外向感覚(Se) 超詳細解説
ソシオニクスの8つの情報要素の1つ・外向の感覚・力の感覚
情報要素の外向感覚(Se)を、ソシオニクスの研究文献からの引用をもとに解説する長編です。対象は、ユングの『心理学的類型』と、創始者のアウシュラ・アウグスティナヴィチューテ(Aushra Augustinaviciute)の著作です。さらに、レイニン、ストラティエフスカヤ、フィラトワ、イェルマーク、カルペンコ、グレンコ、ブカロフ、エグリトの記述を扱います。同じSeを、研究者ごとにどう呼び、何として定義したかを引用で示し、そのあとでMBTIの外向的感覚との重なりと違い、Si・Ne・Niとの違い、当サイト独自の整理を分けて置きます。研究者をまたいで残るのは、Seが今働いている力と、それを向ける意志の知覚だという点です。
先に結論を知りたい方は、11章「研究者間で残る中核と食い違い」をご確認ください。
引用の扱い方(逐語性、訳出の方針、編集操作、索引の使い方)は、末尾の「引用と記述の方法」にまとめています。
01外向感覚(Se)は一般にどう言われているか
外向感覚(Se)は、一般には、ソシオニクスの8つの情報要素のうち「力」を扱う要素と説明されます。「力の感覚」「黒い感覚」とも呼ばれ、行動力や意志、影響力、その場の力関係に目が向く要素だとされます。
よく言われるのは、その場で誰が力を持っているかを素早く読み、押すか引くかを決めるという像です。交渉では強気に条件を通し、勝負どころでは引かず、決めたらすぐに動きます。目の前の現実に、自分の手で直接働きかけるところまでが、Seの説明に含まれます。
一方で、先の見通しを立てることや、決まらないまま待つことは苦手と言われます。押しが強すぎて周りとぶつかる、考えるより先に動く、と見られることもあります。
同じ感覚の内向感覚(Si)とは、Siは自分の体の心地よさを整え、Seは外の世界に働きかけて動かす、と対にして説明されるのが定番です。また、MBTIの側では、「五感で今この瞬間をとらえる機能」という説明が前に出ます。おおよそ、これが一般に言われている像です。
タイプ別によく挙げられる例もあります。Seを1番の主導機能に持つSLE(ESTP)やSEE(ESFP)は、リーダーや交渉に強い人として紹介されます。括弧の中は、MBTIで近いとされるタイプの表記です。また、Seが4番の脆弱機能に入るLII(INTP)やEII(INFP)は、圧力をかけられる場面や押し合いを負担に感じやすいと言われます。
この像は、あとで見る研究者の記述がところどころ切り出されて広まったものです。力、意志、影響力、という中心はたいてい合っています。ですが、研究者ごとに呼び名も観測の角度も違い、「攻撃的」「今この瞬間」が定義そのものに書かれているわけではありません。このページでは、02章から研究者の記述を順に見て、17章でこの一般像のどこがそのまま残り、どこが言い直されるかに戻ります。
読この記事の読み方
想定読者は、外向感覚(Se)の解説ページや8つの情報要素を読み終えて、出典まで確かめたい人です。長いページですが、読み方は単純です。各章で研究者の記述を引用で示し、そのすぐ下に当サイトの読み方(何が共通し、どこが違うか)を書きます。
流れは、01章が一般に言われている像、02章がユングの外向的感覚、03〜10章が研究者別の記述(このページの中心)、11章が横断比較、12章がMBTIの外向的感覚との比較です。続く13〜15章が各論(Si・Ne・Niとの違い、よくある読み違い、モデルAの位置)で、16章が当サイト独自の整理、17章が「外向感覚(Se)とは、詰まるところ」のまとめです。引用には初出順の番号が付き、押すと巻末の索引へ飛び、索引から本文へ戻れます。引用の扱い方(逐語性、訳出、編集操作)は末尾の「引用と記述の方法」にあります。
ページ冒頭の「コピーしてAIで要約!」を押すと、要約用の指示文とこのページの本文がクリップボードに入ります。AIに渡すと、要約のほか、引用の意味を聞く・研究者ごとの違いを整理させる・Si・Ne・Niとの違いに絞って読み直す、といった使い方ができます(長すぎるときは、章を分けて渡すと扱いやすくなります)。
02ユングの外向的感覚
Seの出発点は、ユングが『心理学的類型』で書いた外向的感覚です。ソシオニクスの研究者は、この記述を読んだうえでSeを定義し直しています。そのため、先にユング本人の記述を確認します。
対象に条件づけられる感覚
ユングは、外向の感覚をまず次のように定義しています。
外向的態度における感覚は、きわめて明確に、対象によって条件づけられる。(中略)感覚は、対象による規定を優先する。そして、最も強い感覚を引き起こす対象が、その人の心理にとって決定的になる。その結果、対象への感覚的な強い結びつきが生じる。したがって感覚は生命的な機能であり、最も強力な生命本能を備えている。(中略)機能としての感覚の唯一の価値の基準は、対象の性質によって条件づけられた感覚の強さである。
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Sensation, in the extraverted attitude, is most definitely conditioned by the object〔中略〕Sensation has a preferential objective determination, and those objects which release the strongest sensation are decisive for the individual's psychology. The result of this is a pronounced sensuous hold to the object Sensation, therefore, is a vital function, equipped with the potentest vital instinct〔中略〕As a function its sole criterion of value is the strength of the sensation as conditioned by its objective qualities.
言い換えると、外向的感覚は、感じるものを対象の側に決められる感覚だということです。最も強い感覚を引き起こす対象が、その人の心の中で決め手になり、機能としての価値は感覚の強さだけで測られます。つまり、ユングの外向的感覚が受け取っているのは、対象から来る刺激の強さ、対象の力の大きさです。
ユングはこの感覚を「生命的な機能」と呼び、最も強力な生命本能を備えていると書いています。強いものに強く結びつくという性質は、このあと見るソシオニクスの研究者の「力」や「意志」の語へつながっていきます。
対象をつかみ、形づくる行為
ユングは、外向的直観型の節で、感覚と直観を比べながら、優位に置かれた感覚についてこう書いています。
感覚は、優位に置かれたとき、対象にとってそれ以上の意味をもたないたんなる反応の過程ではなく、ほとんど対象をつかみ、形づくる行為である。
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as sensation, when given the priority, is not a mere reactive process of no further importance for the object, but is almost an action which seizes and shapes the object
つまり、感覚が優位になると、受け取るだけの反応ではなく、対象をつかんで形を変える行為になるということです。外の対象に向く知覚でありながら、対象のほうへ力をかける側に立つ、という書き方です。
ここは、Seを「五感で感じ取ること」とだけ説明する一般像では落ちやすいところです。ユング自身が、優位な外向的感覚を、対象に働きかける行為として書いています。この点は、16章で扱う当サイト独自の整理とも関わります。
触知できる現実
外向的感覚型の人物像の中で、ユングは、この型が現実とどう付き合うかを書いています。
触知できる現実は、どんな状況でも彼にひと息つかせる。(中略)彼の理想は現実そのものである。(中略)彼は観念にかかわる理想をもたないので、物事と事実の現実に敵意を向ける根拠をまったくもたない。
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Tangible reality, under any conditions, makes him breathe again.〔中略〕His ideal is the actual〔中略〕He has no ideals related to ideas he has, therefore, no sort of ground for maintaining a hostile attitude towards the reality of things and facts.
上の引用の要点は、外向的感覚型にとって、手で触れられる現実がいつも支えになるということです。理想は現実そのもので、観念の上の理想を持たないので、物事と事実の現実に逆らう理由がありません。
外向的感覚型は、今ここにある現実の側に立つ、ということです。レイニンの「ここと今」(04章)や、フィラトワの外向感覚型が周りの空間の主人として書かれること(06章)は、この線の上にあります。
小括
ユングの外向的感覚は、対象に条件づけられた感覚で、価値の基準は対象から来る感覚の強さです。優位に置かれると、対象をつかみ形づくる行為になり、その型の人は触れられる現実の側に立ちます。
「強さ」「対象への働きかけ」「今ここの現実」の3つは、このあと見るソシオニクスの研究者のSeの記述に、語を変えて引き継がれています。一方、ユングが外向的感覚の例に挙げた味や色や享受は、ソシオニクスでは多くがSi(内向感覚)の側で書かれるようになります。その分かれ方は11章と13章で見ます。
03アウシュラの記述
創始者のアウシュラのSeの記述は、主に『ソシオニクス入門』にあります。この本で、Seは黒い感覚と呼ばれる知覚のアスペクトとして定義され、ブロックやタイプの節ではそれが人物像として書かれています。
読むときの注意を1つだけ置きます。アウシュラの機能の番号は今のサイトと違うため、番号を含まない一節を選んでいます。引用の中の「アスペクト」は、ここでは情報要素とほぼ同じ意味です。
定義: 対象の「運動エネルギー」
アウシュラは、Seにあたるアスペクトを次のように定義しています。
対象の「運動エネルギー」と呼べるものについての情報が知覚される。たとえば、人間の外的組織性についての情報、その身体的・エネルギー的データ、自分の意志を使いこなし、地位・立場を利用し、自分の意志を他の人々の意志に対置する能力についての情報である。この知覚は、このまたはあの人間が「運動エネルギー」のどのような蓄えをもっているか、そしてどれだけ仕事において有用でありうるかを見る能力を与える。
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Воспринимается информа- ция о том, что можно назвать «кинетической энер- гией> объектов, например: информация о внешней организованности человека, его физических и энер- гетических данных, умении пользоваться своей во- лей, служебным положением, противопоставлять свою волю воле других людей. Это восприятие.дает способность видеть, какими запасами «кинетичес- кой энергии> отличается тот или иной человек и насколько он может быть полезным в деле.
上の引用にある運動エネルギーは、物理学で、今まさに動いている物体が持っているエネルギーのことです。言い換えると、アウシュラのSeは、人や物が今持っていて、実際に使える力の知覚だということです。
アウシュラのSeは、まず力と意志の量を見積もる知覚として書かれています。
主導的なときの姿
このアスペクトが主導的、つまり最も強く使われるときの人物像を、アウシュラは同じ箇所で書いています。
この知覚のアスペクトが主導的であるとき、人間は意志的資質によって際立つ。あらゆる新しい事業の優れた組織者であり、人々を目標達成のために動員する能力を有し、生きたものも生きていないものも管理し統御することができる。物を扱うことに長け、手元にある実例によってほぼいかなる物品も再現することができる。ここに彼の物質の組織化の能力が現れている。こうした人々は自分の意志、エネルギー、力の実現への志向、他者の意志を自分に従属させようとする志向によって際立っている。
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Когда этот аспект восприятия является веду- шим, человек отличается волевыми качествами. Он отличный организатор любого нового дела. Отли- чается способностями мобилизации людей на дости- жение цели, умеет пользоваться и управлять оду- шевленными и неодушевленными предметами. Умеет обращаться с вещами, воспроизводить по имеющимся примерам почти любые предметы. В этом проявляется его способность к организации материи. Такие люди отличаются стремлением к реализации`своей воли, энергии, сил, стремлением ›к подчинению своей воле воли других.
つまり、Seを主導にする人は、意志の強さで目立ち、人を目標へ動員し、人も物も使いこなすということです。新しい事業の優れた組織者で、手本があればたいていの物を作り直せるともされます。
アウシュラは、Ne(外向直観)を主導にするILEを「研究者であって、組織者ではない」と書いています(15章で引きます)。ここでの組織者が、その反対側の、力を動員する側です。最後の一文にある「他者の意志を自分に従属させようとする志向」も、このあとストラティエフスカヤやグレンコの記述に、ほぼ同じ形で出てきます。
記号 ● の由来
アウシュラは、黒い感覚の記号を黒く塗った円にした理由を、こう書いています。
黒い感覚は ●〔Se〕 で表した—これは外的世界全体との最も完全な接触の印象を生む図形である。
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Черную сенсорику мы обозначили ® — фигурой, которая создает впечатление наиболее полного соприкосновения со всем внешпим миром.
言い換えると、●は、外の世界とすき間なく触れている印象を表す図形として選ばれたということです。中まで塗りつぶされた円は、外と内の境目を持たない形です。
カルペンコは、この記号を「重い、弾力のあるボール」とたとえ、内側から外の世界を見る○(Si)と比べています(08章)。記号の形そのものが、Seの説明に使われ続けてきたことになります。
力・美しさ・意志が関係を決める
アウシュラは、Seと内向論理(Ti)を組にしたブロックで、Seが人との関係にどう表れるかを書いています。
外向のブロックでは、対象の特性と状態が、他の対象との一定の関係の原因になる。ブロック ●(Se)□(Ti)では、対象そのものの特性、その力、美しさ、意志が、それに対する肯定的あるいは否定的な関係、たとえば尊敬や軽蔑の原因になる。つまり、自分に対する関係を変えたい者は、自分の特性を変えなければならない。
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В экстравертных блоках свойства и состояния объекта являются причиной определенных отноше- ний с другими объектами. Для блока ФГ свойства самого объекта, его сила, красота, воля являются причиной положительного или отрицательного от- ношения к нему. Допустим, уважения или прене- брежения: тот, кто хочет изменить отношение к се- бе, должен изменять свои свойства.
引用の●はSe、□はTiです。言い換えると、このブロックでは、相手の持つ力や美しさや意志そのものが、尊敬するか軽蔑するかの元になるということです。自分への見られ方を変えたければ、自分の特性を変えるしかない、とアウシュラは書いています。
アウシュラのSeでは、関係も対象の力から決まる、ということです。また、力と意志に並んで「美しさ」が入っていることにも注意が要ります。外見を力と同じ知覚に入れるかどうかは、研究者によって扱いが分かれます(11章)。
脅しでは屈しない
ILEの記述の補足で、アウシュラは、SeとTiを主導の組に持つSLEについても書いています。
そのため通常は興奮的だが安全な状況や、危険が過ぎた後にのみ情動的になる。これと似た性質を感覚論理外向ももつ。だから、この二つの情報代謝タイプは、脅しで屈することが決してない。恐怖の種を与える者は、彼らの活動性を動員させるだけだ。
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похожими свойствами от-〔中略〕личастся СЕНСОРНО-ЛОГИЧЕСКИЙ ЭКСТРА- ТИМ)〔中略〕Вот почему оба эти типа ИМ никак нельзя взять испугом. Тот, кто дает по- вод для страха, лишь мобилизует их активность.
上の引用にある「二つの情報代謝タイプ」は、ILEとSLEのことです。つまり、SLEは脅されても屈せず、恐怖の種はかえって活動性を動員させるということです。
圧力がかかると止まるのではなく、動きが増える、という観察です。外からの力に、自分の力で応じることが、SLEの反応の形として書かれています。グレンコの「打撃を加えるか反撃する準備」(09章)と、ほぼ同じ方向です。
小括
アウシュラのSeは、対象の運動エネルギー、つまり今働いている力と意志の知覚です。その人がどれだけの力を持ち、他人の意志にどれだけ自分の意志を対置できるかが、最初の例になっています。
人物像では、意志の強さ、事業の組織と人や物の統御、力と美しさで決まる関係、脅しに屈しない反応が書かれます。ユングの外向的感覚の「強さ」が、ここでは他人の意志と向き合う力の語に置き直されています。
04レイニンの記述
レイニンのSeの記述は、主に『ソシオニクス: 類型論・小集団』にあります。レイニンはSeを黒い感覚と呼び、要素の定義を短い語の列で書いています。そのうえで、タイプの節では一人称の「存在原理」として書いています。
定義: 形、行動、外見、意志
レイニンは、黒い感覚を次のように定義しています。
黒い感覚。それは形、行動、運動、行為、外見、身振り、表情。それは人の意志である。
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Objective sensoring. It is the form, the action, the motion, the act, the appearance, the gestures and the mimics. It is the person’s will.
