LSE超詳細解説
LSE(ESTJ)というタイプを、ソシオニクスの研究文献からの引用で読む長編解説です。当サイトの通常ページは理論を短く言い換えて説明しますが、このページは研究文献からの引用を資料として示し、その比較と分析で構成します。対象は、創始者アウシュラ・アウグスティナヴィチューテ(Aushra Augustinaviciute)から、Reinin、Bukalov、Stratiyevskaya、Filatova、Yermak、Karpenko、Gulenkoまでの各研究者です。多数の研究者が同じLSEをどう記述したかを、1つの要約にまとめず、引用で示し、本文で比較・分析します。
01LSEは一般にどう言われているか
LSE(ESTJ)は、一般に、物事を効率よく段取りし、最後まで仕上げる実務家として紹介されます。主導機能はTe(外向論理)で、何が役に立ち、どうすれば仕事が進むかを意識するとされます。創造機能のSi(内向感覚)は、その仕事を働きやすく快適な形に整える側で使われる、と説明されます。
また、決まりや手順を大事にし、頼まれたことは期限までに確実にこなす、と言われます。ソ連の諜報小説の主人公の名から「シュチルリッツ」と呼ばれることもあります。
よく挙げられる場面はこうです。例えば、約束の場所には時間より早く着き、遅れてくる人を待つことが多い、と言われます。雑な仕事や手抜きを見ると、自分で直したくなるとも紹介されます。一方、家では身の回りを整え、家族の暮らしを具体的な手配で支える、と書かれます。
ですが、気持ちを言葉で表すことや、この先がどう転ぶかの見通しには、本人も苦手を感じていると説明されます。そのため、きちんとした人と見られる場面でも、本人の側には先を読み違えないかという心配が残るとされます。感情の場で何を言えばよいか分からない、という戸惑いも挙げられます。
この像は、あとで見る研究者の記述から切り出されて広まったものと読めます。仕事の効率と品質にこだわる・秩序と手順を大事にする・感情の表現と先の見通しに負担がある、という要素は、研究者の記述にもおおむね出てきます。
ただ、研究者ごとに力点は違います。このこだわりを周りを動かす強さとして書くか、身近な人を守るための働きとして書くかは、研究者によって異なります。24章では、この一般像のどこが残り、どこが言い直されるかに戻ります。
読この記事の読み方
想定読者は、LSEプロファイルなどの基礎ページを読み終えて、出典まで確かめたい人です。長いページですが、読み方は単純です。各章で研究者の記述を引用で示し、そのすぐ下に当サイトの読み方(何が共通し、どこが違うか)を書きます。一致と食い違いを確かめながら、LSEというタイプの輪郭を自分で考えていく構成です。
流れは、01章が一般に言われている像、02〜04章が土台(系譜、モデルA、情報要素)、05〜13章が研究者別の記述(このページの中心)、14章が横断比較、15〜23章が各論、24章が当サイトのまとめです。引用には初出順の番号が付き、押すと巻末の索引へ飛び、索引から本文へ戻れます。引用の扱い方(逐語性、訳出、編集操作)は末尾の「この記事の方法論」にあります。
ページ冒頭の「コピーしてAIで要約!」を押すと、要約用の指示文とこのページの本文がクリップボードに入ります。AIに渡して、要約のほか、引用の意味を聞く、研究者ごとの違いを整理させる、といった使い方ができます(長すぎるときは章を分けて渡してください)。
タイトルの「ESTJ」はMBTIに慣れた読者のための参照用の表記で、ソシオニクスのLSEとMBTIのESTJを同じタイプとして扱う趣旨ではありません(19章)。
02系譜 ユングから情報代謝へ
LSEという記述がどこから来たのかを、3つの原典で辿ります。ユング『心理学的類型』(1921年)の類型論、Kempinskiの情報代謝の概念、そしてアウシュラによる両者の接合です。この章の引用が、以降の全章の土台になります。
ユングの類型論(1921年)
ソシオニクスの16タイプは、スイスの精神科医カール・グスタフ・ユングの『心理学的類型』を出発点とするとされます。ユングは心の働きを4つの基本機能に分け、それぞれが外向・内向のどちらかの構えで働くと考えました。定義の章で、機能は次のように説明されます。
心理学的機能とは、さまざまな状況のもとでも理論上同一であり続ける、心的活動の特定の形式のことと私は理解している。(中略)私は全部で4つの基本機能を区別する。2つの合理的機能と、2つの非合理的機能である。
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By psychological function I understand a certain form of psychic activity that remains theoretically the same under varying circumstances.(中略)I distinguish four basic functions in all, two rational and two irrational
合理的な2つは思考・感情、非合理的な2つは感覚・直観です。そのうえでユングは、人によって最も分化した機能が違い、それが生活への適応の主役になると書きます。
まず特に注目すべきは、私が「内向型」と「外向型」と分類した2つの基本的なタイプについてである。(中略)個人の適応や人生への方向性において、最も発達した機能が主要な役割を果たすという特異性を持つ特定のタイプ
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my first concern must be with the two general types I have termed introverted and extraverted.(中略)those special types whose particularity is due to the fact that his most differentiated function plays the principal role in an individual's adaptation or orientation to life.
まず外向・内向という2つの一般類型があり、その内側に、最も分化した機能が主役を担う「機能類型」が置かれる、という二重の分類です。この組み合わせで8つの型が記述されました。ソシオニクスの文献では、この4機能×2構えの枠組みを「ユングの基底」と呼ぶことがあります。
ユングの外向的思考型—主導機能Teの祖形
LSEの位置1のTe(外向論理)に対応する祖形は、第10章の外向的思考型です。ユングは、この型の思考が何によって方向づけられるかを、こう書いています。
まず、外向的思考タイプを論じよう。その定義に従えば、純粋な型であるかぎり、その生の活動全体を、最終的には常に客観的なデータ—客観的な事実であれ、一般に妥当する観念であれ—によって方向づけられた知的な結論との関係へと持ち込むことを、恒常の目標とする人間を、私たちは思い描かねばならない。この型の人間は、自分ひとりについてだけでなく周囲の人々を代表しても、現実の客観的な実在か、あるいはそれを客観的に方向づけた知的な公式のいずれかに、決定権を与える。
言い換えると、この型は、判断を自分の価値観ではなく、客観的な事実か、それを整理した公式に任せるということです。しかも自分ひとりのことだけでなく、周囲の人々のことまで同じ基準で決めるとされています。
ユングは同じ段落で、その公式が何を決めるかまで踏み込み、こう書いています。
この公式によって善と悪が測られ、美と醜が決められる。この公式に合うものはすべて正しく、それに反するものはすべて誤りであり、それに関わりのないものはすべて単なる偶然である。
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By this formula are good and evil measured, and beauty and ugliness determined. is right that corresponds with this formula ; all is wrong that contradicts it ; and everything that is neutral to it is purely accidental.
つまり、公式は物事の説明にとどまらず、善悪と美醜を決める物差しになるということです。公式に関わりのないものは「単なる偶然」として扱われる、という一文に、この型の判断の徹底ぶりが出ています。
続けてユングは、この公式への従い方が社会の中でどう現れるかを、2つの極で書いています。
「本来こうすべきだ」「こうしなければならない」が、この綱領のなかで大きな位置を占める。公式が十分に広ければ、この型は社会生活のなかで、改革者として、公の不正を明るみに出す者や公の良心を浄める者として、あるいは重要な革新を広める者として、きわめて有用な役割を果たしうる。しかし公式が硬直するほど、彼は不平家、狡猾な理屈屋、独善的な批評家になっていき、自分自身も他人も1つの図式に押し込めようとする。
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* One really should ' or * one must ' figure largely in this programme. If the formula is wide enough, this type may play a very useful role in social life, either as a reformer or a ventilator of public wrongs or a purifier of the public conscience, or as the propagator of important innovations. But the more rigid the formula, the more does he develop into a grumbler, a crafty reasqner, and a self-righteous critic, who would like to impress both himself and others into one schema.
言い換えると、同じ公式への忠実さが、公式が広ければ社会の役に立ち、硬直すれば周りを1つの図式に押し込めるということです。ユングはこの2つを両端として示し、この型の多くの人はそのあいだのどこかに位置すると続けています。「こうすべきだ」「こうしなければならない」という言い回しが、この型の言葉の特徴として挙げられている点も、後の研究者の記述と並べて読めます。
ユングは、この型で後退する側についても、こう書いています。
まず第一に、この型では、感情に依存する生の営みがすべて抑圧される。たとえば美的な活動、趣味、芸術的な感覚、友情の技術などである。
つまり、思考が優位に立つぶん、芸術や趣味、友情のような感情に頼る営みが後ろに下がるということです。LSEのモデルAでも、倫理の要素は位置3のFe(外向倫理)と位置5のFi(内向倫理)に入り、自我ブロックの外に置かれます。
ユングは、この公式の影響が周りの誰にどう及ぶかも書いています。
外向的態度の性質に従って、こうした人物の影響と活動は、中心から離れるほど好ましく有益なものになる。その最良の面は、影響の及ぶ範囲の周縁に見いだされる。(中略)外向的な公式のいちばん不快な結果を味わわなければならないのは、たいていは最も近い身内である。
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accordance with the nature of the extraverted attitude, the influence and activities of such personalities are all the more favourable and beneficent, the further one goes from the centre. Their best aspect is to be found at the periphery of their sphere of influence.(中略)Usually it is the nearest relatives who have to taste the most disagreeable results of an extraverted formula
言い換えると、公式の良い面は遠くの人ほど受け取り、不快な面はいちばん近い身内が受け取るということです。ユングはこれを、外向的態度の性質から来る順序として書いています。
ユングの内向的感覚型—創造機能Siの祖形
LSEの位置2のSi(内向感覚)に対応する祖形は、同じ第10章の内向的感覚の節にあります。ユングは、感覚そのものが内向的態度のもとで変わると、こう書いています。
感覚は、その本質に従って対象と客観的刺激に関わるものであるが、内向的態度においては大きな変容を経験する。(中略)内向的な態度においては、感覚は明確に知覚の主観的側面に基づいて成立するのである。
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Sensation, which in obedience to its whole nature is concerned with the object and the objective stimulus, also undergoes a considerable modification in the introverted attitude.
つまり、内向的な感覚は、対象そのものより、それが自分にどう感じられるかの側に立つということです。ユングは、この感覚が主導する型についても、こう書いています。
内向的感覚の優位性は、特定の性格類型を生み出す。この類型はいくつかの独特な特徴によって特徴づけられる。これは非合理的なタイプと言える。(中略)一方、外向的感覚タイプは客観的刺激の強度によって決定されるのに対し、内向的タイプは客観的刺激によって引き起こされる主観的感覚構成要素の強度によって方向性が定まる。
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The priority of introverted sensation produces a definite type, which is characterized by certain peculiarities.
言い換えると、内向的感覚型は、刺激の強さより、刺激が自分の中に起こす感覚の強さで方向が決まるということです。ユングはこの型を非合理型に分けています。
一方、Te(外向論理)は客観的な事実と公式へ向かいます。外へ向く判断と、内側の感覚の具合という向きの違う2つが、ソシオニクスのLSEでは1つのタイプの1番目と2番目の組になります。ユングの純粋型は1つの主機能で書かれているため、この組み合わせそのものはユングの記述にはありません。
Kempinskiの「情報代謝」
「情報代謝(Information Metabolism)」の語は、ポーランドの精神科医Antoni Kempinski(アントニ・ケンピンスキー、1918〜1972)に由来するとされます。Kempinskiが扱ったのはタイプごとの機能配置ではなく、生体が環境から情報を受け取り、反応を選ぶ一般の過程です。著書『Lęk(不安)』では、その過程を支える神経系の2つの原理が対比されます。
アナログ原理(緩電位)は刺激の量的な再現を可能にする。これにより「どの程度か」という問いへの答えが得られる。他方デジタル原理(スパイク電位)は「はい」か「いいえ」かの答えを可能にする。前者は本質的弁別、後者は差異的弁別と呼ばれる。
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Zasada analogowa (potencjały generacyjne) pozwala na ilościowe odtworzenie bodźca. Dzięki niej znajdujemy odpowiedź na pytanie: "w jakim stopniu". Natomiast zasada cyfrowa (potencjałów iglicowych) pozwala na odpowiedź: "tak" lub "nie". Pierwszą określa się jako essential discrimination, a drugą jako differential discrimination.
言い換えると、神経系には、刺激の量を「どの程度か」で受け取る働きと、「はい」か「いいえ」かで分ける働きがあるということです。Kempinskiは、情報代謝の進み方についても、こう書いています。
情報代謝は固有の脈動によって特徴づけられることになろう。すなわち第1相では生体の外部環境とも内部環境とも結合し、第2相ではそれに対して距離を取る。
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Metabolizm informacyjny charakteryzowałby się swoistą pulsacją: złączeniem się ze środowiskiem zarówno zewnętrznym, jak wewnętrznym ustroju w pierwszej fazie i nabraniem w stosunku do niego dystansu w drugiej.
つまり、情報代謝は、環境と結びつく第1相と、そこから距離を取って行動を選ぶ第2相の往復として書かれています。
ここで書かれているのは人間一般の情報処理で、タイプの区別も、ユングの型との対応づけもまだありません。ユングの類型論とこの情報代謝の概念を1つの理論に結びつけたのがアウシュラです。
アウシュラによる接合
アウシュラ・アウグスティナヴィチューテ(Aushra Augustinaviciute、1927〜2005)は、この語を借りたことを自分で書いています。
「情報代謝」という用語はポーランドの精神医学の古典A.ケンピンスキーから借りたことを思い出してもらいたい。おそらく彼は、人間の心理的不快の基盤にはその情報代謝の障害が横たわっていると最初に語った人物である。
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Можно напомнить, что термин «информацион- ный метаболизм» мы заняли у классика польской психиатрии А. Кемпинского. По-видимому, он пер- вый заговорил о том, что в основе психологичес- кого дискомфорта человека лежит нарушение его информационного метаболизма.
言い換えると、情報代謝という語は、アウシュラがケンピンスキーから借りたものです。そのうえでアウシュラは、ソシオニクスを、こう定義しています。
ソシオニクスとは、ソシオンについて、人間のソシオン的本性と社会のソシオン的構造について、人々の情報代謝(情報代謝)のさまざまなタイプとそれらのあいだのさまざまな形態の相互関係についての学問であり、K.G.ユング、E.クレッチマー、A.E.リチコの類型論と、A.ケンピンスキーの情報代謝の理論を基盤として生まれた。
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Соционика — наука о соционе, соционной при- роде человека и соционной структуре общества, о разных типах информационного метаболизма (ИМ) людей и разных формах взаимоотноше- ний между ними — родилась на основе типологий К. Г. Юнга, Э. Кречмера, А. Е. Личко и теории ин- формационного метаболизма А. Кемпинского.
上の引用にあるソシオンとは、16タイプがそろった全体のことです。この自己定義では、ユング・クレッチマー・リチコの類型論と、Kempinskiの情報代謝理論が、ソシオニクスの同じ基盤に並びます。
彼女自身は、タイプを次のように定義しています。
パーソナリティタイプは、パーソナリティの形態、または人間の思考が収まる形態、彼の情報代謝の形態である。奇妙で慣れないが、身体が食物で養われエネルギーを生産するのと完全に同じく、心理は情報、受け取る信号、刺激で養われ、エネルギーを生産する。心的エネルギーまたは情報的エネルギーである。
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Итак: тип личности — это форма личности, или форма, в которую укладывается мышление человека, форма его информационного метаболизма. Как это ни странно и непривычно, но ровно так, как тело питается пищей и производит энергию, так психика питается информацией, получаемыми сигналами, раздражителями и тоже производит энергию. Психическую энергию или информационную энергию.
言い換えると、アウシュラはタイプを、人格の中身としてではなく、情報を取り込んでエネルギーに変える思考の形として定義しています。この定義があるため、以降の章で研究者が書くLSEの記述は、性格の分類ではなく情報の扱い方の記述として読めます。
彼女はユングの発見そのものも、同じ枠で、こう読み替えています。
ユングの発見とは、心によって知覚されるシグナルの選別メカニズムの発見である。このメカニズムを、情報代謝(情報代謝)のコード、あるいは情報の伝達に用いられる言語の規則と呼ぶことができる。
つまり、アウシュラにとって、ユングが見つけたのは機能の分類ではなく、心が受け取る信号を選り分ける規則だったということです。読み直しの要点は、どの要素が主導するかの置き方にあります。アウシュラは、これをこう書いています。
IMモデルの基礎となったのは、ユングが心的機能と呼んだ諸要素の組み合わせという独特の構造である。個々のモデル間の差異は、どの要素が主導的役割を果たすかにある。第一に、第一機能と第二機能の役割である。
言い換えると、タイプどうしの違いは、どの要素が第1機能と第2機能に来るかで決まるということです。ユングの側では別々の節に置かれていた外向的思考と内向的感覚が、ここでLSEの1番目と2番目になります。同じ外向的思考を1番目に持つLIEとLSEは、2番目の要素(LIEはNi、LSEはSi)で分かれます。
後代の研究者が語る系譜
この接合を、後の研究者はそれぞれの力点で語り直しています。Reininは、Kempinskiとアウシュラのあいだにある情報観の違いを、こう対比しています。
アントニ・ケンピンスキーは精神科医として、各人がそれぞれ自分固有の世界に生きていることをよく理解していた(中略)概念を導入するにあたり、ケンピンスキーは純粋に物理的な類比—エネルギー代謝・物質代謝との類比—を用い、情報を諸対象が相互に交換する一種の実体として表象した(中略)アウシュラ・アウグスティナヴィチューテは(中略)自らの情報代謝タイプ理論を構築するにあたって、明らかに「情報」現象の仮想的性質を理解していた。
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Анатолий Кемпинский, будучи врачом психиатром, прекрасно понимал, что каждый человек живет в своем особенном мире [6]. […] При этом, вводя понятие «информационный метаболизм», Кемпинский воспользовался чисто физической аналогией с энергетическим и материальным метаболизмом, представляя информацию как некоторую субстанцию, которой обмениваются объекты [5]. […] Однако, Аушра Аугустинавичюте [1], […] создавая свою теорию типов информационного метаболизма, безусловно, понимала виртуальный характер феномена «информация».
言い換えると、ケンピンスキーは情報を物と同じように交換される実体として考えたが、アウシュラは情報の仮想的な性質を理解していたということです。レイニンは、系譜の転換を情報という概念の質の違いに置いています。引用中の「アントニ」は訂正した表記で、Reininの原文では「アナトリー」と書かれています。
Stratiyevskayaは、この転換を成し遂げた人物のほうに力点を置き、こう書いています。
それでもなお、この領域における根本的な転換は、心理学者ではなく(本来そう期待されるはずだったのだが)、数学者によって(より正確には、心理学者というよりもむしろ数学者によって)成し遂げられた—それまで誰にも知られていなかったリトアニアの学者、アウシュラ・アウグスティナヴィチューテによってである。彼女ただ一人が、ユングのタイポロジー(類型論)を解読し、彼のタイポロジーへの「鍵」となる、構築的な心理学的モデルを開発し、自身のタイポロジーと自身の新しい、拡張され改良された人間心理の構造のモデル(「モデルA」)を創造することに成功した。
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И тем не менее кардинальный переворот в этой области был совершен не психологом (как этого следовало бы ожидать), а математиком (точнее, не столько психологом, сколько математиком) — дотоле никому не известным литовским ученым Аушрой Аугустинавичюте. Ей единственной удалось расшифровать типологию Юнга, разработать конструктивную психологическую модель, послужившую "ключом" к его типологии; создать свою типологию и свою новую, расширенную и усовершенствованную модель структуры человеческой психики ("Модель "А").
つまり、ストラティエフスカヤは、ユングの類型論を解読してモデルAを作ったのは、心理学者ではなく数学者のアウシュラだったと強調しています。本来は心理学者に期待されていた転換だった、という点を、括弧を重ねて書き添えています。
Filatovaは、アウシュラとユングの出会いを本人の言葉ごと記録しています。
こうしてユングは、人間の一生を通じて保たれる安定した特徴によって互いに区別される、合計16の心理学的タイプを見出したのである。それから数十年後、リトアニアの研究者アウシュラ・アウグスティナヴィチューテが、さらに先へと歩を進めた。(中略)「ユングは私をたちまち引きつけた。なぜなら、彼は構造を提示していたからである。しかも16もの構造を!」
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Несколько десятилетий спустя исследователь из Литвы Аушра Аугустинавичюте пошла дальше. […] «Юнг заинтересовал меня сразу. Потому что предлагал структуру. И даже шестнадцать структур!»
Yermakは、系譜全体を1文に圧縮します。
こうして、A. アウグスタは、ユング流のタイポロジー(類型論)を、A. ケンピンスキーの心の情報代謝の理念の立場から研究して、心のモデルを創造し、N. メドヴェージェフは、心と世界の情報的相互作用のアスペクト構造の根拠を提示することで、モデル化に基づく特徴の「明晰化」と精緻化の基礎を据えた。
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Так, А.Аугустинавичюте, исследовав юнговскую типологию с позиций идеи А.Кемпинского об информационном метаболизме психики, создала модель психики, а Н.Медведев, предложив основания аспектной структуры информационного взаимодействия психики с миром, заложили основы “прояснения” и уточнения признаков на основе моделирования.
文中のメドヴェージェフ(N. Medvedev)は、情報の側面(アスペクト)構造の根拠づけに関わった人物として言及されています。
Yermakは系譜を2つの段階で書いています。アウシュラがケンピンスキーの情報代謝の考えからユングの類型論を研究して心のモデルを作り、メドヴェージェフがアスペクト構造の根拠を示した、という段階です。 Filatovaの引用の1文目にある「合計16の心理学的タイプ」は、原書の直前でユングの8つの型のそれぞれに2つの指向性がありうると書いたうえで数えた数です。この章の冒頭で見たユングの8つの型とは、数え方が異なります。
このように、4人は同じ出来事の別の面を書いています。Reininは情報という概念の質の変化を、Stratiyevskayaはモデルを作った人物を記録しています。Filatovaは構造との出会いを、Yermakはモデルとアスペクト構造へ進む段階を書いています。
小括します。4機能×2構えの枠組みはユングに、情報代謝の語はKempinskiに由来し、両者を1つのモデルに結びつけたのがアウシュラです。ここまでは各研究者の記述が一致し、食い違うのは力点です。
LSEについて言えば、祖形は第10章の外向的思考型です。そこには、判断を客観的な事実と公式に任せること、公式が善悪の物差しになること、公式の広さによって社会での現れ方が分かれることが並びます。2番目のSiに対応する内向的感覚は、ユングでは別の節に置かれた機能でした。
つまり、祖形にあるのは要素の中身で、位置の配列ではありません。配列を持ち込んだのは、第1機能と第2機能の組をモデルの差異の基準に据えたアウシュラです。
03モデルAにおけるLSE
モデルAは、8つの情報要素を8つの機能位置に配置した心の構造モデルです。当サイトが基準とするLSEの配置は次のとおりです。
- 1(主導機能):Te(外向論理)
- 2(創造機能):Si(内向感覚)
- 3(規範機能):Fe(外向倫理)
- 4(脆弱機能):Ni(内向直観)
- 5(暗示機能):Fi(内向倫理)
- 6(動員機能):Ne(外向直観)
- 7(観察機能):Ti(内向論理)
- 8(実演機能):Se(外向感覚)
この配置は、ユングの補助機能の考え方と、アウシュラの機能理論から来ています。以下、ユングの2機能構成、アウシュラの機能理論、LSEの自我ブロック、初期著作の旧式表記の順に、原典の記述を示します。
ユングの補助機能—2機能構成の原点
モデルAの中核である「強い2機能の組」は、ユングの補助機能論に遡るとされます。ユングは、主機能と同等の力を持つ第2の機能は存在できない、と書きます。
同等の力を持つ第二の機能が存在することは本来許されないことである。したがって、この第二の機能は必然的に二次的な重要性しか持ちえず(中略)補助的あるいは補完的な役割として作用するからである。
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the presence of a second function of equivalent power is naturally forbidden. This other function, therefore, can have only a secondary importance(中略)but comes into play more as an auxiliary or complementary function.
どの機能が補助になれるかの規則も、続けて明示されます。
経験的事実が示すところによれば、第二機能は常に、主導機能とは異なる性質を持ちながらも対立関係にはない機能である。例えば、主導機能が思考の場合、補助機能としては直観と容易に組み合わさることができるし、同様に感覚とも同等に組み合わせることが可能であるが、すでに述べたように、感情とは組み合わせることができない。
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the secondary function is always one whose nature is different from, though not antagonistic to, the leading function: thus, for example, thinking, as primary function, can readily pair with intuition as auxiliary, or indeed equally well with sensation, but, as already observed, never with feeling.
つまり、2番目の機能は1番目と同じ強さにはならず、補助の役にとどまるということです。そのうえで、補助になれるのは、主機能と性質は異なっても対立しない機能だとされています。
LSEの構成は、2本目の一節が例に挙げた組み合わせの1つです。主導が思考(Te)、補助が感覚(Si)で、思考と組めないとされた感情は補助に来ません。ソシオニクスの文献では、この2機能の組が自我ブロックの原型になったと説明されます。
アウシュラの機能理論—第1機能と第2機能
アウシュラは機能位置の理論(フンクツィオニカ)で、各位置の性格を定式化しました。第1機能と第2機能の記述です。
要約:第1機能は人間の世界知覚、彼の「情報的職業」、イメージを規定する。人間はこの要素について最大限の情報を持っており、最も確信をもってそれを使用する。最も強い機能、「個人的恣意の領域」と言うことができる。
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Резюме : 1-я функция определяет мировосприятие человека , его "информсационную профессию" , имедж . Человек имеет по этому элементу максимум информации , наиболее уверенно ей пользуется ; можно сказать, что это самая сильная функция , "зона личного произвола".
要約:第2機能は創造機能であり、ここで人間は自分以前には知られていなかった新しいものを創造する。第1機能の目的の達成と自己肯定のための創造である。
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Резюме : 2 функция творческая , здесь человек создает новое , до него не пзвестное . Творчество ради достижения цели по первой и самоутверждения .
2本を合わせると、1番は世界の受け取り方そのものを決め、2番はその目的のために新しいものを作るということです。1番は、人が最も確信をもって使う要素でもあります。
LSEに当てはめると、1番のTeでは、仕事が効果的に進むかどうかが「情報的職業」になります。2番のSiは、その目的のために働きやすい環境や使い勝手を整える創造です。
アウシュラは、機能は単独ではなく対で働くとして、こう書いています。
機能はモデルAの静的構造をなしている。それらは単独では働かず、常にペアで—ブロックとして働く。ブロックのアクセプト(受容)機能は可能な限り現実を反映し、プロダクティヴ(生成)機能は反応し、創造的に適応する。これはほぼ同時に起こり、機能が強く分化されているほど速い。
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Функции - составляют статическую структуру модели А. Они не работают по одиночке , но всегда парами - блоками . Акцептная функция блока по возможности отражает действительность , продуктивная реагирует , творчески приспосабливаясь . Происходит это почти одновременно , тем быстрее , чем более сильно дифференцирована функция.
上の引用にあるアクセプト機能は奇数位置の受け取る機能、プロダクティヴ機能は偶数位置の応える機能のことです。この2つの対がブロックです。
つまり、LSEの自我ブロックでは、Teが映した仕事の進み具合に、Siが環境の整え方で応えるということです。受け取りと応答はほぼ同時に起こり、機能が強く分化しているほど速いとされます。
LSEの自我ブロック—論理と使い勝手を1つの価値にする
アウシュラは『ソシオニクス入門』の双対の章で、LSEが何をいちばん大切にしているかを、こう書いています。
論理感覚外向が自分のなかに最も重要で最も価値あるものとして有し大切にしているのは論理であり、合理的に論理的に行動する技能である。これは彼が完全に満足しており完全に信頼している唯一の質である。(中略)美しくないものを美しいものから正確かつ鋭く区別するが、非合理的な、美しいが不便なものは彼の合理的知性には存在しない。(中略)自分は不便な靴は履かない。なぜなら自分のために生きているのであり、世界の飾りのために生きているのではないからだ。
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Самое основное, что в себе имеет и ценит логи- ко-сенсорный экстраверт, есть логика, умение ра- зумно и логично действовать. Это единственное ка- чество, которым он полностью доволен и которому полностью доверяет. 〔中略〕Точно и метко от- личает красивые вещи от некрасивых, но красивые и неудобные или бесполезные для его рациональ- ного ума не существуют.〔中略〕Сам не- удобной обуви не наденет, так как живет для себя, а не для украшения мира.
上の引用にある論理感覚的外向型は、LSEのことです。言い換えると、LSEが自分の中で最も頼りにしているのは、筋道立てて合理的に動けることだということです。
また、LSEは美しさを見分けないわけではありません。ですが、美しくても不便なものは、判断の対象から外れます。合理的に行動する技能がTe、使いにくさを受けつけない感覚がSiに対応する書き方で、自我ブロックの2要素が1つの価値観として続けて書かれています。
Yermakの定式化でも、4ブロックの要素構成は冒頭の基準配置と一致します(自我=Te・Si、超自我=Fe・Ni、超イド=Fi・Ne、イド=Ti・Se)。
モデルA自体は、どの機能も他を直接管理しない線形・対称の構造とされます(Bukalov)。機能ごとの処理能力の差は16章(次元性)で扱います。
アウシュラ旧式の4列表記
アウシュラの初期著作では、タイプは8つの位置ではなく4つの機能で記述されます。LSEの旧式表記は、I(主導)=Te、II(プロダクティヴ)=Si、III(MHC=最小抵抗の場)=Ni、IV(サジェスティヴ)=Feです。
現行の8位置との対応は、I=位置1、II=位置2、III=位置4、IV=位置3になります。旧式のIIIとIVは、現行の位置4・位置3と逆順に並ぶので、番号だけで照合すると取り違えます。
一方、Filatovaの定式は、主導から創造への流れを「プログラムの実現」と呼ぶ点で、旧式の2機能を中心にした書き方を引き継いでいると読めます。
Filatovaは、LSEの主導機能と創造機能を、こう書いています。
現実こそがまず第一である。それは、人間が生き延びるためには物質的価値を作り出す効果的な労働が必要である、ということにある(外向論理〈Te ■(Te)〉—主導機能)。そのためにはあらゆる面で秩序があり、労働の組織がよく、働きやすく、各人が自分の労働に見合った当然の報酬を受け取れることが必要である(内向感覚〈Si ○(Si)〉—プログラムの実現=創造機能)。
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Реальность — прежде всего. Она состоит в том, что человеку для выживания необходимо эффективно трудиться, создавая материальные ценности (ЧЛ — программная функция). Для этого во всем должен быть порядок, хорошая организация труда, чтобы работать было удобно и каждый мог получать за свой труд заслуженное вознаграждение (БС — реализация программы).
言い換えると、LSEにとって現実の第一は効果的な労働で物を生み出すことで、秩序や働きやすさ、見合った報酬はそのための条件だということです。
効果的な労働が主導機能のTe、秩序と働きやすさが創造機能のSiで、Siの側はTeの目的のための条件として書かれています。アウシュラが不便なものを価値の外に置いた一節と、同じ組み合わせを別の言葉で書いた形と読めます。
なお、Filatovaの番号は旧式とは出どころが別です。Filatovaは章の見出しで主導・創造・脆弱・暗示の4機能にI〜IVを振り、IIIにNi(内向直観)、IVにFi(内向倫理)を置きます。そのため、FilatovaのIVは位置5のFiで、旧式のIV(位置3のFe)とは別の位置です。
小括します。LSEの8位置の配置(Te・Si・Fe・Ni・Fi・Ne・Ti・Se)は、アウシュラのブロック論からYermakの定式化まで要素の中身が一致しています。そのうえで、LSEの自我ブロックはアウシュラでもFilatovaでも、効果的な仕事を求めるTeと、使い勝手や働く条件を整えるSiの組として書かれています。
一方で、位置の番号づけと名称は研究者・時期によって別体系が併存します。原典を読むときは、番号ではなく「どの要素がどの意味の位置にあるか」で照合するのが確実です。
04情報要素から見るLSE
LSEの自我ブロックは、位置1のTe(外向論理)と位置2のSi(内向感覚)です。研究者のタイプ記述では、Siで周りの不快を減らすことが、Teの仕事を形にする手段として書かれています。各要素の一般解説はTe(外向論理)とSi(内向感覚)の詳細ページにあり、この章ではLSEの構成に関わる範囲に絞ります。
思考と感覚—ユングの定義
出発点は、ユングの定義の章です。ユングは、思考をこう定義しています。
思考とは、それ自身の法則に従って、与えられた表象を概念的な連関へと持ち込む心理学的機能である。
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Thinking is that psychological function which, in accordance with its own laws, brings given presentations into conceptual connection.
つまり、ユングの定義では、思考は、受け取った表象を概念どうしのつながりに組み込む機能です。この段階では、まだ外向と内向の区別は出てきません。
次に、ユングは感覚をこう定義しています。
感覚、すなわち感覚することとは、身体的な刺激を知覚へ伝える心理機能である。(中略)感覚は感情から厳密に区別されねばならない。後者はまったく別の過程だからである
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Sensation, or sensing, is that psychological function which transmits a physical stimulus to perception.(中略)Sensation must be strictly distinguished from feeling, since the latter is an entirely different process
言い換えると、感覚は、体が受けた刺激を知覚として伝える機能です。ユングは、感覚と感情を別の過程として、定義の中ではっきり分けています。
ソシオニクスの通説では、この思考を外向・内向に分けたものがTe・Ti、感覚を分けたものがSe・Siに対応するとされます。そのため、LSEは、外向の思考を位置1に、内向の感覚を位置2に持つタイプと説明されます。
Te(外向論理)—各研究者の定義
まず、位置1のTeです。アウシュラは、Teの中身をこう定義しています。
身体的活動、行為についての情報が知覚される。生きたもの、生きていないものの活動についての情報である。(中略)行為の過程のなかで起きていることを見分ける能力を与える。それによって、行為の方法を考案できるか、合理的な行為を非合理的な行為から区別できるか、他者の仕事を指揮できるかが規定される。
言い換えると、アウシュラのTeは、人や物の活動のなかで、どのやり方が合理的かを見分ける要素です。定義の末尾では、他者の仕事を指揮できるかどうかまで、この要素が決める範囲に入れています。
Stratiyevskayaは、理論編で、同じ要素を「理性的行動の論理」と呼び、こう定義しています。
理性的行動の論理—これは労働を人生上の価値とみなす—技術、過程、方法、規則、アルゴリズム、原因と結果。事業性、節約的で効率的な行動。合理化、技術性、創意工夫。合目的性、健全な分別。
つまり、Stratiyevskayaは、労働を人生の価値とみなす構えをTeの定義の最初に置いています。続く語のなかに「節約的で効率的な行動」が入っている点は、この章の後半で見るGulenkoの記述ともつながります。
Filatovaは、基本概念の章で、外向タイプの論理型をこう書いています。
外向タイプの論理型は、主要な注意を周囲世界の物質的な対象に向ける。彼が興味を持つのは生産の過程、テクノロジー、工業製品や農業生産物の利用の効率である。何かを自分の手で作るのが好きで、機械や機構の動作原理を理解するのは彼には容易である。自分の行動においてはもっぱら事実に依拠し、事実を真理の根本的な基準と考える。
上の引用にある外向タイプの論理型は、Teが優勢な人のことです。Filatovaの書くこの人は、判断の拠りどころを、物と事実の側に置いています。アウシュラが行為の合理性から入るのに対して、Filatovaは物と生産の側から同じ要素を書いています。
Yermakは、同じ側面(アスペクト)の意味を1語にまとめ、こう書いています。
こうして、明らかに、我々にとってオブジェクトの唯一の重要な特性は、作業的、技術的過程(これらの語の広い意味で)における利用である。それゆえ、オブジェクトに関する情報の本質的構成要素(アスペクト)の意味論は、「仕事」という概念で一般化することができ、言語で同じか近い意味で用いられる一連の語によって詳細化できる。ソシオニクス文献では、このアスペクトの他の名称が見られる—外向論理、または A. アウグスティナヴィチューテによってかつて導入され、ほぼ正統化されつつある名称、ビジネス論理(以下、こうした参照の2番目の名称はすべて、今日ソシオニクスで受け入れられているものを指す)。
Yermakの整理では、物について大事なのは作業と技術の過程で使えるかどうかで、この側面は「仕事」の1語でまとめられます。名称は「外向論理」「ビジネス論理」「理性的行動の論理」と揺れますが、指している側面は同じです。
このように、行為や物が仕事のなかで役に立つかを、外の事実で確かめるという点は、4人の定義に共通しています。LSEは、この要素を位置1の主導機能に持つタイプです。
Si(内向感覚)—各研究者の定義
次に、位置2のSiです。こちらもアウシュラの定義から始めます。
対象における内的状態は、互いを条件づけ合う出来事間の関係として考察される。この知覚の要素によって、プロセスが内的状態にいかに反映されるかについての情報が知覚される。これは自分の体調と感情、すなわちこの相互条件性によって呼び起こされる人々の感情である。(中略)たとえば、痛みの感覚は、機能する有機体とその何らかの部分で進行しているプロセスとの関係の脳への反映にほかならず、このプロセスはその機能を妨げている。
例えば、痛みは、体のどこかで進む過程が体全体の働きを妨げている、という知らせとして挙げられています。つまり、アウシュラのSiは、体調や気分に表れる変化から、対象の内側の状態を知る要素だということです。
Stratiyevskayaは、理論編で、この要素に入る能力をこう並べています。
リラックスし、人生を楽しむ能力、繊細で洗練された喜びを得る能力。性を感覚の調和として知覚すること。美を創造し、知覚する能力。デザインの能力、高い内的品質への志向、清潔で過密でない空間、居心地、快適さ、美学、美しさ、健康な身体への志向。
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— "сенсорика ощущений" (пространственные ощущения) — (интровертная сенсорика, БС). Умение расслабляться и наслаждаться жизнью, умение получать тонкие и изысканные удовольствия. Восприятие секса как гармонии ощущений. Умение создавать и воспринимать прекрасное. Способность к дизайну, стремление к высокому внутреннему качеству, к чистому, неперегруженному пространству, уюту, комфорту, эстетике, красоте и здоровому телу.
