VFEL(トヴァルドフスキー)の 詳細解説
1V・2F・3E・4L|第4セクスタ

VFELは、第1機能に意志、第2機能に物質、第3機能に感情、第4機能に論理の側面がくるタイプです。原典の象徴名はトヴァルドフスキーで、方針を自分で決めて実務を担い、感情を表に出すことには慎重とされています。
- 方針を自分で決める: 目標と優先順位を人に委ねず、自分で決めて責任を引き受けます。好意を向けた相手にも、上に立つ側として接しやすいとされています。
- 働き、打撃に耐える: よく働き、困っている人の世話もします。原典は、退かずに戦い、打たれても折れないこのタイプを、最良の闘士と呼んでいます。
- パトスを嫌う: 大げさな感情表現や、感じやすすぎる詩を受けつけません。その代わり、飾り気のない素朴な表現に力があるとされています。
- 考えるより先に動く: 理屈を検討するより先に行動が出ます。トルストイをけなした相手を、考えもせずに殴った若いころの逸話が挙げられています。
- 冗談より威厳: 皮肉な見方は持っていますが、毒のない冗談は好まず、重々しい態度を保ちます。
- 政治が詩の上にある: 本人の価値の順位では政治が第1、詩が第3にあり、政治の判断が詩人としての判断を押さえることがあります。
VFELを理解するには、次の4つのポイントがあります。
第一章VFELの4つの位置
VFELでは、上の2つの機能に意志と物質が、下の2つの機能に感情と論理が入ります。つまり、強い意志と物質で方針を決めて動き、弱い感情と論理はあまり表に出さないタイプです。
また、第1機能と第4機能は結果型、第2機能と第3機能はプロセス型です。そのため、意志と論理は人と話し合わずに扱い、物質と感情は人とのやりとりの中で扱うとされています。
1V「王」
1Vは、自分の望みと決定を、誰にも左右されずに通す位置です。トヴァルドフスキーの場合、その意志は人の愛し方にまで表れたとされています。アファナシエフは、作家ソルジェニーツィンの言葉を引いて、こう書いています。
トヴァルドフスキーの愛もまた君主制の趣があった。ソルジェニーツィンは書いた。「A・Tは手紙で私を、自分にとって『文学においてもっとも大切な人間』と呼んだ。彼は、純粋な心で、私を無欲に、しかし専制的に愛していた。彫刻家が自分の作品を愛するように、あるいは封主が最良の家臣を愛するように。」
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Любовь Твардовского также отдавала монархизмом, Солженицын писал: “А.Т. в письме назвал меня “самым дорогим в литературе человеком” для себя, и он от чистого сердца меня любил бескорыстно, но тиранически: как любит скульптор свое изделие, а то и как сюзерен своего лучшего вассала.”
上の引用にある封主は、家臣を従える領主のことです。言い換えると、相手を大事に思う気持ちは本物でも、その愛し方は上から相手を形づくるものだったということです。1Vは、好意を向けた相手との間にも、上と下の関係を持ち込みやすいと読めます。
2F「働き者」
2Fは、よく動き、人と一緒に働き、人の体の世話もする位置です。VFELでは、この2Fが1Vの決定を実際の仕事と打たれ強さで支えるとされています。アファナシエフは、このタイプの戦い方をこう書いています。
「トヴァルドフスキー」は、世界で最良の闘士である。第1意志は退却を想定せず、最後まで戦う。力強くしなやかな第2物質は打撃を軽々と受け止め、それを折ることはできず、滅ぼすことしかできない。
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“Твардовские” — лучшие в мире бойцы. 1-я Воля не предполагает отступлений и дерется до последнего. Мощная, гибкая 2-я Физика легко держит удар, и ее нельзя сломать, ее можно только уничтожить.
