SEE超詳細解説
SEE(ESFP)というタイプを、ソシオニクスの研究文献からの引用で読む長編解説です。当サイトの通常ページは理論を短く言い換えて説明しますが、このページは研究文献からの引用を資料として示し、その比較と分析で構成します。対象は、創始者アウシュラ・アウグスティナヴィチューテ(Aushra Augustinaviciute)から、Reinin、Bukalov、Stratiyevskaya、Filatova、Yermak、Karpenko、Gulenkoまでの各研究者です。多数の研究者が同じSEEをどう記述したかを、1つの要約にまとめず、引用で示し、本文で比較・分析します。
01SEEは一般にどう言われているか
SEE(ESFP)は、一般に、その場の主導権を取って人を動かす人として紹介されます。愛称から「ナポレオン」、役割から「政治家」と呼ばれることもあります。主導機能のSe(外向感覚)は、その場で誰がどれだけの力を持っているかを感じ取り、自分の意志を通す要素とされます。創造機能のFi(内向倫理)は、人との好き嫌いや距離を使い分けて味方を集める、と説明されます。
また、人の輪の中心にいることを好み、注目と称賛を集めるのが得意と言われます。身なりや場の見栄えにも気を配る、というのがおおよその像です。
よく挙げられる場面はこうです。例えば、集まりや行事では段取りを引き受け、周りの人を巻き込んで一気に進める、と言われます。反対に遭うとかえって勢いづき、口論になっても翌日には何事もなかったように話しかける、とも紹介されます。
一方、手順を組んで計画どおりに進めることや、理屈を筋道立てて説明することは苦手とされます。先の見通しも、人に補ってほしい領域だと説明されます。そのため、押しの強い人と見られる場面でも、本人の側には、理屈で詰められる負担と、先がどうなるか見通せない不安が残るとされます。
この像は、あとで見る研究者の記述から切り出されて広まったものです。主導権を取る・注目を集める・関係を使い分ける・理屈と見通しに負担がある、という要素は、研究者の記述にもおおむね出てきます。
ですが、研究者ごとに力点が違い、この押しの強さを外へ広げる力として書くか、身近な者を守る力として書くかは、研究者によって異なります。24章で、この一般像のどこが残り、どこが言い直されるかに戻ります。
読この記事の読み方
想定読者は、SEEプロファイルなどの基礎ページを読み終えて、出典まで確かめたい人です。長いページですが、読み方は単純です。各章で研究者の記述を引用で示し、そのすぐ下に当サイトの読み方(何が共通し、どこが違うか)を書きます。一致と食い違いを確かめながら、SEEというタイプの輪郭を自分で考えていく構成です。
流れは、01章が一般に言われている像、02〜04章が土台(系譜、モデルA、情報要素)、05〜13章が研究者別の記述(このページの中心)、14章が横断比較、15〜23章が各論、24章が当サイトのまとめです。引用には初出順の番号が付き、押すと巻末の索引へ飛び、索引から本文へ戻れます。引用の扱い方(逐語性、訳出、編集操作)は末尾の「この記事の方法論」にあります。
ページ冒頭の「コピーしてAIで要約!」を押すと、要約用の指示文とこのページの本文がクリップボードに入ります。AIに渡して、要約のほか、引用の意味を聞く、研究者ごとの違いを整理させる、といった使い方ができます(長すぎるときは章を分けて渡してください)。
タイトルの「ESFP」はMBTIに慣れた読者のための参照用の表記で、ソシオニクスのSEEとMBTIのESFPを同じタイプとして扱う趣旨ではありません(19章)。
02系譜 ユングから情報代謝へ
SEEという記述がどこから来たのかを、3つの原典で辿ります。ユング『心理学的類型』(1921年)の類型論、Kempinskiの情報代謝の概念、そしてアウシュラによる両者の接合です。この章の引用が、以降の全章の土台になります。
ユングの類型論(1921年)
ソシオニクスの16タイプは、スイスの精神科医カール・グスタフ・ユングの『心理学的類型』を出発点とするとされます。ユングは心の働きを4つの基本機能に分け、それぞれが外向・内向のどちらかの構えで働くと考えました。定義の章で、機能は次のように説明されます。
心理学的機能とは、さまざまな状況のもとでも理論上同一であり続ける、心的活動の特定の形式のことと私は理解している。(中略)私は全部で4つの基本機能を区別する。2つの合理的機能と、2つの非合理的機能である。
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By psychological function I understand a certain form of psychic activity that remains theoretically the same under varying circumstances.(中略)I distinguish four basic functions in all, two rational and two irrational
合理的な2つは思考・感情、非合理的な2つは感覚・直観です。そのうえでユングは、人によって最も分化した機能が違い、それが生活への適応の主役になると書きます。
まず特に注目すべきは、私が「内向型」と「外向型」と分類した2つの基本的なタイプについてである。(中略)個人の適応や人生への方向性において、最も発達した機能が主要な役割を果たすという特異性を持つ特定のタイプ
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my first concern must be with the two general types I have termed introverted and extraverted.(中略)those special types whose particularity is due to the fact that his most differentiated function plays the principal role in an individual's adaptation or orientation to life.
まず外向・内向という2つの一般類型があり、その内側に、最も分化した機能が主役を担う「機能類型」が置かれる、という二重の分類です。この組み合わせで8つの型が記述されました。ソシオニクスの文献では、この4機能×2構えの枠組みを「ユングの基底」と呼ぶことがあります。
ユングの外向的感覚型—SEEの祖形
SEEの祖形として後代に参照されるのが、同じ第10章の外向的感覚型です。ユングがSEEやモデルAを記述したわけではなく、ここで扱うのは後の構成に先立つ類型で、SEEそのものではありません。ユングは、この型と現実との結びつきを、こう書いています。
現実性において、外向的感覚型に並ぶことのできる他の人間類型はない。客観的事実に対する彼の感覚は並外れて発達している。彼の生は、具体的な対象との現実の経験の集積であり、この型が顕著であればあるほど、彼は自分の経験を利用しない。ある場合には、彼の生の出来事は「経験」という名にほとんど値しない。彼は、この感覚された「経験」を、新たな感覚への案内役として役立てる以上の使い道を知らない。
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other human type can equal the extraverted sensation-type in realism. sense for objective facts is extraordinarily developed. life is an accumulation of actual experience with concrete objects, and the more pronounced he is, the less use does he make of his expert ence. In certain cases the events of his life hardly deserve the name c experience '. He knows no better use for this sensed * experience * than to make it serve as a guide to fresh sensations
言い換えると、この型にとって経験は、教訓として蓄えるものではなく、次の感覚へ向かう手がかりだということです。ユングは、この型の強みを客観的な事実への感覚の発達に置いています。SEEの位置1(主導機能)に置かれるSe(外向感覚)は、この型を祖形とする要素とされます。
ユングは同じ節で、この型が感覚をどう生きているかを、本人の側から書いています。
このような型は—その大多数は明らかに男性であるが—もちろん、自分が感覚に「従属」しているとは考えない。彼の立場からすれば、感覚は生の具体的な現れであり、まさに現実に生きることの充実そのものであるから、この見方をまったく説得力がないものとして嘲笑するほうに、はるかに傾くだろう。彼の目的は具体的な享楽であり、その道徳も同じ方向に向けられている。
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Such a type the majority are men apparently does not, of course, believe himself to be ' subject ' to sensation. He would be much more inclined to ridicule this view as altogether inconclusive, since, from his standpoint, sensation is the concrete manifestation of life it is simply the fulness of actual living. His aim is concrete enjoyment, and his morality is similarly orientated.
上の引用にある「従属」は、外からこの型を評するときの言い方です。本人にとっては、感覚は現実を生きている充実そのもので、目的も道徳も具体的な享楽の方を向いています。ユングは、外からの評価と本人の実感を、同じ段落のなかで分けて書いています。
さらにユングは、この型のより低い水準の姿を、こう描いています。
より低い水準では、これは、内省にも支配的な意図にもほとんど傾向を示さない、触知可能な現実の人である。対象を感覚すること、感覚をもち、できるならそれを享受することが、彼の絶えざる動機である。彼は決して愛すべきところのない人ではない。それどころか、しばしば魅力的で生き生きとした享楽の能力をもち、ときには陽気な人物であり、しばしば洗練された審美家である。
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Upon the lower levels this is the man of tangible reality, with little tendency either for reflection or commanding purpose. To sense the object, to have and if possible to enjoy sensations, is his constant motive. is by no means unlovable ; on the contrary, he frequently has a charming and lively capacity for enjoyment; he is sometimes a jolly fellow, and often a refined aesthete.
つまり、考え込むことより、目の前の対象を感じて楽しむことが、この型の動機になっているということです。低い水準の記述でありながら、ユングは魅力や陽気さ、審美眼といった好ましい性質を同じ段落に並べています。
ユングの内向的感情型
SEEの位置2(創造機能)にあるFi(内向倫理)に対応する祖形は、同じ第10章の内向的感情の節にあります。ユングはまず、この感情の判断が何によって決まるかを書いています。
内向的感情は、主として主観的な要因によって決定される。これは、その感情判断が、思考の内向が外向と異なるのとまったく同じ本質的な意味で、外向的感情とは異なるということである。(中略)内向的感情の過程を知性的に提示すること、あるいはそのおおよその(中略)記述を与えることさえ、疑いなく困難である。とはいえ、この種の感情に固有の性格は、いったんそれに気づきさえすれば、そのまま際立って現れる。
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Introverted feeling is determined principally by the subjective factor. This means that the feeling-judgment differs quite as essentially from extraverted feeling as does the introversion of thinking from extraversion.(中略)It is unquestionably difficult to give an intellectual presentation of the introverted feeling process, or even an approximate(中略)description of it, although the peculiar character of this kind of feeling simply stands out as soon as one becomes aware of it at all.
言い換えると、内向的感情の判断は、対象の側よりも本人の主観の側で決まるということです。ユングは、この感情を言葉で示すのは難しいと自分で断ったうえで、一度気づけば固有の性格ははっきり分かると続けています。
ユングは第4章で、この感情が何のために働くかを、こう書いています。
しかし内向的感情型では事情が逆になる。その感情は抽象的で普遍的な性格に達し、持続する価値を打ち立てることができる。(中略)これは内向的感情一般の特質であるように思われる。それは本物である。それがあるのは、ただそれがあるからである。それはその人のより深い本性に根ざしている。それはいわば自分自身から湧き出し、自分自身を自分の目的としている。それは他のどんな目的にも仕えず、どんなものにも身を貸さず、自分を成し遂げることで満ち足りる。
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This appears to be a peculiarity of the introverted feeling in general : it is genuine ; it is because it just is ; it is rooted in the man's deeper nature; it wells up out of itself as it were, having itself as its own aim ; it will serve no other ends, lending itself to none, and is content to accomplish itself.
上の引用にある「身を貸さず」は、ほかの目的の道具にならないという意味です。つまり、内向的感情はほかの目的のために使われず、それ自体で満ち足りるということです。ユングがこの感情に、持続する価値を打ち立てる力を認めていることも、同じ一節から分かります。
ユングは内向的感情型の節で、この構えが外からどう映るかも書いています。
表面的な判断は、いくぶん冷たく控えめな振る舞いに欺かれて、この型にはいっさい感情がないと言いかねない。しかしそうした見方はまったくの誤りである。実のところ、彼女の感情は外延的であるより内包的なのである。それは深さへと発展する。
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A superficial judgment might well be betrayed, by a rather cold and reserved demeanour, into denying all feeling to this type. Such a view, however, would be quite false; the truth is, her feelings are intensive rather than extensive. They develop into the depth.
上の引用にある外延的は外へ広がる向き、内包的は内へ深まる向きのことです。言い換えると、表に出る感情が少なくても、感情は深さの方向へ育っているということです。なお、この節でユングは、内向的感情型を女性を主語にして記述しています。
その誤解がどこから来るかを、ユングは同じ節でこう説明しています。
外の世界にとって、あるいは外向型の見えない目にとって、この同情は冷たさに見える。目に見える形では何もしないからであり、外向的な意識は目に見えない力を信じることができないからである。こうした誤解は、この型の生に特徴的に起こる出来事である
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To the outer world, or to the blind eyes of the extravert, this sympathy looks like coldness, for it does nothing visibly, and an extraverted consciousness is unable to believe in invisible forces. Such misunderstanding is a characteristic occurrence in the life of this type
つまり、同情が目に見える行動として出てこないため、外向的な意識には冷たさとして映るということです。ユングはこの誤解を、この型に特徴的に起こる出来事として書いています。
ですが、ユングがここで書いたのは、内向的感情を主機能に持つ型そのものです。SEEは外向的感覚を位置1に、Fiを位置2に持つ構成で、Fiは位置1のSeと組んで使われるとされます。そのため、「他のどんな目的にも仕えない」という記述は、SEEのFiにはそのままの形では重ならないと読めます。
Kempinskiの「情報代謝」
「情報代謝(Information Metabolism)」の語は、ポーランドの精神科医Antoni Kempinski(アントニ・ケンピンスキー、1918〜1972)に由来するとされます。Kempinskiは著書『Lęk(不安)』で、生命を、環境とエネルギーや情報をやりとりし続ける開放系として扱いました。やりとりが続くこと自体が、生命の条件だとされます。
そのうえで、Kempinskiは情報の処理を2つの相に分けています。第1相は、環境に対して感情でまず向きを定める段階で、意識の閾より下で進むとされます。第2相は、どう動くかを選ぶ段階で、おおむね意識的とされます。
Kempinskiは、2つの相の背景にある神経系の2つの原理を、こう対比しています。
アナログ原理(緩電位)は刺激の量的な再現を可能にする。これにより「どの程度か」という問いへの答えが得られる。他方デジタル原理(スパイク電位)は「はい」か「いいえ」かの答えを可能にする。前者は本質的弁別、後者は差異的弁別と呼ばれる。
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Zasada analogowa (potencjały generacyjne) pozwala na ilościowe odtworzenie bodźca. Dzięki niej znajdujemy odpowiedź na pytanie: "w jakim stopniu". Natomiast zasada cyfrowa (potencjałów iglicowych) pozwala na odpowiedź: "tak" lub "nie". Pierwszą określa się jako essential discrimination, a drugą jako differential discrimination.
情報代謝は固有の脈動によって特徴づけられることになろう。すなわち第1相では生体の外部環境とも内部環境とも結合し、第2相ではそれに対して距離を取る。
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Metabolizm informacyjny charakteryzowałby się swoistą pulsacją: złączeniem się ze środowiskiem zarówno zewnętrznym, jak wewnętrznym ustroju w pierwszej fazie i nabraniem w stosunku do niego dystansu w drugiej.
上の1本目にあるアナログ原理は刺激の強さを段階で写す働き、デジタル原理は有無を二択で返す働きのことです。2本目と合わせると、心の情報処理は、環境と結びつく相と距離を取る相の往復として扱われていることが分かります。
ただし、Kempinskiの著作にタイプ論はまだありません。ここで示されているのは、心を、情報をやりとりする開放系として扱う見方です。
アウシュラによる接合
アウシュラ・アウグスティナヴィチューテ(Aushra Augustinaviciute、1927〜2005)は、この語を借りたことを自分で書いています。
「情報代謝」という用語はポーランドの精神医学の古典A.ケンピンスキーから借りたことを思い出してもらいたい。おそらく彼は、人間の心理的不快の基盤にはその情報代謝の障害が横たわっていると最初に語った人物である。
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Можно напомнить, что термин «информацион- ный метаболизм» мы заняли у классика польской психиатрии А. Кемпинского. По-видимому, он пер- вый заговорил о том, что в основе психологичес- кого дискомфорта человека лежит нарушение его информационного метаболизма.
ソシオニクスとは、ソシオンについて、人間のソシオン的本性と社会のソシオン的構造について、人々の情報代謝(情報代謝)のさまざまなタイプとそれらのあいだのさまざまな形態の相互関係についての学問であり、K.G.ユング、E.クレッチマー、A.E.リチコの類型論と、A.ケンピンスキーの情報代謝の理論を基盤として生まれた。
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Соционика — наука о соционе, соционной при- роде человека и соционной структуре общества, о разных типах информационного метаболизма (ИМ) людей и разных формах взаимоотноше- ний между ними — родилась на основе типологий К. Г. Юнга, Э. Кречмера, А. Е. Личко и теории ин- формационного метаболизма А. Кемпинского.
1本目でアウシュラは、語の出どころとあわせて、心理的な不快の元に情報代謝の障害を見たのがKempinskiだと書いています。2本目はソシオニクスの自己定義で、ユング、クレッチマー、リチコの類型論と並んで、Kempinskiの情報代謝理論が出発点の1つに数えられています。
アウシュラは、情報代謝そのものを、こう説明しています。
パーソナリティタイプは、パーソナリティの形態、または人間の思考が収まる形態、彼の情報代謝の形態である。奇妙で慣れないが、身体が食物で養われエネルギーを生産するのと完全に同じく、心理は情報、受け取る信号、刺激で養われ、エネルギーを生産する。心的エネルギーまたは情報的エネルギーである。
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Итак: тип личности — это форма личности, или форма, в которую укладывается мышление человека, форма его информационного метаболизма. Как это ни странно и непривычно, но ровно так, как тело питается пищей и производит энергию, так психика питается информацией, получаемыми сигналами, раздражителями и тоже производит энергию. Психическую энергию или информационную энергию.
上の引用にある情報的エネルギーは、心が情報から生み出す力のことです。つまり、タイプの違いは、心が情報を取り込んで力に変える形の違いだということです。アウシュラは、奇妙で慣れない言い方だと自分で認めたうえで、身体と食物のたとえを選んでいます。
そのため、ユングが外向的感覚型と内向的感情型として別々に書いた2つの構えは、ソシオニクスではSeとFiという2つの情報要素として扱われます。SEEは、この2つを自我ブロックの組として持つタイプに置かれました。
後代の研究者が語る系譜
この接合を、後の研究者はそれぞれ別の点に力を置いて語り直しています。
Reininは、Kempinskiとアウシュラのあいだにある情報の扱い方の違いを、こう対比しています。
アントニ・ケンピンスキーは精神科医として、各人がそれぞれ自分固有の世界に生きていることをよく理解していた(中略)概念を導入するにあたり、ケンピンスキーは純粋に物理的な類比—エネルギー代謝・物質代謝との類比—を用い、情報を諸対象が相互に交換する一種の実体として表象した(中略)アウシュラ・アウグスティナヴィチューテは(中略)自らの情報代謝タイプ理論を構築するにあたって、明らかに「情報」現象の仮想的性質を理解していた。
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Анатолий Кемпинский, будучи врачом психиатром, прекрасно понимал, что каждый человек живет в своем особенном мире [6]. […] При этом, вводя понятие «информационный метаболизм», Кемпинский воспользовался чисто физической аналогией с энергетическим и материальным метаболизмом, представляя информацию как некоторую субстанцию, которой обмениваются объекты [5]. […] Однако, Аушра Аугустинавичюте [1], […] создавая свою теорию типов информационного метаболизма, безусловно, понимала виртуальный характер феномена «информация».
言い換えると、Kempinskiが情報を物のようにやりとりされる実体として扱ったのに対し、アウシュラは情報を仮想的なものとして理解していたということです。引用中の「アントニ」は訂正した表記で、Reininの原文では「アナトリー」ですが、Kempinskiの名は実際にはアントニ(Antoni)です。
Stratiyevskayaは、この分野の転換を成し遂げたのが誰だったかを、こう書いています。
それでもなお、この領域における根本的な転換は、心理学者ではなく(本来そう期待されるはずだったのだが)、数学者によって(より正確には、心理学者というよりもむしろ数学者によって)成し遂げられた—それまで誰にも知られていなかったリトアニアの学者、アウシュラ・アウグスティナヴィチューテによってである。彼女ただ一人が、ユングのタイポロジー(類型論)を解読し、彼のタイポロジーへの「鍵」となる、構築的な心理学的モデルを開発し、自身のタイポロジーと自身の新しい、拡張され改良された人間心理の構造のモデル(「モデルA」)を創造することに成功した。
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И тем не менее кардинальный переворот в этой области был совершен не психологом (как этого следовало бы ожидать), а математиком (точнее, не столько психологом, сколько математиком) — дотоле никому не известным литовским ученым Аушрой Аугустинавичюте. Ей единственной удалось расшифровать типологию Юнга, разработать конструктивную психологическую модель, послужившую "ключом" к его типологии; создать свою типологию и свою новую, расширенную и усовершенствованную модель структуры человеческой психики ("Модель "А").
上の引用にある「鍵」は、ユングの類型論を読み解くための手がかりのことです。Stratiyevskayaは、心理学者ではなく数学者が、ユングの類型論をモデルに組み直したと見ています。括弧を重ねて「むしろ数学者」と言い直すところに、この点への力の入れ方が表れています。
Filatovaは、アウシュラとユングの出会いを本人の言葉ごと記録しています。
こうしてユングは、人間の一生を通じて保たれる安定した特徴によって互いに区別される、合計16の心理学的タイプを見出したのである。それから数十年後、リトアニアの研究者アウシュラ・アウグスティナヴィチューテが、さらに先へと歩を進めた。(中略)「ユングは私をたちまち引きつけた。なぜなら、彼は構造を提示していたからである。しかも16もの構造を!」
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Несколько десятилетий спустя исследователь из Литвы Аушра Аугустинавичюте пошла дальше. […] «Юнг заинтересовал меня сразу. Потому что предлагал структуру. И даже шестнадцать структур!»
Yermakは、系譜全体を1文に圧縮します。
こうして、A. アウグスタは、ユング流のタイポロジー(類型論)を、A. ケンピンスキーの心の情報代謝の理念の立場から研究して、心のモデルを創造し、N. メドヴェージェフは、心と世界の情報的相互作用のアスペクト構造の根拠を提示することで、モデル化に基づく特徴の「明晰化」と精緻化の基礎を据えた。
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Так, А.Аугустинавичюте, исследовав юнговскую типологию с позиций идеи А.Кемпинского об информационном метаболизме психики, создала модель психики, а Н.Медведев, предложив основания аспектной структуры информационного взаимодействия психики с миром, заложили основы “прояснения” и уточнения признаков на основе моделирования.
文中のメドヴェージェフ(N. Medvedev)は、情報の側面(アスペクト)構造の根拠づけに関わった人物として言及されています。
Yermakの1文では、ユングの類型論が研究の対象、Kempinskiの情報代謝が研究の立場になっています。ユングの類型論をKempinskiの立場から研究した結果がアウシュラのモデルだ、という順序です。
小括します。4機能×2構えの枠組みはユングに、情報代謝の語はKempinskiに由来し、両者を1つのモデルにまとめたのがアウシュラです。ここまでは各研究者の記述が一致し、食い違うのは力点です。Reininは情報観の違いを、Stratiyevskayaは数学者による解読を、Filatovaは16の構造との出会いを強調します。
SEEについては、2点が以降の章の前提になります。1つは、ユングの外向的感覚型が祖形で、目の前の対象を感じて楽しむことを動機とする型として描かれていたことです。もう1つは、ユングが主機能として書いた内向的感情が、SEEではSeと組む位置2の要素に置き直されたことです。
03モデルAにおけるSEE
モデルAは、8つの情報要素を8つの機能位置に配置した心の構造モデルです。当サイトが基準とするSEEの配置は次のとおりです。
- 1(主導機能):Se(外向感覚)
- 2(創造機能):Fi(内向倫理)
- 3(規範機能):Ne(外向直観)
- 4(脆弱機能):Ti(内向論理)
- 5(暗示機能):Ni(内向直観)
- 6(動員機能):Te(外向論理)
- 7(観察機能):Si(内向感覚)
- 8(実演機能):Fe(外向倫理)
この配置は、ユングの補助機能の考え方と、アウシュラの機能理論から来ています。
ユングの補助機能—2機能構成の原点
モデルAの中核である「強い2機能の組」は、ユングの補助機能論に遡るとされます。ユングは、主機能と同等の力を持つ第2の機能は存在できない、と書きます。
同等の力を持つ第二の機能が存在することは本来許されないことである。したがって、この第二の機能は必然的に二次的な重要性しか持ちえず(中略)補助的あるいは補完的な役割として作用するからである。
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the presence of a second function of equivalent power is naturally forbidden. This other function, therefore, can have only a secondary importance(中略)but comes into play more as an auxiliary or complementary function.
どの機能が補助になれるかの規則も、続けて明示されます。
経験的事実が示すところによれば、第二機能は常に、主導機能とは異なる性質を持ちながらも対立関係にはない機能である。例えば、主導機能が思考の場合、補助機能としては直観と容易に組み合わさることができるし、同様に感覚とも同等に組み合わせることが可能であるが、すでに述べたように、感情とは組み合わせることができない。
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the secondary function is always one whose nature is different from, though not antagonistic to, the leading function: thus, for example, thinking, as primary function, can readily pair with intuition as auxiliary, or indeed equally well with sensation, but, as already observed, never with feeling.
言い換えると、2番目の機能は1番目を補う役にとどまり、1番目と対立しない性質のものに限られるということです。例に挙がっているのは思考が主導の場合で、思考と対立する感情が外れています。
同じ規則を感覚が主導の場合に移すと、外れるのは感覚と対立する直観で、補助になれるのは思考か感情です。SEEの組は感覚(Se)と感情(Fi)なので、ユングの規則の範囲内に収まります。ソシオニクスの文献では、この2機能の組が自我ブロックの原型になったと説明されます。
アウシュラの機能理論—第1機能と第2機能
アウシュラは機能位置の理論(フンクツィオニカ)で、各位置の性格を定式化しました。第1機能と第2機能の記述です。
要約:第1機能は人間の世界知覚、彼の「情報的職業」、イメージを規定する。人間はこの要素について最大限の情報を持っており、最も確信をもってそれを使用する。最も強い機能、「個人的恣意の領域」と言うことができる。
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Резюме : 1-я функция определяет мировосприятие человека , его "информсационную профессию" , имедж . Человек имеет по этому элементу максимум информации , наиболее уверенно ей пользуется ; можно сказать, что это самая сильная функция , "зона личного произвола".
要約:第2機能は創造機能であり、ここで人間は自分以前には知られていなかった新しいものを創造する。第1機能の目的の達成と自己肯定のための創造である。
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Резюме : 2 функция творческая , здесь человек создает новое , до него не пзвестное . Творчество ради достижения цели по первой и самоутверждения .
つまり、位置1は世界の受け取り方を決める最も確かな要素で、位置2はその目的のために新しいものを作る要素です。アウシュラの定式では、位置2の創造は位置1の目的に仕えるという順序がはっきりしています。
さらにアウシュラは、機能が単独ではなく対で働くことを、こう書いています。
機能はモデルAの静的構造をなしている。それらは単独では働かず、常にペアで—ブロックとして働く。ブロックのアクセプト(受容)機能は可能な限り現実を反映し、プロダクティヴ(生成)機能は反応し、創造的に適応する。これはほぼ同時に起こり、機能が強く分化されているほど速い。
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Функции - составляют статическую структуру модели А. Они не работают по одиночке , но всегда парами - блоками . Акцептная функция блока по возможности отражает действительность , продуктивная реагирует , творчески приспосабливаясь . Происходит это почти одновременно , тем быстрее , чем более сильно дифференцирована функция.
上の引用にあるアクセプト機能は奇数番の受容の位置、プロダクティヴ機能は偶数番の生成の位置のことで、この2つの対がブロックです。SEEに当てはめると、位置1のSeが目の前の状況を受け取り、位置2のFiが人との関係でそれに応える組み合わせになります。
SEEの自我ブロック—Seが目的を置き、Fiが手段になる
Filatovaは、SEEの自我ブロックの2機能を、プログラムとその実現という2段で、こう定式化しています。
SEEの意識の構え—あらゆる人間には、自分の影響力を広げようとする志向、権力と名声への欲求が備わっている(外向感覚—プログラム機能)。そしてこの目的を達成するためには、人々の弱みにつけこみながら、彼らを操る術を身につける必要がある(内向倫理—プログラムの実現)。
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Установка сознания СЭЭ: Каждому человеку свойственно стремление к расширению своего влияния, желание власти и славы (ЧС — программная функция), и для достижения этой цели необходимо научиться управлять людьми, манипулируя их слабостями (БЭ — реализация программы).
言い換えると、SEEは人は誰でも影響を広げたがるものだという見方から出発する、とFilatovaは書いています。そのうえで、目的を立てるのは外向感覚で、内向倫理は目的を果たす手段の側に置かれています。
Filatovaは4つの機能をIからIVで番号づけし、プログラムのIと実現のIIは、現行の位置1と位置2と一致します。手段の側に人との関係を置く順序は、アウシュラの第2機能=「第1機能の目的の達成のための創造」と同じ向きです。
例えば、同じSeとFiを自我に持つESIについて、Filatovaは内向倫理をプログラム、外向感覚をその実現として、順序を逆に書いています。同じ2要素でも、どちらが目的を立て、どちらが手段になるかで、別のタイプの記述になるということです。
まとめると、SEEの主導機能は位置1のSe、創造機能は位置2のFiです。以降の章で研究者がSEEの自我を書くときも、この2要素の組を指しています。
また、Yermakの定式化でも、4ブロックは自我がSe・Fi、超自我がNe・Ti、超イドがNi・Te、イドがSi・Feで、冒頭の基準配置と一致します。
モデルA自体は、どの機能も他を直接管理しない線形・対称の構造とされます(Bukalov)。機能ごとの処理能力の差は16章(次元性)で扱います。
アウシュラ旧式の4列表記
アウシュラの初期著作では、タイプは8つの位置ではなく4つの機能で記述されます。SEEの旧式表記は、I(主導)=Se、II(プロダクティヴ)=Fi、III(MHC=最小抵抗の場)=Ti、IV(サジェスティヴ)=Neです。
現行の8位置との対応は、I=位置1、II=位置2、III=位置4、IV=位置3になります。旧式のIIIとIVは、現行の位置4と位置3の逆順に並ぶので、番号だけで照合すると取り違えます。
一方で、Filatovaの番号は旧式と一部だけ重なります。FilatovaのIIIは旧式と同じ位置4のTiですが、FilatovaのIV(暗示)は位置5のNiを指し、旧式のIV(位置3のNe)とは別の位置です。Reininの番号は06章で、Gulenkoのモデルは12章で読み替えます。
小括します。SEEの8位置の配置(Se・Fi・Ne・Ti・Ni・Te・Si・Fe)は、アウシュラのブロック論からYermakの定式化まで、要素の中身が一致しています。そのうえで、Filatovaの定式では、Seが影響を広げる目的を立て、Fiがその手段になるという順序で自我ブロックが書かれています。
一方で、位置の番号づけと名称は、研究者・時期によって別体系が併存します。原典は、番号ではなく「どの要素がどの意味の位置にあるか」で照合すると取り違えません。
04情報要素から見るSEE
SEEの自我ブロックは、位置1(主導機能)のSe(外向感覚)と位置2(創造機能)のFi(内向倫理)です。StratiyevskayaとFilatovaのタイプ記述では、2つの要素は並んだ技能ではなく、Seの目的をFiで実行する組として現れます。各要素の一般解説はSe(外向感覚)とFi(内向倫理)の詳細ページにあります。
感覚と感情—ユングの定義
出発点は、ユングの定義の章です。ユングは、感覚を、感情と区別しながらこう定義しています。
感覚、すなわち感覚することとは、身体的な刺激を知覚へ伝える心理機能である。(中略)感覚は感情から厳密に区別されねばならない。後者はまったく別の過程だからである
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Sensation, or sensing, is that psychological function which transmits a physical stimulus to perception.(中略)Sensation must be strictly distinguished from feeling, since the latter is an entirely different process
つまり、感覚は、身体が受けた刺激を知覚へ渡す働きです。感情とは別の過程だと念を押しているので、SEEの自我ブロックには、ユングが分けた2つの働きが隣り合うことになります。
ユングは、感情のほうをこう定義しています。
感情とは第一に、自我と与えられた内容とのあいだで起こる過程であり、しかもその内容に、受容か拒絶かという意味での明確な価値を与える過程である
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Feeling is primarily a process that takes place between the ego and a given content, a process, moreover, that imparts to the content a definite value in the sense of acceptance or rejection
言い換えると、感情は、受け取った内容に「受け入れるか、拒むか」の値を付ける働きだということです。さらに、ユングは感情型を2種類に分けています。
感情型には疑いなく2種類あり、一方の態度はより自分の感情経験によって、他方はより対象によって方向づけられている。
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there are, undoubtedly two sorts of feeling-types, the attitude of one being orientated more by his feelingexperience, the other more by the object.
つまり、2種類の感情型を分けるのは、自分の感情経験に向くか、対象に向くかです。ソシオニクスの通説では、この2種類がFi(内向倫理)とFe(外向倫理)に、感覚を外向・内向に分けたものがSe・Siに対応するとされます。
Se(外向感覚)—各研究者の定義
アウシュラは、Se(外向感覚)をこう定義しています。
対象の「運動エネルギー」と呼べるものについての情報が知覚される。たとえば、人間の外的組織性についての情報、その身体的・エネルギー的データ、自分の意志を使いこなし、地位・立場を利用し、自分の意志を他の人々の意志に対置する能力についての情報である。(中略)それによって、自分の意志とエネルギーを他の人々の意志とエネルギーに対置する能力あるいは無能力が規定される。
言い換えると、Seが意識するのは、人がどれだけの意志と力を持ち、それを他人に向けられるかです。能力と無能力を並べ、強弱の差が表に出る要素として定義しています。
Stratiyevskayaは、理論編で同じ要素を「意志的感覚」と呼び、こう定義しています。
「意志的感覚」(空間)—(外向感覚、●(Se))。 空間を統制し、影響圏を獲得する能力。目的志向性、動員、支配性、規律性、勝利への意志、外的圧力への抵抗と自身の利益の擁護、力による対抗、相手の力と抵抗能力を評価する能力。野心性、権威性、権威主義性、リーダーシップへの志向。
Stratiyevskayaの定義には、影響圏を広げる語と、圧力に抵抗して自分の利益を守る語が並びます。相手の力を測ることもSeの働きに数えています。
Filatovaは、SEE章で位置1(主導機能)のSeを扱う節を、こう書き始めています。
SEEは、彼に常に備わっているあの活動性によって、すぐに見分けがつく。彼はどんな活動にも即座に加わり、概して主導権を握ろうとする。彼はこの人生であらゆることを成し遂げたいと望み、一つの人生で十の人生を生きる覚悟がある。彼の際立った特徴は、あらゆる場面で自分自身を広げようとする志向であり、時には彼一人だけで、自分がいる部屋全体を占めているかのように見えることもある。
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СЭЭ сразу заметен по той активности, которая ему всегда свойственна. Он немедленно включается в любую деятельность и, как правило, стремится руководить. Он хочет все успеть в этой жизни и готов за одну жизнь прожить десять. Отличительная черта его — стремление во всем себя распространить, порой кажется, что он один занимает все помещение, в котором находится.
