FVLE(ゲーテ)の 詳細解説
1F・2V・3L・4E|第1セクスタ

FVLEは、第1機能に物質、第2機能に意志、第3機能に論理、第4機能に感情の側面がくるタイプです。原典の象徴名はゲーテで、豊かな体の力を、静かで強い意志が抑えているとされています。
- 行いをいちばん上に置く: 『ファウスト』の「初めに行いがあった」という言葉のとおり、体を使った行いを世界の始まりとする価値の置き方をするとされています。
- 力強く落ち着いた印象: 大きな体と騒がしくない身のこなし、ゆっくりで重みのある話しぶりから、力と安らぎの印象を与えるとされています。
- 意志が物質を和らげる: 1Fの悪い面は2Vによって和らげられ、強盗にも吝嗇家にもならず、計算高い人にとどまるとされています。
- 雄弁ではない: 3Lのため、ゆっくり苦労して話し、語彙を平易にするので、単純な人に見えやすいとされています。
- 「馬鹿」の一言: ふだんは温和でも、「馬鹿」と言われると激しく怒り、衝動的に手が出ることがあるとされています。
- 立体の芸術を好む: 1Fのため、絵画より彫刻のような三次元の芸術を好むとされています。
FVLEを理解するには、次の4つのポイントがあります。
第一章FVLEの4つの位置
サイコソフィアでは、論理・意志・感情・物質の4つの機能を、人ごとに第1から第4の順位に並べます。FVLEでは、上の段に物質と意志、下の段に論理と感情がきます。結果型は1Fと4E、プロセス型は2Vと3Lです。
また、原典は、ゲーテが『ファウスト』の中で、自分の4つの位置を下から順に書いていたと見ています。『ファウスト』は、「初めに言葉があった」という聖書の一節を、思考・力・行いと言い換えていきます。ここでは、それを第1機能から順にたどります。
1F「所有者」
FVLEの第1機能は、物質です。アファナシエフは、『ファウスト』の最後の言い換えに、1Fを見ています。
では、ゲーテの価値の体系で優先するものは何か。「初めに行いがあった」と彼は宣言し、物理的な行為(行い)を世界の始まりと支えとして示した。つまり、平たく言えば、自分の第1物質である。
原文を表示
Итак, что же первенствует в системе ценностей Гете? “В начале было Дело”,- провозгласил он, представляя физический акт (дело) началом и опорой мироздания, т. е. проще говоря свою 1-ю Физику.
つまり、ゲーテは体を使った行いを、世界の始まりとする価値の置き方をしていたということです。言葉や思考より先に行いを置くところに、物質を最も確かなものとする1Fが表れているとされています。
2V「貴族」
物質の次にくるのが、意志です。アファナシエフは、『ファウスト』の「力」に2Vを見ています。
『ファウスト』には続けてこうある。「初めに力があった。要点はそこにある。だが、少しためらったのち、私はその解釈を退ける」。力は、その本性が機械的でないならば、精神、意志(「意志の力」)の同義語である。そして、ゲーテが力を第3論理より上に置き、しかし第1位には置かなかったのであれば、ゲーテの第2意志は、この彼の決定において十分にはっきりと現れている。
原文を表示
Далее в Фаусте мы читаем:”Была в начале Сила. Вот в чем суть, но после небольшого колебания я отклоняю это толкование”. Сила, если природа ее не механистична, — синоним Духа, Воли (“сила воли”). И уж коль Гете поставил Силу выше 3-й Логики, но не на первое место, то 2-я Воля Гете проявляется в этом его решении вполне отчетливо.
言い換えると、ゲーテは意志の力を思考より上に置きながら、いちばん上には置かなかったということです。その順番が、意志が第2機能にあることを表しているとされています。
3L「懐疑主義者」
下の段の第3機能は、論理です。アファナシエフは、『ファウスト』の「思考」の置き方に3Lを見ています。
ゲーテは言葉より上に思考、すなわち論理を置いた。しかし、それを世界の基礎に据えることを急がず、ただ第4感情の上に、彼の見るところより価値のあるものとして置いた。そのことで、ゲーテには第3論理があったと、われわれに示唆しているのである。
原文を表示
Выше Слова Гете ставил Мысль,т. е. Логику. Но и ее он не спешил положить в основу мироздания, а просто помещал над 4-й Эмоцией, как вещь, на его взгляд более ценную, тем самым подсказывая нам, что у Гете была 3-я Логика.
