実演機能 超詳細解説
モデルAの8番目の機能・イドブロック・バイタルリング
モデルAの実演機能(証明機能・実証機能・背景機能)を、ソシオニクスの研究文献からの引用をもとに解説する長編です。当サイトの通常ページは理論を短く言い換えて説明しますが、このページは研究文献からの引用を資料として示し、その比較と分析で構成します。対象は、創始者のアウシュラ・アウグスティナヴィチューテ(Aushra Augustinaviciute)から、レイニン、ブカロフ、ストラティエフスカヤ、フィラトワ、イェルマーク、カルペンコ、グレンコ、そしてシステム・ソシオニクス学派(エグリト)までの各研究者です。実演機能について、研究者ごとの呼び名・観測・記述を1つの要約にまとめず、引用で示して比較・分析します。
先に結論を知りたい方は、12章「研究者間で残る中核と食い違い」をご確認ください。
01実演機能とは何か
実演機能は、一般には、モデルAの8番目の機能で、強いのに、本人があまり大事にしていない機能と説明されます。「証明機能」「実証機能」「背景機能」「バックグラウンド機能」「デモンストレーション機能」「誇示機能」、番号で「第8機能」と呼ばれることもあります。
よく言われるのは、考えるより先に手が動き、できて当然のようにこなしてしまうという像です。本人には特別な技能という感覚がなく、ほめられても、何をほめられたのかぴんと来ないことがあるとも言われます。
また、人の手落ちに気づくと、口で指摘するより先に、黙って自分で直してしまうとされます。ときには、その腕前を人前で見せたくなる、とも言われます。「実演(デモンストレーション)」の名は、この見せる面から付いたと説明されます。
さらに、双対の相手が苦手とするところを、本人は気づかないうちに補っているという説明もよく見られます。自分ではそれほど大事にしていない力が、相手にとってはいちばん助かる力になる、という組み合わせです。
例えば、Te(外向論理)が実演機能のILEやSLEは、作業の段取りやしくみの不具合に気づくと、自分で手を出して片づけてしまうと言われます。Fi(内向倫理)が実演機能のSEIやIEIは、人と人の間のこじれを、言葉にする前に取りなしてしまうとされます。
一方、Se(外向感覚)が実演機能のESEやLSEは、必要なときにはためらわず押し切る力を出せるのに、それを自分の持ち味とは思っていないと言われます。おおよそ、これが一般に言われている像です。
この像は、あとで見る研究者の記述がところどころ切り出されて広まったものです。強い・自動的・大事にしていない・見せる、という要素はたいてい合っています。
ですが、研究者ごとに呼び名も力点も違い、「見せる」が何を誰に見せるのかの説明も1つではありません。このページでは、03章から研究者ごとの記述を順に見て、18章でこの一般像のどこがそのまま残り、どこが言い直されるかに戻ります。
読この記事の読み方
想定読者は、モデルAの入口ページや実演機能の解説を読み終えて、出典まで確かめたい人です。長いページですが、読み方は単純です。各章で研究者の記述を引用で示し、そのすぐ下に当サイトの読み方(何が共通し、どこが違うか)を書きます。
流れは、01章が一般に言われている像、02章がユングの無意識の態度との関係、03〜11章が研究者別の記述(このページの中心)、12章が横断比較です。続く13〜17章が各論(動員・脆弱・創造との比較、次元性、16タイプ、誤読、懸念)、18章が「実演機能とは、詰まるところ」の当サイトのまとめです。また、引用には初出順の番号が付き、押すと巻末の索引へ飛び、索引から本文へ戻れます。引用の扱い方(逐語性、訳出、編集操作)は末尾の「引用と記述の方法」にあります。
ページ冒頭の「コピーしてAIで要約!」を押すと、要約用の指示文とこのページの本文がクリップボードに入ります。AIに渡すと、要約のほか、引用の意味を聞く・研究者ごとの違いを整理させる・自分のタイプの実演機能に絞って読み直す、といった使い方ができます(長すぎるときは章を分けて渡してください)。
02ユングの無意識の態度との関係
実演機能は、主導機能と違い、ユングの類型論にそのまま対応する機能がない位置です。当サイトが確認した範囲では、ユングの『心理学的類型』で無意識の側に置かれるのは弱い劣等機能で、強い機能が無意識の側にあるという書き方はありません。それでも、実演機能の考え方の材料になった記述が、外向型の章の「無意識の態度」の節にあります。先にそれを確認します。
無意識は意識と逆の態度をとる
ユングは、外向型の章で、無意識の態度をこう書き始めています。
私は意識に対する無意識の関係を補償的なものと見ている。この見方からすれば、無意識も意識と同じだけ「態度」を持つ資格がある。(中略)意識の外向的態度を実効的に補うものとしての無意識の態度は、はっきりと内向的な性格を持つ。それはリビドーを主観的要因、すなわち外向的すぎる意識の態度によって押し殺され、抑圧されているあらゆる欲求と要求へ集中させる。
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I regard the relation of the unconscious to the conscious as compensatory. The unconscious, according to this view, has as good a claim to an ' attitude ' as the conscious.〔中略〕The attitude of the unconscious as an effective complement to the conscious extraverted attitude has a definitely introverting character. It focusses libido upon the subjective factor, i.e. all those needs and claims which are stifled or repressed by a too extraverted conscious attitude.
平たく言えば、無意識は意識の偏りを埋め合わせる側にあり、意識が外向なら無意識は内向の態度をとるということです。意識が外に向きすぎるほど、押さえ込まれた主観の欲求が無意識の側に集まる、とユングは書いています。
モデルAで、イドブロック(観察機能と実演機能)の要素が自我ブロック(主導機能と創造機能)の要素と同じ側面で、外向・内向だけが逆になっているのは、この逆の態度と同じ形です。例えば、ILEの創造機能はTi(内向論理)、実演機能はTe(外向論理)です。
劣等機能は逆の態度に仕える
続く段落では、意識の機能と無意識の機能の分担が書かれます。
ある習慣的な構えを外向的と呼べるのは、外向の機制が優勢であるときに限られる。その場合、最も高度に分化した機能は常に外向的に用いられるのに対し、劣等な機能は内向に仕えている。すなわち、より価値を置かれた機能は、より意識的であるがゆえに、意識の統制と目的にいっそう完全に従っているが、意識の度合いの低い機能、言い換えれば部分的に無意識的な劣等機能は、意識の自由な選択にはるかに小さな程度しか従わない。
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A habitus can be called extraverted only when the mechanism of extraversion predominates. In such a case the most highly differentiated function has a constantly extraverted application, while the inferior functions are found in the service of introversion, i.e. the more valued function, because the more conscious, is more completely subordinated to conscious control and purpose, whilst the less conscious, in other words, the partly unconscious inferior functions are subjected to conscious free choice in a much smaller degree.
つまり、意識がよく使う機能は外向きに働き、意識に上りにくい機能は内向きに働くということです。意識の度合いが低い機能ほど、本人の自由な選択には従わない、とユングは書いています。
ここでユングが無意識の側に置いているのは、劣等機能です。意識と逆の向きをとる点では実演機能と重なりますが、強さの点では反対です。
無意識は絶えず表に出てくる
節の終わりでユングは、無意識の機能がどう表に出るかを書いています。
劣等機能を介して、無意識は絶えず表に出てくる。無意識が何層もの地層の下に永久に埋もれていて、いわば骨の折れる発掘によってしか掘り出せないなどと、けっして考えてはならない。反対に、無意識は意識的な心理過程へ絶えず流れ込んでいる。(中略)分析のあいだは、どの機能が意識の統制と動機づけのもとに置かれ、どの機能が偶然的で自発的な性格を持つかを観察しなければならない。
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Through their agency the unconscious is continually coming to light. On no account should we imagine that the unconscious lies permanently buried under so many overlying strata that it can only be uncovered, so to speak, by a laborious process of excavation. On the contrary, there is a constant influx of the unconscious into the conscious psychological process〔中略〕During the analysis we must observe which function is placed under the control and motivation of consciousness, and which functions have an accidental and spontaneous character.
ユングの見立てでは、無意識は奥深くに埋まっているのではなく、劣等機能を通っていつも行動に流れ出しているとされます。そのため、性格を分析するときは、意識に統制された機能と、偶然に、ひとりでに出てくる機能を見分けなければならない、と書いています。
この「ひとりでに出てくる」性格は、アウシュラが実演機能の活動を「きわめて自然発生的に見える」と書き(03章)、イェルマークがイドの執行を「自動的」と書く(08章)ときの記述と同じ向きです。
読むときの注意
ユングの記述は、4つの機能(思考・感情・感覚・直観)と2つの態度で組まれ、モデルAの8つの位置とは数が違います。また、ユングの無意識の側の機能は弱い劣等機能で、実演機能のような強い無意識の機能ではありません。
小括します。ユングから実演機能へ受け継がれたと読めるのは、意識と逆の態度をとることと、意図せずひとりでに表に出ることの2点です。
強さを与え直したのはソシオニクスの側で、モデルAは無意識の側に、主導機能・創造機能と同じ側面の強い機能を2つ置きました。03章からは、その書き直しを研究者ごとに見ます。
03アウシュラの記述
アウシュラの実演機能の記述は、主に『機能の理論(フンクツィオニカ)』の「第6機能」の節にあります。8つの機能を1つずつ説明した著作で、この機能は「強い・バイタル・プロダクティヴ」の機能として置かれます。3標識とは、強弱・メンタルかバイタルか・受容か生成(プロダクティヴ)かという、位置を分ける3つの目印のことです。
読むときの注意を1つ置きます。『機能の理論』の原文では、この機能は「-2」(負の第2)の番号で書かれていて、当サイトの訳では並び順に合わせて「第6機能」としています。引用に出る「第5アスペクト」(原文の「-1」)は観察機能(7番)の要素、「第2機能」は創造機能(2番)のことです。
第2機能に似た、ひとりでに出る活動
アウシュラは、この機能を、創造機能との類似から書き始めています。
第2機能に類似している。これは第5アスペクトへの第6アスペクトによる反応である。第6アスペクトでは、第5アスペクトに敷かれるプログラムへの「半・運動的」な運動的活動が形成される。第6アスペクトについての行動には、可能な最高の標準を出すこと、執着と競争が特徴的である。第6機能における出口の不可能性は抑圧の原因であり、活動はきわめて自然発生的に見える。
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Похожа на вторую . Это реакция на -1 аспект по -2 аспекту . На -2 аспекте формируется "полукинетическая" двигательная активность на закладываемую по -1 программу . Для действий по -2 аспекту характерно выдать наивысший возможный стандарт , одержимость и соревнование. Невозможность выхода по -2 функции причина подавленности , а активность выглядит очень спонтанной .
アウシュラの定義を平たく言えば、実演機能は創造機能と同じ出す側の機能で、観察機能が受け取ったプログラムに応えて、半ば体の動きに近い活動を生むということです。そこでは、出せる最高の水準を出すこと、こだわり、競い合いが目立つとされます。
後半の「出口の不可能性は抑圧の原因」は、この機能の活動を外に出せないと、本人が押さえつけられたように感じるという意味に読めます。活動が「きわめて自然発生的に見える」のは、外からは準備も意図も見えないまま、ひとりでに動いているように映るということです。
原文の番号で見ると、「第2機能に類似している」は、-2の機能が2の機能に似ているという書き方です。アウシュラは、この2つを番号の上でも対にしていたことが分かります。
言葉ではなく行為で
同じ段落は、この機能が人の誤りにどう反応するかを続けて書いています。
他者の誤りに非常に敏感だが、言葉ではなく行為によって反応するので、それは助けのように見える。
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Необычайно чувствительна к ошибкам других , но реагирует не словами , а действием , что выглядит как помощь .
言い換えると、人の誤りにはすぐ気づくのに、それを口で言わず、手を動かして応えるということです。そのため、外からは指摘ではなく手助けに見える、とアウシュラは書いています。一般像の「黙って自分で直してしまう」(01章)は、この一文から来ていると読めます。
段落の後半は、批判への態度です。
他者を批判することは無神経と見なされ、彼らの支えとなり、理想的でありたいと願う。理想的でありたいという願いは、批判を超えた、批判の外でありたいという願いに導くことがあり、批判は気を悪くさせうる。
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Критиковать других считается бестактным, хочется служить им опорой , быть идеальным . Желание быть идеальным может приводить к желанию быть выше критики и вне критики , которая может расстроить.
この機能の要素では、人を批判するのは無神経なことだと感じ、むしろ人の支えになり、非の打ちどころのない人でありたいと願うとされます。その願いは、自分を批判の外に置きたいという願いにもつながり、そのため批判されると気分を害しうる、と続きます。
アウシュラは第1機能(主導機能)の節では、批判を平静に受け止めると書いています。同じ強い機能でも、主導機能は批判に平静、実演機能は批判で気分を害しうると、反応が分かれています。
日常の誠実な労働
アウシュラは、第6機能の節をこう要約しています。
要約:第6機能は—最も活動的な機能であり、それによって日常の誠実な労働が遂行される。
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Резюме : -2 функция - это наиболее деятельная функция , по ней осуществляется каждодневный добросовестный труд .
アウシュラのまとめでは、実演機能は8つの中で最も活動的で、ふだんの仕事を誠実にこなす機能です。続くイドブロック(観察機能と実演機能)の節は、この「日常の労働」をブロックの性格として書いています。
自身のニーズを社会のニーズと同一視する。この同一視なしには生きる意味がない。自身のニーズは、それが注文に入っている場合に世話される。このブロックには洗練された戦略的創造はない。これは日常の労働のブロックであり、しかしそこでは最良の標準を用いようと努め、また用いる。
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Свои потребности отождествляет с потребностями общества , без этого отождествления незачем жить . О своих потребностях заботятся, если это входит в заказ . По этому блоку нет изощренного стратегического творчества , этот блок повседневного труда , в котором , однако , стремятся использовать и исполюзуют лучшие из стандартов .
イドでは、自分の欲求と社会の欲求が重なっていて、自分のための用事も、頼まれた仕事に入っていれば片づくということです。凝った戦略を立てる場ではなく、ふだんの仕事の場でありながら、そこで最良の水準を使おうとし、実際に使うとされます。
イドの節は、短い2行で終わります。
個体の社会的実現のブロック。外的世界の心身的習得の手段、自身の有機体の可能性を誇示する手段。完成され注目される必要。
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Блок социальной реализации индивида . Средство психофизического освоения внешнего мира , средство демонстрации возможностей своего организма . Потребность быть законченным и отмеченым .
