ILI超詳細解説
ILI(INTJ)というタイプを、ソシオニクスの研究文献からの引用で読む長編解説です。当サイトの通常ページは理論を短く言い換えて説明しますが、このページは研究文献からの引用を資料として示し、その比較と分析で構成します。対象は、創始者アウシュラ・アウグスティナヴィチューテ(Aushra Augustinaviciute)から、Reinin、Bukalov、Stratiyevskaya、Filatova、Yermak、Karpenko、Gulenkoまでの各研究者です。多数の研究者が同じILIをどう記述したかを、1つの要約にまとめず、引用で示し、本文で比較・分析します。
01ILIは一般にどう言われているか
ILI(INTJ)は、一般に、物事がこの先どう進むかを先に見通し、そこから備える人として紹介されます。作家の名から「バルザック」と呼ばれることもあります。
主導機能のNi(内向直観)では、出来事の流れを時間の中で追い、この先の展開を見積もるとされます。創造機能のTe(外向論理)は、その見通しを事実と効率の面から確かめ、無駄の少ないやり方にまとめる、と説明されます。すぐには動かず、見極めてから必要なことだけをする、というのがおおよその像です。
よく挙げられる場面はこうです。仕事では、周りが乗り気の計画にも先に起こりうる問題を挙げて慎重さを求める、と言われます。議論では、感情に訴える話より、事実と筋の通った根拠を求める、とも紹介されます。
一方、感情を表に出すことや、場の雰囲気に合わせて気持ちを示すことは苦手とされます。周りが盛り上がっている場でも一歩引いて見ているので、冷たい人と見られることがある、と書かれます。また、強く押されたり急かされたりすると、自分から動き出すきっかけをつかみにくい、とも説明されます。そのため、腰の重い人と見られる場面でも、本人の側には、感情の場に応じる負担と、動き出すまでの時間が要るとされます。
この像は、あとで見る研究者の記述から切り出されて広まったものと考えられます。先を見通す・事実で確かめる・感情の表現と行動の開始に負担がある、という要素は、研究者の記述にもおおむね出てきます。ですが、研究者ごとに力点が違い、この見通しを悲観的な予測として書くか、良い展開に強い予測として書くかは、研究者によって異なります。24章で、この一般像のどこが残り、どこが言い直されるかに戻ります。
読この記事の読み方
想定読者は、ILIプロファイルなどの基礎ページを読み終えて、出典まで確かめたい人です。長いページですが、読み方は単純です。各章で研究者の記述を引用で示し、そのすぐ下に当サイトの読み方(何が共通し、どこが違うか)を書きます。一致と食い違いを確かめながら、ILIというタイプの輪郭を自分で考えていく構成です。
流れは、01章が一般に言われている像、02〜04章が土台(系譜、モデルA、情報要素)、05〜13章が研究者別の記述(このページの中心)、14章が横断比較、15〜23章が各論、24章が当サイトのまとめです。引用には初出順の番号が付き、押すと巻末の索引へ飛び、索引から本文へ戻れます。引用の扱い方(逐語性、訳出、編集操作)は末尾の「この記事の方法論」にあります。
ページ冒頭の「コピーしてAIで要約!」を押すと、要約用の指示文とこのページの本文がクリップボードに入ります。AIに渡して、要約のほか、引用の意味を聞く、研究者ごとの違いを整理させる、といった使い方ができます(長すぎるときは章を分けて渡してください)。
タイトルの「INTJ」はMBTIに慣れた読者のための参照用の表記で、ソシオニクスのILIとMBTIのINTJを同じタイプとして扱う趣旨ではありません(19章)。
02系譜 ユングから情報代謝へ
ILIという記述がどこから来たのかを、3つの原典で辿ります。ユング『心理学的類型』(1921年)の類型論、Kempinskiの情報代謝の概念、そしてアウシュラによる両者の接合です。この章の引用が、以降の全章の土台になります。
ユングの類型論(1921年)
ソシオニクスの16タイプは、スイスの精神科医カール・グスタフ・ユングの『心理学的類型』を出発点とするとされます。ユングは心の働きを4つの基本機能に分け、それぞれが外向・内向のどちらかの構えで働くと考えました。定義の章で、機能は次のように説明されます。
心理学的機能とは、さまざまな状況のもとでも理論上同一であり続ける、心的活動の特定の形式のことと私は理解している。(中略)私は全部で4つの基本機能を区別する。2つの合理的機能と、2つの非合理的機能である。
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By psychological function I understand a certain form of psychic activity that remains theoretically the same under varying circumstances.(中略)I distinguish four basic functions in all, two rational and two irrational
合理的な2つは思考・感情、非合理的な2つは感覚・直観です。そのうえでユングは、人によって最も分化した機能が違い、それが生活への適応の主役になると書きます。
まず特に注目すべきは、私が「内向型」と「外向型」と分類した2つの基本的なタイプについてである。(中略)個人の適応や人生への方向性において、最も発達した機能が主要な役割を果たすという特異性を持つ特定のタイプ
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my first concern must be with the two general types I have termed introverted and extraverted.(中略)those special types whose particularity is due to the fact that his most differentiated function plays the principal role in an individual's adaptation or orientation to life.
まず外向・内向という2つの一般類型があり、その内側に、最も分化した機能が主役を担う「機能類型」が置かれる、という二重の分類です。この組み合わせで8つの型が記述されました。ソシオニクスの文献では、この4機能×2構えの枠組みを「ユングの基底」と呼ぶことがあります。
ユングの内向的直観型
ソシオニクスのILIの祖形とされるのが、第10章の内向的直観型です。ユングは、この型がどのような人物として現れるかを、こう書いています。
内向的直観が優先される場合、その特異な性質は、一方では神秘的な夢想家や予言者という特異なタイプの人間を、他方では幻想的な変人や芸術家というタイプの人間を生み出す傾向がある。(中略)直観の強化は、必然的に個人が具体的な現実から著しく隔絶する結果を招くことが多く、時には身近な人々にとっても全く理解不能な存在となることさえある。
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### 9. The Introverted Intuitive Type The peculiar nature of introverted intuition, when given the priority, also produces a peculiar type of man, viz. the mystical dreamer and seer on the one hand, or the fantasti- *cal crank and artist on the other. The latter might be regarded as the normal case, since there is a general tendency of this type to confine himself to the perceptive character of intuition. As a rule, the intuitive stops at perception; perception is his principal problem, and in the case of a productive artist the shaping of perception. But the crank contents himself with the intuition by which he himself is shaped and determined. Intensification of intuition naturally often results in an extraordinary aloofness of the individual from tangible reality ; he may even become a complete enigma to his own immediate circle.
言い換えると、内向的直観が強まるほど、本人は具体的な現実から離れていくということです。ユングはその姿を、夢想家や予言者の方向と、芸術家の方向の2つで書いています。身近な人にさえ理解されにくくなる点までが、この型の人物像に含まれています。
ユングは、この直観が知覚するものを、先の出来事の予見まで進めて、こう書いています。
さらには、新たな可能性をより明確な形で予見することも可能であり、後に実際に起こる事象さえも予見することができるのである。 その予言的な予見能力は、すべての経験可能な事象の法則的展開を表す元型との関係性によって説明される。
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represented which since primeval time have happened on this planet. Their archetypal distinctness is the more marked, the more frequently and intensely they have been experienced. archetype would be to borrow from the noumenon of the image which intuition perceives and, in perceiving, creates. Since the unconscious is not just something that lies there, like a psychic caput mortuum, but is something that coexists and experiences inner transformations which are inherently related to general events, introverted intuition, through its perception of inner processes, gives certain data which may possess supreme importance for the comprehension of general occurrences: it can even foresee new possibilities in more or less clear outline, as well as the event which later actually transpires. Its prophetic prevision is to be explained from its relation to the archetypes which represent the law-determined course of all experienceable things.
つまり、内向的直観が向かうのは、物事がこの先どう展開するかの筋です。ユングはその根拠を、経験できる出来事の法則的な展開を表す元型との関係に置いています。後の研究者がILIのNi(内向直観)を記述するときの原型が、この予見の一節です。
ユングは、この型の人が自分の身に起きた出来事をどう受け取るかについて、臨床での観察をこう書いています。
たとえば、ある男が心因性のめまいの発作に襲われたとする。(中略)それは、心臓を矢で射抜かれてよろめく男の像を見る。(中略)内向的直観型は、めまいに襲われても、知覚された像が何らかのかたちで自分自身にも関わりうるとは想像しないだろう。合理的に方向づけられた人には、もちろんそのようなことはほとんど考えられないように思える。しかしそれでもこれは事実であり、私はこの型との交わりのなかでしばしばそれを経験してきた。
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Supposing, for instance, a man is overtaken by a psychogenic attack of giddiness.(中略)It sees the image of a tottering man pierced through the heart by an arrow.(中略)the introverted intuitive, when affected by the giddiness, would not imagine that the perceived image might also in some way refer to himseli Naturally, to one who is rationally orientated, such a thing seems almost unthinkable, but it is none the less a fact, and I have often experienced it in my dealings with this type.
言い換えると、内向的直観型は、自分の体に起きた発作でさえ1つの像として眺め、自分と結びつけないということです。ユングは、合理的な人には考えにくいと断ったうえで、これをこの型との交わりで何度も経験した事実として書いています。
ユングは、この型が意識の外へ押しやる機能についても、こう書いています。
内向的直観型の主要な抑圧は、対象の感覚に向けられる。彼の無意識はこの事実によって特徴づけられる。というのも、彼の無意識のなかには、古めかしい性格をもつ補償的な外向的感覚機能が見出されるからである。したがって無意識の人格は、かなり低く原始的な段階の外向的感覚型として記述するのが最もよい。
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The introverted intuitive's chief repression falls upon the sensation of the object. His unconscious is characterized by this fact. For we find in his unconscious a compensatory extraverted sensation function of an archaic character. unconscious personality may, therefore, best be described as an extraverted sensation-type of a rather low and primitive order.
つまり、内向的直観型が押しやるのは、目の前の対象を感覚で受け取る働きだということです。ユングは、それが無意識の側に未発達な外向的感覚として残る、と書いています。
ソシオニクスのILIでは、この外向的な感覚にあたるSe(外向感覚)が、5番の暗示機能という、自分では扱いにくく人から補ってほしい位置に置かれます。
ですが、ユングの純粋な内向的直観型は判断をほとんど持たないのに対し、ILIは判断の要素Te(外向論理)を2番目に強い機能として持ちます。そのため、ユングの純粋型とソシオニクスの2機能構成は、この点で単純には重なりません。
一方で、ユングは、判断がわずかに加わったときに生まれるこの型の変種を、こう書いています。
知覚を道徳の問題にすることは、内向的直観型の本筋にまったく沿うものではない。そのためには合理的機能のある程度の強化が必要だからである。それでも、判断が比較的わずかに分化するだけで、直観的知覚を純粋に美的な領域から道徳的な領域へ移すには足りるだろう。こうして、この型の一変種が生まれる。それは美的な形態とは本質的に異なるが、それでもやはり内向的直観型に特徴的なものである。
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Although it is not altogether in the line of the introverted intuitive type to make of perception a moral problem, since a certain reinforcement of the rational functions is required for this, yet even a relatively slight differentiation of judgment would suffice to transfer intuitive perception from the purely aesthetic into the moral sphere. A variety of this type is thus produced which differs essentially from its aesthetic form, although none the less characteristic of the introverted intuitive.
ユングの見立てでは、判断が少し加わるだけで、直観で見たものが美しさの問題から善し悪しの問題に移るということです。ユングはこれを、美的な形とは本質的に異なりながら、なお内向的直観型に特徴的な変種として扱っています。
ユングは、この変種の人物が見たものをどう扱うかを、純粋型と比べて続けています。
判断を抑圧するか、知覚の呪縛のもとでしか判断をもたない純粋な直観型は、この問いに根本から出会うことがない。彼の唯一の問題は、知覚の「いかに」だからである。(中略)道徳的に方向づけられた直観型の場合は事情が異なる。彼は自分の幻視の意味に関心を向ける。その幻視のさらなる美的な可能性よりも、その内在的な意義から現れうる道徳的な効果のほうを気にかける。(中略)この認識によって、彼は自分の幻視を自分自身の生へと変えなければならないと感じる。
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The pure intuitive who represses judgment or possesses it only under the spell of perception never meets this question fundamentally, since his only problem is the How of perception.(中略)It is different with the morally orientated intuitive. He concerns himself with the meaning of his vision ; he troubles less about its further aesthetic possibilities than about the possible moral effects which emerge from its intrinsic significance.(中略)Through this realization he feels bound to transform his vision into his own life.
上の引用にある幻視は、内向的直観が知覚する内側の像のことです。純粋型が見え方だけを問うのに対し、この変種は幻視の意味を問い、それを自分の生き方へ移そうとします。
ユングがここで書く判断は、思考と感情のどちらかを特定していません。そのため、ILIのように直観にTeが加わる組み合わせの祖形を探すなら、判断を備えたこの変種が最も近いと読めます。
ユングの外向的思考型
ILIの2番目の機能Te(外向論理)に対応する祖形は、同じ第10章の外向的思考型の節にあります。ユングは、この型の思考が何に方向づけられるかを、こう書いています。
まず、外向的思考タイプを論じよう。その定義に従えば、純粋な型であるかぎり、その生の活動全体を、最終的には常に客観的なデータ—客観的な事実であれ、一般に妥当する観念であれ—によって方向づけられた知的な結論との関係へと持ち込むことを、恒常の目標とする人間を、私たちは思い描かねばならない。この型の人間は、自分ひとりについてだけでなく周囲の人々を代表しても、現実の客観的な実在か、あるいはそれを客観的に方向づけた知的な公式のいずれかに、決定権を与える。
言い換えると、この型は、判断の決め手を、客観的な事実か、それを整理した公式に置くということです。自分ひとりのことだけでなく、周りの人のことまで同じ基準で決めるとされています。後の研究者がTeを記述するときの原型は、この一節にあります。
ユングは、この思考が材料をどう扱うかについても、こう書いています。
その思考は、新しい事実へ、あるいはばらばらな実験材料の包括的な概念へと導く。その判断はおおむね総合的である。分析するときでさえ構築している。分析を越えて新しい結合へ、すなわち分析された材料を新しい仕方で結び直すか、与えられた材料に何かを付け加える、さらなる概念へと、つねに進んでいくからである。
つまり、この型の思考は、材料をばらして終わらず、新しい組み立てへ進みます。ユングはこれを、分析しながら構築する働きとして書いています。
ただし、ユングの外向的思考型は、思考を主機能に持つ純粋型です。ILIでは、この思考が、1番のNiが見通した筋に仕える2番目の位置に来ます(2つの機能の組み立ては03章で扱います)。
Kempinskiの「情報代謝」
「情報代謝(Information Metabolism)」の語は、ポーランドの精神科医Antoni Kempinski(アントニ・Kempinski、1918〜1972)に由来するとされます。Kempinskiが扱ったのは、生体が環境から情報を受け取り、反応を選ぶ一般の過程です。
著書『Lęk(不安)』では、この過程を支える神経系の2つの原理が、こう対比されます。
アナログ原理(緩電位)は刺激の量的な再現を可能にする。これにより「どの程度か」という問いへの答えが得られる。他方デジタル原理(スパイク電位)は「はい」か「いいえ」かの答えを可能にする。前者は本質的弁別、後者は差異的弁別と呼ばれる。
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Zasada analogowa (potencjały generacyjne) pozwala na ilościowe odtworzenie bodźca. Dzięki niej znajdujemy odpowiedź na pytanie: "w jakim stopniu". Natomiast zasada cyfrowa (potencjałów iglicowych) pozwala na odpowiedź: "tak" lub "nie". Pierwszą określa się jako essential discrimination, a drugą jako differential discrimination.
言い換えると、神経系には、刺激の量を「どの程度か」で受け取る働きと、「はい」か「いいえ」かで分ける働きがあります。Kempinskiは、情報代謝の進み方についても、こう書いています。
情報代謝は固有の脈動によって特徴づけられることになろう。すなわち第1相では生体の外部環境とも内部環境とも結合し、第2相ではそれに対して距離を取る。
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Metabolizm informacyjny charakteryzowałby się swoistą pulsacją: złączeniem się ze środowiskiem zarówno zewnętrznym, jak wewnętrznym ustroju w pierwszej fazie i nabraniem w stosunku do niego dystansu w drugiej.
つまり、情報代謝は、環境と結びつく第1相と、そこから距離を取る第2相を繰り返すということです。量を連続して受け取る働きと二値で分ける働きの上に、この2つの相の往復が置かれています。
ここで書かれているのは人間一般の情報処理で、タイプの区別も、ユングの型との対応づけもまだありません。ユングの類型論とこの情報代謝の概念を1つの理論に結びつけたのが、アウシュラです。
アウシュラによる接合
アウシュラ・アウグスティナヴィチューテ(Aushra Augustinaviciute、1927〜2005)は、この語を借りたことを自分で書いています。
「情報代謝」という用語はポーランドの精神医学の古典A.ケンピンスキーから借りたことを思い出してもらいたい。おそらく彼は、人間の心理的不快の基盤にはその情報代謝の障害が横たわっていると最初に語った人物である。
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Можно напомнить, что термин «информацион- ный метаболизм» мы заняли у классика польской психиатрии А. Кемпинского. По-видимому, он пер- вый заговорил о том, что в основе психологичес- кого дискомфорта человека лежит нарушение его информационного метаболизма.
アウシュラは、Kempinskiを、心理的な不快の元に情報代謝の障害を見た、おそらく最初の人物として挙げています。借りたのは語だけでなく、心の不調を情報のやりとりの乱れとして見る着眼でもあったことになります。
そのうえで、ソシオニクスそのものを、こう定義しています。
ソシオニクスとは、ソシオンについて、人間のソシオン的本性と社会のソシオン的構造について、人々の情報代謝(情報代謝)のさまざまなタイプとそれらのあいだのさまざまな形態の相互関係についての学問であり、K.G.ユング、E.クレッチマー、A.E.リチコの類型論と、A.ケンピンスキーの情報代謝の理論を基盤として生まれた。
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Соционика — наука о соционе, соционной при- роде человека и соционной структуре общества, о разных типах информационного метаболизма (ИМ) людей и разных формах взаимоотноше- ний между ними — родилась на основе типологий К. Г. Юнга, Э. Кречмера, А. Е. Личко и теории ин- формационного метаболизма А. Кемпинского.
上の引用にあるソシオンとは、16タイプがそろった全体のことです。この自己定義では、ユング・クレッチマー・リチコの類型論と、Kempinskiの情報代謝理論が、同じ基盤として並んでいます。
アウシュラ自身は、タイプを次のように定義しています。
パーソナリティタイプは、パーソナリティの形態、または人間の思考が収まる形態、彼の情報代謝の形態である。奇妙で慣れないが、身体が食物で養われエネルギーを生産するのと完全に同じく、心理は情報、受け取る信号、刺激で養われ、エネルギーを生産する。心的エネルギーまたは情報的エネルギーである。
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Итак: тип личности — это форма личности, или форма, в которую укладывается мышление человека, форма его информационного метаболизма. Как это ни странно и непривычно, но ровно так, как тело питается пищей и производит энергию, так психика питается информацией, получаемыми сигналами, раздражителями и тоже производит энергию. Психическую энергию или информационную энергию.
言い換えると、アウシュラはタイプを、情報を取り込んでエネルギーに変える心の形として定義しています。身体が食物で養われるように心は情報で養われる、というたとえは、アウシュラ自身のものです。この定義に立つと、以降の章で研究者が書くILIの記述は、情報をどう受け取り、どう扱うかの記述になります。
モデルAでは、どの要素が1番と2番に来るかで、タイプの違いが決まるとされています。ユングの側で別々の節に書かれていた内向的直観と外向的思考は、ここでILIという1つのタイプの1番目と2番目になります。
後代の研究者が語る系譜
この接合を、後の研究者はそれぞれの力点で語り直しています。Reininは、Kempinskiとアウシュラのあいだにある情報観の違いを、こう対比しています。
アントニ・ケンピンスキーは精神科医として、各人がそれぞれ自分固有の世界に生きていることをよく理解していた(中略)概念を導入するにあたり、ケンピンスキーは純粋に物理的な類比—エネルギー代謝・物質代謝との類比—を用い、情報を諸対象が相互に交換する一種の実体として表象した(中略)アウシュラ・アウグスティナヴィチューテは(中略)自らの情報代謝タイプ理論を構築するにあたって、明らかに「情報」現象の仮想的性質を理解していた。
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Анатолий Кемпинский, будучи врачом психиатром, прекрасно понимал, что каждый человек живет в своем особенном мире [6]. […] При этом, вводя понятие «информационный метаболизм», Кемпинский воспользовался чисто физической аналогией с энергетическим и материальным метаболизмом, представляя информацию как некоторую субстанцию, которой обмениваются объекты [5]. […] Однако, Аушра Аугустинавичюте [1], […] создавая свою теорию типов информационного метаболизма, безусловно, понимала виртуальный характер феномена «информация».
Reininによれば、Kempinskiは情報を物と同じようにやりとりされる実体として考え、アウシュラは情報の仮想的な性質を理解していたということです。仮想的な性質とは、物のような実体ではない性質のことです。系譜の転換は、ここでは情報という概念の質の違いに置かれています。
引用中の「アントニ」は訂正した表記です。Reininの原文では「アナトリー」と書かれていますが、Kempinskiの名は実際にはアントニ(Antoni)です。
Stratiyevskayaは、この転換を成し遂げた人物のほうに力点を置いて、こう書いています。
それでもなお、この領域における根本的な転換は、心理学者ではなく(本来そう期待されるはずだったのだが)、数学者によって(より正確には、心理学者というよりもむしろ数学者によって)成し遂げられた—それまで誰にも知られていなかったリトアニアの学者、アウシュラ・アウグスティナヴィチューテによってである。彼女ただ一人が、ユングのタイポロジー(類型論)を解読し、彼のタイポロジーへの「鍵」となる、構築的な心理学的モデルを開発し、自身のタイポロジーと自身の新しい、拡張され改良された人間心理の構造のモデル(「モデルA」)を創造することに成功した。
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И тем не менее кардинальный переворот в этой области был совершен не психологом (как этого следовало бы ожидать), а математиком (точнее, не столько психологом, сколько математиком) — дотоле никому не известным литовским ученым Аушрой Аугустинавичюте. Ей единственной удалось расшифровать типологию Юнга, разработать конструктивную психологическую модель, послужившую "ключом" к его типологии; создать свою типологию и свою новую, расширенную и усовершенствованную модель структуры человеческой психики ("Модель "А").
つまり、Stratiyevskayaは、ユングの類型論を解読してモデルAを作ったのは、心理学者ではなく数学者のアウシュラだったと強調しています。それまで無名だったリトアニアの学者の、ただ1人の仕事として書いている点に、この記述の力点があります。
Filatovaは、アウシュラとユングの出会いを本人の言葉ごと記録しています。
こうしてユングは、人間の一生を通じて保たれる安定した特徴によって互いに区別される、合計16の心理学的タイプを見出したのである。それから数十年後、リトアニアの研究者アウシュラ・アウグスティナヴィチューテが、さらに先へと歩を進めた。(中略)「ユングは私をたちまち引きつけた。なぜなら、彼は構造を提示していたからである。しかも16もの構造を!」
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Несколько десятилетий спустя исследователь из Литвы Аушра Аугустинавичюте пошла дальше. […] «Юнг заинтересовал меня сразу. Потому что предлагал структуру. И даже шестнадцать структур!»
言い換えると、アウシュラをユングに引きつけたのは、ユングが示した構造だったということです。引用の1文目の「合計16の心理学的タイプ」は、この章の冒頭で見たユングの8つの型とは数え方が異なります。
Yermakは、系譜全体を1文に圧縮します。
こうして、A. アウグスタは、ユング流のタイポロジー(類型論)を、A. ケンピンスキーの心の情報代謝の理念の立場から研究して、心のモデルを創造し、N. メドヴェージェフは、心と世界の情報的相互作用のアスペクト構造の根拠を提示することで、モデル化に基づく特徴の「明晰化」と精緻化の基礎を据えた。
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Так, А.Аугустинавичюте, исследовав юнговскую типологию с позиций идеи А.Кемпинского об информационном метаболизме психики, создала модель психики, а Н.Медведев, предложив основания аспектной структуры информационного взаимодействия психики с миром, заложили основы “прояснения” и уточнения признаков на основе моделирования.
文中のメドヴェージェフ(N. Medvedev)は、情報の側面(アスペクト)構造の根拠づけに関わった人物として言及されています。
Yermakは系譜を、アウシュラが心のモデルを作った段階と、メドヴェージェフが側面の構造の根拠を示した段階に分けて書いています。
このように、4人は同じ出来事の別の面を書いています。Reininは情報という概念の質の変化を、Stratiyevskayaはモデルを作った人物を書いています。Filatovaはユングの示した構造との出会いを、Yermakはモデルから側面の構造へ進む段階を記録しています。
小括します。4機能×2構えの枠組みはユングに、情報代謝の語はKempinskiに由来し、両者を1つのモデルに結びつけたのがアウシュラです。ここまでは各研究者の記述が一致し、食い違うのは力点です。
ILIについて言えば、祖形はユングの内向的直観型です。そこには、現実から離れて先の展開を予見する知覚と、自分の体に起きたことさえ像として眺める距離が書かれていました。2番のTeの祖形は、客観的な事実と公式に判断を任せる外向的思考型で、ユングでは別の節に置かれた型です。
つまり、祖形にあるのは要素の中身で、位置の配列ではありません。ユング自身も判断がわずかに分化した変種に触れていますが、直観と思考を1番と2番に配列したのはアウシュラです。この2点が、以降の全章の前提になります。
03モデルAにおけるILI
モデルAは、8つの情報要素を8つの機能位置に配置した心の構造モデルです。当サイトが基準とするILIの配置は次のとおりです。
- 1(主導機能):Ni(内向直観)
- 2(創造機能):Te(外向論理)
- 3(規範機能):Si(内向感覚)
- 4(脆弱機能):Fe(外向倫理)
- 5(暗示機能):Se(外向感覚)
- 6(動員機能):Fi(内向倫理)
- 7(観察機能):Ne(外向直観)
- 8(実演機能):Ti(内向論理)
ユングの補助機能—2機能構成の原点
モデルAの中核である「強い2機能の組」は、ユングの補助機能論に遡るとされます。ユングは、主機能と同等の力を持つ第2の機能は存在できない、と書きます。
同等の力を持つ第二の機能が存在することは本来許されないことである。したがって、この第二の機能は必然的に二次的な重要性しか持ちえず(中略)補助的あるいは補完的な役割として作用するからである。
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the presence of a second function of equivalent power is naturally forbidden. This other function, therefore, can have only a secondary importance(中略)but comes into play more as an auxiliary or complementary function.
どの機能が補助になれるかの規則も、続けて明示されます。
経験的事実が示すところによれば、第二機能は常に、主導機能とは異なる性質を持ちながらも対立関係にはない機能である。例えば、主導機能が思考の場合、補助機能としては直観と容易に組み合わさることができるし、同様に感覚とも同等に組み合わせることが可能であるが、すでに述べたように、感情とは組み合わせることができない。
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the secondary function is always one whose nature is different from, though not antagonistic to, the leading function: thus, for example, thinking, as primary function, can readily pair with intuition as auxiliary, or indeed equally well with sensation, but, as already observed, never with feeling.
2本を合わせると、2番目の機能は1番目と同じ強さにはならず、1番目を補う役をします。そのうえで、2番目に来られるのは、1番目と性質は違っても対立しない機能だということです。
ユングは、この組み合わせからできる型の例を、続けて挙げています。
これらの組み合わせから、よく知られた像が生じる。たとえば、感覚と組んだ実践的な知性、直観とともに突き進む思弁的な知性、感情判断によって自分の像を選び提示する芸術的な直観、力強い知性と手を結んで自分の幻視を理解可能な思考の領域へ翻訳する哲学的な直観、などである。
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these combinations well-known pictures arise, the practical intellect for instance paired with sensation, the speculative intellect breaking through with intuition, the artistic intuition which selects and presents its images by means of feeling judgment, the philosophical intuition which, in league with a vigorous intellect, translates its vision into the sphere of comprehensible thought, and so forth.
例の最後にある「力強い知性と手を結ぶ哲学的な直観」が、直観を主にして思考を補助に持つ組み合わせです。直観が見たものを、思考が他人にも分かる形にする、という分担になっています。
ILIの組は直観(Ni)と思考(Te)で、直観と思考は対立しないので、ユングの規則の範囲内に収まります。ソシオニクスの文献では、この2機能の組が自我ブロックの原型になったと説明されます。
アウシュラの機能理論—第1機能と第2機能
アウシュラは機能位置の理論(フンクツィオニカ)で、各位置の性格を定式化しました。第1機能と第2機能の記述です。
要約:第1機能は人間の世界知覚、彼の「情報的職業」、イメージを規定する。人間はこの要素について最大限の情報を持っており、最も確信をもってそれを使用する。最も強い機能、「個人的恣意の領域」と言うことができる。
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Резюме : 1-я функция определяет мировосприятие человека , его "информсационную профессию" , имедж . Человек имеет по этому элементу максимум информации , наиболее уверенно ей пользуется ; можно сказать, что это самая сильная функция , "зона личного произвола".
要約:第2機能は創造機能であり、ここで人間は自分以前には知られていなかった新しいものを創造する。第1機能の目的の達成と自己肯定のための創造である。
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Резюме : 2 функция творческая , здесь человек создает новое , до него не пзвестное . Творчество ради достижения цели по первой и самоутверждения .
2本を合わせると、1番は世界の受け取り方そのもの、2番はその目的のために新しいものを作る要素ということです。1番は、人が最も確信をもって使う要素でもあります。
さらにアウシュラは、機能が単独ではなく対で働くことを、こう書いています。
機能はモデルAの静的構造をなしている。それらは単独では働かず、常にペアで—ブロックとして働く。ブロックのアクセプト(受容)機能は可能な限り現実を反映し、プロダクティヴ(生成)機能は反応し、創造的に適応する。これはほぼ同時に起こり、機能が強く分化されているほど速い。
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Функции - составляют статическую структуру модели А. Они не работают по одиночке , но всегда парами - блоками . Акцептная функция блока по возможности отражает действительность , продуктивная реагирует , творчески приспосабливаясь . Происходит это почти одновременно , тем быстрее , чем более сильно дифференцирована функция.
上の引用にあるアクセプト機能は奇数番の受容の位置、プロダクティヴ機能は偶数番の生成の位置のことで、この2つの対がブロックです。
ILIに当てはめると、1番のNiでは、出来事が時間の中でどうつながり、どこへ向かうかをつかむことが「情報的職業」になります。2番のTeは、その見通しに合わせて、無駄の少ない手順を組む創造です。つまり、Niが受け取り、Teが応答するという組み合わせです。
ILIの自我ブロック—Niが見通し、Teが手を打つ
Gulenkoは、Wikisocionに再録されたプロファイルで、この2機能が働く場面を、上司としてのILIでこう書いています。
このタイプの上司は、取られた行動のリスクを予見し、現在の状況からの脱出方法について適時のアドバイスを提供し、見落とされていた細部に注意を向ける。これらすべてがマネージャーの立場にあるソシオタイプ(当サイトでいうタイプ)「批評家」の典型である。そのような人物は戦略的な性質の問題を非常にうまく解決することができる。ILIは時間に対する良く発達した感覚を持っている。彼の思考は動的で弁証法的な性質を持つ:すべてのものが密接に関連し、相互の交替と移行の中に存在すると見ている。
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This type of supervisor anticipates the risks of actions that have been undertaken, provides timely advice on the way out of current situation, calls attention to details that have been overlooked. All this is typical of sociotype “Critic” in position of a manager. Such a person may very well solve problems of a strategic nature. ILI has a well-developed sense of time. His thinking is dynamic and dialectical in nature: he sees everything as closely related and existing in mutual alternations and transitions.
言い換えると、ILIは行動の先にあるリスクを読み、そこから抜ける手順を適切な時機に示すということです。リスクの予見と「時間に対する感覚」は1番のNiの働きで、脱出の方法と適時の助言は2番のTeの働きです。
Gulenkoは、ILIの思考を物事が互いにつながり、移り変わっていく過程として見るものと書いています。見通しを担う1番と、それを手順に変える2番が、同じ時間の流れの上で組み合わさっているという記述です。
また、Yermakの定式化でも、4ブロックの要素構成は冒頭の基準配置と一致します。自我がNi・Te、超自我がSi・Fe、超イドがSe・Fi、イドがNe・Tiです(露語原文に拠ります)。
モデルA自体は、どの機能も他を直接管理しない線形・対称の構造とされます(Bukalov)。機能ごとの処理能力の差は16章(次元性)で扱います。
アウシュラ旧式の4列表記
アウシュラの初期著作では、タイプは8つの位置ではなく4つの機能で記述されます。ILIの旧式表記は、I(主導)=Ni、II(プロダクティヴ)=Te、III(MHC=最小抵抗の場)=Fe、IV(サジェスティヴ)=Siです。現行の8位置との対応は、I=位置1、II=位置2、III=位置4、IV=位置3になります。旧式のIIIとIVは、現行の位置4・位置3と逆順に並ぶので、番号だけで照合すると取り違えます。
また、旧式のIVの呼び名サジェスティヴは、現行では位置5の暗示機能の名前です。ですが、旧式のIVに入るのは、現行の位置3(規範機能)のSiです。
Filatova自身の4機能の番号も旧式とは別です。彼女のIII(脆弱)はFe(位置4)で旧式のIIIと同じ要素ですが、IV(暗示)はSe(位置5)を指し、旧式のIV(Si・位置3)とは違う位置です。
小括します。ILIの8位置の配置(Ni・Te・Si・Fe・Se・Fi・Ne・Ti)は、アウシュラのブロック論からYermakの定式化、後代のプロファイルまで要素の中身が一致しています。一方で、位置の番号づけと名称は研究者・時期によって別体系が併存します。原典を読むときは、番号ではなく「どの要素がどの意味の位置にあるか」で照合するのが確実です。
04情報要素から見るILI
ILIの自我ブロックはNi(内向直観)とTe(外向論理)です。研究者の定義とタイプ記述からは、ILIでは、Niで見極めた時機がTeの行動を始める条件になるという結合の向きが読み取れます。各要素の一般解説はNi(内向直観)とTe(外向論理)の詳細ページにあり、ここではILIの構成に関わる範囲に絞ります。
直観と思考—ユングの定義
出発点は、ユングの定義の章です。ユングは、まず直観をこう定義しています。
直観(intueri=中を見る・注視する、に由来)は、私の見解では、基本的な心理学的機能の一つである(「機能」の項参照)。直観は、知覚を無意識的な仕方で伝達する心理学的機能である。
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Intuition (from intueri = to look into or upon) is, according to my view, a basic psychological function (v. Function). is that psychological function which transmits perceptions in an unconscious way.