上の引用で目を引くのは、形、運動、外見、身振り、表情といった、目に見える形の語が先に並んでいることです。最後に「人の意志」が置かれています。
言い換えると、レイニンのSeは、対象の目に見える形と動きと、それを動かす意志の知覚だということです。ほかの研究者が力と意志から書き始めるのに対し、レイニンは形から書き始めています。一見すると、Si(内向感覚)の説明と近く見える並びです。
SLE:「我は活動する、ゆえに我あり」
レイニンの定義の意味は、タイプの節でよりはっきりします。Seを主導に持つSLEの節で、レイニンはこう書いています。
存在の原則:「我は活動する、ゆえに我あり」。彼の人生原則は、外的形態の恒常性、自分の外見と行動への自信である。SLE〔原文: ジューコフ〕の行動を批判する者は、彼の攻撃を経験することになるかもしれない。彼らは語の完全な意味でワーカホリックである。SLE〔原文: ジューコフ〕はじっと座っていられない。所与の状況下では静止しているべきときでさえ、彼らは活動している。(中略)働いているSLE〔原文: ジューコフ〕は、自身のエネルギーを惜しむことなく、自分のすべてを仕事に注ぎ込む。彼は権威主義的で意志の強いタイプであり、他者を従わせる能力をもち、また同時に厳格な構造(軍務など)の中で働くときには服従することもできる。
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the principle of existence: “I am active, therefore I exist”. His life’s principles are constancy of the external form, confidence in his appearance and actions. Those who criticize a Zhukov's actions may experience his aggression. They are workaholics in the full sense of the word. A Zhukov just can’t sit still. They are active even when they should be still in the given circumstances.〔中略〕A working Zhukov gives all of himself to a business never sparing his energy. It is an authoritative, strong-willed type, able to make others submit; also he can obey when working in rigid structures (army service, etc.).
つまり、SLEの存在原理は「我は活動する、ゆえに我あり」で、静止しているべきときでさえ動いているということです。外的な形態の恒常性と、自分の外見と行動への自信が、この型の人生原則だとされます。
後半では、SLEは意志の強いタイプで、他者を従わせる力を持ち、厳格な構造の中では自分が従うこともできる、と書かれています。レイニンのSeでも、中心にあるのは行動と、他者を従わせる力です。
SEE: 行動の人
Seを主導に持つもう一方のタイプ、SEEの節でも、同じ形が出てきます。
行動、行為、外見が彼の自信の領域にある。SEE〔原文: ナポレオン〕は行動の人である。彼は次のような存在原理を有する—「私は行動する、ゆえに私は存在する」、また「私には誰も教えなくてよい、私は何をすべきか知っている」。しばしばこのタイプは考える前に何かをする。「まず敵と交戦し、その後で何が起こるかを見ろ」「戦争は計画を明らかにする」のような軍事的格言は、計画と行動の二分法に対するSEE〔原文: ナポレオン〕のアプローチを非常によく特徴付ける。彼らの手は頭が考えるよりも速く動く—彼らは結果に対する責任を引き受ける行動の人々である。
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action, deed, appearance are in his zone of confidence. A Napoleon is a man of actions. He has the following principles of existence: “I am active, therefore I exist” and “I do not need anyone to teach me, I know what I am supposed to do”. Often this type does something before he thinks. Military proverbs like "First engage the enemy, then see what happens" and “The war reveals the plan” are very characteristic of a Napoleon's approach to the dichotomy planning vs. action. Their hands move faster than their heads think: they are people of action who accept responsibility for the consequences.
言い換えると、SEEは考える前に何かをする「行動の人」で、行動と外見が自信の領域にあるということです。「まず敵と交戦し、その後で何が起こるかを見ろ」という軍事的な格言が、SEEの計画と行動のとらえ方をよく表すとされます。
SLEとSEEに共通するのは、まず動き、その結果を引き受けることです。レイニンは、これをSeの側から、行動と外見の自信として書いています。
部屋を満たす8人
レイニンは、感覚型と直観型の違いを、小集団の実験の観察から書いています。
感覚タイプは、活動を好むタイプであり、このタイプは「ここと今」に直観タイプ(時間軸に沿って引き伸ばされているように見える)よりも多く存在する。(中略)部屋の中の8人の直観的な人々はほとんど気づかれないが、8人の感覚的な人々は部屋全体を満たし、他者を圧倒する。
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The sensoring type is a type that likes activity; this type is present 'here and now' more than the intuitive type who seems to be stretched along the time axis.〔中略〕the eight intuitive people in a room can hardly be noticed, but the eight sensing people fill the whole room and overwhelm others.
上の引用の要点は、感覚型は直観型よりはっきりと「ここと今」にいて、8人集まると部屋全体を満たして他人を圧倒するということです。この一節は感覚と直観の二分法についてのもので、SeとSiの両方を含みます。
ですが、空間を満たし、他人を圧倒する、という書き方は、ほかの研究者がSeの空間の語で書くことと同じ方向です。存在のしかたそのものが、場所を占める力として観察されている、ということです。
小括
レイニンのSeは、形、行動、外見と、それを動かす意志の知覚です。タイプの節では、SLEの「我は活動する」、SEEの「行動の人」として、まず動いて結果を引き受ける姿が書かれます。
定義に形や外見が並ぶので、一見するとSiの説明に近く見えます。ですが、レイニンの「黒い」は客観の側、つまり対象の側にある形と動きを、外から見て扱う知覚です。体の内側の心地よさを感じるSiとは、同じ形の語でも向きが違います。行き着く先は、対象を動かす行動と他人を従わせる力で、ほかの研究者と同じところにあります。
05ストラティエフスカヤの記述
ストラティエフスカヤのSeの記述は、主に『お別れしないために』にあります。第I部の理論編で要素を定義し、第II部で16タイプを書いています。ストラティエフスカヤの機能の番号は、今のサイトと同じです。
定義: 空間を統制し、影響圏を獲得する能力
ストラティエフスカヤは、Seを意志的感覚と呼び、見出しに「(空間)」と添えて、こう定義しています。
空間を統制し、影響圏を獲得する能力。目的志向性、動員、支配性、規律性、勝利への意志、外的圧力への抵抗と自身の利益の擁護、力による対抗、相手の力と抵抗能力を評価する能力。野心性、権威性、権威主義性、リーダーシップへの志向。
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Способность контролировать пространство и завоевывать сферу влияния. Целеустремленность, мобилизация, властность, дисциплинированность, воля к победе, отпор внешнему давлению и защита собственных интересов, силовое противостояние, умение оценить силу противника и его способность к сопротивлению. Амбициозность, авторитетность, авторитарность, стремление к лидерству.
言い換えると、ストラティエフスカヤのSeは、空間を自分の統制の下に置き、影響の及ぶ範囲を広げる力だということです。
並んでいる語には、攻める側と守る側の両方があります。勝利への意志と、外からの圧力への抵抗が、同じ1つの定義に入っているということです。この点は、イェルマーク(07章)でもう一度見ます。
SLE:「誰が誰を?」
SLEの章では、Seが最も強い特徴として書かれます。
SLE〔原文: ジューコフ〕の注意を占める基本的目印は、形成された社会構造における力の比率と、自身の力の優位性である。換言すれば、生涯を通じて意識的にあるいは潜在意識的に、職業や関心とは無関係に、このタイプの代表者は絶えず自身に問いかけている:「誰が誰を?」と。SLE〔原文: ジューコフ〕の「意志的感覚」のすべては次の側面から考察される:「私が彼らをやるか、彼らが私をやるか」。
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Основной ориентир, занимающий внимание Жукова, — силовое соотношение в сложившейся социальной структуре и собственный силовой приоритет. Иными словами, на протяжении всей своей жизни осознанно или подсознательно, независимо от рода занятий и интересов представитель этого типа постоянно задается вопросом: "кто — кого?". Вся "Волевая сенсорика" Жукова рассматривается в аспекте: "Либо я — их, либо они — меня".
つまり、SLEが絶えず見ているのは、社会の中の力の比率と、自分の力の優位だということです。ストラティエフスカヤは、それを「誰が誰を?」「私が彼らをやるか、彼らが私をやるか」という問いの形で書いています。
アウシュラの「他人の意志に自分の意志を対置する能力」(03章)を、本人が生涯問い続ける問いとして書いたものと読めます。
SLE: 空間の征服
続けて、ストラティエフスカヤは、SLEの空間の扱い方を、日常の場面で書いています。
SLE〔原文: ジューコフ〕にとって空間の征服は最重要の課題であり、しかもそれは彼によって最も自然な、それゆえ必ずしも自覚されない方法で実施される。それが共同キッチンでの余分な場所の奪取であれ、洗濯紐の余分な1メートルであれ、SLE〔原文: ジューコフ〕は自分の代わりに別の誰かがそれをした場合、深く満たされない気持ちになる。このタイプの代表者にとって、自身で空間を埋めることは—最も自然な状態である。
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Завоевание пространства для Жукова — задача первостепенной значимости, причем осуществляется им самым естественным и потому не всегда осознаваемым образом. Будет ли это захват лишнего места на коммунальной кухне или лишнего метра на бельевой веревке, Жуков будет глубоко неудовлетворен, если вместо него это сделает кто-то другой. Для представителей этого типа заполнять собой пространство — самое естественное состояние.
上の引用の要点は、SLEにとって空間の征服は最重要の課題で、しかも本人が気づかないほど自然に行われるということです。共同キッチンの場所でも、洗濯紐の1メートルでも、自分の代わりに誰かが取ると、深く満たされない気持ちになるとされます。
定義の見出しの「(空間)」は、この場面の空間そのものです。ストラティエフスカヤのSeでは、空間を占めることが、力の比率を示すことと同じ意味を持っています。
SEEとSLE: 権力の奪取と、リーダーシップの保持
同じSe主導でも、SEEの章では、SLEとの違いがはっきり書かれます。
簡単に言えば、SLE〔原文: ジューコフ〕にとって自身の現実の権力の感覚が重要であるなら、SEE〔原文: カエサル〕にとっては自発的な承認と信頼が重要である。SLE〔原文: ジューコフ〕にとって権力を奪取することが重要であるなら、SEE〔原文: カエサル〕にとってリーダーシップを保持することが重要である。(中略)SLE〔原文: ジューコフ〕が奪取した影響領域を常に厳格に統制するなら、SEE〔原文: カエサル〕は自分が一般に何らかの空間を奪取したことを必ずしも気づかない。
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Проще говоря, если Жукову важно ощущение его реальной власти, Цезарю важно добровольное признание и доверие. Жукову важно захватить власть, Цезарю важно удержать лидерство.〔中略〕Если Жуков всегда жестко контролирует захваченную сферу влияния, то Цезарь не всегда замечает, что он вообще захватил какое-то пространство.
言い換えると、SLEにとって大事なのは現実の権力の感覚と、それを奪うことで、SEEにとって大事なのは自発的な承認と、リーダーシップを保つことだということです。SLEは奪った影響の範囲を厳しく統制し、SEEは空間を奪ったことに気づかないこともあるとされます。
組み合わさる判断の要素が、SLEはTi(内向論理)、SEEはFi(内向倫理)です。同じSeの力が、システムを率いるために使われるか、人の承認を得るために使われるかで、向かう先が変わる、ということです。
小括
ストラティエフスカヤのSeは、空間を統制し、影響圏を獲得する力です。SLEでは力の比率への絶え間ない問いと空間の征服、SEEでは承認とリーダーシップの保持として書かれます。
定義には、攻める語と守る語が並び、相手の力を見積もる能力も入っています。Seを空間の語で書き、空間を占めることを力の表れとして扱っているのが、ストラティエフスカヤの書き方の特徴です。
06フィラトワの記述
フィラトワのSeの記述は、『ソシオニクスの鏡の中の人格』にあります。フィラトワは、第II部の基本概念の段階で4つの機能型を1つずつ説明し、そのあとの16タイプの記述で、Seを持つタイプを人物として書いています。
外向感覚型: 周りの空間の主人
フィラトワは、Seが優勢な外向感覚型を次のように書いています。
外向感覚型は周囲の空間と、その中にあるすべてのものの主人である。「ここにある周りのものは全部—俺のものだ!」—これが彼の世界感覚である。彼は何においても自分を押し広げ、ますます大きな勢力圏を獲得しようとする。それは物理的な空間でも、権威でも、名声でも、人々への権力でもありうる。彼にとって主要なのは行動である。概して、自分の正しさを強く確信した、決断力のある、押しの強い、精力的な人間で、自分の立場を他人に譲らない。(中略)記号●〔Se〕の名称—意志の感覚。
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Экстравертный сенсорик — хозяин окружающего пространства и всего того, что в нем находится, «здесь все вокруг — мое!» — вот его мироощущение. Он во всем стремится себя распространить, завоевать все большие сферы влияния. Это может быть и физическое пространство, и авторитет, и слава и власть над людьми. Для него главное — действие. Как правило, он человек очень уверенный в своей правоте, решительный, напористый, энергичный, не уступающий другим своих позиций.〔中略〕Название символа — волевая сенсорика.
つまり、外向感覚型は周りの空間とその中のすべての主人で、ますます大きな勢力圏を得ようとするということです。勢力圏には、物理的な空間だけでなく、権威や人々への権力も入ります。
フィラトワは、記号●の名称を意志の感覚としています。ストラティエフスカヤの「影響圏」とフィラトワの「勢力圏」は、同じ力の範囲を指す語です。
SLE: 人生は闘い
16タイプの記述では、SLEとSEEのSeがそれぞれ書かれます。まずSLEです。
人生とは常に闘いであり、能動的な行動であり、力の行使である。そして私は他者とその力を競う用意がある(外向感覚〈Se ●(Se)〉—主導機能)。そのためには力の均衡を正しく計算し、その実現に必要な方向性を組織しなければならない(内向論理〈Ti □(Ti)〉—プログラムの実現=創造機能)—そうしてはじめて勝利することができる。
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Жизнь — это всегда борьба, активное действие, использование силы, и я готов помериться ею с другими (ЧС — программная функция), для этого следует правильно рассчитать баланс сил и организовать нужное направление его реализации (БЛ — реализация программы) — только так можно победить.
上の引用の要点は、SLEにとって人生は闘いで、力の行使であり、他人と力を競う用意があるということです。フィラトワは、ここで主導機能のSeと創造機能のTiを並べ、力の均衡を正しく計算して方向を組織することで勝てる、と書いています。
SEE: 成功あるのみ
次に、SEEです。
SEEは強い人格の持ち主であり、抑えがたく自分の目標を追い求め、いかなる代償を払ってでも常にそれを達成しようとする。彼のモットーは「成功あるのみ、勝利あるのみ!」である。押しが強く、物事を押し通す人間であり、この世界を支配するのは力であり、権力と名声への渇望であると考えている。SEEは常にリーダーであり、野心的で、自分自身と自分の正しさに自信を持っている。(中略)彼は敗北を認めず、困難な状況で取り乱すどころか、かえって奮い立つ。
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СЭЭ — сильная личность, которая неудержимо стремится к своей цели, всегда и во что бы то ни стало старается достичь ее. Его установка: «Только успех, только победа!». Он человек напористый и пробивной, считает, что миром правит сила, стремление к власти и славе. СЭЭ — всегда лидер, честолюбивый и уверенный в себе, в своей правоте.〔中略〕Поражение он не признает, в трудной ситуации не теряется, а напротив — мобилизуется.