つまり、イドは社会の中で自分を実際に役立てる場で、自分の体と能力でできることを外に示す手段だということです。最後の「完成され注目される必要」は、仕上がりと、それを人に見てもらうことの両方が要ると読めます。名前の「実演」が指す面は、ここに出ています。
「行う」機能—バイタルの定義
実演機能はバイタルリング(無意識の側)にあります。アウシュラは、メンタルとバイタルの違いをこう書いています。
メンタル機能は「行う」というよりは「議論する」のであり、バイタル機能は—逆である、と言える。メンタル的知覚は研究対象との一定の距離を前提とし、バイタル的知覚は—逆に、それとの合一を前提とする。
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Можно сказать , что ментальные функции не столько действуют , сколько рассуждають , а витальные - наоборот. Ментальное восприятие предполагает известное расстояние до изучаемого , витальное - наоборот , слияние с ним .
平たく言えば、メンタルの機能は論じるために、バイタルの機能は行うためにあるということです。メンタルの知覚は対象から距離をとり、バイタルの知覚は対象と一体になる、とされます。
実演機能が言葉でなく行為で応えるという第6機能の記述は、この「行う」側の性格をそのまま受けています。強い機能でありながら、論じる機能ではなく行う機能だということです。
『ソシオニクス入門』—見せる、証明する
『ソシオニクス入門』のILEの章では、ILEのイドが2つの要素で書かれます。要素aは観察機能のNi(内向直観)、要素bは実演機能のTe(外向論理)です。
要素bにおいて潜在的エネルギーのいかなる労働活動における実現が行われる。自分の行動によって個体は、先行する要素aに基礎づけられるソシオンのプログラムに対する態度を示す。この態度は常に肯定的だが、この「肯定性」は周囲の人々が気づかなければ何の価値もない。(中略)「見せる」あるいは「証明する」ことができる人々が近いほど、個体の幸福な自己感覚はより好ましい。
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По элементу Б идет реализация потенциальной, энергии индивида в какой-либо трудовой деятель- ности. Своими действиями индивид демонстрирует отношение к закладываемой на предыдущем эле- менте а программе социума. Это отношение всегда положительно, но эта «положительность» ничего не стоит, если ее не замечают окружающие люди.〔中略〕Чем ближе люди, которым можно: «доказать» или «по- казать», тем благоприятнее, благополучнее само- чувствие индивида.
ここでのソシオンは、16タイプがそろった社会の全体のことです。つまり、ILEは仕事を通して、社会のプログラムを肯定していることを示すが、その肯定は周りの人に気づかれなければ値打ちがないということです。「見せる」か「証明する」ことのできる相手が近くにいるほど、本人の気分は良くなる、とアウシュラは書いています。
一般像の「腕前を人前で見せたくなる」(01章)の出どころは、この箇所と読めます。ただし、アウシュラが書いているのは自慢ではなく、していることに気づいてもらう必要です。同じ章は、自我ブロックとイドブロックの違いをこう対にしています。
ブロック 自我において新たな価値の創造が行われるなら、イドは忠実にかつ従順にすでに受容された社会的価値に奉仕する。自我で自慢するものがあるなら、イドでは称賛を待つ。
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Если на блоке ЭГО идет создание новых ценнос- тей, то ИД прилежно и бдительно служит уже при- нятым социальным ценностям. Если на ЭГО хвастаются сами, то на ИД ожи- дают похвал.
主導機能・創造機能の自我ブロックが新しい価値を作るのに対して、イドはすでに受け入れられた社会の価値に仕えるとされます。そして、自我では自分から自慢し、イドでは称賛を待つ、という対比です。
ほめられたいのに自分からは言わない、という組み合わせがここにあります。アウシュラが第6機能の節で書いた「注目される必要」と、言葉でなく行為で応える性格は、この「待つ」形でつながると読めます。
イドという「馬」
『入門』の同じ章には、イドの使われ方を短く言った一節があります。
イドはある馬であり、人間が他に解決策を見出せない状況で使う。ILE〔原文: ドン・キホーテ〕にとってこれは仕事であり、EIE〔原文: 倫理・直観的〕やLIE〔原文: 論理直観外向〕にとっては自分の能力、ポテンシャルの提示であり、SEI〔原文: 感覚・倫理的〕とIEI〔原文: 直観倫理内向〕にとっては人々との関係を調整する能力である。
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ИД является лошадкой, которой че- ловек пользуется в ситуациях, для которых не на- ходит других способов решения. Для Дон Кихота это — работа, для ЭТИКО-ИНТУИТИВНОГО и ЛОГИКО-ИНТУИТИВНОГО ЭКСТРАТИМОВ —`' демонстрация своих способностей, потенциала, для СЕНСОРНО-ЭТИЧЕСКОГО и ИНТУИТИВНО- ЭТИЧЕСКОГО ИНТРОТИМОВ — умение нала- живать отношения с людьми.
アウシュラの言い方では、イドはほかに方法が見つからないときに乗る馬です。ILEにとってはそれが仕事、EIEとLIEにとっては自分の能力を示すこと、SEIとIEIにとっては人との関係を整えることだ、とされます。
挙げられた3組は、それぞれ実演機能の要素がTe(ILE)、Ne(EIE・LIE)、Fi(SEI・IEI)のタイプです。「馬」の中身が、実演機能の要素ごとに書き分けられていることが分かります。
小括します。アウシュラの実演機能の記述の軸は、3つです。
第一に、行為で出る、自然発生的な強い機能としての定義です。創造機能に似た出す側の機能で、言葉ではなく行為で応え、人の誤りには手助けで反応します。
第二に、日常の労働と標準です。最も活動的で、ふだんの仕事をこなし、そこで最良の水準を使います。凝った戦略の場ではなく、すでに受け入れられた価値に仕えます。
第三に、見てもらうことの必要です。完成と注目を必要とし、自分からは自慢せずに称賛を待ちます。一方で、批判の外にいたいという願いから、批判には気分を害しうるとされます。
04レイニンの記述
ソシオニクス研究者のレイニンは、8つの機能を、第1〜第4と、それぞれと対になる第-1〜第-4の8つで呼びます(第-1は負の第1機能のことです。負の番号はアウシュラの『機能の理論』の原文にもありますが、割り当ては一部違います)。現行の実演機能(8番)になるのは、第-2機能(マイナス第2機能)です。
対になる第2機能は、現行の創造機能(2番)です。アウシュラの原文の「-2」(03章)と同じく、レイニンも実演機能を創造機能の負の対として番号づけています。
この章で見るのは、レイニンが実演機能を何の場所として定義し、創造機能とどう対にしたかです。
理論編—規範と標準の領域、「不必要」
レイニンは、マイナス第2機能の節に「行動規範、標準、ステレオタイプの領域。「不必要」」という見出しを付けています。本文は短く、次のとおりです。
ここで人は保守主義を示し、この領域では創造的でない。ここに「自明の規範」と最も硬直したパターンが存在する。これらのパターンの維持は努力を要し、これらの規範を破る他の人々の行動は彼を苛立たせる。
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Here a person demonstrates conservatism, in this area he is not creative, here the 'self- evident norms' and most rigid patterns exist. Maintaining of these patterns takes efforts, and behavior of other people who break these norms irritates him.
言い換えると、実演機能の領域では人は保守的で、創造性を出さず、当然とされる規範と固い型に従うということです。その型を守るには努力が要り、規範を破る人を見ると苛立つ、とレイニンは書いています。
アウシュラが書いた「最良の標準」「すでに受け入れられた社会的価値」(03章)を、レイニンは規範とステレオタイプの側から書いていることになります。ですが、評価は逆で、アウシュラが最高の水準を出す場とした領域を、レイニンは創造的でない領域と書いています。
第2機能との対—「必要」と「不必要」
見出しの「不必要」は、第2機能のラベルとの対になっています。レイニンは、第2機能をこう書いています。
第2機能は「それは必要だ」、または「私は必要だ」とラベル付けできる。なぜなら、それは自己表現、自分の潜在能力と創造性の発現に有用な手段と条件から成るからである。
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The second function could be labeled "it is necessary", or "I need to", because it consists of means and conditions helpful in self-expression, demonstration of one’s potential & creativity.
上の引用にある第2機能は、現行の創造機能です。つまり、創造機能の領域は、自分を表現し能力を出すための手段なので「必要」と呼ばれるということです。
これと並べると、実演機能の「不必要」は、同じ側面の情報でありながら、自己表現の手段としては求めない領域と読めます。創造機能では自由にリスクを取り、実演機能では規範どおりに済ませる、という対です。
タイプ節—言われれば従うILE
レイニンのタイプ節では、ILEの第-2機能はTeで、「規範と標準の領域、法と秩序の領域」と書かれます。
交通規則、刑法、その他社会的慣習はILE〔原文: ドン・キホーテ〕にとって自明のものとして受け入れられる。この領域は創造的ではない。たとえば妻が、もうそろそろアパートをリフォームする時期だと言う。ILE〔原文: ドン・キホーテ〕はそれを絶対的に必要なこととは見ないが、それでも従う。「やらなきゃならないあれこれを考えるだけで気分が悪くなる…リフォームはもう一年待つべきだ。なぜ今やるんだ? なぜ自分の予定を変えなければならないんだ? なんと苛立たしい!
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Traffic rules, criminal code, other social conventions go without saying for a Don Quixote. This area is not creative. For example, his wife says that it is time to remodel the apartment. A Don Quixote does not see this as something absolutely necessary, but complies anyway. “Just thinking of all the work that needs to be done makes me sick… We should wait another year to remodel. Why should we do it now? Why should I change my plans? How irritating!
ILEにとって、交通規則や法律や社会の慣習は、考えるまでもなく従う標準です。家の改装のように、人に言われた用事にも、必要とは思わないまま従います。そして、予定を乱されることに強く苛立つ、という独白が続きます。
この独白は、レイニンの「規範を破る他の人々の行動は彼を苛立たせる」(理論編)とは少し違う苛立ちです。規範に従うのは当然だが、その規範に自分の時間を取られるのが不満という形で書かれています。
タイプ節—見え方は大事ではないESE
ESEの第-2機能はSe(外向感覚)です。レイニンは、ESEの外見と住まいをこう書いています。
私の知る限り、これらの人々は自分の見え方に注意を払うが、彼らにとってそれは重要ではない。風変わりさは「すべきでない」の領域にある。ESE〔原文: ヒューゴー〕は自分の社会的環境で正常で受け入れられるものを身につける。彼らの家のインテリアは、その時代の標準的なシンボルである。
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As far as I know, these people pay attention to how they look, though for them it is not important. Extravagance is in the area of "should not". A Hugo wares what’s normal and accepted in his/her social environment. Their house interior is a standard symbol of time.
上の引用の「これらの人々」はESEのことです。ESEは自分の見え方に気を配るが、本人にとってそれは大事なことではないとされます。服装も家の内装も、その時代と環境の標準どおりで、風変わりなことは「すべきでない」の側に入ります。
一般像の「強いのに、本人があまり大事にしていない」(01章)に、いちばん近い書き方がここにあります。気を配ることはできるが、価値は置かないという観察です。
小括します。レイニンの実演機能(第-2機能)の記述の軸は、2つです。
第一に、規範・標準・ステレオタイプの領域としての定義です。保守的で創造的でなく、自明の規範に従い、規範を破る人に苛立ちます。
第二に、創造機能との「必要/不必要」の対です。同じ側面で、創造機能は自己表現の手段、実演機能は規範どおりに済ませる領域とされます。タイプ節は、できるが価値を置かないという像を、ILEとESEの具体例で書いています。
05ブカロフの記述
ブカロフは国際ソシオニクス研究所(キエフ)を率いる研究者で、機能の次元性(主導機能が4次元、脆弱機能が1次元)の提唱者です。実演機能についての記述は多くありません。位置一覧の中の名前、強い発信側の機能という分類、そして子どもの発達の順序の3つに分かれます。
位置一覧—「デモンストレーションのもの」
ブカロフは、講演録の冒頭で、8つの機能を次のように並べています。
最初から始めるなら、もちろん思い出すのは、人間 ― より正確にはその情報代謝タイプ ― には、第1機能 ― 4次元、第2 ― 3次元、第3 ― ロール、2次元、第4 ― 機能は1次元、あるいは「最も抵抗の少ない場所」とも比喩的に呼ばれる:つまり弱く非常に敏感な機能。第5機能 ― 暗示的、または示唆の機能、第6 ― 活性化、活性化の機能、第7 ― コントロールし、第8 ― デモンストレーションのもの。
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Если мы начнем с самого начала, то мы конечно вспомним, что у человека, точнее его типа информационного метаболизма, есть 1-я функция — 4-мерная, у него есть 2-я — 3мерная, 3-я — ролевая, 2-мерная, 4-я — функция 1-мерная, или, как ее образно еще называют, «место наименьшего сопротивления»: то есть функция слабая и очень чувствительная. 5я функция — суггестивная, или внушения, 6-я — активационная, функция активации, 7-я — контролирующая и 8-я — демонстрационная.
一覧の最後で、第8機能は「デモンストレーションのもの」と呼ばれています。主導機能の4次元、脆弱機能の1次元といった説明が付いているのに対し、第8機能には名前しか付いていません。
この一覧では、第1〜第4機能に次元が書かれ、第5〜第8機能には役割の名前が書かれています。実演機能の次元は、ここでは書かれていません。次元については、同じ講演録の続きで触れられます。
強い活力的機能—社会へ情報を発する
同じ講演録で、ブカロフは機能を、情報を発する側と受ける側に分けています。
しかし重要なのは、我々がはっきり見ていることである:人間には創造的な ― 最も強い機能がある。さらに強い活力的機能 ― 第7と第8がある、なぜならこれらも多次元だからである。そしてこれらは、人間が社会に情報を発する機能であり、特に第1と第2によって、そして言語的・口頭的・非言語的・物理的などすべての形態において周囲の世界に能動的影響を及ぼす。
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Но важно, что мы видим четко: у человека есть творческие — самые сильные функции. Еще есть сильные витальные функции — 7-я и 8-я, потому что они тоже многомерные. И это те функции, по которым человек выдает информацию в социум, особенно по 1-й и 2-й, и оказывает активное воздействие на окружающий мир во всех формах — словесных, вербальных, невербальных, физических и т. д.
