内向直観(Ni) 超詳細解説
ソシオニクスの8つの情報要素の1つ・内向の直観・時間の直観
情報要素の内向直観(Ni)を、ソシオニクスの研究文献からの引用をもとに解説する長編です。対象は、ユングの『心理学的類型』と、創始者のアウシュラ・アウグスティナヴィチューテ(Aushra Augustinaviciute)の著作です。さらに、レイニン、ストラティエフスカヤ、フィラトワ、イェルマーク、カルペンコ、グレンコ、ブカロフ、エグリトの記述を扱います。同じNiを、研究者ごとにどう呼び、何として定義したかを引用で示し、そのあとでNe・Si・Seとの違いと、当サイト独自の整理を分けて置きます。研究者をまたいで残るのは、Niが出来事どうしのつながり、つまり時間の知覚だという点です。
先に結論を知りたい方は、11章「研究者間で残る中核と食い違い」をご確認ください。
引用の扱い方(逐語性、訳出の方針、編集操作、索引の使い方)は、末尾の「引用と記述の方法」にまとめています。
01内向直観(Ni)は一般にどう言われているか
内向直観(Ni)は、一般には、ソシオニクスの8つの情報要素のうち「時間」を扱う要素と説明されます。「時間の直観」「白い直観」とも呼ばれ、物事の流れや、この先どうなるかの見通し、動くタイミングに目が向く要素だとされます。
よく言われるのは、今の出来事から、それがどこへ向かうかを感じ取るという像です。「このままいくと、こうなる」という予感を持ち、話を聞くと、それが結局何を意味するのかをひとつの見方にまとめます。先が読めるので、焦らずに時機を待つことができる、と紹介されることもあります。
一方で、目の前のことや体の調子は後回しになりやすいと言われます。考えごとにふけって、今いる場所の物事に気が回らない、ぼんやりした人に見えることもあります。また、自分から力で押して物事を動かすことより、流れを見て待つほうに傾く、とも説明されます。
同じ直観の外向直観(Ne)とは、Neは可能性を横に広げ、Niは時間の流れを読んでひとつの見通しへ絞る、と対にして説明されるのが定番です。おおよそ、これが一般に言われている像です。
タイプ別によく挙げられる例もあります。Niを1番の主導機能に持つIEI(INFJ)やILI(INTJ)は、先を見通す人、予言者や戦略家として紹介されます。括弧の中は、MBTIで近いとされるタイプの表記です。また、Niが4番の脆弱機能に入るESE(ESFJ)やLSE(ESTJ)は、「この先どうなるか」を長く読んで待つことを負担に感じやすいと言われます。
この像は、あとで見る研究者の記述がところどころ切り出されて広まったものです。時間、流れ、先の見通し、という中心はたいてい合っています。ですが、研究者ごとに呼び名も観測の角度も違い、「未来予知」や「待つだけ」が定義そのものに書かれているわけではありません。このページでは、02章から研究者の記述を順に見て、17章でこの一般像のどこがそのまま残り、どこが言い直されるかに戻ります。
読この記事の読み方
想定読者は、内向直観(Ni)の解説ページや8つの情報要素を読み終えて、出典まで確かめたい人です。長いページですが、読み方は単純です。各章で研究者の記述を引用で示し、そのすぐ下に当サイトの読み方(何が共通し、どこが違うか)を書きます。
流れは、01章が一般に言われている像、02章がユングの内向的直観、03〜10章が研究者別の記述(このページの中心)、11章が横断比較、12章がMBTIにおけるNiです。続く13〜15章が各論(Ne・Si・Seとの違い、よくある読み違い、モデルAの位置)で、16章が当サイト独自の整理、17章が「内向直観(Ni)とは、詰まるところ」のまとめです。引用には初出順の番号が付き、押すと巻末の索引へ飛び、索引から本文へ戻れます。引用の扱い方(逐語性、訳出、編集操作)は末尾の「引用と記述の方法」にあります。
ページ冒頭の「コピーしてAIで要約!」を押すと、要約用の指示文とこのページの本文がクリップボードに入ります。AIに渡すと、要約のほか、引用の意味を聞く・研究者ごとの違いを整理させる・Ne・Si・Seとの違いに絞って読み直す、といった使い方ができます(長すぎるときは、章を分けて渡すと扱いやすくなります)。
02ユングの内向的直観
Niの出発点は、ユングが『心理学的類型』で書いた内向的直観です。ソシオニクスの研究者は、この記述を読んだうえでNiを定義し直しています。そのため、先にユング本人の記述を確認します。
内的対象へ向けられた直観
ユングは、内向の直観をまず次のように定義しています。
内向的態度における直観は、内的対象に向けられる。内的対象という言葉は、無意識の諸要素にあてはめてよいものである。(中略)この直観は、外的な対象から刺激を受けることはあっても、外的な可能性のところで立ち止まることはけっしてなく、その対象が内側に解き放つ要因のほうにとどまる。
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Intuition, in the introverted attitude, is directed upon the inner object, a term we might justly apply to the elements of the unconscious.(中略)Although this intuition may receive its impetus from outer objects, it is never arrested by the external possibilities, but stays with that factor which the outer object releases within.
言い換えると、内向的直観は、外の対象をきっかけにしながら、その対象が自分の内側に呼び起こしたもののほうに向く知覚だということです。ユングのいう「内的対象」は、無意識の中にある像のことです。外向的直観(Ne)が外の対象の可能性に向かうのに対し、内向的直観は外の可能性には向かわず、内側へ進みます。
めまいと矢の像
ユングは、この知覚の働き方を、めまいの発作の例で説明しています。
たとえば、ある男が心因性のめまいの発作に襲われたとする。(中略)それは、心臓を矢で射抜かれてよろめく男の像を見る。(中略)内向的直観型は、めまいに襲われても、知覚された像が何らかのかたちで自分自身にも関わりうるとは想像しないだろう。合理的に方向づけられた人には、もちろんそのようなことはほとんど考えられないように思える。しかしそれでもこれは事実であり、私はこの型との交わりのなかでしばしばそれを経験してきた。
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Supposing, for instance, a man is overtaken by a psychogenic attack of giddiness.(中略)It sees the image of a tottering man pierced through the heart by an arrow.(中略)the introverted intuitive, when affected by the giddiness, would not imagine that the perceived image might also in some way refer to himseli Naturally, to one who is rationally orientated, such a thing seems almost unthinkable, but it is none the less a fact, and I have often experienced it in my dealings with this type.
ユングの例では、内向的直観型は、めまいという症状から、症状そのものではない1枚の像を受け取ります。心臓を矢で射抜かれてよろめく男の像です。ここで大事なのは、内向的直観型がその像を自分のことだと思わない点です。ユングは、これをこの型の人と接するなかでしばしば経験した事実として書いています。
像の変化を見届ける
像を受け取ったあと、内向的直観が何をするかについて、ユングはこう続けています。
直観は幻視をしっかりとつかみ、その像がどう変わり、さらに展開し、ついには消えていくかを、生き生きとした関心をもって見守る。このようにして内向的直観は、意識の背景にあるあらゆる過程を、外向的感覚が外的な対象を感じ取るのとほとんど同じ明瞭さで知覚する。(中略)外向的直観型が、自分の幸福も他人の幸福も等しく顧みずに新しい可能性をたえず嗅ぎ出して追いかけ、人間的な配慮をせずに突き進み、変化を求めて確立されたばかりのものを壊していくように、内向的直観型は像から像へと移り、無意識の豊かな胎内にあるあらゆる可能性を追いかけるが、その現象と自分自身とのあいだに何のつながりもつくらない。
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It holds fast to the vision, observing with the liveliest interest how the picture changes, unfolds further, and finally fades. In this way introverted intuition perceives all the background processes of consciousness with almost the same distinctness as extraverted sensation senses outer objects.〔中略〕as the extraverted intuitive is continually scenting out new〔中略〕possibilities, which he pursues with an equal unconcern both for his own welfare and for that of others, pressing on quite heedless of human considerations, tearing down what has only just been established in his everlasting search for change, so the introverted intuitive moves from image to image, chasing after every possibility in the teeming womb of the unconscious, without establishing any connection between the phenomenon and himself.
つまり、内向的直観は1枚の像を受け取って終わるのではなく、その像が変わり、展開し、消えていくまでを追うということです。像の変化を始まりから終わりまで追うことは、つまりは出来事のつながり、時間の流れを内側でたどることです。後のソシオニクスの研究者がこの要素を「時間」と呼ぶ根は、この一節にあると当サイトは考えています。
一方で、ユングは、内向的直観型が像から像へ移り、その像と自分とのあいだにつながりをつくらないとも書いています。言い換えると、内向的直観型は、1つの像に留まって自分と結びつけることをせず、次の像へ移っていくということです。外向的直観型が外の可能性を次々に追うのと、向きだけが逆になっています。
予見と元型
内向的直観が受け取る像が、なぜ先の出来事に関わるのかについて、ユングは次のように書いています。
さらには、新たな可能性をより明確な形で予見することも可能であり、後に実際に起こる事象さえも予見することができるのである。 その予言的な予見能力は、すべての経験可能な事象の法則的展開を表す元型との関係性によって説明される。
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it can even foresee new possibilities in more or less clear outline, as well as the event which later actually transpires. Its prophetic prevision is to be explained from its relation to the archetypes which represent the law-determined course of all experienceable things.
上の引用にある元型は、ユングの用語で、経験がくり返されて心の中に沈んだ型のことです。つまり、内向的直観は、物事がふつうたどる経過の型に触れているので、のちに起こる出来事を前もって見ることがあるということです。予見は、ここでは特別な力としてではなく、出来事の経過の型を内側で知覚することの結果として説明されています。
象徴的な生と、いまの現実
内向的直観型が自分の幻視を自分の生き方に移そうとするとき、何が起こるかについて、ユングはこう書いています。
しかし彼は自分の幻視にもっぱら頼りがちなので、その道徳的な努力は一面的になる。彼は自分自身と自分の生を象徴的なものにする。それはたしかに出来事の内的で永遠の意味には適応しているが、いまの現実には適応していない。そのため彼は現実への影響力も失う。理解されないからである。彼の言葉はふつうに話される言葉ではなく、あまりに主観的になる。
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But, since he tends to rely exclusively upon his vision, his moral effort becomes one-sided ; he makes himself and his life symbolic, adapted, it is true, to the inner and eternal meaning of events, but unadapted to the actual present-day reality. Therewith he also deprives himself of any influence upon it, because he remains unintelligible. His language is not that which is commonly spoken it becomes too subjective.
言い換えると、内向的直観型は自分と自分の生を象徴にしてしまい、出来事の内的な意味には合っていても、いまの現実には合わなくなるということです。その結果、言葉が主観的になり、周りに理解されにくくなります。ユングはこの型の例として、イスラエルの預言者を挙げています。
小括
ユングの内向的直観は、外の対象をきっかけにして、内側に呼び起こされた像を受け取り、その変化を終わりまで追う知覚です。像は物事の経過の型に触れているので、のちの出来事を前もって見ることがあります。一方で、その像を自分と結びつけにくく、いまの現実への適応は弱くなります。
「内側の像」「像の変化を追う」「予見」「いまの現実への適応の弱さ」の4つは、このあと見るソシオニクスの研究者のNiの記述に、形を変えて引き継がれます。ただし、ユングは「時間」という語でこの要素を名指してはいません。この要素を「時間」と呼んだのは、次のアウシュラです。
03アウシュラの記述
アウシュラは、Niを白い直観と呼び、記号△で表しました。『ソシオニクス入門』では、要素をまず「何についての情報か」で定義します。そこで△に当てられた語が、時間です。
定義: 時間とは、連続する出来事間の関係
アウシュラは、白い直観を次のように定義しています。
あらゆるプロセスは時間のなかで生起する。すなわち、過去に根を持ち未来へと継続する。時間とは、互いに連続する出来事間の関係である。(中略)この知覚のアスペクトによって、未来を予測し計画する能力あるいは無能力、起こりうる不快を避ける能力あるいは無能力、誤った行為を避け過去の経験に学ぶ能力あるいは無能力が規定される。
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Любые процессы происходят во времени, то есть имеют корни в прошлом и продолжение в будущем. Время — это отношение между следующими друг за другом событиями.(中略)Этим аспектом восприятия определяется способность или неспособность человека прогнозировать и планировать будущее, уклоняться от возможных неприятностей, избегать ошибочных поступков, учиться на прошлом опыте.
アウシュラの白い直観は、時計の刻む時刻ではなく、出来事どうしがどうつながり、どう続いていくかの知覚だということです。そのうえで、この知覚が、先を予測して計画する力、不快を避ける力、過去の経験に学ぶ力を左右するとしています。
時間は感情として意識される
同じ節で、アウシュラは、この情報がどういう形で本人に意識されるかを書いています。
直接的な情報、すなわち第一信号系を介して得られる情報を、外部から個体は、未来、過去、現在に対する感情として意識化する。たとえば、急ぎの感覚、あるいは平穏や情熱、タイミングの良さ あるいは時期尚早の感覚、生のリズムの適切さあるいは不適切さの感覚、将来の危険あるいは安全の感覚、期待の感覚、遅れるのではないかという恐れ、予感の感覚、現在に対する不安等々(中略)人間は時間の外に生きることもそれに無関心であることもできない。それゆえ、人生のいかなる瞬間においても、ある具体的な時間の感覚が精神状態の構成要素であることになる。
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Непосредственную информацию извне, то есть информацию, получаемую посредством первой сиг- нальной системы, индивид осознает как чувства к будущему, прошлому и настоящему. Например, чувство спешки, спокойствия или горячности, чув- ство своевременности или преждевременности, чув- ство надлежащего или ненадлежащего ритма жиз- ни, чувство будущей опасности или безопасности, чувство ожидания, страх опоздать, чувство предви- дения будущего, тревога о предстоящем и т. п.〔中略〕В любой из моментов своей жизни человек имеет ка- кое-то чувство времени. Он не может жить вне вре- мени или к нему никак не относиться. Потому со- ставной частью его духовного состояния в любой〔中略〕момент жизни и является какое-то конкретное чув- ство времени.
ここで時間の情報は、急ぎや時期尚早、遅れる恐れのような感情として意識されます。アウシュラのNiは、出来事のつながりを、いま自分がどんな時間の中にいるかという感覚として受け取る知覚だということです。人間は時間の外に生きられないので、この感覚はいつも心の状態の一部になっている、とアウシュラは書いています。
主導のとき: 最も適切な瞬間を選ぶ
白い直観が主導機能(1番)に入るとき、アウシュラはその人をこう書いています。
この知覚のアスペクトが主導的であるとき、人間は戦略的能力によって際立つ。活動の発現にとって最も適切な瞬間を選ぶ技能、すなわち必要なときには闘いを挑み、退くほうが適切なときには身を引く技能。たとえばクトゥーゾフが生涯を通じて行動したように。時間における相互作用は、対象との衝突を避ける能力と名づけることができ、それによってその反映を自分のなかに避けることができる。
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Когда этот аспект восприятия вёдущий, человек отличается стратегическими способностями, умени- ем выбирать самые оптимальные моменты для про- явления той или иной активности. То есть давать бой, когда это необходимо, и уклоняться от него, когда это является более правильным, как, напри- мер, всю жизнь поступал Кутузов. Взаимодействие во времени можно назвать спо- собностью избежать столкновения с объектами и тем самым — избежать их отражения в себе.
つまり、主導のNiは、活動を起こすのに最も適切な瞬間を選ぶ力として表れるということです。アウシュラは例にクトゥーゾフを挙げ、闘いを挑むときと身を引くときを選ぶ技能だと書いています。ここでいう戦略的能力は、出来事の流れの中で、どこに自分の行動を置くかを決める力です。待つことだけでなく、挑むことも含まれている点は、14章で取り上げます。
IEIの研究の対象は時間
『ソシオニクス:心理タイプ・テスト』のIEIの章で、アウシュラはこのタイプの関心をこう書いています。
研究の対象—時間。しかし時間一般というものはない。これはつねに過程の流れである。直観倫理内向にとって、過去と未来—それは移ろう気分の鎖と、きわめて繊細な精神的体験の蜘蛛の巣であり、彼は時間の情動的な精神に生きる。
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Предмет изучения. Предмет изучения — время. Но нет времени вообще. Это всегда поток процес- сов. Для ИНТУИТИВНО-ЭТИЧЕСКОГО ИНТ- РОТИМА прошлое и будущее — цепи изменчивых настроений и тончайшая паутина духовных пере- живаний, он живет эмоциональным духом времени.
言い換えると、IEIにとって時間は抽象的な量ではなく、過程の流れであり、移ろう気分のつながりだということです。過去と未来は「気分の鎖」と「精神的体験の蜘蛛の巣」として書かれています。時間を、気分がつながっていく流れとして感じ取る、というのがアウシュラの描くIEIのNiです。
同じ章で、アウシュラはIEIの感情の出し方を、時間と結びつけて書いています。
直観倫理内向の情動は、ブロックの受容的(アクセプト(受容))要素について十分な量の刺激‐信号があるおかげで現れる。ブロックの意識性は、生産物を、ブロックを養う受容要素から引き離せるという点に現れる。時間的に引き離せるのである。すなわち情動は、刺激(他人の情動)が「杯を溢れさせる」ときに現れるのではなく、個人がそれを必要だと考えるときに現れる。これは自律的な創造的外向倫理である。粗くいえば、いつ泣き、いつ笑い、どう笑うかを、個人自身が決めるということである。そして、自分のこれら純粋に意識的に調節される情動的表出に対して、彼は自分が完全に責任を負っていると感じ、それらを恥じない。
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Эмоции ИНТУИТИВНО-ЭТИЧЕСКОГО ИНТ- РОТИМА проявляются благодаря наличию доста- точного количества сигналов-раздражителей по ак- цептному элементу блока. Сознательность блока представляется в том, что продукцию можно ото- рвать от питающего блок акцептного элемента. Ото- рвать во времени. То есть эмоции проявляются не тогда, когда раздражители (эмоции других людей) «переполняют чашу», а тогда, когда индивид это считает нужным. Это автономная творческая экстравертная этика. Грубо говоря, это значит, что, когда плакать, когда смеяться и как смеяться, ин- дивид решает сам. И за эти свои чисто сознательно регулируемые эмоциональные проявления чувству- ет себя в полном ответе, не стесняется их.
