FEVL(デュマ)の 詳細解説
1F・2E・3V・4L|第6セクスタ

FEVLは、第1機能に物質、第2機能に感情、第3機能に意志、第4機能に論理の側面がくるタイプです。原典の象徴名はデュマで、ほとんど抗えない魅力の才能を持つとされています。
FEVLを理解するには、次の4つのポイントがあります。
第一章FEVLの4つの位置
FEVLは、上の段に物質と感情、下の段に意志と論理を持つタイプです。そのため、強く確かな機能は物質と感情で、弱く本人が気にする機能は意志になります。
また、意志は、ほかの機能を支える機能とされています。原典は、3Vの傷つきやすさが、強い1Fと2Eの表れ方まで変えると見ています。
1F「所有者」
1Fの体は、FEVLの見た目にそのまま表れるとされています。アファナシエフは、街で見かける「デュマ」をこう書いています。
街で「デュマ」は遠くからでも目につく。恰幅がよく、背が高く、顔立ちは美しいとは言えないまでも、肉づきが豊かである。腹を前に突き出し、つま先を開き、足を引きずりながら、のんびりとした優雅さで歩道を進む。その顔には、ふくろうのような、酸っぱさの混じった複雑な表情が浮かんでいる。半ば伏せたまぶたの下の眼差しは尊大に見えるが、その目をのぞき込もうとしても、のぞき込む場所がないことに気づく。彼の視線は、おずおずと床に据えられているからである。
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На улице “Дюма” виден издалека: дородный, рослый, с, если не красивой, то сочной лепкой лица. Выставив вперед живот, он с ленивой грацией шествует по тротуару, подшаркивая и раздвинув носки. При этом физиономии его придано сложное совино-кислое выражение. Взгляд из-под полуопущенных век выглядит надменным, но, если вы попробуете заглянуть в его глаза, то обнаружите, что заглядывать некуда, так как взгляд его робко уперт в пол.
FEVLは、体の大きさと肉づきで、遠くからでも目につくということです。一方で、視線はおずおずと床に向いているとされ、強い1Fの体と、自信のなさが同居していると読めます。
2E「俳優」
2Eは、人とのやりとりのなかで感情を表す位置です。FEVLでは、それが人の心をつかむ演技になるとされています。
「デュマ」は、誰にもまして、素朴で誠実で開けっぴろげな人間、気さくな好漢という役を見事に演じる。この役を彼は、決まりきった場面(宴席、顔合わせ、サービス業の場でのやりとり、衝突など)のために特別に用意し、鏡の前で磨き上げ、ほとんど外すことなく的中させる。彼の成功の大半は、魅了する才能によるものである。
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“Дюма”, как никому, удается роль простодушного, искреннего открытого человека, рубахи-парня. Эту роль он специально готовит и шлифует перед зеркалом для стандартных ситуаций (застолье, знакомство, общение в сфере услуг, конфликты и т. д.) и практически бьет без промаха. Львиная доля его удач принадлежит таланту обаивать.
つまり、FEVLは場面に合わせた感じのよい役を前もって用意し、ほぼ外さずに演じるということです。成功の多くが、この人を惹きつける力から来るとされています。
3V「小市民」
3Vは、意志が弱く、本人がそれを強く気にする位置です。FEVLでは、この敏感さが人を読み取る力になるとされています。
「デュマ」では、この一見異なる二つの才能〔人を魅了する才能と、言葉で人を打ちのめす才能〕の共通の源が、第2感情と第3意志の組み合わせである。第3意志の繊細きわまる膜は、超音波の水準で、相手から発せられるあらゆる雑音と軋みを聞き取り、表情、身ぶり、目つき、服装、話し方の細部から、コンピューターのように、その相手のファイルを読み取る。一方、第2感情は、話し相手の気分を非の打ちどころなく感じ取り、個々の場合にまったく適切な言葉、言い回し、表現を示す。「デュマ」は生まれながらの理想的な心理学者であり、生活が心理的なごまかしだけで成り立っているのではないのは、周囲の者にとって幸いである。
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У “Дюма” общим источником двух этих как бы различных дарований служит сочетание 2-й Эмоции и 3-й Воли. Тончайшая мембрана 3-й Воли на ультразвуковом уровне слышит все шумы и скрипы, исходящие от оппонента, по мельчайшим деталям мимики, жестикуляции, выражению глаз, одежде, речи, как компьютер, считывает его файл. Тогда как 2-я Эмоция безукоризненно чувствует настроение собеседника и подсказывает абсолютно точно уместные для каждого отдельного случая слова, обороты, выражения. “Дюма” — прирожденный, идеальный психолог, и счастье окружающих, что ни на одних психологических обманках держится жизнь.