つまり、ゲーテは思考を言葉より大事にしながら、世界の基礎とまでは考えなかったということです。3Lは理性を疑いながら、ひそかに大事にもする位置なので、思考を高く置きつつ信じ切らないこの置き方に、3Lが表れていると読めます。
4E「見物人」
最後の第4機能は、感情です。アファナシエフは、詩人のゲーテが言葉を低く見ていたことを、4Eから説明しています。
天才的な詩人であり、散文家であり、劇作家である者が、「私は言葉をそれほど高くは評価しない」などと、どうして言えたのか、と思える。それでも、である。この現象は、プシュケー・ヨーガを通して説明するのが最もよい。ゲーテには第4感情があり、したがって、職業がなんであれ、彼の内的な階層のなかで、感情の中継器としての言葉の価値が大きくなりえなかったのは当然である。
原文を表示
Казалось, как мог гениальный поэт, прозаик, драматург заявлять:”Я так высоко не ставлю слово.” И тем не менее. Обьяснять данный феномен лучше всего через психе-йогу: у Гете была 4-я Эмоция, и, естественно, что, независимо от рода занятий, в его внутренней иерархии ценность слова, как эмоционального ретранслятора, не могла быть значительной.
上の引用にあるプシュケー・ヨーガは、サイコソフィアの元の名前です。言い換えると、ゲーテは詩人でありながら、感情を伝える道具としての言葉に、高い価値を置かなかったということです。4Eは感情に重きを置かない位置なので、仕事が何であっても、言葉の価値は大きくならないとされています。
このように、『ファウスト』の行い・力・思考・言葉は、そのまま1F・2V・3L・4Eに重なります。原典は、『ファウスト』のゲーテとタイプとしての「ゲーテ」の違いは、用語だけだと書いています。
第二章原典が描く「ゲーテ」
ゲーテは、ドイツの詩人・作家で、『ファウスト』の作者です。アファナシエフは、ゲーテ本人に加えて、レーガンなどの政治家もFVLEの例に挙げています。挙げられているのは、オリュンポスの人の印象、意志に抑えられた物質、「馬鹿」の一言の3つです。
オリュンポスの人
FVLEの人は、会った人に力強さと安らぎの印象を与えるとされています。アファナシエフは、その姿をこう書いています。
率直に言って、「ゲーテ」は幸運な少数の一人であり、彼については「神は肉体の美しさと魂の美しさを授けた」と言うほかない。(中略)第1物質の豊かで、みずみずしく、起伏のある肉体は、「ゲーテ」においては、第2意志の静かで、固く、強い精神によって高貴なものにされており、そのため俗っぽく見えない。ゲーテ自身もしばしば「オリュンポスの人」と呼ばれたが、それは当然である。「ゲーテ」の姿には、どこかオリュンポス的なものがある。大きな力強い体に、騒がしくない身のこなしに、ゆっくりとした、静かな、しかし重みのある話しぶりに、穏やかな、いくぶんぼんやりとした眼差しにある。
原文を表示
Прямо сказать, “Гете” — один из немногих счастливчиков, о которых ничего не скажешь, как только:” Вот наградил Бог красотой тела и души”. Действительно, глядя на “Гете”, остается только завидовать: обильная, сочная рельефная плоть 1-й Физики облагорожена у “Гете” покойным, твердым, сильным духом 2-й Воли и потому не выглядит вульгарно. Самого Гете часто называли “олимпийцем”, и заслуженно — есть нечто олимпийское в облике “Гете”: в большом, могучем теле, в несуетной пластике, в замедленной, тихой, но весомой речи, в спокойном, несколько рассеянном взгляде. Ощущение силы, надежности, покоя и уюта — первое и неизменяемое со временем впечатление при контактах с “Гете”.
上の引用にあるオリュンポスは、ギリシア神話の神々が住む山のことです。つまり、FVLEの人は大きく力強い体と、静かで落ち着いた振る舞いをあわせ持つということです。1Fの肉体が2Vの精神で整えられているため、体の力が俗っぽく見えないとされています。
意志に抑えられた物質
また、原典は、1Fと2Vの組み合わせが、政治家としてのFVLEにも表れるとしています。
第1物質は、政治家の「ゲーテ」を、歴史上数多く知られてきたような、国家規模の筋金入りの悪党にして略奪者にしていただろう。もし彼の第1物質を、第2意志が鉄の手綱で押さえていなければ。第2機能は、すでに述べたとおり、人間の最良の側面であり、第2の段に意志があるならば、第1機能の最悪の特徴は、打ち消されるとまでは言えないが、大きく和らげられ、均される。こうして「ゲーテ」の第1物質は、公的生活でも私生活でも、彼を強盗にも吝嗇家にもせず、むしろ、けちで、計算高い人間にするにとどまる。
原文を表示
1-я Физика сделала бы из “Гете”-политика закоренелого злодея и грабителя общегосударственного масштаба, каких немало знала история, если бы его 1-ю Физику железной уздой не держала 2-я Воля. Вторая функция, как было сказано, лучшая сторона человека, и, если на второй ступени находится Воля, то худшие черты Первой функции не сказать отменяются, но значительно сглаживаются, нивелируются. Так, 1-я Физика “Гете” ни в общественной, ни в частной жизни не делает его ни разбойником, ни жмотом, он, скорее, человек прижимистый, расчетливый, не более.
