主導機能 超詳細解説
モデルAの1番目の機能・自我ブロック・メンタルリング
モデルAの主導機能(先導機能・プログラム機能・基本機能)を、ソシオニクスの研究文献からの引用をもとに解説する長編です。当サイトの通常ページは理論を短く言い換えて説明しますが、このページは研究文献からの引用を資料として示し、その比較と分析で構成します。対象は、創始者のアウシュラ・アウグスティナヴィチューテ(Aushra Augustinaviciute)をはじめとする研究者です。レイニン・ブカロフ・ストラティエフスカヤ・フィラトワ・イェルマーク・カルペンコ・グレンコ、そしてシステム・ソシオニクス学派(エグリト)の記述を扱います。同じ主導機能を研究者ごとにどう呼び、どう観測し、どう記述したかを、引用で示します。それを1つの要約にまとめず、本文で比較・分析します。
先に結論を知りたい方は、12章「研究者間で残る中核と食い違い」をご確認ください。
01主導機能とは何か
主導機能は、一般には、モデルAの1番目の機能で、8つの機能のうちいちばん強く、そのタイプの中心になるところと説明されます。「先導機能」「プログラム機能」「基本機能」「主機能」「基底機能」といった別名や、番号で「第1機能」と呼ばれることもあります。
よく言われるのは、その領域のことは考える前にもう分かっているという像です。情報は自然に集まり、使うのに努力が要りません。そのため、本人にとってはあたりまえのことで、人に教えられると煩わしく感じるとも言われます。
また、その領域ではいちばん自信があり、意見を曲げにくいとされます。人が何を大事にしているか、何を当然と思っているかは、たいていこの機能に表れます。タイプの名前がこの機能から付くのも、そのためだと説明されます。
例えば、Ne(外向直観)が主導のILEやIEEは、物事の可能性やまだ形になっていない芽にまず目が向くと言われます。新しい案は次々と出てきますが、本人はそれを特別な才能とは思っていないとされます。
また、Fe(外向倫理)が主導のESEやEIEは、場の感情の動きを最初に感じ取ると言われます。一方、Ti(内向論理)が主導のLIIやLSIは、話の筋道や体系の整合を何より当然のものとして求めるとされます。おおよそ、これが一般に言われている像です。
この像は、あとで見る研究者の記述がところどころ切り出されて広まったものです。強い・自然・自信がある・譲らない、という要素はたいてい合っています。
ですが、研究者ごとに呼び名も力点も違い、「強い」の中身の説明も1つではありません。このページでは、03章から研究者ごとの記述を順に見て、18章でこの一般像のどこがそのまま残り、どこが言い直されるかに戻ります。
読この記事の読み方
想定読者は、モデルAの入口ページや主導機能の解説を読み終えて、出典まで確かめたい人です。長いページですが、読み方は単純です。各章で研究者の記述を引用で示し、そのすぐ下に当サイトの読み方(何が共通し、どこが違うか)を書きます。
流れは、01章が一般に言われている像、02章がユングの主要機能との関係、03〜11章が研究者別の記述(このページの中心)、12章が横断比較です。続く13〜17章が各論(規範・暗示・観察との比較、次元性、16タイプ、誤読、懸念)、18章が「主導機能とは、詰まるところ」の当サイトのまとめです。また、引用には初出順の番号が付き、押すと巻末の索引へ飛び、索引から本文へ戻れます。引用の扱い方(逐語性、訳出、編集操作)は末尾の「引用と記述の方法」にあります。
ページ冒頭の「コピーしてAIで要約!」を押すと、要約用の指示文とこのページの本文がクリップボードに入ります。AIに渡すと、要約のほか、引用の意味を聞く・研究者ごとの違いを整理させる・自分のタイプの主導機能に絞って読み直す、といった使い方ができます(長すぎるときは章を分けて渡してください)。
02ユングの主要機能との関係
主導機能は、ソシオニクスの機能位置のうち、ユングの類型論にいちばんはっきりした対応物がある位置です。ユングの主要機能(優位機能)は、その人が最もよく使い、タイプの名前にもなる機能で、主導機能の考え方はここから出ています。そのため、先にユングの記述を確認します。
最も発達した機能との同一化
ユングは『心理学的類型』の定義の章で、タイプがどう生じるかをこう書いています。
社会の要求により、人はまず何よりも、生得的に最も適性を備えた機能、または最大の社会的成功をもたらす機能の分化に取り組まざるを得ない。きわめて頻繁に、実際には一般則として、人は最も好まれ、したがって最も発達した機能と多かれ少なかれ完全に同一化する。ここから種々の心理学的タイプが生じる。
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The demands of society compel a man to apply himself first and foremost to the differentiation of the function with which he is best equipped by nature, or which will secure him the greatest social success. Very frequently, indeed as a general rule, a man identifies more or less completely with the most favoured and hence the most developed function. It is this that gives rise to the various psychological types (q.v.).
言い換えると、人は社会の求めに応えるためにいちばん向いた機能から育て、その機能と自分を重ねるようになるということです。ユングは、そこから心理学的タイプが生じると書いています。
この引用は、劣等機能(分化の過程で立ち遅れた機能)の定義の一部です。つまり、最も好まれた機能の分化と、残りの機能の立ち遅れは、同じ1つの過程の両面として書かれています。主導機能の強さと、脆弱機能などの弱さが表裏で語られる書き方は、このユングの定義に源があります。
意識の方向を決める機能は1つだけ
主要機能が1つしかない理由を、ユングは補助機能を論じる箇所でこう書いています。
すべての機能の産物は意識に上らせることが可能であるが、ある機能の「意識」について語るのは、その機能の適用能力が意志の自由に利用可能であるだけでなく、その原理そのものが意識の方向性を決定する場合に限られる。(中略)この絶対的な主権は、経験的に見れば常に単一の機能にのみ属し、かつ単一の機能にのみ属し得るものである。なぜなら、別の機能が同等の独立性をもって介入した場合、必然的に異なる方向性が導かれ、それは少なくとも部分的に最初の方向性と矛盾することになるからである。
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The products of all the functions can be conscious, but we speak of the consciousness of a function only when not merely its application is at the disposal of the will, but when at the same time its principle is decisive for the orientation of consciousness.〔中略〕absolute sovereignty always belongs, empirically, to one function alone, and can belong only to one function, since the equally independent intervention of another function would necessarily yield a different orientation, which would at least partially contradict the first.
ここでいう「意識」とは、その機能を思いどおりに使えるだけでなく、その機能の原理が意識全体の向きを決めている状態のことです。ユングは、この主権が経験上いつも1つの機能にしか属さないと書いています。
理由は、同じ強さの機能がもう1つ割り込むと、別の方向づけが生まれて最初の方向と食い違うからです。引用の続きでは、2番目の機能は、主要機能と対立しない種類のものだけが補助として働ける、と書かれています。
ソシオニクスの主導機能と創造機能の組み合わせは、この主要機能と補助機能の関係を受け継いでいます。主導機能が意識の向きを決め、創造機能がそれを補うという分担です(07章のフィラトワで詳しく見ます)。
分化した機能の目印
1923年の講演では、機能の分化が、強い機能と弱い機能の対比で書かれます。
私たちが知っているように、人は決してすべてを同時には行えず、決して完全に完成されることもない。人は常にある資質を他の資質を犠牲にして発達させ、全体性が達成されることはない。(中略)ある機能が分化しているかどうかは、その強さ、安定性、一貫性、信頼性、適応性から容易に見分けられる。
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We know that a man can never be everything at once, never quite complete. He always develops certain qualities at the expense of others, and wholeness is never attained.〔中略〕Whether a function is differentiated or not can easily be recognized from its strength, stability, consistency, reliability, and adaptedness.
言い換えると、よく分化した機能は、強く安定していて、いつも当てにできるということです。人はすべての資質を同時には育てられないので、ある機能の分化は、ほかの機能の立ち遅れと引き換えになります。
つまり、ユングの枠では主要機能は最も分化した機能です。この「分化」の語は、アウシュラ(03章)やグレンコ(10章)にも引き継がれ、18章のまとめの軸になります。
読むときの注意
ユングの主要機能は、要素で見るとそのままソシオニクスの主導機能に対応します(ILEなら主要機能も主導機能もNe)。ですが、ユングの記述は4つの機能(思考・感情・感覚・直観)と2つの態度で組まれ、モデルAの8つの位置とは数が違います。
小括します。ユングでは、主要機能は最も好まれ、最も分化し、意識の方向を1つに決める機能です。人はその機能と自分を重ね、そこからタイプが生じます。
この3点、つまり同一化・唯一の主権・分化は、ソシオニクスの研究者がそれぞれの語彙で書き直していきます。03章からはその書き直しを順に見ます。
03アウシュラの記述
アウシュラの主導機能の記述は、主に『機能の理論(フンクツィオニカ)』の「第1機能」の節にあります。8つの機能を1つずつ説明した著作で、第1機能は「強い・メンタル・アクセプト(受容)」の機能として最初に置かれます。
読むときの注意を1つだけ置きます。アウシュラの番号は現行と一部違いますが、第1機能は現行の主導機能(1番)と同じです。引用に出る「第3機能」は現行の脆弱機能(4番)で、ここだけ読み替えが要ります。
既製の情報—最も強く、自覚されている
『機能の理論』の第1機能の節は、情報の量と質から書き始められています。アウシュラは、第1機能をこう定義しています。
最も強く、自覚化されており、アクセプト(受容)な機能。第1アスペクトについて受け取る情報の量は、他のいかなるアスペクトについての量よりも多い。この情報は最も深く、また「分化されて」知覚される。情報の獲得と一次加工は、極めて自然に、また当人さえ気づかないほど速やかに起こり、ただ「既製の情報を持っている」かのようである。
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Наиболее сильная , осознанная и акцептная . Количество информации, получаемое по 1 аспекту больше , чем по любому другому аспекту. Воспринимается эта информация наиболее глубоко и "дифференцированно". Происходит получение и превичная обработка информации очень естественно и настолько быстро , что сам человек их не замечает, а просто "имеет готовую информацию" .
アウシュラの定義を平たく言えば、主導機能の要素については、いちばん多く、いちばん深く情報が入り、しかも本人が気づかないほど速く処理されるということです。そのため、本人には「既製の情報を持っている」ように感じられます。
一般像の「考える前にもう分かっている」(01章)は、この定義から来ていると読めます。また、情報が「分化されて」知覚されるという書き方は、ユングの分化の語(02章)をそのまま受けています。
同じ段落は、この確信が人への態度にどう表れるかを続けて書いています。
第1アスペクトの周囲で起きていることすべての正しい理解への自身の確信のゆえに、このアスペクトについての自身の表現を躊躇しない。本質的なものを副次的なものから区別する能力、最良の標準についての知識のおかげで、人間は周囲の人々の批判を平静に受け止め、自身もまた他者を確信をもって断定的に批判する。
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Ввиду своей уверенности в правильном понимании всего , что происходит вокруг 1 аспекта , не стесняется своих проявлений по этому аспекту . Благодаря умению отделить главное от второстепенного , знанию лучших стандартов , человек спокойно переносит критику окружающих , сам уверенно и категорично критикует других .
主導機能の要素については、正しく分かっているという確信があるので、批判されても平静で、人もはっきり批判するということです。その確信を支えるのは、本質的なものを副次的なものから分ける力と、最良の標準についての知識だとされます。
アウシュラは、脆弱機能(彼女の番号では第3機能)の節では、周囲からの批判が「とくに鋭く、痛々しく受け止められる」と書いています。同じ批判への反応が、主導機能では平静、脆弱機能では痛みとして、対で書かれていることが分かります。
絶対的記憶
アウシュラは、主導機能に固有の記憶の形も書いています。
絶対的記憶—第1アスペクトに関して、かつて見たこと、聞いたこと、理解したこと、ましてや行ったことを、いかなる瞬間にも想起する可能性。それゆえ、ある人物に出会ったとき、私たちが最初にその人物について思い出すのは、第1アスペクトについての情報である(タイプ、性格、職位など)。
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Абсолютная память - возможность в любой момент вспомнить то , что однажды было увидено , услышано , понято и тем более сделано по 1 аспекту . Поэтому же информация по 1 аспекту и есть первое , что мы вспоминаем о человеке при встрече (тип, характер, должность и т.п.).
つまり、主導機能の要素について見聞きしたことは、いつでも思い出せるということです。アウシュラは、人に会ったときに最初に思い出すのも、その人の主導機能の要素についての情報だとしています。
括弧の中の「タイプ、性格、職位など」は、何を思い出すかが主導機能の要素によって違うことの例です。この絶対的記憶の観測は、のちにシステム・ソシオニクス学派のエグリトが、自分の記憶の体験から書き直します(11章)。
最も大切にしているもの
続く段落で、アウシュラは主導機能を本人の価値と結びつけています。
第1機能—それは、人間自身が自分のなかで最も大切にしているものである。外的世界から第1アスペクトについて少ししか得ていなくても、それで満足する。第1アスペクトについての意見と活動においては、人間は誰にも従属する傾向がまったくなく、自身の意見を頑強に守り、自分から指導することも厭わない。
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1-я функция - то , что сам человек более всего в себе ценит ; получая от внешнего мира немного по 1 аспекту , довольствуется и этим . В мениях и деятельности по первому аспекту человек совершенно не склонен никому подчиняться , свои мнения упорно отстаивает и не прочь сам поруководить .
主導機能は、本人が自分の中でいちばん大切にしているもので、その要素については誰にも従わず、自分から指導もするという書き方です。外から少ししか得られなくても満足する、という一文も添えられています。
一般像の「譲らない」(01章)は、ここの「頑強に守り」から来ていると読めます。また、外からの情報が少なくて足りるという点は、すでに中に十分な情報があるという最初の定義とつながっています。
同じ段落には、主導機能が社会への態度を決めるという、短い観察が入っています。
他の人々(社会)への関係は、その瞬間における第1アスペクトの欲求によって規定される(特徴的なのは、ソビエト体制を各人が自身の第1機能と第3機能の観点から批判するということであり、これはタイプの診断にすら用いられうる)。
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Отношение к другим людям (социумам ) определяется потребностями 1 аспекта на данный момент. (Характерно, что советский строй каждый критикует с точки зрения своей 1-ой и 3-ей функции , что даже может быть использовано для диагностики типа . )
上の引用の「第3機能」は、現行の脆弱機能(4番)です。つまり、人は社会を、自分の主導機能と脆弱機能の観点から批判するということです。アウシュラは、これがタイプの診断にさえ使えると書いています。
当時のソビエト体制という具体的な対象を挙げているところに、アウシュラが周囲の人を観察して書いた記述であることが表れています。何を批判するかで、その人のいちばん強い要素といちばん弱い要素が同時に分かる、という観察です。
他者への関心と、良い教養
主導機能は自分のためだけに使われるわけではない、とアウシュラは書いています。
第1機能は自分自身よりも他者に関心をもつ傾向がある(自分のことは合間に世話することができる)。それゆえ第1機能には活動の舞台、聞き入る人々、従う人々が必要である。(中略)もっとも、第1アスペクトについて「真珠を投げる」ことは好まないが、近しい人々を「彼らの幸せのために」あらゆる方法で従わせようとすることが多い。第1機能における良い教養とは、他者の評価への否定を粗野に示さないこと、機転を利かせて助けることである。
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Первая функция склонна интересоваться другими больше, чем собой ( о себе успевает позаботится между делом ) , поэтому ей нужна арена деятельности , люди, которые слушают и слушаются.〔中略〕Впрочем , по 1 аспекту не любят "метать бисер" , но близких "для их же блага" зачастую стремятся всеми способами подчинить . Хорошее воспитание по 1-й функции- не демонстрировать грубо отрицание оценики другого, тактично помогать .