上の引用にある膜は、わずかな振動まで拾う薄い膜のたとえです。言い換えると、FEVLは3Vの敏感さで相手の細かな様子を読み取り、2Eでその場に合う言葉を選ぶということです。原典は、そのためFEVLを生まれながらの心理学者と呼んでいます。
4L「学童」
最後は論理です。アファナシエフは、このタイプの冒険主義を論じた終わりに、こう書いています。
最後に、「デュマ」の冒険主義というテーマを締めくくるなら、結婚詐欺でほぼ百パーセントの幸運に恵まれ、宗教詐欺でもかなりの成功を収める彼が、並外れた知的努力(第4論理)を要する冒険に関しては、まったく見込みがない、と言っておかなければならない。
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Наконец, завершая тему авантюризма “Дюма”, остается сказать, что при почти стопроцентной удачливости в брачной афере, немалых успехах — в религиозной, он абсолютно безнадежен в тех случаях, когда авантюра требует исключительных умственных усилий (4-я Логика).
ここでいう冒険主義は、危うい企てに乗り出す性質のことです。つまり、FEVLの企ては、大きな知的努力が要るものになると、うまくいく見込みがないということです。論理に低い価値しか置かない4Lが、頭を使い続ける場面での弱さとして表れると読めます。
第二章原典が描く「デュマ」
原典は、このタイプを作家アレクサンドル・デュマで説明しています。章には、マリリン・モンローやエルヴィス・プレスリーなども、このタイプの例として出てきます。原典がこのタイプで示すのは、俳優としての素質、演技の考え方、魅力と行いのずれなどです。
生まれながらの俳優
原典は、FEVLの機能の並びを、俳優のための組み合わせと見ています。
「デュマ」は生まれながらの俳優であり、その機能の順序のすべてが、舞台とスクリーンのために特別に組み立てられているかのようだ。みずみずしい風貌(第1物質)、気分を受け取り伝えるうえでの限りない柔軟さ(第2感情)、繊細きわまる心理学的洞察(第3意志)。これは理想的な俳優の素質一式である。
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“Дюма” — прирожденный актер, и весь его порядок функций как бы специально выстроен для сцены и экрана. Сочная фактура (1-я Физика), бесконечная гибкость в восприятии и передаче настроений (2-я Эмоция), тончайший психологизм (3-я Воля) — идеальный актерский набор.
言い換えると、目を引く体、気分を受け取って伝える柔軟さ、人の心を読む繊細さが、そのまま俳優の素質になるということです。弱い3Vまでが、演技では人の心を読む力として生きると読めます。
「信じない!」という基準
俳優としてのFEVLが目指す演技についても、原典は書いています。
美的信条において、俳優の「デュマ」は自然発生的なリアリストであり、スタニスラフスキー・システムの、意識的または無意識的な支持者である(どうやら、スタニスラフスキーも「デュマ」だったらしい)。このシステムの主要な要求は、感情状態を伝えるうえでの完全な適合性(第2感情)である。スタニスラフスキーの有名な(ただし借りものの)言葉「信じない!」は、俳優の「デュマ」にとって、唯一にして最高の美的な検査基準である。
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По своему эстетическому кредо актер-”Дюма” — стихийный реалист, сознательный или бессознательный сторонник системы Станиславского (судя по всему, Станиславский тоже был “Дюма”). Главное требование данной системы — полная адекватность при передаче эмоциональных состояний (2-я Эмоция). Прославленная (хотя и заимствованная) фраза Станиславского “Не верю!” — главный и единственный эстетический тест-контроль для актера-”Дюма”.