言い換えると、SEEは目標を抑えがたく追い、この世界を支配するのは力だと考える強い人格だということです。モットーは「成功あるのみ、勝利あるのみ!」で、困難な状況では取り乱すどころか、かえって奮い立つとされます。
SLEとSEEのどちらでも、フィラトワのSeは、世界を力の比べ合いとして見る構えとして書かれています。アウシュラの「脅しで屈しない」(03章)と同じく、困難や圧力がかえって動きを強める、という観察も共通しています。
小括
フィラトワのSeは、周りの空間と人々への勢力圏を広げようとする意志の感覚です。外向感覚型は空間の主人で、SLEでは人生は力を競う闘い、SEEでは力で勝ち取る成功として書かれます。
Seを「主人」と「勢力圏」の語で書いているのが、フィラトワの書き方の特徴です。感覚の内向と外向を、快適さと力の違いとして分ける記述もあり、それは13章で引用します。
07イェルマークの記述
イェルマークのSeの記述は、主に機関誌の論文「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(1997年)にあります。イェルマークは、情報要素を「アスペクト」と呼び、その名前を1つずつ選び直しながら定義しています。Seのアスペクトの名前は意志です。
空間の本質は力
イェルマークは、Seのアスペクトを、空間とは何かという問いから説明しています。
打つ、殺すとは何を意味するか? それは、力による作用—銃弾やナイフで—身体が占める空間に侵入することを意味する。防弾チョッキとは何か? このような攻撃から身を守る手段である。空間の本質的特性とは何らかの力の特性である、ということになる。(中略)意志(力)的構成要素は、粘り強さ、規律、偉業、目標志向性、動員、剛毅、確固、権力、強制、統制、所有等々のような概念にある。このようにして、空間の主観的特性は、自己の防衛・防御に関連しても、誰かに対する攻撃・侵略に関連しても、何らかの力(意志)の特性と結びついている。
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Что значит поразить, убить? Это значит силовым воздействием – пулей или ножом проникнуть в пространство, занимаемое телом. Что такое бронежилет? Средство защиты от такого нападения. Получается, что существенными свойствами пространства являются некие силовые характеристики.〔中略〕Волевые (силовые) составляющие смысла имеют такие понятия как настойчивость, дисциплина, подвиг, целеустремленность, мобилизация, твердость, стойкость, власть, принуждение, контроль, обладание и т.п. Таким образом, субъективные свойства пространства связаны с некоторыми силовыми (волевыми) характеристиками как в связи с защитой, обороной себя, так и в связи с нападением, агрессией в отношении кого-то.
言い換えると、イェルマークの空間は、力が入り込み、力で守られるものだということです。そこから、空間の本質的な特性は何らかの力の特性だ、という結論が出されています。
つまり、空間の特性は、守ることにも攻めることにも結びついた、力の特性だということです。
辞典の定義: 空間の実体
イェルマークは、翌年の論文「情報流のアスペクト辞典」(1998年)で、このアスペクトを短く定義し直しています。
人間による空間の実体の知覚を反映する。(中略)意味論的に、空間の実体は主観的知覚において、現実または仮想的な力または意志的発現に帰着する。
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отражающий восприятие человеком сущности пространства〔中略〕семантически сущность пространства сводится в субъективном восприятии к реальным или виртуальным силам или волевым проявлениям
イェルマークのSeは、空間がどういうものかの知覚で、それは主観的には力や意志の表れに行き着くということです。引用の「実体」は、ここでは空間の本質という意味の語です。辞典の定義の中では、空間の実体は、力による影響で限られたり分けられたりすることとして説明されています。
イェルマークのSeも、つまりは力の知覚です。空間という語から入っても、行き着く先は力と意志になっています。
発言の中のSe
イェルマークは、人の発言のどこにSeのアスペクトが表れるかも書いています。
「秩序—力によって」(中略)ここではすべて十分に「透明」である: 秩序—これは明らかに何らかの対象または類似のものの何らかの関係—アスペクト「システム」(「構造論理」、□〔Ti〕、L)。力—アスペクト「意志」(「意志的感覚」、●〔Se〕、F)。
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“Порядок – силой “〔中略〕здесь все достаточно “прозрачно” : порядок – это явно некоторое соотношение каких-то объектов или чего-то подобного – аспект “система” (“структурная логика”, , L); сила – аспект “воля” (“волевая сенсорика”, , F).
上の引用は、発言の中のSeとTiの例で、「秩序」はTi、「力」はSeの語として読まれています。言い換えると、イェルマークは、人が「力」「強制」「守る」「押す」を語る箇所に、このアスペクトの情報を見ているということです。
上の引用にある●はSeの記号、FはSeを1文字で表す呼び名で、グレンコも同じ字を使います(09章)。言葉の中の情報の種類からアスペクトを見分ける、というイェルマークの方法は、16章で扱う当サイト独自の整理とも関わります。
小括
イェルマークのSeは、空間の本質としての力と、それを扱う意志の情報です。打つ、殺す、守る、圧力をかけるといった例から、空間の特性は力の特性だと説明しています。
守ることと攻めることを、同じ1つのアスペクトに入れているのが、イェルマークの書き方の特徴です。名前を「意志」に決めた理由は、16章で引用します。
08カルペンコの記述
カルペンコのSeの記述は、主に機関誌の論文「世界のアスペクト知覚」(1995年)と「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」(2002年)にあります。カルペンコは、Seを意志感覚と呼び、Siと並べて、記号の形のたとえで説明しています。
重いボールの内部
カルペンコは、Si(○)の説明に続けて、Se(●)を次のように書いています。
感じ取り、そこに立ち止まる。結論を出さず、何かを変えようともせずに。(中略)他方でF—●〔Se〕—はまさに円であり、いやむしろ球—ゴム製の、重い、弾力のあるボール—であり、その内部である。●〔Se〕への働きかけはどれも、ある種の求心的な運動、中心への引き絞りを呼び起こし、応答・反応の必要を生む。
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ощутить и остановиться на этом, не делая выводов, не стремясь что-либо изменить.〔中略〕В то же время F - - именно круг, еще лучше - шар, резиновый, тяжелый, упругий мячик, его внутренность. Каждое воздействие по вызывает некое центростремительное движение, стягивание к центру, порождает необходимость ответа, реакции.
上の引用の前半はSiの説明です。後半のSeは、ゴムの重い弾力のあるボールの内部にたとえられ、どんな働きかけも応答を呼び起こすとされます。
つまり、カルペンコのSeは、働きかけを受けると、同じだけの力で応じる知覚だということです。Siが立ち止まって感じるのに対し、Seはかならず反応と行為を生む、という対比になっています。
●には私と世界の対立がない
カルペンコは、2つの記号の形から、外向と内向の名前の理由も説明しています。
○〔Si〕には常に対立がある: 私と世界、円の中心とその縁。●〔Se〕にはそのような対立がない—球の中心はその内部に埋まり込んでいる。そして私の考えでは、これは外向的機能・内向的機能という名称の選択にとって十分すぎる根拠である。
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Для всегда есть оппозиция: я и мир, центр окружности и ее обод; для такой оппозиции нет - центр шара завяз в его внутренности. И, по-моему, это вполне достаточное основание для выбора названия - экстравертная- интровертная - функции.
言い換えると、○には私と世界の境目があるが、●には境目がなく、中心が球の内部に埋まっているということです。カルペンコは、これが外向・内向という名前を選んだ十分な根拠だと書いています。
アウシュラが●を「外的世界全体との最も完全な接触」の図形として選んだこと(03章)と、ほぼ同じ見方です。Seは、自分と外の世界を分けずに、外の力と直接向き合う知覚として書かれています。
クアドラごとのSe
カルペンコは、Seを価値に持つベータクアドラとガンマクアドラの違いも書いています。
他方、意志感覚(●〔Se〕)のアスペクトでは、第3クアドラ(ガンマ)の代表者はソシオン全体にハンデをやれるほどである。力の配置を評価し、相手の弱点を見抜き、それに付け込み、それでいて他のタイプの意志的・力的な要求を屈託なく無視するか軽蔑的に退けることにかけて、彼らに勝る者はいない。彼らはみごとに「打たれ強く」、他のクアドラなら絶望的と評価するような条件のもとでも持ちこたえ、自分を守り抜くことができる。(中略)第2クアドラの感覚的・意志的「応答」は、ほぼ常に適切で、働きかけと釣り合っている。(中略)クアドラβの意志感覚は三次元である。
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А вот по аспекту волевой сенсорики () представители третьей квадры могут дать фору все- му социону. Никто лучше них не может оценить расстановку сил, увидеть слабости противника, сыг- рать на них и в то же время беспечно проигнорировать или презрительно отвергнуть волевые или си- ловые претензии других типов. Они прекрасно «держат удар», способны выстоять и отстоять себя в условиях, которые в других квадрах расценили бы как безнадежные.〔中略〕Сенсорный, волевой «ответ» во второй квадре по- чти всегда адекватен, соразмерен воздействию.〔中略〕Волевая сенсорика в квадре β — трехмерна.
引用の締めにある次元は、ブカロフが導入した機能の次元の数のことで、数が大きいほど、その情報を広い範囲で扱えるとされます。カルペンコは、ベータクアドラのSeを三次元とし、同じ論文でガンマクアドラのSeを四次元とも書いています。ガンマは力の配置を見抜いて相手の弱点に付け込み、打たれ強く持ちこたえます。ベータは、働きかけと釣り合った応答を返します。カルペンコは、成功した将帥や格闘家はベータの出身だとも書いています。
同じSeでも、ガンマでは力の配置を読んで持ちこたえる力、ベータでは出来事と釣り合った力として書かれています。どちらも、力をどう測り、どう返すかの違いです。
小括
カルペンコのSeは、働きかけに同じだけの力で応じる、重いボールの内部のような知覚です。○(Si)との対比で、●には私と世界の対立がない、と記号の形から説明しています。
また、クアドラごとにSeの力の使い方が違うことを、ガンマの「四次元」とベータの「三次元」で書いています。Siとの対比は、13章でほかの研究者と並べて見ます。
09グレンコの記述
グレンコのSeの記述は、主に『64の肖像』(2019年)の理論編にあります。グレンコは、Seを力の感覚と呼び、記号Fで表します。グレンコの体系では、情報要素は「心の状態」の名前としても使われます。
読むときの注意を1つだけ置きます。グレンコのFとSは要素の名前で、モデルの位置の名前ではありません。Fは外向感覚(Se)、Sは内向感覚(Si)のことです。
権力的圧力と、従わせる力
グレンコは、感覚の2つの種類を次のように分けています。
感覚は感覚器官を通じた世界の正確な知覚機能である。ソシオニクスでは感覚を2種類に区別する。すなわち、力の感覚(●〔Se〕力の感覚 F)は権力的圧力、他者を自己の意志に従属させる能力、他者に何かを行わせる能力を意味する。安らぎの感覚(○〔Si〕快適感覚 S)は安らぎ、味、身体感覚、健康を捉える能力である。
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The sensation is a function of a precise perception of the world through the organs of senses. Socionics identifies two types of sensation: force sensing (F), meaning power pressure, the ability to subordinate others to your will, to make others do something, and comfort sensing (S), catching comfort, taste and body sensations, health.
グレンコのSeは、定義の最初から力と従属の語で書かれています。SとFが1つの段落で並べて定義されているので、Siとの違いもはっきりしています。
強さ‐弱さの秤量
グレンコは、Fの状態で頭がどう働くかを書いています。
認知的に、状態Fは強さ‐弱さの知覚を意味する。この状態における思考は極めて具体的、地に足がついており、対象化されている。それは必ず筋肉感覚を伴う。F思考の技術は、対象を探ることまたは秤量することに最も都合よく喩えられる。
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Cognitively, state F means perception of strength-weakness. Thinking in this state is extremely concrete, grounded, objectified. It is necessarily accompanied by muscular sensations. Thinking technology F is most conveniently compared to probing or weighing an object.
つまり、Fの状態の思考は、強さと弱さを量ることで、対象を探ったり秤にかけたりする動きにたとえられるということです。極めて具体的で、筋肉の感覚を伴うとされます。グレンコは同じ箇所で、F思考は言葉を使わないとも書いています。
ストラティエフスカヤの定義にあった「相手の力と抵抗能力を評価する能力」(05章)を、思考の動き方として書いたものと読めます。グレンコのFは、まず強いか弱いかを見る知覚です。
影のリーダーと、完全な自信
Fの状態の人が社会と心理でどう表れるかを、グレンコはこう書いています。
社会において、F状態を持続する人は集団の力の中心であろうとする。彼は集団の活動の流れに介入する。(中略)F型は指揮者として手の動き1つで、頭の向きの変更や身体の姿勢の変化で集団を制御するが、彼は通常集団の前面に出て公式に率いることを望まない。それゆえ、社会におけるF役の別名は非公式または影のリーダーである。(中略)心理的には、F状態は完全な自信として感じられる。いかなる疑い、心配、反省もこの状態とは両立しない。どこにいてもこの人物は支配感を抱く。彼は何としても勝つという態度を持ち、強い神経系と自己制御を有する。F状態は急速に力を動員し、いつ何時にも打撃を加えるか反撃する準備をする。
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In society, a person with a persistent state of F pretends to be the force center of the group. He intervenes in the course of the group’s activities〔中略〕F-type as a conductor controls the group in one movement of the hand, turning the head or changing the position of the body, but he usually does not want to be in front of the group, to formally lead it. Therefore, another name for the F-role in society is an informal or shadow leader.〔中略〕Psychologically, the state of F is felt as complete self-confidence. Any doubts, worries, or reflections are incompatible with this state. There is a sense of mastery, wherever this person is. He has an attitude to win at any cost and has a strong nervous system and self control. The state of F rapidly mobilizes forces, preparing at any second to strike or repel a blow.
上の引用の要点は、Fの状態の人は集団の力の中心になろうとし、しかも表に出ずに率いる「影のリーダー」になりやすいということです。心理的には、Fの状態は完全な自信として感じられ、疑い、心配、反省はこの状態と両立しないとされます。
グレンコは同じ箇所で、Fの状態の人は、集団の流れを加速、減速、あるいは進路を変える必要を感じたときに介入するとも書いています。これは力で物事の向きを決めることそのものです。いつでも打撃を加えるか反撃する準備をしている、という最後の文は、アウシュラの「脅しで屈しない」(03章)と重なります。
抵抗の感覚と、従属の感覚
グレンコは、Fをさらに2つの向きに分けています。
+F(Se) ― 抵抗の感覚: 抵抗すること、従わないこと、力に耐えるために連合に加わること。強き者の保護を友とし享受すること、自分の関心を侵そうとする試みを要求し憤慨すること。権力中心の間を機動する方法を知っている政治家のように。(中略)-F(Se) ― 従属の感覚: 弱点を押すこと、依存に置くこと、強さ‐弱さの階層を構築すること。チームを率いる元帥のように。
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F — sensing of resistance: to resist, to not obey, to join the coalition+ to withstand the force; to be friends and enjoy the protection of the strong, to demand and be indignant at attempts to infringe upon their interests. Like a Politician who knows how to maneuver between the centers of .power〔中略〕F — sensing of subordination: to press on the weak points, put in- dependence, build a hierarchy of strength — weakness. Like the Marshall, .leading his team
言い換えると、+Fは押されても従わずに耐える力、-Fは相手の弱点を押して従わせる力だということです。グレンコは、前者の例を権力の中心のあいだを動く政治家、後者の例をチームを率いる元帥としています。
グレンコの体系では、政治家はSEE、元帥はSLEの呼び名です。同じFの力が、守る向きと攻める向きに分けて書かれているということです。ストラティエフスカヤの定義で、勝利への意志と外圧への抵抗が並んでいたこと(05章)を、2つの符号に分けたものと読めます。
小括
グレンコのSeは、権力的な圧力と、他者を従わせる力の感覚です。状態としては、強さと弱さを量る思考、集団の力の中心、完全な自信として書かれます。
そして、同じ力を、抵抗の+Fと従属の-Fの2つの向きに分けているのが、グレンコの記述の特徴です。名前も定義も、研究者の中で最も直接に力の語で書かれています。
10その他の論者の記述
ここまでの8人のほかに、Seについてまとまった記述を残した研究者が2人います。ブカロフと、システム・ソシオニクス学派のエグリトです。どちらも、Seを単独で長く書いたものではないため、1つの章にまとめます。
ブカロフ: ベータクアドラの価値としての意志
ブカロフは、関係論の論文の中で、ベータクアドラの価値を説明するときにSeを書いています。
第2クアドラ(ベータ)の価値観には、もはや快適さの感覚(○S(Si)i)ではなく、意志的感覚(●S(Se)e)がある。第2クアドラの代表者にとっては、たとえば、快適な条件や「美味しく食べる」ことはもう本質的でない。重要なのは人物が一定の意志的・突破力的資質を持つこと、彼が存在する状況がこれらの資質を発現する可能性を与えること、さもなければ彼自身がそうした資質が需要される状況を求めるだろう。
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У 2-й квадры в ценностях уже не сенсорика комфорта ( ), а волевая сенсорика ( ). И для представителей 2-й квадры, например, комфортные условия или «вкусно поесть» уже не столь принципиальны. Важно, чтобы человек обладал определенными волевыми, пробивными качествами, чтобы те обстоятельства, в которых он существует, давали ему возможность эти качества проявить, либо он будет стремиться в те ситуации, где такие качества востребованы.