つまり、直観は、知覚したものを本人が意識しないまま伝える働きだということです。ユングは続けて、直観がどの種類の機能かを、こう書いています。
直観は、その内容の性質がどうであれ、一種の本能的な把握である。感覚(同項参照)と同じく、それは非合理的(同項参照)な知覚機能である。
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Intuition is a kind of instinctive apprehension, irrespective of the nature of its contents. Like sensation (q.v.) it is an irrational (q.v.) perceptive function.
言い換えると、直観は、理由をたどらずに内容をつかむ知覚の働きです。感覚と並べて「非合理な知覚機能」とする分類は、15章で見る非合理二分法の源流となります。
ユングは同じ項目で、直観が内と外のどちらへ向けて使われるかによって、2つの型を分けています。
直観は、主観的な形態か客観的な形態かのいずれかで現れる。前者は、その起源が本質的に主観的である無意識の心的事実の知覚であり、後者は、対象の閾下の知覚と、それによって引き起こされた思考や感情とに依存する事実の知覚である。(中略)直観の用いられ方、すなわち、認識と内的知覚に仕えて内へ向けられるか、行為と達成に仕えて外へ向けられるかに応じて、内向的直観型と外向的直観型とを区別することができる。
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Intuition appears either in a subjective or an objective form: the former is a perception of unconscious psychic facts whose origin is essentially subjective; the latter is a perception of facts which depend upon subliminal perceptions of the object and upon the thoughts and feelings occasioned thereby.(中略)According to the manner in which intuition is employed, whether directed within in the service of cognition and inner perception or without in the service of action and accomplishment, the introverted and extraverted intuitive types can be differentiated.
上の引用にある閾下の知覚とは、意識にのぼらないほど弱い知覚のことです。ユングは、直観の内と外の違いを、知るために使うか、動くために使うかの違いとして書いています。この内と外の区別が、ソシオニクスでNiとNeを分ける考えの元になったとされています。
次に、ユングは思考をこう定義しています。
思考とは、それ自身の法則に従って、与えられた表象を概念的な連関へと持ち込む心理学的機能である。
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Thinking is that psychological function which, in accordance with its own laws, brings given presentations into conceptual connection.
ユングの定義では、思考は、受け取った表象を概念どうしのつながりに組み込む働きです。ソシオニクスの通説では、直観と同じく、この思考を外向・内向に分けたものがTe・Tiに対応するとされます。
Ni(内向直観)—各研究者の定義
Niは、アウシュラの定義から始めます。アウシュラは、Niを時間の知覚として、こう定義しています。
時間とは、互いに連続する出来事間の関係である。この知覚のアスペクトは、出来事や人々の行為の連鎖性についての情報、その因果的相互連関性についての(中略)情報を与える。
言い換えると、アウシュラのNiは、出来事がどの順につながり、何が何の原因になるかに向く要素です。時間そのものを出来事どうしの関係として定義しているところに、アウシュラの考え方が表れています。
Stratiyevskayaの理論編は、「時間の直観」をこう定義しています。
矛盾の理解と世界の可変性の感覚、瞬間の重要性の感覚、危険の予感、過去の過ちの経験を考慮に入れること、寛容、夢想性、より良きものへの希望、時間内における過程を統御する能力、迅速な反応、リスクを冒す能力。
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Понимание противоречий и ощущение изменчивости мира, ощущение значимости момента, предчувствие опасности, учет опыта прошлых ошибок, терпимость, мечтательность, надежда на лучшее, умение управлять процессами во времени, быстрая реакция, умение рисковать.
つまり、StratiyevskayaのNiには、時間の流れを感じ取る力と、その流れの中で過程を動かす力の両方が入っているということです。定義に並ぶ「瞬間の重要性の感覚」は、この章の最後の節で、ILIが行動に移る時機の話につながります。
Filatovaは、基本概念の章で、ILIの主導機能としての時間の直観を、こう書いています。
思い出そう。ILIの主導機能—時間の直観(Ni)—は、その持ち主を、時間の流れの中に自分を感じ、起きていることの本質をみごとに理解して、結果を容易に予測する人間として特徴づける。
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Вспомним, что ведущая функция ИЛИ — интуиция времени БИ — характеризует ее обладателя человеком, который чувствует себя в потоке времени и, прекрасно понимая суть происходящего, легко прогнозирует результат
Filatovaにとって、Niを主導に持つ人は、時間の流れの中にいる自分を感じ、先の結果を予測できる人です。一般的な定義ではなく、ILIという1つのタイプの主導機能として、この要素を書いている点が、ほかの3人との違いです。
Yermakは、同じ側面(アスペクト)の意味を「出来事」の語にまとめ、こう書いています。
可能性、能力、才能—これらすべては利用できることもあれば、できないこともある…それに、可能性は可能性によって違うし、能力や才能は言うまでもない…したがって、可能性の関係は、特に予測のために、重要かつ必要な情報である。(中略)したがって、世界の現実の変化に関連する可能性の関係は、主観的にはポジティブまたはネガティブな出来事として知覚される。「…時間の中で生じ、より長いまたはより短い時間の経過後に消滅し、過去の領域へと退いていくあらゆる事態を、『出来事』という言葉で呼ぶことに合意しよう」(ロスキー N.O. [7])。(中略)文献ではこのアスペクトの他の名称も見られる: 内向的直観または時間の直観。
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Возможности, способности, талант – всем этим можно воспользоваться, а можно и нет... Да и возможность возможности рознь, не говоря уж о способностях и талантах... Следовательно, соотношение возможностей – информация важная и нужная, особенно, для прогнозирования.〔中略〕Следовательно, соотношение возможностей, связанное с изменениями реалий мира, субъективно воспринимается нами как событие позитивное или негативное. “...Условимся называть словом “событие” всякое состояние вещей, возникающее во времени, и после большего или меньшего промежутка времени исчезающее, отходящее в область прошлого”(Лосский Н.О. [7]).〔中略〕В литературе встречаются и другие названия этого аспекта : интровертная интуиция или интуиция времени.
Yermakは、可能性どうしの関係を、予測に要る情報として扱っています。その関係が良い出来事か悪い出来事かとして受け取られる、というのがこの側面の中身です。名称は「内向直観」「時間の直観」と揺れますが、記号は△で、指している側面は同じです。
このように、4人とも、一つひとつの出来事よりも、出来事の連なりとその行き先をNiの対象にしています。
Te(外向論理)—各研究者の定義
Teも、同じ順で示します。アウシュラは、Teを行為についての情報として、こう定義しています。
身体的活動、行為についての情報が知覚される。生きたもの、生きていないものの活動についての情報である。(中略)行為の過程のなかで起きていることを見分ける能力を与える。それによって、行為の方法を考案できるか、合理的な行為を非合理的な行為から区別できるか、他者の仕事を指揮できるかが規定される。
言い換えると、アウシュラのTeは、人や物が何をしているかを受け取り、その行為が合理的かどうかを見分ける要素です。行為の方法を考え出すことや他者の仕事を指揮することも、この見分ける力から出てくるものとして書かれています。
Stratiyevskayaの理論編は、同じ要素を「理性的行動の論理」と呼び、こう定義しています。
理性的行動の論理—これは労働を人生上の価値とみなす—技術、過程、方法、規則、アルゴリズム、原因と結果。事業性、節約的で効率的な行動。合理化、技術性、創意工夫。合目的性、健全な分別。
つまり、Stratiyevskayaは、働くことを人生の価値とみなす構えを、Teの定義の最初に置いています。技術や方法のような手順の語と、効率や合目的性のような良し悪しを決める語が並び、やり方とその評価が1つの要素にまとめられています。
Filatovaは、基本概念の章で、外向の論理型をこう書いています。
外向タイプの論理型は、主要な注意を周囲世界の物質的な対象に向ける。彼が興味を持つのは生産の過程、テクノロジー、工業製品や農業生産物の利用の効率である。何かを自分の手で作るのが好きで、機械や機構の動作原理を理解するのは彼には容易である。自分の行動においてはもっぱら事実に依拠し、事実を真理の根本的な基準と考える。
FilatovaのTeは、物の作り方や生産の効率に注意が向き、事実を正しさの基準に置く要素です。判断の拠りどころを外の事実に置く点で、行為の合理性を見分けるというアウシュラの定義と向きがそろいます。
Yermakは、同じ側面の意味を「仕事」の1語にまとめ、こう書いています。
こうして、明らかに、我々にとってオブジェクトの唯一の重要な特性は、作業的、技術的過程(これらの語の広い意味で)における利用である。それゆえ、オブジェクトに関する情報の本質的構成要素(アスペクト)の意味論は、「仕事」という概念で一般化することができ、言語で同じか近い意味で用いられる一連の語によって詳細化できる。ソシオニクス文献では、このアスペクトの他の名称が見られる—外向論理、または A. アウグスティナヴィチューテによってかつて導入され、ほぼ正統化されつつある名称、ビジネス論理(以下、こうした参照の2番目の名称はすべて、今日ソシオニクスで受け入れられているものを指す)。
言い換えると、Yermakは、物についての情報のうち大事なのは、作業や技術の過程で使えるかどうかだとしています。引用の後半は呼び名の説明で、アウシュラが導入した「ビジネス論理」がほぼ定着しつつあると書き添えています。
このように、4人とも、行為ややり方が役に立つかどうかを、外の事実で確かめる点をTeの中身にしています。
ILIにおけるNi・Teの結合
ILIのタイプ記述では、この2要素が1つの構えとして書かれます。Filatovaは、ILIの章の冒頭で、このタイプの意識の構えをこう書いています。
この心理タイプの代表者の意識の構えを思い起こそう。世界は無限であり、流動的であり、多様であって、その状態は絶えず変化している。そして人間の目的は、出来事の途切れない連鎖の中に自分の居場所を見出し、その一環となることである(内向直観〈Ni △(Ni)〉—主導機能)。行動することが意味を持つのは、力を注ぐべき最適な瞬間が定まったときだけである(外向論理〈Te ■(Te)〉—プログラムの実現=創造機能)。
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Напомним установку сознания представителя этого психотипа: Мир бесконечен, текуч, многообразен, его состояние непрерывно меняется, и цель человека — найти свое место в непрерывном ряду событий, стать его звеном (БИ — программная функция). Действовать имеет смысл только тогда, когда определен оптимальный момент приложения сил (ЧЛ — реализация программы).
言い換えると、FilatovaのILIは、出来事の連鎖の中に自分の居場所を探し、力を注ぐ時機が定まるまでは動かないということです。引用の中の括弧では、前半がNi、後半がTeの記述として示されています。
同じNiとTeを逆の順に持つLIEと比べると、この順番がよりはっきりします。Filatovaは、両者の時間の扱い方をこう対比しています。
LIE〔原文: ジャック〕は時間の扱いに創造性を発揮する—必要なところでは急ぎ、必要なところでは行動を緩める。これに対しILI〔原文: バルザック〕は、むしろ時間に従う方である。これは、両者において時間を扱う機能が異なるチャンネルに位置していることに起因する—LIE〔原文: ジャック〕では創造チャンネルに、ILI〔原文: バルザック〕ではプログラムチャンネルに。
上の引用にあるプログラムチャンネルは主導機能、創造チャンネルは創造機能のことです。言い換えると、時間を主導に持つILIは時間に合わせて動き、2番目に持つLIEは時間を道具として操るということです。
ここから、2つの要素の順番が読み取れます。Teの行動は、Niが時機を見極めたあとで始まるという順番です。StratiyevskayaがNiの定義に入れていた「瞬間の重要性の感覚」も、ILIでは、いつ力を注ぐかを決める働きとして現れていると読めます。
小括します。Niは「出来事の連なりとその行き先を知覚すること」、Teは「行為ややり方の合理性を外の事実で確かめること」で、研究者間の定義は語彙の揺れを除けばまとまっています。ILI固有の論点は結合の向きです。NiとTeは並列の2技能ではなく、Niが見極めた時機に合わせてTeの行動が始まる構成として記述されます。弱い側の要素(Si・Fe・Se・Fi)の記述は、各研究者章と16章(次元性)で扱います。
05アウシュラの記述
アウシュラは、ILIを、人のふるまいから先の成り行きを組み立て、迫る不都合を前もって告げる者として書いています。底本は『ソシオニクス入門』(1998年)の「感覚的外向型と直観的内向型」の節と、『ソシオニクス:心理タイプ・テスト』(1998年)です。
自分からは始めない
アウシュラは、ILIの基本的な特徴を、次のように書いています。
直観論理内向の基本的特徴は、ほぼすべての内向型に共通するように、自分からイニシアチブを出すことが稀であるだけでなく、それを出す者をからかい、なくても済むなら済ませたいということだ
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Основная черта интуитивно-логического интро- верта: он не только сам редко проявляет инициати- ву, что в целом характерно почти для всех интро- вертов, но и подшучивает над теми, кто ее про- являет, если без этого можно обойтись.
つまり、ILIは自分から事を始めることが少なく、先に動く人とも距離を取るということです。アウシュラは、始めないこと自体を、ほぼすべての内向型に共通する性質としています。そのうえでILIの記述には、先に動いた人への冷やかしが加わっています。
醒めた見方か、水を差す一言か
ILIが活動的な人について口にしがちな言葉と、それが周りにどう受け取られるかを、アウシュラはこう書いています。
活動的な者はみな、いわく、舞台にしゃしゃり出て、注目の中心にいたがるか、自分の愚かさのせいで身を引き裂いているのだ、と。ある人々はこれを、醒めた見方、客観的で独立した判断、不快なことを口にする勇気と受け取る。ほかの人々を、彼は悪い気分にさせる。いつでもどこでもタールを一滴垂らすことをやってのけるからである。
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Все деятельные, мол, лезут на сцену, хотят быть в центре внимания или разрываются из-за собственной глупости. Некоторые это воспринимают как трезвость взглядов, объективные независимые суждения, смелость в высказывании неприятных вещей. Других он настраивает дурно, т.к. всегда и везде ухитряется капнуть каплю дегтя.
上の引用にある「タールを一滴垂らす」は、ロシア語の慣用句「蜂蜜の樽にタールをひとさじ」を踏まえた言い方で、良いものに少しの苦言を混ぜて台無しにすることを指します。アウシュラは、同じ一言が、醒めた判断とも水を差す苦言とも受け取られることを並べて書いています。ILIの言葉に1つの評価を与えず、聞く側によって分かれるものとして書き留めています。
悲観に見えるのは、見逃しへの恐れ
ILIが悲観的だと言われることについて、アウシュラは、その評判を紹介したうえで自分の見方を書いています。
直観的内向型は悲観的な哲学に傾きがちである。しばしばミサントロープと呼ばれる。(中略)違う。ただ生きているのだが、まるで常に何かを見逃すかもしれないと恐れているかのようだ。(中略)良い気分を見つけただけで、内向的直観が思い出させ始める。喜ぶことなど何もない、この程度は誰にでもできるのだから、そこから何が出てくるかもまだわからないのだと。気分は壊れ、熱は冷める。その代わり、他者がついていないとき、すべてが手からこぼれ落ちるとき、運命が敵意を帯びるとき、彼は無敵の慰め手となる。
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Интуитивный интроверт склонен к пессимисти- ческому философствованию. Его нередко называют мизантропом. Порой создается впечатление, что он видит вообще только черное и что он сам — злое и нехорошее существо. Нет. Он лишь живет, все время будто бы опасаясь, что может что-нибудь проглядеть.〔中略〕Лишь уви- дев хорошее настроение, интровертная интуиция начинает напоминать о том, что нечего радоваться, что это доступно любому глупцу и что еще неиз- вестно, что из этого получится — настроение пор- тится, пыл угасает. Зато он непревзойденный уте- шитель, когда другим не везет, когда все валится из рук, когда судьба кажется враждебной.
上の引用にあるミサントロープは、人間嫌いのことです。アウシュラはこの呼び名を挙げてすぐに「違う」と打ち消し、悲観に見えるものの中身は、何かを見逃すことへの恐れだと書いています。引用の中の「内向的直観」は、ILIの位置1にあるNi(内向直観)のことです。
そのため、盛り上がった場に水を差すことと、不運のときに頼りになる慰め手になることが、同じ性質の表と裏として並んでいます。
同じ箇所で、アウシュラは、ILIが先の不都合を口にする理由をこう続けています。
もし彼が何か迫りくる不快事(幸運にはそれほど関心がない)について前もって警告しなかったとしたら、どうやら自分を余計な人間だと感じることだろう。
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Нет. Он лишь живет все время будто бы опасаясь, что может что-нибудь проглядеть. Если он от какой-нибудь угрожающей неприятности (удачи его меньше интересуют) не предостерегал бы заблаговременно, то по-видимому, чувствовал бы себя лишним человеком.
言い換えると、不都合を前もって知らせることが、ILIにとっては周りの役に立つ方法だということです。括弧の中で「幸運にはそれほど関心がない」と断っているので、アウシュラの見立てでは、ILIの見通しは主に悪い方向の成り行きへ向かいます。前の引用の水を差す言葉も、本人の側から見れば警告の延長にあります。
ふるまいの断片から「作動するモデル」を組む
他人の行動をどう把握するかについて、アウシュラはこう書いています。
直観論理内向は、他の人間のふるまいの個々の要素、その人の行いから、いわば作動するモデルを組み立てる。だから彼を何かで驚かせることはできない。そこから、ふるまいに彼らにとって理解できる一貫性が欠けていて、それゆえそうした行動主義的な行動モデルを組み立てることができない人々への、彼の不満が生じる。
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Интуитивно-логический интроверт из отдельных элементов поведения другого человека, его поступков, составляет как будто бы действующую модель. Поэтому его невозможно чем-нибудь удивить. Отсюда его неудовлетворенность теми, в поведении кого не хватает понятной им последовательности, а поэтому нельзя составить такой бихевиористической модели поведения.
つまり、ILIの見通しは、人の行いを1つずつ積み上げて作ったモデルから出てくるということです。モデルができているので、相手が何をしても意外に感じにくいとされます。
反対に、アウシュラは、一貫性がなくモデルを組めない相手には不満を持つとも書いています。前の節の警告も、このモデルを使って先の成り行きを考えた結果として出てくると読めます。
張り詰めた顔と、整えられた身なり
アウシュラは、SLIの顔つきを書いた箇所で、括弧書きでILIにも触れています。
すべての SLI〔原文: ギャバン〕 は感情の発露に慎重で、顔には特定の張り詰めたマスクがある。それは降りない、笑うときでも。(似たマスクが ILI〔原文: バリザック〕 の顔にある)。
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Все ГАБЕНЫ в проявлении эмоций осторожны, потому на лице определенная маска напряженнос- ти. Она не сходит, даже когда они смеются. (По-〔中略〕хожая маска на лице БАЛЬЗАКА.)
つまり、アウシュラは、笑っても崩れない張り詰めた表情をILIの顔にも認めていたということです。SLIの章の短い注ですが、創始者がILIの外見をどう描いたかが分かる記述です。
身なりと体の感覚について、アウシュラは『心理タイプ・テスト』のIEIの章で、あるブロックを説明する中にILIの場合を書いています。
直観論理内向にとって、(中略)この前に他者によって触れられた客体に対する潔癖。手を絶えず洗う必要、特に、例えば、不快な人々と会った後や公共の交通機関を利用した後など。客体のなかでは、その強調された「整えられた表現」、客体的な完成度によって他のものから際立つ必要がある。男性にとっては凝ったスポーティな様式への好み、女性にとっては—「英国風」への好みである。
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У ИНТУИТИВНО-ЛОГИЧЕСКОГО ИНТРО- ТИМА〔中略〕Брезгливость〔中略〕при прикасании к объектам, которые перед этим ощупывались другими. Постоянная потребность мыть руки, особенно, например, после встречи с неприятными людьми или после пользования об- щественным транспортом. Потребность выделять- ся среди других объектов своей подчеркнутой «оформленностью», объектной законченностью. У мужчин склонность к вычурному спортивному стилю, у женщин — к «английскому».
この引用の節で、アウシュラは、このブロックを自分の体の状態と自己感覚にかかわる超イドとして説明しています。ILIの超イドには、位置5のSe(外向感覚)と位置6のFi(内向倫理)が入ります。
言い換えると、ILIは、自分の体や持ち物に他人のものが混じることに敏感だということです。位置5は、自分では扱いにくく、人から補ってほしい要素が入る位置とされています。
小括します。アウシュラのILI記述の要点は3点です。
第一に、自分からは事を始めず、先に動く人と距離を取ることです。この距離の取り方は、醒めた判断とも水を差す苦言とも受け取られます。
第二に、悲観に見える言動の中身を、見逃しへの恐れと、不都合を前もって知らせる役目として書いていることです。その見通しは、人のふるまいから組み立てたモデルに支えられています。
第三に、張り詰めた顔や、潔癖と身なりへのこだわりといった、外から見える姿と体の感覚の観察です。
アウシュラは、ILIへの悪い評判を紹介しながら、その内側にある動機まで書き込んでいます。この留保つきの像を後の研究者がどう引き継いだかが、以降の章の主題になります。
06Reininの記述
Reininは、ILIを、自分と相手の内面をよく自覚しながら、外の出来事では他人の後押しを待つ者として書いています。Grigory Reininは、15の二分法特性(レイニン特性)の提唱者として知られる数学者です。ILIの記述は、主著『ソシオニクス:類型論・小集団』(英語版2010年)の「直観論理内向型—バルザック」の節と、第III部のタイプ別の助言に残っています。
タイプの節は、機能ごとの8つの区画で書かれています。Reininは機能を強い順の#1〜#4と負の番号の#-1〜#-4で呼び、ILIでは#1=Ni、#2=Te、#3=Fi、#4=Se、#-1=Ne、#-2=Ti、#-3=Fe、#-4=Siです。引用の中の「第3機能」も同じ番号で、Reininが#3と呼ぶ機能は、当サイトの位置番号では位置6のFiです。
存在原理—内的状況の全体性
Reininは、ILIの#1(位置1のNi)の区画を、こう書き出しています。
内的状況の全体性がこのタイプの存在原理である。(中略)この特徴はILI〔原文: バルザック〕の人間関係において明らかになる。このタイプは対話相手の気分に同調する自然な才能をもっている。ILI〔原文: バルザック〕は、あなたが彼/彼女にそうあって欲しいと思うものに正確に成る才能をもつ。
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the integrity of the internal situation is the principle of existence of this type.〔中略〕This trait becomes evident in a Balzac's relationships. This type has a natural gift of tuning in the mood of their vis-à-vis. A Balzac has the gift of being exactly what you want him/her to be.
言い換えると、ILIにとっては自分の内側が1つにまとまっていることが、存在の条件だということです。Reininは、この原理が人間関係に出る形として、相手の気分に合わせ、相手が望む人物になる才能を挙げています。
同じ段落でReininは、ILIをEIEと比べて、こう続けています。
EIE〔原文: ハムレット〕が自分の創造機能のために仮面を着け頻繁に変えるとすれば、ILI〔原文: バルザック〕は本当に誰かに「成る」ことができる。自分自身を失ってもなお、私は私自身であり続ける。
EIEは創造機能のために仮面を付け替え、ILIはその人物に本当になりきる、という対比です。それでも最後は「私は私自身であり続ける」と結ばれ、相手に合わせることと自分を保つことが、1つの文の中で両立しています。内的状況の全体性という#1の原理は、この両立を指していると読めます。
「私はソシオニクスを必要としない」
Reininは、ILIの自己認識について、本人たちがよく口にする台詞を引いて、こう書いています。
彼が自分自身について知らないことは何もない—「私自身について私に教えるな」。このタイプの人々はしばしばこう言う—「私はソシオニクスを必要としない。それは私には何の役にも立たない。私はこれらすべてを知っており、すべてできる。人々や社会と意思疎通するのにそれを必要としない」。ある意味でそれは真実である—ILI〔原文: バルザック〕は他のどのタイプよりも、自分自身と相手の状態をよく自覚している。内向的方向付けはILI〔原文: バルザック〕において他のどの内向型よりも顕著である。
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There is nothing he does not know about himself: “Don't teach me about myself”. People of this type often say: “I do not need socionics. It is of no use to me. I know all this and can do it all. I do not need it to communicate with people and the society”. In a sense it is true: Balzac is more aware of his and his partner’s condition than any other type. The inward orientation is more pronounced in a Balzac than in any other introverted types.
つまり、ILIは、自分についての説明を外から受け取る必要を感じにくいということです。Reininはこの台詞を退けず、自分と相手の状態の自覚がどのタイプよりも高いことの表れとして書き留めています。
世の中の仕組みの理解—位置2のTe
Reininは、#2(位置2のTe)の区画で、ILIと法律・慣習との関わりをこう書いています。
ILI〔原文: バルザック〕は現行の法律や慣習に通じている。SLI〔原文: ギャバン〕が法律や慣習の領域で物事に取り組むのに対し、ILI〔原文: バルザック〕は「制度の愚かさ」を批判する。 ILI〔原文: バルザック〕はこの世界における実践的達成のためのエネルギーは少ない(他のタイプより少ない)が、現実生活についての良き理論的知識をもっている。これは彼らの創造機能であるため、彼らは社会のあらゆる潜流を、国の法律のあらゆる抜け道を知っており、力を使う価値のないところがどこかを知っており、特定の行動の結果を予見することができる、等々。
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A Balzac is familiar with current laws and customs. A Gaben works on things in the area of law and customs, while a Balzac criticizes 'the foolishness of the system'. A Balzac has little energy for practical achievements in this world (less than other types), but he has a good theoretical knowledge of real life. Since this is their creative function, they know all the undercurrents of the society, all the loop wholes in the country laws, where to use force it is not worth it, they are able to foresee the consequences of certain actions, etc.
言い換えると、SLIが法律や慣習の中で物事に取り組むのに対して、ILIは決まりの働き方を知ったうえで、その愚かさを指摘する側に立つということです。Reininは、実践に使うエネルギーの少なさと、行動の結果を先に知っている理論的な知識を、同じ区画に並べています。
距離を置いて愛する—位置6のFi
Reininは#3を問題の領域と呼び、この区画に自己評価の原理を置いています。ILIではこれが位置6のFiです。Reininは、この区画をこう書いています。
自己評価の原理:もし私が誰かを愛しているならば、それは私自身に対して良き態度をもつのに十分な理由である、すなわち、もし私が誰かを愛しているならば、私は良い人間である。ILI〔原文: バルザック〕は第3機能に従って自分自身を保護する必要があるとき、対象から距離を置き、抽象の領域へと退却する。彼はむしろ自分の愛情の対象がどこか遠くに、遠征中、海外出張中であってほしいと願う。あらゆる弱点をもつ実在の人物よりも、自分の心の中の理想像を愛するほうが常に楽である。実在の人々は完璧ではなく、われわれを失望させる。もし私が失望するならば、私は愛していないことになる。それゆえ私は悪い。
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My attitude to other people: "I like you - I do not like you", "pleasant - unpleasant". The principle of self-esteem: if I love somebody it is a good reason to have a good attitude to myself, i.e. if I love somebody, then I am a good person. A Balzac is distancing himself from the object, withdrawing into the realm of abstractions, when he needs to protect himself according to the third function. He would rather have his object of affection be some place far away, in an expedition, on a business trip abroad. It is always easier to love an ideal image in your mind than a real person with all their weaknesses. Real people are not perfect; they disappoint us. If I am disappointed, then I do not love. Therefore I am bad.
言い換えると、ILIは、失望せずにすむ距離に愛の対象を置くということです。Reininの説明では、実在の相手に失望すると「愛していない」ことになり、それが「私は悪い」という自己評価につながります。遠くにいる相手や心の中の理想像は、この連鎖を起こさない相手として書かれています。
外からの後押し—位置7のNeと位置5のSe
Reininは、#-1(位置7のNe)の区画で、外の出来事へのILIの態度をこう書いています。
世界の全体性の無視。ときとしてこのタイプは外的事象の進行に逆説的に無関心であり、状況、計画、スケジュールを軽視する。状況の予定された性格を不可避なものとして知覚し、彼らはときに不利な事象継起についての新たな情報を完全に無視する—特にそれが彼ら自身にのみ関係するときに。潜在的に悪い結果について十分に知らされていてさえ、ILI〔原文: バルザック〕は何かを変えるためにほとんど、あるいは全く努力をしないかもしれない。彼はそれをするだけのエネルギーがないと言い訳する。彼は状況を変えるための強力な外部の影響に責任を委ねる。
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ignoring of the integrity of the world. At times this type is paradoxically indifferent to the course of external events, they neglect circumstances, plans and schedules. Perceiving the predetermined character of circumstances as something inevitable, they sometimes completely ignore new information on adverse succession of events, especially when it concerns only them personally. Even when fully informed of the potentially bad outcome, a Balzac may make little or no effort to change anything. He makes an excuse that he does not have any energy to do that. He hands the responsibility over to a powerful influence from outside to change the situation.
言い換えると、ILIは外の成り行きを動かせないものとして受け取り、成り行きを変える役を外の力に預けやすいということです。#1が「内的状況の全体性」だったのに対して、#-1では外の世界の全体性が軽く扱われるという組み立てになっています。
#4(位置5のSe)の区画は、次の一句で始まります。
「私に何かをしてくれ」。ILI〔原文: バルザック〕は周囲の人々が見たいと思う仮面を容易に被る。(中略)このタイプの人々は説得にほとんど抵抗できない—何かをするように圧力をかけられると、彼らはほとんど無防備である。(中略)彼らはしばしば、何かをするのに外的な後押しを必要とする。一方で、彼らは圧力に抵抗することができない。異性の人物がILI〔原文: バルザック〕のところにやって来てこう言う—「俺は引っ越してくる、俺はお前と一緒に住む」。—「うん、いいよ」。
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“Do something with me”. A Balzac easily puts on the mask that people around her want to see. Sometimes this type lives the role they play, and while frequently changing their masks they happen to lose themselves. People of this type can hardly resist persuasion: when pressed to do something, they are almost defenseless. A Balzac may 'unexpectedly' find herself involved in a strange activity. They often need an external push in order to do something. On the other hand, they are unable to resist the pressure. A person of the opposite sex comes to a Balzac and says: “I am moving in, I will live with you”. – “Well, OK”.
つまり、ILIが動き出すきっかけは、多くの場合、他人の働きかけだということです。後押しを必要とすることと圧力に抵抗できないことが同じ区画に並び、「うん、いいよ」の小話はその両方が一度に出る場面です。冒頭の標語は、英語版では "Do something with me" と書かれています。
#-1で変化を外の力に預け、#4で外からの後押しを待つという2つの区画は、同じ向きの記述です。
恐怖の領域—自分の健康
Reininは#-4を恐怖の領域と呼びます。ILIではこれが位置3のSiで、Reininは、この区画をこう書き出しています。
恐怖の領域は、私の感覚、私の健康状態である。一般的に受け入れられるよりも、あるいは彼女が好むよりも詳しく、健康についてILI〔原文: バルザック〕に話してみよ—そうすれば即座にあなたは口を閉ざされるであろう。彼女は他の人々については話すが、決して自分自身については話さない!自分の健康について何かをするには、ILI〔原文: バルザック〕は巨大な努力をしなければならない!ときには誰かが彼/彼女に自分の健康を世話するように仕向ける必要がある。私は経験から判断できる—このタイプは病院に病人を見舞うのを好まない。
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the zone of fear is my sensations, my health condition. Try talking to a Balzac about her health in more detail than it is commonly accepted or than she would prefer – and immediately you will be shut down. She would talk about other people, but never about herself! To do something about her health a Balzac needs to make gigantic efforts! At times somebody needs to make him or her take care of his or her health. I can judge from my experience: this type does not like visiting the sick at the hospital.
言い換えると、自分の体の状態は、ILIにとって話題にすることも手を打つことも重い領域だということです。ここでも、健康の世話を始めるには、ときに誰かの働きかけが要ると書かれています。病院の見舞いを好まないことについては、Reininは「経験から判断できる」と自分の観察として添えています。
Reininは、ILIの友人との出来事を、こう書いています。
ILI〔原文: バルザック〕はウイルスをもらうのを恐れる。彼らは1日に20回も、それ以上も手を洗うことがある。ある日、私の友人—ILI〔原文: バルザック〕—と私は地下鉄駅の下りエスカレーターにいた。私が手すりに寄りかかったとき、彼女は驚愕した—「触るな!膨大な数の人々がそれに触れた、何十億もの細菌が…」。そんなことは私の頭に決して浮かばないが、彼女はそれが本当の危険だと思っていた!
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A Balzac is afraid of picking up a virus. They can wash their hands twenty times a day, and even more. One day my friend – a Balzac and I were on an escalator down in the subway station; when I leaned on the handrail, she was terrified: “Don’t touch! A ton of people has touched it, billions of germs …” Things like that never come to my mind, but she thought it was a real danger!
Reinin本人が気にも留めない手すりが、ILIの友人には現実の危険だった、という場面です。#-4の恐れは、健康の話題を避ける形だけでなく、細菌を避ける行動としても書かれています。前の引用の「経験から判断できる」と同じく、この小話もReinin本人の観察として書かれています。
一方、Reininは第III部で、ILIの健康について別の向きの記述を残しています。第III部は、状況ごとにタイプへ二人称で助言する形で書かれています。
IEI〔原文: ツタンカーメン〕やESI〔原文: ドライザー〕と同様、健康に十分注意を払い、軽い病気を無視しないよう努める。忍耐強く、病気に耐えようとする。医者を訪ねるのは好まない。親族の健康については彼ら自身よりもずっと心配する。
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You, just like a Tutankhamon and a Dreiser, pay enough attention to your health and try not to neglect minor sickness. You are patient and try to endure sickness. You do not like to visit doctors. You worry about your relatives' health much more than they do. Observe yourself. Probably somewhere in the body there is a misbalance, and at this point simple measures are required.