つまり、1Vが退かずに戦い続け、2Fがその間に受ける打撃に耐えるということです。「しなやか」とあるとおり、2Fの強さは、折れずに受け止める柔軟さとして描かれています。原典は、膨大な労働能力と、困っている人への配慮も2Fから来るとしています。
3E「堅物」
3Eは、感じていても、それを外に表すことが難しい位置です。トヴァルドフスキーは、自分の作品にも他人の詩にも、パトスが入ることを嫌いました。ですが、アファナシエフは、その3Eこそが彼を詩人にしたと書いています。
それでいて、トヴァルドフスキーを偉大な詩人にしたのは、まさに第3感情である。兵士の運命と、日常のものであるがゆえに恐ろしい戦争の仕事を、これほど刺すような素朴さと飾り気のなさで描けたのは、第3感情だけだった。静かに、悲痛な叫びなしに描かれたからこそ、それはいっそう恐ろしく、いっそう表現力に富んだ。のちにトヴァルドフスキーが『新世界』の編集長になると、素朴さ、飾り気のなさ、「無様式」がこの雑誌の美学の綱領となり、副編集長のひとりは、「私にとって、様式ほど憎いものはない」とはっきり言うことができた。
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Вместе с тем именно 3-я Эмоция сделала Твардовского великим поэтом. Только она могла с такой пронзительной простотой и безыскусностью описать солдатскую судьбу, страшную в своей будничности работу войны, описать тихо, без надрыва и от того еще страшней и выразительней. Позднее, когда Твардовский стал главным редактором “Нового мира”, простота, безыскусность, “безстильность” стали программными для эстетики журнала, и один из его заместителей мог прямо заявлять:” Для меня нет ничего ненавистнее стиля.”
上の引用にある『新世界』は、トヴァルドフスキーが編集長を務めた文芸雑誌です。言い換えると、感情を大げさに表さないことが、戦争を静かに描く詩の力になったということです。3Eは弱い位置ですが、原典はその抑えた表現を、作品と雑誌の美学としても見ています。
しかし、トヴァルドフスキーがいったん誰かの創作に惚れ込むと、前後を忘れて惚れ込んだ。「…彼は、文学は嫉妬するほど、ひいき目に愛さなければならない、と言っていた。『若いころ、私たちは文学の論争をどうやって片づけたか。覚えている、スモレンスクの新聞でレフ・トルストイをめぐる論争が持ち上がり、ひとりが言った。〈ああ、トルストイなんてクソだ!〉—〈なに、トルストイがクソだと?〉—私は考えもせずに向き直り、歯に一発。そんなことを言った報いだ! やつは階段を転げ落ちた…』」この短い挿話に、トヴァルドフスキーのすべてが、機能の順序とともにある。トルストイのために「考えもせずに」歯に一発食らわせるには、第1意志、第2物質、第3感情、第4論理が、必ず揃っていなければならない。
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Однако, если уж в чье-то творчество влюблялся Твардовский, то влюблялся без памяти:”…он говорил, что литературу надо любить ревниво, пристрастно. “Мы в юности литературные споры решали как? Помню, в Смоленске в газете затеялся какой-то спор о Льве Толстом, один говорит:”А, Толстой — дерьмо!” — “Что, Толстой дерьмо?” — не думавши разворачиваюсь и по зубам. Получай за такие слова! Он с лестницы кувырком…”” В этом коротеньком эпизоде- весь Твардовский со всем своим порядком функций. Что бы за Толстого “не думавши” бить по зубам, нужно непременно иметь: 1-ю Волю,2-ю Физику, 3-ю Эмоцию и 4-ю Логику.
上の引用で4Lにあたるのは、「考えもせずに」という言葉です。つまり、文学の論争であっても、言葉で論じ合うより先に体が動いたということです。論争を論理で片づける必要を感じないところに、論理に低い価値しか置かない4Lが表れていると読めます。
第二章原典が描く「トヴァルドフスキー」
アレクサンドル・トヴァルドフスキーは、ソ連の詩人で、文芸雑誌『新世界』の編集長を務めた人物です。アファナシエフは、詩人としての彼と、政治に関わる編集者としての彼のぶつかり合いから、このタイプを描いています。原典は、軍人のモルトケやネルソンも同じタイプとして挙げています。
政治が詩より上にある
トヴァルドフスキーは、外国では詩人より編集者として知られていると嘆きました。アファナシエフは、この嘆きをこう読んでいます。
「残念ながら、外国では私は、詩人としてよりも、さる進歩的な雑誌の編集者としてのほうがはるかによく知られている」と、トヴァルドフスキーは嘆いた。だが、この嘆きにはずいぶん偽りがあった。彼自身の価値体系では、政治が第1位(第1意志)にあり、詩は第3位(第3感情)にあった。トヴァルドフスキーのもとで『新世界』が明らかに犯していた政治的偏向は、編集長の心理タイプによる、無意識の、しかし偶然ではない選択の結果だった。
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Увы, за рубежом меня куда меньше знают как поэта, чем как редактора некого прогрессивного журнала,”- жаловался Твардовский. Однако в этой жалобе было много лукавства, в его собственной системе ценностей политика стояла на первом месте (1-я Воля), а поэзия на третьем ( 3-я Эмоция), и политический уклон, которым явно грешил “Новый мир” при Твардовском, явился результатом бессознательного, но не случайного выбора психотипа его главного редактора.