IEIの情動は、刺激を受けたその場で出るのではなく、本人が必要だと考えたときに出ます。いつ泣き、いつ笑うかを本人が決める、とアウシュラは書いています。感情の出し方まで、出来事の流れの中のどこに置くかで調節している、と読めます。
ILIの悲観
Niを主導に持つもう一方のタイプ、ILIについて、アウシュラは『ソシオニクス入門』でこう書いています。
直観内向は悲観的な哲学談義に傾きがちである。しばしば人間嫌いと呼ばれる。(中略)違う。彼はただ、何かを見落としはしないかとたえず恐れているかのように生きているだけである。(中略)良い気分を目にしただけで、内向直観は思い出させ始める。喜ぶことなど何もない、そんなものはどんな愚か者にでも手に入る、そこから何が出てくるかもまだわからない、と。こうして気分は損なわれ、熱は冷める。その代わり、他者がついていないとき、何もかも手からこぼれ落ちるとき、運命が敵意をもつように思えるとき、彼は並ぶ者のない慰め手となる。
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Интуитивный интроверт склонен к пессимисти- ческому философствованию. Его нередко называют мизантропом. Порой создается впечатление, что он видит вообще только черное и что он сам — злое и нехорошее существо. Нет. Он лишь живет, все время будто бы опасаясь, что может что-нибудь проглядеть.〔中略〕Лишь уви- дев хорошее настроение, интровертная интуиция начинает напоминать о том, что нечего радоваться, что это доступно любому глупцу и что еще неиз- вестно, что из этого получится — настроение пор- тится, пыл угасает. Зато он непревзойденный уте- шитель, когда другим не везет, когда все валится из рук, когда судьба кажется враждебной.
アウシュラの描くILIは、何かを見落とすことをいつも恐れている人です。つまり、ILIは出来事がこの先どこへ向かうかを考えるので、良い気分の場でも、そこから何が出てくるかを先に考えてしまうということです。その代わり、物事がうまくいかないときには、ほかに並ぶ者のない慰め手になります。
研究者本人の時間
アウシュラ本人はILEで、Niは観察機能(7番)に入ります。アウシュラは、双対であるSEIとの協同について、書簡の中で自分の言葉で書いています。
私の双対者との協同の目的は、自分自身に知覚◯と時間のリズム△(Ni)を提供することである。私の見るところ、人間にとって彼の△(Ni)は、生活様式—時間の中の生命の流れ—以外の何ものでもない。
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Цель моей кооперации с дуалом — обеспечить себя ощущениями О и ритмом времени А. По-мо- ему, для человека его А является не чем иным, как только образом жизни — течением жизни во вре- мени.
ここで「時間のリズム」は、双対から得たいものとして書かれています。アウシュラにとって人間のNiは、生活様式、つまり時間の中で生命がどう流れるかだということです。創始者が、Niを自分に足りないものとして書いている一節です。
小括
アウシュラのNiは、時間、つまり連続する出来事どうしの関係の知覚です。その情報は、急ぎ、時期尚早、予感、遅れる恐れといった感情として意識されます。主導のNiは、最も適切な瞬間を選ぶ戦略的能力として表れます。
IEIでは気分の流れとしての時間と、感情を出す時機の調節が書かれ、ILIでは見落としを恐れる悲観が書かれています。アウシュラは、ユングが名指さなかったこの要素に「時間」という名を与え、そのあとの研究者の定義の出発点にしました。
04レイニンの記述
レイニンのNiの記述は、主に『ソシオニクス: 類型論・小集団』にあります。レイニンはNiを「白い直観」と呼び、要素の定義を短い語の列で書いています。そのうえで、タイプの節では一人称の「存在原理」として書いています。
定義: 内的な調和、状態、気分
レイニンは、白い直観を次のように定義しています。
△(Ni)白い直観。内的な調和。状態、気分、時間感覚。出来事、人々の行動・道徳に対する個人的評価。
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Subjective intuition. The inner harmony. A state, a mood, and a sense of time. Personal evaluation of events, of people's actions and morals.
上の引用で目を引くのは、最初に並ぶ語が「内的な調和」「状態」「気分」だということです。「時間感覚」も入っていますが、列の中の1つにとどまります。ほかの研究者がNiの定義の中心に置く「時間」は、ここでは3番目以降の語です。
言い換えると、レイニンのNiは、自分の内側の状態がひとつにまとまっていることの知覚として定義されています。状態や気分は、一般には内向感覚(Si)の語として説明されることが多いので、一見するとNiよりSiの定義に見えます。この点は小括で扱います。
Neの定義に並ぶ時間の語
レイニンの定義の特徴は、Ne(黒い直観)の定義と並べるとはっきりします。
黒い直観。出来事の始まりから終わりまでの順序、すなわち事前に知られた出来事の集合、スケジュール。潜在的可能性。行動プログラム、生活様式、生活のリズム。任意の行動のシナリオ、事前に決められたシナリオに従って行動すること。
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Objective intuition. The order of events from the beginning to the end, i.e. the sets of events known beforehand, the schedule. Potential opportunities. Behavior program, the way of life, the rhythm of life. Scenario of any action, acting in accordance to predetermined scenario.
これはNeの定義です。出来事の始まりから終わりまでの順序、スケジュール、生活のリズムという、ふつうはNiの説明に出てくる時間の語が、レイニンではNeの側に並んでいます。
同じ本のLSEの節でも、レイニンは時間をNeの側に置いています。LSEの黒い直観(Ne)の項は、「時間。このタイプの人々は一秒一秒を数える」で始まります。つまり、レイニンの体系では、時計の時間や予定の順序はNeが扱うものです。
IEI: 背景に留まり、時間のリズムを感じ取る
それでも、レイニンのタイプの節には、Niと時間の結びつきが出てきます。Niを主導に持つIEIの節で、レイニンはこう書いています。
このタイプの人は背景に留まり、時間の繊細なリズムを感じ取る。動じないこと、気づかれずにそこにいる能力は、彼らを優れたプロのボディーガードたらしめる。ハリウッド俳優のケビン・コスナー、ピアース・ブロスナン、スティーヴン・セガールは、このタイプの目を見張る例である。
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A person of this type stays in the background and feels the subtle rhythm of time. Imperturbability, the ability to be present without being noticed makes them good professional bodyguards. Hollywood actors Kevin Kostner, Pierce Brosnan, Steven Seagull are striking examples of this type.
このうち「時間の繊細なリズムを感じ取る」が、Niの記述です。IEIは背景に留まり、動じず、気づかれずにそこにいる、とレイニンは書いています。つまり、IEIの時間は、予定表の時間ではなく、その場の流れの細かな拍子だということです。レイニンのNiの中の「時間感覚」は、この形で表れています。
ILI: 内的状況の全体性
もう一方のILIの節では、レイニンはNiを「存在原理」として書いています。
内的状況の全体性がこのタイプの存在原理である。(中略)この特徴はILI〔原文: バルザック〕の人間関係において明らかになる。このタイプは対話相手の気分に同調する自然な才能をもっている。ILI〔原文: バルザック〕は、あなたが彼/彼女にそうあって欲しいと思うものに正確に成る才能をもつ。
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the integrity of the internal situation is the principle of existence of this type.〔中略〕This trait becomes evident in a Balzac's relationships. This type has a natural gift of tuning in the mood of their vis-à-vis. A Balzac has the gift of being exactly what you want him/her to be.
ここでいう内的状況の全体性が、レイニンのNiの中心にある語です。言い換えると、ILIにとって、自分の内側の状況がひとつにまとまっていることが、存在の原理だということです。レイニンは、その表れとして、ILIが話し相手の気分に同調する才能を挙げています。
果敢の側の統合性
レイニンは、この全体性(次の引用の訳では「統合性」)を、二分法の1つと結びつけて説明しています。
この特性は、状況の統合性の理解に従ってタイプを分割するともいえる。一方の場合は外的状況の統合性(パートナーに快楽を与えること)であり、他方の場合は内的状況の統合性(プロセスの中で快楽を得ること)である。アルファクアドラとデルタクアドラ(賢明)が第1の極にある(外的状況の統合性 — 客観直観)。ベータクアドラとガンマクアドラ(果敢)が第2の極にある(内的状況の統合性 — 主観直観)。
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It is also possible to say that the attribute divides the types according to their understanding of the integrity of situation. In one case it is the integrity of the external situation (to give pleasure to the partner), in the other case it is the integrity of the internal situation (to get pleasure in the process). The alpha quadra and delta quadra (reasonable) are on the first pole (integrity of external situation – objective intuition). Beta quadra and gamma quadra (resolute) are on the second pole (integrity of internal situation – subjective intuition).
上の引用の「決断派」は、当サイトの表記では果敢、「道理派」は賢明です(二分法の訳語は賢明/果敢にそろえています)。レイニンはここで、内的状況の統合性を主観直観、つまり白い直観の側に置き、それをベータとガンマのクアドラの性質としているということです。
小括
レイニンのNiは、一見するとSiの定義に見えます。定義の最初に「内的な調和」「状態」「気分」が並び、時計の時間や予定の順序はNeの側に置かれているからです。
ですが、レイニンの体系の中では筋が通っています。レイニンは、賢明と果敢の二分法を「状況の統合性」で説明し、外の状況の統合性を客観直観(Ne)、内の状況の統合性を主観直観(Ni)に結び付けています。予定やスケジュールは、外の状況が初めから終わりまで欠けなく組まれていることなので、レイニンでは黒い直観(Ne)の側に入ります。そして、NiはSeと組んで果敢の側に入ります(モデルAの定義でも、NiとSeを価値に持つのがベータとガンマで、これが果敢です)。レイニンは、この果敢の側の統合性を「プロセスの中で快楽を得ること」と書いています。
つまり、レイニンのNiの「状態」は、Siの体の調子のことではなく、いま進んでいる過程の中で、自分の内側の状況がひとつにまとまっていることを指していると読めます。過程の中で内側がまとまっている状態は、いまが流れのどのあたりにあるかの感覚と近いので、レイニンの状態の語も、時間の流れを内側から感じる言い方と考えることもできます。IEIの「時間の繊細なリズム」は、その表れです。
05ストラティエフスカヤの記述
ストラティエフスカヤは、Niを時間の直観と呼びます。『お別れしないために』の理論編では、各アスペクトの中身を語の列で示し、タイプの章では、その要素がその位置でどう表れるかを、人物の言動として書いています。
定義の列
ストラティエフスカヤは、時間の直観の中身を、次のように並べています。
矛盾の理解と世界の可変性の感覚、瞬間の重要性の感覚、危険の予感、過去の過ちの経験を考慮に入れること、寛容、夢想性、より良きものへの希望、時間内における過程を統御する能力、迅速な反応、リスクを冒す能力。
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— "интуиция времени" (временные соотношения) — (интровертная интуиция, БИ). Понимание противоречий и ощущение изменчивости мира, ощущение значимости момента, предчувствие опасности, учет опыта прошлых ошибок, терпимость, мечтательность, надежда на лучшее, умение управлять процессами во времени, быстрая реакция, умение рисковать.
言い換えると、ストラティエフスカヤのNiは、世界が時間の中で変わっていくことを感じ取り、その流れの中で過程を統御する力だということです。また、夢想性と希望のような待つ側の語と、迅速な反応やリスクを冒す能力のような動く側の語が、同じ列に並んでいます。ストラティエフスカヤのNiは、待つことと動くことの両方を含むということです。
IEI: 時間を指揮する
Niを主導に持つIEIについて、ストラティエフスカヤはこう書いています。
ロマンチストで夢想家。彼にとって時間—それは可塑的な創造材料であり、自身の裁量で「圧縮」したり「伸ばし」たりすることができる。IEI〔原文: エセーニン〕は瞬間が「素晴らしい」ので、その瞬間を止めて、自分の望むだけ眺めていることができる。(中略)IEI〔原文: エセーニン〕は時間を「指揮する」—自分自身の時間も、他人の時間も。彼はすべての人を自身のテンポに従わせる—すべての人を自身の生活リズムに引き込む。
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Романтик и мечтатель. Время для него — это пластичный творческий материал, который можно "сжать" или "растянуть" по своему усмотрению. Есенин может остановить мгновение, потому что оно "прекрасно", и любоваться им столько, сколько ему захочется.〔中略〕Есенин "дирижирует" временем — и своим собственным, и чужим. Он всех подчиняет своим темпам — всех втягивает в свой жизненный ритм.
ここで時間は「圧縮」したり「伸ばし」たりできる創造の材料として書かれています。IEIは、素晴らしい瞬間を止めて眺め続け、自分の時間も他人の時間も「指揮」します。ストラティエフスカヤの描くIEIは、時間の流れを受け取るだけでなく、その速さと拍子を自分で決める人だということです。
ILI: 予見しすぎて退屈になる
ILIについて、ストラティエフスカヤはこう書いています。
彼の人生では何も予期せぬことは起こらない。なぜなら彼は全てを予見できるからだ。自分自身の予測の的中は、かなり早い段階で彼を驚かせも喜ばせもしなくなる。彼はまるで、これから将来自分に起こる全てのこと、また遠い過去に既に起こった全てのことを知って生まれたかのようである。これは一見、他人に対する大きな優位のように見えるが、彼にとっては本質的な問題に転じる — 時に彼は生きることが退屈になる。あまりにも全てを予見しすぎて、彼にとっては人生にサプライズが存在しないかのようなのである。
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В его жизни никогда не случается ничего непредвиденного, потому что он все умеет предвидеть. Совпадение собственных прогнозов довольно рано перестает его и удивлять и радовать. Он как будто рождается со знанием всего того, что произойдет с ним в будущем, и всего того, что уже происходило в далеком прошлом. Это, казалось бы, огромное преимущество перед остальными оборачивается для него существенной проблемой — иногда ему становится скучно жить. Настолько хорошо он все предвидит, что для него как будто не существует в жизни сюрпризов.
ストラティエフスカヤのILIは、出来事のつながりが先まで見えているので、人生に驚きが少ない人として書かれています。これから自分に起こることも、過去に起こったことも知って生まれたかのようだ、というのです。予見の力が、本人には「生きることが退屈になる」という問題として表れる、という書き方です。
EIE: 時間を操る政治家
Niを創造機能(2番)に持つEIEについて、ストラティエフスカヤはこう書いています。
政治家EIE〔原文: ハムレット〕は時間を巧みに操ることができる。状況が時間の中で発展することの利点を見出し、問題を時間で「癒す」ことができ、「問題を時間の中で育てる」こともできる。(中略)EIE〔原文: ハムレット〕は自分の行動を時間的に調整することが非常に上手い。彼が何をするにせよ、それは常にすべて非常にタイミングが良いのである。
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Гамлет-политик великолепно умеет манипулировать временем: видит преимущества развития ситуации во времени, умеет "залечить" проблему временем, умеет "вырастить проблему во времени"〔中略〕Гамлет очень хорошо умеет координировать свои поступки во времени. Что бы он ни делал, это всегда все очень своевременно.
EIEはここで、状況が時間の中で発展することの利点を見出せる人として書かれています。言い換えると、創造機能のNiは、出来事の流れを読んで、自分の行動をその流れの中のどこに置くかを調整する道具になっているということです。ストラティエフスカヤはこれを「政治家」の資質と呼んでいます。
LIE: 急ぐ術と待つ術
Niを創造機能に持つもう一方のLIEについて、ストラティエフスカヤはこう書いています。
時間を自分のために働かせる術を心得ている。何をいつやることに意味があるかを正確に知っている。急ぐ術を心得ており、待つ術も心得ている。決断的に行動すべきとき、忍耐を蓄え待つべきときを知っている。
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Умеет заставить время работать на себя. Точно знает, что и когда имеет смысл делать. Умеет спешить и умеет выжидать. Знает, когда нужно действовать решительно, а когда нужно запастись терпением и переждать.