同じ本の中で、タイプの節は健康のために何かするには巨大な努力が要ると書き、第III部は健康に十分注意を払い、軽い病気も無視しないと書いています。自分の健康への向き合い方について、2つの記述は逆を向いています。病院や医者を好まないという点は、両方に出てきます。
小括します。ReininのILI記述の軸は3つです。
第一に、#1の「内的状況の全体性」を存在原理に置いたことです。相手に本当になりきる才能と、自分をよく自覚していることが、同じ機能の記述にまとめられています。
第二に、#-1と#4の記述が、外の出来事を動かすのは他人の働きかけという同じ向きで書かれていることです。#2の区画でも、社会の仕組みはよく知っていても、実践に使うエネルギーは少ないと書かれています。
第三に、#3と#-4で、愛の対象を遠くに置くことと、健康や細菌への恐れという具体的な振る舞いを書いていることです。健康については、同じ本の中に向きの逆な2つの記述が残っています。
記述の形の面では、8つの区画によるタイプの節と、二人称で書かれた第III部の助言という2つの形式があります。Reininは、本人の台詞や友人との小話を交えて、内面をよく自覚しながら、外では他人の働きかけで動き出すILIを書いています。
07Bukalovの記述
Aleksandr Bukalovは、ILIを、先の成り行きを感じ取り、その結果を論理で計算する者として書いています。底本は、Wikisocionに再録されたBukalovのILIプロファイルと、機関誌に発表された本人の論文2本(1996年の周産期論、2023年の職業論)です。
Bukalovはキエフの国際ソシオニクス研究所を率い、機関誌『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』を主宰してきた研究者です。プロファイルは生活の場面と人物の例を短く並べ、論文はILIを機能の組み合わせから説明します。
暗い予測と、その的中
Bukalovのプロファイルは、ILIが時間の中の状況をどう感じ取るかから始まります。
このタイプの人々は、時間における状況を完璧に感じ取る。例えば、始められた仕事の結果がどうなるか、あるいは知っている人がある状況でどのように振る舞うかなどである。これらの予測は慰めとなることはめったになく、むしろ「何もうまくいかない」などである。興味深いことに、彼の予測のほとんどは的中する。例えば、フランスの預言者ミシェル・ノストラダムスの予言の多くが実現している。一般的に「ILI〔原文: バルザック〕」には悲観主義と懐疑主義が内在している。同時に、ある出来事や人物のビジネス上の利益を論理的に計算する能力がある。
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People of this type perfectly feel the situation in time, for example, what the outcome of the case was started, or how to behave in a familiar person in a given situation. These predictions are rarely comforting, more often - “It does not come out anything,” etc. The interesting thing is that most of his predictions come true. For example, many of the prophecies have come true French-telja predictions of Michel Nostradamus. In general, “Balzac” inherent pessimism and skepticism. At the same time he is able to logically calculate the business benefits of an event or person.
言い換えると、ILIは仕事の行方や人の出方を先に感じ取り、その見通しは暗いことが多いということです。Bukalovは、その悲観と懐疑を、予測のほとんどが的中するという評価と並べて書いています。
段落の最後では、同じ人物に、出来事や人物の利益を論理で計算する力があるとされます。先を感じ取る力と、結果を論理で計算する力の組み合わせは、2023年の論文でも繰り返されます。
暗く見える理由—周産期の体験からの説明
1996年の論文で、Bukalovはこの暗さに理由を与えています。論文は、出産の過程を段階に分け、段階ごとの体験の型を記述したグロフの周産期マトリクスを、タイプの成り立ちに結びつけるものです。その第3段階の体験のうち、破壊と自己破壊の衝動を含む要素を、BukalovはガンマクアドラのILIに対応させています。
Bukalovは、その要素が自我ブロックでどう表れるかを、こう書いています。
自我ブロックレベルでは死、病、不幸への引きつけは、死・病への恐れ、新たな試みへの懐疑等として表される。これは他ならぬ直観論理内向(中略)の世界観・行動の特徴である。このタイプは、発達した時間直観(中略)と動的論理(中略)のため、周囲の生活の出来事の進展とその否定的帰結を予見できることから、しばしば物事や現象を陰鬱な光のもとに見る点で特徴づけられる。
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Влечение к смерти, заболеваниям, несчастным случаям на уровне блока ЭГО представлены боязнью смерти, болезней, скепсисом к новым начинаниям и т.п. Это не что иное, как характерные черты мировоззрения и поведения интуитивно-логического интроверта (ИЛИ,〔中略〕Этот тип характеризуется тем, что часто видит вещи и явления в мрачном свете, т.к., ввиду развитой интуиции времени〔中略〕и динамической логики〔中略〕может предвидеть развитие событий в окружающей жизни и их негативные последствия.
つまり、否定的な帰結が先に見えているために、物事が暗く見えるということです。上の引用にある時間直観はNi(内向直観)、動的論理はTe(外向論理)のことです。Bukalovは、死や病への恐れと新しい試みへの懐疑をILIの世界観とし、暗く見る理由を、この2つの機能による予見に置いています。
プロファイルでは場面の観察だった悲観が、ここでは出生時の体験の型にまでさかのぼって説明されています。
予測を職業にする—「私は何が起こりうるかを計算する」
2023年の論文で、Bukalovは、タイプと職業の関係の中でILIをこう書いています。
さらに直観論理内向(△(Ni)■(Te)、ILI)もいる:彼らも科学技術領域で十分多く働いている。しかし彼らは第1の位置に時間の直観(△(Ni)1)、特に ― 未来予知を持つため、彼らの中には何らかの出来事や傾向の発展を予測することを職業とする人々が多い:非常に多くの財務家、銀行家、未来学者、SF作家、例えばロバート・シェクリーやスタニスワフ・レム。すなわち人間は時間の直観(△(Ni))によっていわば、現実のものであれ想像上のものであれ、何らかの出来事がどう展開しうるかを追跡し想像し、さらに事務的論理(■(Te))によって結果を計算する。彼らはまさにこう言う:「私は何が起こりうるかを計算する」。
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Есть еще интуитивно-логический интроверт (, ИЛИ): их тоже достаточно много работает в научнотехнической области. Но за счет того, что у них на 1-м месте интуиция времени (1), в частности — предвидения будущего, среди них много людей, чья работа — прогнозировать развитие каких-либо событий или тенденций: очень много финансистов, банкиров, футурологов, писателей-фантастов, например Роберт Шекли или Станислав Лем. То есть человек по временной интуиции () как бы отслеживает, представляет себе, как могут развернуться какие-либо события, реальные или воображаемые, и дальше, по деловой логике () просчитывает результат. Они так прямо и говорят: «Я просчитываю, что может случиться».
ILIに予測を仕事にする人が多いのは、出来事の展開を思い描き、その結果を論理で計算するからだとされています。財務家、銀行家、未来学者、SF作家が例に挙がります。プロファイルの「論理的に計算する能力」と同じ組み合わせが、ここでは本人たちの言葉として書かれています。
お金と論理への適性
Bukalovは、プロファイルの第2段落で、ILIとお金、論理との関係をこう書いています。
お金を扱う能力があり、ばらまくことを好まない。非常にしばしば若い「ILI〔原文: バルザック〕」たちは小遣いが「ない」—彼らは単にそれを使いたくないのだ。発達した論理を持ち、数学、物理学、プログラミングに成功裏に取り組む。例えば、ノーバート・ウィーナーはモデリングと管理の問題に興味を持ち、それが新しい科学—サイバネティクス—を創設するアイデアに導いた。
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Able to manipulate the money, not love them razbrasyv-vatsya. Very often young “Balzacs” “no” pocket money - they just do not want to spend them. The advanced logic to successfully engage in mathematics, physics, programming. For example, Norbert Wiener was interested in the problems of modeling and management, which led him to the idea of creating a new science - cybernetics.
つまり、ILIはお金を扱う力はあっても、使うことには慎重なタイプとして書かれています。若いILIの小遣いが「ない」のは使いたくないからだ、という一文は、手元に残すことを本人が選んでいるという観察です。論理の側では数学、物理学、プログラミングが挙がり、例としてウィーナーがサイバネティクスへ進んだ経緯が添えられています。
人と接する場面—快適さ、感情への距離、意志の強い相手
Bukalovは、他人との付き合いの中のILIを、こう書いています。
他者との交際において、「ILI〔原文: バルザック〕」は便利で快適な服装をし、健康と快適さに気を配り、これらの問題に関心を示す能力を発揮する。彼は誰かが激しく感情を表に出すことを好まず、離れようとし、時には眠りに落ちることさえある…。このため、かなり感情のない人間に見える—彼にとって感情と苦しみは同じものである。意志が強く、決断力があり、話していて楽しい人々が好きである。
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In dealing with others, “Balzac” is demonstrating its ability to conveniently, comfortably dressed, take care of health and comfort, interest etsya these issues. He does not like it when someone violently emotes, trying to get away, and sometimes even sleep …. For this reason, it seems quite emotionless - emotions and suffering for him the same thing. He likes strong-willed, determined and pleasant to talk to people.
言い換えると、ILIは服装や健康の快適さには気を配り、激しい感情の表出からは離れようとするということです。周りから感情が無いように見える理由を、Bukalovは、本人にとって感情と苦しみが同じものだからと書いています。
3つの観察をモデルAに重ねると、快適さと健康は位置3のSi(内向感覚)、感情の表出は位置4のFe(外向倫理)、意志の強い相手への好みは位置5のSe(外向感覚)の記述と読めます。FeとSeはどちらもILIが自分ではうまく扱えない要素ですが、Feからは離れ、Seの強い相手には惹かれるという反対の反応として書かれています。
理論的貢献の位置—次元性の提唱者
Bukalovの理論面の仕事は、意識機能を加えたモデルB(1989年)と、機能の次元性(1990年)に代表されます。次元性は、各位置の要素がどれだけの幅で情報を扱えるかを、1から4の数で表す考え方で、中身は16章で扱います。
小括します。BukalovのILIは、暗い見通しを持ちながら、その多くを的中させる人物として描かれています。1996年の論文はその暗さを周産期の体験の型から説明し、2023年の論文は、見通しと計算の組み合わせを予測を職業にする人の多さとして示しています。
また、プロファイルは、お金と論理への適性、快適さへの気配り、激しい感情から離れる傾向、意志の強い相手への好みを、生活の場面の短い観察で並べています。このように、Bukalovには場面の観察と機能の組み合わせからの説明の2つの書き方があり、ILIではどちらも先を見通して計算する働きに行き着いています。
08Stratiyevskayaの記述
Vera Stratiyevskayaは、ILIを、先の成り行きが見えているために、誤りと余計な力を避けようとする者として書いています。底本は『お別れしないために』第II部のILI章で、8つの位置を1つずつ取り上げています。
Stratiyevskayaの位置番号は現行のモデルAと同じなので、以下の位置1〜8はそのまま読めます。筆致は具体的な場面と文学作品の引用が多く、言い切りが強いのが特徴です。
先が見えている人の退屈—位置1のNi
Stratiyevskayaは、位置1のNi(内向直観)の項で、先が見えていることが本人にとって何を意味するかを、こう書いています。
彼の人生では何も予期せぬことは起こらない。なぜなら彼は全てを予見できるからだ。自分自身の予測の的中は、かなり早い段階で彼を驚かせも喜ばせもしなくなる。彼はまるで、これから将来自分に起こる全てのこと、また遠い過去に既に起こった全てのことを知って生まれたかのようである。これは一見、他人に対する大きな優位のように見えるが、彼にとっては本質的な問題に転じる — 時に彼は生きることが退屈になる。あまりにも全てを予見しすぎて、彼にとっては人生にサプライズが存在しないかのようなのである。
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В его жизни никогда не случается ничего непредвиденного, потому что он все умеет предвидеть. Совпадение собственных прогнозов довольно рано перестает его и удивлять и радовать. Он как будто рождается со знанием всего того, что произойдет с ним в будущем, и всего того, что уже происходило в далеком прошлом. Это, казалось бы, огромное преимущество перед остальными оборачивается для него существенной проблемой — иногда ему становится скучно жить. Настолько хорошо он все предвидит, что для него как будто не существует в жизни сюрпризов.
つまり、予測がいつも的中すると、人生から驚きが消えて退屈になるということです。周りからは優位に見える能力を、Stratiyevskayaは本人が抱える問題の側から書いています。
警告する教師と「おとぎ話の岩」
Stratiyevskayaは、ILIが予見をどう使うかについて、こう書いています。
ILI〔原文: バルザック〕は自分の予言を誰彼かまわず授けようと急がない。彼は「占い師」として働きには行かない。彼にとって「時間の向こう」を見る能力はあまりにも自然なものであり、それを「見世物」にするほどではない。ILI〔原文: バルザック〕は、犯される誤りを分析しその繰り返しから警告する教師の役を好む。 悲しいことではあるが、ILI〔原文: バルザック〕は自分に特有の悲観主義をもって、しばしばあのおとぎ話の岩 — 「右へ行けば馬を失い、左へ行けば命を失う…」と予言する岩 — の機能を果たす。そして引き返す以外に何も可能性が残されていないかのように見える。
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Бальзак не торопится одаривать всех и каждого своими предсказаниями, он не идет работать "гадалкой". Для него умение видеть "сквозь время" слишком естественно для того, чтобы делать из этого "аттракцион". Бальзак предпочитает роль учителя, анализирующего совершаемые ошибки и предостерегающего от их повторения. Как это ни печально, но Бальзак со свойственным ему пессимизмом часто выполняет функцию того самого сказочного камня, который предрекает: "Пойдешь направо — коня потеряешь, пойдешь налево — голову сложишь..." И вроде бы не остается никаких других возможностей, кроме как повернуть назад.
上の引用にある「おとぎ話の岩」は、どちらの道を選んでも何かを失うと告げる岩のことです。Stratiyevskayaの見るところ、ILIの予見は、先の成功よりも、繰り返してはいけない誤りに向きます。見世物にしないという一節と合わせると、予見は本人にとって、ふだんの知覚の一部として描かれています。
この誤りを避ける姿勢が周りからどう見えるかにも、Stratiyevskayaは触れています。
起こりうる誤りを避けるという自分の不断の願望に従って、ILI〔原文: バルザック〕はしばしば傍観者の役を引き受け、それによって人生に対する受動的態度との非難を招く根拠を与える。 ILI〔原文: バルザック〕的警告の欠点は、それらの中に肯定的な代替案がないことであり、その結果、しばしば誰かの業務的活動性を「凍結」させてしまうことである。ILI〔原文: バルザック〕の世界における誤りの数を防ごうとするあらゆる努力にもかかわらず、それらは少なくはならない。少なくとも、それらの実現に伴う危険を避けるために予定された計画を放棄すること自体が、誤りでありうるからである。
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Следуя своему постоянному стремлению избегать возможных ошибок, Бальзак часто берет на себя роль стороннего наблюдателя, чем дает повод к обвинению в пассивном отношении к жизни. Недостатком бальзаковских предостережений является отсутствие в них позитивной альтернативы, вследствие чего они часто "замораживают" чью-то деловую активность. При всем стремлении Бальзака предотвратить количество совершаемых в мире ошибок их не становится меньше. Хотя бы потому, что отказ от намеченных планов во избежание опасностей, сопутствующих их осуществлению, уже сам по себе может быть ошибкой.
言い換えると、周りが受け身と受け取る振る舞いも、本人にとっては誤りを避ける手段だということです。Stratiyevskayaは同時に、計画をやめること自体も誤りになりうると書き、代わりの案の無い警告が人の動きを止めてしまう点も挙げています。
「肯定的」悲観主義—位置7のNe
Stratiyevskayaは、位置7のNe(外向直観)の項で、ILIの見通しの立て方を、こう書いています。
バルザック的直観の力は、彼の「肯定的」悲観主義にある。それは、彼の計画の実現におけるあらゆる起こりうる合併症を考慮することを可能にする。仕事の遂行時間を、避けられない低速ペース — 「動き出し」、疲労、注意を逸らす妨害、予期せぬ合併症 — を考慮して潜在意識的に計算することを強いる。(中略)バルザックは決して急速な成功や急速な収入を当てにしない — それを彼は許しがたい冒険主義と考える。
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Сила бальзаковской интуиции — в его "позитивном" пессимизме, позволяющем учитывать все возможные осложнения в осуществлении его планов. Заставляющем подсознательно рассчитывать время выполнения работы с учетом вынужденно сниженных темпов: на "раскачку", на усталость, на отвлекающие помехи, на непредвиденные осложнения. Бальзак — единственный, кто учитывает такой фактор расхода времени, как инертность любого начинания. В любом бизнесе он старается подстраховать себя необходимой материальной базой — "запасом прочности", в расчете на инертность "раскачки". Бальзак никогда не рассчитывает на быстрый успех и быстрые доходы — это он считает непростительным авантюризмом.
言い換えると、ILIの悲観は、計画のあらゆる合併症を先に見込むための見積もりの方法だということです。Stratiyevskayaはこれを「肯定的」悲観主義と呼び、疲労や妨害の分まで時間の見積もりに入れる力として書いています。
先の展開を悪い側から数えるこの見方は、前の節の「誤りを警告する教師」と同じ向きです。悲観を性格の暗さではなく、計画の余裕を取る技術として書いている点が、Stratiyevskayaの記述の特徴です。
期限の無い仕事—位置2のTe
位置2のTe(外向論理)の項では、仕事の受け取り方がこう書かれています。
ある仕事を彼に与えても、その遂行期限を指定しないなら、ILI〔原文: バルザック〕はそれを与えられた仕事とは全くみなさない。彼はそれを忘れるか、無視する。彼には、それが何のために必要で、どれだけ早く遂行が要求されるかを論拠を持って説明する必要がある。それでようやく彼は課題を真剣に受け取れるようになる。仕事へのこのようなアプローチは、余計なことをしない、誰にも必要のないことをしないという志向によって説明される。
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Если ему дать какую-то работу, но не назначить срок ее выполнения, Бальзак вообще не сочтет это заданной работой: он либо забудет о ней, либо проигнорирует. Ему необходимо аргументированно объяснить, для чего она нужна и как скоро требуется ее исполнение. Только после этого он сможет воспринимать задание всерьез. Такой подход к делу объясняется стремлением не делать ничего лишнего, не делать того, что никому не нужно.
ILIにとっては、目的と期限に論拠があって、はじめて課題が仕事になります。Stratiyevskayaはこの受け取り方も余計なことをしたくないという志向から説明しており、位置1の誤りを避ける姿勢と同じ向きの記述になっています。
感情に流される場から退く—位置4のFe
Stratiyevskayaは、位置4のFe(外向倫理)の項で、ILIが社会の感情の高ぶりにどう応じるかを、こう書いています。
感情に目がくらむことは、ILI〔原文: バルザック〕にとって狂気に等しい。彼は他人についても同じように考える。だからこそ、彼はあらゆる形での社会政治的ヒステリーの発現を恐れ、憎む。次の政治指導者狂人や新たに現れた預言者精神病患者が現れるとすぐに、ILI〔原文: バルザック〕は自分の整えられた地下室に「去って」、より良い時まで籠るか、どこか「海の向こう」で身を救う。
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Ослепление эмоциями для Бальзака равносильно безумию. То же самое он думает и о других. Поэтому боится и ненавидит проявление социально-политической истерии в любой ее форме. Как только появляется очередной политический лидер-маньяк или новоявленный пророк-психопат, Бальзак "уходит" в свой благоустроенный подвальчик и затворяется там до лучших времен или спасается где-нибудь "за океаном".
言い換えると、社会が感情に流される時期には、ILIは表に出ずに身を守るということです。感情に目がくらむことを狂気と同じに見るので、感情の高ぶった場そのものから離れるという書き方になっています。
装われた無関心と「倫理的偵察」
同じ位置4の項で、Stratiyevskayaは、ILIが感情を見せない振る舞いの役割を、こう説明しています。
ILI〔原文: バルザック〕の「装われた無関心」は、しばしば彼にとってパートナーとの関係における「倫理的偵察」の手段、関係の更なる発展へのパートナーの関心の検証である。感情的に傷つきやすく、傷つきやすく、自分の魅力に確信のないILI〔原文: バルザック〕にとっては、自分に対するパートナーの関心の度合いを知ることが極めて重要である。(中略)時に彼はそのために次のような「策略」を用いる。パートナーと第一級の重要なテーマについて話し始め、突然間を置いて、何か取るに足りないことに気を取られたかのように振る舞い、パートナーの行動をひそかに観察し、いつどのように彼が触れられたテーマに関心を示すかを待つ。
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"Напускное безразличие" Бальзака нередко является для него средством "этической разведки" во взаимоотношениях с партнером, проверкой заинтересованности партнера в дальнейшем развитии отношений. Эмоционально уязвимому, легкоранимому, неуверенному в своей привлекательности Бальзаку чрезвычайно важно знать степень заинтересованности в нем партнера.〔中略〕Иногда он использует для этого такой "трюк": заговорив с партнером о чем-нибудь первостепенно значимом, он вдруг делает паузу и как будто отвлекается на что-то незначительное, незаметно наблюдая за поведением партнера и выжидая, когда и как он проявит интерес к затронутой теме.
上の引用にある「倫理的偵察」とは、無関心を装って、相手が自分にどれだけ関心を持っているかを確かめることです。Stratiyevskayaは、装われた無関心の元に、傷つきやすさと自分の魅力への自信の無さを置いています。位置4のFeを、本人が内側で抱える不安の側から書いていることが分かります。
文学例—ピエール・ベズーホフ
Stratiyevskayaは、ILIの記述に文学の人物をよく持ち込みます。位置4のFeの項では、ヒステリーの渦に巻き込まれたILIを、ピエール・ベズーホフの場面を例に書いています。
涙と非難を伴うヒステリー、食器の打ち砕きと「心臓発作」を伴う騒ぎ、ヴァレリアン剤と「救急車」のあるスキャンダルについては言うまでもない…ILI〔原文: バルザック〕にとってこれは単なる神の懲罰である — どんな罪に対するものか分からないだけで。ヒステリーの渦に陥り、しかも力ずくの圧力を伴う場合、ILI〔原文: バルザック〕はパニック状態の恐怖を体験する — どうやって抜け出すか分からない状態である。だからそのような瞬間に、最も野蛮で、最も予期せぬ行為をすることができる。(例えば、ピエール・ベズーホフのように、妻に大理石のテーブルを振りかざすなど。)
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Что уж тогда говорить об истериках со слезами и упреками, о скандалах с битьем посуды и "сердечными припадками" с валерьянкой и "неотложкой"... Для Бальзака это просто кара Господня — только непонятно, за какие грехи. Попадая в водоворот истерик, да еще сопровождаемых силовым давлением, Бальзак испытывает панический ужас — состояние, из которого он не знает, как вырваться. Поэтому в такой момент способен совершить самый дикий, самый неожиданный поступок. (Например, подобно Пьеру Безухову, замахнуться на жену мраморным столиком.)
言い換えると、感情と力ずくの圧力にさらされると、ILIは抜け出し方の分からない恐怖から極端な行動に出ることがあるということです。ふだん感情を抑えている人物の突然の行動を、Stratiyevskayaは本人の恐怖から説明し、文学の人物の場面で示しています。
小括します。StratiyevskayaのILI記述の特徴は3つあります。
第一に、位置1のNiを、先が見えていることが本人には退屈にもなるという側から書いている点です。
第二に、受け身に見える振る舞いや感情を隠す振る舞いを、誤りや傷つくことを避けたいという動機から説明している点です。
第三に、地下室の実例や文学の人物のような具体的な像で記述を示している点です。記述の形では言い切りと文学例が多く、観察の中身と言い方の強さは分けて受け取ることができます。
09Filatovaの記述
Filatovaは、ILIを、遠い先の成り行きを見通す一方で、感情と意志の場面では自分を制御しにくい人物として書いています。底本は『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001年)のILI章で、トルストイ『戦争と平和』のピエール・ベズーホフとクトゥーゾフ、レールモントフ『現代の英雄』のペチョーリンを例に書かれています。
この本は、強い機能2つと弱い機能2つの4つのチャンネル(I〜IV)で組まれています。ILIではI・II・III・IVにNi(内向直観)・Te(外向論理)・Fe(外向倫理)・Se(外向感覚)が入り、IIIは現行の位置4、IVは位置5のことです。
戦略的予測と慎重さ—位置1のNi
Filatovaは、I(位置1)のNiから、先の見通しとその伝え方を、こう書いています。
時間の軸に沿って心の中で自由に動く能力は、彼に遠い将来を見通すことを可能にする—戦略的予測において彼に匹敵できる者はほとんどいない。もっとも、彼の予測はしばしば悲観的であり、周囲の人々を軽率な行動から守るために、懸念を表明することを好む。(中略)ILI自身もまた慎重であり、行動を始める前に何度も入念にすべてを確認し、他人にもそうするよう促す。
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Способность мысленно свободно двигаться вдоль оси времени позволяет ему видеть далекую перспективу — с ним мало кто может сравниться в стратегических прогнозах. Правда, его прогнозы чаще пессимистичны, он предпочитает высказать опасения, чтобы уберечь окружающих людей от необдуманных поступков.〔中略〕Сам ИЛИ также осторожничает, многократно и скрупулезно все проверяет, прежде чем начать действовать, к чему призывает и других.
つまり、悪い見通しを口にするのは、周りの人を軽率な行動から守るためだということです。悲観的という語には、Filatova自身が同じ段落でこの動機を添えています。ILI本人も慎重で、行動の前に何度も確かめ、他人にもそれを促すとされています。
感情の領域—非感情的という意味ではない
Filatovaは、III(位置4)のFeについて、まず次のように断っています。
この心理タイプにおいて感情が弱いチャンネルにあるという事実は、この人間が非感情的であることを意味するのだろうか。決してそうではない。私たちはすでに何度も述べてきたが、痛点チャンネルとは、それが占める機能の作用領域における不適切な振る舞いのチャンネルである。
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Означает ли тот факт, что эмоции этого психотипа находятся в слабом канале, что этот человек неэмоционален? Ни в коем случае. Мы уже не раз упоминали о том, что болевой канал — канал неадекватного поведения в области действия той функции, которая его занимает.
上の引用にある痛点チャンネルは、IIIのチャンネル、つまり現行の位置4のことです。Filatovaは、ILIの位置4に感情があることを、感情の場面で振る舞いが噛み合わないこととして定義しています。感情の量が少ないという読み方を、この定義で先に退けています。
Filatovaは、その現れを、ピエールが晩餐会でドロホフにからかわれる場面で、こう説明しています。
ピエールが感情的な状況にいかに不適切に対応しているかに注目していただきたい。最初は外見上それに無関心であるかのようで、下劣なほのめかしにほとんど何の反応も示さないが、その後不意に爆発する。感情とは、彼が支配するものではなく、彼を支配するものなのである。
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Обратите внимание на то, насколько Пьер неадекватен эмоциональной ситуации. Вначале он внешне как будто равнодушен к ней, почти никак не реагирует на гнусные намеки, но потом неожиданно взрывается. Эмоции — это не то, чем владеет он, а то, что владеет им.
ピエールの感情は、はじめは表に出ず、あるところで一度に噴き出すという経過をたどります。Filatovaはこの場面を、位置4のFeが本人の制御の外にあることの例として挙げています。これは先の定義でいう、振る舞いが噛み合わないことの具体的な形です。
圧力への応じ方と決闘の場面
Filatovaは、IV(位置5)のSeについて、圧力への応じ方と意志の強さを、こう書いています。
ILIは、自分に「圧力をかけよう」とする者、意志の力によって行動しようとする者に対して、かなり落ち着いて対応する。彼は身を守ろうとはせず、圧力に譲歩して、求められたことを行うと約束する。もしその要求が理にかなっているなら、彼は結局のところ、特に苛立つことなくそれを実行する。(中略)彼自身の意志的資質は、しばしば両極端な性格を帯びる。このタイプの一部の代表者はうらやましいほどの粘り強さと目的志向性を示す一方、別の者は文字通り意志の麻痺状態にある。同じことは、同一人物においても観察されうる。ある事柄には強力な推進力を発揮する一方、別の事柄では完全な無為に陥るのである。
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ИЛИ довольно спокойно относится к тем, кто пытается на него «надавить», действовать волевым нажимом. Он не защищается, а, уступая натиску, обещает сделать то, что от него требуют. Если эти требования разумны — он их выполняет в итоге без особого раздражения.〔中略〕Его собственные волевые качества часто носят полярный характер: одни представители этого психотипа проявляют завидное упорство и целеустремленность, другие — буквально паралич воли. То же может наблюдаться и у одного и того же человека, в одних делах — мощный напор, в других — полная бездеятельность.
つまり、ILIは圧力に逆らわず、筋が通っていれば求められたことを引き受けるということです。後半では、人によって、また同じ人の中でも、粘り強さと意志の麻痺の両方が出ると書いています。wikisocionに再録されたFilatovaのILI記述は、この両極性を位置3のSi(内向感覚)の見出しの下に置いています。同じ観察が、書籍では位置5、再録では位置3に置かれていることになります。
Filatovaは、決闘の場面について、Seの弱さに内向感覚の弱さを重ねて、こう書いています。
ご覧の通り、ここでは感情と意志の感覚を分けることが難しい—明らかな暴発が起きているのである。主導ブロックに意志の感覚を持つ人間にとって、決闘の申し込みとは、よく自覚された心的行為であり、よく予測できる行動である。しかしピエールにとっては、これもまた彼の感情と同様に一つの暴発なのである。次の一節では特に、この心理タイプの内向感覚—感受の感覚—の弱さに注目していただきたい。ピエールには、相手の銃弾から身を守ろうという考えさえ浮かばないのである。
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Как видите, здесь трудно разделить эмоции и волевую сенсорику — происходит явный срыв. Вызов на дуэль тем человеком, у кого волевая сенсорика в ведущем блоке — это хорошо осознанный психический акт, действие хорошо прогнозируемое. Для Пьера же — это тоже срыв, как и его эмоции. В следующем отрывке особенно обратите внимание на слабость и белой сенсорики БС — сенсорики ощущений этого психотипа, Пьеру даже не приходит в голову закрыться от выстрела соперника
上の引用にある意志の感覚はSe、感受の感覚はSiのことです。言い換えると、ピエールにとっては、決闘の申し込みさえ感情と同じ暴発だったということです。Filatovaは、IV(位置5)のSeの節の中で、現行のモデルAでは位置3にあるSiの弱さにも触れており、感覚の弱さをSeとSiに分けずに書いています。
身なりへの無頓着
Filatovaは、クトゥーゾフの外見への無頓着を、年齢から説明する見方と比べて、こう書いています。
次の短い言及は、クトゥーゾフの自分の外見への無頓着を際立たせている。(中略)もちろん、この感覚面の無頓着はクトゥーゾフがすでに老いているせいだとすることもできよう。しかし、クトゥーゾフと同世代の人間である老ボルコンスキー公爵を思い出してほしい。彼は食卓に出るときは常にきれいに髭を剃り、髪に香油をつけている。
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Следующее небольшое замечание подчеркивает безразличие Кутузова к своему внешнему виду:〔中略〕Можно было бы, конечно, отнести это сенсорное безразличие к тому, что Кутузов уже стар, однако вспомним старого князя Болконского, человека одного поколения с Кутузовым, который выходит к столу всегда гладко выбрит, напомажен.
Filatovaは、クトゥーゾフの身なりへの無頓着を、年齢ではなく感覚の面の特徴として扱っています。同世代の老ボルコンスキー公爵を並べることで、老いという説明を退けています。身なりや身体の快適さは、現行のモデルAでは位置3のSiが扱う領域です。
ペチョーリン—まなざし
Filatovaは、レールモントフのペチョーリンもILIの例に挙げ、その外見を、メリーの一言を引いて、こう書いています。
「あの、不快な、重苦しいまなざしをした殿方は誰なの?」と、公爵令嬢メリーはグルシニツキーにペチョーリンについて尋ねる。ILIは懐疑家、批評家であり、実際、常に何かに不満を抱いているかのような、その懐疑がまなざしに現れることは彼にかなり特徴的である。
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«Кто этот господин, у которого такой неприятный тяжелый взгляд?» — спрашивает княжна Мэри Грушницкого о Печорине. ИЛИ — скептик, критик, и, действительно, для него достаточно характерно проявление его скепсиса во взгляде, как будто всегда чем-то недовольном.
ILIの懐疑は、まなざしにも表れやすい、というのがFilatovaの観察です。Filatovaは、外見にタイプの特徴が現れるという立場を取っています。
労働能力の偏り—位置2のTe
Filatovaは、II(位置2)のTeについて、働き方の偏りを、こう書いています。
ILIの労働能力は極めて選択的である。もし自分の仕事を見つければ、まさに並外れたエネルギーと驚異的な労働能力を発揮することができる。勢いよく回り出した強力なはずみ車のように、いったん動き出すともう止められない。ILIは疲れも休みも知らずに働くことができる。しかし自分の仕事を見つけられなかった場合には、懐疑が支配的になり、単に生きていくために必要なことでさえ、自分にやらせることが難しくなる。
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Работоспособность ИЛИ исключительно избирательна. Если он нашел свое дело — может проявить прямо-таки недюжинную энергию и фантастическую работоспособность. Как мощный маховик, который раскрутился — и его уже не остановить, ИЛИ может работать без устали и отдыха. Если же ему не удалось найти своего дела, то скепсис становится доминирующим, и ему трудно заставить себя сделать даже то, что необходимо просто для выживания.