言い換えると、Stratiyevskayaの挙げる能力は、くつろいで楽しむことから空間を整えることまで、快適さという1つの方向にそろっています。定義の後半にある「清潔で過密でない空間」「高い内的品質への志向」は、楽しむ能力とは別に、身の回りの環境を整える能力を指しています。
Filatovaは、基本概念の章で、内向感覚が優勢な人をこう書いています。
このタイプの人にとって非常に重要なのは、周囲世界の調和、美、釣り合いについての内的な観念である。この調和の基準は、彼が体験し、絶えず追い求める心地よい感覚である。そして彼は、この欲求に応える環境を自分の周りに作り出すすべを心得ている。快適さと居心地のよさ—日常の場面で彼が真っ先に注意を向けるのは、まさにそれである。また自分の身体の要求を敏感に受けとめ、身体のごく小さな不調もよく感じ取る。同じことは周囲の人々にも向けられる。(中略)記号○(Si)の名称—感受の感覚。
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Для человека этого типа очень важным является внутреннее представление о гармонии, красоте и соразмерности в окружающем мире. Критерий этой гармонии — приятные ощущения, которые он испытывает и к которым постоянно стремится. И он умеет создать вокруг себя обстановку, отвечающую этой потребности: комфорт и уют — это именно то, на что он в первую очередь обращает внимание в бытовой ситуации. Он также чутко воспринимает потребности своего тела, хорошо ощущает в нем малейшие неполадки. То же относится и к окружающим людям. […] Название символа — сенсорика ощущений.
ここでいう調和の基準は、本人が感じる心地よさのことです。Filatovaの内向感覚型は、その心地よさを基準に、身の回りに快適な環境を作る人として書かれています。体の小さな不調に気づく感度が、周りの人にも向けられる点まで、定義に入っています。
Yermakは、Teを「仕事」とまとめたのと同じ著書で、この側面を次のようにまとめています。
空間的関係の心理学的意味を一般化すると、対応する情報アスペクトの意味論を「快適」という概念で定義することができる。対概念である 不快 も考慮に入れて、また同じ意味で用いられる一連の他の語、概念、言語表現も考慮に入れて。ソシオニクス文献では、このアスペクトの他の名称も見られる—内向感覚、感覚感覚。
つまり、Yermakは、空間の関係が人にとって持つ意味を、「快適」と「不快」の1対の語で言い表しています。対になる語の「不快」がはっきり書かれている点は、次の節で見るLSEの記述につながります。
このように、体と空間が心地よいかどうかを知覚するという点は、4人の定義に共通しています。LSEは、この要素を位置2の創造機能に持っています。
LSEにおけるTe・Siの結合
LSEのタイプ記述では、この2つの要素が組みで現れます。Filatovaは、上で見た外向論理型の説明のすぐあとに、『戦争と平和』の人物を例に挙げて、こう書いています。
長編『戦争と平和』で外向論理型として描かれているのはニコライ・ロストフ伯爵である。彼が自分の村でどれほど手際よく仕事を切り盛りするようになったか、自分の農場をどれほどうまく組織したかを思い出してほしい。まさにそのおかげで、彼は相続で背負ったすべての借金を短期間で完済し、領地から利益を得るようになった。
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Экстравертным логиком описан в романе «Война и мир» граф Николай Ростов. Вспомните, как толково он стал вести дела в своей деревне, как хорошо организовал свое хозяйство. Именно поэтому он в короткий срок расплатился со всеми долгами, доставшимися ему по наследству, и стал получать прибыль от своего имения.
ロストフは、Filatovaが同じ本のLSEの章でも、LSEの例として挙げている人物です。ここでFilatovaは、仕事の切り盛りと農場の組織が、借金の完済と利益に結びついたことを、外向論理の例にしています。舞台が村と農場という具体的な場所の運営である点は、次のYermakの記述と重なります。
Yermakは、LSEの位置2のSiが何のために使われるかを、こう書いています。
機能すること—情報アスペクト「快適」(「感じの感覚」)において。空間をグローバルに組み替え、周囲の世界の不快の感じを全体として減らすことができ、それによって具体的な仕事のやり方や具体的な対象の技術的な特性を実現する。
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функционирование — в информационном аспекте «комфорт» («сенсорика ощущений»); умеет глобально реорганизовать пространство, уменьшить общее ощущение дискомфорта в окружающем мире, реализуя тем самым конкретный способ работы или технологические свойства конкретного объекта
言い換えると、Yermakの書くLSEでは、周りの不快を減らすことが、仕事のやり方を実現する手段になっています。引用の前半はSiの「快適」、後半はTeの「仕事」の語で書かれており、位置2のSiと位置1のTeが、1文のなかで手段と目的としてつながっています。
Gulenkoは、LSEを「管理者」と呼び、その外向論理を「経済の論理」と名づけて、こう書いています。
効率的に働くこと、節約的であること、資源を慎重に使用すること、一生懸命働くこと。管理者はそうである。
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P — logic of economy: to work efficiently, to be economical, to use- .resources carefully, to work hard. So it happens with the Administrator
上の引用に並ぶ4つのうち3つは、効率・節約・資源の扱いという、限られたものを無駄なく使う話です。Gulenkoは同じ箇所で、外向論理のもう1つの面を「投資の論理」と呼び、起業家(LIE)に割り当てています。同じ外向論理でも、LSEの側は節約と慎重さの向きに置かれているということです。
Yermakの「不快を減らす」とGulenkoの「節約」は、どちらも、LSEの仕事を、損や不都合を小さくする方向から書いていると読めます。
小括します。Teは「行為や物が仕事のなかで役に立つかを外の事実で確かめること」、Siは「体と空間の心地よさと不快を知覚すること」で、研究者間の定義は名称の揺れを除けばそろっています。LSE固有の論点は結合の向きです。Yermakの記述では、位置2のSiで周りの不快を減らすことが、位置1のTeの仕事を形にする手段になっています。Filatovaの領地経営の例とGulenkoの「経済の論理」も、LSEのTeを、具体的な場所と資源をうまく使う働きとして書いています。
05アウシュラの記述
アウシュラは、LSEを、仕事が正しい手順と高い質で進むことを求める者として書いています。ただし、5つのタイプの章を収めた『ソシオニクス:心理タイプ・テスト』にLSEの章は無く、LSEは双対のEIIの章や書簡の中に、相手として出てきます。
底本は、『ソシオニクス:心理タイプ・テスト』(1998年)のEII章と巻末の書簡、『ソシオニクス入門』(1998年)、『レイニン特性理論』(1998年)です。アウシュラの原典は機能の番号が今と違うため、この章では今の位置の名前に読み替えて書きます。
仕事への批判は、次の仕事への指針
アウシュラは、EIIの章で、双対のLSEが仕事を批判するときの様子をこう書いています。
注目すべきは、LSE〔原文: シュチルリッツ〕が仕事を批判するとき、現在のそれを批判するというよりは、未来に向けた根本的な指針を与える、ということである。彼の批判=示唆は、活動の全線を、未来において同じ過ちが繰り返されないよう、修正することへ向けられている。
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При- мечательно, что ШТИРЛИЦ, критикуя работу, критикует ее не столько в настоящем, сколько дает основательные указания на будущее. Его критика- внушение направлена на исправление всей линии активности, чтобы в будущем не повторялись бы такие же ошибки.
言い換えると、LSEが批判でめざしているのは、次に同じ過ちを繰り返さないように、やり方を直すことです。目の前の出来を責めることは、批判の目的の中心に置かれていません。
この一節は、EIIの位置5(暗示機能)に入るTe(外向論理)を、双対のLSEが位置1の主導機能として受け持つ場面として書かれています。アウシュラは、LSEのTeを、仕事の進め方を先へ向けて直す働きとして描いています。
体の不調も、やり方の誤りとして扱う
アウシュラは、同じEIIの章で、LSEが体の不調をどう受け止めるかをこう書いています。
LSE〔原文: シュチルリッツ〕にとっては、不調 — これは、何かが正しくない仕方でなされた結果である。それゆえ、EII〔原文: ドストエフスキー〕が病気になれば、まず第一に、何が正しくない仕方でなされたかについての長い議論が始まる。
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Для ШТИРЛИЦА плохое самочувствие — ре- зультат того, что было сделано не так. Поэтому, если ДОСТОЕВСКИЙ заболел, во-первых, идет долгое обсуждение, что же было сделано не так.
つまり、LSEにとって病気は、どこかで手順を誤った結果として説明のつくものだということです。そのため、双対のEIIが体調を崩すと、2人のあいだではまず何を誤ったかの議論が始まります。
他者が決めた秩序を、イドから支える
ここからは『ソシオニクス入門』です。アウシュラは、ILEの章で、どのタイプもイドを通じて周りの利害と結びつくと論じ、その例としてLSEをこう書いています。
たとえば論理感覚外向—シュティルリッツ—も同様に、他者が確立した秩序に従う。法的・論理的規範やその他の論理的規範に、他者の論理の感覚に適応する。そして自分のすべての力と意志を使い、この秩序の維持に寄与する。これらの法的な微妙さの知識においてこの情報代謝タイプにまさるものはなく、それほど忠実に法を遵守し、他者にも同じことを要求するものはない。
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Например, ЛОГИКО-СЕНСОР- НЫЙ ЭКСТРАТИМ — Штирлиц — таким же способом уступает порядку, который установили другие. Приспосабливается к установленным юри- дическим и прочим логическим нормам, чувству ло- гики других людей. И использует все свои силы и волю, чтобы способствовать поддержанию этого по- рядка. Нет другого типа ИМ, который был бы та- ким знатоком юридических тонкостей, так прилеж- но исполнял бы законы и того же требовал бы от других, как Штирлиц.
上の引用にあるエクストラティムは外向、IMタイプは情報代謝のタイプのことです。言い換えると、LSEは法や論理の決まりを詳しく知り、自分で守り、周りにも守るよう求めるということです。
また、アウシュラはこの働きを、イドを通じた働きとして書いています。LSEのイドには位置7のTi(内向論理)と位置8のSe(外向感覚)が入り、決まりの論理を扱うのは位置7のTiです。秩序を自分で打ち立てる話より、他者が決めた秩序に合わせて維持する話になっているのは、このためと読めます。
質を下げる心理が分からない
アウシュラは、同じILEの章で、LSEと仕事の質の関係をこう書いています。
LSE〔原文: シュティルリッツ〕は最高の質でないものを生産する人間の心理を理解しない。それゆえ他のどのタイプより「品質闘争」に向いている。そして質が自分の「予定外の」ゆえに余計に思える者は…きちんとした、整頓された、要求の多いLSE〔原文: シュティルリッツ〕をいつも好きではない。
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Штирлиц не понимает психологии `че- ловека, который производит товар не самого выс- шего качества. И потому больше других типов ИМ подходит для «борьбы за качество продукции». А те, кому качество кажется лишним из-за своей «не- запланированности»... не любят всегда опрятного, подтянутого и требовательного Штирлица.
つまり、LSEにとって最高の質は、あえて下げる理由の思いつかない基準だということです。そのため、品質を上げる取り組みには、他のどのタイプより向いているとアウシュラは書いています。
一方、引用の後半は周りの側からの見え方です。質を予定外の余計な手間と感じる人にとって、整った仕事を求めるLSEは好かれにくい相手になるとされています。この一節は、イドの要素への没頭が周りから好かれない理由になる、という論の中に置かれています。
書簡—LSEから恩恵を受けるアウシュラの証言
巻末の書簡には、アウシュラ本人がLSEとの関係を書いた箇所があります。アウシュラはILEで、LSEはILEに恩恵を与える側に立ちます。アウシュラはこの関係を社会的恩恵、あるいは社会的注文の関係と呼び、与える側を注文者、受ける側を受信側と呼んでいます。
アウシュラは、この関係でおたがいが頑なに見える理由を、自分の体験からこう書いています。
両パートナーは互いにある段階で頑なに見える。受信側(perceptient)が頑なに見えるのは、彼があたかもひとりでに当然となっているはずのこと、すなわち本質的には双対者ならするであろうことをしないからである。(中略)LSE〔原文: シュチルリッツ〕=カレーニン的人物を苛立たせるのは何か。私が絶えず何かをやり残していることだ。
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Оба партнера друг другу в каких-то стадиях кажутся упрямыми. Перцепиент упрям потому, что не делает как бы само собой разумеющее- ся, то есть, по сути дела, то, что делал бы допол- няющий.〔中略〕Что во мне ТАП раздражает всех ТО, Штирлицев— Карениных, даже когда это не мои домашние? Что я посто- янно чего-то недоделываю.
上の引用にある「私」は、受信側のILEであるアウシュラ本人です。LSEが苛立つのは、受信側の自分がいつも何かを仕上げずに残すからだと、アウシュラは書いています。
双対なら当然してくれることを、受信側はしません。そのため、LSEの目には受信側が頑なに映るという説明です。アウシュラは、苛立たれる側の自分を、そのまま記録の対象にしています。
受信側のアウシュラは、やがてLSEの考えが硬く一直線で、明白に見えることを認めようとしない点に気づく、と書いています。そのあとを、アウシュラはこう続けています。
愚鈍さは弱さの兆候として受け止められる。おそらくこれが、注文者のいわゆる「もろさ」と、彼を保護する必要性の根源である。彼は自分がそんなふうに、客観的世界や人々の前で無防備であることに罪はないのだ。
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Вот для меня Т№О (Каренин— Штирлиц) — такой умный, такой всезнающий, когда что-то делается. Но — дождись, пока он займется.〔中略〕Тупость воспринимается как признак слабости. Возможно, здесь корень так называемой «хрупкос- ти> заказчика и потребность его защищать. Он же не виноват, что он такой незащищенный перед объ- ективным миром или людьми.
上の引用にある注文者は、恩恵を与える側のLSEです。受信側のILEは、LSEの頑なさを弱さのしるしとして受け取り、そこに守ってあげる必要のある「もろさ」を感じます。
アウシュラは、これがもろさの根源だろうと推測の形で書き、LSEが無防備であることに本人の罪はないと添えています。頑なさを責める記述で終わらず、受信側に保護の気持ちが生まれる順序として書かれています。
カレーニンの譲歩—恩恵を受ける側のLSE
アウシュラは、同じ関係のLSEを、恩恵を受ける側からも書いています。『ソシオニクス入門』で取り上げるのは、トルストイ『アンナ・カレーニナ』のカレーニンで、アウシュラはカレーニンをLSE、アンナをSEEと見ています。
アウシュラは、カレーニンがアンナに譲り続けた理由をこう書いています。
多くの者には、カレーニンが妻アンナに外見上の礼儀を守る願望から譲歩していた、すなわち「空虚さ」からのものと思われていた。(中略)カレーニンはアンナとは社会的注文の関係で結ばれており、彼女に譲歩しないわけにはいかなかった(中略)彼を苦しめたのは、これらの譲歩をなす必要性というよりも、いかにして彼女を助けるかを知らないことであった。
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Многим казалось, что Каренин уступал Анне из желания соблюсти внешние приличия, то есть из-за «пустого».〔中略〕Каренин был связан с Анной отношениями социального заказа и не мог не делать ей уступок.〔中略〕Его мучила не столько необходимость де- лать эти уступки, сколько` незнание, как ей по- мочь.
言い換えると、カレーニンの譲歩は、恩恵関係で受ける側に立つことから生じたものだということです。彼を苦しめたのは譲ることそのものより、アンナをどう助ければよいか分からないことでした。
書簡ではLSEが与える側に、カレーニンの例では受ける側に立っています。アウシュラは、同じ関係をLSEの両側から書いていることになります。
小括します。アウシュラのLSE記述の要点は3点です。
第一に、主導機能のTeを、仕事や体調を正しい手順から考える働きとして書いていることです。批判は次の仕事への指針で、質はあえて下げる理由の無い基準とされます。
第二に、法や論理の決まりを守らせる力を、イドの働きとして説明していることです。周りが決めた秩序を維持する側に立つ、という書き方です。
第三に、LSEの章が無い代わりに、双対のEIIや恩恵関係の相手から見たLSEが書かれていることです。書簡では与える側、カレーニンの例では受ける側として、同じ関係の両側が出てきます。
記述は、書簡でのアウシュラ本人の体験を含み、体系的な定式化よりも観察の記録に近い書き方です。
06Reininの記述
Grigory Reininは、LSEを、確かな事実と時間の秩序によって、自分の世界を安定させておきたい人として書いています。
底本は、主著『ソシオニクス:類型論・小集団』(英語版2010年)の第2講のLSE節と、同書第III部の状況別の助言です。
引用の中の「ホームズ」は、ReininがLSEにつけた呼び名です。Reininは機能を、第1〜第4機能と陰性の第-1〜第-4機能という独自の番号で呼び、LSEでは第1から第4がTe・Si・Ne・Fi、第-1から第-4がTi・Se・Ni・Feです。そのため、Reininの言う第3機能(LSEではNe、モデルAの位置6)は、位置3のことではありません。
信頼の領域—秩序と安定
Reininが「信頼の領域」と呼ぶ第1機能には、LSEでは位置1のTe(外向論理)が来ます。Reininは、この領域について、こう書いています。
秩序が信頼の領域にある。第3機能(外的世界の全一性)との組み合わせのため、LSE〔原文: ホームズ〕は少々細かく、いくぶん堅苦しく見えることがある。LSE〔原文: ホームズ〕はEIE〔原文: ハムレット〕やEII〔原文: ドストエフスキー〕よりもはるかに控えめに感情を表す。
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order is in the zone of confidence. Due to the combination with the third function (integrity of the outer world) a Holmes may look a bit pedantic, somewhat priggish. A Holmes displays emotions much more sparingly than a Hamlet or a Dostoevsky.
上の引用にある第3機能は、位置6のNe(外向直観)のことです。Reininは、秩序を信頼する位置1のTeと、外の世界のまとまりを求める位置6のNeの組み合わせから、このタイプの外からの見え方を説明しています。
感情の出し方については、ReininはEIEやEIIとの比較で書いています。比べる相手を名指しして、程度の差として書くのがReininの形です。
Reininは、この秩序が新しい事実に出会ったときの動き方を、こう書いています。
LSE〔原文: ホームズ〕は状況をしっかりと把握したいため、新しい事実が生じたときには、それについて熟考する時間と完全な情報を必要とする。このタイプはまず「ノー」と言い、それから客観的データを探す。ある秩序を受け入れたなら、LSE〔原文: ホームズ〕はそれを厳格に守る。(中略)第1機能は保守的であり、それは「私の世界は安定している」「私の領域は安定している」を意味する。
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By clinical classification it is an anancastic type. A Holmes wants to have a good grasp of the circumstances, thus when new facts occur he needs time and full information to reflect upon it. This type will first say 'no', and then he will look for the objective data. Having accepted certain order, Holmes would follow it rigorously. If someone offers to take another road, a Holmes needs not just a route on a map to agree with, but some authentic facts to support the decision. The first function is conservative, and it means that “my world is stable”, “my territory is stable”. “I have to know that the world is in order, and this order should never change.”
つまり、LSEにとって先にあるのは、新しい事実の中身より自分の世界が安定していることだということです。
最初の「ノー」のあとにデータを探す、という順序で書かれているので、「ノー」は結論というより、確かめる前の構えと読めます。一度受け入れた秩序は厳格に守るとされ、受け入れるまでの慎重さと、受け入れたあとの一貫性が対になっています。
無視の領域—説明より事実
秩序を保つために、LSEが求めるのは確かなデータです。Reininは、LSEがデータを求めるときの言い方を、こう書いています。
このタイプの人物は決して「説明してください」とは言わず、「それを私に示してください」と要求する。それに加えてLSE〔原文: ホームズ〕は尋ねるだろう。「あなたはどんな方法を使ったのですか?あなたが示しているものを裏付ける統計はどうなっていますか?誰がこの事実をあなたに伝えたのですか?あなたは何者ですか?誰があなたに心理学を語る権限を与えたのですか?あなたは心理学者ですか?」
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The person of this type would never say, “Please explain”, but he will demand: “Demonstrate it to me”. Besides a Holmes will inquire: “What methods did you use? What are the statistics to support what you are demonstrating? Who told you of this fact? Who are you? Who gave you the authority to talk about psychology? Are you a psychologist?”
LSEが確かめたいのは、話の筋道より、その情報がどこから来て、何に裏付けられているかです。問いは方法から始まり、最後は話し手の資格に及びます。情報の出どころを1つずつたどっていくのが、Reininの描くLSEの確かめ方です。
この要求は、Reininが「無視の領域」と呼ぶ第-1機能、LSEでは位置7のTi(内向論理)の記述につながります。Reininは、こう書いています。
無視の領域。仮説や概念への不信。「あなたは何を私に説明しているのですか!データをよこしなさい、図表や証明書を見せてください、そして何も説明しないでください」。さらに、「意見には興味がない、本当に何が起こったのかを教えてくれ、必要なのは事実であって君の考えではない」。シャーロック・ホームズ(ちなみにLSE〔原文: ホームズ〕型である)が刑事捜査において演繹的方法をあれほど見事に用いたのは偶然ではなく、それは事実を分析し比較する方法だったのだ。
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the zone of ignoring. Mistrust to hypotheses and concepts: “What are you explaining to me?! Give me the data, show me the diagrams, certificates and do not explain anything”. And also: “I am not interested in opinions, tell me what really happened, I need facts, not your ideas”. It was not by chance that Sherlock Holmes (a Holmes, by the way) used the deductive method of criminal investigation so brilliantly; it was the method of analysis and comparison of facts.
ここでいう仮説や概念とは、事実から離れて組み立てた理屈のことです。LSEは、相手の理屈を聞くより先に、実際に起きたことを知りたがるとされています。
Reininは、名探偵シャーロック・ホームズの演繹法も事実を分析し比べる方法として説明しています。呼び名にした人物の推理を、このタイプの事実の扱い方の例にしているわけです。
創造の領域—感覚と健康
第2機能は「創造性の場」で、LSEでは位置2のSi(内向感覚)が来ます。Reininは、この領域を、こう書いています。
創造性の場。ここには私の感情、健康状態、性的活動がある。LSE〔原文: ホームズ〕は感覚の絶え間ない変化を好む。彼はさまざまな食べ物や飲み物を熱心に、そして喜んで味わう。彼は多くの病気の治療法を知っている。
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the place of creativity. Here are my feelings, my health condition and sexual activity. A Holmes likes a constant change of sensations. He eagerly and delightfully tastes different foods and drinks. He knows the cure for many illnesses.
ここでいう感覚とは、味や体の心地よさのことです。Reininは、感覚の変化を楽しむことと、健康を保つ知識を、同じ位置2のSiにまとめています。
秩序や事実の話が続くこのタイプに、Reininは体の心地よさの領域を創造の場として置いています。仕事の面だけでLSEを書いていないことが、この節から分かります。
時間—自己評価の領域
Reininの言う第3機能は、LSEでは位置6のNeです。Reininは黒い直観(Ne)を、出来事の始まりから終わりまでの順序やスケジュールの要素と定義しています。そのため、この領域でいう「時間」は、段取りや時刻表のことです。
アウシュラが時間をNi(内向直観)の要素に置くのとは、要素の意味づけが違います。Reininは、この領域について、こう書いています。
時間。このタイプの人々は一秒一秒を数える。第3機能は自分自身を評価するために用いられる原理である。「私は良い」「私は悪い」。この領域では冗談は許されない。(中略)このタイプの人々は決して官僚にはならない。彼らは先延ばしの仕方を知らないのである。問題を解決できるなら、彼らはすぐにそれをする。
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time. People of this type count every second. The third function is the principle used to estimate oneself: “I am good” or “I am bad”. Jokes are not permissible in this sphere〔中略〕People of this type never become bureaucrats; they do not know how to procrastinate. If they are capable of solving the problem, then they do it at once.
言い換えると、LSEにとっては、時間をむだなく使えているかどうかが、自分を良いと思えるかどうかの基準になっているということです。
Reininは「官僚」を先延ばしをする人の意味で使い、LSEはそうならないと書いています。解決できる問題はすぐ片づけるという観察は、この自己評価の基準から説明されています。
気分の切り替えと関係への恐怖
陰性の第-3機能は、LSEでは位置4のNi(内向直観)です。Reininは、この領域について、こう書いています。
問題の解決は内的状態の変化、気分の変化を通して可能である。しかしながら、LSE〔原文: ホームズ〕はそれを渋々行い、外見上、気分や状態を変えようとする闘いはぶっきらぼうな仕草として現れる。
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the solution of problems is possible through the change of the inner state, the change of mood. However, a Holmes does it reluctantly, and outwardly the struggle to change his mood or state manifests itself in blunt manners.
つまり、LSEは、気持ちを切り替えれば解ける問題でも、切り替えるのには気が進まないということです。
位置4は、モデルAで脆弱機能と呼ばれる位置です。Reininも、ここを進んで使わない領域として書き、本人の内側の努力が、外からはぶっきらぼうな仕草に見えるとしています。
陰性の第-4機能は、LSEでは位置3のFe(外向倫理)で、Reininはここを「関係への恐怖」と呼びます。Reininは、この領域について、こう書いています。
関係への恐怖。孤独はLSE〔原文: ホームズ〕を怯えさせない。一人でいることは普通のことだ。友人の集まりやオフィスの労働者の中で、LSE〔原文: ホームズ〕はしばしば観察者の役割を演じ、時に無関心であり、時に関与する。誰かが彼に注目と感情を浴びせかけると、彼は怯えて引きこもることがある。
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fear of relationships. Solitude does not frighten a Holmes. To be alone is normal. In a company of friends or among office workers a Holmes often plays a role of an observer, at times indifferent, at times involved. When somebody showers him with attention and emotions, he is frightened and may withdraw.
言い換えると、LSEを身構えさせるのは、他人から向けられる強い注目と感情だということです。
一人でいることは普通のこととされ、集まりでは観察者でいることが多いとされます。関わるかどうかを自分で選べる距離を保っているとき、この領域は負担にならないと読めます。
暗示の領域—自分の意見を形成する難しさ
第4機能は「暗示性機能」で、LSEでは位置5のFi(内向倫理)が来ます。Reininは、人や物への好き嫌いの領域として、こう書いています。
何かまたは誰かが好きか好きでないか、何かが私に喜びをもたらすかそうでないか — 他の人々はそれを知っている。LSE〔原文: ホームズ〕は個人的な意見や態度を形成するのが大変である。彼は擬似的に独立した意見を形成するのに役立つ客観的データ、新聞記事を必要とする。LSE〔原文: ホームズ〕は関係を助けてくれるよりかかる対象を探す。
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Whether I like something or somebody or I do not, if something is pleasing to me or not –other people know. A Holmes has a hard time forming a personal opinion or attitude. He needs objective data, newspaper article to help him form a pseudo-independent opinion. A Holmes looks for things to lean on to help him in his relationships.
ほかの人には分かっている自分の好き嫌いが、LSEには自分だけでは決めにくいとされています。そこで客観的なデータや新聞記事を、態度を決めるための手がかりにします。
Reininは、この手がかりが人になる場面を、職場と恋愛の例で、こう書いています。
しばしば監督(LSE〔原文: ホームズ〕)は秘書(SEE〔原文: ナポレオン〕)を抱えており、その秘書が上司のために意見を形成する。そしてどちらが上司かわからなくなる時が来る。LSE〔原文: ホームズ〕は決心し、何かまたは誰かに対する自分の実際の態度を決定するのに時間が必要である。それゆえ、彼の愛情について尋ねるとき、「私はあなたが私を愛していることを知っている!」と断言した方がはるかに良いだろう。
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Often a director (a Holmes) has a secretary (a Napoleon) who forms opinions for the boss. Then there comes a time when it is hard to tell who is the boss. A Holmes needs time to make up his mind and determine what is his actual attitude to something or somebody. Therefore when inquiring about his feelings of love for you, you will be much better off if you make a statement, “I know you love me!”
上の引用にある「監督」は、職場の上司のことです。上司であるLSEの意見を秘書が形づくるうちに、どちらが上に立っているのか分からなくなるほど、そばにいる人の意見が大きくなる、という場面です。
恋愛では、愛情を尋ねるより「愛していることを知っている」と言い切るほうがよいとされています。相手の側から態度を言葉にしてしまうことを、Reininは勧めているわけです。例に出る秘書のSEEは、LSEに恩恵を与える側(恩恵者)とされるタイプです。
助言という体裁
主著の第III部は、12の状況ごとに、相談に来た人へ二人称で助言する形式です。Reininは、その冒頭で、こう断っています。
ここでは意識的に厳格な文体を採らず、「クライアント — コンサルタント」状況をモデル化することを試みる。また、ここではすべてのタイプをすべての可能な状況において検討するわけではない。
言い換えると、第III部の助言は、相談する人と助言する人という場面を仮に立てて書いたもので、すべてのタイプをすべての状況で扱うものではないということです。LSEの項があるのも、12の状況のうち6つです。
12番目の状況「予期せぬ出来事。スケジュールの破綻」で、ReininはLSEに、こう助言しています。
スケジュールの混乱、不調和は、計画していないものだ。すべてがあなたに依存していれば、そのようなことは決して起こらないだろう。しかし残念ながら、一部の人々は、自分の時間でも他人の時間でも、時間を尊重しない。(中略)スケジュールをより柔軟にし、プラン B、C などを持て。残念ながら、時間厳守は王者の礼節であり、誰もがこの美徳を実践するわけではない。
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Frustrated schedule, disharmony is something you do not plan for. If all things depended on you, nothing like that would ever happen. But some people, unfortunately, do not have respect for time whether it is their time or somebody else’s; some people do not pay attention to this at all. Expect this, and you will save yourself a lot of trouble. Make your schedule more flexible and have plan B,C, etc.. Alas, the punctuality is kings' courtesy, not everyone practices this virtue.
Reininは、予定が崩れる原因は、時間を尊重しない他人の側にあるという前提から助言を始めています。そのうえで、スケジュールを柔軟にし、代わりの計画を持つよう勧めています。
タイプ記述で位置6のNeに置いた時間の感覚が、ここでは予定の崩れに備える実務の助言として書かれています。
小括します。ReininのLSE記述の軸は3つです。
第一に、位置1のTeに秩序を置き、自分の世界が安定していることを第1機能の意味として書いたことです。新しい事実はデータで確かめてから受け入れ、説明より事実を求めるとされます。
第二に、時間を位置6のNeに置き、時間の使い方を自己評価の基準として書いたことです。先延ばしをしないという観察も、ここから説明されています。
第三に、位置5のFiを、好き嫌いを自分だけで決めにくく、外の根拠や身近な人を手がかりにする領域として書いたことです。
記述の形の面では、各領域を台詞と場面で書き、第III部では同じ観察を実務の助言に移しているのが、Reininの書き方です。
07Bukalovの記述
Bukalovは、LSEを、事業の論理と生活の感覚を組み合わせるタイプとして書いています。その組み合わせを、個人の行動だけでなく、職場の配置や国の性格にまで当てはめるのが、この研究者の書き方です。
底本は、Bukalovが主宰する機関誌に載った本人の論文(1996〜2018年。一部はKarpenkoとの共著)です。あわせて、Boikoとの共著のLSEプロファイル(Wikisocion再録)を扱います。論文はLSEを、主導のTeと創造のSiを並べた記号■○(LSE)で書き、プロファイルはLSEを「ホームズ」という別の愛称で呼んでいます。
仕事の論理と生命の感覚を合わせるモジュール
Bukalovは、Karpenkoとの共著論文で、人類の進化のなかで形づくられた行動の型をモジュールと呼び、番号をつけてタイプに対応させています。その2番目が「直観的生物学」で、動物と植物がどのように働くかについての理解とされています。名前の「直観的」は、情報要素の直観を指す語ではありません。
Bukalovらは、このモジュールとLSEの対応を、こう書いています。
このようなモジュールは、行動・機能・作業プロセス・技術の動的論理と、生命活動と健康のセンサリーの組み合わせを表し、論理感覚外向(LSE、■(Te)○(Si))に対応する。このタイプの代表者は ― 良い植物栽培家・畜産家である。
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Такой модуль представляет собой сочетание динамической логики действия, функционирования, рабочих процессов, технологий и сенсорики жизнедеятельности и здоровья и соответствует логико-сенсорному экстраверту (ЛСЭ, ). Представители этого типа — хорошие растениеводы и животноводы.
上の引用にある動的論理はTe(外向論理)、生命活動と健康のセンサリーはSi(内向感覚)のことです。言い換えると、作業の進め方の論理と、生き物の健康を感じ取る感覚を合わせた型がLSEだということです。
Bukalovらは、位置1のTeと位置2のSiという自我ブロックの2つを、1つのモジュールとして割り当てています。植物栽培家・畜産家という例は、この組み合わせを生き物を育てる仕事の形で示したものです。
製品の品質を受け持つ管理者
Bukalovは、職場の配置の例でもLSEを使っています。ソシオニクスを知る経営者が、注文家具の会社で各タイプを仕事に振り分けた例です。
Bukalovは、その会社の生産現場を、こう書いています。
彼の生産現場で誰が働き、この家具を誰が生産するか? 工場長は管理者(■(Te)○T(Si)e-Si、LSE、シュティルリッツ)、生産工区では職人(○(Si)■S(Te)i-Te、SLI、ギャバン)、すなわち(中略)価値観に製品の品質を持つタイプであり、生産担当ディレクターも管理者である。
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Кто у него на производстве работает, кто производит эту мебель? Начальники цехов Администраторы ( , ЛСЭ) и на производственных участках Мастера ( , СЛИ), то есть〔中略〕типы, у которых в ценностях качество продукции, и директор по производству — Администратор.
上の引用にある「管理者」は、BukalovがLSEにつけた機能上の呼び名です。つまり、Bukalovは工場長と生産担当ディレクターという、生産を取りまとめる地位にLSEを置いているということです。
LSEとSLIは、どちらも製品の品質を価値とするタイプとしてまとめられています。LSEが生産を取りまとめ、SLIが現場で作るという分担で、同じデルタクアドラの2タイプが生産を受け持つ配置です。
仕事の事実を集める力
プロファイルは、この2つの要素が本人の行動にどう出るかを書いています。BukalovとBoikoは、LSEが仕事の事実を集める様子を、こう書いています。
「LSE〔原文: ホームズ〕」は自分の職業に関連する事実の集合を収集する。偶然ではなく、生まれながらの情報収集能力と呼ぶことができる—情報の収集はまったく自然に行われる。ここで伝説的なリヒャルト・ゾルゲを思い出すことができる。
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“Hill” collects the set of facts relating to his occupation. Not by chance it can be called innate intelligence - gathering information goes quite naturally. Here we can recall the legendary Richard Sorge.