上の引用にある活力的機能は、バイタルの機能のことです。言い換えると、観察機能と実演機能も、主導機能・創造機能と並んで強く、どちらも多次元の機能だということです。
そして、これらの強い機能が人が社会に情報を発する機能で、とくに主導機能と創造機能を通して、言葉でも、言葉でない形でも、体の動きでも周りに働きかけるとされます。アウシュラの「行為で応える」(03章)は、ブカロフの分類では発信側の、言葉でない形の働きかけになると読めます。
機能の充填は第8と第7から
講演録の後半で、ブカロフは機能に中身が入っていく順序を書いています。
キエフ・ソシオニクス学派の研究で明らかにできたところでは、子供が発達し始めると、その機能はもちろん働くが、それらは実際の経験で弱く満たされ、「半分空の」と言える。(中略)そして多くの観察が証言するように、機能の充填あるいは研修が起こる。これは下から上へ ― つまり、活力的機能から、つまり第8と第7から始まる。
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как удалось выяснить в работах Киевской школы соционики, когда ребенок начинает развиваться, то его функции, конечно, работают, но они слабо наполнены реальным опытом, можно сказать — «полупустые».〔中略〕И, как свидетельствуют многочисленные наблюдения, происходит наполнение или стажировка функции. Она происходит снизу вверх — начиная от витальных функций, то есть, 8-й и 7-й.
つまり、子どもの機能は、働いてはいても経験の中身がまだ少なく、中身は下の位置から、まず実演機能と観察機能から入っていくということです。ブカロフは、これをキエフ学派の観察の結果として書いています。
イェルマークも、イドブロックの中身が入るのは幼児期だと書いています(08章)。実演機能は、最初に中身が入る機能として、2人に共通して書かれていることが分かります。
小括します。ブカロフの実演機能の記述の軸は、2つです。
第一に、強い発信側の機能としての分類です。観察機能と並ぶ多次元の機能で、主導機能・創造機能とともに、言葉でも行為でも社会に働きかけます。
第二に、最初に中身が入る機能としての発達の順序です。子どもの機能の充填は、実演機能と観察機能から始まるとされます。名前は「デモンストレーションのもの」ですが、見せることの中身については、ブカロフはほとんど書いていません。
06ストラティエフスカヤの記述
ヴェラ・ストラティエフスカヤは、16タイプを8位置ごとの長い場面記述で書いた著者です。主著『お別れしないために』では、実演機能を「誇示機能」と呼びます(原語は「デモンストラティヴナヤ」で、別名として「実現機能」とも書かれます)。
読むときの注意を1つ置きます。ストラティエフスカヤは「実現機能」の語を、実演機能と創造機能(2番)の両方に使います。この章の引用では、「誇示機能」「第8機能」「実現機能」はすべて実演機能(8番)を指します。
イド—自我と同じ意義、逆の向き
ストラティエフスカヤは、理論編で、イドのレベルをこう定義しています。
イド—潜在意識の強いレベル。それの上に自我・レベルのアスペクトと同じ意義の、しかし対立する「外内向性」(「外内向性」を反対のものに「変えた」—自我・レベルでは白色記号で示されたのが、イド・レベルでは黒色になる、そして逆もまた)の支配的アスペクトが配置される。
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ИД — сильный уровень подсознания. На нем расположены преобладающие аспекты нашей психики того же значения, что и аспекты уровня ЭГО, но противоположной "вертности" ("сменили окраску" на противоположную — на уровне ЭГО обозначались белым символом, на уровне ИД — черным, и наоборот)
ストラティエフスカヤの定義を平たく言えば、イドには、自我と同じ側面の要素が、外向・内向を入れ替えて置かれるということです。自我で白い記号(内向)の要素は、イドでは黒い記号(外向)になり、その逆も同じだとされます。
ユングの「無意識は意識と逆の態度をとる」(02章)を、ストラティエフスカヤは記号の白黒の入れ替えとして書いています。しかも、イドは潜在意識の「強いレベル」です。
イド・レベル—自己献身と完成への志向
理論編の続きで、ストラティエフスカヤはイド・レベルの性格をこう書いています。
イド・レベル—これは私たちの潜在意識の最も深いレベルである。それは高い自己献身、無謀な自己犠牲、完成への志向のレベルとして特徴づけることができる。わがモデルのイド・レベルに位置する第7機能と第8機能のアスペクトは、わが双対者の超自我・レベルに位置する第3アスペクトと第4アスペクトに対応する。
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Уровень ИД — самый глубокий уровень нашего подсознания. Его можно охарактеризовать как уровень высокой самоотдачи, безрассудного самопожертвования и стремления к совершенству. Аспекты седьмой и восьмой функций, расположенные на уровне ИД нашей модели, соответствуют третьему и четвертому аспектам, расположенным на уровне СУПЕРЭГО модели нашего дуала.
言い換えると、イドの性格は高い自己献身と完成への志向で、そのイドの要素は、双対の相手の規範機能と脆弱機能の要素と同じになるということです。
例えば、ILEの実演機能の要素Teは、双対のSEIの脆弱機能の要素です。自分のイドが、相手のいちばん弱いところと同じ要素を持っているので、イドの働きは相手に向けた献身になる、という説明です。
その助けがなぜ受け取りやすいのかも、続けて書かれています。
なぜこの助けはこんなに良いのか? それは、寛大で押しつけがましくなく、いわゆる「心から」だからだ(なぜなら—無意識的だからだ)。人間は自分の労働の果実を誰かが用いること自体で、すでに幸せになる。
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Чем же так хороша эта помощь? Тем, что она щедрая и непритязательная, что называется "от души" (это потому что — неосознанная). Человек счастлив уже тем, что плодами его трудов кто-то пользуется.
ストラティエフスカヤの答えは、押しつけがましくなく、「心から」の助けだからです。無意識の働きなので見返りを求めず、自分の仕事の成果を誰かが使ってくれること自体で幸せになる、とされます。
アウシュラが、頼まれた仕事に入っていれば自分の用事も片づくと書いたこと(03章)と、ここの、使ってもらえれば幸せという記述は、相手の役に立つことがそのまま報いになるという同じ形です。
誇示機能—双対の「恐怖の領域」を世話する
ストラティエフスカヤは、誇示機能の節を、観察機能との分担から書き始めます。
観察機能(分析的)によって得られた情報は、第8機能—誇示機能(実現的)によって実現される。これは大変多くのことを義務づける。(中略)わが誇示機能はわが双対者の「恐怖の領域」を「お世話する」からだ。これはそれに莫大な責任を負わせる—最高の質の情報が要求される、なぜならさもなくば、わが双対者は失望することになり、私たちは彼の信頼を失うからだ。
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Информация, полученная наблюдательной функцией (аналитической), реализуется восьмой функцией — демонстративной (реализационной), и это ее очень ко многому обязывает.〔中略〕Потому, что наша демонстративная функция "обслуживает" "зону страха" нашего дуала, и это накладывает на нее колоссальную ответственность — от нее требуется предельное качество информации, потому что в противном случае наш дуал будет разочарован, и мы потеряем его доверие.
上の引用にある恐怖の領域は、彼女の語で、双対の相手の脆弱機能のことです。つまり、観察機能が集めて分析した情報を、実演機能が実行に移し、それが双対の相手のいちばん弱いところを世話するということです。
相手のいちばん弱いところを預かるので、最高の質が求められ、しくじれば相手の信頼を失うとされます。強い機能に重い責任がかかる、という書き方です。
誤りを許さず、成績表を持って歩く
その責任は、本人の自分への態度にも表れる、とストラティエフスカヤは続けます。
加えて、潜在意識的に私たち自身、誇示機能における誤りを自分に許さない。それゆえ、それで完璧に働くことを目指す、たとえそれが私たちには容易でなくとも(なんといっても、潜在意識だ。多くが完全には意味づけされず、それゆえ最後まで検証されないままになる)。まさにそれゆえに、私たちはわが第8機能で無限に自己完成を続ける。だからこそこのアスペクトに沿って受け取ったどんな賛辞にも喜ぶのだ。
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Кроме того, подсознательно мы сами не прощаем себе ошибок по демонстративной функции. Поэтому стремимся работать по ней безупречно, хотя это для нас и непросто (как-никак, подсознание, где многое остается не до конца осмысленным, а следовательно, и не до конца проверенным). Именно поэтому мы бесконечно самосовершенствуемся по нашей восьмой функции; потому-то и радуемся любому комплименту, полученному по этому аспекту.
本人は、実演機能での誤りを自分に許さず、完璧に働こうとして、自己完成を際限なく続けるとされます。潜在意識の働きなので、意味づけも検証も最後まではされない、という括弧書きが付いています。
そのため、この要素でほめられると、どんなほめ言葉でも喜びます。ストラティエフスカヤは、その喜び方をこう書いています。
そして当然、(特に若い頃は)あらゆる機会を利用して、自分の達成のすべてを誰彼かまわず披露する。ときに、このアスペクトに沿って過大評価をねだり、文字通り「開いた成績表を持って」自分の才能の「鑑定者」を一人ひとり追いかけるとき、私たちは滑稽でさえある。
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И, разумеется, пользуемся любым случаем (особенно〔中略〕смолоду) продемонстрировать наши достижения всем и каждому. Порой бываем смешны, когда буквально напрашиваемся на завышенную оценку по этому аспекту и буквально гоняемся "с открытой "зачеткой" чуть ли не за каждым "ценителем" наших талантов.
とくに若いうちは、この要素での達成を誰彼かまわず見せ、ほめてもらおうとするとされます。「開いた成績表を持って」鑑定者を一人ずつ追いかける姿は滑稽でさえある、という書き方です。
名前の「誇示」は、この姿から来ていると読めます。アウシュラの「称賛を待つ」(03章)と比べると、ストラティエフスカヤの書くイドは、待つだけでなく、自分から見せに行くことがあります。
批判は不公正に感じる
批判への反応も、アウシュラと同じ向きで書かれています。
異論はない、第7と第8は十分に強い機能で、自分の仕事をかなりうまくこなす。それでもなお、これらのアスペクトに沿った批判は、私たちに非常に痛みをもって受容される。なぜなら、それを不公正なもの、それゆえ自分にとって傷つけるものと捉えるからだ。(中略)わが双対者ほど、私たちの長所を高く評価する者はおらず、わが「衝突パートナー」ほど、私たちの欠点を見抜く者はいない。
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Спору нет, седьмая и восьмая — достаточно сильные функции и со своей работой неплохо справляются. И тем не менее, критику по этим аспектам мы воспринимаем очень болезненно, поскольку считаем ее несправедливой, а потому и обидной для себя.〔中略〕Никто так высоко не оценивает наши достоинства, как наши дуалы, равно как и никто лучше наших "конфликтеров" не видит наших недостатков.
観察機能と実演機能は十分に強いのに、その要素での批判はひどく痛く感じられるとされます。本人はその批判を、不公正で、自分を傷つけるものとして受け取ります。
ストラティエフスカヤは、その痛みが双対の関係ではいちばん小さいと書いています。双対の相手ほど長所を評価する人はなく、衝突の相手ほど欠点を見抜く人はいない、という対比です。
慣性と機動—右側の機能
ストラティエフスカヤは、モデルAの機能を慣性ブロックと機動ブロックにも分けています。実演機能は機動ブロックに入ります。
機動ブロックには、モデルの右部分(第2、第3、第5、第8)に位置する機能が落ちる—それらは柔軟性、機動性、機動力で区別される。
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В мобильный блок попадают функции, расположенные в правой части модели (вторая, третья, пятая и восьмая) — их отличают гибкость, маневренность, мобильность.
ここでいう右部分は、モデルAの図の右の列のことです。つまり、実演機能は創造機能・規範機能・暗示機能と並んで、柔軟で動きやすい側の機能だとされます。反対の慣性ブロックには、主導機能・脆弱機能・動員機能・観察機能が入ります(13章)。
タイプ章—自分のためより人のために
ストラティエフスカヤのタイプ章には、実演機能が自分のためより人のために働くという観察があります。EIEの実演機能はNe(外向直観)です。EIEの章は、EIEがある状況でどう動くつもりかを、舞台の登場人物のようには人に打ち明けられないと書いたあとで、こう続けます。
実生活においてEIE〔原文: ハムレット〕は自分自身にすらこれを語ることが必ずしもできない。なぜならこの過程は彼には潜在意識のレベルで実現されるからである。それどころか、このタイプの一部の代表者は、自分自身よりも他人のために状況の可能性を計算する方が容易だと主張する。(これも正しい。なぜなら実現機能(誇示機能)は内的衝動よりも外的衝動の影響下でより活発に実現されるからである。)
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В реальной жизни Гамлет не всегда может это рассказать даже самому себе, поскольку этот процесс у него реализуется на уровне подсознания. Более того, некоторые представители этого типа утверждают, что им легче просчитать возможности ситуации для других, чем для себя. (Тоже верно, поскольку демонстративная функция активнее реализуется под влиянием внешнего импульса, а не внутреннего.)
EIEは、状況の可能性を、自分のためより他人のために計算するほうがやさしいと言うことがあるとされます。ストラティエフスカヤは、その理由を、実現機能が内からの衝動より外からの衝動で活発に働くことに置いています。
同じ観察は、LSIの章にもあります。LSIとESIの実演機能はSi(内向感覚)です。LSIの章では、LSIが作る作品の話の中で、こう書かれています。
彼は個人的に自分自身のために創造することは難しいが、彼にこの仕事を発注する者のためには容易に創造できる。(中略)ESI〔原文: ドライザー〕の実現機能の感覚にも内在する類似した特質は、実現機能が、当の個人自身のためというよりも、彼の双対の最も痛みを伴う機能を支援するためにこそ、より活発に働くことから説明される。LSI〔原文: マクシム〕は自身の名刺のエンブレムを成果なく考え続けることもあるが、発注主のために与えられたテーマで素早く容易にこれを行うであろう。
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которому трудно творить лично для себя, но легко для того, кто заказывает ему эту работу.〔中略〕Похожее качество, присущее и демонстративной сенсорике Драйзера, объясняется тем, что демонстративная функция активнее работает не столько для самого индивида, сколько для поддержки наиболезнейшей функции его дуала. Максим может безуспешно размышлять над эмблемой собственной визитной карточки, но быстро и легко сделает это для заказчика по заданной ему теме.