つまり、自分の仕事が見つかるかどうかで、働く力が大きく変わるということです。見つかれば休まずに働き、見つからなければ懐疑が先に立って、日々のことにも手がつきにくくなるとされています。Filatovaは、働く力の大きさそのものより、打ち込める仕事に出会えるかどうかを条件として書いています。
小括します。FilatovaのILI記述は、ピエールとペチョーリンを軸に、先を見通す力と、感情・意志の場面での制御のしにくさを組み合わせています。悲観的な予測には周りを守る動機を、感情の噴き出し方には位置4の定義を添えており、強い言い方の観察に、その理由を並べて書くのが特徴です。
一方で、感覚の弱さはSeとSiに分けずに書かれています。4つのチャンネルで組んだ書籍と、モデルAの位置で組んだ再録とでは、意志の両極性のように、同じ観察の位置が1つに決まらない箇所があります。
10Yermakの記述
Vladimir Yermakは、ILIを、先の見通しを、成果の見込める仕事のやり方に変えて提案する者として書いています。底本は、2005年の単行本『人を理解することを学ぶには』の付録2「心のTIMモデルの記述」(Roslankinaとの共著、初出は1999年の機関誌)と、同書の第5章です。
Yermakは、ソシオニクスをシステム工学の言葉で組み直した研究者です。タイプを「情報代謝タイプ(略号TIM)」と呼び、人物像ではなくモデルの帰結としてタイプを書きます。付録2では16の型が同じ枠で並び、各型の冒頭に社会的な特徴の1段落、続いて8つの位置の規定が置かれます。
1つの式で書かれるILI
Yermakは、付録2で、ILIの社会的な特徴を次の1段落にまとめています。
TIMの社会的(個人的)特性: 特定の領域で、新しい、効果的な技術、手法、仕事のやり方 {-P(Te)} を開発し、改良し、積極的に提案する。それらは、ある種の出来事としての肯定的な結果 {+T(Ni) → -P(Te)} を得ることを保証するもので、その条件は、誰かあるいは何かに影響、意志による圧力を(中略)良い(肯定的な)関係を築くことによって及ぼす必要があるときである
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Социальная (личностная) характеристика ТИМ: разрабатывает, совершенствует и активно предлагает новые, эффективные технологии, методики и способы работы в определенной области {-Р}, обеспечивающие получение позитивных результатов как некоторых событий {+Т--Р} в условиях, когда необходимо оказать влияние, волевое давление на кого-то или на что-то(中略)путем установления хороших (позитивных) отношений
上の引用にある波括弧の中のTとPは、Yermakの文字の記号で、それぞれNi(内向直観)とTe(外向論理)のことです。言い換えると、ILIの社会での役割は、良い結果が見込める仕事のやり方を考え出し、提案することです。その力が発揮されるのは、人や物事に働きかける必要があり、その手段として良い関係を築くときだとされています。
前半が自我ブロック(Ni→Te)、後半が超イドブロック(Se・Fi)の働く条件です。逸話も評価語もなく、要素の連なりと、それが働く条件だけでILIが規定されています。
予測と、その弱い側—位置1のNi
続く各位置には、扱う情報アスペクトの名と規定が割り当てられます。位置1のNiについて、Yermakはこう書いています。
機能すること—情報アスペクト「出来事」(「時間の直観」)において。肯定的な出来事の展開と見通しをよく見て取り、予測することができるが、その予測は肯定的に限定された性格をもつ。否定的な出来事には疎く、それゆえ、それらを前にした自分の戸惑いを、懐疑、あら探し、ぼやきなどで覆い隠す。
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функционирование — в информационном аспекте «события» («интуиция времени»); хорошо видит развитие и перспективу позитивных событий, умеет прогнозировать, хотя его прогнозы НОСЯТ позитивно-ограниченный характер; в негативных событиях разбирается плохо, поэтому свою растерянность перед ними прикрывает скепсисом, критиканством, брюзжанием ИТ.П.
つまり、Yermakの見立てでは、ILIの予測は良い展開には強く、悪い展開には弱いということです。懐疑やあら探しは、悪い出来事を前にした戸惑いを覆う振る舞いとして説明されています。
この説明は、ほかの研究者の記述と向きが逆です。Stratiyevskayaは、ILIを、計画のあらゆる合併症を先に見込む悲観的な予測の担い手として書いています(08章)。予測がどちらの展開に強いのかという点で、2人の記述は食い違います。
「ペンネーム」という呼び方
Yermakは、第5章で、ILIの項目の見出しをこう立てています。
直観論理内向 —ILI— ペンネーム「バルザック」
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интуитивно-логический интроверт - ИЛИ - псевдоним “Бальзак”
Yermakは、愛称を正式名(直観論理内向)と略号(ILI)のあとに添える、便宜的な別名として扱っています。タイプの呼び名は学名とモデルの記述であり、作家の名は話し言葉の便宜にとどまるという位置づけです。
小括します。YermakのILI記述には人物像がほとんどありません。ILIは、見通しを成果の見込める手順に変えて提案するタイプとして、要素の連なりと働く条件で規定されています。
一方、位置1のNiの規定には、予測の弱い側を懐疑で覆うという、行動についての説明が1つだけ入っています。この説明は、悲観的な予測を書く研究者の記述と向きが逆で、14章の食い違いの1つになります。
11Karpenkoの記述
Olga Karpenkoは、ILIを、時間を広がりとして見通す一方で、感覚と感情の弱い側では思わぬ反応を見せる者として書いています。Karpenkoは、キエフの国際ソシオニクス研究所でBukalovとともに活動し、機関誌の編集にも携わってきた研究者です。
KarpenkoはILIのまとまった肖像を書いておらず、その観察は、機能の位置を主題にした論文の中に例として置かれています。底本は機関誌の論文4本(1995〜2007年)で、主題はアスペクトの知覚、第4機能、機能どうしの結合、トレーニングの観察です。機能番号は当サイトの位置番号と同じ対応で、ILIでは第1機能がNi、第4機能がFeです。
時間を広がりとして見る—位置1のNi
Karpenkoは、Niというアスペクトの知覚が、この要素を持つ位置によってどう違うかを、SEIと比べてこう書いています。
SEIにおける△(Ni)の二次元性は、二次元のイメージを生む: 感じ取れるのはこの流れの方向、流れが動いているということだけで、そのグローバル性ではない。時間が四次元—「時間的空間」、考えうるすべての時間と考えうるすべての進化の方向—であるのは、IEI(「エセーニン」)やILI(「バルザック」)にとってなのだ。
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Двумерность у СЭИ порождает и двумерный образ: ощутимо лишь направление этого потока, то, что он движется, но не его глобальность. Это для ИЭИ ("Есенин") и ИЛИ ("Бальзак") время - четырехмерно, "временное пространство", все мыслимые времена и все мыслимые направления эволюции.
上の引用にある△は、Karpenkoが使うNi(内向直観)の記号です。言い換えると、Niを主導に持つILIにとって、時間は流れの向きではなく、起こりうるすべての展開を含む広がりだということです。
Niを3番の規範機能(2次元)に持つSEIは、流れが動いていることと、その向きしか感じ取れない、と対比されています。同じ要素でも、主導に持つタイプだけが時間の全体を1つの空間のように扱える、というのがKarpenkoの見立てです。
感覚型だと思い込む受講者—トレーニングの観察
Karpenkoは、タイプ判定のトレーニングで、ILIの受講者が自分のタイプを取り違えた場面を、こう書いています。
ある受講者—タイプはILI—は、トレーニング2日目の初めに、自分のタイプのユング尺度についての「宿題」に答えて、こう言った。「私は間違いなく感覚型です。直観や想像力なんてまったくありません。こんな部屋にはどんな壁紙が合うかとか、こんなスーツにはどんなネクタイを選べばいいかとか、まったく想像できません」。この発言に聴衆が笑いで応えたことは特筆に値する—受講者の大半は、話題になっているのが感覚機能の弱さのことだと正しく判定していた。
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Один из слушателей — ИЛИ () по типу — в начале второго дня тренинга, отвечая на «домашнее за- дание» о шкалах Юнга своего типа, сказал: «Я — точно сенсорик. У меня нет никакой интуиции и воображения. Я совершенно не могу себе представить, какие обои подойдут для такой комнаты или какой галстук нужно выбрать для такого костюма». Надо отметить, что аудитория встретила это заявление смехом — большинство слушателей верно определили, что речь идет о слабости сенсорной функции.
つまり、この受講者は、感覚の弱さを、直観の無さと取り違えていたということです。壁紙やネクタイを思い描けないのは、ILIでは弱い位置にある感覚の要素の話で、ほかの受講者たちはそれを聞き分けていました。
Karpenkoがこの場面を書き留めたのは、本人の自己判定より、周りが聞き取る言い方のほうが手がかりになることを示すためです。ILIが「想像力がない」と言うとき、指しているのは見た目や手ざわりを思い描く力のほうだと読めます。
感情の爆発—位置4のFe
Karpenkoは、第4機能の反応が一度に噴き出すことを論じた論文で、ILIを例に、こう書いています。
たとえば、(ILI)を感情の爆発まで「追い込んだ」なら、それは周囲の人々にとって相当に鋭く不快なものになるだろう
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Так, если (ИЛИ) «довели» до эмоционального всплеска, то он будет весьма резким и неприятным для окружающих
言い換えると、ILIの感情は、ふだんは表に出にくい分、追い込まれたときには周りが驚くほど鋭く出るということです。Karpenkoはこの論文で、第4機能の反応を、段階を踏まずに短く噴き出すものとして書いています。
ILIでは、この第4機能に感情の要素Feが入ります。Karpenkoの例は、感情を扱う力が弱いことと、感情を持たないことは別だという点を、爆発という形で示しています。
2つの論理—位置2のTeと位置8のTi
Karpenkoは、同じ種類の要素の外向と内向がともに強まる結合を論じた論文で、ILIを例に、こう書いています。
他方、たとえば(ILI)を相手にしている場合、彼の第二の、強い機能は黒い論理(Te)だが、白い論理も彼においては発達しており、したがって、証明の課題、自分の見解の根拠づけの課題を解くことは彼にとって難しくない、と想定することができる。
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С другой стороны, если мы имеем дело, например, с (ИЛИ), то можем предполагать, хотя вторая, сильная функция у него черная логика (), однако белая логика у него тоже развита, а значит решение задач на доказательство, обоснование своей точки зрения для него не представляет труда.
上の引用にある黒い論理はTe(外向論理)、白い論理はTi(内向論理)のことです。つまり、ILIは、実務の論理に加えて筋道の論理も使えるので、自分の見解を根拠づけることが難しくないということです。
ILIのTiは8番の実演機能で、モデルAでは強い側の機能に数えられます。Karpenkoは、Teを2番に持つILIが、この強いTiも使って見解の証明まで自分で組み立てられると見ています。
小括します。KarpenkoのILI記述は、論文の中の例として置かれた観察です。その軸は、時間を起こりうる展開の広がりとして見る位置1のNiと、弱い側で思わぬ反応が出る感覚と感情の対比です。
トレーニングの観察では、ILI本人が感覚の弱さを直観の無さと取り違え、周りがそれを聞き分けていました。強い側では2つの論理を使って見解を根拠づけられるという記述も加わり、Karpenkoの観察は、強い側と弱い側の両方に目を向けています。
12Gulenkoの記述
Viktor Gulenkoは、ILIを、矛盾に気づき、先の成り行きに備えて時機を待つ「批評家」として書いています。底本は『64の肖像』(2019年)のILI章で、Wikisocionに再録されたプロファイルと、2003年のソシオニクス新聞に載った論文も引きます。
Gulenkoは、キエフで「人道主義ソシオニクス」学派を主宰する研究者です。彼の体系は標準のモデルAから大きく離れた後発の体系で、モデルG、DCNHサブタイプ、独自のタイプ名(ILIは「批評家」)を持ちます。影響力は大きい一方、用語と位置の意味づけが標準体系と一致しないため、この章では、Gulenkoの記述を他の研究者の記述と分けて解説します。
プロファイルから—先を読む目と、力を注ぐ時機
Gulenkoは、『64の肖像』のILI章の冒頭で、このタイプの目の向け方をこう書いています。
ILIは行動や言葉の中の矛盾や見落としに気づく目をもつ。性急な発議の見通しに対して懐疑的である。ある人物の性格分析を行い、その主要な反応を予測することができる。忍耐強く、起こると見える事柄に向けて事前に準備させながら、必要な歩みを取るよう人を誘導する。
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ILI has a good eye for noticing contradictions and omissions in actions and words. She is skeptical about the prospects of hasty initiatives. She can provide a character analysis of someone and predict their main reactions. Patiently she leads a person along towards taking〔中略〕necessary steps, preparing him or her in advance for something that she sees is going to happen.
言い換えると、ILIは言葉や計画の矛盾に気づき、その先に起こることへ人を備えさせるということです。懐疑と予測が同じ段落に並び、先の展開を読んだうえで、急がずに人を導く人物として描かれています。タイプ名の「批評家」は、この矛盾に気づく目と懐疑の組み合わせを指すものと読めます。
Gulenkoは、ILIを見分けるいちばんの手がかりを、姿勢に置いています。
ILIの最も特徴的な外見上のサインは、このソシオタイプ(当サイトでいうタイプ)を容易に識別できる、姿勢である。このソシオタイプの代表者は、原則として、肩にすくめ前傾したかのように頭を前かがみにする。ILIの目は表情豊かで悲しげである。そこにはしばしば犠牲者性(犠牲の精神)が読み取れる。「彼女を磔にせよ!」と叫ぶ群衆に囲まれている彼女を想像するのは容易である。
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The most characteristic external sign of ILI, by which this sociotype is easily determined, is posture. The representative of this sociotype, as a rule, hunches her head, as if drawn into her shoulders and tilted forward. ILI’s eyes are expressive and sad. It is often victimhood (sacrifice) read in them. It is easy to imagine her surrounded by a crowd proclaiming, “Crucify her!”
つまり、Gulenkoは外見のうちで姿勢を、ILIと判断できる決め手にしています。悲しげな目と「犠牲者性」は、その姿勢に添えた印象の描写です。引用中の「彼女」は、『64の肖像』の英語版がILIの章を女性の代名詞で書いていることによります。
Wikisocionに再録されたプロファイルでは、上司としてのILIが力を注ぐ時機を、こう書いています。
彼の心は批判的な焦点を持つ:他者の理論やプロジェクトにおける欠陥や見落としを見抜く良い目を持っている。(中略)小さな一度きりの出来事にエネルギーを浪費せず、主要な機会の場合にのみ力を注ぐ。望んだ結果を最小限の努力で得るための適切な瞬間を待つことに、ほとんどの時間を費やす。原則として、常に計算的で、慎重で、測定的である。
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His mind has a critical focus: good eye for flaws and omissions in the theories and projects of others.〔中略〕He does not waste energy on small, one-time events, and exerts himself only in cases of major opportunities. Most of the time he spends waiting for the right moment to get the desired result with a minimum of effort. As a rule, he is always calculating, deliberate, and measured.
ここでのILIは、大きな機会が来たときにだけ力を注ぎ、それまでは時機を待つ人物です。欠陥を見抜く目は書籍の冒頭と同じ観察で、ここではそれが、動く時機を選ぶ慎重さと組み合わされています。Gulenkoは、待つことを最小の努力で結果を得るための計算として書いています。
モデルG—位置の意味づけが違う独自モデル
Gulenkoの体系がここまでの研究者と分かれる点はモデルGです。モデルGは標準のモデルAと位置の意味づけが違い、ILIでは位置1と位置3のほかは置かれる要素も異なるため、以下はモデルGの位置名のまま扱います。
Gulenkoは、時間直観(Ni)を置く司令機能 -T の項で、ILIをこう書いています。
批評家は生命の流れの注意深い観察者である。細部と辛うじて現れる傾向を微妙に注記し、どの原因が特定の結果に至ったかを説明できる。過去に没頭し、繰り返される現象を研究する。(中略)哲学的な精神性をもち、賢明で洞察に富んだ人物の印象を与えうるが、決定を下すのには慎重である。出来事より少し先んじているほうがよいという立場から出発し、常に安全な選択肢を選ぶ。
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The Critic is an attentive observer of the course of life. She subtly notes details and barely emerging trends and can explain what causes led to certain consequences. Immersed in the past, she studies repeating phenomena. Thanks to her associatively-organized memory and love of knowledge, she is often an erudite. She easily reveals contradictions and factual errors in positions and opinions. Possessing a philosophical mindset, she can make an impression of a wise and insightful person, yet she is cautious in making decisions. She comes from the position that it is better to be slightly ahead of events, and she always chooses a safe option.
言い換えると、ILIは過去の因果と繰り返しを調べ、そこから先の成り行きに備えるということです。司令機能はモデルGでも最初の位置で、Gulenkoはここに、プロファイルの先読みと同じ観察を置いています。決定に慎重で安全な選択肢を選ぶという結びは、上司としての時機の待ち方とも重なります。
力の感覚(Se)を置く双対機能 +F の項では、ILIが外から必要とするものを、こう書いています。
身体状態が良いときは、自信家である。精力があるときは、決然とした行動を呼びかけるが、それが実現することはまれである。(中略)ILIは目標を達成するために外部から押される必要がある。強力なサポートを必要とする。力の不在は、彼女にとってリラックスと怠惰につながる。直接的な攻撃性に耐えられず、全力で反対する。また、長引く対立にも耐えられず、自分をそこから取り除くか、単に病気になる。
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In good physical shape, she is confident in herself. When energetic, she calls for decisive action, although it rarely comes to realization.〔中略〕ILI needs to be pushed from outside to accomplish her goals. She needs powerful support. The absence of power leads to relaxation and laziness for her. She cannot stand direct aggression and opposes it with all her might. She also cannot stand lengthy confrontation and will remove herself from it or simply fall ill.
つまり、ILIは目標へ向かうのに、外から押してくれる力を必要とするということです。双対機能という名前のとおり、Gulenkoはこの要素を、ILIが受け取る側の要素として書いています。押す力が無いと動き出さずにくつろいだ状態にとどまり、長引く対立からは離れるか体調を崩す、という書き方も同じ項にあります。
感情倫理(Fe)を置く制動機能 -E の項では、他人の感情への反応を、こう書いています。
ILIは他者の自分への態度を、彼らの感情の表れから評価する。激しく押しつけがましい感情は彼女を苛立たせ、抑うつを引き起こす。極端な状況や、隠れた悪意を感じるときには、激発と鋭い要求で苛立ちを公然と示すことができる。皮肉屋であり、鋭く機知に富んだ発言を閃かせることができる。気分が悪ければ、ブラックユーモアで応える。
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ILI assesses others’ attitudes towards herself from the manifestations of their emotions. Stormy, intrusive emotions irritate her and cause depression. In an extreme situation or when she feels concealed ill will, she is able to openly show her irritation with flare-ups and sharp demands. She is ironic and can flash with a sharp and witty remark. If she feels bad, she will respond with black humor.
ILIは、相手の感情の出し方から自分への態度を判断し、強い感情を向けられると消耗するとGulenkoは書いています。苛立ちを公然と示すのは、極端な状況や隠れた悪意を感じたときだと条件つきで書かれています。皮肉や機知は、その反応の出し方として同じ項に並びます。
人道主義ソシオニクスのレベル分けと、ILIの世界観
Gulenkoは自分の学派のアプローチを、レベルの重なりとして、こう説明しています。
人道主義ソシオニクスにおいて精神がどのように層が層の上に積み重なった立体的な体系として考えられているかを、より精確に見てみましょう—深い核、中間層、そして表層です。HSS のアプローチで考察される精神のすべての層の範囲は、次のようになります—ソシオタイプ(当サイトでいうタイプ)、サブタイプ、機能プロフィール、機能状態。
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Let’s look more precisely at how the psyche in Humanitarian Socionics is considered a volumetric system of layers stratified one upon another: the deep core, the middle layers, and the surface. The whole scope of the considered layers of the psyche in the HSS approach looks like this: sociotype, subtype, functional profile, functional state.
上の引用にあるHSSは、人道主義ソシオニクス学派の略称です。言い換えると、タイプの下にサブタイプ、さらに機能プロファイル・機能状態とレベルを重ねる構想です。
そのうえでGulenkoは、自分の二分法が標準のレイニン特性と一致しないことを、こう明言しています。
特に、安定的な組織的リーダーになるためには、ビジネス論理(P(Te))および/または力の感覚(F(Se))が機能プロファイルの中で強化されている必要があります。この場合、SLE(元帥)またはLSE(管理者)のタイプである必要はありません。このような機能の複雑性の強化は、どのタイプの代表者にも、レイニンの周知の特性とその意味において一致しない(あるいはむしろ部分的にしか一致しない)新しい二分法的特徴があるという事実につながりました。(中略)「機能的」と強調するのは、それらが特定のコミュニケーション環境での機能発揮の過程の中で生じ、標準的なソシオニクスのタイプが持つ生得的で不変の構造とは関連していないからです。
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Such an intensification of the complexity of functions led to the fact that representatives of any type had new dichotomous features that did not coincide (or rather, only partially coincided) in their meaning with Reynin’s well-known features. […] I emphasize functional, as they arise in the process of functioning in a specific communicative environment and are not related to the innate and unchanging structure that a standard socionic type has.
つまり、Gulenkoの新しい二分法は、レイニン特性と一致しない(部分的にしか一致しない)と、本人が書いているということです。そのため、この章の観察を標準体系のILI理解に流用すると、出所の違う主張が混ざります。ここでGulenkoの記述を分けて扱うのは、この本人の申告に従ったものです。
Gulenkoは、1992年に書かれ2003年にソシオニクス新聞へ再掲された論文で、ILIの世界観をこう書いています。
批評家(ILI):世界を支配するのは偶然である。客観的な法則性は実際にはほとんどなく、すべては相対的で、確率によって決まる。最も不可知論に傾く知性のタイプである(「私は、自分が何も知らないということだけを知っている」—ソクラテス)。認識は、完全な内的明晰さと平静という条件のもとでのみ可能であり、それは瞑想によって達成される。
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– КРИТИК (ИЛИ): миром правит случай. Объективных закономерностей практически нет, все относительно и определяется вероятностью. Наиболее склонный к агностицизму тип интеллекта ("Я знаю только то, что ничего не знаю" – Сократ). Познание возможно лишь при условии полной внутренней ясности и спокойствия, что достигается путем медитации.
つまり、ILIは世界を法則より確率で動くものとして受け取り、認識には内面の静けさを求めるということです。Gulenkoはこの論文で、ILIを最も不可知論に傾く知性と呼び、ソクラテスの言葉を添えています。書籍で見た企てへの懐疑は、ここでは世界の見方そのものとして書かれています。
小括します。Gulenkoは、ILIを、矛盾に気づき、先を読んで力を注ぐ時機を待つ人物として書いています。その慎重さは、モデルGの双対機能 +F では、目標へ向かうのに外からの後押しを必要とする姿として書かれています。論文では、同じ懐疑が法則より確率を見る、不可知論に傾いた世界観として書かれています。
13その他の論者の記述
主要な研究者以外の論者も、ILIを、先を読んで備え、感情の表出には苦労する者として書いています。底本は、各論者が16タイプごとに書いたプロファイルで、手引きの項目、機能ごとのモットー、ブロックごとの短評、男女別の肖像、精神医学の類型と、形式は大きく異なります。
それでも、時間の扱いと感情の表出という2つの主題では、系統の違う論者の観察が繰り返し重なります。
Weisband—初期ハンドブックの予測
Weisbandは、アウシュラの資料をもとにした初期の手引きで、ILIの先読みを、こう書いています。
この資質のおかげで、批評家は将来をかなりよく予測できる。人がさまざまな時期にどのように行動するかの経験的観察から、彼は心の中で何かの機能モデルを作成する。一般的に、彼はすべてを事前に知っている傾向がある。もし他の人々に起こりうる危険について警告する必要がなければ(機会には彼はあまり興味がない)、彼はおそらく自分が余計な存在だと感じるだろう。
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Due to this quality The Critic can forecast the future quite well. From empirical observations of how a man acts at various times he creates something like a functional model in his mind. In general, he tends to know everything in advance. If he did not have to warn other people about possible dangers (opportunities interest him less), he most possibly would feel himself redundant.
上の引用にある批評家は、この手引きでのILIの呼び名です。言い換えると、ILIは人の動き方を観察して頭の中にモデルを作り、そこから先を読むということです。先読みの使い道は、機会を探すことより危険を人に知らせる側に置かれています。
Prokofieva—戦略家と、感情表出の不得手
Prokofievaは、ILIの際立った特質を、クトゥーゾフの例を挙げて、こう書いています。
強い直観と論理の組み合わせは、このタイプの人々に知恵と人生の法則についての知識という資質を与える。ILIの際立った特質は、用心深さと先見性である。このタイプの著名な代表者の一人はM.I.クトゥーゾフであった。(中略)クトゥーゾフの知性は、公開戦闘でナポレオンを打ち負かす方法はないという事実を素直に受け入れたことに示されている。(中略)クトゥーゾフは慎重に計算し、ナポレオンが騎兵の馬に十分な飼料を供給することができないだろうと予測した。そしてこの点について完全に正しかった。
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The combination of strong intuition and logic gives people of this type qualities of wisdom and knowledge of life’s laws. The distinguishing attributes of ILI - are precaution and prescience. One of the notable representative of this type was the M.I. Kutuzov.〔中略〕Kutuzov’s intellect shows itself in a simple acceptance of the fact that there was no way to defeat Napoleon in an open battle.〔中略〕Kutuzov carefully calculated and was able to predict that Napoleon would not manage to provide enough forage for horses of the cavalry, and was absolutely right about this.
上の引用にあるクトゥーゾフは、1812年にナポレオン軍と戦ったロシアの将軍です。言い換えると、ILIの知恵は、勝てない戦いを認め、相手の補給が続かないことを先に計算するところに表れるということです。
続けて、Prokofievaは、ILIの主な欠点を、同じ将軍の逸話でこう書いています。
ILIの主な欠点は、自分の感情を適切に表に出すことへの苦痛なまでの不得手さである。記憶に浮かぶのは、ボロジノの戦いの最中に鶏肉を食べていたクトゥーゾフの歴史的逸話である。このタイプの代表者は、陰気で、むっつりとした、憂鬱な人々という印象を与えることがある。しかし、永遠の懐疑主義と悲観主義の仮面の下には、理想主義者と夢想家が隠れている。
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ILI’s main drawback is painful inability to adequately demonstrate his emotions. To memory comes the historical fact of Kutuzov eating chicken during the Battle of Borodino. Representatives of this type sometimes make an impression of being gloomy, sullen, and melancholic people. However, under their mask of perpetual skepticism and pessimism hides an idealist and a dreamer.
ILIが苦手とするのは、感情を場面に合った形で表に出すことです。戦いの最中に食事をする逸話は、その場で期待される感情が外に出ていない例です。Prokofievaは、その印象の下に理想主義者と夢想家が隠れていることも書き足しています。
Meged & Ovcharov—まなざしと、行動に移るまでの時間
サブタイプ理論(20章)の提唱者でもあるMegedとOvcharovは、ILIの外見を、まなざしから、こう書いています。
ILIのまなざしは穏やかで、少し憂鬱で、冷たく、超然として、物思いに耽っている。時にそれは自己に沈潜し、他の時には試すような実験的なまなざしになり、最も多くの場合はかなり散漫で拡散的である。時折、目の表情がいたずらっぽく狡猾になり、少し輝きが現れる。
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ILI’s gaze is calm, a little melancholy, cold, detached, and thoughtful; at times it is self-submerged, at other times testing and experimental, and most offen quite scattered and diffuse. Now and then the expression of his eyes becomes mocking and sly and a bit of luster appears in them.
言い換えると、ILIの視線は、ふだんは自分の内に沈んで散漫でも、ときに相手を試すように鋭くなるということです。冷たく超然とした印象と、いたずらっぽい輝きが、同じまなざしの別の時点として並べられています。
MegedとOvcharovは、ILIの性格を、こう続けています。
先見の明があり、優れた戦略的能力を持つが、行動に移すのに困難を覚える。感情表現においては抑制的で、他者からの主導を待つ。他者の行動や発言における欠点を分析する傾向があるが、必ずしも声に出すわけではない。
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Far-sighted, has good strategic capabilities, but has difficulty in the transition to action. Restrained in the expression of feelings, waiting for initiatives from others. I tend to analyze the actions and statements of the shortcomings of others, though not always expressed aloud. Mistrustful and tends to expose any doubts.
2人の描くILIには、先を見通す力と、動き出すまでの時間の長さが同時にあります。分析したことを口にするかどうかでは、見落としをすぐ話し始めるWeisbandの記述と力点が異なります。
Golihov—モットー式の機能記述
Golihovは、機能ごとに「良い」「必要」といった名前と一言のモットーを置く形式で書きます。番号の付け方は独自で、価値を置く機能を第1〜第4、残りをマイナス第1〜第4と数えます。
ILIでは、第3が位置6のFi(内向倫理)、第4が位置5のSe(外向感覚)です。マイナス第3は位置4のFe(外向倫理)、マイナス第4は位置3のSi(内向感覚)になります。番号は違っても、要素の割り当ては標準の配置と一致します。Golihovは、第1機能「良い」に置いたNi(内向直観)を、こう書いています。
「私の考えと原則は—あなたの神聖な義務だ。」自分自身を非常にイデオロギー的、一貫性がある、原則的であると考え、この点において非常に保守的であり、自分の考えを批判する者は彼を苛立たせる。
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“My ideas and principles - your sacred duty.” He considers himself very ideological, consistent, principled, very conservative in this, his annoy those who criticize his ideas.
冒頭の鉤括弧の一文が、この機能のモットーです。言い換えると、ILIは自分の考えと原則を一貫したものとみなし、批判されると苛立つということです。GolihovはNiを、先読みより理念と内なる調和の側から書いています。
Piatnitskiy—ブロックごとの短評
Piatnitskiyは、自我・超自我・超イド・イドの4ブロックごとに、数行の短評を書きます。ILIの超自我は位置3のSiと位置4のFe、イドは位置7のNe(外向直観)と位置8のTi(内向論理)です。Piatnitskiyは、超自我の短評の後半で、ILIの感情をこう書いています。
感情的な状態については、もっぱら自分自身の経験に基づいてのみ方向づけられる。感情の表出がしばしば不適切になる。外部からの自分の感情状態の評価は、必ずしも好みに合うとは限らない。
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The emotional states focuses only on the basis of their own experience. Often inadequate in manifestations of emotions. Estimates of his emotional state on the part may be to his liking.
言い換えると、ILIが感情の状態を判断する手がかりは、自分の経験だけだということです。表出が場に合わないのも、その手がかりの少なさから来ると読めます。Prokofievaの「苦痛なまでの不得手」と、同じ弱点を別の言い方で指しています。
イドについては、Piatnitskiyはこう書いています。
人生の経験を経た結果として、物事や現象の本質、固有の能力、内的な資質を無意識的に見分ける。まず否定的な特性や資質に気づく。
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As a result of life experiences passed involuntarily distinguish the essence of things inherent capabilities and internal quality. First notice negative traits quality.
ILIは経験を重ねると、物事の本質を意識せずに見分けるようになり、まず欠点に注意が向くとされています。この短評は位置7のNeと位置8のTiを1つにまとめており、Meged & Ovcharovの「欠点を分析する傾向」と重なります。
Beskova—女性の肖像と時間の逸話
Beskovaは、男女別の肖像を書き分ける構成を取ります。Beskovaは、女性のILIを、こう書いています。
一般的に、すべてと全員を批判し、すべてに反対する傾向があるため、彼女たちからはある問題について憤慨したシューシューという声がしばしば聞こえる:「まぁ、これは不可能!不可能よ!」女性ILIにとって、人々が本当にそれほど愚かでありうること、自分の行動のたった二歩先にある結果が見えないということは想像しがたい。ILI〔原文: バルザチカ〕自身は、すべての潜在的な結果を持つ状況をよく視覚化し、何ステップも先の展開を知っている。
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Generally, with their proclivity to criticize everyone and be in opposition to everything, from them one can frequently overhear indignant hissing about some matter or another: “Well, this is impossible! It is impossible!” For female ILI it is difficult to imagine that people indeed can be so foolish, that they cannot see the consequences that lie just two steps ahead of their actions. BAL’ZACHKA herself visualizes the situation well with all its potential consequences, and she knows how it will develop many steps ahead.
つまり、女性のILIが何にでも反対するように聞こえるのは、何歩も先の結果が見えていて、それが見えない人を想像しにくいからだということです。Beskovaは、反対の声の理由を先読みの力の側から書いています。
Beskovaは、ILIと時間の関係を示す実生活の話として、こう書いています。
若いILI〔原文: バルザック〕が女性の知人と地下鉄の車両で旅行していた。二人とも引き込まれるような会話に没頭していた。振り返って彼女は、列車が彼の駅に近づいた時に会話を終えようとしていたと語った。彼がドアに向かいたいだろうと思ったからだ。しかし彼は話し続けた。列車が停まり、ドアが開き、人々が出て、他の人が入り、そしてその時初めて彼は別れを告げ、ドアが再び閉まる前に車両を出て行った。
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Young BALZAC was traveling in a subway car with a female acquaintance. Both of them were engaged in an involving conversation. In retrospect, she said that she was trying to end the conversation when the train came closer to his station, thinking that he will want to make his way to the doors. However, he continued talking. The train stopped, doors opened, people came out, others came in, and only then did he say goodbye and walked out of the car before the doors closed again.
この話のILIは、降りる駅が来ても慌てず、ドアが閉まる前の最後の時点で動いています。連れの女性が早めに切り上げようとした一方で、本人は残り時間を使い切っています。次に見るZamanskayaも、最後の瞬間に間に合わせる行動を書いています。
その他の論者
Blohinは、ILIを語の列挙だけで書く論者で、予測、懐疑主義、保守主義、慎重さ、優柔不断、時間厳守などを並べています。予測と慎重さを同じ列に置く点は、ほかの論者の散文とそろっています。
Voroschenkoは、モデルAを使わず、精神医学のアクセンチュエーション(性格の際立ち)の枠でILIを書く論者で、ILIを「衒学型」に分けています。Voroschenkoは、ILIの仕事ぶりを、こう書いています。
勤勉さと誠実さを示し、しばしば残業し、作業を何度もチェックする。些細な事柄について心配し、将来の計画に没頭したままでいる。正確さと徹底さでタスクを忠実に遂行する。高い責任を要求される仕事は彼らを圧迫する傾向があるが、成果を楽しみ誇りに思う。
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Diligence and integrity in activities, works overtime, checks self multiple times, worried over minor matters. Absorbed in thoughts about plans for tomorrow.〔中略〕Performs work in good faith, with accuracy, thoroughness. Work that assumes high responsibility oppresses him. Enjoys what he produces
言い換えると、ILIは確認を重ねて仕事を正確に仕上げ、重い責任に負担を感じつつ成果を誇りにするということです。将来の計画への没頭はほかの論者の先読みと重なりますが、Voroschenkoは心配と確認の多さの側から書いています。
Zamanskaya—「いつも時刻を知っている」の訂正
Zamanskayaは、ILIと時間についてのソシオニクスの通説を、こう訂正しています。
ILIは常に何時か知っているというソシオニクスの神話がある。実際にはILIは、時間を追う必要がある時と追わなくてよい時を完璧に判断できるのだ。そして後者の場合、正確な時間を教えてくれることはないだろう。最後の瞬間に間に合わせるのが好きである。
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There sotsionicheskiy myth that ILI always knows how long. In fact, ILI perfectly able to determine when it is necessary to keep track of time, and when not. And in the latter case, it is unlikely to tell you the exact time. Likes to keep up at the last minute.
ILIが確かなのは時計の正確さより、時間を気にすべき場面とそうでない場面の見分けのほうです。Zamanskayaは、ILIを時刻の把握と結びつける見方を、通説として退けています。Beskovaの地下鉄の逸話も同じ行動の例です。
Zamanskayaは、ILIの意見の作り方を、こう書いています。
ILIは常にアイデアを生み出すことは非常に困難だが、間違ったものを編集し修正することは十分に容易である。同時に、自分の意見は多様な情報源の分析に基づいているため、かなり客観的であると信じている。情報のフィルタリングの主観性を過小評価することがある。
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ILI very difficult to constantly generate ideas, but easy enough to compile and correct the wrong. At the same time he believes his opinion is quite objective, as it is based on the analysis of diverse sources. It may underestimate the subjectivity of its filtering information.