上の引用の第2クアドラはベータクアドラのことです。言い換えると、ベータクアドラで大事にされるのは、快適さではなく、突き進む意志の資質だということです。快適な条件や「美味しく食べる」ことはそれほど重要でなくなり、その人が意志的な資質を持ち、それを発揮できる状況にいることが重要だとされます。
ブカロフも、Seの価値を意志と突破の力の語で書いています。また、快適さの感覚(Si)を、それと入れ替わるものとして同じ文に置いています。Siとの対は、13章でほかの研究者と並べます。
エグリト: 空間の性質についての情報
エグリトは、自己観察の手引きの中で、8つの要素を短く定義しています。Seの定義は次のとおりです。
黒い感覚、意志、意志的感覚—空間の性質についての情報。空間には境界があり、境界の変化は力によって起こる。空間は力の特性を持つ。防衛、攻撃、空間の限定、打ち負かす、殺す、力、圧力、反撃する、意志的な働きかけ、強制、規律、不屈、権力、強制、所有、動員、防御、攻撃性など。
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ЧС, воля, волевая сенсорика — информация о свойствах пространства. Пространство имеет границы, изменение границ происходит силовым путем, пространство имеет силовые характеристики. Защита, нападение, ограничение пространства, поразить, убить, сила, давление, дать отпор, волевое воздействие, принуждение, дисциплина, стойкость, власть, принуждение, обладание, мобилизация, оборона, агрессия и т. д.
エグリトの定義では、Seは空間の性質、つまり空間の境界が力によってどう変わるかの情報です。例には、防衛と攻撃が同じ列に並びます。エグリトのSeも、空間を通して見た力の情報として定義されています。
空間と力を結びつけ、攻める語と守る語を同じ列に並べている点は、イェルマーク(07章)と同じです。エグリトは、イェルマークと同じ名前の付け方をする学派の研究者で、アスペクトの語の一覧として、それを短くまとめています。
小括
ブカロフは、Seをベータクアドラの価値として、快適さに代わる意志と突破の力の形で書いています。エグリトは、Seを空間の性質についての情報と定義し、イェルマークと同じく、攻めと守りの両方の語で例を並べています。どちらも短い記述ですが、11章の横断で、ほかの研究者と並べて扱います。
11研究者間で残る中核と食い違い
この章は、02〜10章の研究者別の記述を、当サイトの責任で突き合わせます。新しい引用は置かず、研究者を横断して残る中心、差の所在、差の由来の仮説の順に進み、最後に誰が何と言ったかを名指しで並べます。
研究者を横断して残る中心
第一に、Seは今働いている力と、それを向ける意志の知覚だということです。アウシュラ(運動エネルギー)、ストラティエフスカヤ(空間の統制)、イェルマーク(意志)、グレンコ(力の感覚)がその例です。レイニン(人の意志)、フィラトワ(意志の感覚)、カルペンコ(意志感覚)、ブカロフ(意志的・突破力的資質)、エグリト(力)も、語を変えて同じことを書いています。
この点では、研究者のあいだに食い違いがありません。ユングの定義には「力」の語はありませんが、価値の基準を感覚の強さに置き、優位な感覚を対象をつかむ行為として書いています。各章の言い直しを並べると、呼び名は違っても、行き着く先はいつも力です。
第二に、他人の意志と向き合い、それを従わせるか、それに耐えるかです。アウシュラ(他人の意志に自分の意志を対置する)、ストラティエフスカヤ(誰が誰を)、グレンコ(他者を従わせる能力)がその例です。フィラトワ(力を競う)とレイニン(他者を従わせる能力)も、Seの例として人と人の力の比べ合いを挙げています。
一般像の「五感で感じ取る」では、この面が落ちやすくなります。Seは、物の手ざわりより先に、人と人のあいだの力の関係に向く要素として書かれてきたということです。
第三に、空間を占め、その範囲を広げることです。ストラティエフスカヤ(空間の征服・影響圏)とフィラトワ(空間の主人・勢力圏)がその例です。イェルマーク(空間の本質は力)とエグリト(空間の境界は力で変わる)も、Seを空間の語で書いています。レイニンの実験の「部屋を満たす」も同じ方向です。
第四に、圧力がかかると止まるのではなく、動きが増えることです。アウシュラのSLEは脅しで活動性を動員させ、フィラトワのSEEは困難でかえって奮い立ちます。グレンコのFの状態は、いつでも打撃を加えるか反撃する準備をしています。外からの力に、自分の力で応じる、という観察です。
第五に、守ることと攻めることが、同じ1つの要素に入っていることです。ストラティエフスカヤの定義には勝利への意志と外圧への抵抗が並び、イェルマークとエグリトは防衛と攻撃を同じ列に置きます。グレンコは、それを抵抗の+Fと従属の-Fに分けました。
差の所在
差は、大きく3つあります。第一に、形や外見をSeに入れるかどうかです。レイニンは定義の先頭に形、運動、外見、身振りを置き、アウシュラも力と意志に並べて「美しさ」を挙げています。一方、ストラティエフスカヤとグレンコの定義には、外見の語がほとんど出てきません。
第二に、空間の語をどこまで使うかです。ストラティエフスカヤ、フィラトワ、イェルマーク、エグリトは、Seを空間と範囲の語で書いています。一方、アウシュラとグレンコは、主に力と意志と人の関係の語で書いていて、空間を前面には出しません。
第三に、攻める側と守る側のどちらに重心を置くかです。グレンコの定義は「他者を従わせる」から始まり、ストラティエフスカヤのSLEは「誰が誰を」と問います。一方、カルペンコは働きかけへの釣り合った応答を、イェルマークは防衛と攻撃を同じ重さで書いています。同じSeの力を、押す力として書くか、押されて耐える力として書くかが分かれます。
また、記述の焦点にも差があります。アウシュラとストラティエフスカヤは関係と人物像、レイニンは行動と存在原理、フィラトワは文学の人物に焦点を置いています。イェルマークは言葉の中の情報、カルペンコは記号の形とクアドラ、グレンコは心の状態と符号です。
差の由来についての仮説
当サイトの推測として、差の由来は2つ考えられます。第一に、ユングの外向的感覚をどこまで引き継ぐかの違いです。ユングの外向的感覚は、形や色や享受まで含む広い感覚でした。レイニンとアウシュラは、その広さを一部残したまま、目に見える形と動きをSeの側に置いたのかもしれません。一方、グレンコやイェルマークは、享受や心地よさをSiの側へはっきり分け、Seを力と意志に絞っています。
第二に、観測の対象です。ストラティエフスカヤとフィラトワは、Seを人物とその暮らしの中で観測しています。暮らしの中では、場所の取り合い、権限、家の中の支配として力が表れるので、空間の語で書かれやすい、と読めます。一方、グレンコは心の状態として、イェルマークは言葉の情報として観測しています。その場合、守る向きと攻める向きのような、力そのものの性質が書かれやすくなります。
誰が何と言ったか
- ユングは、外向的感覚を対象に条件づけられた感覚として定義し、価値の基準を対象から来る感覚の強さに置きました。優位になると対象をつかみ形づくる行為になり、その型の人は触れられる現実の側に立ちます。
- アウシュラは、Seを対象の運動エネルギーの知覚と定義しました。最初の例は人の力と意志で、他人の意志に自分の意志を対置する能力も同じ知覚に含めます。人物像では、組織者、力と美しさで決まる関係、脅しに屈しない反応を書いています。
- レイニンは、Seを形、行動、外見、意志の語で定義しました。タイプの節では、SLEの「我は活動する」とSEEの「行動の人」として、まず動いて結果を引き受ける姿を書いています。
- ストラティエフスカヤは、Seを空間を統制し、影響圏を獲得する力と定義しました。SLEでは力の比率への問いと空間の征服、SEEでは承認とリーダーシップの保持として書いています。
- フィラトワは、外向感覚型を周りの空間の主人で、勢力圏を広げようとする人として書き、記号の名称を「意志の感覚」としました。SLEでは人生は闘い、SEEでは力で勝ち取る成功として書いています。
- イェルマークは、Seのアスペクトに「意志」の名前を選び、空間の本質を力の特性と説明しました。守ることと攻めることを同じアスペクトに入れています。
- カルペンコは、Seを働きかけに同じだけの力で応じる、重いボールの内部にたとえ、○(Si)と記号の形で比べました。ベータとガンマで、Seの力の使い方が違うことも書いています。
- グレンコは、Seを権力的な圧力と、他者を従わせる力の感覚とし、強さと弱さを量る思考、影のリーダー、完全な自信として書きました。同じ力を抵抗の+Fと従属の-Fに分けています。
- ブカロフはSeをベータクアドラの価値としての意志と突破の力として、エグリトは空間の性質についての情報として書いています。
12MBTIにおけるSe
MBTIにも、外向的感覚と呼ばれる心理機能があります。ソシオニクスとMBTIは、ユングの類型論を共通の源にしながら、別々に発展した理論です。当サイトは、MBTIの心理機能とソシオニクスの情報要素を、名前ではなく中身で1つずつ対応する8つとして扱っています。タイプは、1番目と2番目の機能の組で対応づけています(考え方はMBTIとソシオニクスの対応にまとめています)。
この章では、MBTIの側の原典で外向的感覚がどう書かれたかを、心理機能としての面と、タイプの記述の面の両方から見ます。原典は、マイヤーズの『Gifts Differing』(1980年)、マイヤーズほかの『MBTI Manual』第3版(1998年)、そしてマイヤーズ&ブリッグス財団のサイトです。そのうえで、11章で見たソシオニクスのSeの中核と、どこで重なり、どこで分かれるかを見ます。
読むときの注意を1つだけ置きます。MBTIが扱う機能の位置は4番目までで、3番目から先はモデルAとは並べ方が別です。そのため、この章で扱うのは、外向的感覚が1番目か2番目に入るタイプだけです。
心理機能としての外向的感覚
マイヤーズは、『Gifts Differing』の外向と内向の対照表で、外向的感覚をこう書いています。
感覚印象の主観的な要素を、できるかぎり抑える。主観的な印象よりも感じ取った対象のほうに価値を置き、本人はその主観的な印象にほとんど気づいていないこともある。物事を写真のように見て、そこから得るのは具体的な現実についての印象であり、それ以上のものではない。
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Suppresses as far as possible the subjective element of the sense impression. Values the object sensed rather than the subjective impression, of which the individual may hardly be aware. Sees things photographically, the impression being one of concrete reality and nothing more.
言い換えると、外向的感覚は、自分の側の印象を抑え、感じ取った対象の側をそのまま受け取る感覚だということです。得られるのは具体的な現実についての印象だけで、それに意味を足すことはしない、とされています。ユングの「対象によって条件づけられる」(02章)と同じ向きの書き方です。
同じ表で、マイヤーズは、この感覚の注意の向き方も書いています。
最も強い刺激に釘づけになる注意を育てる。その刺激がいつも関心の中心になるので、生活はすっかり、たまたま外で起こる出来事の影響の下にあるように見える。
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Develops attention that is riveted by the strongest stimulus, which invariably becomes the center of interest, so that life seems wholly under the influence of accidental outer happenings.
つまり、外向的感覚の注意は、いちばん強い刺激に引き寄せられるということです。ユングが「最も強い感覚を引き起こす対象が、その人の心理にとって決定的になる」と書いたこと(02章)と重なります。MBTIの側でも、外向的感覚は、対象の強さに向く知覚として書かれていると読めます。
『MBTI Manual』は、外向的感覚の過程を、もう少し細かく書いています。
感覚を外向させる過程では、エネルギーと注意を外へ向け、見えるもの、音、におい、手ざわり、人の反応、つまりそこにあるすべてのものに、細かく正確に気づく。焦点は、今起きていることを強く経験することと、感覚の多様さと鮮やかさを通して刺激を求めることに置かれる。
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The process of extraverting Sensing involves directing one's energy and attention outwardly, noticing sights, sounds, smells, touch, human reactions—in short, everything present—in great detail and accurately. One's focus is on intensely experiencing what is happening in the present and on seeking stimulation through the variety and vividness of one's sensations.
上の引用の要点は、外向的感覚は、そこにあるすべてのものに細かく正確に気づき、今起きていることを強く経験しようとするということです。焦点は、刺激の多様さと鮮やかさに置かれます。
マイヤーズ&ブリッグス財団のサイトは、外向的感覚を1つの短い説明にまとめています。
外向的感覚(Se) ESTP/ESFP: 今ここにある具体的なデータをもとに行動する。世界を経験するのを好み、活動的で、よく話し、人づきあいがよい。現在、つまり触れられる現実のものを信頼する。キーワード: 経験すること。
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Extraverted Sensing (Se) ESTP/ESFP: Acts on concrete data in the here and now. Likes to experience the world—active, talkative, and social. Trusts the present, what is tangible and real. Keyword: Experiencing.
言い換えると、今のMBTIの短い説明では、外向的感覚は、今ここの具体的なデータをもとに動き、世界を経験する機能です。キーワードは「経験すること」とされています。3つの原典を並べると、MBTIの心理機能としての外向的感覚の中心は、今ここの具体的な現実を受け取り、経験することにあります。
外向的感覚を1番目と2番目に持つタイプ
MBTIで、外向的感覚がどのタイプの1番目と2番目に入るかは、MBTIの側の決まりで決まります。『MBTI Manual』は、それを1文で書いています。
感覚・知覚の4つのタイプはすべて、感覚が主機能(ESTP、ESFP)であっても補助機能(ISTP、ISFP)であっても、感覚を外向させ、好む判断機能である思考か感情を内向させる。
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All four Sensing Perceiving types extravert Sensing, regardless of whether it is dominant (ESTP, ESFP) or auxiliary (ISTP, ISFP), and introvert their preferred judging function, Thinking or Feeling.
つまり、外向的感覚は、ESTPとESFPでは1番目の主機能、ISTPとISFPでは2番目の補助機能に入るということです。MBTIでは、外向タイプは1番目の機能を外の世界で使い、内向タイプは2番目の機能を外の世界で使います。そのため、内向のISTPとISFPでも、感覚は外向きになります。
この4つを、当サイトの対応(1番目と2番目の機能の組が同じタイプ)でソシオニクスのタイプと並べると、次のようになります。
| MBTI | 1番目と2番目 | ソシオニクス |
|---|---|---|
| ESTP | Se・Ti | SLE(ESTp) |
| ESFP | Se・Fi | SEE(ESFp) |
| ISTP | Ti・Se | LSI(ISTj) |
| ISFP | Fi・Se | ESI(ISFj) |
括弧の中はソシオニクスの4文字の表記で、内向の2つでは末尾が逆になります。どちらの体系でも、Seが1番目に入るのはSLEとSEE、2番目に入るのはLSIとESIで、15章で見るモデルAの位置とそろっています。
1番目のSe: ESTPとESFP
マイヤーズは、外向的感覚が主機能のESTPとESFPを、まとめてこう書いています。
外向的感覚型の最大の強みは、その現実主義である。彼らは主に自分の感覚の証言、つまり自分で見て、聞いて、直接に知ったことに頼るので、いつも周りの実際の状況に気づいている。(中略)外向的感覚型は、目の届くかぎり、物事をあるがままに見る。(中略)彼らはけっして事実と戦わない。そのかわりに、事実を受け入れて使う。
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The greatest strength of the extraverted sensing types is their realism. They primarily rely on the testimony of their own senses—what they see and hear and know firsthand—and thus are always aware of the actual situation around them.〔中略〕the extraverted sensing types, as far as the eye can reach, see things as they are.〔中略〕They never fight the facts; instead, they accept and use them.