LSIは、自分の名刺のエンブレムは考えあぐねても、注文主のためのデザインなら素早くこなすとされます。ストラティエフスカヤは、その理由を、実現機能が本人のためより、双対の相手のいちばん痛む機能を支えるために活発に働くことに置いています。
例えば、LSIの双対はEIEで、EIEの脆弱機能の要素は、LSIの実演機能と同じSiです。頼まれたとき、相手のためのときに、実演機能はいちばんよく働くという観察が、2つのタイプ章で繰り返されています。
一方、ILEの章では、実演機能のTeの別の面が書かれています。
ILE〔原文: ドン・キホーテ〕はあれこれの仕事をどう遂行すべきかについて助言するのを非常に好む。(中略)あれこれの仕事が原則的にどうなされるかを完璧に想像していても、しばしばその実際については一切の理解を持ち合わせていない、すなわち「半田ごてを違う側から取る」のである。
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Дон-Кихот очень любит советовать по поводу того, как нужно выполнять ту или иную работу.(中略)прекрасно представляя себе, как в принципе делается та или иная работа, он часто не имеет о ней ни малейшего практического понятия, иными словами, "берется за паяльник не с того конца"
ILEは、仕事のやり方を人に助言するのが好きだが、実際の作業となると「半田ごてを反対側から持つ」ことがあるとされます。仕事が原則としてどう進むかは完璧に思い描けても、実地の勘所は分かっていないことが多い、という書き方です。
強い機能でも、ストラティエフスカヤが書くILEの実演機能は、原則の理解には強く、実地の手順には弱いという形をとります。カルペンコも、ILEの実演機能が「どうやるべきか」を語る形で出ると書いています(09章)。
小括します。ストラティエフスカヤの実演機能(誇示機能)の記述の軸は、3つです。
第一に、双対の脆弱機能を世話する機能としての位置づけです。イドの要素は双対の規範機能・脆弱機能の要素と同じで、その助けは押しつけがましくない「心から」のものとされます。
第二に、完成への志向と、見せたい気持ちです。誤りを自分に許さず、自己完成を続け、ほめられると喜び、成績表を持って鑑定者を追いかけます。一方で、批判は不公正に感じられます。
第三に、人のためによく働くことです。外からの衝動、注文主の依頼、双対の必要があるときに、実演機能はいちばん活発になるとされます。
07フィラトワの記述
エカテリーナ・フィラトワは、主著『ソシオニクスの鏡の中の人格』で、モデルAの前に、4つの機能だけからなるモデル・ユングを置いて説明します。モデル・ユングの4つは、プログラム機能・創造機能(実現機能)・痛点機能・暗示機能で、実演機能に対応する位置はありません。
読むときの注意を1つ置きます。モデル・ユングの番号はモデルAと違い、第3機能が痛点機能(現行の脆弱機能、4番)、第4機能が暗示機能(5番)です。この章では、モデル・ユングが実演機能の働きをどう扱っていたか、そしてモデルAに移ったあと、フィラトワが下の環(バイタルリング)の機能をどう書いたかを見ます。
点線の結びつき—向きの違う同名の機能
フィラトワは、双対の夫婦の関係をモデル・ユングで分析する箇所で、機能どうしの結びつきを2種類に分けています。同じ要素どうしは実線、同じ側面で向きの違う機能どうしは点線です。
同名だが向き(外向・内向)の異なる機能同士は、点線で結ばれている。この場合、結びつきは存在するが、それは直接的なものではない。なぜなら、すでに知られているとおり、ここでは意識の方向性が異なるからである—「黒い」機能については外向的、「白い」機能については内向的である。
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Сходные функции, но разной вертности, соединены пунктирными линиями. В этом случае связь есть, но она не прямая, поскольку, как мы знаем, здесь наблюдается различная направленность сознания: для «черных» функций — экстравертная, а для «белых» — интровертная.
上の引用にある同名の機能は、同じ側面(論理・倫理・感覚・直観)の機能のことです。言い換えると、側面が同じでも外向と内向が違えば、結びつきはあるが直接ではないということです。
フィラトワは、この点線の結びつきが、双対の関係で何をするかを続けて書いています。
同時に、パートナーの十分に強い第2機能の側から、痛点機能(第3機能)への直接的な圧力は存在しない。なぜなら、すでに述べたとおり、この結びつきは直接的ではなく、ここでは向きの異なる機能同士が結ばれているため、結びつきは間接的なものとなり、したがってこれもまた支持的な性格を持つからである。
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Одновременно нет прямого давления на болевые функции со стороны вторых, достаточно сильных функций партнеров, поскольку, как уже сказано выше, эта связь не прямая, здесь связаны функции разной вертности, связь, таким образом, опосредована, поэтому также имеет поддерживающий характер.
つまり、双対では、一方の創造機能が相手の痛点機能を直接は押さず、向きの違う間接の結びつきとして支える側に働くということです。例えば、ILEの創造機能はTi、双対のSEIの痛点機能(脆弱機能)はTeで、側面は同じで向きが違います。
当サイトの読みでは、この間接の支えを直接の結びつきとして担うのが、モデルAの実演機能です。ILEの実演機能はTeで、SEIの脆弱機能と同じ要素です。4つの機能しかないモデル・ユングでは点線で済ませていたところを、モデルAは実演機能という位置を足して書き直した、と読めます。
下の環の機能も活性化しうる
モデルAに移ると、フィラトワは、下の環の機能はふだん上の環ほどは現れないと書いています。モデル・ユングで下の環から暗示機能だけを取り出したのも、そのためだとされます。そのうえで、残りの機能についてこう書きます。
下の環の残り三つの機能については、それらもまた安定的に活性化しうることが明らかになっており、その結果、私たちは同じタイプの実にさまざまなバリエーションを手にすることになる。
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Что касается оставшихся трех функций нижнего кольца, то оказывается, что и они могут оказаться устойчиво активными, и в итоге мы имеем самые разные варианты одного типа.
上の引用にある「残り三つ」は、下の環のうち暗示機能を除いた、動員機能・観察機能・実演機能です。つまり、この3つも安定して強く働くことがあり、そのため同じタイプでも多くの違いが生まれるということです。
縦のブロックの強化—ILIの中のSLE
その違いの例として、フィラトワは、下の環の縦のブロックが強められた場合を挙げています。
例えば、モデルAのどのブロックの強化も、対応するサブタイプを生み出すと考えることができる。例えば、ILIの下の環における右の垂直ブロックの強化は、リアリスト、SLE、ジューコフのサブタイプを生み出すことになる。そして実際、強い意志的な、組織者的な性格特性を持つILIの代表者たちに、私たちは人生の中で出会う。
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Например, можно считать, что усиление любого блока модели А даст соответствующий подтип, например, усиление правого вертикального блока в нижнем кольце ИЛИ (ЧС-БЛ) даст подтип Реалиста, СЛЭ, Жукова. И действительно, представители ИЛИ с сильными волевыми и организаторскими чертами характера в жизни встречаются.
上の引用の「右の垂直ブロック(Se-Ti)」は、ILIの暗示機能のSe(外向感覚)と、実演機能のTi(内向論理)の組です。言い換えると、ILIでこの2つが強められると、SLEに似た型になるということです。SLEは、このSeとTiを自我ブロックに持つタイプです。
フィラトワは、意志が強く、組織者らしい性格のILIに実際に出会う、と書いています。実演機能が、暗示機能と組んで、タイプの見え方を変えるほど強く出ることがある、という観察です。
小括します。フィラトワの実演機能の記述の軸は、2つです。
第一に、モデル・ユングでの欠落と、点線の結びつきです。4つの機能のモデルには実演機能の位置がなく、双対の創造機能と痛点機能の間の向きの違う結びつきは、間接の支えとして書かれます。当サイトの読みでは、その支えをモデルAで直接担うのが実演機能です。
第二に、下の環の機能の活性化です。実演機能は動員機能・観察機能とともに安定して強く働くことがあり、暗示機能と組んだ縦のブロックの強化は、別のタイプに似た型を生むとされます。
08イェルマークの記述
ウラジーミル・イェルマークは、モデルAをシステム論の語彙で組み直した研究者です。主著『人を理解することを学ぶには』では、実演機能を「機能8」と呼び、その働きを作業道具一式(道具立て)と名づけます。付録のタイプ記述では、「実現機能(第8機能)」とも書かれます。
読むときの注意を1つ置きます。イェルマークのブロックの名前は管理の用語で、イドブロックは「執行ブロック1」、超イドブロック(暗示機能と動員機能)は「管理ブロック1」と呼ばれます。また、バイタルリングはスーパーブロック「Vital」です。
自動的に、気づかれずに
イェルマークは、ふだんの課題がどう解かれるかを、ブロックごとにこう書いています。
個人的活動の保証のための、習慣的かつ既知の、「日常的な」課題(個人的活動のスーパーブロック Vital)を、人間はいわば自動的に解決する—正常な条件のもとで、意思決定は「黙って」、外見上は気づかれずに行われ(管理ブロック1、超イド—機能5と6)、執行は「自動的」で、執行の瞬間には意識されず、ときには衝動的なように見える(執行ブロック1、イド—機能7と8)。
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Привычные и знакомые, "повседневные" задачи обеспечения индивидуальной жизнедеятельности (суперблок индивидуальной жизнедеятельности УиИа1) человек решает, как бы, автоматически — в нормальных условиях принятие решения происходит "молча", внешне незаметно (управляющий блок 1, суперИД — функции 5 и 6), а исполнение - “автоматическое”, в момент исполнения неосознаваемое, иногда как бы импульсивное (исполнительный блок 1, ИД - функции 7 и 8).
イェルマークの説明を平たく言えば、慣れた日常の課題は、決定も実行も本人が気づかないうちに、ほぼ自動的に済んでしまうということです。決めるのは暗示機能と動員機能、実行するのは観察機能と実演機能で、実行の瞬間は意識されず、ときには衝動的にさえ見える、とされます。
アウシュラの「きわめて自然発生的に見える」(03章)を、イェルマークは管理の流れの中の「自動的な執行」として書き直しています。
個性のイデオロギー
イェルマークは、観察機能と実演機能の組に名前を付けています。
個人的活動の作業プログラム(機能7)と「道具一式」(機能8)の総和は、心のTIMモデル(個人的活動のスーパーブロック Vital の執行ブロック1、イド)において 個性のイデオロギー を反映する(中略)現実生活において個性のイデオロギーが存在するという事実は、しばしば過小評価され、我々はパートナーが自分の流儀で生き、行動する権利を否定し、彼の独自の個性を発揮する可能性を奪ってしまう。
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Совокупность индивидуальной рабочей программы (функции 7) и “инструментария” (функции 8) в модели ТИМ психики (исполнительный блок 1, ИД, суперблока индивидуальной жизнедеятельности, Уца1) отображает идеологию индивидуальности”.〔中略〕Факт существования идеологии индивидуальности в〔中略〕реальной жизни часто недооценивается и мы отказываем партнёру в праве жить и действовать по своему, лишая его возможности проявить свою неповторимую индивидуальность.
つまり、観察機能の作業プログラムと実演機能の道具一式を合わせたものが、その人の個性のイデオロギーを表すということです。個性のイデオロギーがあるとは、人それぞれに自分のやり方で暮らし、動く権利があるということで、周りの人はそれをしばしば軽く見て奪ってしまう、とされます。
主導機能・創造機能の自我ブロックが表すのは「人格のイデオロギー」です。イェルマークは、自我を社会に向けた人格の原則、イドを自分の流儀で生きる個性として分けていることが分かります。
起源と結果—7から8へ
管理の向きについては、イェルマークは次のように整理しています。
個人的活動のスーパーブロックのブロックでの管理の伝達は、より低い次元の機能からより高い次元の機能へ起こり(モデルでは—5 → 6、7 → 8)、社会的活動のスーパーブロックのブロックでは—より高い次元の機能からより低い次元の機能へ起こる(モデルでは—1 → 2、3 → 4)。それゆえ機能1、3、5、7は 起源 と呼ばれ、機能2、4、6、8は—結果(執行的)と呼ばれる。
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Передача управления в блоках суперблока индивидуальной жизнедеятельности (УИа]) происходит от функции меньшей размерности к функции большей размерности (в модели — 5=6, 7=8), а в блоках суперблока социальной жизнедеятельности (Мета) —- от функции большей размерности к функции меньшей размерности (в модели — 1=2, 3=4). Поэтому функции 1, 3, Зи 7 называются исходными, а функции 2, 4, би8- результирующими (исполнительными).
言い換えると、バイタルリングでは、管理は次元の低い機能から高い機能へ、観察機能から実演機能へ流れるということです。メンタルリングではその逆で、主導機能から創造機能へ流れます。そのため、奇数の機能は「起源」、偶数の機能は「結果」と呼ばれます。
実演機能は、バイタルリングの最後の「結果」にあたります。ストラティエフスカヤが「観察機能によって得られた情報は誇示機能によって実現される」(06章)と書いたのと同じ順序です。
ILEの道具立て—最終結果の見える作業
付録のタイプ記述では、ILEの実演機能(Te)がこう書かれます。
個別的「道具立て」の蓄積と使用。パラメータ — 個別的経験、規範、状況、個別的時間。プログラム {-T(Ni)} は、典型的には、明確な最終結果が見える具体的活動・作業への志向として実現される。仕事を計画し最適技術を見出すことは無視されうる。
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накопление и использование индивидуального “инструментария”; параметры —〔中略〕индивидуальный опыт, индивидуальные нормы, индивидуальные ситуации и индивидуальное время;〔中略〕программа {-Т} обычно реализуется в стремлении к конкретной деятельности, работе с четко видимым конечным результатом; необходимость спланировать работу, найти оптимальный вариант технологии может игнорироваться.