つまり、ILIはゼロからアイデアを出すより、すでにある案の誤りを直すほうが得意だということです。後半では、多くの情報源に基づく意見でも、情報を選ぶ段階の主観は見落とされやすいと留保しています。
小括します。主要な研究者以外の論者の記述は形式こそばらばらですが、中身には先の成り行きを読んで危険に備える姿が繰り返し現れます。
感情の表出の苦手さは、ProkofievaとPiatnitskiyが別の言い方で書いています。時間については、Beskovaの逸話とZamanskayaの訂正が、最後の瞬間に合わせて動くILIという同じ行動を指しています。欠点や誤りに先に気づくという観察も、Meged & Ovcharov、Piatnitskiy、Zamanskayaの3者に共通します。
14研究者間の差分を総括する
この章には新しい引用はありません。研究者ごとの章で示した記述を、当サイトの責任で突き合わせます(根拠は各章の引用のとおりです)。
反復して現れる観測
研究者・時代・学派をまたいで繰り返される観測は、次の5つに整理できます。
- 先の成り行きを読み、悪い展開を前もって告げる。「迫りくる不快事」を前もって警告する(アウシュラ)、「何もうまくいかない」と予測し、そのほとんどが的中する(Bukalov)、「誤りを分析しその繰り返しから警告する教師の役」(Stratiyevskaya)、「予測はしばしば悲観的」(Filatova)
- 激しい感情の表出を避ける。「あらゆる外向的な情動を恐れて」それを消す(アウシュラ)、激しい感情の表出から「離れようとし、時には眠りに落ちる」(Bukalov)、「感情に目がくらむことは…狂気に等しい」(Stratiyevskaya)、「激しく押しつけがましい感情は彼女を苛立たせ」る(Gulenko)
- 自分からは動き出さず、外からの後押しで動く。「自分からイニシアティブを出すことが稀」(アウシュラ)、「何かをするのに外的な後押しを必要とする」(Reinin)、「目標を達成するために外部から押される必要がある」(Gulenko)、「傍観者の役を引き受け」る(Stratiyevskaya)
- 欠陥と見落としに先に目が向く。「タールを一滴垂らす」(アウシュラ)、「矛盾や見落としに気づく目」(Gulenko)、「制度の愚かさ」を批判する(Reinin)、すでにある案の誤りを直すほうが得意(Zamanskaya)
- 力を注ぐ仕事を選び、急がない。期限を示されない仕事は仕事とみなさない(Stratiyevskaya)、「労働能力は極めて選択的」(Filatova)、「主要な機会の場合にのみ力を注ぐ」(Gulenko)、ドアが閉まる前の最後の時点で動く(Beskova)
ただし、この一致を独立した観測の収束と呼ぶことはできません。アウシュラ以後の研究者は同じ理論共同体に属し、用語も先行記述も相互に継承しているからです。正確には、相互に参照し合う文献系列の中で、論者と様式を変えて反復されてきたモチーフであり、その意味でILI記述の共有された部分と見てよい範囲です。
観測点の食い違い
一方で、単純に合成できない食い違いもあります。
第一に、予測がどちらの展開に強いかです。Bukalov、Stratiyevskaya、Filatovaは、ILIの予測を悲観の側に置きます。一方、Yermakは位置1のNiについて、肯定的な展開はよく見て取り、否定的な出来事には疎いと書きます。同じ懐疑を、悪い展開が見えている結果と読むか、見えない結果と読むかで、2つの記述は向きが逆です。
第二に、身なりと健康への構えです。アウシュラは潔癖と「整えられた表現」への好みを、Bukalovは健康と快適さへの気配りを書きます。一方、Reininは健康を「恐怖の領域」とし、Filatovaはクトゥーゾフの外見への無頓着や、決闘で身を守ろうとしないピエールを感覚の弱さの例に挙げます。Filatovaはこの差をサブタイプで分けていますが、分けない研究者の記述と並べると、向きが揃いません。
第三に、強い圧力への応じ方です。Reininは圧力に「ほとんど無防備」だと書き、Filatovaは要求が理にかなっていれば苛立たずに実行すると書きます。一方、Gulenkoは直接的な攻撃性には全力で反対すると書きます。理にかなった要求と、感情や攻撃を伴う圧力を分ければ両立しますが、それは当サイトの整理です。
これらの食い違いは、3つの経路から生じていると読むことができます。1つは観測された場面の違いで、平常時か危機かで同じ人の現れは変わります。1つは用語の体系の違いで、ReininやGulenkoの番号とモデルでは、同じ語が同じ位置を指すとは限りません。もう1つは変異の扱いの違いで、サブタイプを分けるかどうかで、同じ幅の観察が別々の型に割り振られます。つまり、研究者ごとに別のILIを見ているということを示すものではない、と読めます。
記述ジャンルの偏り
研究者ごとの資料は、記述の様式が大きく違います。アウシュラは双対の節の中でSEEから見たILIを書き、Reininは存在原理の定式と二人称の助言に友人の逸話を添えます。Bukalovは短いプロファイルと、周産期や職業の分布から説明する論文を持ち、Yermakは人物像を書かず、要素の連なりと働く条件だけで型を規定します。
ILIに特有の偏りとして、トルストイ『戦争と平和』の人物が、複数の研究者の例として重なることがあります。FilatovaとStratiyevskayaはピエール・ベズーホフを、FilatovaとProkofievaはクトゥーゾフを、ILIの例に使います。同じ人物を別々の研究者が選んでいるので、その人物の描写がILI像に与える重みは、ほかの例より大きくなります。
確からしい観測と、単一の研究者の主張
ILIについて確からしいのは、複数の文献に反復して現れる5つの観測です。逆に、単一の研究者にしか現れない記述は、その研究者の主張として帰属つきで扱う必要があります。例えば、相手が望むものに本当に「成る」才能(Reinin)、予測が肯定的な展開に限られるという規定(Yermak)、周産期の体験から暗さを説明する議論(Bukalov)です。
15二分法から見るILI
二分法は、16タイプを8対8に分ける切り口です。基礎になる4つ(外向—内向・直観—感覚・論理—倫理・合理—非合理)はユングの類型論に由来し、ILIは内向・直観・論理・非合理の側に属します。
その後Reininが、この4つを含む15の特性へ拡張しました。追加の11の特性では、ILIは果敢・客観主義・民主主義・宣言・動的・戦術・構成主義・利益・先見・プロセス・否定の側に入ります。このうち戦術の側への振り分けには、解説を書いたFilatova自身が異を唱えています。
基礎の4二分法
ユングは、外向をこう定義しています。
対象や客観的事実への指向性が非常に強く、最も頻繁に行われる重要な判断や行動が、主観的な価値観ではなく客観的な関係性によって決定される場合、これを外向的態度と呼ぶ。
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when the orientation to the object and to objective facts is so predominant that the most frequent and essential decisions and actions are determined, not by subjective values but by objective relations, one speaks of an extraverted attitude.
ユングの定義では、外向とは、判断や行動が、主観的な価値観より客観的な関係で決まる構えのことです。ILIは、この反対側の内向型に入ります。裏返して言えば、判断や行動を決めるのが、主観の側の要因になる構えです。
ソシオニクス側では、Stratiyevskayaの理論編が、外向をこう定義しています。
外向—これは世界知覚の一定の立場であり、人間(または客体)の質的特徴記述に第一義的な意義が与えられ、人間の(または客体間の)相互関係はすでに第二義的(従属的)な価値となる。外向の構えにおいては、関係は客体の自身の質の変化に応じて変わるのであり、外向タイプにとってこの客体の質のほうが、客体自身との相互関係よりもはるかに大きな関心を引く。
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Экстраверсия — это такая позиция мировосприятия, при которой первостепенная значимость придается качественной характеристике людей (или объектов), в то время как взаимоотношения между людьми (или объектами) являются уже второстепенной (подчиненной) ценностью. По экстравертной установке отношения меняются в соответствии с изменением собственного качества объекта, которые представляют для экстраверта значительно больший интерес, чем его взаимоотношения с самим объектом.
言い換えると、外向のタイプは、物事どうしの関係より、その物事がどういう性質かに関心が向くということです。内向のILIではこの順番が逆になり、物事の性質より、物事どうしの関係のほうに関心が先に向くと読めます。
Filatovaは、内向型が外の状況とどう向き合うかを、トルストイが描いたピエール・ベズーホフの例で、こう書いています。
つまり内向型には、外向型と違って、外的状況を変えるのが難しいことがある。彼は状況に対する自分の力を感じておらず、むしろ状況のほうが彼を支配し、適応を強いる。この外向と内向の異なる立場を、トルストイは驚くほど正確に、内向型のピエール・ベズーホフがヴァシーリー・クラーギン公爵の、娘との結婚の思惑に抗しきれないエピソードで描いている。ピエールはこの結婚を望まず、あらゆる形で状況に抵抗するが、それを変えることができない。
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Таким образом, интроверту, в отличие от экстраверта, бывает трудно менять внешние обстоятельства, он не чувствует свою власть над ними, скорее они владеют им и заставляют приспосабливаться. Удивительно точно эти разные позиции экстраверсии и интроверсии описаны Толстым в эпизоде, когда интроверт Пьер Безухов не в состоянии противиться желанию князя Василия Курагина женить его на своей дочери. Пьер, не желая этого брака, всячески противится обстоятельствам, но не может их изменить.
つまり、内向型は、状況を自分の側から変えるより、状況に合わせることを強いられやすいということです。Filatovaは同じ本でピエールをILIと判定しているので、この場面は、ILIの内向が、結婚のような大きな選択にどう表れるかを示す例にもなっています。
非合理については、ユングは定義の章でこう断っています。
私がこの語を使うとき、それは理性に反するものではなく、理性の領分の外にあるもの—したがってその本質が理性によっては基礎づけられないもの—を指している。
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As I make use of this term it does not denote something contrary to reason, but something outside the province of reason, whose essence, therefore, is not established by reason.
つまり、ユングのいう非合理は、理性による判断より先に、知覚が立っていることを指します。ILIが非合理の側に入るのは、主導の要素Ni(内向直観)が、判断ではなく知覚の要素だからです。
合理と非合理の違いについて、Stratiyevskayaはこう書いています。
合理的人格タイプは合法則的なものに方向を定める—そのため彼らは周囲の環境と一貫して、計画的に、合法則性を観察しつつ、結論に基づいて相互作用する。あらかじめ自分の行動を考え、置かれる状況をあらかじめプレイし、何より重要なのは、そこからの出口を考え抜こうとする傾向で区別される。(中略)非合理タイプは予測不能、振る舞いの自発性で区別され、即興の状況においてよりよく感じ、合法則性ではなく偶然性に多く方向を定める。
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Рациональные типы личности ориентируются на закономерное — поэтому они взаимодействуют с окружающей средой последовательно, планомерно, наблюдая закономерности и основываясь на выводах. Отличаются стремлением заранее продумывать свои действия, заранее проигрывать ситуацию, в которую они попадут, а главное — продумывать выход из нее. […] Иррациональный тип отличается непредсказуемостью, спонтанностью поведения, он лучше себя чувствует в импровизированной ситуации, больше ориентируется на случайности, а не на закономерности.
Stratiyevskayaの対比では、合理タイプは出口を先に考え抜き、非合理タイプは偶然に向いて即興で動くとされています。ILIは非合理の側に入る一方で、レイニン特性では先見の側にも入ります。偶然に向く非合理と、先を見通す先見が、同じタイプに重なっていることになります。
レイニン特性の誕生—本人の証言
15特性への拡張の経緯を、Reinin本人が一人称で、こう語っています。
きっかけは、アウシュラの仕事『人間の双対的本性』でした。そこには「貴族/民主」という特徴が記述されていたのです。ここからすべてが始まりました。(中略)こうした特徴が11個あり、ユング的なものを合わせて全部で15個だ、ということでした。
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Толчком послужила работа Аушры «Дуальная природа человека». В ней был описан признак «аристократы-демократы». Вот с него все и началось. […] Математически оказалось, что таких признаков одиннадцать, а всего – вместе с юнговскими – пятнадцать.
言い換えると、レイニン特性はアウシュラの「貴族/民主」の記述から始まり、新しい11個とユング由来の4つを合わせて15個になったとReinin本人が振り返っています。ILIは、この出発点になった軸では、民主主義の側に入ります。
Talanov論文のリストと用語論争
TalanovのモデルTは、いくつかのレイニン特性を、機能の均衡性から説明します。Filatovaはこのモデルの解説論文に、各特性の16タイプ振り分けリストを載せています。
Filatovaは、構成主義者に振り分けたタイプを、次のリストで示しています。
構成主義者 — ILE、ESE、SLE、EIE、ESI、ILI、EII、SLI
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КОНСТРУКТИВИСТЫ — ИЛЭ, ЭСЭ, СЛЭ, ЭИЭ, ЭСИ, ИЛИ, ЭИИ, СЛИ
ILIは、このリストの6番目に入っています。当サイトの二分法でもILIは構成主義の側で、振り分けは一致します。
同じ論文は、戦術の側の振り分けも、次のように示しています。
戦術家:ILE、ESE、LSI、IEI、ESI、ILI、IEE、LSE
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ТАКТИКИ: ИЛЭ, ЭСЭ, ЛСИ, ИЭИ, ЭСИ, ИЛИ, ИЭЭ, ЛСЭ
つまり、ILIは、Talanovの振り分けでは構成主義の側にも戦術の側にも入るということです。ですが、このリストを載せたFilatova自身が、戦術の側への振り分けに異を唱えています。
Filatovaは、ILEとILIを名指しして、こう書いています。
ここでは、論理型のILEとILIが戦術家であるということには、どうも同意しがたい。倫理型のIEEとIEIにとっても、これはあまり特徴的ではない。おそらく、このような場合には、この特性を近距離での交流に限って定義するべきだろうが、大きな構図では、彼らはやはり戦略家なのである!ここでは、定義のために別の用語を見つけるほうがよいのかもしれない。
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Здесь как-то трудно согласиться с тем, что тактиками оказываются логики ИЛЭ и ИЛИ. Для этиков ИЭЭ и ИЭИ это также не очень характерно. Наверное, для таких случаев следовало бы определить это свойство только при общении на близкой дистанции, а по крупному — они все же — стратеги! Возможно, здесь следовало бы найти другие термины для определений.
Filatovaの見方では、近い距離の交流はともかく、大きな構図ではILIは戦略の側だということです。表ではILIを戦術に入れたうえで、観察から、その振り分けと特性の名前の両方を問い直しています。当サイトの二分法では、ILIの極は、定義から導いたとおり戦術です。
クラブ—研究者NT
基礎二分法の組み合わせのうち、直観×論理の4タイプはクラブ(小グループ)として括られます。Wikisocionは、このクラブをこう定義しています。
研究者: 直観型かつ論理型(NT)、すなわちILE、ILI、LIE、LII。
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Researchers: intuitive and logical (NT), or ILE, ILI, LIE, and LII.
上の引用にあるNTは、直観(N)と論理(T)の組み合わせのことです。つまり、ILIは、ILE・LIE・LIIとともに、研究者のクラブに入るということです。アルファのILE・LIIとガンマのILI・LIEが並ぶので、クアドラをまたいだタイプのまとまりになります。
小括します。基礎の4二分法は、ユングとStratiyevskayaの定義が同じ方向を向いており、ILIの帰属をめぐる異論は見られません。対照的にレイニン特性は、成立史がReinin本人の証言で残る一方、ILIを戦術の側に入れる振り分けには、解説者のFilatova自身が異を唱えています。
16機能の次元性とILI
機能の次元性は、各機能位置が参照できる情報の幅を1〜4次元で記述する後代の拡張理論です。提唱者はBukalovで、Yermakがパラメータの定式化を整備しました。通説では、位置1と位置8が4次元、位置2と位置7が3次元、位置3と位置6が2次元、位置4と位置5が1次元とされます。ILIではNiとTiが4次元、TeとNeが3次元、SiとFiが2次元、FeとSeが1次元です。この章では、起源の主張、パラメータの定義、次元の割り当ての根拠、そしてILIへの適用を原典で扱います。
起源—Bukalovの主張と8つの位置への配分
Bukalovは、次元性の発見について、こう書いています。
著者によって1990年に発見された、情報代謝機能(心的機能)の情報処理パラメータの次元性 [9] は、人間の思考と行動の特徴、特定の型間関係のニュアンスを正確に記述することを可能にし、国際ソシオニクス研究所のスタッフおよび他のソシオニクス専門家による専門家・コンサルティング業務において実用上の重要な応用を持つ [10, 14]。
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Обнаруженная автором в 1990-м году мерность параметров обработки информации психических функций или функций информационного метаболизма [9], позволяет точно описывать особенности мышления и поведения человека, нюансы конкретных интертипных отношений и имеет значительные практические приложения, используемые на практике в экспертно-консультационной работе как сотрудников Международного института соционики, так и других специалистов по соционике [10, 14].
言い換えると、Bukalovは次元性を1990年に自分が発見したものとし、その価値を専門家の業務での使い勝手に置いているということです。裏づけとして置かれているのは、理論の導出ではありません。
配分そのものについて、Bukalovは別の論文で、第4機能から第1機能までの次元を、こう並べています。
機能の操作的心理情報空間の次元数の理論からは、第4機能は1次元的刺激・情報を知覚することが帰結する。それは情報的に1次元的(「はい/いいえ」の原理での判断)であり、自己の個人的経験から発する。モデルAのメンタルリングにおいて、第4機能は情報的に1次元、第3機能は2次元、第2機能は3次元、第1機能は4次元である。
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Из теории мерностей операционного психоинформационного пространства функций следует, что 4-я функция воспринимает одномерные стимулы или информацию. Она информационно одномерна (суждения по принципу «да-нет»), исходит из собственного личного опыта. В ментальном кольце модели А 4-я функция информационно одномерна, 3-я — двумерна, 2-я — трехмерна, а 1-я — четырехмерна.
つまり、第4機能は1次元で、自分の経験だけをもとに「然り-否」で判断する位置だということです。ILIでそこに置かれるのはFeで、この読み方では、感情の表し方の判断が、自分の経験した範囲の二択になりやすいことになります。第1機能のNiは4次元で、この序列の反対の端にあります。
4つのパラメータ—Yermakの定義
次元を数えるための4項目を、Yermakは経験・規範・状況・時間の順に、こう定義しています。
Ex(英語 experience から)—経験のパラメータ —出生時からの、人生を通じて意思決定と影響の執行の過程で人間が獲得した、個人的(Ex)または人格的(社会的)経験(Ex*)の特徴。(中略)Nr(規範 norm から)—規範のパラメータ —意思決定または管理影響の執行の過程で遵守すべき規範、規則、習慣、認められた手法、基準(個人的—Nr または社会的—Nr*)の特徴。(中略)St(英語 situation から)—「状況」のパラメータ —意思決定または管理影響の執行の条件、「情況」(個人的 St または社会的 St*)の特徴。(中略)Tm(英語 time から)—パラメータ的時間 —意思決定または執行がなされる、過去・現在・未来の個人的(Tm)または社会的(Tm*)時間の瞬間。
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® Нх (от англ. ехриепсе) — параметры опыта — характеристика индивидуального (Ех) или личностного (социального) опыта (Ех*), полученного от рождения и наработанного человеком в течение жизни в процессе принятия решения и исполнения воздействий ; (中略) ® М (от англ. погт) —- параметры норм - характеристика норм, правил, обычаев, принятых приёмов и стандартов (индивидуальных — Мг или социальных — Мг *), которых следует придерживаться в процессе принятия решения или исполнения управляющих воздействий “; (中略) ® 5 (от англ. 5ИлаНоп) — параметры “ситуации” - характеристика условий, "обстановки" (индивидуальной 51 или социальной 5*) принятия решения или исполнения управляющих воздействий; (中略) ® Тт (отангл. ите) - параметрическое время — момент индивидуального (Ти) или социального (Ти\*) времени в прошлом, настоящем или будущем относительно которого принимается или исполняется соответственно индивидуальное или социальное решение; иными словами, время как точка на шкале времени, т.е. как параметр "привязки" обработки информации к некоторому моменту в прошлом, настоящем или будущем.
言い換えると、1次元は経験、2次元は経験と規範、3次元は状況まで、4次元は時間までを参照する積み上げだということです。ILIの位置1のNiは、この積み上げの最上段にあり、時間という4本目のパラメータを扱う要素が、そのまま4次元の位置に入っています。
Bukalov側は、同じ4つを別の語彙で呼び、こう書いています。
次元性を考慮した情報代謝機能の一般構造を、グローバル性、状況、規範、個人的経験のベクトルによって図的に表されるとおり、思い出しておこう。
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Напомним общую структуру функций информационного метаболизма с учетом мерностей, графически выражаемых векторами глобальности, ситуации, норм и личного опыта.
Yermakの「時間」に対応する4本目のベクトルを、Bukalovは「グローバル性」と呼んでいます。同じ理論の内部でも語彙が統一されていない点は、原典を読むときの注意点です。
次元の割り当て—時間のパラメータを扱うかどうか
3次元より上を、Yermakは時間パラメータの有無で、こう言い直しています。
知性の機能(「知性」—第1機能)は4次元—受容される社会的に有意な(人格的)情報を全面的に処理し(アイデア、課題の解決などを探す)、これには時間パラメータについて(過去、現在、未来において)の処理も含まれる;(中略)社会的創造の機能(「創造」—第2機能)は3次元—「創造する」、すなわち過去、現在、未来のある時間の瞬間に対して知性の機能が見出した社会的に有意な決定、アイデア、思考を実現する。ここから社会的経験、状況、規範の考慮が現れるが、創造機能は時間パラメータについて不変(独立)である
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– функция интеллекта («интеллект» — ф.1) четырѐхмерна — всесторонне обрабатывает воспринимаемую социально значимую (личностную) информацию (ищет идею, решение задачи и т. п.), в том числе и по параметру времени (в прошлом, настоящем или будущем), функция социального творчества («творческая» — ф.2) трѐхмерна — «творит», т. е. реализует социально значимые решения, идею, мысль, которые найдены функцией интеллекта относительно некоторого момента времени в прошлом, настоящем или будущем — отсюда учѐт социального опыта, ситуаций и норм, но инвариантность (независимость) функции творчества по параметру времени (функция «творит» в той точке или в том периоде на временной шкале, которые ей определила функция интеллекта (ф.1));
Yermakの区別では、4次元の第1機能は時間も含めて情報を扱い、3次元の第2機能は時間に左右されずに働くということです。分かれ目に置かれているのは処理の量ではなく、時間パラメータを扱うかどうかです。ILIに当てはめると、Niは過去から未来までをひと続きに見て課題の解決を探します。Teは、Niが見出した時点に向けて、それを実際の手順に移します。
ILIへの適用—4次元のNi
Karpenkoは、時間の直観を第1機能に持つタイプが世界をどう知覚するかを、こう書いています。
△(Ni)を第1機能とするTIMは、世界をもっぱら時間の中で、時間という座標に沿って動くものとして知覚する。(中略)これも同じ四次元の時間的「空間」であり、唯一の空間座標は点まで、空間的な「瞬間」まで縮められている。
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ТИМы, у которых - первая функция, воспринимают мир движущимся только во времени, по координате Время.〔中略〕Такое же четырехмерное временное "пространство", единственная пространственная координата сведена до точки, до пространственного "мгновения".
上の引用にある△は、Karpenkoが使うNi(内向直観)の記号です。言い換えると、Niを第1機能に持つタイプにとって、世界は時間の軸に沿って動くもので、空間のほうは1つの点に縮むということです。4次元という数は、ここでは時間を広がりとして扱えることを指しています(11章で見た、SEIとの対比と同じ論文です)。
Bukalovらは、進化心理学の「嫌悪」のモジュールをタイプに対応づける論文で、ILIを次のように書いています。
嫌悪の感情、その本性によって嫌悪を覚える特定の事物への反応、感染と病気についての直観を含む。多次元的な時間の直観、危険、出来事の様々な発展シナリオの評価と計算、特に否定的な文脈における、低次元の健康のセンサリーとの組み合わせに対応する。直観論理内向(ILI、△(Ni)■(Te))と一致する。このタイプの代表者は、周囲には十分にはっきり表れた否定タイプ、懐疑論者、批判者として現れ、しばしば起こることを陰鬱な光のもとで知覚し、病気の発達、感染などの側面を含む。
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включая эмоцию отвращения и реакцию на определенные вещи, которые по своей природе кажутся отвратительными, интуиция относительно заражения и болезни. Соответствует многомерной интуиции времени, опасности, оценки и расчета различных вариантов развития событий, особенно в негативном контексте в сочетании с маломерной сенсорикой здоровья. Совпадает с интуитивно-логическим интровертом (ИЛИ, ). Представители этого типа представляются окружающим как достаточно отчетливо выраженные негативисты, скептики, критики, нередко воспринимающие происходящее в мрачном свете, включая аспекты развития заболевания, заражений, и т. д.
Bukalovらは、多次元の時間の直観(位置1のNi)と低次元の健康の感覚(位置3のSi)の組み合わせを、危険や病気への敏感さとして読んでいます。先の展開を幾通りも計算できる一方、身体の状態を扱う位置は低次元なので、計算の向きが危険や感染の側に寄るという説明です。
周囲から否定主義者や懐疑論者に見えるという記述も、この次元の組み合わせの帰結として置かれています。2つの位置の次元の差から、周りからの見え方までを導く説明です。
強い主張への注記
次元性理論には、検証手続きが示されないまま数値を伴う強い主張も含まれます。Bukalovらは、こう書いています。
心的機能の次元性の階層は、注意・記憶・思考の容量の階層を定める。生物種が違えばこれらの容量は大きく異なりうる。我々が示したとおり、人間にとって次元性の階層は、記憶・注意・思考の容量に関する「ブカロフの魔術的列」を定める:7±2、10±1、17±1、27±1。最初の数はミラーの「マジカル・ナンバー」7±2および作業記憶(オペレーショナルメモリ)の容量に対応する。心的機能の次元性に結びつけられた各ベクトルに、それぞれの注意・思考・記憶の容量を対応させることができる [6–13]。
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Иерархия мерностей психических функций задает иерархию объемов внимания, памяти и мышления. Для разных биологических видов эти объемы могут очень сильно различаться. Так для человека, как было показано нами, иерархия мерностей задает «магический ряд» Букалова для объемов памяти, внимания и мышления: 6(±1), 10(±1), 16(±1), 26(±1), в котором первое число соответствует «магическому числу» Миллера и объему оперативной памяти. Каждому вектору, связанному с размерностью психической функции, можно сопоставить свой объем внимания, мышления и памяти [6–13].
つまり、次元の階層が、記憶・注意・思考の容量を表す7±2、10±1、17±1、27±1という数の系列を決めるという主張です。接続先はMillerの7±2で、これは認知心理学の古典的な作業記憶の目安です。そこから10±1、17±1、27±1という系列を導き、次元の階層と対応させています。この系列を支える独立の実験データは、当サイトが確認した範囲では引用文献の外に示されていません。
小括します。次元性は、ILIの強いNi・Tiと弱いFe・Seを、参照できるパラメータの数として言い直す理論です。時間を広がりとして扱える4次元のNiという記述と、感情の表し方を自分の経験の二択で判断する1次元のFeという記述が、同じ軸の両端に並びます。一方で、4本目のパラメータの呼び名は著者ごとに違い、次元の数を外から測る手続きも示されていません。理論運用上の弱点は23章でまとめます。
17ガンマ・クアドラのILI
ILIは、SEE・LIE・ESIとともにガンマクアドラを構成します。4タイプが共有する価値要素は、Ni(内向直観)・Te(外向論理)・Se(外向感覚)・Fi(内向倫理)です。この章では、クアドラという概念の原典定義、番号の揺れ、ガンマの気風についての各研究者の記述、そのなかでILIに割り当てられた持ち分を取り上げます。
クアドラとは何か—創始者の規定
まず、創始者アウシュラは、クアドラをこう定義しています。
クアドラ。 クアドラとはソシオンの4分の1であり、四つの情報代謝タイプから構成される。そのうち互いに活性化する二つの双対ダイアドのうち、一方は一つの社会的進歩の環に、他方はもう一つの環に属する。クアドラの参加者を結びつけるのは一定の関心の共通性であり、そして最も重要なことに—紛争の可能性の不在である。互いにつねに理解し合い、言葉の背後にも行為の背後にも何ら不快なことを気づかない。際立って実り多く生産的な共同作業。
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Квадра. Квадра — одна четвертая социона,' об-` разованная из четырех типов ИМ или двух активи- зирующих друг друга диад, одна из которых отно- сится к одному, другая — к другому кольцу соци- ального прогресса. Участников квадры объединяет определенная общность интересов, а главное — от- сутствие возможностей конфликта. Друг друга они всегда понимают, за словами и поступками не заме- чают ничего обидного. Исключительно нлодотворна и производительна совместная работа.
上の引用にあるソシオンは、16タイプがそろった全体のことです。言い換えると、クアドラは互いに活性化する双対の2組でできた4人組で、その4人のあいだには紛争の可能性がないということです。
双対2組(ILI-SEEとLIE-ESI)が活性化関係で結ばれる4人組、という構成の定義はその後も共有されています。結びつきの根拠は、個人の資質ではなく、4人が揃ったときの条件として書かれています。
番号の揺れ—「第二」と「第三」
アウシュラの同書はクアドラをギリシャ文字ではなく順序数で呼び、ILIを含む組は「第二」として、こう登場します。
第二。 論理直観外向と倫理感覚内向、感覚倫理外向と直観論理内向。
上の引用にあるエクストラティムは外向タイプ、イントロティムは内向タイプのことです。列挙されているのはLIE・ESI・SEE・ILIで、最後の「直観・論理的イントロティム」がILIです。現在ガンマと呼ばれる4タイプが、ここでは「第二」と番号づけられています。
一方、後代のStratiyevskayaは同じ組を「第三クアドラ」と呼び、アルファとの関係をこう書きます。
第三クアドラ(ガンマ)の特徴。(中略)第三クアドラは「直観・論理タイプ」と「倫理・感覚タイプ」によって代表される—この点で、それは第一クアドラに非常に似ている。しかし、第三クアドラで支配的な側面は、第一クアドラで支配的な側面と垂直性(外向/内向)において対立しており、そこで排斥され、抑圧された側面に対応している。(中略)第三クアドラでは支配的なのは:「黒」論理(■(Te) Te)、「白」倫理(▽(Fi) Fi)、「黒」感覚(●(Se) Se)、「白」直観(△(Ni) Ni)である。
言い換えると、ガンマはアルファと同じ2つのクラブでできているが、支配的な側面の外向・内向が逆になっているということです。引用中の「黒/白」は、情報要素の外向/内向を表す同書の表記です。支配的側面として挙がるTe・Fi・Se・Niは、章頭に置いた価値要素と一致します。
同じ4タイプ組が、資料によって「第二」とも「第三」とも番号づけられています。番号は資料間で揺れるため、クアドラは番号ではなく構成するタイプで照合します。
気風の記述—突破力と実利、その裏面
Bukalovは、ガンマを段階の名で呼び、こう書いています。
クアドラγは「疾風怒濤」のクアドラであり(中略)感覚意志的圧力(●(Se)51)に内向的情動(▽(Fi)52)、動的論理(■(Te)53)、時間感覚(△(Ni)54)が組み合わさり、極めて動的かつ抑えがたい世界感覚と行動のクラスターを形成する。(中略)クアドラγは、設定された目標を巨大な突破力で達成し、達成された成果に対して批判的態度を取ることを特徴とする。
つまり、ガンマは、目標を大きな突破力で達成し、達成した成果にも批判的に向き合うクアドラだということです。引用中の数字は、Bukalovが自身のモデルで使う通し番号です。「疾風怒濤」という名はその両方に掛かっており、推進と自己批判が同じクアドラの中で対になっています。
Gulenkoは、同じ気風をイデオロギーの語に置き換え、こう書いています。
γクアドラの根本価値は実利主義である。ご存じのように、それはアングロサクソン諸国の伝統的イデオロギーに基づく。実利主義の哲学においては、利益をもたらすすべてのものだけが本当に認められる。絶対的真理、あるいはそれへの欲求さえ拒否される。
Gulenkoによれば、ガンマで本当に認められるのは、利益をもたらすものだけです。絶対的真理も、それへの欲求も拒否されます。Bukalovが成果への態度として書いたものを、Gulenkoは何を認めるかの基準そのものとして書いていることになります。
この実利の側は、ILIの位置1の要素である時間の直観の扱い方にも表れます。Karpenkoは、クアドラごとに情報要素の扱い方を比べる論文で、ガンマの時間の直観をこう書いています。
クアドラγにとっても時間の直観(△(Ni))は重要である。しかし第3クアドラ(ガンマ)の代表者たちとこのアスペクトとの相互作用は、はるかに散文的である。彼らは現実の時間—差配すべき時間、計画できる時間—をみごとに感じ取り、実際それを鮮やかにやってのける。だが彼らの変化や出来事の動態の知覚はより「醒めて」おり、合理主義的で、聖なる性格、神秘的な性格、世界を超え出る性格を欠いている。クアドラγにおける時間の直観(△(Ni))は三次元である。
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Для квадры γ интуиция времени () также важна. Однако взаимодействие представителей третьей квадры с этим аспектом гораздо прозаичнее. Они прекрасно чувствуют время реальное, то, которым нужно распорядиться и которое можно спланировать, что и делают блестяще. Но их воспри- ятие изменений, динамики событий более «трезво», рационалистично, оно лишено сакрального, ми- стического, надмирового характера. Интуиция времени () в квадре γ — трехмерна.