つまり、LSEは仕事に関わる事実を、わざわざ探すというより自然に集めているということです。例のゾルゲは実在の諜報員で、Bukalovは情報を集める力を諜報の仕事に重ねています。
障害を打ち砕く解放の体験
Bukalovは、精神分析の考えをソシオニクスに取り入れた論文で、Grofが出産の過程に結びつけた4つの体験の型(BPM)を、クアドラと対応させています。4つ目のBPM-IVは、極度の緊張が思いがけない安堵に変わる体験で、論文ではデルタクアドラの節に置かれています。
Bukalovは、この体験とLSEの結びつきを、こう書いています。
これと結びつくのは暴君打倒、専制体制の敗北、長期戦・破局の終結等の体験である。同じ体験は論理感覚外向(LSE)タイプと同一視できる。LSEはILI(暴君等の体験を持つ)タイプの被監督者であることにも留意したい。社会進歩のリングにおいて、クアドラγのILIタイプのこの体験は、自然にLSEの体験へと取って代わられる。象徴的にこれは「情動的・身体的に抑圧し制限する力からの」爆発的解放の感覚として表現される。「これはしばしば氷山の崩壊や氷塊の融解のように表現される」。最後の体験は、自分の道に立つ障害や制限を打ち砕き破壊しようとするLSEの胆汁質性に比較しうることにも留意したい。
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С этим же связано переживание свержения тирана, поражения деспотического режима, конец длительной войны, катастрофы и др. Это же переживание можно отождествить с типом логико-сенсорного экстраверта, ЛСЭ. Отметим также, что ЛСЭ подревизный типа ИЛИ с его переживаниями "тирана" и т.д. В кольце социального прогресса это переживание типа ИЛИ из квадры г естественно сменяется переживанием ЛСЭ. Символически это выражается ощущениями взрывчатого освобождения "от эмоционально и физически подавляющих и ограничивающих сил. Это часто выражается, как треск айсбергов или таяние масс льда". Отметим также, что последнее переживание сопоставимо с холеризмом ЛСЭ, который стремится сокрушить или разрушить стоящие на его пути препятствия или ограничения.
上の引用にある胆汁質は、古くからの4つの気質の1つで、激しく行動する気質を指す語です。言い換えると、Bukalovは抑えつけていた力から一気に解き放たれる体験をLSEに結びつけ、そこに障害を打ち砕いて進もうとする気質を重ねています。
Bukalovは、LSEを監督するILIとの関係を、ガンマからデルタへ移るときに、ILIの体験がLSEの体験に置き換わるという順序として書いています。
国の統合タイプとしてのLSE
Bukalovは1996年の論文で、Gulenkoの考えを受けてタイプを社会的進歩の右輪と左輪に分けています。右輪は変化が順を追ってゆっくり進むとされる側で、LSEはこちらに入ります。Bukalovは、この違いを国の比較に使い、英国をこう書いています。
民族ソシオニクスのレベルでは、これは、たとえば英国(統合タイプ ■(Te)○(Si) (ESTJ、LSE) ― 社会的進歩の右輪)と米国(中略)を比較するとよく見える。英国のスタイルが ― 保守主義、節度、漸進性であるとすれば、米国は ― 極めて活動的、本質的に自己中心的(「アメリカは ― アメリカ人のために」)な活動スタイル、世界の大多数の国と比較して一人当たりはるかに多くの量のリソースとエネルギーの消費。
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На уровне этносоционики это хорошо видно при сравнении, например, Великобритании (интегральный тип (ESTJ, ЛСЭ) - правое кольцо социального прогресса) и США〔中略〕Если стиль Великобритании - это консерватизм, умеренность и постепенность, то США - это чрезвычайно деятельный, эгоцентричный в своей сути («Америка - для американцев») стиль деятельности, потребление гораздо большего количества ресурсов и энергии на душу населения, по сравнению с большинством стран мира.
ここでいう統合タイプとは、国や集団をひとまとまりの人格と見たときのタイプのことです。つまり、Bukalovは英国をLSEの国とし、その流儀を保守主義・節度・漸進性とまとめています。
比較の相手の米国は、同じ段落でLIE(ENTJ)の国、左輪の側とされています。主導機能が同じTeでも、右輪のLSEと左輪のLIEでは国の流儀が対照的になる、という組み立てです。
双対を求めた国と、象徴になったLSE
Bukalovは、この国の統合タイプの考えを、ウクライナの政治にも使っています。ウクライナの統合タイプをEIIとしたうえで、Bukalovは2004年のオレンジ革命をこう書いています。
「オレンジ革命」現象は、事実上、民族集団が権力構造を双対的なものに変えようとする自発的志向であった。その象徴として登場したのがヴィクトル・ユーシチェンコであった、ただ単に彼のタイプが論理-感覚型外向(■(Te)○(Si)すなわち LSE=シュティルリッツ)であるという理由のみで。しかしこれはまさに、象徴は鼓舞するが、自身は何もしないという状況であった—「これは皇帝の仕事ではない」。
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Феномен «Оранжевой революции» — это, фактически, было стихийное стремление этноса поменять структуру власти на дуальную. Ее символом выступал Виктор Ющенко, лишь потому, что его тип — логико-сенсорный экстраверт ( ). Однако это как раз та ситуация, когда символ вдохновляет, но сам ничего не делает — «не царское это дело».
上の引用にあるエスノスは民族のことで、双対的なものとは、EIIの双対であるLSEの形の権力を指します。Bukalovの判定では、ユシチェンコはLSEであることだけを理由に、双対を求める国の象徴になったということです。
ですが、Bukalovは同じ文で、象徴は人を鼓舞しても自分では動かないという限界も書いています。その限界の中身を、Bukalovは別の論文で、LSEの自我ブロックの使い方から説明しています。
Bukalovは、ユシチェンコの大統領としての仕事ぶりを、こう書いています。
事態を複雑にしたのは、ユシチェンコが、論理感覚外向のタイプではあったが、クチマと同じこと ― ほぼ同じ ― をしたことである ― 自分のタイプの自我ブロックを国の問題解決に向けず、民族集団の双対者として為すべきことを為さなかった。彼は対外政治に夢中になり、(中略)民族史、フォークロア、記念碑の作成に積極的に取り組み、事実上、事業論理と感覚に関するすべての仕事を彼の事務局と政府のレベルに渡した。(中略)V. ユシチェンコは心理的に第 4 クアドラ ― 整序された生活、皆が裕福で幸せに暮らす ― の現実に住んでいた。
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Ситуация осложняется тем, что Ющенко, хотя и логико-сенсорный экстраверт по типу, сделал почти то же самое, что и Кучма — блок Эго своего типа не направил на решение вопросов страны, как должен был сделать это дуал этноса. Он увлёкся внешней политикой, активно занялся по СуперИду этноисторией, фольклором, созданием памятников и фактически передал всю работу по деловой логике и по сенсорике на уровень своего секретариата и правительства.〔中略〕В. Ющенко психологически пребывал в реалиях 4-й квадры, где упорядоченная жизнь, все живут богато и счастливо.
Bukalovが失敗の原因に挙げるのは、LSEの大統領が、得意なはずの事業の論理と感覚の仕事を人に任せたことです。LSEの自我ブロックのTeとSiは、双対のEIIにとっては、自分では扱わず相手に補ってほしい超イドの要素です。
そのため、国の双対者として求められていたのは、この2つの要素の仕事だったというのがBukalovの見立てです。
小括します。Bukalovは、LSEを、事業の論理(Te)と生活の感覚(Si)を組み合わせるタイプとして、進化のモジュールと職場の配置に割り当てています。プロファイルは、そのTeを仕事に関わる事実を自然に集める力として書いています。
また、Bukalovは同じタイプを、障害を打ち砕く解放の体験、英国の流儀、ウクライナの政治家の失敗にまで広げて使っています。どの水準でも、LSEの働きは自我ブロックのTeとSiをどう使うかで測られており、それを使わなかった政治家の例は、裏側から同じことを示しています。
08Stratiyevskayaの記述
Vera Stratiyevskayaは、LSEを、仕事に人生の意味を置き、厳しい外面の内側に傷つきやすさを抱える人として書いています。筆致は職場や家庭の具体例が多く、「決して」「常に」のような強い言い切りが目立ちます。
底本は『お別れしないために』第II部のLSE章です。この章は8つの位置を1番から順に節に立てており、Stratiyevskayaの機能番号は今の番号と同じです。
仕事そのものが生きる意味
Stratiyevskayaは、1番の主導機能Te(外向論理)の節で、LSEにとっての仕事の重さを、こう書いています。
彼らの人生の意味のすべて — それは仕事、労働、選んだ事業に従事することにある。このタイプの人々は通常、半分の力で働けることを理解しない。労働への無責任な態度を原則として認めない。「いい加減に」働く者は、彼らの理解では人間ですらない。あらゆる「タダ乗り屋」と怠け者への彼らの態度については語るに及ばない — 彼らにとってこれらの人々はまったく対立する極に存在する。(成熟した年齢ではLSE〔原文: シュティルリッツ〕は通常、彼らとの闘争に自分の力を費やすことはなくなる — どうせ世のすべての悪を根絶することはできないし、もっと重要な仕事もある。)
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Весь смысл их жизни — в работе, в труде, в занятии выбранным делом. Люди этого типа обычно не понимают, как можно работать в полсилы. Безответственного отношения к труду в принципе не признают. Тот, кто работает "спустя рукава", в их понимании вообще не человек. Стоит ли говорить об их отношении ко всяким "халявчикам" и лентяям — эти люди для них существуют на совершенно противоположном полюсе. (В зрелом возрасте Штирлицы обычно уже не тратят свои силы на борьбу с ними — все равно все зло на свете не искоренишь, а есть дела и поважнее.)
言い換えると、LSEは選んだ仕事に打ち込むことを、生きる意味そのものと考えているということです。
そのため、半分の力で働くという発想そのものが、LSEには理解しにくいとされています。一方で著者は括弧の中で、年を重ねると怠け者との闘いに力を使わなくなるという留保を添えています。
家の中の質と予備
2番の創造機能Si(内向感覚)について、Stratiyevskayaは、LSEの家の様子をこう書いています。
清潔さ、秩序、高価で質の高い快適さ — LSE〔原文: シュティルリッツ〕が自分の家にとって必須と考える資質。彼の家には、人生のあらゆる場合に必要となりうるすべてがなければならない。(「我が家は我が城」。)空の棚も空の冷蔵庫も彼の家にはない。LSE〔原文: シュティルリッツ〕は常に、どの予備を補充する必要があるかを覚えている。(中略)食料品は、価格を考慮せずに、最良の品質のものだけを少量で買う。(後で捨てることにならないように。)家計を非常に節約的かつ計算的に運営する。
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Чистота, порядок, дорогой и добротный комфорт — качества, которые Штирлиц считает обязательными для своего дома. В его доме должно быть все, что может потребоваться на все случаи жизни. ("Мой дом — моя крепость".) Ни пустых полок, ни пустого холодильника в его доме не бывает. Штирлиц всегда помнит,〔中略〕какие запасы требуется пополнить. Излишки, которые у него залеживаются, выбрасывает только в случае уверенности, что в хозяйстве это использовать невозможно. Продукты покупает только лучшего качества, не считаясь с ценой, но в небольших количествах. (Чтобы не пришлось потом выбрасывать.) Хозяйство ведет очень экономно и расчетливо.
例えば、冷蔵庫を空にしないことと、最良の品を少しだけ買うことは、快適さを先回りの計算で保つという1つの習慣として書かれています。
上の引用では、質の高い快適さと、節約した家計が同じ段落に並んでいます。位置2のSiの心地よさが、位置1のTeの計算と組になって描かれており、仕事の節の「予備」の話が生活の側にも出ています。
慰めの言葉は、仕事の成果で
Stratiyevskayaは、3番の規範機能Fe(外向倫理)の節で、LSEが人を慰める場面をこう書いています。
慰めや弔意を表すのは好きでない。なぜならそれを上手にできるか確信がないからだ。しかしせざるを得ないなら、かなり独特な形でする — 生産あるいは専門的な指標を指摘する: 「見ろ、お前がどんな成功を収めているか、見ろ、皆がお前の仕事にどれほど満足しているか — 何を動揺している! きっと、すべてうまくいくよ!」
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Утешать и выражать соболезнование не любит, поскольку не уверен, что умеет это хорошо делать. Но если приходится, делает это весьма своеобразно — указывает на производственные или профессиональные показатели: "Посмотри, какие успехи ты делаешь, посмотри, как все твоей работой довольны, — чего ты расстраиваешься! Вот увидишь, все будет хорошо!"
つまり、LSEは相手を慰めるときにも、仕事の成果という自分の得意な材料を差し出すということです。
上手にできる自信がない、という理由が先に書かれています。位置3のFeで足りない分を、位置1のTeの言葉で補う形だと読めます。
時間は最悪の敵
4番の脆弱機能Ni(内向直観)について、Stratiyevskayaは、LSEと時間の関係をこう書いています。
このタイプの代表者はしばしば、たとえ一日が48時間あっても、それでも足りないだろうと言う。(中略)LSE〔原文: シュティルリッツ〕の問題は、時間の要因を計算に入れたくないことにある。時間 — それは彼らの最悪の敵である: 彼らは仕事を完璧な質まで持っていきたいが、期限がそれを許さない。彼らは自分に最大限緊張したスケジュールを作る。だからどんなに正確に時間を計画しても、その配分で絶えず重複が起こる。
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Представители этого типа часто говорят, что даже если бы в сутках было сорок восемь часов, им бы все равно не хватило. Тот объем работы, который они обычно намереваются выполнить, не укладывается в назначенные ими сроки. Проблема Штирлицев в том, что они не желают принимать в расчет фактор времени. Время — их злейший враг: они хотят довести работу до безупречного качества, а сроки этого не позволяют. Они составляют себе максимально напряженный график работы, поэтому, как бы точно они ни планировали свое время, постоянно происходят накладки в его распределении.
言い換えると、Stratiyevskayaは、LSEが時間に追われる原因を、時間を計算に入れたがらない本人の側に置いています。
仕事を完璧な質まで持っていきたい気持ちと期限が、いつもぶつかる形で書かれています。位置4のNiは時間の流れを扱う要素とされ、いちばん弱い位置の要素が、本人の側で「敵」として意識されている記述です。
厳しい外面と、内側の傷つきやすさ
5番の暗示機能Fi(内向倫理)について、Stratiyevskayaは、相手の不誠実に出会ったときのLSEをこう書いています。
不誠実、不正直、卑しさ、裏切り、ぺてんのあらゆる発現を、非常に鋭く体験する。(LSE〔原文: シュティルリッツ〕は倫理的な計画ではおしなべて深く傷つきやすい。外面的な厳しさと近寄りがたさで、彼は自分の内的な傷つきやすさを覆う。)
自分の信頼の濫用に対して、LSE〔原文: シュティルリッツ〕は非常に痛ましく接する。しかもここで問題は自尊心や野心ではなく、彼の倫理コードが触れられたことにある。
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Любое проявление непорядочности, нечестности, подлости, предательства, жульничества переживает очень обостренно. (Штирлиц в этическом плане вообще глубоко раним. Внешней суровостью и неприступностью он прикрывает свою внутреннюю уязвимость.) К злоупотреблению его доверием Штирлиц относится очень болезненно. Причем дело здесь не в самолюбии и не в амбициях, а в том, что затронут его этический кодекс. Штирлиц подсознательно сориентирован на доверие к человеку. Доверие и порядочность считает нормой отношений. Человек, не наделенный этими качествами, в его понимании, безнравственный злодей и отношение к нему должно быть соответствующим.
言い換えると、LSEの近寄りがたい外面は、倫理の面の傷つきやすさを隠すためのものだと著者は見ています。
信頼を裏切られたときの痛みも、本人が守っている倫理の決まりに触れたためと説明されています。外面の厳しさが内側の傷つきやすさを覆う、という外面と内面を対にする書き方です。
入手できない情報は無い
7番の観察機能Ti(内向論理)の節で、Stratiyevskayaは、LSEの情報の集め方を、諜報員の職業と結びつけてこう書いています。
専門的問題での無能力 — それはおしなべて例外的な現象だが、起こるとすれば、その情報が何らかの理由で彼にとって入手不可能だった場合だけである。もっとも本物のLSE〔原文: シュティルリッツ〕にとって、いかなる情報も入手不可能ではない。このタイプの人々は、秘密の「入手困難」な情報の収集に理想的に適しており、諜報員という職業に理想的に対応する: 並外れた観察力と、得られた情報(中略)を分析する能力との組み合わせ、並外れた身体的忍耐力、決断性、自己統制、極限の実行力と完璧な仕事の正確さ(中略)そのおかげで彼らの一部は「目に見えない戦線の替えのきかない戦士」となる。
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Штирлиц обычно не стесняется признать свою некомпетентность, хотя это и бывает чрезвычайно редко. Некомпетентность в профессиональном вопросе — вообще исключительное явление, но если такое происходит, то только в случае, если эта информация была для него по каким-то причинам недоступна. Хотя именно для настоящего Штирлица никакая информация не бывает недоступной. Люди этого типа идеально подходят для сбора секретной и "труднодоступной" информации, идеально соответствуют профессии разведчика: исключительная наблюдательность в сочетании с умением анализировать полученную информацию (причем, полученную по всем возможным и невозможным каналам), незаурядная физическая выносливость, решительность, самообладание, предельная исполнительность и безупречная точность работы — вот комплекс данных, которыми наделен практически каждый из представителей этого типа и благодаря которым некоторые из них являются незаменимыми "бойцами невидимого фронта".
Stratiyevskayaは、情報を集めて分析する力の高さを、諜報員の適性として描いています。
引用の最後にある「目に見えない戦線」は、諜報の世界を指す言い回しです。並べられた資質は観察力・分析力に加えて忍耐力や実行力まで含み、いくつもの資質の組み合わせとして書かれています。
先に手を出さないこと
8番の実演機能Se(外向感覚)について、Stratiyevskayaは、LSEの意志の出し方をこう書いています。
LSE〔原文: シュティルリッツ〕の意志と目的志向性も誇示的性格を帯びる。教訓的な目的で、LSE〔原文: シュティルリッツ〕は自分のために立ち上がる方法の模範を示す術を心得ている。しかし最初に攻撃することは決してない — 誤解の場合を除いては。 決断性を発揮するのは、仕事の利益のため、個人的利益と「自分のチーム」の利益の防衛のためだけである。
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Воля и целеустремленность Штирлица также носят демонстративный характер. В назидательных целях Штирлиц умеет показать пример того, как нужно постоять за себя. Но первым нападать никогда не будет — разве что по недоразумению. Решительность проявляет только в интересах дела, в плане защиты личных интересов и интересов "своей команды".
つまり、LSEは自分から先に攻撃することはなく、決断を見せるのは仕事と自分のチームの利益のためだということです。
この一文では、LSEの決断性は仕事と自分の側を守るために見せるものとして書かれています。
小括します。StratiyevskayaのLSE記述には3つの特徴があります。第一に、仕事を生きる意味の中心に置き、家の中や人の慰め方まで、その基準から書くことです。
第二に、厳しい外面と、内側の傷つきやすさを対にして書くことです。位置5のFiの節が、その形で書かれています。
第三に、苦手な時間の扱いを、本人が意識する負担として具体的に書くことです。強い言い切りが多い文体なので、観察の中身と言い方の強さは分けて受け取ることができます。
09Filatovaの記述
Ekaterina Filatovaは、LSEを、物と仕事の世界で状況の主人でいようとする実務家として書いています。記述の多くは、トルストイ『戦争と平和』のニコライ・ロストフを例にとって進みます。
彼女はLSEを主導(Te)・創造(Si)・脆弱(Ni)・暗示(Fi)の4機能で記述します。彼女が使うI〜IVの番号は、当サイトの位置1・2・4・5です。
底本は『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001年)のLSE章です。あわせて、同書とは別に書かれたタイプ記述「LSE」も扱います。
物の世界の「状況の主人」
Filatovaは、主導機能(Te、位置1)がLSEの知覚にどう現れるかを、こう書いています。
主導機能が人間の知覚における優先順位を特徴づけるということについては、私たちはすでに何度も述べてきた。LSEというタイプの代表者にとって、それは周囲にある現実の事物の世界であり、その中で彼は自分が状況の主人であると感じる。この資質は通常、実り豊かに働く能力として現れ、そのためには良い道具が非常に重要である。道具の質によって仕事をうまくやり遂げられるかどうかが決まるため、これは彼にとって大きな価値を持つ。労働の組織化における無秩序、雑に作られた物は、彼にとって耐え難いものである。
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Мы уже не раз говорили о том, что программная функция характеризует приоритеты в восприятии человека. Для представителя психотипа ЛСЭ — это мир окружающих реальных предметов, в котором он чувствует себя хозяином положения. Как правило, это качество проявляется в умении плодотворно работать, а для этого очень важны хорошие инструменты. Это для него — большая ценность, поскольку от качества инструмента зависит возможность хорошо делать дело. Для него невыносимы любая бестолковость в организации труда, небрежно сделанная вещь.
言い換えると、LSEは、物と仕事の世界の中でこそ、自分が状況を握っていると感じるということです。そのため、良い道具と整った段取りは、仕事の出来を左右するものとして大きな価値を持ちます。
Filatovaは主導機能を知覚の優先順位として説明しています。LSEではその優先順位が、道具の質や段取りの乱れが気になるという形で現れる、という運びです。
生まれながらの遵法者
Filatovaは、LSEの合法性への敬意を、トルストイの小説でロストフがピエールに言う台詞を引きながら、こう書いています。
いかなる社会も客観的な社会法則なしには存在し得ない。それゆえLSEは、議会、裁判所、矯正施設、実力組織(軍・警察など)等、合法性に関わるすべてのものに敬意を持って接する—彼は生まれながらの遵法者である。この特性がLSEにどう現れるかを、たとえばニコライ・ロストフとピエール・ベズーホフの会話に見てみよう。「…(中略)もし君たちが秘密結社を作り、政府がどんなものであれそれに反抗し始めるなら、僕は自分がそれに服従する義務があるとわかっている。そして今この瞬間アラクチェーエフが、僕に一個中隊を率いて君たちのところへ行き、切り捨てよと命じたなら—僕は一秒も迷わずに行くだろう」。
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Любое общество не может существовать без объективных социальных законов, поэтому ЛСЭ с уважением относится ко всему, что относится к законности — парламентам, судам, исправительным учреждениям, силовым структурам и т. д., он — прирожденный законник. Вот как проявляется это свойство характера ЛСЭ, например, в разговоре Николая Ростова с Пьером Безуховым: «...я тебе скажу: что ты мой друг, ты это знаешь, но, составь вы тайное общество, начни вы противодействовать правительству, какое бы оно ни было, я знаю, что мой долг повиноваться ему. И вели мне сейчас Аракчеев идти мне на вас с эскадроном и рубить — ни на секунду не задумаюсь и пойду».
Filatovaの説明では、社会は客観的な法則なしには成り立たないので、LSEは法に関わるものを重んじるという順番です。後半の台詞は、命じられれば友人たちを切り捨てに行くという極端なものです。
ですが、Filatovaは台詞の前に、社会には客観的な法則が要るという理由を置いています。極端な場面を、理由とひと続きの観察として示しているところに、この段落の組み立てがあります。
働く人の快適さも生産の一部
Filatovaは、創造機能(Si、位置2)が仕事の効率とどう結びつくかを、こう書いています。
プログラムを実現するために、LSEは自分の努力が最も効果的になるように行動しようとする。LSEにとっての効率性は、労働のよい組織化、快適な作業場所の存在、正当な報酬と直接結びついている。仕事を始める前に彼は必ず、周囲を快適にし、道具を然るべき場所に置き、余分な雑物がなく必要なものがすべて手元にあるようにする。もし彼が管理者であれば、自分の下で働く者たちが必要なものすべてを備えているようにということに、特別な注意を向ける。ニコライ・ロストフが、自分の農民たちが豊かで健康であるように気を配っている様子を思い出そう—彼はこれを、生産過程の非常に重要な一環として扱っている。
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Для реализации программы ЛСЭ стремится действовать так, чтобы его усилия оказались наиболее эффективными. Эффективность для ЛСЭ напрямую связана с хорошей организацией труда, наличием удобного рабочего места, заслуженным вознаграждением. Перед началом работы он непременно сделает так, чтобы вокруг было удобно, инструменты лежали на своих местах, чтобы не было лишнего хлама и все необходимое было под рукой. Если он руководитель, то особое внимание его направлено на то, чтобы те, кто работает под его началом, были обеспечены всем необходимым. Вспомним, как Николай Ростов заботится о том, чтобы его крестьяне были зажиточны и здоровы — к этому он относится как к очень важному звену производственного процесса
つまり、LSEは働く人の快適さや健康を、生産の一部として扱うということです。自分の作業場を整えることと、部下や農民の暮らしに気を配ることが、同じ効率の話として並んでいます。
主導のTeが求める成果を、位置2のSi(内向感覚)が快適さの面から支える配置と読めます。
先の分からないことへの不安
Filatovaは、脆弱機能(Ni、位置4)の節で、LSEと不確実性の関係を、こう書いています。
LSEは夢想や空想にふけることを好まない。彼はいかなる神秘主義も、あの世的なものも、要するに触れることも、見ることも、確かめることもできないものを一切受け入れない。(中略)LSEはあらゆる不確実性を非常に否定的に受け止める。感覚型である彼は、明日、来週、来月、来年に何が起こるかを具体的に知りたいと思う…未知であることは彼にとって、神経を苛立たせる、人生における最も重い問題の一つである。それゆえ、すべてが前もって定められている、整えられた生活の一定の枠組みは、彼を少しも苛立たせることがない。
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ЛСЭ не склонен предаваться мечтам и фантазиям. Он не принимает никакой мистики, ничего потустороннего, словом, того, что нельзя было бы потрогать, увидеть, проверить.〔中略〕Очень негативно ЛСЭ воспринимает любую неопределенность, ему, сенсорику, хочется конкретно знать, что будет завтра, через неделю, месяц, год... Неизвестность для него — одна из самых тяжелых жизненных проблем, которая нервирует. Поэтому его нисколько не раздражают определенные рамки налаженной жизни, в которой все заранее предписано.
例えば、来週や来年に何が起こるか分からない状態は、LSEにとってそれだけで神経を苛立たせる重い問題になります。そのため、前もって決まった生活の枠は苦にならないということです。
Filatovaはこの段落を脆弱機能の節に置いています。枠を好む傾向を、位置4のNiの弱さから説明していることになります。
言葉より行動で示す好意
Filatovaは、暗示機能(Fi、位置5)の節で、LSEが人を気づかうときのやり方を、こう書いています。
倫理機能の弱さは、誰かの具合が悪いときに慰めや同情の言葉を口にすることを気恥ずかしく感じる、という点にも現れる。彼にとっては、言葉によってよりも何か実際の行動によって助けるほうが容易であり、それによって周囲への好意を証明する。特に男性のLSEは、家事について妻を平然と手伝うことができ、部屋の掃除をしたり、何か役に立つものを作ったりし、子供の世話も喜んでする。
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Слабость этической функции также проявляется и в том, что он стесняется произносить слова утешения и сочувствия, если человеку плохо. Ему проще помочь каким-то делом, а не словами, и этим доказать свое доброе отношение к окружающим. В частности, мужчина ЛСЭ спокойно может помочь жене и по хозяйству, может убрать квартиру, что-то полезное смастерить, с удовольствием возится с детьми.
言い換えると、LSEの好意は、慰めの言葉より、手を動かす助けの形で表に出るということです。Filatovaは、家事や子供の世話まで含めて、それを周囲への好意の証明と呼んでいます。
冒頭の「倫理機能の弱さ」は、暗示機能の位置5に入ったFiのことです。言葉にするのが気恥ずかしいという記述を、Filatovaはこの位置の節に置いています。
別に書かれたタイプ記述では、同じ観察が、こう書かれています。
他者の感情的状態、その脆弱性の程度を感じ取る能力が欠けている。したがってLSEはしばしば仕事で他者を助けようとするが、感情の表現は避ける。重要な他者に「愛している」と言うよりも、贈り物をする方が容易である。もしそのようなことを求められれば、自分の感情はすでに明白であると感じて驚くかもしれない。
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She lacks the ability to sense the emotional state another, the degree of his/her vulnerability. Therefore LSE frequently will try to aid others in work but avoid the manifestation of feelings. To her significant other she finds it more easy to give a gift than to say, I love you. If such is requested from her he may appear astonished, feeling that her feelings are already evident.
上の引用でも、LSEは気持ちを言葉にするより、贈り物や仕事の手助けで示すとされています。言葉を求められて驚くのは、本人の側ではもう伝わっているつもりでいるからです。
ですが、この段落が置かれているのは、役割機能(Fe、位置3)の見出しの下です。書籍で暗示機能(Fi、位置5)の節にあった観察が、別の文章では別の位置に置かれています。そのため、どちらの位置の話かは、この2つの資料からは決まりません。
妻マリヤと、アンドレイ公爵
Filatovaは、双対関係の例として、ロストフが妻マリヤに語る場面を『戦争と平和』から引き、こう評しています。
「僕は—愛しているというのとは違う、なんと言えばいいのかわからないが。君がいなくて、こんなふうに何か気まずいことが起きたりすると、僕はまるで自分を見失ったようになって、何もできなくなる。いったい僕は、自分の指を愛しているとでもいうのか?愛してはいない、しかし試しにそれを切り落としてみるがいい…」もちろん、論理型のニコライにとって、愛について語るのは難しいことである。それは倫理型の領域だからだ。しかしニコライは、自分なりのやり方で妻への思いを表現している。
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«Я не люблю, а так, не знаю, как тебе сказать. Без тебя и когда вот так у нас какая-то кошка пробежит, я как будто пропал и ничего не могу. Ну, что я, люблю палец свой? Я не люблю, а попробуй отрежь его...» Конечно, логику-Николаю трудно говорить о любви, это — сфера этиков, но Николай по-своему выражает отношение к жене.
ロストフは「愛している」とは言えず、妻を失えば何もできなくなる自分の指にたとえます。Filatovaはこれを、論理型なりのやり方で思いを表現している例として読んでいます。
前の節の、言葉より行動で示すという観察と同じ向きで、ここでは言葉にしにくい思いを、たとえで言い表しています。
同じ小説で、ロストフはアンドレイ公爵の精神生活を「哲学」「夢想」と呼んで好みませんでした。Filatovaは、その理由を超自我関係から、こう説明しています。
ボルコンスキー兄妹は人文家クラブに属しており、彼らには倫理と直観によって規定される、緊張した精神生活が実際に特徴的であることに注意しよう。しかし、ニコライが属するタイプであるLSEの痛点機能(内向直観〈Ni〉)にとって、この機能がEIEの第2チャンネルに現れることは、極めて不快なのである。まさにそれゆえニコライはアンドレイ公爵に好感を抱かない。アンドレイのほうも、自分自身の痛点機能である内向感覚〈Si〉への圧力を受けているために、ニコライに対して特別な好感を抱いていないと推測できる。しかし、LSEであるニコライと、彼の妻である公爵令嬢マリヤが属する内向型の心理タイプEIIとの相互作用においては、このような圧力は存在しない。この場合、私たちがすでに知っている通り、彼らの関係は最も好ましいものとなる。
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Заметим, что брат и сестра Болконские относятся к клубу Гуманитариев, для них действительно характерна напряженная духовная жизнь, определяемая этикой и интуицией. Однако для болевой функции ЛСЭ, к типу которого принадлежит Николай (БИ), эта функция во втором канале ЭИЭ является крайне неприятной. Именно поэтому Николай не испытывает симпатии к князю Андрею. Можно предположить, что и Андрей без особой симпатии относится к Николаю, поскольку сам испытывает давление на свою болевую функцию БС. А вот при взаимодействии ЛСЭ — Николая с интровертным психотипом ЭИИ, к которому принадлежит его жена княжна Марья, такого давления нет. В этом случае их отношения, как мы уже знаем, наиболее благоприятны.
上の引用にある痛点機能は位置4の脆弱機能、第2チャンネルは位置2の創造機能のことです。つまり、LSEがいちばん弱いNiを、EIEは得意な位置で使うので、ロストフには不快な圧力になるということです。
アンドレイの側も、脆弱機能のSiに圧力を受けているために、ロストフを好まなかったのだろうとFilatovaは推測しています。妻マリヤ(EII)との間にはこの圧力が無いと対比させ、小説の中の好き嫌いを関係の型で説明しています。
実現の場
Filatovaは、LSEが強みを生かせる仕事を、こう挙げています。
LSEは自分の性格の強みを、あらゆる実践的な活動のうちで最もよく実現することができる。それは服を見事に仕立てる技術かもしれないし、台所や別荘のために頑丈な日用品を自分の手で作る能力かもしれない。LSEはまた、生産をうまく組織し、質の高い製品の生産をプロフェッショナルに軌道に乗せ、有能な管理者になることもできる。ただしその際、彼にとっては状況全体の安定性、出来事の展開の予測可能性が重要である。LSEは軍務を非常にうまくこなし、しばしば優れた将校となる。彼の能力は実力組織、法秩序機関、法律の分野でも活かされうる。この心理タイプの代表者たちは、プロスポーツ、とりわけチーム競技にも喜んで携わる。
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Лучше всего ЛСЭ может реализовать сильные стороны своего характера в любой практической деятельности. Это может быть и умение прекрасно сшить костюм, и способность сделать своими руками добротную хозяйственную вещь для кухни, дачи. ЛСЭ может также хорошо организовать производство, профессионально наладить выпуск продукции высокого качества, быть умелым администратором. Однако ему при этом важна общая стабильность ситуации, предсказуемость развития событий. Очень успешно ЛСЭ справляется с военной службой, часто — прекрасный офицер. Его способности могут найти применение и в силовых структурах, органах правопорядка, юриспруденции. Охотно представители этого психотипа занимаются также и профессиональным спортом, особенно — командными видами.
つまり、手で物を作る仕事から生産の管理まで、実践的な仕事の幅が広いということです。そのうえで条件として、状況の安定と先の見通しが立つことが挙げられています。
この条件は、先の分からないことを重い問題とする脆弱機能の節と同じ向きです。軍務や法の分野が並ぶのも、遵法者という主導機能の節の記述と重なります。
小括します。FilatovaのLSE記述は、4機能の簡潔な枠組みの上に、ロストフという1人の文学の人物を通した観察を重ねています。そこに描かれるLSEは、物と仕事の世界で成果を上げ、先の分からないことを負担に感じ、好意を言葉より行動で示すタイプです。
また、極端な台詞や人の好き嫌いも、理由や関係の型とひと続きに書くのが彼女の筆致です。その一方で、同じ観察が書籍と別のタイプ記述で別の位置に置かれている点が、この研究者の記述に残る論点です。
10Yermakの記述
Vladimir Yermakは、LSEを、実務の効率と周囲の不快の除去を同じ1つの働きとして書く、モデルの帰結として描いています。人物像や逸話ではなく、要素の連なりと働く条件でタイプを規定するのが、この研究者の書き方です。
資料は、2005年の単行本『人を理解することを学ぶには』の付録2「心のTIMモデルの記述」(Roslankinaとの共著、初出は1999年の機関誌)と、同書第5章の呼び名の一覧です。Yermakはタイプを「TIM(情報代謝タイプ)」と呼び、各機能に扱う情報の名前(情報アスペクト)を割り当てます。
1段落に書かれるLSE
Yermakは、付録2のLSEの節の冒頭で、LSEの社会での役割を次の1段落にまとめています。
TIMの社会的(個人的)特性: 具体的な対象の有用な特性、効果的なやり方、仕事の方法と技術、具体的な過程の論理によく通じており、その理解を、周囲の世界のグローバルな不快を取り除くことによって実現する。それは、社会の中に、何らかの関係を改善する肯定的な可能性を見いだす必要が生じたときである。
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Социальная ( личностная ) характеристика ТИМ: хорошо разбирается в полезных свойствах конкретного объекта, эффективных способах, методах, технологиях работы, логике конкретных процессов(中略)реализуя своё понимание посредством устранения глобального дискомфорта в окружающем мире(中略)тогда, когда в социуме появляется необходимость найти позитивную возможность(中略)улучшить некие отношения(中略)в широком понимании этого слова
言い換えると、LSEは、物の役に立つ性質と効果的な仕事のやり方をよく知り、それを周りの不快を減らす形で実行するタイプだということです。後半は、この力が発揮される条件で、社会の中で関係を良くする可能性が求められたときとされています。
前半は自我ブロックのTe(外向論理)とSi(内向感覚)、後半は超イドブロックのFi(内向倫理)とNe(外向直観)が働く場面を書いています。仕事の知識と快適さの実現が、ここでは別々の長所ではなく1つの働きの両面として並べられています。
位置ごとの記述—得意と苦手の境目
付録2は、8つの位置それぞれに1文の規定を置きます。その中で、いちばん弱い4番のNi(内向直観)については、苦手の中身が具体的に書かれています。Yermakの付録では、この位置は「自己の機能」と呼ばれます。
機能すること—情報アスペクト「出来事」(「時間の直観」)において。個人的な経験だけを頼りに、グローバルな不都合な出来事を防ぎ、全体の見通しを良くし、過ぎた出来事の誤りを考慮しようと努める。考慮されなかった誤りや、何かが時機を逸したことについての情報を、苦痛をもって受けとめる。
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функционирование — в информационном аспекте «события» («интуиция времени»); руководствуясь только личностным опытом, стремится предотвращать глобальные неблагоприятные события, способствовать улучшению общей перспективы и учитывать ошибки прошедших событий; болезненно воспринимает информацию о неучтенных ошибках или несвоевременности чего-либо.