言い換えると、Filatovaは、SEEのSeを、どの場面でも自分を広げようとする活動性として書いています。部屋を一人で占めるという描写は、Stratiyevskayaの「影響圏を獲得する能力」を人の姿で描いたものと言えます。
Yermakは、アスペクト辞典で、同じ側面(アスペクト)の意味をこう書いています。
情報アスペクト。人間による空間の実体の知覚を反映する。主観的観点から、空間の実体は、物質または仮想的現実の力的影響による現実または潜在的な限定(物理的、他の人々を含む、または仮想的対象の内部空間の形成)、また物理的または仮想的対象の力的影響(圧力または反撃)による現実または潜在的な分離(隔離)(現実または仮想的外部空間の形成)の意味を持つ。意味論的に、空間の実体は主観的知覚において、現実または仮想的な力または意志的発現に帰着する。
上の引用にある限定は内側の空間をつくること、分離は外側と隔てることです。Yermakの定義では、空間の区切り方は、最後は力と意志の現れの問題になります。
このように、力と意志で自分の場所を保ち、広げる点は、4人に共通しています。
Fi(内向倫理)—各研究者の定義
アウシュラは、Fi(内向倫理)をこう定義しています。
これは、ポテンシャル・エネルギーまたは運動エネルギーの二つの担い手のあいだの主観的関係であり、ある対象あるいは主体の他の対象や主体への引力(あるいは反発)を示すものである。このIM要素のおかげで、人間はどの対象が自分を引きつけ、どれが反発するかを感じる。
言い換えると、Fiは、どの相手に引きつけられ、どの相手に反発を感じるかを意識する要素だということです。「あいだ」を主語にしているので、判断の単位は1人の相手より間柄になると読めます。
Stratiyevskayaは、理論編でFiをこう定義しています。
人間の間の関係を通じての世界の知覚、外交性、繊細さ、自分の行為に対する責任、寛容、寛大、愛、善意、慈しみ、憐れみ。
一般的な定義に並ぶのは、寛容や慈しみといった穏やかな語です。ですが、SEEのFiを書くときのStratiyevskayaは、「操作的」という語を使います。
Filatovaは、SEE章で位置2(創造機能)のFiを扱う節に、こう書いています。
SEEは人々を、その気分や欲望を、見事に操る。彼は注目の中心にいることを好み、自分のアイデアで人々を惹きつけ、率いていき、自分の力と権力を感じることを好む。彼の政治手法で最も好まれるのは「分割して統治せよ!」である。(中略)彼は容易に喧嘩をするが、同じくらい容易に仲直りもする。まるで、自分にはっきりと見えている糸を、遊びながら引っ張っているかのようである。その際、周囲の人々に自分についての良い評価を保たせること、彼らの目から見て面目を失わないこと、自分の才能と卓越性を強調することが、彼にとって重要である。
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СЭЭ великолепно манипулирует людьми, их настроениями, желаниями. Он любит быть в центре внимания, увлекать своими идеями, вести за собой, чувствовать свою силу и власть. Наиболее излюбленный прием его политики — «разделяй и властвуй!»〔中略〕Он легко ссорится, но также и легко мирится, словно играя и дергая за хорошо видные ему ниточки. При этом ему важно сохранить у окружающих хорошее мнение о себе, не уронить себя в их глазах, подчеркнуть свою талантливость и исключительность.
Filatovaが書くSEEのFiは、人の気分や欲望に働きかけて、人を動かす力です。糸を遊びながら引くというたとえからは、関係を固定せず場面ごとに組み替える姿が分かります。
Yermakは、同じ側面の意味を「関係」の1語にまとめています。
一定の関係はしばしば 愛 として定義される(愛—関係)。エネルギー状態の関係に関する情報を含む情報構成要素(アスペクト)の意味論は、「関係」という用語で定義することができる。憎しみ、道徳 などの語も、意味の上で、ある状態の関係に関する情報を含む。ソシオニクス文献では、このアスペクトの他の名称も見られる—内向倫理、関係倫理。
つまり、愛も憎しみも道徳も、状態どうしの関係を指す点で、同じFiの情報だということです。そのため、Filatovaの書く喧嘩と仲直りは、どちらもFiの範囲に入ります。
このように、人と人のあいだの引き合いと反発を扱う点で、Fiの定義はまとまっています。
SEEにおけるSe・Fiの結合
SEEのタイプ記述では、2つの要素が組で現れます。Stratiyevskayaは、SEE記述の位置2の節で、この組をこう書いています。
まさに、SEE〔原文: カエサル〕の関係倫理が意志感覚の影響下で形成される(より正確には、それを実装する)ために、最大限主義がその際立った特徴となる。しかし当然ながら、SEE〔原文: カエサル〕の倫理は首尾一貫したものではありえないし、そうあるべきでもない:実現機能—常に操作的、常に知性のプログラムに必要なものである。SEE〔原文: カエサル〕の場合、意志感覚—不可侵で、プログラム的な側面であり、関係倫理は単に「力の配置」を整えるだけである:力の比率が変わる—倫理も変わる。
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Именно потому, что этика отношений у Цезаря формируется под влиянием волевой сенсорики (точнее, ее реализует), максимализм является ее отличительной чертой. Но, само собой разумеется, этика Цезаря не может и не должна быть последовательной: реализационная функция — всегда манипулятивная, всегда такая, какая нужна программе интеллекта. В случае Цезаря волевая сенсорика — аспект незыблемый, программный, а этика отношений только оформляет "расстановку сил": меняется силовое соотношение — меняется и этика.
Stratiyevskayaの「実現機能」は、位置2(創造機能)のことです。言い換えると、SEEの倫理は、Seが立てた目標に合わせて力の配置を整える手段だということです。首尾一貫しないことも「そうあるべきでもない」と書き、創造機能の性質として扱っています。
Filatovaは、トルストイ『戦争と平和』のナポレオンをSEEとして読み、Seの現れをこう書いています。
つまり、この世界における主人という自己感覚—今の場合は、諸民族とその運命の主人という感覚—これこそ彼を戦争へ駆り立てる原因である。その際、ナポレオンにとって力と正しさは実質的に同義語だ、というきわめて特徴的な指摘に注目してほしい。世界を支配するのは力である。これはすべて、意志の感覚(中略)の現れの証拠である。
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Итак, ощущение себя хозяином в этом мире, в настоящем случае — хозяином народов и их судеб — вот та причина, которая толкает его на войну. При этом обратите внимание на очень характерное замечание о том, что для Наполеона сила и правота — по существу, синонимы. Миром правит сила. Все это — свидетельства проявления волевой сенсорики
ここでいう意志の感覚は、Seのことです。Filatovaは、力と正しさを同じものとみなす感覚を、Seの現れとして取り出しています。
続けてFilatovaは、同じ人物のFiの現れをこう取り出しています。
では、皇帝アレクサンドルへの忠誠についての最後の段落をもう一度読んでほしい。ここで語られているのはもう、ナポレオンが、その拡張の流儀にもかかわらず、文明人らしく見えたがっており、その役割を演じようとしている、ということである。そしてこれは—関係の倫理(中略)の機能の現れである。(中略)息子の肖像画とのナポレオンを描いた次の場面では、より大きな崇拝を、したがってより大きな権力を勝ち取るために、あれこれの都合のよい役割を演じながら人々をじかに操作する彼の傾向の、直接の裏づけに出会う。
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А теперь прочтите еще раз последний абзац о преданности императору Александру. Тут уже речь идет о том, что Наполеону, при всех его замашках экспансии, хочется выглядеть цивилизованным человеком, и он пытается играть роль такового, а это — уже проявление функции этики отношений〔中略〕В следующем отрывке, посвященном сцене описания Наполеона с портретом сына, мы встречаем прямое подтверждение тому, что он склонен прямо манипулировать людьми, играя ту или иную подходящую роль, чтобы добиться большего поклонения и, соответственно, большей власти
上の引用にある関係の倫理は、Fiのことです。ナポレオンのFiは、崇拝と権力を得るために、場面に合う役割を演じる働きです。役割を選ぶ基準は、Seの目的である権力に置かれています。
力点は2人で異なります。Stratiyevskayaは倫理が力の比率に合わせて変わる一貫性のなさを書き、Filatovaは見せたい自分の姿を演じることを書いています。
小括します。Seは「力と意志で自分の場所を保ち、広げること」、Fiは「人と人のあいだの引き合いと反発」で、研究者間の定義は語の揺れを除けばまとまっています。SEE固有の論点は結合の向きです。StratiyevskayaとFilatovaはどちらも、FiをSeの目的に仕える手段として書いています。
05アウシュラの記述
アウシュラは、SEEを、感情と主導権を隠さずに人へ向け、状況を身体で片づけようとするタイプとして書いています。
ただし、アウシュラにはSEEを主題にした章がありません。記述は、双対の節、超自我関係の例、愛の意識性の節、レイニン特性の実例に分かれて出てきます。どの箇所でもSEEは、別のタイプとの対か、感覚型のような大きなまとまりの一例として書かれています。底本は『ソシオニクス入門』(1998年)と『レイニン特性の理論』(1998年)です。
感情を隠さず、賛嘆を口にする
SEEと双対のILIを並べた節で、アウシュラは、SEEの感情の出し方をこう書いています。
感覚倫理外向は、自分の感情を隠さないどころか、むしろそれを誇る。それが自分の内的な気分に合っていれば、比較的たやすく賛嘆を表に出す。言葉でも、まなざしでも。
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Сенсорно-этический экстраверт не только не скрывает своих чувств, но, наоборот, ими гордится. Сравнительно легко, если это отвечает его внутрен- нему настроению, выказывает свое восхищение. И словами, и взглядами.
言い換えると、SEEは気に入ったものへの好意を、ためらわずに口に出すということです。アウシュラは、SEEが感情を見せることを誇りにしている点に力点を置いています。「自分の内的な気分に合っていれば」という条件からは、賛嘆を出すかどうかが、そのときの気分に左右されることも分かります。
同じ節で、アウシュラは、身の回りへの関心と活動の構えをこう書いています。
感覚倫理外向は、すべての感覚型と同様に、身の回りの美しさ、清潔さ、秩序に多くの注意を払う。たいていは生まれつきの趣味と呼ばれるものを持ち、着こなしがうまく、周りの人にも同じことを求める。パートナーの身体的な条件に注意深い。あらゆる活動において、きわめてイニシアチブがある。
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Сенсорно-этический экстраверт, как и все сен- сорные, много внимания уделяет эстетике окружс- 〔中略〕 ния, чистоте, порядку. Он чаще всего обладает тем, что называется врожденным вкусом, умеет хорошо одеваться и того же требует от окружающих. Вни- мателен к физическим данным партнера. Во всей своей деятельности очень инициативен.
つまり、SEEの気配りは目に見えるものと身体に向き、行動ではいつも自分から口火を切るということです。身の回りの美しさ・清潔さ・秩序への関心は、アウシュラが感覚型すべてに共通するものとして書いた部分です。活動での主導性は、位置1(主導機能)のSe(外向感覚)の記述と読めます。
人を率いることには迷わず、客観的なものには慎重
タイプ間関係の章で、アウシュラは、超自我関係の最初の例にSEEを挙げてこう書いています。
感覚倫理外向(中略)は直観論理外向(中略)との超自我関係にある。前者は人々への自分の影響力、彼らの愛情と尊敬、人気を誇り、喜んで人々を率い、大胆で恋愛において「断定的」であるが、客観的世界との関係においてはきわめて慎重であり、新しい科学的観念に、一般にすべての客観的なものに対して不信感をもつ。その良心が清いのは、客観的世界ではなく人々を操作するときのみである。
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СЕНСОРНО-ЭТИЧЕСКИЙ ЭКСТРАТИМ 〔中略〕 в отношениях суперэго с ИНТУИТИВНО- 〔中略〕 ЛОГИЧЕСКИМ ЭКСТРАТИМОМ (ТАП). Первый из них гордится своим влиянием на людей, их любо- вью и уважением, популярностью, с удовольствием ведет людей за собой, смел и «категоричен» в эроти- ке, но исключительно осторожен в отношениях с объ- ективным миром, недоверчив к новым научным идеям и вообще ко всему объективному. Его совесть чиста только тогда, когда он манипулирует людьми, а не объективным миром.
上の引用のエクストラティムは外向型のことで、前者はSEE、後者はILEです。言い換えると、SEEは人を動かすことには自信を持ち、理論や客観的な事実には用心深いということです。
ILEの自我ブロックにあるNe(外向直観)とTi(内向論理)は、SEEでは超自我ブロックの位置3(規範機能)と位置4(脆弱機能)に入ります。新しい科学的観念への不信は、超自我にあるこの2つの要素への慎重さと読めます。最後の一文でアウシュラは、人を相手にするときにだけ後ろめたさがないと書いています。
過程の連続を、身体の感覚として受け取る
『レイニン特性の理論』の「感覚について」の節で、アウシュラは、自分とSEEを並べてこう書いています。
すべての感情の基礎には、特定の身体感覚がある。私にとって最もリアルな感覚が白い感覚—他の対象に触れることで規定される感覚—であるのと同じく、SEE〔原文: ナポレオン〕にとってそれは白い直観—何らかの過程や作業の連続から生じる身体感覚—である。
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Что в основе всех чувств — определённые физические ощущения. Как для меня самым реальным ощущением есть белая сенсорика — ощущения, определяемые прикосновением к другим объектам, так для Наполеона — белая интуиция — физические ощущения, возникающие от последовательности каких-то процессов или работ.
上の引用にある白い直観はNi(内向直観)、白い感覚はSi(内向感覚)のことです。つまり、SEEにとって最も確かな感覚は、物事が順に進む流れから生じる身体の感覚だということです。
SEEのNiは、超イドブロックの位置5(暗示機能)に入ります。アウシュラ自身のタイプはILEとされ、SiはILEの位置5の要素です。この一節は、自分とSEEを、どちらも位置5の要素で比べていることになります。
状況を手で片づける
レイニン特性の頑固(当サイトの表記では利益)の側を説明する節で、アウシュラは、SEEとILEの夫婦を例にこう書いています。
状況的な黒い論理は、身振りや打撃に現れる。たとえばSEEは物を投げつけることができる。ほかの夫婦の組ではこれほどはっきりと法則的には現れないのかもしれないが、SEEとILEの組では、前者は手を出し、後者は声を張り上げる。
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Ситуативная чёрная логика проявляется в жестах или ударах. Например, (СЭЭ) способен бросать вещи. Возможно, в других брачных парах это так явно и закономерно на проявляется, но в паре (СЭЭ) — (ИЛЭ) первый пускает в дело руки, а второй — надрывает горло.
黒い論理はTe(外向論理)のことで、SEEでは超イドの位置6(動員機能)に入ります。言い換えると、アウシュラは、SEEではその場に応じた論理が身振りや手の動きに出ると見ています。
相手のILEは、ここでは声を張り上げる側に置かれています。アウシュラは、ほかの夫婦の組では同じようにはっきり出ないかもしれないと、観察の範囲に留保をつけています。
選んだ相手を愛する
愛が意識的か無意識的かを論じた節で、アウシュラは、感覚倫理のタイプの愛し方をこう書いています。
自分の意志で選んだ者を愛するとき、すなわち何らかの優位性によって他者のなかから際立っている者を、より興味深く、価値があり、手に入る者を愛するとき、愛は意識に従属している。これは選択による愛である。対象が期待に応えなければ、より適切な別の対象を見つける可能性が存在すれば、彼からかなり穏やかに離れる(中略)しかしこのように愛するのはすべての人ではない。感覚倫理的情報代謝タイプの人格のみがこのように愛する。
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Когда любят того, кого по собственной воле выбира- ют среди других, потому что он отличается какими- то преимуществами, является более интересным, цен- ным или доступным, любовь подчинена сознанию. Это — любовь по выбору. Если объект не оправды- вает надежд и имеется возможность найти другой объект, более подходящий, от него довольно спокой- но отказываются. 〔中略〕 Но так любят не все. Так любят только личности с сенсорно-этическим типом ИМ.
つまり、SEEにとって愛は、意識して相手を選ぶところから始まるということです。上の引用の感覚倫理的なタイプはSEEとSEIの2つで、アウシュラは、この愛し方をこの2タイプだけのものとしています。
アウシュラはこれを選択による愛と呼び、選ぶ基準に「興味深い」「価値がある」と並べて「手に入る」を入れています。期待に応えない相手から穏やかに離れることも、選択の一部として書かれています。
小括します。アウシュラのSEE記述の要点は3点です。
第一に、感情と主導権を隠さずに人へ向けることです。好意を誇りとして口にし、どの活動でも自分から先に動きます。
第二に、人を率いることには自信を持ち、客観的なものには慎重になるという対比です。超自我関係の例では、理論や新しい科学的観念への不信として書かれています。
第三に、超イドの要素を身体の感覚や手の動きとして書いていることです。位置5のNiは過程の連続から生じる身体の感覚として、位置6のTeは身振りや打撃として出るとされます。
書き方の面では、SEEを主題にした章がなく、別のタイプとの対や、感覚型・頑固の側の一例として書く形になっています。
06Reininの記述
Grigory Reininは、SEEを、考える前に動き、自分の縄張りの中で自分を評価する指導者として書いています。Reininは数学者で、15の二分法特性(レイニン特性)と小集団理論の提唱者として知られます。SEEの記述は、主著『ソシオニクス:類型論・小集団』(英語版2010年)のSEE節と、同書第III部の状況別の助言にあります。
Reininは機能を、第1〜第4機能と、陰性の第-1〜第-4機能という独自の番号で呼びます。SEEでは第1がSe、第2がFi、第3がTe、第4がNi、第-3がTi、第-4がNeです。第1と第2は当サイトの位置1・位置2と同じですが、第3機能のTeは位置6(動員機能)、第-4機能のNeは位置3(規範機能)です。第-3機能のTiは位置4(脆弱機能)、第4機能のNiは位置5(暗示機能)になります。
存在原理—行動の人
Reininは、位置1(主導機能)のSeを「自信の領域」として、SEEの記述をこう書き出しています。
行動、行為、外見が彼の自信の領域にある。SEE〔原文: ナポレオン〕は行動の人である。彼は次のような存在原理を有する—「私は行動する、ゆえに私は存在する」、また「私には誰も教えなくてよい、私は何をすべきか知っている」。しばしばこのタイプは考える前に何かをする。「まず敵と交戦し、その後で何が起こるかを見ろ」「戦争は計画を明らかにする」のような軍事的格言は、計画と行動の二分法に対するSEE〔原文: ナポレオン〕のアプローチを非常によく特徴付ける。彼らの手は頭が考えるよりも速く動く—彼らは結果に対する責任を引き受ける行動の人々である。
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action, deed, appearance are in his zone of confidence. A Napoleon is a man of actions. He has the following principles of existence: “I am active, therefore I exist” and “I do not need anyone to teach me, I know what I am supposed to do”. Often this type does something before he thinks. Military proverbs like "First engage the enemy, then see what happens" and “The war reveals the plan” are very characteristic of a Napoleon's approach to the dichotomy planning vs. action. Their hands move faster than their heads think: they are people of action who accept responsibility for the consequences.
言い換えると、SEEは、動いていること自体を存在の証しにしているということです。手が頭より先に動くことを、Reininは結果の責任を自分で引き受けることと組にして書いています。
創造の領域—態度を示す指導者
Reininは、位置2(創造機能)のFiを「創造性の領域」と呼び、SEEが指導者になる理由をこう書いています。
創造性の領域は、世界、人々、対象に対する彼の態度、あらゆる事柄についての彼の意見をカバーする。何よりもまず、ここに彼の感情的なリスクがある。SEE〔原文: ナポレオン〕が指導者であるのは、行動や人々に対する自分の態度を容易に表現するからである。彼は指導者の地位を求める—そこでこそ彼の意見が重要となるからである。
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the area of creativity covers his attitude to the world, to people, to objects, his opinion on any subject. First of all here is his emotional risk. A Napoleon is a leader because he easily expresses his attitude to actions or people. He seeks a position of leadership because there his opinion will matter.
つまり、人や物事への態度をためらわずに口に出せることが、SEEを指導者にしているということです。Reininは指導者の地位を意見が重みをもつ場所と説明し、この領域に感情的なリスクがあるとも書いています。
同じ創造の領域について、Reininは軍隊の例をこう書いています。
これは創造機能であるため、否定的な極も肯定的な極も彼にとって容易にアクセス可能である。SEE〔原文: ナポレオン〕は自分の軍隊を見つめてただこう言うことができる—「兵士諸君、私は諸君を愛している!」。10000人がいる—彼は彼ら全員を愛しているのか?事実、彼らは彼が本当に彼らを愛していると知っており、彼らは彼を信頼し、彼に従う。
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Since this is the creative function, both negative and positive poles are easily accessible to him. A Napoleon can just look at his troops and say: “Soldiers, I love you!” There are ten thousand people; does he love them all? The fact is they know he really does love them, and they trust him, and they follow him.
SEEの好意の表明は、大勢に向けたものでも、聞く側に本当のものとして受け取られるとReininは見ています。1万人を1人ずつ愛せるのかと自分で問いを立てたうえで、兵士が信頼して従うことのほうを事実として書いています。
恐怖の領域—先の見えた状況
Reininが「恐怖の領域」と呼ぶ第-4機能は、SEEでは位置3(規範機能)のNeです。Reininは、こう書いています。
もし外的状況が完全に完結しているならば、SEE〔原文: ナポレオン〕には何もすることがない。間隙、調和の破れがあらねばならない。「敵と交戦し、流れに身を任せよ」。考えるべきことは何もないではないか? SEE〔原文: ナポレオン〕にとって、完全に分かっていて明確な状況は行動する機会を与えない。それゆえ彼/彼女は、二股、ストレス、対立を作り出そうとする—さらなる出来事の継起がそれに依存する決定を下さねばならず、何も定まって固定されておらず、未知の状況下で働く必要があるときにこそである。SEE〔原文: ナポレオン〕はしばしば直観的に、本能的に行動する。働いている原理は「分割して征服せよ」である。
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the zone of fears. If the external situation is entirely complete, then a Napoleon has nothing to do. There must be a gap, and a broken harmony. “Engage the enemy, and go with the flow”. What is there to think about? For a Napoleon circumstances that are completely known and clear do not give an opportunity to act, therefore he/she tries to create a bifurcation, a stress, a conflict, when it is necessary to make decision on which further succession of events depends, when there is nothing set and fixed and it is necessary to work in unknown circumstances. A Napoleon often acts intuitively, instinctively. The working principle is “divide and conquer”.
つまり、SEEが避けたいのは、先が全部見えていて自分の出る幕がない状況だということです。そのためSEEは、決めなければ先へ進めない場面を自分で作るとReininは書いています。存在原理の節の「まず敵と交戦し」も、ここで似た格言として繰り返されています。
第3機能(自己評価)と縄張り
Reininの第3機能は自己評価に関わる領域で、SEEでは位置6(動員機能)のTeです。Reininは、その中身を縄張りとして、こう書いています。
自己評価の場所はまず第一に個人的縄張りである。われわれは、各人が第3機能に従って状況を単純化しようとすることを知っている。たとえば、「私が世界を征服したならば、どこが私の縄張りで、どこがそうでないかが明らかになる」。ナポレオン・ボナパルトとアレクサンドロス大王は同様の考えを抱いていた。これは状況の単純化である。これはもちろん極端な事例である。しかしいずれにせよ、このタイプの人物は自分の縄張りの境界、自分が皇帝、主人、所有者であるところを正確に知る必要がある。
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the place of self-estimation is first of all personal territory. We know that each person tries to simplify the situation according to the third function. For example, “When I have conquered the world, then it will be clear where is my territory and where is not”. Napoleon Bonaparte and Alexander the Great entertained similar ideas. This is a simplification of a situation. This is an example of an extreme case, of course. But in any case the person of this type needs to know precisely the boundaries of his territory, where he is the emperor, the master and the owner.
SEEの自己評価は、どこまでが自分の範囲かがはっきりしていることに結びついています。世界の征服はReinin自身が「極端な事例」と断っており、要点は境界を正確に知っておきたいという必要にあります。
Reininは、この縄張りを自分が見た場面として、こう書いています。
私はかつてアエロフロートの航空券売り場で、半数の女性出納係がこのタイプに属していることに気付いた。それぞれが切符窓口のついた小さな事務所をもっており、それが彼女の縄張りであり、列に並んでいる人々に自分の意見をぶつける自由を彼女に与えていた。各々の出納係の女性は自分が空の女神であるかのように感じ、それは表に出ていた。一般に、縄張りの大きさは違いを生まない—SEE〔原文: ナポレオン〕は、彼が街路掃除人であろうと、大国の大統領であろうと、独裁者のように振る舞う。
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I have noticed once that at the Aeroflot ticket booths half of the cashier ladies belonged to this type. Each had a tiny office with a ticket window, and that was her territory that gave her the freedom to vent her opinion to the people in line. Every cashier lady felt like she was the god of the air, and that showed. In general, the size of the territory does not make a difference; a Napoleon acts like a dictator whether he is a street sweeper or a president of a large country.
例えば、切符窓口のような小さな範囲でも、自分の縄張りになれば、そこで意見を遠慮なく言うようになるということです。Reininは街路掃除人と大国の大統領を並べ、縄張りの大きさで振る舞いは変わらないと書いています。
「自分の人々」への忠誠
Reininは、縄張りには土地だけでなく人も含まれるとして、こう書いています。
SEE〔原文: ナポレオン〕にとって「私の縄張り」とは、ただ土地や空間を意味するだけではなく、社会的縄張り—「私の人々」をも意味することがある。SEE〔原文: ナポレオン〕が権力を握ったとき、彼/彼女はまず第一に「自分の人々」を要職に据える。彼らの専門性は、忠誠ほどには重要ではない。SEE〔原文: ナポレオン〕の従業員は、自分の失敗のためよりも、忠誠の欠如のためにトラブルに陥ることのほうが早い。(中略)この場合、遅刻はほとんど裏切り行為になる。SEE〔原文: ナポレオン〕の第3機能は、自分の縄張りの秩序が乱されたとき、大きな否定的フィードバックを受ける。
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For a Napoleon “my territory” does not only mean land or space, it may also be social territory – “my people”. When a Napoleon comes to power, first of all he/she puts “his/her people” in key positions. Their professionalism is less important than their loyalty. An employee of a Napoleon will sooner get in trouble for lack of loyalty than for his failures.〔中略〕In this case being late becomes almost a treachery. A Napoleon's third function gets a major negative feedback when the order of his territory is disrupted.
上の引用にある「私の人々」は、SEEの縄張りに入っている、自分の側についた人々のことです。そのため部下には専門性より忠誠が求められます。Reininの説明では、縄張りの秩序が乱れると、位置6のTeに関わる自己評価が大きく下がります。
問題解決の領域—専門家への敬意
Reininが「問題解決の領域」と呼ぶ第-3機能は、SEEでは位置4(脆弱機能)のTiです。Reininは、こう書いています。
客観的な問題(金銭的、技術的、技術工学的など)に直面したとき、このタイプは専門家の意見、統計、権威ある情報源などに頼る。SEE〔原文: ナポレオン〕は、知性が自分のそれより上だと考える人々の重みのある意見に注意を払う。指導的地位にあるとき、SEE〔原文: ナポレオン〕は常に賢く有能な助言者をもっている(たとえば、ゴルバチョフ(SEE〔原文: ナポレオン〕)にとってのヴェリホフ博士(ILI〔原文: バルザック〕))。唯一無二の専門家は畏敬と尊敬をもって扱われ、許しがたいことも唯一無二の専門家にはしばしば許される。
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problem-solving area. When faced with objective problems (financial, technical, technological, etc.), this type leans on the opinion of experts, statistics, authoritative sources, etc. A Napoleons pays attention to weighty opinions of those people whose intelligence they consider to be above their own. When in a leadership position a Napoleon always has clever, competent advisers (for example, Dr.Velikhov (a Balzac) for Gorbachev (a Napoleon)). Unique experts are treated with awe and respect; unpardonable things are often forgiven to the unique specialists.
位置4のTiについて、Reininは、SEEは自分より知性が上だと認める人の判断を頼りにすると書いています。例のゴルバチョフ(SEE)とヴェリホフ博士(ILI)は双対関係の組で、唯一無二の専門家には多くが許されるとまで続けています。
第III部の助言—予期せぬ出来事
主著の第III部は、状況ごとにタイプへ二人称で助言する形式で書かれています。Reininは、予期せぬ出来事について、SEEにこう助言しています。
予期せぬ出来事?!心配するな、人生は予期せぬことに満ちている。(中略)すべてが始めから終わりまで分かっているなら、人生に何があるか?状況に巻き込まれたいというあなたの願望は名誉あるものであり、しばしば実を結ぶ。それは勝者の戦略だ。
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An unexpected event?! Do not worry, life is full of the unexpected.〔中略〕What’s there in life if everything is known from beginning to end? Your desire to get involved in a situation is honorable and often bears its fruit. It is a winner's strategy.
Reininは、状況に巻き込まれたいという願いを、実を結ぶことの多い戦略として肯定しています。人生が全部分かっていたら何があるのか、という問いは、恐怖の領域の節で見た観察と同じ向きです。
小括します。ReininのSEE記述の軸は3つです。
第一に、行動することを存在原理に置き、先の見えた状況を恐怖の領域として書いたことです。
第二に、位置6のTeを縄張りとして書き、範囲の境界と「自分の人々」の忠誠を自己評価に結びつけたことです。
第三に、位置2のFiで態度を示すことと、位置4のTiで専門家を頼ることから、助言者を横に置く指導者としてのSEEを組み立てたことです。航空券売り場の出納係のようなReinin自身の見聞を、理論の説明のすぐ後に置くのがこの記述の形です。
07Bukalovの記述
Aleksandr Bukalovは、キエフの国際ソシオニクス研究所を率い、機関誌『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』を主宰してきた研究者です。BukalovはSEEを、意志の圧力で問題を一気に片づけ、相手の気持ちも自分へ引きつけるタイプとして書いています。そのうえで、タイプ論を民族や政治家の分析にも使っているのが特徴です。底本は、Wikisocionに再録されたBukalov名義のSEEプロファイルと、機関誌の論文と研究所の資料です。
愛称は、プロファイルでは「シーザー」、機関誌では「ナポレオン」です。ただしBukalovは歴史上のナポレオン本人を別のタイプに分類しており(22章)、愛称と人物本人のタイプは一致しません。
意志の圧力と、押し返されたときの反発
Bukalovは、SEEが目標へ向かうときの意志の使い方を、こう書いています。
このタイプの人々は意志力が十分に発達しており、「突破力」のある品質を与え、他の人々のそうした資質をよく見抜く。目標を達成するために、「SEE〔原文: シーザー〕」はしばしば成功裡に強い意志の圧力を用い、多くの問題を一気に、勢いで解決しようとすることが多い。かつてユリウス・カエサルはローマ元老院にある町の占領を報告した:「来た、見た、勝った…」もしその問題が即座の解決ができず、「SEE〔原文: シーザー〕」が抵抗に遭遇すると、冷めてしまい、後からまた取り組む。抵抗されると、もし圧力をかけられれば、彼はそれに抵抗し、興奮して楽しみながらそうする。これは特に物理的な力の行使に当てはまる(主に男性)。自分自身は力を見せないが、それを自覚しており、見下すような、傲慢な態度で時には他者に接する。
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People of this type have a well-developed willpower, giving them a “punch” quality, and well see those qualities in other people. To achieve its goals, “Caesar” is often and successfully uses strong-willed head, often trying to solve many of the problems with the course, swoop. So Julius Caesar, the Roman senate reported the capture of a town: “Veni Vidi won…” If the problem can not be instantaneous resolution and “Caesar” meets resistance, it can cool off and come back to it. Resist if it put pressure, and does it with pleasure, getting excited. This is especially true physical force action (mostly men). Sam does not show its strength, but is aware of it and condescending, arrogant and sometimes refers to others.
言い換えると、SEEは問題を勢いで一度に片づけ、片づかなければいったん冷めて出直すということです。位置1(主導機能)のSe(外向感覚)を、押し返されると楽しみながら抵抗する意志として書いています。
相手を引きつけ、感情を動かす
Bukalovは、SEEの人との関わり方を、こう書いています。
人々との関係において、「SEE〔原文: シーザー〕」は常に良好な関係を維持しようと努め、対話者を自分に引きつけ、相手の感情をコントロールすることができる。巧みに異性に求愛し、容易に相互の好意を得る—ユリウス・カエサルやアレクサンドル・プーシキンの「恋愛」冒険の伝説を思い出されたい。このタイプの人々の中には優れた演説家や作家がいる—キケロ、トルストイ、D.バイロン。
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With people “Caesar” always strives to maintain good relations, is able to place the interlocutor to himself, to control his feelings. Cleverly takes care of the opposite sex, easily achieves mutuality - remember the legend of the “amorous” adventures of Julius Caesar or Alexander Pushkin. Among the people of this type are excellent speakers and writers - Cicero, Tolstoy, D. Byron.
つまり、SEEは相手とよい関係を保ちながら、相手の感情を自分の側へ動かすこともできるということです。位置2(創造機能)のFi(内向倫理)を、人を引きつける力として書いたものと読めます。
筋が通らないと言われることへの苛立ち
Bukalovは、SEEが自分の行動を批判される場面を、こう書いています。
彼は自分の行動の非合理性や非論理性を指摘されることを嫌う。彼は怒り出し、苛立ちや激怒に至ることがある。特に何かが理解できない時にそうなる。もし何かの仕事に取りかかろうとしている時に懐疑的な予測を聞くと、それがしばしば彼にその件で腕試しをする気にさせる。こうしてプーシキンは、金髪の男の手による死を予言した占い師に対して、出会うすべての金髪の男と喧嘩を探した。
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He does not like to be told to irrationality, illogicality of the behavior; It can flare up, come to the irritation or rabies, especially if something does not understand. If was up to any deal and hears skeptical predictions, it often prompts him to try his hand in this matter. So Pushkin, a fortune teller who predicted the death of the blond man’s hand, looking for a quarrel with all the blondes who met him.
SEEの位置4(脆弱機能)はTi(内向論理)です。Bukalovは、行動の筋が通らないと指摘されると強く苛立つと書いています。占い師の逸話は、懐疑的な予測がかえって挑戦のきっかけになる例です。
研究所の発言集に並ぶSEEの言葉
Bukalovらが1997年に機関誌に載せた研究所の資料では、SEEとされた人たちが、仕事の進め方について、こう話しています。
私のスタイルは、すばやさ。私は向こう見ずな人間だ。(中略)人を指揮するのが好き。部下が1人でもいなかったら、仕事ができないと思っている!(中略)目標が見えたら、せっつき始める。労働者とも、その人の言葉で話ができる。
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Мой стиль - это стремительность. Я человек безрассудный.(中略)Люблю руководить людьми. Я считаю, что если хоть одного человека нет в подчинении, то не могу работать!(中略)Если я вижу какую-то цель, то начинаю пинать. Могу поговорить и с рабочим на его языке.
言い換えると、本人たちはすばやさと、人を指揮する立場を、自分の特徴に挙げているということです。資料は被験者の自己申告を並べたもので、「目標が見えたら、せっつき始める」はプロファイルの勢いの記述と同じ向きです。
「性的パートナーシップ」のモジュール
Bukalovは共著論文で、人類の進化を情報代謝の機能構造から書き直し、進化の中でできた行動の型をモジュールとして並べています。その一つ「性的パートナーシップ」について、こう書いています。
性的魅力、愛、パートナーに忠実であろうとするか、彼を捨てようとする感情を含む。このモジュールは、外向的・意志的センサリーと、創造的な倫理的関係の組み合わせに対応し、これは感覚倫理外向(SEE、●(Se)▽(Fi))に固有である。このタイプの代表者はしばしば性的魅力にアクセントを置き、容易に関係(親密な関係を含む)を確立し、それらに創造的に接し、必要に応じて比較的容易にそれらを断絶し、パートナーを変える。
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включая чувства сексуальной привлекательности, любви и стремления остаться верным партнеру или его покинуть. Этот модуль соответствует экстравертированной, волевой сенсорике в сочетании с творческой этикой отношений, что свойственно сенсорно-этическому экстраверту (СЭЭ, ). Представители этого типа нередко делают акцент на сексуальную привлекательность, легко устанавливают отношения, в том числе интимные, творчески относятся к ним, при необходимости довольно легко разрывают их, меняя партнеров.