言い換えると、ガンマは時間を、差配し計画するための現実の時間として扱い、神秘的な意味を読み込まないということです。上の引用にある△は、Karpenkoが使うNi(内向直観)の記号です。
この論文の次元数はクアドラごとの評価で、ガンマの時間の直観は3次元とされます。16章で扱ったモデルAの次元性では、ILIの位置1のNiは4次元です。2つは別の尺度の数で、同じNiの次元が食い違っているわけではありません。
Stratiyevskayaは、この実利の基準の裏面を、ガンマ固有の負担として、こう書いています。
第三クアドラ(ガンマ)の代表者は「人生から外される」のを大変嫌う—この状態は彼らを殺す。(中略)彼らは自身の創造を部外者の目から守り、「自分のためだけに」創造し始める—「『けちな騎士』のコンプレックス」が発展する。しかもこの現象は第三クアドラの内向—ILI〔原文: バルザック〕とESI〔原文: ドライザー〕—に、より特徴的である。
上の引用にある「けちな騎士」は、財宝を誰にも見せずに溜め込む男爵を描いた、プーシキンの戯曲の題です。つまり、ガンマのタイプは、活動から外されることをひどく嫌い、作ったものを人に見せずにしまい込みやすいということです。このコンプレックスは、ガンマの内向の2人、ILIとESIにより特徴的だと限定されています。クアドラのコンプレックスはStratiyevskaya独自の用語で、診断名ではありません。
ガンマのなかでILIが担うもの
Stratiyevskayaは、社会の技術的・経済的変革を担う2タイプを、こう名指ししています。
社会の技術的・経済的変革は第三クアドラ(ガンマ)の論理・直観タイプ:外向・実装者「LIE〔原文: ジャック・ロンドン〕」(プログラム的側面—業務論理(■(Te) Te))と直観論理内向ILI〔原文: バルザック〕(プログラム的側面—ポジティブな「時間の直観」)によって実施される。まさにこれらの側面の組み合わせが、生まれつつある資本主義関係の時期に、必要な技術的・経済的基盤を作ることを可能にするのである。
上の引用にあるプログラム的側面は、位置1の要素のことです。言い換えると、社会の技術的・経済的変革を担うのは、Teを位置1に持つLIEと、Niを位置1に持つILIの2タイプだということです。ILIの持ち分は「ポジティブな時間の直観」で、LIEの業務論理と組み合わさって、変革の基盤を作る側に置かれています。
Bukalovの役割論では、同じ4人組の持ち分が批判の対象で分けられ、こう書かれています。
クアドラγの社会的役割は人間活動のあらゆる領域における事物の現状の批判—その中にはクアドラβの仕事も含まれる—にある。(中略)感覚倫理外向(SEE)は、他者の主観的過誤を批判的に再考し、修正しようとする。(中略)その双対、直観論理内向(ILI)は、世界の現実に懐疑的に関わる;(中略)倫理感覚内向(ESI)は、風俗の批判者、道徳の擁護者である;(中略)論理直観外向(LIE)は、有害な習慣、外的環境汚染等の批判者である。
言い換えると、ガンマの社会的役割は現状の批判で、ILIが担当するのは世界の現実に懐疑的に向き合うことだということです。SEEは他者の過誤を、ESIは風俗を、LIEは有害な習慣を批判の的にしており、4人のうちILIだけが、特定の対象ではなく現実そのものを懐疑の的にしています。
Gulenkoの役割名では、ILIが批評家、LIEが起業家です。この2人について、Gulenkoはこう書いています。
彼らは科学的発見と発明の有益な使用という刺激によって動機づけられる。批評家と起業家は、短期的課題を解決するために典型的な、機動的なアプローチでよりよく自己を示す。
つまり、ILIとLIEは、科学の発見や発明を役立てることに動機づけられ、短期の課題を機動的に解くときに力を出すということです。ガンマの4人のうち、この2人が応用の側で組になるという記述です。
小括します。ガンマの構成、つまりNi・Te・Se・Fiを共有するILI・SEE・LIE・ESIの4タイプは、研究者間で一致します。気風の記述で重なるのは、成果と実利を基準に置く点です。Bukalovは突破力と自己批判、Gulenkoは実利主義、Karpenkoは醒めた時間の扱い、Stratiyevskayaは「けちな騎士」の負担として、それぞれ別の語で同じ側を書きます。
ILIの持ち分は、研究者によって書き方が分かれます。StratiyevskayaはLIEと組んで変革の基盤を作る時間の直観として、Bukalovは現実そのものへの懐疑として、Gulenkoは発明を役立てる批評家として書いています。3人とも、ILIを先の見通しから現状を点検する側に置いている点は共通しています。
18タイプ間の関係のなかのILI
ILIの主要な相手は、双対=SEE、活性化=ESI、鏡像=LIE(以上ガンマ)、衝突=ESEです。また、ILIを監督する相手はEIE、ILIが監督する相手はLSEです。ILIに恩恵を与える相手はLSI、ILIが恩恵を与える相手はEIIです。
関係ごとの一般解説は関係のページにあります。ILIを名指しした原典の関係記述は、多くが双対のSEEとの組を扱っています。
双対関係の一般定式
Reininは、双対関係をこう説明しています。
この種類の関係においては、当該タイプの弱い機能が、他方のタイプ(双対、完全に補完的なタイプ)の強い機能の領域にある。補完的なタイプの人物こそが最良の教師である。(中略)双対タイプは私の弱い機能を保護し、同時に、私の弱い機能の領域においてさえ成功に至る行動プログラムを提供してくれる。
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In this type of relationships the weak functions of the type are in the zone of strong functions of the other type (dual, completely complementary type). A person of the complementary type is the best teacher. […] The dual type protects my weak functions, at the same time providing a behavioral program for me to reach success even in the area of my weak functions.
つまり、双対とは自分の弱い機能の領域に相手の強い機能がある関係です。その相手が、自分の弱い機能を守り、そこでもうまくいくやり方を示してくれるということです。ILIとSEEでは、SEEの位置1・2のSe・Fiが、ILIの位置5・6に入ります。逆に、ILIの位置1・2のNi・Teは、SEEの位置5・6です。
Gulenkoは、同じ構図を関係の内側から、こう書いています。
双対関係は興味深く、もてなしに満ちたコミュニケーションを楽しめる関係であり、退屈することがありません。パートナー同士は互いを釣り合わせ合い、心理的な無重力状態のような感覚を生み出します。パートナーは自分の行動や言葉を統制する必要がなく、ただありのままの自分でいることができます。あらゆる活動において役割分担がほぼ自動的に行われるため、新しい課題に向けて多くのエネルギーを節約できます。
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Dual relationships enjoy an interesting and hospitable communication that is never boring. Partners counterbalance each other, creating a feeling of psychological weightlessness. Partners do not have to control their actions or words; they can just be themselves. Due to the fact that responsibilities in every activity are distributed almost automatically, a lot of energy is saved for new tasks.
言い換えると、双対の2人は、気を張らずにありのままでいられ、役割分担もほぼ自動的に決まるということです。Reininの言う行動プログラムの提供を、一緒に過ごす側の感覚として書いた記述とも言えます。次のアウシュラの記述は、この相補をILIとSEEの組で具体的に書いたものです。
ILIとSEE—アウシュラの記述
ILIの双対はSEEです。アウシュラは『ソシオニクス入門』の「感覚的外向型と直観的内向型」の節で、この組を取り上げています。まず、ILIが相手に何を任せたいかを、こう書いています。
直観論理内向の興味深い特性は、譲歩性である。意志の強い、自分の道をよく知り要求の多い人々を好み、彼らから必要に迫られて目標を考え出してもらい、自分が考案した方法を使ってもらう人々を好む。しかし譲歩するのは、そのほうが賢く、必要で、他に選択がないと考える場合のみである。
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Интересное свойство интуитивно-логического интроверта — уступчивость. Он любит людей силь- ных, хорошо знающих свою дорогу и требующих уступок, людей, которые освобождают его от нсоб- ходимости придумывать цели, а сами пользуются придуманными им методами действия. Но уступает лишь в том случае, когда считает, что так будет умнее, нужно, необходимо, ипаче нельзя.
つまり、ILIが好むのは、目標は意志の強い相手に立ててもらい、方法は自分が考えるという分担です。譲るのは自分で賢明だと判断したときだけ、という留保も付いています。モデルAで言えば、目標を立てる力はSEEの位置1のSe、方法を考える力はILIの位置2のTeの領域です。
SEEの側について、アウシュラは、ILIの小言がどう受け取られるかを、こう書いています。
彼らのイニシアチブと実務的な手際はあまりに大きいので、いかなる批判も、活動のほとんどあらゆる現れを咎める直観論理内向の絶え間ない不平でさえも、気分を損なわない。それどころか逆に、批判は安心させ、自分たちが十分に多くのことをしてきたし、しているということ、自分たちの活動が気づかれているということを示すのである。
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Их инициативность и деловитость настолько велики, что никакая критика, даже постоянное ворчание интуитивно-логического интроверта, которым осуждается почти каждое проявление активности, не портит настроения. Даже наоборот,критика успокаивает, показывает, что они сделали и делают достаточно много, что их деятельность замечается.
上の引用の「彼ら」はSEEのことです。言い換えると、ILIの不平は、SEEには自分の活動が気づかれている合図になるということです。ILIの側の記述でも、アウシュラは、同じ辛辣な言葉が外向的直観の人には非難になるのに、SEEはただ安心させると書いています。
双対がILIから受け取るものを、アウシュラは、外向的な情動との関係から、こう書いています。
本質は、この型があらゆる外向的な情動を恐れているところにある。彼を苛立たせるのは、事の本質を見る妨げとなる迷彩に思える喜ばしい気分も、どんな絶望や悲劇性も同じである。彼はそれらを消す。(中略)まさにこれが感覚倫理外向に必要なものである。愛する存在が、待ち受ける運命のいたずらについて前もって考えることができ、自分の警告によってあらゆる打撃や不意打ちから守り、もし破局が襲ったなら、悪が時間のなかで相対的なものであることを示すことができるなら、すばらしい。
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Сущность в том, что этот тип боится всех экстравертных эмоций, его раздражают как радостные настроения, которые кажутся ему камуфляжем, мешающим видеть суть дела, так и любое отчаяние, трагизм. Он их гасит.(中略)Вот это и нужно сенсорно-этическому экстраверту. Отлично, когда любящее существо может заблаговременно подумать об ожидающих проделках судьбы, своими предупреждениями охраняет от любого удара, неожиданности, а если постигнет катастрофа, умеет показать релятивность зла во времени.
つまり、喜びの高揚も絶望も静めてしまうILIの抑え方こそ、SEEに必要なものだということです。モデルAでは、外向的な情動はILIの位置4のFe(外向倫理)の領域です。先の不運を警告し、悪は時間のなかで相対的だと示す役割は、位置1のNi(内向直観)の働きと読めます。
アウシュラは、ある女子学生が書いた「夢の相手」の描写を引き、そこにILIの姿を見ています。
感覚倫理外向の女子学生は、夢の騎士をこう描いている。「彼はきれいで、そして憂鬱でなければならない。目は大きく、悲しげ。口数が少なく、お世辞を言わない。だから近寄りがたい印象を与える。何十もの問題が彼を苦しめているが、私の考えでは、気にかける価値もない問題だ。私を引きつけるのは彼の悲しさと真剣さで、元気づけ、気分を上げ、喜ばせようとする。だから、パーティーにそういう男の子がいると、私は退屈せず、生き生きとして、大げさなほど陽気になり、彼を元気づけ、笑いとまではいかなくても、せめてほほ笑みを引き出そうとする」
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Вот как студентка, сенсорно-этический экстраверт, описы- вает рыцаря своих мечтаний: «Он должен быть красивый и унылый. Глаза большие и печаль- ные. Неразговорчив, не произносит комплимеитов. И поэтому создает впечатление педосягаемого. Его мучают десятки проблем, на которые, по-моему, не стоит обращать внимания. Меня притягивают его печаль, серьезность, стараюсь развеселить, поднять настроение, обрадовать. Поэтому, если на вечерин- ке есть такой парень, я не скучаю, оживляюсь, становлюсь преувеличенно веселой, стараюсь раз- веселить его, принудить если не к смеху, то хотя бы к улыбке»
学生が惹かれているのは、無口でお世辞を言わず、悲しげで手の届かない相手です。書き手の学生がSEEであることを、アウシュラは冒頭で明記しています。その悲しさを元気づけたくなるSEEの反応まで含めて、双対の組の描写として引かれています。続く箇所で、アウシュラはこの描写を次のように説明しています。
これは、自分の感情においてきわめて変わらず、冒険に傾かず、愛する者の要求の厳しさへの完全な依存を望む、直観論理内向の形象的な描写である。パートナーの関心をすぐには信用せず、長い証明を待つ。だからこそ、近寄りがたく、真剣で、そして自分自身の移り気に疲れた、精力的で押しの強い感覚倫理外向にとってこれほど必要な存在に見えるのである。
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Это образное описание интуитивно-логического интроверта, который в своих чувствах очень постоянен, не склонен к приключениям, желает полной зависимости от требовательности любимого. Вниманию партнера доверяет не скоро, ждет долгих доказательств, поэтому-то и выглядит недосягаемым, серьезным и таким нужным энергичному, настойчивому, уставшему от своего собственного непостоянства сенсорно-этическому экстраверту.
言い換えると、好意をすぐには信じない慎重さが、移り気なSEEには必要なものに見えるということです。同じ節で、アウシュラは、ILIがエロティックな関係ではほかの活動よりさらに受け身で、イニシアティブはすべて相手の手にあるとも書いています。
後代の研究者によるILI-SEE
Reininは、ILIの節で、ILIがSEEにとってどんな相手になるかを、こう書いています。
彼らはSEE〔原文: ナポレオン〕にとって理想的な助言者となりうる。SEE〔原文: ナポレオン〕におけるエネルギーの過剰は、薄く広がりすぎる結果になる。それゆえ最良の結果のためには彼は方向付けられるべきだ—あの壁を突破しに行くのではなく、こちらの壁を突破しに行くほうがよい、と。(中略)彼はILI〔原文: バルザック〕や、同じような演繹的・総合的思考をもつ人物から行動計画を得る必要がある。
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They can be ideal advisers for a Napoleon. The excess of energy in a Napoleon results in the spreading too thin. So for best results he should be directed: better go breach this wall, not that one.〔中略〕He needs to get the program of action from a Balzac or someone with the same deductive synthetic thinking.
つまり、SEEの余ったエネルギーに、どこへ向けるかの計画を与えるのがILIだということです。引用の「彼ら」はILI、「彼」はSEEを指します。SEEの節でも、Reininは、ゴルバチョフ(SEE)にとってのヴェリホフ博士(ILI)を、指導者とその有能な助言者の例に挙げています。
Stratiyevskayaは、『お別れしないために』のSEEの章で、ILIがSEEに何を与えるかを、こう書いています。
バルザック(ILI=バルザック)は彼に整然とした生活のリズムを与え、「急がば回れ」の原則で生きることを教える。SEE〔原文: カエサル〕の過剰な熱情を冷まし、彼を落ち着かせる。「時間が全ての問いに答えをくれる」「時間が全てを然るべき場所に収めてくれる」と。そして、まさにそのような「説明」によってこそ、SEE〔原文: カエサル〕はサジェスト(暗示)される。(中略)ILI〔原文: バルザック〕には「何があったか」を伝えるだけでよく、「何が起こるか、そして心が何で落ち着くか」は彼が自ら語ってくれる。
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Бальзак задает ему размеренный жизненный темп, учит его жить по принципу "поспешай медленно". Охлаждает непомерную горячность Цезаря, успокаивает его: "Время даст ответы на все вопросы", "время все расставит по местам". И именно таким "объяснением" Цезарь как раз и внушается.〔中略〕Самой природой ему ниспослан для этого такой дуал, как Бальзак. Никто лучше него не сумеет предсказать дальнейший исход событий в зависимости от тех или иных обстоятельств. Нужно только рассказать Бальзаку "что было", а "что будет и чем сердце успокоится", он уже расскажет сам.
言い換えると、SEEの熱を冷まして落ち着かせるのは、「時間がすべてに答えを出す」というILIの説明です。引用の「彼」はSEEを指します。SEEの位置5はNiなので、ILIの位置1のNiが、そのままSEEの暗示に入る組み合わせです。同じ章の結びでは、情熱を抑えるILIとの交流で、SEEの感情の幼さが消えるとも書いています。
活性化—ILIとESI
同じガンマクアドラのESIとの関係は活性化と呼ばれます。Stratiyevskayaは、ILIが抱える人間関係の難問を、ESIでも解けないと、こう書いています。
実践が示すように、他のいかなる倫理タイプも、彼にクアドラ的に最も近いESI〔原文: ドライザー〕ですら、ILI〔原文: バルザック〕的「倫理パズル」を上手く解決することはできない。
言い換えると、クアドラで最も近いESIでも、ILIの人間関係の難問はうまく解けないということです。Stratiyevskayaは、同じクアドラに属することと、倫理の面で噛み合うことを分けて書いています。
また、Stratiyevskayaは、ILIがどの力のかけ方を抑圧と感じるかも、次のように書き分けています。
(倫理的操作によって実現されるSEE〔原文: カエサル〕の意志的影響力は、彼によって自分自身の人格の抑圧として知覚されない。それに対して、SLE〔原文: ジューコフ〕、LSI〔原文: マクシム・ゴーリキー〕、ESI〔原文: ドライザー〕の直線的な意志的影響力 — 「●(Se)」 — や、ESE〔原文: ヒューゴー〕の誇示的な押しの強さは、彼を抑圧する。)
上の引用の「彼」はILIのことです。つまり、同じSeでも、ESIのようにまっすぐ力をかけられると、ILIは抑圧と感じるということです。SEEのように倫理的な操作を通した働きかけは、抑圧とは受け取られません。ILIの位置5のSeについて、分け目は力の種類ではなく、かけ方だということになります。
衝突—ILIとESE
反対の極として、衝突関係の機構を、Reininはこう説明しています。
第一機能は、私が知っており上手にできるものに対する自信の領域である。私のパートナーはそこに問題解決の領域を持っている。一方で、私のパートナーは私に問題を解決する別の道を示すことができる。これは衝突関係の肯定的側面であり、両タイプはそのために互いに時間を過ごすことに関心を持ちうる。(中略)創造機能。私にとって「必要」なものは、相手の恐れの領域である。(中略)第三機能。自尊心の領域、「私は良い」あるいは「私は悪い」。衝突点。「あなたは私を無視する、あなたは私の問題を無視する。」(中略)第四機能「私はそうしたい」。衝突するタイプの応答。「私はあなたが望むものを必要としない。」(中略)一方の人物の問題解決の領域は、他方の人格構造の基本階層(第一機能)に対応する。
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The first function is the area of my confidence in things I know & can do well. My partner has his area of solving problems there. On the other hand my partner is able to show me different ways of solving my problems. This is the positive side of the conflict relationships and the types might be interested in spending time with each other because of that.(中略)The creative function: what for me is "necessary" is the other's zone of fears.(中略)The third function: the area of self-esteem, "I am good" or "I am bad". The point of conflict: "you ignore me, you ignore my problems".(中略)The fourth function: "I want to". The response of the conflicting type: "I do not need the things you want".(中略)One person's area of the problem solving corresponds to the basic level of personality structure (the first function) of the other.
言い換えると、衝突の相手とは、自分の自信の領域が相手の問題の領域に、自分の創造機能が相手の恐れの領域に重なる関係だということです。ILIとESEで確かめると、ILIの位置1・2のNi・Teは、ESEの位置4・3に入ります。逆に、ESEの位置1・2のFe・Siは、ILIの位置4・3です。
双対では、自分の強い要素が相手の位置5・6に入りました。衝突では、同じ強い要素が相手の位置3・4に入るという点が、双対との違いです。
小括します。ILIの関係記述の中心は双対SEEです。アウシュラは、目標を立てる相手と方法を考えるILIの分担と、外向的な情動を静めて先の不運を警告するILIを書いています。Reininは、SEEのエネルギーに方向を与える助言者としてのILIを書いています。Stratiyevskayaは、ILIが時間の見通しでSEEを落ち着かせる側を書いています。つまり、SEEが意志と行動の力を、ILIが先の見通しと感情の節制を出し合うという点で、3人の記述は重なっています。
活性化については、Stratiyevskayaが同じクアドラのESIとの噛み合わなさを書いています。衝突については、Reininが機能位置の対応を根拠に説明しています。個別の組み合わせはタイプ間の関係のページで確認できます。
19MBTI®のINTJとの比較
当サイトはILIをINTJと併記しています。この章では、その対応の根拠と限界を短く整理します。詳しい一般解説はMBTIとの比較のページにあります。
対応の根拠—内向タイプのJ/Pスイッチ
ソシオニクスとMBTIは、どちらもユングの類型論から分かれた別の理論です。
当サイトのILI=INTJという併記は、両体系の機能配列が同一だとする仮定に基づきます。ソシオニクスのILIは位置1が内向直観(Ni)、位置2が外向論理(Te)です。これをMBTI側の主機能Ni・補助機能Teという並びに対応させると、INTJになります。
末尾の文字の定義は、両体系で異なります。ソシオニクスの小文字j/pは、主導機能が判断機能か知覚機能かを示します。ILIは主導がNiで知覚機能なので、4文字表記はINTpです。MBTIの大文字J/Pは、外界に向ける機能の種類を示します。ILIは内向タイプなので、外界に向くのは位置2のTe、つまり判断機能で、MBTI側の末尾はJになります。そのため、ソシオニクスのINTpとMBTIのINTJでは末尾が反転します。この反転が起きるのは内向の8タイプ(LII・LSI・ESI・EII・ILI・IEI・SLI・SEI)で、外向の8タイプでは末尾がそのまま一致します。
ILIの場合、この反転が字面の取り違えと重なります。ソシオニクス表記のINTpと、MBTIのINTPは、大文字と小文字の違いしかありません。ですが、MBTIのINTPが対応するのはILIではなくLII(位置1がTi、位置2がNe)です。逆に、ソシオニクス表記のINTjはLIIで、MBTIのINTJはILIです。つまり、同じ4文字の並びが、2つの体系で別のタイプを指します。
LIIとILIは、モデルA上では準同一関係にあります。どちらも直観と論理を自我ブロックに持ち、記述も一見似た方向を向きます。そのため、表記の取り違えが、そのまま内容の取り違えにつながりやすい組み合わせです。
外から見た関係—Bukalovの反論
心理学の側からソシオニクスがどう見えるかについて、Bukalov自身が書いています。
一方、たとえば類型論を専門とする心理学者は、ソシオニクスをマイヤーズ-ブリッグス類型論より良くも悪くもない単なるポストユング類型論として扱う。それは彼らの権利ではあるが、われわれは彼らがソシオニクスをタイプの抽出にのみ矮小化しており、それで打ち切ってしまっている、と考える。
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А, скажем, психологи-типологи рассматривают соционику всего лишь как постюнговскую типологию, не лучше и не хуже типологии Майерс-Бриггс. Это их право, но мы считаем, что они низводят соционику до выделения типов, да и только, и этим ограничиваются.
外部からは「MBTIと同水準のポストユング類型論の1つ」と見なされ、内部はそれを「タイプ抽出への矮小化」と反論する—両者の認識の溝がそのまま残っている構図です。ソシオニクス側が独自性の根拠に挙げるのは、モデルA、タイプ間の関係の理論、次元性などの理論装置です(その実証状況は23章)。
ILI読者への実務的な注意
MBTIでINTJと判定された人がこのページを読む場合、ILIの記述がそのまま自分の記述になるとは限りません。INTp⇄INTJは、Ni・Teの配列が同じだとする体系間の対応であり、診断結果の互換ではないからです。そのため、末尾の文字ではなく、位置1のNiと位置2のTeを含む8位置全体で照らし合わせることになります。
一方、MBTIでINTPと判定された人が「INTp」の字面からこのページに来た場合は、先にLIIの超詳細解説と並べて読むと、自分の記述がどちらに近いかを確かめられます。
小括します。ILI=INTJは、機能配列同一の仮定と、内向タイプでは末尾が反転するJ/Pスイッチに基づく体系間の対応づけです。ILIでは、この反転に「INTp」と「INTP」の字面の近さが重なり、準同一関係のLIIとの取り違えが起きやすくなります。
20サブタイプとタイプ内変異
同じILIでも、人から受ける印象は大きく違います。その違いをタイプの内側にある変異として説明しようとするのが、サブタイプ(タイプ内変異)の理論です。
アウシュラがタイプと人格を分けたあと、Meged & Ovcharov、Filatova、Gulenkoがそれぞれ別の分け方を立てました。いずれも後代の拡張で、分け方どうしに互換性はありません。
アウシュラ—タイプと人格の区別
サブタイプ理論が前提にしている区別を、アウシュラ自身がこう書いています。
パーソナリティとパーソナリティタイプは、疑いなく同じものではない。同じパーソナリティタイプを持つ人間でも、わが国の文化と何らかのアステカ文化では、まったく異なるものである。
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Личность и тип личности, несомненно, не одно и то же. Человек с тем же самым типом личности в нашей культуре или в какой-либо ацтекской культуре — это что-то совершенно разное. Даже в нашем бесклассовом обществе найдете сколько угодно вариаций того же Дон Кихота2 или Дюма3.
言い換えると、同じタイプの人でも、文化が違えばまったく違う人になるということです。タイプは人格の全体ではなく形式で、形式の内側には文化や個人による違いが残ります。
後のサブタイプ理論は、この形式の内側に残る違いを、いくつかの型に分けて記述する試みとして現れます。
Meged & Ovcharov—接触型と惰性型
2分割のサブタイプ理論の代表として、Meged & Ovcharovの名前が挙がります。コミュニティ編纂資料のWikisocionは、こう記録しています。
接触型/惰性型サブタイプ(Contact/Inert)(中略)V. Meged と A. Ovcharov によって提唱されたシステム。
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Contact / Inert Subtypes(中略)This system of subtypes was proposed by V. Meged and A. Ovcharov.
この体系は、1番目と2番目の機能のどちらが強まっているかで、同じタイプを2つの変種に分けます。ILIなら、位置1のNi(内向直観)が強い変種と、位置2のTe(外向論理)が強い変種です。
Meged & Ovcharovは、2002年のソシオニクス新聞の記事で、ILIの2つの変種を書いています。記事の中では、変種は強化される機能の名で呼ばれています。直観サブタイプ(「哲学者」)を、2人はこう書いています。
直観サブタイプは、落ち着いてバランスのとれた、ゆっくりとさえした人に見える。動きはなめらかで、急がない。内心は内気だが、それを皮肉の仮面の下に隠そうとする。(中略)内心はとても傷つきやすく、矛盾を抱え、もろいが、それを見せないようにしている。(中略)自分の問題をよその人と話し合うことは多くなく、人とは距離を保ち、かなり内に秘める。(中略)よい像的思考をもち、よく読むか、思索する。
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Интуитивный подтип выглядит спокойным, уравновешенным, даже медлительным человеком. Движения плавные и неторопливые. Внутренне застенчив, но старается скрыть это под маской иронии. Тактичен, вежлив, щепетилен. Старается в разговоре избегать прямолинейности и критики. Приветлив и любезен, но редко улыбается. Часто бывает чем-то подавлен, недоволен. Внутренне очень обидчив, противоречив и раним, хотя старается это не демонстрировать. От этого бывает часто в плохом расположении духа. Вторая причина – состояние здоровья. Обсуждает свои проблемы с посторонними не часто, держится с людьми на дистанции, довольно скрытен. Любит беседовать, рассказывать что-либо. Обладает хорошим образным мышлением, много читает или размышляет.
言い換えると、直観サブタイプのILIは、傷つきやすさを内に隠し、外には落ち着いた態度と皮肉を見せるということです。皮肉は、内気さを隠すための仮面として書かれています。人と距離を保ち、読書と思索に向かう姿も、この変種の側に置かれています。
論理サブタイプ(「専門家」)については、Meged & Ovcharovはこう書いています。
論理サブタイプは、自分に自信があり、分別があって思慮深い人という印象を与える。(中略)絶えずすべてを分析にかける。性急な結論よりも、数字と事実を信用する。よい改善の工夫家で、要点を取り出し、自分の目から見て無益な事柄から離れることができる。
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Логический подтип производит впечатление уверенного в себе, здравомыслящего и рассудительного человека. Иногда кажется высокомерным, насмешливым. Обычно любезен, часто улыбается, но улыбка кажется однообразной, застывшей. Обладает чувством юмора и критическим складом ума. Скептичен, ироничен и недоверчив. Старается быть вежливым и потому не всегда высказывает вслух свои мысли и наблюдения. Постоянно подвергает все анализу. Доверяет больше цифрам и фактам, чем скороспелым выводам. Хороший рационализатор, умеет выделить главное и уйти от бесполезных с его точки зрения дел.
つまり、論理サブタイプのILIは、自信のある分析家に見え、数字と事実から要点を取り出します。直観サブタイプが内面の傷つきやすさから書かれたのに対し、こちらは外から見える自信と、仕事の進め方から書かれています。
Filatova—直観サブタイプと論理サブタイプ
Filatovaも、同じタイプの中の振る舞いの違いを、どの機能が強まっているかの違いとして説明し、ILIの2つの変種を、強化される機能の名で呼んでいます。直観サブタイプを、Filatovaはこう書いています。
懐疑家であり批評家であり、多くの場合—悲観主義者である。通例、非常に博識であり、驚異的な記憶力を持ち、人生について多くを思索し、哲学的に考える。(中略)あらゆる状況を全体的かつ体系的に見ようと努め、出来事の展開をうまく予測することができる。(中略)付き合いにおいては控えめで、遠い心理的距離を保つ。(中略)日常生活の不便さにはあまり心を動かされず、自分の健康に気を配ることを好まず、服装はだらしなく見えることがある。
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Скептик и критик, чаще — пессимист. Как правило, очень эрудирован, обладает феноменальной памятью, много размышляет о жизни, философствует. Бывает вялым, если нет дела, которое его сильно увлекает — может долгое время предаваться размышлениям и бездействовать. Старается любую ситуацию увидеть целостно и системно, способен успешно прогнозировать развитие событий. Часто движущей силой в его деятельности является тщеславие, которое внешне может никак и не проявляться. В общении сдержан, сохраняет далекую психологическую дистанцию.〔中略〕Часто высок и астеничен, движения мягкие и плавные, взгляд — отрешенный. Бытовые неудобства его мало трогают, не любит заниматься своим здоровьем, его одежда может выглядеть неряшливо.
つまり、Filatovaの直観サブタイプは、博識と記憶をもとに、状況を全体として見て成り行きを予測する人だということです。健康や服装にあまり気を配らないことも、日常の不便に心を動かされないという理由とあわせて書かれています。
論理サブタイプについては、Filatovaはこう書いています。
活動的で、目的意識のはっきりした人物である。非常に自信家であり、押しが強く、突破力があることがある。彼の活動は、多くの場合、実際的な成果を得られる可能性と結びついている。(中略)外見的には、自信ありげに見え、自分の健康や正しい食事に気を配り、できる限り体を動かすように努める。服装にも気を配り、エレガントに見えることもある。
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Человек деятельный и целеустремленный. Очень уверен в себе, бывает напористым и пробивным. Его деятельность чаще связана с возможностью получить практический результат. Материальное благосостояние для него достаточно важно, чтобы требовать уважительного отношения к своему труду и достойной оплаты его. Легко общается, любит давать советы, бывает снисходителен и насмешлив. Случается, что попадает в трудные психологические ситуации, которые не понимает.〔中略〕Внешне выглядит уверенным в себе, заботится о своем здоровье, о правильном питании, старается по возможности заниматься физкультурой. Внимателен также к своей одежде, может выглядеть и элегантным.
言い換えると、論理サブタイプのILIは、実際的な成果に向けて押しの強さを見せ、健康や服装にも気を配るということです。健康と服装への構えは、直観サブタイプとは反対向きに書かれています。
Meged & OvcharovとFilatovaは、同じ「直観サブタイプ」「論理サブタイプ」の名で2つに分けています。論理サブタイプを自信のある人として書く点も共通です。
ですが、直観サブタイプの書き方は2つの資料で違います。Meged & Ovcharovは内に隠した傷つきやすさを、Filatovaは博識と予測を中心に置いており、同じ名前の変種に書かれた観測が一致していません。
Gulenko—DCNHの4サブタイプ
Gulenkoの区分は、2分割ではなく4分割です。Gulenkoは、4つのサブタイプをこう定義しています。
接触・終結的・接続的 = 支配型サブタイプ(D / Dominant)(中略)接触・開始的・無視的 = 創造型サブタイプ(C / Creative)(中略)遠隔・終結的・無視的 = 規範型サブタイプ(N / Normalizing)(中略)遠隔・開始的・接続的 = 調和型サブタイプ(H / Harmonizing)
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• Contact, terminal, connective — dominant subtype (D) • Contact, initial, ignorative — creative subtype (C) • Distant, terminal, ignorative — normalizing subtype (N) • Distant, initial, connective — harmonizing subtype (H)
上の引用にある接触と遠隔、開始的と終結的、接続的と無視的は、Gulenkoがサブタイプを分ける3つの極性です。つまり、3つの極性の組み合わせで、どのタイプも4つの変種に分かれるということです。『64の肖像』という書名は、16タイプ×4サブタイプ=64変種に由来します。
GulenkoはILIを「批評家」と呼び、4つの変種を書き分けます。まず、支配型を、Gulenkoはこう書いています。
そのようなILIは衝突を恐れず、悪化に向かって大胆に進む。激しい力のぶつかり合いは彼の思考をかき立て、状況をより明確に見せ、不要な細部を取り除くことを可能にする。そうした状況は彼を消耗させるが、同時に蓄積された問題の重荷を一気に投げ捨てることをも可能にする。
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Such ILI is not afraid of conflicts, boldly goes to aggravation. A violent force clash whips up his thought, allows him to see the situation more clearly and to get rid of unnecessary details. Although such situations exhaust him, at the same time they allow him to dump the load of accumulated problems in one fell swoop.
言い換えると、支配型のILIは、衝突を避けずに進み、ぶつかり合いの中で考えをはっきりさせるということです。消耗は認めたうえで、たまった問題を捨てる機会にもなると書いています。12章で見たGulenkoのILI像では、長引く対立からは離れるとされており、支配型では同じ著者がその逆の振る舞いを書いています。
創造型については、Gulenkoは過去への態度をこう書いています。
通常は忠実で寛容で、弱さや情熱を許す。権威を尊重し、過去を高く評価する。彼女の意見では、それなしでは未来は理解できない。共感を呼ぶ問題について自分の異論ある意見を強調することを愛する。
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In the interest of her affairs, she won’t spare anyone’s feelings. She is skilled with irony and cynical humor. She is usually loyal and tolerant, forgiving of weaknesses and passions. She respects authorities and values the past, without which, in her opinion, the future cannot be understood. She loves to emphasize her dissenting opinion on resonant issues.
創造型のILIは、過去を知らなければ未来は分からないと考え、権威と過去を重んじます。先を見ることを、過去の評価と切り離さない変種です。『64の肖像』はILIの章を主に女性の代名詞で書いており、引用の「彼女」もそのためです。
規範型を、Gulenkoはこう書いています。
規範型サブタイプは勤勉で実行力がある。仕事は非常に遅いが、衒学的である。サプライズや先走るせっかちな人々を嫌う。自分自身は決して進展を急がない。古く、信頼でき、馴染みの、時の試練に耐えた本物の品々を愛する。(中略)法律や規制に関心をもち、必要で興味深い情報を蓄積する。文書記録の維持が得意である。
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The normalizing subtype is diligent and executive. She is very slow, but pedantic in her work. She dislikes surprises and impatient people who rush ahead; she never hurries developments herself. She loves old, reliable, and familiar things that are proven to be time-tested and true.〔中略〕She is interested in laws and regulations and accumulates necessary and interesting information. She is good at maintaining documentation and records.