つまり、LIEは、時間を、急ぐか待つかを選ぶための材料として使うということです。アウシュラのクトゥーゾフ(03章)と同じく、挑むときと待つときの両方を選ぶ力として書かれています。
小括
ストラティエフスカヤのNiは、時間の中で変わっていく世界を感じ取り、その流れの中で過程を統御する力です。IEIでは時間の速さと拍子を指揮する力、ILIでは先が見えすぎて驚きのなくなる予見、EIEとLIEでは行動の時機を選ぶ力として書かれています。
ストラティエフスカヤは、Niを持つタイプを、時間を受け取る人ではなく、時間を使いこなす人として書くことが多い研究者です。また、タイプの章の中で、同じNiがベータとガンマでどう違って表れるかにも触れています。その記述は15章で見ます。
06フィラトワの記述
フィラトワは、Niを「内向直観」「時間の直観」と呼びます。『ソシオニクスの鏡の中の人格』では、まず機能の型を定義し、続くタイプの章で、その型が人の話し方や行動にどう出るかを書いています。
定義: 時間の中での出来事の流れ
フィラトワは、内向直観型を次のように定義しています。
強い内向直観の持ち主は、時間の中での出来事の流れを自分の想像の中で容易にモデル化し、この出来事の流れの中に自分を感じ、起きているすべての全体性と、その全体の小さな一部としての自分を感じ取る。(中略)内向直観型の中には哲学者や詩人がいる。このタイプの人は、進行中の出来事の結果を、直接的な仕方で見て取って予見することができる。(中略)記号△(Ni)の名称—時間の直観。
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Обладатель сильной интровертной интуиции легко моделирует в своем воображении течение событий во времени, чувствует себя в этом потоке событий, ощущает целостность всего происходящего и себя — частичкой этого целого.(中略)интровертных интуитов встречаются философы и поэты. Такой человек способен предвидеть результат текущих событий, усмотрев его прямым образом.(中略)Название символа — интуиция времени.
フィラトワのNiは、出来事の流れを頭の中で組み立てて、その中に自分を置いて感じる知覚だということです。進行中の出来事の結果を予見できるのは、その流れの全体を感じているからだ、と読めます。
ILI: 時間の軸を自由に動く
ILIの章で、フィラトワはNiの働きをこう書いています。
時間の軸に沿って心の中で自由に動く能力は、彼に遠い将来を見通すことを可能にする—戦略的予測において彼に匹敵できる者はほとんどいない。もっとも、彼の予測はしばしば悲観的であり、周囲の人々を軽率な行動から守るために、懸念を表明することを好む。(中略)ILI自身もまた慎重であり、行動を始める前に何度も入念にすべてを確認し、他人にもそうするよう促す。
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Способность мысленно свободно двигаться вдоль оси времени позволяет ему видеть далекую перспективу — с ним мало кто может сравниться в стратегических прогнозах. Правда, его прогнозы чаще пессимистичны, он предпочитает высказать опасения, чтобы уберечь окружающих людей от необдуманных поступков.〔中略〕Сам ИЛИ также осторожничает, многократно и скрупулезно все проверяет, прежде чем начать действовать, к чему призывает и других.
フィラトワのILIは、頭の中で時間の軸を先へも後ろへも動けるので、遠い将来まで見通せるということです。フィラトワは、ILIの予測は悲観的であることが多く、周りを軽率な行動から守るために懸念を表明する、とも書いています。アウシュラのILIの悲観(03章)と同じ像です。
IEI: 幸福な夢遊病者
IEIの章で、フィラトワはNiの働きをこう書いています。
IEIは、自分を運んでいく時間の流れの中に身を置いていると感じており、そこから抜け出すことはできないし、そうしたいとも思わない。(中略)この心理タイプの人間は、出来事が熟していくのを予感し、社会の中のかすかな気分の兆し、その力学を捉える術を心得ている。彼は、行動すべき時が近づいていることを非常に正確に感じ取ることができ、とりわけ危険や危機的状況の接近を鋭敏に感じ取る。(中略)「幸福な夢遊病者」という表現は、この心理タイプが自分の主導的なプログラム機能の作用領域に身を置いているときの、かなり正確な特徴づけである。
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ИЭИ чувствует себя в потоке времени, который его несет и из которого уйти никак нельзя, да и не хочется этого делать.〔中略〕Человек этого психотипа умеет предчувствовать назревание событий, уловить едва заметные флюиды настроений в обществе, их динамику. Он способен очень точно почувствовать приближение момента, когда настала пора действовать, особенно отчетливо ощущает приближение опасностей и кризисных ситуаций.〔中略〕Выражение «блаженный лунатик» — достаточно точная характеристика этого психотипа, когда он пребывает в области действия своей ведущей программной функции,
言い換えると、フィラトワの描くIEIは、流れの外から先を計算する人ではなく、流れの中でその変わり目を感じ取る人だということです。幸福な夢遊病者は、フィラトワがこの状態を呼んだ言葉です。
内向直観と自己中心性
フィラトワは、Niの「内向」の性質が、人の見え方に表れることも書いています。
これらのペアを互いに比較すると、内向直観と外向倫理の持ち主(EIE〔原文: ハムレット〕とIEI〔原文: エセーニン〕)は、外見上も自分の感情性を表に出す(特にEIE〔原文: ハムレット〕)ことに気づく。両者とも、他者の悲しみに対して即座に同情の感情の高まりで応じ、支え慰めることができる。しかし同時に、両者とも人を操ることもできる。また、彼らには自己中心性の特徴も見られる。内向的な直観(時間の直観)は、彼らが自分自身を外側から眺めることを難しくするからである。同時に、両者とも自分の否定的な感情の表出において非常に誇示的である。
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Сравнивая эти пары между собой, отметим, что обладатели интровертной интуиции и экстравертной этики (Гамлет и Есенин) проявляют внешне свою эмоциональность (особенно, Гамлет). И тот, и другой способны немедленно откликнуться эмоциональным всплеском сочувствия на горе другого, поддержать и утешить, Но при этом они оба способны и манипулировать людьми. Также мы видим в них и черты эгоцентризма, поскольку интровертность интуиции времени затрудняет для них взгляд на себя со стороны. Одновременно, и тот, и другой весьма демонстративны в проявлении своих отрицательных эмоций.
フィラトワは、EIEとIEIに見られる自己中心性の特徴を、内向直観から説明しています。時間の流れの中に自分を置いて感じる知覚は、その流れを外から眺める視点を持ちにくい、と読めます。
Niの2つの面
フィラトワは、別の研究者の調査を引いて、Niの中に2つの面があることを書いています。
例えば、時間の直観(Ni)は、かなり大きく異なる二つの性質を特徴づける—空想(人間に結びつく)と、時間の感覚(外界)である。(中略)おそらく、同じようにして、同じタイプの他の二人の登場人物—二人のIEI、抒情家であるアシュリーとシモンの性格の違いも理解することができるだろう。シモンには空想の内向直観が特徴的であるのに対し、アシュリーには時間の内向直観が特徴的である。
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Например, интуиция времени БИ характеризует два довольно сильно отличных свойства — фантазию (связана с человеком) и чувство времени (внешний мир).〔中略〕Возможно, что таким же образом мы можем понять разницу в характерах двух других героев одного типа — двух ИЭИ, Лириков Эшли и Симона. Если для Симона характерна интровертная интуиция фантазии, то для Эшли — времени.
上の引用で、Niは空想(人間に結びつく)と、時間の感覚(外界)という、かなり違う2つの性質を持つとされています。
つまり、Niという1つの要素の中に、夢想や想像の面と、時間の流れを感じる面の2つがあるということです。フィラトワはこれを、同じタイプの人物の性格の違いを説明する手がかりとして使っています。この2つの面は、一般像の「ぼんやりした夢想家」と「先を読む戦略家」の2つの像にも対応すると読めます(14章)。
小括
フィラトワのNiは、時間の中での出来事の流れを想像の中でモデル化し、その流れの中に自分を感じる知覚です。ILIでは時間の軸を自由に動く戦略的予測、IEIでは流れの中で出来事の熟し方を感じる「幸福な夢遊病者」として書かれています。
フィラトワの特徴は、Niが「内向」であることの帰結まで書いていることです。流れの中にいるので自分を外から見にくいこと、Niに空想の面と時間の面の2つがあること。この2つの指摘は、ほかの研究者にはあまり見られません。
07イェルマークの記述
イェルマークは、情報流をアスペクト(側面)に分けて、それぞれに名前を付け直した研究者です。Niに対応するアスペクトには、出来事という名前を選んでいます。
定義: 可能性どうしの関係は、出来事として知覚される
イェルマークは、Niのアスペクトを次のように説明しています。
したがって、世界の現実の変化に関連する可能性の関係は、主観的にはポジティブまたはネガティブな出来事として知覚される。
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Следовательно, соотношение возможностей, связанное с изменениями реалий мира, субъективно воспринимается нами как событие позитивное или негативное.
イェルマークは、外向直観(Ne)を「可能性」のアスペクトとし、その可能性どうしの関係を出来事と呼びました。言い換えると、イェルマークのNiは、ある可能性が実現し、別の可能性が失われる、その関係の知覚だということです。それが主観的には、良い出来事や悪い出来事として受け取られます。
遅刻と冷蔵庫
イェルマークは、出来事のアスペクトを、身近な例で説明しています。
待ち合わせに遅刻した—可能性を失った—不快な出来事: すべては過去のもの…あなたの助手が冷蔵庫を5階に運ぶ間、あなたは隣を歩きながら「落とすなよ!」と諭しつつ、心の中で「運び切るか、切らないか?」と予測する。(中略)言語における他の一連の単語と語句もまた、対象、空間、エネルギー状態のある変化と関連する可能性または能力の関係の意味を担う: 予見、危険、啓示、懐疑、いま、当時、想像、均衡、行き詰まり等
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Опоздал на свидание – упустил возможность – неприятное событие : все в прошлом... Пока ваш помощник тащит холодильник на пятый этаж, вы идете рядом и приговариваете: “Смотри не урони !..”, а про себя прогнозируете: “Донесет – не донесет?..”〔中略〕Целый ряд других слов и словосочетаний в языке также несет смысл соотношения возможностей или способностей в связи с теми или иными изменениями объектов, пространства или энергетических состояний: предвидение, опасность, озарение, скепсис, сейчас, тогда, воображение, равновесие, тупик и др.
イェルマークの例では、待ち合わせに遅れることは、可能性を失うことであり、それが不快な出来事になります。冷蔵庫を5階まで運び切るかどうかを心の中で予測するのも、運び切る可能性と運び切らない可能性を比べることです。
つまり、イェルマークの出来事は、起こりうることのうち、どれが実際に起こるかの見積もりだということです。そのうえで、イェルマークは、この意味を担う語として、予見、危険、懐疑や「いま」「当時」などを挙げています。「いま」「当時」が入っている点で、イェルマークの出来事は時間の語と重なります。
名前を「時間」に
約10年後の2007年の論文で、イェルマークは、このアスペクトの名前をあらためて検討しています。
世界の現実(対象、空間、エネルギー的状態)の変化は、主観的には時間の経過として知覚される。(中略)時間の支配、何らかの第一次の現実の変化を予見する技量、最後に人間の予見能力は、しばしば直観というかなり漠然とした哲学的・心理学的概念と結びつけられる。ソシオニクスの創始者たちは、この情報流の部分をまさにそう(直観と)名づけた。(中略)だが、世界の現実の変化に関する情報的マクロアスペクトの実際の内容により妥当な用語は、「時間」[4]であろう。
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Изменения реальностей мира (объектов, пространства, энергетических состояний) субъективно воспринимается как течение времени.〔中略〕Владение временем, умение предвидеть изменения неких первореалий, наконец, прогностические способности человека часто связывают с таким расплывчатым философскопсихологическим понятием как интуиция. Основоположники соционики так и назвали эту часть информационного потока.〔中略〕Повидимому, более адекватным реальному содержанию информационного макроаспекта об изменениях реалий мира является термин «время» [4].
イェルマークはここで、世界の現実の変化は時間の経過として知覚されると書いています。そのうえで、変化を予見する技量は「直観」という漠然とした概念と結びつけられてきたが、より妥当な用語は「時間」だろう、としています。
言い換えると、イェルマークは、直観という呼び名をやめ、この情報流の部分を「時間」と呼ぶことを提案しているということです。1997年の「出来事」から2007年の「時間」へ、名前は変わっても、指しているのは変化どうしのつながり、つまり時間です。
ILI: 肯定的な出来事の見通し
イェルマークとロスランキナは、ILIのモデルを書いた本で、主導のNiをこう書いています。
機能すること—情報アスペクト「出来事」(「時間の直観」)において。肯定的な出来事の展開と見通しをよく見て取り、予測することができるが、その予測は肯定的に限定された性格をもつ。否定的な出来事には疎く、それゆえ、それらを前にした自分の戸惑いを、懐疑、あら探し、ぼやきなどで覆い隠す。
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функционирование — в информационном аспекте «события» («интуиция времени»); хорошо видит развитие и перспективу позитивных событий, умеет прогнозировать, хотя его прогнозы НОСЯТ позитивно-ограниченный характер; в негативных событиях разбирается плохо, поэтому свою растерянность перед ними прикрывает скепсисом, критиканством, брюзжанием ИТ.П.
上の引用で、ILIは、肯定的な出来事の展開と見通しはよく見て取れるが、否定的な出来事には疎いと書かれています。そのため、否定的な出来事を前にした戸惑いを、懐疑やあら探し、ぼやきで覆い隠す、とイェルマークは書いています。
アウシュラ(03章)とフィラトワ(06章)が、ILIの予測を悲観の側から書いたのに対し、イェルマークはILIのNiが得意なのは肯定的な出来事の側だと書いています。悲観に見える言動を、否定的な出来事への戸惑いを隠すものとして説明している、ということです。
小括
イェルマークのNiは、可能性どうしの関係、つまり出来事の知覚です。起こりうることのうちどれが起こるか、何が実現して何が失われるかの見積もりとして書かれ、のちに「時間」という名前が提案されました。
イェルマークの特徴は、Niの名前の付け方そのものを議論していることです。「出来事」「時間」のどちらの名前でも、指しているのは変化どうしのつながりで、そこはほかの研究者の「時間」と重なります。この名前の問題は、16章でもう一度取り上げます。
08カルペンコの記述
カルペンコは、Niを「時間の直観」と呼び、記号Tや△で表します。機関誌の論文では、要素の見え方を、その人の頭の中にある図や比喩として書いています。
岸のない流れ
カルペンコは、時間の直観を次のように書いています。
T—△(Ni)—ソシオニクスにおける時間の直観は、流れとして、岸のない、底のない流れとして記述できる。「何の流れか?」という問いはここではふさわしくない。肝心なのは動き、その動きの果てしなさ、変化と進化の不可避性である。
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T - - интуицию времени в соционике можно описывать потоком, безбрежным, бездонным потоком. Вопрос: поток чего? - здесь не уместен, главное -движение, необозримость этого движения, неизбежность изменений, эволюции.
カルペンコは、時間の直観を岸のない、底のない流れとして書いています。「何の流れか」は問題ではなく、肝心なのは動きと、その果てしなさ、変化の避けられなさだ、というのです。言い換えると、カルペンコのNiは、止まることなく続く変化そのものの知覚だということです。これも、流れとしてとらえた時間です。
時間の座標に沿って動く世界
Niを主導に持つタイプについて、カルペンコはこう書いています。
△(Ni)を第1機能とするTIMは、世界をもっぱら時間の中で、時間という座標に沿って動くものとして知覚する。(中略)これも同じ四次元の時間的「空間」であり、唯一の空間座標は点まで、空間的な「瞬間」まで縮められている。
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ТИМы, у которых - первая функция, воспринимают мир движущимся только во времени, по координате Время.〔中略〕Такое же четырехмерное временное "пространство", единственная пространственная координата сведена до точки, до пространственного "мгновения".
主導のNiを持つタイプは、世界を、時間の座標に沿って動くものとして知覚する、とカルペンコは書いています。空間の座標は点にまで縮められ、残るのは時間の軸だということです。つまり、このタイプにとって、世界はまず出来事の流れとして現れるということです。
LIE:「時は待ってくれない」
Niが創造機能(2番)に入るLIEについて、カルペンコはこう書いています。
機能が第2の位置に移ると、自分の極の次元をひとつ手放すことと引き換えに、もう一方の極の次元をひとつ取り込めるようになる。LIE〔原文: ジャック〕にとっては「時は待ってくれない!」—時間が空間に突入してくる。ESE〔原文: ヒューゴー〕にとっては、世界(空間)はすでに変わりつつあり、変えることも、建てることもできる。今日の世界は昨日と同じではない。この空間はもはや単に三次元なのではなく、進化する能力をもっている。この可能性は自覚されているが、進化の方向をつかむことはできない。
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Переход функции на второе место позволяет путем отказа от одного измерения своего полюса захватить одно измерение другого полюса: для ЛИЭ ("Джек") "время не ждет!", оно врывается в пространство; для ЭСЭ ("Гюго") мир (пространство) уже меняется, его можно менять, строить, сегодня мир не таков, как вчера, это пространство уже не просто трехмерно, оно способно к эволюции, эта возможность осознана, но направление эволюции уловить невозможно.
