内向論理(Ti) 超詳細解説
ソシオニクスの8つの情報要素の1つ・内向の論理・構造の論理
情報要素の内向論理(Ti)を、ソシオニクスの研究文献からの引用をもとに解説する長編です。対象は、ユングの『心理学的類型』と、創始者のアウシュラ・アウグスティナヴィチューテ(Aushra Augustinaviciute)の著作です。さらに、レイニン、ストラティエフスカヤ、フィラトワ、イェルマーク、カルペンコ、グレンコ、ブカロフ、エグリトの記述を扱います。同じTiを、研究者ごとにどう呼び、何として定義したかを引用で示し、そのあとで、MBTIのTiとの比較、Te・Fi・Feとの違い、当サイト独自の整理を分けて置きます。研究者をまたいで残るのは、Tiが対象どうしの関係を比べ、1つの体系に組み立てる要素だという点です。
先に結論を知りたい方は、11章「研究者間で残る中核と食い違い」をご確認ください。
引用の扱い方(逐語性、訳出の方針、編集操作、索引の使い方)は、末尾の「引用と記述の方法」にまとめています。
01内向論理(Ti)は一般にどう言われているか
内向論理(Ti)は、一般には、ソシオニクスの8つの情報要素のうち筋道と整合性を扱う要素と説明されます。「白い論理」「構造論理」とも呼ばれ、物事を分類し、定義をはっきりさせ、矛盾のない体系に組み立てることに目が向く要素だとされます。
よく言われるのは、話の筋が通っていないと気になり、定義のあいまいな言葉を嫌うという像です。新しい情報を聞くと、自分の中の枠組みのどこに収まるかを考え、分類して整理します。規則や手順を作ったり、「それは理屈に合わない」と言ったりする人として紹介されることもあります。
一方で、人の気持ちより理屈を先に立てやすく、冷たい、融通が利かないと見られることがあると言われます。考えが自分の頭の中で完結しやすく、外で実際に役に立つかどうかは後回しになる、とも説明されます。
同じ論理の外向論理(Te)とは、Teは外の事実や成果で確かめ、Tiは内側で筋が通っているかを確かめる、と対にして説明されるのが定番です。おおよそ、これが一般に言われている像です。
タイプ別によく挙げられる例もあります。Tiを1番の主導機能に持つLII(INTP)やLSI(ISTP)は、理論家や、規則と秩序を守る人として紹介されます。括弧の中は、MBTIで近いとされるタイプの表記です。また、Tiが4番の脆弱機能に入るSEE(ESFP)やIEE(ENFP)は、理屈を細かく詰められたり、決まりで縛られたりすると負担に感じやすいと言われます。
この像は、あとで見る研究者の記述がところどころ切り出されて広まったものです。筋道、分類、体系、という中心はたいてい合っています。ですが、研究者ごとに呼び名も観測の角度も違い、「冷たい」「融通が利かない」が定義そのものに書かれているわけではありません。また、Tiを「客観的」と呼ぶ研究者と「主観的」と呼ぶ研究者がいます。このページでは、02章から研究者の記述を順に見て、17章でこの一般像のどこがそのまま残り、どこが言い直されるかに戻ります。
読この記事の読み方
想定読者は、内向論理(Ti)の解説ページや8つの情報要素を読み終えて、出典まで確かめたい人です。長いページですが、読み方は単純です。各章で研究者の記述を引用で示し、そのすぐ下に当サイトの読み方(何が共通し、どこが違うか)を書きます。
流れは、01章が一般に言われている像、02章がユングの内向的思考です。03〜10章が研究者別の記述(このページの中心)で、11章が横断比較です。12章では、MBTIの側のTiと比べます。続く13〜15章は各論で、Te・Fi・Feとの違い、よくある読み違い、モデルAの位置を扱います。16章が当サイト独自の整理で、17章が「内向論理(Ti)とは、詰まるところ」のまとめです。引用には初出順の番号が付き、押すと巻末の索引へ飛び、索引から本文へ戻れます。引用の扱い方(逐語性、訳出、編集操作)は末尾の「引用と記述の方法」にあります。
ページ冒頭の「コピーしてAIで要約!」を押すと、要約用の指示文とこのページの本文がクリップボードに入ります。AIに渡すと、要約のほか引用の意味を聞く・研究者ごとの違いを整理させる・Te・Fi・Feとの違いに絞って読み直す、といった使い方ができます(長すぎるときは、章を分けて渡すと扱いやすくなります)。
02ユングの内向的思考
Tiの出発点は、ユングが『心理学的類型』で書いた内向的思考です。ソシオニクスの研究者は、この記述を読んだうえでTiを定義し直しています。そのため、先にユング本人の記述を確認します。
主体に始まり、主体に戻る思考
ユングは、内向的思考をまず次のように定義しています。
内向的思考は、主として主観的な要因によって方向づけられる。(中略)したがってそれは、具体的な経験からふたたび客観的な事物へと導くのではなく、つねに主観的な内容へと向かう。外的な事実は、この思考の目的でも起点でもない。内向型はしばしば、そう見えるようにしたがるけれども。それは主体に始まり、主体に戻る。現実的なもの、事実的なものの領域へ、どれほど大きく飛翔しようとも。
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Introverted thinking is primarily orientated by the subjective factor.〔中略〕Hence, it does not lead from concrete experience back again into objective things, but always to the subjective content. External facts are not the aim and origin of this thinking, although the introvert would often like to make it so appear. It begins in the subject, and returns to the subject, although it may undertake the widest flights into the territory of the real and the actual.
言い換えると、内向的思考は、外の事実から始まって外の事実へ戻るのではなく、主体に始まって主体に戻る思考だということです。現実の事実の領域へどれほど大きく出ていっても、行き着く先は主観的な内容です。ここでいう主観的要因は、対象の側ではなく、見る主体の側から加わるものを指すユングの用語です。
事実は理論の例証
内向的思考が事実をどう扱うかについて、ユングはこう書いています。
それは問いを立て、理論をつくる。見通しを開き、洞察をもたらすが、事実を前にすると控えめな態度をとる。事実は例証としては価値をもつが、優位に立ってはならない。事実は理論の証拠や例として集められるのであって、それ自体のために集められることはけっしてない。(中略)その願いは現実に届くことであり、その目標は、外的な事実がどのように観念の枠組みに収まり、それを満たすかを見ることである。
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formulates questions and creates theories; it opens up prospects and yields insight, but in the presence of facts it exhibits a reserved demeanour. As illustrative examples they have their value, but they must not prevail. Facts are collected as evidence or examples for a theory, but never for their own sake.〔中略〕Its desire is to reach reality ; its goal is to see how external facts fit into, and fulfil, the framework of the idea
つまり、内向的思考は問いを立てて理論をつくり、事実はその理論の証拠や例として集めるということです。事実を集めること自体は目的ではなく、自分の観念の枠組みに事実がどう収まるかが目標だ、とユングは書いています。
ここで内向的思考が組み立てているのは、事実を収めるための枠組みです。ユングの観念の枠組みも、つまりは体系のことで、のちのソシオニクスの研究者は、これを体系、構造、システムと呼ぶことになります。
カントとダーウィン
ユングは、内向的思考型の例にカントを挙げ、外向的思考型のダーウィンと並べています。
ダーウィンがおそらく正常な外向的思考タイプを代表しうるように、正常な内向的思考タイプの対例としてはカントを挙げることができよう。前者は事実によって語り、後者は主観的要因に訴える。(中略)彼は観念によって決定的に影響される。ただしその観念は、客観的なデータにではなく、主観的な基盤に源泉を持つ。外向型と同じように、彼もまた自分の観念に従う。ただし向きは逆で、外へではなく内へ向かう。彼が目指すのは強度であって、広がりではない。
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as Darwin might possibly represent the normal extraverted thinking type, so we might point to Kant as a counter-example of the normal introverted thinking type. The former speaks with facts; the latter appeals to the subjective factor.〔中略〕decisively influenced by ideas ; these, however, have their origin, not in the objective data but in the subjective foundation. Like the extravert, he too will follow his ideas, but in the reverse direction : inwardly not outwardly. Intensity is his aim, not extensity.
上の引用の要点は、ダーウィンは事実によって語り、カントは主観的要因に訴えるという対比です。内向的思考型が目指すのは、多くの事実を広く集めることではありません。1つの観念を深く詰める「強度」のほうだということです。
内側では明晰、外とのつながりは見えにくい
内向的思考型の人物像の中で、ユングはこう書いています。
自分の問題を能力の限り考え抜くなかで、彼はそれを複雑にもし、あらゆる懸念に絶えず絡めとられる。自分の思考の内的な構造が彼自身にとってどれほど明晰であっても、それが現実の世界のどこでどう結びつくのかは、彼にはまったく明らかでない。自分に明らかなことが誰にとっても同じように明らかとはかぎらない、と認めることは、彼には難しい。
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In thinking out his problems to the utmost of his ability, he also complicates them, and constantly becomes entangled in every possible scruple. However clear to himself the inner structure of his thoughts may be, he is not in the least clear where and how they link up with the world of reality. Only with difficulty can he persuade himself to admit that what is clear to him may not be equally clear to everyone.
言い換えると、内向的思考型は、自分の思考の内側の構造が本人にとってどれほど明晰でも、それが現実のどこにどう結びつくかは本人には見えにくいということです。自分に明らかなことがほかの人にも明らかとはかぎらない、と認めるのも難しいとされます。
01章の一般像にあった「考えが頭の中で完結しやすい」は、この記述とよく重なります。
論理の法則ではなく、前提が主観的
内向の合理型、つまり内向的思考型と内向的感情型の判断について、ユングはこう書いています。
したがって、内向的な合理型は疑いなく理性的な判断をもっている。ただ、それは基調が主観的な判断なのである。論理の法則が曲げられるとはかぎらない。その一面性は前提にあるからである。(中略)したがって内向型には、最も一般的な例を挙げれば、主観的要因へ導く推論の連鎖のほうが、対象へ導く推論の連鎖よりも、いくらか理にかなって見える。
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Thus, the introverted rational types unquestionably have a reasoning judgment, only it is a judgment whose leading note is subjective. The laws of logic are not necessarily deflected, since its onesidedness lies in the premise.〔中略〕Thus, to the introvert, to mention the most general instance, that chain of reasoning which leads to the subjective factor appears rather more reasonable than that which leads to the object.
ここでユングが言っているのは、内向型の判断も理性的で、論理の法則が曲がっているわけではないということです。一面的なのは前提のほうで、主観的要因が優位にあることが判断の下にあります。そのため、内向型には、主観的要因へ導く推論のほうが理にかなって見えるとされます。
この「前提が主観的」という言い方は、あとで見るグレンコの記述(09章)にほぼそのまま出てきます。
小括
ユングの内向的思考は、主体に始まって主体に戻り、事実を理論の例証として扱い、観念の枠組みを深く詰める思考です。内側の構造は明晰でも、外の現実とのつながりは本人に見えにくいとされます。
ユングは、この思考を「主観的要因」の側に置きました。一方、03章で見るように、アウシュラは同じTiを「客観性」で際立つ要素として定義しています。同じ要素が、研究者によって主観とも客観とも呼ばれるということです。このねじれは、04章の小括でまとめます。
03アウシュラの記述
創始者のアウシュラのTiの記述は、主に『ソシオニクス入門』の定義と、『ソシオニクス: 心理タイプ・テスト』のLSI章にあります。アウシュラはTiを「白い論理」と呼び、□の記号で表しました。
読むときの注意を1つだけ置きます。アウシュラの機能の番号は今のサイトと違うため、番号を含まない一節を選んでいます。引用の中の「アスペクト」は、ここでは情報要素とほぼ同じ意味です。
定義: 対象どうしを比べる感情
アウシュラは、白い論理を次のように定義しています。
私たちは、何らかの客観的パラメータの基準に基づいてある対象を他の対象と比較する際に生じる感情を、論理的なものに分類する。たとえば、距離、重さ、体積、価値、力、質的差異の感覚。(中略)論理的感情は、対象の認知性あるいは非認知性、比較可能性あるいは非比較性、それらのあいだの均衡の有無、そして空間における対象の位置についての情報を運ぶと言える。
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К. логическим относим чувства, которые возникают при сравнении одного объекта с другим на основе какого-либо объективного пара- метра. Например, чувство расстояния, веса, объе- ма, ценности, силы, качественности.〔中略〕Можно сказать, что логические чувства несут информацию о познанности или непознанности, срав- нимости или несравнимости объектов, о наличии или отсутствии равновесия ‘между ними. Как и о пространстве и месте объекта в нем.
言い換えると、アウシュラのTiは、ある対象を別の対象と、客観的な基準で比べたときに生じる感情だということです。基準の例は、距離・重さ・体積・価値・力です。比べた結果として、対象どうしが釣り合っているか、空間のどこにあるかといった情報が運ばれます。
ここでの「論理」は、推論の手順の正しさのことではありません。アウシュラの白い論理の中心にあるのは、対象どうしの比較です。
客観性: 自分の関心を入れない
アウシュラは、この感情の性質を続けてこう書いています。
これらの感情は客観性によって際立つ。なぜなら、それらは人間自身の関心や欲求を考慮に入れず、客観的質の比率のみを考慮するからである。この知覚のアスペクトによって、対象間あるいはそれらの構成部分間の客観的な論理的関係を見る能力あるいは無能力が規定される。
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Они отличаются объективностью, потому что не учитывают интересов и потребностей самого че- ловека, а лишь соотношение объективных качеств. Этим аспектом восприятия определяется способ- ность или неспособность человека видеть объектив- ные, логические отношения между объектами или их составными частями.
つまり、白い論理は自分の関心や欲求を入れずに、対象の質の比率だけで比べるので、「客観性」で際立つということです。対象どうし、あるいは対象の部分どうしの論理的な関係が見えるかどうかは、この知覚で決まるとされます。
02章のユングは、内向的思考を主観的要因の側に置きました。アウシュラは、同じ内向の論理を客観性で定義しています。
主導のとき: 静的な相互関係
白い論理が主導のときの人について、アウシュラはこう書いています。
この知覚のアスペクトが主導的であるとき、人間は客観的世界の、すなわち対象の世界の静的な相互関係の評価における自らの論理性によって際立つ(中略)すなわち、客観的世界の認識を、世界の法則性と比率についての自らの知見を、他者の知識に対置する能力によって際立つ。自分自身の客観的世界の認識だけでなく、他の人々の認識をも形成し改善する技能によって。
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Когда этот аспект восприятия ведущий, человек отличается своей логичностью при оценке взаи- моотношений объективного статического мира, то есть мира объектов.18〔中略〕то есть свое познание объективного мира, законо- мерностей и соотношений объективного мира, про- тивопоставлять знаниям других людей. Отличает- ся умением формировать и усовершенствовать не только свое собственное познание объективного ми- ра, но и познание других людей.
言い換えると、白い論理が主導の人は、静的な対象の世界の中で、相互関係を評価する論理性で際立つということです。世界の法則性と比率についての自分の知見を、ほかの人の知識に対置し、ほかの人の認識まで形づくって改善する、とされます。
「静的」は、ある時点での対象どうしの関係を指します。動いている過程やその効率を扱う黒い論理(Te)とは、ここで分かれます(13章)。
LSI: 対象より、対象どうしの関係の体系
『心理タイプ・テスト』のLSI章で、アウシュラは白い論理をこう書いています。
彼のアクセプト(受容)の半拍は □〔Ti〕 であり、そのため LSI〔原文: マクシム〕 は、外の客観的な世界で、対象そのものよりも、対象の物理的な配置、相互の比率、相互関係の体系を観察する。彼が研究する対象はこれらの関係であって、対象そのものではない。そして彼が記憶しているのも、対象そのものではなく、対象どうしの空間的な距離である。(中略)LSI〔原文: マクシム〕 の知的な目的は、さまざまな体系を改良してそれに仕え、模範的な秩序に保つことである。そうすることの目的は、対象を操作することにある。
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Его акцептный полутакт 1, пото- му во внешнем объективном мире МАКСИМ на- блюдает не столько за объектами, сколько за их физическим расположением, соотношениями, сис- темой их взаимоотношений. Объект его изуче- ния — эти отношения, а не сами объекты. И по- мнит он не сами объекты, а пространственные рас- стояния между ними.〔中略〕Интеллектуальная цель МАКСИМА — усовер- шенствование разных систем и служение им, содер- жание их в примерном порядке. Целью этого явля- ется манипуляция объектом.