言い換えると、主導機能は自分より他者に向かいやすく、そのため聞く人や従う人を必要とするということです。近しい人を「彼らの幸せのために」従わせようとすることが多い、とも書かれています。
そのうえで、アウシュラは主導機能の「良い教養」を、人の評価を粗野に否定せず、機転を利かせて助けることと定義しています。強い機能だからこそ、使い方の作法が要るという書き方です。
アウシュラは、節の終わりをこう要約しています。
第1機能は人間の世界知覚、彼の「情報的職業」、イメージを規定する。人間はこの要素について最大限の情報を持っており、最も確信をもってそれを使用する。最も強い機能、「個人的恣意の領域」と言うことができる。
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Резюме : 1-я функция определяет мировосприятие человека , его "информсационную профессию" , имедж . Человек имеет по этому элементу максимум информации , наиболее уверенно ей пользуется ; можно сказать, что это самая сильная функция , "зона личного произвола".
この要約で目を引くのは、「情報的職業」と「個人的恣意の領域」の2つの言い方です。主導機能の要素は、その人が世界をどう見るか、何を自分の仕事とするかを決めるとされます。
また、「個人的恣意の領域」は、この要素については自分の判断だけで決めてよいと感じていることを表しています。最大の情報と最大の確信が、同じ1つの機能にそろっているという要約です。
強さとアクセプト—3標識の2つ
アウシュラは、「強い」の意味を、3標識の1つとして一般的に定義しています。3標識とは、強弱・メンタルかバイタルか・受容か生成かという、位置を分ける3つの目印のことです。
機能の強さは、合理的かつ集中的な行動のために充分な量の情報と熟練が備わっていることを前提とする。この情報を平静かつ確信をもって運用すること。世界に自身の意見を意志的に持ち込むこと。評価の大胆さと断定性。情報の獲得は平静かつ確信に満ちている。強い機能の使用において成功は当然のことであり、したがって強い機能を用いることは快適である。(中略)この標識のダイナミックな側面:強い機能は常に情報で満たされており、使用の準備ができていて、用いられている(運動的=キネティック)。
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Сила функции предполагает наличие информации и навыков в количестве , достаточном для разумных и интенсивных действий. Спокойное и уверенное владение этой информацией . Волевое внедрение своего мнения в мир . Смелость и категоричность оценок. Получение информации спокойное и уверенное . При пользовании сильными функциями успехи обыкновенны, следовательно, пользоваться сильными функциями приятно .〔中略〕Динамическая сторона признака : сильные функции всегда полны информации , готовы к использованию и используются ( кинетические )
つまり、強い機能は情報と熟練が十分にあり、落ち着いて確信をもって使えるので、使うこと自体が快適であるということです。アウシュラは、強い機能では成功が当然のことだと書いています。
後半の「ダイナミックな側面」は、強い機能がいつも情報で満たされ、使う準備ができていて、実際に使われていることを指します。主導機能はこの強い側にあり、さらにメンタルリング(意識の側)にあるので、その使用は本人に自覚されています。
もう1つの標識、アクセプト(受容)については、アウシュラはこう書いています。
アクセプト(受容)要素は現実を反映し、写真撮影し、再生し、心理に客観的情報を保証する。(中略)アクセプト(受容)要素においては個体に責任の感覚が固有であるのに対し、プロダクティヴ(創造)要素においては彼ははるかに自信がなく、責任を負うことはないが、義務を果たす。アクセプト(受容)要素においては、私たちは欠点について語る傾向が強く、プロダクティヴ(創造)要素においては—長所について語る傾向が強い。
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Акцептные элементы "отражают , фотографируют , репродуцируют действительность и обеспечивают психику объективной информацией .〔中略〕По акцептным элементам индивиду присуще чувство ответственности , по продуктивным он гораздо менее уверен и ответственности не берет , но выполняет обязанности . По акцептным мы более склонны говорить о недостатках , по продуктивным - о достоинствах .
上の引用にあるプロダクティヴ要素は、受け取ったものに反応して出す側の要素のことです。言い換えると、受容の要素は現実をそのまま写し取り、本人はそこに責任を感じるということです。生成の要素では自信がなく、責任は負わずに義務を果たすとされます。
主導機能は受容の側にあるので、その要素については現実を写し取る役と、それへの責任を本人が引き受けます。欠点について語る傾向が受容の要素で強い、という観察も、自分が責任を持つ領域だから粗が見えるという読み方ができます。
分化した情報と未分化の情報
『ソシオニクス入門』の情報代謝の章には、強い機能と弱い機能の差を「分化」の語で書いた箇所があります。アウシュラは、こう書いています。
実は、人間の心は周囲の世界を特定の構成部分あるいはアスペクトに分化させているのである。そしてパーソナリティの各タイプはアスペクトのあるものについてはきわめて分化した、きわめて良質の意識化された情報を受け取り、他のアスペクトについての情報は未分化に、圧縮された形で知覚する。
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Оказывается, психика человека дифференцирует окружающий нас мир на определенные составные части или аспекты. И каждый тип личности об одних из этих аспектов получает очень дифференцированную и очень хорошо осознаваемую информацию, а информацию о других аспектах воспринимает недифференцированно, в сжатом виде.
言い換えると、どのタイプも、一部の情報要素は細かく受け取り、残りはおおまかにしか受け取らないということです。主導機能の要素は、その「きわめて分化した、きわめて良質の意識化された情報」を受け取る側の筆頭にあります。
ユングが主要機能を最も分化した機能と書いた対比(02章)を、アウシュラは情報の質の差として書き直しています。『機能の理論』の第1機能の定義の「分化されて」知覚される、という言い方と同じ筋です。
小括します。アウシュラの主導機能の記述の軸は、3つです。
第一に、既製の情報としての定義です。最も多く、最も深く、分化して知覚され、処理は本人が気づかないほど速く、見聞きしたことは絶対的記憶として残ります。
第二に、最も大切にしているものとしての性格づけです。その要素については誰にも従わず、批判を平静に受け止め、人をはっきり批判し、自分から指導します。
第三に、他者へ向かう機能としての書き方です。聞く人と従う人を必要とし、良い教養は機転を利かせて助けることだとされます。また、社会への批判から主導機能と脆弱機能が同時に分かるという観察は、短いながら彼女に固有です。
04レイニンの記述
ソシオニクス研究者のレイニンは、8つの機能を、第1〜第4と、それぞれと対になる第-1〜第-4の8つで呼びます(第-1は負の第1機能で、レイニン独自の表記です)。現行の主導機能(1番)になるのは、第1機能「人格組織化のレベル」です。
番号の読み替えが要るのは、第1機能と並べて出てくる2つだけです。レイニンの第4機能は現行の暗示機能(5番)、第-1機能は現行の観察機能(7番)になります(13章)。
この章で見るのは、レイニンが主導機能を何の場所として定義し、攻撃と評価にどう反応する位置として書いたかです。
理論編—存在の原理と「良い」
レイニンは、第1機能の節をこう書き始めています。
この心の領域はかなり保守的であり、ほとんど変えることができない。第1機能の領域には、人の自己確信が宿る。ここで「私は存在するのか、それとも存在しないのか?」という問いに答えられる。第1機能は、私が確信を持っているすべてのこと、私自身について知っているすべてのことを含む。この領域は非常に重要であり、慎重で守られている。実際それは価値観のシステムである。私たちはそれを「良い」という言葉でラベル付けする。
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This area of psyche is rather conservative and could hardly be changed. In the area of the first function lies person’s self-confidence. Here the question 'Do I exist or do I not exist?” is answered. The first function covers everything that I am confident about, everything I know about myself. This sphere is very important, deliberate and guarded. Actually it is the system of values. We label it with the word "good".
言い換えると、主導機能の領域は、自分が確かだと思っていることと自分について知っていることの全部で、その人の価値観そのものだということです。レイニンは、この領域を「良い」という語で呼んでいます。
アウシュラが「最も大切にしているもの」(03章)と書いたのと同じ領域を、レイニンは「私は存在するのか」という問いに答える場所として置いています。保守的で、ほとんど変えられない、とも書いています。
この「存在の原理」は、タイプごとに中身が違います。レイニンは、こう続けています。
デカルト的原理「コーギト・エルゴ・スム」(「我思う、ゆえに我あり」)は、実は白い論理(□(Ti))が第1機能に対応するわずか二つの類型にとってのみ妥当かもしれない(すなわち、LSI〔原文: マクシム・ゴーリキー〕とLII〔原文: ロベスピエール〕)。他の類型にとっては、異なる存在の原理が妥当でありうる:「私は愛されている、ゆえに私は存在する」、「私は健康である、ゆえに私は存在する」、「私は感じる、ゆえに私は存在する」、「世界は秩序立っている、ゆえに私は存在する」、「私は行動する、ゆえに私は存在する」。
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Cartesian principle, Cogito ergo sum (“I think, therefore I exist”) is actually valid perhaps for only two types whose subjective logic corresponds to the first function (i.e., Maxim and Robespierre). For other types different principles of existence can be valid: “I am loved, therefore I exist”, “I am healthy, therefore I exist”, “I feel, therefore I exist”, “The world is in order, therefore I exist”, “I act, therefore I exist”.
上の引用にある白い論理(□)は、内向論理(Ti)のことです。つまり、「我思う、ゆえに我あり」はTiが主導の2タイプの原理にすぎず、ほかのタイプには別の存在の原理があるということです。
例えば、「私は行動する、ゆえに私は存在する」は、レイニンのタイプ節ではSe(外向感覚)が主導のSEEの原理として書かれます。デカルトの命題を、主導機能の要素ごとに言い換えられる1つの型として扱っているところが、レイニンらしい書き方です。
攻撃への反応と、フィードバックの無視
主導機能の領域が揺さぶられたときの反応も、レイニンは書いています。
もしこの機能が「攻撃を受けて」いる場合(例えば、誰かが基本的な価値観に疑念を表明する場合)、人は攻撃性を示す。(中略)原則として、人は第1機能の領域でのフィードバックを無視する。したがって、第1機能に関連する何かを変更する必要のある状況に直面したとき、個人は可能な限り少なく変えるか、あるいは全く変えないようにする。人格組織化のレベルへの影響を試みることは、存在の原理への攻撃、すなわち「私」を破壊する試みとして知覚される。
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If this function is "under attack" (for example, someone declares doubts in one's basic values), the person demonstrates aggression〔中略〕As a rule the person ignores the feedback in the area of the first function. Therefore, facing a situation requiring to change something pertaining to the first function an individual tries to change as little as possible or not to do it at all. Any attempt to influence the level of personality organization is perceived as an attack on the principle of existence, an attempt to destroy ME.
レイニンの観察では、主導機能の価値に疑いを向けられると人は攻撃的になり、その領域への意見は聞き流すとされます。変えなければならない場面でも、できるだけ少なく変えるか、まったく変えないようにします。
その理由を、レイニンは「私」を壊されることへの防御に置いています。アウシュラが「頑強に守り」と書いたこと(03章)を、レイニンは存在の原理への攻撃という言い方で説明し直していることが分かります。
肯定的なフィードバックと第4機能
一方、主導機能への肯定的な評価については、レイニンは別の役割を書いています。
誰もが第1機能における肯定的なフィードバックを必要とする。それは人がすべてが順調であると考えるのに役立つ。第4機能を通して有能な注入を行うことは、第1機能における肯定的フィードバックを同時に行えば、難しくない。
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Everyone needs positive feedback on the first function. It helps a person to think that everything is all right. It is not difficult to do a competent infusion through the fourth function if you do a simultaneous positive feedback on the first function.
上の引用にある第4機能は、現行の暗示機能(5番)のことです。言い換えると、主導機能を認めてもらうと人は安心し、そのうえでなら暗示機能への働きかけも受け入れやすいということです。
フィードバックを無視する領域でありながら、肯定は必要としているという二面です。レイニンは心理療法の場面を念頭に、主導機能を認めることと、暗示機能から情報を入れることを組にしています。
タイプ節—言葉にしにくい主導機能
レイニンのタイプ節では、主導機能が本人の価値として書かれます。例えば、ESIの主導機能はFi(内向倫理)です。レイニンは、ESIの第1機能をこう書いています。
ESI〔原文: ドライザー〕の第1機能は言葉でほとんど描写することができない。本質的にそれは意識的な態度をもつことができることへの必要性である。(中略)他者や外的世界に対する個人的態度のこの領域は、強く感じられているが、貧弱にしか言語化されていない。この領域には絶え間ない活動がある。
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Dreiser's first function can hardly be described with words. Essentially it is the need for being able to have a conscious attitude.〔中略〕This realm of personal attitudes to other people and the external world is strongly felt but poorly verbalized. There is constant activity in this realm.
つまり、ESIの主導機能は強く感じられていながら、言葉にはほとんどできないということです。レイニンは、その中身を「意識的な態度をもつことができることへの必要性」と書いています。
主導機能は本人がいちばんよく知っている領域ですが、よく知っていることと、うまく説明できることは別という観察です。カルペンコが、第1機能の内容は圧縮されていて語りきれないと書くこと(09章)と、同じ向きの記述です。
小括します。レイニンの主導機能(第1機能)の記述の軸は、2つです。第一に、存在の原理と価値観のシステムとしての定義です。「良い」の語で呼ばれ、保守的でほとんど変わらず、タイプごとに「〜ゆえに我あり」の中身が違います。
第二に、評価への反応です。否定には攻撃で応え、意見は聞き流しますが、肯定は必要とし、それが暗示機能への働きかけの入口にもなります。また、タイプ節は、主導機能が言葉にしにくい確信であることを書いています。
05ブカロフの記述
ブカロフは国際ソシオニクス研究所(キエフ)を率いる研究者で、機能の次元性(主導機能が4次元、脆弱機能が1次元)の提唱者です。主導機能についての記述は、位置一覧の中の性格づけ、次元性の定義、発達の順序、そして講演録や関係論の具体例に分かれます。
社会に情報を発する機能
晩年の講演で、ブカロフは8つの位置を、人が世界に働きかける側と、世界から働きかけられる側に分けています。
しかし重要なのは、我々がはっきり見ていることである:人間には創造的な ― 最も強い機能がある。さらに強い活力的機能 ― 第7と第8がある、なぜならこれらも多次元だからである。そしてこれらは、人間が社会に情報を発する機能であり、特に第1と第2によって、そして言語的・口頭的・非言語的・物理的などすべての形態において周囲の世界に能動的影響を及ぼす。
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Но важно, что мы видим четко: у человека есть творческие — самые сильные функции. Еще есть сильные витальные функции — 7-я и 8-я, потому что они тоже многомерные. И это те функции, по которым человек выдает информацию в социум, особенно по 1-й и 2-й, и оказывает активное воздействие на окружающий мир во всех формах — словесных, вербальных, невербальных, физических и т. д.
言い換えると、主導機能は、創造機能と並んで、人が社会へ情報を発して周りに影響を及ぼす機能だということです。ブカロフは、その影響が言葉でも言葉以外でも、身体的な形でも及ぶと書いています。
この並びでは、主導・創造に加えて、観察機能(7番)と実演機能(8番)も強い発信側に入ります。つまり、ブカロフの分け方では、主導機能は強く、しかも外へ情報を発する側の機能として置かれています。
4次元—グローバルに考える
次元性の理論の中で、ブカロフは主導機能を、ほかの3つのメンタル機能との積み上げで説明しています。
タイプは、モデルAの第4位置にある1次元機能について最も知らず、出来ない。2次元の第3機能では、機能の情報的側面に関する個人的経験のベクトルに加えて、社会的規範と行動のテンプレートのベクトルを含むため、より多くを知っている。(中略)最後に、第1機能では人間は情報を評価しグローバルに、統合的に思考できる。なぜならこの機能はさらにグローバル性のベクトル、すなわちグローバル時間のベクトルを含むからである。
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Тип меньше всего знает и умеет по 1-мерной функции, стоящей на 4-м месте в модели А. Больше он знает по двумерной третьей функции, содержащей помимо вектора личного опыта вектор социальных норм и шаблонов поведения по информационному аспекту функции.〔中略〕Наконец по первой функции человек может оценивать информацию и мыслить глобально, целостно, так как эта функция содержит еще и вектор глобальности или глобального времени.