言い換えると、LSEは見通しや時機についての情報を、個人的な経験だけで扱うため、見落とした誤りや時機を逃したことを指摘されると強く堪えるということです。防ごうと努めることと、それが外れたときの痛みが、同じ1文の中に並んでいます。
8番のSe(外向感覚)については、よくある「押しの強いLSE」という像とは向きの違う記述があります。
機能すること—情報アスペクト「意志」(「意志感覚」)において。プログラムは、ふつう無意識に(「自動的に」)、自分と身近な周囲を意志的に(力で)守ることによって実現される。人に攻めかかることは好まず、そうするときにはばつの悪さを感じる。
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функционирование — в информационном аспекте «воля»(«волевая сенсорика»); программа(中略)обычно неосознанно («автоматически» ) реализуется волевой (силовой) защитой себя и ближнего окружения; нападать на людей не любит, чувствуя себя при этом неловко.
つまり、LSEは力を、攻めるためではなく、自分と身近な人を守るために使うということです。
「ホームズ」という呼び方
Yermakは、第5章でタイプの呼び名(ペンネーム)を一覧にしています。LSEとその双対の行は、次のとおりです。
論理感覚外向—LSE—ペンネーム「ホームズ」。倫理直観内向—EII—ペンネーム「ワトソン」。
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логико-сенсорный экстраверт — ЛСЭ- псевдоним “Холмс”; этико-интуитивный интроверт — ЭИИ - псевдоним “Ватсон”.
上の引用にある倫理直観内向(EII)は、LSEの双対の相手です。Yermakは、LSEを後代に広まった「シュチルリッツ」ではなく「ホームズ」と呼び、双対のEIIを「ワトソン」と呼びます。双対の2タイプを、1つの物語の相棒どうしの名前で呼んでいることになります(愛称の由来は22章で扱います)。
小括します。YermakのLSE記述に人物像はほとんど出てきません。あるのは、各位置に割り当てた情報アスペクトの規定と、各ブロックが働く条件です。その中でLSEは、仕事の効率と周りの快適さを1つの働きとして実現するタイプとして書かれています。
一方、4番のNiと8番のSeの規定には、痛みやばつの悪さといった本人の側の感じ方まで書き込まれています。
11Karpenkoの記述
Olga Karpenkoは、LSEを、同じ機能でも構えやクアドラの規範によって出方が変わるタイプとして書いています。キエフの国際ソシオニクス研究所でBukalovとともに活動してきた研究者で、LSEについての記述は、電球の交換や約束の時刻といった日常の場面の観察が中心です。
底本は、機関誌に載った4本の論文です。構え理論の「バーン=ブカロフによる構えがタイプの発現に及ぼす影響」(2011年)と、研修の報告「弟子、研修生、エキスパート」(2007年)が1つ目と2つ目です。残る2本は、クアドラ論の「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」(2002年)と、アスペクト論の「世界のアスペクト知覚」(1995年)です。Karpenkoの機能番号は今の位置番号と同じで、第1機能は位置1のTe、第2機能は位置2のSiを指します。
構え「私−」—位置1のTeで自信をなくす
Karpenkoは、心理学者エリック・バーンの交流分析に由来する「構え」を、タイプの出方を変える条件として使います。構えとは、「私」「あなた」「彼ら」のそれぞれを、肯定(+)で受けとめるか否定(−)で受けとめるかのことで、Bukalovがこれに世界全体への態度「これ」を加えました。
そのうえでKarpenkoは、「私」の構えを位置1の機能に結びつけています。第1機能がその人の「私」に最も近いから、という理由です。
Karpenkoは、自分を否定する構え「私−」のLSEについて、こう書いています。
たとえば、ごく日常的な状況で、構え「私−」の(LSE)が、突然、電気スタンドの電球の交換を拒む。いわく、「何が起きるか分からないし、そもそも私はこの電気というものが分からないんだ。誰かほかの人がやってくれ」。(中略)つまり、私たちの観点からはその人のエキスパート領域であるはずの、彼の第1機能の領域で、彼は突然、思いがけない自信のなさを示すのである。
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Например, во вполне бытовой ситуации (ЛСЭ) с установкой «Я–» вдруг отказы- вается поменять лампочку в настольной лампе, дескать, «мало ли, я вообще этого электриче- ства не понимаю, пусть кто-нибудь другой это сделает».〔中略〕То есть, в той зоне, которая, с нашей точки зрения, является экспертной для человека, зоной его 1-й функции, он прояв- ляет вдруг неожиданную неуверенность.
電球の交換は、道具と手順の問題で、LSEにとっては本来なら手際よく片づく実務です。つまり、得意なはずの位置1のTeの場面で、「私−」のLSEは手を出さなくなるということです。
Karpenkoは、この自信のなさが、合理タイプでいっそうはっきり出ると書いています。強い機能であることと、それを使う自信があることを、別々に扱っているのがこの観察の特徴です。
また、Karpenkoは、調べた人のおよそ20%がこの構えを持つとしたうえで、報告全体を仮説の段階のものと断っています。構えの違いを見分けるには、同じタイプの人を数多く、十分によく知っている必要があるからです。観察する側の条件まで含めて書いている点に、この研究者の慎重さが出ています。
構え「あなた−」—位置2のSiで他人を点検する
次にKarpenkoは、話し相手への構え「あなた」を、位置2の機能と結びつけて、こう書いています。
そうであれば、構え「あなた」も、その創造的でコンタクト的な性格ゆえに、第2機能とたやすく対応づけられる。(中略)そして、対話相手への態度としての構え「あなた−」は、第2機能の特性によって、非常にたやすく、完全に明確に追跡できる。この場合、第2機能は、周囲の人々に対してはるかに批判的になり、自分自身に対してははるかに批判的でなくなる。
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Тогда и установка «Ты» с ее творческим, контактным характером легко соотносится со 2-й функцией.〔中略〕И установка «Ты–» как отношение к собеседнику очень легко, совершенно четко отслеживается по особенностям 2-й функции. В этом случае 2-я функция становится гораздо более критичной по отношению к окружающим и гораздо менее критичной по отношению к себе.
上の引用にある第2機能は、LSEでは位置2のSi(内向感覚)です。言い換えると、相手を否定する構えを持つと、位置2の要素で人には厳しく、自分には甘くなるということです。
この命題自体は、LSEに限らない一般論です。Karpenkoはこのあと、タイプごとの例を1つずつ並べていきます。
その1つがLSEです。Karpenkoは、「あなた−」のLSEとして、実業家のドナルド・トランプを挙げ、こう書いています。
高級不動産で財を成した有名な億万長者ドナルド・トランプは、「あなた−」の(LSE)である。あだ名にまでなった彼の愛用のフレーズは、「あなたはクビだ!」。新築ないし改装されたばかりの高級アパートメントを視察して、ごくわずかな乱れに気づくと(中略)すぐさま問いを発する。「これは誰がやった?」—そして間を置かずに「あなたはクビだ!」。
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Дональд Трамп, известный миллионер, сделавший состояние на элит- ной недвижимости — (ЛСЭ) с «Ты–». Его любимая фраза, ставшая прозвищем: «Вы уволены!». Когда он осматривает новые, только что построенные или отремонтированные элитные апартаменты и замечает малейший непорядок〔中略〕сразу задает вопрос: «Кто это делал?», — и без паузы: «Вы уволены!».
例えば、改装したばかりの部屋のわずかな乱れは、Siが意識する見た目の整い方や快適さの問題です。つまり、Siで部屋を点検した結果が、そのまま他人への責任の追及に向かっているということです。
原文は、引用で省いた箇所で、この点検を第2機能の美的感覚によるものとしています。トランプをLSEとしたのはKarpenkoの判定で、2011年の論文の時点、大統領就任より前のものです。
前の節と並べると、「私−」では位置1のTeが自分の側で引っこみ、「あなた−」では位置2のSiが相手の側へ強く出ます。構えの向きによって、出てくる機能と向かう先が変わることになります。
率いる側を選ぶ—研修のゲームでの発言
Karpenkoの研究所は、2003年から経営者や管理職向けのセミナーを開いてきました。Karpenkoは、そこでのゲームでのLSEの参加者の発言を、こう書いています。
参加者は各クアドラから2〜3人ずつのグループに分かれる。彼らの課題は、「フリープレイヤー」を説得して自分たちのグループに加わらせることである。この状況では、クアドラの価値観が非常によくたどれるし、この価値づけによる動機が、意識的・論理的な分析よりも深いところにあるという事実が明らかになる。参加者の一人—LSEはこう言った。「彼ら(γクアドラ)がもっと有利な条件を提示しているのは分かっています。でも私はこちら(δクアドラ)に行きます…私が彼らを率いて、もっと大きな成果を上げてみせます!」
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Одна из игровых ситуаций тренинга такова: участники разбиваются на группы по 2–3 человека из каждой квадры. Их задача — уговорить «свободного игрока» примкнуть именно к их группе. В этой ситуации очень хорошо прослеживаются ценности квадр и обнару- живается тот факт, что эта ценностная мотивация лежит глубже, чем сознательно-логический анализ. Как сказала одна из участниц — ЛСЭ (): «Я понимаю, что они (квадра γ) предлагают более выгодные условия, но я пойду сюда (в δ-квадру)… Я их возглавлю, и мы добьемся даже большего!».
言い換えると、このLSEは、条件の損得を承知のうえで、自分と同じ価値のクアドラを選んだということです。引用のγクアドラはガンマ、δクアドラはデルタで、LSEはデルタに入ります。
Karpenkoは、この発言を、クアドラの価値による動機が損得の分析より深いところにあることの例として挙げています。発言の後半の「私が彼らを率いて、もっと大きな成果を」には、成果の責任を自分で引き受ける姿勢も出ており、位置1のTeが扱う成果の話と重なると読めます。
開始の20〜30分前に着く—時間の規範
Karpenkoは、クアドラごとの時間の感じ方を比べる論文で、LSEの時間の規範をこう書いています。
第4クアドラ(デルタ)では時間の直観は二次元で、規範化され、社会で受け入れられた規範に沿って組み立てられている。特徴的な例として、△(Ni)の弱い2つのタイプ—▼(Fe)○(ESE)と■(Te)○(LSE)を挙げよう。前者にとって遅刻は日常茶飯事である—どんなに急いでも、どうせ間に合わない。後者にとっての規範は、仕事や商談に開始の20〜30分前に着くこと、市内の移動を、不測の事態に備えて30分の時間の余裕を見て計画することである。
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В четвертой квадре интуиция времени двумерна, нормирована, выстроена по нормам, принятым в социуме. Ха- рактерный пример: два типа со слабой — (ЭСЭ) и (ЛСЭ). Для первого опоздание — обыч- ное дело, как ни торопись — все равно не успеть. Для второго норма — прийти на работу или на де- ловую встречу за 20–30 минут до начала, спланировать поездку по городу с получасовым запасом времени на случай непредвиденных ситуаций.
上の引用にある第4クアドラはデルタ、△は時間の直観で、今の表記ではNi(内向直観)です。つまり、LSEは、遅れないことを規範として守り、移動には30分の余裕を見込むということです。
ESEもLSEも、Niを位置4の脆弱機能に持つタイプです。一方、引用の「二次元」は、Karpenkoがクアドラごとに割り当てた次元数で、LSEのモデルAでのNiの次元数とは別の数え方です。Karpenkoは同じ段落で、この時間の扱いの差はアルファとデルタの他のタイプにもおおよそ同じようにあると続けています。
Karpenkoは、その7年前の論文でも、ESEとLSEの時間の感じ方を、自分の感じ方と比べてこう書いています。
私の視覚的イメージ—テーブルの表面を伝う牛乳の細い流れ—は、なによりもまず、私のTIMのモデルにおけるこの機能の二次元性を反映している—平面の上の絵だ。そして時間の流れ全体から残ったのは「昨日」と「明日」、そしてこの2点の間の線分としての「今日」だけである。ESEとLSEではさらに少ない:「いま」か「いまでない」かだ。だから永遠の遅刻、あるいは永遠のせわしなさになる:「いつ?—いま!」「いつ?—あとで!」。
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Мой зрительный образ - струйка молока на поверхности стола - отражает прежде всего двумерность этой функции в модели моего ТИМа -картинка на плоскости. И от всего потока времени остались только "вчера ", "завтра" и "сегодня" как отрезок между этими двумя точками. У ЭСЭ и ЛСЭ и того меньше: "сейчас" или "не сейчас", поэтому вечные опоздания или вечная спешка: "когда? - сейчас!", "когда? - потом!".
上の引用にあるTIMは情報代謝タイプのことです。言い換えると、ESEとLSEにとって時間は「いま」か「いまでない」かの2つしかなく、そのせいで遅刻かせわしなさのどちらかになるということです。
2本を並べると、遅刻の側がESE、開始の20〜30分前に着く側がLSEと読めます。Niを位置4に持つ2タイプが、同じ時間の感じ方から逆向きの行動に出ることを、Karpenkoは7年を隔てた2本の論文で書いていることになります。
小括します。KarpenkoのLSE記述は、電球の交換、改装した部屋の点検、研修のゲームでの発言、約束の時刻という、日常の場面の観察でできています。
そのうえで、構え理論では位置1のTeと位置2のSiの出方が構えで変わることを、クアドラ論では遅れないことを規範として守る時間の扱いを書いています。タイプだけで行動を決めず、構えやクアドラの規範という条件と組み合わせて書くのが、KarpenkoのLSE記述の特徴です。
12Gulenkoの記述
Viktor Gulenkoは、LSEを、秩序と実用で周りを支えながら、本人はめったに満足できない実務家として書いています。Gulenkoはキエフで「人道主義ソシオニクス」学派を主宰する研究者で、その体系は独自のモデルGとタイプ名を持つ後発の体系です。GulenkoはLSEを「管理者」と呼びます。
底本は『64の肖像』(2019年)のLSE章と、Wikisocionに再録された旧プロファイルです。
プロファイルから—仕事を離れない人と、怒りの引き金
Gulenkoの人物紹介は、LSEの働き方から、こう始まります。
LSEは積極的、機動的で勤勉である。じっと座って何もしないでいることはできない。言葉より行動を好み、発達した責任感をもつ。どこにいても混沌と無秩序と戦い、自分のしていることから邪魔されるのを嫌う。休憩を取る場合、仕事と同じように徹底的に行う。
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The LSE is assertive, operative, and hard-working. He cannot sit still and not be engaged in something. He prefers actions to words and has a developed sense of responsibility. He fights chaos and disorder wherever he might be, and he dislikes it when he is distracted from what he is doing. If taking a break, he does it as thoroughly as he does his work.
つまり、LSEは何もせずにいることができず、いる場所の混乱を片づけにかかるということです。最後の一文にあるとおり、休憩さえ仕事と同じ徹底ぶりで取るとされています。
この紹介には、働くことが止められる場面も入っています。自分のしていることを邪魔されるのを嫌うという一句は、次に見る怒りの記述とつながっています。
Gulenkoは、LSEの行動でいちばん特徴的な点を、怒りの噴出に置いて、こう書いています。
LSEの行動の最も特徴的な特性は、定期的に発生する怒りの噴出である。これらは、自分の仕事や仕事のやり方が批判されているときや、彼が教えられたり説教されたりしているときに発生する。LSEは、特に自分自身が彼のような仕事に従事していないか、それに有能でない人々からの指導には不寛容である。そうした瞬間、手当たり次第のものを投げる能力をもつ。たとえば、皿を割る。(中略)同様の胆汁質の噴出は、特定の仕事で何かができないときにも起こる。
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The most characteristic feature of LSE’s behavior is periodically-occurring outbreaks of rage. They occur when his work and his way of doing things are being criticized, or when he is being taught or lectured. LSE is especially intolerant of instruction coming from people who themselves are not engaged in his type of work or who are not competent in it. In such moments, he is capable of throwing anything that comes to hand; for example, breaking dishes.〔中略〕Similar choleric outbreaks also happen when he cannot do something at a particular job.
言い換えると、LSEの怒りは、自分の仕事ぶりに外から口を出されたときに噴き出すということです。その仕事をしていない人や、その仕事に通じていない人からの指導に、特に耐えられないと書かれています。
Gulenkoは、この怒りを気分の波としてではなく、仕事への介入という決まった引き金と結びつけています。Wikisocionに再録された版では、同じ特性がこのタイプを識別できる手がかりとして挙げられています。
Gulenkoは、率直なふるまいが周りにどう受け取られるかを、Wikisocionに再録された版で、実在の政治家の名を挙げてこう書いています。
かなり率直なやり方で行動することを好む。このため、しばしば正直な人物という評判を得る。これらのすべての資質が、ジョージ・W・ブッシュがアメリカ合衆国大統領になる助けとなった。
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Prefers to operate in a fairly straightforward way. Due to this, often earns the reputation of an honest person. All these qualities have helped George W. Bush to become president of the United States of America.
ここでGulenkoは、回り道をしない行動が、周りには正直さとして受け取られると書いています。そのうえで、その資質の持ち主の例としてジョージ・W・ブッシュを挙げ、LSEの像を実在の政治家に結びつけています。
この名は、2019年の書籍版のLSE章には出てきません。書籍版の同じ段落は、評判の一文のあとに人名を置かず、LSEを「道徳規範の保守者」と呼んで閉じています。
モデルG—時間の見通しと人間関係への依存
LSE章の後半は、同じ人物像を、Gulenkoが独自に組んだモデルGの8つの位置に並べ直しています。引用に出てくる「実現機能」「制動機能」などはモデルGの名称で、番号と並びはモデルAの位置と揃いません。
例えば、モデルGで2番目の「実現機能」に置かれるSe(外向感覚)は、モデルAではLSEの位置8の実演機能です。Gulenkoは、この「実現機能」の節で、LSEの力の使い方をこう書いています。
LSEは人々を懸命に働かせることができる。周りに怠け者や無精者を許容しない。彼にとって、強い所有権の感覚は特徴的である。自分の領域で誰かに指揮を取らせない。「我が家は我が城」の原則に従って生きる。(中略)決して力を使って抑圧したり、辱めたり、権力を奪取したりしない。自然が彼に与えた力は、技術プロセスの絶え間ない制御のような有用な事柄に向けられる。
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LSE can make people work hard. He does not tolerate lazy people and slackers around him. For him, a strong sense of mastery is characteristic. He will not allow someone to take command in his territory; he lives by the principle “my house is my fortress.” He puts all his forces into action, but various hobbies and other entertainments are of little interest to him. He concentrates strongly on the subject of labor. He never uses force to suppress, humiliate, or seize power; the〔中略〕force that nature has given to him is directed to useful things, such as uninterrupted control of technological processes.
言い換えると、LSEは人を働かせる力を持っていても、その力で人を抑えつけることはしないということです。その力は、技術的な作業を途切れずに管理するような、役に立つ事柄へ向けられると書かれています。
モデルAの位置8は、強く使えても本人が価値を置かない要素の位置とされています。力を持ちながら力そのものを目的にしないという記述は、この位置づけと矛盾しないと読めます。
モデルGの「制動機能」は、LSEではNi(内向直観)で、モデルAの位置4の脆弱機能に対応します。Gulenkoは、この節で、LSEが人を測る基準と予定の変更への反応を、こう書いています。
他者への態度は、相手が自分の言葉を守る能力、意図について率直であること、約束の時間にちょうどに来る能力を観察することによって決定される。(中略)LSEはすべてに事前に備える。突然の計画の変化が彼を苛立たせるからである。明日何が起こるか、いつ何かをするかなどの質問に答えるのを好まない。保証された未来と出来事の予測可能性で繁栄する。(中略)一直線に前進することを好み、それゆえ、危険が来るのを必ずしも見ない。
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His attitude towards others is determined by observing their ability to keep their word, to be upfront about intentions, and to come exactly at the appointed time. He appreciates those who grudge him no expense of time. LSE prepares everything in advance, as sudden changes in plans annoy him. He does not like to answer questions about what will happen tomorrow or when he will do something, etc. He thrives on a guaranteed future and predictability of events. He does not like radical changes or sharp changes in events; instead, he prefers moving forward in a straight line and therefore doesn’t always see danger coming. He respects traditions and time-honored customs; however, he strives to keep pace with the times and will not cling to the depreciated.
上の引用によれば、LSEが何にでも前もって備えるのは、急な計画の変更に苛立つからです。明日のことを聞かれても答えたがらず、一直線に進むぶん、近づく危険に気づかないこともあるとされています。
Gulenkoは、約束の時間を守るかどうかで人を測るという記述を、この節の冒頭に置いています。時間の見通しの弱さと、相手の約束の守り方への厳しさを、同じ位置の話として並べているわけです。
もう1つ取り違えやすいのが、モデルGの「双対機能」です。これはモデルAの位置6ではなく、LSEでは位置5の暗示機能のFi(内向倫理)に対応します。Gulenkoは、この節で、LSEの健康と人間関係を、こう結びつけています。
健康状態は周囲の心理的雰囲気に依存する。人々が衝突しており、互いを信用していなければ、健康は急速に悪化する。個人的な愛着において非常に安定している。彼の共感に応える者には、彼らの期待よりはるかに多くのことを行う。深く永続的な人間関係を必要とする。(中略)外的な鋭さにもかかわらず、魂はかなりセンチメンタルである。
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His state of health depends on the psychological atmosphere around him. If people are at loggerheads and do not trust each other, his health deteriorates rapidly. He is very stable in his personal attachments. For those who respond to his sympathy, he will do much more than they expect. He needs deep and lasting human relationships; however, it is not easy to get along with him because of the demands he makes of his partner. He likes long intimate conversations and stories about ways of the past. Despite his external sharpness, his soul is rather sentimental.
言い換えると、LSEの体調は、周りの人間関係が落ち着いているかどうかに左右されるということです。衝突と不信の中では健康が崩れ、共感に応えてくれる相手には期待以上のことを返すと書かれています。
位置5は、自分では扱いにくく、人から補ってもらうと安心できる要素の位置とされています。Gulenkoは、外からは鋭く見えるLSEの内側に、安定した人間関係を必要とする面を置いています。
旧プロファイルの「管理者」—組織への向き不向きと、満たされない内側
Wikisocionに再録された旧プロファイルには、上司や部下としてのLSEを書いた節があります。「管理者」という呼び名の中身は、この節で具体的になります。
Gulenkoは、上司としてのLSEが成果を上げる組織と、苦労する組織を、こう分けています。
戦術的な問題の解決に傾く。これは事実、出来事、行動の論理を計算することを目指した思考スタイルの特殊性によって説明される。(中略)LSEはこのシステムの段階的・進化的な発展の計画を立て、一部を合理化し改善する。伝統的な価値観を守る傾向があり、これには職業倫理と個人的なエチケットが含まれる。上述の資質を持って、このソシオタイプ(当サイトでいうタイプ)の代表者は安定した構造や組織内ではしばしば大きな成功を収めるが、複雑で予測不可能に変化する組織システムを管理しなければならない場合には多くの困難を経験する。
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Inclined to resolve tactical problems. This is explained by particularity of his thinking style, which is aimed at calculating the logic of facts, events, and actions.〔中略〕The LSE builds plans for gradual, evolutionary development of this system, rationalizing and improving some of its parts. Has an inclination to stick to traditional values, which includes professional ethics and personal etiquette. With the above mentioned qualities, representatives of this sociotype often achieve major success within stable structures and organizations, but experience many difficulties if they have to manage complex, unpredictably changing organizational systems.
つまり、LSEの管理は、安定した組織を段階的に改善していくときに成果を上げるということです。反対に、複雑で予測できないかたちで変わり続ける組織を管理するときは、多くの困難を抱えるとされています。
前の節の「制動機能」の記述にも、急な計画の変更に苛立つLSEが出てきました。Gulenkoは、個人の時間の感じ方と、組織の管理の向き不向きを、同じ向きで書いています。
組織の形については、同じプロファイルが、LSEの向く役割をこう書いています。
LSEは階層的リーダーの機能をよりうまく果たす。このタイプのマネージャーは通常、性質上保守的で、リスクを嫌い、確立された運営方法を守る。古いコンタクトや人脈を使い、実績のある方法で新しい目標に到達しようとする。この件に関して自分に向けられた批判を否定的に受け止める。
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The LSE copes better with functions of a hierarchical leader. A manager of this type is usually conservative by nature, dislikes taking risks, and adheres to established ways of operation. Tries to reach new goals by tried-and-tested methods, using old contacts and ties. Negatively perceives any criticism directed at him concerning this matter.
旧プロファイルの見立てでは、LSEは階層の中でリーダーを務めるほうがうまくいくとされています。確立したやり方と古い人脈で新しい目標に向かい、そのやり方への批判は否定的に受け止めるという続きです。
ところが、2019年の書籍の理論編には、これと向きが逆の記述があります。Gulenkoは、理論編で「管理者」を含む管理型の2つの種類を、こう分けています。
感覚論理および論理感覚タイプを結び、彼らは公式管理構造または技術的・物質的生産の領域で働くとき、最大の価値をもたらす。「重い」管理型(元帥と査察官社会タイプ)は、中央集権的かつ権力に基づく管理を専門とする。彼らは極端な状況において堅固に機能し、強制的方法を用いる傾向がある。「軽い」管理型(管理者と職人)は、領土的に分散した自律的な管理を専門とする。管理者と職人はストレスへの耐性ははるかに低く、指令‐階層体系では悪く感じる。
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unites sensory logical and logical sensory types, who bring the most value when working in formal managerial structures or areas of technical and material production. The “heavy” managerials (Marshall and Inspector sociotypes) specialize in centralized and power-based management. They function steadily in extreme situations and have a tendency to use forceful methods. The “light” managerials (Administrator and Craftsman) specialize in territorially spread and autonomous management. Administrator and Craftsman are much less stress-resistant and feel worse in command-hierarchical systems.
上の引用にある管理者はLSE、職人はSLIのことです。書籍の理論編では、LSEはストレスへの耐性が低く、指令と階層で動く体系では居心地が悪いとされています。
旧プロファイルは階層の中のリーダーとしての適性を書き、書籍の理論編は指令‐階層体系での居心地の悪さを書いています。Gulenkoの2つの文章のあいだで、階層的な組織への向き不向きが逆向きになっているので、この記事では両方をGulenkoの記述として並べておきます。
Gulenkoは、旧プロファイルの労働条件の節で、外からは見えにくいLSEの内側を、こう書いています。
傍から見ると、LSEのような実用的なタイプの人格は人生に問題がないように見えるかもしれない。しかし、組織力、効率性、合理性にもかかわらず、「管理者」がめったに幸福感や満足感を感じることは稀である。内面の心の安定を保ち、楽観的な人生観を維持することが難しい。常に当面の事柄に忙殺され、明日について心配しているため、リラックスして休むことができない。(中略)LSEが幸福になるのを妨げているのは「永遠の達成者コンプレックス」であり、人生において最高の評価のみを得ようとするのだと言えるだろう。
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From aside, it may seem that such a practical type of personality as an LSE should not have any problems in life. However, despite his organization, efficiency and rationality, the “Administrator” rarely feels happy and satisfied. He finds it difficult to keep inner soulful balance and maintain an optimistic outlook on life. He cannot relax and rest because he is constantly preoccupied with current affairs and worries about tomorrow.〔中略〕It can be said that the LSE is prevented from being happy by a “complex of eternal achiever”, who seeks to obtain only the highest evaluations in life.
言い換えると、LSEは外から問題がなさそうに見えても、本人はめったに幸福を感じていないということです。明日のことが気になって休めず、最高の評価だけを求め続ける状態を、Gulenkoは永遠の達成者コンプレックスと名づけています。
これは、プロファイルの冒頭にあった、何もせずにいられず休憩まで徹底する働き方を、本人の側から書き直した記述です。
小括します。GulenkoのLSE記述は、プロファイルでは休まず働く姿と、仕事に口を出されたときの怒りを書き、モデルGの節では時間の見通しの弱さと人間関係への依存を書いています。旧プロファイルの「管理者」の節には、安定した組織での成功と、めったに満足しない内側が並びます。一方、階層的な組織への向き不向きは、旧プロファイルと書籍の理論編とで向きが逆になっています。
13その他の論者の記述
その他の論者たちは、LSEを、事実と手順で仕事を進める一方で、感情の表し方と時間の見通しに苦労する人として書いています。
ここでは、主要な研究者以外の論者の記述を、著者ごとに短く引用します。記述の確度には幅があり、サイトに掲載された編纂資料も含みます(出典行で区別できます)。目的は網羅ではなく、観察の一致点と、記述の形式の多様さを示すことです。
Weisband—相手を動かすための怒り
Weisbandは、アウシュラの資料をもとにした初期の手引きで、LSEの圧力と怒りについて、こう書いています。
彼は他の人々を自己満足の状態から脱出させる傾向がある。彼は良いことについてあまり話さない、それは自明だと考える。(中略)会話中、彼は対話者に圧力をかけ、脅迫しようとさえするが、人々が彼を恐れなければ、彼は礼儀正しく丁寧になる。怒りは彼が他に無力感を感じる緊急事態における防御線である。彼の怒りの目的はパートナーを動員することであり、それが達成されると彼は落ち着く。
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He tends to take other people out of the condition of complacency. He does not speak much about what is good, considers it self-evident.〔中略〕During a conversation he pressures his interlocutor, even tries to intimidate him, but if people do not fear him, he becomes courteous and polite. Fury is his line of defense in a situation of emergency in which he feels otherwise helpless. The aim of his fury is to mobilize his partner, and when this is achieved, he calms down.
言い換えると、LSEの圧力や怒りは相手を動かすための手段で、目的を果たせば収まるということです。
Weisbandは、相手に圧力をかける振る舞いを、性格の欠点としてではなく目的と終わりのある行動として書いています。怒りを、ほかに打つ手がないと感じる場面の防御線とした点も、本人の内側の状態から説明する書き方です。
Prokofieva—安定への傾向という欠点
Prokofievaは、LSEの仕事ぶりと趣味について、こう書いています。
LSEはビジネス感覚に優れ、組織的で、一貫している。彼らは急ぐことやせわしなさ、そしてそれに伴う神経質さを嫌う。概して、このタイプの代表者は自分自身の力量を見積もることにおいて合理的であり、それゆえ仕事においてそれにふさわしいポジションを見つけようとする。創造チャンネルにおける感覚の感覚は、LSEに洗練された趣味と自らの手で美を創り出す能力を与える。
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Logical-sensing extravert (LSE) is distinguished by an ability to discern the main tasks or matters from secondary ones. LSEs are business-minded, organized, and consistent. They dislikes rushing and fussiness, and the nervousness that comes with these. On the whole, representatives of this type are reasonable in estimating their own strengths, and that is why they try to find a corresponding position at work. Sensing of sensations in creative channel gives the LSE a discerning and refined sense of taste and ability to create beauty with their own hands. Women-LSE prefer effective clothes and accessories that fit their figure. Beauty combined with functionality and utility - is the guarantee of their success.
つまり、LSEは急がずに自分の力量を見積もり、それに合った持ち場を選ぶということです。
上の引用にある創造チャンネルは、位置2の創造機能のことです。Prokofievaは、LSEの位置2に置かれるSi(内向感覚)を、趣味の良さや手仕事の美しさとして表れる力として書いています。
続けて、Prokofievaは、LSEの欠点をこう書いています。
LSEの欠点は、予測可能性と安定性への傾向にあるかもしれない(弱い直観機能)。現在を生きることへの恐れから、彼らは時として保守主義や先見性の欠如について非難される。弱い倫理機能は、他の人々が関わる新しい馴染みのない状況においてLSEを不安にさせる。このタイプは外向的であるにもかかわらず、LSEは新しい友人を作ったり新しい関係を始めたりする傾向がなく、「古い友人は新しい友人よりも良い」という原則に導かれている。
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LSE’s drawback can be their inclination to predictability and stability (weak intuitive functions). For fear of living in present day they are sometimes reproached about conservatism and lack of foresight. Weak ethical functions make the LSE feel uncertain in new unfamiliar situations that involve other people. Despite this type being extraverted, the LSE is not inclined make new friends or start new relationships, being guided by the principle that “an old friend is better than a new one”. Even if their family life does not satisfy them for some reason, the LSE is unlikely to separate and continue on alone.
言い換えると、LSEは先の読めない変化より、慣れた安定と古い付き合いを選ぶということです。Prokofievaは、この傾向を「かもしれない」と留保つきで欠点に挙げています。
引用の括弧にある弱い直観機能は、LSEでは位置4に置かれるNi(内向直観)に相当します。Prokofievaは、新しい人間関係での不安も含めて、直観と倫理の弱さから来る不安として説明しています。
Meged & Ovcharov—視線と歩き方の描写
サブタイプ理論の提唱者でもある2人のプロファイルは、視覚的な描写から入ります。MegedとOvcharovは、LSEの視線と歩き方を、こう書いています。
LSEの視線は素早く、評価的で、冷たく、周囲のすべてを最も細かいところまで記録する。目は会話相手をまっすぐに、至近距離で見つめ、感情的な輝きがあるにもかかわらず、あまり表情豊かには見えない。あたかも目が情報を求め、受け取るが、発信はしないかのようである。(中略)歩き方は通常、確実であるか突発的で、角張っており、木のようである。歩くときに足を「踏みしめる」ようである。背中はまっすぐな線の形をしており、柔軟性がない。
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LSE’s gaze is quick, evaluating, cold, noting everything around to the very least detail. Eyes look at the interlocutor directly, point blank, and in spite of emotional luster do not seem very expressive. It is as if his eyes are asking for and receiving information, but do not issue it.〔中略〕Gait usually is either certain or gusty, angular, as if wooden. He as if “stamps” his steps. His back is the shape of straight line, inflexible.
言い換えると、LSEの目は周囲の細部を記録するが、感情は外へ出さないということです。
MegedとOvcharovは、歩き方の「角張って、木のよう」という形容まで添えています。性格の説明よりも、外見からタイプを見分けるための手がかりを並べた記述です。
Golihov—独自番号による場面の描写
Golihovは、8つの機能に独自の番号を与え、それぞれを日常の場面で描きます。番号はモデルAの位置番号とは別ですが、要素の割り当ては標準の配置と一致します。
Golihovの第1機能はTe(位置1)、第2機能はSi(位置2)、第4機能はFi(現行の位置5)です。Golihovは、LSEの第1機能を、こう書いています。
既存の物事の秩序は不変であり、なぜそうしなければならないのかと尋ねると—「そう必要だから」というような答えが返ってくるだけで、理由を示さない。(中略)彼らとのコミュニケーションでは—彼がたとえそのような権限を与えられていなくても、常にボスが偉そうにしているイメージの中にいるという印象が消えない:「シャベルを取れ、今すぐジャガイモを掘りに行け」。
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The existing order of things is immutable, if you ask why it is necessary to do so, but not otherwise - the answers something like “so necessary”, without giving a reason.〔中略〕At least come somewhere in someone else’s place and start talking, who is supposed to do - quite typical of him. Communicating with them - it does not leave the impression that he is always in the image of the boss bossy, even if he was not empowered this: “take a shovel, dig the potatoes go now.”