上の引用にある「プログラム{-T}」は、イェルマークの記号でILEの観察機能(Ni)のプログラムのことです。つまり、ILEの実演機能は、最終の結果がはっきり見える具体的な作業に向かう形で働くということです。仕事の計画や最適な手順の検討は、なおざりになりうるとされます。
ストラティエフスカヤが書いた、助言は好きでも実地の手順に弱いILE(06章)と、手順を詰めずに結果へ向かう点で重なります。
4次元の第八機能—相手の第四機能への過負荷
関係の中の実演機能について、イェルマークは双対の危うさを書いています。
同時に、4次元の 第八 機能は「自動的に」、無意識に、しばしば「まず言ったかしてから、後で考え意識する」原則で、もう一方のパートナーの1次元 第四 機能に情報的過負荷を作り出すことがある。これはしばしば、人格的経験の機能の1次元性のため、不快である
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В то же время, четырёхмерная восьмая функция “автоматически”, неосознанно, часто по принципу “сначала сказал или сделал, а потом подумал и осознал” создаёт информационную перегрузку для одномерной четвёртой функции партнёра, что часто бывает неприятно именно из-за одномерности функции личностного опыта
上の引用にある第四機能は、相手の脆弱機能のことです。言い換えると、4次元の実演機能は、自動的に、言ってから考えるような形で働き、相手の1次元の脆弱機能に多すぎる情報を流しうるということです。脆弱機能は1次元なので、それは相手にとって不快になる、とされます。
ストラティエフスカヤは、同じ組み合わせを、双対の「恐怖の領域」を世話する働きとして書きました(06章)。同じ実演機能から相手の脆弱機能への流れが、一方では世話、他方では過負荷として書かれていることになります(12章)。
幼児期のイド—「できる」
イェルマークは、イドブロックの中身が入るのは、1〜1.5歳から3〜4歳ごろだとしています。その年齢をこう書いています。
この年齢での子どもの最も特徴的な姿勢は「できる」(中略)この期間における親と教育者の主要な課題 は、ブロック・イドのイデオロギーに対応する生活と活動の条件、つまり 作業プログラム(機能7)の充填とその実現(機能8)の可能性を、しかも両者を — 具体的な子どもの心のTIMのアスペクト情報構造において — 確保することである
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Наиболее характерная позиция ребёнка в этом возрасте — “могу”.〔中略〕Главная задача родителей и воспитателей в этот период — обеспечить ребёнку условия жизни и деятельности, соответствующие идеологии блока ИД, т.е. возможность пополнения рабочих программ (функция 7) и их реализации (функция 8), причём и то, и другое — в аспектной информационной структуре ТИМ психики конкретного ребёнка
この時期の子どもの姿勢は「できる」で、親の役目は、その子のタイプに合った作業プログラムと、それを実際にやってみる機会を用意することだとされます。ここでの「実現(機能8)」は、自分でやってみることそのものを指しています。
グレンコが、イドブロックを「できる(can)」のブロックと書いたこと(10章)と、同じ語が使われています。ブカロフの、機能の中身は実演機能と観察機能から入るという観察(05章)とも合います。
小括します。イェルマークの実演機能(機能8)の記述の軸は、3つです。
第一に、自動的な執行です。慣れた日常の課題は、意識されないまま実行され、ときに衝動的に見えます。
第二に、個性と結果です。観察機能と組んで個性のイデオロギーを表し、バイタルリングの管理の最後の「結果」にあたります。ILEの例では、最終の結果の見える作業へ向かいます。
第三に、関係と発達の中の実演機能です。4次元の実演機能は相手の1次元の脆弱機能に過負荷を作りうるとされ、幼児期には「できる」の姿勢として最初に中身が入ります。
09カルペンコの記述
オリガ・カルペンコは、キエフの国際ソシオニクス研究所でブカロフとともに活動してきた研究者です。機関誌の論文では、実演機能を「第8機能」、またSEIの論文では「デモ機能」と呼びます。
この章で見るのは、カルペンコが実演機能をどこへ向かう機能として書き、関係の中でどんな結びつきに置いたかです。
出口向き—それでなくても実演的
カルペンコは、バーンの「人生の構え」をブカロフが取り入れた枠組みで、構えがタイプの出方をどう変えるかを書いています。構えとは、心理学者エリック・バーンの交流分析に由来する考え方で、「私」「あなた」「彼ら」のそれぞれを肯定(+)で受けとめるか否定(−)で受けとめるかのことです。自分以外を否定する構え「あなた−」では、創造機能が押しつけがましく出る、とした直後に、こう続けます。
バイタル・リングでは、同種のことが第8機能に起きる。この機能もまた「出口向き」に働き、十分に活発であって、近い接触においてまさにこの機能が目立つのは、何ら驚くことではない。構え「あなた−」は、第8機能の特性においても発現する—この機能はそれでなくても実演的(デモンストラティブ)だが、この構えのもとでは、ことさらに実演的になる。
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В витальном кольце нечто подобное происходит с 8-й функцией. Она тоже работает «на выход», она тоже достаточно активна, и ничего удивительного, что в близком контакте именно она заметна. Установка «Ты–» проявляется также в особенностях 8-й функции — эта функция и без того демонстративная, но с такой установкой она становится подчеркнуто демонстративной.
カルペンコの言い方では、実演機能は創造機能と同じく出口向きに働き、近い付き合いではまさにこの機能が目立つとされます。そして、この機能はもともと実演的(デモンストラティブ)で、構えしだいでいっそう実演的になると書いています。
名前の「実演」を、カルペンコは外へ出ていく機能の性質として説明しています。アウシュラが実演機能を創造機能に似た出す側の機能と書いたこと(03章)と、同じ向きです。
背景の機能—ILEとSLEの説教
同じ論文で、カルペンコは実演機能がTeのILEとSLEの例を書いています。
同じ(ILE)や(SLE)も、「あなた−」だと、周りの皆に向かって、ビジネスはどうやるべきか(中略)仕事はどう進めるべきかを語り始める。私たちにはよく分かっている。これは彼らのバイタルな機能、背景の機能であって、そこにはむろん何らかの一般的観念はあるが、それが個人の用を賄うのに足りれば御の字で、社会にとってこうした説教はためにならないのである。
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Те же (ИЛЭ) и (СЛЭ) с «Ты–» начинают всем вокруг рассказывать о том, как нужно делать бизнес〔中略〕как вести дела. Мы-то прекрасно понимаем, что это — их виталь- ная функция, фоновая, в ней, конечно, есть какие-то общие представления, но дай бог, что- бы их хватило на обслуживание индивидуальности, а социуму все эти поучения не впрок.
ILEやSLEは、「あなた−」の構えのとき、周りの人みんなに、仕事やビジネスはどう進めるべきかを語り始めるとされます。カルペンコは、それが本人のバイタルな背景の機能から出ていて、個人の用には足りても、社会にとっては役に立たない説教だと書いています。
強い機能でありながら、個人の用を賄う程度の一般的な考えだとされているところが、主導機能との違いです。ストラティエフスカヤのILEの助言好き(06章)と、同じ場面を書いていると読めます。
幻想と準双対—4–8の支え、2–8の打ち消し
カルペンコは、モデルAの機能どうしの結びつきから関係を説明する論文で、実演機能が関わる組み合わせをこう書いています。
関係のスキームには、これらの関係において、一方では、双対化に特徴的な支え、相互扶助、活性化等々が観察されることが見える(幻想関係では機能2–6と4–8により、準双対〔原文: 半双対〕では機能1–5と3–7により)。他方では、対立的な、消失させる結合が存在する(幻想関係では機能1–7と3–5、準双対〔原文: 半双対〕では—機能2–8と4–6)。中途半端さの効果は、まさに、刺激と消失が同時に起きることによって生じるのである。
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На схемах отношений видно, что в этих отношениях, с одной стороны, наблюдается характерная для дуализации поддержка, взаимопомощь, активизация и т. д. (по функциям 2–6 и 4–8 в миражных отношениях и по функциям 1–5 и 3–7 — в полудуальных). С другой стороны, имеют место связи противоположные, погашающие (функции 1–7 и 3–5 в миражных отношениях, а в полудуальных — функции 2–8 и 4–6). Эффект половинчатости и возникает за счѐт того, что одновременно происходит и стимуляция, и погашение.
上の引用の「2–6と4–8」は、自分の創造機能と相手の動員機能、自分の脆弱機能と相手の実演機能が同じ要素で結びつくことを指します。つまり、幻想関係では、相手の実演機能が自分の脆弱機能を支え、準双対関係では、相手の実演機能が自分の創造機能と打ち消し合うということです。
支えと打ち消しが同時にあるので、この2つの関係は中途半端な、つかみどころのない関係になるとカルペンコは書いています。実演機能は、相手の脆弱機能に入れば支えになり、相手の創造機能に入れば打ち消しの結合になる、という書き分けです。
小括します。カルペンコの実演機能の記述の軸は、2つです。
第一に、出口向きで、もともと実演的な機能としての性格づけです。近い付き合いで目立ち、構えしだいでいっそう実演的になります。ILEとSLEの例では、個人の用には足りる背景の機能として、仕事の進め方を語る形で出ます。
第二に、関係の中の結びつきです。相手の脆弱機能と同じ要素なら支え、相手の創造機能と同じ要素なら打ち消し合う結合として書かれます。
10グレンコの記述
ヴィクトル・グレンコは、キエフで「人道主義ソシオニクス」学派を主宰する研究者で、モデルAとは別に、エネルギーの流れを扱うモデルGを作りました。主著『64の肖像』では、両方のモデルの用語が出てきます。
読むときの注意を1つ置きます。モデルGの番号と名前はモデルAと違い、モデルAの実演機能の要素は、モデルGでは第2の「実現機能」に置かれます(『64の肖像』の16タイプ編で、16タイプとも一致)。一方、モデルGの第5「顕示機能(Demonstrative)」に置かれるのは、モデルAの創造機能の要素です(16章)。
モデルGの実現機能
グレンコは、モデルGの機能の一覧で、第2機能をこう定義しています。
- 実現(創造)機能 ― 主導的、不安定的、外的。タイプの使命を実装し、局所条件を考慮しつつ(最も完全に考慮しつつ)それを導入する。指令機能からエネルギーを得る。
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2. Realization (creative) function — leading, unstable, external. It implements a mission of the type, introduces it by taking into account local conditions (most fully takes them into account). Acquires energy from the command function.
モデルGの実現機能は、タイプの使命を、その場の条件をいちばんよく考えに入れながら実際の形にする機能で、指令機能(モデルAの主導機能の要素)からエネルギーを得るとされます。
モデルAの実演機能の要素が、モデルGでは「実現」を担う2番目の機能に置かれていることになります。イェルマークが実演機能をバイタルリングの「結果」とし(08章)、ストラティエフスカヤが「実現的」と書いた(06章)のと、同じ語の側に入ります。
名前の似た顕示機能
モデルGには、名前だけを見ると実演機能に近い「顕示機能」もあります。グレンコは、モデルGの第5機能をこう定義しています。
- 顕示機能 ― 主導的、不安定的、内的。局所条件と対比させた実装、観察者の注意を引く突発的‐衝動的行為。
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5. Demonstrative — leading, unstable, internal. The implementation, in contrast to local conditions; a sudden-impulse action, which attracts the attention of observers.
モデルGの顕示機能は、その場の条件と対比させて実行し、見ている人の注意を引く、突発的で衝動的な行為の機能とされます。ここに置かれるのは、モデルAの創造機能の要素です。
「注意を引く」「衝動的」という語は、ほかの研究者がモデルAの実演機能に与えた記述(03章・08章)に近いものです。ですが、モデルGでこの機能に置かれる要素はモデルAの創造機能の要素なので、名前と記述が似ていても、指している位置は別です(16章)。
イドブロック—強いが弱く分化した、「できる」
一方、モデルAのブロックを説明するところでは、グレンコはイドをこう書いています。
イド(ID)ブロックは、強いが弱く分化した二つの機能から成ります。背景的な解決ブロックと、社会の目標に従属する拡張ブロック(「できる(can)」ブロック)。
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The block ID consists of two strong but weakly differentiated functions: the background solution block〔中略〕and the block of expansion subordinated to the goals of society (the “can” block).
グレンコの定義では、イドは強いのに、意識の上では細かく分かれていない2つの機能からなるブロックです。役割は、表には出ない背景での問題解決と、社会の目標に従う形での外への広がりで、「できる」のブロックと名づけられています。
カルペンコの「背景の機能」(09章)と同じ語が、ここにも出ています。力は強いが、本人の意識には細かく分かれていないという書き方は、18章のまとめの軸になります。
タイプ節—SEIの好意は行動で
『64の肖像』のタイプ節では、SEIの実現機能(Fi、モデルAの実演機能の要素)がこう書かれます。
好きな人々との関係において、彼女は相互応酬で応え、非常に注意深く、助けになる。彼女の好意は言葉ではなく、行動によって示される。自分のために何かを尋ねたり求めたりすることは、彼女には不便である。他者の依頼によって、彼女ははるかに多くのことができる。
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In relations with people she likes, she responds with reciprocity, being very attentive and helpful. Her sympathies are demonstrated〔中略〕not by word, but by deed. It is inconvenient for her to ask or seek anything for herself. At the request of other people, she is able to do much more
SEIは、好きな人には細やかに応え、その好意を言葉ではなく行動で示すとされます。自分のために何かを頼むのは苦手でも、人に頼まれると、はるかに多くのことができるとも書かれています。
アウシュラの「言葉ではなく行為によって反応する」(03章)と、ストラティエフスカヤの、発注する人のためなら容易に創造できるという観察(06章)の両方が、ここで1つのタイプの記述として重なっています。
小括します。グレンコの実演機能の記述の軸は、2つです。
第一に、モデルGの実現機能としての置き方です。モデルAの実演機能の要素は、使命をその場の条件に合わせて実際の形にする第2の機能に置かれ、SEIの例では、好意を行動で示し、人に頼まれると多くのことができると書かれます。
第二に、強いが弱く分化した「できる」のブロックです。イドは背景での問題解決と、社会の目標に従う広がりのブロックとされます。モデルGの「顕示機能」はモデルAの創造機能の要素で、名前は似ていても別の位置です。
11その他の論者の記述
この章では、実演機能について独自の観察を残した、主要な研究者以外の論者を見ます。取り上げるのは、イェルマークの体系を継ぐシステム・ソシオニクス学派のエグリトです。
エグリト—時間を言葉にしない機能
エグリトは、機関誌に載せた論文「機能の次元」(2007年)で、面談の発言から機能の次元を見分ける方法を書いています。実演機能について書いているのは、時間のパラメータの節の終わりです。
4次元のバイタルな(8番目の)機能は、機能7が与えるプログラムを、個人的な時間パラメータ(Tm)のその時点にふさわしく、自動的に実現する。情報代謝タイプを判定するとき、8番目の機能のアスペクトについての回答には、時間パラメータの言語的な指標が含まれない。どの時間の話をしているのかはふつう「言わなくても」分かるので、時間パラメータが現れる言語的な徴候は、まだ見つかっていない。
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Четырехмерная витальная (восьмая) функция *автоматически реализует программу, задаваемую ф. 7. адекватно моменту индивидуального параметра времени* (Тm). При определении ТИМа ответы по аспекту восьмой функции не содержат вербального индикатора параметра времени — «по умолчанию» обычно понятно, о каком времени идёт речь, поэтому вербальных признаков проявления параметра времени пока не найдено.