上の引用にあるスタニスラフスキー・システムは、ロシアの演出家スタニスラフスキーがまとめた演技の方法です。つまり、FEVLの俳優は、感情が本物に見えるかどうかを、演技の良し悪しの基準にするということです。感情の加減を状況に合わせる2Eの性質が、ここに表れているとされています。
魅力と行いのずれ
FEVLをよく知る人は、このタイプを良くも悪くも取れる言葉で評するとされています。
「魅力的な悪党」(アフマートヴァによるA・トルストイ評)、「感じのいい偽善者」(リンゴによるマッカートニー評)。「デュマ」をよく知る者は誰もが、こうした両義的な評し方を用いる。しかし、彼の二面性には、なんら謎めいたところはない。魅力と高尚な意図の表明をつかさどるのは、聴衆を繊細に、深く感じ取る強力な第2感情であり、それは自分の務めを見事に果たして、ほかの機能がまったく実現するつもりのない願いを表明するための理想的な形を見つけ出す。筋金入りの唯物論者である第1物質に、ほぼすべての宗教に不可欠な禁欲の修行にふけらせることは、まったく不可能であり、偽善と冷笑と悪意から第3意志を癒すことが不可能であるのと同じである。
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“Очаровательный негодяй” (Ахматова об А.Толстом), “приятный лицемер” (Ринго о Маккартни) — такими амбивалентными характеристиками пользуются все, близко знающие “Дюма”. Однако ничего загадочного в его раздвоенности нет. За обаяние и декларации о возвышенных намерениях отвечает мощная, тонко, глубоко чувствующая аудиторию 2-я Эмоция, и справляется она со своими обязанностями великолепно, находя идеальные формы декларирования чаяний, которые остальные функции совершенно не намерены реализовывать. Заставить закоренелую материалистку 1-ю Физику предаваться обязательным почти для каждой религии аскетическим подвигам — вещь совершенно невозможная, как невозможно излечить от лицемерия, цинизма и злости 3-ю Волю.
言い換えると、高い志を見事に言葉にするのは2Eで、それを実行しないのはほかの機能だということです。原典は、この二面性を、謎ではなく機能の並びから出てくるものと見ています。
第三章FEVLとFELVの違い
FELV(ルクレツィア・ボルジア)は、FEVLと同じく1Fと2Eを持つタイプです。そのため、官能的で感じやすいという上の段の性質は、2つのタイプで共通しています。原典は、FELVについても、官能的で感じやすい存在と書いています。
ですが、下の段は入れ替わります。FEVLは3Vと4L、FELVは3Lと4Vです。FEVLが強く気にするのは自分の意志や立場で、FELVが強く気にするのは考えることになります。
この違いは、まず1Fの表れ方に出ます。アファナシエフは、FEVLの性的な魅力をこう説明しています。
「デュマ」の外見の最も際立った特徴は、そこで性的魅力が完全に支配的であることである。もっとも、プシュケー・ヨーガのプリズムを通して見れば、この現象は十分に説明がつく。ただでさえ過剰な第1物質は、第3意志の圧力のもとで、さらに過剰になる。そこへ、すでに述べたように性的な信号から育った機能である強力な第2感情が加わると、「デュマ」の姿は、生殖能力の生きた体現という水準にまで達する。最初の二つの機能において官能的であり感じやすい彼は、その性的魅力で人を催眠術のように引きつけ、そのことを自分でも知っている。
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Отличительнейшая из черт внешности “Дюма” — какое-то абсолютно безраздельное доминирование в ней сексуальности. Хотя, глядя через призму психе-йоги, феномен этот вполне объясним. И без того избыточная 1-я Физика делается еще избыточней под давлением 3-й Воли. А добавка в виде мощной 2-й Эмоции, функции, как уже говорилось, выросшей из сексуальной сигнализации, вообще выводит облик “Дюма” на уровень живого олицетворения половой производительности. Чувственный и чувствительный по двум первым функциям, он гипнотически привлекателен в своей сексуальности и знает это.