言い換えると、規範型のILIは、急がずに仕事を進め、時の試練に耐えたものと記録を大事にするということです。支配型が衝突の中へ進むのに対し、規範型は驚きや急な展開そのものを避ける側に書かれています。
最後に、調和型を、Gulenkoはこう書いています。
調和型サブタイプは良い記憶力と徹底した想像力に恵まれている。世界を哲学的に知覚し、多くを読み考える。(中略)強い視覚的直観をもち、過去からの行動パターンを外挿することによって、事柄の結果や個人の将来の振る舞いを予見することができる。
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The harmonizing subtype is gifted with a good memory and thorough imagination. She perceives the world philosophically and reads a lot and thinks.〔中略〕The process and method of her thinking interests her more than the product of thought. An excellent, although slow narrator, she can recall material in detail and vividly recount the ambient. Having strong visual intuition, she is capable of foreseeing the outcome of affairs or an individual’s behavior in the future by extrapolating the behavioral patterns from the past.
つまり、調和型のILIは、過去の行動の型を先へ延ばして、物事の結果や人の将来を予見する変種です。創造型では過去を重んじる態度だったものが、調和型では予見のための材料として使われています。
支配型から調和型まで、衝突へ進む変種と、驚きを避けて急がない変種が、同じILIの内側に並びます。この幅は、変異をよく記述しているとも、タイプの区別を弱めているとも読めます。
サブタイプ理論への批判
コミュニティ編纂資料のWikisocionは、サブタイプ理論への批判を、こう記録しています。
タイプの誤判定を隠すために使われることがある
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Critics say that in many cases the basic type has been incorrectly diagnosed, and the addition of a “subtype” simply masks the contradiction.
言い換えると、判定が合わないときに、後から「サブタイプのせい」と説明できてしまうという指摘です。変種の幅が広いほど、外れた観測を変種として吸収できるので、サブタイプは判定を反証されにくくする説明にもなりえます。
食い違いは、研究者どうしのあいだにもあります。この章で見た範囲でも、直観サブタイプという同じ名前に、Meged & Ovcharovは傷つきやすさを、Filatovaは博識と予測を書いています。Gulenkoは3つの極性という別の軸で4つに分けており、分ける軸そのものが研究者ごとに違います。
小括します。タイプの内側に変異があることは、アウシュラの時点で書かれています。ですが、区分の仕方は2分割(Meged & Ovcharov、Filatova)と4分割(Gulenko)が並び立ち、同じ名前の変種でも中身が一致しません。ILIについて言えば、サブタイプは観察を整理する手がかりにはなっても、1つの理論にはまとまっていない領域です。
21識別と誤同定
ILIかどうかをどう決めるかについて、研究者たちは判定の手続きや面接する側の条件を書き残しています。紛れやすいタイプとの違いや、判定が割れた実例の記録もあります。この章で扱う記述は、どれも手がかりを1つ挙げてILIと決める形にはなっていません。
手続き論—アウシュラとYermak
アウシュラ自身の検証の手順は、モデルが作動するかどうかの確認でした。アウシュラは、こう書いています。
研究の第1段階は、K.G.ユングのモデルを全知人で検証することだった。それは絶対的に正しいことが分かり、それゆえモデルが作動するか作動しないかで、タイプが正しく確立されたかどうかが見えた。モデルが作動しなければ、タイプ診断の誤りを意味した。
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Первым этапом изучения была проверка модели К. Г. Юнга на всех знакомых людях. Она оказалась абсолютно правильно, и потому, срабатывает или не срабатывает модель, было видно, правильно ли установлен тип. Если модель не срабатывала, то это обозначало ошибку в диагнозе типа.
言い換えると、アウシュラは、モデルが知人に合わなければ、タイプの診断のほうを誤りとしたということです。手順としては明快ですが、モデルそのものが誤っている可能性は、この基準の中で検討されていません(この論点は23章)。
Yermakは、まず作業の呼び方を選び直して、こう書いています。
同定 という用語(羅 identificare — 同一視する、つまり、ある意味で同一視、近似化、対等化)は、私たちが具体的な人物の心のTIMを決定するときに行うことを、最も正確に表す。他の用語 — 診断、テスト、タイプ判定 — はあまり成功していない[80]。
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Термин идентификация (лат. 14епийсаге — отождествлять, т.е. отождествление, уподобление, приравнивание в определённом смысле) наиболее точно обозначает то, что мы делаем, когда определяем ТИМ психики конкретного человека. Другие термины -— диагностика, тестирование, типирование — менее удачны [80].
上の引用にあるTIMは情報代謝タイプ、つまりタイプのことで、[80]は原典の文献番号です。Yermakは、タイプを決める作業を「同定」と呼ぶのがいちばん正確だとしています。手続きの中身は、こう定めています。
心のTIMの 同定の手続き は、専門家による心のタイプの 仮説 の選択と、選ばれた心のタイプに対応する心のTIMモデルの 検証 からなる。
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Процедура идентификации ТИМ психики состоит из выбора экспертом гипотезы типа психики и верификации модели ТИМ психики, соответствующей выбранному типу психики.
つまり、同定は、専門家がタイプの仮説を選び、そのタイプのモデルと合うかを確かめる2段階だということです。アウシュラが知人で試した作業は、この手続きでは2段目の検証に入ります。
Yermakはさらに、心の状態が誤った同定につながる機構を、こう書いています。
自我ブロックの「ブロッキング」では、超自我の意思決定ブロックはメンタルリングの執行ブロックとして機能せざるをえないが、心理機能の二次元性(機能3 — 「社会的規範」)と一次元性(機能4 — 「社会的経験」)では、ブロックは心の特徴的歪み—社会(ソシウム)における人間の 規範的=不確実な行動 —につながる
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при “блокировке” блокаЭГО блок принятия решений суперЭГО вынужден функционировать как исполнительный блок суперблока Мега1, что при двумерности (функция 3 — “социальных норм”) и одномерности (функция 4 — “социального опыта”) психических функций блока ведёт к характерному искажение работы психики, которое выглядит как нормативно-неуверенное поведение человека в социуме
ここでいうブロッキングとは、自我ブロックが抑え込まれた状態のことです。その状態の人は、超自我の要素で行動するしかなく、規範どおりでいて自信のない振る舞いが表に出るとされています。ILIなら、位置3のSi(内向感覚)と位置4のFe(外向倫理)です。
そのまま判定すると、ILIが本来とは別のタイプに見える可能性がある、という警告です。この章の後半で見る手がかりも、この警告の下で読むことになります。
面接者の構え—Karpenko
判定する側の条件について、Karpenkoは、専門家(エキスパート)の理想を、こう書いています。
エキスパートは距離を置いた者ではありえない。彼はバイタルな衝動に応答することを余儀なくされ、義務づけられている。さもなければ彼とコミュニケーションすることは不可能になり、さもなければ被験者とのコンタクトは失われてしまう。注意深く、同情し、共感し、心から人々を愛し、しかし感情の、関係の、影響の遊びには巻き込まれていない—これがエキスパートの理想である。非巻き込まれ性は、ILEのエキスパートが、ESIがある考えの展開の中で発した、しかし事実上ILEに宛てられたフレーズ—「たとえば、あなたのことは、私、好きじゃありません」—に平静に対応することを可能にする。そう、分かっている—衝突である。しかしこれはインタータイプ関係であって、この2人の具体的な人間同士の関係ではない。
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Эксперт не может быть отстраненным, он вынужден, обязан откликаться на витальные импульсы, иначе с ним невозможно будет общаться, иначе контакт с испытуемым будет утрачен. Внимательный, сочувствующий, сопереживающий, искренне любящий людей, но не вовлеченный в игру эмоций, отношений, влияний — вот идеал эксперта. Невовлеченность позволяет эксперту-ИЛЭ спокойно отреагировать на фразу ЭСИ, произнесенную в развитие какой-то мысли, но адресованную фактически ИЛЭ: «Вот вы мне, например, не нравитесь». Да, понятно, — конфликт, но это интертипное отношение, а не отношение этих двух конкретных людей.
上の引用にあるインタタイプ関係は、タイプどうしの関係のことです。つまり、専門家は、相手に共感して応じながらも、関係の駆け引きには巻き込まれないことが理想だということです。
例に出るのはILEとESIの衝突関係ですが、ILIが被験者なら、衝突関係にあるのはESEの面接者です。面接する側と被験者のタイプの組み合わせが判定の場に持ち込まれるという前提は、ILIの判定でも変わりません。
ILI固有の識別手がかり
ILIを見分ける手がかりは、研究者ごとの章にも出てきました。Gulenkoは姿勢をILIと判断できる手がかりとし(12章)、Filatovaは懐疑の表れたまなざし(09章)を挙げています。Meged & Ovcharovもまなざしを書き(13章)、時刻をいつも知っているという通説はZamanskayaが訂正しています(13章)。外見の手がかりとしては、まなざしを挙げる論者が多いと言えます。
モデルAの上では、要素の並びが近いタイプほどILIと紛れやすいと言えます。IEIとは位置1のNi(内向直観)が同じ同属関係で、LIEとは位置1と位置2のNiとTe(外向論理)の順序が逆になる鏡像関係です。LIIとはMBTIの字面が紛れる準同一関係(19章)で、ILEとは自我ブロックの直観と論理の外向・内向がどちらも逆の消火関係です。研究者の記述が名前を挙げてILIと比べているのは、このうちLIEと、それにSLIです。SLIは、位置4のFeをILIと共有しています。LIIとの取り違えは、MBTIの字面の問題として19章で扱いました。
Filatovaは、LIE・ILI・ILE・LIIを「研究者」のグループとしてまとめ、その中でILIをLIEと比べて、こう書いています。
あらゆる将来性ある新事業の動的な開拓者であるLIE〔原文: ジャック〕とは対照的に、賢明な哲学者であるILI〔原文: バルザック〕は慎重な懐疑主義者である。彼は行動を起こす前に、何度も入念にすべてを検証する。通常、ILI〔原文: バルザック〕はあらゆる新しい事業に対して最も手強い反対者となり、この性質のゆえに、意味づけとしての名称—批評家—を得た。
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В отличие от динамичного пионера любых перспективных начинаний Джека, мудрый философ Бальзак — осторожный скептик. Он многократно и скрупулезно все проверяет, прежде чем начать действовать. Обычно Бальзак — самый серьезный оппонент любого нового дела, благодаря этому своему свойству он получил смысловое название Критик.
言い換えると、新しい事業を先に立って進めるLIEに対して、ILIは始める前に確かめ、反対の側に立つことが多いということです。「批評家」という呼び名も、Filatovaはこの慎重さから説明しています。同じNiとTeを持つ鏡像関係の2つが、新しい事業への構えで分かれるという比べ方です。
Zamanskayaは、位置4に同じFeを持つSLIとの違いを、こう書いています。
一般的に自分の感情をうまく管理できない。この場合、同じく感情の倫理を苦痛とするガーベン(SLI)とは異なり、ネガティブな感情よりも強いポジティブな感情をよりよく許容する。
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Generally poorly manages his emotions. In this case, unlike Gabin, who also painful emotions ethics, better tolerate strong positive emotions than negative.
ILIとSLIは協力関係にあり、どちらも感情の倫理、つまりFe(外向倫理)を位置4の脆弱機能に持ちます。そのうえでZamanskayaは、ILIのほうが強いポジティブな感情に耐えられるという差で2つを分けています。
誤同定の実例—プーチンをめぐる判定の割れ
判定が割れた実例として、プーチンのタイプがあります。Talanovは、外から観察できる特徴からタイプを判定する手法の例としてプーチンを取り上げ、こう結論しています。
行った分析の結果、V.V.プーチンは、私たちによって直観論理内向と判定された。この心理タイプは、心理学では「バルザック」、あるいは「批評家」、あるいは「建築家」と呼ばれる。
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В результате произведенного анализа В.В.Путин определен нами как интуитивно-логический интроверт, этот психотип называется в психологии «Бальзак», или «критик», или «архитектор».
Talanovの言う直観論理内向は、ILIのことです。Talanovは、外から観察できる特徴を積み上げて、プーチンをILIと判定しました。同じ号には、別の説を立てるBukalovの記事も載っています。Bukalovは、Talanovの説に、こう反論しています。
彼の政治は、第三クアドラ(ガンマ)に属するB.エリツィン(LIE)とE.シェワルナゼ(ILI)の政治とは鮮やかな対照をなしている。このことだけでも、V.L.タラノフが推測したように彼がILIのタイプに属することはありえない、ということが示される。
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Его политика составляет резкий контраст с политикой Б.Ельцина (ЛИЭ) и Э.Шеварднадзе (ИЛИ), принадлежащих к третьей квадре. Уже одно это говорит о том, что он не может принадлежать к типу ИЛИ, как предположил В.Л.Таланов.
Bukalovの言う第三クアドラは、ILIとLIEが属するガンマクアドラのことです。Bukalovは、プーチンの政治がガンマのLIEやILIの政治と対照的だという点から、ILIの説を退けています。外から観察できる特徴を積み上げたTalanovに対して、Bukalovはクアドラの単位で政治の傾向を比べて判定しているという違いです。
2人の判定は、ILIか、ILIではないかで分かれました。手がかりの取り方が違えば、同じ人物の判定が割れうることを示す実例です。
小括します。判定の手続きには、仮説を立ててモデルで確かめるという定式があります(アウシュラ、Yermak)。ですが、状態による振る舞いの歪み(Yermak)や、面接する側とのタイプの組み合わせ(Karpenko)が判定に混ざります。
ILIの手がかりとして挙げられてきたのは、懐疑の表れたまなざし(Filatova)や姿勢(Gulenko)などです。紛れやすい相手としては、新しい事業への構えで分かれるLIE(Filatova)と、感情への耐え方で分かれるSLI(Zamanskaya)が挙がりました。LIEやSLIのように同じ要素を持つ相手とは、要素の名前ではなく、振る舞いの差で見分けられています。
プーチンの例では、個人の特徴とクアドラの政治という別の観点からの判定が、別のタイプに行き着きました。この章で見た記述では、手がかりはほかのタイプとの比較や別の観点と突き合わせて使われています。
22著名人と思想のタイピング
著名人のタイピングは、ソシオニクスの文献に長く続いてきた慣行ですが、本人に確かめる手立てがありません。この章で扱うのは、誰が誰をILIに挙げ、どこまで根拠を書いたかです。
ILIでは、ロシアの将軍クトゥーゾフが、系統の違う研究者の記述に繰り返し出てきます。章の最後に、当サイトの独自整理を1節だけ、試論と明示して置きます。
愛称「バルザック」の由来
ILIの愛称「バルザック」は、フランスの作家オノレ・ド・バルザックの名です。アウシュラは『ソシオニクス入門』の付録の一覧でバルザックをILIの側に入れ、『心理タイプ・テスト』の付録ではILIの見出しに「(バルザック)」と添えています。Reininも、ILIの節の題を「直観論理内向型—バルザック」とし、作家の『人間喜劇』をタイプの特徴の例に使っています(06章)。
愛称をつけた人物については、KarpenkoとKarjukが、ILEの愛称を例に、脚注でこう書いています。
「ドン・キホーテ」から—A. アウグスティナヴィチューテがILE(▲(Ne)□(Ti))タイプに与えた愛称(の女性形)。
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От «Дон Кихот» — псевдоним, данный А. Аугустинавичюте типу ИЛЭ ( ).
この脚注によれば、人物の名をとった愛称は、アウシュラがタイプに与えたものです。ILIの「バルザック」も、アウシュラの一覧でILIの呼び名として使われている、同じ系統の名前です。
作家と特徴を結びつけた記述は、アウシュラの資料をもとにしたWeisbandの初期の手引きに残っています。手引きはILIの項の冒頭に作家バルザックの名を掲げ、第2項「司祭の冷静さと抑制」で、ILIの感情の扱いをこう書いています。
彼はほとんど感情を表現せず、家族や友人をそれから守る。彼は強すぎる情熱は人を滅亡に導くと心から信じている。(中略)これは彼のデュアル(SEE〔原文: カエサル〕、政治家)の場合に完全に当てはまる。彼は簡単に夢中になる非常に活動的な人物である。
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He almost never expresses emotions and protects from them his family and friends. He sincerely believes that passions, too strong, will lead one to his doom.〔中略〕This holds totally true in the case of his dual (Caesar, The Politician), a hyperactive person that easily gets carried away.
言い換えると、ILIは強すぎる情熱を人を滅ぼすものと考え、感情をあまり表に出さないということです。手引きはこの2文のあいだで、情熱が人の魂を蝕む様子をバルザックが作品で繰り返し描いたと書き、作家の主題をタイプの特徴に重ねています。後半では、同じ見方が、夢中になりやすい双対のSEEに向けられています。
第4項の見出し「何よりもまず、彼は親切だ」も、手引きによれば、バルザックをよく知っていたジョルジュ・サンドの言葉です。
手引きは、この見出しのもとで、ILIの人柄をこう書いています。
彼のすべての「否定主義」にもかかわらず、彼は本質的に本当に非常に親切な人物である。(中略)彼は熱狂者の頭にバケツ一杯の冷水を浴びせることができる。しかし一方で、彼らが不運なとき、物事がうまくいかないとき、運命が敵対的に見えるとき、彼らの絶望を和らげることも同様にできる。
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In spite of all his “negativism”, he is really a very kindly person in nature.〔中略〕He is capable of pouring a bucket of cold water out on the head of an enthusiast. But on the other hand, he is likewise capable of easing one’s despair, when they are unlucky, when things go the wrong way, when destiny seems to be hostile.
つまり、「否定主義」と呼ばれる面の奥に、ILIの本質的な親切さがあるということです。熱狂する人に水を差すことと、不運な人の絶望を和らげることが、同じ項に並んでいます。作家本人への評が、そのままタイプの特徴の見出しになっていることが分かります。
一方、こうした愛称そのものには、学派の内部から批判があります。Gulenkoは、こう書いています。
残念ながら、旧ソ連では誤解を招くペンネームのシステムがまだ使われており、有名人によってタイプを命名する(たとえば作家:デュマ父はISFP、ゴーリキーはISTJを表す;書籍の主人公 ― ホームズはESTJ、ドン・キホーテはENTPを表す;ロシア外で知られていない人物さえいる)。何人かのソシオニスト [17, 18] は、機能的名前への移行傾向を無視して、依然そのようなペンネームを使っている。(中略)ばかげた用語の使用をやめるよう私が繰り返し訴えたが、長い間無視された;ついに状況は変わったが、私との対話の試みの代わりに、キエフのソシオニストたちが彼ら自身の代替名前システムを提案した。論争と敵意の種が蒔かれた。
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Unfortunately in the former USSR a misleading system of pseudonyms is still in use of naming types by celebrities (e.g. writers: Dumas-father stands for ISFP, Gorky for ISTJ; book heroes – Holmes stands for ESTJ, Don Quixote for ENTP; there are even persons unknown outside Russia). Several socionists [17, 18] still use such pseudonyms ignoring the trend of transition to functional names. […] My repeated appeals to stop using ridiculous terminology have been ignored for a long; finally, the situation changed, but instead of attempts to a dialog with me, the socionists in Kiev offered their own alternative system of names. Seeds of controversies and hostilities have been sown.
Gulenkoは、有名人の名でタイプを呼ぶ愛称のしくみは誤解を招くとして、機能に基づく名前への移行を訴えています。上の引用の角括弧の数字は、原典の参考文献の番号です。Gulenkoの体系では、ILIは「批評家」と呼ばれます(12章)。
Gulenkoは、カントを「分析家」(LII)と推定した2003年の新聞記事で、この呼び名のタイプを考え方の型と結びつけて、こう書いています。
すべてが批判的な気分に貫かれていた。第三クアドラ(ガンマ)は、私がクアドラのリレーの理論で示したように(中略)「批評家」のタイプによって開かれる。社会における人間の生についての、支配的なベータ・クアドラの観念のすべてが見直しにかけられる。批判することが流行だった。もう一つの説明もある。分析家は、批評家と同じく、否定タイプに属する。否定主義は、レイニンによるタイプの15の特徴の一つである。否定タイプは「はい、しかし…」の精神で考える。彼らにはいつも、反論することが見つかる。
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Всё было пронизано критическим настроением. Третья квадра, как я показал в теории квадральной эстафеты(中略)открывается типом - «Критик». Подвергаются пересмотру все господствующие бета-квадральные представления о жизни человека в обществе. Критиковать было модно. И ещё одно объяснение. Аналитик, как и Критик, принадлежит к негативистам. Негативизм – один из 15-ти признаков типа по Рейнину. Негативисты мыслят в духе «да, но …». У них всегда найдётся, что возразить.
上の引用にある第三クアドラは、ILIが属するガンマクアドラのことです。つまり、「批評家」の名は、「はい、しかし…」と反論を探す考え方と結びついているということです。否定主義はレイニン特性の1つで、ILIはその否定の側に入ります(15章)。
アウシュラが挙げた人物
創始者のアウシュラは、ILIの人物を主に付録の一覧に並べています。『ソシオニクス入門』の一覧には、クルプスカヤやバルザック、ヘルマン・ヘッセなどの実在の人物と、『ゴリオ爺さん』のゴリオ、『アンナ・カレーニナ』のレーヴィンとドリーという作中人物が並びます。
『心理タイプ・テスト』の一覧は、ソクラテスやツィオルコフスキー、シャルル・ド・ゴール、クトゥーゾフから始まり、カフカやガルシア・マルケスまで広がります。どちらの一覧にも、一人ずつの根拠は書かれていません。
ただし、クトゥーゾフについては、アウシュラは本文でも触れています。時間の直観が主導であるときの戦略的な能力を説明する箇所で、必要なときには闘い、退くほうがよいときには身を引く例に、クトゥーゾフの生涯を挙げています。
作中人物のタイプまで論じたのは、『心理タイプ・テスト』の付録で『戦争と平和』を扱った箇所です。アウシュラは、ピエール・ベズーホフについて、こう書いています。
おそらく、トルストイには自分が不器用で散漫で夢想家であるように思えていたのだろう。だが…彼がピエールに描いたのは、自分自身のタイプではなく、自分自身の双対である。周囲の人々がこのように見るのはT△(Ni)■(Te)であって、T●(Se)▽(Fi)ではない。
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Возможно, Толстому казалось, что он неуклюж и рассеян и мечтатель, но... описал он в нем не собственный тип, а собственного дуала. Окружающие так видят Т/М, а не ТФГ.
上の引用にあるT△■はILI、T●▽はSEEを表す記号で、アウシュラは同じ付録でトルストイ本人をT●▽としています。つまり、不器用で散漫で夢想家という姿は、周りの人がILIに見る姿であって、SEEの姿ではないということです。アウシュラの見立てでは、トルストイはピエールに自分を描いたつもりで、作者のSEEと対になる双対のILIを描いたことになります。ピエールは、FilatovaとStratiyevskayaもILIの例に使う人物です(08章・09章)。
後代のリスト
後代の研究者も、ILIの一覧を残しています。Reininは、ILIの節の冒頭の著名人欄に、バルザック、ソクラテス、ゴヤ、クトゥーゾフ、クルィロフ、ウィーナーなど14人を並べ、括弧の中にニュートン、ユング、村上春樹などを加えています。
Stratiyevskayaは、『お別れしないために』のILI章の冒頭に、バルザック、クルィロフ、ソクラテス、イソップ、ヘッセ、クトゥーゾフ、ゴヤなど23人を挙げています。アウシュラ・Reinin・Stratiyevskayaの3人の一覧では、バルザックやクトゥーゾフなど6人が重なります。重なるのは、バルザック・ソクラテス・クトゥーゾフ・クルプスカヤ・マシーナ・バニオニスです。
政治家では、TalanovがプーチンをILIと判定しました。Bukalovは、シェワルナゼをILIとしたうえで、プーチンをILIとする説を退けています(21章)。
Gulenkoは、ILIの外見を書いたプロファイルで、実在の人物を体型の例に挙げています。
ILIの体型は非常に多様で、非常に痩せた人から、俳優A.ジガルハニャンのような非常にがっしりした体型、あるいは詩人ラスール・ガムザートフのような太り気味の体型まである。
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The figures of ILI are very different: from very thin to very dense, like the artist A. Dzhigarkhanyan, or even overweight, as the poet Rasul Gamzatov.
Gulenkoは、俳優ジガルハニャンと詩人ガムザートフを、ILIの体型の幅を示す例として挙げています。2人の名前は、タイプの代表としてより、同じタイプでも体つきがさまざまだということを示すために置かれています。
名前が並ぶだけでなく、行動の記述を添えてILIとされているのがクトゥーゾフです。Prokofievaは、用心深さと先見性の代表者にクトゥーゾフを挙げています(13章)。Filatovaは、『戦争と平和』の2人の人物について、こう書いています。
以前私たちは、トルストイの小説『戦争と平和』に描かれるピエール・ベズーホフとミハイル・イラリオノヴィチ・クトゥーゾフの特徴づけを用いて、この心理タイプについてすでにかなり詳しく述べてきた。彼らは二人ともILIという心理タイプに属している。ここに、アウステルリッツの戦いの前の出来事の推移を見事に理解し、それがロシア軍の敗北に終わることを理解していながら、その敗北を防ぐ力を持たないクトゥーゾフがいる。というのもアレクサンドル皇帝の意志が、何としても戦闘に踏み切ることにあったからである。
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Ранее мы достаточно подробно описали этот психотип, использовав характеристики Пьера Безухова и Михаила Илларионовича Кутузова, которые приведены в романе Толстого «Война и мир», и оба они принадлежат к психотипу ИЛИ. Вот перед нами Кутузов, который прекрасно понимает ход событий перед Аустерлицким сражением, понимает, что оно будет проиграно русской армией, но не в силах предотвратить это поражение, ибо желание императора Александра — непременно вступить в бой.
Filatovaは、ピエールとクトゥーゾフを2人ともILIとし、クトゥーゾフに、敗北を先に見通す力を見ています。見通しがあっても皇帝の意志の前では防げなかった、という場面の選び方からは、先が見えることと、事態を動かせることは別だという観察が読み取れます。
Stratiyevskayaは、位置3のSi(内向感覚)の項で、休息と睡眠の例にクトゥーゾフを引いて、こう書いています。
時にILI〔原文: バルザック〕は、突然眠りたくなった場所で眠ることに自分の特別な過ちは見ない。時にILI〔原文: バルザック〕が職場や、単調な仕事の最中(自動的に手で続けながら)、授業中、音楽番組の聴取中に眠っているのを目にすることもある。「ジャガイモ掘り」に派遣されたILI〔原文: バルザック〕は、畝の上で居心地よく身を落ち着け眠ることができる。(クトゥーゾフは周知のように、軍事会議で眠ることができた。)
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Иногда Бальзак не видит для себя особого проступка в том, чтобы заснуть там, где ему это вдруг захотелось. Иной раз можно увидеть Бальзака спящим на рабочем месте или〔中略〕даже во время монотонной работы, продолжающего ее автоматически делать руками, спящим во время урока, во время прослушивания музыкальной программы. Будучи посланным "на картошку", Бальзак может уютно устроиться на грядке и спать. (Кутузов, как известно, мог заснуть на военном совете.)
言い換えると、ILIは、眠くなった場所で眠ることをあまり気に病まないということです。Stratiyevskayaは、軍事会議で眠れたクトゥーゾフを「周知のように」と添えて、この傾向の実例にしています。一覧に置いた名前を、位置ごとの記述の中でも例に使っていることが分かります。
クトゥーゾフをILIとするのは、アウシュラ・Reinin・Stratiyevskaya・Filatova・Prokofievaの5人です。挙げ方は研究者ごとに異なり、一覧の名前から位置ごとの記述の実例まで広がります。
思想の様式について—独自整理(試論)
以下はこの節だけ、引用ではなく当サイトの独自整理です。検証できないタイピングの上に載る、その程度の確からしさの見立てです。
研究者がILIに挙げてきた人物には、ソクラテスやバルザックのような思索と観察の人と、クトゥーゾフのように時機を待ち、退くことも選んだ人が並びます。アウシュラが時間の直観の例にクトゥーゾフを使ったことと合わせると、各研究者は、位置1のNi(内向直観)を、先を見通して動く時機を選ぶ行動として示せる人物を選んできた、と整理できます。
また、ILIの例の多くは、トルストイ『戦争と平和』から取られています。アウシュラはトルストイをSEEとし、ピエールをその双対のILIと見ました。Stratiyevskayaの比喩でも、クトゥーゾフとナポレオンが、ILIとSEEの双対に重ねられています。ILI像の一部は、SEEとされた作家の目を通した人物像だということです。これらの名前の並びは、実在の人物のタイプの記録としてより、研究者がILIという概念で何を指したかったかの記録として読むほうが、資料の性質に合っていると考えられます。
小括します。この章の資料に共通するのは、結論だけが残り、選び方が残っていないという形です。アウシュラ・Reinin・Stratiyevskayaの一覧には、一人ずつの手続きが添えられていません。例外はクトゥーゾフで、先見の実例や睡眠の逸話、双対の比喩という形で、複数の研究者が行動の記述を添えています。愛称の元になった作家バルザックについては、作品の主題が特徴の説明に、人柄への評が特徴の見出しに使われています。
23先行研究への懸念点
最後の章は、ここまで引用してきた文献群への懸念の整理です。外部からの批判ではなく、できる限り研究者たち自身の言葉で、方法論の弱点がどこまで自覚されていたかを示します。
観察者依存—ユング自身の警告
出発点のユングに、すでに方法論的な自己言及があります。
ただし、このような心理状態について全く正反対の概念を持つことも同様に可能であり、それに基づいて説明することも認める。 私自身が異なる個性心理学を持っていたとしたら、無意識を「非合理的」と見なす観点から、合理的タイプの特徴を正反対の方法で記述していただろうと確信している。
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I am prepared to grant that we may equally well entertain a precisely opposite conception of such a psychology, and present it accordingly. I am also convinced that, had I myself chanced to possess a different individual psychology, I should have described the rational types in the reversed way, from the standpoint of the unconscious as irrational, therefore.
言い換えると、ユングは、自分と違う心理学に立てば、合理的タイプを正反対に記述していたと認めているということです。例に挙がるのは合理的タイプで、ILIは非合理の側に置かれます。ですが、記述する側の心理が記述を左右するという指摘は、非合理の側の記述にも向けられると読めます。
ILIの記述では、悲観がその例になります。Bukalovは、ILIが周囲には否定主義者や懐疑論者として現れると書きました(16章)。一方、アウシュラは、人間嫌いという呼び名を挙げてすぐに打ち消し、見逃すことへの恐れとして書き直しています(05章)。
Stratiyevskayaは、同じ悲観を、計画の合併症を先に見込む見積もりとして書きました(08章)。周りから見れば悲観になる振る舞いが、内側から書けば恐れや見積もりになります。書き手の立つ位置で、同じ振る舞いの評価が反転することになります。
判定信頼性への内部批判
タイプ判定の信頼性は、学派内部で最も率直に語られてきた弱点です。
現在ソシオニクスが抱える最も痛切な問題は、心理タイプ判定の信頼性である。今のところ、これは科学というよりむしろ技芸に近い。
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самый больной вопрос соционики в настоящее время — это надежность определения психотипов. Пока это скорее искусство, чем наука.
Filatovaは、タイプの判定が今のところ科学より技芸に近いと認めています。質問紙の側については、Reininがこう書いています。
人々は中立的な質問(たとえば「人々は…についてどう考えていると思うか?」)には自発的に回答するが、評価的質問(「あなたはこちらが好きか、それともあちらか?」または「自分自身を…と…のどちらと考えるか?」)は無意識の緊張を引き起こす。(中略)私は既存のテストは最大40%の精度しか許さないと考えている。
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People answer neutral questions (for example: "What do you think people think about …?") spontaneously, but an evaluative question ("Do you prefer this or that?" or "Do you think of yourself as of … or …?") causes an unconscious tension. […] I believe that existing tests allow for maximum of 40 % accuracy.
つまり、Reininは、評価を問う質問が無意識の緊張を生むので、既存のテストの精度は最大40%にとどまると見積もっています。レイニン特性を導いた本人が、判定の道具の精度に上限を置いていることになります。
ILIについては、回答そのものが歪むという指摘もあります。Filatovaは、Talanovのモデルとレイニン特性を論じた論文で、倫理についての回答をこう書いています。
しかし、私の観察によれば、これは必ずしもそうではない。なぜなら、倫理の痛点としての性質がそれを過度に敏感にし、被験者が回答のかなりの割合を倫理型として行うことがありうるからである。これは直観型のILEとILIを扱うときにより頻繁に起こるが、感覚型のSLEとSLIではほとんど見られない。
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Однако, по моим наблюдениям, это не всегда так, поскольку болевой характер этики делает ее слишком чувствительной и испытуемый может значительную долю ответов давать как этик. Чаще это происходит при работе с интуитами ИЛЭ и ИЛИ, а для сенсориков СЛЭ и СЛИ — почти не характерно.