LIEにとっては「時は待ってくれない!」、つまり時間が空間に突入してくる、と書かれています。カルペンコは、機能が2番の位置に移ると、自分の極の次元を1つ手放す代わりに、もう一方の極の次元を1つ取り込めるようになると説明しています。LIEでは、時間の側の次元を1つ手放して、空間の側の次元を取り込むと読めます。
言い換えると、創造のNiは、時間の流れを自分が動く空間の中に持ち込む使い方だということです。主導のNiが世界を時間の座標だけで知覚するのに対し、創造のNiは時間の流れをいまの行動の締め切りとして感じる、と読めます。
ベータ: メトロノーム
カルペンコは、クアドラごとにNiの扱い方が違うことも書いています。まず、ベータクアドラです。
では、もうひとつの直観—時間の直観△(Ni)—はどうなっているか。自然と社会の中で進行する時間的な、その他の動的な過程についてのもっとも深い時間感覚と理解が第2クアドラ(ベータ)の代表者に備わっている、という点に異を唱えるのは難しいように思う。まさに彼らこそ、具体的なタイプによらず、一種の「メトロノーム」、変化のインジケーター、時間と記憶の守り手なのである。(中略)彼らの思考は歴史的であると同時に超時間的である。これほど逆説的な質の組み合わせは、四次元のアスペクトにのみ可能である。かくして、第2クアドラにおける時間の直観(△(Ni))は四次元である。
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А как обстоят дела с другой интуицией — с интуицией времени ? Мне кажется, что трудно спорить с тем, что наиболее глубокое чувство времени, понимание временных и иных динамических процессов, проходящих в природе и в обществе, присущи представителям второй квадры. Именно они, независимо от конкретных типов, являются своего рода «метрономами», индикаторами измене- ний, хранителями времени и памяти. Для них слова «история», «эпоха», «время», «поколение» наполнены особым смыслом, далеко выходящим за рамки отдельного поколения, конкретной эпохи, известной истории. Им свойственна «способность к непосредственному ощущению исторического процесса и… понимание собственной деятельности и своей личности, как ячейки в общем потоке становлений и превращений, одновременно влекомой и ведущей» [13]. Их мышление одновременно и исторично, и вневременно. Столь парадоксальное сочетание качеств возможно лишь для четырех- мерного аспекта. Итак, интуиция времени () во второй квадре — четырехмерна.
引用の締めにある次元は、ブカロフが導入した機能の次元の数のことで、数が大きいほど、その情報を広い範囲で扱えるとされます。言い換えると、ベータのNiは、時間を歴史や時代の流れとして深くとらえ、変化の拍子を刻むということです。カルペンコは、彼らを「メトロノーム」「時間と記憶の守り手」と呼んでいます。
ガンマ: 散文的な時間
続いて、ガンマクアドラです。
クアドラγにとっても時間の直観(△(Ni))は重要である。しかし第3クアドラ(ガンマ)の代表者たちとこのアスペクトとの相互作用は、はるかに散文的である。彼らは現実の時間—差配すべき時間、計画できる時間—をみごとに感じ取り、実際それを鮮やかにやってのける。だが彼らの変化や出来事の動態の知覚はより「醒めて」おり、合理主義的で、聖なる性格、神秘的な性格、世界を超え出る性格を欠いている。クアドラγにおける時間の直観(△(Ni))は三次元である。
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Для квадры γ интуиция времени () также важна. Однако взаимодействие представителей третьей квадры с этим аспектом гораздо прозаичнее. Они прекрасно чувствуют время реальное, то, которым нужно распорядиться и которое можно спланировать, что и делают блестяще. Но их воспри- ятие изменений, динамики событий более «трезво», рационалистично, оно лишено сакрального, ми- стического, надмирового характера. Интуиция времени () в квадре γ — трехмерна.
ガンマのNiは、予定や計画として扱える実務の時間に強いということです。ただし、変化や出来事の動きの受け取り方は「醒めて」いて、神秘的な性格を欠く、とカルペンコは書いています。
ベータとガンマは、どちらもNiを価値に持つクアドラです。カルペンコの記述からは、同じNiでも、ベータでは歴史と記憶の時間、ガンマでは計画と実務の時間として表れる、と読めます。
小括
カルペンコのNiは、岸のない流れ、止まることなく続く変化の知覚です。主導のNiは世界を時間の座標に沿って動くものとして見せ、創造のNiは「時は待ってくれない」という形で時間を空間に持ち込みます。
カルペンコの特徴は、Niを次元の数で書き分けていることです。ベータは四次元(メトロノーム、時間と記憶の守り手)、ガンマは三次元(散文的な時間)です。アルファのNiは一次元で時間の予定表から「こぼれ落ち」、デルタのNiは二次元で社会の規範に沿って組み立てられる、とカルペンコは書いています。
09グレンコの記述
グレンコは、Niを時間直観と呼び、記号Tで表します。『64の肖像』では、要素を、行動に表れる機能と、その人が一時的に入る心の状態の両方として書いています。
定義: 忍耐強く慎重な行動
グレンコは、時間直観Tを次のように定義しています。
時間直観 ― 内向直観(△(Ni)時間直観)。忍耐強く慎重な行動として観察される心理の機能。
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Temporal Intuition (T) — introverted intuition; function of the psyche observed in patient and cautious behavior.
Tは、忍耐強く慎重な行動として観察される心理の機能と定義されています。グレンコは、外向直観(Ne)の機会直観Iを高リスクで型にはまらない行動として定義しているので、同じ直観でも、Neは踏み出す側、Niは待つ側として書き分けられています。グレンコのNiは、時間をかけて出来事が進むのを待てる性質として、行動の側から定義されているということです。
未来の直観と過去の直観
グレンコは、Tを向きで2つに分けています。
+T(Ni) ― 未来の直観: 未来について考えること、良い結末を信じること、希望すること、夢見ること、未来を過去に転送すること。詩人〔IEI〕(Lyrist)はそのような直観を持つ。(中略)-T(Ni) ― 過去の直観: 過去について考えること、誤りを思い出すこと、恐れること、警告すること、外挿すること(過去を未来に転送する)。批評家〔ILI〕(Critic)のように。
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T — intuition of the future: thinking about the future, believing in a+ good outcome, hoping, dreaming, transferring the future to the past. The .Lyrist has such an intuition〔中略〕T — intuition of the past: to think about the past, remember— mistakes, to fear, to warn, to extrapolate (transfer the past to the future) as .a Critic
+Tは未来の側に向いて希望し夢見る直観、-Tは過去の側に向いて誤りを思い出し警告する直観です。グレンコは、前者を詩人(IEI)、後者を批評家(ILI)の直観としています。
グレンコのNiは、時間の流れの未来の側に向くか、過去の側に向くかで、2つの姿に分かれます。アウシュラとフィラトワが書いたILIの悲観(03章・06章)は、グレンコの体系に当てれば過去から未来を外挿する-Tの性質と読めます。
ILI: 生命の流れの観察者
ILIの記述で、グレンコはTの働きをこう書いています。
批評家〔ILI〕は生命の流れの注意深い観察者である。細部と辛うじて現れる傾向を微妙に注記し、どの原因が特定の結果に至ったかを説明できる。過去に没頭し、繰り返される現象を研究する。(中略)出来事より少し先んじているほうがよいという立場から出発し、常に安全な選択肢を選ぶ。
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The Critic is an attentive observer of the course of life. She subtly notes details and barely emerging trends and can explain what causes led to certain consequences. Immersed in the past, she studies repeating phenomena.〔中略〕She comes from the position that it is better to be slightly ahead of events, and she always chooses a safe option.
グレンコのILIは、細部と現れかけの傾向をとらえ、どの原因がどの結果に至ったかを説明できる人です。つまり、ILIの-Tは、出来事の原因と結果のつながりを、過去にさかのぼってたどる力だということです。出来事より少し先んじているほうがよいので、常に安全な選択肢を選ぶ、とも書かれています。
状態Tの体験
グレンコは、人がTの状態に入ったときの体験も書いています。
心理的には、T状態は犠牲化として体験される。(中略)時間直観状態における体験のもう1つの色合いは、運命に従属していること、自由意志の欠如、より高い力の意のままの生である。(中略)T状態の最も重要な兆候の1つは、自分の身体の感覚の喪失である。T状態において、人はいかなる痛みも肉体的快楽も感じない。
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In psychological terms, the T-state is experienced as victimization (sacrifice).〔中略〕Another shade of experience in the temporal intuition state is being subject to fate, the lack of free will, life at the behest of the higher forces.〔中略〕One of the most important signs of the T-state is the loss of sensation of one’s body. In the T-state, a person does not feel any pain or carnal pleasures.
グレンコによれば、Tの状態は犠牲化、運命への従属、自由意志の欠如として体験されます。そして、最も重要な兆候の1つが自分の身体の感覚の喪失だ、とグレンコは書いています。グレンコはTの状態を、自分の意志を手放して運命に従い、いまの体の感覚から離れる状態として観測しています。時間の流れに身を任せる状態、と言い換えることもできます。
情報は外からやってくる
さらに、グレンコは、Tの状態で情報がどこから来るかを、Ne(状態I)と対にして書いています。
状態Iにおいて人は自己の内面、すなわち心理の潜在意識的層から知識を抽出するなら、状態Tにおいて情報は外側から ― 宇宙(コスモス)から ― やってくる。
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If in I-state a person extracts knowledge from within himself, from his subconscious layers of the psyche, then in T-state information comes from outside — from the cosmos.
状態Iでは人は自分の内面から知識を取り出し、状態Tでは情報は外側から、宇宙からやってきます。名前の上では「内向」の直観であるTが、グレンコの体系では、外から来るものを受け取る状態として書かれています。
小括
グレンコのNiは、忍耐強く慎重な行動として表れ、未来の側(+T)と過去の側(-T)に分かれる時間の直観です。ILIの-Tは、原因と結果のつながりを過去にさかのぼってたどる力として書かれています。
一見すると、「情報は外からやってくる」は、内向という名前と逆に見えます。ですが、グレンコの体系の中では筋が通っています。グレンコは、Tの状態を運命への従属、自由意志の欠如、身体の感覚の喪失として書いていました。つまり、グレンコのTの状態は、自分で状況を動かすのではなく、運命やより高い力に従って、向こうから来るものを受け取る状態です。情報が「外側から、宇宙から」来るという書き方は、この受け身の体験と同じ向きにあります。
つまり、グレンコの「外」は、Seが働きかける目の前の対象のことではなく、自分の意志では動かせない出来事の流れのことだと読めます。フィラトワのIEIが「自分を運んでいく時間の流れの中に身を置いている」(06章)のと、同じ像です。
10その他の論者の記述
最後に、主要な研究者のほかに、Niについて特徴のある記述を残した2人を取り上げます。
ブカロフ: あらゆるバリアントの時間的展開
ブカロフは、Niを「時間の直観」「白の直観」と呼び、社会と歴史の過程をソシオニクスで説明する論文の中で、こう書いています。
意志的感覚(●(Se))に双対的な情報的アスペクト—時間の直観(△(Ni))—はこのように作動する。(中略)しかし白の直観(△(Ni))—これは予測のみならずあらゆる可能性のあるバリアントとそれらの時間的展開を見て取る直観でもある—にとっては、筋書きが回り出す—「想像してみてください…」。
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Так работает информационный аспект, дуальный к волевой сенсорике ( ), — интуиция времени ( ).〔中略〕Но для белой интуиции ( ), а это интуиция не только прогноза, но еще и усмотрения всяких возможных вариантов и их развития во времени, начинает раскручиваться сюжет: «Представим себе…».
ブカロフのNiは、ひとつの未来を言い当てる力ではなく、起こりうる筋書きがそれぞれ時間の中でどう展開するかを追う力だということです。
ブカロフは、Niを主導に持つIEIについて、別の論文でこう書いています。
計算する、感じるタイプとは違って。直観倫理内向(△(Ni)▼(Fe)、IEI、「IEI〔原文: リリック〕」)を取り上げれば、彼も発展のいくつかの傾向を見て、出来事の流れをよく感じる。しかし彼はまさに感じるのであって、根拠付けるのは ― できない。だが彼の感覚は十分正確である。彼は「良くなるか悪くなるか、あるいは無関心かを感じる」と言える。そして彼の予測は当たる。
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Просчитывает, в отличие от типа чувствующего. Вот если мы возьмем интуитивноэтического интроверта (, ИЭИ, «Лирик»), то он тоже видит какие-то тенденции развития и хорошо чувствует течение событий. Но он именно чувствует, а обосновать — не может. Но его чувство достаточно верное. Он может сказать: «Я чувствую, будет хорошо или плохо, или безразлично». И его прогноз оправдывается.
ブカロフのIEIは、出来事の流れを感じ取り、理由は説明できなくても予測を的中させます。つまり、Niの予測は計算ではなく、感じ取りから出てくるということです。この点は、14章の読み違いの話につながります。
エグリト: 変化どうしの相互関係
システム・ソシオニクス学派のエグリトは、Niを「白い直観」「出来事」「時間の直観」と呼び、次のように定義しています。
白い直観、出来事、時間の直観—変化どうしの相互関係についての情報。世界の現実の変化と結びついた可能性どうしの相互関係は、私たちには主観的に出来事として受け取られる。
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БИ, события, интуиция времени — информация о соотношении изменений. Соотношение возможностей, связанное с изменениями реалий мира, субъективно воспринимается нами как события.
上の引用で、Niは変化どうしの相互関係についての情報と定義されています。そのうえで、世界の現実の変化と結びついた可能性どうしの相互関係が、主観的には出来事として受け取られる、とエグリトは書いています。
言い換えると、エグリトのNiは、1つ1つの変化ではなく、変化と変化のつながり、つまりは時間の知覚だということです。イェルマークの「出来事」(07章)とほぼ同じ定義で、アウシュラの「連続する出来事間の関係」(03章)とも重なります。
11研究者間で残る中核と食い違い
この章は、02〜10章の研究者別の記述を、当サイトの責任で突き合わせます。新しい引用は置かず、研究者を横断して残る中心、差の所在、差の由来の仮説の順に進み、最後に誰が何と言ったかを名指しで並べます。
研究者を横断して残る中心
第一に、Niは時間、つまり出来事どうしのつながりの知覚だということです。アウシュラ(連続する出来事間の関係)、フィラトワ(時間の中での出来事の流れ)、カルペンコ(岸のない流れ)、ストラティエフスカヤ(時間の中で変わる世界)がその例です。イェルマーク(可能性どうしの関係=出来事)、エグリト(変化どうしの相互関係)、ブカロフ(バリアントの時間的展開)、グレンコ(未来と過去に分かれる時間の直観)も、語を変えて同じことを書いています。
この点では、レイニンを除けば、研究者のあいだに大きな食い違いはありません。呼び名も、ユングとレイニンを除くほぼすべての研究者が「時間」か「出来事」を使っています。レイニンも定義の列に「時間感覚」を入れており、各章の言い直しを並べると、出来事どうしのつながり、つまり時間に行き着きます。ユングは「時間」の語を使いませんが、像の変化を終わりまで追うという書き方は、同じ流れを内側でたどることとして読めます。
第二に、1つの瞬間ではなく、流れの中のどこにいるかを感じ取ることです。アウシュラの急ぎや時期尚早の感覚、レイニンのIEIの「時間の繊細なリズム」、フィラトワのIEIの「出来事が熟していく」感覚がその例です。Niの情報は、時計の時刻ではなく、いまが流れのどのあたりかという感覚として書かれています。
第三に、行動の時機を選ぶことです。アウシュラのクトゥーゾフ(挑むときと退くとき)、ストラティエフスカヤのEIE(タイミングの良さ)とLIE(急ぐ術と待つ術)が、これを書いています。選ぶのは待つことだけではなく、挑むときも含みます。
第四に、予見です。ユングの元型による予見、ストラティエフスカヤのILIの「予期せぬことが起こらない」、フィラトワのILIの戦略的予測、ブカロフのIEIの的中する予測が、これを書いています。ただし、ユングとブカロフは、予見を計算ではなく、経過の型や流れを感じ取ることの結果として書いています。
第五に、いまの現実や体の感覚から離れやすいことです。ユングの「いまの現実には適応していない」、グレンコの「身体の感覚の喪失」、フィラトワの「幸福な夢遊病者」が、これを書いています。
差の所在
差は、大きく3つあります。第一に、Niの中心を時間の語で書くか、内側の状態の語で書くかです。ほとんどの研究者は前者です。一方、レイニンは、内的な調和、状態、気分という語を定義の先頭に置き、時計の時間や予定の順序をNeの側に置いています(04章)。
第二に、予見の明るさです。アウシュラとフィラトワは、ILIの予測を悲観の側から書きました。グレンコは、未来の側の+T(詩人)と過去の側の-T(批評家)に分けています。イェルマークは、ILIのNiが得意なのはむしろ肯定的な出来事の見通しで、悲観に見える言動は否定的な出来事への戸惑いを隠すものだとしています(07章)。同じILIの予見を、研究者によって逆向きに説明しているということです。
第三に、情報の出どころです。ユングは内向的直観を内的対象に向いたものとし、フィラトワも想像の中のモデル化として書きます。一方、グレンコは、Tの状態で情報は外側から、宇宙からやってくると書いています(09章)。また、フィラトワが紹介した研究では、Niには空想(人間に結びつく)と時間の感覚(外界)の2つの面があるとされました(06章)。Niの情報が内から来るか外から来るかは、研究者によって分かれます。
また、記述の焦点にも差があります。アウシュラとストラティエフスカヤは人物像と関係、フィラトワは流れの中の自分の感じ方、イェルマークは名前と言葉、カルペンコは次元とクアドラの比較、グレンコは心の状態と行動に焦点を置いています。
差の由来についての仮説
当サイトの推測として、差の由来は2つ考えられます。第一に、Niを単独で書くか、組み合わせの中で書くかの違いです。レイニンは二分法(レイニン特性)の研究で知られ、04章で見たように、二分法の説明の中でNiを「内的状況の統合性」として書いています。そのため、過程の中での内側のまとまりという性質が前に出て、時間の語は後ろに下がったのかもしれません。
第二に、観測の対象です。グレンコの体系は、要素を人の心の状態として観測します。状態として見ると、時間の流れに身を任せているとき、人は自分で状況を動かしていないので、情報が外から来るように感じられる、と読めます。一方、ほかの研究者は、Niをタイプの人物像の中で観測しています。その場合、予見や時機の選択は本人が内側で行うものとして書かれやすくなります。予見の明るさの差も、ILIを主導の-Tとして観測するか、肯定的な見通しの得意さとして観測するかの違いから来ているとも考えられます。
誰が何と言ったか
- ユングは、内向的直観を、外の対象をきっかけに内側に呼び起こされた像を受け取る知覚として定義しました。像の変化を終わりまで追い、物事の経過の型に触れているので、のちの出来事を前もって見ることがあります。一方で、像と自分を結びつけにくく、いまの現実への適応は弱いとしました。
- アウシュラは、Niに時間の名を与え、時間を「互いに連続する出来事間の関係」と定義しました。その情報は急ぎ、時期尚早、予感といった感情として意識され、主導のNiは最も適切な瞬間を選ぶ戦略的能力として表れます。
- レイニンは、Niを内的な調和、状態、気分、時間感覚の語で定義しました。タイプの節では「内的状況の全体性」を存在原理として書き、時計の時間や予定の順序はNeの側に置いています。
- ストラティエフスカヤは、Niを時間の中で変わる世界を感じ取り、過程を統御する力として書きました。IEIは時間を指揮し、ILIは予見しすぎて退屈し、EIEとLIEは行動の時機を選びます。
- フィラトワは、Niを時間の中での出来事の流れを想像の中でモデル化する力と定義しました。ILIは時間の軸を自由に動き、IEIは流れの中で出来事の熟し方を感じ取ります。流れの中にいるので自分を外から見にくい、とも書いています。
- イェルマークは、Niのアスペクトに「出来事」の名前を選び、可能性どうしの関係と定義しました。のちに、より妥当な名前として「時間」を提案しています。
- カルペンコは、Niを岸のない、底のない流れと書き、主導のNiは世界を時間の座標に沿って動くものとして見せるとしました。クアドラごとに、四次元のメトロノーム(ベータ)と散文的な時間(ガンマ)を書き分けています。
- グレンコは、Niを忍耐強く慎重な行動として定義し、未来の側の+Tと過去の側の-Tに分けました。Tの状態は運命への従属と身体感覚の喪失として体験され、情報は外から来る、と書いています。
- ブカロフはNiをあらゆるバリアントの時間的展開を見て取る直観として、エグリトは変化どうしの相互関係として書いています。
12MBTIにおけるNi
MBTIにも「内向的直観(Ni)」があります。MBTIとソシオニクスは、ユングの類型論を共通の源にして、別々に発展した体系です。この章では、MBTIの原典が内向的直観をどう書いているかを、心理機能としての書き方とタイプの記述の2つの面から見ます。そのうえで、11章で見たソシオニクスのNiの中心、つまり出来事どうしのつながりとしての時間と、どこで重なり、どこで分かれるかを確かめます。
当サイトは、MBTIの心理機能とソシオニクスの情報要素を、同じユングの8分割から出た、中身の近いものとして扱っています。ただし、機能の並べ方やタイプの記述は、それぞれの体系の中で読むことにしています(詳しくはMBTIとソシオニクスの対応)。この章も、その立場で書きます。
MBTIでNiを持つタイプ
MBTIで内向的直観を1番目の主機能に持つのは、どのタイプなのでしょうか。マイヤーズは、『Gifts Differing』でこう書いています。
一方、限定をつけた「内向的直観型」という語は、つねに直観が主機能である内向型、つまりIN-Jのタイプを意味する。「外向的直観型」という語は、つねに直観が主機能である外向型、つまりEN-Pを意味する。
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On the other hand, the qualified term introverted intuitive always means an introvert in whom intuition is dominant, an IN-J type; the term extraverted intuitive always means an extravert in whom intuition dominates, an EN-P.
