LEVF(パスカル)の 詳細解説
1L・2E・3V・4F|第6セクスタ

LEVFは、第1機能に論理、第2機能に感情、第3機能に意志、第4機能に物質の側面がくるタイプです。原典の象徴名はパスカルで、考える力を人間の尊さとしながら、自分の小ささに苦しむとされています。
- 理性を尊ぶ: 人間のなかで尊敬に値するのは理性だけだという立場が、1Lから来るものとされています。
- 頭と心を対立させない: 論理と感情がともに上にあるため、デカルトの理性の哲学を、心情の哲学で補ったとされています。
- 自分の小ささへの苦しみ: 3Vのために、人間の取るに足りなさが主な問題になり、理性への信頼さえ懐疑へ傾くとされています。
- 無欲は周りしだい: 4Fは物質的な暮らしに自分の立場を持たず、無欲になるか欲深くなるかは周りの人に左右されるとされています。
- 交際の人: 思慮深く感じやすく、機知に富んだ、すぐれた話し相手として描かれています。
- 『パンセ』は告白: 人間一般を論じた『パンセ』も、1L・2E・3V・4Fを持つ本人の観察から生まれたものと読まれています。
LEVFを理解するには、次の4つのポイントがあります。
第一章LEVFの4つの位置
LEVFでは、論理が1L、感情が2E、意志が3V、物質が4Fの位置にあります。上の段の1Lと2Eは強い機能で、下の段の3Vは弱く、4Fは本人が重きを置かない機能とされています。
また、1Lと4Fは結論を大事にする結果型、2Eと3Vはやりとりを大事にするプロセス型です。このタイプでは、上の段で考えを美しい言葉にし、下の段の3Vで自分の価値をめぐって揺れると読めます。
1L「教条主義者」
1Lは、考えた末の結論を、確かなものとして示す位置です。アファナシエフは、パスカルが人間の何を尊んだかを、こう書いています。
パスカルにとって人間が全体として憎むべきものだった、ということは、これまで述べたことからは導かれない。人間の本性には、それを尊敬に値するものにする性質が一つあり、それは、パスカルの第1論理に従って、言うまでもなく理性である。まさに知性が、人間を宇宙のあらゆるものの上に、宇宙そのものよりも高く置く。
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Из сказанного не следует, что Паскалю весь человек был ненавистен, совокупно. Есть у людской природы одно свойство, делающее ее достойной уважения, и, конечно же, в соответствии с 1-й Логикой Паскаля, это свойство — разум. Именно интеллект ставит человека над всем во вселенной, выше самой вселенной.
言い換えると、パスカルにとって、人間を尊いものにしているのは考える力だけだということです。理性を何より上に置くこの見方を、原典は1Lから来るものとしています。
2E「俳優」
2Eは、その場に見合った感情を、思いどおりに表せる位置です。原典は、パスカルの哲学を、デカルトと比べてこう書いています。
パスカルはデカルトの「理性の哲学」を「心情の哲学」で補ったが、そのような補いは、知的な正統派の耳には奇異に響くかもしれない。実は、デカルト(「プラトン」参照)と違って、パスカルでは論理だけでなく感情も上位に置かれていたので、自分の本性の最も強い二つの側面、頭の経験と心の経験を対立させることが、彼にはそもそもできなかったのである。
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Декартовскую “философию разума” Паскаль дополнил “философией сердца”, как бы дико не звучало такое дополнение для уха интеллектуального ортодокса. Дело в том, что в отличие от Декарта (см.”Платон”) у Паскаля не только Логика, но и Эмоция помещалась Вверху, и стало быть, противопоставлять обе сильнейшие стороны своей натуры, опыт ума и опыт сердца он просто не мог.
上の引用にある「プラトン」は、デカルトも入るLFVEのことです。つまり、論理と感情がどちらも上の段にあるので、パスカルは頭と心を対立させられなかったということです。考えることと感じることを、同じくらい確かな経験として扱ったと読めます。
3V「小市民」
3Vは、自分の意志に自信が持てず、人の評価に揺れやすい位置です。アファナシエフは、パスカルの中の矛盾を、3Vからこう説明しています。
とはいえ、理性を讃えながら同時にそれを呪うことがなく、教条主義が彼の意識のなかで懐疑主義と有機的に同居していなかったなら、パスカルは「小市民」、すなわち初めから途方もなく矛盾した存在ではなかっただろう。人間の取るに足りなさという第3意志にとって主要な命題は、理性的な原理の絶対的な頼もしさと全能への第1論理の堅い信仰さえ揺るがし、懐疑主義へと押しやる。
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Вместе с тем Паскаль не был бы “мещанином”, т. е. существом изначала чудовищно противоречивым, если бы воспевая разум он одновременно не проклинал его, если бы догматизм органично не уживался в его сознании со скептицизмом. Главный для 3-й Воли тезис о ничтожестве человека колеблет даже твердую веру 1-й Логики в сверхнадежность и всемогущество рационального начала, подталкивает к скептицизму.