上の引用の要点は、ESTPとESFPの最大の強みは現実主義で、物事をあるがままに見て、事実と戦わずに受け入れて使うということです。マイヤーズは同じ箇所で、感情型は物事を「あるべき姿」で、直観型は「そうなりうる姿」で見るのに対し、この2つのタイプは「あるがまま」に見る、と並べています。
ESTPについては、補助の思考との組み合わせとして、こう書いています。
思考はESTPに、根底にある原理のよりよい把握を与え、数学や理論に取り組むときの助けとなり、状況が厳しさを求めるときに厳しくなりやすくする。(中略)彼らは会話より行動を好む傾向がある。物事が直接に行動へ移せるものであるほど、彼らは明快で有能になる。
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Thinking gives ESTPs a better grasp of underlying principles, helps with math and theory, and makes it easier for them to get tough when the situation calls for toughness.〔中略〕They tend to prefer action to conversation. The more directly a matter can be translated into action, the clearer and more effective they become.
言い換えると、ESTPが状況に応じて厳しくなれるのは、補助の思考の働きだということです。また、ESTPは会話より行動を好み、物事を行動に移せるほど明快で有能になるとされます。
『MBTI Manual』は、ESFPの記述に、人との関わり方を書いています。
ESFPは、人の振る舞いの鋭い観察者である。ほかの人に何が起きているかを感じ取り、その人たちの実際的な必要にすばやく応えるように見える。とくに、危機に対処するために人を動員することに長けている。
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ESFPs are keen observers of human behavior. They seem to sense what is happening with other people and respond quickly to their practical needs. They are especially good at mobilizing people to deal with crises.
つまり、ESFPは人に何が起きているかを感じ取ってすばやく応え、危機では人を動員するということです。人を動員する、という語は、アウシュラがSeを主導にする人について書いた「人々を目標達成のために動員する」(03章)と同じです。
2番目のSe: ISTPとISFP
2番目の補助機能に入る外向的感覚については、『MBTI Manual』が、その役割をISTPの記述で書いています。
感覚を発達させていないと、ISTPは、外の世界について正確なデータを得る確かな方法も、自分の考えを行動に移す確かな方法も持たないことがある。
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If they have not developed their Sensing, ISTPs may have no reliable way of getting accurate data about the external world or of translating their thoughts into action.
言い換えると、ISTPの補助の外向的感覚は、外の世界の正確なデータを得て、考えを行動に移すための機能だということです。1番目の内向的思考が内側で考え、2番目の外向的感覚がそれを外の現実につなぐ、という組み立てです。
マイヤーズは、ISFPを次のように書いています。
ISFPは現実、つまりその場の必要を見て、それに応えようとする。(中略)彼らは職人の技に秀でる。(中略)彼らの手の仕事は、たいてい、彼らが口にするどんな言葉よりも雄弁である。
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ISFPs see the realities—the needs of the moment—and try to meet them.〔中略〕They excel in craftsmanship.〔中略〕the work of their hands is usually more eloquent than anything they say.
つまり、ISFPはその場の必要を見て応え、言葉より手の仕事で表すということです。2番目の外向的感覚が、1番目の内向的感情の大事にするものを、手と行動で外へ出す形として書かれていると読めます。
重なるところ
MBTIの外向的感覚とソシオニクスのSeは、まず、今そこにある外の現実に向くところで重なります。マイヤーズの「あるがまま」、『MBTI Manual』の「そこにあるすべてのもの」は、ソシオニクスで言えば、今働いている力の側にあたると読めます。どちらも、まだ出ていない可能性(Ne)ではなく、すでにそこにあるものを扱います。
また、強いものに向くところも重なります。マイヤーズの「最も強い刺激に釘づけになる注意」は、グレンコの「強さ‐弱さの知覚」(09章)と同じく、対象の力の大きさを受け取る知覚と読めます。
さらに、MBTIでも、外の世界に働きかける欲求は書かれています。ただし、それは外向的感覚ではなく、外向の態度の説明に置かれています。
外向の態度では、エネルギーと注意は、環境の中の物や人へと流れ出る、あるいは引き出される。その人は、環境に働きかけ、その重要さを認め、その効果を大きくしたいという欲求を経験する。
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In the Extraverted attitude, energy and attention flow out, or are drawn out, to the objects and people in the environment. The individual experiences a desire to act on the environment, to affirm its importance, to increase its effect.
言い換えると、MBTIでは、環境に働きかけてその効果を大きくしたいという欲求は、外向の態度全体の性質だということです。ESTPの「厳しくなれる」、ESFPの「人を動員する」も合わせると、今ここの現実に向き、そこに力をかけるところまでは、MBTIの記述にも出てきます。
分かれるところ
一方、分かれるところもはっきりしています。マイヤーズは、ESTPとESFPの美点を、こう書いています。
これらのタイプはもともと知覚的態度を好むので、その美点は、持続する努力や系統立った進め方や決断力よりも、開かれた心、寛容、適応力になりやすい。後のほうの資質は、感覚と釣り合う判断がすぐれて発達したときにだけ現れる。
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These types naturally prefer the perceptive attitude, so their virtues tend to be open-mindedness, tolerance, and adaptability, rather than sustained effort, methodology, and decisiveness. The latter qualities appear only with a superior development of judgment to balance the sensing.
上の引用の要点は、持続する努力や決断力は、外向的感覚ではなく、それと釣り合う判断の機能から来るということです。この一節を手がかりに、2つの体系の分かれ目を4つの対で並べます。
第一に、意志の置き場所です。ソシオニクスは、意志と決断をSeそのものに入れます。アウシュラは意志の強さを、グレンコは完全な自信を、Seの記述の中に書いていました(03章、09章)。一方、MBTIは、決断力を判断の機能の側に置き、外向的感覚の美点は、開かれた心、寛容、適応力だとします。
第二に、現実への向きです。ソシオニクスのSeは、力をかけて対象を動かし、相手を従わせる側として書かれます。一方、MBTIの外向的感覚は、事実と戦わず、受け入れて使う側として書かれます。同じ「今ある現実」に向きながら、ソシオニクスは押す向きを、MBTIは受け取る向きを書いています。
第三に、人との関わり方です。ソシオニクスのSeは、誰が強く誰が弱いかという力の比べ合いを見ます。一方、MBTIの外向的感覚は、人に何が起きているかを感じ取り、すばやく応える側として書かれます。
第四に、記述の中心の語です。ソシオニクスでは、研究者をまたいで残る語は力でした(11章)。一方、MBTIでは、3つの原典に共通する語は経験です。
分かれ方の由来
当サイトの推測として、分かれ方の由来は、2つの体系が機能の何を書くかの違いにあると考えています。MBTIの心理機能は、人が情報をどう取り入れ、どう使うかという、扱う側の働きとして書かれます。そのため、取り入れた先で押すか、決めるかは、外向の態度や判断の機能の役目として、別の場所に書かれます。
一方、ソシオニクスの情報要素は、どんな種類の情報を受け取るかという、扱われる情報の側から書かれます。そう読むと、ソシオニクスのSeの「力」は、自分の決断力というより、相手や対象が持っている力の情報です。マイヤーズの「最も強い刺激」とグレンコの「強さ‐弱さの秤量」は、同じ情報を扱う側から書いたか、情報の側から書いたかの違いと考えることもできます。
この読み方なら、MBTIの外向的感覚とソシオニクスのSeは、中身まで別物と言い切るほど遠くはなさそうです。ただし、意志と決断をどちらに置くかは、2つの体系で実際に違います。そのため、MBTIのESTPの記述をそのままSLEの記述として読むことはしません。
小括
MBTIの外向的感覚は、今ここの具体的な現実を受け取り、経験する機能として書かれています。ESTPとESFPでは1番目、ISTPとISFPでは2番目に入り、1番目と2番目の組で見ると、ソシオニクスのSLE・SEE・LSI・ESIと対応します。
ソシオニクスのSeとは、今そこにある現実に向き、強いものに引かれるところで重なります。一方、意志と決断をSeそのものに入れるか、判断の機能に置くか、押す向きを書くか、受け取る向きを書くかで分かれます。
13Si・Ne・Niとの違い
この章では、Seを、隣にある3つの要素—Si(内向感覚)、Ne(外向直観)、Ni(内向直観)—と比べます。SiとNeはSeと性質を1つずつ共有し、Niは側面も向きも反対です。この3つとの違いで、Seの輪郭が決まります。
モデルAの公理では、Seの隣の要素は次の3つです。
- Siは、Seと同じ感覚で、向きが内向に変わったものです。
- Neは、Seと同じ外向で、側面が直観に変わったものです。
- Niは、側面も向きもSeと反対の要素です。
Seを1番の主導機能に持つタイプでは、Neが3番の規範機能、Niが5番の暗示機能、Siが7番の観察機能に入ります。つまり、3つとも、Seがどこにあるかで置き場所が決まる要素だということです。
Si: 同じ感覚、力と快適
まず、同じ感覚のSiです。ユングは、内向的感覚を外向的感覚と比べて、こう書いています。
内向的感覚が伝えるイメージは、対象を再現するというより、対象の上に一枚の覆いを投げかける。その覆いの光沢は、はるか昔からの主観的な経験と、まだ生まれていない未来の出来事から来ている。こうして、たんなる感覚印象が意味の深みへと展開する。一方、外向的感覚は、物事の瞬間的で明白な存在だけをつかむ。
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Introverted sensation conveys an image whose effect is not so much to reproduce the object as to throw over it a wrapping whose lustre is derived from age-old subjective experience and the still unborn future event. Thus, mere sense impression develops into the depth of the meaningful, while extraverted sensation seizes only the momentary and manifest existence of things.
ユングの対比では、内向的感覚は対象の上に主観の覆いをかけ、外向的感覚は物事のその場の明白な存在だけをつかむということです。ユングにとって、外向的感覚は、対象にそれ以上の意味を足さずに、今そこにあるものを受け取る側です。
ソシオニクスの研究者は、この区別を「力」と「快適」の区別として書き直しています。イェルマークは、Siのアスペクトを、Seの力と対になる語で説明しています。
空間の意味論が私たちの心にとって力の特性と結びついているとすれば、空間特性の関係は当然、私たちにとって使いやすさ—使いにくさ、快適—不快適、心地よさ、安らぎ等々の概念と結びついている。(中略)なぜ柔らかい家具は「快適」という概念と結びつくのか? それは私たちの身体の形(空間)を取り、身体を変形させる影響が最小限であるからだ。(中略)空間関係の心理的意味を一般化すれば、対応する情報アスペクトの意味論を「快適」という概念で規定できる。
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Если уж семантика пространства для нашей психики связана с силовыми характеристиками, то отношение пространственных характеристик совершенно естественно связано для нас с понятиями удобство – неудобство, комфорт – дискомфорт, уют, покой, и т.п.〔中略〕Почему мягкая мебель ассоциируется с понятием “комфорт”? Потому, что она принимает форму (пространство) нашего тела, и воздействия, деформирующие наше тело, минимальны.〔中略〕Обобщая психологический смысл пространственных соотношений можно определить семантику соответствующего информационного аспекта понятием “комфорт”
つまり、空間の意味が力と結びつくなら、空間どうしの関係は使いやすさ、快適さ、心地よさと結びつくということです。柔らかい家具が快適なのは、体の形を取り、体を変形させる影響が最も小さいからだとされます。
イェルマークの区別では、Seは対象を変形させる力、Siは変形させない釣り合いの知覚です。名前も、Seが「意志」、Siが「快適」と対になっています。
グレンコは、同じ区別を状態の違いとして書いています。
状態Sにおける知的活動は、すべての感覚から到来する信号の処理である。状態Sにおいて、人は外界からのすべての影響 ― 音、匂い、触感、温度 ― を吸収し、それらを単一の感覚的複合体において知覚する。状態Fとの違いは、強度ではなく、感覚の動性に強調があることである。すなわち、それらが増幅されるか弱化されるか、調和的に組み合わされるか、あるいは予期せずに到来するかである。
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Intellectual activity in state S is the processing of signals coming from all senses. In the state S, a person absorbs all the influences from the outside world — sounds, smells, touches, temperature — and perceives them in a single sensory complex. The difference from the state of F is that the emphasis is on the dynamics of sensations — whether they are amplified or weakened, harmoniously combined, or come in unintentionally.
上の引用にある状態Sは、Siの状態のことです。言い換えると、Siの状態は、外からのすべての刺激を1つの感覚のまとまりとして受け取り、その動き方に重点を置くということです。動き方とは、感覚が強まるか弱まるか、調和して組み合わさるか、という違いです。
グレンコの書き方では、Fは強さを量り、Sは感覚の動き方を味わう、という対になります。09章で見たとおり、Fの思考は強さと弱さの秤量でした。
フィラトワは、感覚の向きの違いが、タイプの生き方の違いになることを書いています。
これらのペアの違いは、とりわけ感覚のあり方によって強く規定されている。左側のペア、LSEとSLIにおいては、それは内向的(感受の感覚)であり、SLEとLSIにおいては外向的(意志の感覚)である。これに応じて、LSE〔原文: シュティルリッツ〕とSLI〔原文: ギャバン〕は何よりもまず、自分自身と周囲の人々の双方にとっての快適さを志向し、SLE〔原文: ジューコフ〕とLSI〔原文: マクシム〕はリーダーシップを志向し、その際に力による方法で行動する。
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Различие в этих парах особенно сильно обусловлено сенсорикой: в левой паре ЛСЭ и СЛИ — она интровертна, (сенсорика ощущений), а у СЛЭ и ЛСИ — экстравертна (волевая сенсорика). В соответствии с этим, Штирлиц и Габен в первую очередь стремятся к комфорту и для себя, и для окружающих, а Жуков и Максим — стремятся к лидерству и действуют при этом силовыми методами.
上の引用の要点は、感覚が内向(感受の感覚)なら快適さを志向し、外向(意志の感覚)ならリーダーシップを志向して力で行動するということです。ここでの感受の感覚はSiのことです。フィラトワは、LSEとSLIの組と、SLEとLSIの組を、この違いで分けています。
4人の書き方をまとめると、Siは今あるものをそのまま受け取り保つ知覚、Seは対象に力をかけて動かす知覚です。カルペンコのたとえでは、Siは感じ取って立ち止まり、何かを変えようともしない知覚で、Seは働きかけに応答を返す知覚でした(08章)。ブカロフは、ベータクアドラの価値を説明するときに、快適さに代わるものとして意志を置いています(10章)。同じ感覚でも、そのまま保つか、押し進めるかで分かれる、ということです。
Ne: 同じ外向、運動とポテンシャルのエネルギー
次に、同じ外向のNeです。アウシュラは、Neにあたるアスペクトを、Seの定義と対の形で書いています。
対象のポテンシャル・エネルギーについての情報が知覚される。たとえば、人間の身体的・心理的能力と可能性についての情報である。この知覚は、対象と現象の構造を理解し、その内的内容を見抜く能力を与える。
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Воспринимается информа- ция о потенциальной энергии объектов, например информация о физических и психических способ- ностях и возможностях человека. Это восприятие дает способность понимать структуру объектов и явлений, разобраться в их внутреннем содержании.
上の引用の要点は、Neは対象の「ポテンシャル・エネルギー」、つまりまだ表に出ていない力と可能性の知覚だということです。Seの「運動エネルギー」(03章)と並べると、違いがはっきりします。
Seは今働いている力に、Neはこれから働きうる力に向く、ということです。アウシュラが物理学のエネルギーの2つの語をSeとNeに振り分けたのは、同じ外の対象の力を、出ているものと、まだ出ていないものに分けたからだと読めます。
ユングも、外向的感覚と外向的直観を、同じ形で対にしています。
外向的感覚が現実性の最も高い度合いに達しようとするのは、そうしてはじめて完全な生の姿がつくり出されるからであるが、それと同じように、直観は最大の可能性を包み込もうとする。可能性に気づくことによってのみ、直観は十分に満たされるからである。
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as extraverted sensation strives to reach the highest pitch of actuality, because only thus can the appearance of a complete life be created, so intuition tries to encompass the greatest possibilities> since only through the awareness of possibilities is intuition fully satisfied.