言い換えると、MBTIで内向的直観型と呼ぶのは、直観が主機能の内向型、つまりINTJとINFJだということです。末尾のJは、外に向けて使う2番目の機能が判断の機能であることを表しています。
2番目の補助機能の向きについて、マイヤーズは次のように書いています。
外向型では、主機能は人と物の外界にかかわり、補助機能がその内面の生活を引き受けなければならない。(中略)内向型の主機能は観念の内界に没頭しており、補助機能が外の生活についてできることをする。
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For extraverts, the dominant process is concerned with the outer world of people and things, and the auxiliary process has to look after their inner lives,〔中略〕Their dominant process is engrossed with the inner world of ideas, and the auxiliary process does what it can about their outer lives.
つまり、外向型の補助機能は内側に、内向型の補助機能は外側に向くということです。そのため、外向的思考か外向的感情を主機能に持つENTJとENFJでは、補助機能の直観が内向的直観になります。『MBTI Manual』も、ENTJの節を「内向的直観を伴う外向的思考」という見出しで始めています。
1番目と2番目の機能が同じソシオニクスのタイプを、当サイトの対応で並べると次のようになります。内向の2タイプは、末尾のJ/Pがソシオニクスの4文字表記と逆になります。
| MBTI(Niの位置) | ソシオニクス(Niの位置) |
|---|---|
| INTJ・INFJ(主機能) | ILI・IEI(主導機能・1番) |
| ENTJ・ENFJ(補助機能) | LIE・EIE(創造機能・2番) |
| ESTP・ESFP(劣等機能) | SLE・SEE(暗示機能・5番) |
1番目と2番目の位置は、2つの体系で同じ決まりで並んでいます。一方、MBTIの4番目の劣等機能と、モデルAの5番の暗示機能は、どちらも主機能と向きも種類も反対の機能が入る位置ですが、位置の決まりは別です。劣等機能のNiは、この章の後半で取り上げます。
心理機能としてのNi
マイヤーズは、第8章で、外向的直観と内向的直観を並べた表を載せています。内向的直観の列には、こう書かれています。
内的な理解のために、客観的な状況を用いる。(中略)外的な対象からきっかけを受け取るが、外的な可能性のところで止まることはけっしてなく、むしろ人生を見て理解するための新しい角度を探すことに打ち込む。(中略)その最大の価値を、人生の解釈と、理解を深めることに見いだす。
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Uses the objective situation in the interests of the inner understanding.〔中略〕Receives its impetus from outer objects but is never arrested by external possibilities, being occupied rather by searching out new angles for viewing and understanding life.〔中略〕Finds its greatest value lies in the interpretation of life and the promotion of understanding.
上の引用の中ほどは、ユングの「外的な可能性のところで立ち止まることはけっしてなく」(02章)をほぼそのまま受けています。言い換えると、マイヤーズの内向的直観は、外の状況をきっかけにして、人生をどう理解するかの新しい角度を内側で探す働きです。最大の価値も、新しい事業を始めることではなく、人生を解釈し、理解を深めることに置かれています。
『MBTI Manual』の第3版は、8つの機能を1行ずつにまとめた表で、主機能としての内向的直観をこう書いています。
エネルギーを内側へ向け、内なるヴィジョンと洞察を生む、無意識のイメージ、つながり、パターンに焦点を合わせる。
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Directing energy inwardly to focus on unconscious images, connections, and patterns that create inner vision and insight
Manualの内向的直観は、無意識のイメージやつながり、パターンから、内なるヴィジョンと洞察をつくる働きだということです。マイヤーズ&ブリッグス財団の公式サイトも、主機能としての内向的直観を次のように紹介しています。
先見的に見えることがある。無意識のイメージやテーマやつながりを結びつけて、物事を新しい見方で見る。自分の内側でさまざまなアイデアを出す。内なる洞察を信頼して頼るが、その洞察は他人には理解しにくいことがある。キーワード: ヴィジョンを描くこと。
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Can appear visionary. Connects unconscious images, themes, and connections to see things in new ways. Brainstorm internally with themselves. Trusts and relies on inner insights, which may be hard for others to understand. Keyword: Visioning.
財団の言い方では、内向的直観は無意識のイメージやつながりを結びつけて、物事を新しい見方で見る働きで、キーワードは「ヴィジョンを描くこと」です。3つの資料に共通するのは、内側で、つながりから1つのヴィジョンをつくるという書き方です。
タイプの記述
INTJとINFJをまとめた節で、マイヤーズはまず、2つのタイプに共通する特徴を並べています。
可能性についての内なるヴィジョンに突き動かされる。頑固なほどに意志が固い。(中略)最もよい状態のときには、物事のより深い意味への優れた洞察と、大きな推進力に恵まれている。
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Are driven by their inner vision of the possibilities〔中略〕Are determined to the point of stubbornness〔中略〕Are gifted, at their best, with a fine insight into the deeper meanings of things and with a great deal of drive
内向的直観型は、可能性についての内なるヴィジョンに動かされ、物事の深い意味に目が向く人として書かれています。頑固なほどの意志の固さが、同じ列に並んでいる点も、マイヤーズの記述の特徴です。
2つのタイプの違いは、補助機能から出てきます。マイヤーズは、INTJについてこう書いています。
直観は、因習を打ち破る想像力と、何にも妨げられない可能性の見通しを与え、外向的思考は、鋭く批判的な組織する力を与える。「いまあるものは、どれもきっと改善できる!」
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Intuition gives them an iconoclastic imagina- tion and an unhampered view of the possibilities; extraverted thinking supplies a keenly critical organizing faculty. “Whatever is, could doubt- less be improved!”
INTJでは、直観が可能性を見通し、外向的思考がそれを組み立て直す力になる、ということです。一方、INFJについては、こう書いています。
直観が人とその問題に向けられているときには、科学的な直観ほど、思いもよらない事柄についてじっくり考える機会がない。人間関係への洞察の傑作は、まったく独創的には見えないかもしれない。あまりに正確なので、当たり前に見えるのである。
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When intuition is focused on people and their problems, it does not have as much opportunity to dwell on the unforeseen as scientific intuition does. A masterpiece of insight into human relations may not look original at all. It is so accurate that it looks obvious.
つまり、INFJの直観は人とその問題に向き、その洞察は、あまりに正確なので当たり前に見えるということです。
『MBTI Manual』は、INTJの直観の使い方を、より短く書いています。
INTJは直観を主に内側で使い、そこで複雑な構造と未来の像を組み立てる。
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INTJs use their Intuition primarily internally, where they develop complex structures and pictures of the future.
Manualのいう直観は、INTJの場合、内側で複雑な構造と未来の像を組み立てるものです。補助機能に内向的直観を持つENTJについても、Manualは同じ形で書いています。
彼らは直観を主に内側で使って可能性を思い描き、決定や計画に用いる洞察を生み出す。
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They use their Intuition primarily internally to conceive possibilities and create the insights they use in making decisions and plans.
ENTJは、外に向けた思考で決定や計画を立て、その材料となる可能性と洞察を、内向的直観で内側に用意すると読めます。
劣等機能のNi
主機能が外向的感覚のESTPとESFPでは、内向的直観は4番目の劣等機能になります。マイヤーズ&ブリッグス財団は、強いストレスで劣等機能が表に出たときの内向的直観を、こう書いています。
荒唐無稽な空想と、差し迫った災厄の幻(未来を破局的に考える)。意味のないところに意味を見いだす。宇宙的な規模の、目に見えない力についての途方もない幻を思い描く。
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wild fantasies and visions of impending disaster (catastrophize the future), attribute meaning where there is no meaning, come up with extravagant visions of unseen forces of cosmic proportions
ふだん使わない内向的直観が無理に働くと、未来を破局的に考え、意味のないところに意味を見いだすとされています。ソシオニクスでは、同じSLEとSEEで、Niは5番の暗示機能に入ります。ストラティエフスカヤは、SLEが不確実性に耐えられず、陰鬱な予測を恐れて迷信に傾くと書いています(15章で引きます)。位置の名前と決まりは違いますが、先の見通しが自分の弱いところにあるタイプは、悪い未来の像に引きずられやすいという観察は、2つの体系で近いところにあります。
重なるところ
MBTIの内向的直観とソシオニクスのNiの重なりは、大きく3つです。第一に、外の対象をきっかけにしながら、内側へ向かうことです。マイヤーズの「外的な可能性のところで止まることはけっしてなく」は、ソシオニクス側でも出発点にしたユングの一節(02章)から出ています。
第二に、つながりと先の見通しです。Manualの「つながり、パターン」「未来の像」と、財団の「つながりを結びつける」は、11章で見たソシオニクスのNiの中心、出来事どうしのつながりとしての時間と重なります。特に「未来の像」は、フィラトワが書いたILIの「時間の軸に沿って心の中で自由に動く能力」(06章)とよく似た書き方です。
第三に、物事の意味を1つにまとめることです。マイヤーズの「人生の解釈」「物事のより深い意味」と、財団の「ヴィジョンを描くこと」は、ユングの象徴(02章)や、当サイトが16章で述べる「対象に意味を与えて、行き着く先に点を1つ置く」読みに近いところにあります。
分かれるところ
分かれるところは2つです。第一に、中心に置く語です。MBTIの原典は、内向的直観を「可能性」「ヴィジョン」「洞察」の語で書き、「時間」や「出来事」の語はほとんど使いません。時間に触れるのは、「未来の像」「未来を破局的に考える」のような未来の語です。
一方、ソシオニクスでは、「可能性」はNeの語で、Niの中心は「時間」です(13章)。つまり、MBTIはNeとNiを外の可能性か、内の可能性かで分け、ソシオニクスは何がありうるか(静的)か、いつどうつながって起こるか(動的)かで分けています。同じ境目を、別の語で引いていると考えることもできます。
第二に、タイプの記述に入るものの範囲です。マイヤーズのINTJ・INFJの記述には、頑固さ、独立心、組み直す力、人への洞察が並びます。ですが、マイヤーズ自身が書くとおり、内向型の外の顔は補助機能がつくります。INTJの組み直す力は外向的思考から、INFJの人への洞察は外向的感情との組から出ています。
ソシオニクスでも、ILIとIEIの違いは2番の要素(TeとFe)から出てきます。ですが、アウシュラやストラティエフスカヤが書いた時機の選び方や時間の感じ方(03章・05章)は、MBTIのINTJ・INFJの記述にはあまり出てきません。
小括
MBTIで内向的直観を主機能に持つのはINTJとINFJ、補助機能に持つのはENTJとENFJで、当サイトの対応ではILI・IEIとLIE・EIEにあたります。マイヤーズ、Manual、財団の資料は、内向的直観を、外の状況をきっかけに、内側でつながりから1つのヴィジョンをつくる働きとして書いています。
このつながりと先の見通しは、ソシオニクスのNiの中心である出来事どうしのつながりとしての時間と重なります。一方、MBTIはNiを内の可能性として書き、ソシオニクスは時間として書きます。同じユングの一節から出て、中心の語の置き方が分かれた、と当サイトは読んでいます。タイプの記述には2番目の機能の違いも入るので、INTJの説明をそのままILIの説明として読むことはしません。
13Ne・Si・Seとの違い
この章では、Niを、隣にある3つの要素—Ne(外向直観)、Si(内向感覚)、Se(外向感覚)—と比べます。NeとSiはNiと性質を1つずつ共有し、Seは側面も向きも反対です。この3つとの違いで、Niの輪郭が決まります。
モデルAの公理では、Niの隣の要素は次の3つです。
- Neは、Niと同じ直観で、向きが外向に変わったものです。
- Siは、Niと同じ内向で、側面が感覚に変わったものです。
- Seは、側面も向きもNiと反対の要素です。
Niを1番の主導機能に持つタイプでは、Siが3番の規範機能、Seが5番の暗示機能、Neが7番の観察機能に入ります。つまり、3つとも、Niがどこにあるかで置き場所が決まる要素だということです。
Ne: 同じ直観、静的な可能性と動的な出来事
NeとNiの違いを最もはっきり書いているのは、カルペンコです。
たとえば可能性の直観Iは静的アスペクトである。発達した可能性の直観をもつ人と話すとき、あるいはその人が何かを語ってくれるとき、その人はたいてい、潜在力、可能性、展望について語る。しかしその人から「それはいつ起こりうるのか?」「その潜在力はどうやって現れうるのか?」「その展望はどう実現されるのか?」という問いへの答えを引き出すのは非常に難しい。可能性の直観が語るあの潜在的可能性とは、人に、アイデアに、対象に備わった、何か静的なものだからである。直観の動的な部分を扱うのは時間の直観Tで、これは時間の中での出来事の展開の知覚を担っている。
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Например, интуиция возможностей I — это статический аспект. Когда мы гово- рим с человеком с развитой интуицией возможностей или когда он нам что-то рассказыва- ет, он, как правило, говорит о потенциях, возможностях, перспективах. Но от него очень трудно добиться ответа на вопрос: «Когда это может случиться?», «Как эти потенции могут себя проявить?», «Как эти перспективы реализуются?», потому что та потенциальная воз- можность, о которой говорит интуиция возможностей, — это нечто статичное, присущее человеку, идее, объекту. С динамической частью интуиции работает интуиция времени T — она отвечает за восприятие развития событий во времени.
言い換えると、Neは「何がありうるか」の知覚で、Niは「それがいつ、どうつながって起こるか」の知覚だということです。イェルマークが、Neを「可能性」、Niを「可能性どうしの関係=出来事」としたこと(07章)、エグリトがNeを「変化の性質」、Niを「変化どうしの相互関係」としたこと(10章)も、同じ区別です。Neが可能性の1つ1つに向くのに対し、Niはそのつながりと順序に向く、ということです。
ユングも、この2つを対にして書いていました(02章)。外向的直観型は外の可能性を追い、内向的直観型は像から像へ移ります。どちらも1つの対象にとどまらない点は同じで、向かう先が外の可能性か内の像かが違う、という書き方です。
Si: 同じ内向、時間と内的状態
NiとSiの関係について、アウシュラはこう書いています。
一般化すれば、△(Ni)と ○(Si) —時間と内的状態—はプロセス間の相互作用の二つの形態(プロセスのなかの対象)であると言える。一方、▯ と □(Ti) —対象の引力と空間における位置の認識—は対象間の相互作用の二つの形態(静態のなかの対象)である。
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Обобщая, можно сказать, что А — время и О — внутреннее состояние — две формы взаимо- действия между процессами (объект в процессе). А 5 — притяжение объекта и [] — познание мест объекта в пространстве — две формы взаимодейст- вия между объектами (объект в статике).