言い換えると、詩人として知られなかったのは、政治を第1に置く本人の順位から出た結果だということです。原典は、同じ美学の詩を書きながら政治に関わらなかったブロツキーを、トヴァルドフスキーが受け入れなかった例も挙げています。政治の判断が、詩人としての評価を押さえたとされる場面です。
冗談を好まない
一方で、トヴァルドフスキーの見方には皮肉がありました。それでも、冗談そのものは好まなかったとされています。
自身の世界観には皮肉があった(第3感情)が、毒のない冗談をトヴァルドフスキーは好まず、それを掲載するのも自分にふさわしくないと考えた。(中略)ついでに言えば、「王」はおしなべて、ユーモアを解するには真面目で威厳のありすぎる人間である。笑い、冗談、ユーモアは、意図するとせざるとにかかわらず、序列の転倒を助長する(この主題についてはM・バフチンの著作を参照)が、第1意志の誇り高い、身分意識の強い魂は、それをひどく嫌う。したがって、ユーモアの感覚の欠如は、「王」のもっとも確かな目印のひとつである。
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При всей ироничности своего мироощущения (3-я Эмоция) неядовитых шуток Твардовский не любил и считал их ниже своего достоинства печатать. В нем был некий сановитый (1-я Воля) подход к поэзии, и однажды он сильно обидел Заболоцкого фразой, по конструкции составленной также как фраза, которой “ макал” Евтушенко — “Не маленький, а все шутите.” К слову будет сказать, что “цари” вообще слишком серьезные и сановитые люди, чтобы воспринимать юмор. Смех, шутки, юмор вольно или невольно способствуют иерархическим перевертышам (см. на эту тему работы М. Бахтина), чего гордая, кастовая душа 1-й Воли очень не любит. Поэтому отсутствие чувство юмора — одна из самых твердых примет “царя”.
上の引用にある「王」は、1Vの呼び名です。つまり、笑いは上と下の順を崩すので、上に立つことを大事にする1Vはそれを嫌うということです。3Eの皮肉は持っていても、それを笑いとして人前に出すことは、自分の威厳に合わないと考えたと読めます。
冷たく見えて、芸術と動物に弱い
また、原典はこのタイプの外見を、がっしりして背が低く、身ぶりは穏やかで、話し方は平らで皮肉っぽいと描いています。その内側には、外からは見えにくい面があるとされています。
ひそかに音楽、文学、芸術に目がなく、酒が入れば、自分でもなにか小さな、あまり表情のない声で歌うのもいとわない。「トヴァルドフスキー」は世話好きで、家庭的で、手先が器用だが、日常の素朴な雑事には、いくらかの高慢さと皮肉をもって接する。自然を深く愛し、家で飼う動物だけが、このよそよそしく、硬く、やや冷たい人間を支配する力をもつ唯一の存在に見える。
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Втайне питает слабость к музыке, литературе, искусствам, а, выпив, не прочь сам спеть что-нибудь негромким, маловыразительным голоском. “Твардовский” заботлив, домовит, рукаст, хотя не без высокомерия и иронии относится к простым житейским заботам. Он очень любит природу, и домашние животные выглядят единственными существами, имеющими власть над этим отчужденным, жестким, холодноватым человеком.