上の引用にある「アクセプトの半拍」は、アウシュラの用語で、情報を受け取る側の働きを指します。言い換えると、LSIが観察しているのは、対象そのものより、対象の配置、比率、相互関係の体系だということです。記憶に残るのも、対象どうしの距離のほうです。
知的な目的は、さまざまな体系を改良し、模範的な秩序に保つことだとされます。アウシュラのTiも、つまりは対象どうしの関係を1つの体系として見る要素です。
人の集団の中の距離
アウシュラの白い論理は、物どうしの関係だけでなく、人どうしの関係にも向きます。同じLSI章で、こう書いています。
最初に、LSI〔原文: マクシム〕 が新しい集団に入った時にすることは、白い論理に従って関係を押し付けることである。すぐに皆と知り合おうとし、現存するヒエラルキーを把握し、自分の場所を選ぼうとする。彼が選ぶのであり、彼にではない。
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Первое, чем МАКСИМ занимается, попав в но- вый коллектив, это навязывание отношений по бе- лой логике — он старается сразу со всеми позна- комиться, разобраться в имеющейся иерархии и вы- брать в ней место для себя. Он выбирает, а не его выбирают
つまり、LSIは新しい集団に入ると白い論理に従って関係をつくり、今ある上下関係の構造をつかんで、自分の場所を自分で選ぶということです。白い論理は、人と人のあいだの距離や上下にも働いています。
一般像の「理屈ばかりで人を見ない」とは、少し違う姿です。Tiは、人と人の距離や上下も、関係の体系として扱うと書かれています。この点は14章でも取り上げます。
小括
アウシュラのTiは、対象どうしを客観的な基準で比べる感情です。自分の関心を入れない客観性で際立ち、静的な相互関係や距離、上下を扱います。比べる対象は物にも人にも向きます。
アウシュラは、Tiの定義の中心に「客観性」を置きました。一方、次の04章で見るレイニンは、同じ白い論理を「私自身の論理」と書きます。
04レイニンの記述
レイニンのTiの記述は、主に『ソシオニクス: 類型論・小集団』にあります。レイニンは白い論理に英語で「Subjective logic」と添えています。タイプの節では、Tiを一人称の言葉で書いています。
定義: 私自身の論理
レイニンは、白い論理を次のように定義しています。
白い論理。それは私自身の論理であり、私の理解、説明、記述、概念、事物の理論である。それはより近いか遠いか、より高いか低いかという概念の私の階層である。それは私が教わったこと、この世界に対する私の見方、私の世界観である。それには私の教育、すなわち私の理念のシステムと私の学校教育が含まれる。
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Subjective logic. It is my own logic, my understanding, explanation, description, concept, and theory of things. It is my hierarchy of notions of the things that are closer or farther, higher or lower. It is what I was taught, my view of this world, my world outlook. It includes my education, i.e. the system of my ideas and my schooling.
上の引用で目を引くのは、定義のすべてが「私の」で始まっていることです。私の理解、説明、記述、概念、理論です。概念の遠近と上下の階層、教わったこと、世界観、理念のシステムも、すべて「私の」ものとして並んでいます。
レイニンのTiは、私自身の論理、つまり自分の中に組み上げた理解と説明の体系です。アウシュラが比べる働きから書いたTiを、レイニンはできあがった体系の側から書いています。
LIIとLSI: 自分の体系を守る
Tiを主導機能に持つLIIの節で、レイニンはこう書いています。
「私の論理が世界で最良の論理だ」。LII〔原文: ロベスピエール〕に、自分の信念体系と矛盾するいかなることをも納得させるのは難しい。彼女は通常、自分の体系を説明するのに困難を抱えている。(中略)LII〔原文: ロベスピエール〕は即座には何も新しいものを受け入れない:あなたの議論は聞くが、彼女には評価し、新しいデータを検討し、処理し、受け入れるか拒否するかを決める時間が必要である。彼女はその場であなたに同意することはない。
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“My logic is the best logic in the world”. It is difficult to convince a Robespierre of anything that contradicts her system of beliefs. She usually has difficulty explaining her own system.〔中略〕A Robespierre just does not instantly accept anything new: she will listen to your arguments, but she needs time to evaluate, review new data, process it and either accept or reject it. She would not agree with you on the spot.
つまり、LIIは、自分の信念体系と矛盾するものを受け入れにくいということです。新しい議論は聞きますが、その場では同意しません。評価して処理し、受け入れるか退けるかを決める時間が要るとされます。自分の体系を人に説明するのは苦手、という点は、02章のユングの記述と重なります。
LSIについて、レイニンはこう書いています。引用の中の第1機能は、レイニンの番号で、今の主導機能と同じです。
別の類型、LSI〔原文: マクシム・ゴーリキー〕を取ろう。第1機能はここでは白い論理(□〔Ti〕)である。この類型に意見を変えさせることは不可能である:「世界は私が理解するとおりにある」。この心性は黒い論理を無視する:「もし世界が私が理解するようでないなら、世界にとって不都合だ」
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Let's take another type, Maxim. First function here is subjective logic ( ). It is impossible to make this type change their opinion: “The world is, as I understand it”. This mentality ignores objective logic: “If the world is not the way I understand it, too bad for the world”
LSIにとっては、世界は自分が理解しているとおりにあります。世界がそうでないなら、それは世界のほうの不都合だとされます。レイニンは、この心性が黒い論理(Te)を無視すると書いています。
主観主義者と客観主義者
レイニンは、二分法の1つとして、主観主義者と客観主義者を分けています。
区別は現実に対する態度に従ってなされた。主観主義者は理解、説明、記述、概念により多く頼る。新しい課題が現れたときには、彼らは知識を拡張し、自身の立場を決定しようとする。(中略)客観主義者は客観的世界、事実、権威、信頼できるデータにより集中している。
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Distinction was made according to the attitude to the reality. The subjectivists lean more on understanding, explanations, descriptions, and concepts. When a new task presents itself they try to extend their knowledge and determine their position.〔中略〕The objectivists are more focused on the objective world, facts, authorities, and reliable data.
主観主義者は理解と説明に頼り、客観主義者は事実と信頼できるデータに頼る、という区別です。新しい課題が出てきたとき、主観主義者は知識を広げて自分の立場を決めようとする、とされます。
同じ本の別の箇所で、レイニンはこの二分法をクアドラと結びつけています。
8タイプ(客観主義者)は客観的世界の論理によって導かれ、他の8タイプ(主観主義者)は主観的論理によって導かれる。主観的人々は陽気であり、客観的人々は深刻である。哲学的カテゴリに関しては、前者は世界の記述により集中し、後者は世界の絵により集中する。客観的人々はガンマおよびデルタクアドラに属する。主観的人々はアルファおよびベータクアドラに属する。
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Eight types (objectivists) are guided by the logic of the objective world, the other eight types (subjectivists) – are lead by the subjective logic. Subjective people are cheerful, objective people are serious. As far as philosophical categories are concerned the former are more focused on the description of the world, the latter - on the picture of the world. Objective people belong to gamma and delta quadras; subjective people belong to alpha and beta quadras.
上の引用の要点は、主観主義者は主観的論理に導かれ、アルファとベータのクアドラに属するということです。アルファとベータは、Tiを価値に持つクアドラです。一方、客観主義者のガンマとデルタは、Teを価値に持ちます。また、主観主義者は世界の記述に、客観主義者は「世界の絵」、つまり世界がどうなっているかの像に向くとされます。
小括: 客観と主観のねじれ
ここまでで、同じTiが、ユングとレイニンでは「主観」、アウシュラでは「客観」と呼ばれています。この食い違いは、アウシュラとレイニンが同じ語で別の軸を書いていると読むと、どちらの体系の中でも筋が通ります。
アウシュラの「客観」は、比べるときに自分の関心や欲求を入れるかどうかの区別です。アウシュラは、同じ内向の判断のFiを、対象どうしのあいだの「主観的関係」、つまり引かれるか退けるかとして定義しています(13章)。つまり、アウシュラの客観と主観は、論理と倫理を分ける軸です。
一方、レイニンは、白い要素の4つすべてに「Subjective」、黒い要素の4つすべてに「Objective」と添えています。白い論理だけでなく、白い直観も白い感覚も白い倫理も「主観」です。つまり、レイニンの主観と客観は、内向と外向を分ける軸です。論理が自分の理解の体系の中にあるか、外の世界の事実の中にあるかという区別です。ユングが内向を主観的要因の側に置いたのも、同じ軸です。
Tiは、論理であって、内向です。そのため、アウシュラの軸では客観の側に、レイニンの軸では主観の側に入ります。言い換えると、Tiは、自分の中に組み上げた体系の上で(レイニンの主観)、自分の関心を入れずに比べる(アウシュラの客観)要素だということです。2つの定義は、Tiの別々の面を書いていて、ぶつかってはいません。
この2つの軸は、このあと見るストラティエフスカヤ(05章)とグレンコ(09章)の記述にも、両方そろって出てきます。16章では、当サイト独自の整理として、この2つの面を1つの像で説明します。
05ストラティエフスカヤの記述
ストラティエフスカヤのTiの記述は、主に『お別れしないために』にあります。名前は「(客体間の)関係の論理」で、説明の頭には「体系の論理」と書いています。位置の番号は今のモデルAと同じですが、位置の名前が違うところがあるため、位置ごとの記述は15章で扱います。
定義: 体系の論理
ストラティエフスカヤは、関係の論理を次のように定義しています。
体系の論理—知識を体系化する能力、理論を作り出す能力、客体間の論理的相互関連の深い理解、事実の体系、階層、従属関係、行政機構、分類、統計、計算と統制。
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Логика систем — умение систематизировать знания, создавать теории, глубокое понимание логических взаимосвязей между объектами, система фактов, иерархия, подчиненность, административный аппарат, классификация, статистика, учет и контроль.
言い換えると、ストラティエフスカヤのTiは、知識を体系化して理論をつくる能力で、客体どうしの論理的な結びつきを深く理解する力でもあるということです。事実の体系・階層・従属関係・行政機構・分類・統計も、同じ要素に入ります。
ストラティエフスカヤは、名前で「関係」を、説明で「体系」を使っています。名前のほうの関係の論理は、客体そのものの性質ではなく、客体どうしの関係を扱う論理という意味です。Tiを、客体どうしの関係を体系にまとめる要素として書いているということです。
白い記号は、関係を外側から見る視線
ストラティエフスカヤは、白い記号と黒い記号の違いを、こう説明しています。
黒色記号—これを私たちは「外向(エクストラヴァート)」と呼ぼう—これは、いわば自身を内側から見つめる視線、いわば自身(および他者)の内的衝動の特徴記述、自身(および他者)の主観的資質の評価である。(中略)白色記号—これを私たちは「内向(イントロヴァート)」と呼ぼう、なぜならこれは、いわば私たちの関係を外側から見つめる視線、それらがどのように発展し、私たちが既存の関係の体系のなかにどのように組み込まれるかを見る視線だからである。
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Черный символ — мы будем называть его "экстравертным" — это как бы взгляд на себя изнутри, как бы характеристика своего (и чужого) внутреннего импульса, оценка своих (и чужих) субъективных качеств.〔中略〕Белый символ — мы будем называть его "интровертным", поскольку это как бы взгляд со стороны на〔中略〕наши отношения, на то, как они развиваются, и на то, как мы вписываемся в уже существующую систему отношений.
つまり、黒い記号(外向)は自分を内側から見る視線で、白い記号(内向)は自分たちの関係を外側から見る視線だということです。白い記号は、自分たちが今ある関係の体系にどう組み込まれるかを見る、とされます。
この説明は、Tiに限らず内向の要素の全体についてのものです。ただし、主観と客観の分け方で言えば、ストラティエフスカヤは外向の側を「主観的資質の評価」と書いています。白い論理は、自分の関心から離れて関係を外から見る側に置かれていて、アウシュラの「客観性」と同じ向きです。
LII: 整合性が真理の基準
Tiを主導機能に持つLIIについて、ストラティエフスカヤはこう書いています。
「我思う、ゆえに我あり」。LII〔原文: ロベスピエール〕は生まれつき、強く発展した論理と分析的思考の能力を授けられている。様々なモデル、構造、図式、分類について論じることを愛する。あらゆる現象の中に既存の矛盾や非論理性の根本原因を探し、見出す。(中略)彼の論理的プログラムの主要な要件は、客観的真理であり、その基準として彼は実践というよりむしろ完結性と論理的整合性とみなす。「真理は全体である」(ヘーゲル)。
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"Мыслю — следовательно, существую". Робеспьер от природы наделен сильно развитой логикой и способностями к аналитическому мышлению. Любит рассуждать о различных моделях, структурах, схемах и классификациях. В любых явлениях ищет и находит первопричины существующих противоречий и нелогичностей.〔中略〕Главное требование его логической программы — объективная истина, критерием которой считает не столько практику, сколько целостность и логическую стройность. "Истина — это целое" (Гегель).
言い換えると、LIIにとっての真理の基準は、実践で役立つかどうかより、体系として完結していて矛盾がないかどうかだということです。モデル、構造、図式、分類を論じ、現象の中の矛盾や非論理の原因を探します。
同じLIIの記述は、次の一文で始まります。
「公正は私の職業」。このタイプの代表者は常に公正のための情熱的な戦士である。世界のすべては論理的で、したがって公正であるべきだと考える。
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"Справедливость — мое ремесло". Представитель этого типа всегда страстный борец за справедливость. Считает, что все в мире должно быть логично и, следовательно, — справедливо.
LIIは、世界のすべては論理的で、したがって公正であるべきだと考えます。ストラティエフスカヤの記述では、論理と公正が1つにつながっています。この公正の観念がクアドラによって別の要素へ移る話は、13章で扱います。
LSI: システムの外では考えない
もう一方の主導のタイプ、LSIについて、ストラティエフスカヤはこう書いています。
システムの外でLSI〔原文: マクシム〕は何ひとつ決して考察しない—これが彼の知性の構造である。あらゆる現象は彼によって、特定の合法則性と特定の論理的秩序が働いているある種の既存システムの一部として考察される。その秩序を理解することを、LSI〔原文: マクシム〕は自分の義務と考える。
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Вне системы Максим никогда и ничего не рассматривает — таков склад его интеллекта. Любое явление рассматривается им как часть некоей существующей системы, в которой действуют определенные закономерности и определенный логический порядок, понять который Максим считает себя обязанным.
言い換えると、LSIは、あらゆる現象を、合法則性と秩序が働く既存の体系の一部として考えるということです。システムの外では何も考察しない、とまで書かれています。
そのため、LSIは、1つの出来事を前にすると、次のように自分に問うとされます。
あらゆる現象の意味を、LSI〔原文: マクシム〕はその「システム性」の自覚を通じて理解する。あたかも自分自身に「これは単独の事実なのか、それとも何らかのシステムに帰属するのか? これは個別の行為なのか、それとも行動のモデルなのか? もしこれが個別の行為であるなら、その背後にはどのような動機があるのか? 単独の、偶然の動機なのか、それとも見解と関係のあるシステムが背後にあるのか?」と問いかけるかのようにである。
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Смысл любого явления Максим понимает через осознание его "системности", как бы задавая себе вопрос: это единичный факт или он приписывается к какой-то системе? Это частный поступок или это модель поведения? Если это частный поступок, то какие мотивы за ним стоят? Это единичные, случайные мотивы или за ними стоит какая-то система взглядов и отношений?