言い換えると、外向的感覚は現実性の最も高い度合いに達しようとし、外向的直観は最大の可能性を包み込もうとするということです。ユングは、感覚が完全な生の姿をつくるのは現実に達したときで、直観が満たされるのは可能性に気づいたときだと書いています。
ストラティエフスカヤは、人に倫理を植えつけるやり方として、SeとNeを対比しています。
一つの場合、人間は力による影響の方法—強制、禁止、制限、罰、つまり「意志的(外向)感覚」のアスペクトの手段で教育される。(中略)この場合、彼に対して肯定的な例の提示という方法で影響が及ぼされる—「教えられたとおりに行動せよ、そうすればあなたはすべて良くなる」。この場合、倫理的プログラムは「外向直観」—「可能性の直観」のアスペクトによって実現される。
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в одном случае человека воспитывают методами силового воздействия — принуждением, запретами, ограничениями, наказаниями, т. е. средствами аспекта "волевой (экстравертной) сенсорики".〔中略〕В этом случае на него воздействуют методом демонстрации положительных примеров: "поступай так, как тебя учат, и все у тебя будет хорошо". В этом случае этическая программа уже реализуется аспектом "экстравертной интуиции" — "интуиции возможностей".
上の引用の前半はESI、後半はEIIの話です。どちらも倫理を目的にしますが、ESIは2番の創造機能のSeで、EIIは2番の創造機能のNeで、それを実現します。Seの方法は強制、禁止、制限、罰で、Neの方法は肯定的な例を見せること、という対比です。
アウシュラは、ILEのSeが超自我にあることを「研究者であって、組織者ではない」と書いています(15章で引きます)。どちらも、Seは力で動かし、Neは可能性を見せるという同じ対です。ストラティエフスカヤは、この2つが同時には成り立ちにくいとまで書いています。SLEがNeを使おうとすると、意志で押すべきところで「待ち受けてチャンスを計算し始める」とされます。
Ni: 側面も向きも反対、それでも組になる要素
最後に、側面も向きも反対のNiです。SeとNiは、最も遠い要素でありながら、同じクアドラで一緒に大事にされる組です。ベータクアドラとガンマクアドラは、SeとNiの両方を価値に持ちます。
グレンコは、この2つのクアドラの社会を、SeとNiの組で特徴づけています。
中央クアドラは、βとγである。中央社会とは、中央(βとγ)クアドラの価値が支配する社会である。その主な特徴は、権力闘争、力の崇拝(価値としての機能F)、イデオロギーと宣教活動、恐怖と犠牲(価値としての機能T)である。
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The central quadras are Beta and Gamma. The central society is a society dominated by the values of the central (beta and gamma) quadras. Its main characteristics are the struggle for power, the cult of force (function F as a value), ideology and missionary activities, fear and sacrifice (function T as a value).
上の引用にある機能FはSe、機能TはNiのことです。言い換えると、ベータとガンマの価値が支配する社会では、権力闘争と力の崇拝(Se)が、イデオロギーと恐怖と犠牲(Ni)と組で表れるということです。グレンコは、2つを同じ社会の両面として並べています。
ブカロフは、2つのアスペクトの関係を、もっと短く書いています。
意志的感覚(●〔Se〕)と時間の直観(△〔Ni〕)の情報的アスペクトは双対関係にある。それらは必要に応じて作動したり停止したりする。
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Информационные аспекты волевой сенсорики ( ) и интуиции времени ( ) дуальны. Они то включаются, то выключаются по мере надобности.
つまり、意志的感覚(Se)と時間の直観(Ni)は双対の関係にあり、必要に応じてどちらかが働くということです。ブカロフは、この関係を、社会の中の不安の煽動とテロの脅威が対になる例で説明しています。
2人の書き方では、Seは今この場に力をかけ、Niはそれがどこへ向かうかを見定める、という組になります。レイニンの二分法では、この組は果敢(SeとNi)にあたり、NeとSiの組の賢明と対になります。
4つを並べると
ここまでの比べ方を表にまとめると、次のようになります。「何を見るか」は当サイトの短いまとめで、「研究者の語」は本文で引いた記述から取っています。
| 要素 | 何を見るか | 研究者の語(例) |
|---|---|---|
| Se | 今働いている力 | 運動エネルギー、意志、強制 |
| Si | 今あるものの釣り合い | 快適、安らぎ、感受の感覚 |
| Ne | これから働きうる力 | ポテンシャル・エネルギー、可能性 |
| Ni | それがどこへ向かうか | 時間、イデオロギー |
表の4つは、Seを中心に「同じ感覚」「同じ外向」「どちらも反対」の関係で並んでいます。SiとNeはSeと1つずつ性質を共有し、Niは何も共有しないのに、Seと同じクアドラで大事にされます。
小括
隣の3つの要素と比べると、Seの輪郭は次のようになります。Siと比べると、Seは今あるものを保つのではなく、力をかけて動かす知覚です。Neと比べると、これから働きうる力ではなく、今働いている力の知覚です。
そしてNiとは、側面も向きも反対でありながら、力とその向かう先として組になります。Seは、この3つの「でない」で囲まれた位置にある、と言えます。この囲み方は、16章の当サイト独自の整理でも、もう一度使います。
14よくある読み違い
この章では、一般に言われているSeの像(01章)のうち、研究者の記述と照らして読み違いになりやすいものを4つ取り上げます。どれも全くの誤りではありませんが、研究者の記述のどこが切り出されて、どう変わったかを見ると、Seの輪郭がはっきりします。
「Seは攻撃的」
一般像では、Seは攻撃的で押しの強い要素だとされることがあります。研究者も、力、圧力、従属、征服を書いています。ですが、研究者のSeの定義には、守る向きの力が同じ重さで入っています(11章)。
ユングは、外向的感覚型の人物像で、こうも書いています。
彼の目的は具体的な享受であり、彼の道徳も同じように方向づけられている。(中略)だからといって、彼がたんに官能的で粗野だということにはまったくならない。彼は、最も抽象的な感覚においても客観的な感覚という原理から少しも外れることなく、自分の感覚を美的な純粋さの極みにまで分化させることがある。
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His aim is concrete enjoyment, and his morality is similarly orientated.〔中略〕It by no means follows that he is just sensual or gross, for he may differentiate his sensation to the finest pitch of aesthetic purity without being the least unfaithful, even in his most abstract sensations, to his principle of objective sensation.
つまり、外向的感覚型の目的は具体的な享受だが、たんに官能的で粗野だということにはならないということです。ユングは、この型が自分の感覚を美的な純粋さの極みにまで分けて磨くことがある、と書いています。
ストラティエフスカヤは、Seを2番の創造機能に持つESIについて、こう書いています。
時に周囲の敵対的気分を感じて、ESI〔原文: ドライザー〕は自分が「攻撃」される前に「防御」を始めることがある。しかしほぼすぐに自分の非を認め、最も厳しい良心の呵責を体験する。ESI〔原文: ドライザー〕は最初に攻撃することはできない — それは彼の倫理プログラムに矛盾するのだ。
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Иногда, чувствуя враждебное настроение окружающих, Драйзер может начать "защищаться" еще до того,〔中略〕как на него "напали", но тогда почти сразу же замечает свою неправоту и испытывает жесточайшие угрызения совести. Драйзер не может первым нападать — это противоречит его этической программе.
言い換えると、ESIは周りの敵意を感じて先に「防御」を始めることはあっても、最初に攻撃することはできないということです。その理由は、最初に攻撃することが、ESIの倫理の考え方と合わないからだとされます。
Seの力は、攻めにも守りにも使われ、どちらに使うかは組み合わさる要素で変わる、と読めます。グレンコの+Fと-F(09章)は、その2つの向きを分けて書いたものです。
「Seは五感で今この瞬間を楽しむこと」
一般像では、Seは五感で今この瞬間を感じ取り、楽しむ要素だと説明されることがあります。これは、ユングの外向的感覚の「具体的な享受」(上の引用)に近い説明です。
ですが、ソシオニクスの研究者は、心地よさや味や体の感覚を、主にSi(内向感覚)の側に置いています。グレンコの安らぎの感覚(S)は味、身体の感覚、健康を捉える能力で、イェルマークのSiは「快適」でした(13章)。Seの側に残っているのは、今ここにある力と、それを向ける意志です。
「今ここ」という語は、レイニンとフィラトワが感覚型全体の性質として書いたものです。Seだけの性質としては書かれていません。今ここに強く現れる、という観察は残りますが、楽しむ知覚というより、場所を占め、力を向ける知覚として書かれています。
「Seが強い人は、自分を意志が強いと思っている」
一般像では、Seを主導に持つ人は、自分の意志の強さをよく知っていると考えられがちです。ですが、カルペンコは、実際の観察から反対の例を書いています。
「私−」の(SLE)は、自分自身が意志的な人間かという問いへの答えに窮することがある。「私が? 意志的で決断力がある? 自信がないな」。彼は、人々を指導する自分の能力を本気で疑うことがある。しかもそれでいて集団を指導しており、それどころか—成功した指導者でありながら、である。強調しておくが—これはすべて実践からのケースである。
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(СЛЭ) с «Я–» может затрудняться с ответом на вопрос, является ли он сам воле-вым человеком. «Я? Волевой и решительный? Не уверен». Он может всерьез сомневаться в своей способности руководить людьми, и при этом руководить коллективом, более того — быть успешным руководителем. Подчеркну — это все случаи из практики.
上の引用の「私−」は、カルペンコが交流分析から借りた用語で、自分を否定的に見る構えのことです。言い換えると、SLEでも、自分が意志的かと聞かれると答えに詰まり、人を率いる能力を本気で疑うことがあるということです。しかも、その人は実際に集団を率いていて、成功した指導者だとされます。
Seが強いことと、本人がそれを強いと感じることは別だ、という観察です。主導機能の力は、本人にとってふだんから使っているものなので、自覚されにくいことがあると読めます。
「Seが弱い人は、意志が弱い」
一般像では、Seを大事にしないタイプや、Seが弱い位置にあるタイプは、意志が弱いと説明されることがあります。ですが、ストラティエフスカヤは、Seを7番の観察機能に持つSEIについて、本人が「大きな意志の力がある」と気づく場面を書いています(15章)。
また、Seを4番の脆弱機能に持つLIIやEIIの記述で書かれているのは、圧力を加えられることや、人に圧力をかける役を担うことの負担です。意志そのものがない、という書き方ではありません。
つまり、Seが弱い位置にあることは、意志がないことと同じではないということです。力を使う場面を大事だと感じないか、力で押し合う場面に負担を感じるか、という違いとして書かれています。
小括
4つの読み違いは、どれも研究者の記述の一部が切り出されたものです。「攻撃的」は攻める向きの記述だけから、「五感で楽しむ」はユングの享受の記述とSiの記述が混ざったところから来ていると読めます。また、「自分を意志が強いと思っている」と「意志が弱い」は、要素の強さと本人の自覚を同じものとして扱ったところから来ていると考えられます。
切り出す前の記述に戻すと、Seは、今働いている力と、それを向ける意志の知覚です。攻めることも、守ることも、場所を占めることも、その周りにある派生として説明できます。
15モデルAの8つの位置に入ったSe
この章では、SeがモデルAの8つの位置(機能位置)のそれぞれに入ったとき、研究者がどう書いているかを、要点だけ見ます。位置そのものの説明は、各位置の解説ページ(リンク先)にあります。
16のタイプのうち、Seが入る位置は次のとおりです。モデルAの定義から機械的に並べたものです。
| 位置 | タイプ |
|---|---|
| 主導機能 | SLE(ESTP)・SEE(ESFP) |
| 創造機能 | LSI(ISTP)・ESI(ISFP) |
| 規範機能 | ILE(ENTP)・IEE(ENFP) |
| 脆弱機能 | LII(INTP)・EII(INFP) |
| 暗示機能 | IEI(INFJ)・ILI(INTJ) |
| 動員機能 | EIE(ENFJ)・LIE(ENTJ) |
| 観察機能 | SEI(ISFJ)・SLI(ISTJ) |
| 実演機能 | ESE(ESFJ)・LSE(ESTJ) |
研究者の記述は、位置によって量に偏りがあります。主導機能・脆弱機能・暗示機能の記述が多く、ほかの位置は記述の多い研究者の一節を選んで短く扱います。
主導機能: SLE・SEE
主導機能のSeは、02〜10章で見てきた記述の大部分にあたります。アウシュラの組織者、レイニンの「我は活動する」と「行動の人」、ストラティエフスカヤの空間の征服と承認、フィラトワの闘いと成功がその例です。この位置は引用を足さず、03〜09章の記述をそのまま主導機能の像として読みます。
創造機能: LSI・ESI
創造機能のSeについて、ストラティエフスカヤは、ESIの記述でこう書いています。
ESI〔原文: ドライザー〕の創造的意志感覚は、極限的状況において特に鮮やかに発現する — 自分の利益の防衛時、そして主要なのは — 自分の関係の利益の防衛時に。自分の関係を、ESI〔原文: ドライザー〕は誰にも侵害させない。(中略)友人のため、愛する人のためなら、危険を考慮せずに火の中にも水の中にも入っていく。
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Творческая волевая сенсорика Драйзера особенно ярко проявляется в экстремальной ситуации — при защите его интересов и главное — при защите интересов его взаимоотношений. На свои взаимоотношения Драйзер никому не позволяет посягать.(中略)За друга, за любимого человека пойдет в огонь и воду, не рассуждая и не считаясь с опасностями.
ストラティエフスカヤによれば、ESIの創造的な意志の力は、自分の利益と、何より自分の関係を守るときに鮮やかに表れます。友人や愛する人のためなら、危険を考えずに火の中にも水の中にも入っていくとされます。
14章で見たとおり、ESIは最初に攻撃することはできません。創造機能のSeは、主導機能の判断(ESIではFi)が大事にするものを守るための力として書かれていると読めます。
規範機能: ILE・IEE
規範機能のSeについて、アウシュラはILEの章でこう書いています。
彼の意志—外向感覚—は超自我ブロックにある。そのため彼はふつう、こうした潜在的可能性を他者に開いて見せるだけ、すなわち周囲の潜在的な力の研究者であるだけにとどまりがちで、これらの力を動員し、実効ある力に変える者にはならない。その本性上、彼は研究者であって、組織者ではない。
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Его воля — экстра- тимная сенсорика — на блоке СУПЕРЭГО. Поэто- му, как правило, он склонен эти потенциальные возможности лишь открывать другим, то есть быть лишь исследователем потенциальных’ сил окруже- ния, а не тем, кто эти силы мобилизует, превращает в действенную силу. По своей природе он — ис- следователь, а не организатор.
上の引用にある外向感覚はSe、つまり意志と力の要素で、ILEではそれが超自我ブロックに入ります。言い換えると、ILEは可能性を人に見せることはできても、それを動員して実効ある力に変える役は担いにくいということです。
アウシュラは、その理由を、ILEの意志が超自我ブロックにあることに置いています。規範機能のSeは、求められれば使うが、自分の本領ではない力として書かれています。
脆弱機能: LII・EII
脆弱機能のSeについては、フィラトワがEIIの記述で、ブカロフがLIIの記述で書いています。まず、フィラトワです。
いかなる形であれ暴力に関わることはすべて、EIIには非常に苦痛に感じられる。喧嘩や殺人を目にすることは、たとえそれがテレビ映画で示されているだけであっても、彼には心理的に辛いことである。そうした光景は彼の中に、それを今すぐやめさせたいというただ一つの欲求を引き起こす。現実の生活でこうした出来事が起こると、彼の反応はさらに強くなる。とりわけ子供が罰を受けている場合はなおさらである。
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Все, что связано с насилием в любом виде, ЭИИ воспринимает очень болезненно. Ему психологически трудно видеть драки, убийства даже в том случае, если это всего лишь показано в телевизионном фильме. Такие зрелища вызывают у него единственное желание — прекратить это немедленно. Еще более сильна реакция на такие события в жизни, особенно если наказанию подвергаются дети.