上の引用にあるベクトルは、判断のときに参照できる情報の種類のことです。つまり、主導機能では、経験・規範・状況に加えてグローバル性のベクトルまで参照できるので、情報を全体として評価し、統合して考えられるということです。
脆弱機能の1次元(経験だけ)から始まり、規範機能で規範が、創造機能で状況が加わり、主導機能でグローバル性が加わるという順番です。ブカロフは、そのグローバル性を「グローバル時間のベクトル」とも言い換えています(14章)。
機能は下から満たされる
ブカロフは、子どもの発達の観察から、機能が働きはじめる順序についても書いています。
そして多くの観察が証言するように、機能の充填あるいは研修が起こる。これは下から上へ ― つまり、活力的機能から、つまり第8と第7から始まる。(中略)運命の皮肉は、自我ブロックの形成が約23~24歳で終わることにある。そして学生が大学に入学するとき、彼はまだ超自我ブロックから自我への移行段階にある。
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И, как свидетельствуют многочисленные наблюдения, происходит наполнение или стажировка функции. Она происходит снизу вверх — начиная от витальных функций, то есть, 8-й и 7-й.〔中略〕Ирония судьбы заключается в том, что формирование блока Эго заканчивается приблизительно в 23–24 года. И когда школьник поступает в вуз, он находится еще на стадии перехода от блока СуперЭго к Эго.
ブカロフの観察では、機能に経験と知識が満たされていくのは活力的な機能(7番・8番)からで、主導機能を含む自我ブロックは最後にできあがるとされます。その完成は23〜24歳ごろです。
省いた箇所では、LIIの子どもの興味が年齢とともに移っていく様子が書かれています。主導機能は生まれつき決まっていても、中身が満たされるのは遅いという観察で、大学に入る時点ではまだ超自我から自我への途中にある、という指摘につながっています。
動員状況では役割が入れ替わる
主導機能がいつも主導権を取るとは限らない、という実例もあります。ブカロフは、極地の都市で起きた事故の夜の会議を、こう書いています。
解決すべき問題が権限と責任の領域に入っていた部長はSLE(●(Se))であった。だがこの状況で最も創造的だったのは、別の部の副部長SEI(○(Si))であった。彼はすばやく主導権を握り、「これと、これと、これをしなくてはならない」と言った。(中略)これはSEIの創造的振る舞いの瞬間で、彼は自身の意志感覚(●(Se)7)を非常に動員したため、それがSLEの意志感覚(●(Se)1)を抑えた—第7機能が第1機能を抑えたのである。(中略)すなわち動員状況では、役割は完全に交代しうる。
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Начальник отдела, в сферу компетенции и ответственности которого и входил решаемый вопрос, был СЛЭ ( ). Но креативней всех в этой ситуации оказался СЭИ ( ) — зам.начальника другого отдела. Он быстро перехватил инициативу, сказав: «Надо делать то, то и то».〔中略〕Это был момент креативного поведения СЭИ, который настолько мобилизовал свою волевую сенсорику ( 7), что она подавила волевую сенсорику СЛЭ ( 1) — 7-я функция подавила 1-ю.〔中略〕То есть в ситуации мобилизации роли могут совершенно поменяться.
上の引用にある意志感覚は、Se(外向感覚)のことです。SLEにとってSeは主導機能、SEIにとっては観察機能(7番)です。つまり、非常時に動員されたSEIの観察機能が、同じ要素を主導に持つSLEを抑えたということです。
ブカロフはこれを「動員状況では、役割は完全に交代しうる」とまとめています。主導機能の強さは、状況が変われば別の人の別の位置に主導権を譲ることもあるという観測で、主導機能を固定した能力の序列として読まない手がかりになります。
関係の中の主導機能—双対と活性化
タイプ間の関係の記述では、主導機能が相手のどの機能に入るかで関係の質が説明されます。ブカロフは、双対関係と活性化関係を比べて、こう書いています。
双対関係では情報を発する4次元の第1機能が、4次元の受信機能=第5機能に作用するのに対し、活性化関係では4次元の第1機能が、3次元の受信機能=第6機能に作用する。すなわち、第1機能が第6機能=活性化機能を多少なりとも過負荷にする、と言える。
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Если в дуальных отношениях 4-мерная первая〔中略〕функция, выдающая информацию, воздействует на〔中略〕4-мерную приемную пятую функцию, то в отношениях активации 4-мерная 1-я функция воздействует〔中略〕на трехмерно приемную 6-ю. То есть можно сказать,〔中略〕что 1-я функция несколько перегружает 6-ю, актива〔中略〕ционную.
言い換えると、双対では自分の4次元の主導機能が相手の4次元の暗示機能に入り、活性化では相手の3次元の動員機能に入るので、後者は相手に少し重すぎるということです。ブカロフは、この次元の差を関係の質の差として読んでいます。
活性化関係は、互いに元気が出るが長く続くと疲れる関係とされます。その理由を、ブカロフは発する側の主導機能と受ける側の機能の次元の釣り合いで説明しています。
なお、次元性の一般の割り当てでは、暗示機能は1次元、動員機能は2次元です。ここでブカロフが暗示機能を「4次元の受信機能」と呼ぶのは、受け取れる情報の幅を、相手の主導機能との釣り合いで言っていると読めます。同じ双対の組み合わせを、イェルマークは釣り合いではなく過負荷として書いています(13章)。
小括します。ブカロフの主導機能の記述の軸は、3つです。第一に、4次元という理論的定式です。経験・規範・状況に加えてグローバル性を参照でき、情報を全体として評価し、統合して考えられる位置とされます。
第二に、社会へ情報を発する機能という位置づけです。相手の受信側の機能の次元と釣り合うかどうかで、双対と活性化の違いが説明されます。
第三に、講演録の実例が示す、主導機能の中身は遅く満たされ、状況しだいで主導権を譲りもするという観察です。理論で最上位に置きながら、実例では主導機能の強さを絶対視しない書き方が特徴です。
06ストラティエフスカヤの記述
ヴェラ・ストラティエフスカヤは、16タイプを8位置ごとの長い場面記述で書いた著者です。主著『お別れしないために』の第I部(理論編)には、位置ごとの一般記述があります。主導機能の節の見出しは「プログラム機能とプログラム・アスペクト」で、番号は現行と同じです。
この章で取り上げるのは、理論編の自我レベルとプログラム機能の節、そして第II部のタイプ章から主導機能への接し方を書いた一文です。
自我レベル—気づかないほど当然のもの
ストラティエフスカヤは、プログラム機能の節の前に、主導機能を含む自我レベルの性格を書いています。
誰かが私たちの自我に侵害を始めて初めて、私たちはそれを擁護し始め、私たちが何者であるか、私たちの見方の体系がどんなものを表すかを、部分的に意識し始める。それまでは、私たちのあらゆる行為、あらゆる行動が私たちの自我の合意と認可をもって行われているにもかかわらず、私たちはそれに気づかない、息をしている空気に気づかないのと同じように。
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Вот когда кто-то начинает посягать на наше ЭГО, только тогда мы начинаем его отстаивать, только тогда и начинаем частично осознавать, кто мы такие, и что собой представляет наша система взглядов. До тех же пор, несмотря на то, что каждый наш поступок, каждое наше действие совершаются с согласования и с соизволения нашего ЭГО, мы этого не замечаем, как не замечаем воздуха, которым дышим.
つまり、自我の要素は、ふだんは本人にも意識されず、誰かに侵されたときに初めて自分の見方として意識されるということです。ストラティエフスカヤは、それを「息をしている空気に気づかない」ことにたとえています。
一般像の「考える前にもう分かっている」(01章)の裏側にあたる観察です。分かっているから気づかない、侵されて初めて守りはじめるという順序は、レイニンの「攻撃を受けて」いる場合の反応(04章)とも一致します。
立法機関と、論破できない情報
ストラティエフスカヤは、プログラム機能を役所のたとえで定義しています。
これは私たちの心理の構造のなかで、最も強い、最重要な機能である。これは私たちの「省庁」の一種の「立法機関」、その「長官」である。
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Это самая сильная, главенствующая функция в структуре нашей психики. Это своего рода "законодательный орган" нашего "департамента", это его "директор".
言い換えると、主導機能は心の中でいちばん強く、全体の決まりを作る機能だということです。ストラティエフスカヤは心理を「省庁」に、8つの位置をその部局にたとえて全体を書いており、主導機能はその長官の位置です。
続けて、その機能が受け取る情報の性格が書かれます。
プログラム機能によって受容される情報は、私たちにとって特別に重要である。それゆえそれは私たちによって難なく、何の緊張もなく、実質的な損失なしに吸収される。私たちは生涯このアスペクトの情報で満たされ続け、決してそれに飽きることはない、なぜなら、大局的にこれは、私たちが完全に信じる唯一のものであり、誰も決して論破できないし、考えを変えさせることのできない唯一のものだからである。
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Информация, воспринимаемая программной функцией, для нас особенно значима. Поэтому она усваивается нами с легкостью, без всякого напряжения и практически без потерь. Мы всю жизнь насыщаемся информацией по этому аспекту и никогда пресытиться ею не можем, потому что, по большому счету, это единственное, чему мы верим целиком и полностью, единственное, в чем нас никто никогда не переспорит и не переубедит.
ストラティエフスカヤの説明では、主導機能の情報は緊張なく吸収され、一生飽きることがなく、誰にも論破されない唯一のものです。私たちが完全に信じるのは、大局的にはこの情報だけだとされます。
アウシュラの「既製の情報」(03章)が情報の量と速さから書いたものを、ストラティエフスカヤは信じる強さの側から書いていることが分かります。「考えを変えさせることのできない」という書き方は、レイニンの「ほとんど変えることができない」(04章)とも重なります。
教えられると腹立たしい
同じ節には、主導機能の情報を人から教えられたときの反応が書かれています。
プログラム・アスペクトを通じて受容される情報が、私たちにとって何か原則的に新しいものを開くのは稀である。これらすべてを私たちはとっくの昔から自分でよく知っているし、しかも多くの者よりよく知っている。私たちはあたかもこれらの知識をもって生まれてきたかのように感じる。むしろ、私たちが他者よりどれくらいよくこれを知っているかを知るほうが面白い。そして当然のことながら、これを他人が私たちに教えるとき、いつも腹立たしく、そして滑稽である。
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Информация, воспринимаемая по программному аспекту, редко открывает для нас нечто принципиально новое: все это мы давно знаем сами, да еще и получше многих. Мы чувствуем себя так, как будто родились с этими знаниями. Скорее, нам интереснее знать, насколько лучше других мы это знаем. И, разумеется, всегда досадно и смешно, когда нас этому поучают другие.
主導機能の領域では、新しく知ることは少なく、人から教えられると腹立たしく、滑稽にさえ感じるということです。それよりも、自分が人よりどれくらいよく知っているかを知るほうが面白い、とされます。
一般像の「人に教えられると煩わしく感じる」(01章)は、この記述にいちばん近いものです。ストラティエフスカヤは、その理由を生まれつき知っているかのような感覚に置いています。
この節で、ストラティエフスカヤはプログラム機能を「意識的優位の機能」「先天的な専門性の機能」「基本的価値、基本的課題と目的の機能」とも呼んでいます。3つの別名は、優位・生まれつきの専門・目的という3つの面を指しています。
原則的で揺るがない—譲歩の限界
ストラティエフスカヤは、プログラム機能の節をこう締めくくっています。
プログラム機能は原則的で揺るがない。私たちの知性的活動の意義のすべてが、まさにこれにある。だからこそ私たちはそれを、それより後退する余地のない最後の境界線として擁護する。なぜなら、自分のプログラムから一度退いてしまえば、私たちはすでに自分自身を失い、人格としての自分自身を破壊しているように感じてしまうからである。(中略)プログラム機能は許容できる譲歩の限界を規定する。
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Программная функция принципиальна и незыблема. Весь смысл нашей интеллектуальной деятельности заключается именно в ней. Потому-то мы и защищаем ее как последний рубеж, дальше которого отступать уже некуда. Поскольку, раз отступив от своей программы, мы уже чувствуем, что теряем себя и разрушаем себя как личность.〔中略〕Программная функция определяет предел допустимых уступок.
つまり、主導機能は譲れない最後の一線で、そこから退くことは自分を失うことに感じられるということです。そのため、譲歩の限界、つまりどこまで譲れるかを決めるのも、この機能だとされます。
レイニンが主導機能への攻撃を「私」を壊す試みと書いたこと(04章)と、同じ機構を本人の側の感覚から書いた記述です。ストラティエフスカヤは、相性の合わない関係では自分のプログラムに逆らう行動を求められることが多い、とも書いています。
タイプ章から—主導機能への接し方
第II部のタイプ章は、各タイプの主導機能を、まわりの人がどう扱うとよいかまで書いています。ILEの主導機能はNe(外向直観)です。ストラティエフスカヤは、ILEについてこう書いています。
ILE〔原文: ドン・キホーテ〕に最も必要でないのは、説明を彼に「棚に並べてもらう」ことだ。鈍重な者と取られることに極端に苛立つ。最も多くの場合、新しい資料の知覚のテンポを自身で「調整する」—対話相手に、語られたことはすべてもう理解した、続けてよい、とヒントする。
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Менее всего Дон-Кихот нуждается в том, чтобы ему "раскладывали по полочкам" объясняемое. Чрезвычайно раздражается, когда его принимают за тугодума. Чаще всего сам "регулирует темпы" восприятия нового материала: подсказывает собеседнику, что все сказанное он уже понял, и можно продолжать изложение.
言い換えると、ILEには説明を一つ一つ並べてやる必要はなく、飲み込みが遅いと思われることにいちばん苛立つということです。ILEは、話し相手に「もう分かったから先へ」と合図して、自分で理解の速さを調整します。
主導機能のNeで先に全体をつかんでしまうので、丁寧すぎる説明はかえって主導機能への侮りとして受け取られるという場面です。理論編の「教えられると腹立たしい」が、タイプ章ではこうした日常の会話として書かれています。
小括します。ストラティエフスカヤの主導機能の記述の軸は、3つです。第一に、役所の長官としての定義です。心の全体の決まりを作り、受け取る情報は緊張なく吸収され、誰にも論破されません。
第二に、気づかないほど当然で、侵されて初めて守るという自我レベルの性格です。人から教えられると腹立たしく、そこから退くことは自分を失うことに感じられます。
第三に、譲歩の限界としての役割です。主導機能を、相性の合わない関係で最後まで譲れない一線として置き、タイプ章ではその一線への接し方を場面で書いています。
07フィラトワの記述
エカテリーナ・フィラトワは、4チャンネルの枠組み(彼女は「モデル・ユング」と呼びます)でタイプを記述し、その後に8機能のモデルAへ進む順で主著を組んでいます。主導機能になるのは、第1チャンネル=プログラム機能で、番号は現行と同じです。
この章では、プログラム機能と実現機能の対、主導ブロックの外向・内向と合理・非合理、主導ブロックの強化、そしてタイプ節からの1つを取り上げます。
注意の優先方向—プログラム機能と実現機能
フィラトワは、主導機能と創造機能を、1組の主導ブロックとして説明しています。
すでに上で述べたように、第1の、最も強い機能はプログラム機能であり、それが当該心理タイプの人間の注意の優先方向を決める。第2の、より弱い機能は、彼が結果を勝ち取る方法を指し示す。
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Как мы уже говорили выше, первая, самая сильная функция — программная, именно она определяет приоритетное направление внимания человека соответствующего психотипа. Вторая, менее сильная функция указывает на тот способ, которым он добивается результата.
