト訳。刊行年は底本に記載がなく未確認 出典リンク 本文へ
- [40]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第5章(p.57) 原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [41]マイヤーズ、マッコーリー、クエンク、ハマー『MBTI Manual』(原題:MBTI Manual: A Guide to the Development and Use of the Myers-Briggs Type Indicator、1998年)第3版、第3章「直観(N)」(p.24) Consulting Psychologists Press 刊。原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [42]The Myers & Briggs Foundation『The Processes of Type Dynamics』(刊年不詳) 公式サイトの記事(2026-07-31閲覧)。引用本文は当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [43]マイヤーズ、マッコーリー、クエンク、ハマー『MBTI Manual』(原題:MBTI Manual: A Guide to the Development and Use of the Myers-Briggs Type Indicator、1998年)第3版、第4章「NP」(p.51) Consulting Psychologists Press 刊。原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [44]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第9章「外向的直観型 ENTP と ENFP」(p.106) 原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [45]マイヤーズ、マッコーリー、クエンク、ハマー『MBTI Manual』(原題:MBTI Manual: A Guide to the Development and Use of the Myers-Briggs Type Indicator、1998年)第3版、第4章「ENTP」(p.77) Consulting Psychologists Press 刊。原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [46]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第9章「外向的直観型 ENTP と ENFP」(p.108) 原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [47]マイヤーズ、マッコーリー、クエンク、ハマー『MBTI Manual』(原題:MBTI Manual: A Guide to the Development and Use of the Myers-Briggs Type Indicator、1998年)第3版、第4章「ENFP」(p.79) Consulting Psychologists Press 刊。原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [48]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第9章「直観に支えられた内向的思考」(p.91) 原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [49]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第9章「直観に支えられた内向的感情」(p.98) 原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [50]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第9章「外向的直観型 ENTP と ENFP」(p.107) 原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [51]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 内向的直観型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [52]Karpenko「「静態-動態」特性、グラフィックと描画テストにおいて」(原題:Признак «статика-динамика» в графике и рисуночных тестах)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №3(2016年) 出典リンク 本文へ
- [53]Yermak「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(原題:Взаимодействие психики человека с окружающим миром. Аспектная структура информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(1997年) 出典リンク 本文へ
- [54]Eglit『ソシオニクス的自己観察の基礎』(原題:Основы соционического самонаблюдения、刊年不詳) 底本はシステム・ソシオニクス学派(School of System Socionics)公式サイトのロシア語原文。引用本文はその当サイト訳。刊行年は底本に記載がなく未確認 出典リンク 本文へ
- [55]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [56]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) 「関係の知覚の四つのアスペクト」の節 本文へ
- [57]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 外向的直観型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [58]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Соционика: Типология. Малые группы、2010年) 底本は英語版 本文へ
- [59]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001年) 本文へ
- [60]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 外向的直観型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [61]Yermak & Roslankina「心のTIMモデルの記述—ソシオニクス教程の一節(第1部)」(原題:Описания моделей ТИМ психики. Раздел пособия по соционике. Часть 1)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 ILE節(1999年) 出典リンク 本文へ
- [62]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001年) 本文へ
- [63]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 SLE章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [64]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 LSI章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [65]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年) LSI章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [66]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) 本文へ
- [67]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 SEI章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [68]Eglit & Piatnitski『一次元機能における恐れの研究』(原題:Research of fears in one-dimensional functions、刊年不詳) 底本はシステム・ソシオニクス学派(School of System Socionics)公式サイトの英語版。引用本文はその当サイト訳。刊行年は底本に記載がなく未確認 出典リンク 本文へ
- [69]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 EIE章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [70]Yermak「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(原題:Взаимодействие психики человека с окружающим миром. Аспектная структура информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(1997年) 出典リンク 本文へ