エグリトの観察では、実演機能は観察機能が与えたプログラムを、その時その時に合わせて自動的に実行するとされます。ですが、面談でこの機能の要素について答えてもらっても、時間の手がかりになる言葉が出てこない、と書いています。どの時間の話かは言わなくても分かるからだ、というのがエグリトの説明です。
同じ4次元の主導機能について、エグリトは別の論文で、発言に「いまこの時点では」という時間への結びつきが出ると書いています。4次元なのに、その4つ目が言葉に出ないところに、実演機能の特徴があることになります。エグリトは、その理由をこう推測しています。
私の推測では、人はこの道具(パラメータ)を絶えず使っているが、いつも声に出すわけではない(言語に必要な概念がないのかもしれない)。
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Предполагаю, что человек постоянно пользуется этим инструментом (параметром), но не всегда озвучивает его (возможно, нет нужных понятий в языке)
つまり、人はこの時間の道具を絶えず使っているが、声に出すとは限らず、言葉にする概念がないのかもしれないという推測です。
イェルマークの「執行の瞬間には意識されず」(08章)と、グレンコの「弱く分化した」(10章)を、エグリトは発言の分析の側から確かめようとしたと読めます。
小括します。エグリトは、実演機能を自動的に実行し、その4つ目の次元を言葉にしない機能として書きました。面談での観察と、その理由についての推測です。
12研究者間で残る中核と食い違い
この章は、03〜11章の研究者別の記述を、当サイトの責任で突き合わせます。新しい引用は置かず、研究者を横断して残る中核、差の所在、差の由来の仮説の順に進み、最後に誰が何と言ったかを名指しで並べます。小括は、この章では置きません。
研究者を横断して残る中核
第一に、強いのに、意識されずに自動的に働くことです。アウシュラ(自然発生的)、イェルマーク(自動的な執行)、エグリト(自動的に実行し、言葉に出さない)、グレンコ(弱く分化した)、カルペンコ(背景の機能)がこれを書いています。ストラティエフスカヤも、誇示機能は潜在意識の働きで、意味づけも検証も最後まではされないと書いています。
一般像の「考えるより先に手が動き、できて当然のようにこなす」(01章)は、ほぼすべての研究者に共通する観測です。
第二に、言葉より行為で、外へ出ていくことです。アウシュラは行為で応える機能と書き、バイタルの機能を「行う」機能と定義しました。ブカロフ(社会へ情報を発する)、カルペンコ(出口向き)、グレンコ(好意を行動で示す)も同じ側に並びます。
第三に、人のために、頼まれたときによく働くことです。アウシュラ(自分の用事も注文に入っていれば片づく)、ストラティエフスカヤ(双対の恐怖の領域を世話する、注文主のためなら容易に創造できる)、グレンコ(人に頼まれると多くのことができる)がこれを書いています。カルペンコの幻想関係の4–8の支えも、相手の脆弱機能を支える点で同じ筋です。
第四に、規範と標準に沿うことです。アウシュラは最良の標準を使い、すでに受け入れられた価値に仕えると書き、レイニンは規範・標準・ステレオタイプの領域と書いています。語は違いますが、新しいものを作る場ではなく、決まった水準を出す場という点は共通します。
第五に、見てもらうことを必要とすることです。アウシュラ(完成され注目される必要、称賛を待つ)、ストラティエフスカヤ(成績表を持って鑑定者を追いかける)、カルペンコ(実演的)がこれを書いています。名前の「実演」「誇示」「デモンストレーション」は、この観測に付いた名前と読めます。
差の所在
第一に、差は創造的か保守的かに集中しています。アウシュラは、実演機能で出せる最高の水準を出し、競い合うと書き、ストラティエフスカヤは自己完成を際限なく続けると書きます。一方、レイニンは保守的で創造的でないと書いています。
ただし、アウシュラも「洗練された戦略的創造はない」と書いており、最高の水準を出すことと、新しいものを作らないことは両立しています。差は、同じ領域を「水準の高さ」から見るか「新しさのなさ」から見るかにあると読めます。
第二に、本人がその要素をどれだけ大事にしているかです。レイニンは「不必要」と呼び、ESEについても、見え方に気を配るが大事なことではないと書きます。ですが、ストラティエフスカヤは、誤りを自分に許さず、ほめられると喜び、批判は痛いと書いています。アウシュラも、批判は気分を害しうると書いています。
つまり、価値は置かないが、評価には敏感という組み合わせが、研究者をまたいで書かれています。大事にしていないという一般像(01章)は、レイニンの側の書き方にいちばん近いものです。
第三に、双対の脆弱機能への流れの評価です。ストラティエフスカヤは、それを双対の恐怖の領域の世話とし、カルペンコは幻想関係の支えと書きます。ですが、イェルマークは4次元の実演機能が1次元の脆弱機能に過負荷を作りうると書いています。同じ流れが、一方では世話、他方では負担として説明されます。
第四に、見せ方です。アウシュラは称賛を「待つ」と書き、ストラティエフスカヤは成績表を持って「見せに行く」と書き、カルペンコは仕事の進め方を「語る」と書きます。行為で示すのか、言葉で語るのかも、研究者によって違います。
第五に、名称と番号です。アウシュラ(原文の-2)とレイニン(第-2機能)は、実演機能を創造機能の負の対として番号づけます。ストラティエフスカヤとブカロフ、カルペンコ、イェルマークは「第8」と呼び、グレンコのモデルGでは第2の機能に置かれます。
差の由来についての仮説
当サイトの推測として、差の由来は3つ考えられます。第一に、どの機能を基準に実演機能を見ているかです。
アウシュラとレイニンは、番号の上でも実演機能を創造機能の対として置き、同じ側面の自己表現の機能と比べて書きます。そのため、「似ているが新しいものを作らない」「必要に対する不必要」が前に出ます。
一方、ストラティエフスカヤとイェルマークは、観察機能と双対の脆弱機能との関係から書きます。そのため、「観察したものを実行する」「相手の弱いところに流れ込む」が前に出る、という違いです。
第二に、観測の場面です。ストラティエフスカヤは夫婦や相性の相談を、カルペンコは構えと関係の観察を、レイニンは規範と日常の場面を書いています。関係の場面で書く研究者ほど、双対への世話や見せたい気持ちを書く、と読めます。
第三に、意識されにくさです。実演機能は、本人が言葉にしにくい機能だと複数の研究者が書いています(エグリト、グレンコ、イェルマーク)。本人の発言から観測しにくいぶん、研究者ごとに、行動のどの面を拾うかの差が大きく出たと考えることもできます。
誰が何と言ったか
- アウシュラは、実演機能(訳では第6機能、原文では-2の機能)を「強い・バイタル・プロダクティヴ」の機能とし、創造機能に似た出す側の機能で、言葉ではなく行為で応え、活動はきわめて自然発生的に見えると書きました。最も活動的で日常の労働を担い、最良の標準を使い、完成と注目を必要とし、自我で自慢するところをイドでは称賛を待つ、としています。
- レイニンは、実演機能を第-2機能と呼び、規範・標準・ステレオタイプの領域で、ラベルは「不必要」としました。保守的で創造的でなく、規範を破る人に苛立ちます。第2機能(創造機能)の「必要」と対になり、タイプ節ではILEの規範への従い方とESEの「見え方は大事ではない」を書いています。
- ブカロフは、第8機能を「デモンストレーションのもの」と呼び、観察機能とともに、社会へ情報を発する多次元の強い機能に分類しました。機能の中身は、子どもの発達の中で実演機能と観察機能から入るとしています。
- ストラティエフスカヤは、実演機能を「誇示機能」と呼び、双対の脆弱機能(恐怖の領域)を世話する機能としました。イドの性格は自己献身と完成への志向で、誤りを自分に許さず、自己完成を続け、成績表を持って鑑定者を追いかけます。批判は不公正に感じられ、外からの衝動や注文主のためのときによく働くと書いています。
- フィラトワは、4機能のモデル・ユングには実演機能の位置がなく、双対の創造機能と痛点機能の間の点線の結びつきが間接の支えになると書きました。モデルAでは、下の環の機能も安定して強く働くことがあり、ILIの暗示機能と実演機能の縦のブロックが強められるとSLEに似た型になるとしています。
- イェルマークは、実演機能を「機能8」と呼び、「作業道具一式」として、慣れた課題を自動的に、意識されずに執行する機能としました。観察機能と組んで個性のイデオロギーを表し、管理の流れの「結果」にあたります。4次元の実演機能が双対の1次元の脆弱機能に過負荷を作りうること、幼児期のイドの姿勢が「できる」であることも書いています。
- カルペンコは、第8機能を「出口向き」で、もともと実演的な機能と書きました。構えしだいでいっそう実演的になり、ILEとSLEでは個人の用には足りる背景の機能として仕事の進め方を語る形で出ます。幻想関係では相手の脆弱機能を支え、準双対関係では相手の創造機能と打ち消し合う結合に置いています。
- グレンコは、実演機能の要素をモデルGの第2「実現機能」に置き、使命をその場の条件に合わせて実際の形にする機能としました。イドブロックを「強いが弱く分化した」「できる」のブロックと書き、SEIでは好意が行動で示され、人に頼まれると多くのことができるとしています。
- エグリトは、実演機能を観察機能のプログラムを自動的に実行し、4つ目の次元(時間)を言葉に出さない機能として書きました。面談の観察と、その理由の推測です。
13動員・脆弱・創造の各機能との比較
この章では、実演機能を、配置の公理による導出対である3つの位置—動員機能、脆弱機能、創造機能—と比べます。3つとも、実演機能と要素の決まり方が直接つながっている位置です。
導出の公理では、動員機能は実演機能の側面を反転して指向を保った要素、脆弱機能はさらに指向を反転した要素、創造機能は実演機能と同じ側面で指向を反転した要素です。公理の形で書くと、次のとおりです。
- 実演機能(8番)はイドブロック・バイタルリングに属し、3標識は「強・バイタル・生成」です。
- 配置の公理による導出対: 側面反転・指向維持=動員機能(6番)/側面反転・指向反転=脆弱機能(4番)/側面維持・指向反転=創造機能(2番)。
加えて、同じブロックの相方である観察機能との対比を置きます。新しい引用は比較に要るものだけにとどめ、研究者章で引いた記述は章番号で参照します。
動員機能との比較—3標識では強弱だけが逆
動員機能と実演機能は、どちらもバイタルリングの生成側で、3標識のうち違うのは強弱だけです(要素は側面が反転します)。例えば、ILEの実演機能はTe、動員機能はFeです。
アウシュラは、動員機能(訳では第7機能、原文では-3の機能)の節で、批判への反応をこう書いています。
批判はきわめて不愉快で、反応は—「批判するな、さもなくば助けよ」。
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Критика крайне неприятна , реакция - "или не критикуйте , или помогите " .
動員機能の要素では、批判されるのはひどく不愉快で、批判するくらいなら助けてほしいという反応になるとされます。アウシュラは実演機能についても、批判は気分を害しうると書いていました(03章)。
同じバイタルの生成側の2つは、どちらも批判に弱い点で似ています。違うのは強弱で、実演機能は自分でこなせる強い機能、動員機能は人の手助けを必要とする弱い機能です。ストラティエフスカヤの分類でも、実演機能は機動ブロック、動員機能は慣性ブロックに入ります(06章)。
関係の面では、自分の実演機能の要素が相手の動員機能に入るのは、超自我関係と同属関係です。
脆弱機能との比較—双対の相手のいちばん弱いところ
脆弱機能は、実演機能と側面も指向も逆で、3標識では強弱と環が逆です(どちらも生成)。例えば、ILEの実演機能はTe、脆弱機能はFiです。
関係の面では、自分の実演機能の要素が相手の脆弱機能に入るのは、双対関係と幻想関係です。研究者章の記述のうち、関係を扱うものの多くはこの組み合わせに集まります。
- ストラティエフスカヤは、誇示機能が双対の「恐怖の領域」を世話するとし、そのため最高の質が求められると書きました(06章)
- カルペンコは、幻想関係で4–8の結合が支えになると書きました(09章)
- イェルマークは、4次元の第八機能が相手の1次元の第四機能に過負荷を作りうると書きました(08章)
つまり、実演機能は、自分の中では大事にしていない強い力が、相手のいちばん弱いところにそのまま入る位置です。それを世話と読むか過負荷と読むかで、研究者が分かれます(12章)。
創造機能との比較—同じ側面で、意識か自動か
創造機能は、実演機能と同じ側面(感覚/直観/論理/倫理)で指向が逆で、どちらも強い生成側の機能です。違うのは環(メンタル/バイタル)です。例えば、ILEの創造機能はTi、実演機能はTeです。
アウシュラは実演機能を「第2機能に類似している」と書き(03章)、レイニンは「必要」と「不必要」の対で書きました(04章)。イェルマークは、2つの機能のつながりをこう書いています。
執行ブロック1(イド)の問題は、モデルの構造の連関(図6)に従って、執行ブロック2(自我)が解決を助ける。「作業プログラム」(機能7)がなければ—それを「考案」(機能1)せねばならず、「作業道具一式」(機能8)がなければ—それを「創造」(機能2)せねばならない。
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Проблемы блока исполнения 1 (ИД) в соответствии со связями в структуре модели (рис.6) помогает решать блок исполнения 2 (ЭГО). Так, если нет “рабочей программы” (функция 7) — её надо “придумать” (функция1), если нет “рабочего инструментария” (функция 8) - его надо “сотворить” (функция 2).