言い換えると、主導機能は何に注意を向けるかを決め、創造機能はどうやって結果を出すかを決めるということです。フィラトワは、主導機能を「注意の優先方向」を決める機能と定義しています。
この分担は、ユングの主要機能と補助機能(02章)を、目的と手段の組として言い直したものと読めます。フィラトワは、この組み合わせからタイプの記述を始めています。
外向と内向、合理と非合理を決めるのは第1機能
フィラトワは、主導ブロックの2つの機能の組み合わせ方に、決まりがあると書いています。
主導的な機能のペアでは、常に、一方の機能が外向で、もう一方が内向になることを指摘しておく。この規則は実践的な観察によって裏づけられている—自然がそう定めたのである。(中略)第1の機能が最も強いのだから、その心理タイプが合理―非合理の、また外向―内向のどちらの極に属するかを決めるのは、まさに第1の機能である。
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Отметим, что в паре ведущих функций всегда оказывается так, что одна из функций экстравертна, в то время как вторая — интровертна. Это правило подтверждается практическими наблюдениями — так распорядилась Природа.〔中略〕Поскольку первая функция — самая сильная, именно она определяет, к какому полюсу по рацио-иррациональности, а также экстра-интровертности относится соответствующий психотип.
つまり、主導ブロックの2つの機能は必ず外向と内向に分かれ、そのタイプが外向か内向か、合理か非合理かを決めるのは主導機能だということです。フィラトワは、この決まりを実地の観察から得たものとして書いています。
省いた箇所では、2つとも内向的な人は周りに注意を向けず、2つとも外向的な人は自分の態度を持たない、という理由が挙げられています。主導機能がタイプの名前と二分法の極を決めるという一般像(01章)は、この記述に支えられています。
主導ブロックの強化—スカーレットとレット
フィラトワは、同じタイプの中の違いを、主導ブロックのどちらの機能が強められているかで説明しています。例として挙げるのは、『風と共に去りぬ』のスカーレットとレットで、フィラトワはどちらもSLEと読んでいます。
ここで、第1機能が著しく強化されていると想定してみよう。この場合、その人物は外向型の性質を強く表し、あらゆる状況に断固として介入し、それを素早く変えていく。まさにこれがスカーレットである。(中略)第1のプログラム機能が強化されている者は、自分自身の内に深く沈み込み、絶えず自分の考えに没頭しており、外見上は起こっていることに反応していないかのように見える。そうした人物について「根っからの内向型だ」と言われるのも当然であり、文字通りその通りなのである。
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Представим себе теперь, что первая функция значительно усилена. В этом случае человек проявляет сильно выраженные качества экстраверта, он решительно вмешивается в любую ситуацию, быстро меняя ее. Именно такова Скарлетт.〔中略〕Тот, у кого усилена первая, программная функция, — глубоко погружен в себя, постоянно занят своими мыслями, внешне как бы не реагирует на происходящее. Недаром о таком говорят: «глубокий интроверт», буквально так оно и есть.
言い換えると、主導機能が強められた人は、そのタイプの外向・内向の性質がいっそう強く出るということです。外向型なら状況にすぐ介入して変え、内向型なら自分の考えに深く沈みます。
フィラトワは、反対に創造機能が強められた人は、主導機能とは逆の向きの特徴を帯び、伝統的な心理学で「両向型」と呼ばれる姿になると続けています。つまり、主導機能の強さの程度が、同じタイプの中の個人差を作るという観察です。
タイプ節—状況の主人
タイプ節では、主導機能がそのタイプの知覚の優先順位として書かれます。LSEの主導機能はTe(外向論理)です。フィラトワは、LSEをこう書いています。
主導機能が人間の知覚における優先順位を特徴づけるということについては、私たちはすでに何度も述べてきた。LSEというタイプの代表者にとって、それは周囲にある現実の事物の世界であり、その中で彼は自分が状況の主人であると感じる。この資質は通常、実り豊かに働く能力として現れ、そのためには良い道具が非常に重要である。道具の質によって仕事をうまくやり遂げられるかどうかが決まるため、これは彼にとって大きな価値を持つ。労働の組織化における無秩序、雑に作られた物は、彼にとって耐え難いものである。
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Мы уже не раз говорили о том, что программная функция характеризует приоритеты в восприятии человека. Для представителя психотипа ЛСЭ — это мир окружающих реальных предметов, в котором он чувствует себя хозяином положения. Как правило, это качество проявляется в умении плодотворно работать, а для этого очень важны хорошие инструменты. Это для него — большая ценность, поскольку от качества инструмента зависит возможность хорошо делать дело. Для него невыносимы любая бестолковость в организации труда, небрежно сделанная вещь.
LSEは、身の回りの現実の物の世界で、自分が状況の主人だと感じるタイプとされます。その資質は、よく働く能力として現れ、そのために良い道具をとても大事にします。
ここで「主導機能が知覚の優先順位を特徴づける」と言い直されているのは、最初に見た「注意の優先方向」と同じことです。主導機能の要素が、そのタイプにとって何が耐えがたいか(無秩序、雑な物)まで決めるところまで書いているのが、フィラトワのタイプ節の特徴です。
小括します。フィラトワの主導機能の記述の軸は、3つです。第一に、注意の優先方向としての定義です。主導機能が何に注意を向けるかを決め、創造機能が結果の出し方を決めます。
第二に、タイプの極を決める機能としての役割です。主導ブロックの2つは外向と内向に分かれ、外向か内向か、合理か非合理かは主導機能で決まります。
第三に、主導ブロックの強化による個人差です。主導機能が強められた人はそのタイプの性質がいっそう強く出る、という観察は、ほかの研究者にはない彼女の持ち味です。
08イェルマークの記述
ウラジーミル・イェルマークは、モデルAをシステム論の語彙で組み直した研究者です。8位置に固有の名と、情報処理のパラメータ(経験・規範・状況・時間)の数による次元を与えました。主著『人を理解することを学ぶには』では、主導機能を「機能1」と呼び、その働きをインテリジェンス(知性)と名づけています。番号は現行と同じです。
この章では、イェルマークが主導機能を、管理の向き、時間のパラメータ、そして「人格のイデオロギー」の3つからどう書いたかを見ます。
起源と結果—自我ブロックの中の主導機能
イェルマークは、ブロックの中の2つの機能を、管理を出す側と受けて実行する側に分けています。
管理ブロックには、より低い次元の機能が置かれ、執行ブロックには、より高い次元の機能が置かれる。(中略)社会的活動のスーパーブロックのブロックでは—より高い次元の機能からより低い次元の機能へ起こる(モデルでは—1 → 2、3 → 4)。それゆえ機能1、3、5、7は 起源 と呼ばれ、機能2、4、6、8は—結果(執行的)と呼ばれる。
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Одной из особенностей системной структуры психики, вытекающей из принципа управления, является соотношение размерностей психических функций в блоках и суперблоках. Так, в управляющих блоках расположены функции меньшей размерности, в исполнительных — большей. Передача управления в блоках суперблока индивидуальной жизнедеятельности (УИа]) происходит от функции меньшей размерности к функции большей размерности (в модели — 5=6, 7=8), а в блоках суперблока социальной жизнедеятельности (Мета) —- от функции большей размерности к функции меньшей размерности (в модели — 1=2, 3=4). Поэтому функции 1, 3, Зи 7 называются исходными, а функции 2, 4, би8- результирующими (исполнительными).
言い換えると、メンタルの側のブロックでは、管理は次元の高い機能から低い機能へ伝わります。イェルマークの用語では主導機能(機能1)が起源で、創造機能(機能2)はその結果を実行する側だということです。
つまり、イェルマークの枠では、主導機能は自我ブロックの中で決定を出す機能です。ブカロフが主導機能を4次元の最上位に置いたこと(05章)を、イェルマークは管理の向きとして書き直していると読めます。
時間のパラメータ—昨日・今日・明日
イェルマークは、主導機能と創造機能の違いを、時間のパラメータを持つかどうかで説明しています。直前で、イド(機能7・8)は、慣れた条件のもとで働く「技術的」プログラムの集まりだと書かれます。それとの対比で、イェルマークはこう書いています。
自我ブロックは、ある意味で創造的なブロックである—理解し、考え、「技術的」プログラム(時間パラメータを持つ機能1)を求めるのは、任意の時間で可能である—「昨日」(「某世紀の様式で」)、「今日」(現実時間)、「明日」(未来主義的アプローチ)で。しかし、考案されたものを「創造」できるのは、時間パラメータの固定化(時間軸上の点)の条件下でのみである(機能2は時間パラメータから独立)。
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В отличие от сказанного, блок ЭГО является, в определённом смысле, творческим блоком — осмысливать, думать, искать “технологическую” программу (функция 1, имеющая параметр времени) можно в любом времени — “вчера” (“в стиле такого-то века”), “сегодня” (реальное время) или “завтра”’(футуристический подход), но “сотворить” задуманное, можно только при условии фиксации (точка на шкале) параметра времени (функция 2, независима от параметра времени).
つまり、主導機能は時間のパラメータを持つので、昨日の様式でも今日でも明日を見越してでも考えられるということです。一方、考えたものを形にする創造機能は、時間のパラメータを持ちません。形にするときには、時間軸の上の1点に固定することが要るとされます。
ここで主導機能の4番目のパラメータは、過去・現在・未来のどこにでも考えを置ける力として書かれています。ブカロフが同じ4番目のベクトルを「グローバル性」と呼んだのに対し(05章)、イェルマークはそれを「時間」と呼びます。この違いは、14章で扱います。
人格のイデオロギー—自我ブロックは目立つ
日常の課題は、イェルマークの枠では、イドが意識されないまま自動的に片づけます。新しい課題、自分の枠を超える課題になってはじめて、メンタルの側へ上がってきます。イェルマークは、そのときの自我ブロックの現れをこう書いています。
知的創造、すなわち執行ブロック2の機能は、通常、目立つ—解決を求めて人は声に出して論じうる(同定の過程で、これを依頼することすらできる—そうすれば「インテリジェンス」(機能1)の働きが目立つようになる)。(中略)そうした思考と創造の原則のシステムは 人格のイデオロギー と呼ばれ、心のTIMモデルの構造では執行ブロック2(自我)で表される。
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А вот интеллектуальное творчество — функционирование исполнительного блока 2, как правило, заметно: в поисках решения человек может рассуждать вслух (в процессе идентификации его можно даже попросить об этом -— тогда будет заметна работа “интеллекта” (функция 1)〔中略〕Такая система принципов мышления и творчества носит название идеологии личности ив структуре модели ТИМ психики представлена исполнительным блоком 2 (ЭГО).
上の引用にある執行ブロック2は、イェルマークの用語で自我ブロックのことです。言い換えると、自我ブロックの働きは外から目立ち、そこにその人の考え方と創造の原則、つまり「人格のイデオロギー」が表れるということです。
イェルマークは、タイプを見分ける面談で解決を声に出して論じてもらえば「インテリジェンス」(機能1)の働きが見えてくる、と書いています。主導機能を観察する方法を、ここで具体的に示していることが分かります。
省いた箇所では、見つけた解決の実現(機能2)は言葉の形をとり、コミュニケーションの中で明示的に現れる、と書かれています。つまり、会話の中で言葉としてはっきり出てくるのは創造機能の側で、主導機能は論じる過程の中で見えてくる、という区別です(16章)。
省いた箇所では、そのイデオロギーは、重要な場面で信念や原則や宣言の形で言葉にされることがある、とも書かれています。ストラティエフスカヤの「基本的価値、基本的課題と目的の機能」(06章)と、同じ領域を、価値と言葉の両方の面から書いた記述です。
イェルマークは、イドで片づかない問題も自我ブロックが引き受けると書いています。イドに作業プログラム(機能7)がなければ機能1がそれを「考案」し、道具一式(機能8)がなければ機能2がそれを「創造」する、という対応です(13章)。
また、外的な禁止で自我ブロックが塞がれると、人は自分の考えではなく社会の規範から出発して反応せざるをえなくなる、とも書いています。イェルマークはこれを「超自我型の歪み」と呼び、主導機能を出せない状態を、モデルの上の歪みとして扱っています。
小括します。イェルマークの主導機能の記述の軸は、3つです。第一に、起源としての位置づけです。主導機能は自我ブロックの中で決定を出し、創造機能がそれを実行します。
第二に、時間のパラメータです。主導機能は過去・現在・未来のどこにでも考えを置けますが、創造機能は形にするために時間の1点に固定します。
第三に、人格のイデオロギーとしての現れです。自我ブロックは外から目立ち、そこに考え方の原則が表れ、それを出せない状態は「超自我型の歪み」になります。
09カルペンコの記述
オリガ・カルペンコは、キエフの国際ソシオニクス研究所でブカロフとともに活動してきた研究者です。機関誌の論文で、主導機能を「第1機能」と呼び、4次元であることから多くを説明しています。番号は現行と同じです。
常に4次元—議論の要らない機能
カルペンコは、機能の次元数を論じた論文で、第1機能についてこう書いています。
第1機能は常に四次元である。この機能をめぐって議論する必要はない。同一タイプの相手とは常に相互理解に達することができるし、他のすべてのタイプ(この機能の次元数が異なるタイプ)は全体の絵の一部しか見ていない—彼らの見方は全体構造と矛盾するのではなく、その特殊事例にすぎないのだから。
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Первая функция всегда четырехмерна. Не надо спорить по этой функции, потому что с тождиком всегда можно прийти к взаимопониманию, а все иные типы (с иной размерностью этой функции) видят лишь часть общей картины, их взгляд не противоречит общей структуре, а является только частным случаем.
言い換えると、主導機能の要素については全体の絵が見えているので、同じタイプどうしなら必ず分かり合え、ほかのタイプの見方はその絵の一部にすぎないということです。カルペンコは、だからこの機能をめぐって議論する必要はない、と書いています。
省いた続きでは、2番目以降の機能はこのグローバルな絵の一部しかとらえず、次元数は脆弱機能の1次元、つまり「はい」か「いいえ」の一点まで減っていく、とされます。主導機能を全体、ほかの機能をその部分として並べる書き方です。
語るのは容易ではない—圧縮された情報
ですが、全体が見えていることは、それを語れることとは別だとカルペンコは書いています。
第1機能のアスペクトについて語るのは、それほど容易ではない—情報があまりに畳み込まれ、圧縮されていて、いくらか常識的な時間内にはとても展開しきれないのだ。だから私たちはたいてい、大きな塊を陰に残したままにする。
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Об аспектах первой функции говорить не так уж легко — слишком свернута, спрессованна информация, ее просто не успеть развернуть за сколько-нибудь разумное время. Поэтому мы чаще оставляем больший кусок в тени
つまり、主導機能の情報は畳み込まれ圧縮されているので、普通の時間ではとても展開しきれないということです。そのため、たいていは大きな塊を語らずに残したままにする、とされます。
レイニンがESIの主導機能を「貧弱にしか言語化されていない」と書いた観察(04章)と、同じ向きです。最も多く知っていることが、最も語りにくいという逆説は、カルペンコが別の論文「第4機能について」で、脆弱機能の情報を「最も完全に言語化可能」とも書いていることの裏側です。
枠を乗り越える—包括的な性格
カルペンコは、4次元であることの働きを、別の論文でこう書いています。
第1機能の四次元性はその包括的な性格を与え、その持ち主に、対応するアスペクトにおいて、状況や規範、さらには個人的経験が課す枠や制限を乗り越えることを可能にする。(中略)この機能の四次元性は、世界の慣れ親しんだ幾何学を「引き裂き」、新しい地平を開き、アイデアと発見と予見を贈り届ける。
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Четырехмерность первой функции задает ее всеобъемлющий характер, дает возможность ее обладателю преодолеть по соответствующему аспекту рамки и ограничения, налагаемые ситуацией, нормами и даже личным опытом.〔中略〕Четырех- мерность этой функции «разрывает» привычную геометрию мира, открывает новые горизонты, дарит идеи, открытия и предвидения.