言い換えると、倫理が痛点であるために、かえって倫理型の回答が増えることがあるということです。ILIでは位置4の脆弱機能にFe(外向倫理)が入り、Filatovaはこの歪みが直観型のILEとILIで起きやすいと書いています。
自己判定の取り違えは、Karpenkoのトレーニングの記録にも残っています。ILIの受講者が、感覚の弱さを直観の無さと取り違えて、自分を感覚型だと答えた場面です(11章)。2人の観察を合わせると、弱い位置の要素ほど、本人の答えを判定の手がかりにしにくいと読めます。
検証されない強い主張
このページで引用した記述には、確かめられる形をしているのに確かめた記録がない主張が含まれます。代表例は、ILIの予測の的中です。Bukalovは、ILIの予測は慰めになることが少ない一方で、ほとんどが的中すると書きました(07章)。
予測と結果を記録して突き合わせれば、確かめられる形の主張です。ですが、当サイトが確認した範囲では、その記録は示されていません。Bukalovは、ILIの暗さを出生時の体験の型からも説明しており(07章)、同じ1996年の別の論文では、サブタイプの成り立ちをこう書いています。
同様に、子供時代におけるサブタイプ形成の現象も説明される。両親のタイプに応じて、子供には、両親のタイプと双対あるいは同一なサブタイプが優勢に固定される。大人が、その情報的影響が両親や養育者の情報的影響に近い状況に陥ったとき、彼の中で対応するサブタイプの発現が「起動」する。
つまり、子どものサブタイプは両親のタイプに応じて固定され、大人になって似た状況に置かれると現れるという主張です。親子の組で照合できる形をしていますが、何組を調べ、両親と子のタイプをどう判定したのかは示されていません。ILIで言えば、20章で見た直観サブタイプと論理サブタイプの分かれ目が、育った家の側から説明されることになります。
まなざしにILIの懐疑が表れるという記述(09章のFilatova、13章のMeged & Ovcharov)も、同じ形をしています。強い主張が積み上がる一方で、それを反証する手続きが用意されていません。ここが実証面での中心的な懸念です。
記述の偏り—悲観の主題と文学の人物への集中
記述の量と質がタイプ間で均等でないことも、内部から指摘されています。KarpenkoとKarjukは、SEIの記述について、こう書いています。
SEI(○(Si)▼(Fe))タイプはソシオニクスで十分に記述されていない—私はもう何年もこれを繰り返している。既存の記述はしばしばこのタイプを「彼は何の役に立ちうるか?」という立場から眺める。(中略)セルバンテスのサンチョ・パンサも、トールキンのサムも、見事に描かれてはいるが、不可避的に自分の双対—ドン・キホーテとフロド—の影に退く。ソシオニクスの記述でも、おおよそ同じことが起きている。
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Не первый год я повторяю, что тип СЭИ ( ) недостаточно описан в соционике. […] Санчо Панса Сервантеса или Сэм у Толкиена хоть и описаны блестяще, но неизбежно отступают в тень своих дуалов — Дон Кихота и Фродо. Примерно то же происходит и в соционических описаниях.
KarpenkoとKarjukの見立てでは、SEIの記述は「何の役に立ちうるか」という立場から書かれがちです。小説の脇役が双対の影に退くのと同じことが、ソシオニクスの記述でも起きているとされます。
ILIの記述にこの問いを向けると、ILIの予測が周りの人にとって何になるかの側から書かれた記述が目立ちます。危険を人に知らせる役(13章のWeisband)、不運のときの慰め手(05章のアウシュラ)、代替案の無い警告が人の活動を凍らせるという評価(08章のStratiyevskaya)です。
また、予測の向きの評価は研究者で割れています。StratiyevskayaとBukalovは悪い展開を先に見込む予測としてILIを書き(08章・07章)、Yermakは良い展開には強く、悪い展開には疎い予測として書きました(10章)。同じ主題に記述が集まりながら、その中身は逆向きに分かれていることになります。
もう1つの偏りは、材料です。FilatovaのILI章はトルストイのピエールとクトゥーゾフ、レールモントフのペチョーリンで組まれ(09章)、Stratiyevskayaもピエールの場面を引きます(08章)。小説の人物は、本人に問うことも、判定者を分けて照合することもできない資料です。
愛称の由来も作家のバルザックです(22章)。ILIの像のかなりの部分が、文学から取った材料で組まれていることになります。
記述の継承の選択性
系譜の各段階を、ここで一度並べます。一見連続していますが、継承のたびに何を残し何を組み替えたかの検証は示されていません。
- 祖形の組み替え。ユングの純粋な内向的直観型は判断をほとんど持たず、判断が少し加わった形は変種として別に書かれていました(02章)。ソシオニクスのILIは、判断の要素Te(外向論理)を位置2の創造機能に置き、ユングが無意識の側に残るとした外向的感覚をSe(外向感覚)として位置5に置きます(02章・03章)。純粋型から2機能の組と8つの位置へという変更は理論の再設計であって、ユングの記述からの導出ではありません
- 代表像の入替え。ユングの内向的直観型は、神秘的な夢想家や予言者、幻想的な変人や芸術家として書かれています(02章)。予見という中身は残る一方で、後代のILI記述の重心は、矛盾に気づく「批評家」(12章・13章)と、出来事の展開を計算する財務家・銀行家・未来学者の像へ移りました(07章)。入替えを正当化する観察を示した文献は、確認した範囲では見つかっていません
- 臨床の枠の流用。系譜の起点には、精神科医Kempinskiの情報代謝の概念があり、アウシュラは自分の定義にクレッチマーとリチコの類型論を並べました(02章)。13章のVoroschenkoは、精神医学のアクセンチュエーションの枠でILIを書いています。病理や気質の記述で作られた枠を健常者の類型へ転用することの妥当性は、引用した範囲では検証されていません
資料の非独立性—同一原稿の再録・別訳
このページの資料には、独立した証言として数えられない組があります。ReininのILI記述には、著書の版と、Wikisocionに再録された版があります。当サイトが突き合わせた範囲では、後者は前者と同じ原稿の別訳で、本ページは書籍の側から引いています(06章)。
Weisbandの初期ハンドブックは、アウシュラの資料に準拠します。05章で引いた『ソシオニクス入門』の「作動するモデルを組み立てる」という観察は、13章のWeisbandでは「機能モデルを作成する」として出てきます。同じ観察が、露語の原典と英語の手引きという2つの経路を通ったものです。
BukalovとGulenkoのプロファイルもWikisocion経由の資料で、13章の論者の記述の多くも同じ編纂経路を通っています。同じ記述を2か所で見たことは、2人が別々に観測したことを意味しません。
逆の側もあります。Wikisocionに再録されたFilatovaの「ILI」タイプ記述は、『ソシオニクスの鏡の中の人格』のILI章とは別の文章で、モデルAの位置ごとに組まれています。意志の両極性が、書籍では位置5、再録では位置3の見出しの下に置かれていたのは(09章)、2つが別の文章だからです。
学派の分裂と用語の混乱
体系間の互換性の欠如は、各章で繰り返し現れました。機能の番号だけでも、現行の位置番号とアウシュラ旧式の4機能(03章)、強い順の#1〜#4と負の番号で数えるReininの体系(06章)が併存します。さらに、Filatovaの4チャンネル(09章)、GulenkoのモデルG(12章)、Golihovの独自の番号(13章)があります。
ILIでは、同じ番号が別の位置を指す例が重なります。アウシュラ旧式のIIIは現行の位置4のFe、IVは位置3のSiで、Reininが#3と呼ぶ機能は位置6のFiです。Filatovaの暗示(IV)は位置5のSeを指し、旧式のIVとは別の位置です(03章)。そのため、番号や機能名だけで対応づけると、別の概念を同じ位置に重ねることになります。
また、MBTIとの対応表も割れています。当サイトはILIをINTJと併記しますが(19章)、Gulenkoが1996年にMBTIと比較した論文では、ILIがINTP、LIIがINTJに置かれています。末尾の文字を反転させるかどうかで、対応する先が入れ替わります。
名づけそのものへの異論もあります。11章で引いた第4機能の論文で、Karpenkoはこう書いています。
V. D. エルマークはこの機能を「社会的経験の機能」と呼んでいる[5]。しかし私の観点からは、これは完全に正確とは言えない。個人的経験は、社会的接触の中でも獲得されるとはいえ、この経験の意義と価値は、何よりもまず個人的なものである。それは、万人に通用する社会的価値を持たない。そのような価値を獲得しうるのは、この機能による完成された「発言」だけ、つまり、対応するアスペクトについて人が自分の個性を表現したものだけである。
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В. Д. エルマクはこの機能を「社会的経験の機能」と呼んでいる[5]。しかし私の観点からは、これは完全に正確とは言えない。個人的経験は、社会的接触の中でも獲得されるとはいえ、この経験の意義と価値は、何よりもまず個人的なものである。それは、万人に通用する社会的価値を持たない。そのような価値を獲得しうるのは、この機能による完成された「発言」だけ、つまり、対応するアスペクトについて人が自分の個性を表現したものだけである。
上の引用にある「この機能」は、4番の脆弱機能のことです。そこにたまる経験を社会のものと見るか個人のものと見るかで、YermakとKarpenkoの名づけが分かれています。ILIでこの位置に入るのはFeで、名前が変われば、感情の場面で積んだ経験を誰のものと見るかも変わります。
理論の外縁には、確かめにくい主張も現れます。Reininは、晩年にこう書いています。
懐疑的である。検証する必要がある。タイプが何らかの形で遺伝で伝わるとは考えていない。ソシオンは、何らかの形で人間に体現されるノオスフェアの一般的構造かもしれない。A.ブカロフの仕事がこの点に光を当てているかもしれない。
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Скептически отношусь. Проверять надо. Я не думаю, что типы как-то по наследству передаются. Возможно, социон — это какая-то общая структура ноосферы, которая каким-то образом воплощается в людях. Пожалуй, работы А. Букалова проливают свет на это.
タイプの遺伝性には懐疑を示す一方、ノオスフェア(人類の思考圏)という検証の難しい仮説も提示しています。検証を求める姿勢と、検証しにくい概念への傾きが、同じ研究者の記述内に共存する例です。
制度化の主張と外部の視線
学派側は、普及の規模を示す数字を挙げます。
ソシオニクスが科学的方向性として広範に普及していることは、過去15年間にわたり、人文諸科学のあらゆる部門および一連の技術科学において、約800本の学位論文においてソシオニクスの諸概念および諸方法が用いられてきたという事実によって裏付けられている。これら学位論文を分野別および主題別に分析した。さらに、ソシオニクスに関する学術出版物の集合体を分析した。現時点において、ソシオニクスはロシア、ウクライナ、CIS諸国、ならびに欧州連合加盟諸国の150を超える大学で教授されている。
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Широкое распространение соционики как научного направления подтверждается тем, что за последние 15 лет соционические идеи и методы использованы примерно в 800 диссертациях по всем разделам гуманитарных наук и в ряде технических наук. Проведен анализ таких диссертационных работ по отраслям и темам. Проанализирован массив академических публикаций по соционике. В настоящее время соционика преподается более чем в 150 университетах России, Украины, стран СНГ и стран Европейского союза.
800本の学位論文、150超の大学という数字はBukalovらの集計であり、独立の確認はありません。また、利用の広がりは妥当性の証明とは別の事柄です。学派の自己認識の強さは、Stratiyevskayaの一節に典型的に現れます。
—残念ながら、まったくできない。なぜなら、この現代の発見に至るまで、人類は長く困難な道のりを歩んできたのであり、この発見そのものが、ソシオニクスと呼ばれる、新しく将来性のある科学の基礎となったからだ。ソシオニクスが伝統的心理学と異なるのは、化学が錬金術と異なるのと同じである—ソシオニクスには体系がある、構築的アプローチがある、それは既存の知識体系と矛盾せず、それどころか、最も多様な科学・領域で並行して行われている多くの研究によって裏づけられている、科学的方法に基づいている。
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— К сожалению, никак нельзя, поскольку к этому, современному нам открытию, человечество шло долгим и трудным путем, само это открытие явилось основанием новой и перспективной науки, получившей название соционики. От традиционной психологии соционика отличается так же, как химия от алхимии — в ней есть система, в ней есть конструктивный подход, она основана на научных методах, которые не противоречат существующей системе знаний, а, наоборот, подтверждаются многими исследованиями, проводимыми параллельно в самых различных науках и областях.
言い換えると、Stratiyevskayaは、ソシオニクスと従来の心理学の違いを、化学と錬金術の違いにたとえているということです。ですが、体系があるという主張と、そこから出た個々の判定が確かめられているかは、別の事柄です。
このページで見たILIの記述にも、予測の的中、出生時の体験による説明、小説の人物の同定が含まれます。ですが、どの手続きで確かめたかの記録は付いていません。最後に、判定する側の質の問題が、内部から指摘されています。Filatovaは、こう書いています。
ソシオニクスに対する不信の、もう一つの原因は、この人間についての新しい知識領域に、専門的な訓練どころか、単純な人生経験さえ持たないことも少なくない、熱心な支持者たちの一大勢力が押し寄せたことに関係している。そして、そうした若者たちが、自分が正しいと絶対的な確信を持って、決して単純ではない心理的問題の解決策をあちらこちらで提示するとき、それが思慮深い研究者たちの十分に根拠のある批判を招かずにはいないのである。
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Другая причина недоверчивого отношения к соционике связана с тем, что в эту новую область знаний о человеке пришла большая армия энтузиастов, не имеющих зачастую не только специальной подготовки, но и простого жизненного опыта. И когда такие молодые люди с абсолютной уверенностью в своей правоте предлагают направо и налево рецепты решения совсем непростых психологических проблем, это не может не вызывать у вдумчивых исследователей вполне обоснованных нареканий.
つまり、訓練も人生経験も乏しい熱心な支持者が、確信をもって心理的問題の解決策を示したことが、ソシオニクスへの不信を招いたということです。Filatovaの批判の向け先は、理論そのものより、判定し助言する側の質です。
小括します。懸念は5つに整理できます。
- 判定の信頼性:技芸に近いという内部評価、質問紙は最大40%という見積もり、倫理の痛点による回答の歪み、受講者の自己判定の取り違え
- 反証手続きの不在:予測の的中、出生時の体験やサブタイプの成り立ちの説明、まなざしからの識別に、標本・比較群・追試が伴わないこと
- 記述の偏り:悲観の評価が書き手の位置で反転し、予測の向きの評価も研究者で逆に分かれ、材料の多くを小説の人物に頼ること
- 継承の選択性と資料の非独立性:ユングの祖形の組み替えと臨床の枠の転用が検証を示さないまま定着し、同一原稿の別訳・再録を独立した証言として数えられないこと
- 体系の非互換:番号・名称・モデルが併存し、MBTIとの対応表も研究者で割れること
あわせて、このページ全体で扱ってきた主張の水準を区別しておきます。
-
文献上の事実:誰がいつ何を書いたか。索引と出典で確認できます。
-
理論内部の帰結:モデルを前提にした導出(例:ILIの位置4はFeで1次元)。モデル内で整合していても、モデル自体の妥当性は別の問題です。
-
文献系列内で反復される観察:14章の5つの観測。相互に参照し合う文献群での反復であり、独立した再現ではありません。
-
独立に実証された主張:測定・標本・追試を伴うもの。当サイトが確認した範囲では、この水準に達したILI記述は本ページにはありません。
これらの懸念の多くが研究者自身の言葉で残っていることは、少なくとも一部の研究者が弱点を自覚して書き残していた証拠であり、同時に未解決の課題の一覧でもあります。このページの引用群は、その両面を示すことを意図して選びました。
24ILIとは何か
この章に新しい引用はありません。ここまでの各章の引用と、14章・23章で行った比較・整理だけを材料に、ILIというタイプの記述を1つのまとめへ再統合します。資料の提示ではなく、資料についての当サイトの解釈であるぶん、確からしさは各章の引用より一段下がります。
反復して現れる記述
14章では、研究者・時代・学派をまたいで繰り返される観測を5つに整理しました。第一の「悪い展開を前もって告げる」と第四の「欠陥と見落としに先に目が向く」は、どちらも先の成り行きを読む側の記述です。残る3つは、激しい感情の表出を避けること、自分からは動き出さず外からの後押しで動くこと、力を注ぐ仕事を選んで急がないことで、自分から出ていく側の記述です。つまり、5つが指しているのは、先を読むことには長け、読んだことを自分から行動や感情として外へ出すことには負担があるという一点です。
01章に置いた一般像は、先を見通して備える・事実と効率で確かめる・感情の表現と行動の開始に負担がある、というものでした。この像は、この意味では文献に残ります。
言い直されるのは2点です。1つは「強く押されたり急かされたりすると、自分から動き出すきっかけをつかみにくい」という部分です。文献が書いているのは、押されると動けなくなることではなく、外から押されて初めて動き出すことです。後押しは負担ではなく、動き出すための条件として置かれています(Reinin、Gulenko)。
もう1つは「冷たい人と見られる」という部分です。文献は、ILIに感情が無いとは書いていません。痛点のチャンネルにあることは非感情的であることを意味しない(Filatova)、感情と苦しみが同じものだから離れようとする(Bukalov)というように、冷たさに見えるものを、感情の扱いにくさの表れとして書いています。
ただし、この反復を独立した観測の一致と呼ぶことはできません。アウシュラ以後の研究者は同じ理論共同体に属し、用語も先行する記述も相互に受け継いでいるからです(02章)。ILIの場合はさらに、アウシュラの初期の記述が別の編者の手引きに別訳で流通しており(23章)、反復の数がそのまま証言の数になりません。
確定しない点と実証の限界
一方で、単純にまとめられない点もあります。予測がどちらの展開に強いかは、研究者で食い違います。Bukalov・Stratiyevskaya・Filatovaは予測を悲観の側に置き、Yermakは予測が肯定的な展開に限られると書きました。同じ懐疑を、悪い展開が見えている結果と読むか、見えない結果と読むかは、文献の中では決着していません(14章)。
身なりと健康も同じです。潔癖や快適さへの気配りを書く研究者と、外見への無頓着を書く研究者がいます。Filatovaはこれをサブタイプで分けますが、分けない研究者の記述と並べると向きが揃いません。強い圧力への応じ方も、無防備に従うという記述と、全力で反対するという記述が並びます。
これらの食い違いが場面・用語体系・変異の扱いの3つから生じているという読みは、14章に書いたとおりです。記述の前提そのものにも懸念が残ります(23章)。タイプ判定の信頼性は学派の内部から技芸に近いと評価され、質問紙の精度には最大40%という見積もりが提唱者本人から出ています。ILIでは、倫理が痛点であるためにかえって倫理型の回答が増えるという、回答の歪みも指摘されています。予測の的中やまなざしからの識別といった、原理としては確かめられる形の主張には、照合や追試の記録が確認できません。
ILI像の要約
ここまでを、確実に間違いとは言えない範囲でまとめます。以下は当サイトの統合で、この形で書かれた文献が1つあるわけではありません。文献上のILIは、自我ブロックの主導機能にNi(内向直観)、創造機能にTe(外向論理)を置くタイプとして記述されます(03章)。Niは出来事の連続と時間の中の変化を知覚する要素、Teは行為とやり方の合理性を外の事実で確かめる要素とされます(04章)。ILIではこの2つが、Niの見通しをTeが手順や計算に移す構成として説明されます(03章)。
この構成の記述とは別に、複数の文献で反復して記述されているものが5つあります(14章)。悪い展開の予告、激しい感情の表出の回避、外からの後押しによる始動、欠陥と見落としへの目、仕事の選択と急がなさです。
このように、ILIを短くまとめるなら、先の成り行きを読むことを強い側に持ち、自分から外へ出ていくことを弱い側に持つと文献上は記述されるタイプ、となります。
かみ砕いて言うと
最後に、同じまとめを、タイプ解説で一般的な語り口に寄せて書いておきます。変えたのは文体だけで、内容は前節と同じく、根拠はここまでの章の資料のみです。
ILIは、物事がこの先どう転ぶかを先に読み、うまくいかない点があれば前もって知らせておくタイプとして描かれてきました。周りが乗り気の計画にも欠陥や見落としを見つけるので、慎重すぎる人や悲観的な人と見られることがありますが、本人の側では、見えている危険を黙っていられないという形で書かれています。
一方で、自分から動き出すことや、感情を表に出すことには負担があるとされます。自分に合った仕事や、背中を押してくれる相手がいると、いったん動き出したら止まらないほど働く、とも記述されます。激しい感情のぶつかり合いからは離れようとしますが、それは感情が無いからではなく、感情を扱うことそのものが重荷になるからだと書かれています。
そのうえで一文に圧縮するなら—ILIは、少なくとも「先の成り行きを読んで備えることを判断の中心に置き、自分から動き出すことと感情を表に出すことには外からの支えを要する」と文献上繰り返し記述されてきたタイプだと言えるかもしれません。
25この記事の方法論
引用を用いる理由と範囲
ソシオニクスの文献では、同じILIというタイプについて、研究者ごとに観測点も語彙も評価も食い違います。食い違う記述を1つの要約にまとめると、どの研究者も書いていない「平均像」ができあがります。要約には書き手の解釈が混ざるため、研究者の記述は逐語の引用で示します。引用は本文で設定した論点の検討に必要な範囲にとどめ、当サイトの本文がその出典関係・記述の差異・適用範囲を分析します。各引用の位置づけの説明、各章末の小括、14章の横断比較、23章の懸念の整理が、このページの本文の役割です。14章の横断比較や22章・23章の整理など、本文の分析には当サイトの判断が入ります。最終の24章はその延長で、記事全体の資料をまとめ直す独自の統合です(位置づけは章の冒頭でも明示します)。
引用の逐語性と翻訳
引用の訳文は当サイトによる訳出です(ユングはドイツ語原著の英訳版から訳出しています)。掲載した引用文は、訳出した本文と逐語で一致することを機械的に検証しています。底本の綴りは各引用の「原文を表示」で確認できます。
底本は研究者本人の著書と機関誌論文を主とし、Wikisocionなどのコミュニティ編纂資料は補助として使います。どちらの資料かは、出典の表示で区別できます。原文は、各引用の下の「原文を表示」ですべて確かめられます。原文には誤字が残っている場合があります。
引用の位置づけも明記します。本ページの引用は、公表された著作物からの、批評・研究を目的とする引用です。引用部は引用ブロックで明瞭に区分し、すべてに出所を番号つきで明示しています。索引には著者・資料名と、確認できた範囲の刊行年・初出・該当箇所を掲載し、出所に留保が要る資料は注記で示します。本文と引用の関係は、本文の分析が主で、引用は各論点の根拠として示す資料です。出典・掲載についての指摘があれば対応します。
タイプ愛称の置換
ソシオニクスの原典には、16タイプを著名人の名で呼ぶ愛称が頻出します。ILIの場合は、フランスの作家の名をとった「バルザック」です。当サイトはタイプをコード表記(ILI、SEEなど)で統一しているため、引用内の愛称は「ILI〔原文:バルザック〕」の形式で置換します。愛称の由来と著名人タイピングの問題は22章で扱います。
索引の使い方
引用の末尾には初出順の番号が付きます。番号を押すと巻末の索引に移動し、著者・書名と、確認できた範囲の年・該当箇所を確認できます。索引の各項目からは、本文の引用位置へ戻れます。
注釈
+索引(引用文献)
- [1]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第11章 定義 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [2]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [3]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 内向的直観型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [4]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 内向的直観 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [5]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [6]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [7]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [8]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [9]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [10]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [11]Kempinski『Lęk(不安)抜粋訳』(原題:Lęk) 「アナログ原理とデジタル原理」の節 死後刊行の著作。著者はAntoni Kępiński(1918–1972) 本文へ
- [12]Kempinski『Lęk(不安)抜粋訳』(原題:Lęk) 「アナログ原理とデジタル原理」の節 死後刊行の著作。著者はAntoni Kępiński(1918–1972) 本文へ
- [13]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) Kempinskiの抜粋訳内の再録(原出典はアウシュラ『ソシオニクス入門』) 本文へ
- [14]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998)著者序文 Kempinskiの抜粋訳内の再録(原出典はアウシュラ『ソシオニクス入門』) 本文へ
- [15]アウシュラ『ユング論考集(当サイト編纂アーカイブ)』(1984)第4篇「パーソナリティとパーソナリティタイプ」 心理学者エレナ・ドゥボヴァ宛書簡(1984年11月18日付)。機関誌『ソシオニクス、メンタロジー、人格心理学』2005年№4(通巻No.202)に再録 本文へ
- [16]Reinin「情報、その伝達、および情報代謝について」(原題:Об информации, её передаче и информационном метаболизме)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1-2(2021年) 機関誌への再録掲載 出典リンク 本文へ
- [17]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались)第I部 理論編 刊行年は底本(露語電子テキスト)に記載がなく未確認 本文へ
- [18]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001)前書き 本文へ
- [19]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей — Соционика: новый метод познания человека、2005)第1章 本文へ
- [20]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [21]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [22]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [23]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика) 「第1機能」の節(要約) 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [24]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика) 「第2機能」の節(要約) 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [25]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика) 「情報代謝モデル」の節 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [26]Gulenko『「ILI」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [27]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第11章 定義「直観」 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [28]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第11章 定義「直観」 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [29]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [30]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第11章 定義「思考」 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [31]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998)第4章 1982年執筆「ソシオン、またはソシオニクスの基礎」の再録部からの引用 本文へ
- [32]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались)第I部 理論編 刊行年は底本(露語電子テキスト)に記載がなく未確認 本文へ
- [33]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [34]Yermak「人間の心と周囲世界との相互作用」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1997年) 出典リンク 本文へ
- [35]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 本文へ
- [36]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [37]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [38]Yermak『人を理解することを学ぶには』(2005) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [39]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [40]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [41]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [42]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [43]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [44]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [45]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [46]アウシュラ『ソシオニクス:心理タイプ・テスト』(原題:Соционика: Психотипы. Тесты、1998) 本文へ
- [47]アウシュラ『ソシオニクス:心理タイプ・テスト』(原題:Соционика: Психотипы. Тесты、1998) 本文へ
- [48]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [49]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [50]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [51]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [52]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [53]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [54]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [55]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [56]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [57]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [58]Bukalov『「ILI」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [59]Bukalov「情報代謝機能の形成メカニズムについて」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1996年) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [60]Bukalov「職業的成功とソシオニクス・タイプ」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2023年) 出典リンク 本文へ
- [61]Bukalov『「ILI」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [62]Bukalov『「ILI」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [63]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [64]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [65]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [66]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [67]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [68]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [69]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [70]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [71]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [72]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [73]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [74]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [75]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [76]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [77]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [78]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [79]Yermak, Roslankina『人を理解することを学ぶには』(2005) 本文へ
- [80]Yermak, Roslankina『人を理解することを学ぶには』(2005) 本文へ
- [81]Yermak『人を理解することを学ぶには』(2005) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [82]Karpenko「世界のアスペクト知覚」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1995年) 本文へ
- [83]Karpenko「弟子、研修生、エキスパート」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2007年) 本文へ
- [84]Karpenko「第4機能について」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1999年) 本文へ
- [85]Karpenko「モデルAの内部結合とインタタイプ関係」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2001年) 本文へ
- [86]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [87]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [88]Gulenko『「ILI」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [89]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [90]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [91]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [92]Gulenko『64の肖像』(2019)理論編 本文へ
- [93]Gulenko『64の肖像』(2019) DCNH編 本文へ
- [94]Gulenko「生産的な学習の保証: 気質群と刺激群」『ソシオニクス新聞』誌(2003年) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [95]Weisband『初期ハンドブック(アウシュラ資料準拠)「ILI」』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [96]Prokofieva『「ILI」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [97]Prokofieva『「ILI」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [98]Meged & Ovcharov『「ILI」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [99]Meged & Ovcharov『「ILI」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [100]Golihov『「ILI」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [101]Piatnitskiy『「ILI」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [102]Piatnitskiy『「ILI」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [103]Beskova『「ILI」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [104]Beskova『「ILI」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [105]Voroschenko『「ILI」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [106]Zamanskaya『「ILI」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [107]Zamanskaya『「ILI」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [108]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [109]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались)第I部 理論編 刊行年は底本(露語電子テキスト)に記載がなく未確認 本文へ
- [110]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [111]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第11章 定義「非合理」 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [112]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались)第I部 理論編 刊行年は底本(露語電子テキスト)に記載がなく未確認 本文へ
- [113]Reinin「二分法的特徴の理論の創造について」(原題:О создании теории дихотомических признаков)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2006年) インタビュー記事 出典リンク 本文へ
- [114]Filatova「タラノフのモデルとレイニン特性 第1部」(原題:Модель Таланова и признаки Рейнина. Часть 1)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №3(2011年) 出典リンク 本文へ
- [115]Filatova「タラノフのモデルとレイニン特性 第1部」(原題:Модель Таланова и признаки Рейнина. Часть 1)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №3(2011年) 出典リンク 本文へ
- [116]Filatova「タラノフのモデルとレイニン特性 第1部」(原題:Модель Таланова и признаки Рейнина. Часть 1)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №3(2011年) 出典リンク 本文へ
- [117]Wikisocion『「Clubs」(コミュニティ編纂)』(2026) 2026-07-15閲覧 底本はWikisocion掲載の英訳テキスト。著者の原語初出は未確認 本文へ
- [118]Bukalov & Karpenko「人類の進化—情報代謝機能構造とソシオンの形成」(原題:Эволюция человека: формирование структуры ФИМ и социона)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2018年) 出典リンク 本文へ
- [119]Bukalov「意識機能の管理的役割」(原題:Управляющая роль функции сознания)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(2016年) 出典リンク 本文へ
- [120]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей — Соционика: новый метод познания человека、2005)第3章 本文へ
- [121]Bukalov & Karpenko「人類の進化—情報代謝機能構造とソシオンの形成」(原題:Эволюция человека: формирование структуры ФИМ и социона)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2018年) 出典リンク 本文へ
- [122]Yermak「ソシオニクスにおける範疇〈時間〉」(原題:Категория «время» в соционике)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(2007年) 出典リンク 本文へ
- [123]Karpenko「世界のアスペクト知覚」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1995年) 本文へ
- [124]Bukalov & Karpenko「人類の進化—情報代謝機能構造とソシオンの形成(第2部)」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2018年) 出典リンク 本文へ
- [125]Bukalov & Karpenko「人類の進化—情報代謝機能構造とソシオンの形成」(原題:Эволюция человека: формирование структуры ФИМ и социона)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2018年) 出典リンク 本文へ
- [126]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 本文へ
- [127]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 本文へ
- [128]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались)第II部 本文へ
- [129]Bukalov「情報代謝機能の形成メカニズムについて—個体誕生過程における機能形成」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №168、pp. 19–34(1996年) 本文へ
- [130]Gulenko『64の肖像』(2019)クアドラ論 本文へ
- [131]Karpenko「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2002年) 本文へ
- [132]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [133]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [134]Bukalov「情報代謝機能の形成メカニズムについて—個体誕生過程における機能形成」(原題:О механизме формирования функций информационного метаболизма в процессе рождения индивидуума)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №168、pp. 19–34(1996年) 出典リンク 本文へ
- [135]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [136]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010) 参照は2010年英語版(露語版の初出年は確認中) 本文へ
- [137]Gulenko『64の肖像』(2019) 16関係編 本文へ
- [138]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [139]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [140]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [141]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 本文へ
- [142]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [143]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [144]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [145]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [146]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [147]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010) 16関係編 底本は英語版 本文へ
- [148]Bukalov & Karpenko「学術分野としてのソシオニクス」(原題:Соционика как академическая научная дисциплина)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(2013年) 出典リンク 本文へ
- [149]アウシュラ『ユング論考集(当サイト編纂アーカイブ)』(1984)第4篇「パーソナリティとパーソナリティタイプ」 心理学者エレナ・ドゥボヴァ宛書簡(1984年11月18日付)。機関誌『ソシオニクス、メンタロジー、人格心理学』2005年№4(通巻No.202)に再録 本文へ
- [150]Wikisocion『「Subtypes」(コミュニティ編纂)』(2026) 2026-07-15閲覧 底本はWikisocion掲載の英訳テキスト。著者の原語初出は未確認 本文へ
- [151]Meged & Ovcharov「タイプと2つの基本サブタイプの視覚的・行動的特徴」『ソシオニクス新聞』誌(2002年) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [152]Meged & Ovcharov「タイプと2つの基本サブタイプの視覚的・行動的特徴」『ソシオニクス新聞』誌(2002年) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [153]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [154]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [155]Gulenko『64の肖像』(2019) DCNH編 本文へ
- [156]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [157]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [158]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [159]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [160]Wikisocion『「Subtypes」(コミュニティ編纂)』(2026) 2026-07-15閲覧 底本はWikisocion掲載の英訳テキスト。著者の原語初出は未確認 本文へ
- [161]アウシュラ『ユング論考集(当サイト編纂アーカイブ)』第2篇「なぜユングを読むのは難しいか?」 執筆・初出は篇ごとに異なる編纂物(第2篇は機関誌2006年№4再録の論考) 本文へ
- [162]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей — Соционика: новый метод познания человека、2005)第9章 本文へ
- [163]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей — Соционика: новый метод познания человека、2005)第9章 本文へ
- [164]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей — Соционика: новый метод познания человека、2005)第9章 本文へ
- [165]Karpenko「エキスパートの立場」(原題:Позиция эксперта)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(1999年) 出典リンク 本文へ
- [166]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [167]Zamanskaya『「ILI」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [168]Talanov「プーチンのソシオタイプ、説: 批評家」『ソシオニクス新聞』誌(2003年) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [169]Bukalov「プーチンのソシオタイプ、説: 指導者」『ソシオニクス新聞』誌(2003年) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [170]Karpenko & Karjuk「感覚倫理内向型: 自然観察の試み」(原題:Сенсорно-этические интроверты: опыт наблюдения в природе)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(2010年) 出典リンク 本文へ
- [171]Weisband『初期ハンドブック(アウシュラ資料準拠)「ILI」』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [172]Weisband『初期ハンドブック(アウシュラ資料準拠)「ILI」』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [173]Gulenko『異なる言語を話し、同じものを目指す—ソシオニクスとアメリカ・タイプ理論の比較』(1996) 英語論文。1996年執筆、2001年著者改訂(D. Lytov協力の改訂版から訳出)。初出媒体は確認中 本文へ
- [174]Gulenko「人文系のなかの論理型: イマヌエル・カントの二律背反的理性について」『ソシオニクス新聞』誌(2003年) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [175]アウシュラ『ソシオニクス:心理タイプ・テスト』(原題:Соционика: Психотипы. Тесты、1998) 本文へ
- [176]Gulenko『「ILI」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 出典リンク 本文へ
- [177]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [178]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [179]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [180]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001)前書き 本文へ
- [181]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010) 参照は2010年英語版(露語版の初出年は確認中) 本文へ
- [182]Filatova「タラノフのモデルとレイニン特性 第1部」(原題:Модель Таланова и признаки Рейнина. Часть 1)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №3(2011年) 出典リンク 本文へ
- [183]Bukalov「TIMとソシオンの16成分モデル」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1996年) 本文へ
- [184]Karpenko & Karjuk「感覚倫理内向型: 自然観察の試み」(原題:Сенсорно-этические интроверты: опыт наблюдения в природе)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(2010年) 出典リンク 本文へ
- [185]Karpenko『第4機能について』(1999) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [186]Reinin「ソシオンとその記述」(原題:Социон и его описания)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2008年) 出典リンク 本文へ
- [187]Bukalov & Karpenko「学術分野としてのソシオニクス」(原題:Соционика как академическая научная дисциплина)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(2013年) 出典リンク 本文へ
- [188]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались)第I部 理論編 刊行年は底本(露語電子テキスト)に記載がなく未確認 本文へ
- [189]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001)前書き 本文へ