上の引用の要点は、EIIにとって、暴力に関わることはすべてとても苦しく、それを今すぐやめさせたいという欲求を引き起こすということです。テレビ映画の喧嘩でさえ心理的につらく、とりわけ子どもが罰を受けている場面では反応が強くなるとされます。
次に、ブカロフです。
特にこれは第4機能に関係する。例えば、1次元の意志的センサリーを持つ人間が指導しようとする。LIIはしばしば、ただ有能で、才能があり、整理された人々として、エンジニアとして指導者に昇進する。だが部下を「整列させる」、厳しく命令する、罰するなどの必要があるとき ― ここに意志的センサリーによる問題がある。そして徐々にそうした人にストレスが蓄積する。なぜなら彼は絶えずこのような決定を下せないから。そしてストレスが現れ、後に神経症、後にもう何らかの心身症的障害があり得る。
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Особенно это касается 4-й функции. Например, человек с одномерной волевой сенсорикой пытается руководить. ЛИИ часто выбиваются в руководители, просто как грамотные, талантливые, упорядоченные люди, инженеры. Но когда надо «построить» подчиненного, жестко приказать, наказать и прочее — с этим проблемы по волевой сенсорике. И постепенно у такого человека накапливается стресс. Потому что он не может постоянно принимать такого рода решения. И появляется стресс, потом невроз, потом могут быть уже какие-то психосоматические расстройства.
言い換えると、LIIは有能さで指導者に昇進しても、部下に厳しく命令し、罰する場面で負担が重なるということです。ブカロフは、その負担が積み重なるとストレスになると書いています。
脆弱機能のSeでは、Seを主導に持つタイプが自然に使う力、つまり人を押して従わせる力が、最も負担の大きいこととして書かれています。EIIは力を受ける側で、LIIは力を使う側で、その負担が書かれているということです。
暗示機能: IEI・ILI
暗示機能のSeについては、記述が多く残っています。まず、ストラティエフスカヤは、IEIをこう書いています。
IEI〔原文: エセーニン〕は強く目的志向的な人々を尊敬するだけではなく、また彼らに感嘆するだけでもない。彼は彼らの一部となること、「彼らの翼の下の小羽根」となることを望む。彼らに必要で役立つ存在となることを望む。彼は常に彼らの友情と信頼を勝ち取ることを幸せに思い、彼らの庇護をうっとりと受け入れる。
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Есенин не просто уважает сильных и целеустремленных людей, он не только восхищается ими. Он стремится стать частью их, быть "перышком под их крылом". Он стремится быть нужным и полезным им. Он всегда счастлив завоевать их дружбу и доверие и с восторгом принимает их покровительство.
言い換えると、IEIは強く目的志向的な人の庇護の下に入り、その人の役に立ちたいと望むということです。
レイニンは、ILIの暗示機能のSeを、圧力との関係で書いています。
「私に何かをしてくれ」。ILI〔原文: バルザック〕は周囲の人々が見たいと思う仮面を容易に被る。(中略)このタイプの人々は説得にほとんど抵抗できない—何かをするように圧力をかけられると、彼らはほとんど無防備である。(中略)彼らはしばしば、何かをするのに外的な後押しを必要とする。一方で、彼らは圧力に抵抗することができない。異性の人物がILI〔原文: バルザック〕のところにやって来てこう言う—「俺は引っ越してくる、俺はお前と一緒に住む」。—「うん、いいよ」。
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“Do something with me”. A Balzac easily puts on the mask that people around her want to see. Sometimes this type lives the role they play, and while frequently changing their masks they happen to lose themselves. People of this type can hardly resist persuasion: when pressed to do something, they are almost defenseless. A Balzac may 'unexpectedly' find herself involved in a strange activity. They often need an external push in order to do something. On the other hand, they are unable to resist the pressure. A person of the opposite sex comes to a Balzac and says: “I am moving in, I will live with you”. – “Well, OK”.
つまり、ILIは説得にほとんど抵抗できず、何かをするのに外からの後押しを必要とするということです。「俺は引っ越してくる」と言われて「うん、いいよ」と答える例は、外からの意志をそのまま受け入れる姿として書かれています。
ユングは、内向的直観型の無意識について、こう書いています。
内向的直観型の主な抑圧は、対象の感覚に向けられる。(中略)その無意識のなかには、太古的な性格をもつ、補償的な外向的感覚機能が見いだされる。(中略)衝動性と抑えのなさが、この感覚の性格であり、それに感覚印象へのなみはずれた依存が結びついている。この依存は、高空の希薄な空気のような意識の態度を補償し、その態度にある種の重みを与えて、完全な「昇華」が起こらないようにしている。
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The introverted intuitive's chief repression falls upon the sensation of the object.〔中略〕we find in his unconscious a compensatory extraverted sensation function of an archaic character.〔中略〕Impulsiveness and unrestraint are the characters of this sensation, combined with an extraordinary dependence upon the sense impression. latter quality is a compensation to the thin upper air of the conscious attitude, giving it a certain weight, so that complete ' sublimation ' is prevented.
上の引用の要点は、内向的直観型の無意識には、意識の側で抑えられた外向的感覚が、衝動的で抑えのない形で残っているということです。ユングは、その感覚印象への依存が、高空の希薄な空気のような意識の態度に重みを与えて、完全な「昇華」が起こらないようにしていると書いています。
暗示機能のSeについての記述は、自分からは出しにくいが、外から来る力と後押しを強く求める要素という点でそろっています。ユングの「重み」は、その力が本人の側にも必要なものとして書かれていると読めます。
動員機能: EIE・LIE
動員機能のSeについて、グレンコは、EIEの記述でこう書いています。
彼自身の力はパニックや混乱の極限状況で鋭く増す。これらの場合、彼は自信を持って決然と振る舞う。同時に、感情的、精神的に打ちのめされていれば、力に対しては無防備である。そのような状況では、彼は運命への服従を不可避なものとして知覚する。突然の力だけが彼をヒステリーの状態から引き出せる。誰かから予期せず力強い打撃を受けたとき、彼は冷静になる。
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His own power sharply increases in extreme situations of panic or confusion. In these cases, he behaves confidently and decisively. At the same time, he is defenseless against force if emotionally and mentally broken. In such a situation, he perceives submission to fate as inevitability. Only a sudden force can bring him out of a hysterical state. When unexpectedly dealt a forceful blow from someone else, he becomes sober.
上の引用の要点は、EIEの力は、パニックや混乱の極限状況で鋭く増すが、感情的に打ちのめされているときは力に対して無防備になるということです。突然の力だけがEIEをヒステリーの状態から引き出せる、とグレンコは書いています。
この記述は、グレンコのモデルGでは「起動機能」の項にあります。モデルGの起動機能に入る要素は、モデルAの6番の動員機能と同じで、EIEではSeです。動員機能のSeは、ふだんは前に出ないが、極限の場面で目を覚ます力として書かれています。
観察機能: SEI・SLI
観察機能のSeについて、ストラティエフスカヤは、SEIの記述でこう書いています。
自分の意志的資質について、SEI〔原文: デュマ〕はおおよそこのように語る。「私はつい最近気づいたんですが、どうやら私には大きな意志の力があるみたいです。」(中略)SEI〔原文: デュマ〕には意志の力が実際にあり、しかも実際に大きい。しかし彼は特別な必要なくしてそれを使うことを自分に許さない。(中略)状況がそれを要求するなら、SEI〔原文: デュマ〕は厳しくも厳格にもなれるが、決して自分の意志的資質を悪用することはない。
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О своих волевых качествах Дюма говорит примерно так: "Я только недавно понял, что у меня, оказывается, большая сила воли".〔中略〕Сила воли у Дюма действительно есть и действительно большая, но он не позволяет себе пользоваться ею без особой надобности.〔中略〕Если ситуация того требует, Дюма может быть и жестким и строгим, но он никогда не злоупотребляет своими волевыми качествами.
言い換えると、SEIには実際に大きな意志の力があるが、特別な必要がなければそれを使わないということです。状況が求めれば厳しくもなれますが、意志の資質を悪用することはないとされます。
観察機能のSeは、持っていても、使うことに価値を置かない力として書かれています。14章で見た「Seが弱い人は意志が弱い」という読み方は、この位置の記述とは合いません。
実演機能: ESE・LSE
実演機能のSeについて、ストラティエフスカヤは、LSEの記述でこう書いています。ストラティエフスカヤは、この位置を「誇示」の語で書きます。
LSE〔原文: シュティルリッツ〕の意志と目的志向性も誇示的性格を帯びる。教訓的な目的で、LSE〔原文: シュティルリッツ〕は自分のために立ち上がる方法の模範を示す術を心得ている。しかし最初に攻撃することは決してない — 誤解の場合を除いては。 決断性を発揮するのは、仕事の利益のため、個人的利益と「自分のチーム」の利益の防衛のためだけである。
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Воля и целеустремленность Штирлица также носят демонстративный характер. В назидательных целях Штирлиц умеет показать пример того, как нужно постоять за себя. Но первым нападать никогда не будет — разве что по недоразумению. Решительность проявляет только в интересах дела, в плане защиты личных интересов и интересов "своей команды".
つまり、LSEは意志と目的志向性を見せて、自分を守る方法の手本を示すが、最初に攻撃することは決してないということです。決断性を発揮するのは、仕事の利益と、個人と「自分のチーム」の利益を守るときだけだとされます。
実演機能のSeは、見せることで相手を退ける力として書かれています。14章で見たESIと同じく、攻めるより守る向きの力です。
価値の側と、そうでない側
Seが入る8つの位置は、価値の側とそうでない側に4つずつ分かれます。主導機能・創造機能・暗示機能・動員機能の4つは、そのタイプが大事だと感じる位置です。ここに入るSLE・SEE・LSI・ESI・IEI・ILI・EIE・LIEは、どれもベータかガンマのクアドラに入ります。
一方、規範機能・脆弱機能・観察機能・実演機能の4つは、大事だと感じない側の位置です。ここに入るILE・IEE・LII・EII・SEI・SLI・ESE・LSEは、どれもアルファかデルタのクアドラです。この分かれ方は、モデルAの定義から決まります。
研究者の記述も、この分かれ方に沿って読めます。価値の側では、Seが強い位置(主導・創造)でも弱い位置(暗示)でも、力は大事なもの、求めるものとして書かれます。IEIが強い人の翼の下に入りたいと望み、ILIが外からの後押しを必要とするのが、弱い位置の例です。
反対に、価値でない側では、強い位置(観察・実演)でも弱い位置(規範・脆弱)でも、Seは自分から求めるものとしては書かれていません。SEIは大きな意志の力を持ちながら使わず、LSEは見せて守るだけで先には攻めず、ILEは力を動員する役を担いにくく、EIIは暴力に苦しみます。
小括
同じSeでも、入る位置によって、研究者の書き方は大きく変わります。主導機能では人と物を動かす中心の力、創造機能では大事なものを守る力、規範機能では本領でない力、脆弱機能では最も負担の大きい力、暗示機能では外から求める力として書かれています。
そして、動員機能では極限で目を覚ます力、観察機能では持っていても使わない力、実演機能では見せて退ける力として書かれます。また、価値の側の位置ではSeは求めるものとして書かれ、価値でない側ではそう書かれていません。
16原典の語のもとにあるイメージ(独自の整理)
ここからは当サイトの独自の整理です。16章は、研究者の定義ではなく、02〜15章の記述を踏まえた当サイトの読みです。研究者の引用で支えられるところだけ引用を添え、それ以外は確かめられていない見立てとして書きます。
原典にあるのは語のほう
02〜10章で見たとおり、原典に書かれているのは、力、意志、運動エネルギー、空間の統制、勢力圏、強さと弱さ、抵抗といった語です。研究者ごとに語は違いますが、11章で見たとおり、指しているものはかなり近いところにあります。
当サイトは、この語の並びを次のように読んでいます。研究者は、Seという知覚のもとにある1つのイメージを、言葉にするならこう言うしかなかったのではないか、ということです。語を1つずつ覚えるより、そのもとにあるイメージをつかむほうが、なぜその語なのかが分かりやすくなります。
もとのイメージ: 向きと量を持った力
当サイトの読みでは、Seのもとにあるイメージは、対象に向きと量を持った力、つまりベクトルを持たせ、その始点に立って押すことです。どちらへ向かうかと、どれだけの量かが、はじめから決まっている状態です。
その量を言葉にすると、力になります。力の及ぶ範囲を言えば、場や影響圏、勢力圏になります。相手の向きを自分の向きに従わせれば、支配になります。2つのベクトルを比べれば、強いか弱いかになります。
向きが逆のこともあります。ベクトルが地面に向いていれば、横から押されても動かない、という形の力になります。抵抗する、耐える、譲らない、という語は、こちらの向きを言い表したものと読めます。
イェルマークは、Seのアスペクトの名前について、こう書いています。
それゆえ、空間の心理的に重要な特性を性格づける情報構成要素の意味論(意味)は「意志」という用語で一般化でき、力の影響またはその撃退を反映する一連の単語と語句で詳細化できる(中略)文献ではこのアスペクトの他の名称も見られる: 外向的感覚および意志的感覚。
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Поэтому семантику (смысл) информационной составляющей, которая характеризует психологически важные для нас свойства пространства можно обобщить термином “ воля “ и детализировать целым наборов слов и языковых оборотов, отражающих силовые воздействия или отпор им〔中略〕В литературе встречаются и другие наименования этого аспекта: экстравертная сенсорика и волевая сенсорика.