つまり、LSIにとっては、1つの出来事も、それがどの体系に属するかで意味が決まるということです。単独の事実か、何かのシステムに帰属するのかが、最初の問いになります。
2つのタイプを並べると、LIIは体系が完結し矛盾がないかを、LSIは目の前の現象がどの体系に属するかを見ています。同じ主導のTiでも、知覚の側に組む要素(LIIはNe、LSIはSe)で、体系の扱い方が分かれると読めます。
小括
ストラティエフスカヤのTiは、客体どうしの関係を体系にまとめる「関係の論理」「体系の論理」です。白い記号を、関係を外側から見る視線として説明していて、Tiを自分の関心から離れた側に置いています。
LIIでは体系の完結性と整合性、LSIでは既存のシステムへの帰属として書かれます。また、論理を公正と結びつけているのが、ストラティエフスカヤの記述の特徴です。
06フィラトワの記述
フィラトワのTiの記述は、主に『ソシオニクスの鏡の中の人格』にあります。フィラトワは、ユングの機能の説明の中でTiを「内向論理型」として書き、記号の名前を「構造論理」としています。
内向論理型: 構造と秩序を探す
フィラトワは、内向論理型の意識を次のように書いています。
内向論理型の意識は、周囲世界についての自分自身の観念に集中している。彼は自分を取り囲むすべてのものの中に構造と秩序を探し、自分の周りにそうした構造を組織し、その中での自分の位置を感じ取ろうとする。これは周囲世界の物質的な対象にも、社会の、国家の仕組みを含む体制にも関わりうる。あらゆる情報を分類し、グラフや図式を作る傾向がある。何かを集めること、コレクションすること、カタログに載せること、棚に並べることが好きである。自分の考察の結果を、各種の「上申書」、論考、指示書の形にまとめる。
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Сознание интровертного логика сосредоточено на собственных представлениях об окружающем мире. Он ищет структуру и порядок во всем, что его окружает, старается организовать такую структуру вокруг себя, почувствовать свое место в ней. Это может касаться как материальных предметов окружающего мира, так и общественного, в том числе государственного устройства. Он склонен всю информацию классифицировать, составлять графики и схемы. Любит что-нибудь собирать, коллекционировать, заносить в каталог, расставлять по полкам. Результаты своих размышлений формулирует в различных «служебных записках», трактатах, инструкциях.
フィラトワの構造論理は、周りのすべてのものの中に構造と秩序を探し、自分の周りにもそれを組み立てる働きとして書かれています。分類、グラフ、図式、コレクション、カタログ、棚がその例で、考えた結果は業務の文書や論考、指示書にまとめられます。
ここで見落としやすいのは、組み立てた構造の中で「自分の位置」を感じ取ろうとするという一文です。構造の中に自分も入っている、という書き方で、16章の独自の整理とも関わります。フィラトワの構造と秩序も、つまりは体系のことです。
LII: 法則性と理論
LIIについて、フィラトワはこう書いています。
LIIの思考は分析的な性格を帯びており、彼は一般的な法則性の認識に惹かれ、事実を調査し分析しながら、あらゆることの中に論理を見出し、理論、体系、モデルを構築しようとする。
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Мышление ЛИИ носит аналитический характер, он тяготеет к познанию общих закономерностей, исследуя и анализируя факты, стремится во всем найти логику, построить теорию, систему, модель.
つまり、LIIの思考は分析的で、一般的な法則性を知ることに引かれ、理論、体系、モデルを組み立てるということです。フィラトワは、続けてLIIが何に引かれるかを書いています。
彼を惹きつけるもの—それは観念である。彼が最も関心を持つのは一般的な法則性である。細部が彼にとって重要になるのは、新しい体系を構築することが問題になっているときである。(中略)体系なしには正常な生活はありえず、すべてがそれに従わなければならない。
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То, что влечет его — идеи. Его больше всего интересуют общие закономерности. Детали для него важны, когда речь идет о том, чтобы построить новую систему.〔中略〕Без системы не может быть нормальной жизни, все ей должно подчиняться.
言い換えると、LIIを引きつけるのは観念と一般的な法則性で、細部が大事になるのは新しい体系を組み立てるときだということです。また、体系なしには正常な生活はありえないとまで書かれています。
LSI: 構造の人間
LSIについて、フィラトワはこう書いています。
LSIは構造の人間であり、彼はそれを見つけ出し、その中に組み込まれ、それに従い、それを改良しようとする。彼を取り巻くすべてのものを体系化すること、分類すること、階層や法則を打ち立てることが、これを助けるだろう。これらすべては、生活を秩序立てることのできる様々な規則や指示書の中に、明確に定着されなければならない。
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ЛСИ — человек структуры, которую он стремится найти, в нее встроиться, ей следовать, ее усовершенствовать. Этому может способствовать систематизация всего, что его окружает, классификация, установление иерархий, законов. Все это должно быть четко зафиксировано в различных правилах, инструкциях, которые могут упорядочить жизнь.
つまり、LSIは、構造を見つけ、その中に入り、それに従い、それを改良するということです。体系化、分類、階層、法則が、そのための手段になります。最後は、生活を秩序立てる規則や指示書に定着させるとされます。
LIIとLSIを並べると、LIIは観念と新しい体系に、LSIは生活を秩序立てる規則に向いています。05章のストラティエフスカヤと同じ分かれ方です。
小括
フィラトワのTiは、周りのすべてのものの中に構造と秩序を探し、組み立てる「構造論理」です。組み立てた構造の中に、自分の位置も感じ取ろうとします。
LIIでは一般的な法則性と新しい体系、LSIでは生活を秩序立てる規則として書かれます。研究者の中でも、分類、カタログ、棚、指示書と、Tiの具体的な現れを最も多く挙げているのがフィラトワです。
07イェルマークの記述
イェルマークのTiの記述は、機関誌の論文「人間の心と周囲世界との相互作用」(1997年)にあります。イェルマークは、このアスペクトに「システム」という名前を選んでいます。
定義: 対象の関係についての情報
イェルマークは、このアスペクトを次のように定義しています。
私たちのうちのある者にとって重要なのは、何かの構造、図式、効率、集合、分類、計上、統計である。しばしば私たちは何かの秩序と正しさ、適切性、公正、階層に関心を持つ。場合によっては見解や概念等々が決定的である—これらすべては何らかの対象や集団の関係についての情報である。対象についての情報流の関係的構成要素(アスペクト)の意味論(意味)は、「システム」という用語で一般化できる。一連の他の単語と語句も同じ意味を持つ [6]。文献ではこのアスペクトの他の名称も見られる: 内向的論理または構造論理。
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Для некоторых из нас важными являются структура, схема, эффективность, совокупность, классификация, учет, статистика чего-либо; часто нас интересуют порядок и правильность чего-то, адекватность, справедливость, иерархия, в ряде случаев определяющими являются взгляды или концепция и т.п. – все это информация об отношениях неких объектов или групп. Семантику (смысл) отношенческой составляющей информационного потока (аспекта) об объектах можно обобщить термином “система”; тот же смысл имеют целый ряд других слов и языковых оборотов [6]. В литературе встречаются и другие наименования этого аспекта: интровертная логика или структурная логика
構造、図式、集合、分類、統計、秩序、正しさ、公正、階層、見解、概念は、どれも対象や集団の関係についての情報です。イェルマークは、これらをシステムの語でまとめています。
名前を「システム」にした理由
その名前を選んだ理由を、イェルマークは同じ段落で書いています。
実際、対象についての話を、対象同士の比較なしに、それらの相互関係や空間・時間における相互配置を指示することなしに想像することは難しい。「システム」という単語は、文明国の多くの言語でもっともよく使われる単語の一つであり、科学では、与えられた目的を達成するために直接的・間接的結合に基づいて相互作用する要素(対象)の集合を意味する
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Действительно, трудно представить себе какой бы то ни было разговор об объектах без сравнения объектов друг с другом, без указания их взаимосвязи или взаимного расположения в пространстве или времени. Слово “система” – одно из наиболее употребительных во многих языках цивилизованных стран, а в науке оно обозначает совокупность элементов (объектов), взаимодействующих на основе прямых и обратных связей для достижения заданной цели
言い換えると、対象について話すとき、対象どうしを比べ、相互関係や配置を示すことは抜きにできないということです。そして、科学でのシステムの意味は、結びつきに基づいて互いに作用する要素の集まりです。
イェルマークは、Tiの名前そのものを体系(システム)にした研究者です。アウシュラの「比べる」も、ストラティエフスカヤの「関係」も、イェルマークの名前の中では1つの語にまとまっています。
「論理」は借りた語
イェルマークは、アウシュラの名づけについて、こう書いています。
情報流のこの部分の名称を選ぶ際、A.アウグスティナヴィチューテはかつて(若い学問ではよくあることだが)「論理」という用語を借用した。しかし、私たちの観点では、このような名称は意味論的に正当化されず、情報マクロアスペクトの「対象」という命名がより正確に内容を伝える。
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Подбирая название для этой части информационного потока, А.Аугустинавичюте в свое время заимствовала (так бывает в молодых науках) термин “ логика “; однако, с нашей точки зрения, такое название семантически неоправданно, и наименование информационного макроаспекта “объекты” более точно передает содержание.
つまり、イェルマークの考えでは、「論理」という名前は意味の上で正当化されないということです。イェルマークは、TeとTiをまとめるマクロアスペクトを「対象」と呼んでいます。この2つの要素が運ぶのは、推論の手順ではなく、対象についての情報だという立場です。
この指摘は、Tiを「論理的に考える力」と読む一般像への反論にもなります。14章で取り上げます。
発言の中のTi
イェルマークは、人の発言の中にアスペクトを見つける例も書いています。
「彼に「何時ですか?」と聞いたら、彼は時間の本質について講義してくれる…」 / トロリーバスでの会話 /(中略)このような形象的な性格づけから、話題に上がっている人物がおそらく何らかの世界観的基盤、人生の原則、相互関係の構造をよく理解していること、そして、なぜか問いを彼の観点から重要なもの、システムに組み込まれるものに結び付ける必要がある(あるいはそれは誇張か)ことが見える—アスペクト「システム」(「構造論理」、□〔Ti〕、L)に似ている。
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“Спроси у него: “который час?..” и он прочитает тебе лекцию о сути времени...” / разговор в троллейбусе /〔中略〕из такой образной характеристики видно, что человек, о котором идет речь, повидимому, хорошо разбирается в неких мировоззренческих основаниях, жизненных〔中略〕принципах, структуре взаимоотношений, и ему почему-то надо (или это гипербола)〔中略〕связать вопрос с чем то важным, с его точки зрения, вписать в систему – это похоже на аспект “система” (“структурная логика”, , L)
言い換えると、時刻を聞かれて時間の本質を講義する人は、問いを自分の観点で重要なもの、自分の体系に組み込まれるものに結びつけずにはいられないということです。イェルマークは、ここに「システム」のアスペクトを見ています。
どんな問いも、自分の体系のどこに入るかで受け止めるという形です。04章のレイニンの「私の理解、説明、概念の体系」が、会話に出てきた例と読むこともできます。
小括
イェルマークのTiは、対象と集団の関係についての情報で、その名前は「システム」です。構造、分類、秩序、階層、公正、概念が、すべてこの名前にまとめられています。
また、「論理」は借りた語で、TeとTiが運ぶのは対象についての情報だという指摘が、イェルマークの記述の特徴です。
08カルペンコの記述
カルペンコのTiの記述は、機関誌の論文にあります。カルペンコ自身は論理型ではなく、Tiについては「論理型に語ってもらうほうがよい」と断ったうえで書いています。
骨組みと設計図
カルペンコは、Tiの像をこう書いています。
論理については、論理型に語ってもらうほうがよい。(中略)それでも、あえて言えば。L—□〔Ti〕—はオルガンのコラール、高まりながら全空間を満たしていく旋律。そして同時に—正方形、骨組み、設計図、化学の分子の関節模型である。
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О логике пусть лучше говорят логики.〔中略〕И все же. L - - органный хорал, нарастающая мелодия, заполняющая все пространство. И в то же время - квадрат, каркас, проект, шарнирная модель молекул в химии.
言い換えると、カルペンコの見るTiは、空間を満たしていく旋律であると同時に、正方形、骨組み、設計図、分子の関節模型だということです。どれも、部分どうしのつながり方だけを取り出した構造です。
体系を組み立てる、出来事に組み込まれる
同じ論文で、カルペンコはTiとTeを、一人称の言葉で対比しています。
そしてこの一対の機能にも、同じ「黒白」の違いを見出すことができる。□〔Ti〕では—私は体系を組み立てる、私からは独立に存在している構造を私は見ている—であるのに対し、■〔Te〕では—私は行う、私は変える、私は乗り越える、私は出来事の中に組み込まれており、出来事は私の内部でも起きている—なのである。
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И в этой паре функций можно найти такое же "черно-белое" отличие: если для - я строю систему, я вижу структуру, существующую независимо от меня, то для - я делаю, я изменяю, я преодолеваю, я включен в события, они происходят и внутри меня.
白い論理(Ti)の側の一人称は「私は体系を組み立てる」で、自分から独立して存在する構造を見る立場です。一方、黒い論理(Te)の側は「私は行う」で、出来事の中に組み込まれている立場です。
ここで目を引くのは、Tiの構造が「私からは独立に存在している」とされている点です。05章のストラティエフスカヤの「外側から見る視線」と同じ向きで、16章の独自の整理とも関わります。
クアドラによって体系の扱いが違う
Tiを価値に持つのは、アルファとベータのクアドラです。カルペンコは、2つのクアドラでのTiの扱いの違いを書いています。まず、アルファです。
第1クアドラ(アルファ)では構造論理(□〔Ti〕)は、価値であり情報を秩序づける道具であるだけではない。それは何よりもまず、世界秩序の構築の仕方である。(中略)第1クアドラにおける白い論理の四次元性は、教条主義からの頼れる防護壁の役を果たしている。
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В первой квадре структурная логика () — не только ценность и инструмент для упорядочи- вания информации. Это, в первую очередь, способ построения мироздания.〔中略〕Четырехмер- ность белой логики в первой квадре служит надежной защитой от догматизма.
上の引用にある四次元は、ブカロフの次元の考え方の語です。次元は、その位置の要素で、どれだけ多くの手がかりを使えるかを表す数とされていて、四次元はいちばん多い段階です。言い換えると、アルファでは、Tiは情報を整理する道具である以前に、世界の秩序を1つの体系として組み立てる仕方だということです。どの具体化も完全ではないと見るので、体系が教条主義に固まりにくいとされます。
次に、ベータです。
第2クアドラ(ベータ)の、築き上げられた論理体系—科学的なものであれ社会的なものであれ—への態度は、はるかに「責任感のある」ものである。βクアドラにとって論理的原理は行動への刺激であり、論理体系は現実の反映—いやそれどころか、ほとんど現実の相似物である。(中略)第2クアドラでは、社会、組織、集団、ちょっとした小グループでさえ、たちどころに論理的、階層的構造を獲得し、秩序づけられる。
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Во второй квадре отношение к выстроенным логическим системам — будь-то научным или социальным — гораздо более «ответственное». Для β-квадры логический принцип является стимулом к действию, логическая система — отражением, даже нет, почти подобием реальности.〔中略〕Общество, организация, коллектив, даже небольшая группа во второй квадре приобретают сразу же логическую, иерархическую структуру, упорядочиваются.
つまり、ベータでは、論理の体系はほとんど現実の写しとして扱われるということです。社会や組織、小さなグループでさえ、すぐに論理的で階層的な構造を持つようになる、とされます。
アルファの体系は世界を組み立てる仕方で、ベータの体系は現実の写し、という違いです。同じTiを価値に持っていても、体系をどこまで現実と重ねるかで扱いが分かれます。
小括
カルペンコのTiは、骨組みや設計図のような、つながり方だけを取り出した構造です。Teと比べると、Tiでは構造が私から独立に存在し、私はそれを組み立てます。
アルファでは世界の秩序を組み立てる仕方、ベータでは現実の写しとして書いています。体系の扱いがクアドラによって違うことを書いているのも、カルペンコの記述の特徴です。
09グレンコの記述
グレンコのTiの記述は、主に『64の肖像』にあります。グレンコは、Tiを「構造論理」(L)、Teを「事業論理」(P)と呼んでいます。
定義: 構造論理と事業論理
グレンコは、用語の定義で2つの論理を並べています。
事業(実利)論理 ― 外向論理(■〔Te〕事業論理)。心理の機能であり、機動的・粘り強さ・耐久性のある行動として現れる。(中略)構造論理 ― 内向論理(□〔Ti〕構造論理)。心理の機能であり、平静で冷静沈着、衒学的な行動として現れる。
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Business (Pragmatic) Logic (P) — extraverted logic; the function of the psyche, manifesting itself in mobile, perseverance and endurance behavior.〔中略〕Structural Logic (L) — introverted logic; the function of the psyche, manifests itself in calm, cold-blooded and pedantic behavior.