上の引用にある外向的・意志的センサリーはSe、創造的な倫理的関係は位置2のFiのことです。Bukalovらはこの2つの組み合わせからSEEをこのモジュールに割り当て、プロファイルの求愛の記述に、関係を必要なら断つ側面を加えています。
民族にタイプを割り当てる
Bukalovは、民族をひとまとまりの人格と見たときのタイプを統合型と呼び、そのタイプで国の歴史を説明しています。ムッソリーニの権力掌握については、こう書いています。
ムッソリーニについて言えば、彼はかなり穏やかにイタリアで権力を奪取した。彼の黒シャツ隊は単にローマに進軍し、そこで彼にこの権力が引き渡された。何ら衝突も内戦もなかった。彼は平穏に、特別な流血なくイタリアの独裁者となった。イタリアは右の社会進歩の国であり、統合型は—感覚-倫理型外向、●(Se)▽(Fi)すなわち SEE=ナポレオン。
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Что касается Муссолини, то он достаточно спокойно взял власть в Италии, его чернорубашечники просто пошли на Рим, где ему эту власть отдали. Не было никаких столкновений, никакой гражданской войны. Он мирно, без особого кровопролития стал итальянским диктатором. Италия — страна правого соцпрогресса, интегральный тип — сенсорноэтический экстраверт, , СЭЭ.
上の引用にある「右の社会進歩」は、Bukalovが民族を分ける2つの側の一方です。同じ論文では、右の側は局面の交代がなだらかに進み、左の側は流血を伴いやすいとされ、統合型がSEEのイタリアは右の側に置かれています。
歴史の解析に使う—ゴルバチョフ
Bukalovは、ソ連の最後の書記長ゴルバチョフをSEEとし、その改革の進め方を、こう書いています。
ゴルバチョフは—感覚-倫理型外向(●(Se)▽(Fi)すなわち SEE=ナポレオン)。ソ連共産党中央委員会書記長として彼は「人間的顔をした社会主義」、すなわちこのシステムを倫理に沿って再編し、「社交界に出る」ことが恥ずかしくないようにすることを望んだ。そして彼はこれを滑らかに、漸進的に、少しずつ、ちょっとずつ行いたかった。しかし彼がイデオロギー的力的手綱を緩め始めるや、すべてが沸き立った。
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Горбачев — сенсорно-этический экстраверт ( , СЭЭ). Как Генеральный секретарь КПСС он хотел создать «социализм с человеческим лицом», то есть перестроить эту систему по этике так, чтобы ему не было стыдно выезжать «в свет». И он это хотел делать плавно, постепенно, по чуть-чуть, понемножку. Но как только он начал ослаблять идеологические силовые вожжи — сразу все вскипело.
Bukalovの見立てでは、ゴルバチョフは体制を倫理の側から作り直し、少しずつ進めたかったということです。プロファイルの「一気に、勢いで」とは違う進め方で、統制をゆるめたとたんに事態が沸き立ったという結果まで書かれています。
小括します。BukalovのSEEプロファイルは、意志の圧力で一気に片づける姿と、相手を引きつけて感情を動かす姿を並べ、筋が通らないと言われることへの苛立ちを加えています。論文では、SEEを性的パートナーシップのモジュールに割り当て、さらに民族や政治家の分析にまでタイプを使っています。ゴルバチョフの改革は、プロファイルの勢いとは逆の、少しずつ進める形で書かれています。
08Stratiyevskayaの記述
Vera Stratiyevskayaは、16タイプの長文プロファイルと、クアドラ・関係中心の著書『お別れしないために』で知られる研究者です。彼女はSEEの意志を、人を抑える力ではなく、個性を表して認められるための力として書きます。そのうえで、その努力が裏目に出る場面を細かく記録しています。
Stratiyevskayaは、SEEを「カエサル」と呼びます。書籍のSEE節は位置1から位置8までの要素ごとに分かれ、筆致は実例と文学作品が多く、断定が強いのが特徴です。
意志は個性を表すために使われる
Stratiyevskayaは、位置1(主導機能)のSeの意志が何を守るのかを、こう書いています。
このタイプの人間には、自身の利益(および「自分のチーム」の利益)の意志的防御、自身の優先性のいかなる代償をも払う防御が特徴的である。しかし直接的・容赦ない抑圧の目的のためではなく、自身の創造的・倫理的潜在能力の最大限の実現のため、自身の鮮やかな個性の最も完全な表現のため、自身の倫理的目標と課題の実現のためにである。
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Для человека этого типа характерна волевая защита собственных интересов ( и интересов "своей команды"), защита собственного приоритета любой ценой. Но не с целью прямого и беспощадного подавления, а для максимальной реализации собственного творческого и этического потенциала, для наиболее полного выражения собственной яркой индивидуальности, для реализации собственных этических целей и задач.
言い換えると、SEEが自分と仲間の利益を強く守るのは、相手を押さえつけるためではなく、自分の才能と個性を表しきるためだということです。目的に「倫理的」な能力と目標が並ぶので、位置1のSeの意志は位置2(創造機能)のFiと一続きと読めます。
目標への突進
Stratiyevskayaは、SEEが目標へ向かうときの勢いを、実例をつけてこう書いています。
SEE〔原文: カエサル〕は設定された目標を容易にそして迅速に達成しようと努める。選んだ事業に夢中で取り組み、成功達成のために費やされた努力を考慮せず、SEE〔原文: カエサル〕は例外的な勤勉さに、健全な常識にすら反する任意の犠牲にも、能力がある。(たとえば:このタイプの代表者の一人、駆け出しの女性歌手は、同時に三人のヴォーカル教師のもとで学びながら自身の声を「鍛え」ていた。残念ながら、結果は費やされた努力に見合わなかった。)
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Цезарь старается легко и быстро добиваться поставленных целей. Увлеченно занимаясь выбранным делом, не считаясь с затраченными для достижения успеха усилиями, Цезарь способен на исключительную работоспособность и на любые, даже противоречащие здравому смыслу жертвы. (Например: одна из представительниц этого типа, начинающая певица "ставила" себе голос, занимаясь одновременно у трех преподавателей вокала. К сожалению, результат не оправдал затраченных усилий.)
つまり、SEEの勤勉さは、費やす努力の量を勘定に入れずに全力を出す形をとるということです。歌手の例では、その努力が結果に見合わなかったことまで書き添えています。
主導権を求める努力が裏目に出るとき
Stratiyevskayaは、SEEの主導性と、それが本人にどう返るかを、こう書いています。
例外的に主導的であり、文字通り他人の人生に、他人の関係に「闖入」することができる。それゆえ、しばしば厚かましい者、尊大な者の印象を与える。しばしば無遠慮で押し付けがましいこともある。
主導権をいかなる代償でも奪取しようとする努力の中で、SEE〔原文: カエサル〕はしばしば自身を最良ではない形で発揮し、それゆえ時には居心地悪い状況に陥り、時には単に哀れだったり滑稽だったりする。(中略)SEE〔原文: カエサル〕にとって、(まさに)権威、人気、好意を勝ち取ろうとする彼の努力のすべてが、正反対の結果をもたらすのを見ることほど痛いことはない。SEE〔原文: カエサル〕の名誉のために言えば、彼は自身の誤りの事実を認めることができ、自身の罪を公的に認めることもできる。もっとも、おそらくこれは彼にとって他人より重く感じられるのであろうが。
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Исключительно инициативен, может буквально "вломиться" в чужую жизнь, в чужие отношения, из-за чего нередко производит впечатление наглеца и нахала. Часто бывает бесцеремонен и навязчив. В стремлении захватить инициативу любой ценой Цезарь часто проявляет себя далеко не лучшим образом, из-за чего иногда попадает в неловкую ситуацию, иногда бывает просто жалок или смешон. (О чем не дай Бог ему сказать.) Нет ничего больнее для Цезаря, чем видеть, что все его старания завоевать (именно завоевать) авторитет, популярность или расположение, приводят к диаметрально противоположным результатам. К чести Цезаря, он умеет признавать факт собственных ошибок и способен публично признать свою вину, хотя возможно это ему дается тяжелее, чем другим.
上の引用にある「闖入」は、頼まれていないのに他人の生活や人間関係へ入っていくことです。言い換えると、SEEにとっては、権威や好意を得ようとした努力が逆の結果を生むことが何よりつらいということです。そのうえで、誤りを公に認める力も添えています。
敵と友が入れ替わる
Stratiyevskayaは、位置2(創造機能)のFiについて、こう書いています。
絶えず自身の倫理的影響領域の拡大のために闘う。彼を一種の「倫理的占領者」と見ることができる。しかしSEE〔原文: カエサル〕の自身の影響圏内での行動は混乱し、非首尾一貫的、しばしば非倫理的である。倫理的戦術が絶えず変わり、「信頼できる人物」が変わり、敵・友が変わり、絶えず意志的圧力と情緒的影響の中心が移動する。SEE〔原文: カエサル〕が最も自覚していないのは、起こっているすべてが—自身の何らかの具体的な行動への反応にすぎないということである。(中略)いずれにせよ、彼の行為がどう評価されるとしても、SEE〔原文: カエサル〕は真摯に「すべてが最良になるように」と望んでいる。彼は実際に、できるだけ皆が満足するようすべてを和らげようと努め、すべての人にとって良くあろうと努める。
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Постоянно борется за расширение сферы своего этического влияния. Его можно считать своего рода "этическим захватчиком". Но действия Цезаря в зоне своего влияния сумбурны, непоследовательны и зачастую неэтичны. Постоянно меняется этическая тактика, меняются "доверенные лица", меняются друзья-враги, постоянно смещаются центры волевого давления и эмоционального воздействия. Цезарь менее всего осознает, что все происходящее — это только реакция на какие-то его конкретные действия.〔中略〕В любом случае, как бы ни расценивались его поступки, Цезарь искренне хочет "чтобы все было как лучше". Он действительно старается как можно лучше все уладить, чтобы все им были довольны, старается для всех быть хорошим.
上の引用の「倫理的占領者」は、人との関係で影響の範囲を広げ続ける人のことです。そのうえで、範囲の中での振る舞いは一貫しないと見ています。ですが、評価がどうであれ、本人は真摯に皆にとって良くあろうとしているとも書いています。
非論理性を指摘されたとき
Stratiyevskayaは、位置4(脆弱機能)のTiについて、こう書いています。
SEE〔原文: カエサル〕にとって、自身の行為を綿密に考え抜き、用心深く思慮深く振舞うことの必要性は深刻な問題である。自身の行動の非論理性についての指摘を彼は耐えられない。自身の行動において首尾一貫していることへの要求は彼を激怒させる。彼にとって特徴的なのは、それが彼に要求されない限り、彼が尊敬され、考慮されている限りは、賢く論理的に行動することだ。しかし彼の非論理性に注意を集中させた途端に、彼のすべての行動は即座に論理的に統制されなくなり、無秩序でパニック的な慌てふためきの性格を帯びるのである。
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Для Цезаря серьезную проблему представляет необходимость тщательно продумывать свои поступки, вести себя осмотрительно и рассудительно. Замечаний в нелогичности собственных действий он не переносит. Требование быть последовательным в своих действиях выводит его из себя. Для него характерно поступать умно и логично только до тех пор, пока этого от него не требуют, пока его уважают и с ним считаются. Но стоит только акцентировать внимание на его нелогичности, как все его действия сразу же перестают логически контролироваться и приобретают характер беспорядочной, панической суеты.
言い換えると、SEEは尊重されている間は筋の通った行動がとれるのに、非論理性を指摘された途端に行動がまとまらなくなるということです。論理が苦手なことより、そこへ注意を向けられることが行動を乱す原因として書かれています。
先のことを考えるのを避ける
Stratiyevskayaは、位置5(暗示機能)のNiについて、SEEと未来の関係をこう書いています。
仕事のプロセスに夢中になるあまり、SEE〔原文: カエサル〕はしばしばその無展望性に気づかない。だから彼は時に、これから先どうなるか、後で何が起こるかを考えるのを恐れる。SEE〔原文: カエサル〕にとっては、未来のことを考えずに今日という日を生きるほうが楽である。今日の軽率さの代償を後で高くつくとしても、彼は自分の未来には自分が望むものだけを見たがる。だからこそ、起こりうる問題についての情報を、その重要性を全て認識しているにもかかわらず、非常に渋々と受け取る。
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Увлекаясь процессом работы, Цезарь часто не замечает ее бесперспективности. Поэтому он иногда боится задумываться о том, что будет дальше или что произойдет потом. Цезарю легче жить сегодняшним днем, не задумываясь о будущем. Хотя за сегодняшнее легкомыслие ему и приходится дорого расплачиваться впоследствии, он предпочитает видеть в своем будущем только то, что для себя желает. Поэтому информацию о возможных проблемах он воспринимает очень неохотно, несмотря на то, что осознает всю ее важность.
つまり、仕事に夢中なSEEは、先の見込みがないことに気づかず、先を考えること自体を怖がる場合があるということです。位置5は人から補ってもらう要素とされますが、問題の情報は、重要さを分かっていながら渋々受け取ると観察しています。
文学例—プーシキンの抒情的脱線
Stratiyevskayaは、位置4のTiの節で、話題が自分の話へ逸れる特徴を、文学作品を例にこう書いています。
このタイプの代表者にもう一つ特徴的な特徴:理由の有無に関係なく、与えられたテーマから自分自身についての話に気を逸らす能力。(明白な例—プーシキンの『エヴゲーニイ・オネーギン』における抒情的脱線。)
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Еще одна характерная для представителей этого типа черта: способность по поводу и без повода отвлекаться от заданной темы на разговоры о себе. (Наглядный пример — пушкинские лирические отступления в "Евгении Онегине".)
上の引用にある抒情的脱線は、プーシキンが韻文小説の筋を離れて、作者自身の思い出や感想を語る部分のことです。彼女は同じSEE節の冒頭で、プーシキンをSEEの代表者に挙げており、作品の特徴をタイプの根拠に使っています。
小括します。StratiyevskayaのSEE記述の特徴は3つあります。
第一に、位置1のSeの意志を、相手を抑えるためでなく、個性を表し認められるために使う力として書いています。
第二に、努力が裏目に出る場面と、批判への反応を細かく記録しています。非論理性を指摘されたときの混乱や、先の見通しを避ける様子がその例です。
第三に、厳しい記述のそばに、誤りを認める力や、皆にとって良くあろうとする動機を添えています。
09Filatovaの記述
Ekaterina Filatovaは、SEEを、状況と人の中心に立ち、すべての主であろうとする人物として書いています。記述の多くは、トルストイ『戦争と平和』のナターシャ、デニーソフ、ナポレオンを例にとって進みます。
彼女はSEEを主導(Se)・創造(Fi)・脆弱(Ti)・暗示(Ni)の4機能で記述します。底本は『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001年)のSEE章と、『戦争と平和』の人物をタイプに沿って読んだ第II部です。
すべての主でありたい
Filatovaは、SEEにとって何がいちばん大事かを、こう書いています。
SEEにとって最も重要なのは、すべての主となることである—状況と周囲の空間、物とお金を掌握し、出来事の中心にいることである。彼は何からでも幸福を作り出すことができる—夜、星々、月の光…彼はそれらを、所有者としてやりくりする。与えたければ与え、そうでなければすべてを奪い取る。彼は自分に自信を持っており、今この瞬間になすべきことを、自分より上手くやれる者はいないと確信している。
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Самое важное для СЭЭ — быть хозяином всего — владеть ситуацией и окружающим пространством, вещами и деньгами, быть в центре событий. Может сделать счастье из чего угодно — ночь, звезды, лунный свет... Он распоряжается этим, как владелец, хочет — дарит, нет — лишит всего. Он уверен в себе, уверен в том, что никто лучше него не справится с тем, что нужно сделать в настоящий момент.
言い換えると、SEEにとっての幸福は、状況も物もお金も自分の手の中にある状態だということです。夜や月の光まで「所有者としてやりくりする」とあり、持つ対象は目に見える物に限られません。
同じ節で、Filatovaは、SEEの押しの強さと勝ち方を、こう書いています。
SEEは強い人格の持ち主であり、抑えがたく自分の目標を追い求め、いかなる代償を払ってでも常にそれを達成しようとする。彼のモットーは「成功あるのみ、勝利あるのみ!」である。押しが強く、物事を押し通す人間であり、この世界を支配するのは力であり、権力と名声への渇望であると考えている。SEEは常にリーダーであり、野心的で、自分自身と自分の正しさに自信を持っている。彼はあらゆる場面で、常に周囲に自分の優越を示そうとする。たとえ自分が間違っていたとしても、自分の面目を失わないように、それどころか勝者に見えるように、事態を提示するやり方を見つけ出す。彼は敗北を認めず、困難な状況で取り乱すどころか、かえって奮い立つ。
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СЭЭ — сильная личность, которая неудержимо стремится к своей цели, всегда и во что бы то ни стало старается достичь ее. Его установка: «Только успех, только победа!». Он человек напористый и пробивной, считает, что миром правит сила, стремление к власти и славе. СЭЭ — всегда лидер, честолюбивый и уверенный в себе, в своей правоте. Он всегда и во всем старается показать окружающим свое превосходство. Даже если оказался неправ — найдет способ представить дело таким образом, чтобы не уронить себя, и даже наоборот — выглядеть победителем. Поражение он не признает, в трудной ситуации не теряется, а напротив — мобилизуется.
SEEは、間違えた場面でも負けを負けとして見せない、とFilatovaは書いています。「世界を支配するのは力」という見方は、このあとのデニーソフの読みでもSEEの考え方として繰り返し挙がります。
感情を「指揮する」ナターシャ
同書の第II部で、Filatovaは、ナターシャの2つの強い機能を、こう分けて書いています。
ナターシャを見よう。その生活上の活動性、自分の取り分をただちに手に入れようとする志向、待つことのできなさと待ちたくなさ(中略)だが、彼女はどうやって自分の望みを遂げるのか。人々の感情を操作し、「指揮する」能力、(中略)気分のニュアンスを捉える能力によってである。
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Вот перед нами Наташа. Ее жизненная активность, стремление немедленно получить причитающееся, неумение и нежелание ждать〔中略〕но как она добивается своего? Умением манипулировать, «дирижировать» чувствами людей, умением уловить нюансы их настроений
Filatovaは、待てない活動性を位置1のSeに、人の感情を動かし「指揮する」力を位置2のFiに振り分けています。ナターシャは、気分のニュアンスを感じ取りながら人を動かして望みを遂げる、という説明です。
学問への敬意
Filatovaは、ナターシャが夫ピエールの学問だけは重んじた場面を引いたあと、その理由をこう書いています。
なぜSEEは学問を重要視するのだろうか。それは、彼自身がこの領域では自分を弱いと感じているからであり、そのことを認めはしないものの、知的な活動の領域こそが彼に大きな敬意を抱かせ、その分野に強い者には感嘆の念を抱かせるのである。
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Почему СЭЭ приписывает большую важность наукам? Да потому, что сам в этой области чувствует себя слабым, хотя и не признается в этом, и все же именно область интеллектуальных занятий вызывает его большое уважение, а те, кто в этом силен — восхищение.
言い換えると、SEEは弱いと感じる領域だからこそ、そこに強い人を尊敬するということです。学問への敬意を弱さの自覚から説明しているので、ここでの弱さは位置4(脆弱機能)のTi(内向論理)の話と読めます。
本気の恋と、人生の役者
Filatovaは、位置2(創造機能)のFiの節で、SEEにとっての愛を、こう書いています。
あらゆる倫理型と同様に、SEEにとっても愛は人生において非常に大きな役割を果たす。彼の活動性が生涯を通じて異性の多くの代表者へと向けられるにもかかわらず、そのたびごとに彼にとって愛は何か特別なもののように思われ、この恋人こそが永遠のものだと、彼は本気で信じている。
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Как и для каждого этика, для СЭЭ огромную роль в жизни имеет любовь. Несмотря на то что его активность в течение жизни распространяется на многих представителей противоположного пола, каждый раз для него любовь кажется чем-то исключительным, и он искренне верит в то, что этот (или эта) возлюбленный (возлюбленная) — навсегда.
SEEは相手が変わっても、そのたびに本気で恋をしている、というのがFilatovaの観察です。人の感情を「指揮する」力と並べて、恋愛感情そのものは本物として書いている点に、この記述の重みがあります。
続けて、Filatovaは、人と関わる場面でのSEEの振る舞いを、こう書いています。
人生における優れた役者であるSEEは、十分な教養水準があれば、外交的な能力を発揮することもできる。人の気分をよく察知するSEEは、困難な時に仲間を支え、熱い関心と共感を示す用意がある。彼はどんな感情的な状況にもただちに入り込み、即座に行動する準備ができている—助け、共感し、非難し、断罪する—起こっていることへの自分の態度を、あらゆる手段によってすぐさま示そうとする。(中略)そして同時に、自分の下す判断が正しいということに、絶対的な確信を持っている。
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Большой актер в жизни, СЭЭ может при достаточном уровне культуры также проявить и дипломатические способности. Хорошо чувствуя настроения, СЭЭ готов поддержать товарища в трудную минуту, проявить горячее участие, сочувствие. Он с ходу включается в любую эмоциональную ситуацию, тут же готов действовать — помочь, посочувствовать, заклеймить, осудить — любым способом немедленно проявить свое отношение к происходящему〔中略〕и при этом абсолютно уверен в правильности своего приговора.
つまり、SEEは人の気分を察して、その場ですぐに自分の態度を示すということです。助けることも断罪することも、同じ即座の反応として並べられています。
出来事が熟すのを待てない
Filatovaは、位置5(暗示機能)のNi(内向直観)について、こう書いています。
自分を取り巻くすべてのもの—人、物、出来事—の外面的な現れをよく見て取ることができるが、SEEはその奥にある意味を理解することができない—よく感じ取るが、深く入り込むことは苦手である。まさにそれゆえに、周囲の人々だけでなく、自分自身、自分の人生における真の位置を正しく評価することも彼には難しい。あらかじめ自分の行動を計画することが難しく、闘争の熱に浮かされて性急さを見せることもある。待つことが苦手なため、特にその必要がない場面でもしばしばリスクを取ってしまう。(中略)SEEは、様々な出来事が熟していく過程をうまく感じ取れず、起こっていることの最終的な結果を見通すことが難しい。
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Хорошо видя внешнее проявление всего, что его окружает — людей, предметов, событий, СЭЭ не может постичь их сокровенного смысла — хорошо ощущает, но плохо проникает вглубь. Именно поэтому ему бывает трудно правильно оценить не только окружающих, но и самого себя, свое истинное место в жизни. Ему трудно заранее спланировать свои действия, в азарте борьбы он может проявить нетерпение. Ему трудно выжидать, поэтому он часто рискует без особой в этом нужды.〔中略〕СЭЭ плохо чувствует назревание тех или иных событий, ему трудно увидеть конечный результат происходящего.
上の引用で言われているのは、SEEには物事の表面は見えても、奥の意味と時間の中での成り行きが見えにくいということです。待てずにリスクを取ることも、Filatovaは同じ見えにくさから説明しています。
ただ、Wikisocionに再録された同じ記述では、この内容が役割機能(Ne)の見出しの下にあります。本文の語はNiのままで、どちらが本人の配置かは2つの資料からは決まりません。
デニーソフの糧食事件
SEEの記述の締めくくりに、Filatovaは、軽騎兵デニーソフが連隊の飢えを見かねて隣の連隊あての糧食を奪った一件を、こう読んでいます。
このエピソードには、この心理タイプのあらゆる特徴がよく表れている。デニーソフは力の立場から行動し、隣の連隊から糧食を奪い取り、泥棒とかっぱらいを殴りつけて自分の感情を抑えることができない。ここには論理の弱さと直観の弱さの両方がはっきりと見て取れる—デニーソフはまず行動し、それから考えるのである。読者に思い起こしていただきたいが、この振る舞いの結果、デニーソフは兵卒への降格処分を受けている。最後に、デニーソフが裁判を恐れていないふりをして虚勢を張っていただけだという指摘にも注目しておこう。SEEにとって、世界を支配するのは力である。そして、自分より弱い者を恐れない一方で、自分より強い者を恐れずにはいられないのである。
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В этом эпизоде хорошо просматриваются все особенности этого психотипа. Денисов действует с позиции силы, отбирая провиант у соседей, он не может сдержать своих эмоций, избивая вора и хапугу. Здесь хорошо заметна и слабость логики, и слабость интуиции, Денисов прежде делает, а потом — думает. Напомним читателю, что эта выходка обернулась для Денисова разжалованием в солдаты. Обратим внимание на последнее замечание о том, что Денисов только хорохорился, будто он не боится суда. Для СЭЭ миром правит сила. И не боясь тех, кто слабее, он не может не бояться тех, кто сильнее его.
言い換えると、デニーソフは結果を考えるより先に手が出るということです。Filatovaは、ここに位置4のTiと位置5のNiの弱さが両方出ていると見ています。さらに強がりの下にある恐れまで拾い、力を信じる見方を本人の弱みとしても書いています。
ナポレオンをSEEとする判定
Filatovaは、4機能のモデルの働きを示す例として、『戦争と平和』のナポレオンとクトゥーゾフを、こう紹介しています。
2人の主要な歴史上の人物—ナポレオン・ボナパルトとミハイル・イラリオーノヴィチ・クトゥーゾフの記述を引くのが便利である。前者はもちろん(中略)タイプに属する。対応するタイプに名を与えたのが、まさにこの歴史的人物である。
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привести описания двух главных исторических персонажей — Наполеона Бонапарта и Михаила Илларионовича Кутузова. Первый — конечно же, принадлежит к типу〔中略〕именно этот исторический деятель и дал название соответствующему типу
引用の「前者」はナポレオン・ボナパルトで、Filatovaは、タイプに名を与えた人物そのものをSEEとしています。後者のクトゥーゾフは続く文で「見たところ」ILIとされるだけで、言い切りと推定が書き分けられています。
同じ比較の結びで、Filatovaはナポレオンの開戦と敗北を、こうまとめています。
ナポレオンは、自分の軍事力を感じ、皇帝アレクサンドルへの慇懃な敬意の表現を隠れ蓑に、誰ともいかなるものとも折り合わず、ロシアとの戦争を始める。そして、状況を論理的に計算する能力を欠き、また自分の行動の起こりうる結果を直観的に見て取る能力をも欠いたために、それに敗れる。(中略)ナポレオンとクトゥーゾフの立場は、なんと違っていることか!そしてそれは、2人それぞれの心理タイプの主導ブロックによって正確に規定されているのである。
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Наполеон, чувствуя свою военную мощь, прикрываясь выражениями вежливого уважения к императору Александру, не считается ни с кем и ни с чем, начинает войну с Россией и проигрывает ее из-за неспособности логически просчитать ситуацию и также неспособности интуитивно увидеть возможный результат своих действий.〔中略〕Насколько разные позиции Наполеона и Кутузова! И они в точности определяются ведущими блоками психотипов того и другого.
上の引用にある主導ブロックは、位置1と位置2の機能の組のことです。Filatovaは、軍事力を感じて戦争を始めたことを強い側から、論理の計算と結果の見通しを欠いて敗れたことを弱い側から説明しています。
実現の場
Filatovaは、SEEに向く職業を、こう挙げています。
この心理タイプの人々に最も適しているのは、あらゆるレベルでのコミュニケーションが必要とされる職業である。政治活動、軍務(できるだけ高い階級であることが望ましい)、法律関係の仕事、俳優業、学校や大学での教職、商業、秘書の仕事などがそれにあたる。ただし、この心理タイプの人々には、学術活動、とりわけ理論的な学問分野を選ぶことについては警告しておきたい。
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Для людей этого психотипа наиболее подходящими являются профессии, в которых необходимо общение на всех уровнях. Это и политическая деятельность, и служба в армии (непременно в как можно более высоком чине), это и юриспруденция, артистическая деятельность, преподавание и в школе, и в вузе, коммерция, работа секретаря. Хотелось бы только предостеречь людей этого психотипа от выбора научной деятельности, особенно в области теоретических дисциплин.
SEEに向くのは、どの段階でも人と接する場面がある仕事だということです。理論的な学問への警告は、学問を尊敬するという先の記述と並べると、尊敬する領域と向いている領域は別だという見方になります。
小括します。FilatovaのSEE記述は、すべての主でありたいという位置1のSeを中心に置き、恋愛や共感では本気さと即座の反応を、論理と見通しでは性急さと待てなさを書いています。強さの隣には、学問への敬意や強い者への恐れのように、本人の内側の事情を示す記述も置かれています。『戦争と平和』の人物は、同じ構図を行動で示す例として使われています。
10Yermakの記述
Vladimir Yermakは、SEEを、周りへ押し出していく人ではなく、自分と身近な人を守り抜く人として書いた研究者です。タイプを情報代謝タイプ(TIM)と呼び、人物像ではなくモデルの帰結としてタイプを記述します。
資料は、Roslankinaとの共著『人を理解することを学ぶには』(2005年)の付録2「心のTIMモデルの記述」です。同書の第5章では、SEEの呼び名を「カエサル」としています。
1段落に圧縮されるSEE
付録2では、16のタイプの冒頭に社会的な特徴の1段落が置かれます。Yermakは、SEEの社会的な特徴を、こう書いています。
TIMの社会的(人格的)特徴: 時代の挑戦に応えて—迫りくる破局(ときにはグローバルな破局)を防ぎ、不都合な出来事を見越そうとし {−Ni}、根気のいる仕事によってそこで成功を収められると自分をみなして {−Ni→+Te}—周囲の世界(人々を含む)と、自分と最も身近な周囲に完全な(身体的、心理的、情報的などの)安全と保護を確保し、独立を保つことを可能にするような関係 {−Fi} を結ぶ {+Se→−Fi}。
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Социальная (личностная) характеристика ТИМ: реагируя на вызов времени -предотвратить надвигающуюся катастрофу (иногда - глобальную), предусмотреть неблагоприятные события {-Т} и считая себя способным кропотливой работой добиться в этом успеха {-Т->+Р }, вступает с окружающим миром (в том числе людьми) в такие отношения {-К }, которые позволяют обеспечить себе и ближайшему окружению полную (физическую, психологическую, информационную и др.) безопасность и защиту, сохранить независимость {+Е-»-К }.
上の引用の波括弧は、文のどこがどの要素の話かを示すYermakの式です。言い換えると、SEEはこの先の危険に備えて、身近な人を守れる関係を周りと結んでおくということです。
前半のNi・Teは超イドブロック、後半のSe・Fiは自我ブロックの話です。逸話も評価の語もなく、要素の連なりだけでSEEを規定しています。
Yermakは、同じ節の終わりで、自我ブロックの働きに標語を付けています。
自我ブロックの意義 {+Se→−Fi}—人格的(社会的)イデオロギー—「分割して統治せよ」。周囲との関係を操作して {−Fi}、自分と自分の立場を守り抜き、自分と身近な者たちを守る {+Se}。
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Назначение блока ЭГО {+Е -> -К }— личностная (социальная) идеология — «разделяй и властвуй»- манипулируя отношениями с окружением {-В }, отстаивать себя и свои позиции, защищать себя и ближних {+Ё}.
つまり、Yermakの書くSEEにとって、人間関係の操作は守りのための手段だということです。標語だけを読むと支配の句ですが、続く文で目的とされているのは、自分の立場と身近な人を守ることです。
一方、Reininは似た句「分割して征服せよ」を位置3(規範機能)のNeに置き、対立を自分から作り出す原理として書いています。Yermakは、同じ趣旨の句を自我ブロックに置いています。
圧力より関係の操作
Yermakは、位置1(主導機能)のSeについて、こう書いています。
機能すること—情報アスペクト「意志」(「意志の感覚」)において。さまざまな状況で、社会的な規範と規則を用いて自分と身近な周囲をどう守り、どう守り抜くか、圧力にどう抵抗し、意志的な働きかけの試みにどう立ち向かい、独立と影響圏をどう保つかをよく理解している。パートナーに「圧力をかける」ことは好まず、関係を操作するほうを好む
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функционирование — в информационном аспекте «воля» («волевая сенсорика»); хорошо понимает, как защитить, отстоять себя и ближнее окружение в различных ситуациях, используя для этого социальные нормы и правила, как сопротивляться давлению, противостоять попыткам волевого воздействия, сохранить независимость и сферу влияния; «давить» на партнеров не любит, предпочитая манипулировать отношениями (см. ниже) .
上の引用にある情報アスペクト「意志」は、Seのことです。言い換えると、SEEのSeは、人を押すことより、圧力から守ることへ向いているということです。FilatovaやStratiyevskayaが書いた押し出しの面は、Yermakの記述には出てきません。
小括します。YermakのSEE記述は要素の連なりと働く条件で組まれ、人物の逸話はほとんどありません。その中でSEEは、圧力をかけるより関係を操作し、自分と身近な人を守るタイプとして書かれています。押しの強さを書いた研究者と比べると、同じ位置1のSeを守りの側から書いた記述です。
11Karpenkoの記述
Olga Karpenkoは、キエフの国際ソシオニクス研究所でBukalovとともに活動し、機関誌の編集にも携わってきた研究者です。KarpenkoのSEE記述は、人々へ影響を広げようとする外向の力を、セミナーの一場面や歴史上の人物の伝記で確かめる形をとっています。
Karpenkoの機能番号は現行の位置番号と同じで、第1機能は位置1(主導機能)のSeです。引用に出る●はSe、▽はFi、▲はNeを表すKarpenkoの記号で、〔記号欠落〕は原文で記号が失われている箇所です。
水面の魚を捕るカモメ—Neの比喩
Karpenkoは、Ne(外向直観)の知覚を、水面と深みのたとえでタイプごとに書き分けています。
可能性の直観—I—▲(Ne)—は、なによりもまず、私たちの世界を動かし変えている隠れたばねを見ることである。この世界とそこで起きる出来事を水面—動きやすい、たわむれる膜—として思い描くなら、直観型のまなざしはいわば横から、水の厚みぜんたいを貫く、一種の断面図である。そして▲(Ne)の直観が見せてくれるのは、水面のさざ波でも波のたわむれでもなく、海を動かしているあの隠れた力である。この意味でILE〔原文: ドン・キホーテ〕は、水の厚みぜんたいに、あらゆる深みに浸透する水の神にたとえられる。LII〔原文: ロベスピエール〕は、潜っては水面に浮かび上がるイルカに。SEEは魚を捕るカモメに。ESIは、水面を滑りながら、その深みに何が隠れているかを知らないアメンボに—水は支えてくれるか、くれないか、それだけだ。
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Интуиция возможностей - I - - прежде всего видение скрытых пружин, движущих и изменяющих наш мир. Если этот мир и события в нем происходящие представлять поверхностью воды, подвижной, играющей пленкой, то взгляд интуита словно сбоку, сквозь всю толщу вод, своего рода срез. И интуиция позволяет видеть не рябь на поверхности, не игру волн, а те скрытые силы, что приводят море в движение. В этом смысле ИЛЭ ("Дон Кихота") можно сравнить с божеством воды, проникающим во всю ее толщу, на все глубины, ЛИИ ("Робеспьера") - с дельфином, ныряющим и всплывающим на поверхность, СЭЭ - с чайкой, ловящей рыбу, ЭСИ - с водомеркой, скользящей по поверхности воды и не ведающей, что скрывается в ее глубинах: вода или держит, или нет.