言い換えると、人間は取るに足りないという3Vの思いが、理性を信じる1Lまで揺るがすということです。そのため、パスカルの中では、確かな結論を求める態度と、すべてを疑う態度が同居していたとされています。
4F「怠け者」
4Fは、体や暮らしの良し悪しに、あまりこだわらない位置です。原典は、パスカルの無欲な暮らしぶりについて、こう書いています。
物質的な生活の層に対するパスカルの態度は、外から見れば、好ましく、危険がないばかりか魅力的ですらある奇行に見える。しかし、そこから、すべての「パスカル」が無欲な人、博愛家、禁欲者であるということは導かれない。第4物質は無党派で、世界への態度は周囲の人々に左右される。したがって、もしパスカルが修道院でなく兵営に入っていたなら、金銭欲、冷淡さ、残酷さが、修道院の禁欲や無欲と同じように有機的に彼の血肉となっていた可能性は十分にある。
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Отношение Паскаля к материальному пласту жизни выглядит со стороны милым, не только не опасным, но даже привлекательным чудачеством. Однако из этого не следует, что все “Паскали” — бессеребреники, филантропы и аскеты. 4-я Физика беспартийна и в своем отношении к миру зависит от окружающих. Поэтому, попади Паскаль вместо монастыря в казарму, очень может быть, корыстолюбие, черствость и жестокость столь же органично вошли бы в его плоть и кровь, как монастырская аскеза и бескорыстие.
ここでいう無党派とは、物質的な暮らしについて、自分で決めた立場を持たないことです。つまり、4Fの無欲は信念というより、周りの人の暮らし方に合わせた結果だということです。パスカルが禁欲的だったのも、修道院という環境によると原典は見ています。
第二章原典が描く「パスカル」
アファナシエフは、この章を、パスカルの『パンセ』の言葉を引きながら組み立てています。原典は、『パンセ』は人間一般を論じているように見えて、実は本人の告白だと読んでいます。
最も悲劇的なタイプ
原典は、パスカルを思想史のなかで最も悲劇的な人物とし、LEVFを最も悲劇的なタイプと呼んでいます。その理由を、アファナシエフはこう書いています。
「アンデルセン」(参照)と同じく、「パスカル」において、自分自身、周囲の人々、世界の受け止め方に怪物的な陰鬱さを与えるのは、第3意志と第4物質の組み合わせである。すでに述べたように、受け止めの絶望性は初めから「怠け者」に備わっており、第4物質の悲劇性に、第3意志が自分と世界に向ける嫌悪が掛け合わされるなら、結果として生まれるのは、実際に生まれたもの—パスカルの『パンセ』である。
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Подобно “Андерсену” (см.) чудовищную мрачность восприятия себя, окружающих, мира придает в “Паскале” сочетание 3-й Воли и 4-й Физики. Прежде уже говорилось, что безнадежность восприятия изначала присуща “лентяю”, и если трагизм 4-й Физики оказывается помноженным на ту неприязнь, с какой взирает на себя и мир 3-я Воля, то в результате получается то, что получилось — “Мысли” Паскаля.
上の引用にある「アンデルセン」は、同じく3Vと4Fを持つELVFのことです。言い換えると、自分を嫌う3Vと、世界に望みを持ちにくい4Fが重なると、物の見方が深く沈むということです。原典は、その見方から生まれた本が『パンセ』だと見ています。
考える葦
一方で、パスカルは人間の尊さも書いています。原典が引く、『パンセ』の有名な一節です。
「人間はただの葦にすぎず、自然の被造物のなかで最も弱いが、考える葦である。人間を滅ぼすのに、全宇宙は少しも必要でない。風のひと吹き、水のひとしずくで足りる。しかし、たとえ宇宙が人間を滅ぼしても、人間はそれでも宇宙より崇高である。人間は自分が命を失うこと、宇宙より弱いことを知っているが、宇宙は何も知らないからである。こうして、私たちの尊厳はすべて考える能力にある。私たちを引き上げるのは、私たちが無にすぎない空間や時間ではなく、思考だけである。」
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Человек — всего лишь тростник, слабейшее из творений природы, но он — тростник мыслящий. Чтобы его уничтожить, вовсе не надо всей Вселенной: достаточно дуновения ветра, капли воды. Но пусть даже его уничтожит Вселенная, человек все равно возвышеннее, чем она, ибо сознает, что расстается с жизнью и что слабее Вселенной, а она ничего не сознает. Итак, все наше достоинство — в способности мыслить. Только мысль возносит нас, а не пространство и время, в которых мы — ничто”.