つまり、イドに足りないものは自我ブロックが補い、実演機能の道具一式がなければ、創造機能がそれを「創造」するということです。イェルマークは、同じ構造で、観察機能の作業プログラムがなければ主導機能がそれを考案する、と並べています。
ここから言えるのは、創造機能は意識して作る、実演機能はすでに持っている道具で自動的に済ませるという分担です。同じ側面の情報を、メンタルでは作り、バイタルでは使う、という書き分けです。
関係の面では、自分の実演機能の要素が相手の創造機能に入るのは、消火関係と準双対関係です。カルペンコは、準双対関係の2–8の結合を、刺激と打ち消しが同時に起きる結合と書いています(09章)。
ブロックの相方—観察機能
観察機能と実演機能は同じイドブロックにあり、一方は受容、他方は生成です。研究者章の記述は、この2つを順序で書く点でそろっています。
ストラティエフスカヤは「観察機能(分析的)によって得られた情報は、第8機能—誇示機能(実現的)によって実現される」と書きました(06章)。イェルマークは、管理が観察機能から実演機能へ流れるとし(08章)、エグリトは、実演機能が観察機能の与えたプログラムを自動的に実行すると書きました(11章)。
アウシュラも、実演機能の活動を、観察機能の要素に敷かれたプログラムへの反応として書いています(03章)。このように、観察機能が受け取って分析し、実演機能が実行するという対比が、研究者間で共有されています。
小括します。導出対の3つとの比較で見えるのは、3つの読みです。実演機能は、動員機能の強い側(同じバイタルの生成側で、どちらも批判に弱い)です。また、双対の相手の脆弱機能に入る力(世話か過負荷か)で、創造機能のバイタル版(同じ側面で、作るか使うか)にあたります。
また、ブロックの相方である観察機能とは、受け取って分析する側と、実行する側で書き分けられます。いずれも研究者章の記述を並べて得た当サイトの整理で、研究者自身が4つの位置を同時に比較しているわけではありません。
14次元性から見る実演機能
機能の次元性は、各位置が参照できる情報の幅を1〜4次元で記述する、後代の拡張理論です。提唱者はブカロフで、イェルマークがパラメータの定式化を整備しました。
イェルマークとエグリトの定式では、実演機能は主導機能と並んで4次元です。この章では起源と定義を確認し、実演機能の4次元が主導機能の4次元とどう違うかを注記します。
起源
ブカロフは、次元性の発見とその用途を、こう書いています。
著者によって1990年に発見された、情報代謝機能(心的機能)の情報処理パラメータの次元性 [9] は、人間の思考と行動の特徴、特定の型間関係のニュアンスを正確に記述することを可能にし、国際ソシオニクス研究所のスタッフおよび他のソシオニクス専門家による専門家・コンサルティング業務において実用上の重要な応用を持つ [10, 14]。
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Обнаруженная автором в 1990-м году мерность параметров обработки информации психических функций или функций информационного метаболизма [9], позволяет точно описывать особенности мышления и поведения человека, нюансы конкретных интертипных отношений и имеет значительные практические приложения, используемые на практике в экспертно-консультационной работе как сотрудников Международного института соционики, так и других специалистов по соционике [10, 14].
つまり、次元性は人の考え方や行動、タイプ間の関係の細かな違いを記述する道具として、専門家の相談の実務で使われているということです。実演機能について言えば、イェルマークの「4次元の第八機能が1次元の第四機能に過負荷を作る」(08章)は、この道具で関係の負担を説明した例です。
社会の4次元と個人の4次元
エグリトは、4次元の2つの機能のパラメータを、次のように並べています。
機能1(4次元)。パラメータは、社会的な経験(Ex*)、規範(Nr*)、状況(St*)、時間(Tm*)。機能8(4次元)。パラメータは、個人的な経験(Ex)、規範(Nr)、状況(St)、時間(Tm)。
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Функция 1 (четырехмерная) — параметры социальных опыта (Ex*), норм (Nr*), ситуации (St*), времени (Tm*). Функция 8 (четырехмерная) — параметры индивидуальных опыта (Ex), норм (Nr), ситуации (St), времени (Tm).
上の引用にある「*」の付いたパラメータは、社会的なものです。言い換えると、主導機能は社会的な経験・規範・状況・時間を、実演機能は個人的な経験・規範・状況・時間を参照するということです。
同じ4次元でも、主導機能はメンタルリングで社会に向けた判断を、実演機能はバイタルリングで自分の暮らしと行動の判断を受け持つ、という分け方です。イェルマークが、自我ブロックを人格のイデオロギー、イドブロックを個性のイデオロギーと呼んだこと(08章)と対応します。
時間のパラメータを持つ執行
イェルマークは、イドの2つの機能の次元の違いを、時間のパラメータで説明しています。
たとえば、執行ブロック1(イド)の「自動装置」的機能は、習慣的で既知の条件に向けられているため、経験(Ex)、状況(St)、規範(Nr)に依存しつつ、時間パラメータには不変な(機能7は時間パラメータから独立)、個人的「技術的」プログラムの集合をもつ必要があり、これによってそれらを任意の所与の時間の瞬間に利用できるようになる(機能8は時間パラメータを持つ)。
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Так, “автоматный” характер функционирования исполнительного блока 1 (ИД), ориентированного на привычные, знакомые условия, требует иметь набор индивидуальных “технологических” программ, определяющихся опытом (Ех), ситуациями (50 и нормами (№), но инвариантных к параметру времени (функция 7 независима от параметра времени) с тем, чтобы ими можно было воспользоваться в любой заданный момент времени (функция 8 имеет параметр времени).
つまり、イドは慣れた条件で働く自動の機能なので、経験・状況・規範に沿った個人の「技術」のプログラムを持ち、それをどの瞬間にも使えなければならないということです。そのため、観察機能は時間に左右されず、実演機能は時間のパラメータを持つ、とされます。
言い換えると、観察機能はいつでも使える型を持ち、実演機能はそれを、いまという時点に合わせて実行するという分担です。エグリトが、実演機能は個人的な時間の時点にふさわしく自動的に実現すると書いたこと(11章)は、この定義をそのまま受けています。
実演機能をめぐる定義水準の違い
実演機能の次元を書いているのは、このページの範囲では3人です。ブカロフは観察機能とともに「多次元」と書き(05章)、イェルマークとエグリトは、4番目のパラメータを個人的な時間とする4次元の機能と書いています。
また、エグリトによれば、主導機能の4次元は発言に時間への結びつきとして出ますが、実演機能の4次元は発言に出ないとされます(11章)。同じ「4次元」でも、観測できる手がかりが違うことになります。
小括します。次元性は、実演機能の強さを、主導機能と同じ4次元で、ただし個人の側の4つを参照することで言い直した説明です。
一方で、実演機能ではその4つ目が言葉に出ないとされ、次元を判定する手がかりは主導機能より少なくなります。判定の手続きが示されていないという理論運用上の問題は、17章で扱います。
1516タイプの実演機能
配置の公理から導かれる16タイプの実演機能の要素は、次のとおりです。
| 実演機能の要素 | タイプ |
|---|---|
| Te(外向論理) | ILE・SLE |
| Fi(内向倫理) | SEI・IEI |
| Se(外向感覚) | ESE・LSE |
| Ni(内向直観) | LII・EII |
| Ne(外向直観) | EIE・LIE |
| Si(内向感覚) | LSI・ESI |
| Fe(外向倫理) | SEE・IEE |
| Ti(内向論理) | ILI・SLI |
実演機能に入った要素は、位置と要素を合わせて「実演Fe」(外向倫理が実演機能に入る場合)のようにも呼ばれます。
このように、実演機能の要素が同じ2タイプは、創造機能の要素も同じで、主導機能の要素の側面だけが違います。例えば、ILEとSLEはともに実演機能がTe、創造機能がTiで、主導機能はILEがNe、SLEがSeです。
研究者章で触れたタイプ別の観測を、要素ごとに並べると次のようになります。まず、Te(ILE・SLE)は、いちばん多くの研究者が書いた要素です。アウシュラは、ILEのイドを仕事とし、仕事を通して社会のプログラムへの肯定を「見せる」「証明する」と書きました。
レイニンは、規則や慣習に考えずに従うILEを書いています。ストラティエフスカヤは、助言は好きでも実地では「半田ごてを反対側から持つ」ILEを、イェルマークは最終の結果の見える作業へ向かうILEを書きました。カルペンコは、ILEとSLEが構えしだいで仕事の進め方を語り始めると書いています。
また、Fi(SEI・IEI)は、人との関係を整える力(アウシュラの「馬」)と、好意を言葉でなく行動で示すSEI(グレンコ)として書かれています。Ne(EIE・LIE)は、自分の能力を示すこと(アウシュラの「馬」)と、自分のためより他人のために状況の可能性を計算するEIE(ストラティエフスカヤ)で書かれています。
さらに、Si(LSI・ESI)は、注文主のためなら素早くデザインするLSI(ストラティエフスカヤ)として書かれています。Se(ESE・LSE)は、見え方に気を配っても、それを大事なこととは思わないESE(レイニン)として書かれています。Ti(ILI・SLI)は、暗示機能と組んで強められるとSLEに似た型になるILI(フィラトワ)として書かれています。
一方、Ni(LII・EII)とFe(SEE・IEE)については、このページの研究者章では触れていません。同じ要素でも研究者によって書く面が違うことは、研究者章のとおりです。
各タイプの実演機能がどう働くかは、タイプ一覧から入れる各タイプの8機能の詳細解説に章があります。要素そのものの説明は、8つの情報要素の詳細解説にあります。この章では引用を置かず、実演機能の要素ごとの入口を示すにとどめます。
16誤読と誤同定
実演機能をめぐる読み違いのうち、研究者章の記述から指摘できるものを整理します。
「強い=大事にしている」という読み
実演機能は強い機能ですが、モデルAでクアドラの価値とされるのは主導機能・創造機能・暗示機能・動員機能の要素で、実演機能の要素は価値の外にあります。レイニンは、この領域に「不必要」のラベルを付け、ESEの見え方を「重要ではない」と書きました(04章)。
そのため、上手にこなすことを、その人が大事にしていることと読むのは、研究者章の記述からは支持されません。ただし、ストラティエフスカヤとアウシュラが書くように、大事にしていなくても、批判やほめ言葉には敏感です(03章・06章)。価値の外にあることと、評価に無関心であることは別です。
主導機能との取り違え
次元性では、実演機能も主導機能と同じ4次元です。そのため、「4次元の要素=主導機能」と読むと、実演機能を主導機能と取り違えます。
両者は同じ4次元でも、主導機能はメンタルリングの受容側で意識されて使われ、実演機能はバイタルリングの生成側で自動的に使われる、とされます。エグリトの観察では、主導機能の4次元は発言に出て、実演機能の4次元は発言に出ません(11章)。
また、自分の実演機能の要素は、準同一関係と被恩恵関係の相手では主導機能の要素です。その相手と並ぶと、同じ要素が一方では主導機能、他方では実演機能として出ることになります。
創造機能との取り違え
実演機能と創造機能は同じ側面で、どちらも強い生成側の機能です。そのため、外から見える強い行動を、どちらの機能のものか取り違えやすいと言えます。アウシュラ自身、実演機能を「第2機能に類似している」と書いています(03章)。
研究者章の記述からは、見分けの手がかりは2つあります。第一に、創造機能は意識して作り、言葉にも出るが、実演機能は自動的で、言葉より行為で出ることです(03章・08章・11章)。第二に、創造機能は自分の目的のために、実演機能は人のため・頼まれたときによく働くことです(06章・10章)。
名称の衝突
実演機能は、名前が別の位置を指してしまう名称の衝突がとくに多い位置です。第一に、「実現機能」の語は、ストラティエフスカヤでは実演機能と創造機能の両方、イェルマークでは実演機能、グレンコのモデルGでは第2の機能(モデルAの実演機能の要素)を指します。
第二に、「顕示機能(Demonstrative)」は、グレンコのモデルGでは第5の機能で、モデルAの創造機能の要素が置かれます(10章)。カルペンコの「デモ機能」、ブカロフの「デモンストレーションのもの」がモデルAの実演機能を指すのと、同じ語で別の位置を指しています。
第三に、「背景」の語は、カルペンコでは実演機能を指しますが、アウシュラの『機能の理論』では観察機能の要素を「恒常的な背景」と書く箇所があります。
研究者ごとの呼び名と番号を一覧にすると、次のとおりです。
- アウシュラ『機能の理論』: 訳では「第6機能」(強い・バイタル・プロダクティヴ)、原文では「-2」の機能。イドブロックの生成側です。
- レイニン: 第-2機能(マイナス第2機能)「行動規範、標準、ステレオタイプの領域」。ラベルは「不必要」。対になる第2機能は現行の創造機能(2番)です。
- ブカロフ: 「第8機能」。位置一覧では「デモンストレーションのもの」で、多次元の発信側に分類されます。
- ストラティエフスカヤ: 「第8ポジション」の「誇示機能」(原語は「デモンストラティヴナヤ」)。別名は「実現機能」ですが、同じ語は創造機能にも使われます。
- フィラトワ: モデル・ユング(4チャンネル)には対応する位置がありません。モデルAでは「下の環」の機能の1つです。
- イェルマーク: 「機能8」=「作業道具一式」(道具立て)。付録では「実現機能(第8機能)」。イドブロックは「執行ブロック1」です。
- カルペンコ: 「第8機能」、SEIの論文では「デモ機能」。「出口向き」の「背景の機能」と書かれます。
- グレンコ: モデルAの実演機能の要素は、モデルGの第2「実現機能」に置かれます。モデルGの第5「顕示機能」は別の位置です(10章)。
- エグリト(システム・ソシオニクス学派): 「8番目の機能」。4次元のバイタルな機能として書かれます。
単一機能への還元
「この人はいつも人の手伝いをしているから、Fiが実演機能だ」のように、目に見える行動を1つの位置に還元する説明は、研究者章の記述からは支持されません。
実演機能は、意識されずに自動的に働くとされ(08章・11章)、構えしだいで出方が変わり(09章)、暗示機能と組んで強められると別のタイプに似た型を生むとされます(07章)。そのため、実演機能は1つの行動ではなく、慣れた場面でひとりでに出る強さとして見分けるものとして書かれています。
小括します。実演機能の読み違いは、5つに集約できます。価値と強さの取り違え・主導機能との取り違え・創造機能との取り違え・名称の衝突・単一機能への還元です。いずれも、要素と位置の意味で照合し、強さと価値、意識と自動を分けて見れば避けられる種類のものです。
17先行研究への懸念点
先行研究への懸念を、このページで扱った範囲に限って整理します。
定義水準の別と検証手続きの不在
14章で見たとおり、実演機能の次元は、ブカロフでは「多次元」、イェルマークとエグリトでは個人的な時間を含む4次元と書かれ、定義の細かさが研究者で違います。また、エグリトは、実演機能の4次元は面談の発言には出ないと書いています(11章)。そのため、実演機能を発言から判定する手続きは、ほとんど示されていません。
ストラティエフスカヤの「双対ほど長所を評価する者はいない」、カルペンコの「近い接触においてまさにこの機能が目立つ」も、観察からの一般化として提示されています。ですが、その観察を第三者が再現する手続きは示されていません。
学派内の反復と独立性
12章で研究者を横断して残る中核として挙げたもののうち、自動的な執行、4次元、「できる」のブロックは、キエフ系(ブカロフ、カルペンコ、イェルマーク、グレンコ、エグリト)の内部で重なる記述です。アウシュラ、レイニン、ストラティエフスカヤは別の文脈で書いていますが、アウシュラの記述はほかの全員の出発点でもあります。
つまり、反復は独立した再現ではなく、文献群が相互に参照し合った結果を含みます。
名称の重なり
16章で見たとおり、実演機能は名称の衝突がとくに多い位置です。「実現」「顕示(デモンストラティブ)」「背景」の語は、研究者によって実演機能と別の位置の両方を指します。
そのため、名前だけで研究者間の記述を突き合わせると、モデルAの実演機能についての記述と、モデルGの顕示機能や創造機能についての記述が混ざります。突き合わせるときは、名前ではなく要素と位置で照合する必要があります。
モデルの限界
イェルマークは、モデルと現実の人の関係について、こう書いています。
モデルとは現実の具体的な個人ではない!… それはそもそも人間ですらない—それは、研究のために便利に組み立てられ、そのうえで研究者にとって本質的に重要な心のすべてのパラメータを反映する、人間の心の「代理物」なのである
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Модель — это не реальный, конкретный человек!… Это даже вообще не человек — это «заместитель» психики человека, построенный удобно для исследований и отражающий при этом все существенно важные для исследователя параметры психики
言い換えると、モデルは人そのものではなく、研究のために組み立てた、心の「代理物」だということです。イェルマークは、実在の人は、そのモデルに生まれつきの情報と人生で蓄えた情報が満たされたものとして表される、と続けています。
そのため、実演機能についての記述を読むときも、この留保は前提に置けます。実演機能という位置は、人を観察するための1つの組み立てであって、人のすべてを説明するものではありません。
主張の4水準
このページの内容を、主張の水準で分けると、次のようになります。
- 文献上の事実—誰がどの位置をどう呼び、何を書いたか(研究者章の引用)。
- 理論内部の帰結—配置の公理による導出対、3標識、価値の割り当て、次元性の割り当て(13章・14章・15章・16章)。
- 文献系列内で反復される観察—強いのに意識されず自動的に働く、言葉より行為で外へ出る、人のため・頼まれたときによく働く、規範と標準に沿う、見てもらうことを必要とする(12章)。
- 独立に実証された主張—このページの範囲では確認できません。
小括します。懸念は、定義水準の別、検証手続きの不在、学派内の反復、名称の重なり、モデルの説明できる範囲の5つです。
いずれも実演機能に固有ではなく、ソシオニクスの位置論全体に及ぶ問題です。ただし、実演機能は本人が言葉にしにくい機能とされるため、発言からの観測が難しいという問題は、とくに大きく出ます。
18実演機能とは何か
ここまで見てきたものを、当サイトの責任でまとめます。新しい引用は置きません。確からしさは、研究者章の引用より一段低くなります。最後は、「実演機能とは、詰まるところ何なのか」に落ち着けます。
反復して現れる記述
実演機能について、研究者を横断して反復される記述は5つです。強いのに、意識されずに自動的に働くこと。言葉より行為で、外へ出ていくこと。
また、人のために、頼まれたときによく働くこと。規範と標準に沿い、新しいものを作るより決まった水準を出すこと。そして、見てもらうことを必要とすることです。
ただし、このうち自動的な執行と4次元にかかわる記述はキエフ系の文献に特に多く、観測の非独立性を差し引いて読む必要があります。
分化と未分化で見ると—強さと、言葉にならなさ
「強い機能は分化し、弱い機能は未分化」という対比は、ユングが主要機能と劣等機能に与えたものです(02章)。主導機能は、強さと分化がそろった位置とされます。実演機能は、その2つがずれる位置です。
まず、力の面では強いということです。アウシュラは最も活動的で最良の標準を使う機能と書き、ブカロフは多次元の発信側に、イェルマークは主導機能と同じ4次元に置いています(03章・05章・08章)。慣れた場面では、準備も意図もなしに、高い水準の行動がひとりでに出ます。
一方で、意識と言葉の面では分かれていないことが書かれています。グレンコはイドを「強いが弱く分化した」ブロックと書き、カルペンコは「背景の機能」、イェルマークは「執行の瞬間には意識されず」と書いています(08章・09章・10章)。エグリトは、その4次元が発言に出ないことを面談で観察しました(11章)。