言い換えると、同じ論理でも、事業論理(Te)は機動的で粘り強い行動として、構造論理(Ti)は平静で冷静沈着な衒学的な行動として現れるということです。
スキーム、構造、分類
構造論理の状態を、グレンコは知的なレベルでこう書いています。
知的レベルにおいて、L次元はスキーム、構造、分類の構築を意味する。この種の論理は、効率や利益性の代わりに、比例の正確さと釣り合いを目的として追求する。(中略)範疇Lで考える際、人はある対象を別の対象とさまざまな基準に従って比較し、それを分類表の対応する欄に配置する。
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On an intellectual level, the L-dimension means the construction of schemes, structures, and classifications. This kind of logic pursues the goal of the correctness and proportionality of proportions instead of efficiency and profitability.〔中略〕Thinking in category L, a person compares one object with another according to various criteria and places it in the corresponding cell of the classification table.
グレンコの構造論理が目指すのは、効率や利益ではなく、比例の正確さと釣り合いです。人は対象をさまざまな基準で別の対象と比べ、分類表の対応する欄に置きます。03章のアウシュラの「客観的な基準で比べる」と同じ形です。
グレンコの構造論理も、つまりは対象を比べて体系の欄に収める要素です。
体系の正しさは、内側の一貫性で決まる
Tiを主導機能に持つLIIについて、グレンコはこう書いています。
体系の正しさは、その内的論理的一貫性によって決定される—彼女は体系の形式的枠組みを容易に修正する。(中略)彼女は体系、形式モデル、概念の可能性を容易に見抜く。それらの潜在性に客観的でしばしば公平な評価を与える。具体的なディテールを全体に結びつけることができる。
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The correctness of the system is determined by its internal logical consistency; she easily modifies the formal framework of the system.〔中略〕She easily sees the possibilities of systems, formal models and concepts. She gives an objective, often impartial assessment of their potential. She is able to tie specific details in with the whole.
LIIにとって、体系が正しいかどうかは、その体系の内側の論理的な一貫性で決まります。形式的な枠組みはたやすく直し、体系やモデル、概念の可能性を見抜くとされます。05章のストラティエフスカヤの「完結性と論理的整合性」と、ほぼ同じことを書いています。
体系化者と裁判官
グレンコは、構造論理の状態が集団の中でどう現れるかを書いています。
状態Lはチームにおける非公式な役割、すなわち体系化者または専門家の役割に至る。それは、人生のあらゆる問題に対して客観的で利害から離れた判断をすることに表現される。(中略)L役の第2の側面は裁判官である。人々はある係争事案を冷静に判断する必要があるとき、彼の最大限の客観性を求めて、そのような人物に頼る。
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State L leads to an informal role in the team: that of a systematizer or an expert. It is expressed in making objective, disinterested judgments on any issue of life.〔中略〕The second side of the L-role is the judge. People turn to such a person for his maximum objectivity when it is needed to soberly judge this or that controversial case.
構造論理の状態にある人は、集団の中で体系化者や専門家になり、利害から離れた客観的な判断をします。冷静な判断が要るときに人が頼る裁判官も、この状態の役割だとされます。
心の状態としては、こう書いています。
心理的に、L状態にある人は冷静さと無関心によって際立つ。この状態には、感情も主観的な好みもない。比喩的に言えば、この状態は氷の塊や、ある鉱物の結晶の幾何学的規則性に喩えうる。これは魂や人間的暖かさが全くないので、最も心理的でない状態であるが、他方では最も均衡が取れて安定している。
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Psychologically, the person in the L-state is distinguished by coolness and indifference. In this state, there are no feelings and subjective predilections. Figuratively, this state can be likened to a block of ice or the geometric regularity of a crystal of some mineral. This is the least psychological state, since it has absolutely no soul or human warmth, but on the other hand, it is the most balanced and stable.
言い換えると、構造論理の状態には、感情も主観的な好みもなく、氷の塊や結晶の規則正しさにたとえられるということです。最も心理的でない状態である一方、最も釣り合いがとれて安定しているとされます。
01章の一般像にあった「冷たい」は、この記述とよく重なります。ただし、グレンコが書いているのは人の性格ではなく、構造論理の働く心の状態です。
論理内向の前提は、より主観的
一方で、グレンコは論理タイプについて、こう書いています。
主観に焦点を合わせる論理内向タイプの前提は、データに焦点を合わせる論理外向タイプの前提よりも主観的である傾向があります。(中略)論理タイプにとって、非個人的なものは個人的なものより上位にあります。論理タイプにとって、対象は主観より上位にあります。
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the premises of the subjectively-focused logical introvert tend to be more subjective than those of the data-focused logical extravert〔中略〕The impersonal, for logical types, is above the personal. The object, for logical types, is above the subject.
上の引用の要点は、論理内向タイプの前提は、論理外向タイプの前提よりも主観的になりやすいということです。同時に、論理タイプにとっては、個人的なものより非個人的なものが上に来ます。
つまり、グレンコは、判断は利害から離れていて客観的で、前提は主観的と、1人で両方を書いていることになります。04章で見たアウシュラとレイニンの2つの軸が、グレンコの記述の中では並んで出てきます。02章のユングの「前提が主観的」とも同じ形です。
小括
グレンコのTiは、対象を比べて分類し、比例の正確さと釣り合いを目指す構造論理です。LIIでは体系の正しさを内側の一貫性で決め、集団の中では体系化者や裁判官になります。
心の状態としては氷や結晶にたとえられるほど感情から離れていますが、その前提は論理外向より主観的だとされます。客観と主観の両方を、Tiの別々の面として書いているのがグレンコの記述の特徴です。
10その他の論者の記述
最後に、ここまでの研究者ほどまとまった記述はないものの、Tiについて特徴のある記述を残している研究者を2人見ます。
ブカロフ: 包括的な構造論理と、状況的な構造論理
ブカロフは、関係の記述の中で、Tiを主導機能に持つLSIと、創造機能に持つSLEを比べています。
一方、LSI〔原文: 主人〕の構造的論理(□T(Ti)i)は、SLE〔原文: 元帥〕の状況的構造論理よりも包括的で、よりグローバルである。この意味で、SLE〔原文: 元帥〕はよりリーダーであり、意志的感覚(●S(Se)e)において彼のほうがより活動的である。一方、LSI〔原文: 主人〕は構造化、組織構造の創造(□T(Ti)i)のほうに傾く。
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Но, с другой стороны, структурная логика ( ) Хозяина более всеобъемлюща, более глобаль〔中略〕на, нежели ситуативная структурная логика Марша〔中略〕ла. В этом смысле Маршал больше лидер и он более〔中略〕активен по волевой сенсорике ( ), а Хозяин больше склонен к структурированию, созданию организационной структуры ( ).
上の引用の「主人」と「元帥」は、ブカロフがLSIとSLEにつけた呼び名です。言い換えると、LSIの構造論理は組織の全体に及び、SLEの構造論理はその場の状況に応じたものだということです。LSIは組織の構造をつくるほうへ、SLEは意志で動くほうへ傾くとされます。
同じTiでも、主導では体系そのものをつくり、創造ではその場を動かすための体系として使う、という違いです。15章でも、同じ違いをほかの研究者の記述で見ます。
エグリト: 対象どうしの関係についての情報
イェルマークの考えを引き継ぐエグリトは、自己観察の手引きの中で、Tiを次のように定義しています。
白い論理、システム、構造論理—対象どうしの関係についての情報。対象は互いに比べられ、相互の結びつきが見いだされる。構造、図式、集合、分類、計上、統計、秩序、正しさ、適切さ、公正、階層、概念など。
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БЛ, система, структурная логика --- информация о соотношении объектов. Объекты сравниваются друг с другом, находится взаимосвязь. Структура, схема, совокупность, классификация, учет, статистика, порядок, правильность, адекватность, справедливость, иерархия, концепция и т. д.
言い換えると、エグリトのTiは、対象どうしを比べて、結びつきを見つける情報だということです。挙げられている語は、07章のイェルマークの列とほぼ同じです。
小括
ブカロフは、Tiが主導では組織の全体に及び、創造ではその場の状況に応じて働くことを書きました。エグリトは、イェルマークの定義を受けて、対象どうしの関係についての情報としてTiを書いています。
11研究者間で残る中核と食い違い
この章は、02〜10章の研究者別の記述を、当サイトの責任で突き合わせます。新しい引用は置かず、研究者を横断して残る中心・差の所在・差の由来の仮説の順に進み、最後に誰が何と言ったかを名指しで並べます。
研究者を横断して残る中心
第一に、Tiは対象どうしの関係を比べ、1つの体系に組み立てる要素だということです。アウシュラ(対象どうしの比較と関係の体系)・レイニン(理念のシステムと概念の階層)・ストラティエフスカヤ(体系の論理)がその例です。フィラトワ(構造と秩序)・イェルマーク(システム)・カルペンコ(骨組みと設計図)・グレンコ(スキーム・構造・分類)・エグリト(対象どうしの関係)も、語を変えて同じことを書いています。ユングの「観念の枠組み」も、同じものを指していると読めます。
この点では、研究者のあいだに食い違いがありません。各章の言い直しを並べると、呼び名は違っても、行き着く先はいつも、対象どうしの関係をまとめた全体です。このページでは、この中心を体系の語で呼びます。
第二に、Tiが扱うのは、動いている過程ではなく、ある時点での関係だということです。アウシュラは「静的な相互関係」と書き、カルペンコは「私から独立に存在している構造」と書きました。グレンコの構造論理も、効率や利益ではなく、比例の正確さと釣り合いを目指します。効率や過程を扱うTeとは、ここで分かれます(13章)。
第三に、体系の正しさは、体系の内側の整合性で決まるということです。ストラティエフスカヤのLIIは、完結性と論理的整合性を真理の基準にし、グレンコのLIIは、内側の論理的な一貫性で体系の正しさを決めます。ユングの内向的思考は、事実を理論の例証として扱います。レイニンのLIIとLSIも、自分の体系と矛盾するものを受け入れにくいとされます。
第四に、Tiの体系は、物どうしだけでなく人どうしの距離や上下にも向くということです。アウシュラのLSIは、新しい集団で上下関係をつかみ、自分の場所を選びます。ストラティエフスカヤの定義には階層、従属関係、行政機構が入り、イェルマークとエグリトの列には公正と階層が入っています。一般像の「理屈で人を見ない」とは逆に、人と人の関係もTiの体系に入ります。
第五に、体系の内側は明晰でも、外とのつながりは本人に見えにくいということです。ユングは、内向的思考型には自分の思考が現実のどこに結びつくかが見えにくいと書きました。レイニンのLIIは、自分の体系を人に説明するのに苦労するとされます。
差の所在
差は、大きく3つあります。第一に、Tiを「主観」の側に置くか、「客観」の側に置くかです。ユングとレイニンは主観の側に、アウシュラ、ストラティエフスカヤ、グレンコは客観の側に置いています。04章で見たとおり、これは、論理と倫理を分ける軸で言うか、内向と外向を分ける軸で言うかの違いとして読めます。グレンコは、判断は客観的、前提は主観的と、両方を書いています。
第二に、体系をつくる側として書くか、体系の中にいる側として書くかです。LIIについては、新しい体系の構築、一般的な法則性、体系の完結性が書かれます(ストラティエフスカヤ、フィラトワ、グレンコ)。一方、LSIについては、既存のシステムへの帰属、構造に入って従うこと、規則と指示書が書かれます(ストラティエフスカヤ、フィラトワ)。カルペンコは、同じ違いを、アルファの「世界を組み立てる仕方」と、ベータの「現実の写し」として書いています。
第三に、「論理」という名前の扱いです。多くの研究者は、アウシュラの「白い論理」を受けて論理の名前を残しています。一方、イェルマークは、「論理」は借りた語で意味の上で正当化されないとし、「システム」の名前を選びました。
差の由来についての仮説
当サイトの推測として、差の由来は2つ考えられます。第一に、研究者が要素をどの対で区切ったかの違いです。アウシュラは、Tiを同じ内向のFi(引き合う関係)と並べて定義しました。そのため、Tiの特徴は「自分の関心を入れない」ことになり、客観の語で書かれたと読めます。一方、レイニンは、8つの要素を白と黒で区切り、白の4つすべてに「Subjective」と添えました。そのため、Tiの特徴は「私の理解の中にある」ことになり、主観の語で書かれたと読めます。
第二に、Tiと組む知覚の要素とクアドラの違いです。LIIはTiにNeを、LSIはTiにSeを組み合わせ、LIIはアルファ、LSIはベータに属します。可能性を見るNeと組めば、体系はまだ組み替えられる仕方として書かれやすいと考えられます。今ある力を見るSeと組めば、体系は今ある秩序として書かれやすくなります。カルペンコのアルファとベータの違いは、この見立てとよく重なります。
誰が何と言ったか
- ユングは、内向的思考を主体に始まり主体に戻る思考として定義しました。事実を理論の例証として扱い、観念の枠組みを深く詰めます。内側の構造は明晰でも、外の現実とのつながりは見えにくいとしました。
- アウシュラは、Tiを対象どうしを客観的な基準で比べる感情と定義しました。自分の関心を入れない客観性と、静的な相互関係を中心に置き、LSIでは対象どうしの関係の体系と、集団の中の上下と距離を書いています。
- レイニンは、Tiを私自身の理解、説明、概念の体系と定義しました。白い要素を主観の側に置き、Tiを価値に持つアルファとベータを主観主義者と呼んでいます。
- ストラティエフスカヤは、Tiを客体どうしの関係を体系にまとめる「関係の論理」「体系の論理」と定義しました。白い記号を関係を外側から見る視線とし、LIIでは整合性、LSIでは既存のシステムを書き、論理を公正と結びつけています。
- フィラトワは、Tiを周りのすべてのものの中に構造と秩序を探して組み立てる「構造論理」として書きました。分類、カタログ、指示書と、具体的な現れを多く挙げています。
- イェルマークは、Tiのアスペクトに「システム」の名前を選び、対象と集団の関係についての情報と定義しました。「論理」は借りた語だとしています。
- カルペンコは、Tiを骨組みや設計図のような、私から独立に存在する構造として書きました。アルファとベータで体系の扱いが違うことも書いています。
- グレンコは、Tiを比例の正確さと釣り合いを目指す構造論理とし、体系化者や裁判官の役割を書きました。判断は利害から離れていて、前提は主観的だとしています。
- ブカロフは、組織の全体に及ぶLSIの構造論理と、状況に応じたSLEの構造論理を比べ、エグリトは、Tiを対象どうしの関係についての情報として書いています。
12MBTIにおけるTi
この章では、MBTIの側のTiを見ます。MBTIにも、ユングの内向的思考から出た内向的思考(Ti)があります。引用するのは、MBTIをつくったマイヤーズの『Gifts Differing』(1980年)と、その後に出た『MBTI Manual』第3版(1998年)です。あわせて、The Myers & Briggs Foundation の公式サイトからも引きます。
読むときの注意を1つだけ置きます。MBTIのTiは心理機能、つまり人がどう判断するかの働きとして書かれます。一方、ソシオニクスのTiは情報要素、つまり受け取られる情報の種類として書かれます。当サイトは、2つが同じユングの8分割から出ていることから、1つずつ対応する8つとして扱っています。ただし、タイプの記述は体系をまたいで読み替えません。この章では、11章で確かめた中核の語「体系」が、MBTIの側でどこまで重なり、どこで分かれるかを見ます。
思考は非個人的、つじつまが合っていてほしい
マイヤーズは、思考の判断をこう書いています。
思考は本質的に非個人的である。その目標は客観的な真理であり、それは考える本人やほかの誰かの人柄や願いとは無関係である。ある17歳の内向的思考型は、天地創造の方法と目的について思いめぐらせながら、こうまとめた。「真理が何であってもかまわない。ただ、つじつまは合っていてほしい」。
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Thinking is essentially impersonal. Its goal is objective truth, independent of the personality and wishes of the thinker or anyone else. A seventeen-year-old introverted thinker, speculating on the method and purpose of the Creation, summed it up, “I don’t care what the truth turns out to be—but I want it to hang together.