アウシュラは、△(Ni)と○(Si)を時間と内的状態として並べ、どちらもプロセス間の相互作用の形態としています。アウシュラは、この2つを非合理的要素と呼びました。
つまり、アウシュラの体系では、NiとSiは「過程の中の対象」を扱うという点で同じ側にあるということです。違いは、Siが過程の中のいまの状態(体調)を扱い、Niが過程どうしのつながり(時間)を扱う点です。Siがいまこの瞬間の状態に向くのに対し、Niはいまの状態が前後とどうつながっているかに向く、と読めます。
レイニンの定義が一見Siに見えたのも(04章)、この近さから来ているのかもしれません。どちらも過程の中の内側のことを扱うので、レイニンの「状態」「気分」の語は、両方にまたがって使える語です。
一方、グレンコは、Tの状態の最も重要な兆候を身体の感覚の喪失としていました(09章)。Siが体の感覚そのものに向く要素だとすると、Niの状態は、Siが向くものから最も離れた状態として書かれていることになります。
Se: 側面も向きも反対、それでも組になる要素
Seは、Niと側面も向きも反対の要素です。ユングは、内向的直観型の無意識について、こう書いています。
内向的直観型の主要な抑圧は、対象の感覚に向けられる。彼の無意識はこの事実によって特徴づけられる。というのも、彼の無意識のなかには、古めかしい性格をもつ補償的な外向的感覚機能が見出されるからである。したがって無意識の人格は、かなり低く原始的な段階の外向的感覚型として記述するのが最もよい。
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The introverted intuitive's chief repression falls upon the sensation of the object. His unconscious is characterized by this fact. For we find in his unconscious a compensatory extraverted sensation function of an archaic character. unconscious personality may, therefore, best be described as an extraverted sensation-type of a rather low and primitive order.
内向的直観型が主に抑えるのは対象の感覚、つまり外向的感覚です。そして、無意識の中には、原初的な外向的感覚が補償として現れる、とユングは書いています。言い換えると、ユングの体系では、内向的直観の反対側にあるのが外向的感覚だということです。
フィラトワは、この対をタイプどうしの対比として書いています。
ナポレオンは、自分の軍事力を感じ、皇帝アレクサンドルへの慇懃な敬意の表現を隠れ蓑に、誰ともいかなるものとも折り合わず、ロシアとの戦争を始める。そして、状況を論理的に計算する能力を欠き、また自分の行動の起こりうる結果を直観的に見て取る能力をも欠いたために、それに敗れる。(中略)ナポレオンとクトゥーゾフの立場は、なんと違っていることか!そしてそれは、2人それぞれの心理タイプの主導ブロックによって正確に規定されているのである。
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Наполеон, чувствуя свою военную мощь, прикрываясь выражениями вежливого уважения к императору Александру, не считается ни с кем и ни с чем, начинает войну с Россией и проигрывает ее из-за неспособности логически просчитать ситуацию и также неспособности интуитивно увидеть возможный результат своих действий.〔中略〕Насколько разные позиции Наполеона и Кутузова! И они в точности определяются ведущими блоками психотипов того и другого.
フィラトワのナポレオン(SEE)は、自分の軍事力を感じ、誰のことも顧みずに戦争を始め、自分の行動の起こりうる結果を直観的に見て取る能力を欠いたために敗れます。フィラトワは、ナポレオンとクトゥーゾフの立場の違いが、2人の主導ブロックで決まっていると書いています。アウシュラが主導のNiの例に挙げたのも、クトゥーゾフでした(03章)。
つまり、Seはいま目の前にある力を感じて動かし、Niはその動きが時間の中でどう帰結するかに向くということです。ナポレオンとクトゥーゾフの対比は、いまの力と、時間の流れの対比として書かれています。
ストラティエフスカヤも、直観型と感覚型を時間と空間で対にしています。
ある者には直観的世界知覚が優勢で、彼らは時間内でよりよく方向を定め、出来事の流れをよりよく予見し、過去の過ちをよりよく分析する。(中略)感覚タイプは時間の経過とともに起こる変化はあまりよく見ないが、自分の占める空間をよりよく組織する。誰から何を期待できるかをよく想像できないので、ここ、いま影響し従わせる自分の能力をより多く頼る。
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У одних преобладает интуитивное мировосприятие, и они лучше ориентируются во времени, лучше предвидят ход событий, лучше анализируют прошлые ошибки;〔中略〕Сенсорик хуже видит происходящие с течением времени изменения, но зато лучше организует занимаемое им пространство; он хуже представляет, от кого и чего можно ожидать, и потому больше полагается на свое умение влиять и подчинять сейчас и здесь.
直観型は時間の中で方向を定めて出来事の流れを予見し、感覚型はいまここで周りに影響し、従わせる力に頼る、とされています。外向と内向を分けない記述ですが、感覚型の側の語はSeに近く、Niの流れとSeのいまの力の対比として読めます。
ただし、NiとSeは、反対であるだけでなく、組になる要素でもあります。レイニンは、白い直観(Ni)をベータとガンマ、つまり果敢の側に置きました(04章)。モデルAの定義では、果敢の2つのクアドラはNiとSeをどちらも価値に持ちます。また、Niを主導に持つタイプでは、Seは5番の暗示機能に入り、自分では弱いが、外から受け取りたい要素になります。
4つを並べると
ここまでの対比を並べると、次のようになります。
| 要素 | 研究者の記述での向き |
|---|---|
| Ni | 出来事のつながり、時間(動的) |
| Ne | 何がありうるか、可能性(静的) |
| Si | いまの状態、体調 |
| Se | 目の前にある力、意志 |
NiとNeは直観という側面を共有し、静的か動的かで分かれます。NiとSiは内向という向きを共有し、過程どうしのつながりか、過程の中のいまかで分かれます。そして、NiとSeは、時間の流れといまの力として反対でありながら、果敢の側で組になります。
小括
Niは、Neと比べると「何がありうるか」ではなく、「いつ、どうつながって起こるか」の知覚です。Siと比べると、いまの状態ではなく、いまが前後とどうつながっているかの知覚です。Seと比べると、いまの力ではなく、その力の動きが時間の中でどう帰結するかの知覚です。
3つの比較に共通するのは、Niが「いま」の外側、つまり前と後に向く要素だということです。この点は、16章の当サイト独自の整理で、もう一度取り上げます。
14よくある読み違い
この章では、一般に言われているNiの像(01章)のうち、研究者の記述と照らして読み違いになりやすいものを5つ取り上げます。どれも全くの誤りではありませんが、研究者の記述のどこが切り出されて、どう変わったかを見ると、Niの輪郭がはっきりします。
「Niは未来予知」
一般像では、Niは未来を言い当てる力として紹介されることがあります。ですが、研究者のNiの定義の中心は「時間」「出来事どうしのつながり」で、未来の的中ではありません。予見は、その結果の1つとして書かれています。
ストラティエフスカヤは、ILIについてこう書いています。
ILI〔原文: バルザック〕は自分の予言を誰彼かまわず授けようと急がない。彼は「占い師」として働きには行かない。彼にとって「時間の向こう」を見る能力はあまりにも自然なものであり、それを「見世物」にするほどではない。ILI〔原文: バルザック〕は、犯される誤りを分析しその繰り返しから警告する教師の役を好む。 悲しいことではあるが、ILI〔原文: バルザック〕は自分に特有の悲観主義をもって、しばしばあのおとぎ話の岩 — 「右へ行けば馬を失い、左へ行けば命を失う…」と予言する岩 — の機能を果たす。そして引き返す以外に何も可能性が残されていないかのように見える。
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Бальзак не торопится одаривать всех и каждого своими предсказаниями, он не идет работать "гадалкой". Для него умение видеть "сквозь время" слишком естественно для того, чтобы делать из этого "аттракцион". Бальзак предпочитает роль учителя, анализирующего совершаемые ошибки и предостерегающего от их повторения. Как это ни печально, но Бальзак со свойственным ему пессимизмом часто выполняет функцию того самого сказочного камня, который предрекает: "Пойдешь направо — коня потеряешь, пойдешь налево — голову сложишь..." И вроде бы не остается никаких других возможностей, кроме как повернуть назад.
ストラティエフスカヤのILIは、「時間の向こう」を見る力を見世物にせず、犯される誤りを分析して、それを繰り返さないよう警告する教師の役を好みます。
言い換えると、ストラティエフスカヤの描くILIは、予見を見せるためでなく、同じ誤りのくり返しを警告するために使うということです。ユングも、予見を元型、つまり経過の型との関係で説明していました(02章)。見ているのは未来そのものではなく、出来事がふつうたどる経過だということです。
「Niは待つだけ」
一般像では、Niは焦らずに時機を待つ要素だとされます。待つことはたしかに研究者の記述にあります。グレンコはTを「忍耐強く慎重な行動」と定義していました(09章)。
ですが、アウシュラが主導のNiに書いたのは、必要なときには闘いを挑み、退くほうが適切なときには身を引く技能でした(03章)。ストラティエフスカヤのLIEも、急ぐ術と待つ術の両方を心得ています(05章)。
当サイトの読みでは、「待つ」は、Niが選ぶ時機の一方の側です。挑むべきときも、待つべきときも、時間の流れの中で選ぶ、というのが研究者の書くNiです。待つ場面ばかりが一般像に残ったのは、挑む場面ではほかの要素(Seの力など)が目立つためとも読めます。
「Niは先を読む力」
一般像では、先を読む力はNiの代表的な働きとされます。ですが、先を読むことには、Niでないやり方もあります。フィラトワは、Niを暗示機能(5番)に持つSLEについて、こう書いています。
SLEというタイプの代表者は、自分には優れた直観があるとしばしば主張する。というのも彼らは物事の展開を見事に予測し、通常その評価を誤らないからである。そしてこれは実際その通りなのだが、そうした予見の性格は、決して直観的な性質のものではない。ここで問題になっているのは別のことである。すなわち、SLEは誰にも増して、状況を現実的な評価に基づいて計算することができ、この点で彼に比肩できる者はほとんどいない。
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Очень часто представители типа СЛЭ заявляют, что у них — отличная интуиция, поскольку они прекрасно прогнозируют события, как правило, не ошибаются в их оценке. И это действительно соответствует истине, однако характер такого предвидения носит отнюдь не интуитивный характер. Здесь дело в ином: как никто другой, СЛЭ умеет просчитать ситуацию, исходя из ее реалистической оценки, и в этом мало кто может сравниться с ним.
フィラトワのSLEは、物事の展開を見事に予測しますが、その予見の性格は直観的なものではないとされています。SLEは、状況を現実的な評価に基づいて計算している、というのがフィラトワの説明です。
つまり、先を読むという結果だけでは、Niかどうかは決まらないということです。ブカロフは、IEIの予測を、根拠付けはできないが的中する「感じ取り」として書いていました(10章)。フィラトワのSLEは、それと逆に根拠のある計算で先を読む例として書かれています。
「Niの人はぼんやりしていて、現実に疎い」
一般像では、Niを強く持つ人は、考えごとにふけって目の前のことに気が回らない、とされることがあります。これには研究者の裏付けがあります。ユングは内向的直観型がいまの現実には適応していないと書き(02章)、グレンコはTの状態を身体の感覚の喪失として書き(09章)、フィラトワはIEIを「幸福な夢遊病者」と呼びました(06章)。
ただし、研究者の書くNiのタイプは、ぼんやりしているだけではありません。ストラティエフスカヤは、同じIEIの節で、夢想的な態度にもかかわらず望ましくない出来事の発展を予見し、打撃を避けるとも書いています。フィラトワも、Niには空想の面と時間の感覚の面があるという研究を紹介していました(06章)。
当サイトの読みでは、「ぼんやり」に見えるのは、Niが「いま」ではなく前後のつながりに向いているからです。目の前の物事よりも、それがどこから来てどこへ向かうかに注意が向いている状態が、外からはぼんやりして見える、と読めます。
「Niが弱い人は先のことを考えない」
一般像では、Niを弱い位置に持つ人は、先のことを考えないと言われることがあります。ですが、研究者の記述では、弱い位置のNiは「考えない」より「扱うのが負担になる」こととして書かれています。
例えば、Niが4番の脆弱機能に入るESEとLSEについて、カルペンコは「いま」か「いまでない」かしか残らないと書いています。ストラティエフスカヤも、LSEが時間の要因を計算に入れたくないことを問題として書いています(15章)。Niが5番の暗示機能に入るSLEは、不確実性に耐えられず、あらゆる予測に暗示を受けやすいと書かれています(15章)。
つまり、Niが弱い位置にあるタイプは、時間を気にしないのではなく、時間の扱いを負担に感じたり外から受け取りたがったりするということです。位置ごとの違いは、次の15章で見ます。
小括
5つの読み違いに共通するのは、Niの働きの一部(予見、待つこと、先を読むこと、ぼんやり)が、Niそのものの定義として扱われていることです。研究者の記述では、Niの中心は時間、つまり出来事どうしのつながりの知覚で、予見も待つことも、その知覚から出てくる結果の1つとして書かれています。
また、弱い位置のNiは「無い」のではなく、負担や受け取りたい欲求として表れると書かれています。読み違いを避けるには、結果ではなく、その結果を生んでいる知覚がどこに向いているかを見ることが要ります。
15モデルAの8つの位置に入ったNi
この章では、NiがモデルAの8つの位置(機能位置)のそれぞれに入ったとき、研究者がどう書いているかを、要点だけ見ます。位置そのものの説明は、各位置の解説ページ(リンク先)にあります。
16のタイプのうち、Niが入る位置は次のとおりです。モデルAの定義から機械的に並べたものです。
| 位置 | タイプ |
|---|---|
| 主導機能 | IEI(INFJ)・ILI(INTJ) |
| 創造機能 | EIE(ENFJ)・LIE(ENTJ) |
| 規範機能 | SEI(ISFJ)・SLI(ISTJ) |
| 脆弱機能 | ESE(ESFJ)・LSE(ESTJ) |
| 暗示機能 | SLE(ESTP)・SEE(ESFP) |
| 動員機能 | LSI(ISTP)・ESI(ISFP) |
| 観察機能 | ILE(ENTP)・IEE(ENFP) |
| 実演機能 | LII(INTP)・EII(INFP) |
研究者の記述は、位置によって量に偏りがあります。主導機能・創造機能・脆弱機能・暗示機能の記述が多く、観察機能と実演機能の記述は少ないため、少ない位置は短く扱います。
主導機能: IEI・ILI
主導機能のNiは、02〜10章で見てきた記述の大部分にあたります。IEIでは時間を指揮し(ストラティエフスカヤ)、流れの中で出来事の熟し方を感じ取り(フィラトワ)、ILIでは時間の軸を自由に動いて先を見通し(フィラトワ)、見落としを恐れます(アウシュラ)。
創造機能: EIE・LIE
創造機能のNiについて、グレンコは、自分のモデル(モデルG)の顕示機能の節で、EIEのNiをこう書いています。モデルGの顕示機能は、モデルAでは2番の創造機能に入る要素が置かれる位置で、モデルAの実演機能(8番)とは別のものです。
EIEは時間における状況の発展をよく理解する。警鐘を鳴らす状況を予期し、それに事前に備え、代替案について熟考する。彼は人々に脅かす危険について警告する。彼は絶えずためらい変動する—重要な決定を下すのは彼にとって容易ではないが、いったん決定が下されると、考えを変えず、引き返さない。時間と共に、彼の世界観は真逆に変わり得る。
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EIE well understands the development of a situation in time. He anticipates alarming situations, prepares for them in advance, and thinks over the alternatives. He warns people about dangers that threaten them. He is constantly hesitant and fluctuating; it is not easy for him to make an important decision, but once the decision is made, he will not change his mind and will not turn back. Over time, his worldview can change to the diametrically opposite.
グレンコのEIEは、時間の中で状況がどう進むかをよく理解し、不安を呼ぶ状況を前もって予期します。言い換えると、創造のNiは、先に起こりうる危険を読んで、人々に警告し、備える道具として使われているということです。
ストラティエフスカヤのEIE(時間を操る政治家)とLIE(急ぐ術と待つ術)、カルペンコのLIE(「時は待ってくれない」)も、創造のNiです(05章・08章)。主導のNiが時間の流れそのものに向くのに対し、創造のNiは、その流れを読んで警告や行動の時機に使う、という書き分けになっています。
規範機能: SEI・SLI
規範機能のNiについて、ストラティエフスカヤは、SEIの記述でこう書いています。
時間厳守という資質は、彼にとって特に倫理的な面で意義深い。それゆえ、遅刻せざるを得ないとき、彼は常に非常にきまり悪さを感じる。(中略)「時間の直観」のアスペクトに関して、デュマ〔SEI〕には楽観主義から悲観主義への振幅が特に特徴的である。時には個別の偶然の成功を彼は遠望にまで拡大することがある。たとえば、職場で褒められたら、すでに自分にとっての輝かしいキャリアを想定し、叱られたら解雇を予見する。
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Такое качество, как пунктуальность, для него более значимо именно в этическом плане. Поэтому, если ему приходится опаздывать, всегда чувствует себя очень неловко.(中略)По аспекту "интуиция времени" для Дюма особенно характерны перепады от оптимизма к пессимизму. Иногда отдельную, случайную удачу он может возвести в перспективу: например, если его похвалили на работе, он уже предполагает для себя блестящую карьеру, поругали — предвидит увольнение.