つまり、人間は宇宙の中でいちばん弱い存在でも、自分の弱さを知っている点で宇宙より上にあるということです。人間の尊さを考える力だけに置くこの一節は、1Lと3Vが同じ考えの中に並んでいる例と読めます。
交際の人
最後は、このタイプの人柄です。アファナシエフは、LEVFの話し相手としての姿を、こう書いています。
論理と感情—主として話し言葉の機能である—が「パスカル」において上位にあることは、このタイプの代表者をすぐれた話し相手にする。「パスカル」は総じて「交際の人」であり、思慮深く、同時に深く感じ、分別があり、機知に富む。交際においては、あらゆる偏りが彼には耐えがたく、普遍性が彼の本領である。
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Верхнее положение у “Паскаля” Логики и Эмоции — функций, преимущественно речевых, делает из представителя данного типа превосходных собеседников. “Паскаль” — вообще “человек-общение”, одновременно и вдумчивый, и глубоко чувствующий, рассудительный и остроумный. В общении ему претит всякая односторонность, универсализм — его стихия.
言い換えると、LEVFは、よく考え、深く感じる、話していて楽しい相手だということです。上の引用にある普遍性は、1つの見方に偏らず、話題を広く扱えることを指していると読めます。
また、原典は、パスカルの文章が賢いだけでなく、表現にも富んでいたことを挙げています。「フランスのアルキメデス」であると同時に、「フランスのダンテ」とも呼ばれたとされています。
第三章LEVFとLEFVの違い
LEFVは、アウグスティヌスを象徴名とするタイプです。LEVFとLEFVは、1Lと2Eが同じなので、考え抜いた結論を感情のこもった言葉で伝える点で似て見えます。原典は、どちらのタイプも、話していて楽しい相手として描いています。
ですが、下の段の2つは入れ替わっています。LEVFは意志が3Vで物質が4F、LEFVは物質が3Fで意志が4Vです。第3機能は弱く本人が気にする機能、第4機能は重きを置かない機能なので、LEVFは意志の側面で、LEFVは物質の側面で悩むことになります。
LEVFの3Vについて、原典は『パンセ』の「憂愁」の断章を引いています。
「憂愁。—人間にとって、情熱にも、仕事にも、気晴らしにも、勤めにも妨げられない安らぎは、ますます耐えがたい。そのとき彼は自分の取るに足りなさ、見捨てられていること、不完全さ、依存、無力、空虚を感じる。その魂の底から、ただちに、救いのない憂愁、悲しみ、苦さ、憤り、絶望がはい出てくる。」
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Тоска. — Все невыносимей для человека покой, не нарушаемый ни страстями, ни делами, ни развлечениями, ни занятиями. Тогда он чувствует свое ничтожность, заброшенность, несовершенство, зависимость, бессилие, пустоту. Из глубины его души сразу выползают беспросветная тоска, печаль, горечь, озлобление, отчаяние.
つまり、LEVFは、することがなくなると、自分の取るに足りなさや無力さを感じて沈みやすいということです。物質は4Fなので、暮らしの不足よりも、自分の価値のほうに悩みが向くと読めます。
一方、LEFVでは意志が4Vにあります。アファナシエフは、アウグスティヌスについてこう書いています。
アウグスティヌスにおける、自分への細かな後見への渇望は、もちろん偶然ではなく、第4意志の直接の結果である。告白というジャンルへの転向そのものも同じで、このジャンルは「農奴」の子供のような素直さにとって内面的にきわめて近い。
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Жажда мелочной опеки над собой у Августина, конечно, не случайна, она — прямое следствие его 4-й Воли. Как и сам факт обращения к жанру исповеди, внутренне столь близкому детской искренности “крепостного”.
言い換えると、LEFVは、自分の意志を自分で支えるより、細かく見守ってくれる相手を求めるということです。同じ意志の側面でも、LEVFは自分の価値に苦しみ、LEFVは人に預けて楽になるという違いがあると読めます。
第四章LEVFの関係
第6セクスタの4タイプ
第1機能と第4機能が同じ組になる4タイプです。
- FEVL デュマ 1F・2E・3V・4L
- FVEL チェーホフ 1F・2V・3E・4L
- LEVF パスカル 1L・2E・3V・4F
- LVEF アインシュタイン 1L・2V・3E・4F
引用索引
- [1]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「ブレーズ・パスカル」 本文へ
- [2]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「ブレーズ・パスカル」 本文へ
- [3]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「ブレーズ・パスカル」 本文へ
- [4]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「ブレーズ・パスカル」 本文へ
- [5]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「ブレーズ・パスカル」 本文へ
- [6]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「ブレーズ・パスカル」 本文へ
- [7]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「ブレーズ・パスカル」 本文へ
- [8]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「ブレーズ・パスカル」 本文へ
- [9]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「アウレリウス・アウグスティヌス」 本文へ