上の引用にあるプシュケー・ヨーガは、サイコソフィアの元の名前です。つまり、FEVLでは3Vの圧力のために、1Fの官能性がさらに強く出るということです。
一方、FELVでは意志は4Vにあり、本人があまり重きを置かない側面です。アファナシエフは、FELVのミュラについてこう書いています。
ミュラがナポレオンと知り合ったのは、すでに准将の階級にあった時だが、皇帝の「彼は私にすべてを負っている」という言葉には、飾り気のない真実がある。何かに、誰かに恩義を負うこと、それが「農奴」の定めである。ミュラ自身も、これに異を唱えはしなかったと思う。皇帝の妹と結婚したあと、彼は自分を皇帝の縁者に数え、「ヨアヒム・ナポレオン」と名乗ることを好み、そうして臣従の気持ちを自ら進んで喜んで示したからである。
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Хотя Мюрат познакомился с Наполеоном, будучи уже в чине бригадного генерала, есть своя сермяжная правда в словах императора: “Он обязан мне всем.” Такова уж судьба “крепостных”: быть кому-либо чем-либо обязанным. Сам Мюрат не стал бы, думаю, оспаривать сказанное, потому что после женитьбы на сестре императора приписал себя к его родне и любил величаться “Иоахимом Наполеоном”, тем самым добровольно и с охотой демонстрируя свои верноподданические чувства.
ここでいう「農奴」は、4Vの呼び名です。言い換えると、FELVは人に恩義を負い、従うことを自然に受け入れるということです。意志を強く気にして張り詰めるFEVLと、意志に重きを置かず従うFELV、という違いになると読めます。
考えることについては、向きが逆になります。FEVLの4Lは知的な努力に重きを置かず、FELVの3Lは考えを持ちながら、強い相手の前で口をつぐむとされています。
第四章FEVLの関係
完全アガペー:LVEF(アインシュタイン)
- LVEFの2Vは、FEVLの3Vが選択と責任への自信を育てる過程を支えます。FEVLの2Eは、LVEFの3Eが表現を試す余地を作ります。
- FEVLの1FはLVEFの4Fを生活面で支え、LVEFの1LはFEVLの4Lへ明確な説明を提供します。
- プロセス型機能(第2・第3)の交差に、結果型機能(第1・第4)の交差も加わる、完全アガペーの配置です。原典はこれを最も実りのある関係とする一方、これほど重苦しい関係はないとも書きます。
アガペーの実例:FVEL(チェーホフ)
- 『愛の構文』は、FEVLのリカ・ミジノワとFVELのアントン・チェーホフの関係を詳しく扱います。2Eと3E、3Vと2Vが互いに作用する関係です。
- 2人は冗談を通じて近づき、「愛している」という言葉は最後まで口にされませんでした。原典は、周囲が失敗とみなしたこの恋を、チェーホフに恋愛を主題として書かせた実りあるアガペーの例とします。ミジノワの側にも、遅れて率直に思いを告げる決断の強さが残ったと見ます。
完全エロス:VLFE(レーニン)
第6セクスタの4タイプ
第1機能と第4機能が同じ組になる4タイプです。
- FEVL デュマ 1F・2E・3V・4L
- FVEL チェーホフ 1F・2V・3E・4L
- LEVF パスカル 1L・2E・3V・4F
- LVEF アインシュタイン 1L・2V・3E・4F
引用索引
- [1]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「アレクサンドル・デュマ」 本文へ
- [2]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「アレクサンドル・デュマ」 本文へ
- [3]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「アレクサンドル・デュマ」 本文へ
- [4]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「アレクサンドル・デュマ」 本文へ
- [5]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「アレクサンドル・デュマ」 本文へ
- [6]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「アレクサンドル・デュマ」 本文へ
- [7]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「アレクサンドル・デュマ」 本文へ
- [8]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「アレクサンドル・デュマ」 本文へ
- [9]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「ルクレツィア・ボルジア」 本文へ