つまり、規範のNiは、時間を守る決まりとしては意識されるが、先の見通しはそのときの出来事に大きく振られるということです。職場で褒められればキャリアを、叱られれば解雇を思い描く、という例が挙げられています。
脆弱機能: ESE・LSE
脆弱機能のNiについて、カルペンコはこう書いています。
私の視覚的イメージ—テーブルの表面を伝う牛乳の細い流れ—は、なによりもまず、私のTIMのモデルにおけるこの機能の二次元性を反映している—平面の上の絵だ。そして時間の流れ全体から残ったのは「昨日」と「明日」、そしてこの2点の間の線分としての「今日」だけである。ESEとLSEではさらに少ない:「いま」か「いまでない」かだ。だから永遠の遅刻、あるいは永遠のせわしなさになる:「いつ?—いま!」「いつ?—あとで!」。
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Мой зрительный образ - струйка молока на поверхности стола - отражает прежде всего двумерность этой функции в модели моего ТИМа -картинка на плоскости. И от всего потока времени остались только "вчера ", "завтра" и "сегодня" как отрезок между этими двумя точками. У ЭСЭ и ЛСЭ и того меньше: "сейчас" или "не сейчас", поэтому вечные опоздания или вечная спешка: "когда? - сейчас!", "когда? - потом!".
言い換えると、カルペンコ本人のタイプで、規範機能にNiを持つSEIでは、時間が「昨日・今日・明日」の3つの区切りになります。そして、脆弱機能にNiを持つESEとLSEでは「いま」と「いまでない」の2つしか残らないということです。そのため、遅刻するか、逆にいつも急いでいるかのどちらかになる、とカルペンコは書いています。なお、これは1995年の論文で、2002年の論文ではクアドラの違いとして、LSEの時間を規範に沿った二次元に置いています(08章)。
ストラティエフスカヤも、LSEについてこう書いています。
このタイプの代表者はしばしば、たとえ一日が48時間あっても、それでも足りないだろうと言う。(中略)LSE〔原文: シュティルリッツ〕の問題は、時間の要因を計算に入れたくないことにある。時間 — それは彼らの最悪の敵である: 彼らは仕事を完璧な質まで持っていきたいが、期限がそれを許さない。彼らは自分に最大限緊張したスケジュールを作る。だからどんなに正確に時間を計画しても、その配分で絶えず重複が起こる。
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Представители этого типа часто говорят, что даже если бы в сутках было сорок восемь часов, им бы все равно не хватило. Тот объем работы, который они обычно намереваются выполнить, не укладывается в назначенные ими сроки. Проблема Штирлицев в том, что они не желают принимать в расчет фактор времени. Время — их злейший враг: они хотят довести работу до безупречного качества, а сроки этого не позволяют. Они составляют себе максимально напряженный график работы, поэтому, как бы точно они ни планировали свое время, постоянно происходят накладки в его распределении.
ストラティエフスカヤのLSEは、時間の要因を計算に入れたくないので、どんなに正確に計画しても配分に重複が起こります。時間は彼らの最悪の敵だ、というのです。
カルペンコとストラティエフスカヤを並べると、脆弱のNiでは、時間が「いま」と「あとで」の2つにしか分かれず、時間の要因を考えること自体が負担になると読めます。14章で見たとおり、時間を気にしないのではなく、時間の扱いが負担になる位置です。
暗示機能: SLE・SEE
暗示機能のNiについて、ストラティエフスカヤは、SLEの記述でこう書いています。
SLE〔原文: ジューコフ〕は自分に固有の押し付けと突進をもって、不確実性を有機的に耐えられない。(中略)不確実性の時期における強制的な無為を非常に重く経験する。この瞬間に非常に脆弱である。あらゆる予測に非常に暗示を受けやすい。陰鬱な予測を常に恐れる。だからこそ、このタイプの代表者の多くは、予言、占い、前兆に基づくあらゆる迷信に傾く。
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Жуков со свойственным ему напором и натиском органически не переносит неопределенности.〔中略〕Очень тяжело переживает вынужденное бездействие в период неопределенности. Очень уязвим в этот момент. Очень внушаем всякими прогнозами. Мрачных прогнозов всегда опасается. Именно поэтому многие представители этого типа склонны ко всяким суевериям, основывающимся на предсказаниях, гаданиях, приметах.
ストラティエフスカヤのSLEは、不確実性を耐えられず、あらゆる予測に非常に暗示を受けやすいと書かれています。陰鬱な予測を恐れ、予言や占い、前兆に基づく迷信に傾くこともある、ということです。
同じく暗示のNiを持つSEEについて、ストラティエフスカヤはこう書いています。
SEE〔原文: カエサル〕は待つことが大嫌いである。それは彼にとって信じられないほど辛い — 彼はあまりにも活動的で、それゆえあまりにも短気である。彼は何もかもすぐに、できるだけ早く欲しい。(中略)ILI〔原文: バルザック〕は彼に整然とした生活のリズムを与え、「急がば回れ」の原則で生きることを教える。SEE〔原文: カエサル〕の過剰な熱情を冷まし、彼を落ち着かせる。「時間が全ての問いに答えをくれる」「時間が全てを然るべき場所に収めてくれる」と。そして、まさにそのような「説明」によってこそ、SEE〔原文: カエサル〕はサジェスト(暗示)される。彼に突然、これら全てがどう終わるかを辛抱強く「最後まで見届けたい」という願望(時には好奇心)が生まれるのである。
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Цезарь очень не любит ждать. Ему это невероятно трудно — он слишком деятелен и потому слишком нетерпелив. Ему хочется всего сейчас и поскорее. Случается, что ему еще и некогда думать или просто не хочется тратить время на размышления. Бальзак задает ему размеренный жизненный темп, учит его жить по принципу "поспешай медленно". Охлаждает непомерную горячность Цезаря, успокаивает его: "Время даст ответы на все вопросы", "время все расставит по местам". И именно таким "объяснением" Цезарь как раз и внушается. У него вдруг возникает желание (а иногда и любопытство) терпеливо "досмотреть", чем же все это кончится.
SEEは、待つことが大嫌いで、何もかもすぐに欲しい人として書かれています。そこへ双対のILIが、「急がば回れ」の原則と「時間が全ての問いに答えをくれる」という説明を与えます。すると、SEEはそれに暗示され、どう終わるかを最後まで見ていたいと思うようになる、とストラティエフスカヤは書いています。
SLEとSEEを並べると、暗示のNiは、自分では先の見通しを持ちにくく、不確かさに弱いが、信頼できる相手から見通しを受け取ると落ち着く位置だと分かります。フィラトワのSLEが、先を直観ではなく計算で読んでいたこと(14章)も、この位置の表れとして読めます。
動員機能: LSI・ESI
動員機能のNiについて、ストラティエフスカヤは、ESIの記述でこう書いています。
十分に充実した時間体制で、ESI〔原文: ドライザー〕は自分の必要性を感じる。しかし最良なのは、彼の双対が「テンポを設定する」ときである — 彼だけが、ESI〔原文: ドライザー〕の問題ある直観(自分の仕事のテンポを過小評価または過大評価する)を考慮してそれをできる。
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В достаточно насыщенном временном режиме Драйзер чувствует свою востребованность. Но лучше всего, когда ему "задает темпы" его дуал — только он может это сделать с учетом проблемной интуиции Драйзера, недооценивающего или переоценивающего темпы своей работы.
ESIは、時間の枠が与えられると力が出るが、その速さを自分で正確に決めるのは難しいとされています。ストラティエフスカヤは、双対が「テンポを設定する」ときが最良だと書いています。
ブカロフも、Niを動員機能に持つLSIについて、未来に何が起こりうるかについての情報が彼を活性化すると書いています。
観察機能: ILE・IEE
観察機能のNiについて、アウシュラは、自分のタイプでもあるILEの章で、時間の感覚が具体的な生活の中でどう表れるかをこう書いています。
他者の時間のリズム感覚への特別な共感において。これはまず第一に、他者を引き留めない、他者から時間を奪わない、あらゆる方法で時間を節約しようとする本能的な志向である。(中略)ILE〔原文: ドン・キホーテ〕は周囲の人々の時間のリズムの感覚に跪くが、彼らはそのことを頼んでいないし頼みもしない。
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В особой эмпатии к чув- ству времени других людей. Это, во-первых, ин- стинктивное стремление не задерживать других людей, не отнимать у них время, всячески способ- ствовать его экономии.〔中略〕Можно сказать, что Дон Кихот поклоняется чувству времени окружающих людей, хотя они его об этом и не просят.
ILEの時間の感覚は、他者の時間のリズムへの特別な共感として表れる、とアウシュラは書いています。
つまり、観察のNiは、自分の時間としてではなく、他者の時間を尊重する形で表れるということです。03章で見たアウシュラの書簡でも、時間のリズムは、自分に足りないものとして書かれていました。
実演機能: LII・EII
実演機能のNiについて、ストラティエフスカヤは、EIIの記述でこう書いています。
夢想癖と気もそぞろなところがあるにもかかわらず、決して約束された会合や予定された用事を忘れない。それどころか、彼は他者にも、何をいつしなければならないかを絶えず思い出させる。時には、人間ではなく、「歩く時計」だと感じられることもある:(中略)「もう7時よ、薬を飲む時間よ!」
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При всей своей мечтательности и отрешенности, никогда не забывает о назначенных встречах и запланированных делах. Более того, он постоянно напоминает другим о том, что и когда нужно сделать. Иногда создается впечатление, что это не человек, а "ходячие часы":〔中略〕"Сейчас уже семь часов, тебе же пора принимать лекарство!"
言い換えると、EIIは夢想癖があるのに、人の予定まで覚えて知らせるということです。
EIIにとってNiは大事にする要素ではありませんが、他者のための時間の管理として自然に使われています。
価値の側と、そうでない側
Niを価値とするのは、1・2・5・6番にNiを持つタイプ、つまりベータ(IEI・EIE・SLE・LSI)とガンマ(ILI・LIE・SEE・ESI)のクアドラです。カルペンコは、ベータのNiを四次元のメトロノーム、ガンマのNiを散文的な三次元の時間として書き分けていました(08章)。ストラティエフスカヤも、2つのクアドラのNiを違う向きで書いています。まず、ベータです。
第二クアドラ(ベータ)の代表者は、誰よりもよく「現在の瞬間の意義」を自覚する。さらに彼らは、この瞬間と結びついた何らかの利益や優位を逃さないことに心を砕く。(中略)このアスペクトには、「良き過去」を思い出し「光明な未来」について夢見ながら、揺れ動く時代を静かに耐え忍び、辛抱強くそれを過ごす能力も含まれる。
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Представители второй квадры лучше чем кто-либо осознают "значимость текущего момента". Более того, они озабочены тем, чтобы не упустить какие-либо выгоды или преимущества, связанные с этим моментом.〔中略〕К этому же аспекту относится и умение тихо пересидеть смутные времена и терпеливо их переждать, вспоминая "доброе прошлое" и мечтая "о светлом будущем".
上の引用で、ベータクアドラは、誰よりもよく「現在の瞬間の意義」を自覚するとされています。揺れ動く時代を辛抱強く過ごす能力も、同じアスペクトに含まれます。
続いて、ガンマです。
ポジティブな時間直観(+△(Ni) Ni)は、未来への、展望への指向を意味する(もっともILI〔原文: バルザック〕は過去の誤りの経験も排除しない)。これは産業と経済における新しい進歩的な形式の探索であり、リスクを冒し、絶えず変化する状況の中で方向感覚を持つ能力である。
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Позитивная интуиция времени (+БИ) означает ориентацию на будущее, на перспективу (хотя Бальзак не исключает и опыт прошлых ошибок). Это поиск новых и прогрессивных форм в промышленности и экономике, это умение рисковать и ориентироваться в постоянно меняющейся ситуации.
ストラティエフスカヤは、ガンマの側のNiを「ポジティブな時間直観(+Ni)」と呼び、未来と展望への向きとして書いています。リスクを冒し、変化する状況の中で方向感覚を持つ能力です。グレンコの+T(09章)は詩人(IEI)の未来の直観で、+と-の付け方は研究者によって違います。
言い換えると、ストラティエフスカヤは、ベータのNiをいまの瞬間と時代を耐え忍ぶ側から、ガンマのNiを未来と展望の側から書いているということです。カルペンコが、ベータのNiを歴史と記憶の側から、ガンマのNiを計画と実務の側から書いていたこと(08章)とも、向きが重なります。
一方、価値でない側(3・4・7・8番)のアルファとデルタでは、Niは規範機能・脆弱機能・観察機能・実演機能に入ります。上で見たとおり、時間を守る決まり、時間の扱いの負担、他者の時間への配慮、他者のための時間の管理として表れます。カルペンコは、アルファのNiを時間の予定表から「こぼれ落ちる」一次元、デルタのNiを社会の規範に沿って組み立てられる二次元として書いていました(08章)。
小括
Niは、位置によって表れ方が大きく変わります。主導と創造では時間の流れを読んで行動の時機に使い、規範では時間を守る決まりとして意識し、脆弱では時間の扱いを負担に感じます。暗示では見通しを外から受け取りたがり、動員では時間の枠が与えられると力が出ます。観察と実演では、他者の時間を尊重し、他者のために時間を管理する形で表れます。
どの位置でも、Niが扱っているのは時間、つまり出来事どうしのつながりです。違うのは、それを自分で読むか、決まりとして守るか、負担に感じるか、外から受け取りたいか、他者のために使うか、という扱い方です。
16原典の語のもとにあるイメージ(独自の整理)
ここからは当サイトの独自の整理です。16章は、研究者の定義ではなく、02〜15章の記述を踏まえた当サイトの読みです。研究者の引用で支えられるところだけ引用を添え、それ以外は確かめられていない見立てとして書きます。
原典にあるのは語のほう
02〜10章で見たとおり、原典に書かれているのは、時間、出来事、流れ、予感、タイミング、見通し、内的な像といった語です。研究者ごとに語は違いますが、11章で見たとおり、指しているものはかなり近いところにあります。
当サイトは、この語の並びを次のように読んでいます。研究者は、Niという知覚のもとにある1つのイメージを、言葉にするならこう言うしかなかったのではないか、ということです。語を1つずつ覚えるより、そのもとにあるイメージをつかむほうが、なぜその語なのかが分かりやすくなります。
もとのイメージ: 対象に意味を与えて、終点を1つ置く
当サイトの読みでは、Niのもとにあるイメージは、対象に意味を与えて、その行き着く先に点を1つ置くことです。いくつもの見方がありうる対象を、1つの意味へまとめ、その意味が向かう先を1点に定めます。
点を1つ置くと、今とその点のあいだに前と後ができます。それを言葉にすると、時間になります。置いた点を向かう先として言えば目標、そこへ向かうと決まっているものとして言えば運命になります。また、1つの点が対象の意味を代わりに背負うと言えば、象徴になります。
イェルマークは、Niのアスペクトの名前を選ぶときに、こう書いています。
心に対し、私たちの周囲世界の現実の可能性、能力(潜在的または事実的)の関係についての情報を運ぶ情報構成要素(アスペクト)の意味論(意味)を最も正確に伝えるのは、「出来事」という用語である。文献ではこのアスペクトの他の名称も見られる: 内向的直観または時間の直観。
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Семантику (смысл) информационной составляющей (аспекта), которая несет для психики информацию о соотношении возможностей, способностей (потенциальных или фактических) реалий окружающего нас мира точнее всего передает термин “события”. В литературе встречаются и другие названия этого аспекта : интровертная интуиция или интуиция времени.