マイヤーズの思考は、考える本人やほかの人の願いとは関係なく、客観的な真理を目指す判断です。例に出てくる17歳の内向的思考型は、真理の中身は問わず、つじつまが合っていること、つまり筋が通っていることを求めています。
この一言は、11章の第三で見た「体系の正しさは内側の整合性で決まる」と、ほぼ同じことを言っています。中身が何であれ、全体として矛盾なくまとまっていることが、内向的思考型の求めるものだということです。
内的な一貫性と、論理の体系
The Myers & Briggs Foundation のサイトは、内向的思考を1行でこう書いています。
考えの内的な一貫性と論理を求める。内的な枠組みを信頼するが、それはほかの人に説明しにくいことがある。客観的で分析的な、深い集中を経験する。キーワード: 分析すること。
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Seeks internal consistency and logic of ideas. Trusts internal framework, which may be difficult to explain to others. Experience a depth of concentration that is objective and analytical. Keyword: Analyzing.
つまり、内向的思考は、考えの筋が内側で一貫していることを求め、内的な枠組みを信頼するということです。その枠組みは、ほかの人に説明しにくいことがあるとされます。04章のレイニンのLIIの「自分の体系を説明するのに困難を抱えている」と、ほぼ同じことを書いているように読めます。
『MBTI Manual』は、ユングの8つの機能の表で、主機能としての内向的思考をこう書いています。
理解のための論理の体系について省察し、それを発展させることを通じて、内的な思考の正確さと秩序を求める
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Seeking accuracy and order in internal thoughts through reflecting on and developing a logical system for understanding
上の引用の要点は、内向的思考が、理解のための論理の体系を省察し、発展させる働きだということです。中核の語の体系が、MBTIの側の定義にもそのまま出てきます。
Tiを主機能・補助機能に持つタイプ
MBTIでは、4文字のどのタイプがTiを使うかが、文字の決まりから出てきます。The Myers & Briggs Foundation のサイトは、ISTPを例にこう説明しています。
このタイプが感覚を外向させるなら、人格の釣り合いをとるために、思考を内向させなければならない(Ti)。内向を好むので、主機能、つまり内向的思考を内の世界で使う。内の世界で使われる内向的思考(主機能)が人格の中心であり、それを外向的感覚(補助機能)が支える。
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If this type extraverts Sensing, then they must introvert Thinking (Ti) to bring balance to the personality. Since they prefer Introversion, they use their dominant process in their inner world—Introverted Thinking. Introverted Thinking (dominant) used in their inner world is the core of the personality and is supported by Extraverted Sensing (auxiliary).
上の引用の前に、ISTPは最後の文字がPなので、知覚の機能である感覚を外向させる、という説明があります。つまり、ISTPは感覚を外に向けて使うので、思考を内に向けて使い、その内向的思考が主機能になるということです。INTPも同じ決まりで、内向的思考が主機能になります。
一方、ESTPとENTPは、外向型で最後の文字がPなので、主機能は知覚の機能(感覚、直観)です。思考は補助機能で、内に向けて使われます。『MBTI Manual』は、ENTPを「内向的思考を伴う外向的直観」と書いています。この4タイプを、当サイトの対応で並べると次のようになります。対応は、1番目と2番目の機能が同じもの同士です。
| MBTI | Tiの位置 | ソシオニクス | Tiの位置 |
|---|---|---|---|
| ISTP | 主機能 | LSI(ISTj) | 主導機能 |
| INTP | 主機能 | LII(INTj) | 主導機能 |
| ESTP | 補助機能 | SLE(ESTp) | 創造機能 |
| ENTP | 補助機能 | ILE(ENTp) | 創造機能 |
MBTIで主機能のTiはモデルAの主導機能に、補助機能のTiは創造機能に対応します。内向の2タイプは、ソシオニクスの4文字では末尾がjになります。2つの体系で末尾の文字が表すものが違うためで、MBTIとソシオニクスの対応で詳しく扱っています。
内向的思考型: 分析するが、運営しない
マイヤーズは、内向的思考型(ISTPとINTP)をこう書いています。
内向的思考型は、思考を世界を分析するために使い、世界を運営するためには使わない。思考に頼るので、論理的で、非個人的で、客観的に批判的であり、推論以外のものではまず納得しない。内向型として、彼らは思考を物事そのものではなく、物事の根底にある原理に向ける。思考を観念から日常生活の細部へ切り替えるのが難しいので、外の生活は主に好みの知覚の過程で営む。そのため、超然とした好奇心をもち、かなり順応的である—ただし、自分の支配的な原理の1つが侵されるまでで、そうなると順応をやめる。
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Introverted thinkers use their thinking to analyze the world, not to run it. Relying on thinking makes them logical, impersonal, objectively critical, not likely to be convinced by anything except reasoning. As === PDFPAGE 116 === Descriptions of the Sixteen Types 89 introverts, they focus their thinking on the principles underlying things rather than on the things themselves. Because it is hard to switch their thinking from ideas to details of daily living, they lead their outer lives mainly with their preferred perceptive process, which makes them detachedly curious and quite adaptable—until one of their ruling principles is violated, at which point they stop adapting.
言い換えると、内向的思考型は、思考を世界の分析に使い、世界の運営には使わないということです。思考は物事そのものではなく、その根底にある原理に向かいます。原理が侵されないかぎりは順応的で、原理が侵されると順応をやめる、とされます。
INTPについて、マイヤーズはこう書いています。
彼らは原理を定式化し、理論をつくる。事実は理論の証拠や例としてだけ重んじ、それ自体のために重んじることはけっしてない。(中略)このタイプのある心理学の教授は、外向型の学生にこう説明した。「このレポートはまったく正しい。だが、君は原理よりも事実のほうをずっと強調しているので、事実がいちばん大事な部分だと考えているのが明らかだ。だから評価はBだ」。学生は成績よりも理由のほうにずっと憤慨した。「でも、もちろん事実がいちばん大事な部分です」と彼女は言った。
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They formulate principles and create theories; they value facts only as evidence or as examples for a theory, never for their own sake.〔中略〕A psychology professor of this type explained to an extraverted student, “This paper is perfectly correct, but you have put so much more stress on the facts than on the principle that it is obvious that you consider the facts the most important part. Therefore, your mark is a “B.” The student was far more indignant over the reason than over the grade. “But of course the facts are the most important part,” she said.
つまり、INTPは、原理を定式化して理論をつくり、事実は理論の証拠や例としてだけ重んじるということです。心理学の教授の逸話では、レポートの内容がまったく正しくても、事実を原理より重く見ていることで評価が下がっています。
この「事実は理論の例証」は、02章で見たユングの記述と同じ言い方です。マイヤーズは、ユングの内向的思考の記述を、ほぼそのままINTPに引き継いでいると読めます。
ISTPとINTP: 補助機能で変わるもの
マイヤーズは、同じ内向的思考型でも、補助機能によって思考の扱う素材が変わると書いています。
補助の過程の選び方は、主機能の使われ方にも影響する。どんな種類の知覚を使うかによって、外の世界のどの要素が、支配する思考の注意へ持ちこまれるかが大きく決まるからである。感覚が選べば、示される素材はより手で触れられる具体的なもので、しばしば機械や統計にかかわるが、いずれにせよ事実的である。直観が選べば、素材はより理論的で抽象的になり、洞察と独創性を働かせる余地を与える。
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Choice of the auxiliary process also affects the use that will be made of the dominant process, because the kind of perception employed determines in large part what elements of the outer world will be brought to the attention of the ruling thinking. If sensing makes the selection, the material presented will be more tangible and concrete, often involving mechanics or statistics but in any case factual. If intuition does the choosing, the material will be more theoretical and abstract, giving scope for the exercise of insight and originality.
言い換えると、補助機能が感覚なら、思考が扱う素材は具体的で事実的になり、直観なら理論的で抽象的になるということです。主機能が同じでも、どんな知覚で外の世界から素材を選ぶかで、思考の使われ方が変わります。
『MBTI Manual』は、ISTPをこう書いています。
ISTPは平等主義的で、たいていは幅広いふるまいに寛容である—自分の支配的な論理の原理が攻撃されるまでは。そうなると、断固とした明快な判断を口にして周りを驚かせることがある。ISTPが耳を傾けて同意しているように見えるのは、反対していないからである。あとになって周りは、ISTPがじつは分析し、内側で判断を下していたことに気づくことがある。
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ISTPs are egalitarian and generally tolerant of a wide range of behavior—until their ruling logical principles are attacked. At that point, they can surprise others by expressing their firm and clear judgments. ISTPs listen and seem to agree because they are not disagreeing; later, others may find the ISTP was analyzing and making internal judgments.
ISTPは、ふだんは寛容で同意しているように見えます。ですが、自分の論理の原理が攻撃されると、はっきりした判断を示します。同意に見えたときも、内側では分析と判断をしていたとされます。
INTPについては、こう書いています。
INTPは、主に内側で思考を使い、世界を理解し説明するための根底にある原理と論理の構造を見つけ、あるいは発展させる。ほとんどあらゆることに懐疑をもって臨み、自分の意見と基準をつくり、その基準を自分自身に厳しく当てはめる。(中略)INTPは矛盾や非論理にすばやく気づき、考えを分解して組み直すことを楽しむ。自分が見る現実を説明するために、ごく自然に複雑な理論の体系を築く。
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INTPs use their Thinking primarily internally to find or develop underlying principles and logical structures for understanding and explaining the world. They approach almost everything with skepticism, form their own opinions and standards, and apply these standards rigorously to themselves.〔中略〕INTPs quickly see inconsistencies and illogicality and enjoy taking apart and reworking ideas. They naturally build complex theoretical systems to explain the realities they see.
言い換えると、INTPは、世界を理解し説明するための原理と論理の構造を見つけ、複雑な理論の体系を築くということです。矛盾や非論理にすばやく気づき、考えを分解して組み直すことを楽しむとされます。
11章の差の所在の第二で、ソシオニクスのLIIとLSIは、体系をつくる側と体系の中にいる側に分かれていました。MBTIでも、INTPは理論の体系を築く側として書かれます。一方、ISTPは、ソシオニクスのLSIの「既存のシステム」「規則と指示書」とは違い、事実に即した実際的な問題解決の側として書かれています。
補助機能のTi: ENTP
補助機能に内向的思考を持つENTPについて、『MBTI Manual』はこう書いています。
概念上の可能性を生み出し、それを戦略的に分析するのが得意である。(中略)ENTPは、主に内側で思考を使い、状況と自分の考えを分析し、計画を立てる。能力、知性、正確さ、効率を高く評価する。
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They are adept at generating conceptual possibilities and then analyzing them strategically.〔中略〕ENTPs use their Thinking primarily internally to analyze situations and their own ideas and to plan. They admire competence, intelligence, precision, and efficiency.
つまり、ENTPは、主機能の直観で可能性を生み出し、補助機能の思考で、それを内側で分析し計画するということです。15章で引くストラティエフスカヤのILEの「価値体系を論理的に理解しなければならない」と、可能性を説明に収める点で近い書き方です。
最も発達していないのは外向的感情
マイヤーズは、内向的思考型の最も弱い過程について、こう書いています。
内向的思考型の最も発達していない過程は、必然的に外向的感情である。言われないかぎり、ほかの人にとって何が感情の面で大事なのかを知ることはまずない。けれども、人は自分の長所を認められること、自分の視点を敬意をもって考慮されることを本当に気にかけている、という原理に基づいて行動することはできるし、そうすべきである。内向的思考型の仕事の生活も私生活も、2つの簡単なことに手間をかければ、よりうまくいく。相手が本当に称賛に値するときには、その点を認める言葉をかけること、そして、相手と意見が合わない点を持ち出す前に、合う点を口にすることである。
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The least-developed process of the introverted thinkers inevitably is extraverted feeling. They are not apt to know, unless told, what matters emotionally to another person, but they can and should act on the principle that people do care about having their merits appreciated and their point of view respectfully considered. Both the working life and the personal life of the introverted thinkers will go better if they take the trouble to do two simple things: Say an appreciative word when praise is honestly due, and mention the points on which they agree with another person before they bring up the points on which they disagree.
言い換えると、内向的思考型の最も発達していない過程は外向的感情で、ほかの人にとって何が感情の面で大事なのかは、言われないと分からないということです。そのうえで、称賛を言葉にすることと、反対の前に同意点を口にすることを勧めています。
ソシオニクスでも、Tiを主導に持つタイプでは、Feが5番の暗示機能に入ります(13章)。弱い位置にある点は同じです。ただし、MBTIは、Feを最も発達していない機能として、本人が意識して補う側に書きます。一方、ソシオニクスは、暗示機能のFeを、本人が大事にしていて、相手から受け取りたい要素として書きます。
重なるところと分かれるところ
重なるところは3つです。第一に、中心の語です。『MBTI Manual』は「論理の体系」「理論の体系」、財団のサイトは「内的な枠組み」、マイヤーズは「つじつまが合っていること」と書いています。どちらの体系でも、Tiの中心は、矛盾なくまとまった体系だということです。
第二に、事実を理論の例証として扱い、原理に向かうことです。マイヤーズのINTPとユングの内向的思考は同じ言い方をしていて、ソシオニクスのLIIの記述とも重なります。第三に、内側の枠組みは、ほかの人に説明しにくいことです。中核の語の範囲では、2つのTiを別物と言い切れるほどの違いは見つかりません。
一方、分かれるところも3つあります。第一に、記述の向きです。MBTIは、世界を分析する人の判断の働きとして書き、ソシオニクスは、対象どうしの関係という情報として書きます。マイヤーズの「分析するが、運営しない」は人の働きの記述で、アウシュラの「対象どうしを比べる感情」は情報の側の記述です。
第二に、「客観」の使い方です。マイヤーズは、思考を「非個人的で、客観的な真理を目指す」と書きます。これは、感情と対にした客観で、04章で見たアウシュラの軸(論理と倫理)と同じ向きです。MBTIの側には、レイニンのように内向の論理を「主観」と呼ぶ書き方は、ここで引いた資料には出てきません。
第三に、主機能が内向的思考で、補助機能が感覚のタイプの書き方です。MBTIのISTPは事実に即した実際的な問題解決として、ソシオニクスのLSIは既存のシステムと秩序として書かれます。要素の中心は重なっても、タイプの記述は体系ごとに組み立てが違うと読めます。
小括
MBTIのTiも、中心は矛盾なくまとまった体系です。内的な一貫性を求め、事実を理論の例証として扱い、その枠組みはほかの人に説明しにくいとされます。ここまでは、ソシオニクスの研究者の記述とよく重なります。当サイトが2つの体系の機能を1つずつ対応させているのも、この重なりによります。
一方で、MBTIは人の判断の働きとして、ソシオニクスは対象どうしの関係の情報として書きます。また、「客観」の軸の取り方、Feの弱さの扱い、ISTPとLSIの書き方も違います。重なるのは中核の語で、分かれるのは記述の向きと組み立てだということです。
13Te・Fi・Feとの違い
この章では、Tiを、隣にある3つの要素—Te(外向論理)、Fi(内向倫理)、Fe(外向倫理)—と比べます。TeとFiはTiと性質を1つずつ共有し、Feは側面も向きも反対です。この3つとの違いで、Tiの輪郭が決まります。
モデルAの公理では、Tiの隣の要素は次の3つです。
- Teは、Tiと同じ論理で、向きが外向に変わったものです。
- Fiは、Tiと同じ内向で、側面が倫理に変わったものです。
- Feは、側面も向きもTiと反対の要素です。
Tiを1番の主導機能に持つタイプでは、Fiが3番の規範機能、Feが5番の暗示機能、Teが7番の観察機能に入ります。つまり、3つとも、Tiがどこにあるかで置き場所が決まる要素だということです。
Te: 同じ論理、構造と過程
まず、同じ論理のTeです。ユングは、外向的思考と内向的思考がそれぞれ行き着く先を、こう書いています。
事実の提示には、ある種の争えない真理がある。主観的要因が除かれ、事実がみずから語るからである。同じように、知りえないものの表象にも、直接的で主観的な、人を納得させる力がある。それ自身の存在から証明できるからである。前者は「それはある、ゆえにそれはある」と言い、後者は「我思う、ゆえに我思う」と言う。結局のところ、内向的思考はそれ自身の主観的な存在の明証にたどり着き、外向的思考は客観的な事実との完全な同一の明証へと駆り立てられる。
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presentation of facts has a certain incontestable truth, because the subjective factor is excluded and the facts speak for themselves. Similarly, the representing of the unknowable has also an immediate, subjective, and convincing power, because it is demonstrable from its own existence. former says ' Est, ergo est ' (' It is ; therefore it is ') ; while the latter says ' Cogito, ergo cogito ' (' I think ; therefore I think '). In the last analysis, introverted thinking arrives at the evidence of its own subjective being, while extraverted thinking is driven to the evidence of its complete identity with the objective fact
上の引用の前者は外向的思考、後者は内向的思考です。言い換えると、外向的思考は「それはある、ゆえにそれはある」と事実そのものに行き着きます。一方、内向的思考は「我思う、ゆえに我思う」と自分の思考に行き着きます。ユングがここで書いているのは、それぞれが一方に偏りきったときの姿です。
ソシオニクスの研究者は、この違いを情報の種類の違いとして書き直しています。レイニンは、白い論理(04章)と並べて、黒い論理をこう定義しています。
黒い論理。客観的世界の論理—客観的状況、事実。例:日が始まり、雨が降り出した。システム、統計。出来事の列。例:「橋が崩落したので私は仕事に遅れた」。法律、政府の政策、パスポートのスタンプ、交通法規、価格、私的な別荘財産、私の領土、ユニットの設計図。客観的に思考する人々は通常こう尋ねる:「物事の現実を知りたい」。
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Objective logic. Logic of the objective world - objective circumstances, facts. Example: the day began and it started raining. Systems, statistics. Event queue. Example: “I am late for work because the bridge collapsed". Laws, political policies of the government, stamps in the passport, traffic laws, prices, private summerhouse property, my territory, and design drawing of a unit. Thinking objectively people usually ask: “I want to know the reality of the matter.”