つまり、実演機能はできるのに、何をどうやっているかを本人が言葉で分けて持っていない位置です。主導機能は、分かっていることが多すぎて言葉が追いつかないことがあるとされるのに対し、実演機能は分かっているという自覚そのものが薄い、という違いです。
ユングが無意識の機能の目印とした「偶然的で自発的な性格」(02章)は、この面にそのまま合います。ここで言う未分化は、力が弱いことではなく、意識と言葉の上で分かれていないことを指します。
そのため、本人は自分の強さに気づきにくく、ほめられると何をほめられたのか分からず、批判されると不公正に感じる、という組み合わせになると読めます。ストラティエフスカヤの成績表を持って歩く姿も、自分では測れないものを人に測ってもらう動きとして読むことができます。
確定しない点
まず、実演機能が創造的な機能か保守的な機能かは確定していません。最高の水準を出し自己完成を続けるとする研究者と、創造的でない規範の領域とする研究者がいます。
また、双対の脆弱機能への流れが支えなのか負担なのかも確定していません。世話とする研究者と、過負荷を作りうるとする研究者がいて、判定の手続きは示されておらず、独立に実証された主張はありません。
実演機能像の要約
文献上の実演機能は、バイタルリングの強い生成側にある位置です。その要素については、慣れた場面で、本人が意識しないうちに高い水準の行動がひとりでに出ます。言葉で論じるより、手を動かして応えます。
その力は、自分のためより、人のため、頼まれたときによく働くとされます。双対の相手にとっては、自分のいちばん弱いところと同じ要素なので、その助けは押しつけがましくない「心から」の助けとして受け取られる、と書かれています。
一方で、本人はその要素に価値を置いておらず、自分の強さを言葉にしにくいとされます。それでも評価には敏感で、ほめられれば喜び、批判されると気分を害しうると書かれています。
また、そこは新しいものを作る場ではなく、決まった標準を高い水準でこなす場です。何をどう見せるかは研究者によって違いますが、見てもらうことを必要とする点は共通しています。これが、研究者章を通して浮かび上がる像です。
実演機能とは、詰まるところ
いろいろな研究者の書き方を見てきましたが、最初の一般像(01章)からそう遠くには行きません。強いのに大事にしていない、考えるより先に手が動く、黙って直してしまう—ここは研究者をまたいで残ります。言い直したいのは2つだけです。「大事にしていない」というより、自分の強さとして言葉で持っていない(グレンコ、エグリト、イェルマーク)。そして、自分のためより人のために、頼まれたときにいちばんよく働く(アウシュラ、ストラティエフスカヤ、グレンコ)。ときどき見せたくなるのは、一般像のとおりです。
かみ砕いて言えば、実演機能は、自分が意識せずに使う4つの機能のうち、いちばん強い1つです。その領域のことは、慣れた場面なら準備しなくても手が動き、かなり高い水準でこなせます。ただ、本人にとってはあたりまえなので、自分の長所だとは思っていませんし、どうやっているかを説明するのも得意ではありません。そのため、人の手落ちに気づくと、口で言うより先に自分で直してしまいます。その力は、自分のための用事より、人に頼まれたときや、相手が困っているときによく出ます。とくに双対の相手にとっては、自分がいちばん苦手なところをさりげなく補ってもらえる力になる、と文献は書いています。そして、大事にしていないわりに、ほめられるとうれしく、批判されると傷つきやすいところでもあります。
少なくとも、これだけは研究者をまたいで残ります。強いのに、本人には意識されにくい。言葉より手が先に動く。自分のためより、人のためによく働く。実演機能は、おおよそそういう位置です。
19引用と記述の方法
引用を用いる理由と範囲
ソシオニクスの文献では、同じ実演機能について、研究者ごとに呼び名も観測点も評価も食い違います。食い違う記述を1つの要約にまとめると、どの研究者も書いていない「平均像」ができあがります。要約には書き手の解釈が混ざるため、研究者の記述は逐語の引用で示します。
引用は、本文で設定した論点の検討に必要な範囲にとどめます。そのうえで、当サイトの本文がその出典関係・記述の差異・適用範囲を分析します。各引用の位置づけの説明、各章末の小括、12章の横断比較、17章の懸念の整理が、このページの本文の役割です。
また、12章の横断比較や16章・17章の整理など、本文の分析には当サイトの判断が入ります。最終の18章はその延長で、記事全体の資料をまとめ直す独自の統合です(位置づけは章の冒頭でも明示します)。
引用の逐語性と翻訳
引用の訳文は当サイトによる訳出です(ユングはドイツ語原著の英訳版から、エグリトは学派が公開するロシア語の原文から訳出しています)。底本の綴りは各引用の「原文を表示」で確認できます。
底本は、研究者本人の著書と機関誌論文を主とします。原文は、各引用の下の「原文を表示」に格納しています。なお、原文には誤字が残る可能性があることをあらかじめお伝えしておきます。
引用の位置づけも明記します。本ページの引用は、公表された著作物からの、批評・研究を目的とする引用です。引用部は引用ブロックで明瞭に区分し、すべてに出所を番号つきで明示しています。
また、索引には著者・資料名と、確認できた範囲の刊行年・初出・該当箇所を掲載し、出所に留保が要る資料は注記で示します。本文と引用の関係は、本文の分析が主で、引用は各論点の根拠として示す資料です。出典・掲載についての指摘があれば対応します。
引用への編集操作
引用への編集操作は、次の3点に限ります。第一に、タイプ愛称と関係名の置換です。ソシオニクスの原典には、16タイプを著名人の名で呼ぶ愛称が頻出します。当サイトはタイプをコード表記(ILE、SEIなど)で統一しているため、引用内の愛称は「ILE〔原文: ドン・キホーテ〕」の形式で置換します。関係名も、当サイトの名称と違う訳語は「準双対〔原文: 半双対〕」の形式にします。
第二に、タイプ略号と研究者名のラテン文字への統一です。第三に、要素記号の読みの付記です。原文で要素記号が入る箇所は( )で表示し、引用内の要素記号と一文字の機能記号(□、●など)には、表示のときに要素コードの読みを添えます。
一方、位置の名称と番号には手を加えません。実演機能(8番)は研究者によって「第6機能」「第-2機能」「誇示機能」「機能8」「デモ機能」「実現機能」などと呼ばれます。番号も「第8」とは限りません。アウシュラ『機能の理論』の訳では「第6」、レイニンでは「第-2」、グレンコのモデルGでは「第2」です。
そのため、引用内の名称と番号はそのまま残し、対応は各研究者章の冒頭と16章の一覧で示します。本文では、当サイトの名称である実演機能で統一し、番号が要るところは「実演機能(8番)」と書きます。
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- [1]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 外向型「無意識の態度」 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [2]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 外向型「無意識の態度」 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [3]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 外向型「無意識の態度」 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [4]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика、刊年不詳) 「第6機能」の節(現行の実演機能、8番) 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認。原文はこの機能を「-2」(負の第2)の番号で書き、当サイトの訳では並び順に合わせて「第6機能」としている 本文へ
- [5]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика、刊年不詳) 「第6機能」の節 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [6]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика、刊年不詳) 「第6機能」の節(現行の実演機能、8番) 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認。原文はこの機能を「-2」(負の第2)の番号で書き、当サイトの訳では並び順に合わせて「第6機能」としている 本文へ
- [7]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика、刊年不詳) 「第6機能」の節(要約) 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [8]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика、刊年不詳) 「ブロック「イド」」の節 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [9]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика、刊年不詳) 「ブロック「イド」」の節 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [10]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика、刊年不詳) 「機能のメンタル性 ─ バイタル性」の節 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [11]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) ILE章 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [12]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) ILE章 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [13]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) ILE章 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [14]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010年)第1講 底本は英語版 本文へ
- [15]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010年)第1講 底本は英語版 本文へ
- [16]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010年)第2講「16タイプ」ILE節 底本は英語版 本文へ
- [17]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010年)第2講「16タイプ」ESE節 底本は英語版 本文へ
- [18]Bukalov「職業的成功とソシオニクス・タイプ」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2023年) 出典リンク 本文へ
- [19]Bukalov「職業的成功とソシオニクス・タイプ」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2023年) 出典リンク 本文へ
- [20]Bukalov「職業的成功とソシオニクス・タイプ」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2023年) 出典リンク 本文へ
- [21]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [22]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [23]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [24]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [25]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [26]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [27]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [28]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [29]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 EIE章 第8ポジション 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [30]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 LSI章 第8ポジション 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [31]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 ILE章 第8ポジション 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [32]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年)第II部 タイプ間の関係の章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [33]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年)第II部 タイプ間の関係の章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [34]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年)第III部 第1部 本文へ
- [35]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年)第III部 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [36]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей、2005年)第3章 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [37]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей、2005年)第3章 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [38]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей、2005年)第3章 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [39]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей、2005年)付録2「心のTIMモデルの記述」ILE 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [40]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей、2005年)第8章 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [41]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей、2005年)第6章 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [42]Karpenko「バーン=ブカロフによる構えがタイプの発現に及ぼす影響」(原題:Влияние установок по Бёрну–Букалову на проявления типа)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2011年) 出典リンク 本文へ
- [43]Karpenko「バーン=ブカロフによる構えがタイプの発現に及ぼす影響」(原題:Влияние установок по Бёрну–Букалову на проявления типа)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2011年) 出典リンク 本文へ
- [44]Karpenko「モデルAの内部結合とインタタイプ関係」(原題:Внутренние связи модели А и интертипные отношения)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2001年) 出典リンク 本文へ
- [45]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [46]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [47]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年) DCNH編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [48]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年) 16タイプ編 SEI節 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [49]Eglit「機能の次元」(原題:Размерность функций)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №2(2007年) 底本はシステム・ソシオニクス学派(School of System Socionics)公式サイトに再録されたロシア語原文。引用本文はその当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [50]Eglit「機能の次元」(原題:Размерность функций)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №2(2007年) 底本はシステム・ソシオニクス学派(School of System Socionics)公式サイトに再録されたロシア語原文。引用本文はその当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [51]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика、刊年不詳) 「第7機能」の節(現行の動員機能、6番) 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認。原文はこの機能を「-3」の番号で書き、当サイトの訳では並び順に合わせて「第7機能」としている 本文へ
- [52]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей、2005年)第3章 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [53]Bukalov & Karpenko「人類の進化—情報代謝機能構造とソシオンの形成」(原題:Эволюция человека: формирование структуры ФИМ и социона)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2018年) 出典リンク 本文へ
- [54]Eglit「機能の次元」(原題:Размерность функций)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №2(2007年) 底本はシステム・ソシオニクス学派(School of System Socionics)公式サイトに再録されたロシア語原文。引用本文はその当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [55]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей、2005年)第3章 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [56]Yermak, Roslankina「心のTIMモデルの記述」(原題:Описания моделей ТИМ психики)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1999年) 原文には誤字が残る可能性がある 出典リンク 本文へ