言い換えると、よそよそしく冷たく見える人が、音楽や文学、家の動物には弱いということです。人の上に立つ1Vにとって、自分を思いどおりにできるのは動物だけだという描き方です。世話好きで手先が器用という描写には、2Fの面倒見の良さが出ています。
第三章VFELとVFLEの違い
VFLEは、原典でナポレオンを象徴名とするタイプです。VFELと同じく1Vと2Fを持つので、どちらも実務の場で指導力を出すタイプとして似て見えます。原典も、最初の2つの機能の順序はナポレオンと一致すると書いています。
ですが、下の2つの機能が入れ替わります。VFELは感情が第3機能で論理が第4機能、VFLEは論理が第3機能で感情が第4機能です。つまり、VFELが弱さを気にするのは感情の面、VFLEが弱さを気にするのは論理の面です。アファナシエフは、2つのタイプを戦いの場で比べて、こう書いています。
第1・第2機能の順序の点で、「トヴァルドフスキー」は「ナポレオン」(参照)と一致し、闘士のなかで「ナポレオン」より上に彼を置くのは、第3感情である。もっとも絶望的な闘いのさなかでも「トヴァルドフスキー」から離れない静けさと冷たさは、敵を麻痺させ、闘いの戦術にとってきわめて重要な感情の情報を、「トヴァルドフスキー」の顔から読み取ることを許さない。
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В порядке первых двух функций “Твардовский” совпадает с “Наполеоном” (см.) и первым среди бойцов, лучше “Наполеона”, его делает 3-я Эмоция. Покой и холод, не покидающие “Твардовского” в самой отчаянной схватке, парализуют противника, не позволяют ему считывать с лица “Твардовского” очень важную для тактики боя эмоциональную информацию.
言い換えると、戦いのさなかでも顔に感情が出ない3Eが、VFELをVFLEより強い闘士にしているということです。3Eは本人には弱く気になる位置ですが、外からは落ち着きと冷たさに見え、相手に次の動きを読ませないとされています。
一方、VFLEが弱さを抱えるのは論理です。アファナシエフは、ナポレオンの3Lをこう書いています。
勝利に満ち、止められないかに見える権力の頂への行進で、「ナポレオン」を止めうる唯一のものは、彼のアキレス腱である第3論理である。直接の障害になりうるのは、より上位の論理をもつ競争者、すなわち、見かけの、あるいは実際の知的優位をもつ誰かである。「ナポレオン」一族のもう一人の代表的人物、ジューコフ元帥が、戦争の最初の日々に茫然自失となったスターリンを、なぜ権力から取り除かなかったのかと尋ねられたとき、ジューコフは純然たる「懐疑主義者」の答えをした。「私は自分がスターリン(その第2論理を持つ—A・A)より賢いとは考えなかった」。
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Единственно, что может остановить “Наполеона” в его победоносном и необоримом, как кажется, походе к вершинам власти — это его ахиллесова пята — 3-я Логика. И непосредственным препятствием может стать конкурент с Логикой, стоящей выше, некто, располагающий мнимым или реальным интеллектуальным превосходством. Когда маршала Жукова, еще одного видного представителя рода “Наполеонов”, спросили, почему он не устранил от власти Сталина, в первые дни войны впавшего в прострацию, Жуков дал чисто “скептический” ответ: “Я не считал себя умнее Сталина (с его 2-й Логикой — А.А.)”.
上の引用にある「懐疑主義者」は、3Lの呼び名です。つまり、VFLEを止められるのは、自分より賢いと思える相手だということです。VFELが感情でぶつかられると弱いのに対し、VFLEは知性で上回られることに弱いとされています。
反対に、第4機能の側でも違いが出ます。VFELの4Lは、考えるより先に動くこととして表れます。VFLEの4Eは、感情を演技として政治に使うこととして表れ、原典はナポレオンが交渉の席で興奮を演じた例を挙げています。
第四章VFELの関係
第4セクスタの4タイプ
第1機能と第4機能が同じ組になる4タイプです。
- LEFV アウグスティヌス 1L・2E・3F・4V
- LFEV ベルティエ 1L・2F・3E・4V
- VEFL トルストイ 1V・2E・3F・4L
- VFEL トヴァルドフスキー 1V・2F・3E・4L
引用索引
- [1]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「アレクサンドル・トヴァルドフスキー」 本文へ
- [2]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「アレクサンドル・トヴァルドフスキー」 本文へ
- [3]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「アレクサンドル・トヴァルドフスキー」 本文へ
- [4]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「アレクサンドル・トヴァルドフスキー」 本文へ
- [5]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「アレクサンドル・トヴァルドフスキー」 本文へ
- [6]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「アレクサンドル・トヴァルドフスキー」 本文へ
- [7]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「アレクサンドル・トヴァルドフスキー」 本文へ
- [8]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「アレクサンドル・トヴァルドフスキー」 本文へ
- [9]アファナシエフ『愛の構文』(原題:Синтаксис любви、1987–1997)第二部「ナポレオン・ボナパルト」 本文へ