上の引用にある可能性の直観は、Neのことです。たとえの並びは、Neを位置1に持つILE、位置2のLII、位置3のSEE、位置4のESIの順で、位置の番号が大きくなるほど水の深みから離れていきます。
SEEのNeは位置3(規範機能)にあり、カモメは水の中には住まないものの、水の中の魚を取ってくることはできるという位置づけと読めます。
人々に働きかける場—政治
Karpenkoは、クアドラごとにアイデアを社会へ広めるタイプの活動領域を挙げ、SEEについてこう書いています。
実際、〔第1の〕環のタイプはみな、自分のアイデア、原理、影響、概念を、できるだけ広い人々の輪へと拡張し、普及させ、押し広げようとする志向によって際立つ(中略)●(Se)▽(SEE)にとって、人々とその相互関係に影響を及ぼす腕前を働かせられる自然な領域は、しばしば政治となる。(中略)彼らはそれぞれ、対応する領域において、新しいアイデアの創造者にして活発な普及者である。
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Действительно, все типы -кольца отличаются стремлением к экспансии, распространению, расширению своих идей, принципов, влияний, понятий на как можно более широкий круг людей. 〔中略〕 Для (СЭЭ) такой естественной областью, в которой можно задействовать умение влиять на людей и их взаимоотноше- ния, часто становится политика. 〔中略〕 Каждый из них в соответствующей области является творцом и активным рас- пространителем новых идей.
上の引用にある〔第1の〕環は、各クアドラで、自分のアイデアや影響を社会へ広める役を担うとされるタイプの並びのことで、ILE・EIE・SEE・LSEが入ります。言い換えると、SEEが新しいアイデアを生み広める領域は、人どうしの関係に働きかける政治になりやすいということです。
SEEの自我ブロックは位置1のSeと位置2のFiで、力による働きかけと人間関係の両方に向く組み合わせです。政治という名指しは、そこから来ていると読めます。
セミナーで最初に響く声
Karpenkoは、ガンマクアドラの4タイプがそろった研修セミナーで、SEEの参加者をこう描いています。
SEE(中略)は、参加者のほぼ全員が、非常に活動的なリーダーとしてよく知っていた人物で、セミナー中にも、多数の質問、確認、例示によって自分の外向性を発揮していた。彼の大きな声は、授業中も休憩時間中も聞こえていた。
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СЭЭ () по- чти все участники хорошо знали как очень активного лидера, да и во время семинара он успел проявить свою экстраверсию многочисленными вопросами, уточнениями, примерами. Его гром- кий голос был слышен и во время занятий, и на переменах.
ここで外向性の現れとして挙がっているのは、話す量と声の大きさという、居合わせた人が耳で確かめられる行動です。リーダーという評判も参加者のほぼ全員が知っていたもので、場の外の評判と場の中の振る舞いが一致しています。
構えで変わる位置2のFi
Karpenkoは、構えによって位置2(創造機能)のFiの出方が変わる例として、SEEをこう挙げています。
もう一つの例は—(SEE)である。このタイプの創造機能は関係の倫理(中略)であり、このタイプの代表者は、繊細かつ多彩に関係を打ち立てることができる。しかし、構え「あなた−」を持つこのタイプの人々には、全体としてはこのタイプに固有でないはずの、(中略)実にさまざまな種類のお説教への志向が、非常に特徴的である。彼らは文字どおり対話相手に付きまとって、相手がどう振る舞うべきかという話をする。
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Еще один пример — (СЭЭ). У этого типа творческая функция — этика отноше- ний ( 2), и представители этого типа умеют тонко и разнообразно устанавливать отношения. Но для людей этого типа с установкой «Ты–» очень характерно, в целом не свойственное 〔中略〕 этому типу, стремление к самого разного рода нравоучениям. Они буквально пристают к собеседникам с разговорами о том, каким образом те должны себя вести.
上の引用の構えは、バーンの交流分析をもとにした自分や相手を肯定的に見るか否定的に見るかの構えで、引用のものは対話相手を否定的に見る構えです。言い換えると、関係を細やかに築けるSEEが、この構えのもとでは相手の振る舞いに説教を始めるということです。
Karpenkoは、お説教への志向を「このタイプに固有でないはず」のものと書いています。タイプと構えの組み合わせの記述として示しているということです。
メンシコフの見立て—ピョートル1世論から
Karpenkoは、ピョートル1世を論じた1996年の論文で、SEEと見た側近メンシコフの立ち位置を、自分の見方としてこう書いています。
公爵(中略)は、事態の展開において中心的な役割の一つを演じた。彼がピョートルに近しいことは、多くの人を驚かせ、多くの人を憤慨させた。ピョートルの「強調された非誇示性」を背景に、人目につくところ、事件の中心にいようとするメンシコフの志向は、私の考えでは、多くの人に、ピョートルのグローバルで、重大で、長期的な決定への彼の影響を過大評価させ、他の人々—彼の振る舞い方に苛立った人々—には、一刻を争う切迫した状況での彼の貢献を過小評価させることになった。
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Светлейший князь сыграл в развитии событий одну из центральных ролей. Его близость Петру многих удивляла и многих возмущала. При «подчѐркнутой недемонстративности» Петра стремление Меншикова быть на виду и в центре событий, я думаю, заставило многих переоценивать его влияние на глобальные, серьезные, долговременные решения Петра, а других - раздраженных его манерой поведения - недооценивать его вклад в сиюминутных, острых ситуациях.
公爵はメンシコフを指します。Karpenkoの見方では、人目につく中心に立とうとする志向が、まわりの評価を2つの方向にずらしました。長期の決定への影響は大きく、切迫した場面での働きは小さく見積もられた、ということです。
同じ論文でKarpenkoは、メンシコフの面倒見のよさと容赦のなさを、要素の名前で結びつけています。
『身内』を彼は世話し、あらゆるレベルの政府機関の役職への任命の際には彼らを引き立て、昇進に目を配った。(中略)「家族思いの父、貞淑な夫、部下の失敗を許すことのできた顕官である彼は、同時に、権力への彼の道の上に立ちはだかる者たちには容赦がなかった」—〔記号欠落〕(権力への志向)と〔記号欠落〕(庇護し、世話し、許すことへの欲求)の結合である。
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«Своих» он опекал, протежировал им при назначениях на должность в правительственные учреждения всех уровней, следил за продвижением по службе. Те, обязанные ему карьерой, готовы были всегда, как тогда говорили, «отслужить» своему патрону”.[6] “Заботливый отец семейства, добродетельный супруг, вельможа, умевший прощать промахи подчинѐнным, он в то же время был беспощадным к тем, кто стоял на его пути в власти” - соединение (стремление к власти) и (потребность опекать, заботиться, прощать).
ダッシュの後の1文がKarpenkoの読みで、前は歴史家の記述です。括弧の語から、前の〔記号欠落〕はSe、後の〔記号欠落〕はFiを指します。Karpenkoは、身内を世話し許す面と、行く手を阻む者に容赦しない面を、SeとFiの結合として1つの人物像にまとめています。
ピョートルとの同属関係
Karpenkoは、SLEと判定したピョートルとメンシコフの関係を、タイプ間の関係としてこう書いています。
メンシコフとピョートルの関係は、同属関係〔原文: 親類関係〕に特徴的な、感情的(〔記号欠落〕)および倫理的(〔記号欠落〕)発現の周期性を備えている—親密と冷却、完全な合意と完全な不満足の時期の交代である。しかもこのすべてが、第1機能の同一のアスペクト(この場合は—〔記号欠落〕—意志的発現の、圧力の、突進の、粘り強さと頑強さの感覚)によって条件づけられた、深い内的類似のもとで起きている。そして、否認から合意への、またその逆への移行の容易さも、同属関係〔原文: 親類関係〕に特徴的なものである。
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Отношения Меншикова с Петром обладают характерной для родственных отношений цикличностью эмоциональных ( ) и этических ( ) проявлений - периоды близости и охлаждения, полного согласия и совершенного неудовлетворения, но все это при глубоком внутреннем сходстве, обусловленном одним и тем же аспектом первых функций (в данном случае - - сенсорика волевых проявлений, напора, натиска, настойчивости и упорства). И характерная для родственных отношений легкость перехода от неприятия к согласию и обратно.
Karpenkoのいう親類関係は、当サイトでいう同属関係で、主導機能に同じ要素を持つタイプどうしの関係です。感情的な発現はFe、倫理的な発現はFi、第1機能の同一のアスペクトはSeを指します。
言い換えると、2人は同じSeを主導に持つ近さを保ったまま、FeとFiの面では親密と冷却をくり返したということです。Karpenkoは、この交代を関係の型から説明しています。
小括します。KarpenkoのSEE記述は、セミナーの参加者や歴史上の人物という具体の人物を通して書かれています。そこから出てくるのは、人に働きかける力と、身内を世話し庇護する関係の組み合わせで、ピョートル1世論ではこれをSeとFiの結合と呼んでいます。一方、構えの論文では、同じFiが否定的な構えのもとでお説教への志向に変わるとされ、タイプだけでは現れ方が決まらない面も書かれています。
12Gulenkoの記述
Viktor Gulenkoは、キエフで「人道主義ソシオニクス」学派を主宰する研究者です。Gulenkoは『64の肖像』(2019年)で、SEEを、人脈と力関係の中で立ち回り、人の注意と感情を動かす「政治家」として描いています。
Gulenkoの体系は標準のモデルAから離れた後発の独自体系で、独自のモデルG、DCNHサブタイプ、独自のタイプ名(SEEは「政治家」)を持ちます。用語が標準体系と紛らわしいため、Gulenkoの記述は他の研究者の記述と混ぜずに扱います。底本は『64の肖像』のSEE章と総論、1992年の論文、職場での姿を書いた旧プロファイルです。
プロファイルから—注意を集め、一気に片づける
Gulenkoは、しばらく付き合うと見えてくるSEEの行動の特徴を、こう書いています。
しばらく経つと明らかになるSEEの行動の主要な特徴は、人々の感情を操作する能力である。必要なときには、いつでも人々の注意を自分に向けさせることができる。これを公然と、何の気後れもなく行う。(中略)SEEが問題解決を試みる際の特徴的な戦術は、一気に、単一の急襲で解決しようとすることである。仕事に対して素早い結果を見たがる。それが起こらないと、何かをしたいという欲望は萎える。
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The main feature of SEE’s behavior that becomes apparent after some time is the ability to manipulate people’s feelings. When he needs it, he is always able to turn people’s attention to himself. He does this openly, without any embarrassment. He usually has a large number〔中略〕of acquaintances. SEE doesn’t always want to break up relationships that have exhausted themselves and become boring, so his circle of acquaintances is always expanding. He always acts in accordance with existing possibilities. He never takes up projects that are unfeasible and unrealistic from his point of view. A tactic that is characteristic of SEE trying to solve a problem is trying to solve them at once, with a single onslaught. He wants to see quick results for his work. If this doesn’t happen, his desire to do any work wanes.
言い換えると、SEEは必要なときに人の注意を自分へ集め、場の感情を動かせるということです。Gulenkoは、これを人前で気後れなく使うと書いています。問題は一度で片づけようとし、結果が早く出ないと意欲が落ちるとされています。
Gulenkoは、SEEの人脈の使い方と、人との揉め方を、こう書いています。
役立つ人脈を作り、それを活用する術を知っている。政治的な駆け引きにおいて、しばしば対立する陣営の人脈の間を巧みに立ち回る。喧嘩するのと同じくらい簡単に他者と仲直りする。気が滅入っているときには、嘆いたり、自分は理解されていないと不平を言ったりするのを好む。
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He knows howto make useful contacts and utilize them. In political games, he often maneuvers masterfully between his contacts on the〔中略〕opposing side. He reconciles with people just as easily as he quarrels with them. During his down time, he likes to lament, to complain that he is not understood. In situations when he is well-informed, he will cite different quotes and facts, demonstrating his erudition.
つまり、SEEにとって人とのつながりは、揉めても切らずに使い続けるものだということです。対立する陣営のどちらとも関係を保つ立ち回りは、「政治家」という呼び名の中身と読めます。一方で、気分が沈むと理解されないと嘆く面もあります。
1992年の論文から—喧嘩と仲直り
喧嘩と仲直りの観察は、『64の肖像』より27年早い論文にすでにあります。Gulenkoは、1992年の気質の論文で、サングイン(多血質)をこう書いています。
サングイン(多血質)とは、外面は落ち着きがないが内面は穏やかなソシオタイプ(当サイトでいうタイプ)である。(中略)苛立ちが爆発したあと、彼らはごく速やかに落ち着く。何か別の外的な刺激に切り替えれば足り、彼らは非合理的な外向性のおかげでそれを行う。(中略)政治家と元帥は大した後腐れもなく喧嘩しては仲直りし、心理学者と発明家は苛立たしい話題から快い話題へと容易に注意を切り替える。
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3. Сангвиники – это социотипы, которые беспокойны внешне, но спокойные внутри. Их можно охарактеризовать как средне-уравновешенные. Из-за внешней активности многие их принимают за холериков, но это не так: после вспышек раздражительности они очень быстро успокаиваются. Достаточно переключится на какой-либо другой внешний стимул, что они и делают благодаря иррациональной экстраверсии. Настоящий же холерик, пока не выплеснет накопившееся раздражение наружу, не успокоится. Без особых последствий ссорятся и мирятся ПОЛИТИК и МАРШАЛ, легко переключают свое внимание с раздражающей темы на приятную ПСИХОЛОГ и ИЗОБРЕТАТЕЛЬ.
上の引用の元帥・心理学者・発明家は、SLE・IEE・ILEのGulenkoによる呼び名です。言い換えると、SEEは苛立ちを爆発させても、別の刺激へ移ることですぐに落ち着くということです。4タイプとも非合理外向で、『64の肖像』では柔軟‐適応型の気質にまとめられます。
モデルG—位置の並びが標準と違う独自モデル
『64の肖像』のSEE章の後半は、同じ人物像をGulenko独自のモデルGの8つの位置に置き直しています。モデルGでは、要素の並びがモデルAと一致するのは位置1と位置3だけで、ほかの位置は同じ番号でも別の要素が入ります。
Gulenkoは、位置1の司令機能に入る力の感覚(Se)を、こう書いています。
力の配置を容易に感じ取り、誰が強く誰が弱いか、誰に圧をかけられるか、誰には触れない方が賢明かを素早く見抜く。知っている人々の弱点を手探りする。痛点に影響を与えることで、自分の側に有利な方向に人々の振る舞いを変える。直接的・間接的な圧がかけられると、従わずに巧みに状況をかわす。自分のために立ち上がる術を知っており、選択を制限されると激しく反応する。決意が薄く自信のない者に命令する。より強いパートナーとは対等にコミュニケーションを取る。
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Easily feeling the alignment of forces, he quickly recognizes who is strong and who is weak, on whom you can press, and who it is better not to touch. He fumbles for the weak spots of people with whom he is familiar. Influencing painful points changes people’s behavior in a favor for his side. When direct or indirect pressure is applied, he does not obey and dexterously dodges the situation. He knows how to stand up for himself and reacts violently when limited in choice. He commands those who are less determined and less confident. With a stronger partner, he communicates on an equal footing. He always finds a way to attract attention.
司令機能はモデルGの位置1の名前で、SEEではモデルAと同じSe(外向感覚)が入ります。言い換えると、SEEは相手の強さと弱さをすぐに感じ取り、それに合わせて態度を変えるということです。命令するか対等に話すかも、相手の強さで使い分けています。
標準と違う例は、SEEの位置2(創造機能)のFi(内向倫理)です。モデルGはこのFiを5番目の顕示機能に置き、Gulenkoはそこにこう書いています。
SEEは人々の間に発展する人脈のシステムを完璧に理解する。(中略)対立する陣営の利益の間でバランスを取り、首尾よく交渉や駆け引きを行う。自分の利益にかなえば、かつての敵対者とも容易に和解する。(中略)他者があまりに近づくのを許さない。それは一定の義務を課すと感じるからである。容易に知人を作り、私的でくつろいだ雰囲気よりも大きな集団でいるほうが自信を感じる。
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SEE perfectly understands the system of connections that develop between people. He knows how to tell people what they want to〔中略〕hear from him, but he does not hurry his promises if he does not feel any special need for it. He balances between the interests of the opposite camps, successfully negotiating or bargaining. If his own interests require it, he will easily reconcile with former adversaries. He knows how to build relationships. However, he plays on negative attitudes and antipathies rather than positive connections. It is difficult for him to sever boring relationships. He tries to give the person indirect understanding that he is not interested in them. He does not like to let people get close to him because he feels that this imposes certain obligations on him. He easily makes acquaintances and feels more confident in a big group than in a private and casual atmosphere.
つまり、Gulenkoは、プロファイルにも出てきた人脈と駆け引きを、関係倫理(Fi)の働きとして説明しているということです。そのうえで、人を近づけすぎないのは、近さが義務を生むと感じるからだと、理由まで書いています。この5番目は、モデルAの位置5(暗示機能)とは別の位置です。
レベルを重ねる体系と、レイニン特性との不一致
Gulenkoは、タイプを精神のいくつかのレベルの1つとして扱い、自分の学派の考え方をこう説明しています。
人道主義ソシオニクスにおいて精神がどのように層が層の上に積み重なった立体的な体系として考えられているかを、より精確に見てみましょう—深い核、中間層、そして表層です。HSS のアプローチで考察される精神のすべての層の範囲は、次のようになります—ソシオタイプ(当サイトでいうタイプ)、サブタイプ、機能プロフィール、機能状態。
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Let’s look more precisely at how the psyche in Humanitarian Socionics is considered a volumetric system of layers stratified one upon another: the deep core, the middle layers, and the surface. The whole scope of the considered layers of the psyche in the HSS approach looks like this: sociotype, subtype, functional profile, functional state.
上の引用にあるHSSは、人道主義ソシオニクス学派の略称です。言い換えると、Gulenkoの体系では、ソシオタイプは精神の4つのレベルの1つにすぎないということです。標準体系がタイプ1つで説明していた人の違いを、深さの違う複数のレベルに分けて扱う構想です。
SEEは、力の感覚(Se)を位置1に持つタイプです。そのSeについて、Gulenkoはリーダーになる条件をタイプから切り離し、こう書いています。
特に、安定的な組織的リーダーになるためには、ビジネス論理(P(Te))および/または力の感覚(F(Se))が機能プロファイルの中で強化されている必要があります。この場合、SLE(元帥)またはLSE(管理者)のタイプである必要はありません。このような機能の複雑性の強化は、どのタイプの代表者にも、レイニンの周知の特性とその意味において一致しない(あるいはむしろ部分的にしか一致しない)新しい二分法的特徴があるという事実につながりました。(中略)「機能的」と強調するのは、それらが特定のコミュニケーション環境での機能発揮の過程の中で生じ、標準的なソシオニクスのタイプが持つ生得的で不変の構造とは関連していないからです。
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Such an intensification of the complexity of functions led to the fact that representatives of any type had new dichotomous features that did not coincide (or rather, only partially coincided) in their meaning with Reynin’s well-known features. […] I emphasize functional, as they arise in the process of functioning in a specific communicative environment and are not related to the innate and unchanging structure that a standard socionic type has.
つまり、リーダーに向くかどうかは、タイプではなく機能プロファイルで強まった要素で決まるという立場です。この強まりから出る新しい二分法を、Gulenko本人がレイニン特性とは一致しないか、部分的にしか一致しないと書いています。
職場での「政治家」
Gulenkoは、旧プロファイルの上司の節で、職場でのSEEを「政治家」と呼んでこう書いています。
「政治家」は関係のニュアンスを考慮する。パートナーや従業員の強みと弱みを知っている。彼らの過ちや失態を記憶しており、いつでもそれらを利用してその人を自分の計画に引き込むことができる。自分の感情を意識的にコントロールし、他人に影響を及ぼす道具として使用する。命令する方法、他者に意志的な圧力をかける方法を知っている。しかし、説得の方法もうまく使うことができる。
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The "Politician" takes the nuances of relationships into account. He knows the strengths and weakness of his partner or an employee. Remembers his errors and blunders, and can put them to use at any time in order to draw the person into his plans. Has conscious control of his emotions and uses them as a tool of exerting influence on other people. Knows how to command, how to exert volitional pressure on others. But can also successfully use the method of persuasion.
言い換えると、SEEの上司は、人の過ちも自分の感情も、計画に人を引き込むための手段として扱うということです。命令や圧力だけでなく、説得も使えるとされています。
影響力の広げ方には、組織の大きさによる違いがあると、Gulenkoはこう書いています。
マネージャーまたはリーダーとしての「政治家」の特徴的な特性は、影響力の範囲を広げたいという欲求である。自分の行動の妥当性や決定の合理性に疑問を呈する人々を排除しようとする。自分への批判に苦痛を感じる。もしそのような人物が小さなグループの長であれば、嵐のような、しばしば否定的な感情と仕事のリズムの乱れで職場の雰囲気が飽和する危険がある。大きなグループでは、そのような感情的な表出はずっと少ない程度で起こり、場合によっては有用でさえある。例えば、組織が大きな変革を迫られている時などである。
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A characteristic trait of the "Politician" as a manger or leader - is the desire to expand his influence in breadth. Tries to get rid of people who question the expediency of his actions and the rationality of his decisions. Painfully endures criticism in his address. If such a person is the head of a small group, this is fraught with saturation of work atmosphere with stormy, often negative emotions, and disruptions in the rhythm of work. In a big group, such emotional manifestations will occur to a much lesser extent, in some cases even be useful, for example, when an organization is on the verge of undergoing great changes.
つまり、同じ感情の出し方が、小さな集団では職場を乱し、大きな組織の変革期には役に立つこともあるということです。批判する人を遠ざけようとする記述のすぐ後には、当人が自分への批判に苦痛を感じることも書かれています。
小括します。GulenkoのSEE記述で一貫しているのは、人脈を作って使いこなす「政治家」の姿です。喧嘩しても手軽に仲直りするという観察は、1992年の気質論から2019年の書籍まで続き、その裏側には自分への批判に感じる苦痛も書かれています。一方、モデルGの位置の並びとレベルの考え方は標準のモデルAと対応しないため、プロファイルの観察は「Gulenkoの観察」として扱い、構造の主張は別の体系のものとして扱います。
13その他の論者の記述
主要な研究者のほかにも、SEEのプロファイルは多くの論者が書いてきました。形式はスローガンから本人の思考の記録までばらばらですが、計画や整理への苦手さと、人の注目を集めたい欲求は、系統の違う資料で繰り返し書かれています。資料には、コミュニティ編纂のプロファイルやサイトの記述も含みます(出典行で区別できます)。
Weisband—合理性を求められたときの反発
Weisbandは、アウシュラの資料をもとにした初期のハンドブックで、近しい人から合理的にふるまうよう求められたときのSEEを、こう書いています。
彼の人生は、物事を考え抜くこと、合理的に行動することを求める近しい人々の要求によって毒されることがある。これは彼が耐えられる以上のことであり、そのような要求は彼にさらに非合理的に行動したくなり、皆をいらだたせるために理性を完全に脇に置く。実際、彼は誰かがそうすることを要求し始めるまで、つまり彼が尊敬され考慮される限り、巧みに論理的に行動する。彼の論理に異議を唱えることは無駄である:彼に影響を与えるには、より高貴でより困難な達成目標のために彼の目標を脇に置くように挑戦することだけができる。
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His life may be poisoned by the demands of those close to him to think his actions through, to act rationally. This is too much for him to withstand, such demands only make him want to act more irrationally, and brush reason aside altogether to spite everyone. In fact, he acts cleverly and logically until someone starts to demand of him to do so, i.e. as long as he is respected and reckoned with. It is useless to dispute his logic: one can influence him only by challenging him to set aside his goals in favor of other ones, more noble and harder attainable.
つまり、SEEは合理的に動けと求められるほど、わざと非合理にふるまうということです。位置4(脆弱機能)のTi(内向論理)の話ですが、尊重されているあいだは巧みに論理的に行動するとも書かれています。
Prokofieva—スローガンと著名人で型を立てる
Prokofievaは、SEEの型を、ひとつのスローガンと2人の著名人の言葉で、こう立てています。
感覚倫理型外向(SEE) は、生まれながらのリーダーである。(中略)彼らのスローガンは「来た、見た、勝った!」である。これらは自己主張的でありながら同時に外交的な人々である。他の情報代謝タイプにとっては何か重要な約束の前に物事をよく考えるプロセスが自然であるのに対し、SEEはただ活動に身を投じる。「主なことは戦闘に参加することだ、後はそれから考えよう」—このタイプの代表者であるナポレオン・ボナパルトはこう言った。「私は崖から飛び込むように恋に落ちる」—もう一人のこのタイプの著名な代表者であるアッラ・プガチョワはこう呼応する。
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Sensing-ethical extraverts (SEE) are inborn leaders.〔中略〕Their slogan is: “came, saw, won over!”. These are self-willed people who are at the same time diplomatic. If for other types of information metabolism the process of thinking things over before some important engagement is natural, the SEE simply throws him or herself into activities. “The main thing is to engage in battle, and then we’ll see”, - said Napoleon Bonapart, a representatives of this type. “I jump into love just like diving off a cliff” - echoes Alla Pugachyova, another notable representative of type SEE.
Prokofievaは、SEEは重要な約束の前でも、考えるより先に活動に身を投じると見ています。ナポレオン・ボナパルトとアッラ・プガチョワの言葉も、先に飛び込むという同じ順序を示しています。
Prokofievaは、SEEの欠点を、機能の位置から、こう説明しています。
SEEの欠点は、太陽のようにすべての人の前で、すべての場所で輝きたいという欲求である。第4チャンネル(痛みの機能)は関係の論理が占めている—彼らはコンピュータとは相性が悪く、論理的な形式:スキーム、計画、スケジュールを好まず、すべてをきちんと整理しなければならないことを嫌う。ここから彼らのマキシマリズムが生まれる。同一人物に対する「愛と憎しみ」タイプの感情は、一日に数回変わることがある。
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SEE’s drawback is their desire to shine for everyone and everywhere like the Sun. The fourth channel (painful function) is taken up by logic of relations - they are not friends with computers, don’t like logical formalities: schemes, plans, schedules, dislike having to put everything in order. From this comes their maximalism. Their feelings of the type “love-hate” for one and the same person can change several times a day.
上の引用にある第4チャンネルは位置4(脆弱機能)、関係の論理はTiのことです。Prokofievaは、計画や整理を嫌う位置4のTiから、極端を求める傾向が生まれると書いています。欠点の筆頭には、すべての場所で輝きたいという欲求が置かれています。
Meged & Ovcharov—視線と表情の記述
MegedとOvcharovは、外見の描写から入り、SEEの視線と表情をこう書いています。
SEEの視線は素早く動き、ざっと見渡し、すべてを察知する。彼らの目にはひとつの共通した際立った特徴がある—物から物へと飛び移り、何にも長くとどまらない。会話相手を注意深く、共感するかのように見つめるが、あまり長くは見ない。視線を保つことを強いられると、SEEは頻繁にまばたきし始める。顔の表情は活発で、表情豊かで、時に神経質で、時にリラックスしているが、常にSEEの状況に対する関係や、演じなければならない役割をよく反映している。もし内面の状態がこの役割に反する場合、笑顔は固まったものになる。
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SEE’s gaze is rapidly moving, cursory, noticing everything. Their eyes have one common distinguishing feature - they jump from object to object, not keeping on anything for long. They look at the interlocutor attentively, as if sympathizing, but not for very long. If made to hold their gaze, SEE starts to blink frequently. The mimicry of face is mobile, expressive, sometimes nervous, sometimes relaxed, but it always reflects SEE’s relation to situation well or the role that he has to play. If his internal state opposes this role, his smile becomes transfixed.
言い換えると、SEEの視線は周りを素早く見渡し、1つのものに長くとどまらないということです。内面の状態が役割に反すると、笑顔が固まるとも書かれています。
Golihov—位置と要素の組ごとのモットー
Golihovは、機能を独自の番号と名前で並べ、それぞれにひとことのモットーを添えます。第2機能「必要」は位置2(創造機能)のままで、第3機能「問題」は位置6(動員機能)に相当します。本文は位置と要素の組ごとに書かれているため、その組の記述として読む必要があります。
Golihovは、第2機能のFi(内向倫理)を、こう書いています。
「愛し方を知っていて、さらに上手に愛する人を見つけられたら幸せだ。」常に他者に対する自分の態度を伝え、常に他者に対する自分の態度を操作する。周囲のすべてに対する自分自身の評価を手中に収めることに自分の使命を見出す:何が良くて、何が悪いか。時には一日の間に好感・反感を何度も変えることがあり、非常に恋愛体質で気まぐれである。(中略)時には状況が「他人の意見」の背後に自分の評価を隠すことを強いる。例えば、このテクニックを使える—「…と言われている」。誰が何を言っているのか明確にすると、それは自分の意見を巧みに隠していることが判明する。
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“I know how to love dearly and will be happy to find someone who knows how it’s even harder.” Always convey to others their attitude to him, constantly manipulated by their attitude to others. See his destiny in hand their own assessments everything that surrounds them: what is good, what is bad. Sometimes it can change sympathy / antipathy several times a day, very amorous and fickle in this.〔中略〕Sometimes the situation forces to hide their assessment of “the opinions of others.” For example, they can use this technique, “say …”. If clarify who is saying what, it turns out that it is so cleverly hiding their opinion.
言い換えると、位置2のFiは、人や物への評価を持つこと自体を役目としているということです。好感と反感が一日に何度も変わる点は、Prokofievaの「愛と憎しみ」と重なります。
Golihovは、第3機能のTe(外向論理)を、こう書いています。
「テレビ番組『何?どこ?いつ?』に招待されて勝ちたいなぁ!」個人にとって知識は最重要であり、優位性の要因である:「何か知らないことがあれば、私は悪い人間だ。」そのためしばしば何かを知っていると言うが、実際には知らない(後で学ぶだろうし、本当は知らないことに誰も気づかないだろうという期待を込めて)。(中略)「私は主人、自分の領域の支配者である」という概念が非常に重要である。その大きさは関係ない:部屋であろうと国家全体であろうと、それが全員に受け入れられている限り。
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“How I would like to receive an invitation to the TV show” What? Where? When? “And win!” Knowledge for the individual is paramount, supremacy factor:. “If something I do not know, I - bad” Therefore, they often say they know something, really do not know (often in the hope that it will learn later, and no one would guess that they do not really know).〔中略〕It is very important notion: “I - master, master in my territory.” Even it does not matter what her size: a room or an entire state, as long as it was accepted by all.
Golihovのモットーでは、位置6のTeは、知識を持っていることが自分の値打ちになる領域です。知らないのに知っていると言うのも、知らないことが「悪い人間」を意味するからだとされています。
socionics.ua—特徴と「期待できないこと」の対
ウクライナのソシオニクス系サイトのプロファイルは、特徴と「期待できないこと」を対で並べる定型を持ちます。socionics.uaは、SEEをこう列挙しています。
特徴 — 浸透力 — 商業的および外交的スキル — 社交性 — 好奇心
期待できないこと: — 組織力と一貫性 — 責任を割り当てる能力 — 時間厳守とコミットメント
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Characteristics - penetrative - Commercial and diplomatic skills - sociability - curiosity You can not expect: - Organization and consistency - The ability to assign responsibilities - Punctuality and commitment
つまり、SEEは社交や商売、外交の場では頼れるが、組織力や一貫性、時間厳守は期待しにくいということです。期待できない側の項目は、Prokofievaが挙げた計画や整理への嫌悪と方向が揃います。
Piatnitskiy—圧力に抵抗して独立を保つ
Piatnitskiyの短評はブロックごとに数行です。自我ブロックについては、SEEが何をよく理解しているかを、こう書いています。
圧力にいかに抵抗するか、力による影響の試みにいかに抵抗するか、独立性と既存の影響力の範囲をいかに維持するかをよく理解している。関係を操作し、人々の間の関係に影響を与えることができ、それによって自分自身を守る。安全を感じ、独立を保つことを可能にする関係を人々と築く。
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Well aware of how to resist pressure to resist the attempts of forceful impact to preserve the independence and the existing sphere of influence. Manipulates relations can influence the relationship between people, thus protecting themselves. Sets with people such relationships, which allow to feel safe, to remain independent.
Piatnitskiyによれば、SEEは圧力に抵抗して、自分の独立と影響の範囲を保つ方法を心得ています。自我ブロックのSe(外向感覚)とFiが、身を守る一続きの手順として書かれています。
Beskova—男性SEEの肖像
Beskovaは男女別に肖像を立て、外見の描写から入ります。男性のSEEについては、こう書いています。
SEE〔原文: ナポレオン〕の男性は、ほとんど骨ばっていたり痩せていたりすることはない。これは十分に堂々とした、目を引く、魅力的で、自制心のある、毅然としたまなざしを持つ人物である。彼は活発でエネルギッシュであり、かなり自信を持って振る舞う。SEE〔原文: ナポレオン〕と会話する喜びを味わった者は誰でも、すぐに「家の中で誰がボスか」を知ることになる。彼の外見全体が、自分の価値を知っていることを示している。しかし、もし彼があなたに対して好意的な気分であれば、励ましの微笑みであなたを包み、状況に合った(しかししばしば軽率な)ジョークであなたを笑わせるだろう。
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NAPOLEON men are almost never bony and thin. This is a sufficiently solid, conspicuous, attractive, self-controlled person with a resolute stare. He is active and energetic, and holds himself rather assuredly. Everyone, who has had the pleasure of conversing with NAPOLEON right away knows who is “the boss in the house”. His entire appearance points out that he knows his worth. But if he is positively predisposed to you, he will endow you with his encouraging smile and make you laugh with circumstantially appropriate (but often frivolous) joke.
Beskovaは、SEEの男性は、少し話しただけで「誰がボスか」を相手に分からせると見ています。体格とまなざしから入り、人との接し方へ進むのがBeskovaの肖像の順序です。
Eglit—本人の自己観察に要素を注記する
システム・ソシオニクス学派のEglitは、自分の思考と内的な反応を追う自己観察の方法を説いた論文で、「これは自分のものだ」と感じた内的な感覚を変えずに保とうとする心の働きを固着と呼んでいます。本人の報告に、要素ごとの注記を付けて示すのがEglitの書き方です。
Eglitは、TiについてのSEE本人の報告を、こう載せています。
Tiについて奇妙な感覚がある(おそらく固着)。でもそれは私の場合むしろ否定的なもので、何かの行動にではなく、自分自身の知覚に現れる。「ああ、どうやって全部を構造化すればいいのかわからない!」、だいたいそんな感じで、まるで目の前に壁があって、その向こうへ出られないのか、出たくないのか、そもそもわからない。うまくいったとしても、意識がそれをどこかへ押しやってしまうかのようで、知らないし知りたくもない、そういう固着だ。いつもではないが、非常にしばしば、ここでは考えたくない、「私はこれについて何もわからない」というところに固着してしまう。これまでに何度も多くの資料を構造化できてきたのに、そのたびに感じるのは「ああ、何もわからない」だ。
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Есть ощущение странное по БЛ (возможно, фиксация) — но оно у меня скорее в негативе и проявляется не в каких-то действиях, а в собственном восприятии. «Ааа, я не понимаю, как все отструктурировать!», примерно так — как будто передо мной стенка, и я вообще то ли не могу, то ли не хочу за нее выйти. Даже если у меня выходит, сознание как будто вытесняет это куда-то, — не знаю и знать не хочу, какая-то такая фиксация. Не всегда, но очень часто бывает так, что я тут не хочу думать, фиксируюсь в том, что «я ничего в этом не понимаю». И вроде много раз уже удавалось мне много материалов структурировать, но при этом каждый раз ощущение — «ааа, я ничего не понимаю».