カルペンコの書き方では、主導機能は状況や規範や個人的経験が課す枠を乗り越えることができ、それが新しいアイデアや発見をもたらすとされます。慣れた幾何学を「引き裂き」新しい地平を開く、という強い言い方が使われています。
つまり、4次元の働きは、ただ多くを知っていることではなく、ほかの3つのパラメータの制限を外せることとして書かれています。ブカロフが「グローバルに、統合的に思考できる」と書いた働き(05章)を、カルペンコは制限を外す働きとして書いていることが分かります。
自分を否定する構えでは、主導機能でも自信を失う
一方、カルペンコは、主導機能がいつも自信をもって働くとは限らないことを、構えの理論で書いています。構えとは、心理学者エリック・バーンの交流分析に由来する考え方で、「私」「あなた」「彼ら」のそれぞれを肯定(+)で受けとめるか否定(−)で受けとめるかのことです。カルペンコは、「私」の構えを第1機能に結びつけています。
たとえば、ごく日常的な状況で、構え「私−」の(LSE)が、突然、電気スタンドの電球の交換を拒む。いわく、「何が起きるか分からないし、そもそも私はこの電気というものが分からないんだ。誰かほかの人がやってくれ」。(中略)つまり、私たちの観点からはその人のエキスパート領域であるはずの、彼の第1機能の領域で、彼は突然、思いがけない自信のなさを示すのである。
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Например, во вполне бытовой ситуации (ЛСЭ) с установкой «Я–» вдруг отказы- вается поменять лампочку в настольной лампе, дескать, «мало ли, я вообще этого электриче- ства не понимаю, пусть кто-нибудь другой это сделает».〔中略〕То есть, в той зоне, которая, с нашей точки зрения, является экспертной для человека, зоной его 1-й функции, он прояв- ляет вдруг неожиданную неуверенность.
上の引用にある構え「私−」は、自分を否定する構えのことです。言い換えると、自分を否定する構えの人は、本来は得意なはずの主導機能の領域でも、思いがけない自信のなさを示すということです。
例のLSEの主導機能はTe(外向論理)で、電球の交換のような実務はその領域にあります。カルペンコは、タイプの強さと、そのとき本人が感じている自信は別の水準で決まると読んでいます。ブカロフの、状況しだいで主導機能が主導権を譲る例(05章)と並べて読めます。
監督関係—主導機能は大きすぎる道具
主導機能の大きさは、関係の中で問題にもなります。カルペンコは、4人の小集団(「円錐」型グループ)の観察で、監督関係をこう書いています。
課題の解決そのものを見つけ出すのは被監督者である。そのために必要な道具を持っているのはまさに彼であり、その道具とは—彼の第1機能である。しかし、この強力な道具は、具体的な課題の解決にはあまりに大きすぎる。(監督の恒常的な状況: 「私は安全ピンを頼んだのに、君は鉄鉱石の列車を丸ごと転がしてきた—そんなもの、私に何の用だ?! それで私に何をしろと?!」)。監督者は、被監督者からの直接の情報を理解する力がない。呑み込むことができない—大きすぎる。ということは、消化できる状態にない。
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Само решение задачи находит подревизный, именно он обладает необходимым инструментом для этого, и инструмент этот — его 1-я функция. Но мощный этот инструмент слишком велик для решения конкретных задач. (Постоянная ситуация ревизии: «я просил английскую булавку, а ты прикатил эшелон железной руды — зачем мне она?! что я с ней буду делать?!»). Ревизор не в силах понять прямой информации от подревизного, не может проглотить — слишком велика, а значит не в состоянии переварить.
言い換えると、監督される側の主導機能は課題を解く強力な道具だが、監督する側にとっては大きすぎて受け止めきれないということです。カルペンコは、機能の次元数が最も大きな役割を果たすのはこの関係だ、と書いています。
モデルAの配置では、監督される側の主導機能の要素は、監督する側の創造機能(2番)に入ります。例えば、ILEが監督するLSIでは、LSIの主導機能のTi(内向論理)がILEの創造機能に入ります。つまり、4次元で出したものを3次元で受け取るという釣り合いの悪さです。反対に、監督する側の主導機能の要素は、監督される側の脆弱機能(4番)に入ります。ブカロフが双対と活性化の違いを次元の釣り合いで説明したこと(05章)と、同じ考え方です。
小括します。カルペンコの主導機能の記述の軸は、3つです。第一に、常に4次元で、全体の絵が見えているという定義です。同じタイプとは分かり合え、ほかのタイプの見方はその部分になります。
第二に、圧縮されていて語りにくいという観察です。全体が見えていることと、それを言葉で展開できることは別だとされます。
第三に、主導機能の強さは条件で変わるという見方です。自分を否定する構えでは主導機能の領域でも自信を失い、監督関係では相手にとって大きすぎる道具になります。
10グレンコの記述
ヴィクトル・グレンコは、キエフで「人道主義ソシオニクス」学派を主宰する研究者です。
読むときの注意です。グレンコの体系(モデルG)の位置の名と番号は、モデルAと一部しか対応しません。主導機能に入る要素は、モデルGでは第1「指令機能」に置かれ、ここは番号も要素も一致します。
この章では、指令機能の定義、エネルギーの配分、自我ブロックの書き方、そして第一機能の現れ方についての留保を取り上げます。
指令機能—チームのキャプテン
グレンコは、モデルGの8位置のうち第1「指令機能」を、こう定義しています。
指令機能 ― 主導的、安定的、外的。チームの「キャプテン」、意思決定と資源配分の機能。報酬を通じて管理する。
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Command function — leading, stable, external. « Captain » of the team, the function of decision- making and resource allocation. Manages through rewards.
つまり、グレンコは主導機能を、チームの先頭に立ち、意思決定と資源の配分を行い、報酬で人を動かす機能として書いています。「主導的、安定的、外的」という3つの性格づけも添えられています。
アウシュラが、主導機能には聞く人と従う人が必要だと書いたこと(03章)を、グレンコは集団の中の役割として定義し直していると読めます。
エネルギー最大—指令と顕示
エネルギーの配分では、指令機能は顕示機能と対になります。グレンコは、こう書いています。
指令(1)と顕示(5) ― エネルギー最大機能。エネルギー的に強力で、社会の対象の総エネルギー消費量のうち獅子の取り分を保有する。
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Command (1) and Demonstrative (5) — Energomaximum functions are energetically strong, possess the lion’s share of the total energy consumption of the socionic object;
上の引用にある社会の対象は、集団の中のそのタイプのことです。言い換えると、指令機能と顕示機能は、そのタイプが使うエネルギーの大部分を持っているということです。グレンコは、この2つを「エネルギー最大」の対と呼んでいます。
モデルGの顕示機能(5)には、モデルAで創造機能に入る要素が置かれます。例えば、ILEの指令機能はNe、顕示機能はTiで、モデルAの自我ブロックの2つの要素がそのまま入っています。つまり、モデルAで最も強い自我ブロックは、モデルGでもエネルギー最大の対としてまとめられていることが分かります。
自我ブロック—「知る」のブロック
『64の肖像』の用語集で、グレンコは4つのブロックを強さと分化の2軸で書き分けています。自我ブロックについては、こう書いています。
自我ブロックは、最も強力で分化した二つの機能から成ります。社会問題の解決ブロック、ならびにソシオタイプ(当サイトでいうタイプ)の社会への拡張ブロック(「知る」ブロック)。
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The ego block consists of two of the most powerful and differentiated functions: the block of solving social problems, as well as the block of expansion of the sociotype into society (the “know” block).
言い換えると、自我ブロックは最も強く最も分化した2つの機能からなり、社会の問題を解き、そのタイプを社会へ広げるブロックだということです。グレンコは、これを「知る」のブロックと短く呼んでいます。
ユングの分化の語(02章)とアウシュラの「分化されて」知覚される情報(03章)が、グレンコでは強さと並ぶもう1つの軸として使われています。主導機能は、強さでも分化でも最も上にある側に入ります。
第一機能でさえ常には発揮されない
一方、グレンコは、主導機能がいつも表に出ているわけではないことにも触れています。双対化の場面を説明する箇所で、こう書いています。
加えて、各人が各機能状態にどれだけの時間を割けるかという問題もあります。第一機能でさえも、永続的に発揮されるわけではないこともあります(ただし経験を積めば、各タイプが世界を見るために用いるこの「価値のプリズム」を確実に見ることができるようになるでしょう)。
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Additionally, there is also the matter of the different amounts of time each person is able to devote〔中略〕to each functional state — even the first function can be exhibited not persistently (however, with experience you will certainly see this “prism” of values each type uses to see the world).
つまり、第一機能でさえ、いつも発揮されているわけではないが、経験を積めばそのタイプが世界を見る「価値のプリズム」として見分けられるということです。各機能の状態にどれだけの時間を割けるかは人によって違う、と前置きされています。
上の引用の直前では、準双対の相手とは第一機能による双対化は起きるが、次の段階で驚きに出会う、と書かれています。グレンコは、主導機能を行動の量ではなく、世界の見方の型として見分けることを勧めていると読めます。
小括します。グレンコの体系では、主導機能の要素はモデルGの指令機能に置かれ、番号も一致します。チームのキャプテンとして意思決定と資源の配分を担い、顕示機能と組んでエネルギー最大の対をなします。
また、自我ブロックは最も強く最も分化した「知る」のブロックと定式化され、主導機能はいつも表に出ていなくても価値のプリズムとして見分けられる、とされています。
11その他の論者の記述
主要な研究者章に収まらない論者の記述を、この章にまとめます。取り上げるのは、イェルマークの体系を継ぐシステム・ソシオニクス学派のエグリトです。エグリトは主導機能を「基底機能」と呼び、自分の観察を一人称で書いた文章を学派のサイトに公開しています。原文はロシア語で、引用は当サイトの訳です。
時間の一瞬への結びつき
エグリトは、4次元の機能を見分ける手がかりを探す中で、第1機能と時間の関係に目を向けています。
では、何なのか。第1機能の働きを、ほかのすべての機能から分けているものは何なのか。(中略)そもそも4番目の次元とは、時間のパラメータである。(中略)だが、第1機能では響きが違う。結びつきはある。だが、それは「時間の一瞬」への結びつきである。たいていは、こう言い表される。「いまこの時点では、こうだ」。この時点とは何なのか。そして、なぜ別の時点ではまったく違いうるのか。
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Что? Что же отличает работу первой функции от всех остальных?〔中略〕Ведь четвертая размерность — это параметр времени.〔中略〕Но в первой функции звучание другое. Есть привязка, но привязка к «моменту времени». Обычно озвучивается так: «В данный момент это так». Что это за данный момент? И почему в другой момент может быть совсем иначе?
つまり、主導機能が時間と結びつくのは、未来や過去へ考えを移すことではなく、「いまこの時点では、こうだ」という一瞬への結びつきとしてだということです。エグリトは、その時点が「いま、ここ」の時点ではないかと続けています。
イェルマークは4番目のパラメータを時間とし、主導機能は昨日でも今日でも明日でも考えられると書きました(08章)。エグリトはその「時間」を、記憶や空想ではなく、判断が結びつく一瞬として観察し直しています。
記憶の一コマ
エグリトは、この一瞬への結びつきを、自分の記憶の体験から書いています。
何かの物がどこにあるかと聞かれると、私はそれを最後に見た瞬間と、見た場所を正確に思い出す。なぜだろうか。母は私をポルカンと呼んでいた。家の誰よりも早く、なくした物を見つけ出したからである。私はただ、最後の一枚の絵、探している物を見たあの瞬間を、はっきり見る。ほかの人はそれを覚えていないが、私は覚えている。その一コマは鮮明で、くっきりしていて、まさに一瞬として、閃光として固定されている。
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Почему, когда меня спрашивают, где лежит какой-то предмет, я точно вспоминаю последний момент, когда я его видела и то место, где я его видела? Мама меня называла Полканом, потому что лучше всех в доме быстро находила потерянную вещь. Я просто четко вижу последнюю картинку, тот момент, когда видела объект поиска. Но другие его не помнят, а я помню. Кадр четкий, ясный, зафиксирован именно как момент, вспышка.
エグリトが書いているのは、探している物を最後に見た瞬間が、写真の一コマのように鮮明に残っているという体験です。母親から犬によくある名前で呼ばれるほど、なくした物を早く見つけた、という本人の話です。
エグリトは、これを自分の基底機能の働きと結びつけ、基底機能では時間の一瞬が写真の一コマのように記憶に固定されるという仮説を立てています。アウシュラが主導機能について書いた「絶対的記憶」(03章)を、本人の体験から確かめ直した記述と読めます。
指揮者—3つの次元を1つに
エグリトは、別の思索家の著書にある、活動の「水準」の区分を読んだことをきっかけに、主導機能の4次元をとらえ直しています。1次元は信号への反応、2次元は良い/悪いの評価、3次元は創造にあたる、とまず並べたうえで、こう書いています。
そして4番目の次元のほうは、私が以前から疑っていたとおり、まさにすべてを1つの全体へ結びつけること、ユニゾンで響かせることである。(中略)4次元の機能はすべてを結びつける。3つの次元すべてを結びつけ、その響きを釣り合わせる。私たちはいつも言ってきた。4次元の機能は規範を決して捨てない。規範を常に考慮に入れる。だが同時に状況性も考慮に入れ、経験を価値ある体験として書き留め、結論と思考においてはこの台座全体に拠って立つ。それでいて、全体は部分の和ではない。(中略)基底機能は、オーケストラの指揮者である。
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А вот четвертая — это, как я уже давно подозреваю, именно соединение всего в единое целое, звучание в унисон.〔中略〕Четырехмерная функция все соединяет, соединяет все три размерности и уравновешивает их звучание. Ведь мы всегда говорили, что четырехмерная функция никогда не отказывается от норм, она их всегда учитывает, но она же и ситуативность учитывает, и опыт фиксирует как ценностное переживание, и опирается она в своих выводах и в своем мышлении на весть это пьедестал, но при этом целое не есть сумма частей.〔中略〕Базовая функция — это дирижер оркестра.