言い換えると、1Fの悪い面は、2Vによって消えはしないものの、大きく和らげられるということです。そのため、FVLEは公の場でも私生活でも、せいぜい計算高い人にとどまるとされています。第2機能を人の最も良い面とする原典の考え方が、ここにも表れています。
「馬鹿」の一言
一方、ふだんは温和なFVLEにも、強く反応する言葉が1つあるとされています。
外見上のあらゆる温和さ、寛容さ、くつろぎ、動じなさ、半神のまどろみにもかかわらず、ひとつの言葉があり、それは「馬鹿」という言葉で、「ゲーテ」を猛り狂った牛に変え、突然、黙ったまま、衝動的に、彼の第1物質の石の拳を動かす。そして、こうした発作の悲劇的な結末は珍しくない。レールモントフの決闘での死は、この種の爆発の最も痛ましい例の一つである。
原文を表示
При всей видимой незлобивости, терпимости, расслабленности, непробиваемости, как бы дремотности полубожества есть слово — и это слово “дурак”- способное превратить “Гете” в разьяренного быка, неожиданно молча, импульсивно приводящее в действие каменные кулаки его 1-й Физики. И трагические последствия таких вспышек нередки. Гибель на дуэли Лермонтова — один из самых печальных примеров подобного рода взрывов.
ここでいう石の拳は、1Fの体の力のたとえです。つまり、FVLEは「馬鹿」の一言をきっかけに、1Fの力で衝動的に応じてしまうことがあるということです。原典は、「馬鹿」が3Lにとって急所への一撃になると説明し、詩人レールモントフを決闘で撃ったマルトゥイノフを、このタイプの例としています。
第三章FVLEとFVELの違い
FVELは、原典で「チェーホフ」と呼ばれるタイプです。FVLEとFVELは1Fと2Vが同じなので、物と暮らしを大事にしながら、人を支配しない点で似て見えます。原典は、どちらのタイプについても、1Fの欲を2Vが和らげていると書いています。
違いは、下の段にあります。FVLEは論理が第3機能、感情が第4機能です。一方、FVELは感情が第3機能、論理が第4機能です。第3機能は弱く本人が強く気にする機能、第4機能は本人があまり重きを置かない機能なので、2つのタイプでは気にするものと気にしないものが入れ替わっていることになります。
アファナシエフは、FVELの3Eが、芸術への向き合い方に表れるとしています。
「堅物」は、主な仕事として芸術家の道を選ぶことがまれである。たいていは、文学、音楽、芸術は彼らにとって職業ではなく趣味である。チェーホフ自身、自分の文学の営みが真剣なものでないことをほのめかすかのように、医学は妻、文学は愛人だと好んで言った。
原文を表示
“Сухари”, в качестве главного занятия, редко избирают артистическое поприще. Обычно литература, музыка, искусство — для них хобби, а не профессия. Сам Чехов, как бы намекая на несерьезность своих литературных занятий, любил говорить, что медицина ему жена, а литература — любовница.
上の引用にある「堅物」は、感情が第3機能にある3Eの呼び名です。つまり、3Eの人は感情を表す芸術を、仕事としてより趣味として扱いやすいということです。一方、FVLEの感情は4Eなので、感情を表す言葉に価値を置かなくても、それを気に病むことは少ないとされています。
また、論理の扱いも逆になります。FVLEは3Lのため、知性を侮られることに強く反応します。反対に、FVELは4Lのため、自分の見方が定まらないことを、あまり気にしないとされています。
第四章FVLEの関係
第1セクスタの4タイプ
第1機能と第4機能が同じ組になる4タイプです。
- ELVF アンデルセン 1E・2L・3V・4F
- EVLF ガザーリー 1E・2V・3L・4F
- FLVE アリスティッポス 1F・2L・3V・4E
- FVLE ゲーテ 1F・2V・3L・4E
引用索引
- [1]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ」 本文へ
- [2]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ」 本文へ
- [3]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ」 本文へ
- [4]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ」 本文へ
- [5]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ」 本文へ
- [6]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ」 本文へ
- [7]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ」 本文へ
- [8]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「アントン・チェーホフ」 本文へ