言い換えると、イェルマークは、このアスペクトの意味を最も正確に伝える語として「出来事」を選んだということです。同じ一節で、文献には「内向的直観」「時間の直観」という別の名前もあると書き添えています。Neの名前を選ぶときと同じく、「最も正確に伝える」という言い方からは、ほかにも候補の語があり、その中から1つを選んだ過程が読み取れます。
当サイトは、この選び方を、1つのイメージを言葉にするときに、いちばん近い語を探した跡として読んでいます。また、11章で見たとおり、Niは研究者のあいだで呼び名が「時間」の語にそろいやすい要素です。
研究者の記述との対応
このイメージは、研究者の記述のいくつかとよく重なります。第一に、アウシュラは、時間を互いに連続する出来事間の関係と定義し、急ぎの感覚、タイミングの良さや時期尚早の感覚を例に挙げていました(03章)。行き着く先に点が置かれていれば、今はそこまでの道のりのどこかになり、早い、遅い、間に合う、という感覚が生まれる、と読めます。
第二に、アウシュラが主導のNiに書いた最も適切な瞬間を選ぶ技能です(03章)。点が置かれていれば、今がその時かどうかを測ることができます。動くか退くかの選び分けは、点の置き方から出てくるものとして読むことができます。
第三に、ユングの内向的直観型は、見たものの意味を問い、自分と自分の生を象徴的なものにするとされていました(02章)。1つの点が対象の意味を背負う、という読みとよく重なります。イェルマークが、可能性そのものではなく可能性どうしの関係をNiの情報としたこと(07章)も、点と点のつながりを見る知覚として読むことができます。
隣の3つの要素のイメージ
同じ読み方で、13章で比べた隣の3つの要素のもとにあるイメージも、次のように整理できます。いずれも、当サイトの読みです。
- Neのもとにあるイメージは、1つの対象のまわりに観測点をいくつも置いたまま、どれか1つに決めないことです。対象はまだ何にでもなりうる状態のまま残り、それを言葉にすると可能性になります。
- Siのもとにあるイメージは、対象に何も足さず、あるものをあるままに感じ取ることです。いちばん近くにある、あるがままのものは自分の体なので、それを言葉にすると体調になります。あるままに保つことを言い換えれば、保存や安定になります。
- Seのもとにあるイメージは、向きと量を持った力、つまりベクトルを持っていることです。その量を言葉にすると力、力の及ぶ範囲を言えば場や影響圏、相手の向きを自分の向きに従わせれば支配になります。
保存する知覚と、推し進める知覚
4つを並べると、NeとSiは対象をそのまま残しておく「保存する知覚」、NiとSeは対象を1つの方向へ進める「推し進める知覚」に分かれます。Niは推し進める知覚の側です。Neは観測点を開いたまま対象を残し、Siは何も足さずに対象を残します。一方、Niは終点を置き、Seは始点から押します。
NiとSeは、2つそろって1つの働きになります。終点を置いただけでは、まだ1つの位置にすぎません。始点から押すSeがそろって、はじめて1本の向きを持った動きになる、というのが当サイトの読みです。この組は、04章で見た果敢の側(ベータとガンマ)と重なります。
推し進める知覚は、保存する知覚とぶつかるところも持っています。Neに対しては、終点が決まって1点に向いていると、その反対側にあるほかの可能性は見えにくくなります。逆に、観測点を開いたまま止まっていると、向かう先が1本に決まりません。
Siに対しては、意味を与えて点を置こうとすると、ありのままに向くことができなくなります。逆に、ありのままのものを見ているだけでは意味が与えられず、終点が置けません。どちらが正しいかではなく、前提が違うために、相手の状態がしんどく見える組だと読んでいます。
言葉の出方としてのNi
このイメージからは、Niが言葉にどう出るかについても、1つの見立てが出てきます。多くの見方がありうるものを1つに集めて点を置くので、Niは「〇〇は、つまり△△なんです」という、1つの意味へ言い切る言い方に出やすいと当サイトは見ています。
例えばお金について話すとき、Siのように「お金って紙だよね」とあるままを言うのではなく、「お金は、詰まるところ力なんです」のように、それが何を意味するかへ置き換えて言う形です。Neの「〜かもしれない」「〜とも考えられる」が可能性を削らずに残す言い方なのに対し、Niの言い方は、多くの意味を1つへ集める言い方として見分けられる、ということです。
イェルマークは、予見、危険、啓示、懐疑、「いま」「当時」といった語が出来事の意味を担うと書いていました(07章)。これは、Niの情報が特定の語に出るという点で、この見立てと近いところにあります。ただし、言い切る言い方は、Seの意志の表明や、判断の要素からも出てきます。1つの言い方だけでNiと決めることはできず、ほかの要素の言い方と比べて初めて見分けられる、というのが当サイトの考えです。
小括
当サイトの読みでは、Niのもとにあるイメージは、対象に意味を与えて、行き着く先に点を1つ置くことです。点を置くと前と後ができ、それを言葉にしたものが、研究者の時間、出来事、予感、タイミングという語だと考えています。
このイメージで並べると、NeとSiは保存する知覚、NiとSeは推し進める知覚に分かれます。研究者の語がばらばらに見えても、もとのイメージは1つだという読みです。これは研究者の定義ではなく、当サイトの見立てとして置きます。
17内向直観(Ni)とは何か
ここまで見てきたものを、当サイトの責任でまとめます。新しい引用は置きません。確からしさは、研究者章の引用より一段低くなります。最後は、「内向直観(Ni)とは、詰まるところ何なのか」に落ち着けます。
反復して現れる記述
Niについて、研究者を横断して反復される記述は5つです。時間、つまり出来事どうしのつながりの知覚であること。その情報が、いまが流れのどのあたりかという感覚として受け取られることです。
また、挑むときも待つときも含めて、行動の時機を選ぶこと。出来事の経過の型から、先を見通すこと。そして、いまの現実や体の感覚から離れやすいことです。
このうち第一は、ここで取り上げた研究者がほぼそろって書いています。アウシュラは「連続する出来事間の関係」、フィラトワは「時間の中での出来事の流れ」、カルペンコは「岸のない流れ」と書きました。イェルマークは「出来事」、エグリトは「変化どうしの相互関係」、ブカロフは「バリアントの時間的展開」と呼びましたが、どれも時間の言い換えです。語は研究者ごとに違いますが、レイニンを除けば、Niの中心はここで揺れていません。
隣の要素との違いで見ると
13章では、隣の3つの要素と比べてNiの輪郭を見ました。Neと比べると、Niは「何がありうるか」ではなく、「いつ、どうつながって起こるか」の知覚です。カルペンコの静的と動的、イェルマークの可能性と出来事、エグリトの性質と相互関係が、この区別を書いています。
Siと比べると、Niはいまの状態ではなく、いまが前後とどうつながっているかの知覚です。アウシュラの時間と内的状態、ストラティエフスカヤの直観型と感覚型、グレンコの身体感覚の喪失が、この区別を書いています。
そしてSeとは、いまの力と時間の流れとして反対でありながら、果敢の側で組になります。ユングの抑圧された外向的感覚とフィラトワのナポレオンとクトゥーゾフが対の面を、レイニンの果敢(ベータとガンマ)が組の面を書いています。
確定しない点
まず、Niの中心を時間の語で書くか、内側の状態の語で書くかは確定していません。ほとんどの研究者は時間を中心に置きますが、レイニンは内的な調和、状態、気分を定義の先頭に置き、時計の時間や予定の順序をNeの側に置いています。
また、情報の出どころも確定していません。ユングとフィラトワはNiを内側の像や想像として書きますが、グレンコはTの状態で情報は外から来ると書いています。フィラトワが紹介した研究のように、Niの中に空想の面と時間の感覚の面の2つを分ける見方もあります。
さらに、ILIの予見の明るさは、研究者によって逆向きに説明されています。アウシュラとフィラトワは悲観の側から、イェルマークは肯定的な見通しの得意さの側から書いています。
Ni像の要約
文献上のNiは、出来事どうしのつながり、つまり時間の流れの知覚です。1つ1つの出来事ではなく、それがどこから来てどこへ向かうかに目が向きます。その情報は、急ぎ、時期尚早、予感といった、いまが流れのどのあたりかという感覚として受け取られます。
そのため、Niを強く持つ人は、行動の時機を選び、出来事の経過から先を見通すことができるとされます。待つべきときには待ち、挑むべきときには挑みます。一方で、目の前の現実や体の感覚からは離れやすく、外からはぼんやりした人に見えることもあります。
また、先を見通すことだけで、いまの力を動かすことはできません。いま目の前にある力を感じて動かすのはSeの役目で、フィラトワのナポレオンとクトゥーゾフのように、NiとSeは対にして書かれています。これが、研究者章を通して浮かび上がる像です。
内向直観(Ni)とは、詰まるところ
いろいろな研究者の書き方を見てきましたが、最初の一般像(01章)からそう遠くには行きません。時間、流れ、先の見通し、タイミング—ここは研究者をまたいで残ります。言い直したいのは2つです。「未来予知」というより、出来事のつながりから、物事がたどる経過を感じ取る。「待つだけ」というより、挑むときも待つときも含めて、時機を選ぶ。目の前のことから離れやすい点は、一般像のとおりです。
かみ砕いて言えば、Niは、目の前の出来事が「どこから来て、どこへ向かうか」に目が向く知覚です。出来事を1つずつ見るより、それらのつながりや流れが気になります。そのため、いまが早すぎるのか遅すぎるのか、ちょうどその時なのかを感じ取り、同じ誤りがくり返されそうなときには、それを前もって警告したくなります。ですが、いまある力を押して形にすることや、目の前の体の調子に気を配ることは、Niの得意なところではありません。流れの中で先が見えていることが、Niを強く持つ人の落ち着きのもとになる、と当サイトは読んでいます。
少なくとも、これだけは研究者をまたいで残ります。出来事どうしのつながりに目が向く。いまが流れのどのあたりかを感じる。時機を選ぶ。経過の型から先を見通す。Niは、おおよそそういう要素です。
18引用と記述の方法
引用を用いる理由と範囲
ソシオニクスの文献では、同じNiについて、研究者ごとに呼び名も定義の語も観測の角度も違います。違う記述を1つの要約にまとめると、どの研究者も書いていない「平均像」ができあがります。要約には書き手の解釈が混ざるため、研究者の記述は逐語の引用で示します。
引用は、本文で設定した論点の検討に必要な範囲にとどめます。そのうえで、当サイトの本文がその出典関係・記述の差異・適用範囲を分析します。各引用の位置づけの説明、各章末の小括、11章の横断比較、12章のMBTIとの比較、13〜15章の各論が、このページの本文の役割です。
また、11章の横断比較や14章の読み違いの整理など、本文の分析には当サイトの判断が入ります。16章は当サイト独自の整理で、17章はその延長で記事全体の資料をまとめ直す独自の統合です(位置づけは章の冒頭でも明示します)。
引用の逐語性と翻訳
引用の訳文は当サイトによる訳出です(ユングはドイツ語原著の英訳版から、エグリトは学派が公開する露語版から訳出しています)。底本の綴りは各引用の「原文を表示」で確認できます。
底本は、研究者本人の著書と機関誌論文を主とします。原文は、各引用の下の「原文を表示」に格納しています。なお、原文には誤字が残る可能性があることをあらかじめお伝えしておきます。
引用の位置づけも明記します。本ページの引用は、公表された著作物からの、批評・研究を目的とする引用です。引用部は引用ブロックで明瞭に区分し、すべてに出所を番号つきで明示しています。
また、索引には著者・資料名と、確認できた範囲の刊行年・初出・該当箇所を掲載し、出所に留保が要る資料は注記で示します。本文と引用の関係は、本文の分析が主で、引用は各論点の根拠として示す資料です。出典・掲載についての指摘があれば対応します。
引用への編集操作
引用への編集操作は、次の3点に限ります。第一に、タイプ愛称の置換です。ソシオニクスの原典には、16タイプを著名人の名で呼ぶ愛称が頻出します。当サイトはタイプをコード表記(ILE、SEIなど)で統一しているため、引用内の愛称は「ILI〔原文: バルザック〕」の形式で置換します。
第二に、タイプ略号と研究者名のラテン文字への統一です。第三に、引用内の要素記号への要素コードの添え書きです。原文で要素記号が入る箇所には、記号のあとに要素コードを添えます(例: △〔Ni〕)。
一方、要素の名称には手を加えません。Niは研究者によって「内向的直観」「白い直観」「時間の直観」「時間直観」「出来事」「T」などと呼ばれ、名前も記号も体系ごとに違います。そのため、引用内の名称はそのまま残し、対応は各研究者章の冒頭で示します。本文では、当サイトの名称である内向直観(Ni)で統一します。
索引の使い方
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- [1]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章「内向的直観型」 原文欄はベインズによる英訳 本文へ
- [2]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [3]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 内向的直観型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [4]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 内向的直観 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [5]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 内向的直観型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [6]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年)第4章「IM要素の記号体系」 本文へ
- [7]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) 「関係の知覚の四つのアスペクト」の節 本文へ
- [8]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) 「関係の知覚の四つのアスペクト」の節 本文へ
- [9]アウシュラ『ソシオニクス 心理タイプ・テスト』(原題:Соционика: Психотипы. Тесты、1998年) IEI章 本文へ
- [10]アウシュラ『ソシオニクス 心理タイプ・テスト』(原題:Соционика: Психотипы. Тесты、1998年) IEI章 本文へ
- [11]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [12]アウシュラ『ソシオニクス 心理タイプ・テスト』(原題:Соционика: Психотипы. Тесты、1998年)書簡 №1 本文へ
- [13]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年)第1講 底本は英語版 本文へ
- [14]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年)第1講 底本は英語版 本文へ
- [15]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010年)第2講「16タイプ」IEI節 底本は英語版。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [16]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010年) 底本は英語版 本文へ
- [17]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Соционика: Типология. Малые группы、2010年) 底本は英語版 本文へ
- [18]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 理論編 刊行年は底本(露語電子テキスト)に記載がなく未確認 本文へ
- [19]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 IEI章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [20]Stratiyevskaya『お別れしないために』(刊年不詳) 本文へ
- [21]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 EIE章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [22]Stratiyevskaya『お別れしないために』(刊年不詳) 本文へ
- [23]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年)第II部 本文へ
- [24]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001年) 本文へ
- [25]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年) IEI章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [26]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年)第II部第3章 本文へ
- [27]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年)第III部 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [28]Yermak「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(原題:Взаимодействие психики человека с окружающим миром. Аспектная структура информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(1997年) 出典リンク 本文へ
- [29]Yermak「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(原題:Взаимодействие психики человека с окружающим миром. Аспектная структура информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1997年) 出典リンク 本文へ
- [30]Yermak「ソシオニクスにおける範疇〈時間〉」(原題:Категория «время» в соционике)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(2007年) 出典リンク 本文へ
- [31]Yermak, Roslankina『人を理解することを学ぶには』(2005年) 本文へ
- [32]Karpenko「世界のアスペクト知覚」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1995年) 出典リンク 本文へ
- [33]Karpenko「世界のアスペクト知覚」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1995年) 本文へ
- [34]Karpenko「世界のアスペクト知覚」(原題:Восприятие аспектов мира)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1995年) 本文へ
- [35]Karpenko「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」(原題:О ранжировании квадр по аспектам информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2002年) 出典リンク 本文へ
- [36]Karpenko「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2002年) 本文へ
- [37]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [38]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [39]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年) 16タイプ編 ILI 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [40]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [41]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [42]Bukalov「社会歴史過程のモデル化(続き)」(原題:Моделирование социально-исторических процессов (окончание))『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №2(2011年) 出典リンク 本文へ
- [43]Bukalov「職業的成功とソシオニクス・タイプ」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2024年) 出典リンク 本文へ
- [44]Eglit『ソシオニクス的自己観察の基礎』(原題:Основы соционического самонаблюдения、刊年不詳) 底本はシステム・ソシオニクス学派(School of System Socionics)公式サイトのロシア語原文。引用本文はその当サイト訳。刊行年は底本に記載がなく未確認 出典リンク 本文へ
- [45]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第3章 底本は1995年版(Davies-Black Publishing)。引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [46]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第1章 底本は1995年版(Davies-Black Publishing)。引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [47]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第8章 図31 底本は1995年版(Davies-Black Publishing)。引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [48]マイヤーズほか『MBTI Manual』(原題:MBTI Manual: A Guide to the Development and Use of the Myers-Briggs Type Indicator、1998年)第3章 表3.1 第3版(CPP)。共著者は McCaulley, Quenk, Hammer。引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [49]マイヤーズ&ブリッグス財団『The Processes of Type Dynamics』(刊年不詳) 「The Eight Dominant Processes」 財団公式サイトの解説ページ(2026年7月31日取得)。引用本文は英語原文からの当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [50]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第9章「内向的直観型 INTJ と INFJ」 底本は1995年版(Davies-Black Publishing)。引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [51]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第9章 INTJ 底本は1995年版(Davies-Black Publishing)。引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [52]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第9章 INFJ 底本は1995年版(Davies-Black Publishing)。引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [53]マイヤーズほか『MBTI Manual』(原題:MBTI Manual: A Guide to the Development and Use of the Myers-Briggs Type Indicator、1998年)第4章 INTJ 第3版(CPP)。共著者は McCaulley, Quenk, Hammer。引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [54]マイヤーズほか『MBTI Manual』(原題:MBTI Manual: A Guide to the Development and Use of the Myers-Briggs Type Indicator、1998年)第4章 ENTJ 第3版(CPP)。共著者は McCaulley, Quenk, Hammer。引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [55]マイヤーズ&ブリッグス財団『The Processes of Type Dynamics』(刊年不詳) 「What does the Inferior process look like when activated?」 財団公式サイトの解説ページ(2026年7月31日取得)。引用本文は英語原文からの当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [56]Karpenko「「静態-動態」特性、グラフィックと描画テストにおいて」(原題:Признак «статика-динамика» в графике и рисуночных тестах)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №3(2016年) 出典リンク 本文へ
- [57]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) 「関係の知覚の四つのアスペクト」の節 本文へ
- [58]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [59]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001年) 本文へ
- [60]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 理論編 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [61]Stratiyevskaya『お別れしないために』(刊年不詳) 本文へ
- [62]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001年) SLE章 本文へ
- [63]Gulenko『64の肖像』(2019年) 16タイプ編・モデルG「顕示機能」 底本は英語版 本文へ
- [64]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 SEI章 第3ポジション 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [65]Karpenko「世界のアスペクト知覚」(原題:Восприятие аспектов мира)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1995年) 本文へ
- [66]Stratiyevskaya『お別れしないために』(刊年不詳) 本文へ
- [67]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 SLE章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [68]Stratiyevskaya『お別れしないために』(刊年不詳) 本文へ
- [69]Stratiyevskaya『お別れしないために』(刊年不詳) 本文へ
- [70]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) ILE章 本文へ
- [71]Stratiyevskaya『お別れしないために』(刊年不詳) 本文へ
- [72]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 LII章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [73]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 IEI章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [74]Yermak「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(原題:Взаимодействие психики человека с окружающим миром. Аспектная структура информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1997年) 出典リンク 本文へ