エグリトの考えでは、主導機能の4次元は、ほかの3つの次元の足し算ではなく、それらを同期させて1つの響きにすることです。規範も状況も経験も捨てずに、すべてを踏まえて考えるのが4次元の機能だと書いています。
エグリトの結論は、「基底機能は、オーケストラの指揮者である」です。カルペンコが、主導機能はほかの3つのパラメータの枠を乗り越えると書いたこと(09章)を、エグリトは枠を外すのではなく、全部をそろえて鳴らすことと言い直しています。
小括します。エグリトは主導機能を「基底機能」と呼び、判断が結びつく「いま、ここ」の一瞬、写真の一コマのように残る記憶、3つの次元を同期させる指揮者として書いています。
いずれも一人称の観察と仮説として示されたもので、エグリト自身も確定した説としては書いていません。4次元を時間とするイェルマークの定式を、体験の側から確かめようとした文章です。
12研究者間で残る中核と食い違い
この章は、03〜11章の研究者別の記述を、当サイトの責任で突き合わせます。新しい引用は置かず、研究者を横断して残る中核、差の所在、差の由来の仮説の順に進み、最後に誰が何と言ったかを名指しで並べます。小括は、この章では置きません。
研究者を横断して残る中核
第一に、その要素については、最も多く、自然に、考える前に分かっていることです。アウシュラ(既製の情報、絶対的記憶)、ストラティエフスカヤ(緊張なく吸収、生まれつき知っているかのよう)、カルペンコ(全体の絵が見えている)がこれを書いています。
一般像の「考える前にもう分かっている」(01章)は、主要な研究者に共通する観測です。ブカロフの「グローバルに、統合的に思考できる」とイェルマークの「インテリジェンス」も、同じ領域を理論の語彙で書いたものと読めます。
第二に、その人の価値そのもので、譲らず、侵されると守ることです。アウシュラは「最も大切にしているもの」「頑強に守る」と書き、レイニンは存在の原理と、それを攻撃されたときの攻撃的な反応を書いています。ストラティエフスカヤ(論破できない、譲歩の限界)とイェルマーク(人格のイデオロギー)も同じ側に並びます。
語彙は違いますが、主導機能を価値と自己の中心に置く点は、ほぼすべての研究者に共通します。グレンコの「価値のプリズム」も、同じ線上にあります。
第三に、本人には自覚されていながら、言葉にはしにくいことです。アウシュラは「自覚化されて」いると書き、ストラティエフスカヤは「息をしている空気」のように気づかないと書きます。レイニン(ESIの主導機能は貧弱にしか言語化されない)とカルペンコ(圧縮されていて展開しきれない)は、言葉にしにくさをはっきり書いています。
つまり、意識の側の機能でありながら、あまりに当然で、内容が詰まりすぎているために説明しにくいということです。この2つは矛盾せず、同じ観測の両面として書かれています。
第四に、4次元、つまり参照できる情報の幅が最も大きいことです。ブカロフ(グローバル性)、イェルマーク(時間)、カルペンコ(全体と枠の乗り越え)、エグリト(3つの次元の同期)がこれを書いています。
ただし、この4者はキエフ系とその継承で重なりが大きく、独立した観測とは数えられません。同じ定式が、学派の中で繰り返し言い直されているということです。
第五に、自分の外へ、他者と社会へ向かうことです。アウシュラ(他者に関心をもち、聞く人と従う人を必要とする)、ブカロフ(社会へ情報を発する)、グレンコ(チームのキャプテン)がこれを書いています。主導機能は自分の中の確信であると同時に、人に向けて出ていく機能としても書かれています。
差の所在
第一に、差は4番目の次元の中身に集中しています。ブカロフとカルペンコはそれをグローバル性(全体)、イェルマークは時間(過去・現在・未来に考えを置けること)、エグリトは「いま、ここ」の一瞬への結びつきと3つの次元の同期として書きます。同じ「4次元」の語の下に、全体・時間・統合という3つの読みが並んでいます。
第二に、主導機能の強さが条件で変わるかどうかです。アウシュラ、レイニン、ストラティエフスカヤは、主導機能を揺るがない確信として書きます。
一方、ブカロフは動員状況で主導権を取られる例と、中身が遅く満たされることを書いています。カルペンコ(構えしだいで自信を失う)、グレンコ(いつも発揮されるわけではない)、フィラトワ(強められる程度に個人差がある)も、同じ強さがいつも出るわけではないことを書いています。
第三に、関係の中での主導機能の扱いです。双対で自分の主導機能が相手の暗示機能に入ることは研究者の間で共通しています。ですが、ブカロフはそれを4次元の発信と4次元の受信の釣り合いとして書き、イェルマークは4次元の情報が1次元の受信に過負荷を作りうることとして書いています。
つまり、同じ双対の組み合わせが、一方では釣り合いの良さの根拠、他方では負担の源として説明されます。ブカロフは活性化の過負荷を、カルペンコは監督の過大を書いており、次元の差を関係の負担の説明に使う点は共通しています。
第四に、名称と語彙です。アウシュラ、レイニン、ブカロフ、カルペンコは第1機能と呼びます。ストラティエフスカヤとフィラトワはプログラム機能、イェルマークはインテリジェンス、グレンコは指令機能、エグリトは基底機能と呼びます。
ただし、脆弱機能のときと違い、名前が別の位置を指してしまう衝突はほとんどありません(16章)。語彙の差は、書く面の違いです。アウシュラは情報の量と質、レイニンとストラティエフスカヤは存在と価値、フィラトワは注意と目的の面から書きます。ブカロフ、イェルマーク、カルペンコは次元とパラメータ、グレンコは役割とエネルギーの面から書いています。
差の由来についての仮説
当サイトの推測として、差の由来は3つ考えられます。第一に、観測の場面です。相談と関係論の文脈で書く研究者(ストラティエフスカヤ、レイニンの心理療法の記述)は、主導機能を譲れない確信として書きます。一方、診断と集団の観察の文脈で書く研究者(ブカロフ、カルペンコ、グレンコ)は、条件しだいの出方を書く、という違いです。
第二に、4次元の定式の出どころです。ブカロフの次元性は情報の幅を、イェルマークのパラメータは管理の変数を数えるところから始まりました。エグリトはイェルマークの「時間」を体験から確かめようとし、別の思索家の「水準」の区分を借りて言い直しています。そのため、同じ「4次元」が、出発点の違う3つの説明として残ったと読めます。
第三に、モデルの対象です。グレンコはエネルギーと集団の役割を、ほかの研究者は情報と個人の確信を対象にしています。つまり、同じ要素の同じ場所を、別の量で記述しているということです。
誰が何と言ったか
- アウシュラは、主導機能(第1機能)を「最も強く、自覚化されており、アクセプトな機能」と定義しました。情報は最も多く最も深く、分化して知覚され、本人が気づかないほど速く処理されて「既製の情報」のように感じられる位置です。そのうえで、最も大切にしているもの、誰にも従わない領域、他者へ向かい聞く人と従う人を必要とする機能として書き、良い教養を機転のきいた助けに置きました。
- レイニンは、主導機能(第1機能)を「人格組織化のレベル、または存在の原理」と呼び、「良い」の語でラベルを付けました。保守的でほとんど変わらず、タイプごとに「〜ゆえに我あり」の中身が違います。否定には攻撃で応え、意見は聞き流しますが、肯定は必要とし、暗示機能(第4機能)への働きかけの入口になるとしています。
- ブカロフは、主導機能を4次元、つまり経験・規範・状況に加えてグローバル性を参照し、全体として評価して統合的に考える位置と整理しました。そのうえで、社会へ情報を発する機能に分類し、双対と活性化の違いを次元の釣り合いで説明しています。講演録では、自我ブロックの中身は最後に満たされること、動員状況では別の人の観察機能に主導権を譲ることを実例で書いています。
- ストラティエフスカヤは、主導機能を「プログラム機能」と呼び、省庁の「立法機関」「長官」として定義しました。その情報は緊張なく吸収され、誰にも論破されず、人から教えられると腹立たしく滑稽です。原則的で揺るがない最後の一線で、譲歩の限界を決めるとし、自我は息をしている空気のように気づかれないと書いています。
- フィラトワは、主導機能を「プログラム機能」と呼び、注意の優先方向を決める機能としました。創造機能(実現機能)と組んで主導ブロックをなし、2つは必ず外向と内向に分かれ、タイプの外向・内向と合理・非合理は主導機能で決まります。主導機能が強められた人はそのタイプの性質がいっそう強く出る、という個人差の観察もあります。
- イェルマークは、主導機能を「機能1」、その働きを「インテリジェンス」と呼び、自我ブロックの中で決定を出す起源に置きました。4番目のパラメータを時間とし、主導機能は過去・現在・未来のどこにでも考えを置けるとしています。自我ブロックは外から目立ち、「人格のイデオロギー」が表れるとも書いています。
- カルペンコは、主導機能を常に4次元で、全体の絵が見えている機能と書きました。同じタイプとは必ず分かり合え、ほかのタイプの見方はその部分にすぎません。その情報は圧縮されていて語りにくく、枠を乗り越えて新しい地平を開きます。自分を否定する構えでは主導機能の領域でも自信を失い、監督関係では相手にとって大きすぎる道具になるとしています。
- グレンコは、主導機能の要素をモデルGの指令機能に置きました。チームのキャプテンとして意思決定と資源の配分を担い、顕示機能と組んでエネルギー最大の対をなします。自我ブロックを「最も強力で分化した」「知る」のブロックと書き、主導機能はいつも表に出ていなくても「価値のプリズム」として見分けられるとしています。
- エグリトは、主導機能を「基底機能」と呼び、「いま、ここ」の一瞬への結びつき、写真の一コマのような記憶、3つの次元を同期させる指揮者として書きました。いずれも一人称の観察と仮説です。
13規範・暗示・観察の各機能との比較
この章では、主導機能を、配置の公理による導出対である3つの位置—規範機能、暗示機能、観察機能—と比べます。3つとも、主導機能と要素の決まり方が直接つながっている位置です。
導出の公理では、規範機能は主導機能の側面を反転して指向を保った要素、暗示機能はさらに指向を反転した要素、観察機能は主導機能と同じ側面で指向を反転した要素です。公理の形で書くと、次のとおりです。
- 主導機能(1番)は自我ブロック・メンタルリングに属し、3標識は「強・メンタル・受容」です。
- 配置の公理による導出対: 側面反転・指向維持=規範機能(3番)/側面反転・指向反転=暗示機能(5番)/側面維持・指向反転=観察機能(7番)。
加えて、同じブロックの相方である創造機能との対比を置きます。新しい引用は比較に要るものだけにとどめ、研究者章で引いた記述は章番号で参照します。
規範機能との比較—3標識では強弱だけが逆
規範機能と主導機能は、どちらもメンタルリングの受容側で、3標識のうち違うのは強弱だけです(要素は側面が反転します)。例えば、ILEの主導機能はNe、規範機能はSeです。
関係の面では、自分の主導機能の要素が相手の規範機能に入るのは、超自我関係と協力関係です。カルペンコは、超自我関係を、極性という結びつきでこう書いています。
かくして、超自我関係は、極性の状況に完全に対応する(中略)そしてまさにそれゆえ、この関係は、遠い距離ではあれほど魅力的であり、密接な協働では非構築的なのである。なぜそうなるのか、なぜ非構築的なのか。一方の極の活性化、たとえば一方のタイプにおける第1機能の活性化が、他方のタイプにおける第1機能の抑制へと導くからである。
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Таким образом, отношения суперэго в полной мере соответствуют ситуации полярности〔中略〕И именно поэтому они так притягательны на большой дистанции и неконструктивны при тесном сотрудничестве. Почему это происходит, почему они неконструктивны? Потому что активизация одного полюса, например, первой функции у одного типа, приводит к подавлению первой функции у другого.
カルペンコの説明では、超自我関係では、一方の主導機能が働くと、他方の主導機能が抑えられます。そのため、この関係は遠くからは魅力的でも、近くで協働すると噛み合わない、とされます。
自分の主導機能が、相手には「社会の求めに合わせて使う弱い受容の機能」として受け取られます。つまり、自分の最も確かな領域が、相手にとっては規範として押しつけられる領域になるという組み合わせです。アウシュラが主導機能の良い教養を「他者の評価への否定を粗野に示さないこと」と書いたこと(03章)は、この組み合わせでとくに意味を持つと読めます。
暗示機能との比較—自分が知っていることと、人が知っていること
暗示機能は、主導機能と側面も指向も逆で、3標識では強弱と環(メンタル/バイタル)が逆です(どちらも受容)。例えば、ILEの主導機能はNe、暗示機能はSiです。レイニンは、主導機能と暗示機能(彼の第4機能)の違いを、こう書いています。
第1機能が「私が十分な知識を持つ事柄」に関するものであるのに対し、第4機能は「他の人々が知っていること」に関するものである。ここで人は他者によって導かれる傾向があり、外的な権威に頼る傾向がある。
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While the first function is about "things I have sufficient knowledge about", the fourth function is about "what other people know". Here a person is prone to be guided by others, to lean on external authority.
つまり、主導機能は自分が十分に知っていることの領域、暗示機能は人が知っていることに頼る領域だということです。暗示機能では人は他者に導かれやすく、外の権威に頼る、とされます。
レイニンは、主導機能への肯定的なフィードバックと同時なら、暗示機能への働きかけが受け入れられやすいとも書いていました(04章)。主導機能の確信が満たされていることが、暗示機能を開く条件になるという組み立てです。
関係の面では、自分の主導機能の要素が相手の暗示機能に入るのは、双対関係と準双対関係です。ブカロフはこれを4次元の発信と4次元の受信の釣り合いとして書きました(05章)。一方、イェルマークは『人を理解することを学ぶには』の第8章で、双対の相手の4次元の第一機能からの情報は、1次元の第五機能(暗示機能)にとって多すぎ、過負荷になりうると書いています。
つまり、同じ組み合わせが、ブカロフでは釣り合い、イェルマークでは過負荷として説明されます。暗示機能は1次元とする次元性の一般の割り当てに沿っているのは、イェルマークの書き方です。
観察機能との比較—同じ側面で、意識か背景か
観察機能は、主導機能と同じ側面(感覚/直観/論理/倫理)で指向が逆で、どちらも強い受容側の機能です。違うのは環(メンタル/バイタル)です。例えば、ILEの主導機能はNe、観察機能はNiです。
アウシュラは『機能の理論』で、この位置(彼女の番号では第5機能)をこう書き始めています。
このアスペクトは第1アスペクトに対する恒常的な背景として知覚される。深い認識はなく、このアスペクトは「自分のもの」としてのみ存在すると言ってよい。他者のことはこのアスペクトについてきわめて稀にしか評価しない。あるがままに知覚する。
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Этот аспект воспринимается как постоянный фон при 1 аспекте . Глубокого познания нет , можно сказать , что этот аспект существует только "свой" . Другие по нему оцениваются крайне редко . Воспринимются такими , как они есть .
上の引用にある第1アスペクトは、主導機能の要素のことです。言い換えると、観察機能の要素は、主導機能の要素のいつもの背景として、深く意識されずに受け取られるということです。他者をこの要素で評価することはきわめて稀だ、とされます。
一方、レイニンは同じ位置(彼の第-1機能)を、主導機能の「良い」と対にして「悪い」の領域と呼びます。
無視の領域。ここで個人は不確実性を示す。この現実の部分を人は認識せず、無視する。したがって、その人の心理空間は限られている。この領域の要素が人の生活に明らかになる場合、それらは客観的な悪として知覚される。各類型は現実の特定の部分を無視し、それを意識から閉め出す。通常、それを見ない。
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The area of ignoring. Here an individual demonstrates uncertainty. This part of reality a person does not recognize, he ignores it; therefore his psychological space is limited. If elements of this area become apparent in person’s life they are perceived as objective evil. Each type ignores a certain part of reality, it bars it from consciousness. Usually it does not see it.
つまり、観察機能の要素は、人が認めずに意識から締め出し、それが生活に現れると客観的な悪として受け取る領域だということです。各タイプは現実の特定の部分を無視する、とレイニンは書いています。
アウシュラの「背景」とレイニンの「無視」は、主導機能と同じ側面の情報を、主導機能の向きから外れる側として受け流すという点で同じことを書いています。違うのは評価で、アウシュラは中立に、レイニンは「悪い」の語で書いています。
また、イェルマークは、イドの作業プログラム(機能7)が足りないときには自我の機能1がそれを「考案」すると書いています(08章)。ブカロフの講演録の例では、非常時に動員されたSEIの観察機能(Se)が、SLEの主導機能(Se)を抑えました(05章)。同じ側面の2つの位置は、背景と前景として、ときに入れ替わる関係として書かれていると読めます。
ブロックの相方—創造機能
創造機能と主導機能は同じ自我ブロックにあり、一方は受容、他方は生成です。ユングは主要機能と補助機能を、意識の方向を決める1つと、それと対立しない補助として書きました(02章)。
フィラトワは、主導機能が注意の優先方向を、創造機能が結果の勝ち取り方を決めるとし、2つは必ず外向と内向に分かれると書いています(07章)。イェルマークは、主導機能を決定を出す起源、創造機能をそれを形にする結果とし、主導機能は時間を持ち、創造機能は時間の1点に固定するとしました(08章)。
このように、主導機能は何を目指すかを決める受容の機能、創造機能はそれを外で形にする生成の機能、という対比が、研究者間で共有されています。
小括します。導出対の3つとの比較で見えるのは、3つの読みです。主導機能は、規範機能から見ると同じ受容・メンタルの強い側で、相手には規範として押しつけられることがあります。暗示機能と比べると、主導機能は自分が知っていることの側、暗示機能は人が知っていることの側です。観察機能から見ると、同じ側面の意識される前景です。
また、ブロックの相方である創造機能とは、目的と手段、起源と結果で書き分けられます。いずれも研究者章の記述を並べて得た当サイトの整理で、研究者自身が4つの位置を同時に比較しているわけではありません。
14次元性から見る主導機能
機能の次元性は、各位置が参照できる情報の幅を1〜4次元で記述する、後代の拡張理論です。提唱者はブカロフで、イェルマークがパラメータの定式化を整備しました。
主導機能は4次元とされ、研究者章の多くの記述(グローバルな思考、時間、全体の絵、指揮者)は、この説明の言い換えとして読めます。この章では起源と定義を確認し、主導機能に関わる定義水準の違いを注記します。
起源とベクトル
ブカロフは、次元性の発見とその用途を、こう書いています。
著者によって1990年に発見された、情報代謝機能(心的機能)の情報処理パラメータの次元性 [9] は、人間の思考と行動の特徴、特定の型間関係のニュアンスを正確に記述することを可能にし、国際ソシオニクス研究所のスタッフおよび他のソシオニクス専門家による専門家・コンサルティング業務において実用上の重要な応用を持つ [10, 14]。
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Обнаруженная автором в 1990-м году мерность параметров обработки информации психических функций или функций информационного метаболизма [9], позволяет точно описывать особенности мышления и поведения человека, нюансы конкретных интертипных отношений и имеет значительные практические приложения, используемые на практике в экспертно-консультационной работе как сотрудников Международного института соционики, так и других специалистов по соционике [10, 14].