言い換えると、イェルマークは、守ることも攻めることも「意志」という1つの語でまとめ、細かいところは、力で働きかけることと、それに反撃することを表す語で言い分けられる、と書いているということです。
当サイトは、この書き方を、1つのイメージを言葉にするときに、いちばん近い語を探した跡として読んでいます。攻撃と防衛が1つの名前に入るのは、向きが外か地面かの違いだけで、どちらも同じベクトルを持っている状態だから、と考えることもできます。
研究者の記述との対応
このイメージは、研究者の記述のいくつかとよく重なります。第一に、アウシュラの「運動エネルギー」です(03章)。今まさに動いている力の量は、ベクトルの量そのものです。アウシュラが同じ定義に「自分の意志を他の人々の意志に対置する」と書いたのは、2本のベクトルを向かい合わせることと読めます。
第二に、カルペンコの球です(08章)。働きかけを受けると、球は中心へ引き絞られ、応答が生まれます。受けた力に、同じ量の力で応じるという像は、地面に向いたベクトルとも、押し返すベクトルとも読めます。
第三に、グレンコの「強さ‐弱さの知覚」です(09章)。ベクトルの量を比べる目と読めば、Seが強弱で物事を受け取ることの説明になります。ユングが、優位に置かれた感覚を「対象をつかみ、形づくる行為」と書いたこと(02章)も、対象に力をかける側の書き方です。
保存する知覚と、推し進める知覚
同じ読み方で、13章で比べた隣の3つの要素のもとにあるイメージも、次のように整理できます。いずれも、当サイトの読みです。
- Siのもとにあるイメージは、対象に何も足さず、あるものをあるままに感じ取ることです。いちばん近くにある、あるがままのものは自分の体なので、それを言葉にすると体調になります。あるままに保つことを言い換えれば、保存や安定になります。
- Neのもとにあるイメージは、1つの対象のまわりに観測点をいくつも置いたまま、1つに決めないことです。対象は、まだ何にでもなりうる状態のまま残ります。その感じを言葉にすると、可能性になります。
- Niのもとにあるイメージは、対象に意味を与えて、終点を1つ置くことです。点を置くと、今とそこまでのあいだに前と後ができます。それを言葉にすると、時間や出来事になります。
4つを並べると、NeとSiは対象をそのまま残しておく「保存する知覚」、NiとSeは対象を1つの方向へ進める「推し進める知覚」に分かれます。Neは観測点を開いたまま対象を残し、Siは何も足さずに対象を残します。一方、Niは終点を置き、Seは始点から押します。
ここで、Seの側から見ると、終点を置いただけでは、まだ1つの位置にすぎません。そこへ向けて始点から押す力があって、はじめて1本のベクトルになります。SeとNiが組になるのは、始点と終点がそろって1つの向きができるからだ、と考えることもできます。この組は、13章で見たレイニンの果敢(SeとNi)と重なります。
押すと見えなくなるもの
推し進める側には、見えにくくなるものもあります。1つの向きに押して進んでいるあいだは、回り込んで、ほかの観測点から対象を見ることがしにくくなります。Neが残しておきたい「ほかの可能性」は、押しているあいだは見えなくなります。
同じことは、Siに対しても言えます。意志を乗せて対象をとらえようとすると、あるものをあるままに見ることができなくなります。Siの側から見ると、押されて形が変わったこと自体が、前と違う、何かおかしい、という違和感になる、と読めます。
反対に、Seの側から見ると、観測点を開いたまま止まっている状態や、何も足さずに置いておく状態は、向きが決まらないまま、何も進んでいない状態です。どちらが正しいかではなく、前提が違うので、ここで話の食い違いや苛立ちが起きるのかもしれません。
言葉の出方としてのSe
このイメージからは、Seが言葉にどう出るかについても、1つの見立てが出てきます。向きと量が決まっているので、Seは「〇〇は〇〇だ」「それは違う」「これはそういうものだから」という、言い切る言い方に出やすいと当サイトは見ています。物事の評価も、良い・悪いより、強いか弱いか、動くか動かないかの軸で出やすい、という見立てです。
反対に、Neの「〜かもしれない」は可能性を削らずに残し、Siの「〜な感じ」は感じたままを置いておく言い方です。Niの「〇〇は、つまり△△なんです」も言い切りますが、こちらは対象に意味の終点を置く言い方で、相手を押す言い方ではありません。Seの言い方は、向きと強さを相手にぶつける言い方として、これらと比べて見分けられる、ということです。
イェルマークが、このアスペクトを「力の影響またはその撃退を反映する一連の単語と語句」で細かく言い分けられると書いたこと(上の引用)は、この見立てと同じ方向です。ただし、言い切る言い方は、Seだけでなく、その場の立場や役割からも出てきます。1つの言い方だけでSeと決めることはできず、ほかの要素の言い方と比べて初めて見分けられる、というのが当サイトの考えです。
小括
当サイトの読みでは、Seのもとにあるイメージは、向きと量を持った力を対象にかけ、その始点に立って押すことです。その量を言葉にしたものが、研究者の力、意志、運動エネルギー、勢力圏、強さと弱さという語だと考えています。
このイメージで並べると、NeとSiは保存する知覚、NiとSeは推し進める知覚に分かれます。研究者の語がばらばらに見えても、もとのイメージは1つだという読みです。これは研究者の定義ではなく、当サイトの見立てとして置きます。
17外向感覚(Se)とは何か
ここまで見てきたものを、当サイトの責任でまとめます。新しい引用は置きません。確からしさは、研究者章の引用より一段低くなります。最後は、「外向感覚(Se)とは、詰まるところ何なのか」に落ち着けます。
反復して現れる記述
Seについて、研究者を横断して反復される記述は5つです。今働いている力と、それを向ける意志の知覚であること。その最初の例が、人と人のあいだの力の比べ合いになっていることです。
また、空間を占め、その範囲を広げること。圧力がかかると止まるのではなく、動きが増えること。そして、守ることと攻めることが同じ1つの要素に入っていることです。
このうち第一は、ここで取り上げた研究者がそろって書いています。アウシュラは「運動エネルギー」、ストラティエフスカヤは「空間の統制」、イェルマークは「意志」と書きました。グレンコは「力の感覚」、フィラトワは「意志の感覚」と呼びましたが、どれも力の言い換えです。語は研究者ごとに違いますが、Seの中心はここで揺れていません。
隣の要素との違いで見ると
13章では、隣の3つの要素と比べてSeの輪郭を見ました。Siと比べると、Seは今あるものをそのまま保つのではなく、力をかけて動かす知覚です。イェルマークの意志と快適、グレンコの強さと感覚の動き方、フィラトワの意志の感覚と感受の感覚が、この区別を書いています。
Neと比べると、Seはこれから働きうる力ではなく、今働いている力の知覚です。アウシュラの運動エネルギーとポテンシャル・エネルギー、ユングの現実性と可能性、ストラティエフスカヤの強制と肯定的な例が、この区別を書いています。
そしてNiとは、側面も向きも反対でありながら、力とその向かう先として組になります。グレンコの中央クアドラと、ブカロフの双対のアスペクトが、この組の両面を書いています。
確定しない点
まず、形や外見がSeに入るかどうかは確定していません。レイニンは定義の先頭に形と外見を置き、アウシュラも美しさを挙げています。一方、ストラティエフスカヤとグレンコの定義には、外見の語がほとんど出てきません。
また、攻める向きと守る向きのどちらがSeの中心かも確定していません。グレンコの定義は従わせる力から始まり、イェルマークとエグリトは防衛と攻撃を同じ重さで並べます。グレンコ自身も、+Fと-Fの2つの向きに分けています。さらに、レイニンとフィラトワの「今ここ」が、Seだけの性質か、感覚型全体の性質かも、文献の上では分けられていません。
Se像の要約
文献上のSeは、人と物が今持っている力と、それを向ける意志の知覚です。相手がどれだけの力を持ち、自分の意志でどこまで押せるか、どこまで耐えられるかに目が向きます。空間に向けば、その範囲を占め、勢力圏を広げようとします。
そのため、Seを強く持つ人は、組織者や指導者になりやすく、圧力がかかるとかえって動きが増えます。力の比べ合いの中で、相手を従わせることも、押されて譲らないことも、同じ知覚から出てきます。
一方で、その力をどこへ向けるかを見定めるのは、Niの役目です。また、まだ出ていない可能性を見るのは、Neの役目です。Seは、この2つと組み合わさって初めて、力を向ける先と、力で開ける道を持てる要素として書かれています。これが、研究者章を通して浮かび上がる像です。
外向感覚(Se)とは、詰まるところ
いろいろな研究者の書き方を見てきましたが、最初の一般像(01章)からそう遠くには行きません。力、意志、押すか引くか—ここは研究者をまたいで残ります。言い直したいのは2つです。「攻撃的」というより、攻めることにも守ることにも使われる力に目が向く。「五感で今この瞬間を楽しむ」というより、今ここにある力の大きさを量り、それを動かす。心地よさを味わうのは、隣のSiの側です。
かみ砕いて言えば、Seは、目の前の相手や物に「どれだけの力があり、自分はどこまで押せるか」が見える知覚です。人を見れば、誰が強く誰が弱いか、どこを押せば動くかが気になります。場所を見れば、誰がそこを占めているかが気になります。そのため、迷うより先に動き、圧力にはかえって力で応じます。ですが、その力をどこへ向けるかの見通しや、まだ出ていない可能性は、Seの得意なところではありません。力を量り、押すか耐えるかを決める、と文献は書いています。
少なくとも、これだけは研究者をまたいで残ります。今働いている力に目が向く。人と人の力の関係にも向く。空間を占めようとする。圧力にはかえって動く。Seは、おおよそそういう要素です。
18引用と記述の方法
引用を用いる理由と範囲
ソシオニクスの文献では、同じSeについて、研究者ごとに呼び名も定義の語も観測の角度も違います。違う記述を1つの要約にまとめると、どの研究者も書いていない「平均像」ができあがります。要約には書き手の解釈が混ざるため、研究者の記述は逐語の引用で示します。
引用は、本文で設定した論点の検討に必要な範囲にとどめます。そのうえで、当サイトの本文がその出典関係・記述の差異・適用範囲を分析します。各引用の位置づけの説明、各章末の小括、11章の横断比較、12章のMBTIとの比較、13〜15章の各論が、このページの本文の役割です。
また、11章の横断比較や14章の読み違いの整理など、本文の分析には当サイトの判断が入ります。16章は当サイト独自の整理で、17章はその延長で記事全体の資料をまとめ直す独自の統合です(位置づけは章の冒頭でも明示します)。
引用の逐語性と翻訳
引用の訳文は当サイトによる訳出です(ユングはドイツ語原著の英訳版から、エグリトは学派が公開する露語版から訳出しています)。底本の綴りは各引用の「原文を表示」で確認できます。
底本は、研究者本人の著書と機関誌論文を主とします。原文は、各引用の下の「原文を表示」に格納しています。なお、原文には誤字が残る可能性があることをあらかじめお伝えしておきます。
引用の位置づけも明記します。本ページの引用は、公表された著作物からの、批評・研究を目的とする引用です。引用部は引用ブロックで明瞭に区分し、すべてに出所を番号つきで明示しています。
また、索引には著者・資料名と、確認できた範囲の刊行年・初出・該当箇所を掲載し、出所に留保が要る資料は注記で示します。本文と引用の関係は、本文の分析が主で、引用は各論点の根拠として示す資料です。出典・掲載についての指摘があれば対応します。
引用への編集操作
引用への編集操作は、次の3点に限ります。第一に、タイプ愛称の置換です。ソシオニクスの原典には、16タイプを著名人の名で呼ぶ愛称が頻出します。当サイトはタイプをコード表記(ILE、SEIなど)で統一しているため、引用内の愛称は「ILE〔原文: ドン・キホーテ〕」の形式で置換します。
第二に、タイプ略号と研究者名のラテン文字への統一です。第三に、引用内の要素記号への要素コードの添え書きです。原文で要素記号が入る箇所には、記号のあとに要素コードを添えます(例: ●〔Se〕)。
一方、要素の名称には手を加えません。Seは研究者によって「外向的感覚」「黒い感覚」「意志的感覚」「意志感覚」「意志」「力の感覚」「F」などと呼ばれ、名前も記号も体系ごとに違います。そのため、引用内の名称はそのまま残し、対応は各研究者章の冒頭で示します。本文では、当サイトの名称である外向感覚(Se)で統一します。
索引の使い方
引用の末尾には初出順の番号が付きます。番号を押すと巻末の索引に移動し、著者・書名と、確認できた範囲の年・該当箇所を確認できます。索引の各項目からは、本文の引用位置へ戻れます。
+索引(引用文献)
- [1]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 外向的感覚型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [2]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 外向的直観型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [3]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 外向的感覚型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [4]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) 「関係の知覚の四つのアスペクト」の節 本文へ
- [5]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) 「関係の知覚の四つのアスペクト」の節 本文へ
- [6]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) 「何が誰の関心を引き、誰が何に通じているか」の節 本文へ
- [7]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) 「IMのブロック」 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [8]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) ILE記述の補足 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [9]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年)第1講 底本は英語版 本文へ
- [10]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年)第2講「16タイプ」SLE節 底本は英語版 本文へ
- [11]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010年) 底本は英語版 本文へ
- [12]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年) Part III「直観—感覚」 底本は英語版 本文へ
- [13]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 理論編 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [14]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 SLE章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [15]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 SLE章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [16]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 SEE章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [17]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年)第II部「外向感覚型」の節 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [18]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年) SLE章 本文へ
- [19]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年) SEE章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [20]Yermak「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(原題:Взаимодействие психики человека с окружающим миром. Аспектная структура информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(1997年) 出典リンク 本文へ
- [21]Yermak「情報流のアスペクト辞典」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1998年) 出典リンク 本文へ
- [22]Yermak「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(原題:Взаимодействие психики человека с окружающим миром. Аспектная структура информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(1997年) 出典リンク 本文へ
- [23]Karpenko「世界のアスペクト知覚」(原題:Восприятие аспектов мира)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(1995年) 出典リンク 本文へ
- [24]Karpenko「世界のアスペクト知覚」(原題:Восприятие аспектов мира)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(1995年) 出典リンク 本文へ
- [25]Karpenko「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」(原題:О ранжировании квадр по аспектам информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2002年) 出典リンク 本文へ
- [26]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [27]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [28]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [29]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [30]Bukalov「インタタイプ関係の記述」(原題:Описания интертипных отношений)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌「クアドラの価値観」の節(2012年) 出典リンク 本文へ
- [31]Eglit『ソシオニクス的自己観察の基礎』(原題:Основы соционического самонаблюдения、刊年不詳) 底本はシステム・ソシオニクス学派(School of System Socionics)公式サイトのロシア語原文。引用本文はその当サイト訳。刊行年は底本に記載がなく未確認 出典リンク 本文へ
- [32]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第8章 図30(p.80) 引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [33]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第8章 図30(p.80) 引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [34]Myers, McCaulley, Quenk & Hammer『MBTI Manual』(原題:MBTI Manual: A Guide to the Development and Use of the Myers-Briggs Type Indicator, Third Edition、1998年)第3版 第4章「SPs」(p.50) Consulting Psychologists Press 刊。引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [35]Myers & Briggs Foundation『Type Dynamics: Processes』(刊年不詳) 「The Eight Dominant Processes」 公式サイトの英語版(2026年7月31日取得)。引用本文はその当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [36]Myers, McCaulley, Quenk & Hammer『MBTI Manual』(原題:MBTI Manual: A Guide to the Development and Use of the Myers-Briggs Type Indicator, Third Edition、1998年)第3版 第4章「SPs」(p.49〜50) Consulting Psychologists Press 刊。引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [37]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第9章「外向的感覚型」(p.99) 引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [38]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第9章「外向的感覚を思考が支える」(p.101) 引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [39]Myers, McCaulley, Quenk & Hammer『MBTI Manual』(原題:MBTI Manual: A Guide to the Development and Use of the Myers-Briggs Type Indicator, Third Edition、1998年)第3版 第4章 ESFP(p.72) Consulting Psychologists Press 刊。引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [40]Myers, McCaulley, Quenk & Hammer『MBTI Manual』(原題:MBTI Manual: A Guide to the Development and Use of the Myers-Briggs Type Indicator, Third Edition、1998年)第3版 第4章 ISTP(p.83) Consulting Psychologists Press 刊。引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [41]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第9章「内向的感情を感覚が支える」(p.97) 引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [42]Myers, McCaulley, Quenk & Hammer『MBTI Manual』(原題:MBTI Manual: A Guide to the Development and Use of the Myers-Briggs Type Indicator, Third Edition、1998年)第3版 第3章(p.26) Consulting Psychologists Press 刊。引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [43]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第9章「外向的感覚型」(p.101) 引用本文は英語原文からの当サイト訳 本文へ
- [44]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 内向的感覚型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [45]Yermak「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(原題:Взаимодействие психики человека с окружающим миром. Аспектная структура информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(1997年) 出典リンク 本文へ
- [46]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [47]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年)第II部 実務家の比較 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [48]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) 「関係の知覚の四つのアスペクト」の節 本文へ
- [49]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 外向的直観型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [50]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 理論編 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [51]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [52]Bukalov「社会歴史過程のモデル化(第1部)」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(2012年) 出典リンク 本文へ
- [53]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 外向的感覚型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [54]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 ESI章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [55]Karpenko「構えがタイプの発現に及ぼす影響」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2011年) 本文へ
- [56]Stratiyevskaya『お別れしないために』(刊年不詳) 本文へ
- [57]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) ILE章 本文へ
- [58]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001年) 本文へ
- [59]Bukalov「職業的成功とソシオニクス・タイプ」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2023年) 機関誌、2023年 本文へ
- [60]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 IEI章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [61]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010年) 底本は英語版 本文へ
- [62]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 内向的直観型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [63]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年) 16タイプ編 EIE章 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [64]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 SEI章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [65]Stratiyevskaya『お別れしないために』(刊年不詳) 本文へ
- [66]Yermak「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(原題:Взаимодействие психики человека с окружающим миром. Аспектная структура информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(1997年) 出典リンク 本文へ