つまり、レイニンのTeは、客観的な状況、事実、出来事の列、法律、価格、設計図だということです。04章の白い論理の定義が「私の理解」で始まっていたのに対し、こちらは「客観的世界の論理」で始まります。Tiは私の中の説明の体系、Teは外の世界で実際に起きていることの筋です。
カルペンコは、同じ違いを静的と動的の語で書いています。
論理も同じである。ビジネス論理Pは、過程、行為、運動の知覚に結びついた動的アスペクトであり、構造論理Lは、構造、図式、安定した法則性を表現する静的アスペクトである。
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То же самое с логикой. Деловая логика P — это динамический аспект, связанный с восприятием процессов, действий, движений; а структурная логика L — это статический аспект, выражающий структуры, схемы, устойчивые закономерности.
上の引用のLはTi、PはTeです。言い換えると、Teは過程や行為や運動を、Tiは構造、図式、安定した法則性を扱うということです。11章の第二で見た「ある時点での関係」は、この静的という性質のことです。
フィラトワは、2組のタイプを比べて、この違いが仕事にどう出るかを書いています。
LIE〔原文: ジャック〕とILI〔原文: バルザック〕は、主導ブロックに実務論理(外向論理)を持つという点で共通しているが、両者の違いは、ある領域において商才や実利性を発揮できるかどうかにある。一方、ILE〔原文: ドン・キホーテ〕とLII〔原文: ロベスピエール〕は、構造論理(内向論理)を持つがゆえに、より思考的な活動へと傾く。
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Джек и Бальзак, имея в ведущем блоке деловую логику, отличаются тем, что в некоторых областях способны проявить деловую хватку, практицизм, в то время как Дон Кихот и Робеспьер с их структурной логикой больше склонны к мыслительной деятельности.
上の引用のLIEとILIは主導ブロックにTeを、ILEとLIIはTiを持つタイプです。言い換えると、Teを持つタイプは商才や実利の方向へ、Tiを持つタイプは思考の活動の方向へ傾くということです。
4人の書き方をまとめると、Teは外の事実と過程の筋を、Tiは自分の中で組み立てた構造の筋を扱います。事実と理解、動的と静的、実利と思考、という対は、同じ1つの区別を別々の語で書いたものと読めます。
Fi: 同じ内向、比べる関係と引き合う関係
次に、同じ内向のFiです。アウシュラは、白い論理の定義(03章)と同じ節で、白い倫理をこう定義しています。
これは、ポテンシャル・エネルギーまたは運動エネルギーの二つの担い手のあいだの主観的関係であり、ある対象あるいは主体の他の対象や主体への引力(あるいは反発)を示すものである。この情報要素のおかげで、人間はどの対象が自分を引きつけ、どれが反発するかを感じる。
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Это субъективное отношение между двумя носителями потенциальной или кине- тической энергии, показывающее притягиваемость (или отталкиваемость) одного объекта или субъек- та с другими объектами и субъектами. Благодаря этому элементу ИМ человек чувствует, какие объ- екты его притягивают, какие — отталкивают.
上の引用の要点は、Fiは二つの対象のあいだの「主観的関係」、つまり引かれるか退けるかの知覚だということです。Tiの定義の「客観的な基準で比べる」と並べると、違いがはっきりします。
Tiは対象どうしを比べた関係に、Fiは対象どうしが引き合う関係に向く、ということです。どちらも「関係」を扱う内向の要素ですが、Tiは距離や比率で測り、Fiは好悪で感じます。アウシュラがTiを「客観性」で定義したのは、この対の中でTiの側を言うためだったと読めます(04章)。
アウシュラは、論理型と倫理型の違いを、人の振る舞いとしても書いています。
論理的タイプと倫理的タイプのきわめて重要な違いは、論理的タイプは通常自分の正しさを証明し、倫理的タイプは説得するということだ。論理的タイプは説得も頼むこともできず、他者の説得にはしばしばより容易に屈する。
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Очень важным отличием логических от этичес- ких является то, что, логические обычно доказыва- ют свою правоту, а этические — уговаривают,〔中略〕Логические ни уговаривать, ни просить не умеют, а на уговоры других часто поддаются легче.
つまり、論理型は自分の正しさを証明し、倫理型は説得するということです。論理型は説得することも頼むこともできず、ほかの人の説得には屈しやすいとされます。
ストラティエフスカヤは、同じ観念が、クアドラによって論理から倫理へ移ることを書いています。
人道主義、公正、平等の観念は、論理的範疇(第一・第二クアドラ(ベータ)における「関係の論理」(□(Ti) Ti)の側面)から、倫理的範疇—「関係の倫理」(▽(Fi) Fi)の側面—に移行した。これは第三、続いて第四クアドラで支配的である。
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Идеи гуманизма, справедливости и равноправия из логической категории (аспект "логики соотношений" (БЛ) в первой и второй квадре) перешли в этическую категорию — аспект "этики отношений" (БЭ),〔中略〕доминирующий в третьей, а затем и в четвертой квадре.
言い換えると、人道主義、公正、平等の観念は、アルファとベータではTiの側に、ガンマとデルタではFiの側に置かれるということです。05章で見たLIIの「公正は私の職業」は、公正をTiの側で扱う例です。
ガンマとデルタでは、同じ公正が、人どうしの引き合う関係の問題になります。Tiの公正は体系の中で筋が通っていることで、Fiの公正は人と人の関係として正しいこと、と読めます。
Fe: 側面も向きも反対、それでも組になる要素
最後に、側面も向きも反対のFeです。TiとFeは、最も遠い要素でありながら、同じクアドラで一緒に大事にされる組です。アルファクアドラとベータクアドラは、TiとFeの両方を価値に持ちます。04章で見たレイニンの主観主義者は、この2つのクアドラのことです。
グレンコは、Feの状態を、Tiの状態と対になる形で書いています。
感情の興奮の状態にあるとき、人はその判断の客観的な厳密さを失い、主観的な好みと感情が激しく渦巻く中に飛び込む。彼の意識は非常に偏った評価を行い、それは対象や人間の自己にとっての価値の表現に過ぎない。
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Being in a state of emotional arousal, a person loses the objective rigor of his judgments and plunges into the stormy element of subjective preferences and feelings. His consciousness makes very partial assessments, which are just an expression of the value of an object or person for himself.
上の引用の「感情の興奮の状態」は、グレンコのE、つまりFeの状態です。言い換えると、Feの状態では、人は判断の客観的な厳密さを失い、主観的な好みと感情の中に入るということです。09章で見た構造論理の状態の「氷の塊」と、ちょうど反対の位置にあります。
ストラティエフスカヤは、Feを主導機能に持ち、Tiを5番の暗示機能に持つEIEについて、こう書いています。
EIE〔原文: ハムレット〕はしばしば常識に反して行動する。なぜなら彼の感情は通常、理性に勝るからである。だからこそ彼は客観的であることが難しく、客観性についての彼の概念もまた、極めて相対的である。最も多くの場合、彼の理解では「客観的」とは、彼が自分にとって必要かつ便利であると考えるもののことなのである。(中略)さらに、EIE〔原文: ハムレット〕の「客観性」は、しばしば彼の気分にも依存する。
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Гамлет часто поступает вопреки здравому смыслу, поскольку эмоции у него обычно преобладают над рассудком. Именно поэтому ему трудно быть объективным, поэтому-то и понятие об объективности у него тоже весьма относительное: чаще всего "объективно", в его понимании, то, что он считает нужным и удобным для себя.〔中略〕Кроме того, "объективность" Гамлета часто зависит от его настроения.
つまり、EIEにとっての「客観的」は、自分にとって必要で便利なもので、気分によっても変わるということです。EIEは、Tiを大事にしていながら、自分では客観的であることが難しいとされます。
Tiを主導に持つタイプでは、反対に、Feが5番の暗示機能に入ります。TiとFeは、一方を強く持つタイプが、もう一方を相手から受け取りたいものとして持つ組です。LIIとESE、LSIとEIEが、この組で双対の関係になります。
小括
隣の3つの要素と比べると、Tiの輪郭は次のようになります。Teと比べると、外の事実と過程ではなく、自分の中で組み立てた静的な構造です。Fiと比べると、引き合う関係ではなく、比べて測った関係です。
そして、Feとは、側面も向きも反対でありながら、アルファとベータで一緒に大事にされる組になります。
14よくある読み違い
この章では、一般に言われているTiの像(01章)のうち、研究者の記述と照らして読み違いになりやすいものを5つ取り上げます。どれも全くの誤りではありませんが、研究者の記述のどこが切り出されて、どう変わったかを見ると、Tiの輪郭がはっきりします。
「Tiは論理的に考える力」
一般像では、Tiは論理的に考える力、理屈で正しく推論する力だと説明されることがあります。ですが、研究者のTiの定義の中心は、推論の手順ではなく、対象どうしの関係です。
アウシュラの白い論理は、対象どうしを比べる感情でした(03章)。イェルマークは、「論理」という名前そのものを借りた語だとし、TeとTiが運ぶのは対象についての情報だとしています(07章)。また、論理の手順を守ることは、Tiを強く持たないタイプにもできます。アウシュラは、倫理型の論理を「規範的」と書いています(15章)。
当サイトの読みでは、Tiが扱うのは考え方の正しさより、関係のまとまりです。推論が正しいかどうかより、その推論がどの体系に収まり、体系の中で矛盾がないかに目が向きます。
「Tiの人は冷たい」
一般像では、Tiの強い人は冷たく、感情がないと言われることがあります。グレンコの「氷の塊」(09章)は、その根拠に近い記述です。
ですが、グレンコが書いているのは、構造論理が働いているときの心の状態です。人の性格ではありません。また、Tiを価値に持つアルファとベータは、側面も向きも反対のFeも一緒に大事にするクアドラです(13章)。Tiを主導に持つタイプでは、Feが5番の暗示機能に入ります。
つまり、Tiが強いことは、感情を大事にしないことと同じではないということです。自分では感情の場を動かしにくく、それを相手から受け取りたい組み立てになっている、と読めます。
「Tiは規則を守る要素」
一般像では、Tiは規則やルールを守る要素だと説明されることがあります。フィラトワのLSIの「規則や指示書」(06章)とストラティエフスカヤのLSIの「既存のシステム」(05章)は、その根拠です。
ですが、LIIの記述では、Tiは新しい体系の構築と、形式的な枠組みをたやすく直すこととして書かれていました(06章・09章)。また、15章で見るように、SLEのTiは、議論で真理より勝利を求める道具として書かれます。
規則は、体系の1つの形です。Tiが向くのは規則そのものより、規則を含む体系のまとまりで、それを守るか、組み替えるか、使うかは、タイプによって違います。
「Tiは主観的」「Tiは客観的」
Tiを主観的な要素とする説明と、客観的な要素とする説明は、どちらも研究者の記述に根拠があります。ユングとレイニンは主観、アウシュラ、ストラティエフスカヤ、グレンコは客観の語を使いました。
04章で見たとおり、これは同じ語で別の軸を書いているために起きる食い違いです。アウシュラの客観は、自分の関心や欲求を入れないことで、論理と倫理を分けています。レイニンの主観は、私の理解の中にあることで、内向と外向を分けています。
そのため、「Tiは主観的か客観的か」と1つの答えを求めると、どちらの軸で問うているかで答えが変わります。Tiは、自分の中の体系の上で、自分の関心を入れずに比べる要素です。
「筋が通っていれば、それは正しい」
一般像では、Tiは筋の通った説明を正しいと受け入れる、と説明されることがあります。ですが、研究者の記述では、筋が通っていることと、事実に合っていることは分けて書かれています。
レイニンは、Tiを3番の規範機能に持つESIについて、こう書いています。
ESI〔原文: ドライザー〕はしばしば自分が真実だと思わない説明にぶつかる。説明が完全に論理的であろうとも気にしない—それはただそうではないのだ。ESI〔原文: ドライザー〕は、誰がそれをどう解釈するかという事実とは無関係に、事態の実際の状態を明確に知覚する。
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A Dreiser often runs into explanations, which he does not see as true. Never mind explanations being absolutely logical – it is just not so. A Dreiser clearly perceives the actual state of affairs irrespective of the fact how and who interprets them.