つまり、次元性は人の考え方や行動、タイプ間の関係の細かな違いを記述する道具として、専門家の相談の実務で使われているということです。ブカロフは、発見を1990年と書いています(文献によっては1989年とも紹介されます)。
ブカロフは、4つの次元を4つのベクトルとして整理しています。
次元性を考慮した情報代謝機能の一般構造を、グローバル性、状況、規範、個人的経験のベクトルによって図的に表されるとおり、思い出しておこう。
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Напомним общую структуру функций информационного метаболизма с учетом мерностей, графически выражаемых векторами глобальности, ситуации, норм и личного опыта.
上の引用にあるベクトルは、判断のときに参照できる情報の種類のことです。主導機能は、この4つ、個人的経験・規範・状況・グローバル性のすべてを持つ唯一のメンタル機能です。
4つの段階—火の理解
ブカロフは、4つの次元が認識の段階として現れることを、火の例で書いています。
認知の過程でこれらの段階を容易に発見できる。最初に現象は個人的経験で認知される ― たとえば石の硬さや火の焼く作用。次にこの現象との取り扱い方の規則が研究され決定され、それは学習の形で伝えられる。さらに、火は多くの方法で効果的に得て使用できることが明らかになり、これは火の本質に関するすでに3次元的な理解である。そしてついに火の完全な習得 ― 火は加熱されたプラズマの一例にすぎないという理解が生まれ、ここでは様々なプラズマ技術、金属加工、様々な分野でのプラズマの応用、プラズマこそ太陽が輝く源であり熱核反応炉が動作しうる源だという理解が生まれる。
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В процессе познания легко обнаружить эти этапы. Вначале явление познается на личном опыте — например твердость камня или обжигающее действие огня. Затем исследуется и определяется правило обращения с этим явлением, которое передается в виде научения. Далее выясняется, что огонь можно эффективно получать и применять множеством способов, и это уже 3-мерное понимание сущности огня. И, наконец, полное овладение огнем — понимание, что огонь — это частный случай разогретой плазмы; и здесь возникают различные плазменные технологии, обработки металлов, применение плазмы в различных областях, понимание, что плазма — это то, за счет чего светит Солнце и может работать термоядерный реактор.
言い換えると、1次元は個人的な経験、2次元は扱い方の規則、3次元は多くの使い方の理解、4次元は火を1つの例として含む全体の理解だということです。火がプラズマの一例にすぎないと分かる段階で、太陽が輝くしくみまでが1つの理解の中に入ります。
主導機能の4次元は、この最後の段階、つまり個別の現象を、より大きな全体の一例として位置づける見方として書かれていることが分かります。カルペンコの、ほかのタイプの見方は全体の「特殊事例にすぎない」(09章)と同じ形です。
時間のパラメータ
イェルマークは、同じ4番目を時間のパラメータとして定義しています。
Tm(英語 time から)—パラメータ的時間 —意思決定または執行がなされる、過去・現在・未来の個人的(Tm)または社会的(Tm*)時間の瞬間。言い換えると、時間軸上の点としての時間、つまり情報処理を過去・現在・未来のなんらかの瞬間に「結びつける」パラメータとしての時間。
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Тт (отангл. ите) - параметрическое время — момент индивидуального (Ти) или социального (Ти\*) времени в прошлом, настоящем или будущем относительно которого принимается или исполняется соответственно индивидуальное или социальное решение; иными словами, время как точка на шкале времени, т.е. как параметр "привязки" обработки информации к некоторому моменту в прошлом, настоящем или будущем.
つまり、イェルマークの時間は時間軸の上の点で、判断や実行を過去・現在・未来のどの時点に結びつけるかということです。個人的な時間と社会的な時間を分けている点も、この定義の特徴です。
パラメータを4つに定式化したのは、イェルマークです。1次元の機能は経験だけを、2次元は経験に規範を加えて、3次元は状況まで、4次元は時間までを参照できる、という積み上げです。ブカロフの「グローバル性」の位置に、イェルマークは「時間」を置いています。
エグリトは、この時間を「いま、ここ」の一瞬への結びつきとして観察し直しました(11章)。時間軸の上の点という定義と、写真の一コマのように固定される一瞬という観察は、同じものを別の側から書いていると読めます。
能動のセルの数—同じタイプの中の差
ブカロフは、主導機能の4次元が、人によってすべて使われているとは限らないことも書いています。
例えば、第1機能による操作セルの最大数は27だが、現実の人間や子供にあってはすべてが活性とは限らない。したがって例えば、セル数が24と27の同じタイプの人々は、第1機能による情報・状況の理解度・自覚度において目立った差を持つ。
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Например, 27 — максимальное количество операционных ячеек по первой функции, однако у реального человека или ребенка активными могут быть не все. Поэтому, например, люди одного и того же типа с количеством ячеек 24 и 27 заметно различаются по степени понимания и осознания информации или ситуации по своей первой функции.
上の引用にある操作セルは、機能が扱える情報の単位のことです。言い換えると、主導機能の最大の容量は同じでも、実際に働いている部分の大きさは人によって違い、それが理解の深さの差になるということです。
これは、フィラトワが主導ブロックの強化の程度で同じタイプの中の差を説明したこと(07章)と、同じ現象を別の理論で書いたものと読めます。
主導機能をめぐる定義水準の違い
主導機能を4次元とする点で、研究者は一致しています。ですが、4番目が何を指すかは同じではありません。ブカロフとカルペンコはグローバル性、イェルマークは時間のパラメータ、エグリトは3つの次元を同期させる響きと書きます。
また、情報次元(ブカロフ)とパラメータ次元(イェルマーク)は、同じ「4次元」を別の体系で定義したものです。主導機能の記述を原典で読むときは、どの水準の「4次元」かを保つ必要があります。
小括します。次元性は、主導機能の強さを「参照できる情報の幅が最も大きい」ことで言い直した説明で、研究者章の記述の多くはこれと対応します。
一方で、4番目の中身は、グローバル性・時間・同期という3つの読みに分かれています。また、同じ4次元でも能動の部分の大きさに個人差があるとされます。検証手続きの不在という理論運用上の問題は、17章で扱います。
1516タイプの主導機能
配置の公理から導かれる16タイプの主導機能の要素は、次のとおりです。
| 主導機能の要素 | タイプ |
|---|---|
| Ne(外向直観) | ILE・IEE |
| Si(内向感覚) | SEI・SLI |
| Fe(外向倫理) | ESE・EIE |
| Ti(内向論理) | LII・LSI |
| Se(外向感覚) | SLE・SEE |
| Ni(内向直観) | IEI・ILI |
| Te(外向論理) | LIE・LSE |
| Fi(内向倫理) | ESI・EII |
表の各行は、位置と要素を合わせてNi主導(内向直観が主導機能に入る場合)のようにも呼ばれます。
表のとおり、主導機能の要素が同じタイプは2つずつあります。この2タイプは、創造機能の要素の側面だけが違います。例えば、ILEとIEEはともにNeが主導で、創造機能はILEがTi、IEEがFiです。
研究者章で触れたタイプ別の観測を、要素ごとに並べると次のようになります。まず、Ne(ILE・IEE)は、説明を一つ一つ並べてもらう必要がなく、先に全体をつかむ(ストラティエフスカヤ)と書かれています。グレンコの例では、ILEのNeは顕示機能のTiと組んでエネルギー最大の対をなします。
また、Ti(LII・LSI)は「我思う、ゆえに我あり」の存在の原理(レイニン)として書かれています。Se(SLE・SEE)は「私は行動する、ゆえに私は存在する」の原理(レイニン)と、あらゆる状況に断固として介入するスカーレット(フィラトワ)で書かれています。ブカロフの非常時の例では、SLEのSeが、SEIの観察機能のSeに主導権を取られました。
さらに、Te(LIE・LSE)は、身の回りの現実の物の世界で状況の主人だと感じること(フィラトワ)、自分を否定する構えでの電球の例(カルペンコ)で書かれています。Fi(ESI・EII)は、強く感じられていながら言葉にしにくい、態度をもつことへの必要性(レイニン)として書かれています。
一方、Si(SEI・SLI)、Fe(ESE・EIE)、Ni(IEI・ILI)については、このページの研究者章では触れていません。同じ要素でも研究者によって書く面が違うことは、研究者章のとおりです。
各タイプの主導機能がどう働くかは、タイプ一覧から入れる各タイプの8機能の詳細解説に章があります。要素そのものの説明は、8つの情報要素の詳細解説にあります。この章では引用を置かず、主導機能の要素ごとの入口を示すにとどめます。
16誤読と誤同定
主導機能をめぐる読み違いのうち、研究者章の記述から指摘できるものを整理します。
創造機能との取り違え
外から見えて、言葉になりやすいのは、主導機能より創造機能の出力であることが多いとされます。イェルマークは、見つけた解決の実現(機能2)が言葉の形をとり、コミュニケーションの中で明示的に現れる、と書いています(08章)。
一方、主導機能の内容は、レイニン(ESIの例)とカルペンコが書くように、圧縮されていて語りにくいものです(04章・09章)。そのため、本人がよく話題にする領域を主導機能と取り違えると、創造機能をタイプの中心と読む誤りが起きます。イェルマークが、面談で解決を声に出して論じてもらえば機能1が見えてくると書いたのは、この取り違えを避ける方法として読めます。
「主導機能=得意なことすべて」という読み
強い機能は主導機能だけではありません。ブカロフは、創造機能と観察機能・実演機能も強い発信側に入れています(05章)。また、非常時には別の人の観察機能が主導機能より強く出る例も書いています。
そのため、その人が上手にこなすことを、すべて主導機能の要素で説明する読みは、研究者章の記述からは支持されません。主導機能は、得意なことの全部ではなく、確信と価値の中心として書かれています。
4次元の実演機能との取り違え
次元性では、実演機能(8番)も主導機能と同じ4次元です。そのため、「4次元の要素=主導機能」と読むと、実演機能と取り違えます。
両者は同じ4次元でも、主導機能はメンタルリングの受容側で意識されて使われ、実演機能はバイタルリングの生成側で自動的に使われる、とされます。イェルマークの枠では、主導機能は時間のパラメータを持って考え、イドの機能は慣れた条件で自動的に働きます(08章)。
名称の衝突
主導機能については、同じ名前が別の位置を指す名称の衝突は、ほとんどありません。ほとんどの体系で番号が「第1」で、要素の配置も同じだからです。注意が要るのは、グレンコのモデルGです。モデルGの「指令機能」は番号も要素もモデルAの主導機能と一致しますが、ほかの位置の番号と名前は一致しません(10章)。
また、フィラトワの「主導ブロック」は主導機能と創造機能の2つからなる自我ブロックのことで、主導機能1つを指す語ではありません。研究者ごとの呼び名と番号を一覧にすると、次のとおりです。
- アウシュラ『機能の理論』: 「第1機能」(強い・メンタル・アクセプト)。『ソシオニクス入門』の初期の4機能モデル(「モデルYu」。Yuはユングの頭文字)では4要素のうちの「I」で、「主導アクセプト機能」と呼ばれます。
- レイニン: 第1機能「人格組織化のレベル、または存在の原理」。ラベルは「良い」。対になる第-1機能は現行の観察機能(7番)、第4機能は現行の暗示機能(5番)です。
- ブカロフ: 「第1機能」。4次元の機能で、社会へ情報を発する側に分類されます。
- ストラティエフスカヤ: 「第1ポジション」の「プログラム機能」。別名は「意識的優位の機能」「先天的な専門性の機能」「基本的価値、基本的課題と目的の機能」です。
- フィラトワ: モデル・ユング(4チャンネル)の「第1チャンネル」=プログラム機能。創造機能(実現機能)と組んで「主導ブロック」をなします。
- イェルマーク: 「機能1」=「インテリジェンス」(パラメータは経験・規範・状況・時間の4つ)。
- カルペンコ: 「第1機能」。常に4次元の機能として書かれます。
- グレンコ: モデルGの第1「指令機能」。顕示機能(5)と組んでエネルギー最大の対をなします(10章)。
- エグリト(システム・ソシオニクス学派): 「基底機能」。イェルマークの体系を継ぎ、4次元を時間と結びつけて観察しています。
単一機能への還元
「この人はいつも理屈っぽいからTiが主導だ」のように、目に見える行動を1つの位置に還元する説明は、研究者章の記述からは支持されません。
グレンコは、第一機能でさえいつも発揮されるわけではないと書いています(10章)。フィラトワは、創造機能が強められた人は主導機能とは逆の向きの特徴を帯びると書き(07章)、カルペンコは構えしだいで主導機能の領域でも自信を失うと書いています(09章)。そのため、主導機能は行動の量ではなく、価値と確信の向きで見分けるものとして書かれています。
小括します。主導機能の読み違いは、5つに集約できます。創造機能との取り違え・得意なことすべてへの拡大・4次元の実演機能との取り違え・モデルGとの名称の読み替え・単一機能への還元です。いずれも、要素と位置の意味で照合し、行動の量ではなく確信と価値の向きで見れば避けられる種類のものです。
17先行研究への懸念点
先行研究への懸念を、このページで扱った範囲に限って整理します。
定義水準の別と検証手続きの不在
14章で見たとおり、主導機能の「4次元」は、グローバル性・時間・同期という3つの読みで語られています。そのため、主導機能を4次元と判定する手続きは、研究者ごとに違います。
また、カルペンコの「この機能をめぐって議論する必要はない」、ストラティエフスカヤの「誰も決して論破できない」は、観察からの一般化として提示されています。ですが、その観察を第三者が再現する手続きは示されていません。ブカロフの操作セルの数も、どう数えるかは示されていません。
学派内の反復と独立性
12章で「研究者を横断して残る中核」として挙げたものの多くは、キエフ系(ブカロフ、カルペンコ、イェルマーク、エグリト)の内部で継承された定式です。レイニンの存在の原理、ストラティエフスカヤのプログラム機能、フィラトワの注意の優先方向は別系統ですが、フィラトワとストラティエフスカヤの「プログラム機能」の名は共通しています。
つまり、反復は独立した再現ではなく、文献群が相互に参照し合った結果を含みます。
名称の重なり
主導機能の名称は、脆弱機能ほどには衝突しません。ですが、「プログラム機能」(ストラティエフスカヤ、フィラトワ)、「インテリジェンス」(イェルマーク)、「指令機能」(グレンコ)は、それぞれ目的、知性、統率という別の面に名前を付けたものです。
名前だけを並べると、主導機能が目的を立てる機能なのか、考える機能なのか、人を率いる機能なのかが、体系によって違って見えます。研究者間で突き合わせるときは、名前ではなく記述の中身で照合する必要があります。
モデルの限界
レイニンは、モデルとタイプの関係について、こう書いています。
歴史的にはソシオンはモデルの助けを借りて発見され、タイプの名称はモデルに由来するが、これは決してソシオンがモデルの帰結であることを意味しない。懐中電灯はそれが照らす対象を生み出しはしない。モデルはある対象領域を照らしているにすぎない。
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Исторически социон был обнаружен при помощи модели, и названия типов происходят из модели, но это вовсе не означает, что социон является ее следствием. Фонарь не занимается порождением предметов, которые освещает. Модели лишь освещают некоторую предметную сферу.