つまり、Golihovの描くLSEは、今ある秩序を理由の要らない前提として扱い、その場の作業を割り振るということです。位置1のTe(外向論理)を、段取りを決める場面で描いています。
第2機能については、こう書いています。
彼は身体的快適さ、感覚的快楽のスペシャリストであり、自分の人々にそれを届けるのが好きだ。(中略)一日中、身近な人々に対する提案を持ち歩く「ベリー食べない?」、「この花の良い匂いを嗅いでみて」、「マッサージしてあげようか?」、「ジャム付きのキャンディーは?」。
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He is a specialist in physical comfort, sensory pleasures, he likes to deliver his people.〔中略〕Worn all day with offers close “but eat berry”, “smell like a flower smells good,” “and you want massazhik do?”, “Maybe you want a candy with jam?”.
例えば、「ベリー食べない?」という誘いは、身近な人の体の心地よさに気を配る様子の描写です。Golihovは、位置2のSi(内向感覚)を、他人へ向けた世話として書いています。
第4機能については、こう書いています。
誰にどう接するべきかについて話しかけると、非常に暗示されやすい。誰かにどう接するべきかわからないとき、不快に感じ、すべてを逐一説明してくれる人を必要とする。(中略)もし誰かに対して感情を感じれば—すべてに目をつぶることができる。なぜならそれは愛に触発されており、彼の場合、愛は非常に盲目だからだ。
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It is very suggestible, if we speak to him as to who should be treated. When you do not know how to treat someone, you feel uncomfortable, they are in need of people who have them explain it all along the way.〔中略〕If he feels for anyone’s feelings - it can all turn a blind eye to all, as it is inspired by love, in his case, it is very blind.
ここでいう第4機能は、LSEの位置5に置かれる暗示機能のFi(内向倫理)です。Golihovは、この位置を人との接し方を逐一説明してくれる人を必要とする姿として描いています。
好意を持った相手の欠点に目をつぶる、という一文も同じ位置の描写です。形式は軽くても、中身は標準の配置の言い換えになっています。
socionics.ua—限界まで耐えてから一度で解決する
ウクライナのソシオニクス系サイトのプロファイルは、特徴を短い定型で並べます。socionics.uaは、LSEの忍耐強さを、こう書いています。
忍耐強い—沈黙する方法を知っており、肉体的・精神的な苦痛やトラブルに耐える。状況が何か不快なこと、望ましくないことに対処することを要求しても、「底が抜ける」までは苦しみ続け、同時に誰かや何かに対して大きな嫌悪を感じる。その後、状況を根本的に、一度で解決する。
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Patient - knows how to be silent, to endure physical and mental suffering, trouble. Even when the situation requires to deal with something unpleasant, undesirable, will continue to suffer and at the same time feel a great dislike for someone or something, but until then, until the “fall through.” Then fundamentally solve the situation once and for all.
言い換えると、LSEは不快な状況をすぐには変えず、限界まで耐えてから根本から片づけるということです。
耐えているあいだにも、誰かや何かへの嫌悪が溜まっていく点まで書かれています。「溜めてから一度に出す」という構図は、後で見るSocioscopeの感情の記述にも出てきます。
Piatnitskiy—超自我ブロックの負担
Piatnitskiyは、4つのブロックごとにLSEを記述します。Piatnitskiyは、Fe(外向倫理)とNi(内向直観)からなる超自我ブロックについて、こう書いています。
コミュニケーションにおいて、習得した手法を用いて高揚した陽気なトーンを維持することができる。ネガティブな感情的雰囲気に遭うと混乱する。そのような状況を避けようとする。ネガティブな感情を表現する場合、それはしばしば不適切な形になる。(中略)ネガティブな結果や遅延などを予見する能力がないことに関する情報は、痛みをもって受け止める。待機の状態はネガティブに知覚される。
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Conventional notions of good mood, positive state of specific people within a narrow circle of friends. The communication is able to maintain elevated-cheerful tone with the help of learned techniques. Lost in the negative emotional atmosphere. It seeks to avoid such situations. If he expresses negative emotions, it is often in an inadequate manner. Guided only personal experience, it tends to avoid unexpected events, loss of time and take into account the errors of the past. Painfully perceives the information about the inability to foresee the negative consequences of delays or anything. Standby condition perceived negatively.
つまり、LSEは明るい雰囲気なら身につけた手法で保てても、否定的な雰囲気には対処しにくいということです。
時間についても、遅れを予見できないと指摘されることが痛く、待つこと自体が負担になると書いています。Piatnitskiyは、位置3のFeを習得した技法として、位置4のNiを痛みを感じる所として描いています。
Beskova—妻への助言という形式
Beskovaは、LSEの男女それぞれの肖像を書き、ときに配偶者への助言の形を取ります。Beskovaは、LSEの夫との会話について、こう書いています。
LSEの夫との会話では、将来の見通しに関する話題は避けるようにしてほしい。二人の関係の将来をどう見ているか、いつ子どもが欲しいか、新しいマンションや別荘の購入にどれくらいかかるかなどを彼と議論しないでほしい。(中略)彼は賢そうな顔をして、謎めいた沈黙を保つかもしれないが、彼自身もそれがいつ実現するか分かっていないのだと知っておくべきである。(中略)あなたの目に自分の値打ちが落ちるのを望まないのだ!
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In your conversations with your LSE husband, try to forgo themes connected with future prospects. Do not discuss with him, how he sees the future of your relations, when he wants to have children, how long it will take to purchase new condominium or summer house. Curiosity may get the better of you, but such conversations are distasteful to him. Although he will take on a clever look and mysteriously keep silent, you must know that he and himself does not know when all this will happen. In such cases, what can he say to you? He does not want to drop his merit in your eyes!
言い換えると、LSEは先の見通しを聞かれても答えを持たず、それを見せないために黙るということです。
関係の将来や家を買う時期といった話題は、LSEの位置4に置かれるNi(内向直観)が扱う時間の見通しです。Beskovaは、LSEの沈黙を答えられないことを隠す振る舞いとして説明しています。
その他の論者
Blohinは、キーワード列挙型のプロファイルで「事実が何よりも」「すべてを知りたい」といった言葉を並べます。そのうえで、権威を恐れず自分の見解を守ることを挙げています。
Eglitは、自身がLSEとして、自分の観察を書いています。コンサートの最中に演奏者の服の型や布地、靴の合い方まで観察していたことに気づき、これをLSEの自我ブロックの最も自然な働きとしています。
Socioscope—感情を事実として学ぶ
文学的な語り口のSocioscopeは、セミョーノフの小説の場面を添えて書きます。Socioscopeは、LSEが感情を学ぶ過程を、こう書いています。
学校時代にLSEは、人生の感情的な要素は残念ながらかなり重要であり、この問題を理解する能力なしには完全な人間として自分を確立することができないという結論に至る。それから彼は利用可能なすべての事実を探求し始める—感情がどのように表現されるか、それらが特定の状況にどのように適切か、そしてどのように示すか。(中略)「シュティルリッツは帰宅すると、バスルームの鏡の前で長い間ぶらぶらし、俳優のように顔の練習をした。スカウト、とシュティルリッツは考えた、人間を管理することを学ばなければならない。」(ユリアン・セミョーノフ「春の十七の瞬間」)
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In school years FEL comes to the conclusion that the emotional component of life, unfortunately, is quite important, and that without the ability to understand this issue he would not be able to take place as a full person. Then he begins to explore all the available facts as expressed by those emotions, they are appropriate in certain situations, and how they demonstrate.〔中略〕"Stirlitz returning home, idle for a long time near the mirror in the bathroom, practicing face like an actor. Scout, Stirlitz thought, we must learn to manage a person." (Yulian Semyonov. "Seventeen Moments of Spring".)
つまり、LSEは感情の表し方を、事実として調べて身につけるということです。
小説の主人公が鏡の前で顔の練習をする場面は、その学び方の例として引かれています。Socioscopeは、位置3の規範機能に置かれるFe(外向倫理)を、生まれつきではなく習得する技能として描いています。
続けて、Socioscopeは、LSEの感情の扱い方を、こう書いています。
感情はLSEによれば、特別な機会のために設計された一種の正装ユニフォームだ。家庭では自分自身でいることを許し、それはもちろん彼にとって良いことだ。(中略)他者は、彼が適切な時に否定的な感情を一度に放出する能力の欠如を特徴としていることを知る必要がある。むしろ、彼はそれらを自分の中で押しつぶす。しかし感情はどこにも行かず、溶解しない(LSEは侮辱を忘れない)、そして最終的にある些細なことのせいで、誰かに向けた強い感情的爆発の形で引き出されるまで蓄積するだけだ。
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Emotions, according to the FEL, a sort of dress uniform, designed for special occasions. At home, he allows himself to be himself, which, of course, he is only good.〔中略〕Others need to know that it is characterized by an inability at the right time once discharged by negative emotions. Rather, he will crush them in yourself. But emotions are not going anywhere and do not dissolve (FEL insults do not forget), and will only accumulate until finally because of some little thing he not pull out in the form of strong emotional explosion in someone's address.
言い換えると、LSEにとって感情は場に合わせて身につけるもので、否定的な感情はその場で出せずに溜まるということです。
溜まった感情が些細なきっかけで爆発するという構図は、socionics.uaの「底が抜ける」まで耐える記述と一致します。系統の違う2つの資料が、同じ順序を書いています。
小括します。その他の論者の記述は、形式こそばらばらです(初期の手引き、独自番号の場面描写、ブロック別の記述、配偶者への助言、小説を添えた語り)。ですが、中身には共通のモチーフが繰り返し現れます。感情の表し方を習得した技能として扱うこと、否定的な感情を溜めてから一度に出すこと、そして時間の見通しの弱さです。
一方で、外見の描写や配偶者向けの助言のように、検証の手続きを持たない記述の形式も、この資料群に多く見られます。
14研究者間の差分を総括する
この章には新しい引用はありません。05〜13章で示した記述を、当サイトの責任で突き合わせます(根拠は各章の引用番号のとおりです)。
反復して現れる観測
研究者・時代・学派をまたいで繰り返される観測は、次の5つに整理できます。
- 仕事の質と手順が中心にある。品質を上げる取り組みに最も向く(アウシュラ)、仕事は生きる意味(Stratiyevskaya)、物の世界で状況の主人でいる(Filatova)、仕事に口を出されると怒る(Gulenko)、秩序が信頼の領域(Reinin)
- 快適さを整えることが、仕事を実現する手段になる。周りの不快を減らして仕事のやり方を実現する(Yermak)、家の質と予備(Stratiyevskaya)、働く人の快適さも生産の一部(Filatova)、改装した部屋の点検(Karpenko)
- 時間の見通しに負担がある。時間は最悪の敵(Stratiyevskaya)、先の分からないことが重い問題(Filatova)、時機を逃したという情報への痛み(Yermak)、急な計画変更への苛立ち(Gulenko)、開始の20〜30分前に着く(Karpenko)
- 好意と感情は、言葉より行動や成果で示す。慰めの言葉の代わりに仕事の成果を挙げる(Stratiyevskaya)、手を動かす助け(Filatova)、好き嫌いを自分だけで決めにくい(Reinin)、周りの人間関係に体調が左右される(Gulenko)
- 力は、攻めるより守るために使う。人に攻めかかるとばつが悪い(Yermak)、先に攻撃することは決してない(Stratiyevskaya)、人を働かせる力を抑えつけには使わない(Gulenko)
ただし、この一致を独立した観測の収束と呼ぶことはできません。アウシュラ以後の研究者は同じ理論共同体に属し、用語も先行記述も相互に継承しているからです。正確には、相互に参照し合う文献系列の中で、論者・時期・記述様式を変えて反復されてきたモチーフであり、その意味でLSE記述の共有された部分と見てよい範囲です。
観測点の食い違い
一方で、単純に合成できない食い違いもあります。
第一に、「時間」をどの要素に置くかです。Reininは時間を黒い直観(Ne)の側に置き、LSEでは位置6の自己評価の領域として書きます。一方、Stratiyevskaya・Filatova・Yermakは、時間の見通しを位置4の脆弱機能のNiの話として書きます。同じ「時間に厳しい」観察が、研究者によって別の位置から説明されています。
第二に、階層的な組織への向き不向きです。Gulenkoの旧プロファイルはLSEを階層の中のリーダーに向くと書き、2019年の書籍の理論編は指令と階層の体系では居心地が悪いと書きます。同じ研究者の2つの文章で向きが逆になっており、どちらが後の見解かだけでは決められません。
第三に、同じ観察の置き場所です。Filatovaは、慰めの言葉が苦手で行動で示すという観察を、書籍では位置5の暗示機能(Fi)に、別に書かれたタイプ記述では位置3の規範機能(Fe)に置きます。観察の中身は一致しても、どの位置の働きとするかは一致していません。
第四に、主張の強さの水準です。Bukalovはユシチェンコを、Karpenkoはトランプを、それぞれLSEと判定して論を進めます。実在の人物の判定はその研究者の判定であり、判定の手続きは示されていません(23章)。
記述ジャンルの偏り
05〜13章の資料は、記述の様式が研究者ごとに違います。
例えば、アウシュラはLSEを独立の章でなく、双対のEIIの章や自分の書簡の中で、相手として書きます。Reininは領域ごとの観察と状況別の助言で、Stratiyevskayaは8つの位置を順に、強い言い切りで書きます。Filatovaは『戦争と平和』のロストフという1人の人物を通して書き、Yermakは各位置の規定を定式として書きます。Bukalovは職場の配置や国と政治へ当てはめ、Karpenkoは日常の場面を構えの理論と組み合わせ、Gulenkoは肖像と独自のモデルGで書きます。
このように、定式だけで書くYermakと、1人の文学の人物で書くFilatovaのあいだの幅のどこかに、引用した論者は位置します。同じLSEの観察でも、どの様式で書かれた記述かによって扱い方が変わります。
確からしい観測と、単一の研究者の主張
LSEについて確からしいのは、複数の文献に反復して現れる5つの観測です。逆に、単一の研究者にしか現れない記述(国の統合タイプとしてのLSE、実在の政治家の判定、構えによる出方の違い)は、その研究者の主張です。15〜23章では、この区別を前提に、二分法・次元性・クアドラ・関係という理論の各論を扱います。
15二分法から見るLSE
二分法は、16タイプを8対8に分ける切り口です。基礎になる4つ(外向—内向・感覚—直観・論理—倫理・合理—非合理)はユングの類型論に由来し、LSEは外向・感覚・論理・合理に属します。その後Reininが、この4つを含む15の特性へ拡張しました。この章では、基礎4つの定義とLSEの例を確かめたあと、レイニン特性とクラブへのLSEの帰属を扱います。
基礎の4二分法—外向・感覚・論理・合理
ユングは、外向をこう定義しています。
対象や客観的事実への指向性が非常に強く、最も頻繁に行われる重要な判断や行動が、主観的な価値観ではなく客観的な関係性によって決定される場合、これを外向的態度と呼ぶ。
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when the orientation to the object and to objective facts is so predominant that the most frequent and essential decisions and actions are determined, not by subjective values but by objective relations, one speaks of an extraverted attitude.
ユングのいう外向は、判断や行動の基準が、自分の価値観より外の客観的な関係にある構えです。LSEの「外向」は、この意味で使われています。
この外向を、Filatovaは『戦争と平和』の人物で示しています。LSEの例とするニコライ・ロストフを、内向の老ボルコンスキー公爵と比べて、こう書いています。
しかしトルストイが描いた彼の既に成熟した生活に目を向けても、この時期にも、同じ実務活動へのまったく異なるアプローチを認めることができる。マリヤ公爵令嬢と結婚したのちも、彼は変わらず愛想がよく客好きな人間であり、その家は親戚たちに常に開かれている。(中略)ニコライ・ロストフは反対に、自分の活動において、周囲で起きているすべてに開かれており、その構えは外的条件とその変化によって決まる。こうした方向づけの違いと結びついているのが、とりわけ、公爵の非社交性と、対照的なニコライの開放的な生活スタイルである。
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Однако если обратиться к его уже зрелой жизни, описанной Толстым, то и в эту пору мы можем отметить совершенно разные подходы к той же практической деятельности. Женившись на княжне Марье, он продолжает быть радушным и гостеприимным человеком, его дом постоянно открыт для родственников.〔中略〕А Николай Ростов, напротив, открыт в своей деятельности всему тому, что происходит вокруг него, и его установки определяются внешними условиями и их изменениями. С такими разными направленностями связаны, в частности, необщительность князя и, напротив, открытый стиль жизни Николая.
言い換えると、ロストフの外向は若さのせいではなく、結婚して領地に落ち着いたあとも、構えが外の条件の変化に合わせて決まる点に出ているということです。Filatovaは、客好きな暮らしぶりを、構えの向きと結びついた現れとして挙げています。
合理については、Filatovaは同じロストフ夫妻を例に、こう書いています。
ニコライ・ロストフとその妻マリヤ公爵令嬢も合理的である。ニコライは、戦争で荒れた屋敷と借金で傾いた領地を立て直しながら、計画的かつ一貫して働く。夫妻の生活は、ボルコンスキー家の屋敷と同じく、特定の秩序に従っている。
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Рациональны также и Николай Ростов со своею женою княжной Марьей. Николай планомерно и последовательно работает, восстанавливая разрушенные войной — усадьбу и долгами — имение. Жизнь супругов, как и в усадьбе Болконских, подчиняется определенному порядку
つまり、Filatovaが合理の目印にしているのは、荒れた領地を立て直す仕事を、計画に沿って一貫して続けることです。LSEが合理型であるのは、判断機能のTe(外向論理)が主導だからで、知覚機能のSiは位置2に置かれます。
レイニン特性の誕生—本人の証言
15特性への拡張の経緯を、Reinin本人が一人称で、こう語っています。
きっかけは、アウシュラの仕事『人間の双対的本性』でした。そこには「貴族/民主」という特徴が記述されていたのです。ここからすべてが始まりました。(中略)こうした特徴が11個あり、ユング的なものを合わせて全部で15個だ、ということでした。
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Толчком послужила работа Аушры «Дуальная природа человека». В ней был описан признак «аристократы-демократы». Вот с него все и началось. […] Математически оказалось, что таких признаков одиннадцать, а всего – вместе с юнговскими – пятнадцать.
言い換えると、レイニン特性はアウシュラの「貴族/民主」の記述から始まり、新しい11個とユング由来の4つを合わせて15個になったとReinin本人が振り返っています。当サイトの二分法データでは、LSEは動的・貴族主義・質問・情緒主義・戦術・先見などの側に入ります。
このうち質問の側について、アウシュラは特性名とは別に、話し方の観察を残しています。アウシュラは、イントネーションについて、こう書いています。
疑問的イントネーションで語るのは:論理感覚外向、(中略)彼らの目にはかなりはっきりと「疑問符が見える」。特に感覚論理内向と論理感覚外向の目に。
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В вопросительных интонациях говорят: логи- ко-сенсорные экстраверты,〔中略〕В их глазах довольно отчет- ливо «виден вопросительный знак». Особенно — в глазах сенсорно-логического интроверта и логико- сенсорного экстраверта.
上の引用にある論理感覚的外向型はLSE、感覚論理的内向型はSLIのことです。つまり、アウシュラはLSEの話し方に問いかけの調子を聞き取り、目にも「疑問符」が出ると書いています。レイニン特性でLSEが入る質問の側と、同じ向きの観察と読めます。
特性の組み合わせからLSEを名指した論文もあります。KarpenkoとBukalovらは、レイニン特性の男女差を調べた論文で、こう書いています。
最後にもう一つ発見した特殊性を述べておきたい。さまざまな職業領域で男性ステレオタイプに対応する特性を一般化すれば、タイプ LSE (シュティルリッツ) —合理、論理、外向、動的、貴族—が、他のタイプ以上に、少なくとも職業領域における男性ステレオタイプ行動に対応する、と言える。
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В заключение хочется отметить еще одну обнаруженную особенность. Если обобщить те признаки, которые соответствуют мужским стереотипам в различных профессиональных сферах, то можно сказать, что тип (ЛСЭ) — рациональный, логический, экстравертный, динамичный, аристократ — в большей степени, нежели прочие типы, соответствует мужскому стереотипу поведения, по крайней мере в профессиональной области.
例えば、合理・論理・外向・動的・貴族の5つの極は、職業の場で「男性らしい」と期待される振る舞いの特性として挙げられています。KarpenkoとBukalovらは、その5つを併せ持つタイプとしてLSEを1つだけ名指ししています。ただし、本人たちは「少なくとも職業領域における」と範囲を限っています。
Talanov論文のリストと用語論争
TalanovのモデルTは、いくつかのレイニン特性を機能の均衡性から説明し、Filatovaの解説論文には各特性の16タイプ振り分けリストが載っています。LSEが入る情緒主義の群は、こう並べられています。
情緒主義者: LII, SEI, LSI, IEI, SEE, LIE, IEE, LSE
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ЭМОТИВИСТЫ: ЛИИ, СЭИ, ЛСИ, ИЭИ, СЭЭ, ЛИЭ, ИЭЭ, ЛСЭ
上は、情緒主義の側に振り分けられた8タイプのリストです。LSEは、LII・LSI・LIEと並んで、合理の論理型としてこの群に入ります。
ですが、この4タイプを情緒主義と呼ぶことについて、解説者のFilatova自身が、一見した食い違いを指摘しています。Filatovaは、こう書いています。
合理タイプ(中略)B) LII, LSI, LIE, LSE(中略)合理タイプでは、構成主義者と同様、一見すると感情性がはっきり現れることはないはずである。彼らの倫理はモデルAでは接触的で弱い役割チャンネルに、モデルTでは第3ポジションにあるからだ。内向のLIIとLSIは実際、感情性が非常に弱い。だが外向のLSEとLIEは、この性質をかなりはっきり示す。
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Рациональные типы Б) ЛИИ, ЛСИ, ЛИЭ, ЛСЭ н ЛвнИнвЭввСн нЛвнСнвЭввИн вЛнвИвнЭннСв вЛнвСвнЭннИв Для рациональных типов, так же, как и для конструктивистов, казалось бы, эмотив- ность не должна проявляться явно, поскольку их этика — в контактном, слабом ролевом канале модели «А», а в модели «Т» — в третьей позиции. Интроверты ЛИИ и ЛСИ дей- ствительно очень слабо эмотивны, а вот экстраверты — ЛСЭ и ЛИЭ — вполне отчетливо проявляются в этом качестве.
上の引用にある弱い役割チャンネルは、LSEでは位置3の規範機能Fe(外向倫理)のことです。言い換えると、倫理が弱い位置にあるので感情は目立たないはずだが、外向のLSEとLIEでははっきり出る、とFilatovaは書いています。同じ群の中で、外向か内向かによって振り分けの名前と観察が合う度合いが分かれるという指摘です。
クラブ—感覚論理の4タイプ
基礎二分法の組み合わせのうち、感覚×論理の4タイプはクラブ(小グループ)として括られます。Filatovaは、強い機能に論理と感覚を持つこの群を「実務家」と呼び、LSEの例のロストフをこう書いています。
彼らは論理と感覚が強い。私たちは以前、老公爵N・A・ボルコンスキーと若きニコライ・ロストフ伯爵を、論理型・感覚型と判定した。両者とも具体的で行動的であり、自分の正しさに自信を持っており、彼らの意識と経験は人生の実践的な側面に基づいており、現実からの乖離や空想癖とは無縁である。ニコライは自分の領地経営を見事にこなし、軍務についていた年月の間は、軍隊の規律と秩序を重荷に感じないばかりか、その中にある種の芯のようなものを見出し、それが彼にとって確かな人生の指針となるような、優れた将校としての姿を見せる。
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у них сильны логика и сенсорика. Логиками и сенсориками мы определили раньше старого князя Н. А. Болконского и молодого графа Николая Ростова. Оба они конкретны и деятельны, уверены в своей правоте, их сознание и опыт опираются на практическую сторону жизни, им чужды оторванность от реальности и мечтательность. Николай — прекрасно ведет свое хозяйство, а в годы службы в армии он проявляет себя великолепным офицером, который не только не тяготится военной дисциплиной и порядком, но и находит в них определенный стержень, что служит для него надежным жизненным ориентиром.
つまり、実務家の群の共通点は、具体的で行動的であり、空想から離れて実践の側に意識が向くことです。ロストフについては、規律と秩序を重荷ではなく人生の指針として受け取る点が挙げられています。
また、Reininは、このクラブの分け方が別の2つの尺度からも同じ形で出てくることを、こう示しています。
少し最初に戻ろう。ソシオンを「クラブ」に分割し、基準 X と Y を見てみよう。どんな種類の Z 基準が得られるだろうか?それはどの基準の意味内容に対応するか?極の一方には感覚倫理タイプと直観論理タイプがあり、もう一方の極には直観倫理タイプと感覚論理タイプがある。この分割はどの基準に対応するだろうか?この観察によって得られる第3の基準は「貴族 — 民主」尺度である。「貴族 — 民主」と「感覚 — 直観」という2つの尺度を取り、同じ種類の「クラブ」、すなわちソシオンの同じ分割を得る、ともいえる。この種の頭脳遊びに興味のある方は、好きなだけ遊んでほしい!
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Let's go back to the beginning for a moment: divide the socion into "Clubs" and look at the criteria X and Y; what kind of Z criterion will we get? To semantics of which criterion does it correspond? On one of the poles there are sensory ethics and intuitive logicians, and on the other pole - intuitive ethics and sensory logicians. To which criterion corresponds this division? The third criterion obtained by this observation is the “aristocrats - democrats” scale. We can also say: “Let's take two scales – “aristocrats - democrats” and “sensoring - intuitive” and receive the same kind of "Clubs", i.e. the same division of a socion.” Those who are interested in those kinds of mind games may play away!
上の引用にあるソシオンは、16タイプがそろった全体のことです。言い換えると、「貴族・民主」と「感覚・直観」の2つの尺度を組み合わせても、クラブと同じ分け方になるということです。LSEはLSI・SLE・SLIと同じクラブに入ります。当サイトの二分法データでも、感覚論理の4タイプは、直観倫理の4タイプとともに貴族主義の側に入ります。
一方、Gulenkoは、クラブとは別の群分けでLSEを扱っています。Gulenkoが「管理者」と呼ぶLSEを含む右合理の群について、こう書いています。
右合理(Right rationals) (管理者、指導者、査察官、人道家)は、ストレス非耐性型ソシオタイプ(当サイトでいうタイプ)の群の一部を成している。彼らはあらゆるストレス、特に突発的な性質のものに対して最もひどく苦しむ。外的な不動心にもかかわらず、彼らには常に防御の弱い、脆弱な点があり、同時に、自分の足元に強い支えが必要である—その支えへの突然の打撃が彼らから抵抗力を奪うのである。
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Right rationals (Administrator, Mentor, Inspector, Humanist) are part of a group of stress-nonresistant sociotypes. They suffer the worst of all stress, especially of a sudden nature. Despite external stoicism, they always have a poorly protected, vulnerable point and at the same time — the need to have strong support under their feet, a sudden blow to which deprives them of resistance.
言い換えると、外からは動じないように見えても、突然の出来事で足元の支えを崩されると持ちこたえにくい、とGulenkoは書いています。落ち着いた外見と内側の負担を分けて書いており、群の記述を通してLSEの弱い面を示しているのが特徴です。
小括します。基礎の4二分法(LSE=外向・感覚・論理・合理)は、Filatovaがロストフの暮らしぶりと仕事ぶりで1つずつ例示しています。レイニン特性では、アウシュラの話し方の観察とKarpenkoとBukalovらの男女差の論文が、特性の組み合わせからLSEを名指ししています。
一方、Talanov論文の情緒主義の群では、振り分けの名前と外に見える感情とのずれをFilatova自身が指摘しています。Gulenkoの右合理の群も、動じない外見の下にある弱さを書いています。名前や外見だけでは決まらない点を、研究者自身が群の記述の中で書き添えています。
16機能の次元性とLSE
次元性の理論に当てはめると、LSEでは、位置1のTeが4次元、位置4のNiと位置5のFiが1次元です。機能の次元性は、各機能位置が参照できる情報の幅を1〜4次元で記述する後代の拡張理論です。提唱者はBukalovで、Yermakがパラメータの定式化を整備しました。
通説では、位置1と位置8が4次元、位置2と位置7が3次元、位置3と位置6が2次元、位置4と位置5が1次元とされます。次元は要素ではなく位置に割り当てられた値なので、LSEに並べると、TeとSeが4次元・SiとTiが3次元・FeとNeが2次元・NiとFiが1次元になります。
起源—Bukalovの主張と「偶然の音」
Bukalovは、次元性の発見をこう書いています。
著者によって1990年に発見された、情報代謝機能(心的機能)の情報処理パラメータの次元性 [9] は、人間の思考と行動の特徴、特定の型間関係のニュアンスを正確に記述することを可能にし、国際ソシオニクス研究所のスタッフおよび他のソシオニクス専門家による専門家・コンサルティング業務において実用上の重要な応用を持つ [10, 14]。
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Обнаруженная автором в 1990-м году мерность параметров обработки информации психических функций или функций информационного метаболизма [9], позволяет точно описывать особенности мышления и поведения человека, нюансы конкретных интертипных отношений и имеет значительные практические приложения, используемые на практике в экспертно-консультационной работе как сотрудников Международного института соционики, так и других специалистов по соционике [10, 14].
上の引用にある角括弧の数字は、原典の参考文献の番号です。つまり、Bukalovは、次元性を1990年に自分が発見し、それによって人の思考と行動や関係のニュアンスを正確に記述できるようになったと書いています。
次元性の語は使っていませんが、タイプごとの受け取り方の違いについての観察が、アウシュラの特性論考にあります。アウシュラは、タイプごとに何に怖がらされるかを、こう書いています。
たとえばLSE〔原文: シュティルリッツ〕はいかなる軽率な偶然の音でも怖がらせられる(床に蓋が落ちた)。EIE〔原文: ハムレット〕—軽率な動き(講師が手を振る)。ILE〔原文: ドン・キホーテ〕—馴染みの対象の形の軽率な損傷。SEE〔原文: ナポレオン〕—構造の損傷。
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Например, Штирлица ( (ЛСЭ)) можно испугать любым необдуманным случайным звуком (на пол упала крышка), Гамлета ( (ЭИЭ)) — необдуманным движением (лектор размахивает руками), Дон Кихота ( (ИЛЭ)) — необдуманным повреждением формы знакомого объекта, Наполеона ( (СЭЭ))— повреждением структуры.
言い換えると、同じ偶然の出来事でも、何に怖がらされるかはタイプごとに違うということです。この列挙の最初に挙がっているのがLSEで、例は床に蓋が落ちたような不意の物音です。
ただし、アウシュラはここで要素も次元も名指していません。LSEの不意の物音をどの位置の要素と結びつけるかは、この一節からは決められません。
4つのパラメータ—Yermakの定義
Yermakは、次元を数えるための4つの項目を、経験・規範・状況・時間の順に、こう定義しています。
Ex(英語 experience から)—経験のパラメータ —出生時からの、人生を通じて意思決定と影響の執行の過程で人間が獲得した、個人的(Ex)または人格的(社会的)経験(Ex*)の特徴。(中略)Nr(規範 norm から)—規範のパラメータ —意思決定または管理影響の執行の過程で遵守すべき規範、規則、習慣、認められた手法、基準(個人的—Nr または社会的—Nr*)の特徴。(中略)St(英語 situation から)—「状況」のパラメータ —意思決定または管理影響の執行の条件、「情況」(個人的 St または社会的 St*)の特徴。(中略)Tm(英語 time から)—パラメータ的時間 —意思決定または執行がなされる、過去・現在・未来の個人的(Tm)または社会的(Tm*)時間の瞬間。
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® Нх (от англ. ехриепсе) — параметры опыта — характеристика индивидуального (Ех) или личностного (социального) опыта (Ех*), полученного от рождения и наработанного человеком в течение жизни в процессе принятия решения и исполнения воздействий ; (中略) ® М (от англ. погт) —- параметры норм - характеристика норм, правил, обычаев, принятых приёмов и стандартов (индивидуальных — Мг или социальных — Мг *), которых следует придерживаться в процессе принятия решения или исполнения управляющих воздействий “; (中略) ® 5 (от англ. 5ИлаНоп) — параметры “ситуации” - характеристика условий, "обстановки" (индивидуальной 51 или социальной 5*) принятия решения или исполнения управляющих воздействий; (中略) ® Тт (отангл. ите) - параметрическое время — момент индивидуального (Ти) или социального (Ти\*) времени в прошлом, настоящем или будущем относительно которого принимается или исполняется соответственно индивидуальное или социальное решение; иными словами, время как точка на шкале времени, т.е. как параметр "привязки" обработки информации к некоторому моменту в прошлом, настоящем или будущем.
上の引用にあるEx・Nr・St・Tmは、4つのパラメータの略号です。つまり、1次元は経験だけ、2次元は規範まで、3次元は状況まで、4次元は時間までを参照する積み上げだということです。
LSEでは、位置1のTeと位置8のSeが時間までを参照し、位置4のNiと位置5のFiは経験だけを頼りにすることになります。
次元の割り当て
位置1〜4の次元と、1次元の機能の判断の仕方を、Bukalovはこう書いています。
機能の操作的心理情報空間の次元数の理論からは、第4機能は1次元的刺激・情報を知覚することが帰結する。それは情報的に1次元的(「はい/いいえ」の原理での判断)であり、自己の個人的経験から発する。モデルAのメンタルリングにおいて、第4機能は情報的に1次元、第3機能は2次元、第2機能は3次元、第1機能は4次元である。
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Из теории мерностей операционного психоинформационного пространства функций следует, что 4-я функция воспринимает одномерные стимулы или информацию. Она информационно одномерна (суждения по принципу «да-нет»), исходит из собственного личного опыта. В ментальном кольце модели А 4-я функция информационно одномерна, 3-я — двумерна, 2-я — трехмерна, а 1-я — четырехмерна.
言い換えると、第4機能は「はい」か「いいえ」かで判断し、自分の個人的な経験だけを出発点にするということです。Bukalovは、この二値の判断を次元数の理論からの帰結として書いています。
LSEの第4機能は位置4(脆弱機能)のNiなので、時間や成り行きについての判断がこの形になるとされます。
第1機能と第2機能の違いについては、Yermakが時間のパラメータを使って、こう説明しています。
知性の機能(「知性」—第1機能)は4次元—受容される社会的に有意な(人格的)情報を全面的に処理し(アイデア、課題の解決などを探す)、これには時間パラメータについて(過去、現在、未来において)の処理も含まれる;(中略)社会的創造の機能(「創造」—第2機能)は3次元—「創造する」、すなわち過去、現在、未来のある時間の瞬間に対して知性の機能が見出した社会的に有意な決定、アイデア、思考を実現する。ここから社会的経験、状況、規範の考慮が現れるが、創造機能は時間パラメータについて不変(独立)である
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– функция интеллекта («интеллект» — ф.1) четырѐхмерна — всесторонне обрабатывает воспринимаемую социально значимую (личностную) информацию (ищет идею, решение задачи и т. п.), в том числе и по параметру времени (в прошлом, настоящем или будущем), функция социального творчества («творческая» — ф.2) трѐхмерна — «творит», т. е. реализует социально значимые решения, идею, мысль, которые найдены функцией интеллекта относительно некоторого момента времени в прошлом, настоящем или будущем — отсюда учѐт социального опыта, ситуаций и норм, но инвариантность (независимость) функции творчества по параметру времени (функция «творит» в той точке или в том периоде на временной шкале, которые ей определила функция интеллекта (ф.1));
つまり、分かれ目は時間のパラメータを扱うかどうかにあります。4次元の第1機能は過去から未来までを含めて情報を扱い、3次元の第2機能は、第1機能が見出した決定をある時点で実現する側です。
LSEに当てはめると、位置1のTeが仕事のやり方を時間の流れまで含めて扱い、位置2のSiがそれをその時点の具体的な形にするという分担になります。
1次元の位置—Eglitが挙げたLSEの実例
キエフのシステム・ソシオニクス学派のEglitは、2007年の論文「機能の次元性」で、各位置の次元を回答者の実例で示しています。LSEの1次元の位置についても実例が複数あり、本人が自分の迷い方を具体的に書いています。
Eglitは、1次元の脆弱機能NiをもつLSEの実例として、次の回答を挙げています。
バス停は家のすぐ近くにある。私たちが一緒にバス停へ行くことはめったにない。私が先に出て、バス停で夫とバスを待つ。そのうち夫がやって来て、バスが来て、私たちは一緒に乗って出かける。バスは時刻表どおりにしか来ないので、何時にバス停に着くかは分かっている。それでも、夫と一緒に家を出るよう自分を仕向けるのは私にはつらく、夫もそれを知っている。たいてい夫は、急がなくていい、間に合うからと私を説得する。夫が仕事に遅刻したことは一度もないし、私はそれを知っている。それでも、ぎりぎりの時間に夫と一緒に家を出るのは落ち着かない。
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> Автобусная остановка находится около нашего дома. И вот на автобус мы > редко ходим вместе, я выхожу раньше и потом жду мужа и автобус на > остановке, потом подтягивается мой муж, приходит автобус и мы вместе > садимся и едем. Автобусы у нас ходят только по расписанию, т. е. я > знаю во сколько он прибудёт на остановку. *Но мне тяжело себя > заставить* выйти из дома вместе с мужем, и он это знает. Обычно меня > уговаривает, чтобы я не спешила, что успеем. *Муж никогда на работу не > опаздывает, я это знаю, но мне некомфортно из дома выйти вместе с ним > впритык*.