ESIにとっては、説明がどれほど論理的でも、事実と違うものは違います。ESIは、誰がどう解釈するかとは関係なく、実際の状態をはっきり知覚する、とされます。
Tiの側から見ると、体系の正しさは内側の整合性で決まります(11章)。ユングは、内向的思考型には、その体系が現実のどこに結びつくかが見えにくいと書いていました(02章)。筋が通っていることはTiの基準で、事実と合っているかは別の要素の基準だということです。
小括
5つの読み違いは、どれも研究者の記述の一部が切り出されたものです。「論理的に考える力」は名前から、「冷たい」はグレンコの状態の記述から、「規則を守る」はLSIの記述から来ていると読めます。また、「主観的か客観的か」は2つの軸の混同から、「筋が通れば正しい」は体系の内側の基準を事実の基準と取り違えたところから来ているのかもしれません。
切り出す前の記述に戻すと、Tiは、物と人のあいだの関係を比べて、矛盾のない体系にまとめる要素です。論理的に考えることも、感情から距離をとることも、規則を守ることも、その周りにある派生として説明できます。
15モデルAの8つの位置に入ったTi
この章では、TiがモデルAの8つの位置(機能位置)のそれぞれに入ったとき、研究者がどう書いているかを、要点だけ見ます。位置そのものの説明は、各位置の解説ページ(リンク先)にあります。
16のタイプのうち、Tiが入る位置は次のとおりです。モデルAの定義から機械的に並べたものです。
| 位置 | タイプ |
|---|---|
| 主導機能 | LII(INTP)・LSI(ISTP) |
| 創造機能 | ILE(ENTP)・SLE(ESTP) |
| 規範機能 | ESI(ISFP)・EII(INFP) |
| 脆弱機能 | SEE(ESFP)・IEE(ENFP) |
| 暗示機能 | ESE(ESFJ)・EIE(ENFJ) |
| 動員機能 | SEI(ISFJ)・IEI(INFJ) |
| 観察機能 | LIE(ENTJ)・LSE(ESTJ) |
| 実演機能 | ILI(INTJ)・SLI(ISTJ) |
読むときの注意を1つだけ置きます。研究者によって、位置の名前が違います。ストラティエフスカヤは、今の脆弱機能を「動員機能(痛点)」、今の実演機能を「誇示機能」と呼んでいます。グレンコのモデルGも、位置の名前と並びがモデルAと違います。以下の見出しは、当サイトの名前で書きます。
主導機能: LII・LSI
02〜10章で見てきた記述の大部分は、主導機能のTiについてのものです。LIIは体系の完結性と新しい体系の構築、LSIは既存のシステムへの帰属と生活を秩序立てる規則として書かれていました。ここでは新しい引用を置きません。
創造機能: ILE・SLE
創造機能のTiについて、ストラティエフスカヤは、ILEをこう書いています。
何らかの価値体系を自分のものとして受け入れるためには、ILE〔原文: ドン・キホーテ〕はまず第一にそれを論理的に理解し、論理的に自分にとって明確にする必要がある。あらゆる現象および「超現象」について、ILE〔原文: ドン・キホーテ〕は明確な論理的表象を持っていなければならない。さもなくば、さまざまな迷信が彼を悩ませ始め、これらの現象を論理的に自分自身に説明できるようになるまで、彼は非常に気分が悪く感じることになる。
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Для того чтобы принять для себя какую-либо систему ценностей, Дон-Кихоту в первую очередь нужно ее логически понять, логически для себя уяснить. О каждом явлении и "сверхъявлении" Дон-Кихот должен иметь четкое логическое представление, в противном случае его начинают одолевать различные суеверия, он будет чувствовать себя очень нехорошо до тех пор, пока не сможет логически себе эти явления объяснить.
ILEは、価値体系を受け入れる前に、それを論理的に理解しなければなりません。論理的な説明がつかないと、迷信に悩まされて気分が悪くなる、とまで書かれています。主導のNeで見た可能性を、創造のTiで1つの説明に収めようとする、と読めます。
同じ創造機能でも、SLEのTiは違う形で書かれます。
何らかの対象について自身の判断を下すとき、SLE〔原文: ジューコフ〕は決して常に客観的とは限らない。なぜなら、彼は何よりもまず自身の「プログラム的」な力の配置から、個人的利益と自身の目的から出発するからである。(中略)客観的な真理を、彼は抽象的な思索のためではなく、目的志向的な論証の手段として用いる。(中略)議論において彼は真理を求めない—勝利を求めるのである。
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Вынося свое суждение о каком-либо предмете, Жуков далеко не всегда бывает объективен, поскольку прежде всего исходит из собственной, "программной" расстановки сил, из личных интересов и собственных целей.〔中略〕Объективные истины используются им не для абстрактного размышления, а как средство целенаправленной аргументации.〔中略〕в споре ищет не истины — ищет победы.
言い換えると、SLEは、客観的な真理を、目的のための論証の手段として使うということです。議論で求めるのは真理ではなく勝利だとされます。10章のブカロフの「状況的な構造論理」と同じく、創造のTiは、主導のSeが動かす場のための道具として書かれています。
規範機能: ESI・EII
規範機能のTiについて、アウシュラは、倫理型の論理を一般にこう書いています。
論理についても同じことが言える。すべての倫理的タイプの論理は規範的である。すべての論理的規範を厳格に遂行する。彼らにとって重要なのは、科学的であるか少なくとも一般に受け入れられていることである。なぜなら新しい論理的関係も新しい行為方法も発見せず創り出さないからだ。自分の行為と論理的推論においてはきわめて慎重であり、その完壁さに確信がない。この理由で論理的関心の幅は広く、論理的タイプよりも多く読んでおり、さまざまな科学的真理の優れた語り手である。
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То же самое можно сказать про логику. Логика всех этических нормативная. Они строго выполня- ют все логические нормативы, им очень важно, что является научным или хотя бы всеобще принятым, потому что ни новых логических отношений, ни новых методов действия не открывают и не изобре- тают. В своих поступках и логических рассуждени- ях очень осторожны и никогда не уверены в их совершенстве. По той же причине кругозор их ло-. гических интересов широк, они начитаны боль- ше логических, являются хорошими рассказчиками разных научных истин.
上の引用の「倫理的タイプ」は、倫理が主導機能か創造機能にある8つのタイプのことです。この8タイプでは、Tiが規範・脆弱・暗示・動員のどれかに入ります。言い換えると、倫理型の論理は規範的で、決められた論理の規範を厳格に守るということです。新しい論理的関係はつくり出さないので、推論には慎重で、そのぶん幅広く読み、科学的な真理をよく語るとされます。
エグリトは、規範の位置のTiの例として、EIIの発言を挙げています。
階層とは、1つのシステムに属する対象どうしの、従属と相互の結びつきのシステムである。それがあるなら、まさにそれに従うためにある。なぜなら…なぜなら、そう決まっているからだ!
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Иерархия --- это система подчиненностей и взаимосвязей между объектами > одной системы. Если она существует, то именно для того, чтобы ей > подчиняться. Потому что... *потому что так принято*!
規範の位置のTiでは、階層は従うためにあり、その理由は「そう決まっているから」になります。体系を自分で組み立てるのではなく、決められた体系に従う形です。
脆弱機能: SEE・IEE
脆弱機能のTiについて、ストラティエフスカヤは、IEEをこう書いています。
直観的に多くの論理的概念やカテゴリーの意味を把握するIEE〔原文: ハクスリー〕は、しばしばそれらについてかなり表面的な理解を持っている。それゆえ、明らかに不合理なことを最も断定的な口調で表明し、自身を気まずい立場に追いやることがある。(中略)IEE〔原文: ハクスリー〕は、非論理性と一貫性のなさのあらゆる非難を痛切に受け取る。自身の知的能力が批判されると傷つく。
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Интуитивно постигая смысл многих логических понятий и категорий, Гексли часто имеет о них довольно поверхностное представление. Поэтому иногда ставит себя в неловкое положение, высказывая явно абсурдные вещи самым безаппеляционным тоном.〔中略〕Гексли болезненно воспринимают любое обвинение в нелогичности и непоследовательности. Обижаются, когда критикуют их умственные способности.
言い換えると、IEEは、論理的な概念を直観でつかむぶん理解が表面的になりやすく、話の筋が通らないと責められると深く傷つくということです。01章の一般像の「理屈を細かく詰められると負担に感じやすい」は、この記述とよく重なります。
暗示機能: ESE・EIE
暗示機能のTiについて、レイニンは、ESEとEIEをこう書いています。
ESE〔原文: ヒューゴー〕とEIE〔原文: ハムレット〕はランダムな論理を持つ。彼らは推論のためにランダムな出発点を選ぶ。ESE〔原文: ヒューゴー〕はこれをかなり頻繁に行う。説明の形式論理が合理的に見えるという理由でESE〔原文: ヒューゴー〕は注入を受け、通常なら同意しない事柄を受け入れることがある。このタイプはこの特性を意識し、自分に物事が説明されるとき識別力を持つべきである。
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A Hugo and a Hamlet have random logic. They chose random starting points for their reasoning. A Hugo does it quite often. A Hugo may receive an infusion because the formal logic of an explanation seems reasonable, he may accept things, which he does not agree with normally. This type should be aware of the trait and be discerning when things are explained to them.
つまり、ESEとEIEは推論の出発点をランダムに選び、説明の筋が通って見えるだけで、ふだんなら同意しないことも受け入れることがあるということです。レイニンは、説明を受けるときに見分ける力を持つべきだと書いています。
13章で見たストラティエフスカヤのEIEの「客観的」も、同じ位置の記述です。Tiを大事にしながら、自分では体系を確かめにくい位置だと読めます。
動員機能: SEI・IEI
動員機能のTiについて、グレンコは、SEIをこう書いています。グレンコのモデルでは「起動機能」と呼ばれる位置で、モデルAの動員機能と同じ位置です。
SEIは混沌とした情報を知覚するのが苦手である。それは彼女を混乱させ、気分を損なう。具体的な現象が一般的なパターンと結び付けられているとき、彼女はそれを好む。自分が必要とされ、不可欠であるという自覚から気分が高揚する。彼女は割り当てられた場所と適合することを好む。誰かが彼女の前に明確な目標を設定し、それに到達するために進むべき方向を説明してくれるとき、彼女は動機づけられる。目標達成の方法は彼女自身が見つけ、「裸の」事実、指示、説明は必要としない。最も重要なのは、その体系を彼女が気に入り、彼女に感情を呼び起こすときであり、その時彼女は目標志向的かつ整然となる。
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SEI has trouble perceiving chaotic information. It confuses her and spoils the mood. She likes it when specific phenomena are linked with general patterns. Her mood rises from the awareness that she is needed and indispensable. She likes to be compatible with the place assigned to her. She is motivated when somebody sets a clear goal before her and explains the direction she needs to go in to reach it. She will find ways of achieving goals herself and doesn’t need “bare” facts, instructions, or explanations. Most importantly, when she likes the system and it evokes emotions in her, then she becomes goal- oriented and organized.
言い換えると、SEIは、混沌とした情報が苦手で、具体的な現象が一般的なパターンに結びつけられていると落ち着くということです。明確な目標と進む方向を示されると動き出し、その体系が気に入ると、目標に向かって整然と動くとされます。動員の位置の要素は、相手から示されると力が出る要素として書かれています。
観察機能: LIE・LSE
観察機能のTiについて、レイニンは、LSEをこう書いています。
仮説や概念への不信。「あなたは何を私に説明しているのですか!データをよこしなさい、図表や証明書を見せてください、そして何も説明しないでください」。さらに、「意見には興味がない、本当に何が起こったのかを教えてくれ、必要なのは事実であって君の考えではない」。
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Mistrust to hypotheses and concepts: “What are you explaining to me?! Give me the data, show me the diagrams, certificates and do not explain anything”. And also: “I am not interested in opinions, tell me what really happened, I need facts, not your ideas”.
LSEは、仮説や概念を信用せず、説明より事実とデータを求めます。Tiは強い位置にありながら、Teを主導に持つLSEには大事だと感じられない、という組み立てです。
実演機能: ILI・SLI
実演機能のTiについて、ストラティエフスカヤは、ILIをこう書いています。
バルザック〔ILI〕は学ぶことを好み、その術を心得ている。新しい情報を、それが自分の観察の枠から大きく外れないように、連続的に徐々に得るよう努める。何より彼の関心は、すでに研究された現象の間の関連にある。新しい情報を知覚するとき、バルザックはすぐにそれを既存の知識システムに結びつけようとする。形成されたシステムに矛盾するか、それを破壊する情報は、非常に批判的に受け取る。
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Бальзак любит и умеет учиться, стараясь получать новую информацию последовательно и постепенно, чтобы это не выходило далеко за рамки его наблюдений: в первую очередь его интересуют связи между уже изученными явлениями. Воспринимая новую информацию, Бальзак сразу старается увязывать ее в уже существующую систему знаний. Информацию, которая противоречит сложившимся системам или разрушает их, воспринимает очень критично.
