研究者ごとのベータの記述
カルペンコが 書いた ベータクアドラ
カルペンコは、ベータクアドラを、時間の直観と感情の倫理を最も広く扱い、可能性の直観と関係の倫理を最も狭く扱うクアドラとして書いています。論理の体系を現実と同じ重さで受け取り、国家の構造と序列をつくる、という像です。
01時間と記憶の守り手
自然と社会の中で進行する時間的な、その他の動的な過程についてのもっとも深い時間感覚と理解が第2クアドラの代表者に備わっている、という点に異を唱えるのは難しいように思う。まさに彼らこそ、具体的なタイプによらず、一種の「メトロノーム」、変化のインジケーター、時間と記憶の守り手なのである。(中略)かくして、第2クアドラにおける時間の直観(Ni(内向直観)〔原文:△〕)は四次元である。
- ベータの人は、タイプを問わず、時間の流れと変化を最も深く感じ取る
- ベータは、時間と記憶を守る役にあるとされる
- ベータのNiは、最も広い四次元に置かれている
上の引用にある第2クアドラは、ベータのことです。
02感情に働きかける腕前
ベータは、Fe(外向倫理)も四次元で扱うとされています。
おそらく、感情の倫理(Fe(外向倫理)〔原文:▼〕)をグローバルと呼べるのは第2クアドラにおいてだけである。(中略)他人の情感と感情に働きかける腕前は、このクアドラでは芸術の水準にまで引き上げられている—この芸術は誇りの種であり、この腕前は活発に使われる。
- ベータでは、人の感情に働きかける腕前が芸術の水準にある
- その腕前は誇りにもなり、活発に使われる
ベータのFeの広さには、別の記述もあります。
第1クアドラでも黒い倫理(▼)のアスペクトはやはり非常に高く価値づけられているが、それでも第2クアドラにおけるような「世界的意義」はもたない。(中略)第2クアドラの黒い倫理(▼)は四次元、第1クアドラでは三次元である。
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В первой квадре аспект черной этики () ценится тоже очень высоко, но все же не обладает таким «мировым значением», как во второй. По моему мнению, в α-квадре отношение к эмоцио- нальным проявлениям более непосредственное, возможно, менее серьезное, но и более активное. Ас- пект этики эмоций в первой квадре обладает несколько игровым характером. Если сравнить (ЭСЭ) и (ЭИЭ) по их отношению к собственным проявлениям по , то можно заметить, что (ЭСЭ) (из α-квадры) спокойно относится к эмоциональным всплескам, как собственным, так и окру- жающих, воспринимает их как неизбежное жизненное проявление. А вот (ЭИЭ), особенно муж- чины, нередко ставят перед собой задачу взять под контроль проявления эмоций и для осуществления этой цели обучаются специальным психологическим техникам. Я бы сказала, что в первой квадре черная этика — это частное дело каждого, как проявлять себя по этому аспекту — каждый решает сам. Во второй квадре этот аспект скорее проявляется (сам!) через конкретного человека, «изливает- ся через него». Во второй квадре черная этика () — четырехмерна, в первой — трехмерна.
- ベータのFeは、4段階で最も広い四次元
- 同じFeを価値とするアルファでは、Feは三次元
上の引用にある黒い倫理は、Feのことです。
03現実の写しとしての論理
ベータは、Ti(内向論理)を三次元で扱うとされています。
第2クアドラの、築き上げられた論理体系—科学的なものであれ社会的なものであれ—への態度は、はるかに「責任感のある」ものである。βクアドラにとって論理的原理は行動への刺激であり、論理体系は現実の反映—いやそれどころか、ほとんど現実の相似物である。(中略)三次元の白い論理(Ti(内向論理)〔原文:□〕)は、第2クアドラの生活の織地にしっかりと編み込まれている。
- ベータは、論理の体系に責任を伴う態度で向き合う
- ベータにとって、論理の原理は行動を促すもの
- 論理の体系は、ほとんど現実そのものの写しとして扱われる
- ベータのTiは三次元で、日々の暮らしの中に組み込まれている
04釣り合った意志の応答
ベータのSe(外向感覚)は三次元です。カルペンコは、その応じ方をこう書いています。
第2クアドラもクアドラ価値の中に黒い感覚(Se(外向感覚)〔原文:●〕)を含んでいる。しかし私の見るところ、この感覚はクアドラγほどスケールが大きくも多次元でもない。そのかわりより具体的で、現実により完全に対応している。第2クアドラの感覚的・意志的「応答」は、ほぼ常に適切で、働きかけと釣り合っている。(中略)クアドラβの意志感覚は三次元である。
- ベータのSeは、具体的で、現実によく合っている
- そのため、ベータは受けた働きかけに見合った力で応じる
- 規模の大きさでは、ベータのSeは、同じSeを価値とするガンマに及ばないとされる
05規格にされる快適さと実務
第2クアドラの白い感覚のアスペクトへの態度はまったく別物である。その現れを画一化し、規範化し、秩序づけようとする志向が、あらゆるところに透けて見える: 制服の着用から幾何学式庭園の造成まで、河川転流の計画から、科学的に根拠づけられた住居面積と食事配分の規範(実のところは—最低限)の導入まで。そのような感覚は、二次元的、平板と呼ぶほかない。
- ベータでは、快適さも制服や規格のように、そろえて決まりにされる