つまり、間に合うと頭で分かっていても、ぎりぎりに家を出ることには落ち着かないということです。時刻表も、一度も遅刻しない夫のこれまでも、本人の安心にはつながっていません。
周りの人の実績は、1次元の判断の材料にならないという形で、Bukalovのいう「自己の個人的経験から発する」判断が、時間の扱いに出ている例です。本人は先にバス停へ出るという自分なりのやり方で、この落ち着かなさを避けています。
位置5のFiも1次元です。Eglitは、1次元のFiをもつLSEの実例として、次の回答を挙げています。
夫の兄が、冷蔵庫の運び込みを手伝いに来てくれた。冷蔵庫を所定の場所に置くと、彼は急いで帰ろうとした。夕方で、まだどこかへ間に合わせなければならなかったのだ。それで私は、彼が戸口を出るまでに「ありがとう」を5回ほど言った。あとになって、なぜあんなことをしたのかと考えた。そして、心から感謝を表したかったのだと分かった。けれども「ありがとう」のほかに、それをどう表せばいいのか私は知らない。1回ではあまり説得力がない気がする。そうして5回になった。私がそうするとき、それは「決まり文句を言っているのではなく、本当に手伝いに感謝している」という意味だった。
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> Брат мужа приехал помочь перетаскивать холодильник. Поставили они > холодильник на место, он быстренько уезжать — вечер, а ему еще куда-то > нужно успеть. *Так вот я ему «спасибо» раз 5 сказала, пока он не вышел > за дверь. А потом думаю, чего это я?* И понимаю, что мне хотелось > искренне выразить благодарность. А кроме «спасибо» я не знаю, как еще > можно это сделать. *Один раз — вроде не очень убедительно*. Вот так и > получилось 5 раз. *Это в моем исполнении означало*: «Я действительно > очень благодарна за помощь, а не дежурную фразу говорю».
言い換えると、感謝の気持ちは本物でも、それを表す手段を「ありがとう」のほかに持っていないということです。1回では足りない気がして、回数で補ったと本人が振り返っています。
LSEの位置5のFiは、人に補ってほしい暗示機能の要素とされます。この回答では、気持ちはあっても、関係の表し方の型が1つしか手元にないという形で、それが出ていると読めます。
2次元の位置6のNe—教科書と「要点の一覧」
2次元の位置についても、Eglitは実例を挙げています。位置6のNeを個人的な規範の例として、Eglitが挙げたLSEの回答は、こうです。
学校にいたころ、文学作品の要点、つまり思想を定めなければならないとき、私は自分ではその要点をきちんと定められたためしがなかった。私の要点は、何か自分なりのものになってしまった。ほかの人たちが違うふうに理解するのに驚いた。何について語られているかは簡単に話せたが、何かの思想を取り出すのは難しかった。そのためには、その要点が書かれた教科書が必要だった。毎回そうだった。新しい作品のたびに。やがて頭の中に、そうした思想の「一覧」ができあがり、自分で作品の要点を定められるようになった。まあ、それほど深くはないかもしれないが…
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> Когда училась в школе и нужно было определить суть, идею > художественного произведения, я сама толком никогда не могла > определить эту суть. *У меня она какая-то своя получалась*. Я > удивлялась, как это другие иначе понимают. Я могла легко рассказать, о > чем идет повествование, но какую-то идею трудно было выделить. Мне для > этого *нужен был учебник*, в котором эта суть определялась. И так > каждый раз. С каждым новым произведением. А потом *в голове сложился > такой «список» идей*, и я уже могла сама определять суть произведений. > Ну, может не очень глубоко…
ここでいう要点とは、作品が何を言おうとしているかという思想のことです。本人は筋を話すことはできても、思想を人と同じ形で取り出すには教科書が要ったと書いています。
違いが出るのは結末です。やがて頭の中に「一覧」ができ、自分で要点を定められるようになったとあり、規範を取り込めば扱えるようになるのが、経験だけの1次元と2次元の差として示されています。本人は最後に「それほど深くはないかもしれない」と留保も添えています。
LSEへの適用—4次元のTe
キエフのシステム・ソシオニクス学派のサイトには、「四次元性」という理論ページがあり、著者名は記されていません。このページが載せた回答は、LSEが嫌がられる仕事でも楽しめる理由を、こう書いています。
LSEが、ほかの人なら嫌悪を催すような仕事でさえ、なぜ楽しんでできるのか、どう思われるだろうか。あるとき、ひとりの「LSE〔原文: シュティルリッツ〕」が私に言った。「トイレ掃除だって楽しくできる」。彼は正しい。私はそれが本当だと知っている。LSEは、外向論理に従って行動することで、正しいエネルギーを作り出し、保つことができるからだと思う。正しい行動はエネルギーを増やし、奪いはしない。(中略)だから、人々が無理をして、嫌々、まるで刑期を務めるように働かなければならないのを見ると、とても残念に思う。何の意味があるのだろう。
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Как Вы думаете, почему ЛСЭ умеет делать работу с > удовольствием? Даже ту работу, которая у других вызывает отвращение? > Однажды один «штирлиц» мне сказал: «Даже туалеты можно чистить с > удовольствием». И он прав, я знаю, что это так и есть. Думаю, дело в > том, что ЛСЭ умеют создавать и сохранять правильную энергетику, > действуя по ЧЛ. Правильное действие прибавляет энергию, а не отнимает > ее.(中略)Поэтому мне очень жалко, когда людям приходится работать через силу, в > неудовольствие, как каторгу отбывать. Что толку-то?*
言い換えると、やり方の正しい仕事は、本人にとって消耗ではなく力が増える経験になるということです。トイレ掃除の例では、仕事の中身より、進め方が正しいかどうかが気分を決めています。
嫌々働く人を見て残念がるところには、他人の働き方にも同じ基準が向いていることが出ています。位置1のTeを4次元とする理論に対して、LSEの側から寄せられた実例として読めるものです。
強い主張への注記
次元性の理論には、検証の手続きが示されないまま、数値を伴う強い主張も含まれます。BukalovとKarpenkoは、次元と記憶の容量の関係を、こう書いています。
心的機能の次元性の階層は、注意・記憶・思考の容量の階層を定める。生物種が違えばこれらの容量は大きく異なりうる。我々が示したとおり、人間にとって次元性の階層は、記憶・注意・思考の容量に関する「ブカロフの魔術的列」を定める:7±2、10±1、17±1、27±1。最初の数はミラーの「マジカル・ナンバー」7±2および作業記憶(オペレーショナルメモリ)の容量に対応する。心的機能の次元性に結びつけられた各ベクトルに、それぞれの注意・思考・記憶の容量を対応させることができる [6–13]。
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Иерархия мерностей психических функций задает иерархию объемов внимания, памяти и мышления. Для разных биологических видов эти объемы могут очень сильно различаться. Так для человека, как было показано нами, иерархия мерностей задает «магический ряд» Букалова для объемов памяти, внимания и мышления: 6(±1), 10(±1), 16(±1), 26(±1), в котором первое число соответствует «магическому числу» Миллера и объему оперативной памяти. Каждому вектору, связанному с размерностью психической функции, можно сопоставить свой объем внимания, мышления и памяти [6–13].
言い換えると、次元の段階が、記憶・注意・思考の容量の段階を決めるという主張です。出発点のMillerの7±2は、認知心理学で古くから知られる作業記憶の目安です。
そこから導かれた10±1、17±1、27±1の系列を支える独立の実験データは、当サイトが確認した範囲では引用文献の外に示されていません。
小括します。次元性の理論では、LSEは位置1のTeと位置8のSeが4次元、位置4のNiと位置5のFiが1次元のタイプです。Eglitの実例では、1次元のNiとFiが、知っていても安心できない時間と、1つしかない感謝の表し方として本人の言葉で書かれています。4次元のTeについては、正しいやり方の仕事は消耗しないという回答が学派のサイトに載っています。
17デルタ・クアドラのLSE
LSEは、EII・SLI・IEEとともにデルタクアドラを構成します。4タイプが共有する価値要素は、Te(外向論理)・Si(内向感覚)・Fi(内向倫理)・Ne(外向直観)です。この章では、クアドラという概念の原典定義、呼び方の変遷、デルタの価値についての各研究者の記述、そのなかでLSEに割り当てられた役割を取り上げます。
クアドラの定義—アウシュラ
まず、創始者のアウシュラは、クアドラをこう定義しています。
クアドラ。 クアドラとはソシオンの4分の1であり、四つの情報代謝タイプから構成される。そのうち互いに活性化する二つの双対ダイアドのうち、一方は一つの社会的進歩の環に、他方はもう一つの環に属する。クアドラの参加者を結びつけるのは一定の関心の共通性であり、そして最も重要なことに—紛争の可能性の不在である。互いにつねに理解し合い、言葉の背後にも行為の背後にも何ら不快なことを気づかない。際立って実り多く生産的な共同作業。
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Квадра. Квадра — одна четвертая социона,' об-` разованная из четырех типов ИМ или двух активи- зирующих друг друга диад, одна из которых отно- сится к одному, другая — к другому кольцу соци- ального прогресса. Участников квадры объединяет определенная общность интересов, а главное — от- сутствие возможностей конфликта. Друг друга они всегда понимают, за словами и поступками не заме- чают ничего обидного. Исключительно нлодотворна и производительна совместная работа.
上の引用にあるソシオンは、16タイプがそろった全体のことです。言い換えると、クアドラは互いに活性化する双対の2組でできた4人組で、その4人のあいだには紛争が起こりにくいということです。
デルタでは、双対2組(LSE-EIIとIEE-SLI)が活性化関係で結ばれます。アウシュラは結びつきの根拠を、個々の資質ではなく、関心の共通性と、互いに不快さを感じない関係に置いています。
呼び方の変遷—「第4クアドラ」からデルタへ
クアドラの番号は、資料によって揺れます。後代のFilatovaは、デルタの4人組をこう書いています。
ソシオニクスの伝統では、LII、ESE、ILE、SEIの4人組は第1クアドラ(アルファ)と呼ばれ、もう一つの4人組—EII、LSE、SLI、IEE—は第4クアドラと呼ばれる。
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По соционической традиции четверка ЛИИ, ЭСЭ, ИЛЭ, СЭИ носит название 1-й квадры, а другую четверку — ЭИИ, ЛСЭ, СЛИ, ИЭЭ — называют квадрой 4-й.
上の引用で「もう一つの4人組」とされたEII・LSE・SLI・IEEが、現在デルタと呼ばれる4タイプです。Filatovaは、アルファを第1、デルタを第4と番号づけています。
一方、次の節で引くBukalovは、ギリシャ文字で「クアドラδ」と書き、Stratiyevskayaは「第四クアドラ」と書きます。このように番号と文字名が資料ごとに違うため、クアドラは番号ではなく、構成する4タイプで照らし合わせると取り違えません。
デルタの価値—各研究者の記述
Bukalovは、デルタの性格と構成を、こう書いています。
クアドラδは楽観的実践家のクアドラである。(中略)クアドラδでは実用性とともに友好性、利他性、発明への志向などが支配的である。クアドラδはクアドラαの思想を受容するが、クアドラγの後継者として実践的に実現し、その思想を埋め込み、その隠れた可能性が完全に汲み尽くされるまで磨き上げる。
つまり、デルタはアルファの思想を受け取り、ガンマの後を継いで、その可能性が尽きるまで磨き上げるクアドラだということです。Bukalovは、実用性と友好性・利他性を同時に支配的な価値として並べています。
Stratiyevskayaは、デルタの価値の1つであるSiについて、こう書いています。
第四クアドラ(デルタ)の最後の支配的価値観は — 「○(Si)」のアスペクト — 感覚論理内向(ギャバン、SLI)のプログラム・アスペクトである。(中略)例えば、便利な労働条件の創出、一度確立した秩序を変えたくないという気持ち、不快な感覚を最小限に抑える志向としてである。(中略)第四クアドラではリスク、強行軍、過剰緊張、混乱の状況下で働くのを好まない — それは不快である。職場の便利さとともに、ここでは集団の調和と仲間内の好意的な関係が評価される。労働は、人間の自分を創造的に実現する自然な必要性として知覚される。
言い換えると、デルタで大事にされるのは、無理のない働き方と、仲間どうしの好意的な関係です。Stratiyevskayaは、SiをSLIの主導の要素(プログラム・アスペクト)として挙げています。LSEにとって、Siは位置2の創造機能にある要素です。
Stratiyevskayaは、デルタの人が恐れるものについても、こう書いています。
外部からの不快な干渉から自分を守る志向が、第四クアドラ(デルタ)の代表者に絶えず自分の最小限の生活空間を守ることを強いる(「我が家は我が城」)。(中略)第四クアドラの代表者は、何らかの外的条件と状況によって縛られることを非常に恐れる。外部からの圧力を恐れ(意志感覚(-●(Se)=-Se)のアスペクトはここで押しのけられた価値観である)、自分の便利さ、自分の幸福、個人の権利、内的自由への侵害を恐れる。
つまり、デルタの人が避けたいのは、自分の生活空間と内的な自由を外から侵されることだということです。括弧内の注記にあるとおり、Stratiyevskayaは意志感覚(Se)を、デルタで押しのけられた価値と位置づけています。
Gulenkoは、デルタの集団の組み方を、こう書いています。
δの社会タイプは穏健な集団主義によって結ばれている。彼らは時の試練を経た伝統への志向を堅持する。彼らの生活は、小集団の体系として存在する中規模集団の枠内で組織される。
上の引用にある「社会タイプ」は、Gulenkoがタイプを呼ぶときの語です。言い換えると、デルタは大きな組織より、小集団が集まった中くらいの規模で生活を組むということです。Gulenkoは、穏健な集団主義と、試された伝統への志向を、その集まり方の性格として並べています。
Reininは、貴族側の2クアドラを比べて、デルタをこう書いています。
ベータクアドラは「形式的貴族」であり、彼らは地位と相互作用の貴族である。デルタクアドラは「精神の貴族」である。この特性はベータクアドラではより形式的、外面的な方法で明らかになり、デルタクアドラではより内面的、深層的、思想的に明らかになる。しかし両者とも距離を置いた垂直的関係を共有する。
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The beta-quadra are the 'formal aristocrats', they are the aristocrats of position and interaction. Delta-quadra is the 'aristocrats of spirit'. This attribute is revealed in beta-quadra in a more formal, external way whereas in delta-quadra – more internally, deeply and ideologically. But they both share distanced and vertical relationships.
言い換えると、デルタもベータと同じく距離を置いた上下の関係を持ち、デルタではそれが内面や思想の側に表れるということです。貴族はReininの二分法の名前で、身分ではなく、この距離の取り方を指します。
Reininは、同じ特性の話の中で、LSEの服装について、こう書いています。
一方、たとえばLSE〔原文: ホームズ〕にとっては、フォーマルな服装は不便ではない。私は、自宅でさえもネクタイとスーツを着るこのタイプの人々を何人か知っている。
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When for a Holmes, for example, formal clothes are not an inconvenience. I know some people of this type who wear a tie and a suit even at home.
Reininは、自宅でもネクタイとスーツを着る知人を例に挙げ、形式を保つことがLSE本人の負担になっていない様子を書いています。内面の側に表れるとされるデルタの貴族性のなかでも、LSEについては、身なりという外から見える例が残っていることになります。
クアドラのなかのLSEの役割
Bukalovは、デルタで優勢な双対とクアドラの特性を、こう書いています。
δクアドラは、理論を静的に発展させ(増分はわずか)、達成・物質化され定着した成果を動的に導入するクアドラであり、成果は改善・完成されるだけである(技術)。これは発明家と合理化者のクアドラである。現状が定着しているため、人間の精神生活に多くの注意が集中する。優勢ダイアドはLSE–EIIである。クアドラ特性は、現状に満足すること(同調主義)、決断性の欠如、内向性(人間の内面世界への集中による主観主義)である。
つまり、Bukalovの見方ではデルタを主導するのはLSEとEIIの双対で、その持ち分は定着した成果を改善し仕上げることです。理論の伸びはわずかとされ、デルタは「発明家と合理化者のクアドラ」と呼ばれています。
Stratiyevskayaは、デルタの業務論理とLSEの関わりを、こう書いています。
第四クアドラの業務論理 — それは進歩的な技術と高度に熟練した労働、安定した経済の条件下での発明性と合理化である。肯定的業務論理のアスペクトは、論理感覚外向(LSE〔原文: シュティルリッツ〕)によって第三クアドラにもたらされ、肯定的関係倫理のアスペクトは — 倫理直観内向(EII〔原文: ドストエフスキー〕)によってもたらされた。
ここでいう業務論理はTeのことで、デルタでは熟練した労働と、安定した経済のもとでの発明と合理化として表れます。引用の後半は、肯定的な業務論理をLSEが、肯定的な関係倫理をEIIが持ち込んだという継承の筋です。TeはLSEの位置1の主導機能で、Stratiyevskayaはデルタの業務論理の担い手としてLSEを名指ししています。
Bukalovは、サービス業でのLSEを、こう書いています。
総じて、経済活動—サービス、サービス業—は第4クアドラ(デルタ)の領域である。そこに第4クアドラの代表者が多いのは偶然ではない。(中略)だがこの分野で管理者(■(Te)○T(Si)e-Si、LSE、シュティルリッツ)や職人(○(Si)■S(Te)i-Te、SLI、ギャバン)が働けば、問題は起きない。第2クアドラは大きな集団を運営する必要があるときに良いが、細部については、しばしば余分な官僚を引き起こす。
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В целом, хозяйственная деятельность — обслуживание, сервис — это сфера 4-й квадры. Не случайно там много представителей 4-й квадры,〔中略〕а если в этой сфере работают Администратор ( , ЛСЭ) или Мастер ( , СЛИ), то проблем не будет. 2-я же квадра хороша, когда нужно управлять большим коллективом, а в мелочах она нередко разводит излишнюю бюрократию.
上の引用にある「管理者」は、BukalovがLSEにつけた機能上の名前です。つまり、サービスの現場で管理者のLSEが働けば問題は起きない、とBukalovは見ています。細部で余分な官僚を生むとされる第2クアドラ(ベータ)と並べることで、細部の運営をデルタの側の持ち分に置いています。
最後に、Bukalovは、社会の状態をタイプの構造で書き、LSEの構造への移行を、こう予測しています。
私は2001年から繰り返し述べてきた—システムが □(Ti)●(Se)状態から ■(Te)○(Si)状態へ移行することが起こるであろう、と。(中略)おそらく安定的なものは2つ、第2クアドラ(ベータ)と第4クアドラに対応するものだろう。(中略)しかし安定点に、第4クアドラの構造に到達するためにどれだけの時間を要するかは—明らかではない。楽観の根拠となるのは、われわれが必要な方向に動いている、ということである。
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Я много раз говорил, начиная с 2001 года, что произойдет переход системы управления из в состояние.〔中略〕Вероятно, что стабильных — два, соответствующих 2-й и 4-й квадрам.〔中略〕Но сколько ей понадобится времени, чтобы прийти в точку стабильности, к структурам 4-й квадры — непонятно. Поводом для оптимизма служит то, что движемся в нужную сторону.
引用中の□●はTi・Se、■○はTe・Siの組で、それぞれLSIとLSEの主導・創造の組と同じ並びです。つまり、Bukalovは社会がLSIの構造からLSEの構造へ移ると予測し、第4クアドラの構造を安定点の1つと見ています。到達までの時間は明らかでないと書き、予測に自分で留保をつけています。
小括します。本章で引用した各研究者は、デルタの価値として、熟練と改善の実務(Te側)と、無理のない働き方・仲間の好意(Si・Fi側)を挙げます。一方、生活空間の防衛(Stratiyevskaya)・精神の貴族(Reinin)・穏健な集団主義(Gulenko)という書き方は、それぞれの研究者の定式です。
その中でLSEは、デルタの業務論理を担い、定着した成果を改善して仕上げる側の中心として書かれています(Stratiyevskaya、Bukalov)。
18タイプ間の関係のなかのLSE
タイプ間の関係の理論では、LSEの主要な相手は、双対=EII、活性化=IEE、鏡像=SLI(以上デルタ)、衝突=IEIです。また、LSEが監督する相手はSEI、LSEを監督する相手はILIです。LSEが恩恵を与える相手はILE、LSEに恩恵を与える相手はSEEです。
関係ごとの一般解説は関係のページにあります。この章では、LSEを名指しした原典記述を、双対を中心に集めます。
双対関係の一般定式
Reininは、双対関係を一般に、こう定式化しています。
この種類の関係においては、当該タイプの弱い機能が、他方のタイプ(双対、完全に補完的なタイプ)の強い機能の領域にある。補完的なタイプの人物こそが最良の教師である。(中略)双対タイプは私の弱い機能を保護し、同時に、私の弱い機能の領域においてさえ成功に至る行動プログラムを提供してくれる。
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In this type of relationships the weak functions of the type are in the zone of strong functions of the other type (dual, completely complementary type). A person of the complementary type is the best teacher. […] The dual type protects my weak functions, at the same time providing a behavioral program for me to reach success even in the area of my weak functions.
つまり、双対の相手は、自分の弱い機能を守り、その領域でもうまくいくやり方を示してくれるということです。弱い機能の保護と行動プログラムの提供が、Reininの言う双対の中身です。
Gulenkoは、同じ構図を体感の水準で、こう書いています。
双対関係は興味深く、もてなしに満ちたコミュニケーションを楽しめる関係であり、退屈することがありません。パートナー同士は互いを釣り合わせ合い、心理的な無重力状態のような感覚を生み出します。パートナーは自分の行動や言葉を統制する必要がなく、ただありのままの自分でいることができます。あらゆる活動において役割分担がほぼ自動的に行われるため、新しい課題に向けて多くのエネルギーを節約できます。
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Dual relationships enjoy an interesting and hospitable communication that is never boring. Partners counterbalance each other, creating a feeling of psychological weightlessness. Partners do not have to control their actions or words; they can just be themselves. Due to the fact that responsibilities in every activity are distributed almost automatically, a lot of energy is saved for new tasks.
言い換えると、双対の2人は気を張らずにいられ、役割分担もほぼ自動的に決まるということです。LSEの場合、弱い側は位置4のNiと位置5のFiにあり、EIIはFiを位置1に、Niを位置8に持ちます。以下のアウシュラの記述は、この組み合わせを人付き合いと秩序の場面で書いたものです。
LSEとEII—アウシュラの記述
LSEの双対はEIIです。アウシュラは、EIIの章で、EIIが秩序について抱く迷いと、それを受けとめる相手を、こう書いています。
彼の疑念に共感しうる人間が必要である。「自分が確立した」秩序を、必ず履行すべき法則として受けとめてくれる人間が、である。これがまさに、シュチルリッツ、つまり論理感覚外向である。
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Нужен могущий сопере- живать этим его сомнениям человек. Человек, ко- торый «установленные им» порядки воспринимает как закон, обязательный к выполнению. Это, не- сомненно, ШТИРЛИЦ, или ЛОГИКО-СЕНСОР- НЫЙ ЭКСТРАТИМ.
上の引用にある「疑念」は、EIIが自分の立てた秩序に確信を持てずにいることを指します。つまり、EIIが示した秩序を、守るべき決まりとして実際に使うのがLSEだということです。アウシュラの見方では、秩序はEIIの側で立ち、LSEの側で実行に移されます。位置1のTeで物事を進めるLSEが、EIIの秩序の使い手になるという配置です。
同じ章で、アウシュラは、人付き合いの面でEIIがLSEに与えるものを、こう書いています。
とりわけ、彼の双対である論理感覚外向(シュチルリッツ) に対しては好ましく作用する。LSE〔原文: シュチルリッツ〕のほうは、他者の倫理を批判的に評価する手立てをもたず、普通は心を開けっぴろげにしているため、譲歩を重ねすぎてしまい、結果として人々をすっかり信じられなくなって、不機嫌な人間嫌いになり得るのである。
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Это особенно благо- получно влияет на его дуала ЛОГИКО-СЕНСОР- НОГО ЭКСТРАТИМА (ШТИРЛИЦ), который, не имея возможности критически оценивать этику дру- гих людей, обычно держит душу нараспашку, де- лает слишком много уступок, в результате чего во- обще может разувериться в людях и стать угрюмым мизантропом.
言い換えると、LSEは相手の人柄を見分ける手立てを持たないまま心を開き、譲りすぎて人を信じられなくなりうるということです。アウシュラは、この不機嫌を、見分けを欠いたまま譲り続けた結果として書いています。位置5のFiが弱い側にあることと、EIIの位置1のFiがそれを補うことが、この記述の背景です。
一方で、アウシュラは、LSEがEIIに返すものも、こう書いています。
LSE〔原文: シュチルリッツ〕は人々の感情生活をEII〔原文: ドストエフスキー〕よりもよく、客観的に見抜く。(中略)このとき、LSE〔原文: シュチルリッツ〕が自分のパートナーに嫉妬しているような印象を与えることもあるが、実際には、表面的な人々の感情生活への関与から、起こり得るいざこざから、彼を守っているにすぎない。
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Необходима коррек- тировка ШТИРЛИЦА, который в эмоциональной жизни людей разбирается лучше ДОСТОЕВСКО- ГО, объективнее.〔中略〕При этом может создаться впечатление, что ШТИРЛИЦ ревнует своего партнера, хотя на са- мом деле он его лишь оберегает от участия в эмо- циональной жизни поверхностных людей, от воз- можных неприятностей.
ここでいう保護とは、EIIが誰とでも浅く関わっていざこざに巻き込まれるのを、LSEが前もって止めることです。嫉妬に見える振る舞いに別の理由を与えている点が、アウシュラの記述の特徴です。前の引用と合わせると、アウシュラはLSEを、他者の倫理の評価には弱く、人の感情生活の見通しには強い側として書いています。
後代の研究者によるLSE-EII
Stratiyevskayaは、LSEの位置5のFiを扱う箇所で、EIIがLSEに与えるものを、こう書いています。
LSE〔原文: シュティルリッツ〕は関係を悪化させる術を見事に心得ており、かなり早く多くの敵を作る。だから彼の双対のEII〔原文: ドストエフスキー〕の倫理プログラムは、彼の「問題ある」倫理にとって本物の救いである。なぜならそれは相互理解、平和愛好、慈悲、譲歩性に方向づけるからだ。EII〔原文: ドストエフスキー〕はLSE〔原文: シュティルリッツ〕に寛大であること、許す術を心得ることを教える。(中略)EII〔原文: ドストエフスキー〕の理想主義的原則は、LSE〔原文: シュティルリッツ〕がそれに従うとき、現実性を獲得する。
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Штирлиц великолепно умеет обострять отношения и довольно быстро наживает себе массу врагов. Поэтому этическая программа его дуала Достоевского является для его "проблематичной" этики настоящим спасением, поскольку ориентирует на взаимопонимание, миролюбие, милосердие и уступчивость. Достоевский учит Штирлица быть великодушным, уметь прощать, он "смягчает" Штирлица, сглаживает острые углы его отношений. Штирлиц успокаивается, видя перед собой этический пример Достоевского, умеющего стойко переносить любые разочарования и умеющего не держать зла. Идеалистические принципы Достоевского обретают реальность, когда им следует Штирлиц.
つまり、LSEは許し方と譲り方をEIIから教わり、EIIの理想はLSEが従うことで現実のものになるということです。アウシュラが書いた「譲りすぎて人を信じられなくなる」LSEとは、向きの違う困りごとが書かれています。ですが、人間関係の加減をEIIに頼るという点で、2人の記述は同じ方向を指しています。
位置4のNiを扱う箇所では、Stratiyevskayaは、時間の管理をEIIが引き受ける様子を、こう書いています。
LSE〔原文: シュティルリッツ〕に便利なのは、時代の世界規模の変化を見られるだけでなく、彼にそれを考慮するよう納得させられるパートナーである。これをEII〔原文: ドストエフスキー〕が見事に行う。時間厳守で、義理堅く、繊細で交流で押し付けがましくなく、彼は絶えずLSE〔原文: シュティルリッツ〕に彼の最も緊急の事柄を思い出させ、彼の時間の最も最適な消費を見守る。彼の日課を見守り、それが仕事で過負荷にならないよう努める。
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Штирлицу удобен партнер, который способен не только увидеть глобальные изменения во времени, но и убедить его считаться с ними, как это великолепно делает Достоевский. Пунктуальный, обязательный, деликатный и ненавязчивый в общении, он постоянно напоминает Штирлицу о самых неотложных его делах, следит за самым оптимальным расходом его времени. Следит за его распорядком дня, стараясь, чтобы он не был перегружен работой.
例えば、急ぎの用事を思い出させ、日課を見守って働きすぎを止めるといった形で、EIIはLSEの時間の使い方を外から見張る役を受け持ちます。位置4のNiが弱いLSEに対して、EIIは同じNiを位置8に持ちます。Stratiyevskayaの記述は、この配置どおりの補い方になっています。
逆向きの贈り物について、StratiyevskayaはEIIの章の位置4のSeを扱う箇所で、こう書いています。
この点で最も調和のとれた相互理解は、EII〔原文: ドストエフスキー〕と彼の双対であるLSE〔原文: シュティルリッツ〕の間で生じる。LSE〔原文: シュティルリッツ〕は喜んで「自身の翼の下に取り込み」、行動でも助言でも非常に世話を焼くのを好む。EII〔原文: ドストエフスキー〕への世話の発揮の中で、LSE〔原文: シュティルリッツ〕の誇示的な意志のセンサーは最良の用途を見いだすのである。
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Гармоничнее всего в этом плане происходит взаимопонимание Достоевского с его дуалом Штирлицем, который с готовностью "берет под свое крыло", очень любит опекать и делом, и советом. В проявлении заботы о Достоевском демонстративная волевая сенсорика Штирлица находит свое наилучшее применение.
上の引用にある「誇示的な意志のセンサー」は、LSEの位置8のSeを指します。言い換えると、LSEはEIIを手元に引き取って世話を焼くことに、自分の押しの強さの使い道を見つけるということです。EIIの弱い位置4のSeを、LSEは位置8の同じSeで引き受けるという対になっています。
Bukalovは、デルタクアドラの性の行動を論じた箇所の注で、LSEとEIIの組を短く、こう書いています。
LSE(エネルギーは多いが創造性は少ない)は、内気なEIIを揺り動かす—彼はSLIより抑制が少ない。
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ЛСЭ, у которого больше энергии, но меныше творчества, раскачивает застенчивого ЭИИ; он менее сдержан, чем СЛИ, который, экономя энергию, проявляет больше творчества, и вместе с ИЭЭ смотрит на это как на высокое искусство.
つまり、Bukalovの見方では、エネルギーの多いLSEが、内気なEIIを動かす側に立ちます。同じデルタのSLIと比べて抑制が少ないという比較が、LSEの側の特徴として書かれています。Stratiyevskayaの「世話を焼く」LSEと同じく、2人の間で動き出す役をLSEに置く記述です。
活性化—LSEとIEE
同じクアドラのIEEとの関係は、活性化と呼ばれます。モデルAでは、IEEの位置1のNeと位置2のFiは、LSEでは位置6と位置5にあります。逆に、LSEの位置1のTeと位置2のSiは、IEEでは位置6と位置5に入るとされています。
確認できた範囲では、LSEとIEEの組を名指しして活性化を書いた原典記述はありません。
衝突—LSEとIEI
反対の極として、衝突関係の機構をReininが説明しています。説明例はILE-ESIとSEI-LIEの2組で、Reininは機能位置ごとに4つの争点を抽出して、こう書いています。
第一機能は、私が知っており上手にできるものに対する自信の領域である。私のパートナーはそこに問題解決の領域を持っている。一方で、私のパートナーは私に問題を解決する別の道を示すことができる。これは衝突関係の肯定的側面であり、両タイプはそのために互いに時間を過ごすことに関心を持ちうる。(中略)創造機能。私にとって「必要」なものは、相手の恐れの領域である。(中略)第三機能。自尊心の領域、「私は良い」あるいは「私は悪い」。衝突点。「あなたは私を無視する、あなたは私の問題を無視する。」(中略)第四機能「私はそうしたい」。衝突するタイプの応答。「私はあなたが望むものを必要としない。」(中略)一方の人物の問題解決の領域は、他方の人格構造の基本階層(第一機能)に対応する。
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The first function is the area of my confidence in things I know & can do well. My partner has his area of solving problems there. On the other hand my partner is able to show me different ways of solving my problems. This is the positive side of the conflict relationships and the types might be interested in spending time with each other because of that.(中略)The creative function: what for me is "necessary" is the other's zone of fears.(中略)The third function: the area of self-esteem, "I am good" or "I am bad". The point of conflict: "you ignore me, you ignore my problems".(中略)The fourth function: "I want to". The response of the conflicting type: "I do not need the things you want".(中略)One person's area of the problem solving corresponds to the basic level of personality structure (the first function) of the other.
言い換えると、衝突関係では、一方が自信を持つ領域が、他方にとっては問題を抱える領域になります。LSEとIEIに当てはめると、LSEの位置1のTeはIEIの位置4に、IEIの位置1のNiはLSEの位置4にあります。互いの得意が、そのまま相手の弱い位置に重なる組です。
Bukalovらは、行動様式で対立する行動のまとまり(モジュール)の組を挙げる箇所で、LSEとIEIの組を、こう書いています。
直観的生物学のモジュール(外見による分類、生きた世界における相互関係、植物と動物の類似度・親縁度の理解 ― LSE、■(Te)○(Si))と、他人の行動の直観的予測を伴う直観的心理学のモジュール(△(Ni)▼(Fe)、IEI)。
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Модуль интуитивной биологии (классификация по внешнему виду, понимание взаимосвязей в живом мире, степени сходства и родства растений и животных — ЛСЭ, ), и модуль интуитивной психологии с интуитивным предсказанием поведения других людей (, ИЭИ).