上の引用にあるソシオンは、16タイプがそろった全体のことです。言い換えると、モデルはタイプの体系を発見する助けになったが、タイプはモデルから生まれたものではなく、モデルはその一部を照らしているにすぎないということです。レイニンは、これを懐中電灯にたとえています。
そのため、主導機能についての記述を読むときも、この留保は前提に置けます。主導機能という位置は、タイプを照らす1つの光の当て方であって、人のすべてを説明するものではありません。
主張の4水準
このページの内容を、主張の水準で分けると、次のようになります。
- 文献上の事実—誰がどの位置をどう呼び、何を書いたか(研究者章の引用)。
- 理論内部の帰結—配置の公理による導出対、3標識、次元性の割り当て(01章・13章・14章)。
- 文献系列内で反復される観察—最も多く自然に分かっている、価値の中心で譲らない、自覚されていながら言葉にしにくい、参照できる幅が最も大きい、他者と社会へ向かう(12章)。
- 独立に実証された主張—このページの範囲では確認できません。
小括します。懸念は、定義水準の別、検証手続きの不在、学派内の反復、名称の重なり、モデルの説明できる範囲の5つです。
いずれも主導機能に固有ではなく、ソシオニクスの位置論全体に及ぶ問題です。主導機能の記述は、その中では記述が最も多い部類に入ります。
18主導機能とは何か
ここまで見てきたものを、当サイトの責任でまとめます。新しい引用は置きません。確からしさは、研究者章の引用より一段低くなります。最後は、「主導機能とは、詰まるところ何なのか」に落ち着けます。
反復して現れる記述
主導機能について、研究者を横断して反復される記述は5つです。その要素については、最も多く、自然に、考える前に分かっていること。その人の価値そのもので、譲らず、侵されると守ること。
また、本人には自覚されていながら、言葉にはしにくいこと。参照できる情報の幅が最も大きいこと(4次元。その中身はグローバル性・時間・同期で読みが分かれます)。そして、自分の外へ、他者と社会へ向かうことです。
ただし、このうち4次元の記述はキエフ系の文献に特に多く、観測の非独立性を差し引いて読む必要があります。
分化と未分化で見ると—受け取りの細かさと、言葉にしにくさ
「強い機能は分化し、弱い機能は未分化」という対比は、ユングが主要機能と劣等機能に与えたものです(02章)。分化した機能は強さ・安定性・一貫性・信頼性・適応性で見分けられます。
ソシオニクスの文献で「分化」の語を主導機能側の情報に使うのは、アウシュラです。第1アスペクトの情報は「分化されて」知覚され、強いアスペクトの情報は「きわめて分化した、きわめて良質の意識化された情報」として受け取られると書いています(03章)。ブカロフやカルペンコは、同じことを「4次元」の語で書きます。語は違いますが、内容は受け取る情報の細かさの一点に集まります。
まず、受け取る側では、情報が細かいということです。アウシュラの「最も深く」「分化されて」に加えて、カルペンコは全体の絵が見えていると書き、ブカロフは個別の現象をより大きな全体の一例として位置づける段階を書いています(09章・14章)。
細かく受け取れるので、判断に迷いがなく、評価が速く、人の意見で揺れません。アウシュラの平静な受け止めと断定的な批判、レイニンのフィードバックの無視、ストラティエフスカヤの「論破できない」は、この細かさを、人への態度の側から書いたものと読めます。
一方で、出す側では、言葉にしにくいことが書かれています。レイニンは、ESIの主導機能は貧弱にしか言語化されないと書き、カルペンコは、情報が畳み込まれ圧縮されていて常識的な時間では展開しきれないと書いています(04章・09章)。
脆弱機能は、受け取る情報は粗いのに、言葉では最も完全に展開できるとされます(カルペンコ「第4機能について」)。主導機能は、そのちょうど逆の組み合わせです。主導機能は細かく分かっているぶん、全部を言葉に並べると時間が足りません。ストラティエフスカヤの「息をしている空気に気づかない」も、あまりに当然で、言葉にする手がかりがないことの別の言い方です。
なお、グレンコが自我ブロックを「最も強力で分化した」と書く(10章)ときの「分化」は、意識されているかどうかの意味も含みます。ここで言う分化は、受け取る情報が細かく、判断が速く安定していることを指します。ユングの主要機能の目印(強さ・安定性・一貫性)は、この面にそのまま合います。
確定しない点
まず、4番目の次元の中身は確定していません。グローバル性、時間、3つの次元の同期という3つの読みがあり、どれをとるかで主導機能の説明の重心が変わります。
また、主導機能の強さがいつも同じように出るのかも確定していません。揺るがない確信として書く研究者と、状況・構え・強化の程度で出方が変わると書く研究者の間に幅があります。判定の手続きは示されておらず、独立に実証された主張はありません。
主導機能像の要約
文献上の主導機能は、メンタルリングの強い受容側にある位置です。その要素については情報が最も多く深く入り、本人が気づかないほど速く処理され、見聞きしたことはいつでも思い出せます。
その領域では、判断に迷いがなく、人の意見で揺れず、侵されると自分の存在を守るように抵抗します。そこにその人の価値と原則があり、譲れる限界もそこで決まります。
一方で、その情報はあまりに当然で圧縮されているため、本人にも気づかれにくく、言葉にはしにくいとされます。ふだんは空気のように意識されず、侵されたときや新しい問題を論じるときに、はっきり表に出ます。
また、主導機能は自分の中の確信であると同時に、人と社会へ向かう機能です。聞く人や従う人を必要とし、集団では先頭に立ちます。その強さは、状況や構えや個人差によって、いつも同じように出るとは限りません。これが、研究者章を通して浮かび上がる像です。
主導機能とは、詰まるところ
いろいろな研究者の書き方を見てきましたが、最初の一般像(01章)からそう遠くには行きません。強い、自然、自信がある、譲らない—ここは研究者をまたいで残ります。言い直したいのは2つだけです。「得意」というより、その領域のことは考える前に分かっていて、あまりに当然なので本人もふだんは気づかない(アウシュラ、ストラティエフスカヤ、カルペンコ)。「よく分かっている」ぶん、かえって全部を言葉にするのは難しい(レイニン、カルペンコ)。人に教えられるのが煩わしいのは、一般像のとおりです。
かみ砕いて言えば、主導機能は、自分が意識して使う4つの機能のうち、いちばん強い1つです。その領域では、自分の経験だけでなく、社会のルールも、その場の状況も、もっと大きな全体の流れも、まとめて見えています。そのため判断に迷わず、人に言われても揺れません。そこはその人がいちばん大事にしているところでもあり、否定されると自分そのものを否定されたように感じます。ただ、あまりに当然なので、本人はふだんそれを意識していません。説明しようとしても、分かっていることが多すぎて言葉が追いつかないことがあります。そして、その確信は自分の中にとどまらず、人に向けて出ていき、聞いてくれる人や一緒に動く人を求める、と文献は書いています。
少なくとも、これだけは研究者をまたいで残ります。いちばん強くて、考える前に分かっている。そこは自分の価値の中心で、簡単には譲らない。ただ、当然すぎて、本人にも言葉にしにくい。主導機能は、おおよそそういう位置です。
19引用と記述の方法
引用を用いる理由と範囲
ソシオニクスの文献では、同じ主導機能について、研究者ごとに呼び名も観測点も評価も食い違います。食い違う記述を1つの要約にまとめると、どの研究者も書いていない「平均像」ができあがります。要約には書き手の解釈が混ざるため、研究者の記述は逐語の引用で示します。
引用は、本文で設定した論点の検討に必要な範囲にとどめます。そのうえで、当サイトの本文がその出典関係・記述の差異・適用範囲を分析します。各引用の位置づけの説明、各章末の小括、12章の横断比較、17章の懸念の整理が、このページの本文の役割です。
また、12章の横断比較や16章・17章の整理など、本文の分析には当サイトの判断が入ります。最終の18章はその延長で、記事全体の資料をまとめ直す独自の統合です(位置づけは章の冒頭でも明示します)。
引用の逐語性と翻訳
引用の訳文は当サイトによる訳出です(ユングはドイツ語原著の英訳版から、エグリトは学派が公開するロシア語の原文から訳出しています)。底本の綴りは各引用の「原文を表示」で確認できます。
底本は、研究者本人の著書と機関誌論文を主とします。原文は、各引用の下の「原文を表示」に格納しています(図版由来で原文を収載できない箇所は索引に注記します)。なお、原文には誤字が残る可能性があることをあらかじめお伝えしておきます。
引用の位置づけも明記します。本ページの引用は、公表された著作物からの、批評・研究を目的とする引用です。引用部は引用ブロックで明瞭に区分し、すべてに出所を番号つきで明示しています。
また、索引には著者・資料名と、確認できた範囲の刊行年・初出・該当箇所を掲載し、出所に留保が要る資料は注記で示します。本文と引用の関係は、本文の分析が主で、引用は各論点の根拠として示す資料です。出典・掲載についての指摘があれば対応します。
引用への編集操作
引用への編集操作は、次の3点に限ります。第一に、タイプ愛称の置換です。ソシオニクスの原典には、16タイプを著名人の名で呼ぶ愛称が頻出します。当サイトはタイプをコード表記(ILE、SEIなど)で統一しているため、引用内の愛称は「ILE〔原文: ドン・キホーテ〕」の形式で置換します。
第二に、タイプ略号と研究者名のラテン文字への統一です。第三に、要素記号の読みの付記です。原文で要素記号が入る箇所は( )で示します。また、引用の中の要素記号と1文字の機能記号(□、●など)には、表示のときに要素コードの読みを添えます。
一方、位置の名称には手を加えません。主導機能(1番)は研究者によって「第1機能」「プログラム機能」「人格組織化のレベル」「インテリジェンス」「指令機能」「基底機能」などと呼ばれます。番号は、ほとんどの体系で「第1」です。
そのため、引用内の名称と番号はそのまま残し、対応は各研究者章の冒頭と16章の一覧で示します。本文では、当サイトの名称である主導機能で統一し、番号が要るところは「主導機能(1番)」と書きます。
索引の使い方
引用の末尾には初出順の番号が付きます。番号を押すと巻末の索引に移動し、著者・書名と、確認できた範囲の年・該当箇所を確認できます。索引の各項目からは、本文の引用位置へ戻れます。
+索引(引用文献)
- [1]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第11章 定義 原著は独語(1921年)。底本はR. F. C. Hull英訳(全集第6巻、1971年) 本文へ
- [2]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)第10章 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [3]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921年)付録「心理学的類型」(1923年講演)¶955-956 原著は独語(1921年)。底本はR. F. C. Hull英訳(全集第6巻、1971年) 本文へ
- [4]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика、刊年不詳) 「第1機能」の節 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [5]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика、刊年不詳) 「第1機能」の節 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [6]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика、刊年不詳) 「第1機能」の節 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [7]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика、刊年不詳) 「第1機能」の節 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [8]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика、刊年不詳) 「第1機能」の節 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [9]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика、刊年不詳) 「第1機能」の節 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [10]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика、刊年不詳) 「第1機能」の節(要約) 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [11]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика、刊年不詳) 「機能の強さ ─ 弱さ」の節 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [12]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика、刊年不詳) 「機能のアクセプト性 ─ プロダクティブ性」の節 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [13]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998年) 原文には誤字が残る可能性がある。モデル名の略号(Ю)は当サイト表記規約によりラテン字(Yu)で転記 本文へ
- [14]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010年)第1講 底本は英語版 本文へ
- [15]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010年)第1講 底本は英語版 本文へ
- [16]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010年)第1講 底本は英語版 本文へ
- [17]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010年)第1講 底本は英語版 本文へ
- [18]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010年) 底本は英語版 本文へ
- [19]Bukalov「職業的成功とソシオニクス・タイプ」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2023年) 出典リンク 本文へ
- [20]Bukalov & Karpenko「人類の進化—情報代謝機能構造とソシオンの形成」(原題:Эволюция человека: формирование структуры ФИМ и социона)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2018年) 出典リンク 本文へ
- [21]Bukalov「職業的成功とソシオニクス・タイプ」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2023年) 出典リンク 本文へ
- [22]Bukalov「意識機能の管理的役割」(原題:Управляющая роль функции сознания)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(2016年) 底本ではタイプと機能の記号が図版のため、原文欄では括弧の中が空になる 出典リンク 本文へ
- [23]Bukalov「インタータイプ関係の記述」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2012年) 原文は図版の数字と欄外の見出しが本文に割り込むため、原文欄では〔中略〕で区切った 出典リンク 本文へ
- [24]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [25]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 理論編「プログラム機能とプログラム・アスペクト」 本文へ
- [26]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [27]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [28]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第I部 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [29]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались、刊年不詳)第II部 ILE章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [30]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年)第II部 第4章 本文へ
- [31]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年)第II部 第4章 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [32]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001年)第III部 原文欄は著者の書籍(露語)の対応箇所 本文へ
- [33]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001年) 本文へ
- [34]Yermak『人を理解することを学ぶには』(2005年)第3章 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [35]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей、2005年)第3章 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [36]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей、2005年)第3章 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [37]Karpenko「世界のアスペクト知覚」(原題:Восприятие аспектов мира)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1995年) 出典リンク 本文へ
- [38]Karpenko「私たちは何を話しているのか?」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1995年) 本文へ
- [39]Karpenko「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2002年) 本文へ
- [40]Karpenko「バーン=ブカロフによる構えがタイプの発現に及ぼす影響」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2011年) 本文へ
- [41]Karpenko「「円錐」型グループの構造」(原題:Структура группы типа «конус»)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №166、pp. 36–41(1995年) 出典リンク 本文へ
- [42]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 モデルG 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳 本文へ
- [43]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年)理論編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [44]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年) DCNH編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [45]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019年) DCNH編 底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [46]Eglit『基底機能(観察・考察・仮説)』(原題:Базовая функция (наблюдения, размышления, гипотезы)、刊年不詳) 底本はシステム・ソシオニクス学派(School of System Socionics)公式サイトのロシア語原文。引用本文はその当サイト訳。刊行年は底本に記載がなく未確認 出典リンク 本文へ
- [47]Eglit『基底機能(観察・考察・仮説)』(原題:Базовая функция (наблюдения, размышления, гипотезы)、刊年不詳) 底本はシステム・ソシオニクス学派(School of System Socionics)公式サイトのロシア語原文。引用本文はその当サイト訳。刊行年は底本に記載がなく未確認 出典リンク 本文へ
- [48]Eglit『基底機能(観察・考察・仮説)』(原題:Базовая функция (наблюдения, размышления, гипотезы)、刊年不詳) 底本はシステム・ソシオニクス学派(School of System Socionics)公式サイトのロシア語原文。引用本文はその当サイト訳。刊行年は底本に記載がなく未確認 出典リンク 本文へ
- [49]Karpenko「モデルAの内部結合とインタタイプ関係」(原題:Внутренние связи модели А и интертипные отношения)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2001年) 出典リンク 本文へ
- [50]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010年)第1講 底本は英語版 本文へ
- [51]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика、刊年不詳) 「第5機能」の節(現行の観察機能、7番) 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [52]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010年)第1講 底本は英語版 本文へ
- [53]Bukalov & Karpenko「人類の進化—情報代謝機能構造とソシオンの形成」(原題:Эволюция человека: формирование структуры ФИМ и социона)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2018年) 出典リンク 本文へ
- [54]Bukalov & Karpenko「人類の進化—情報代謝機能構造とソシオンの形成」(原題:Эволюция человека: формирование структуры ФИМ и социона)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2018年) 出典リンク 本文へ
- [55]Bukalov & Karpenko「人類の進化—情報代謝機能構造とソシオンの形成」(原題:Эволюция человека: формирование структуры ФИМ и социона)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2018年) 出典リンク 本文へ
- [56]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей、2005年)第3章 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [57]Bukalov「意識機能の管理的役割」(原題:Управляющая роль функции сознания)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(2016年) 出典リンク 本文へ
- [58]Reinin「タイプとモデル」(原題:Типы и модели)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №4(2008年) 出典リンク 本文へ