言い換えると、ILIは、新しい情報をすぐに既存の知識の体系に結びつけ、体系に矛盾する情報には批判的になるということです。実演の位置は、強いけれども自分では大事だと感じず、必要なときに使う位置です。ILIのTiは、知識を整理する手段として書かれています。
小括
位置ごとに並べると、Tiは、主導では体系そのもの、創造では知覚を収める説明や場を動かす道具として書かれます。規範では決められた体系に従うこと、脆弱では非論理を責められる痛み、暗示では説明の形式に動かされやすいこととして書かれます。
また、動員では示された体系が気に入ると整然と動けること、観察では説明より事実を求めること、実演では知識を整理する手段として書かれています。どの位置でも、扱っているのは体系とその筋の通り方で、違うのはそれとの付き合い方です。
16原典の語のもとにあるイメージ(独自の整理)
ここからは当サイトの独自の整理です。16章は、研究者の定義ではなく、02〜15章の記述を踏まえた当サイトの読みです。研究者の引用で支えられるところは章番号で示し、それ以外は確かめられていない見立てとして書きます。
原典にあるのは語のほう
02〜10章で見たとおり、原典に書かれているのは、比較、関係の体系、私の論理、体系の論理、構造と秩序、システム、骨組み、スキームといった語です。研究者ごとに語は違いますが、11章で見たとおり、指しているものはかなり近いところにあります。
ただし、Tiには、語だけでは片づかない食い違いが1つ残っていました。同じTiが、ある研究者には主観、別の研究者には客観と呼ばれることです。04章では、これを2つの軸の違いとして読みました。この章では、その2つの面を1つの像で説明できないかを考えます。
もとのイメージ: 自分から切り離したカメラ
当サイトは、判断の4つの要素(Te、Ti、Fe、Fi)を、判断のときに物事を「どこから見るか」、つまりカメラをどこに置くかで整理しています。
当サイトの読みでは、Tiのもとにあるイメージは、カメラを自分から切り離して、手元の画面で全体を見ているような感覚です。そのとき、画面の中には自分自身も、全体の中の1つの要素として映っています。そして、その切り離された視点から、物事どうしの関係を測ります。
この像から見ると、Tiが扱っているのは、推論の手順としての論理ではありません。自分から切り離された視点から見た、自分を含むものどうしの関係です。そうして見た全体のまとまりを言葉にすると、構造、体系、システムになります。比べた結果を言えば、距離、比率、上下、分類になります。
主観でもあり、客観でもある
この像で、04章のねじれを見直します。カメラを切り離しても、それは誰かが自分で組み立てた視点であることに変わりはありません。その意味で、Tiの見方はやはり主観的です。レイニンの「私自身の論理」「私の理解」は、この面を書いたものと読めます。
一方で、その主観は、自分の関心や欲求からは切り離されています。画面の中では、自分も他の要素と同じ1つの駒として扱われます。アウシュラの「自分の関心や欲求を考慮に入れない客観性」は、この面を書いたものと読めます。
つまり、当サイトの読みでは、Tiは主観的な視点を、自分から切り離して使う要素です。主観と客観の語が両方とも使えるのは、カメラが「自分のもの」でありながら「自分から離れた場所」にあるからだ、と考えています。
研究者の記述との対応
このイメージは、研究者の記述のいくつかとよく重なります。第一に、ストラティエフスカヤは、白い記号を私たちの関係を外側から見つめる視線と書いていました(05章)。私たちが既存の関係の体系にどう組み込まれるかを見る、という説明です。外側から見ていながら、見ている自分たちも体系の中にいる、という書き方です。
第二に、フィラトワは、内向論理型が構造を組み立て、その中での自分の位置を感じ取ろうとすると書いていました(06章)。アウシュラのLSIも、新しい集団で上下関係をつかみ、自分の場所を自分で選びます(03章)。どちらも、全体を見渡す視点から、自分の置き場所を決めている記述として読めます。
第三に、カルペンコは、白い論理を私からは独立に存在している構造を見ると書いていました(08章)。グレンコの、利害から離れた判断をする裁判官(09章)も、当事者の目ではない場所から判断する役割です。
隣の3つの要素のイメージ
同じ読み方で、13章で比べた隣の3つの要素のもとにあるイメージも、次のように整理できます。いずれも、当サイトの読みです。
- Fiのもとにあるイメージは、カメラを持っている主体の目から評価することです。その主体から見て、良いか悪いか、成長しているか未熟か、という評価になります。主体は自分でなくてもよく、ほかの誰かの目から見ても同じ形になります。
- Teのもとにあるイメージも、カメラが主体に付いていることです。そのうえで、その主体から見て物事がどう動いているか、効率よく働いているかを見ます。主体は人だけでなく、会社や仕事のような概念にもなります。
- Feのもとにあるイメージは、Tiと同じくカメラが主体から離れていることです。そのうえで、場の情動がどうなっているか、どこかに偏っていないかを見ます。
4つを並べると、判断の4つの要素は2つの組に分かれます。カメラを主体に付ける組(Te・Fi)と、カメラを主体から離す組(Ti・Fe)です。Tiの組の側から言えば、自分も他人も、会社のような概念も、誰かの発言も、全部を同じ盤に並べて見る、ということです。
この分かれ方は、13章で見た組と重なります。Ti・Feはアルファとベータで一緒に大事にされ、レイニンはこの2つのクアドラを主観主義者と呼びました(04章)。Te・Fiはガンマとデルタで大事にされ、レイニンの客観主義者と重なります。
レイニンの客観主義者は、客観的世界、事実、権威、信頼できるデータに頼るとされていました。当サイトの読みでは、権威や信頼できるデータは、それ自体が見る基準になる主体です。「会社の目で見たら」「この世界のルールで見たら」と、カメラを何かの主体に付けて見ているので、客観主義者はその主体の目から事実を見る、と考えることもできます。
見え方のすれ違い
カメラの置き場所が違うと、同じ話をしていても、見ているものがずれることがあります。当サイトの見立てでは、Ti・Feの組が自分も含めて全体を盤の上に並べて話すと、Te・Fiの組には、一歩引いて人ごとのように見ている温度の低い言い方に聞こえることがあります。
反対に、Te・Fiの組が全体を見渡すときは、主体ごと上に上がって見ることになります。それがTi・Feの組には、特定の立場から決めつけている言い方に聞こえることがあります。どちらのカメラが正しいかではなく、置いている場所が違う、というのが当サイトの考えです。
小括
当サイトの読みでは、Tiのもとにあるイメージは、カメラを自分から切り離し、自分も画面の中の1つの要素として物事どうしの関係を測ることです。その全体のまとまりを言葉にしたものが、研究者の体系、構造、システムという語だと考えています。
この像で見ると、Tiが主観とも客観とも呼ばれるのは、自分の視点でありながら、自分の関心からは離れているからだと説明できます。また、判断の4つの要素は、カメラを主体に付ける組(Te・Fi)と離す組(Ti・Fe)に分かれます。これは研究者の定義ではなく、当サイトの見立てとして置きます。
17内向論理(Ti)とは何か
ここまで見てきたものを、当サイトの責任でまとめます。新しい引用は置きません。確からしさは、研究者章の引用より一段低くなります。最後は、「内向論理(Ti)とは、詰まるところ何なのか」に落ち着けます。
反復して現れる記述
Tiについて、研究者を横断して反復される記述は5つです。対象どうしの関係を比べ、1つの体系に組み立てる要素であること。その体系が、動いている過程ではなく、ある時点での関係を扱うことです。
また、体系の正しさは、内側の整合性で決まること。物どうしだけでなく、人どうしの距離や上下も体系に入ること。そして、体系の内側は明晰でも、外とのつながりは本人に見えにくいことです。
このうち第一は、ここで取り上げた研究者がそろって書いています。アウシュラは「対象どうしの比較」、ストラティエフスカヤは「体系の論理」、フィラトワは「構造と秩序」、イェルマークは「システム」と書きました。カルペンコは「骨組み」、グレンコは「スキーム、構造、分類」と呼びましたが、どれも体系の言い換えです。語は研究者ごとに違いますが、Tiの中心はここで揺れていません。
隣の要素との違いで見ると
13章では、隣の3つの要素と比べてTiの輪郭を見ました。Teと比べると、Tiは外の事実と過程の筋ではなく、自分の中で組み立てた静的な構造の筋です。レイニンの黒い論理と白い論理、カルペンコの動的と静的、フィラトワの実利と思考が、この区別を書いています。
Fiと比べると、Tiは引き合う関係ではなく、比べて測った関係です。アウシュラの客観的な比較と主観的な引力・反発が、この区別を書いています。ストラティエフスカヤは、公正の観念がクアドラによってTiからFiへ移ることを書いていました。
そしてFeとは、側面も向きも反対でありながら、アルファとベータで一緒に大事にされる組になります。16章では、この組をカメラを主体から離す組と呼びました。
確定しない点
まず、Tiを主観と呼ぶか客観と呼ぶかは、研究者のあいだで分かれたままです。04章では、これを論理と倫理を分ける軸と、内向と外向を分ける軸の違いとして読みましたが、研究者自身がこの区別を書いているわけではありません。
また、体系をつくる側(LII)と、体系の中にいる側(LSI)の違いが、どこから来るのかも確定していません。11章では、Tiと組む知覚の要素(NeかSeか)と、クアドラ(アルファかベータか)の違いを仮説として挙げました。さらに、イェルマークが「論理」の名前を借りた語だとしたことは、その後の研究者の名づけには、ほとんど引き継がれていません。
Ti像の要約
文献上のTiは、物と人のあいだの関係を比べ、矛盾のない体系にまとめる要素です。動いている過程ではなく、ある時点での関係、つまり距離、比率、上下、分類に目が向きます。体系が正しいかどうかは、その内側で筋が通っているかで決まります。
そのため、Tiを強く持つ人は、新しい情報を体系のどこに入るかで受け止め、体系と矛盾するものはすぐには受け入れません。人の集団の中でも、上下や距離の全体をつかみ、その中の自分の場所を決めます。自分の関心から離れた判断をする、裁判官や体系化者の役割も、ここから出てきます。
一方で、体系の内側が明晰でも、それが外の現実とどうつながるかは、本人には見えにくいとされます。また、場の情動を動かすことは、Feの役目です。Tiは、Feと組になって初めて、体系を人のあいだで生かせる要素として書かれています。これが、研究者章を通して浮かび上がる像です。
内向論理(Ti)とは、詰まるところ
いろいろな研究者の書き方を見てきましたが、最初の一般像(01章)からそう遠くには行きません。筋道、分類、体系—ここは研究者をまたいで残ります。言い直したいのは2つです。「論理的に考える力」というより、物と人のあいだの関係を比べて、1つの体系にまとめる要素です。「冷たい」というより、自分の関心から離れた場所から、自分も含めた全体を見る要素です。定義のあいまいな言葉や、筋の通らない話が気になる点は、一般像のとおりです。
かみ砕いて言えば、Tiは、目の前のものが「全体のどこに、どういう関係で収まるか」に目が向く判断です。新しい話を聞けば、それが自分の中の枠組みのどこに入るかを考えます。人の集まりに入れば、誰と誰がどういう距離と上下にあるかが見えます。そのため、分類し、定義をはっきりさせ、矛盾をなくそうとします。ですが、その体系が外の現実にどう役立つか、人の気持ちがどう動くかは、Tiだけでは見えにくいところです。筋が通っているかどうかで決め、好き嫌いや実績だけでは決めない、と文献は書いています。
少なくとも、これだけは研究者をまたいで残ります。対象どうしの関係を比べる。1つの体系にまとめる。正しさは内側の整合性で決める。人と人の関係もその体系に入る。Tiは、おおよそそういう要素です。
18引用と記述の方法
引用を用いる理由と範囲
ソシオニクスの文献では、同じTiについて、研究者ごとに呼び名も定義の語も観測の角度も違います。違う記述を1つの要約にまとめると、どの研究者も書いていない「平均像」ができあがります。要約には書き手の解釈が混ざるため、研究者の記述は逐語の引用で示します。
引用は、本文で設定した論点の検討に必要な範囲にとどめます。そのうえで、当サイトの本文がその出典関係・記述の差異・適用範囲を分析します。各引用の位置づけの説明、各章末の小括、11章の横断比較、12章のMBTIとの比較、13〜15章の各論が、このページの本文の役割です。
また、11章の横断比較や14章の読み違いの整理など、本文の分析には当サイトの判断が入ります。16章は当サイト独自の整理で、17章はその延長で記事全体の資料をまとめ直す独自の統合です(位置づけは章の冒頭でも明示します)。
引用の逐語性と翻訳
引用の訳文は当サイトによる訳出です。ユングはドイツ語原著の英訳版から、エグリトは学派が公開する露語版と英語版から訳出しています。MBTIの原典(マイヤーズ、『MBTI Manual』、マイヤーズ&ブリッグス財団のサイト)は、英語の原文から訳出しています。底本の綴りは各引用の「原文を表示」で確認できます。
底本は、研究者本人の著書と機関誌論文を主とします。原文は、各引用の下の「原文を表示」に格納しています。なお、原文には誤字が残る可能性があることをあらかじめお伝えしておきます。
引用の位置づけも明記します。本ページの引用は、公表された著作物からの、批評・研究を目的とする引用です。引用部は引用ブロックで明瞭に区分し、すべてに出所を番号つきで明示しています。
また、索引には著者・資料名と、確認できた範囲の刊行年・初出・該当箇所を掲載し、出所に留保が要る資料は注記で示します。本文と引用の関係は、本文の分析が主で、引用は各論点の根拠として示す資料です。出典・掲載についての指摘があれば対応します。
引用への編集操作
引用への編集操作は、次の3点に限ります。第一に、タイプ愛称の置換です。ソシオニクスの原典には、16タイプを著名人の名で呼ぶ愛称が頻出します。当サイトはタイプをコード表記(ILE、SEIなど)で統一しているため、引用内の愛称は「LII〔原文: ロベスピエール〕」の形式で置換します。
第二に、タイプ略号と研究者名のラテン文字への統一です。第三に、引用内の要素記号への要素コードの添え書きです。原文で要素記号が入る箇所には、記号のあとに要素コードを添えます(例: □〔Ti〕)。
一方、要素の名称には手を加えません。Tiは研究者によって「内向的思考」「白い論理」「構造論理」「関係の論理」「システム」「L」などと呼ばれ、名前も記号も体系ごとに違います。そのため、引用内の名称はそのまま残し、対応は各研究者章の冒頭で示します。本文では、当サイトの名称である内向論理(Ti)で統一します。
索引の使い方
引用の末尾には初出順の番号が付きます。番号を押すと巻末の索引に移動し、著者・書名と、確認できた範囲の年・該当箇所を確認できます。索引の各項目からは、本文の引用位置へ戻れます。
+索引(引用文献)
- [1]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 内向的思考型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [2]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 内向的思考型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [3]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 内向的思考型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [4]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 内向的思考型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [5]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 内向型の合理的な型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [6]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年)第4章 本文へ
- [7]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年)第4章 本文へ
- [8]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年)第4章 本文へ
- [9]アウシュラ『ソシオニクス:心理タイプ・テスト』(原題:Соционика: Психотипы. Тесты、1998年) LSI章 本文へ
- [10]アウシュラ『ソシオニクス:心理タイプ・テスト』(原題:Соционика: Психотипы. Тесты、1998年) LSI章 本文へ
- [11]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年)第1講 底本は英語版 本文へ
- [12]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年)第2講「16タイプ」LII節 底本は英語版 本文へ
- [13]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年)第1講 底本は英語版 本文へ
- [14]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年) Part III 底本は英語版 本文へ
- [15]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年) Part III 底本は英語版 本文へ
- [16]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 理論編 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [17]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 理論編 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [18]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 LII章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [19]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 LII章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [20]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 LSI章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [21]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 LSI章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [22]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年)第II部「ユングの機能」の章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [23]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年) LII章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [24]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年) LII章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [25]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年) LSI章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [26]Yermak「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(原題:Взаимодействие психики человека с окружающим миром. Аспектная структура информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(1997年) 出典リンク 本文へ
- [27]Yermak「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(原題:Взаимодействие психики человека с окружающим миром. Аспектная структура информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(1997年) 出典リンク 本文へ
- [28]Yermak「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(原題:Взаимодействие психики человека с окружающим миром. Аспектная структура информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(1997年) 出典リンク 本文へ
- [29]Yermak「人間の心と周囲世界との相互作用—情報流のアスペクト構造」(原題:Взаимодействие психики человека с окружающим миром. Аспектная структура информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(1997年) 出典リンク 本文へ
- [30]Karpenko「世界のアスペクト知覚」(原題:Восприятие аспектов мира)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(1995年) 出典リンク 本文へ
- [31]Karpenko「世界のアスペクト知覚」(原題:Восприятие аспектов мира)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(1995年) 出典リンク 本文へ
- [32]Karpenko「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」(原題:О ранжировании квадр по аспектам информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2002年) 出典リンク 本文へ
- [33]Karpenko「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」(原題:О ранжировании квадр по аспектам информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2002年) 出典リンク 本文へ
- [34]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [35]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [36]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年) LII節 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [37]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [38]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [39]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [40]Bukalov「インタタイプ関係の記述」(原題:Описания интертипных отношений)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌「鏡像関係」の節(2012年) 出典リンク 本文へ
- [41]Eglit『ソシオニクス的自己観察の基礎』(原題:Основы соционического самонаблюдения、刊年不詳) 底本はシステム・ソシオニクス学派(School of System Socionics)公式サイトのロシア語原文。引用本文はその当サイト訳。刊行年は底本に記載がなく未確認 出典リンク 本文へ
- [42]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第6章(p.65) 原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [43]The Myers & Briggs Foundation『The Processes of Type Dynamics』(刊年不詳) 公式サイトの記事(2026-07-31閲覧)。引用本文は当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [44]マイヤーズ、マッコーリー、クエンク、ハマー『MBTI Manual』(原題:MBTI Manual: A Guide to the Development and Use of the Myers-Briggs Type Indicator、1998年)第3版、第3章 表3.1(p.23) Consulting Psychologists Press 刊。原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [45]The Myers & Briggs Foundation『The Processes of Type Dynamics』(刊年不詳) 公式サイトの記事(2026-07-31閲覧)。引用本文は当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [46]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第9章「内向的思考型 ISTP と INTP」(pp.88-89) 原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [47]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第9章「直観に支えられた内向的思考」(p.91) 原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [48]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第9章「内向的思考型 ISTP と INTP」(p.90) 原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [49]マイヤーズ、マッコーリー、クエンク、ハマー『MBTI Manual』(原題:MBTI Manual: A Guide to the Development and Use of the Myers-Briggs Type Indicator、1998年)第3版、第4章「ISTP」(p.83) Consulting Psychologists Press 刊。原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [50]マイヤーズ、マッコーリー、クエンク、ハマー『MBTI Manual』(原題:MBTI Manual: A Guide to the Development and Use of the Myers-Briggs Type Indicator、1998年)第3版、第4章「INTP」(p.85) Consulting Psychologists Press 刊。原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [51]マイヤーズ、マッコーリー、クエンク、ハマー『MBTI Manual』(原題:MBTI Manual: A Guide to the Development and Use of the Myers-Briggs Type Indicator、1998年)第3版、第4章「ENTP」(p.77) Consulting Psychologists Press 刊。原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [52]マイヤーズ『Gifts Differing』(原題:Gifts Differing: Understanding Personality Type、1980年)第9章「内向的思考型 ISTP と INTP」(p.89) 原文欄は英語の原書の対応箇所。引用本文は当サイト訳 本文へ
- [53]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 内向的思考型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [54]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年)第1講 底本は英語版 本文へ
- [55]Karpenko「「静態-動態」特性、グラフィックと描画テストにおいて」(原題:Признак «статика-динамика» в графике и рисуночных тестах)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №3(2016年) 出典リンク 本文へ
- [56]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年) 「研究者」の比較の節 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [57]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [58]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) 「論理 — 倫理」の節 本文へ
- [59]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 IEI章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [60]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [61]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 EIE章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [62]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年)第2講「16タイプ」ESI節 底本は英語版 本文へ
- [63]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 ILE章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [64]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 SLE章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [65]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) 「論理 — 倫理」の節 本文へ
- [66]Eglit『機能の次元』(原題:Размерность функций、刊年不詳) 底本はシステム・ソシオニクス学派(School of System Socionics)公式サイトのロシア語原文。引用本文はその当サイト訳。刊行年は底本に記載がなく未確認 出典リンク 本文へ
- [67]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 IEE章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [68]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年)第2講「16タイプ」ESE節 底本は英語版 本文へ
- [69]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年) SEI節 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [70]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010年)第2講「16タイプ」LSE節 底本は英語版 本文へ
- [71]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 ILI章 第8ポジション 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