つまり、Bukalovらは外見で分類して関係を整理するLSEと、他人の行動を直観で予測するIEIを、対立する組に置いています。Reininが機能位置の重なりで説明した衝突を、人類史のなかの行動の型の対立として書き直した記述です。
小括します。LSEの関係記述の中心は双対EIIです。秩序を実行に移すLSEと、人の見分けと許し方を与えるEIIという往復が、アウシュラとStratiyevskayaに共通して残ります。さらに、Stratiyevskayaは時間の見張りと世話の向きを、BukalovはLSEが動かす側に立つことを書き加えています。
衝突の記述は、機能の配置や行動の型の対立から関係を説明する形式で、性格の相性論とは水準が違います。個別の組み合わせはタイプ間の関係のページで確認できます。
19MBTI®のESTJとの比較
当サイトはLSEをESTJと併記しています。この章では、その対応の根拠と限界を短く整理します。詳しい一般解説はMBTIとの比較のページにあります。
対応の根拠—機能配列同一の仮定
ソシオニクスとMBTIは、どちらもユングの類型論から枝分かれした別の理論です。LSE=ESTJという対応は、通説では両者の機能配列が同一だという仮定に基づきます。ソシオニクスのLSEは位置1がTe(外向論理)・位置2がSi(内向感覚)で(03章)、MBTIのESTJは主機能Te・補助機能Siとされます。上位2機能の並びが一致するということです。
LSEは外向タイプなので、内向タイプで起きるソシオニクス表記の小文字j・pとMBTIのJ・Pのずれは生じません。ソシオニクスのjは主導機能が判断機能であることを、MBTIのJは外界に向ける機能が判断機能であることを示します。LSEでは外界に向く主導機能Teがそのまま判断機能なので、2つの定義が同じ文字になり、ESTjとESTJはそのまま対応します。
ただし、この対応は表記の翻訳であって、判定の一致を保証しません。定義体系(情報代謝の8位置モデルと、選好指標の4文字)も判定の道具も違うため、同じ人がソシオニクスでLSE、MBTI系の検査でESTJ以外と出る場合があります。通説の対応表は、「概念上の近さ」の主張です。
外から見た関係—Bukalovの反論
心理学の側からソシオニクスがどう見えるかについて、Bukalov自身が書いています。
一方、たとえば類型論を専門とする心理学者は、ソシオニクスをマイヤーズ-ブリッグス類型論より良くも悪くもない単なるポストユング類型論として扱う。それは彼らの権利ではあるが、われわれは彼らがソシオニクスをタイプの抽出にのみ矮小化しており、それで打ち切ってしまっている、と考える。
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А, скажем, психологи-типологи рассматривают соционику всего лишь как постюнговскую типологию, не лучше и не хуже типологии Майерс-Бриггс. Это их право, но мы считаем, что они низводят соционику до выделения типов, да и только, и этим ограничиваются.
外部からは「MBTIと同水準のポストユング類型論の1つ」と見なされ、内部はそれを「タイプ抽出への矮小化」と反論する—両者の認識の溝がそのまま残っている構図です。ソシオニクス側が独自性の根拠に挙げるのは、モデルA、タイプ間の関係の理論、次元性などの理論装置です(その実証状況は23章)。
LSE読者への実務的な注意
このページの記述群は、ソシオニクスの体系内でのLSE像です。MBTIでESTJと判定された人の場合も、対応表より先に、03章の8位置の配置と04章の要素定義と照らし合わせると、自分とどこが重なるかを確かめられます。
主導機能が同じTeのLIE(ENTJ)とは、MBTIでも2文字目のS/Nだけが違う表記になります。ソシオニクスではこの2タイプは同属関係で、違いは位置2の要素(LSEはSi、LIEはNi)にあります。表記の1文字の差は、位置2の要素の違いに対応しています(誤同定の問題は21章)。
小括します。LSE=ESTJは、機能配列同一の仮定に基づく表記の対応です。外部からの「ポストユング類型論の1つ」という評価と、内部の「タイプ抽出への矮小化」という反論の溝は、対応表の上には現れません(23章で再論します)。
20サブタイプとタイプ内変異
同じLSEでも、人から受ける印象は大きく違います。この違いを、同じタイプの内側に残る違いとして説明しようとしたのが、サブタイプ(タイプ内変異)の理論群です。
扱うのは、アウシュラの区別とMeged & Ovcharovの2分割、Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001年)の2変種、Gulenko『64の肖像』(2019年)のDCNHです。いずれもモデルAへの後代の拡張で、相互に互換性はありません。
アウシュラ—タイプと人格の区別
サブタイプ理論が前提にしている区別を、アウシュラ自身がこう書いています。
パーソナリティとパーソナリティタイプは、疑いなく同じものではない。同じパーソナリティタイプを持つ人間でも、わが国の文化と何らかのアステカ文化では、まったく異なるものである。
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Личность и тип личности, несомненно, не одно и то же. Человек с тем же самым типом личности в нашей культуре или в какой-либо ацтекской культуре — это что-то совершенно разное. Даже в нашем бесклассовом обществе найдете сколько угодно вариаций того же Дон Кихота2 или Дюма3.
言い換えると、同じタイプでも、文化が違えば人格はまったく別のものになるということです。
つまり、アウシュラはタイプを人格の全体ではなく形式として置いています。後代のサブタイプ理論は、この形式の内側に残る幅をどう分けるかの試みとして現れます。
Meged & Ovcharov—接触型と惰性型
2分割の代表として名前が挙がるのが、Meged & Ovcharovの体系です。Wikisocionは、この体系をこう記録しています。
接触型/惰性型サブタイプ(Contact/Inert)(中略)V. Meged と A. Ovcharov によって提唱されたシステム。
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Contact / Inert Subtypes(中略)This system of subtypes was proposed by V. Meged and A. Ovcharov.
上の引用にある接触型・惰性型は、強まっているのが惰性側(位置1・4・6・7)か、接触側(位置2・3・5・8)かで、同じタイプを2つの変種に分ける区分です。LSEに当てはめると、1番のTe(外向論理)が強まる型と、2番のSi(内向感覚)が強まる型に分かれます。
ただし、確認できた範囲の資料では、LSE固有の接触型・惰性型の記述は無く、この区分の整理はコミュニティ編纂資料に依っています。
Filatova—論理サブタイプと感覚サブタイプ
Filatovaは、16タイプを2変種ずつ、32の水準で記述します。
LSEの論理サブタイプについて、Filatovaはこう書いています。
高い労働能力を備えている。あらゆることを質の高い形でやり遂げようと努め、どんな仕事も完璧なところまで仕上げるのを好む。仕事に着手する前に、部下のためだけでなく自分自身のためにも、その課題を正確に定式化する。自分の分野で最大限有能であろうと努め、他人にも同じことを求める。付き合いにおいては抑制的で、礼儀正しく、やや素っ気ないほどである。誰かが任された仕事にいい加減に取り組んでいると感じると、辛辣になったり、かっとなったりすることがある。時には過度に率直であり、妥協を避け、頑固である。自分が不当に扱われていると感じると、爆発して怒鳴りつけることもある。
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Обладает высокой трудоспособностью. Стремится все сделать качественно, любит доводить любую работу до совершенства. Перед началом работы точно формулирует ее задачу не только для подчиненных, но и для себя. Старается быть максимально компетентным в своем деле, того же требует и от других. В общении сдержан, корректен, даже суховат. Может проявить резкость, вспылить, если кто-то нерадиво относится к порученному делу. Бывает излишне прямолинейным, избегает компромиссов, упрям. Способен взорваться и накричать, если чувствует, что с ним несправедливы.
言い換えると、論理サブタイプのLSEは、仕事の質と有能さを、自分に求めるのと同じ水準で他人にも求めるということです。そのため、任された仕事がいい加減に扱われたときや自分が不当に扱われたと感じたときには、ふだんの抑制的な態度から一転して辛辣になったり怒鳴ったりすることがあります。
一方、感覚サブタイプについて、Filatovaはこう書いています。
論理サブタイプよりも打ち解けている。落ち着いて仕事をし、突貫作業なしで済ませようと努めるが、それが常にうまくいくとは限らない。自分の作った成果物が使う人にとって使いやすいものであるかどうかに、特に注意を払う。特に必要がなくとも、任された仕事を完璧なところまで長く仕上げ続けることがある。妥協することができ、自分に向けられた批判的な意見も落ち着いて聞く。対立からは離れようと努めるが—ある限度まではである。あまりにも彼に圧力をかけようとすると、爆発して怒鳴ることもあり、ただ単に自分を「乗りこなさせる」ことは許さない。
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Более раскован, чем подтип логический. Работает спокойно, старается обходиться без авралов, хотя это ему и не всегда удается. Особое внимание уделяет удобству своей продукции для пользователя. Долго может доводить до совершенства порученное дело, даже если в этом и нет особой необходимости. Способен идти на компромисс, спокойно выслушивает критические замечания в свой адрес. От конфликтов старается уйти, но — до известных пределов. Если на него уж очень пытаются давить — может взорваться и накричать, просто так «оседлать» себя не позволит.
つまり、感覚サブタイプのLSEは、妥協もでき批判も落ち着いて聞くが、圧力をかけられすぎると爆発するということです。注意の向く先も、課題の正確な定式化から、成果物が使う人にとって使いやすいかどうかへ移っています。
2変種とも爆発しうる点は同じで、違うのは何が引き金になるかです。論理サブタイプでは他人のいい加減な仕事と不当な扱いが、感覚サブタイプでは自分にかかる圧力の強さが引き金として書かれています。名前から、前者は1番のTe(外向論理)、後者は2番のSi(内向感覚)を強めた変種と読めます。
Gulenko—DCNHの4サブタイプ
Gulenkoの区分は、2分割ではなく4分割です。区分は機能の強化で定義されています。
Gulenkoは、支配型サブタイプをこう定義しています。
任意のタイプにおいて、線形‐自己主張的機能(E(Fe)と P)—▼(Fe)と ■(Te)—の強化は、このペアがソシオモデル内のどの位置を占めていようとも、支配型サブタイプを形成します。これらの機能は共鳴の原理によって相互に強化し合います。
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Strengthening of the linear-assertive functions (E & P) — in any type — forms the dominant subtype, whatever position this pair occupies within the sociomodel. These functions reinforce each other on the principle of resonance: excitement (state E) requires work movements (state P), and people moving physically inevitably “start up” emotionally.
言い換えると、支配型は、Fe(E)とTe(P)の2つを強めた変種で、この2つは互いを強め合うとされています。LSEの1番はTe、3番はFeなので、LSEの支配型は1番と3番を強めた変種になります。
『64の肖像』の書名は、16タイプ×4サブタイプ=64変種に由来します。GulenkoはLSEを管理者と呼び、4変種に推進者(支配型)・支援者(創造型)・同期者(規範型)・活性化者(調和型)の下位呼称を与えています。
まず支配型の推進者を、Gulenkoはこう書いています。
支配型LSEは大論者である。具体的で明確な議論が与えられた場合、誰がそれと不同意できるのだろうかと不思議に思う。(中略)賛辞をすることや、良い仕事を称賛することを避ける。それを規範だとみなしているからである。他者との関係は言葉ではなく行為を通じて形成される。微妙な感情を表現するのは難しいと感じる。(中略)誠実な関係を信じるが、他者の感情をあまりよく理解せず、騙されることを恐れている。
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Dominant LSE is a great debater. He wonders, if given specific and clear arguments, how anyone can disagree with him.〔中略〕He avoids making compliments and praising good work, considering that to be the norm. His relationships with others are formed not through words but rather by deeds. He finds it difficult to express subtle feelings.〔中略〕believes in an honest relationship, but doesn’t understand the feelings of others very well and is afraid of being cheated.
つまり、支配型のLSEは、具体的で明確な議論なら誰もが同意するはずだと考える一方で、称賛や微妙な感情は言葉にしにくいということです。Feを強める変種でありながら、ここでの感情は言葉にするのが難しいものとして書かれています。人との関係では、誠実さを信じながら騙されることを恐れるという形が示され、この扱い方が残る3変種で別の形をとります。
創造型の支援者について、Gulenkoはこう書いています。
時にルーチンに重圧を感じ、創造型LSEは新しい経験を求める傾向がある。しばしば人道的な趣味をもつ。書くことに関心があるかもしれず、演劇の作品で演じることもできる。(中略)感情的に脆いが、不満を沈黙の中に隠すことを好む。しかし、傷つけられると、激発し、蓄積したすべての否定的感情を表明することがある。
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Sometimes burdened by routine, creative LSE tends to seek new experiences. He often has humanitarian hobbies. He may be into writing and can act in theatrical productions.〔中略〕He’s emotionally vulnerable, but prefers to hide his grievances in silence, though if he is hurt, he may flare up and express all the negativity he has accumulated.
言い換えると、創造型のLSEは、ルーチンの重圧から新しい経験を求め、書くことや演じることに関心を向けることもあるということです。感情の面では、不満を沈黙の中に隠し、傷つけられたときに、溜めていた否定的な感情を一度に表すことがあります。支配型の「言葉にしにくい」が、ここでは沈黙のあとの激発として書かれています。
規範型の同期者については、こう書かれています。
好みと習慣において保守的で、かなり慎重である。遠い見通しに頼って計画を立て、何のリスクも取らないことを好む。人を評価する際、主観的要因の考慮が不十分なため、誤りを犯す。心を他者から、しばしば自分自身からも隠し、感情的な側面を無視する。古き良き日々を懐かしむ傾向がある。感情の制御下にあるが、慌てて、不意に壊れることがある。これは長く彼に影響することがある。
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Conservative in his tastes and habits, he is quite prudent. He makes plans, counting upon distant prospects and preferring to risk nothing. He makes mistakes in assessing people due to poorly〔中略〕accounting for subjective factors. He keeps his heart hidden from others, and often from himself, too, ignoring his own sentimental side. He is inclined to reminisce about the good old days. Although in control of his emotions, he may get into a fuss and unexpectedly break; he can be affected by this for a long time.
つまり、規範型のLSEは、保守的で慎重にリスクを避け、心を他者からも自分からも隠すということです。人の評価を誤る理由を、Gulenkoは主観的要因の考慮が足りないことに置いています。感情はふだん制御の下にありますが、壊れるときは不意に来て、その影響が長く続くことがあるとされます。
調和型の活性化者について、Gulenkoはこう書いています。
家族のメンバーに対してかなり思いやりがあり、他者の不幸に敏感で応答的である。他者の周りで努力し、他者が常に評価し観察しているかのように振る舞う。子供たちのため、または不確実な経済状況において、キャリアを諦めるかもしれない。(中略)一方では、評価において冷静で現実的だが、他方では、説得や空約束に屈し、詐欺の犠牲者になることさえありうる。彼の信頼と慈悲が利用されることがある。
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He is quite considerate towards members of his family and is sensitive and responsive to the misfortunes of others. He makes an effort around others, behaving as though others are ever evaluating and observing him. He might give up his career for the sake of his children or in an uncertain economy.〔中略〕On the one hand, he is sober and realistic in assessments; on the other, he is capable of succumbing to persuasion and empty promises, and even being a victim of fraud. His trust and compassion can be taken advantage of.
言い換えると、調和型のLSEは、家族を思いやり他人の不幸にも応じるが、その信頼と慈悲が利用されることもあるということです。支配型の「騙されることを恐れている」と並べると、同じ信頼の問題が、恐れる側と、実際に騙されうる側に書き分けられています。
このように、Gulenkoは、感情と人への信頼の扱い方を4変種それぞれで別の形に書いています。議論で押す推進者から、子のためにキャリアを諦めうる活性化者までの幅は、変異をよく記述しているとも、タイプ概念の識別力を薄めているとも読めます。
サブタイプ理論への批判
コミュニティ編纂資料自身が、批判点をこう記録しています。
タイプの誤判定を隠すために使われることがある
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Critics say that in many cases the basic type has been incorrectly diagnosed, and the addition of a “subtype” simply masks the contradiction.
つまり、タイプの判定が合わないときに、サブタイプを後から説明として足せてしまうということです。この章のLSEの記述も、やや素っ気ない論理サブタイプから家族を思いやる調和型までを、同じタイプの内側に収めています。収める幅が広いほど、外れた観測を変種として吸収する余地も広がります。そのため、反証されにくくする説明になりうるという批判で、23章の判定の信頼性の議論につながります。
小括します。変異の存在自体はアウシュラの時点で書かれていますが、区分は2分割(Meged & Ovcharov、Filatova)と4分割(Gulenko)が併存します。Filatovaは爆発の引き金の違いで、Gulenkoは感情と信頼の扱い方の違いでLSEの変種を書き分けており、分ける軸そのものが違います。
このように、サブタイプは観察の記述としては使えても、理論としては未統一の領域です。LSEの読者にとっての実用は、05〜13章の記述の開きを、「どの変種を書いた記述なのか」という問いで整理できる点にあります。
21識別と誤同定
「この人はLSEか」をどう決めるかという判定の方法論は、ソシオニクスの主要な方法論上の課題とされてきた領域です。この章では、判定の手続き論と、LSEに固有の識別手がかり、LSEと取り違えやすいタイプとの見分け方を扱います。
なお、Reininが「第3機能」と呼ぶのは、LSEではモデルAの位置6のNe(外向直観)です。
手続き論—アウシュラとYermak
アウシュラ自身の検証手続きは、モデルの作動チェックでした。アウシュラは、タイプ診断の確かめ方について、こう書いています。
研究の第1段階は、K.G.ユングのモデルを全知人で検証することだった。それは絶対的に正しいことが分かり、それゆえモデルが作動するか作動しないかで、タイプが正しく確立されたかどうかが見えた。モデルが作動しなければ、タイプ診断の誤りを意味した。
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Первым этапом изучения была проверка модели К. Г. Юнга на всех знакомых людях. Она оказалась абсолютно правильно, и потому, срабатывает или не срабатывает модель, было видно, правильно ли установлен тип. Если модель не срабатывала, то это обозначало ошибку в диагнозе типа.
言い換えると、アウシュラは、モデルが働かないときにまずタイプの診断のほうを疑ったということです。LSEと判定した人なら、位置1のTe(外向論理)と位置2のSi(内向感覚)がモデルどおりに働いているかを確かめる順番になります。
ですが、この基準は運用上は実際的でも、モデル自体が誤っている可能性を最初から外しています。
Yermakは、同じ確かめ方を2段階の手続きとして定式化しています。Yermakは、同定の手続きについて、こう書いています。
心のTIMの 同定の手続き は、専門家による心のタイプの 仮説 の選択と、選ばれた心のタイプに対応する心のTIMモデルの 検証 からなる。
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Процедура идентификации ТИМ психики состоит из выбора экспертом гипотезы типа психики и верификации модели ТИМ психики, соответствующей выбранному типу психики.
上の引用にあるTIM(情報代謝タイプ)は、ソシオニクスのタイプのことです。つまり、専門家がまず見立てを立て、その人がそのタイプのモデルどおりかを確かめるという2段階です。
アウシュラが知人で行っていた確かめ方を、仮説と検証という手順の言葉で書き直した形と言えます。
Yermakは、判定を誤らせる心の状態についても、こう書いています。
自我ブロックの「ブロッキング」では、超自我の意思決定ブロックはメンタルリングの執行ブロックとして機能せざるをえないが、心理機能の二次元性(機能3 — 「社会的規範」)と一次元性(機能4 — 「社会的経験」)では、ブロックは心の特徴的歪み—社会(ソシウム)における人間の 規範的=不確実な行動 —につながる
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при “блокировке” блокаЭГО блок принятия решений суперЭГО вынужден функционировать как исполнительный блок суперблока Мега1, что при двумерности (функция 3 — “социальных норм”) и одномерности (функция 4 — “социального опыта”) психических функций блока ведёт к характерному искажение работы психики, которое выглядит как нормативно-неуверенное поведение человека в социуме
言い換えると、自我ブロックが抑え込まれた人は、超自我の要素で動かざるをえず、規範に沿いながらも不確かな振る舞いが表に出るということです。
LSEの超自我は、位置3のFe(外向倫理)と位置4のNi(内向直観)です。この状態のLSEを観察すると、主導のTeより先に規範に合わせた振る舞いが目に入り、別のタイプに見える可能性があると読めます。
面接者の構え—Karpenko
判定する側の条件について、Karpenkoはエキスパートの理想を、こう書いています。
エキスパートは距離を置いた者ではありえない。彼はバイタルな衝動に応答することを余儀なくされ、義務づけられている。さもなければ彼とコミュニケーションすることは不可能になり、さもなければ被験者とのコンタクトは失われてしまう。注意深く、同情し、共感し、心から人々を愛し、しかし感情の、関係の、影響の遊びには巻き込まれていない—これがエキスパートの理想である。非巻き込まれ性は、ILEのエキスパートが、ESIがある考えの展開の中で発した、しかし事実上ILEに宛てられたフレーズ—「たとえば、あなたのことは、私、好きじゃありません」—に平静に対応することを可能にする。そう、分かっている—衝突である。しかしこれはインタータイプ関係であって、この2人の具体的な人間同士の関係ではない。
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Эксперт не может быть отстраненным, он вынужден, обязан откликаться на витальные импульсы, иначе с ним невозможно будет общаться, иначе контакт с испытуемым будет утрачен. Внимательный, сочувствующий, сопереживающий, искренне любящий людей, но не вовлеченный в игру эмоций, отношений, влияний — вот идеал эксперта. Невовлеченность позволяет эксперту-ИЛЭ спокойно отреагировать на фразу ЭСИ, произнесенную в развитие какой-то мысли, но адресованную фактически ИЛЭ: «Вот вы мне, например, не нравитесь». Да, понятно, — конфликт, но это интертипное отношение, а не отношение этих двух конкретных людей.
上の引用にあるインタタイプ関係は、タイプ間の関係のことです。面接者は相手に共感しつつ、タイプどうしの関係から来る反発を、目の前の個人への感情と取り違えないことが求められています。
引用の例は、ILEの面接者とESIの被験者の衝突関係です。LSEと衝突関係にあるのはIEIなので、LSEの判定に置き換えると、IEIの面接者がLSEを判定する場面で同じ問題が起こりうることになります。
LSE固有の識別手がかり
LSEの識別点として、ReininとFilatovaは、会話への反応と外見という別々の手がかりを挙げています。Reininは、日常の場面でLSEを見分ける方法について、こう書いています。
第3機能に触れるジョーク(たとえばLSE〔原文: ホームズ〕に時間について何かを言う、列車が遅れて来ているとか)は目に見える自律反応を引き出すであろう。ただし、LSE〔原文: ホームズ〕は質問なしでも見ることができる。このタイプの人々は明白な胸部レベルでの身体的優位を持つ。
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A joke touching upon the third function (tell a Holmes something about time, for example, say that the train is coming late) will draw visible vegetative reactions. A Holmes though could be seen without any questions, people of this type have obvious bodily dominant at the chest level.
例えば、列車の遅れのような時間についての冗談を向けると、LSEは体の反応として目に見えて応じる、とReininは見ています。上の引用にある第3機能は、Reininの番号でLSEの位置6のNeのことで(06章)、Reininはここに時間の話題を置いています。
さらにReininは、質問をしなくても胸のあたりの体格が目立つことで見分けられるとしています。会話で反応を引き出す方法と、体つきを見るだけの方法の2つを並べています。
Filatovaは、LSEの顔つきについて、こう書いています。
LSEは通常、開かれた好意的な顔つきをしており、周囲の対象を落ち着いて眺める。気取り、凝った身振り、わざとらしい振る舞いは彼には見られない。意志による圧力も彼の特徴ではなく、これは外見上、眉間に頑固な皺がないことと、顔の下半分が十分にリラックスしていることに現れる。彼の唇は、静かな状態では閉じてはいるものの、固く結ばれているようには見えない。
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Как правило, у ЛСЭ открытое и доброжелательное лицо, он спокойно рассматривает объекты вокруг себя, ему не свойственна рисовка, вычурность, искусственность поведения. Для него не характерен волевой нажим, это проявляется внешне отсутствием упрямой складки между бровями и достаточно расслабленной нижней частью лица. Его губы, хотя и сомкнуты в спокойном состоянии, однако не кажутся плотно сжатыми.
つまり、Filatovaが識別の目印にしているのは、顔に意志の力みが出ていないことです。
その印を、Filatovaは眉間・顔の下半分・唇という部位ごとに挙げています。見る人が自分で確かめられる形で手がかりを書いている点が、この記述の特徴です。
誤同定の実例—同属LIEと鏡像SLI
モデルAの上でLSEと取り違えやすいのは、同属のLIE、準同一のSLE、鏡像のSLI、消火のLSIです。このうち原典に比較の記述があるのは、位置1のTeを共有する同属関係のLIEと、TeとSiを自我に持つ鏡像関係のSLIです。
Gulenkoの呼び名では、LIEが「起業家」、LSEが「管理者」です。Gulenkoは、同属の2タイプの違いを、こう書いています。
これらのソシオタイプ(当サイトでいうタイプ)は自分の実用主義と業務志向を、感情の異なる発現(機能 E)とバランスさせようとする。しかしながら、役割の感情性の特性は反対である。起業家が積極的な感情、冗談、楽観主義を進んで示す一方、管理者ははるかに大きな悲観主義者であり、そこでの感情はドラマチックで苛立ちを伴う。
上の引用にある機能Eは、Fe(外向倫理)のことです。Gulenkoは、実務志向を共有する2タイプを、表に出る感情の向きで分けています。
モデルAでは、LIEとLSEはどちらも位置3にFeを持ちます。そのため、この見分け方は配置の違いではなく、同じ位置の要素が見せる調子の違いに頼っていることになります。
Filatovaは、LIE女性の顔写真の解説で、LSEとの近さを、こう書いています。
彼女たちのサブタイプは、何らかの形で強化された感覚と関係しており、おそらくこれはモデルAの左ブロックが強化されたサブタイプである。というのも、彼女たちのタイプには、LSEに固有ないくつかの性質が明らかに存在するからである。
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их подтип каким-то образом связан с усиленной сенсорикой, возможно, это подтип с усиленным левым блоком модели А, поскольку в их типах присутствуют явно некоторые свойства, которые присущи ЛСЭ.
言い換えると、Filatovaは、感覚が強められたLIEには、LSEに固有の性質がはっきり出ていると見ています。サブタイプの見立てには「おそらく」と留保をつけています。
LIEの位置2はNi、LSEの位置2はSiです。感覚が強まったLIEでは、同属の2タイプの境界が見えにくくなると読めます。
鏡像のSLIについて、Filatovaは、感情の表し方を比べて、こう書いています。
LSEにも増して、SLIは感情を公然と表すことを恐れる。なぜなら倫理は彼にとって単に弱いだけでなく、傷つきやすい機能だからである。
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Даже в большей степени, чем ЛСЭ, СЛИ боится открытого выражения чувств, поскольку этика — не просто слабая, но ранимая функция его.
LSEとSLIは、どちらも感情を人前に出しにくいタイプとして比べられています。Filatovaは、その度合いはSLIのほうが強いと見ています。
モデルAでは、Feは、LSEでは位置3、SLIでは位置4の脆弱機能に入ります。引用の「傷つきやすい機能」はSLIの側の記述で、LSEとの差は、同じ控えめさのなかの程度の差として書かれています。
小括します。判定の手続きは、アウシュラのモデル検証とYermakの「仮説と検証」で一応の定式があります。ですが、状態による歪み(Yermak)や面接者の関係効果(Karpenko)のように、誤りの原因はいくつも挙げられています。
LSEについては、時間の冗談への反応と胸の体格(Reinin)、意志の力みが出ない顔(Filatova)が手がかりとして示されています。一方、同属のLIEや鏡像のSLIとの見分けは感情の出方という程度の差として書かれています。単一の手がかりで断定する記述は、本ページで引用した原典の範囲では確認できません。
22著名人と思想のタイピング
著名人のタイピングは、ソシオニクスの文献に長く続いてきた慣行ですが、本人に確かめる手立てがありません。この章は「誰がLSEか」の正解表ではなく、誰が誰をLSEに挙げ、どこまで根拠を書いたかの記録です。
LSEでは、諜報員のシュチルリッツと探偵のホームズという2つの愛称が、資料によって使い分けられています。章の最後に、当サイトの独自整理を1節だけ、試論と明示して置きます。
愛称「シュチルリッツ」の由来
LSEの愛称「シュチルリッツ」は、セミョーノフの小説『春の十七の瞬間』の主人公の名です。アウシュラの資料をもとにしたWeisbandの初期の手引きは、LSEの項の冒頭に、呼び名の由来をこう書いています。
シュティルリッツ - ロシアの探偵小説と映画の主人公。(中略)このタイプの別の偽名:シャーロック・ホームズ - アーサー・コナン・ドイル作の探偵小説の主人公。
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Stierlitz - a hero of a Russian detective book and movie.〔中略〕Another pseudonym of this type: Sherlock Holmes - a hero of detective stories written by Arthur Conan Doyle.
言い換えると、手引きはLSEに2つの呼び名を用意し、どちらも物語の主人公からとっています。シュチルリッツも「探偵小説」の主人公と紹介されており、2つの呼び名は同じ種類の物語から選ばれています。
呼び名のもとになった小説そのものを、LSEの例に使った資料もあります。Socioscopeのプロファイルは、LSEが事実をどう扱うかを述べる節で、『春の十七の瞬間』からこう引いています。
「私は書こうとしたが、主題の完全な類似性を観察したいという欲求が常に理解を妨げることに気づいた。私にとって雄牛は雄牛だが、ピカソにとっては—表現に必要な対象だ。私は主題に従い、形に従い、才能は主題も形も自分の思考に従属させ、彼は細部の移転の几帳面さを気にしない。」(ユリアン・セミョーノフ「春の十七の瞬間」)
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"I tried to write, but then I realized that I always hinders understanding of the subject matter the desire to observe the absolute similarity. For me, the bull - a bull, but for Picasso - a subject that is required for expression. I follow the subject, with the form, and the talent of subordinates and the subject matter and the form of his thoughts, and he does not care meticulousness transfer details. " (Yulian Semyonov. "Seventeen Moments of Spring".)
上の引用の「私」は、対象を実物どおりに写したい気持ちが、理解の妨げになると気づいた人物です。つまり、形を自分の考えに合わせて変えられず、細部まで対象に従ってしまうということです。
Socioscopeは、ピカソと対比されるこの姿勢を、事実を曲げずに扱うLSEの例として置いていると読めます。愛称の出どころの作品が、そのままタイプの記述の材料にもなっているわけです。
もう1つの愛称「ホームズ」
一方、資料の中には、LSEを「ホームズ」と呼ぶものがあります。Reininの著作やBukalovとBoikoの共著のプロファイルがそうで、Yermakの呼び名の一覧も、LSEを「ホームズ」、双対のEIIを「ワトソン」としています(10章)。
BukalovとBoikoは、この呼び名のもとになった人物像を、こう書いています。
「LSE〔原文: ホームズ〕」のすべての際立った特徴を完璧に描写しているのがA・コナン・ドイルである:人間の知性の力の模範としての非の打ちどころのない論理的思考、調査する能力、化学実験を行うこと、バイオリンを弾くこと、さらに優れた観察力と機転の良さ。「すべての人生は原因と結果の巨大な連鎖であり、その本質を知るには、一つの環を知ることで十分である…研究者に最初に出会った人を見てもらい、その過去を特定することを学んでもらおう…」とシャーロック・ホームズは言う。
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All the striking features of “Holmes” perfectly describes A. Conan Doyle: impeccable logical thinking as a model power of the human mind, the ability to examine, put chemical experiments, play the violin, plus excellent powers of observation and resourcefulness. “Every life - a huge chain of causes and effects, and the nature of it, we can know the one link … … Let the researcher looked at the first comer, learn to identify his past …- says Sherlock Hill
言い換えると、BukalovとBoikoは、コナン・ドイルが描いた探偵を、そのままLSEの見本として扱っています。論理と調べる力と観察力を並べたうえで、1つの手がかりから人の過去をたどるというホームズ本人の台詞を添えています。
同じプロファイルは、もう1つの呼び名の作品にも触れています。BukalovとBoikoは、映画版についてこう書いています。
興味深いことに、映画「春の十七の瞬間」には「思考のための食料」という挿入場面があり、「LSE〔原文: ホームズ〕」の思考の本質を正確に反映している。
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Interestingly, in the film “Seventeen Moments of Spring” There insertion - “Food for Thought”, accurately reflecting the nature of thinking, “Holmes.”
つまり、LSEを「ホームズ」と呼ぶプロファイルの中で、シュチルリッツの映画がLSEの思考の例に使われています。探偵と諜報員の2人は、同じタイプを指す別名として並んで使われていたことが分かります。
アウシュラが挙げた人物
創始者のアウシュラは、LSEの人物を著書の付録の一覧にも並べていますが、一人ずつの判定の根拠は書いていません。
ただし、カレーニンについては、アウシュラは本文の注でタイプを明記しています。アウシュラは、恩恵関係を論じた箇所の注に、こう書いています。
カレーニンは論理感覚外向(T■(Te)○(Si))、アンナとレフ・トルストイは感覚倫理外向(T●(Se)▯)。
上の引用にある論理・感覚的エクストラティムはLSE、感覚・倫理的エクストラティムはSEEのことで、括弧の中はアウシュラがタイプを表すのに使った記号です。つまり、アウシュラは夫のカレーニンをLSE、妻のアンナと作者のトルストイをSEEと見ています。
作者と女主人公を同じタイプに置き、夫をその相手に置く見立てです。本文では、カレーニンがアンナに譲り続けた理由を、恩恵関係で受ける側に立つことから説明しています(05章)。
後代のリスト
後代の研究者も、LSEの一覧を残しています。Reininは、LSEの節の著名人欄に、実在の人物と作中人物をこう並べています。
このタイプの著名人:リシュリュー、トマス・アルヴァ・エジソン、シャーロック・ホームズ(アーサー・コナン・ドイル創作の架空の人物)、サー・アーサー・コナン・ドイル、グレタ・ガルボ(中略)リヒャルト・ゾルゲ(ソ連スパイ、第二次大戦前)、アリョーシャ・カラマーゾフ(ドストエフスキーの登場人物、『カラマーゾフの兄弟』)、カレーニン(トルストイの登場人物、『アンナ・カレーニナ』)。文学におけるこのタイプの最良の表現は、ジョン・ゴールズワージーの小説『フォーサイト・サーガ』の登場人物ソームズ・フォーサイトである。
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Celebrities of this type: Richelieu, Thomas Alva Edison, Sherlock Holmes (fictional character, by Arthur Conan Doyle), Sir Arthur Conan Doyle, Greta Garbo, Charles de Gaulle, Francois Mitterrand, Ronald Reagan, John Galsworthy, Erich Maria Remarque, Arkady Raikin, George Tovstonogov, Oleg Efremov, Richard Sorge (soviet spy, pre-WWII times), Alesha Karamazov (Dostoyevsky's character, The Karamazov Brothers), Karenin (Tolstoy's character, Anna Karenina). The best representation of this type in literature is Soms Forsythe, a character in John Galsworthy's novel, The Forsythes Saga.
言い換えると、Reininは政治家や発明家から探偵やスパイ、小説の登場人物までをLSEに入れ、その中でソームズ・フォーサイトを文学での最良の表現としています。
ソ連のスパイのゾルゲは、BukalovとBoikoのプロファイルにも出てくる名前です(07章)。
Filatovaは、一覧ではなく、1人の作中人物を名指ししています。Filatovaは、LSEの章で、児童文学の人物をこう挙げています。
児童文学の中には時折、あれこれの心理タイプを容易に見て取ることのできる、非常に鮮やかな人物描写に出会うことがある。ジュール・ヴェルヌの小説『神秘の島』に描かれた技師サイラス・スミスは、まさにそうした人物であり、その心理タイプはLSEに属する。
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Иногда в детской художественной литературе мы встречаемся с очень яркими характеристиками людей, в которых без труда угадываются те или иные психотипы. Таков инженер Сайрес Смит — по психотипу принадлежащий к ЛСЭ, описанный в романе Жюля Верна «Таинственный остров».
つまり、Filatovaは、ヴェルヌ『神秘の島』の技師サイラス・スミスを、タイプが容易に見て取れる人物の例に挙げています。アウシュラやReininの一覧と違い、作品と人物を1人に絞って挙げている点が特徴です。
実在の人物については、Filatovaは顔立ちからLSEのサブタイプを分ける箇所で、俳優の名を挙げています。Filatovaは、こう書いています。
著者には、映画俳優のA・バターロフがこのLSEのサブタイプに属するように思われるが、彼の場合は鼻先の膨らみがより顕著である。
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Как кажется автору, к этому подтипу ЛСЭ относится киноартист А. Баталов, хотя у него и более выражено утолщение в конце носа.