上の引用にあるTiは、SEEの位置4(脆弱機能)に入る内向論理です。言い換えると、何度も資料を構造化できているのに、そのたびに「何もわからない」と感じるということです。外から書かれてきた位置4の苦手さを、本人の側の感覚として記録したものです。
その他の論者
Blohinは散文を持たず、語の連想の列挙だけで肖像を作ります。SEEの語群には「リーダー」「人々への影響力」と並んで、「豪華なレストラン」「最高級の外国車」が置かれます。何をどう観察したのかは追えませんが、人への影響力と、最高級の品への関心が同じ列に並ぶことは分かります。
Wikisocion編纂・Socioscope・Eglit—人の目を集めることへの欲求
最後に、系統の違う3つの資料が、同じところへ行き着く例を並べます。1つ目の、Wikisocionのコミュニティ編纂プロファイルは、見知らぬ集団に入ったときのSEEを、こう書いています。
SEEは見知らぬ人のグループに現れて、まるで長い間失われていた友人のように振る舞い、グループの受容と信頼を非常に素早く獲得する能力を持っている。彼はその上品な振る舞い、好き嫌いの率直な表示、そして時にリスキーなユーモアでこのグループを素早く魅了することができる。SEEが去った後、内部情報源を通じて、自分が去った後に「話題の中心」であったことを知ることがあり、SEEを大いに喜ばせる。
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An SEE has the ability show up in a group of strangers and act like a long lost friend, gaining acceptance and trust of the group very quickly. He can quickly charm this group with his well-bred manners, genuine displays of like/dislike, and sometimes risky humor. When the SEE leaves, he can find out through his inside sources that he was the "talk of the town" after he left, much to the delight of the SEE.
言い換えると、SEEは初対面の集団にもすぐ受け入れられ、去ったあとに自分が話題になっていたと知って喜ぶということです。
2つ目のSocioscopeは、台詞や合いの手を交えた長編のプロファイルで、冒頭をこう始めています。
SEEは常に何かを欲しがる。そして欲しいと思えば、必ず手に入れる。手に入れられなければ、買う。買えなければ、交換する。いずれにせよ、それは彼のものになる。SEEはそこらへんのものを欲しがるのではなく、最高のもの、最も美しいもの、皆が羨むものを欲しがる。
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SEE always wants something. And if he wants to be sure it will take. Well, if you can not take, then buy it. Can not Buy - Exchange. But anyway, this thing will be his. SEE not want that anyhow, and the best, most beautiful, all jealous.
Socioscopeは、SEEが欲しいと思ったものは、買うか交換してでも手に入れると書いています。欲しがる対象の基準に、皆が羨むものという他人の目が入っている点が、1つ目の資料とつながります。
3つ目は、Eglitの論文にある、客を招いた晩のSEE本人の思考の記録です。括弧の中はEglitの注記で、こう書かれています。
先週の水曜日、同級生たちがうちに遊びに来た。(中略)同級生の足に私の白いスリッパが見える。どうやってそこに?靴の棚にしまっておいたのに。彼女は私の靴の棚をあさったの??!(Seによる固着。)(中略)みんなが入ってきて、テーブルにつく。自分で食卓を整えなければならず、誰も手伝いを申し出ないことに苛立ちを感じる。(Seが固着している—「私ひとりで」「私は利用されている」、Fiもある。)(中略)みんなもう私をあらゆる角度から見たのに、新しい髪型への期待した反応がない。がっかりする。(中略)(関係と称賛が期待されている—Fi、注目の中心にいたい欲求—Se。)
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В прошлую среду ко мне в гости приходили однокурсницы.(中略)Вижу на ногах однокурсницы свои белые тапки. Как они туда попали? Я убирала их в шкаф. Она лазила в мой шкаф с обувью??! (Фиксирование по ЧС.)(中略)Все зашли, садимся за стол. Чувствую раздражение, что должна накрывать на стол сама, и никто не предлагает помощь. (Фиксируется ЧС — «я сама», «меня используют», есть БЭ.)(中略)Все меня уже видели со всех сторон, а ожидаемой реакции на новую прическу нет. Чувствую разочарование.(中略)(Ожидается отношение и похвала — БЭ, желание быть в центре внимания — ЧС.)
新しい髪型に反応が無いことへの落胆を、Eglitは称賛への期待(Fi)と、注目の中心にいたい欲求(Se)の両方から説明しています。3つの資料は形式がまったく違いますが、人の目を集めることがSEEの満足に結びつくという観察は共通しています。
小括します。この章の資料は、スローガン、モットー、ブロックごとの短評、男女別の肖像、語の列挙、本人の自己観察と、形式がばらばらです。それでも、中身には同じ観察が繰り返し現れます。
1つは、計画や整理、筋道を立てることへの苦手さ(位置4のTi)で、Weisband、Prokofieva、socionics.ua、Eglitが書いています。もう1つは、人の注目を集めることへの欲求で、Prokofieva、Wikisocion編纂、Socioscope、Eglitに見られます。
14研究者間の差分を総括する
この章には新しい引用はありません。05〜13章で示した記述を、当サイトの責任で突き合わせます(根拠は各章の引用番号のとおりです)。
反復して現れる観測
研究者・時代・学派をまたいで繰り返される観測は、次の5つに整理できます。
- 人の先頭に立ち、人を動かす立場を取ろうとする。「喜んで人々を率い」(アウシュラ)、「彼は指導者の地位を求める」(Reinin)、「例外的に主導的であり」(Stratiyevskaya)、「非常に活動的なリーダー」(Karpenko)、被験者本人の「人を指揮するのが好き」(研究所の発言集)
- 考えるより先に動き、問題を一度で片づけようとする。「考える前に何かをする」(Reinin)、「一気に、勢いで解決しようとする」(Bukalov)、「一気に、単一の急襲で解決しようとする」(Gulenko)、「まず行動し、それから考える」(Filatova)
- 筋道の不足を指摘されると、行動が乱れる。Bukalov、Stratiyevskaya、Prokofievaが書き、本人の自己観察にも「私はこれについて何もわからない」(Eglit)とあります
- 関係を場面ごとに組み替え、好悪がすぐに入れ替わる。Stratiyevskaya、Gulenko、Prokofieva(「一日に数回変わる」)、Yermak(「関係を操作するほうを好む」)
- 自分の側についた人を世話し、守る。「自分の人々」を要職に据える(Reinin)、「自分と身近な者たちを守る」(Yermak)、「庇護し、世話し、許すことへの欲求」(Karpenko)、「困難な時に仲間を支え」(Filatova)
ただし、この一致を独立した観測の収束と呼ぶことはできません。アウシュラ以後の研究者は同じ理論共同体に属し、用語も先行記述も相互に継承しているからです(継承の系譜は02章)。正確には、相互に参照し合う文献系列の中で、論者・時期・記述様式を変えて反復されてきたモチーフであり、その意味でSEE記述の共有された部分と見てよい範囲です。
観測点の食い違い
一方で、単純に合成できない食い違いもあります。
第一に、位置1のSeが外へ押す力か、内を守る力かです。Filatovaは「押しが強く、物事を押し通す人間」と書き、Stratiyevskayaは主導権を「いかなる代償でも」奪い取ろうとする姿を書きます。一方、YermakとRoslankinaは圧力より関係の操作を好む姿を書き、Piatnitskiyは圧力に「いかに抵抗するか」を理解する側から書きます。境界を広げる向きと、境界の内側を固める向きとして両立させる読み方はできますが、それは当サイトの整理です。
第二に、位置2のFiで示す好意が本物かどうかです。Gulenkoは「人々の感情を操作する能力」を主要な特徴とし、Stratiyevskayaは影響圏の中での振る舞いを「非首尾一貫的、しばしば非倫理的」と書きます。一方、Filatovaは恋をするたびに「この恋人こそが永遠のものだと、彼は本気で信じている」と書きます。振る舞いの変わりやすさと、そのつどの感情の本気さを分ければ両立すると読めます。
第三に、主張の強さの水準です。Bukalovは民族を1つのタイプで記述し、Karpenkoは歴史家の伝記からメンシコフのタイプを導きます。いずれも検証できる形の主張ですが、判定の手続きも追試の記録も示されていません(23章)。
これらの食い違いは、観測された場面(平常時か対立の場面か)、用語の体系(Reininの陰陽の番号、Filatovaの4チャンネル、GulenkoのモデルG)、継承の経路(原典か再録か)の違いから生じていると読むことができます。同じ人の別の場面での現れを書き留めた違いで、観測された型そのものの食い違いではありません。
記述ジャンルの偏り
05〜13章の資料は、記述の様式が研究者ごとに違います。アウシュラは双対や超自我の相手との対の一例として書き、Reininは領域の定式のすぐ後に自分の見聞を置きます。Bukalovはプロファイルのほかに民族や政治家の分析にタイプを使い、Stratiyevskayaは位置ごとの長文に実例を挟み、Filatovaは『戦争と平和』の人物の読みを重ねます。YermakとRoslankinaは式を伴う定式だけで書き、研究所の発言集やEglitの資料は本人の言葉や思考の記録を並べます。同じSEEの観察でも、どの様式で書かれた記述かによって扱い方が変わります。
確からしい観測と、単一の研究者の主張
SEEについて確からしいのは、複数の文献に反復して現れる5つの観測です。逆に、単一の研究者にしか現れない記述(性的パートナーシップのモジュールへの割り当て、「分割して統治せよ」を守りの方針とする定式)は、その研究者の主張です。15〜23章では、この区別を前提に、二分法・次元性・クアドラ・関係という理論の各論を扱います。
15二分法から見るSEE
二分法で見ると、SEEは外向・感覚・倫理・非合理の組に入り、質問紙の統計では16タイプのうち最も外向的なタイプとされています。二分法は、16タイプを8対8に分ける切り口です。基礎の4つはユングの類型論に由来し、Reininがこれを15の特性へ広げました。特性の名前は研究者や訳によって違うため、地の文は二分法のページと同じ当サイトの表記(質問/宣言、構成主義/情緒主義など)で書きます。
基礎の4二分法—外向・感覚・倫理・非合理
外向—内向、直観—感覚、論理—倫理、合理—非合理の4つは、ユングの類型論から受け継いだ区分です。ユングは、外向をこう定義しています。
対象や客観的事実への指向性が非常に強く、最も頻繁に行われる重要な判断や行動が、主観的な価値観ではなく客観的な関係性によって決定される場合、これを外向的態度と呼ぶ。
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when the orientation to the object and to objective facts is so predominant that the most frequent and essential decisions and actions are determined, not by subjective values but by objective relations, one speaks of an extraverted attitude.
言い換えると、外向のタイプは、自分の好みより、目の前の対象や事実に合わせて判断し動くということです。ソシオニクスでは位置1の要素が外向か内向かでこの区分が決まり、位置1のSeが外向の要素なので、SEEは外向の側に入ります。
合理—非合理には、ソシオニクス側の定義もあります。Stratiyevskayaは、合理タイプと非合理タイプの違いを、こう書いています。
合理的人格タイプは合法則的なものに方向を定める—そのため彼らは周囲の環境と一貫して、計画的に、合法則性を観察しつつ、結論に基づいて相互作用する。あらかじめ自分の行動を考え、置かれる状況をあらかじめプレイし、何より重要なのは、そこからの出口を考え抜こうとする傾向で区別される。(中略)非合理タイプは予測不能、振る舞いの自発性で区別され、即興の状況においてよりよく感じ、合法則性ではなく偶然性に多く方向を定める。
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Рациональные типы личности ориентируются на закономерное — поэтому они взаимодействуют с окружающей средой последовательно, планомерно, наблюдая закономерности и основываясь на выводах. Отличаются стремлением заранее продумывать свои действия, заранее проигрывать ситуацию, в которую они попадут, а главное — продумывать выход из нее. […] Иррациональный тип отличается непредсказуемостью, спонтанностью поведения, он лучше себя чувствует в импровизированной ситуации, больше ориентируется на случайности, а не на закономерности.
つまり、非合理タイプは法則より偶然に向き、即興の場面のほうが居心地がよいということです。SEEが入るのは、前もって出口を考え抜く合理の側ではなく、即興に向く非合理の側です。
感覚の側については、Filatovaが、感覚型の全体に向けて、苦手なことを1つ挙げてこう書いています。
だが、感覚型がまったく不得手とすることが一つある。それは—待つことである。彼の「今ここ」という知覚は、何かを待つということを、まったく無意味なものにしてしまう。というのも、人生は過ぎ去っていき、その一瞬一瞬が取り返しのつかない形で過ぎ去っていくからであり—これを感覚型は非常に辛いものとして経験する。
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А вот уж чего сенсорик совершенно не умеет, так это — ждать. Его восприятие «здесь и теперь» делает ожидание чего-либо совершенно бессмысленным, ведь жизнь проходит, и проходит каждый ее миг безвозвратно — это сенсорик переживает очень тяжело: «Наташа, легко и даже весело переносившая первое время разлуки со своим женихом, теперь с каждым днем становилась взволнованнее и нетерпеливее.
言い換えると、感覚型にとって待つ時間は、取り返しのつかない一瞬が過ぎていくだけの時間だということです。Filatovaはこの直後にナターシャの場面を続け、09章ではその待てなさを位置1のSeに振り分けていました。
レイニン特性—SEEが入る11の極
15特性への拡張がどう始まったかを、Reinin本人がインタビューで、こう語っています。
きっかけは、アウシュラの仕事『人間の双対的本性』でした。そこには「貴族/民主」という特徴が記述されていたのです。ここからすべてが始まりました。(中略)こうした特徴が11個あり、ユング的なものを合わせて全部で15個だ、ということでした。
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Толчком послужила работа Аушры «Дуальная природа человека». В ней был описан признак «аристократы-демократы». Вот с него все и началось. […] Математически оказалось, что таких признаков одиннадцать, а всего – вместе с юнговскими – пятнадцать.
つまり、レイニン特性の出発点は、アウシュラが記述した貴族/民主の区別だということです。そこに新しい11個とユング由来の4つを合わせて、15個になりました。出発点の貴族/民主では、SEEは民主主義の側に入ります。
新しい11の特性で、SEEが入る極は、果敢・客観主義・民主主義・質問・静的・戦略・情緒主義・利益・先見・プロセス・肯定です。鏡像のESIとは、外向—内向と合理—非合理を含む8つの特性で極が分かれます。このうち質問の極について、Karpenkoは、クアドラの中での要素の次元数から理由を説明しています。
Karpenkoは、要素ごとにそのクアドラの中で持つ次元数を割り出し、表にまとめています。ガンマクアドラで次元数が4とされるのはSeとFiで、この2つを自我に持つのがSEEとESIです。その表を受けて、Karpenkoはこう書いています。
注目しておこう。上の2行(クアドラにおける四次元アスペクトの持ち主)を占めるタイプにはレイニン特性の質問タイプが対応し、他方宣言タイプは、自我ブロックに、クアドラにおける次元数が3のアスペクトを含んでいる。比喩的に言えば、私たちの三次元世界の枠を超え出る四次元アスペクトを駆使することが、表7の上2行のタイプに、次から次へと新しい問いを立てさせるのである。一方宣言タイプは、観察可能な空間に完全に対応する三次元アスペクトの情報を握っている。まさにこれが、彼らの判断と発言に明瞭さと有無を言わせぬ調子を与えるのだ。
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Отметим, что две верхние строчки (обладатели 4-мерных аспектов в квадре) занимают типы, которым соответствует признак Рейнина квестимы, в то время как деклатимы в блоке ЭГО содержат аспекты, мерность которых в квадре — 3. Образно говоря, владение четырехмерными аспектами, вы- ходящими за рамки нашего трехмерного мира, заставляет типы из первых двух строчек таблицы 7 за- даваться все новыми и новыми вопросами. Деклатимы же владеют информацией по трехмерным ас- пектам, полностью соответствующим наблюдаемому пространству. Это-то и придает их суждениям и высказываниям четкость и безаппеляционность.
上の引用にあるクエスティムとデクラティムは、レイニン特性の質問/宣言の両極のことです。言い換えると、次元数4の要素を自我に持つタイプが質問の側に入り、次々に新しい問いを立てるということです。Karpenko自身は、この説明に「比喩的に言えば」と断りを付けています。
また、11章で見たセミナーのSEEも、多数の質問で外向性を示していました。理論からの説明と場の観察が、同じ向きを指していると読めます。
質問紙の統計と、ストレスへの強さの群
外向の度合いについては、質問紙の統計があります。Danidinは、TalanovとKhizhnyakの質問紙SOLTI-192に答えた6,119人分のデータを分析し、外向—内向について、こう書いています。
この特徴における反転(すなわち、診断されたタイプの外向・内向とは別の極に近いこと)は、人口の約11%に見られる。最も外向的なタイプはSEEで、SLEとLIEも際立っている。最も内向的なのはSLI、LII、EIIである。SEE、SLE、およびLII、EII、SLIでは、外向・内向の反転はほとんど起こらない。
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инверсия по признаку (т.е близость к иному полюса вертности, нежели вертность диагностированного типа) наблюдается примерно у 11% популяции. самый экстравертный тип - СЭЭ, также выделяются СЛЭ и ЛИЭ. Самые интровертные - СЛИ, ЛИИ, ЭИИ у СЭЭ, СЛЭ, а также ЛИИ, ЭИИ, СЛИ практически не бывает инверсии вертности.
言い換えると、この質問紙では外向の極にいちばん近かったのがSEEで、SEEと診断された人が内向の側に寄ることもほとんど無かったということです。反転の少なさでは、同属のSLEも同じ側に挙がっています。
Gulenkoは、合理—非合理を独自の左/右の区分と組み合わせ、ストレスへの強さでタイプを4つの群に分けています。SEEは右非合理に入り、Gulenkoはこの群をこう書いています。
右非合理(Right irrationals) (政治家、仲介者、探求者、批評家)は、ストレス訓練型ソシオタイプ(当サイトでいうタイプ)の群を形成する。それは、極限条件への漸進的な適応によって特徴づけられる。四タイプそれぞれが自分の「サバイバル学校」を経験し、毎回その耐性の度合いを高めていく。(中略)彼らの典型的な気質に追加される構成要素は、粘性である。
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Right irrationals (Politician, Mediator, Searcher, Critic) form a group of stress-training sociotypes. It is characterized by a gradual adaptation to extreme conditions. Each of the four goes through their “school of survival,” increasing each time the〔中略〕degree of resistance. An additional component to their typical temperaments is viscosity.
上の引用にある政治家はGulenkoがSEEに付けた名前で、仲介者はSEI、探求者はILE、批評家はILIです。つまり、右非合理は、厳しい条件に一度で強くなるのではなく、経験を重ねて少しずつ耐性を上げる群だということです。
一方、同じ節でGulenkoは、同属のSLEを含む左非合理を最もストレスに強い群とし、その気質に加わる成分を弾性としています。右非合理の4タイプは、いずれもレイニン特性ではプロセスの側に入ります。
クラブ—社交者(SF)
直観—感覚と論理—倫理の2つを組み合わせると、16タイプは4つのクラブ(小集団)に分かれます。SEEは感覚と倫理の組で、Wikisocionはこのクラブをこう書いています。
社交者: 感覚型かつ倫理型(SF)、すなわちSEE、SEI、ESE、ESI。
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Socials: sensing and ethical (SF), or SEE, SEI, ESE, and ESI.
つまり、SEEは、SEI・ESE・ESIと同じ社交者のクラブ(SF)に入るということです。3タイプはSEEから見て消火・準同一・鏡像の相手で、双対のILIは研究者のクラブ(NT)に入ります。双対の相手は、同じクラブの外にいることになります。
小括します。基礎の4つでは、SEEは外向・感覚・倫理・非合理の組です。Stratiyevskayaが書く非合理タイプの即興への向きと、Filatovaが書く感覚型の「待つこと」の苦手は、SEEの非合理と感覚の側に並ぶ記述です。外向については、質問紙の統計で最も外向的なタイプという数字も残っています。レイニン特性では、Karpenkoが質問の極をクアドラの中の次元数から説明し、GulenkoはSEEを経験で耐性を上げる右非合理の群に置いています。
16機能の次元性とSEE
次元性の理論に当てはめると、SEEは位置1のSe(外向感覚)が最も広い4次元、位置4のTi(内向論理)が最も狭い1次元のタイプです。機能の次元性は、各機能位置が参照できる情報の幅を1〜4次元で記述する後代の拡張理論です。提唱者はBukalovで、Yermakがパラメータの定式化を整備しました。
通説では、位置1と位置8が4次元、位置2と位置7が3次元、位置3と位置6が2次元、位置4と位置5が1次元とされます。次元は要素ではなく位置に割り当てられた値なので、SEEに並べると、SeとFeが4次元、FiとSiが3次元、NeとTeが2次元、TiとNiが1次元になります。
起源—Bukalovの主張と「構造の損傷」
BukalovはKarpenkoとの2018年の論文で、次元性を1990年に自分が発見したものとしています。そのうえで、次元性によって人の思考と行動の特徴や、タイプ間の関係のニュアンスを正確に記述できるようになり、研究所の職員やほかの専門家のコンサルティング業務で実用上の応用があると書いています。
一方、Eglitの2007年の論文は、モデルAに次元性の理論が加わった年を1989年としており、提唱の年は文献によって1年ずれます。
次元性の語は使っていませんが、タイプごとの受け取り方の違いについての観察が、アウシュラの特性論考にあります。アウシュラは、タイプごとに何に怖がらされるかを、こう書いています。
たとえばLSE〔原文: シュティルリッツ〕はいかなる軽率な偶然の音でも怖がらせられる(床に蓋が落ちた)。EIE〔原文: ハムレット〕—軽率な動き(講師が手を振る)。ILE〔原文: ドン・キホーテ〕—馴染みの対象の形の軽率な損傷。SEE〔原文: ナポレオン〕—構造の損傷。
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Например, Штирлица ( (ЛСЭ)) можно испугать любым необдуманным случайным звуком (на пол упала крышка), Гамлета ( (ЭИЭ)) — необдуманным движением (лектор размахивает руками), Дон Кихота ( (ИЛЭ)) — необдуманным повреждением формы знакомого объекта, Наполеона ( (СЭЭ))— повреждением структуры.
言い換えると、同じ偶然の出来事でも、何に怖がらされるかはタイプごとに違うということです。SEEの場合、それは構造が損なわれることだとアウシュラは書いています。
物事の構造や筋道は、Tiが意識する情報とされます。SEEではTiが位置4にあり、次元性の理論では最も狭い1次元の位置です。SEEについては、怖がらされる対象が1次元の要素の情報になっていると読めます。ただし、同じ列挙のILEの「形の損傷」はILEの位置4のFiと対応しないので、4つの例に共通する規則とまでは言えません。アウシュラは要素も次元も名指しておらず、この対応づけは当サイトの整理です。
4つのパラメータ—Yermakの定義
Yermakは、次元を数えるための4つの項目を、経験・規範・状況・時間の順に、こう定義しています。
Ex(英語 experience から)—経験のパラメータ —出生時からの、人生を通じて意思決定と影響の執行の過程で人間が獲得した、個人的(Ex)または人格的(社会的)経験(Ex*)の特徴。(中略)Nr(規範 norm から)—規範のパラメータ —意思決定または管理影響の執行の過程で遵守すべき規範、規則、習慣、認められた手法、基準(個人的—Nr または社会的—Nr*)の特徴。(中略)St(英語 situation から)—「状況」のパラメータ —意思決定または管理影響の執行の条件、「情況」(個人的 St または社会的 St*)の特徴。(中略)Tm(英語 time から)—パラメータ的時間 —意思決定または執行がなされる、過去・現在・未来の個人的(Tm)または社会的(Tm*)時間の瞬間。
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® Нх (от англ. ехриепсе) — параметры опыта — характеристика индивидуального (Ех) или личностного (социального) опыта (Ех*), полученного от рождения и наработанного человеком в течение жизни в процессе принятия решения и исполнения воздействий ; (中略) ® М (от англ. погт) —- параметры норм - характеристика норм, правил, обычаев, принятых приёмов и стандартов (индивидуальных — Мг или социальных — Мг *), которых следует придерживаться в процессе принятия решения или исполнения управляющих воздействий “; (中略) ® 5 (от англ. 5ИлаНоп) — параметры “ситуации” - характеристика условий, "обстановки" (индивидуальной 51 или социальной 5*) принятия решения или исполнения управляющих воздействий; (中略) ® Тт (отангл. ите) - параметрическое время — момент индивидуального (Ти) или социального (Ти\*) времени в прошлом, настоящем или будущем относительно которого принимается или исполняется соответственно индивидуальное или социальное решение; иными словами, время как точка на шкале времени, т.е. как параметр "привязки" обработки информации к некоторому моменту в прошлом, настоящем или будущем.
上の引用にあるEx・Nr・St・Tmは、4つのパラメータの略号です。つまり、1次元は経験、2次元は経験と規範、3次元は状況まで、4次元は時間までを参照する積み上げだということです。
SEEでは、位置1のSeと位置8のFeが時間まで、位置4のTiと位置5のNiが経験だけを参照することになります。
Bukalov側は、同じ4つを別の語で、こう呼んでいます。
次元性を考慮した情報代謝機能の一般構造を、グローバル性、状況、規範、個人的経験のベクトルによって図的に表されるとおり、思い出しておこう。
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Напомним общую структуру функций информационного метаболизма с учетом мерностей, графически выражаемых векторами глобальности, ситуации, норм и личного опыта.
つまり、Yermakの「時間」に対応する4本目を、Bukalovは「グローバル性」と呼んでいるということです。同じ理論の内部でも、4本目のパラメータの名前は統一されていません。
次元の割り当て
位置1〜4の次元と、1次元の機能の判断の仕方を、Bukalovはこう書いています。
機能の操作的心理情報空間の次元数の理論からは、第4機能は1次元的刺激・情報を知覚することが帰結する。それは情報的に1次元的(「はい/いいえ」の原理での判断)であり、自己の個人的経験から発する。モデルAのメンタルリングにおいて、第4機能は情報的に1次元、第3機能は2次元、第2機能は3次元、第1機能は4次元である。
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Из теории мерностей операционного психоинформационного пространства функций следует, что 4-я функция воспринимает одномерные стимулы или информацию. Она информационно одномерна (суждения по принципу «да-нет»), исходит из собственного личного опыта. В ментальном кольце модели А 4-я функция информационно одномерна, 3-я — двумерна, 2-я — трехмерна, а 1-я — четырехмерна.
言い換えると、第4機能は「はい」か「いいえ」かで判断し、自分の個人的な経験だけを出発点にするということです。Bukalovは、この二値の判断を、次元数の理論からの帰結として書いています。
SEEの第4機能は位置4(脆弱機能)のTiなので、筋道や体系についての判断がこの形になるとされます。
第1機能と第2機能の違いについては、Yermakが時間のパラメータを使って、こう説明しています。
知性の機能(「知性」—第1機能)は4次元—受容される社会的に有意な(人格的)情報を全面的に処理し(アイデア、課題の解決などを探す)、これには時間パラメータについて(過去、現在、未来において)の処理も含まれる;(中略)社会的創造の機能(「創造」—第2機能)は3次元—「創造する」、すなわち過去、現在、未来のある時間の瞬間に対して知性の機能が見出した社会的に有意な決定、アイデア、思考を実現する。ここから社会的経験、状況、規範の考慮が現れるが、創造機能は時間パラメータについて不変(独立)である
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– функция интеллекта («интеллект» — ф.1) четырѐхмерна — всесторонне обрабатывает воспринимаемую социально значимую (личностную) информацию (ищет идею, решение задачи и т. п.), в том числе и по параметру времени (в прошлом, настоящем или будущем), функция социального творчества («творческая» — ф.2) трѐхмерна — «творит», т. е. реализует социально значимые решения, идею, мысль, которые найдены функцией интеллекта относительно некоторого момента времени в прошлом, настоящем или будущем — отсюда учѐт социального опыта, ситуаций и норм, но инвариантность (независимость) функции творчества по параметру времени (функция «творит» в той точке или в том периоде на временной шкале, которые ей определила функция интеллекта (ф.1));
つまり、4次元の第1機能は時間を含めて情報を扱い、3次元の第2機能は時間から独立に働くということです。分かれ目は、時間のパラメータを扱うかどうかに置かれています。
SEEでいえば、位置1のSeが過去から先までを扱い、位置2のFiは、第1機能が見出したことをそのつどの時点で実現する側になります。
位置4のTi—1次元の実例
キエフのシステム・ソシオニクス学派のEglitは、次元の違いを発言の実例で示す論文で、SEEの回答をこう注釈しています。
単語をグループに分類してください(どう、どんなグループに分けるかは自分で選んでください):電話、きのこ、サンダル、森、紙、騒音、蜂、草地、緑色の、ぱりぱりという音、音楽、歌、技術、特許、医者。自然:きのこ、騒音、蜂、草地、緑色の、ぱりぱりという音、音楽、歌。仕事:電話、紙、技術、特許。生活:サンダル、医者。私にとって音楽と歌は「自然」です。村では祭りは(歌も音楽も踊りもある祭りは)いつも決まって自然の中で行われるので。(1次元のTi、独自性—SEE「ナポレオン」)「私にとって」という言い回しが目を引く。これは個人的な理解を示しており、1次元の機能(規範がない)、あるいはヴァイタルな機能(個人の生命活動のスーパーブロック)に特徴的である。
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Необходимо классифицировать слова по группам (сама выбери как и каким): телефон, грибы, сандалии, лес, бумага, шум, пчела, луг, зеленый, хруст, музыка, песни, технология, патенты, доктор. Природа: грибы, шум, пчела, луг, зелёный, хруст, музыка, песни. Работа: телефон, бумага, технология, патенты. Жизнь: сандалии, доктор. Для меня музыка и песни — «природа», т. к. в посёлке все праздники (где и песни, и музыка, и танцы) всегда проводятся исключительно на природе. (одномерная БЛ, своеобразие — СЭЭ «наполеон») Обращает на себя внимание фраза «для меня», которая указывает на индивидуальное понимание, что характерно для одномерных (нет норм), либо витальных функций (суперблок индивидуальной жизнедеятельности).
上の引用の前半は回答者の分類と説明で、括弧から後がEglitの注釈です。言い換えると、SEEの回答者は分類の基準を、自分の村の祭りという個人の経験から立てているということです。
Eglitは「私にとって」という言い回しを、規範を持たない1次元の機能か、ヴァイタルな機能の目印としています。
SEEへの適用—4次元のSe
位置1のSeが4次元であることを、SEEに即して具体的に書いた記述は、当サイトが確認した範囲の文献にはありません。以下は、第1機能についての一般の記述をSEEのSeに当てはめたものです。Karpenkoは、4次元の第1機能が何をもたらすかを、こう書いています。
第1機能の四次元性はその包括的な性格を与え、その持ち主に、対応するアスペクトにおいて、状況や規範、さらには個人的経験が課す枠や制限を乗り越えることを可能にする。(中略)この機能の四次元性は、世界の慣れ親しんだ幾何学を「引き裂き」、新しい地平を開き、アイデアと発見と予見を贈り届ける。
言い換えると、4次元の第1機能は、状況や規範や自分の経験が決める枠を越えられるということです。Karpenkoは要素を特定せず、第1機能一般について書いています。
SEEでは第1機能にSeが入るので、越える枠は、力や影響の及ぶ範囲についての状況・規範・経験になると読めます。Karpenkoは同じ論文でクアドラごとにも次元を割り当て、ガンマのSeを4次元としていますが、これはクアドラ単位の割り当てで、タイプの位置に付く次元とは別の水準です。
一方、Yermakは位置1のSeを、「さまざまな状況で、社会的な規範と規則を用いて」自分と身近な周囲を守る働きとして書いています。状況と規範の語はありますが、4次元の目印とされる時間の扱いは、この記述に出てきません。
強い主張への注記
次元性の理論には、検証の手続きが示されないまま、数値を伴う強い主張も含まれます。BukalovとKarpenkoは、次元と記憶の容量の関係を、こう書いています。
心的機能の次元性の階層は、注意・記憶・思考の容量の階層を定める。生物種が違えばこれらの容量は大きく異なりうる。我々が示したとおり、人間にとって次元性の階層は、記憶・注意・思考の容量に関する「ブカロフの魔術的列」を定める:7±2、10±1、17±1、27±1。最初の数はミラーの「マジカル・ナンバー」7±2および作業記憶(オペレーショナルメモリ)の容量に対応する。心的機能の次元性に結びつけられた各ベクトルに、それぞれの注意・思考・記憶の容量を対応させることができる [6–13]。
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Иерархия мерностей психических функций задает иерархию объемов внимания, памяти и мышления. Для разных биологических видов эти объемы могут очень сильно различаться. Так для человека, как было показано нами, иерархия мерностей задает «магический ряд» Букалова для объемов памяти, внимания и мышления: 6(±1), 10(±1), 16(±1), 26(±1), в котором первое число соответствует «магическому числу» Миллера и объему оперативной памяти. Каждому вектору, связанному с размерностью психической функции, можно сопоставить свой объем внимания, мышления и памяти [6–13].
言い換えると、次元の段階が、記憶・注意・思考の容量の段階を決めるという主張です。出発点のMillerの7±2は、認知心理学で古くから知られる作業記憶の目安です。
そこから導かれた10±1、17±1、27±1の系列を支える独立の実験データは、当サイトが確認した範囲では引用文献の外に示されていません。
小括します。次元性の理論では、SEEは位置1のSeと位置8のFeが4次元、位置4のTiと位置5のNiが1次元のタイプです。1次元のTiについては、Eglitが、個人の経験を基準に分類する回答の実例を残しています。一方、4次元のSeをSEEに即して書いた記述は見つからず、4本目のパラメータの呼び名も研究者ごとに違います。
17ガンマ・クアドラのSEE
SEEは、ILI・LIE・ESIとともにガンマクアドラを構成します。4タイプが大事だと感じる情報要素は、Se(外向感覚)・Fi(内向倫理)・Ni(内向直観)・Te(外向論理)です。このクアドラのなかでSEEは、人の誤りを正し、人々を団結させる外向のタイプとして書かれています。
クアドラとは何か—アウシュラの規定
創始者のアウシュラは、クアドラのまとまりを、こう定義しています。
クアドラ。 クアドラとはソシオンの4分の1であり、四つの情報代謝タイプから構成される。そのうち互いに活性化する二つの双対ダイアドのうち、一方は一つの社会的進歩の環に、他方はもう一つの環に属する。クアドラの参加者を結びつけるのは一定の関心の共通性であり、そして最も重要なことに—紛争の可能性の不在である。互いにつねに理解し合い、言葉の背後にも行為の背後にも何ら不快なことを気づかない。際立って実り多く生産的な共同作業。
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Квадра. Квадра — одна четвертая социона,' об-` разованная из четырех типов ИМ или двух активи- зирующих друг друга диад, одна из которых отно- сится к одному, другая — к другому кольцу соци- ального прогресса. Участников квадры объединяет определенная общность интересов, а главное — от- сутствие возможностей конфликта. Друг друга они всегда понимают, за словами и поступками не заме- чают ничего обидного. Исключительно нлодотворна и производительна совместная работа.