- ベータのSiは二次元で、平板と呼ばれている
上の引用にある白い感覚は、Siのことです。
同じ二次元のTeについても、カルペンコは書いています。
第2クアドラはこのアスペクトを役割的なものとして扱う。必要なら使うし、その必要がなければ済ませてしまう。第2クアドラの社会でビジネス活動が規範化され厳格に統制された性格を帯びるのは偶然ではない。それは第2クアドラにおけるビジネス論理のアスペクトの全体的な二次元性から生まれるのである。
- ベータは、実務のTeを必要なときだけ使う役割として扱う
- そのため、ベータの社会では、ビジネスの活動が決まりで厳しく管理される
061つの正しい答えへ
第2クアドラでの可能性の直観の扱いは、さらに苛烈である。(中略)強調しておきたいが、ここで問題なのはアイデアを受け取る能力の欠如ではなく、唯一の正しい説明、教義、公準の代わりに、説明と理論のスペクトル全体を、集積を、体積を受け入れる用意がないことである。(中略)第2クアドラの社会で個人差の平準化が起こるのも、可能性の直観(Ne(外向直観)〔原文:▲〕)の一次元性のゆえである。
- ベータは、いくつもの説明や理論を並べて受け入れようとしない
- ベータに、アイデアを受け取る力が無いわけではない
- ベータは、唯一の正しい説明や教義を求める
- ベータのNeは一次元で、そのため社会の中の個人差がならされやすい
Fiについても、同じ向きが書かれています。
第2クアドラでは関係の倫理(Fi(内向倫理)〔原文:▽〕)は一次元である。社会成員の「道徳的風貌」への気のもみよう、そして「道徳規範集」—党由来のものであれ宗派由来のものであれ—の存在は、関係の倫理のアスペクトの一次元性と、これほど複雑な問題を一義的に、そして永遠に解いてしまいたいという願望から生まれる。
- ベータは、人間関係の複雑な問題も、道徳の規範集で1つの答えに決めたくなる
- ベータのFiは一次元
- ベータの一次元のNeとFiには、複雑なものを1つの答えに決めたくなる向きが共通する
07国家を建てるクアドラ
カルペンコは、ピョートル1世を扱った論文で、帝国建設の時代とベータを結びつけています。
ソシオニクスの観点からは、ロシア帝国建設の時代は、歴史過程における第2(中略)クアドラの時期に対応する—国家の、明確な国家構造とヒエラルヒーの創出は、通例、第2クアドラによって実現される。(中略)構造論理—中心的なクアドラ価値の一つ—は、このようにして自分を現す—最も複雑な構造の一つである国家という構造において。
- 国家の構造と序列をつくるのは、通例ベータ
- ロシア帝国建設の時代は、ベータの時期にあたる
- ベータの中心的な価値の1つのTiが、国家という最も複雑な構造に表れる
上の引用にある構造論理は、Tiのことです。
カルペンコとは
ほかの研究者が書いたベータクアドラ
カルペンコが書いたほかのクアドラ
引用索引
- [1]Karpenko「情報流アスペクトによるクアドラ順位づけについて」(原題:О ранжировании квадр по аспектам информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №154、pp. 28–39(2002年) 出典リンク 本文へ
- [2]Karpenko「情報流アスペクトによるクアドラ順位づけについて」(原題:О ранжировании квадр по аспектам информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №154、pp. 28–39(2002年) 出典リンク 本文へ
- [3]Karpenko「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」(原題:Восприятие аспектов мира)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2002年) 本文へ
- [4]Karpenko「情報流アスペクトによるクアドラ順位づけについて」(原題:О ранжировании квадр по аспектам информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №154、pp. 28–39(2002年) 出典リンク 本文へ
- [5]Karpenko「情報流アスペクトによるクアドラ順位づけについて」(原題:О ранжировании квадр по аспектам информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №154、pp. 28–39(2002年) 出典リンク 本文へ
- [6]Karpenko「情報流アスペクトによるクアドラ順位づけについて」(原題:О ранжировании квадр по аспектам информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №154、pp. 28–39(2002年) 出典リンク 本文へ
- [7]Karpenko「情報流アスペクトによるクアドラ順位づけについて」(原題:О ранжировании квадр по аспектам информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №154、pp. 28–39(2002年) 出典リンク 本文へ
- [8]Karpenko「情報流アスペクトによるクアドラ順位づけについて」(原題:О ранжировании квадр по аспектам информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №154、pp. 28–39(2002年) 出典リンク 本文へ
- [9]Karpenko「情報流アスペクトによるクアドラ順位づけについて」(原題:О ранжировании квадр по аспектам информационного потока)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №154、pp. 28–39(2002年) 出典リンク 本文へ
- [10]Karpenko「ソシオニクスから見たピョートル1世の人格」(原題:Личность Петра I с точки зрения соционики)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1996年) 本文へ