上の引用にあるサブタイプは、同じタイプの中をさらに分けたまとまりのことです。ここでは、Filatovaは俳優バターロフをLSEのあるサブタイプに属すると見ながら、「思われる」と留保をつけています。そのうえで、同じサブタイプの中でも鼻先の特徴に違いがあることを書き添えています。
政治家では、Gulenkoが、率直にふるまう資質の例としてジョージ・W・ブッシュの名を挙げています(12章)。
研究者自身のタイプ—LSEとして書くEglit
LSEでは、研究者が自分をLSEとして書いた資料があります。Eglitは、自分をLSEとして、自己観察の記録を残しています(13章)。
ほかの人物が研究者の判定であるのに対し、Eglitの記録は本人が自分のタイプを申告したうえでの記述です。そのため、この章の人物の中では、資料の性質が異なります。
諜報員と実務家—独自整理(試論)
以下はこの節だけ、引用ではなく当サイトの独自整理です。検証できないタイピングの上に載る、その程度の確からしさの見立てです。
研究者たちがLSEに挙げた人物は、大きく2つに分けられます。1つは、シュチルリッツ、ホームズ、ゾルゲのように、情報を集めて調べる諜報員や探偵です。もう1つは、カレーニン、ソームズ・フォーサイト、サイラス・スミス、エジソンのように、職務や技術を受け持つ実務家です。
どちらの人物も、事実を集め、決まった手順で仕事を進める姿で知られています。研究者たちは、主導機能のTe(外向論理)を、調べる仕事と実務の仕事の両方で例示してきた、と整理できます。
小括します。この章の資料に共通するのは、人物の名前は残っていても、選んだ根拠がほとんど書かれていないことです。アウシュラとReininの一覧には一人ずつの説明がなく、Filatovaのバターロフにも「思われる」という留保がついています。
一方で、呼び名の資料には別の価値があります。シュチルリッツとホームズという2つの別名が、同じ資料の中で並んで使われてきたことは、初期の文献を読むときの手がかりになります。
23先行研究への懸念点
最後の章は、ここまで引用してきた文献群への懸念の整理です。外部からの批判ではなく、できる限り研究者たち自身の言葉で、方法論の弱点がどこまで自覚されていたかを示します。
観察者依存—ユング自身の警告
出発点のユングに、すでに方法論的な自己言及があります。
ただし、このような心理状態について全く正反対の概念を持つことも同様に可能であり、それに基づいて説明することも認める。 私自身が異なる個性心理学を持っていたとしたら、無意識を「非合理的」と見なす観点から、合理的タイプの特徴を正反対の方法で記述していただろうと確信している。
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I am prepared to grant that we may equally well entertain a precisely opposite conception of such a psychology, and present it accordingly. I am also convinced that, had I myself chanced to possess a different individual psychology, I should have described the rational types in the reversed way, from the standpoint of the unconscious as irrational, therefore.
つまり、ユングは、合理的タイプの特徴でさえ、書き手の心理学しだいで正反対に書かれうると認めています。LSEの祖形の外向的思考型は、思考という合理的機能が主導する型です(02章)。そのため、この警告はLSEの記述にそのまま向けられます。
実際、LSEの記述でも、同じ主題が書き手によって別の形で説明されています。例は時間の扱いです。Stratiyevskayaは、位置4の脆弱機能Niの節で、LSEは時間を計算に入れたがらず、予定がいつも重なると書きました(08章)。Karpenkoは、同じNiの話として、開始の20〜30分前に着き、移動に30分の余裕を見込むLSEを書いています(11章)。
一方、Reininは、時間をNiではなく位置6のNeの領域に置き、時間の使い方を自己評価の基準として書きました(06章)。Gulenkoは、モデルGの「制動機能」、つまり位置4のNiの節に、急な計画の変更への苛立ちを置いています(12章)。このように、どの要素の話とするかも、LSEが時間にどう向き合うかも、書き手で分かれています。
判定信頼性への内部批判
タイプ判定の信頼性は、学派内部で最も率直に語られてきた弱点です。
現在ソシオニクスが抱える最も痛切な問題は、心理タイプ判定の信頼性である。今のところ、これは科学というよりむしろ技芸に近い。
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самый больной вопрос соционики в настоящее время — это надежность определения психотипов. Пока это скорее искусство, чем наука.
言い換えると、Filatovaは、タイプの判定が、まだ決まった手順より判定する人の技に頼っていると見ています。Reininは、質問紙のテストについて、こう書いています。
人々は中立的な質問(たとえば「人々は…についてどう考えていると思うか?」)には自発的に回答するが、評価的質問(「あなたはこちらが好きか、それともあちらか?」または「自分自身を…と…のどちらと考えるか?」)は無意識の緊張を引き起こす。(中略)私は既存のテストは最大40%の精度しか許さないと考えている。
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People answer neutral questions (for example: "What do you think people think about …?") spontaneously, but an evaluative question ("Do you prefer this or that?" or "Do you think of yourself as of … or …?") causes an unconscious tension. […] I believe that existing tests allow for maximum of 40 % accuracy.
つまり、Reininは、評価を問う質問が無意識の緊張を生むので、既存のテストの精度は最大40%にとどまると考えています。このページのLSE記述も、その手前に、誰かをLSEと判定する工程を置いた資料です。
判定する側の条件は、LSEの記述の中でも断られています。Karpenkoは、構えの違いを見分けるには同じタイプの人を数多く、十分によく知っている必要があるとし、報告全体を仮説の段階のものとしました(11章)。これは、判定の手順が判定者の経験に預けられているという点で、Filatova自身の「技芸」という評価と同じ問題を抱えています。
検証されない強い主張
このページで引用した記述には、確かめる手続きが示されないまま、LSE像の根拠に使われている主張があります。1つは、国をタイプで記述する試みです。Bukalovは、英国を統合タイプがLSEの国とし、その流儀を保守主義・節度・漸進性とまとめました(07章)。
国の流儀を1つのタイプで説明するには、何を測れば確かめられるかが要ります。ですが、当サイトが確認した範囲では、その手続きは示されていません。
もう1つは、実在の人物をタイプの例に使うことです。Gulenkoは、Wikisocionに再録された旧プロファイルで、率直な行動がジョージ・W・ブッシュを大統領にする助けになったと書きました(12章)。この名は、2019年の書籍版のLSE章には出てきません。ブッシュをLSEとした根拠は、この記述には示されていません。
同じ問題は、理論の装置にもあります。ソシオニクス側が独自性の根拠とするモデルA・関係の理論・次元性(19章)は、モデルの内側で整合する形で示されているだけです。当サイトが確認した範囲では、外部の測定で確かめた記録は見つかっていません。強い主張が積み上がる一方で、それを落とす手続きが用意されていない点が、実証面の中心的な懸念です。
記述の偏り—仕事と管理の場面
LSEの記述は、仕事と組織の場面に集まっています。アウシュラのLSE記述にも、仕事への批判を次の仕事への指針として受け取る観察があります(05章)。Stratiyevskayaは、仕事を人生の意味の中心に置き、家の中や人の慰め方までその基準から書きました(08章)。
Bukalovは、注文家具の会社の工場長と生産担当ディレクターにLSEを置いています(07章)。Gulenkoは、LSEを「管理者」と呼び、上司としての節を立てました(12章)。「管理者」という呼び名は、Bukalovの論文にも出てきます(07章)。
一方、仕事の外の場面を書いた記述は多くありません。Filatovaは、家事や子供の世話を手伝う男性のLSEを書き(09章)、Karpenkoは、電球の交換や改装した部屋の点検という日常の場面を書いています(11章)。そのため、このページのLSE像の多くは、働く場面で観察されたLSE像と読めます。
記述の継承の選択性
LSE記述の系譜は一見連続していますが、継承の各段階で何を残し、何を組み替えたかの検証は示されないまま進んでいます。
- ユングの祖形との組み替え。ユングの外向的思考型では、思考が優位に立つぶん、感情に頼る営みが後ろに下がるとされていました(02章)。ソシオニクスのLSEでは、倫理の要素は位置3のFeと位置5のFiに入ります。GulenkoとFilatovaは、位置5のFiを、人間関係の安定を必要とする面や、行動で示す好意として書いています(09章・12章)。ユングで後退する機能だった感情が、人から補ってもらう要素に組み替えられている、と読めます
- 2機能の組み合わせ。Te(外向論理)とSi(内向感覚)は、ユングでは別々の型の節に置かれていました。この2つを1つのタイプの1番目と2番目に組んだのはアウシュラで、その組み合わせそのものはユングの記述にありません(02章)
- 情報代謝の語の転用。Kempinskiが「情報代謝」で扱ったのは人間一般の情報処理で、タイプの区別はありませんでした(02章)。その語をタイプ理論の基盤に据える段で、Kempinskiの概念の何を引き継いだかの検証は、引用した範囲の文献には示されていません
資料の非独立性—同一原稿の再録・別訳
このページの資料には、独立した証言として数えられない組と、同じ著者名でも中身が違う文章の組があります。
YermakとRoslankinaの記述は、1999年に機関誌に出た共著の文章が、Yermakの2005年の単行本の付録に収められたものです(10章)。StratiyevskayaのLSE章も、Wikisocionに英訳が載っていますが、書籍の段落ごとに対応する同じ原稿の訳で、このページは書籍の側から引いています。つまり、同じ記述を2か所で見たことは、2人が別々に観測したことを意味しません。
逆に、同じ著者の2つの文章が食い違う組もあります。Filatovaは、好意を言葉より行動で示すという観察を、書籍では位置5のFiの節に置き、別に書かれたタイプ記述では位置3のFeの見出しの下に置いています(09章)。Gulenkoの旧プロファイルはLSEを階層の中のリーダーに向くと書き、2019年の書籍の理論編は指令‐階層体系では居心地が悪いと書いています(12章)。
Bukalovも、機関誌の論文ではLSEに「シュティルリッツ」を併記し、Boikoとの共著のプロファイルでは「ホームズ」と呼んでいます(07章)。同じ名前の資料を1つの見解として扱えるかどうかは、資料の版と系譜によって変わります。
学派の分裂と用語の混乱
LSEの記述でも、番号と用語は研究者ごとに揃っていません。アウシュラ旧式の4列では、IIIが現行の位置4、IVが位置3に対応し、番号だけで照合すると取り違えます(03章)。Reininの第3機能は、LSEでは位置6のNeです(06章)。Stratiyevskayaの番号は現行と同じです(08章)。
GulenkoのモデルGでは、2番目の「実現機能」がモデルAの位置8のSe、「双対機能」が位置5のFiに対応します(12章)。そのため、機能名や番号だけで対応づけると、別の要素を同じ位置に重ねることになります。
要素の意味づけと次元の数え方も揃いません。Reininは時間をNeに置き、アウシュラはNiに置きます(06章)。Karpenkoはデルタの時間の直観を「二次元」と書きますが、これはクアドラごとに割り当てた次元数で、モデルAの位置ごとの次元数とは別の数え方です(11章)。
愛称も1つではありません。Stratiyevskayaは「シュティルリッツ」と呼び、ReininとYermakは「ホームズ」と呼びます(06章・08章・10章)。Yermakは、双対のEIIを「ワトソン」と呼び、双対の2タイプを1つの物語の相棒の名前で呼んでいます(10章)。
理論の外縁には、確かめにくい主張も現れます。Reininは、晩年にこう書いています。
懐疑的である。検証する必要がある。タイプが何らかの形で遺伝で伝わるとは考えていない。ソシオンは、何らかの形で人間に体現されるノオスフェアの一般的構造かもしれない。A.ブカロフの仕事がこの点に光を当てているかもしれない。
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Скептически отношусь. Проверять надо. Я не думаю, что типы как-то по наследству передаются. Возможно, социон — это какая-то общая структура ноосферы, которая каким-то образом воплощается в людях. Пожалуй, работы А. Букалова проливают свет на это.
タイプの遺伝性には懐疑を示す一方、ノオスフェア(人類の思考圏)という検証の難しい仮説も提示しています。検証を求める姿勢と、検証しにくい概念への傾きが、同じ研究者の記述内に共存する例です。
制度化の主張と外部の視線
学派側は、普及の規模を示す数字を挙げます。
ソシオニクスが科学的方向性として広範に普及していることは、過去15年間にわたり、人文諸科学のあらゆる部門および一連の技術科学において、約800本の学位論文においてソシオニクスの諸概念および諸方法が用いられてきたという事実によって裏付けられている。これら学位論文を分野別および主題別に分析した。さらに、ソシオニクスに関する学術出版物の集合体を分析した。現時点において、ソシオニクスはロシア、ウクライナ、CIS諸国、ならびに欧州連合加盟諸国の150を超える大学で教授されている。
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Широкое распространение соционики как научного направления подтверждается тем, что за последние 15 лет соционические идеи и методы использованы примерно в 800 диссертациях по всем разделам гуманитарных наук и в ряде технических наук. Проведен анализ таких диссертационных работ по отраслям и темам. Проанализирован массив академических публикаций по соционике. В настоящее время соционика преподается более чем в 150 университетах России, Украины, стран СНГ и стран Европейского союза.
800本の学位論文、150超の大学という数字はBukalovらの集計であり、独立の確認はありません。また、利用の広がりは妥当性の証明とは別の事柄です。学派の自己認識の強さは、Stratiyevskayaの一節に典型的に現れます。
—残念ながら、まったくできない。なぜなら、この現代の発見に至るまで、人類は長く困難な道のりを歩んできたのであり、この発見そのものが、ソシオニクスと呼ばれる、新しく将来性のある科学の基礎となったからだ。ソシオニクスが伝統的心理学と異なるのは、化学が錬金術と異なるのと同じである—ソシオニクスには体系がある、構築的アプローチがある、それは既存の知識体系と矛盾せず、それどころか、最も多様な科学・領域で並行して行われている多くの研究によって裏づけられている、科学的方法に基づいている。
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— К сожалению, никак нельзя, поскольку к этому, современному нам открытию, человечество шло долгим и трудным путем, само это открытие явилось основанием новой и перспективной науки, получившей название соционики. От традиционной психологии соционика отличается так же, как химия от алхимии — в ней есть система, в ней есть конструктивный подход, она основана на научных методах, которые не противоречат существующей системе знаний, а, наоборот, подтверждаются многими исследованиями, проводимыми параллельно в самых различных науках и областях.
言い換えると、Stratiyevskayaは、ソシオニクスと従来の心理学の違いを、化学と錬金術の違いにたとえています。同じ学派の中で、Filatovaは判定を技芸に近いと書き、Reininはテストの精度を最大40%と見積もっていました。学問としての位置づけについて、研究者の自己評価が割れています。
外からの評価との差もあります。Bukalov自身が書いているとおり、類型論を専門とする心理学者は、ソシオニクスをMBTIより良くも悪くもないポストユング類型論として扱っています(19章)。「化学と錬金術」という自己評価とのあいだには、大きな開きがあります。
最後に、判定する側の質の問題も、内部から指摘されています。Filatovaは、こう書いています。
ソシオニクスに対する不信の、もう一つの原因は、この人間についての新しい知識領域に、専門的な訓練どころか、単純な人生経験さえ持たないことも少なくない、熱心な支持者たちの一大勢力が押し寄せたことに関係している。そして、そうした若者たちが、自分が正しいと絶対的な確信を持って、決して単純ではない心理的問題の解決策をあちらこちらで提示するとき、それが思慮深い研究者たちの十分に根拠のある批判を招かずにはいないのである。
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Другая причина недоверчивого отношения к соционике связана с тем, что в эту новую область знаний о человеке пришла большая армия энтузиастов, не имеющих зачастую не только специальной подготовки, но и простого жизненного опыта. И когда такие молодые люди с абсолютной уверенностью в своей правоте предлагают направо и налево рецепты решения совсем непростых психологических проблем, это не может не вызывать у вдумчивых исследователей вполне обоснованных нареканий.
つまり、Filatovaは、訓練も経験も乏しい支持者の断定的な助言が、ソシオニクスへの不信を招いたと見ています。批判の向け先は、理論そのものより、判定し助言する側の質です。
小括します。懸念は5つに整理できます。
- 判定の信頼性:技芸に近いという内部評価、質問紙は最大40%という見積もり、判定者の経験に預けられた手順
- 反証手続きの不在:国や実在の人物へのタイプの当てはめと、外部の測定で確かめられていない理論装置
- 記述の偏り:仕事と管理の場面に集まったLSEの観察
- 継承と資料の系譜:ユングの祖形からの組み替えと、再録や別の版を独立した証言として数えられないこと
- 体系の非互換:番号・モデルG・次元の数え方・時間の要素・愛称が研究者で揃わないこと
あわせて、このページ全体で扱ってきた主張の水準を区別しておきます。
-
文献上の事実:誰がいつ何を書いたか。索引と出典で確認できます。
-
理論内部の帰結:モデルを前提にした導出(例:LSEの位置4はNiで1次元)。モデル内で整合していても、モデル自体の妥当性は別の問題です。
-
文献系列内で反復される観察:14章の5つの観測。相互に参照し合う文献群での反復であり、独立した再現ではありません。
-
独立に実証された主張:測定・標本・追試を伴うもの。当サイトが確認した範囲では、この水準に達したLSE記述は本ページにはありません。
これらの懸念の多くが研究者自身の言葉で残っていることは、少なくとも一部の研究者が弱点を自覚して書き残していた証拠であり、同時に未解決の課題の一覧でもあります。このページの引用群は、その両面を示すことを意図して選びました。
24LSEとは何か
この章には新しい引用はありません。ここまでの各章の引用と、14章・23章などで行った当サイトの比較・整理を、1つのまとめへ再統合します。この章は資料の提示ではなく、資料についての当サイトの解釈です。引用に直接書かれた内容より、確からしさを一段低く見積もる必要があります。
反復して現れる記述
複数の研究者が、論者や時期を変えて繰り返し書いてきた記述があります。14章で5つに整理したとおりです。第一は仕事の質と手順が記述の中心に置かれること、第二は快適さを整えることが仕事を実現する手段になることです。第三は時間の見通しに負担があること、第四は好意や感情を言葉より行動で示すこと、第五は力を攻めるより守るために使うことです。
ただし、この反復を独立した観測の一致と呼ぶことはできません。アウシュラ以後の研究者は同じ理論共同体に属し、用語も先行する記述も相互に受け継いでいるからです(02章)。正確には、相互に参照し合う文献系列の中で、書き手と様式を変えて反復されてきたモチーフです。その意味で、LSE記述の共有された部分と見てよい範囲にとどまります。
確定しない点と実証の限界
一方で、単純にまとめられない点もあります。時間の見通しを、どの位置の働きとするかは研究者で食い違います。多くの研究者は位置4の脆弱機能のNiの話として書きますが、Reininは時間を位置6のNeに置きます(14章)。Gulenkoの2つの文章では、階層的な組織への向き不向きが逆向きに書かれたままです(14章)。
さらに、記述の前提そのものにも懸念が残ります(23章)。タイプ判定の信頼性は学派の内部から低く評価され、実在の人物のタイプ判定にも判定の手続きは示されていません。機能番号・タイプ名・愛称が体系や時期で一致しない問題も残ります(LSEの呼び名は、シュチルリッツとホームズで割れています)。
LSE像の要約
ここまでを、確実に間違いとは言えない範囲でまとめます。文献上のLSEは、自我ブロックの主導機能にTe(外向論理)、創造機能にSi(内向感覚)を置くタイプとして記述されます(03章)。Teは行為や物が仕事のなかで役に立つかを確かめる要素、Siは体と空間の心地よさを知覚する要素とされます(04章)。LSEでは、Siで周りの不快を減らすことが、Teの仕事を形にする手段として書かれます(04章)。この構成の記述とは別に、複数の文献では、仕事の質と手順へのこだわり、時間の見通しの負担、行動で示す好意、守るための力が反復して記述されています(14章)。
LSEを短くまとめるなら、実務の効率と身の回りの快適さを強い側に持つと文献上は記述されるタイプ、となります。それが、当サイトが確実に間違いとは言えないと考える範囲です。
かみ砕いて言うと
最後に、同じまとめを、タイプ解説で一般的な語り口に寄せて書いておきます。変えたのは文体だけで、内容は前節と同じく、根拠はここまでの章の資料のみです。
LSEは、仕事が実際に進むかどうかを気にかけ、働く場や暮らしを整えることでそれを形にするタイプとして描かれてきました。質を落とす理由が分からず、手順や決まりを大事にし、先の予定が崩れることには強い負担を感じやすいと繰り返し書かれています。
また、慰めや愛情の言葉は得意でなく、気持ちは手を動かす助けや成果で示すとされます。力を見せることはあっても、それは自分と身近な人を守るためで、自分から攻めることは少ないと記述されています。
01章の一般像と比べると、効率と段取り、決まりの重視、感情表現と先の見通しの苦手は、研究者の記述にもそのまま残ります。一方、「きちんとした実務家」という像の内側には、時間に追われる負担と、倫理の面での傷つきやすさが書き込まれています。
ただし、これらは相互に参照し合う文献のなかで繰り返されてきた記述であって、測定で確かめられた性質ではありません(23章)。そのうえで一文に圧縮するなら—LSEは、少なくとも「仕事の効率と身の回りの快適さを強い側に持ち、先の見通しと感情の言葉には負担を感じやすい」と文献上繰り返し記述されてきたタイプだと言えるかもしれません。
25この記事の方法論
引用を用いる理由と範囲
ソシオニクスの文献では、同じLSEというタイプについて、研究者ごとに観測点も語彙も評価も食い違います。食い違う記述を1つの要約にまとめると、どの研究者も書いていない「平均像」ができあがります。要約には書き手の解釈が混ざるため、研究者の記述は逐語の引用で示します。引用は本文で設定した論点の検討に必要な範囲にとどめ、当サイトの本文がその出典関係・記述の差異・適用範囲を分析します。各引用の位置づけの説明、各章末の小括、14章の横断比較、23章の懸念の整理が、このページの本文の役割です。14章の横断比較や22章・23章の整理など、本文の分析には当サイトの判断が入ります。最終の24章はその延長で、記事全体の資料をまとめ直す独自の統合です(位置づけは章の冒頭でも明示します)。
引用の逐語性と翻訳
引用の訳文は当サイトによる訳出です(ユングはドイツ語原著の英訳版から訳出しています)。掲載した引用文は、訳出した本文と逐語で一致することを機械的に検証しています。底本の綴りは各引用の「原文を表示」で確認できます。
引用内の愛称は、コード表記へ置換したうえで原語を併記します(例:「LSE〔原文: シュティルリッツ〕」)。
引用の位置づけも明記します。本ページの引用は、公表された著作物からの、批評・研究を目的とする引用です。引用部は引用ブロックで明瞭に区分し、すべてに出所を番号つきで明示しています。索引には著者・資料名と、確認できた範囲の刊行年・初出・該当箇所を掲載し、出所に留保が要る資料は注記で示します。本文と引用の関係は、本文の分析が主で、引用は各論点の根拠として示す資料です。出典・掲載についての指摘があれば対応します。
タイプ愛称の置換
ソシオニクスの原典には、16タイプを著名人や文学人物の名で呼ぶ愛称が頻出します。LSEの場合は「シュチルリッツ」で、資料によっては「シュティルリッツ」とも表記されます。Reininなど初期の資料では、同じLSEが「ホームズ」と呼ばれます。当サイトはタイプをコード表記(LSE、EIIなど)で統一しているため、引用内の愛称は「LSE〔原文: シュティルリッツ〕」の形式で置換します。愛称の由来と著名人タイピングの問題は22章で扱います。
索引の使い方
引用の末尾には初出順の番号が付きます。番号を押すと巻末の索引に移動し、著者・書名と、確認できた範囲の年・該当箇所を確認できます。索引の各項目からは、本文の引用位置へ戻れます。
注釈
+索引(引用文献)
- [1]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第11章 定義 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [2]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [3]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [4]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [5]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [6]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [7]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [8]ユング『心理学的類型』(1921) 内向的態度。原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [9]ユング『心理学的類型』(1921)第10章 内向的感覚型 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [10]Kempinski『Lęk(不安)抜粋訳』(原題:Lęk) 「アナログ原理とデジタル原理」の節 死後刊行の著作。著者はAntoni Kępiński(1918–1972) 本文へ
- [11]Kempinski『Lęk(不安)抜粋訳』(原題:Lęk) 「アナログ原理とデジタル原理」の節 死後刊行の著作。著者はAntoni Kępiński(1918–1972) 本文へ
- [12]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) Kempinskiの抜粋訳内の再録(原出典はアウシュラ『ソシオニクス入門』) 本文へ
- [13]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998)著者序文 Kempinskiの抜粋訳内の再録(原出典はアウシュラ『ソシオニクス入門』) 本文へ
- [14]アウシュラ『ユング論考集(当サイト編纂アーカイブ)』(1984)第4篇「パーソナリティとパーソナリティタイプ」 心理学者エレナ・ドゥボヴァ宛書簡(1984年11月18日付)。機関誌『ソシオニクス、メンタロジー、人格心理学』2005年№4(通巻No.202)に再録 本文へ
- [15]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 本文へ
- [16]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 本文へ
- [17]Reinin「情報、その伝達、および情報代謝について」(原題:Об информации, её передаче и информационном метаболизме)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1-2(2021年) 機関誌への再録掲載 出典リンク 本文へ
- [18]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались)第I部 理論編 刊行年は底本(露語電子テキスト)に記載がなく未確認 本文へ
- [19]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001)前書き 本文へ
- [20]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей — Соционика: новый метод познания человека、2005)第1章 本文へ
- [21]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [22]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [23]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика) 「第1機能」の節(要約) 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [24]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика) 「第2機能」の節(要約) 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [25]アウシュラ『機能の理論(フンクツィオニカ)』(原題:Теория функций. Функционика) 「情報代謝モデル」の節 執筆年の明示がない著作(推定1980年代後半〜1990年代初頭)。サミズダートで流通したのち電子化されたもので、初出媒体は未確認 本文へ
- [26]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [27]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [28]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第11章 定義「思考」 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [29]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921) 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [30]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 本文へ
- [31]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [32]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [33]Yermak『人を理解することを学ぶには』(2005) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [34]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998)第4章 1982年執筆「ソシオン、またはソシオニクスの基礎」の再録部からの引用 本文へ
- [35]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались)第I部 理論編 刊行年は底本(露語電子テキスト)に記載がなく未確認 本文へ
- [36]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001)第II部 本文へ
- [37]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей、2005)第4章 本文へ
- [38]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [39]Yermak, Roslankina『人を理解することを学ぶには』(2005) 付録2は機関誌1999年№2–5の初出。和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [40]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [41]アウシュラ『ソシオニクス:心理タイプ・テスト』(原題:Соционика: Психотипы. Тесты、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [42]アウシュラ『ソシオニクス:心理タイプ・テスト』(原題:Соционика: Психотипы. Тесты、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [43]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [44]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [45]アウシュラ『ソシオニクス:心理タイプ・テスト』(原題:Соционика: Психотипы. Тесты、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [46]アウシュラ『ソシオニクス:心理タイプ・テスト』(原題:Соционика: Психотипы. Тесты、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [47]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [48]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [49]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [50]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [51]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [52]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [53]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [54]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [55]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [56]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [57]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [58]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [59]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [60]Bukalov & Karpenko「人類の進化—情報代謝機能構造とソシオンの形成(第2部)」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2018年) 本文へ
- [61]Bukalov「インタータイプ関係の記述」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2012年) 本文へ
- [62]Bukalov & Boiko『「LSE」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [63]Bukalov「個体誕生過程における情報代謝機能の形成メカニズムについて」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1996年) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [64]Bukalov「TIMとソシオンの16成分モデル」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1996年) 本文へ
- [65]Bukalov「社会歴史過程のモデル化(第2部)」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2012年) 本文へ
- [66]Bukalov「社会政治過程の予測」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2011年) 本文へ
- [67]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [68]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [69]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [70]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [71]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [72]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [73]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [74]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [75]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [76]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [77]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [78]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [79]Filatova『「LSE」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [80]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [81]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [82]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [83]Yermak, Roslankina『人を理解することを学ぶには』(2005) 付録2は機関誌1999年№2–5の初出。和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [84]Yermak, Roslankina『人を理解することを学ぶには』(2005) 付録2は機関誌1999年№2–5の初出。和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [85]Yermak, Roslankina『人を理解することを学ぶには』(2005) 付録2は機関誌1999年№2–5の初出。和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [86]Yermak『人を理解することを学ぶには』(2005) 付録2は機関誌1999年№2–5の初出。和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [87]Karpenko「バーン=ブカロフによる構えがタイプの発現に及ぼす影響」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2011年) 本文へ
- [88]Karpenko「バーン=ブカロフによる構えがタイプの発現に及ぼす影響」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2011年) 本文へ
- [89]Karpenko「バーン=ブカロフによる構えがタイプの発現に及ぼす影響」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2011年) 本文へ
- [90]Karpenko「弟子、研修生、エキスパート」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2007年) 本文へ
- [91]Karpenko「情報流のアスペクトによるクアドラの順位づけについて」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2002年) 本文へ
- [92]Karpenko「世界のアスペクト知覚」(原題:Восприятие аспектов мира)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1995年) 本文へ
- [93]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [94]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [95]Gulenko『「管理者」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [96]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [97]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [98]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [99]Gulenko『「管理者」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [100]Gulenko『「管理者」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [101]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019)理論編 底本は英語版。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [102]Gulenko『「管理者」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [103]Weisband『初期ハンドブック(アウシュラ資料準拠)「LSE」』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [104]Prokofieva『「LSE」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [105]Prokofieva『「LSE」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [106]Meged & Ovcharov『「LSE」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [107]Golihov『「LSE」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [108]Golihov『「LSE」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [109]Golihov『「LSE」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [110]socionics.ua『「LSE」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [111]Piatnitskiy『「LSE」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [112]Beskova『「LSE」タイプ記述』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [113]Socioscope『「LSE」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 本文へ
- [114]Socioscope『「LSE」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 本文へ
- [115]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [116]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [117]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [118]Reinin「二分法的特徴の理論の創造について」(原題:О создании теории дихотомических признаков)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2006年) インタビュー記事 出典リンク 本文へ
- [119]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [120]Karpenko, Bukalov & Chikirisova「レイニン特性: ジェンダー差と社会的期待」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2000年) 本文へ
- [121]Filatova「タラノフのモデルとレイニン特性 第1部」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2011年) 機関誌No.144、2011年 本文へ
- [122]Filatova「タラノフのモデルとレイニン特性 第1部」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2011年) 機関誌No.144、2011年 本文へ
- [123]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [124]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) Part III「クラブ」 底本は英語版。底本は英語版。引用本文はその当サイト訳。原文トグルは英語版本文 本文へ
- [125]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [126]Bukalov & Karpenko「人類の進化—情報代謝機能構造とソシオンの形成」(原題:Эволюция человека: формирование структуры ФИМ и социона)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2018年) 出典リンク 本文へ
- [127]アウシュラ『レイニン特性の理論』(原題:Теория признаков Рейнина、1998)連載第5部 機関誌『ソシオニクス、メンタロジー、人格心理学』1998年№5(通巻№186)掲載の連載(全6回・古典欄)第5部 本文へ
- [128]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей — Соционика: новый метод познания человека、2005)第3章 本文へ
- [129]Bukalov「意識機能の管理的役割」(原題:Управляющая роль функции сознания)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(2016年) 出典リンク 本文へ
- [130]Yermak「ソシオニクスにおける範疇〈時間〉」(原題:Категория «время» в соционике)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №5(2007年) 出典リンク 本文へ
- [131]Eglit「機能の次元性」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2007年) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [132]Eglit「機能の次元性」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2007年) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [133]Eglit「機能の次元性」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2007年) 和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [134]システム・ソシオニクス学派『四次元性』 ページに著者名の記載なし。和訳は露語原文からの当サイト訳 本文へ
- [135]Bukalov & Karpenko「人類の進化—情報代謝機能構造とソシオンの形成」(原題:Эволюция человека: формирование структуры ФИМ и социона)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2018年) 出典リンク 本文へ
- [136]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 本文へ
- [137]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001)第II部 本文へ
- [138]Bukalov「情報代謝機能の形成メカニズムについて—個体誕生過程における機能形成」(原題:О механизме формирования функций информационного метаболизма в процессе рождения индивидуума)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №168、pp. 19–34(1996年) 出典リンク 本文へ
- [139]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались)第II部 本文へ
- [140]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались)第II部 本文へ
- [141]Gulenko『64の肖像』(2019)クアドラ論 本文へ
- [142]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Соционика: Типология. Малые группы、2010) 底本は英語版 本文へ
- [143]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [144]Bukalov「4つの進化段階とクアドラ交替の法則について」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №165(1995年) 本文へ
- [145]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались)第II部 本文へ
- [146]Bukalov「インタタイプ関係の記述」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2012年) 本文へ
- [147]Bukalov「社会歴史過程のモデル化」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2012年) 本文へ
- [148]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010) 参照は2010年英語版(露語版の初出年は確認中) 本文へ
- [149]Gulenko『64の肖像』(2019) 16関係編 本文へ
- [150]アウシュラ『ソシオニクス:心理タイプ・テスト』(原題:Соционика: Психотипы. Тесты、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [151]アウシュラ『ソシオニクス:心理タイプ・テスト』(原題:Соционика: Психотипы. Тесты、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [152]アウシュラ『ソシオニクス:心理タイプ・テスト』(原題:Соционика: Психотипы. Тесты、1998) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [153]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [154]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [155]Stratiyevskaya『お別れしないために』 本文へ
- [156]Bukalov「個体誕生過程における情報代謝機能の形成メカニズムについて」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(1996年) 原文には誤字が残る可能性がある 本文へ
- [157]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010) 16関係編 底本は英語版 本文へ
- [158]Bukalov & Karpenko「人類の進化—情報代謝機能構造とソシオンの形成(第2部)」『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌(2018年) 本文へ
- [159]Bukalov & Karpenko「学術分野としてのソシオニクス」(原題:Соционика как академическая научная дисциплина)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(2013年) 出典リンク 本文へ
- [160]アウシュラ『ユング論考集(当サイト編纂アーカイブ)』(1984)第4篇「パーソナリティとパーソナリティタイプ」 心理学者エレナ・ドゥボヴァ宛書簡(1984年11月18日付)。機関誌『ソシオニクス、メンタロジー、人格心理学』2005年№4(通巻No.202)に再録 本文へ
- [161]Wikisocion『「Subtypes」(コミュニティ編纂)』(2026) 2026-07-15閲覧 底本はWikisocion掲載の英訳テキスト。著者の原語初出は未確認 本文へ
- [162]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [163]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [164]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [165]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [166]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [167]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [168]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [169]Wikisocion『「Subtypes」(コミュニティ編纂)』(2026) 2026-07-15閲覧 底本はWikisocion掲載の英訳テキスト。著者の原語初出は未確認 本文へ
- [170]アウシュラ『ユング論考集(当サイト編纂アーカイブ)』第2篇「なぜユングを読むのは難しいか?」 執筆・初出は篇ごとに異なる編纂物(第2篇は機関誌2006年№4再録の論考) 本文へ
- [171]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей — Соционика: новый метод познания человека、2005)第9章 本文へ
- [172]Yermak『人を理解することを学ぶには』(原題:Как научиться понимать людей — Соционика: новый метод познания человека、2005)第9章 本文へ
- [173]Karpenko「エキスパートの立場」(原題:Позиция эксперта)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(1999年) 出典リンク 本文へ
- [174]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [175]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [176]Gulenko『64の肖像』(原題:64 портрета, или Калейдоскоп в новом свете、2019) 底本は英語版 本文へ
- [177]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [178]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [179]Weisband『初期ハンドブック(アウシュラ資料準拠)「LSE」』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [180]Socioscope『「LSE」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 本文へ
- [181]Bukalov & Boiko『「LSE」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [182]Bukalov & Boiko『「LSE」プロファイル』 底本はWikisocion掲載の英訳系テキスト 出典リンク 本文へ
- [183]アウシュラ『ソシオニクス入門』(原題:Соционика: Введение、1998) 本文へ
- [184]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(2010) 底本は英語版 本文へ
- [185]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [186]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(2001) 本文へ
- [187]ユング『心理学的類型』(原題:Psychologische Typen、1921)第10章 原著は独語(1921年)。底本はH. G. Baynes英訳(1923年) 本文へ
- [188]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001)前書き 本文へ
- [189]Reinin『ソシオニクス: 類型論・小集団』(原題:Socionics: Typology. Small Groups.、2010) 参照は2010年英語版(露語版の初出年は確認中) 本文へ
- [190]Reinin「ソシオンとその記述」(原題:Социон и его описания)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №6(2008年) 出典リンク 本文へ
- [191]Bukalov & Karpenko「学術分野としてのソシオニクス」(原題:Соционика как академическая научная дисциплина)『ソシオニクス、メントロジー、パーソナリティ心理学』誌 №1(2013年) 出典リンク 本文へ
- [192]Stratiyevskaya『お別れしないために』(原題:Как сделать, чтобы мы не расставались)第I部 理論編 刊行年は底本(露語電子テキスト)に記載がなく未確認 本文へ
- [193]Filatova『ソシオニクスの鏡の中の人格』(原題:Личность в зеркале соционики、2001)前書き 本文へ