上の引用にあるソシオンは16タイプがそろった全体、双対ダイアドは双対ペアのことです。言い換えると、クアドラは関心が共通し、あいだに紛争の起こる可能性がない4タイプの集まりだということです。
呼び名の揺れ—「第二」とガンマ
アウシュラの同書はクアドラを順序数で呼び、SEEを含む組は「第二」として、こう列挙されています。
第二。 論理直観外向と倫理感覚内向、感覚倫理外向と直観論理内向。
上の引用にあるエクストラティムは外向型、イントロティムは内向型を指すアウシュラの語です。列挙されているのはLIE・ESI・SEE・ILIで、いまガンマと呼ばれる4タイプです。
一方、Stratiyevskayaは、同じ組を「第三クアドラ」と呼び、双対の組み方をこう書いています。
SEE〔原文: カエサル〕とILI〔原文: バルザック〕は第三クアドラ(ガンマ)の非合理的双対ディアードを構成する。(中略)LIE〔原文: ジャック〕とESI〔原文: ドライザー〕はここで合理的ディアードを構成する。
引用にあるディアードは双対の2人組のことです。つまり、SEEとILIは非合理の双対、LIEとESIは合理の双対としてガンマを作るということです。
同じ4タイプが、アウシュラでは「第二」、StratiyevskayaやKarpenkoでは「第三」「第3」と番号づけられています。番号は研究者によって揺れるため、クアドラは構成するタイプで照らし合わせます。
気風の記述—ガンマの価値
Gulenkoは、ガンマの根本にある価値を、こう書いています。
γクアドラの根本価値は実利主義である。ご存じのように、それはアングロサクソン諸国の伝統的イデオロギーに基づく。実利主義の哲学においては、利益をもたらすすべてのものだけが本当に認められる。絶対的真理、あるいはそれへの欲求さえ拒否される。
Gulenkoは、ガンマで本当に認められるのは利益をもたらすものだけだと書いています。絶対的な真理を求める気持ちまで退ける、強い定式です。
Yermakは、Roslankinaとの共著の付録で、第3クアドラの社会的特徴をこう書いています。
クアドラの社会的特徴(機能的指向と価値観)—出来事と実務の思考、関係を防衛し統制するイデオロギー、現実を技術的・予測的・意志的・コミュニケーション的に把握し、現実に批判的に向き合う傾向、周囲の環境と出来事に即して方法的に、また実利的かつ保守的に相互作用する傾向。
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Социальная характеристика квадры (функциональная ориентация и ценности) — событийно-деловое мышление, идеология защиты и контроля отношений, склонность к технологическому, прогностическому, волевому, коммуникативному осмыслению и критическому отношению к действительности, событийно-методическому и прагматично- консервативному взаимодействию с окружающей средой.
言い換えると、ガンマは出来事と実務を軸に考え、人との関係を守りながら管理しようとするということです。「実利的」の一語で、Gulenkoの実利主義と重なります。
Reininは、民主と貴族という関係様式の軸で、ガンマをこう特徴づけています。
民主的なクアドラは2つある。アルファクアドラとガンマクアドラである。貴族的なクアドラも2つある — ベータクアドラとデルタクアドラである。(中略)ガンマクアドラは「思想の民主主義者」であり、彼らの思想は民主的だが、彼らの関係性においてはやや距離を置き「ボタンを締めて」いる。
つまり、ガンマはアルファと並ぶ民主のクアドラですが、民主的なのは思想で、関係ではやや距離を置くということです。Yermakの「関係を防衛し統制する」とReininの「ボタンを締めて」は、関係に対して構えを解かないという同じ側を書いていると読めます。
Karpenkoは、クアドラごとにアスペクトの扱いを順位づけ、意志感覚でのガンマをこう書いています。
他方、意志感覚(●(Se))のアスペクトでは、第3クアドラ(ガンマ)の代表者はソシオン全体にハンデをやれるほどである。力の配置を評価し、相手の弱点を見抜き、それに付け込み、それでいて他のタイプの意志的・力的な要求を屈託なく無視するか軽蔑的に退けることにかけて、彼らに勝る者はいない。(中略)力の相互作用の枠の外では、第3クアドラの黒い感覚は、一方では世話をし、守り、庇護のもとに置こうとする志向に、他方では周囲の空間の形と色との活発な相互作用に現れる。
上の引用にある意志感覚(●)と黒い感覚は、どちらもSe(外向感覚)のことです。言い換えると、力の配置を評価し相手の弱点を見抜くことでは、ガンマに勝るクアドラはないとKarpenkoは見ています。
Karpenkoは、SEEの位置1にあるこのSeを、押し引きの場の外では世話をし守る志向としても書いており、力の側だけで終わらせていません。
ガンマのなかでSEEが担うもの
アウシュラは『レイニン特性の理論』で、議論クラブの話として、こう書いています。
社会生活では、個別クアドラの代表者は、ある程度別の実現へと引かれる。疑いなく、純粋な理論家は民主主義者オクターブの直観論理タイプに最も多い。しかしまさにこれらクアドラに、最も実践的な、最も社会化されたと言える感覚倫理タイプがいる。
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В социальной жизни представители отдельных квадр тянутся в какой-то мере к другой реализации. Несомненно, что чистых теоретиков больше всего будет в октаве демократов среди интуитивнологических. Но именно в этих квадрах и самые практические, самые, я бы сказала, социальные, или наиболее социализированы сенсорно-этические типы.
上の引用にある民主主義者オクターブは、アルファとガンマを合わせた8タイプのことです。言い換えると、純粋な理論家が多いのと同じクアドラに、最も実践的で社会化された感覚倫理タイプがいるとアウシュラは書いています。
ガンマでこの感覚倫理の組を作るのは、SEEとESIの2タイプです。SEEはその外向の側に入ります。
アウシュラは、ヴィルニュスに何年もあった討議クラブの様子を、Reinin宛の書簡でこう書いています。
何年かのあいだ、ここヴィルニュスでは本物の討論クラブがうまく続いていた。もっとも、それはそこに感覚倫理型がたまたまにせよ一人も現れないうちのことだった…。そうなっていたら、そこですべてがそれほど揺るぎないものだったかどうかは、私には分からない。実際には、周りには感覚倫理型が4人、つまり「補う」クラブの全員がいた。彼らは話すより黙っていることが多く、おもに、どうやら自分の双対を攻撃から守り、それによって彼らに一息つかせていたようだ。感覚倫理型が1人だけ現れたときには、その人が自分の双対を見事にかばうので…、議論はほとんど不可能になった。
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Несколько лет у нас, в Вильнюсе, успешно существовал самый настоящий дискуссионный клуб. Правда, пока в нем не появлялись хотя бы случайные сенсорно-этические…. Так ли уж там все было бы прочным — не знаю. По сути дела, вокруг крутились четыре сенсорно-этических, то есть — весь «дополняющий» клуб. Они больше молчали, чем говорили, и в основном, по-видимому, защищали от нападок своих дуалов и тем давали им передышку. В тех случаях, когда появлялся лишь какой-то один сенсорно-этический, он так прекрасно прикрывал своего дуала… что дискутировать было почти невозможно.
つまり、感覚倫理タイプは話すより黙って双対を攻撃から守り、1人だけで加わると議論がほぼ成り立たなくなったということです。書簡の主語は感覚倫理タイプ全体です。前の引用の「最も実践的」と並べると、理論を戦わせる場でも、身近な相手を守ることを先にするという観察になります。
Bukalovは、ガンマの社会的役割を4タイプに振り分け、こう書いています。
クアドラγの社会的役割は人間活動のあらゆる領域における事物の現状の批判—その中にはクアドラβの仕事も含まれる—にある。(中略)感覚倫理外向(SEE)は、他者の主観的過誤を批判的に再考し、修正しようとする。(中略)その双対、直観論理内向(ILI)は、世界の現実に懐疑的に関わる;(中略)倫理感覚内向(ESI)は、風俗の批判者、道徳の擁護者である;(中略)論理直観外向(LIE)は、有害な習慣、外的環境汚染等の批判者である。
Bukalovによれば、ガンマの役割は現状の批判で、そのなかでSEEは他人の主観的な誤りを考え直させ、正そうとします。ILIは世界の現実、ESIは風俗と道徳、LIEは習慣と環境を批判の的にしており、SEEの的は個々の人の誤りです。
Stratiyevskayaは、監督の関係を論じた文章で、ガンマのなかのSEEの課題を、こう書いています。
γクアドラの外向のイデオローグとしてのSEE、カエサルの基本的な課題は、悪と戦うためにすべての善良な人々を団結させることである。(中略)「悪い人々が悪い事のために団結するのなら、善い人々が善い事のために団結するのを何が妨げるだろうか?」—L.N.トルストイ(SEE、カエサル)。
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Основная задача СЭЭ, Цезаря как экстраверта-идеолога гамма-квадры – объединение всех добрых людей для борьбы со злом.(中略)« Если злые люди объединяются ради злых дел, то что мешает добрым людям объединиться ради добрых дел? » – Л.Н. Толстой (СЭЭ, Цезарь).
上の引用にある外向のイデオローグは、クアドラの理念を担う2つの外向タイプの一方のことです。つまり、SEEの課題は、善良な人々を1つにまとめて悪と戦うことだということです。
Stratiyevskayaは、その標語をトルストイ(SEE)の言葉で示しています。Bukalovが個々の人の誤りを正す役をSEEに置いたのに対し、Stratiyevskayaは人を集める役を置いています。
小括します。ガンマの構成、つまりSe・Fi・Ni・Teを大事だと感じるSEE・ILI・LIE・ESIの4タイプは、研究者のあいだで一致します。気風の記述では、Gulenko・Yermak・Reininの3人が、実利と、関係に対して構えを解かない姿勢を重ねて書いています。
その中でSEEは、他人の誤りを正し、善良な人々を団結させる外向の側として書かれています。アウシュラの書簡は、議論の場でも双対を守る感覚倫理タイプの姿を伝えています。
18タイプ間の関係のなかのSEE
原典がSEEの関係を名指しで書くとき、中心に置かれるのは双対のILIで、SEEの勢いに行動計画と時間の見通しを与える相手として書かれています。タイプ間の関係の理論では、SEEの主要な相手は、双対=ILI、活性化=LIE、鏡像=ESI(以上ガンマ)、衝突=LIIなどです。また、SEEが監督する相手はEII、SEEを監督する相手はLSIです。SEEが恩恵を与える相手はLSE、SEEに恩恵を与える相手はEIEです。関係ごとの一般解説は関係のページにあります。
双対関係の一般定式
Reininは、双対関係を一般的に、こう定式化しています。
この種類の関係においては、当該タイプの弱い機能が、他方のタイプ(双対、完全に補完的なタイプ)の強い機能の領域にある。補完的なタイプの人物こそが最良の教師である。(中略)双対タイプは私の弱い機能を保護し、同時に、私の弱い機能の領域においてさえ成功に至る行動プログラムを提供してくれる。
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In this type of relationships the weak functions of the type are in the zone of strong functions of the other type (dual, completely complementary type). A person of the complementary type is the best teacher. […] The dual type protects my weak functions, at the same time providing a behavioral program for me to reach success even in the area of my weak functions.
つまり、双対の相手は、自分が弱い領域でも成功できる行動のしかたを教えてくれるということです。SEEに当てはめると、位置5(暗示機能)のNiと位置6(動員機能)のTeが、双対ILIでは主導機能と創造機能になります。
Gulenkoは、双対の2人が一緒にいるときの様子を、こう書いています。
双対関係は興味深く、もてなしに満ちたコミュニケーションを楽しめる関係であり、退屈することがありません。パートナー同士は互いを釣り合わせ合い、心理的な無重力状態のような感覚を生み出します。パートナーは自分の行動や言葉を統制する必要がなく、ただありのままの自分でいることができます。あらゆる活動において役割分担がほぼ自動的に行われるため、新しい課題に向けて多くのエネルギーを節約できます。
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Dual relationships enjoy an interesting and hospitable communication that is never boring. Partners counterbalance each other, creating a feeling of psychological weightlessness. Partners do not have to control their actions or words; they can just be themselves. Due to the fact that responsibilities in every activity are distributed almost automatically, a lot of energy is saved for new tasks.
言い換えると、双対の2人は、気を張らずに過ごせて、分担も話し合わずに決まるということです。Reininが技能の受け渡しから書いたのに対し、Gulenkoは一緒にいるときの体感から書いています。
SEEとILI—アウシュラの記述
SEEの双対はILIです。アウシュラは、婚前交際についての章(1983年の『人間の双対的本性』を1998年版に再録した部分)で、感覚的外向型と直観的内向型を1つの節で対にして書いています。SEEの記述のすぐあとに、ある女子学生が書いた「夢の相手」を、こう引いています。
ある女子学生は、感覚倫理外向で、夢の騎士をこう描いている。「彼は美男で、陰気でなければならない。目は大きく、悲しげ。口数が少なく、お世辞を言わない。だから近寄りがたい印象を与える。私に言わせれば気にする価値もない何十もの問題が、彼を苦しめている。私は彼の悲しみと真剣さに引きつけられ、彼を楽しませ、気分を上げ、喜ばせようとする。だから、パーティーにそういう男の子がいると、私は退屈しないし、生き生きして、大げさなほど陽気になり、彼を楽しませて、笑いとまではいかなくても、せめてほほ笑みくらいは引き出そうとする」。これは、直観論理内向を形象的に描いたものである。
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Вот как студентка, сенсорно-этический экстраверт, описы- вает рыцаря своих мечтаний: «Он должен быть красивый и унылый. Глаза большие и печаль- ные. Неразговорчив, не произносит комплимеитов. И поэтому создает впечатление педосягаемого. Его мучают десятки проблем, на которые, по-моему, не стоит обращать внимания. Меня притягивают его печаль, серьезность, стараюсь развеселить, поднять настроение, обрадовать. Поэтому, если на вечерин- ке есть такой парень, я не скучаю, оживляюсь, становлюсь преувеличенно веселой, стараюсь раз- веселить его, принудить если не к смеху, то хотя бы к улыбке». Это — образное описание интуитив- но-логического интроверта
書き手の女子学生は、感覚倫理的外向型、つまりSEEです。言い換えると、SEEの女性が惹かれるのは、寡黙で真剣な、自分が笑わせてあげたくなる男性だということです。彼を苦しめる問題を「気にする価値もない」と見るところに、SEEの側の見方も出ています。
アウシュラは、ILIの辛辣な言葉がSEEにどう作用するかを、こう書いています。
しかもさらに言うなら、彼の辛辣な言葉が、自分の仕事の質に満足している人々の気分をまったく壊さないということを。すべての感覚型は質に満足している。「他にどうしようもなかった」「これ以上跳べなかった」という言葉は、外向的直観をもつ個体にとっては非難として作用するが、精力的な感覚倫理外向をただ安心させるだけである。まだもっとやれたかもしれないが、それは彼の罪ではないと説得してくれるのだから。
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Кроме того, нужно сказать, что его едкие за- мечания совершенно не портят настроение людям, которые довольны качеством содеянного. А все сен- сорики качеством довольны. Слова «иначе и не могло быть», «выше головы не прыгнешь», кото- рые на индивида с экстравертной интуицией дейст- вовали бы как осуждение, очень энергичного сен- сорно-этического экстраверта лишь успокаивают. Убеждают, что не его вина, если не сделано еще больше.
上の引用の「彼」はILIのことです。つまり、ILIの悲観的な評価は、SEEの気分を下げず、むしろ気を楽にさせるということです。前提には、SEEが感覚型として自分の仕事の質にもともと満足していることが置かれています。
アウシュラの資料に準拠したWeisbandのハンドブックは、ILIの側から双対を、こう書いています。
彼は強すぎる情熱は人を滅亡に導くと心から信じている。オノレ・ド・バルザックは彼の文学作品を通して、情熱が壊滅的な癌のように広がり、他のすべてを最終的に抑圧するまで人の魂を蝕む様子を絶えず示してきた。これは彼のデュアル(SEE〔原文: カエサル〕、政治家)の場合に完全に当てはまる。彼は簡単に夢中になる非常に活動的な人物である。
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He sincerely believes that passions, too strong, will lead one to his doom. Honor de Balzac has constantly demonstrated throughout his literary works how passion spreads like a devastating cancer that eats away the souls of men until it finally suppresses all else. This holds totally true in the case of his dual (Caesar, The Politician), a hyperactive person that easily gets carried away.
言い換えると、ILIが警戒する強すぎる情熱を持っているのが、すぐ夢中になる双対のSEEだということです。情熱への警戒は、StratiyevskayaではILIがSEEの熱を冷ます役割として書かれています。
後代の研究者によるSEE-ILI
Reininは、ILIの節で、ILIがSEEに何を渡すかを、こう書いています。
ILI〔原文: バルザック〕はこの世界における実践的達成のためのエネルギーは少ない(他のタイプより少ない)が、現実生活についての良き理論的知識をもっている。(中略)彼らはSEE〔原文: ナポレオン〕にとって理想的な助言者となりうる。SEE〔原文: ナポレオン〕におけるエネルギーの過剰は、薄く広がりすぎる結果になる。それゆえ最良の結果のためには彼は方向付けられるべきだ—あの壁を突破しに行くのではなく、こちらの壁を突破しに行くほうがよい、と。SEE〔原文: ナポレオン〕が行動計画をもたないとき、彼は攻撃的になる。彼は自分の従業員や親族を攻撃し始める—彼がそうするのは、彼が悪人だからではなく、次に何をすべきかを正確に決めることができないからである。彼はILI〔原文: バルザック〕や、同じような演繹的・総合的思考をもつ人物から行動計画を得る必要がある。
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A Balzac has little energy for practical achievements in this world (less than other types), but he has a good theoretical knowledge of real life.〔中略〕They can be ideal advisers for a Napoleon. The excess of energy in a Napoleon results in the spreading too thin. So for best results he should be directed: better go breach this wall, not that one. When a Napoleon does not have a program of action he becomes aggressive. He begins to attack his employees and relatives – he does that not because he is evil, but because of inability to decide what exactly to do next. He needs to get the program of action from a Balzac or someone with the same deductive synthetic thinking.
Reininの見方では、勢いはあっても向け先を決めにくいSEEに、ILIの立てる計画が要ります。計画がないときに身近な人へ向かう攻撃について、Reininは悪人だからではなく、次にすべきことを決められないからだと理由まで書いています。
Stratiyevskayaは、待つことが苦手なSEEに双対が何を教えるかを、こう書いています。
SEE〔原文: カエサル〕は待つことが大嫌いである。それは彼にとって信じられないほど辛い — 彼はあまりにも活動的で、それゆえあまりにも短気である。彼は何もかもすぐに、できるだけ早く欲しい。(中略)ILI〔原文: バルザック〕は彼に整然とした生活のリズムを与え、「急がば回れ」の原則で生きることを教える。SEE〔原文: カエサル〕の過剰な熱情を冷まし、彼を落ち着かせる。「時間が全ての問いに答えをくれる」「時間が全てを然るべき場所に収めてくれる」と。そして、まさにそのような「説明」によってこそ、SEE〔原文: カエサル〕はサジェスト(暗示)される。彼に突然、これら全てがどう終わるかを辛抱強く「最後まで見届けたい」という願望(時には好奇心)が生まれるのである。
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Цезарь очень не любит ждать. Ему это невероятно трудно — он слишком деятелен и потому слишком нетерпелив. Ему хочется всего сейчас и поскорее. Случается, что ему еще и некогда думать или просто не хочется тратить время на размышления. Бальзак задает ему размеренный жизненный темп, учит его жить по принципу "поспешай медленно". Охлаждает непомерную горячность Цезаря, успокаивает его: "Время даст ответы на все вопросы", "время все расставит по местам". И именно таким "объяснением" Цезарь как раз и внушается. У него вдруг возникает желание (а иногда и любопытство) терпеливо "досмотреть", чем же все это кончится.
すぐに結果を欲しがるSEEも、ILIに時間の流れを説明されると、待つことを受け入れます。時間の見通しはNiの領域で、SEEでは位置5(暗示機能)にあります。引用の「サジェスト(暗示)される」は、その位置で双対から情報を受け取る場面を指しています。
Filatovaは、『戦争と平和』のナターシャをSEE、ピエールをILIとして、双対の夫婦の例に取っています。ピエールが妻の要求に驚きながらも誇らしく従ったことを述べたうえで、反対の向きを、こう書いています。
一方、SEEの弱い機能の領域、すなわちILIにおいてはまさに非常に強い論理と直観の領域では、ナターシャは完全に夫に従う。(中略)「ナターシャは自分の家では、自分を夫の奴隷の立場に置いていた。そして、ピエールが仕事をしているとき—書斎で読書をしたり、ものを書いたりしているときには、家中の者がつま先立ちで歩くのだった。
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А вот в области слабых функций СЭЭ, а именно логики и интуиции, которые как раз очень сильны у ИЛИ, Наташа полностью подчиняется своему мужу:〔中略〕«Наташа у себя в доме ставила себя на ногу рабы мужа; и весь дом ходил на цыпочках, когда Пьер занимался — читал или писал в своем кабинете.
つまり、要求を出す側と従う側が、2人の強い領域ごとに入れ替わります。家庭のことではナターシャが要求し、論理と直観の領域ではピエールに従います。Reininの言う弱い機能の保護を、夫婦の日々の場面で示した例です。
活性化—SEEとLIE
同じガンマクアドラで、双対ILIと同じTeとNiを逆の順に持つLIEとの関係は、活性化と呼ばれます。Stratiyevskayaは、2人が互いを動かす向きを、こう書いています。
LIE、ジャックは、SEE、カエサルの意志の衝動によってかなり早く活性化される。しかもその衝動は、ほとんど抗えないほど強い感情的・倫理的な押し出しに乗せて差し出される。SEE、カエサルの側は、LIE、ジャックのビジネス論理によって活性化され、自分にとって見込みのある活動の領域を見いだし、活性化の相手であるLIE、ジャックが請け合うとおりに、その成功を信じる。
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Волевым импульсом СЭЭ, Цезаря ЛИЭ, Джек активизируется довольно быстро, тем более, что он подаётся на таком сильном эмоциональном и этическом посыле, что ему почти невозможно противостоять. СЭЭ, Цезарь со своей стороны активируется деловой логикой ЛИЭ, Джека, открывая для себя перспективные сферы деятельности, и веря в их успешность, как в том заверяет его активатор -ЛИЭ, Джек.
言い換えると、2人は互いの動員機能の要素を相手に渡し合うということです。SEEの意志の衝動(Se)はLIEの位置6、LIEのビジネスの論理(Te)はSEEの位置6(動員機能)の要素です。SEEはLIEが請け合う事業の見込みをそのまま信じるとも書かれています。
Bukalovは、この組み合わせが仕事の場でよく見られることを、こう書いています。
起業家、ビジネスパートナー、生産現場のパートナーの間にも、活性化ペアが極めて頻繁に見られ、非常に効果的に働く—たとえば起業家(■(Te)△T(Ni)e-Ni、LIE) ─政治家(●(Se)▽S(Fi)e-Fi、SEE)、または元帥(●(Se)□S(Ti)e-Ti、SLE) ─イデオロギスト(▼(Fe)△F(Ni)e-Ni、EIE)。
ビジネスの論理でSEEが動き出すというStratiyevskayaの記述に対し、Bukalovは同じ組を事業の現場で頻繁に見られ、よく機能するペアとして挙げています。
衝突—SEEとLII
反対の極として、SEEの衝突相手はLIIです。Bukalovらは、人類の進化の中でできた行動のまとまり(モジュール)の対立として衝突関係を並べ、SEEとLIIの組を、こう書いています。
数のモジュール(数値情報のシステム的・論理的整理、周囲世界の客観的法則の分類と説明 ― □(Ti)▲(Ne)、LII)と、性的パートナーシップ、愛の感覚のモジュール(●(Se)▽(Fi)、SEE)。人々と現象を評価する互いに両立しない基準の使用が原因の不理解と衝突。
つまり、2人の食い違いは、人と物事を評価する物差しの違いから来るとされています。モデルAでは、LIIの主導機能のTiがSEEの位置4(脆弱機能)に入り、SEEの主導機能のSeはLIIの位置4に入ります。互いに最も得意な要素が、相手の最も弱い位置にある組み合わせです。
小括します。SEEの関係記述の中心は双対ILIで、行動計画を与える助言者(Reinin)、「急がば回れ」で待つことを教える相手(Stratiyevskaya)、SEEの弱い論理と直観の領域で従われる夫(Filatova)という記述が重なります。つまり、SEEに足りない計画と時間の見通しを、ILIが外から補うという点で、3人の記述はそろっています。
また、アウシュラの記述では、ILIの辛辣な言葉がSEEには安心として受け取られます。活性化ではLIEのビジネスの論理がSEEを動かし、衝突ではBukalovらが評価の基準の食い違いを挙げています。個別の組み合わせはタイプ間の関係のページで確認できます。
19MBTI®のESFPとの比較
当サイトはSEEをESFPと併記しています。この章では、その対応の根拠と限界を短く整理します。詳しい一般解説はMBTIとの比較のページにあります。
対応の根拠—Se・Fiの並びと末尾の一致
ソシオニクスとMBTIは、どちらもユングの類型論から枝分かれした別の理論です。当サイトのSEE=ESFPという併記は、両体系で同じ機能配列を持つタイプを対応づける方法に基づきます。ソシオニクスのSEEは、位置1がSe(外向感覚)、位置2がFi(内向倫理)です(03章)。この並びをMBTI側の主機能Se・補助機能Fiに対応させると、ESFPになります。
末尾文字の決まり方は両体系で異なります。ソシオニクスの小文字j/pは主導機能の種類を示し、MBTIの大文字J/Pは外界に向く機能の種類を示します。SEEは外向タイプなので、外界に向く機能は位置1のSeです。そのため、ソシオニクスのESFpとMBTIのESFPは末尾が一致し、J/Pスイッチは起きません。末尾が反転するのは内向8タイプだけです。
4文字は4つとも重なります。
外から見た関係—Bukalovの反論
心理学の側からソシオニクスがどう見えるかについて、Bukalov自身が書いています。
一方、たとえば類型論を専門とする心理学者は、ソシオニクスをマイヤーズ-ブリッグス類型論より良くも悪くもない単なるポストユング類型論として扱う。それは彼らの権利ではあるが、われわれは彼らがソシオニクスをタイプの抽出にのみ矮小化しており、それで打ち切ってしまっている、と考える。
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А, скажем, психологи-типологи рассматривают соционику всего лишь как постюнговскую типологию, не лучше и не хуже типологии Майерс-Бриггс. Это их право, но мы считаем, что они низводят соционику до выделения типов, да и только, и этим ограничиваются.
外部からは「MBTIと同水準のポストユング類型論の1つ」と見なされ、内部はそれを「タイプ抽出への矮小化」と反論する—両者の認識の溝がそのまま残っている構図です。ソシオニクス側が独自性の根拠に挙げるのは、モデルA、タイプ間の関係の理論、次元性などの理論装置です(その実証状況は23章)。
SEE読者への実務的な注意
MBTIでESFPと判定された人に、SEEの記述がそのまま自分のことだとは限りません。ESFp=ESFPは、Se・Fiの配列に基づく対応であって、判定の互換ではないからです。4文字がそろって一致するぶん、対応が強いものに見えやすくなります。照合するなら、対応表よりも先に、このページが扱う8つの機能位置と、04章の要素の定義を確かめる方が確実です。
小括します。SEE=ESFPは、機能配列同一の仮定に基づく表記の対応です。SEEは外向タイプなので末尾のJ/Pスイッチは起きず、ソシオニクスのESFpとMBTIのESFPは4文字とも一致します。
外部からの「ポストユング類型論の1つ」という評価と、内部からの「タイプ抽出への矮小化」という反論の溝は、この4文字の一致の上には現れません(23章で再論します)。
20サブタイプとタイプ内変異
同じSEEでも、研究者の記述には、押しが強く人に譲らない姿と、世話役の姿が並んでいます。この開きを同じタイプの内側に残る変異として分けて書くのが、サブタイプの理論群です。いずれもモデルAへの後代の拡張で、相互に互換性はありません。
アウシュラ—タイプと人格の区別
サブタイプ理論が前提にしている区別を、アウシュラ自身がこう書いています。
パーソナリティとパーソナリティタイプは、疑いなく同じものではない。同じパーソナリティタイプを持つ人間でも、わが国の文化と何らかのアステカ文化では、まったく異なるものである。
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Личность и тип личности, несомненно, не одно и то же. Человек с тем же самым типом личности в нашей культуре или в какой-либо ацтекской культуре — это что-то совершенно разное. Даже в нашем бесклассовом обществе найдете сколько угодно вариаций того же Дон Кихота2 или Дюма3.
ここでアウシュラが分けているのは、人格の形式としてのタイプと、人格の全体です。後代のサブタイプ理論は、この形式の内側に残る幅を区分する試みとして現れます。
Meged & Ovcharov—接触型と惰性型
2分割のサブタイプ理論では、MegedとOvcharovの体系を、Wikisocionがこう記録しています。
接触型/惰性型サブタイプ(Contact/Inert)(中略)V. Meged と A. Ovcharov によって提唱されたシステム。
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Contact / Inert Subtypes(中略)This system of subtypes was proposed by V. Meged and A. Ovcharov.
上の引用にある接触型と惰性型は、強く出る要素が接触側の位置(2・3・5・8)か、惰性側の位置(1・4・6・7)かの違いです。SEEなら、位置1のSeが強い変種と、位置2のFiが強い変種に分かれます。
MegedとOvcharovは、2002年の新聞記事で、感覚サブタイプのSEEをこう書いています。
感覚サブタイプは、感情的で、衝動的で、神経質な人に見える。その落ち着きのなさと心の不快の背後には、活発な活動への絶え間ない渇望が隠れている。多くのことに手をつけ、多くの力を無駄に散らす。外交的であろうと努めるにもかかわらず、批判的すぎ、断定的すぎる。(中略)とくに何かを押しつけられると、過度に押しが強かったり、頑として譲らなかったりする。(中略)しかし、非常に愛想よくもなれ、必要とあれば長いあいだ説得し続けることができる。
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Сенсорный подтип выглядит эмоциональным, порывистым и нервным человеком. За его беспокойством и душевным дискомфортом скрывается постоянная жажда активной деятельности. За многое берется и распыляет много сил зря. Несмотря на старание быть дипломатичным, он слишком критичен и категоричен. Часто возмущается, хотя не забывает делать комплименты. Бывает излишне напорист или несговорчив, особенно если ему что-то навязывают. Может смотреть на собеседника несколько свысока, задевать его колючими шутками. Но может быть очень любезным и умеет долго уговаривать, если это нужно.
言い換えると、この変種の神経質な様子の裏には、動き続けていたいという強い欲求があるということです。押しつけに頑として譲らない場面は、位置1のSe(外向感覚)が意識する力の押し合いです。
倫理サブタイプのSEEについて、2人はこう書いています。
倫理サブタイプは、活動的で身軽な人で、進んで動き回り、有益なつながりをつくる。お世辞を言うのがうまく、身近な人に自分の可能性や能力を詳しく語り、印象を与えるのが好きである。声の親密な抑揚、打ち解けた話し方、そして魅力によって、相手の好意をすばやく勝ち取る。(中略)丸みのある体つきや太りやすさにもかかわらず、自分の体型の欠点を気に病まず、好きなものを何でも着る。(中略)非常に自信をもって、保護者然とさえして振る舞う。
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Этический подтип – деятельный и подвижный человек, охотно перемещается и устанавливает полезные связи. Умеет делать комплименты, подробно рассказывает о своих возможностях или способностях близким, любит производить впечатление. Интимные интонации в голосе, доверительная манера общения и обаяние позволяют быстро завоевать расположение собеседника.(中略)Несмотря на округлые формы или склонность к полноте не комплексует по поводу недостатков своей фигуры и одевает все, что ему нравится.(中略)Держится очень уверенно, даже покровительственно.
つまり、倫理サブタイプは、位置2(創造機能)のFi(内向倫理)が扱う人との距離を自分から詰め、人とのつながりをつくることに力を使う変種です。感覚サブタイプが押しつけを押し返すのと対になります。
Filatova—倫理サブタイプと感覚サブタイプ
Filatovaは、16タイプをそれぞれ2つのサブタイプに分けて記述します。SEEの感覚サブタイプを、Filatovaはこう書いています。
押しが強く、突破力のある人物であり、世界を支配するのは力であり、権力と栄光への志向であると確信している。(中略)困難な状況では奮起し、無謀な企てに飛び込むこともあり、失敗した場合には、容易に責任から逃れる。(中略)混乱していることもあるが、彼の激しい活動性と目的意識の強さは、通例、成功へと導く。周囲の人々を容易に自分の関心の軌道に引き込み、彼らを操るが、彼ら自身の欲求はあまり考慮しないため、付き合いにくいことがある。(中略)多くの場合痩せていて、非常に活動的であり、動きはいくぶん鋭く、性急である。自分の外見に気を配り、服装では赤い色を好む。
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Человек напористый и пробивной, уверен, что миром правит сила, стремление к власти и славе.〔中略〕В трудной ситуации мобилизуется, может ввязаться в авантюру, в случае провала — легко уходит от ответственности. Самоуверен и категоричен, готов взяться за любое дело, если оно, по его мнению, выгодно. Бывает хаотичным, но его бурная активность и целеустремленность, как правило, приводят к успеху. Легко вовлекает в орбиту своих интересов окружающих людей, манипулирует ими, не очень считаясь с их собственными потребностями, поэтому бывает неуживчив.〔中略〕Чаще худощав, очень подвижен, движения несколько резкие, порывистые. Внимателен к своему внешнему виду, любит в одежде красный цвет.
言い換えると、Filatovaの感覚サブタイプは力が世界を支配すると確信し、周りを自分の関心に巻き込む変種だということです。付き合いにくさと並んで、激しい活動性が通例は成功へ導くという評価も付いています。
動きが鋭く性急という観察は、MegedとOvcharovの「衝動的」と同じ向きです。
一方、倫理サブタイプについて、Filatovaはこう書いています。
注目の的であること、自分のアイデアで人を引き込むこと、自分の力と権力を感じることを好む。(中略)とはいえ、周囲の意見には左右されやすい。彼はパトロンであることを好み、自分を親切で気前がよいと感じたい。もっとも、その際、そうした気遣いが本当に必要なのかどうかを常に自覚しているわけではなく、たとえ相手の望みに反してでも、誰かを幸せにしてやろうとすることがある。(中略)自分自身の完璧さに自信を持っており、また通例優れた健康にも恵まれているため、食事制限やその他の制限で自分をあまり苦しめることはない。彼の服装は、感覚サブタイプよりも控えめである。
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Любит быть в центре внимания, увлекать своими идеями, чувствовать свою силу и власть.〔中略〕Тем не менее, зависим от мнения окружающих. Ему нравится быть меценатом, ощущать себя добрым и щедрым. Правда, при этом он не всегда осознает, нужна ли такая забота, готов осчастливить кого-то даже вопреки желанию последнего.〔中略〕Будучи уверенным в собственном совершенстве, а также обладая, как правило, отличным здоровьем, он не особенно мучает себя диетами и прочими ограничениями. Его одежда более сдержанна, чем у подтипа сенсорного.
つまり、倫理サブタイプにとっては、人の面倒を見ることが自分の力を感じる場になっているということです。その気遣いは、相手の望みに反してでも向けられることがあるとされます。
周囲の意見に左右されやすい点は、断定的な感覚サブタイプとの違いです。
Gulenko—DCNHの4サブタイプ
Gulenkoは『64の肖像』のSEE章で、まず2つの変種を歩き方で分けています。
SEEの2つのサブタイプ — 感覚型と倫理型 — は動作や歩き方の性質で異なる。SEEの倫理版は速く、落ち着きがなく、図々しい。感覚版は穏やかで、節度があり、自信ありげに動く。彼の動きをしばらく見ていると、「粘り気のあるねばつく塊」あるいは「水銀の玉」を見ているような感覚になることがある。
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The two subtypes of SEE — sensory and ethical — differ in the nature of their movements and gait. The ethical version of SEE is fast, restless, and impudent. The sensory variant is calm, measured, and moves confidently. Watching his movements for some time, you may feel your are seeing a “viscous, sticky mass” or a “ball of mercury.”
言い換えると、Gulenkoは、2つの変種の違いをまず体の動きで書き分けています。ただし、Gulenkoが穏やかで節度があるとするのは感覚版です。Filatovaは感覚サブタイプの動きを鋭く性急と書いており、同じ「感覚」の名前で動きの描写が逆になっています。
そのうえでGulenkoは、2分割ではなく4分割の体系を立てています。支配型(D)・創造型(C)・規範型(N)・調和型(H)の4つで、『64の肖像』という書名は16タイプ×4サブタイプ=64変種に由来します。
支配型の代表者について、Gulenkoは、対立の場での振る舞いをこう書いています。
戦術的に柔軟で、出来事の流れに応じて即興する。極端な状況に素早く適応し、少なくとも一時的にでも状況を安定させる方法を探す。SEEは公の場で決して側につかないことに確実にコミットしており、対立する当事者を妥協に導く交渉が得意である。
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Tactically flexible, he improvises in accordance with the course of events. He rapidly adapts to extreme situations and looks for methods to stabilize situations, at least temporarily. SEE is definitely committed to never taking sides publicly and is good at negotiating, bringing opposing parties to a compromise.
言い換えると、支配型のSEEにとって対立は自分が加わる争いではなく、まとめ役として収める場だということです。
創造型の水銀的なSEEについては、規制への反応がこう書かれています。
自由を愛し、いつどのように何ができるか・できないかを正確に指示することで規制されることに耐えられない。彼に課されるあらゆる制約に抵抗し、しばしば厳しく失礼な仕方で抵抗する。同時に、話題を変えたり、攻撃的な言葉を冗談に変えて反論したりすることで、迫り来る深刻な衝突を中和することができる。
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He loves freedom and cannot tolerate being regulated with precise instructions detailing when, how, and what he can and can’t do. He resists any restrictions placed on him, often in a manner that is harsh and rude. At the same time, he is capable of neutralizing a serious looming conflict by changing the subject or refuting the offensive words by turning them into a joke.
つまり、創造型のSEEは衝突を自分から起こしもし、自分で笑いに変えもするということです。
規範型の供給者について、Gulenkoはこう書いています。
順応的な性格で際立つ。SEEは沈黙すべきとき、譲歩すべきときを心得ている。関係の維持が得意である。動揺している人の話に耳を傾け、なだめる。粗暴になることもあるが、それは無礼な者への報復であり、自分の利益のためである。総じて他者に対して敏感であろうとし、必要な人に共感する。困難な瞬間には他者をなだめ励まそうとする。
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He is distinguished by an accommodative character. SEE knows when it’s best to remain silent and when it is better to give up. He is good at maintaining relationships. He listens and calms people when they are agitated. Although he can be coarse, it is in retaliation against the insolent and for the sake of his interests. Overall he tries to be sensitive to others, sympathizing with those in need. He attempts to soothe and cheer others during difficult moments.
規範型のSEEは、衝突より関係の維持を選ぶ変種です。粗暴になるのは無礼な者への報復で、自分の利益のためだという限定も付いています。
調和型の促し人については、こう書かれています。
静かに行動することを好み、うまくいかなかった人脈や応答のない提案を素早く取り除く。あたかも自分は無関係であるかのように見せる能力をもつ。苦情処理技術が得意で、衝突が発生した場合、傷つけられた側に自分の無実を示す。これが容易に大衆の哀れみと共感を呼び起こすことを知っている。長時間にわたる直接的な対立には耐えられない。隠れて衝突をやり過ごす方が容易である。
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He prefers to act quietly and will quickly remove unsuccessful contacts or unanswered proposals; he has the ability to make it seem as though he had nothing to do with it. He is good with complaint techniques and shows his innocence to the offended side in the event of conflict. He knows that this easily arouses public pity and sympathy. He can’t withstand direct confrontation for a prolonged period of time; it is easier for him to hide and wait out the conflict.
調和型のSEEは、衝突の場から自分を外すことで身を守る変種です。代表者から促し人までの幅は、変異をよく記述しているとも、タイプ概念の識別力を薄めているとも読めます。
サブタイプ理論への批判
MegedとOvcharovの2002年の記事には、編集部の注が付いています。注は、32サブタイプの理論が少なくとも3つあり、分け方が違うのに同じ用語を使っていると注意しています。感覚サブタイプの動きの食い違いは、その一例です。
使われ方については、コミュニティ編纂資料自身が、こう記録しています。
タイプの誤判定を隠すために使われることがある
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Critics say that in many cases the basic type has been incorrectly diagnosed, and the addition of a “subtype” simply masks the contradiction.
言い換えると、判定が合わないときに「サブタイプのせい」と後から説明を足せるので、サブタイプは外れた判定を守る道具にもなるということです。
SEEでは、力で押す像から対立から身を引く像までが、同じタイプに収まります。収まる幅が広いほど、外れた観測を吸収する余地も広がります。
小括します。変異の存在自体は、アウシュラの時点で書かれています。区分は2分割(Meged & Ovcharov、Filatova)と4分割(GulenkoのDCNH)が併存し、同じ「感覚サブタイプ」の名前で逆の動きが書かれることもあります。
Gulenkoの4変種は衝突への向き合い方の違いとして具体的ですが、分け方が研究者ごとに違う以上、サブタイプは理論としては未統一の領域です。
21識別と誤同定
「この人はSEEか」を決める手がかりとして、研究者たちは触られることへの反応や、規則で縛られたときの反発のような、特定の場面での振る舞いを挙げてきました。取り違えの相手としては、同属のSLEと鏡像のESIが名指されています。
手続き論—アウシュラとYermak
判定の手順を最初に書き留めたのはアウシュラです。アウシュラは、自身の研究の第1段階を、こう書いています。
研究の第1段階は、K.G.ユングのモデルを全知人で検証することだった。それは絶対的に正しいことが分かり、それゆえモデルが作動するか作動しないかで、タイプが正しく確立されたかどうかが見えた。モデルが作動しなければ、タイプ診断の誤りを意味した。
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Первым этапом изучения была проверка модели К. Г. Юнга на всех знакомых людях. Она оказалась абсолютно правильно, и потому, срабатывает или не срабатывает модель, было видно, правильно ли установлен тип. Если модель не срабатывала, то это обозначало ошибку в диагнозе типа.
言い換えると、アウシュラは、知人にモデルが合わなければ、タイプの見立ての側を誤りとしたということです。
Yermakは、タイプを決める作業をその人をあるタイプと同じものと見なす「同定」と呼び、その手続きをこう書いています。
心のTIMの 同定の手続き は、専門家による心のタイプの 仮説 の選択と、選ばれた心のタイプに対応する心のTIMモデルの 検証 からなる。
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Процедура идентификации ТИМ психики состоит из выбора экспертом гипотезы типа психики и верификации модели ТИМ психики, соответствующей выбранному типу психики.
つまり、先に候補のタイプを立て、あとでその人がそのタイプのモデルどおりかを確かめるという順番です。
Yermakはさらに、自我ブロックが働かないときに起きる振る舞いの歪みを、こう書いています。
自我ブロックの「ブロッキング」では、超自我の意思決定ブロックはメンタルリングの執行ブロックとして機能せざるをえないが、心理機能の二次元性(機能3 — 「社会的規範」)と一次元性(機能4 — 「社会的経験」)では、ブロックは心の特徴的歪み—社会(ソシウム)における人間の 規範的=不確実な行動 —につながる
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при “блокировке” блокаЭГО блок принятия решений суперЭГО вынужден функционировать как исполнительный блок суперблока Мега1, что при двумерности (функция 3 — “социальных норм”) и одномерности (функция 4 — “социального опыта”) психических функций блока ведёт к характерному искажение работы психики, которое выглядит как нормативно-неуверенное поведение человека в социуме
SEEの超自我は、位置3(規範機能)のNeと位置4(脆弱機能)のTiです。つまり、自我が抑えられたSEEは、苦手な側のNeとTiで動かざるをえず、規範に沿った確信のない振る舞いを見せるということです。このときは、位置1のSeと位置2のFiが表に出ません。
面接者の構え—Karpenko
Karpenkoは、判定する面接者(エキスパート)の理想を、こう書いています。
エキスパートは距離を置いた者ではありえない。彼はバイタルな衝動に応答することを余儀なくされ、義務づけられている。さもなければ彼とコミュニケーションすることは不可能になり、さもなければ被験者とのコンタクトは失われてしまう。注意深く、同情し、共感し、心から人々を愛し、しかし感情の、関係の、影響の遊びには巻き込まれていない—これがエキスパートの理想である。非巻き込まれ性は、ILEのエキスパートが、ESIがある考えの展開の中で発した、しかし事実上ILEに宛てられたフレーズ—「たとえば、あなたのことは、私、好きじゃありません」—に平静に対応することを可能にする。そう、分かっている—衝突である。しかしこれはインタータイプ関係であって、この2人の具体的な人間同士の関係ではない。
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Эксперт не может быть отстраненным, он вынужден, обязан откликаться на витальные импульсы, иначе с ним невозможно будет общаться, иначе контакт с испытуемым будет утрачен. Внимательный, сочувствующий, сопереживающий, искренне любящий людей, но не вовлеченный в игру эмоций, отношений, влияний — вот идеал эксперта. Невовлеченность позволяет эксперту-ИЛЭ спокойно отреагировать на фразу ЭСИ, произнесенную в развитие какой-то мысли, но адресованную фактически ИЛЭ: «Вот вы мне, например, не нравитесь». Да, понятно, — конфликт, но это интертипное отношение, а не отношение этих двух конкретных людей.
上の引用にあるインタタイプ関係は、タイプどうしの関係のことです。言い換えると、面接者は相手に共感しながら、関係の駆け引きには巻き込まれない構えが要るということです。ESIの拒絶の一言も、タイプの組み合わせの効果として受け取るよう求めています。
SEE固有の識別手がかり
Reininは、身体への接触に対するSEEの反応を、こう書いています。
SEE〔原文: ナポレオン〕は触られるのを好まない、特に見知らぬ人によって。この特徴は彼らに非常に特有のものであり、タイプ診断に用いることができる。
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A Napoleon does not like being touched, especially by strangers. This trait is so characteristic of them that may be used for diagnosing the type.
つまり、Reininは、見知らぬ人に触られるのを嫌うことを、判定に使える特徴としています。
Gulenkoも、会話のなかでSEEを見分ける主要な特徴を、こう書いています。
コミュニケーションにおいてSEEを識別する主要な特徴は、自分の具体的な活動を制限する規則に従わなければならないときの激しい反応である。そうした場合、SEEは非常に積極的かつ大胆な振る舞いを見せることがある。気まぐれや非論理的な行動について批判されたり、自分の振る舞いの動機を誰かが探ろうとしたりすると苛立つ。非常に自信家で、論理的な議論を考慮に入れない。やり取りでは、SEEは進んで自分の感情を表に出す。個人的な好き嫌いを公然と表明する。SEEの感情は非常に柔軟で変わりやすい。ある人と喧嘩してドアを叩きつけて出ていくこともあるが、しばらくすると何事もなかったかのように戻ってきて和解する。
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The main trait that identifies SEE in communication is a turbulent reaction when he has to submit to rules that limit his concrete activities. In such cases, SEE may behave in a very assertive and bold way. He becomes irritated when he is being criticized for whims, illogical actions, or when someone tries to figure out motivations for his behavior. He is very self-confident and doesn’t take logical arguments into account. In interactions, SEE readily displays his feelings. He openly expresses personal sympathies and antipathies. SEE’s feelings are very flexible and mutable. He can quarrel with a person and leave slamming the door, but after some time, he will come back and reconcile, as if nothing has happened.
言い換えると、自分の行動を規則で縛られたときに、はっきり反発することがSEEの目印だということです。喧嘩して出て行っても、しばらくすると戻って和解する感情の切り替わりの速さも目印です。
外見の手がかり—Filatova
Filatovaは、写真と観察からSEEの外見の特徴をまとめ、こう書いています。
概して、非常に精力的で楽観的な人々であり、それは彼らの外見にもよく表れている。(中略)一部のSEEの代表者に非常に特徴的な点は、明らかにずる賢さを感じさせる眼差しである(中略)異性を目にすると、SEEはめったにコケットな振る舞いを我慢することができない。勝ち誇ったような、誘いかける眼差しが彼の特徴である。(中略)前に突き出た口元は、SEEを他のタイプから区別する特徴的な点であり(中略)著者はこれを他のどのタイプにも見たことがない。
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Как правило, это люди очень энергичные и оптимистичные, что хорошо видно в их внешнем облике.〔中略〕Очень характерный штрих некоторых представителей СЭЭ — взгляд с явно выраженной хитрецой〔中略〕При виде представителя противоположного пола СЭЭ редко может удержаться от кокетства. Для него характерен победительный заигрывающий взгляд.〔中略〕Выступающий вперед рот — характерное отличие СЭЭ от других типов〔中略〕которое автор больше ни у кого не встречала.
Filatovaは、前に突き出た口元を、SEEを他のタイプから分ける特徴とし、著者自身が他のタイプに見たことがないとまで書いています。
誤同定されやすい相手—同属SLE
取り違えの相手として最も具体的に論じられてきたのは、位置1に同じSeを持つ同属関係のSLEです。Stratiyevskayaは、両者がリーダーの位置に求めるものの違いを、こう書いています。
SEE〔原文: カエサル〕にとって何よりもまず重要なのは彼の野心である、と言うのは正しくない。彼にとってはるかにより悔しいのは、彼の善意ある意図が理解されないことである。リーダーシップへの自身の権利については、SEE〔原文: カエサル〕はまったく真摯に確信している。それゆえ、彼の優位性が承認されないことは彼にとって深く悔しいことである。(中略)簡単に言えば、SLE〔原文: ジューコフ〕にとって自身の現実の権力の感覚が重要であるなら、SEE〔原文: カエサル〕にとっては自発的な承認と信頼が重要である。SLE〔原文: ジューコフ〕にとって権力を奪取することが重要であるなら、SEE〔原文: カエサル〕にとってリーダーシップを保持することが重要である。
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Было бы неправильно сказать, что для Цезаря в первую очередь важны его амбиции. Для него гораздо обиднее непонимание его добрых намерений. В своем праве на лидерство Цезарь совершенно искренне уверен. Поэтому непризнание его приоритета для него глубоко обидно,〔中略〕Проще говоря, если Жукову важно ощущение его реальной власти, Цезарю важно добровольное признание и доверие. Жукову важно захватить власть, Цезарю важно удержать лидерство.
言い換えると、同じくリーダーの位置に立っても、SLEは力で取りにいき、SEEは認められて保とうとするということです。SEEにとって一番悔しいのは、善意が理解されないことだとも書いています。外からは同じように仕切る人に見えても、何に傷つくかで2つのタイプを分けられると読めます。
歴史上のナポレオン本人の判定も、ReininとFilatovaはSEE、BukalovとStratiyevskayaはSLEと、研究者によって分かれています(22章)。
Gulenkoは、タイプ判定を難しくする役割行動の説明で、元帥(SLE)と政治家(SEE)が直観の役を演じるときの違いを、こう書いています。
機能 I(可能性と直観)を示す。政治家が自分の直観を通して自分自身に侵入し理解しようとする一方で、元帥は他の人々を評価しようとする。
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function I (opportunities and intuition). While the Politician tries to penetrate and understand himself through his intuition, the Marshall tries〔中略〕to evaluate other people
上の引用にある機能Iは、可能性の直観、つまりNeのことです。言い換えると、SEEは直観を自分自身の理解に使い、SLEは他人の評価に使うということです。SEEのNeはモデルAの位置3(規範機能)で、GulenkoのモデルGでもこの位置は同じです。
誤同定されやすい相手—鏡像ESIとSEI
SEEとESIは、ともにSeとFiを自我ブロックに持つ鏡像関係の2つのタイプです。Filatovaは、両者の違いを、こう書いています。
意志の感覚の持ち主であるSEEナポレオンとESIドライザーもまた、互いにはっきりと異なっている。外向的で非合理的なSEEナポレオンは動的であり、問題を瞬時に解決し、他人の振る舞いを正確に見て取り、その強さや弱さを評価する。それゆえ、誰に従うべきか、誰を従わせるべきかをよく理解している。何を、いつ言うべきかを感じ取り、心理的に緊張した状況を巧みに切り抜け、人々の気分をうまく操り、説得したり興味を引いたりして、定めた目標を達成する術を心得ている。それにふさわしく、彼には政治家という名が与えられている。
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Обладатели волевой сенсорики СЭЭ Наполеон и ЭСИ Драйзер также заметно отличаются друг от друга. Экстравертный и иррациональный СЭЭ Наполеон динамичен, проблемы решает мгновенно, точно отслеживает поведение других людей, оценивает их силу или слабость, и в силу этого хорошо понимает, кому — подчиниться, а кого — подчинить. Он чувствует, что и когда надо сказать, искусно лавирует в психологически напряженных ситуациях, хорошо манипулирует настроениями людей, умеет уговорить и заинтересовать, чтобы достичь поставленной цели. Соответственно, ему дано имя — Политик.
上の引用にある意志の感覚は、Se(外向感覚)のことです。つまり、同じSeを持っていても、外向で非合理のSEEは動きが速く、その場で相手の強さと弱さを測って動くということです。ESIは内向で合理のタイプで、分け目は外向・内向と合理・非合理に置かれています。
逆に、他のタイプがSEEと取り違えられる例として、FilatovaはSEIの倫理サブタイプを挙げています。
これもまた倫理サブタイプであり、その代表者は、何らかの外向化されたタイプ、例えばSEEの持ち主と容易に間違えられる可能性がある。
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Это также этический подтип, представителей которого можно легко принять за носителя какого-нибудь экстравертированного типа, например, СЭЭ.
ここでいう倫理サブタイプは、SEIのうち位置2(創造機能)のFe(外向倫理)が強く出る型のことです。つまり、倫理の側が強く出るSEIは、外向型のSEEと間違えられることがあるということです。
小括します。判定の手続きは、アウシュラの「モデルが作動するか」から、Yermakの「仮説を立ててモデルで検証する」2段階へ定式化されました。一方、自我が抑えられた状態や面接者との関係が、判定の材料に混ざることも書かれています。
SEEに固有の手がかりは、触られるのを嫌うこと(Reinin)、規則への反発とすぐの和解(Gulenko)、突き出た口元(Filatova)で、いずれも特定の場面の反応や形です。取り違えの相手では同属SLEとの区別が最も詳しく論じられ、Stratiyevskayaは権力を取るか承認で保つか、Gulenkoは直観を自分に使うか他人に使うかで分けています。
22著名人と思想のタイピング
著名人のタイピングは、ソシオニクスの文献に長く残ってきた慣行ですが、本人に確かめる手立てがありません。この章は、誰が誰をSEEに挙げ、どこまで根拠を書いたかの記録です。SEEでは、愛称の元になったナポレオン本人のタイプが、研究者の間で割れています。
愛称「ナポレオン」と、ナポレオン本人のタイプ
SEEの愛称「ナポレオン」は、フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトの名です。Filatovaは、タイプに名を与えた人物そのものをSEEとしています(09章)。Reininも著名人欄の最初にナポレオンを置き、アウシュラも『ソシオニクス入門』の付録の一覧でSEEに入れています。
一方、Bukalovは、フランス革命後の歴史をたどる論文で、ナポレオン本人のタイプをこう書いています。
しばらくの小康ののち、歴史の舞台にフランスの第一統領ナポレオン・ボナパルトが現れ、一連の軍事的勝利ののちに皇帝となる。フランス帝国、ナポレオン・ボナパルトの時代が始まる。彼は感覚論理外向(SLE)であり、将軍、砲兵、厳密に論理的な知性の人である。彼は何をするか。国家を再建し、フランスが今もそれに従って生きている民法典を創設する。しかも法典を、勝ち取ったすべての戦いよりも誇りにしていた。
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После некоторого затишья на исторической сцене возникает первый консул Франции — Наполеон Бонапарт, который после ряда удачных военных побед и становится императором. Начинается эпоха Французской империи, Наполеона Бонапарта. Он — сенсорно-логический экстраверт ( , СЛЭ), генерал, артиллерист, человек строго логического ума. Что он делает? Восстанавливает государство, создает гражданский кодекс, по которому Франция живет и сейчас, причем кодексом гордился больше, чем всеми выигранными битвами.
つまり、Bukalovの見立てでは、ナポレオン本人は感覚論理外向のSLEだということです。根拠は砲兵の将軍という経歴と、勝った戦いより誇った民法典で、論理の人という面からSLEに置いています。
Bukalovは別の論文ではSEEを「SEE=ナポレオン」と呼んでおり、愛称と人物本人を分けて使っています。
呼び名も1つに定まらず、StratiyevskayaとYermakは「カエサル」、Bukalovのプロファイルは「シーザー」と呼んでいます。
Yermakは、実在の人物の姓をタイプの呼び名にすることの欠点を、こう書いています。
上に挙げたペンネームの体系は、A. アウグスタと、部分的に N. メドヴェージェフによって提案され、一般的なものとなったが、本質的な欠点もある。(中略)現実の人々の姓をペンネームとして用いることは、望ましくない—なぜなら、新しい資料が現れることで、その人物の心のTIMがまったく別のものであることが分かる可能性があり、ペンネームが誤解を招くことになりかねないからである(一部のペンネームではこれが起こっており、現在も起こっている)。(中略)ペンネームを過大評価すべきではない—これはソシオニクス専門家の話し言葉の便宜のための、心のTIMの名称にすぎない。
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Приведенная выше система псевдонимов, предложенная А.Аугуста и, частично, Н.Медведевым, стала общепринятой, хотя и имеет существенные недостатки.(中略)Употребление фамилий реальных людей в качестве псевдонимов нежелательно потому, что с появлением новых материалов ТИМ психики такого человека может оказаться совсем другим и псевдоним будет вводить в заблуждение (что имело и имеет место для некоторых псевдонимов).(中略)Не следует переоценивать псевдонимы -— это только удобные в разговорной речи профессионалов-социоников названия ТИМ психики.
言い換えると、新しい資料で本人のタイプが別だと分かれば、呼び名が誤解を招くということです。SEEの「ナポレオン」も、Bukalovの判定に従えば、すでに起きている例に入ります。
Gulenkoは、有名人の名でタイプを呼ぶしくみそのものを、こう批判しています。
残念ながら、旧ソ連では誤解を招くペンネームのシステムがまだ使われており、有名人によってタイプを命名する(たとえば作家:デュマ父はISFP、ゴーリキーはISTJを表す;書籍の主人公 ― ホームズはESTJ、ドン・キホーテはENTPを表す;ロシア外で知られていない人物さえいる)。何人かのソシオニスト [17, 18] は、機能的名前への移行傾向を無視して、依然そのようなペンネームを使っている。(中略)ばかげた用語の使用をやめるよう私が繰り返し訴えたが、長い間無視された;ついに状況は変わったが、私との対話の試みの代わりに、キエフのソシオニストたちが彼ら自身の代替名前システムを提案した。論争と敵意の種が蒔かれた。
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Unfortunately in the former USSR a misleading system of pseudonyms is still in use of naming types by celebrities (e.g. writers: Dumas-father stands for ISFP, Gorky for ISTJ; book heroes – Holmes stands for ESTJ, Don Quixote for ENTP; there are even persons unknown outside Russia). Several socionists [17, 18] still use such pseudonyms ignoring the trend of transition to functional names. […] My repeated appeals to stop using ridiculous terminology have been ignored for a long; finally, the situation changed, but instead of attempts to a dialog with me, the socionists in Kiev offered their own alternative system of names. Seeds of controversies and hostilities have been sown.
Gulenkoは、有名人の名による呼び名は誤解を招くとして、機能に基づく名前への移行を訴えています。Gulenkoの体系では、SEEは「政治家」と呼ばれます。角括弧の数字は、原典の参考文献の番号です。
アウシュラが挙げた人物と作中人物
創始者のアウシュラが根拠まで論じたのは、作家トルストイと、その小説の人物たちです。『アンナ・カレーニナ』の夫カレーニンの振る舞いを、アウシュラはこう説明しています。
多くの者には、カレーニンが妻アンナに外見上の礼儀を守る願望から譲歩していた、すなわち「空虚さ」からのものと思われていた。堅実な官吏のかくも奇妙な行動を他にいかに説明するのか? IM理論の解決にあたって適用すれば、すべてが然るべき位置に収まる。カレーニンはアンナとは社会的注文の関係で結ばれており、彼女に譲歩しないわけにはいかなかった(中略)彼は、自分にはそう思えたが、アンナが望むこと、そして彼女から発するすべてがきわめて重要と思えることに従っていたのだ。彼を苦しめたのは、これらの譲歩をなす必要性というよりも、いかにして彼女を助けるかを知らないことであった。
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Многим казалось, что Каренин уступал Анне из желания соблюсти внешние приличия, то есть из-за «пустого». Как иначе объяснить столь странное по- ведение солидного чиновника? Все становится на свои места, если применить для решения теорию ИМ. Каренин был связан с Анной отношениями социального заказа и не мог не делать ей уступок. Он исполнял то, чего, как ему казалось, хочет Ан- на, и все от нее исходящее казалось исключительно важным. Его мучила не столько необходимость де- лать эти уступки, сколько` незнание, как ей по- мочь.
上の引用にあるIM理論はタイプ論、社会的注文の関係は恩恵関係のことです。言い換えると、カレーニンが妻に譲り続けたのは、礼儀より2人の関係の向きのためだということです。
アウシュラは、この一節の脚注で、人物のタイプをこう振っています。
カレーニンは論理感覚外向(T■(Te)○(Si))、アンナとレフ・トルストイは感覚倫理外向
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Карспии — ЛОГИКО-СЕНСОРНЫЙ ЭКСТРАТИМ (Т№О), Аппа и Лев Толстой — СЕНСОРНО-ЭТИЧЕСКИЕ ЭКСТРАТИМЫ
エクストラティムは外向型のことです。つまり、アンナと作者のトルストイはSEE、夫のカレーニンはLSEです。SEEはLSEに恩恵を与える側なので、アンナの望みにカレーニンが従う向きは、定義の関係と一致します。
作者と主人公の違いについて、アウシュラはレイニン特性を論じた別の著作で、こう書いています。
譲歩的な者が恋に落ちたなら、長年の軛となる。レフ・トルストイ(SEE)は、頑固な者たちがするように「一度の舞踏会で恋に落ちる」ことも、妻が別の男と去ったために愛さなくなることもできない自分の主人公カレーニン=シュティルリッツ(LSE)を、疑いなく理解できなかった。彼らの愛は連続的であり、そこでは彼らは状況に支配されない。
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Если уступчивый влюбился — ярмо на долгие годы. Лев Толстой (СЭЭ) несомненно не мог понять своего героя Каренина-Штирлица (ЛСЭ), который неспособен «влюбиться на одном балу» или разлюбить из-за того, что жена ушла с другим, как это делают упрямые. Их любовь континуальна, в ней они не подвластны ситуации.
上の引用の譲歩的・頑固は、レイニン特性の資源/利益の組の、アウシュラによる呼び名です。アウシュラは、トルストイには、途切れずに愛し続ける譲歩的なカレーニンが理解できなかったと見ています。
作家としてのトルストイの評価は、『心理タイプ・テスト』の付録にあります。アウシュラは作家の才能を描き分けられるタイプの数で測り、こう書いています。
古典作家のもとでは、八つから十の情報代謝タイプを容易に識別できる。L. トルストイのもとでは—16タイプ全部!(中略)L. トルストイ、『戦争と平和』—彼はT●(Se)▽(Fi)であり、彼の『戦争と平和』には—16タイプが現れる。
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У классиков легко рас- познаем от восьми до десяти типов ИМ. У Л. Толс- того все 16 типов! 〔中略〕 Л. Толстой, «Война и Мир» — он ТГ, иу него в «Войне и мире» — 16 типов.
上の引用のT●▽は、同書でSEEに付けられた記号です。つまり、アウシュラはトルストイをSEEとし、古典作家でも8〜10タイプのところ、16タイプすべてを描いた別格に置いています。
同じ付録で、アウシュラは作者の理解が及ばなかった人物にも、こう触れています。
消火の関係も見事に描かれている。(中略)そして彼らはみな、実のところ作者には理解されていない。それはいわば、自分自身の生活を持たない人々、感覚倫理型にふさわしい直接の感情ではなく、ただ乾いた計算によって生きている人々のようである。実際そのとおりなのだ—反対のタイプの行為を見ることはでき、それを計算することもできるが、人々の動機、感情、精神生活は常に七つの錠の向こうにある。それゆえソシオニクスを知らない者には、彼らは乾いた、心のない、利己的な者に見えうる。
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Отлично показано и отношение погашения. 〔中略〕 И все они, по сути дела, автору не понятны. Это как бы люди без собственной жизни, люди, живущие не непосредственным чувством, как подобает сенсорно- этическим, а лишь сухим расчетом. Так оно и есть — можно видеть поступки противоположного типа, можно их высчитывать, но мотивация людей, их чув- ства, духовная жизнь всегда под семью замками. Поэтому несведущему в соционике они могут по- казаться сухими, бездушными, эгоистичными.
消火関係でのSEEの相手はSEIです。言い換えると、行動は描き分けられても、動機や感情までは作者に分からない人物がいるということです。
名前だけなら、アウシュラは『ソシオニクス入門』の付録で、カエサル・プーシキン・トルストイやアンナ、ボヴァリー夫人などをSEEに並べていますが、一覧には一人ずつの根拠がありません。
後代の研究者が並べた名前
Reininは、SEE章の著名人欄に、ナポレオン・カエサルからプーシキン・トルストイ、ゴルバチョフや歌手のプガチョワまで17の名前を並べています。前半はアウシュラの付録の一覧とほぼ同じ顔ぶれです。
Stratiyevskayaは、SEE章の冒頭で、カエサル・プーシキン・ゴルバチョフからエルヴィス・プレスリーまで18人を挙げています。ナポレオンとアレクサンドロス大王は、Stratiyevskayaの一覧ではSLEの側です。
Bukalovは、20世紀の政治史を分析する論文の中でSEEの人物を挙げています。1930年代の権威主義への流れについては、こう書いています。
フランスでもそうした試みがあった…。米国でも。しかしそこではルーズベルト(SEE、●(Se)▽(Fi))が統治していたので、この傾向は阻止された。
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Во Франции была попытка такая… И в Соединённых Штатах Америки тоже. Но, поскольку там правил Рузвельт (СЭЭ, ), эта тенденция была пресечена.
上の引用の●▽は、Bukalovの記号でSEEです。BukalovはルーズベルトをSEEとし、その統治が権威主義への流れを止めたと書いていますが、判定の理由は書かれていません。
3人の並びを重ねると、ゴルバチョフはReinin・Stratiyevskaya・Bukalovがそろって挙げた名前です。
根拠が書き残された例—関係の向きと史実の夫婦
名前の並びとは別に、判定の理由まで書き残した例もあります。Bukalovは同じ論文で、プーチンをEIEとし、後継には受注者のSEEを選ぶと書いたうえで、メドベージェフの立場をこう書いています。
ドミトリー・メドベージェフは自分の権限を行使し始めた、しかし事実上、社会的注文を遂行している。今、彼は注文と監督の下にあり、彼の典型的な政治的フレーズが個人的なものとどう異なるかが、見て取れるほどである。(中略)M. ゴルバチョフはソ連を崩壊させたくなかった、彼にはただ夢があった ―「人間の顔をした社会主義」を作ること。同様にメドベージェフも、なんらかの経済改革を行おうとして否応なく、いずれかの時点で、まさに第 3 クアドラの価値観に立ち戻るだろう。
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Дмитрий Медведев начал осуществлять свои полномочия, а фактически – выполнять социальный заказ. Сейчас он под заказом и под контролем, и видно даже, как у него отличаются фразы шаблонные политические от личностных. 〔中略〕 Так М. Горбачев не хотел разваливать Союз, у него просто была мечта — создать «социализм с человеческим лицом». Точно так же Медведев, волейневолей, пытаясь проводить какие-то экономические реформы, все равно в какой-то момент времени обратится к ценностям именно 3-й квадры.
上の引用にある注文と監督は、恩恵関係と監督関係のことです。Bukalovは、メドベージェフを注文を受けて実行する側のSEEとしています。注文を出すプーチンはEIE、監督を口にするグルィズロフはLSIで、SEEの恩恵者と監督者がそろう配置です。
Bukalovは、ウクライナの大統領についても、こう書いています。
次の選挙の結果、地域党 ― 主に β クアドラ構造 ― が権力を握り、大統領には V. ヤヌコヴィチ(SEE)― γ クアドラの代表だが、個人的特徴により β クアドラに傾いている ― がなった。第 2 から第 3 クアドラへの移行期を視覚的に観察できる ― 政府メンバーの大半がこれら 2 つのクアドラに属し、必要な改革を実施しつつ、すべてを管理下に置こうとする。
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В результате очередных выборов к власти приходит Партия регионов как преимущественно 2-квадровая структура, а президентом становится В. Янукович (СЭЭ) — представитель γ-квадры, но в силу личностных особенностей тяготеющий к β-квадре. Можно наглядно наблюдать эпоху перехода от 2-й к 3-й квадре, когда большинство членов правительства принадлежат к этим двум квадра, которые пытаются одновременно и проводить необходимые реформы, и всё держать под контролем.
つまり、ヤヌコヴィチのタイプはガンマのSEEでも、個人の特徴でベータの側に傾いている、とBukalovは見ています。
Stratiyevskayaは、協力関係を論じた記事で、史実の夫婦をSEEとIEEの例に挙げています。
激しい敵を作る能力においても、この組の2人は互いに引けを取らない。歴史は、SEE、カエサルの度を越した野心とIEE、ハクスリーの怪しげな評判のために、さまざまな理由で悲劇的に終わった不幸な夫婦関係の例を知っている。最もよく知られているのは次の例である。ガイウス・ユリウス・カエサル(SEE、カエサル)とクレオパトラ(IEE、ハクスリー)、A.S.プーシキン(SEE、カエサル)とN.N.ゴンチャロワ(IEE、ハクスリー)。
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По способности наживать себе лютых врагов партнёры в этой диаде тоже не уступают друг другу. История знает примеры неудачных супружеских отношений, по разным причинам закончившихся трагически из-за непомерных амбиций СЭЭ, Цезаря и сомнительной репутации ИЭЭ, Гексли. Вот наиболее известные из них: Гай Юлий Цезарь (СЭЭ, Цезарь) и Клеопатра (ИЭЭ, Гексли); А.С. Пушкин (СЭЭ, Цезарь) и Н. Н. Гончарова (ИЭЭ, Гексли).
言い換えると、カエサルとクレオパトラ、プーシキンと妻ゴンチャロワが、SEEとIEEの夫婦の例です。添えられた理由は、2人がそろって敵を作りやすいことです。
名前の並びが示すもの—独自整理(試論)
以下はこの節だけ、引用ではなく当サイトの独自整理です。検証できないタイピングの上に載る、その程度の確からしさの見立てです。
研究者がSEEに挙げてきた顔ぶれには、カエサルやゴルバチョフのような国を率いた人物と、プーシキンやトルストイのような作家、アンナ・カレーニナのような恋に生きる作中人物が並びます。位置1のSeと位置2のFiを、権力の座と恋愛という目に見える形で示した人物が選ばれてきた、と整理できます。
ナポレオン本人の判定では、Filatovaの材料はトルストイが小説に描いたナポレオン、Bukalovの根拠は砲兵の経歴と民法典という史実でした。どの資料のどの面を材料にするかで、同じ人物のタイプが分かれるということです。これらの名前の並びは、研究者がSEEという概念で何を指したかったかの記録として読むほうが、資料の性質に合っていると考えられます。
小括します。この章の資料に共通するのは、結論だけが残り、選び方が残っていないという形です。例外はアウシュラのトルストイの読みと、Bukalov・Stratiyevskayaの一部の例で、関係の向きや史実の夫婦という理由が書かれています。愛称の元になったナポレオン本人も、アウシュラ・Reinin・FilatovaはSEE、Bukalov・StratiyevskayaはSLEと判定が割れています。
23先行研究への懸念点
最後の章は、ここまで引用してきた文献群への懸念の整理です。外部からの批判ではなく、できる限り研究者たち自身の言葉で、方法論の弱点がどこまで自覚されていたかを示します。
観察者依存—ユング自身の警告
出発点のユングに、すでに方法論的な自己言及があります。
ただし、このような心理状態について全く正反対の概念を持つことも同様に可能であり、それに基づいて説明することも認める。 私自身が異なる個性心理学を持っていたとしたら、無意識を「非合理的」と見なす観点から、合理的タイプの特徴を正反対の方法で記述していただろうと確信している。
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I am prepared to grant that we may equally well entertain a precisely opposite conception of such a psychology, and present it accordingly. I am also convinced that, had I myself chanced to possess a different individual psychology, I should have described the rational types in the reversed way, from the standpoint of the unconscious as irrational, therefore.
言い換えると、記述する側の心理が違えば、同じタイプの記述も変わりうるとユング自身が認めているということです。ユングの例は合理的タイプの記述で、非合理のSEEは反対の側に置かれます。それでも、書き手の立ち位置に記述が左右されるという点は、どちらの側にも向けうると読めます。
SEEの記述にも、書き手による向きの違いが見られます。Filatovaは、SEEの意識の構えを、影響力を広げようとする志向と、権力と名声への欲求から書きました(03章)。YermakとRoslankinaは、同じ自我ブロックの2要素から、自分と身近な周囲をどう守り抜くかをよく理解するタイプを描いています(10章)。圧力をかけるより関係を操作するほうを好む、という書き方です。自我ブロックが同じでも、広げる向きに組むか、守る向きに組むかが書き手で分かれています。
判定信頼性への内部批判
タイプ判定の信頼性は、学派内部で最も率直に語られてきた弱点です。
現在ソシオニクスが抱える最も痛切な問題は、心理タイプ判定の信頼性である。今のところ、これは科学というよりむしろ技芸に近い。
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самый больной вопрос соционики в настоящее время — это надежность определения психотипов. Пока это скорее искусство, чем наука.
言い換えると、判定の結果が、判定する人の腕に左右される段階にあるとFilatovaは見ています。Reininは、質問紙のテストについて、こう書いています。
人々は中立的な質問(たとえば「人々は…についてどう考えていると思うか?」)には自発的に回答するが、評価的質問(「あなたはこちらが好きか、それともあちらか?」または「自分自身を…と…のどちらと考えるか?」)は無意識の緊張を引き起こす。(中略)私は既存のテストは最大40%の精度しか許さないと考えている。
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People answer neutral questions (for example: "What do you think people think about …?") spontaneously, but an evaluative question ("Do you prefer this or that?" or "Do you think of yourself as of … or …?") causes an unconscious tension. […] I believe that existing tests allow for maximum of 40 % accuracy.
つまり、評価を問う質問は無意識の緊張を生むので、既存のテストの精度は最大40%にとどまるとReininは考えています。このページのSEE記述も、その手前に、誰かをSEEと判定する工程を置いた資料です。
判定の取り違えについては、SEEに関わる指摘もあります。Filatovaは、SEIの倫理サブタイプが、SEEのような外向のタイプと容易に間違えられうると書いています(21章)。そうであれば、SEEの記述の材料に、SEEと判定された別のタイプの観察が混ざる余地があることになります。
検証されない強い主張
このページで引用した記述には、確かめる手続きが示されないまま、タイプ像の根拠に使われている主張があります。代表は、歴史上の人物のタイピングです。愛称の由来になったナポレオン・ボナパルト本人を、ReininとFilatovaはSEEとし、BukalovとStratiyevskayaはSLEとしています(22章)。SEEとSLEは、位置1(主導機能)にSeを置く点が同じで、位置2(創造機能)がFiかTiかで分かれます。同じ人物の伝記から、研究者によって別の創造機能が読み取られていることになります。
一方で、Filatovaは『戦争と平和』のナポレオンの征服と敗北を、SEEの主導ブロックと、TiとNiの弱さで説明しました(09章)。人物のタイプが研究者で割れている以上、その人物の逸話からSEE像を組むと、判定の食い違いがそのまま像に入り込みます。外見の特徴から型を見分ける記述(21章)や、民族を1つのタイプで記述する試み(07章)も、同じ形をしています。強い主張が積み上がる一方で、それを落とす手続きがありません。ここが実証面での中心的な懸念です。
記述の偏り—男性の肖像写真の少なさ
観察の材料の量がタイプによって均等でないことを、Filatovaは自分で書いています。SEEの顔写真を解説する箇所で、Filatovaはこう断っています。
著者は、この場合、読者が寛大であってくれることを願っている。とりわけ、写真資料庫の中にSEEの男性の肖像が比較的少なかったことを考えればなおさらである。
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Автор надеется, что читатель проявит снисхождение в этом случае, тем более что мужских портретов СЭЭ в картотеке оказалось относительно немного.〔中略〕очень соответствует название Политик — это хорошо видно по характеру его хитрой улыбки.
上の引用にある写真資料庫は、Filatovaが顔写真からタイプとサブタイプを解説するのに使った写真の集まりです。言い換えると、SEEの男性については少ない肖像から解説を書いたと、Filatova自身が断っているということです。
材料の偏りは、写真だけではありません。Filatovaの書籍のSEE像は、ナターシャ・ロストワ、デニーソフ、ナポレオンと、トルストイ『戦争と平和』の人物に多くを拠っています(09章)。生身の人の観察より、小説の人物の読解から組まれた部分があるということです。
資料の非独立性—別の版と再録
このページの資料には、独立した証言として数えられない組と、同じ著者名でも中身が別の文章である組があります。
FilatovaのSEE記述には、書籍『ソシオニクスの鏡の中の人格』のSEE章と、Wikisocionに再録された「SEE」タイプ記述があります。後者は書籍の記述を組み直したうえに、書籍に無い記述を多く加えた別の文章です(09章)。観察の置き場所も違います。外面は見えても奥の意味が分からず、待つことが苦手だという観察を、書籍は位置5(暗示機能)のNiの節に置きます。Wikisocionの版は、同じ観察を「役割機能」の見出し、つまり位置3のNeの下に置いています。同じ著者名の資料でも、版によって観察の帰属先が変わるということです。
同じ事情は、ほかの研究者にもあります。Bukalovのプロファイル(07章)はWikisocionの再録で、機関誌の論文には無い記述を含み、愛称も機関誌の「ナポレオン」ではなく「シーザー」です。Golihovの記述(13章)は位置と要素の組ごとの文で組まれていて、同じ組を持つSLEやIEEの記述と同じ文です。
また、YermakとRoslankinaの記述(10章)は、1999年に機関誌に出た共著の文章が、Yermakの単行本の付録に収められたものです。機関誌の版と単行本の版は同じ文章で、このページは単行本の露語原文から直接訳しています。つまり、同じ記述を2か所で見たことは、2人が別々に観測したことを意味しません。
学派の分裂と用語の混乱
体系間の互換性の欠如は、SEEの記述でも各章に現れました。機能の番号だけでも、現行の位置番号とアウシュラ旧式の4列(03章)、陰性の番号を含むReininの体系(06章)、Filatovaの4チャンネル(09章)、Golihovの第1〜第4とマイナス第1〜第4(13章)が併存します。アウシュラ旧式の第3列はTiで、現行では位置4です。同じ「3番目」が、体系によって別の要素を指すことになります。
GulenkoのモデルG(12章)では、位置1と位置3のほかは、要素の並びが標準のモデルAと違います。SEEのFiはモデルGでは5番目の「顕示機能」に置かれ、2番目の「実現機能」にはFeが入ります。そのため、番号や機能名だけで対応づけると、別の要素を同じ位置に重ねることになります。
サブタイプの理論も1つではありません(20章)。MegedとOvcharovの新聞記事に付いた編集部の注は、32サブタイプの理論が少なくとも3つ(Meged & Ovcharov、Gulenko、Filatova)あると書いています。いずれも第1・第2機能の「強化」で2つに分けますが、分け方が違うのに同じ用語を使っているという指摘です。愛称も揃わず、Stratiyevskayaは「カエサル」、BukalovのWikisocion再録は「シーザー」と呼びます(22章)。
理論の外縁には、確かめにくい主張も現れます。Reininは、晩年にこう書いています。
懐疑的である。検証する必要がある。タイプが何らかの形で遺伝で伝わるとは考えていない。ソシオンは、何らかの形で人間に体現されるノオスフェアの一般的構造かもしれない。A.ブカロフの仕事がこの点に光を当てているかもしれない。
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Скептически отношусь. Проверять надо. Я не думаю, что типы как-то по наследству передаются. Возможно, социон — это какая-то общая структура ноосферы, которая каким-то образом воплощается в людях. Пожалуй, работы А. Букалова проливают свет на это.
タイプの遺伝性には懐疑を示す一方、ノオスフェア(人類の思考圏)という検証の難しい仮説も提示しています。検証を求める姿勢と、検証しにくい概念への傾きが、同じ研究者の記述内に共存する例です。
制度化の主張と外部の視線
学派側は、普及の規模を示す数字を挙げます。
ソシオニクスが科学的方向性として広範に普及していることは、過去15年間にわたり、人文諸科学のあらゆる部門および一連の技術科学において、約800本の学位論文においてソシオニクスの諸概念および諸方法が用いられてきたという事実によって裏付けられている。これら学位論文を分野別および主題別に分析した。さらに、ソシオニクスに関する学術出版物の集合体を分析した。現時点において、ソシオニクスはロシア、ウクライナ、CIS諸国、ならびに欧州連合加盟諸国の150を超える大学で教授されている。
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Широкое распространение соционики как научного направления подтверждается тем, что за последние 15 лет соционические идеи и методы использованы примерно в 800 диссертациях по всем разделам гуманитарных наук и в ряде технических наук. Проведен анализ таких диссертационных работ по отраслям и темам. Проанализирован массив академических публикаций по соционике. В настоящее время соционика преподается более чем в 150 университетах России, Украины, стран СНГ и стран Европейского союза.
800本の学位論文、150超の大学という数字はBukalovらの集計であり、独立の確認はありません。また、利用の広がりは妥当性の証明とは別の事柄です。学派の自己認識の強さは、Stratiyevskayaの一節に典型的に現れます。
—残念ながら、まったくできない。なぜなら、この現代の発見に至るまで、人類は長く困難な道のりを歩んできたのであり、この発見そのものが、ソシオニクスと呼ばれる、新しく将来性のある科学の基礎となったからだ。ソシオニクスが伝統的心理学と異なるのは、化学が錬金術と異なるのと同じである—ソシオニクスには体系がある、構築的アプローチがある、それは既存の知識体系と矛盾せず、それどころか、最も多様な科学・領域で並行して行われている多くの研究によって裏づけられている、科学的方法に基づいている。
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— К сожалению, никак нельзя, поскольку к этому, современному нам открытию, человечество шло долгим и трудным путем, само это открытие явилось основанием новой и перспективной науки, получившей название соционики. От традиционной психологии соционика отличается так же, как химия от алхимии — в ней есть система, в ней есть конструктивный подход, она основана на научных методах, которые не противоречат существующей системе знаний, а, наоборот, подтверждаются многими исследованиями, проводимыми параллельно в самых различных науках и областях.
言い換えると、Stratiyevskayaは、ソシオニクスと従来の心理学の違いを、化学と錬金術の違いにたとえているということです。同じ学派の中で、Filatovaは判定を技芸に近いと書き、Stratiyevskayaは科学的方法に基づくと書いています。学問としての位置づけについて、研究者の自己評価が割れていることが分かります。
最後に、判定する側の質の問題が、内部から指摘されています。Filatovaは、こう書いています。
ソシオニクスに対する不信の、もう一つの原因は、この人間についての新しい知識領域に、専門的な訓練どころか、単純な人生経験さえ持たないことも少なくない、熱心な支持者たちの一大勢力が押し寄せたことに関係している。そして、そうした若者たちが、自分が正しいと絶対的な確信を持って、決して単純ではない心理的問題の解決策をあちらこちらで提示するとき、それが思慮深い研究者たちの十分に根拠のある批判を招かずにはいないのである。
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Другая причина недоверчивого отношения к соционике связана с тем, что в эту новую область знаний о человеке пришла большая армия энтузиастов, не имеющих зачастую не только специальной подготовки, но и простого жизненного опыта. И когда такие молодые люди с абсолютной уверенностью в своей правоте предлагают направо и налево рецепты решения совсем непростых психологических проблем, это не может не вызывать у вдумчивых исследователей вполне обоснованных нареканий.
つまり、訓練も人生経験も乏しい熱心な支持者が、確信をもって心理的問題の解決策を示したことが、ソシオニクスへの不信を招いたとFilatovaは見ています。批判の向け先は、理論そのものより、判定し助言する側の質です。
小括します。懸念は5つに整理できます。
- 判定の信頼性:技芸に近いという内部評価、質問紙は最大40%という見積もり、SEIとの取り違えの指摘
- 反証手続きの不在:歴史上の人物のタイプが研究者で割れたまま、その逸話がSEE像の材料になっていること
- 記述の偏り:男性の肖像写真が少ないという著者の断りと、小説の人物への依存
- 資料の非独立性:再録や別の版を、独立した証言として数えられないこと
- 体系の非互換:番号・モデルG・サブタイプの理論・愛称が研究者で揃わないこと
あわせて、このページ全体で扱ってきた主張の水準を区別しておきます。
-
文献上の事実:誰がいつ何を書いたか。索引と出典で確認できます。
-
理論内部の帰結:モデルを前提にした導出(例:SEEの位置4はTiで1次元)。モデル内で整合していても、モデル自体の妥当性は別の問題です。
-
文献系列内で反復される観察:14章の5つの観測。相互に参照し合う文献群での反復であり、独立した再現ではありません。
-
独立に実証された主張:測定・標本・追試を伴うもの。当サイトが確認した範囲では、この水準に達したSEE記述は本ページにはありません。
これらの懸念の多くが研究者自身の言葉で残っていることは、少なくとも一部の研究者が弱点を自覚して書き残していた証拠であり、同時に未解決の課題の一覧でもあります。このページの引用群は、その両面を示すことを意図して選びました。
24SEEとは何か
この章には新しい引用はありません。ここまでの各章の引用と、14章・23章などで行った当サイトの比較・整理を、1つのまとめへ再統合します。この章は資料の提示ではなく、資料についての当サイトの解釈です。引用に直接書かれた内容より、確からしさを一段低く見積もる必要があります。
反復して現れる記述
複数の研究者が、論者や時期を変えて繰り返し書いてきた記述があります。14章で5つに整理したとおりです。第一は人の先頭に立ち、人を動かす立場を取ろうとすること、第二は考えるより先に動き、問題を一度で片づけようとすることです。第三は筋道の不足を指摘されると行動が乱れること、第四は関係を場面ごとに組み替えること、第五は自分の側についた人を世話し守ることです。
ただし、この反復を独立した観測の一致と呼ぶことはできません。アウシュラ以後の研究者は同じ理論共同体に属し、用語も先行する記述も相互に受け継いでいるからです(02章)。正確には、相互に参照し合う文献系列の中で、書き手と様式を変えて反復されてきたモチーフです。その意味で、SEE記述の共有された部分と見てよい範囲にとどまります。
確定しない点と実証の限界
一方で、単純にまとめられない点もあります。位置1のSeを外へ押す力として書くか、身近な者を守る力として書くかは、研究者で分かれます。FilatovaとStratiyevskayaは押し通す姿と主導権の奪取を書き、YermakとRoslankinaは圧力より関係の操作を好み、自分と身近な者を守る姿を書きました。位置2のFiで示す好意も、Gulenkoは操作の能力として書き、Filatovaはそのつど本気で信じる感情として書いています。境界の内と外、振る舞いの変わりやすさと感情の本気さを分けて両立させる読み方はできますが、それは当サイトの整理です(14章)。
さらに、記述の前提そのものにも懸念が残ります(23章)。タイプ判定の信頼性は学派の内部から低く評価され、検証できる形の強い主張にも追試の記録が確認できません。愛称の由来になったナポレオン本人のタイプも、研究者によってSEEとSLEに割れたままです(22章)。機能番号・モデル・サブタイプの理論・愛称が体系間で一致しない問題も指摘されています。
SEE像の要約
ここまでを、確実に間違いとは言えない範囲でまとめます。文献上のSEEは、自我ブロックの主導機能にSe(外向感覚)、創造機能にFi(内向倫理)を置くタイプとして記述されます(03章)。Seは力と意志で自分の場所を保ち、広げる要素、Fiは人と人のあいだの引き合いと反発を扱う要素とされます(04章)。SEEでは、この2つが別々に働くのではなく、Fiの関係の扱いがSeの目的に仕える手段として現れると説明されます(04章)。
この構成の記述とは別に、複数の文献で反復して記述されている行動があります(14章)。人の先頭に立とうとすること、先に動いて一度で片づけようとすること、筋道の不足を指摘されたときの乱れ、関係の組み替え、自分の側の人の世話と守りです。弱い側としては、位置4(脆弱機能)のTiと位置5(暗示機能)のNiが挙げられ、理屈で詰められることと、先の見通しを持つことに負担があると書かれています(08章・09章)。
SEEを短くまとめるなら、その場の力関係を感じ取って人を動かす側が強く、理屈と見通しを人に補ってもらうと文献上は記述されるタイプ、となります。それが、当サイトが確実に間違いとは言えないと考える範囲です。
かみ砕いて言うと
最後に、同じまとめを、タイプ解説で一般的な語り口に寄せて書いておきます。変えたのは文体だけで、内容は前節と同じく、根拠はここまでの章の資料のみです。
SEEは、その場で誰がどれだけ力を持っているかを感じ取り、人を巻き込んで一気に物事を進めるタイプとして描かれてきました。人の輪の中心にいることや、注目されることを好むとも繰り返し書かれています。好き嫌いや距離の取り方は場面ごとに変わり、敵と味方がすぐに入れ替わる一方、自分の側についた人の面倒はよく見る、とされます。
01章で見た一般的な紹介は、主導権を取る・注目を集める・関係を使い分けるという点で、研究者の記述とおおむね重なります。言い直しが要るのは、押しの強さの向きです。研究者の記述では、外へ広げる力と、身近な者を守る力の両方が書かれており、どちらを前に出すかは書き手によって違います。
また、手順を組むことや筋道を立てて説明することは苦手とされ、理屈の不足を指摘されると、かえって動きが乱れると記述されています。先がどうなるかを見通すことも苦手で、待つことができず、すぐに結果を見たがるとも書かれています。
ただし、これらは相互に参照し合う文献のなかで繰り返されてきた記述であって、測定で確かめられた性質ではありません(23章)。そのうえで一文に圧縮するなら—SEEは、少なくとも「その場の力関係を感じ取って人を動かし、先の見通しと筋道の組み立てには負担がある」と文献上繰り返し記述されてきたタイプだと言えるかもしれません。
25この記事の方法論
引用を用いる理由と範囲
ソシオニクスの文献では、同じSEEというタイプについて、研究者ごとに観測点も語彙も評価も食い違います。食い違う記述を1つの要約にまとめると、どの研究者も書いていない「平均像」ができあがります。要約には書き手の解釈が混ざるため、研究者の記述は逐語の引用で示します。引用は本文で設定した論点の検討に必要な範囲にとどめ、当サイトの本文がその出典関係・記述の差異・適用範囲を分析します。各引用の位置づけの説明、各章末の小括、14章の横断比較、23章の懸念の整理が、このページの本文の役割です。14章の横断比較や22章・23章の整理など、本文の分析には当サイトの判断が入ります。最終の24章はその延長で、記事全体の資料をまとめ直す独自の統合です(位置づけは章の冒頭でも明示します)。
引用の逐語性と翻訳
引用の訳文は当サイトによる訳出です(ユングはドイツ語原著の英訳版から訳出しています)。掲載した引用文は、訳出した本文と逐語で一致することを機械的に検証しています。底本の綴りは各引用の「原文を表示」で確認できます。
引用内の愛称は、コード表記へ置換したうえで原語を併記します(例:「SEE〔原文: ナポレオン〕」)。
引用の位置づけも明記します。本ページの引用は、公表された著作物からの、批評・研究を目的とする引用です。引用部は引用ブロックで明瞭に区分し、すべてに出所を番号つきで明示しています。索引には著者・資料名と、確認できた範囲の刊行年・初出・該当箇所を掲載し、出所に留保が要る資料は注記で示します。本文と引用の関係は、本文の分析が主で、引用は各論点の根拠として示す資料です。出典・掲載についての指摘があれば対応します。
タイプ愛称の置換
ソシオニクスの原典には、16タイプを著名人や文学人物の名で呼ぶ愛称が頻出します。SEEの場合は「ナポレオン」で、資料によっては「カエサル」とも呼ばれます。当サイトはタイプをコード表記(SEE、ILIなど)で統一しているため、引用内の愛称は「SEE〔原文: ナポレオン〕」の形式で置換します。愛称の由来と、歴史上の人物のタイピングとの関係は22章で扱います。
索引の使い方
引用の末尾には初出順の番号が付きます。番号を押すと巻末の索引に移動し、著者・書名と、確認できた範囲の年・該当箇所を確認できます。索引の各項目からは、本文の引用位置へ戻れます。
注釈
+索引(引用文献)
- [1]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第11章 定義 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [2]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [3]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 外向的感覚型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [4]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 外向的感覚型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [5]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 外向的感覚型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [6]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [7]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [8]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [9]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [10]Kempinski『Lęk(不安)抜粋訳』(原題:Lęk) 「アナログ原理とデジタル原理」の節 死後刊行の著作。著者はAntoni Kępiński(1918–1972) 本文へ
- [11]Kempinski『Lęk(不安)抜粋訳』(原題:Lęk) 「アナログ原理とデジタル原理」の節 死後刊行の著作。著者はAntoni Kępiński(1918–1972) 本文へ
- [12]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) Kempinskiの抜粋訳内の再録(原出典はアウシュラ『ソシオニクス入門』) 本文へ
- [13]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998)著者序文 Kempinskiの抜粋訳内の再録(原出典はアウシュラ『ソシオニクス入門』) 本文へ
- [14]アウシュラ『ユング論考集(当サイト編纂アーカイブ)』(1984)第4篇「パーソナリティとパーソナリティタイプ」 心理学者エレナ・ドゥボヴァ宛書簡(1984年11月18日付)。機関誌『ソシオニクス、メンタロジー、人格心理学』2005年№4(通巻No.202)に再録 本文へ
- [15]Reinin「情報、その伝達、および情報代謝について」(原題:Об информации, её передаче и информационном метаболизме)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1-2(2021年) 機関誌への再録掲載 出典リンク 本文へ
- [16]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались)第I部 理論編 刊行年は底本(露語電子テキスト)に記載がなく未確認 本文へ
- [17]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001)前書き 本文へ
- [18]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей — Соционика: новый метод познания человека、2005)第1章 本文へ
- [19]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [20]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [21]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика) 「第1機能」の節(要約) 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [22]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика) 「第2機能」の節(要約) 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [23]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика) 「情報代謝モデル」の節 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [24]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [25]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [26]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [27]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [28]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998)第4章 1982年執筆「ソシオン、またはソシオニクスの基礎」の再録部からの引用 本文へ
- [29]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [30]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [31]Yermak「情報流のアスペクト辞典」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1998年) 出典リンク 本文へ
- [32]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 本文へ
- [33]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [34]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [35]Yermak『人を理解することを学ぶには』(2005) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [36]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [37]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [38]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [39]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 和訳は露語原文からの当サイト訳。原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [40]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 和訳は露語原文からの当サイト訳。原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [41]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [42]アウシュラ『レイニン特性の理論』(原題:Теория признаков Рейнина、1998) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [43]アウシュラ『レイニン特性の理論』(原題:Теория признаков Рейнина、1998) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [44]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [45]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [46]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [47]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [48]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [49]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [50]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [51]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [52]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [53]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [54]Bukalov『「SEE」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [55]Bukalov『「SEE」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [56]Bukalov『「SEE」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [57]Bukalov, Karpenko & Chikirisova「人格タイプSEEの特徴的発言」(原題:Характерные высказывания типа личности FR (СЭЭ))『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(1997年) 和訳は露語原文からの当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [58]Bukalov & Karpenko「人類の進化—情報代謝機能構造とソシオンの形成(第2部)」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2018年) 出典リンク 本文へ
- [59]Bukalov「民族ソシオニクスと社会政治過程の解析」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2012年) 出典リンク 本文へ
- [60]Bukalov「民族ソシオニクスと社会政治過程の解析」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2012年) 出典リンク 本文へ
- [61]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [62]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [63]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [64]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [65]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [66]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [67]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [68]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [69]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [70]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [71]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [72]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [73]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [74]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [75]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [76]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [77]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [78]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [79]Yermak, Roslankina『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей、2005)付録2「心のTIMモデルの記述」 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [80]Yermak, Roslankina『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей、2005)付録2「心のTIMモデルの記述」 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [81]Yermak, Roslankina『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей、2005)付録2「心のTIMモデルの記述」 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [82]Karpenko「世界のアスペクト知覚」(原題:Восприятие аспектов мира)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(1995年) 出典リンク 本文へ
- [83]Karpenko「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2002年) 本文へ
- [84]Karpenko「弟子、研修生、エキスパート」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2007年) 本文へ
- [85]Karpenko「構えがタイプの発現に及ぼす影響」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2011年) 本文へ
- [86]Karpenko「ソシオニクスから見たピョートル1世の人格」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1996年) 本文へ
- [87]Karpenko「ソシオニクスから見たピョートル1世の人格」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1996年) 本文へ
- [88]Karpenko「ソシオニクスから見たピョートル1世の人格」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1996年) 本文へ
- [89]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [90]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [91]Gulenko『生産的な学習の保証。気質群と刺激群』(1992) ソシオニクス新聞 2003年 №11 に再録。和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [92]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [93]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [94]Gulenko『64の肖像』(2019)理論編 本文へ
- [95]Gulenko『64の肖像』(2019) DCNH編 本文へ
- [96]Gulenko『「政治家」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [97]Gulenko『「政治家」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [98]Weisband『初期ハンドブック(アウシュラ資料準拠)「SEE」』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [99]Prokofieva『「SEE」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [100]Prokofieva『「SEE」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [101]Meged & Ovcharov『「SEE」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [102]Golihov『「SEE」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [103]Golihov『「SEE」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [104]socionics.ua『「SEE」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [105]Piatnitskiy『「SEE」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [106]Beskova『「SEE」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [107]Eglit「ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学」(原題:Основы соционического самонаблюдения)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(2011年) 底本はシステム的ソシオニクス学派サイトの再録。和訳は露語原文からの当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [108]Wikisocion『「SEE」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 本文へ
- [109]Socioscope『「SEE」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 本文へ
- [110]Eglit「ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学」(原題:Основы соционического самонаблюдения)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(2011年) 底本はシステム的ソシオニクス学派サイトの再録。和訳は露語原文からの当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [111]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [112]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались)第I部 理論編 刊行年は底本(露語電子テキスト)に記載がなく未確認 本文へ
- [113]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [114]Reinin「二分法的特徴の理論の創造について」(原題:О создании теории дихотомических признаков)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2006年) インタビュー記事 出典リンク 本文へ
- [115]Karpenko「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2002年) 本文へ
- [116]Danidin『質問紙SOLTI-192の統計の分析』 ウェブ論考(2026-08-18閲覧)。和訳は露語原文からの当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [117]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [118]Wikisocion『「Clubs」(コミュニティ編纂)』(2026) コミュニティ編纂。底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 本文へ
- [119]アウシュラ『レイニン特性の理論』(原題:Теория признаков Рейнина、1998)連載第5部 機関誌『ソシオニクス、メンタロジー、人格心理学』1998年№5(通巻№186)掲載の連載(全6回・古典欄)第5部 本文へ
- [120]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей — Соционика: новый метод познания человека、2005)第3章 本文へ
- [121]Bukalov & Karpenko「人類の進化—情報代謝機能構造とソシオンの形成」(原題:Эволюция человека: формирование структуры ФИМ и социона)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2018年) 出典リンク 本文へ
- [122]Bukalov「意識機能の管理的役割」(原題:Управляющая роль функции сознания)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(2016年) 出典リンク 本文へ
- [123]Yermak「ソシオニクスにおける範疇〈時間〉」(原題:Категория «время» в соционике)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(2007年) 出典リンク 本文へ
- [124]Eglit「機能の次元性」(原題:Размерность функций)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №2(2007年) 底本はシステム的ソシオニクス学派サイトの再録。和訳は露語原文からの当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [125]Karpenko「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2002年) 本文へ
- [126]Bukalov & Karpenko「人類の進化—情報代謝機能構造とソシオンの形成」(原題:Эволюция человека: формирование структуры ФИМ и социона)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2018年) 出典リンク 本文へ
- [127]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 本文へ
- [128]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 本文へ
- [129]Stratiyevskaya『お別れしないために』第II部 本文へ
- [130]Gulenko『64の肖像』(2019)クアドラ論 本文へ
- [131]Yermak, Roslankina『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей、2005)付録2「心のTIMモデルの記述」 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [132]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [133]Karpenko「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2002年) 本文へ
- [134]アウシュラ『レイニン特性の理論』(原題:Теория признаков Рейнина、1998) 機関誌『ソシオニクス、メンタロジー、人格心理学』1998年掲載の連載(古典欄) 本文へ
- [135]アウシュラ『書簡(『機関誌記事集』所収)』(1984) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [136]Bukalov「情報代謝機能の形成メカニズムについて—個体誕生過程における機能形成」(原題:О механизме формирования функций информационного метаболизма в процессе рождения индивидуума)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №168、pp. 19–34(1996年) 出典リンク 本文へ
- [137]Stratiyevskaya『監督の関係』(原題:Логико-сенсорный интроверт (ЛСИ, Максим) → сенсорно-этический экстраверт (СЭЭ, Цезарь)、2019) LSI–SEE 著者自身のブログ「Соционика от Стратиевской」に再録された著書の章。引用本文は当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [138]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010) 参照は2010年英語版(露語版の初出年は確認中) 本文へ
- [139]Gulenko『64の肖像』(2019) 16関係編 本文へ
- [140]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 和訳は露語原文からの当サイト訳。原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [141]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [142]Weisband『初期ハンドブック(アウシュラ資料準拠)』 底本はWikisocion掲載の英訳テキスト(ILIの項)の当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [143]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [144]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [145]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [146]Stratiyevskaya『活性化の関係』(原題:Активационные диады 3-й квадры: СЭЭ – ЛИЭ、2009)第3クアドラの活性化ダイアド SEE–LIE 著者自身のブログ「Соционика от Стратиевской」に再録された著書の章。引用本文は当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [147]Bukalov「インタタイプ関係の記述」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2012年) 出典リンク 本文へ
- [148]Bukalov & Karpenko「人類の進化—情報代謝機能構造とソシオンの形成(第2部)」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2018年) 出典リンク 本文へ
- [149]Bukalov & Karpenko「学術分野としてのソシオニクス」(原題:Соционика как академическая научная дисциплина)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(2013年) 出典リンク 本文へ
- [150]アウシュラ『ユング論考集(当サイト編纂アーカイブ)』(1984)第4篇「パーソナリティとパーソナリティタイプ」 心理学者エレナ・ドゥボヴァ宛書簡(1984年11月18日付)。機関誌『ソシオニクス、メンタロジー、人格心理学』2005年№4(通巻No.202)に再録 本文へ
- [151]Wikisocion『「Subtypes」(コミュニティ編纂)』(2026) 2026-07-15閲覧 底本はWikisocion掲載の英訳テキスト。著者の原語初出は未確認 本文へ
- [152]Meged & Ovcharov『性格タイプと2つの基本サブタイプの視覚・行動的特徴』(原題:Визуально-поведенческие характеристики типов личности и двух основных подтипов、2002)ソシオニクス新聞 №01 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [153]Meged & Ovcharov『性格タイプと2つの基本サブタイプの視覚・行動的特徴』(原題:Визуально-поведенческие характеристики типов личности и двух основных подтипов、2002)ソシオニクス新聞 №01 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [154]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [155]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [156]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [157]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [158]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [159]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [160]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [161]Wikisocion『「Subtypes」(コミュニティ編纂)』(2026) 2026-07-15閲覧 底本はWikisocion掲載の英訳テキスト。著者の原語初出は未確認 本文へ
- [162]アウシュラ『ユング論考集(当サイト編纂アーカイブ)』第2篇「なぜユングを読むのは難しいか?」 執筆・初出は篇ごとに異なる編纂物(第2篇は機関誌2006年№4再録の論考) 本文へ
- [163]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей — Соционика: новый метод познания человека、2005)第9章 本文へ
- [164]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей — Соционика: новый метод познания человека、2005)第9章 本文へ
- [165]Karpenko「エキスパートの立場」(原題:Позиция эксперта)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(1999年) 出典リンク 本文へ
- [166]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [167]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [168]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [169]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [170]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019)タイプ識別編 底本は英語版。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [171]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [172]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [173]Bukalov「民族ソシオニクスと社会政治過程の解析」(原題:Этносоционика и анализ социально-политических процессов)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2012年) 和訳は露語原文からの当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [174]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей — Соционика: новый метод познания человека、2005)第5章 本文へ
- [175]Gulenko『異なる言語を話し、同じものを目指す—ソシオニクスとアメリカ・タイプ理論の比較』(1996) 英語論文。1996年執筆、2001年著者改訂(D. Lytov協力の改訂版から訳出)。初出媒体は確認中 本文へ
- [176]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [177]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [178]アウシュラ『レイニン特性の理論』(原題:Теория признаков Рейнина、1998) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [179]アウシュラ『ソシオニクス:心理タイプ・テスト』(原題:Соционика: Психотипы. Тесты、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [180]アウシュラ『ソシオニクス:心理タイプ・テスト』(原題:Соционика: Психотипы. Тесты、1998) 和訳は露語原文からの当サイト訳。原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [181]Bukalov「社会政治過程の予測」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2011年) 本文へ
- [182]Bukalov「社会政治過程の予測」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2011年) 本文へ
- [183]Bukalov「社会政治過程の予測」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2011年) 本文へ
- [184]Stratiyevskaya『協力の関係』(原題:Деловые отношения: СЭЭ — ИЭЭ、2009) SEE–IEE 著者自身のブログ「Соционика от Стратиевской」に再録された著書の章。引用本文は当サイト訳 出典リンク 本文へ
- [185]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [186]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001)前書き 本文へ
- [187]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010) 参照は2010年英語版(露語版の初出年は確認中) 本文へ
- [188]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [189]Reinin「ソシオンとその記述」(原題:Социон и его описания)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2008年) 出典リンク 本文へ
- [190]Bukalov & Karpenko「学術分野としてのソシオニクス」(原題:Соционика как академическая научная дисциплина)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(2013年) 出典リンク 本文へ
- [191]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались)第I部 理論編 刊行年は底本(露語電子テキスト)に記載がなく未確認 本文へ
- [192]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001)前書き 本文へ
